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特許7553876ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板
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  • 特許-ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板 図1
  • 特許-ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-10
(45)【発行日】2024-09-19
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20240911BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240911BHJP
   B32B 15/18 20060101ALI20240911BHJP
   B32B 15/20 20060101ALI20240911BHJP
   C23C 2/12 20060101ALI20240911BHJP
   C22C 21/02 20060101ALN20240911BHJP
   C22C 21/00 20060101ALN20240911BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240911BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20240911BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240911BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20240911BHJP
   C21D 1/70 20060101ALN20240911BHJP
【FI】
C23C28/00 A
C23C26/00 A
B32B15/18
B32B15/20
C23C2/12
C22C21/02
C22C21/00 M
C22C38/00 301T
C22C38/58
C21D9/00 A
C21D1/18 C
C21D1/70 E
C22C38/00 301W
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2024503823
(86)(22)【出願日】2023-08-28
(86)【国際出願番号】 JP2023030923
(87)【国際公開番号】W WO2024048504
(87)【国際公開日】2024-03-07
【審査請求日】2024-01-22
(31)【優先権主張番号】P 2022135751
(32)【優先日】2022-08-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 優貴
(72)【発明者】
【氏名】藤田 宗士
(72)【発明者】
【氏名】入川 秀昭
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/194308(WO,A1)
【文献】特開2011-149084(JP,A)
【文献】国際公開第2021/106178(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2019-0062944(KR,A)
【文献】国際公開第2022/215228(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00-30/00
C23C 2/00-2/40
B32B 15/00-15/20
C22C 21/00-21/18
C22C 38/00-38/60
C21D 9/00-9/44
C21D 9/50
C21D 1/02-1/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と、
前記母材鋼板の少なくとも一方の面の上に設けられた、Al含有量が80質量%以上のアルミニウムめっき層と、
前記アルミニウムめっき層の上に設けられた表面処理皮膜と、を有するホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板において、
前記表面処理皮膜は、
炭素を含む化合物Aと、
金属元素Mの酸化物またはフッ化物であり、かつルチル型構造を持つ化合物Bと、を含有し、
前記化合物Aの炭素濃度が、80質量%以上であり、
前記金属元素Mの濃度が、下記式(1)、および下記式(2)を満たすことを特徴とするホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板。
1≦CbM≦40・・・式(1)
1.5≦CbM/CtM≦10.0・・・式(2)
ここで、前記表面処理皮膜の平均厚みをHとした場合、
上記式(2)中のCtMは、質量%で、前記表面処理皮膜の表面から0.05Hの位置における前記金属元素Mの濃度であり、
上記式(1)および上記式(2)中のCbMは、質量%で、前記表面処理皮膜の表面から0.95Hの位置における前記金属元素Mの濃度である。
【請求項2】
前記化合物Aの含有率が、前記表面処理皮膜の前記表面から0.90Hの位置において、30~80%であることを特徴とする請求項1に記載のホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板。
【請求項3】
前記化合物Bが、TiOであることを特徴とする請求項1または2に記載のホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板に関する。
本願は、2022年08月29日に、日本に出願された特願2022-135751号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護及び地球温暖化の防止のために、化学燃料の消費を抑制する要請が高まっており、この要請は、様々な製造業に対して影響を与えている。例えば、移動手段として日々の生活や活動に欠かせない自動車についても例外ではなく、車体の軽量化などによる燃費の向上等が求められている。しかしながら、自動車に関しては、単に車体の軽量化を実現することは車体の強度低下(例えば、耐衝突性等の低下)などの安全性の低下につながる可能性があるので、製品品質上望ましくない。
そのため、車体の軽量化を行う場合には、安全性を確保した上で適切に実施される必要がある。
【0003】
自動車の構造の多くは、鉄、特に鋼板により形成されている。そのため、鋼板の重量を低減することが、車体の軽量化にとって効果的である。また、このような鋼板に対する重量低減の要請は、自動車製造業のみならず、様々な製造業でも同様になされている。このような要請に対し、単に鋼板の重量を低減するのであれば、鋼板の板厚を薄くすることが考えられる。しかしながら、鋼板の板厚を薄くすることは、車体の強度の低下につながる。そのため、近年では、鋼板の機械的強度を高めることにより、それ以前に使用されていた従来の鋼板より薄くしても、鋼板によって構成される車体の機械的強度を維持又は高めることが可能な鋼板について、研究開発が行われている。
【0004】
一般的に、高い機械的強度を有する材料は、曲げ加工等の成形加工において、形状凍結性が低下する傾向を示す。そのため、高い機械的強度を有する材料を複雑な形状に加工する場合、加工そのものが困難となる。このような成形性についての問題を解決する手段の一つとして、いわゆる「ホットスタンプ法(熱間プレス法、ホットプレス法、高温プレス法、もしくはダイクエンチ法とも呼ばれる。)」が挙げられる。
【0005】
ホットスタンプ法では、成形対象である材料を高温に加熱してオーステナイトと呼ばれる組織に変態(オーステナイト化)させ、加熱により軟化した鋼板に対してプレス加工を行って成形し、成形後に冷却する。このホットスタンプ法によれば、材料を一旦高温に加熱して軟化させるので、その材料を容易にプレス加工することができる。更に、成形後の冷却による焼入れ効果により、材料の機械的強度を高めることができる。従って、このホットスタンプ法により、良好な形状凍結性と高い機械的強度とを有した成形品を得ることができる。
【0006】
例えば特許文献1には、合金化溶融亜鉛めっき鋼板をホットスタンプ法により加工することで、自動車部材として利用可能な成形品を製造する技術が開示されている。
また、特許文献2および特許文献3には、炭素顔料などの有機物を主体とする皮膜をアルミニウムめっき鋼板上に付与することで所望の温度まで加熱するための時間を早める技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2003-126921号公報
【文献】特開2011-149084号公報
【文献】特表2017-518438号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ここで、特許文献1に記載のホットスタンプ法は、加工対象である鋼板を700~1000℃まで加熱することが必要である。そのため、鋼板を所望の温度まで加熱するための時間を確保しなければならず、生産性の向上は不十分であった。
また、特許文献2及び特許文献3に記載のアルミニウムめっき鋼板では、鋼板上の皮膜に含有される炭素顔料などがいずれも有機物であるため、アルミニウムめっき鋼板が750℃以上の高温域に加熱されると、これら有機物はいずれも消失してしまう。そのため、特許文献2及び特許文献3に記載の技術においても、生産性の向上は不十分であった。
【0009】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明は、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることが可能なホットスタンプ用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討した。その結果、ホットスタンプ用鋼板を用いてホットスタンプ部材を製造する際、鋼板が所望の温度(例えば、Ac3点以上)まで加熱される際の昇温速度を増加させることができれば、加熱時間の短縮を図ることができ、生産性の向上に寄与できることを知見した。具体的には、めっき層上に、炭素濃度が80質量%以上である化合物Aと、金属元素Mの酸化物またはフッ化物であり、かつルチル型構造を持つ化合物Bと、を含有する表面処理皮膜を設け、金属元素Mの濃度範囲を所定の範囲に制御することにより昇温速度を大きく増加させることができることを知見した。
かかる知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0011】
[1]本発明の一態様にかかるホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板は、
母材鋼板と、
前記母材鋼板の少なくとも一方の面の上に設けられたアルミニウムめっき層と、
前記アルミニウムめっき層の上に設けられた表面処理皮膜と、を有するホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板において、
前記表面処理皮膜は、
炭素を含む化合物Aと、
金属元素Mの酸化物またはフッ化物であり、かつルチル型構造を持つ化合物Bと、を含有し、
前記化合物Aの炭素濃度が、80質量%以上であり、
前記金属元素Mの濃度が、下記式(1)、および下記式(2)を満たす。
1≦CbM≦40・・・式(1)
1.5≦CbM/CtM≦10.0・・・式(2)
ここで、前記表面処理皮膜の平均厚みをH(μm)とした場合、
上記式(2)中のCtMは、質量%で、前記表面処理皮膜の表面から0.05Hの位置における前記金属元素Mの濃度であり、
上記式(1)および上記(2)中のCbMは、質量%で、前記表面処理皮膜の表面から0.95Hの位置における前記金属元素Mの濃度である。
[2]上記[1]に記載のホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板は、前記化合物Aの含有率が、前記表面処理皮膜の前記表面から0.90Hの位置において、30%以上80%以下であってもよい。
[3]上記[1]または[2]に記載のホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板は、前記化合物Bが、TiOであってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の上記態様によれば、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることが可能なホットスタンプ用鋼板を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板の断面模式図である。
図2】本発明の一実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板の断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、以下に記載する数値限定範囲には、下限値及び上限値がその範囲に含まれる。「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。
【0015】
(ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板)
本発明の実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板(以下、「HS用アルミニウムめっき鋼板」とも称する。)は、HS用アルミニウムめっき鋼板を用いてホットスタンプ部材を製造するにあたって、かかるHS用アルミニウムめっき鋼板を加熱する際の昇温速度を速めることを可能とする。すなわち、加熱時の昇温速度を大きくできる本実施形態のHS用アルミニウムめっき鋼板を用いることで、ホットスタンプ部材の生産性を向上させることが可能となる。
【0016】
本実施形態のホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板は、HS用アルミニウムめっき鋼板を加熱する際の昇温速度の向上を実現するために、アルミニウムめっき層の形成されためっき鋼板の少なくとも一方の表面に、所定の化合物を含有する表面処理皮膜を有する。このようにアルミニウムめっき層が設けられためっき鋼板の少なくとも一方の表面に、所定の化合物を含有する表面処理皮膜を付与することにより、得られるHS用アルミニウムめっき鋼板が加熱される際の昇温速度を速めることができる。なお、表面処理皮膜は、アルミニウムめっき層が設けられためっき鋼板の両面に設けられてもよく、一方の表面だけであってもよい。また、表面処理皮膜は、アルミニウムめっき層が設けられためっき鋼板の表面全面に設けられてもよく、当該表面の一部であってもよい。ホットスタンプ部材の生産性をより向上させる観点からは、表面処理皮膜はアルミニウムめっき層が設けられたためっき鋼板の表面全面に設けられることが好ましい。
【0017】
本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板において、母材となる鋼板(母材鋼板)の種類は、特に限定されるものではない。母材鋼板としては、例えば、各種の熱延鋼板、冷延鋼板を挙げることができる。本実施形態のホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板を構成するめっき鋼板は、このような母材鋼板の少なくとも一方の表面の上にめっき層を備えるものである。めっき鋼板として、例えば、溶融アルミニウムめっきなどが施された鋼板が挙げられる。ただし、本実施形態のめっき層は、ホットスタンプに適用できるのであれば、溶融アルミニウムめっきに限定されるものではない。
【0018】
従来、自動車用骨格部品などとして用いられる鋼板の多くは、熱延鋼板や冷延鋼板、又は、アルミニウムや亜鉛等のめっきが施されためっき鋼板であった。これら従来の鋼板は、放射率が低いために、輻射加熱に対する昇温速度は低い。
【0019】
本実施形態のホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板では、めっき層の少なくとも一方の表面の全面に、後述する所定の表面処理皮膜を付与することで、ホットスタンプ加熱時の昇温速度を高めることができる。具体的には、所定の表面処理皮膜を有するHS用アルミニウムめっき鋼板を加熱し、加熱後のホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板をホットスタンプすることにより、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることができる。
【0020】
<表面処理皮膜>
図1は、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板の表面のうち一方の面の表面部の断面模式図を示す。
【0021】
図1に示すにように、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10は、例えば、母材鋼板11と、母材鋼板11の少なくとも一方の面の上に設けられたアルミニウムめっき層(Alめっき層)12と、アルミニウムめっき層12の上に設けられた表面処理皮膜13とを有する。本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10において、表面処理皮膜13が付与された側の表面(つまり、表面処理皮膜13の表面)は、放射率が高い。そのため、ホットスタンプ加熱時の昇温速度が大きく、結果、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることができる。なお、図1は説明のための模式図であり、表面処理被膜13およびアルミニウムめっき層12などの寸法は、必ずしも好適な実施形態を示したものではなく、かつ、図1の寸法などに限定されるものではない。
【0022】
本実施形態に係る表面処理皮膜13は、炭素を含む化合物Aと、金属元素Mの酸化物またはフッ化物であり、かつルチル型構造を有する化合物Bとを含有する。
本実施形態に係る表面処理皮膜13は、必要に応じて、バインダー成分を更に含有してもよい。また、本実施形態に係る表面処理皮膜13は、シリカを含有していてもよい。さらに本実施形態では、表面処理皮膜13中における化合物Aおよび化合物Bの含有量、金属元素Mの濃度分布、表面処理皮膜13の塗布および乾燥方法、ならびに膜厚等を調整することで、ホットスタンプ加熱時の昇温速度(加熱効率)の向上を実現できる。
【0023】
また、本実施形態に係る表面処理皮膜13において、化合物Bは所定の濃度分布を有する。具体的には、化合物Bを構成する金属元素Mの皮膜に対する濃度が、膜厚方向において、皮膜の表面側よりもめっき層側の方が大きい濃度分布(濃度傾斜)を有する。このような所定の濃度分布で金属元素Mが存在することで、表面処理皮膜13による加熱効率を一層高めることが可能となる。本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板をホットスタンプ加熱する際に、加熱雰囲気からの輻射熱を効率よく吸収することができる。加えて、加熱された雰囲気ガスとの接触による熱伝導によっても、熱を効率よく吸収することができる。その結果、表面処理皮膜の全体を迅速に加熱することが可能となる。
以下、表面処理皮膜13の構成要件について詳述する。
【0024】
[化合物A]
表面処理皮膜13に含まれる化合物Aの炭素濃度は、80質量%以上である。化合物Aの炭素濃度が80質量%未満の場合、ホットスタンプ工程においてHS用アルミニウムめっき鋼板を加熱した際、比較的低温でも化合物Aが分解および酸化されるため、化合物Aが皮膜から消失するおそれがある。化合物Aが皮膜から消失すると、昇温特性を高める効果を高温まで維持することができない。従って、化合物Aの炭素濃度を80質量%以上とする。好ましくは、化合物Aの炭素濃度は82質量%以上、好ましくは85質量%以上である。化合物Aの炭素濃度は100質量%であっても構わない。
化合物Aとしては、例えば、カーボンブラック(CB)、黒鉛、すすなどが挙げられる。
【0025】
化合物Aの炭素濃度は、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)、エネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDS)及び電子線回折を用いた表面処理皮膜の断面分析により、測定することが可能である。
具体的には、電子線照射時の特性X線のスペクトルを測定し、エネルギーごとの検出強度を算出し、エネルギーの値から測定対象である化合物を構成する元素を特定することができる。そして、元素濃度が既知の物質と、それに対する検出強度データとの関係から予め作成しておいた検量線を用いて、測定対象である化合物を構成する各元素の検出強度から当該化合物における各元素の濃度を算出する。測定は、同一化合物内で10か所実施し、各元素の濃度の最大値が最小値の1.0倍から1.3倍の範囲内にすべての元素が入る場合、同一の化合物とみなす。すなわち、TEM-EDSにて観察される1つの化合物において10か所測定し、化合物を構成する全ての元素において、濃度の最大値が最小値の1.0倍から1.3倍の範囲に入る場合に、同一の化合物とみなす。
なお、TEM観察試料は、集束イオンビーム(FIB)加工観察装置(例えば、「NB5000」株式会社日立ハイテク製)を用いてFIBサンプリング法にて作製する。加工時の加速電圧は40kVとする。
【0026】
化合物Aの炭素濃度は次のように定義する。表面処理皮膜の断面分析において、膜厚と、膜厚に直交する方向の長さ5μmに囲まれた範囲内において、同一化合物内で10か所測定した場合の炭素濃度の最大値と最小値の中間値を化合物Aの炭素濃度とする。化合物Aが、上記範囲内に複数存在する場合は、各化合物Aにおいて中間値を算出し、得られた中間値の平均値を化合物Aの炭素濃度とする。このような方法で、化合物Aを構成する炭素等の元素の濃度を分析することができる。なお、炭素を主成分とする化合物Aと、金属元素Mの酸化物またはフッ化物である化合物Bとは、炭素濃度の違いによって区別することができる。
【0027】
また、本実施形態では、炭素濃度が80質量%以上である化合物Aの含有率は、表面処理皮膜の平均厚みをH(μm)とした場合、表面処理皮膜の表面から0.90H(以下、「界面側位置P」とも称する。この界面側位置Pは、表面処理被膜とAlめっき層との界面から0.10Hの位置ということができる。)において、10~90%または20~90%であることが好ましく、30~80%であることがより好ましい。
【0028】
炭素濃度が80質量%以上の化合物Aは、輻射熱を吸収する作用が大きい。また、このような化合物Aは、炭素濃度が高いため、加熱による分解や揮発による表面処理皮膜からの消失が起こりにくい。そのため、ホットスタンプの加熱によりHS用アルミニウムめっき鋼板の最表面の温度が上昇した場合でも、高い温度域まで輻射熱の吸収を高めることができる。このような効果を得るためには、化合物Aの含有率を高めることが有効である。本実施形態では、化合物Aの界面側位置Pにおける含有率を好ましくは10%以上または20%以上、より好ましくは30%以上とすることで、ホットスタンプ加熱時の昇温速度をさらに向上できる。一方、表面処理皮膜中の化合物A自体には、皮膜密着性を高める作用はない。そのため、表面処理皮膜の中でも、特にAlめっき層側である界面側位置Pにおける化合物Aの含有率は、所定量以下に抑制することが好ましい。具体的には、化合物Aの界面側位置Pにおける含有率を好ましくは90%以下、より好ましくは80%以下とすることで、表面処理皮膜とAlめっき層との密着性が向上する。界面側位置Pにおける化合物Aの含有率を好ましくは90%以下、より好ましくは80%以下とすることで皮膜密着性が向上するメカニズムは、表面処理皮膜中に含まれる極性の高いルチル型化合物およびバインダー樹脂と、アルミニウムめっき層との化学的、物理的結合を確保でき、結果、皮膜密着性を高める効果が発揮されると考えらえる。
【0029】
化合物Aの界面側位置Pにおける含有率は、以下の方法により求める。
まず、TEM観察によって、界面側位置Pにおいて、EDSにより、炭素濃度が80%以上である化合物Aを検出する。「0.90H位置」は、例えば、表面処理皮膜の平均厚みHが5μmの場合、表面処理皮膜の表面から4.5μm深さ(厚さ)の位置(つまり、表面処理皮膜とAlめっき層との界面から皮膜側へ0.5μm深さ(厚さ)の位置)である。
次いで、後述の試料のTEM像において、表面処理皮膜層の厚み方向と垂直な方向(アルミニウムめっき層と表面処理被膜の界面と平行な方向であり、試料の厚さ方向と垂直な方向)に30nm間隔で10点観察した際に、当該化合物Aの存在が3点で観察された場合、界面側位置Pにおける化合物Aの含有率が30%であると定義する。同様に、当該化合物Aの存在が4点で観察された場合は化合物Aの含有率が40%と定義し、以降同じとする。したがって、炭素濃度が80%以上である化合物Aが3点以上、8点以下で観察された場合、化合物Aの含有率が30~80%であることを意味する。
化合物Aの含有率の算出において用いるTEM観察試料は、集束イオンビーム(FIB)加工観察装置(例えば、「NB5000」株式会社日立ハイテク製)を用いてFIBサンプリング法にて作製する。加工時の加速電圧は40kVとする。試料の厚みは100nm±10nmとする。
なお、化合物Aの含有率は、前述のとおり、厚みが100±10nmの試料のTEM画像での特定方向(表面処理被膜の表面に平行な方向かつ試料の厚さ方向に垂直な方向)の10点中の化合物Aが観察される(存在する)点数との比(=化合物Aが存在する点の数/10)から算出される割合(%)である。このため、含有率の単位は、体積%または面積%でもなく、無次元の%である。
【0030】
[化合物B]
化合物Bは、金属元素Mの酸化物またはフッ化物であり、かつルチル型構造を持つ。金属元素Mとしては、Ti、V、Mn、Ru、Cs、Ir、Ge、Cu、Ag、Ni等が挙げられる。必要に応じて、前記の元素の中の任意の一つ、若しくは、複数の任意の元素のみを、金属元素Mとしてもよい。また、このような化合物Bとしては、TiO、VO、β-MnO、RuO、CsO、IrO、GeO、CuO、AgO、NiF等が挙げられる。必要に応じて、前記の化合物の中の任意の一つ、若しくは、複数の任意の化合物のみを、化合物Bとしてもよい。
【0031】
ルチル型化合物構造を有する化合物Bを皮膜中に含有させることによりホットスタンプ時の昇温速度を増大できる。この理由は定かではないが、以下のように推察される。
ルチル型構造は、陰イオンがゆがんだ六方最密充填を有し、その6配位空間(6配位隙間)に陽イオンが配置された構造である。そして、このようなルチル型化合物構造を有する化合物Bを皮膜中に含有させた場合、ホットスタンプ加熱の際に、主な加熱要因である赤外線あるいは近赤外線領域の電磁波による輻射が活性なイオン間距離となるため、ホットスタンプ時の昇温速度を増大できると推察される。
なお、化合物Bの結晶構造および化合物の種類(酸化物またはフッ化物かどうか)は、TEM、EDS及び電子線回折を用いた表面処理皮膜の断面分析により判定できる。具体的には、電子線照射時の電子線回折像を、予め有するデータベースと比較する。当該化合物がルチル型構造に分類されていれば、当該化合物がルチル型構造を持つと判断できる。また、EDSにより、元素濃度の比率から化合物を特定することができ、さらに、酸素またはフッ素の比率が10質量%以上である場合、当該化合物は酸化物またはフッ化物であると判定することができる。
【0032】
また、本実施形態では、化合物Bにおける金属元素Mの濃度が、下記式(1)、および下記式(2)を満たす。
【0033】
1≦CbM≦40・・・式(1)
1.5≦CbM/CtM≦10.0・・・式(2)
ここで、表面処理皮膜の平均厚みをH(μm)とした場合、上記式(2)中のCtMは、表面処理皮膜13の表面から0.05Hの位置における金属元素Mの濃度(質量%)であり、上記式(1)および上記式(2)中のCbMは、表面処理皮膜13の表面から0.95Hの位置における金属元素Mの濃度(質量%)である。
【0034】
図1に示すように、表面処理皮膜13の厚みをH(μm)とした場合、表面処理皮膜13の表面から0.95Hにおける金属元素Mの濃度CbMは、質量%で、1%以上40%以下である。
bMが1%未満の場合、ホットスタンプでの加熱時に、特に高温域において昇温特性を高めることが困難となる。そのため、CbMは、1%以上とする。CbMは、好ましくは5%以上、より好ましくは8%以上である。金属元素Mの濃度CbMを8%以上とすることで、ホットスタンプ時の昇温速度をさらに増大できる。一方、CbMが40%超の場合、ホットスタンプでの加熱時の昇温速度が飽和するのに対して表面処理皮膜13とAlめっき層12との密着性が低下する。これは、化合物Bは比較的硬質なため、Alめっき層12に近い表面処理皮膜13内での濃度CbMが増加すると、Alめっき層12表面の微細な凹凸に対する表面処理皮膜13の追従性が低下するためである。このため、CbMを40%以下とする。これにより、ホットスタンプ時の昇温速度を増大でき、かつ、皮膜密着性も向上できる。CbMは、好ましくは35%以下、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下である。金属元素Mの濃度CbMを20%以下とすることで、表面処理皮膜13のアルミニウムめっき層12との密着性をより高めることができる。
【0035】
また、上記式(2)に示すように、CbM/CtMは1.5~10.0である。
Alめっき層12と表面処理皮膜13との界面付近における金属元素Mの濃度が高く、CbM/CtMが1.5以上の場合、Alめっき層12表面の金属光沢を隠ぺいすることができ、輻射熱の反射を抑えることができる。CbM/CtMは、好ましくは2.0以上、より好ましくは3.0以上である。一方、CbM/CtMが10.0を超えると、表面処理皮膜13の表面側での吸熱が不足するため、結果としてホットスタンプ時の昇温速度を高めることができない。このため、CbM/CtMは10.0以下とする。これにより、Alめっき層12表面における輻射熱の反射、および表面処理皮膜13の表面側での吸熱状態を適切な状態に制御して、昇温速度を高めることができる。CbM/CtMは、好ましくは8.0以下であり、より好ましくは6.0以下である。
【0036】
表面処理皮膜13の表面から0.05Hにおける金属元素Mの濃度(質量%)CtM、および、表面処理皮膜13の表面から0.95Hにおける金属元素Mの濃度CbMは、図1に示すように、表面処理皮膜13の厚みをH(μm)とするとき、蛍光X線分析法とグロー放電発光分光法(GDS)で測定できる。
以下、CbMおよびCtMの求め方について詳述する。
【0037】
まず、金属元素Mの平均濃度(質量%)を、次のようにして求める。
化合物Aと化合物B(金属元素Mの酸化物またはフッ化物)を含む表面処理皮膜を付与したアルミニウムめっき鋼板を用いて、蛍光X線分析法により金属元素Mの検出強度(kcps、10count per second)を求める。なお、JIS K 0119(2008)に準拠した蛍光X線によって、予め表面処理皮膜中の金属元素Mの付着量(g/m)と金属元素Mの検出強度(kcps)との検量線を作成しておく。
この検量線を用いて、蛍光X線分析法により得られた金属元素Mの検出強度(kcps)から、表面処理皮膜における金属元素Mの付着量P(g/m)を求める。なお、蛍光X線分析法による表面処理皮膜中の金属元素Mの検出強度を求める際は、母材鋼材中の金属元素Mの濃度は影響しない、つまり無視してよい。つまり、アルミニウムめっき層および表面処理皮膜の金属元素等によって蛍光X線は大きく減衰するため、アルミニウムめっき層および表面処理皮膜よりも深い位置の母材鋼材中の元素は表面処理皮膜中の金属元素Mの検出強度に対して影響しないと見なしてよい。
【0038】
次いで、GDSにより金属元素Mを表面処理皮膜13の深さ方向に測定し、金属元素Mの強度が、その強度の最大値を示す深さ(厚さ)位置より母材鋼板側で1/2未満になった箇所を表面処理皮膜とAlめっき層との界面と定義して表面処理皮膜13の厚みを求める。この厚みを5か所で測定し、得られた厚みの平均値を表面処理皮膜13の厚みH(μm)とする。そして、金属元素Mの付着量PをHで除したに100を乗じた値「P×100/H」を表面処理皮膜中の金属元素Mの全深さ方向における平均濃度(質量%)とみなす。
【0039】
一方、GDSで測定した表面処理皮膜の表面からAlめっき層との界面までの金属元素Mの強度の平均値と、上記平均濃度P×100/Hとの関係が1対1の比例関係となることを利用して、表面処理皮膜の深さ方向の任意の位置における金属元素Mの濃度を求めることができる。すなわち、全膜厚における金属元素Mの平均濃度(質量%)であるP×100/H、及び表面からAlめっき層との界面までの金属元素Mの強度の平均値αがそれぞれ求められる。
これに対して、深さ方向の任意の位置Xにおける金属元素Mの強度(kcps)をβとすると、その位置Xでの金属元素Mの濃度CXM(質量%)は、比例関係を利用して、以下の式(3)で求められる。
【0040】
XM=P/H×100×(β/α) ・・・(3)
この式(3)を用いて求めた0.05Hにおける金属元素Mの平均濃度(質量%)をCtM、表面から0.95Hの位置における金属元素Mの濃度(質量%)をCbMとする。
【0041】
本実施形態において化合物Bは、ルチル型TiOであることが好ましい。化合物Bがルチル型TiOである場合、ホットスタンプ時の昇温速度をさらに増大できる。この理由は定かではないが、以下のように推察される。
ホットスタンプの加熱過程でアルミニウムめっき層の表面に通常生成するAl等の化合物に比べてルチル型TiOは300℃から900℃までの高温域においても高い放射率を維持することができる。そのため、輻射による入熱量を高められると推察される。また、さらに高温域に昇温される場合、ルチル型TiOとAlとの複合酸化物が形成される可能性がある。このルチル型TiOとAlとの複合酸化物の放射率も他の酸化物に比べて高いことも、ホットスタンプ時の昇温速度をさらに増大できる要因であると推察される。
【0042】
化合物Bは、金属元素Mの酸化物またはフッ化物であるが、化合物Bが、2種以上の化合物から構成されてもよい。例えば、表面処理皮膜中に、化合物BとしてTiOおよびVOが含まれてもよい。なお、表面処理皮膜中に、化合物Bとして、2種以上の化合物が含まれる場合は、最も含有量の多い化合物が、上記(1)および(2)を満足するような所望の濃度や分布となっていればよい。
【0043】
なお、化合物Aと、金属元素Mの酸化物またはフッ化物であり、かつルチル型構造を有する化合物Bを含有する処理液、及び、バインダー成分となる樹脂などの有機物や無機物を含有する処理液をそれぞれ別個に準備し、これら処理液をアルミニウムめっき層上に別々に塗布することで積層皮膜を形成した場合には、化合物Bは、上述したような所定の濃度分布で存在するようにはならない。また、このように複数の処理液を用いて複層構造の表面処理皮膜を形成しようとすると、一層目の皮膜が形成された後に二層目の皮膜を形成しなければならないため、製造設備が大型化するとともに、製造コストも増加してしまう。したがって、本実施形態の表面処理皮膜13は、複層構造ではなく、単層構造である必要がある。
【0044】
本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10は、上記のような特徴を有する表面処理皮膜13を備えることで、ホットスタンプ時の昇温速度を向上させることができる。そのため、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10を素材として用いることで、ホットスタンプ材の生産性を向上させることができる。
【0045】
なお、本実施形態に係る表面処理皮膜13を備えることにより、ホットスタンプ時に鋼板の昇温速度を向上できる理由は定かではないものの、輻射熱の吸収に特に有効である波長1~10μmの赤外線に対して活性な結合が数多く存在することが一因である可能性が考えられる。
【0046】
本実施形態に係る表面処理皮膜13には、上記化合物Aと化合物B以外に、各種のバインダー成分としての樹脂や添加剤を含有させることができる。樹脂を含有することで、表面処理皮膜13とAlめっき層12との密着性を高めることができる。表面処理皮膜13に含有される添加剤としては、例えば、レベリング剤、消泡剤、着色剤、粘度調整剤、紫外線吸収剤等が挙げられる。表面処理皮膜13を形成するための塗布液は、水又は溶剤に、上記各成分を分散又は溶解して得られることが好ましい。
【0047】
本実施形態において、表面処理皮膜13を付与する具体的な手法としては、塗布およびラミネートなどの方法が挙げられるが、これらの手法に限定されるものではない。表面処理皮膜13は、アルミニウムめっき鋼板の一方の面のみに付与されてもよいし、アルミニウムめっき鋼板の両面に付与されてもよい。
【0048】
塗布によりアルミニウムめっき層12表面の全面に表面処理皮膜13を付与する際には、まず、例えば、炭素濃度が80重量%以上の化合物Aと、金属元素Mの酸化物またはフッ化物であり、かつルチル型構造を持つ化合物Bと、を含有する処理液を準備する。その後、処理液をアルミニウムめっき層12表面の全面にロールコーター、カーテンコーター、インクジェット等で塗布した後に、処理液中の揮発成分を乾燥させることによって、表面処理皮膜13が付与される。特に、インクジェットによる塗布は、膜厚を連続的に変更できるため好ましい。
【0049】
ここで、従来(例えば、特許文献2等)では、表面処理皮膜に炭素顔料などの有機物を含む場合、めっき鋼板が高温域(例えば750℃以上)に加熱されると、これら有機物はいずれも消失してしまい、昇温特性(昇温速度)が劣化する問題があった。しかし、本発明者らは、本実施形態に係る表面処理皮膜13の場合、有機物が消失しても高温域まで効率よく加熱できることを見出した。このように有機物が消失しても高温域まで加熱できるメカニズムは定かではないが、皮膜中に含まれる化合物B(金属元素Mの酸化物またはフッ化物)が高温において輻射による入熱を高めたものと推察される。
【0050】
[バインダー成分(樹脂)]
本実施形態に係る表面処理皮膜13に含有されうるバインダー成分(樹脂)の含有量は、表面処理皮膜13の全体積に対して、40体積%以上であることが好ましい。バインダー成分として、公知の各種の樹脂を用いることが可能である。
【0051】
バインダー成分としての樹脂は、特に限定されるものではない。例えば、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、シランカップリング剤を加水分解・縮重合して得られるポリマー化合物が挙げられる。樹脂としては、これら樹脂を、ブチル化メラミン樹脂、メチル化メラミン樹脂、ブチルメチル混合メラミン樹脂、尿素樹脂、イソシアネート樹脂、又はこれらの混合系の架橋剤成分により架橋させた樹脂も挙げられる。また、電子線硬化型樹脂、紫外線硬化型樹脂なども挙げられる。これらの中でも、バインダー成分としての樹脂は、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、および、ポリウレタン樹脂のいずれか一つ以上が好ましい。これらのバインダー成分としての樹脂は単独でも、2種以上を混合して用いてもよい。
【0052】
バインダー成分として、例えば、ポリウレタン樹脂を用いる場合、ポリウレタン樹脂は、ポリエーテル系のポリウレタン樹脂であることが好ましい。ポリエーテル系のポリウレタン樹脂を用いることで、ポリエステル系のポリウレタン樹脂と比較して、酸やアルカリによる加水分解の発生を防止することができるからであり、ポリカーボネート系のポリウレタン樹脂と比較して、硬くて脆い皮膜の形成を抑制することで、加工時の密着性や加工部の耐食性を担保することができるからである。
【0053】
ポリウレタン樹脂が含有されているか否かは、赤外分光法により得られる赤外吸収スペクトルにおいて、3330cm-1(N-H伸縮)、1730cm-1(C=O伸縮)、1530cm-1(C-N)、1250cm-1(C-O)の特性吸収が観測されるか否かに基づいて、判断することができる。また、ポリウレタン樹脂の含有量についても、予め含有量が既知のサンプルを用いて、含有量と特性吸収の強度との関係を示した検量線を作成しておくことで、得られた特性吸収の強度から含有量を特定することができる。
【0054】
また、上記のポリウレタン樹脂以外の樹脂についても、各樹脂に特有の官能基に由来する特性吸収に着目することで、上記ポリウレタン樹脂と同様に、含有の有無及び含有量を判断することが可能である。樹脂を分散又は溶解させる処理液中の成分としては、水や溶剤を用いることが可能である。
【0055】
[添加剤]
本実施形態に係る表面処理皮膜13には、本発明の効果を損なわない範囲で、皮膜形成前の処理液作製時の添加剤として、レベリング剤、水溶性溶剤、金属安定化剤、エッチング抑制剤等といった各種の添加剤を含有させることが可能である。
【0056】
レベリング剤としては、ノニオン系又はカチオン系の界面活性剤として、例えば、ポリエチレンオキサイド又はポリプロピレンオキサイド付加物や、アセチレングリコール化合物等が挙げられる。
【0057】
水溶性溶剤としては、例えば、エタノール、イソプロピルアルコール、t-ブチルアルコール及びプロピレングリコール等のアルコール類、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル等のセロソルブ類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、アセトン、メチルエチルケトン及びメチルイソブチルケトン等のケトン類等が挙げられる。
【0058】
金属安定化剤としては、例えば、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、DTPA(ジエチレントリアミン五酢酸)等のキレート化合物が挙げられる。
【0059】
エッチング抑制剤としては、例えば、エチレンジアミン、トリエチレンペンタミン、グアニジン及びピリミジン等のアミン化合物類が挙げられる。
【0060】
なお、上記のバインダー成分や添加剤の含有量についても、上記化合物A,Bの場合と同様にして、測定することが可能である。
【0061】
[シリカ]
本実施形態に係る表面処理皮膜13は、シリカを含有していてもよい。シリカを含有する場合、シリカの含有量は、0.01~0.3g/mが好ましい。シリカを0.01g/m以上含有することで、他の鋼板や設備機器などと接触することで皮膜に疵が入ることを防ぐことができる。シリカを0.3g/m超含有する場合、温度上昇効果が望めない一方で高コストとなるため、経済性の点で好ましくない。また、シリカは電気伝導性が低い物質であるため、シリカを0.3g/mを超含有する場合、ホットスタンプ後の溶接性の点で好ましくない。シリカを含有させる場合における表面処理皮膜13中のシリカの含有量は、小さければ小さいほどよい。表面処理皮膜のシリカの含有量は、より好ましくは0.10g/m以下であり、更に好ましくは0.05g/m以下である。
【0062】
[表面処理皮膜の膜厚]
以上のような成分を含有する表面処理皮膜13の平均膜厚Hは、例えば、0.5~15.0μmとすることが好ましい。
表面処理皮膜13の平均膜厚が0.5μm未満の場合、輻射熱の吸収が不十分なため、ホットスタンプ時の昇温速度を十分に高めることができない。一方、表面処理皮膜13の平均膜厚が15.0μm超の場合、表面処理皮膜13自体の熱容量が大きくなり、アルミニウムめっき層12への熱の移動に際して障壁となる。その結果、昇温速度を十分に向上させることができず、また、コストがアップするため経済性の点で好ましくない。表面処理皮膜13の平均膜厚を0.5~15.0μmの範囲とすることで、昇温速度を向上させることができる。表面処理皮膜13の平均膜厚は、より好ましくは、1.0~7.0μmである。
【0063】
<下地処理皮膜>
表面処理皮膜13とアルミニウムめっき層12の間に、図2に示すように、表面処理皮膜13の密着性を向上させるために下地処理皮膜(化成処理層)14が付与されてもよい。なお、図2は説明のための模式図であり、表面処理被膜13,アルミニウムめっき層12および下地処理被膜14などの寸法は、必ずしも好適な実施形態を示したものではなく、かつ、図2の寸法などに限定されるものではない。
【0064】
下地処理皮膜14は、樹脂、シランカップリング剤、ジルコニウム化合物、シリカ、りん酸及びその塩、ふっ化物、並びに、バナジウム化合物から選択されるいずれか一つ以上を含んでもよい。これら物質を含むと、さらに、化成処理剤塗布後の成膜性、水分や腐食性イオン等の腐食因子に対する皮膜のバリア性(緻密性)、めっき面への皮膜密着性などが向上し、皮膜の耐食性の底上げに寄与する。特に、化成処理層が、シランカップリング剤、およびジルコニウム化合物のいずれか一つ以上を含むと、皮膜に架橋構造を形成し、さらにめっき表面との結合も強化するため、皮膜の密着性やバリア性を高めることができる。
また、下地処理皮膜14が、シリカ、りん酸及びその塩、ふっ化物、並びに、バナジウム化合物のいずれか一つ以上を含むと、インヒビターとして、めっき表面や母材鋼板表面に沈殿皮膜や不動態皮膜を形成することで、耐食性を向上することができる。
【0065】
[下地処理皮膜14の付着量]
めっき層片面あたりの下地処理皮膜14の付着量は、固形分換算で、10~1000mg/mが好ましい。下地処理皮膜14の付着量が10mg/m未満では充分な加工密着性と耐食性が確保されない。下地処理皮膜14の付着量が1000mg/mを超えると加工密着性が低下することがある。
めっき層片面あたりの下地処理皮膜14の付着量は、より好ましくは20~800mg/m、さらに好ましくは50~600mg/mである。
【0066】
<アルミニウムめっき層>
本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10は、母材鋼板11の少なくとも一方の表面において、母材鋼板11上に、アルミニウムめっき層12を有することが好ましい。アルミニウムめっき層12を有することにより、ホットスタンプ後の塗装後耐食性をより一層向上させることができる。また、母材鋼板11と表面処理皮膜13との間にアルミニウムめっき層12が存在することで、ホットスタンプの際に、加熱により鉄スケールが生成するのを防ぐことができる。鉄スケールは、加熱炉を汚染させたり、搬送のために用いられるロールに付着したりするため、製造上の負荷になる。そのため、鉄スケールが生成した場合には、鉄スケールを除去するためにショットブラスト等の工程が必要となり、経済上好ましくない。
【0067】
アルミニウムめっき層の種別は、特に限定されない。かかるアルミニウムめっき層を構成する組成としては、アルミニウムめっき、Al-Siめっき、Al-Si-Mg、Al-Si-Caめっき等がある。
例えば、アルミニウムめっき層の化学組成(平均化学組成)が、質量%で、Al:80.0~95.0%、Si:2.0~15.0%、Fe:1~15.0%、Cr:0%以上1.0%未満、Mo:0%以上1.0%未満、Zn:0%以上1.0%未満、V:0%以上1.0%未満、Ti:0%以上1.0%未満、Sn:0%以上1.0%未満、Ni:0%以上1.0%未満、Cu:0%以上1.0%未満、W:0%以上1.0%未満、Bi:0%以上1.0%未満、Mg:0%以上1.0%未満、Ca:0%以上1.0%未満を含有し、残部は不純物であるめっき層であってもよい。
【0068】
アルミニウムめっき層におけるAl含有量が80.0%未満であると、ホットスタンプ後の耐食性(ホットスタンプ成形体における耐食性)が劣化する。そのため、Al含有量は、85.0%以上であることが好ましい。Al含有量は、より好ましくは88.0%以上である。一方、アルミニウムめっき層におけるAl含有量が95.0%超であると、めっき密着性が劣化する場合がある。そのため、Al含有量は95.0%以下とすることが好ましい。Al含有量は、より好ましくは92.0%以下である。
【0069】
アルミニウムめっき層におけるSi含有量が2.0%未満であると、めっき密着性が劣化する場合がある。そのため、Si含有量は2.0%以上とすることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは3.0%以上、さらに好ましくは4.0%以上である。一方、アルミニウムめっき層におけるSi含有量が15.0%超であると、めっき密着性が劣化する場合がある。そのため、Si含有量は15.0%以下とすることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは13.0%以下である。
【0070】
Fe含有量は、好ましくは1.0%以上であり、15.0以下である。
【0071】
アルミニウムめっき層の化学組成は、JIS G K 0119:2008に準拠した蛍光X線法によって測定することができる。すなわち、目的元素の含有量が既知の試料を用いて、X線強度と含有量の関係を予め求める。これをもとに作成した検量線から、未知試料の各元素の含有量すなわち化学組成を求めることができる。
【0072】
[アルミニウムめっき層の付着量]
アルミニウムめっき層12は母材鋼板11の片面または両面に付与される。その付着量は、片面あたり5g/m~140g/mであることが好ましい。
片面あたりの付着量が5g/m未満の場合、ホットスタンプの加熱工程において、母材鋼板の表面に鉄スケールが生成して、スケールを除去する工程が必要となる。一方、片面あたりの付着量が140g/m超の場合、塗装後耐食性を高めるために必要なホットスタンプ加熱工程でのAlとFeの合金化反応を進行させるために時間を要するため、生産性の観点から好ましくない。このため、アルミニウムめっき層12の付着量は、片面あたり5g/m~140g/mが好ましい。
【0073】
<母材鋼板>
次に、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10の母材鋼板11について説明する。母材鋼板11は、ホットスタンプ法に好適に利用可能な鋼板であれば、特に制限はない。本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10に適用可能な母材鋼板11の化学組成は、例えば、質量%で、
C:0.03~0.60%、
Si:0.01~0.60%、
Mn:0.50~3.00%、
P:0.050%以下、
S:0.020%以下、
Al:0.100%以下、
Ti:0.01~0.10%、
B:0.0001~0.0100%、
N:0.010%以下、
Cr:0~1.00%、
Ni:0~2.00%、
Cu:0~1.000%、
Mo:0~1.00%、
V:0~1.00%、
Nb:0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
W:0~1.00%、
Ca:0~0.010%、
REM:0~0.30%であり、
残部:Fe及び不純物であってもよい。
また、母材鋼板11の形態としては、例えば熱延鋼板や冷延鋼板などの鋼板を例示できる。
以下、ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10の母材鋼板11の各元素の好ましい範囲及びその理由について詳細に説明する。なお、以下の母材鋼板11の化学組成に関する説明において、「%」の表記は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。
【0074】
[C:0.03~0.60%]
Cは、目的とする機械的強度を確保するために含有される。C含有量が0.03%以上であることで、十分な機械的強度の向上が得られ、Cを含有する効果が十分に得られる。そのため、C含有量は、0.03%以上であることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.20%以上である。一方、C含有量が0.60%以下であることで、鋼板の強度を硬化向上させつつ、伸び、絞りの低下を抑制できる。そのため、C含有量は、0.60%以下であることが好ましい。C含有量は、より好ましくは0.40%以下である。
【0075】
[Si:0.01~0.60%]
Siは、機械的強度を向上させる強度向上元素の一つであり、Cと同様に、目的とする機械的強度を確保するために含有される。Si含有量が0.01%以上であることで、強度向上効果が十分に発揮され、十分な機械的強度の向上が得られる。そのため、Si含有量は、0.01%以上であることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは0.10%以上である。一方、Siは易酸化性元素でもあるため、Si含有量が0.60%以下であることで、鋼板表層に形成したSi酸化物の影響による、溶融Alめっきを行う際の濡れ性の低下が抑制され、不めっきの発生が抑制できる。そのため、Si含有量は、0.60%以下であることが好ましい。Si含有量は、より好ましくは0.40%以下である。
【0076】
[Mn:0.50~3.00%]
Mnは、鋼を強化させる強化元素の1つであり、焼入れ性を高める元素の1つでもある。更に、Mnは、不純物の1つであるSによる熱間脆性を防止するのにも有効な元素である。Mn含有量が0.50%以上であることで、これらの効果が十分に得られる。そのため、上記効果を確実に発現させるために、Mn含有量は、0.50%以上であることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは0.80%以上である。一方、Mnはオーステナイト形成元素であるため、Mn含有量が3.00%以下であることで、残留オーステナイト相が多くなり過ぎず、強度の低下が抑制される。そのため、Mn含有量は、3.00%以下であることが好ましい。Mn含有量は、より好ましくは1.50%以下である。
【0077】
[P:0.050%以下]
Pは、鋼中に含まれる不純物である。P含有量が0.050%以下であることで、鋼板に含まれるPが鋼板の結晶粒界に偏析してホットスタンプされた成形体の母材の靭性を低下させることを抑制でき、鋼板の耐遅れ破壊性の低下を抑制できる。そのため、P含有量は0.050%以下であることが好ましく、P含有量はできる限り少なくすることが好ましい。必要に応じて、P含有量を0.045%以下または0.040%以下としてもよい。P含有量の下限は0%であるが、その下限を0.001%または0.005%としてもよい。
【0078】
[S:0.020%以下]
Sは、鋼中に含まれる不純物である。S含有量が0.020%以下であることで、鋼板に含まれるSが硫化物を形成して鋼板の靭性を低下させることを抑制でき、鋼板の耐遅れ破壊性の低下を抑制できる。そのため、S含有量は0.020%以下であることが好ましく、S含有量はできる限り少なくすることが好ましい。必要に応じて、S含有量を0.015%以下または0.010%以下としてもよい。S含有量の下限は0%であるが、その下限を0.001%または0.002%としてもよい。
【0079】
[Al:0.100%以下]
Alは、一般に鋼の脱酸目的で使用される。一方、Al含有量が0.100%以下であることで、鋼板のAc3点の上昇が抑制されるため、ホットスタンプの際に鋼の焼入れ性確保に必要な加熱温度を低減でき、ホットスタンプ製造上望ましい。従って、鋼板のAl含有量は、0.100%以下が好ましく、より好ましくは0.050%以下であり、更に好ましくは0.030%以下である。Al含有量の下限は0%であるが、その下限を0.001%、0.003%または0.007%としてもよい。
【0080】
[Ti:0.01~0.10%]
Tiは、強度強化元素の1つである。Ti含有量が0.01%以上であることで、強度向上効果や耐酸化性向上効果が十分に得られる。そのため、上記効果を確実に発現させるために、Ti含有量は、0.01%以上であることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.03%以上である。一方、Ti含有量が0.10%以下であることで、例えば炭化物や窒化物の形成が抑制され、鋼の軟質化を抑制でき、目的とする機械的強度を十分に得ることができる。従って、Ti含有量は、0.10%以下であることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.08%以下である。
【0081】
[B:0.0001~0.0100%]
Bは、焼入れ時に作用して強度を向上させる効果を有する。B含有量が0.0001%以下であることで、このような強度向上効果が十分に得られる。そのため、B含有量は、0.0001%以上であることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0010%以上である。一方、B含有量が0.0100%以下であることで、介在物の形成が低減されて鋼板の脆化が抑制され、疲労強度の低下を抑制できる。そのため、B含有量は、0.0100%以下であることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0040%以下である。
【0082】
[N:0.010%以下]
Nは、鋼中に含まれる不純物である。N含有量が0.010%以下であることで、鋼板に含まれるNによる窒化物の形成が抑制されて、鋼板の靭性低下を抑制できる。更に、鋼板中にBが含有される場合に、鋼板に含まれるNがBと結合して固溶B量を減少させることが抑制され、Bの焼入れ性向上効果の低下が抑制できる。そのため、N含有量は、0.010%以下であることが好ましく、N含有量はできる限り少なくすることがより好ましい。
【0083】
また、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の母材鋼板は、更に、任意元素として、Cr、Mo、Ni、Cu、V、Nb、Sn、W、CaおよびREMからなる群から選ばれる1種以上の元素を含有してもよい。これらの元素の含有量の下限は0%である。
【0084】
[Cr:0~1.00%]
Crは、鋼板の焼入れ性を向上させる元素である。かかる効果を十分にj得るためには、Cr含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr含有量を1.00%以下とすることで、その効果を十分に得つつ、コストの上昇を抑制できる。そのため、含有させる場合のCr含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Cr含有量を0.70%以下または0.50%以下としてもよい。
【0085】
[Ni:0~2.00%]
Niは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Ni含有量を0.10%以上とすることが好ましい。一方、Ni含有量が2.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のNi含有量は、2.00%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Ni含有量を1.20%以下、0.80%以下または0.50%以下としてもよい。
【0086】
[Cu:0~1.000%]
Cuは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。また、Cuは、腐食環境において耐孔食性を向上させる。かかる効果を十分に発現させるためには、Cu含有量を0.100%以上とすることが好ましい。一方、Cu含有量が1.000%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のCu含有量は、1.000%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Cu含有量を0.600%以下、0.400%以下または0.200%以下としてもよい。
【0087】
[Mo:0~1.00%]
Moは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Mo含有量を0.10%以上とすることが好ましい。一方、Mo含有量が1.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のMo含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Mo含有量を0.60%以下、0.40%以下または0.20%以下としてもよい。
【0088】
[V:0~1.00%]
Vは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、V含有量を0.10%以上とすることが好ましい。一方、V含有量が1.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のV含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。必要に応じて、V含有量を0.60%以下、0.40%以下または0.20%以下としてもよい。
【0089】
[Nb:0~1.00%]
Nbは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Nb含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Nb含有量が1.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のNb含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Nb含有量を0.50%以下、0.20%以下または0.10%以下としてもよい。
【0090】
[Sn:0~1.00%]
Snは、腐食環境において耐孔食性を向上させる元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Sn含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Sn含有量が1.00%以下であることで、粒界強度の低下が抑制され、靭性の低下を抑制できる。そのため、含有させる場合のSn含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。必要に応じて、Sn含有量を0.40%以下、0.10%以下または0.05%以下としてもよい。
【0091】
[W:0~1.00%]
Wは、鋼の焼入れ性を高め、かつ、焼入れ後の鋼板部材の強度を安定して確保することを可能にする元素である。また、Wは、腐食環境において耐孔食性を向上させる。かかる効果を十分に発現させるためには、W含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、W含有量が1.00%以下であることで、上記の効果を十分に得つつ、経済性が高められる。そのため、含有させる場合のW含有量は、1.00%以下とすることが好ましい。必要に応じて、W含有量を0.60%以下、0.40%以下または0.20%以下としてもよい。
【0092】
[Ca:0~0.010%]
Caは、鋼中の介在物を微細化し、焼入れ後の靱性及び延性を向上させる効果を有する元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、Ca含有量を0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上とすることがより好ましい。一方、Ca含有量が0.010%以下であることで、その効果を十分に得つつ、コストを抑制できる。そのため、含有させる場合のCa含有量は、0.010%以下とすることが好ましく、0.004%以下とすることがより好ましい。必要に応じて、Ca含有量を0.008%以下、0.006%以下または0.0004%以下としてもよい。
【0093】
[REM:0~0.30%]
REMは、Caと同様に鋼中の介在物を微細化し、焼入れ後の靱性及び延性を向上させる効果を有する元素である。かかる効果を十分に発現させるためには、REM含有量を0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上とすることがより好ましい。一方、REM含有量が0.30%以下であることで、その効果を十分に得つつ、コストを抑制できる。そのため、含有させる場合のREM含有量は、0.30%以下とすることが好ましく、0.20%以下とすることがより好ましい。必要に応じて、Ca含有量を0.10%以下、0.05%以下または0.02%以下としてもよい。
【0094】
ここで、REMは、Sc、Y及びランタノイドの合計17元素を指し、上記REMの含有量は、これらの元素の合計含有量を意味する。REMは、例えば、Fe-Si-REM合金を使用して溶鋼に添加され、この合金には、例えば、Ce、La、Nd、Prが含まれる。
【0095】
上記成分以外の残部は、Fe及び不純物である。母材鋼板11は、上記成分の他、本発明の効果を阻害しない範囲で、製造工程などで混入してしまう不純物を含んでもよい。かかる不純物としては、例えば、Zn(亜鉛)、Co(コバルト)が挙げられる。
【0096】
上述したホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板10の母材鋼板11の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。ホットスタンプ用鋼板が表面にめっき層を備える場合は、機械研削により表面のめっき層を除去してから、化学組成の分析を行えばよい。
【0097】
上記の化学成分を有する母材鋼板11およびアルミニウムめっき層12からなるめっき鋼板の表面ののうち、表面処理皮膜13が付与された部位は、ホットスタンプ法による加熱および焼入れにより高強度の引張強度を有するホットスタンプ部材とすることができる。また、ホットスタンプ法においては、高温で軟化した状態でプレス加工を行うことができるので、容易に成形することができる。
【0098】
(ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板の製造方法)
以下、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板の製造方法の一例を説明する。なお、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板は、上述の構成を有すれば、製造方法は特に限定されない。下記の製造方法は、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板を製造するための一つの例であり、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板の製造方法の好適な例である。
【0099】
<母材鋼板>
アルミニウムめっきに供する母材鋼板は、ホットスタンプ法に好適に利用可能な鋼板であれば、特に制限はない。母材鋼板の形態としては、例えば熱延鋼板や冷延鋼板などの鋼板を例示できる。
【0100】
<アルミニウムめっき層の形成>
アルミニウムめっき層を形成させる方法は、溶融めっき法、電気めっき法、物理蒸着、化学蒸着等が挙げられるが、特に限定されるものではない。公知の方法により、母材鋼板の表面にアルミニウムめっき層が形成される。
【0101】
<表面処理皮膜の製造方法>
表面処理皮膜の製造方法は特に限定されないが、例えば、各々の皮膜形成成分を混合し、ディスパーで攪拌し、溶解もしくは分散させた混合処理液をめっき層上に塗布した後、乾燥させる方法が挙げられる。混合処理液は、例えば、化合物Aの処理液および化合物Bの処理液をそれぞれ調整し、pH調整を行った上で、各処理液と樹脂などの他の任意成分とを混合することで作製される。
以下、具体的に説明する。
【0102】
表面処理皮膜に含有させる化合物Aとしては、カーボンブラックや黒鉛、すすなどが挙げられる。表面処理皮膜の製造方法においては、これらの粉末を水などに分散させた処理液を用いるとよい。
【0103】
機械などで粉末径(粒径)が30~300nmの間になるように化合物Aを粉砕した上で、水酸化ナトリウムを含むpH9.0~13.0に調整された処理液中に化合物Aを投入する。その後、化合物Aが投入された処理液を50℃から80℃で1日~4日間攪拌する前処理を実施することにより、粒径が30~300nmの化合物Aを処理液中により安定して分散させることができる。また、表面処理皮膜が形成された際に、皮膜層中に化合物Aを均一に存在させることができるため、昇温特性を高められる。
【0104】
さらに、化合物Aが投入されたpH9.0~13.0の処理液を50℃から80℃で1日~4日間加熱すること(つまり、前述の前処理条件を満たすこと)により、皮膜中の化合物Aの炭素濃度を高めることもできる。処理液を当該前処理に供すると、化合物Aの粒子外側の炭素濃度が少ないエリア(例えば、酸素(O)、窒素(N)、硫黄(S)等の比率が高い部分)が、水酸化ナトリウムを含む処理液により溶解され、粒子内側の炭素濃度が高いエリアが残る。これにより、皮膜中の化合物Aの炭素濃度を高めることもできる。
一方、前述の前処理条件を満たさない場合(例えば、攪拌時間が1日未満の場合など)は、化合物Aの粒子外側の炭素濃度が少ないエリアの溶解量が低下し、相対的に、皮膜中の化合物Aの炭素濃度が低下する。そのため、皮膜中の化合物Aの炭素濃度を十分に高めるためには、処理液を塗布する前の前記前処理の条件を制御することが必要である。
【0105】
金属元素Mの酸化物またはフッ化物であり、かつルチル型構造を有する化合物Bも同じく、粉末あるいは水または溶剤に分散された処理液を用いるとよい。
【0106】
化合物Bを機械などで粉末径(粒径)が10~300nmの間になるように粉砕した上で、フッ化ナトリウムを含むpH3~7に調整された処理液中に投入し、50℃から80℃で4時間~24時間撹拌する前処理を行う。これにより、粒径が10~300nmの化合物Bを処理液中により安定して分散させることができる。その結果、表面処理皮膜が形成された際に皮膜中において後述するような化合物Bの存在形態を実現させることができるため、昇温特性を高められる。
【0107】
このようにしてスクリーニングした原料および処理液に、バインダー成分(樹脂)を適宜添加した混合処理液を用いることで、本実施形態の表面処理皮膜を得ることができる。
【0108】
化合物Aの処理液と化合物Bの処理液を合わせた混合処理液の製造方法は特に限定されないが、例えば、上記の方法で得た化合物Aを含む処理液と化合物Bを含む処理液とを混合し、ディスパーで攪拌し、溶解もしくは分散させ、その後、必要に応じてバインダー(樹脂)やシリカを添加する方法が挙げられる。各々の皮膜形成成分の溶解性、又は分散性を向上させるために、必要に応じて、公知の親水性溶剤等を添加してもよい。処理液中には、その性能が損なわれない範囲内で、pH調整のために酸、アルカリ等を添加してもよい。
以下、混合処理液の製造方法について具体的に説明する。
【0109】
上記の式(1)、式(2)を満たすような表面処理皮膜を実現するためには、まず、化合物Aおよび化合物Bそれぞれを、水または水とエタノール等の溶剤との混合液に分散させ、上記調整方法によって各処理液を作製する。その後、バインダー成分(樹脂など)と化合物Aの処理液を混合し、引き続き、化合物Bの処理液を混合して混合処理液を作製する。なお、pH3~7の化合物Bの処理液を30~50℃で4~25hr攪拌後、化合物Aの処理液との混合直前に、アンモニア水などを用いて化合物Bの処理液をpH8以上とする。また、表面処理皮膜中にシリカを含ませる場合は、化合物Bの処理液を混合液に混合させた後に、シリカを投入するとよい。
表面処理被膜の界面側位置Pにおける化合物Aの含有率を30%以上とするため、混合処理液中の化合物Aの濃度(含有量)は乾燥重量(質量)比で15質量%以上とする。表面処理被膜の界面側位置Pにおける化合物Aの含有率を80%以下とするためには、混合処理液中の化合物Aの濃度(含有量)が乾燥重量(質量)比で50質量%以下とする。
金属元素Mの濃度に関する式(1)および式(2)を満たすためには、混合処理液中の化合物Bの濃度(含有量)は、乾燥重量(質量)比で3~50質量%とする。
混合処理液中の化合物Aの濃度(含有量)と化合物Bの濃度(含有量)の合計は、乾燥重量(質量)比で18~90%とする。
次いで、得られた混合処理液を、塗装直前に150rpm以上300rpmで撹拌し、かつ攪拌後の混合処理液を5秒以内に塗布することが好ましい。
【0110】
また、上記の式(1)、式(2)を満たすような表面処理皮膜を実現するためには、せん断速度10-3/sにおける混合処理液の動的粘度を3~16mPa・sとし、表面張力を20~60mN/mにする。
動的粘度が3mPa・s未満の場合、式(2)においてCbM/CtMが10.0を超え、所望の昇温速度を得ることができないおそれがある。したがって、混合処理液の動的粘度は3mPa・s以上とし、好ましくは6mPa・s以上である。一方、動的粘度が16mPa・sを超える場合、式(2)においてCbM/CtMが1.5未満となり、所望の昇温速度を得ることができないおそれがある。したがって、混合処理液の動的粘度は16mPa・s以下とし、好ましくは12mPa・s以下である。
【0111】
また、混合処理液の表面張力が20mN/m未満の場合、CbMが1質量%未満となり、所望の昇温速度を得ることができない。したがって、混合処理液の表面張力は20mN/m以上とし、好ましくは30mN/m以上である。一方、表面張力が60mN/mを超える場合、同様に所望の昇温速度を得ることができない。したがって、混合処理液の表面張力は60mN/m以下とし、好ましくは40mN/m以下である。
【0112】
表面処理皮膜層を形成するには、処理液をアルミニウムめっき層(もしくは化成処理層)上に塗布し、塗布膜を加熱乾燥する。処理液の塗布方法は、特に限定されず、一般に公知の塗布方法、例えば、ロールコート、浸漬などを利用する方法が可能である。
【0113】
化合物Bを式(1)、式(2)のような所定の濃度分布となるように制御するためには、塗布後の加熱乾燥温度に関し、到達温度は、55℃~120℃とする。なお、ここでいう「到達温度」とは、母材鋼板表面の温度を意味する。
到達温度が55℃未満では、水分の蒸発速度が遅く充分な成膜性が得られないので、皮膜密着性が不足する場合がある。さらに、到達温度が低すぎる場合、処理液の蒸発速度が遅いため、化合物Bにおける金属元素MがAlめっき層側に濃化し、CbM/CtMが過度に高くなってしまう。そしてその結果、表面処理皮膜13の表面側での吸熱が不足し、ホットスタンプ時の昇温特性が劣化するおそれがある。一方、到達温度が120℃を超えると、バインダー成分が熱分解等のため変性を起こし、密着性や耐食性が低下する場合がある。到達温度は65~100℃がより好ましい。
【0114】
また、母材鋼板表面の温度が25℃から65℃に到達する時間をt1(65℃に到達しない場合は、母材の最終到達温度)、冷却によって65℃(または母材の最終到達温度)から40℃に低下するまでの時間をt2とした場合、t1は1.5秒から14.0秒、t2を0.5秒から8.6秒とし、かつ、t1/t2を0.35~10.0の範囲とする。これにより、化合物Bの表面処理皮膜中における濃度分布CbM/CtMを制御することが容易になり、昇温速度がより向上する。
【0115】
さらに、母材鋼板表面の温度が25℃から55℃に到達する時間をt3とした場合、t3を5.0秒から12.0秒とする。これにより、界面側位置Pの化合物Aの含有率を30~80%とすることができる。
【0116】
塗布後の処理液の加熱乾燥方法は、特に制限はなく、熱風、誘導加熱、近赤外線、直火等を単独又は組み合わせた方法が挙げられる。樹脂を分散又は溶解させる処理液中の成分としては、水や溶剤を用いることが可能である。
【0117】
(ホットスタンプ部材の製造方法)
自動車用の骨格部品に例示されるような各種のホットスタンプ部材は、上記のような表面処理皮膜が少なくとも一方の表面の全面に付与されたホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板を用いて製造できる。
【0118】
まず、例えば、表面処理皮膜が付与されたアルミニウムめっき鋼板を切断やプレスで打抜く等の各種加工を施すことで、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板を得る。
また、切断やプレスで打抜く等したアルミニウムめっき鋼板に表面処理皮膜を付与することでも、本実施形態に係るホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板を得ることができる。また、表面処理皮膜の膜厚を部分的に薄くすることで、例えばホットスタンプを施す前に複数の鋼板を溶接する用途において、通電しやすくなりスポット溶接性を高めることができる。
【0119】
以上のようにして表面処理皮膜を付与したホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板を、ホットスタンプする。加熱装置としては、例えば、電気加熱炉、ガス加熱炉や、遠赤外炉、赤外線ヒータを備えた通常の加熱装置、等がある。表面処理皮膜を付与して放射率を高めた側の面は、輻射による伝熱効果が大きいために昇温速度が速い。そのため、金属組織がオーステナイト相に変態するAc3点以上の温度以上まで、迅速に昇温される。これにより、本実施形態に係るホットスタンプ部材の製造方法では、加熱時間の短縮を図ることで、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることができる。本実施形態では、具体的な加熱条件については、特に限定されるものではなく、用いる加熱装置等を適切に制御すればよい。
【0120】
次に、加熱した鋼板を、成形及び冷却する。鋼材の金属組織がオーステナイト相に変態するAc3点温度以上にまで昇温された部位は、成形と同時に焼入れされて強度が高くなる。これにより、強度が向上したホットスタンプ部材を得ることができる。
【実施例
【0121】
以下、本発明の実施例について説明するが、実施例における条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例にすぎず、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0122】
母材鋼板としては、高い機械的強度(引張強度、降伏点、伸び、絞り、硬さ、衝撃値、疲れ強さ等の機械的な変形及び破壊に関する諸性質を意味する。)を有する鋼板を使用することが好ましい。
以下の実施例に示したホットスタンプ用鋼板に使用した、めっき前の母材鋼板の化学成分を、以下の表1に示した。
【0123】
【表1】
【0124】
表1に示した化学組成を有する母材鋼板(鋼No.S1~S10)について、幅100mm×長さ200mm、板厚2.3mmの鋼板(母材鋼板)を準備し、後述する方法にて、アルミニウムめっき層および表面処理皮膜を母材鋼板の両面の全面にわたって付与した。ここで、表1の表記「-」は、対応する元素含有量が、本実施形態に規定の有効数字(最小桁までの数値)において、0%であることを意味する。
【0125】
まず、化合物Aとして、粉末径(粒径)が30~300nmの間になるように粉砕されたカーボンブラック(CB)、黒鉛、すすのうち少なくとも1種を添加した水系処理液(溶媒:水)と、化合物Bとして粉末径(粒径)が30~300nmの間になるように粉砕された金属酸化物または金属フッ化物を添加した水系処理液(溶媒:水)と、を別々に準備した。そして、各処理液を混合し、さらにポリウレタン樹脂を添加した処理液をアルミニウムめっき層上に塗布し、乾燥させて表面処理皮膜を形成した。表面処理皮膜の膜厚は1.0~2.5μmの範囲内とし、両面とも同種の皮膜を付与した。
【0126】
表2A及び表2Bに、用いた化合物種や添加物など表面処理皮膜の製造方法を記載した。ポリウレタン樹脂は、表2A及び表2Bのすべての製造方法において、処理液中における固形分中比率が10~92質量%となるよう添加した。また、表2A及び表2Bのすべての製造方法において、化合物Bの調整時には、添加物としてフッ化ナトリウムを用いた。また、化合物Aと化合物Bの各処理液を混合する場合には、表2Aおよび表2Bに示すような乾燥重量比となるように調整した。なお、表2A及び表2B中の下線は、本発明の製造方法の好ましい条件を外れることを示す。
また、表2A及び表2Bに示す動的粘度(mPa・s)は、せん断速度10-3/sにおける動的粘度である。表2A及び表2Bに示す「時間t1」、「時間t2」、「時間t3」はそれぞれ、「母材鋼板表面の温度が25℃から65℃に到達する時間」、「母材鋼板表面の温度が65℃から40℃に低下するまでの時間」、「母材鋼板表面の温度が母材鋼板表面の温度が25℃から55℃に到達する時間」を示す。
【0127】
【表2A】
【0128】
【表2B】
【0129】
その後、表面処理皮膜を付与したアルミニウムめっき鋼板(HS用アルミニウムめっき鋼板)の表面に熱電対を接続して、各位置の温度を測定できるようにした。そして、設定温度940℃の電気加熱炉においてHS用アルミニウムめっき鋼板を加熱し、表面温度が930℃に到達した時点で、加熱炉からHS用アルミニウムめっき鋼板を取り出した。その後、HS用アルミニウムめっき鋼板を平金型で急速に冷却して、ホットスタンプ部材を得た。
【0130】
なお本実施例においては、母材鋼板には、溶融めっき法によりAl-10質量%Siめっきを施した上で、上記の表面処理皮膜を付与した。溶融めっき法の場合、めっき浴に母材鋼板を浸漬させた後、ガスワイピング法で付着量を片面あたり100g/mに調整した。
【0131】
表面処理皮膜の皮膜組成、昇温速度(昇温特性)及び皮膜密着性を調査した。なお、ホットスタンプ部材は必ずしも摺動などを受ける部材として使用されることはない。そのため、本実施例において皮膜密着性は、ホットスタンプ部材として具備すべき必須の特性ではなく、具備していた方が好ましい特性である。
【0132】
各評価項目の評価方法は、以下の通りとした。
【0133】
(1)昇温速度(昇温特性)
(評点)
各HS用アルミニウムめっき鋼板に設けた熱電対から得られた温度変化と、電気加熱炉における加熱時間とから、各HS用アルミニウムめっき鋼板での昇温速度を算出し、評価を行った。詳細には、室温から910℃に達するまでの昇温速度を算出し、以下の評価基準に基づき評価を行った。評点「2」以上を合格とした。
【0134】
(評点)
4:昇温速度5.7℃/s以上
3:昇温速度4.3℃/s以上5.7℃/s未満
2:昇温速度3.5℃/s以上4.3℃/s未満
1:昇温速度2.5℃/s未満
【0135】
(2)皮膜密着性
得られたホットスタンプ成形体をラビングテスター(井本製作所社製、「ラビングテスター1509」)に設置後、エタノールを含浸させた脱脂綿を、ストローク距離:100mm、速度:毎分30往復、荷重:0.5kgf/cmで10回摺動(往復)させた後の皮膜状態を下記の評価基準で評価した。
【0136】
(評点)
3:摺動部全体にわたって全く跡が付かない。
2:摺動部の一部にわずかに跡が付く。
1:摺動部に皮膜がなくなる。
【0137】
<実施例1>
表3において、B1~B16が発明例であり、b1~b8が比較例である。
本実施例では、水系処理液を調整する際に、バインダー成分以外の化合物として、カーボンブラック(CB)と、黒鉛、すすの粉末及び水分散液を用いた。
【0138】
比較例b1では、化合物Aの炭素濃度が71%と低かった。比較例b2~b4では、化合物Bがルチル型構造でなかった。比較例b5、b10では式(1)を満たさなかった。比較例b6、b7、b8、b9では式(2)を満たさなかった。比較例b1~b7、b9、b10では昇温速度の評点が1であったのに対して、発明例B1~B16では昇温速度の評点が2であった。
【0139】
【表3】
【0140】
<実施例2>
表4に示す通り、表面処理皮膜の表面から0.90Hの位置(つまり、界面側位置P)における化合物Aの含有率が30~80%であった発明例C2~C11は、当該位置における化合物Aの含有率が20%のC1よりも昇温速度に優れていた。
【0141】
【表4】
【0142】
<実施例3>
表5に示す通り、化合物BをTiOとした発明例D6~D9は、化合物BをIrO、GeOとした発明例D1、D5よりも昇温速度に優れた。
【0143】
【表5】
【0144】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0145】
本発明の上記態様によれば、ホットスタンプ部材の生産性をより向上させることが可能なホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板の提供が可能となるので、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0146】
10 ホットスタンプ用アルミニウムめっき鋼板
11 母材鋼板
12 アルミニウムめっき層
13 表面処理皮膜
14 下地処理皮膜
図1
図2