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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-10
(45)【発行日】2024-09-19
(54)【発明の名称】水素貯蔵燃料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 3/00 20060101AFI20240911BHJP
   C01C 1/10 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
C01B3/00 B
C01C1/10 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023186017
(22)【出願日】2023-10-30
【審査請求日】2024-03-04
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(73)【特許権者】
【識別番号】390000022
【氏名又は名称】サンアロイ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086335
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 榮一
(72)【発明者】
【氏名】森下 政夫
(72)【発明者】
【氏名】柳田 秀文
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2023-061564(JP,A)
【文献】特許第7470914(JP,B1)
【文献】国際公開第2014/115582(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
C01B 3/00- 3/58
C01C 1/00- 1/28
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体の水素貯蔵燃料であって、
アンモニア(NH)が、常圧常温下で固体の立方晶として、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に閉じ込められている
ことを特徴とする水素貯蔵燃料。
【請求項2】
不可避不純物として、5ホウ酸アンモニウム4水和物(NH(HO))及びアンモニアボラン(NHBH)が混入されている
ことを特徴とする請求項1記載の水素貯蔵燃料。
【請求項3】
アンモニア(NH)を溶解した水溶液に三酸化二ホウ素(B を混合した混合水溶液を作製し、
次いで、前記混合水溶液を凍結して凍結固化体を作製し、
その後、前記凍結固化体を凍結乾燥し、前記凍結固化体中に気体として含有された水蒸気(HO)と、気体として含有されたホウ素化合物(BHO)を排出し、前記凍結固化体中のアンモニア(NH)を濃縮し、
前記アンモニア(NH)をホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に常温常圧下で固体の立方晶体として閉じ込めた
ことを特徴とする水素貯蔵燃料の製造方法。
【請求項4】
前記アンモニア(NH)は、不可避不純物である5ホウ酸アンモニウム4水和物(NH(HO))及びアンモニアボラン(NHBH)とともに、前記ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に閉じ込め固化される
ことを特徴とする請求項3記載の水素貯蔵燃料の製造方法。
【請求項5】
前記混合水溶液は、液体窒素により冷却されて凍結固化体とされたことを特徴とする請求項3又は請求項4記載の水素貯蔵燃料の製造する方法。
【請求項6】
前記凍結固化体は、液体窒素により冷却され状態で、減圧処理されて凍結乾燥されることを特徴とする請求項3又は請求項4記載の水素貯蔵燃料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素含有化合物であるアンモニアを用いた水素貯蔵燃料及び水素貯蔵燃料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、環境破壊を抑制するため、二酸化炭素を削減することが求められている。二酸化炭素の削減を図るため、太陽光発電や風力発電を利用した再生可能エネルギー(自然エネルギー)の供給が進められている。しかしながら、これらの自然エネルギーにはいくつかの制約がある。すなわち、太陽光発電や風力発電による電力は天候に依存するため、需要に釣り合った安定した供給が困難である。また、設備を設置するための地理的制約がある。したがって、自然エネルギーを必要なときに使用できるよう、蓄電技術を開発する必要がある。有力な蓄電技術に水電解による水素の製造がある。水素は、燃料電池によって電力に変換でき、また、化石燃料に代替して直接燃焼させることができる。しかしながら、気体の水素は、その体積の大きさからエネルギー密度が小さく、備蓄と輸送が困難である。また、液体水素は20K以下に冷却して保管する必要があり、コスト面で問題がある。
【0003】
そこで、気体の水素が有する問題点を解消する水素貯蔵物質として、体積あたり、質量あたりの含有密度が高く、燃焼時に二酸化炭素(CO)を排出しない水素含有化合物であるアンモニアが注目されている。アンモニアは、298K、約8気圧で液体となるため、常温で液体としてボンベ中に保管できる。そして、アンモニアは、アンモニア発電やアンモニアエンジンの燃料として直接利用することが期待されている。
【0004】
アンモニアは、ハーバーボッシュ法によって、鉄を触媒に用いて高温、高圧下で、大気中の窒素と水素から大規模に合成でき、食糧増産のための肥料の大量生産を導いた。また、ハーバーボッシュ法を改良して、低圧でアンモニアを合成するため、触媒にリチウム(Li)化合物を用いた方法が試作されている。さらに、偏在する自然エネルギーを利用して小規模にアンモニアを生成する研究がなされている。すなわち、窒素ガス(N(g))の強固なN-N結合を開裂してアンモニアを生成する方法として、電界、放電、触媒の表面プラズモン共鳴による方法が検討されている。
【0005】
以上の逆反応として、適正な触媒、例えばニッケル(Ni)、ゼオライト(Zeolite)、カルシウム窒化水素(CaNH)を触媒として用いると、アンモニアを水素ガス(H(g))と窒素ガス(N(g))に再変換でき、分離膜を用いて水素(H)のみを捕集できる。
【0006】
そして、自然エネルギーを用いた水電解法による水素と大気中の窒素から製造したアンモニアは、グリーンアンモニアと呼ばれている。グリーンアンモニアは、化石燃料に代替するエネルギー源として期待され、内燃機関や発電システムの燃料として注目されている。
【0007】
なお、ハーバーボッシュ法に代わるアンモニアの合成方法として特許文献1に記載されたものが提案されている。
【0008】
そして、アンモニアを燃料とするアンモニアエンジンシステムとして、特許文献2に開示されたものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2014/115582号パンフレット
【文献】国際公開第2010/058807号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、ボンベに充填された液体のアンモニアは、噴出すると直ちに気化して気体のアンモニアとなる。気体であるアンモニアは、生体内に容易に吸入され、呼吸器官の粘膜を刺激し、そのショックで呼吸停止を誘発するおそれがある。生体内に吸引されることにより、生体の血中アンモニア濃度を高め、意識障害を生じさせるおそれがある。また、眼に入ると、眼に障害を与えるおそれもある。
【0011】
このように、気体のアンモニアは、生体に対し極めて有害な物質であり、保管管理や搬送に困難な伴うため、広く一般に汎用して利用な可能なエネルギーキャリアとして用いることが困難である。
【0012】
なお、アンモニアは、常圧の雰囲気下おいて、195.5K以下に冷却することにより、安定な形態である固体となり、その昇華蒸気圧は、0.0609barに低減され、無臭となる。したがって、アンモニアは、常温で安定した固体とされることにより、新エネルギー源として期待される水素の貯蔵物質として安全に貯留し、搬送することを可能とする。
【0013】
そこで、本発明の技術課題は、生体にとって危険な劇物であり、貯蔵保管が困難であり、さらに搬送が困難なアンモニアが有する問題点を解決し得る新規な水素貯蔵燃料を提供することを目的とする。
【0014】
さらに、本発明の技術課題は、安全に利用することを可能となし、しかも、貯蔵、運搬に適した形態とした水素貯蔵燃料を提供することにある。
【0015】
さらにまた、本発明の他の技術課題は、以下に、図面を参照した説明により一層明らかにされる。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、上述した技術課題を解決するため、本発明者等が鋭意研究を重ねた結果 完成された新規な固体の水素貯蔵燃料であって、水素貯蔵媒体を構成するアンモニア(NH)を固体の立方晶として、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に閉じ込めたものである。
【0017】
ところで、この解決手段に係る水素貯蔵媒体を構成するアンモニア(NH)は、図1の状態図に示すように、三重点の温度(T)を195.5Kとし、圧力(p)を0.0609barとする。この状態図に示すように、アンモニア(NH)は、195.5K以下の低温下で、0.0609bar以上の圧力下において、固体の立方晶(cubic-(NH)(cr))として安定に存在できる。このアンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))は、微粒子として存在する。
【0018】
なお、アンモニア(NH)は、図1の圧力-温度状態図に示すように、常温常圧下においては、固体の形態として存在することはできない。
【0019】
そこで、本発明者等は、常温常圧下で、アンモニア(NH)を固体の立方晶(cubic-(NH)(cr))として閉じ込める媒体について鋭意研究しホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))を着想した。ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))は、三酸化二ホウ素(B(cr))の水溶液を脱水することにより生成される。三酸化二ホウ素(B(cr))の水溶液を脱水処理すると、三酸化二ホウ素(B)成分とオルトホウ酸成分(B(OH))を基盤構造とするガラスマトリックスを作製することができる。このホウ酸ガラスマトリックスをB(gl)-B(OH)(gl)と表記する。
【0020】
本解決手段において、アンモニア(NH)は、立方晶(cubic-(NH)(cr))とされることにより、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))(gl))に閉じ込めることにより、常温常圧下で固体の状態で安定して存在することを可能される。
【0021】
固体とされたアンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))は、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))中に閉じ込められてコアシェル構造を形成する。このことから、アンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))とホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))の界面において、強固なB-N結合が形成される。すなわち、下記の式(1)に示すように、固体であるアンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))の標準生成ギブズエネルギー(ΔfG° m) とこの界面のギブズエネルギー(ΔboundaryG° m)の総和が、気体のアンモニア(NH(g))のギブズエネルギー(ΔfG° m)よりも負に深い値をとり、アンモニア(NH)は、常温常圧で、固体の立方晶構造を安定に維持する。
【0022】
ΔfG° m(NH(cr))+ΔboundaryG° m<ΔfG° m(NH(g)),T/K>298.15・・(1)
【0023】
本解決手段のホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))中に、固体のアンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))を閉じ込めた水素貯蔵燃料は、アンモニア(NH)を溶解した水溶液に三酸化二ホウ素(B を混合した混合水溶液を凍結乾燥して作製することができる。
【0024】
ここで、前記混合水溶液中に溶解されたアンモニア(NH)は、アンモニウムイオン(NH (aq))として存在する。この混合水溶液を、液体窒素を冷媒に用いて凍結固化すると、アンモニア(NH)は、混合水溶液中の水成分(HO)が凍結した固体(氷)(H0(cr))のマトリックス中に、固体のアンモニウムイオン(NH (cr))として閉じ込められる。混合水溶液が凍結された低温状態で、固体のアンモニウムイオン(NH (cr))がアンモニアガス(NH(g))として昇華するためには、電気的中性の要請から、氷(HO(cr))中の水酸化物イオン(OH(cr))と反応する必要がある。しかしながら、混合水溶液が低温凍結状態では、水酸化物イオン(OH(cr))が移動できない。その結果、固体のアンモニウムイオン(NH (cr))は昇華せず濃縮される。
【0025】
そして、混合水溶液の凍結固化体を真空吸引された減圧雰囲気中で乾燥処理する。乾燥処理工程において、凍結固化体から発生する昇華水蒸気(HO(g))と、三酸化二ホウ素(B 由来のホウ素化合物(BHO(g))を全て排気する。
前記混合水溶液の凍結固化体中から気体成分として残存する水蒸気(HO(g))とホウ素化合物(BHO(g))が全て排気されると、固体のアンモニウムイオン(NH (cr))は、図2の模式図に示すように、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))中に、固体の微小粒子として生成されたアンモニア立方晶(NH(cr))として閉じ込められる。
【0026】
なお、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))は、常温、常圧下で固体の生成物である。
【0027】
上述したような処理工程を経て、アンモニア(NH)を固体の立方晶として、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に閉じ込めた生成物が作製される。この生成物は、水素をアンモニウムの形態で担持した水素貯蔵燃料を構成する。
【0028】
ところで、アンモニア(NH)を溶解した水溶液に三酸化二ホウ素(B を混合した混合水溶液は、凍結乾燥されたとき、不可避不純物として5ホウ酸アンモニウム4水和物(NH(HO))とアンモニアボラン(NHBH)が混入された状態で固化される。そのため、この混合水溶液を凍結乾燥して作製された水素貯蔵燃料には、不可避不純物として5ホウ酸アンモニウム4水和物(NH(HO))及びアンモニアボラン(NHBH)が混入されている。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係る水素貯蔵燃料は、水素(H)の貯蔵体となるアンモニア(NH)を、常温、常圧下で安定した固体の状態で、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))中に閉じ込めたことにより、安全に貯蔵保管することが可能となり、さらに搬送も容易となる。
【0030】
固体のアンモニア(NH)は水素貯蔵燃料として、広く一般に汎用して利用可能な水素エネルギーキャリアとして利用することができ、アンモニアエンジンシステム、アンモニア発電システム、その他アンモニア燃料機器の燃料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】アンモニア(NH)の圧力-温度状態図を示す。
図2】アンモニア(NH)が、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))中に、固体のアンモニア立方晶(NH(cr))として閉じ込められコアシェル構造を模式的に示す図である。
図3】本発明に係る水素貯蔵燃料の製造に用いられる製造装置を示す概略図である。
図4】アンモニア(NH)の水溶液に三酸化二ホウ素(B を混合した混合水溶液が凍結乾燥されて固化体とされた水素貯蔵燃料の外観を示す写真である。
図5】本発明に係る水素貯蔵燃料のX線回折(XRD)図形を示す図である。
図6】本発明方法により作製された生成物を構成するアンモニア立方晶(NH(cr))の(111)、(210)及び(211)面のピークの回折角度(θ)と格子定数との関係を示す図である。
図7】本実施例に係る水素貯蔵燃料の温度-重量変化図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本実施の形態に係る水素貯蔵燃料及びその製造方法の実施の形態を、図面を参照して説明する。
【0033】
本実施の形態に係る水素貯蔵燃料は、アンモニア(NH)が、常圧常温下で固体の立方晶として、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH)(gl))中に閉じ込められて構成されたものである。
【0034】
ところで、本実施の形態に係る水素貯蔵燃料に用いられるアンモニア(NH)は、前述した図1の圧力-温度状態図に示すように、三重点での温度(T)を195.5Kとし、圧力(p)を0.0609barとする。そして、アンモニア(NH)は、図1の状態図に示すように、アンモニア(NH)は、195.5K以下の低温下で、0.0609bar以上の圧力下において、固体の立方晶(cubic-(NH)(cr))として安定に存在できる。したがって、アンモニア(NH)は、図1の様態図に示すように、常温常圧下において、固体の立方晶体として存在することはできない。
【0035】
本実施の形態は、アンモニア(NH)を、図2に示すように、固体の立方晶体(cubic-(NH)(cr))として、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH)(gl))中に閉じ込めることにより、常温常圧下で固体の状態で安定して存在可能とした水素貯蔵燃料である。
【0036】
本実施の形態に係る水素貯蔵燃料は、図3に示す製造装置を用いて製造される。この製造装置は、図3に示すように、本実施の形態に係る水素貯蔵燃料の出発原料となるアンモニア水に三酸化二ホウ素(B(cr))粉末を混合した混合水溶液が注水される反応容器1と、この反応容器1が収納設置される銅製の真空槽2と、液体窒素が充填される主冷却槽3を備える。真空槽2は、沸点を77.5Kとする液体窒素が充填される主冷却槽3の内部に設置され、反応容器1とともに、主冷却槽3に充填される液体窒素により冷却される。
【0037】
反応容器1を収納した真空槽2は、排気バルブ4を介して主冷却槽3の外部に接続されている。排気バルブ4は、主冷却槽3を密封して取り付けられる。この排気バルブ4は、内部に設けた開閉弁が操作されることにより、真空槽2を開閉する。
【0038】
そして、真空槽2には、真空ポンプ5が連結されている。真空ポンプ5と真空槽2との間は、ガストラップ機構6が設けられている。このガストラップ機構6は、補助冷却槽7内に設置され、補助冷却槽7に充填される液体窒素により冷却される。真空槽2とガストラップ機構6との間は、連結管8を介して連結されている。この連結管8は、一端側が排気バルブ4を介して真空槽2に連結されとともに、他端側が補助冷却槽7を貫通してガストラップ機構6に挿入されることにより、主冷却槽3とガストラップ機構6との間を連結している。
【0039】
また、真空ポンプ5は、真空ポンプ連結管9を介してガストラップ機構6に連結されている。真空ポンプ連結管9は、一端側を真空ポンプ5に連結し、他端側を補助冷却槽7に貫通してガストラップ機構6に挿入され、真空ポンプ5と排気ガストラップ機構6との間を連結している。
【0040】
したがって、真空槽2の内部は、ガストラップ機構6を介して真空ポンプ5により吸引減圧される。そして、真空ポンプ5が駆動して真空槽2から吸引されたガスは、排気バルブ4を介して真空槽2の外部に排出され、連結管8を介してガストラップ機構6に導入され、補助冷却槽7に充填される液体窒素により冷却される。
【0041】
また、真空槽2内に設置される反応容器1の上部には、ゴム製のキャップ10が設けられている。このキャップ10には、微小な貫通孔11が穿設されている。反応容器1は、真空槽2内が真空吸引されるとき、主冷却槽3に充填された液体窒素により冷却された状態で貫通孔11を介して真空吸引される。
【0042】
上述したような構成を備えた製造装置を用いて本実施の形態に係る水素貯蔵燃料を製造する工程を説明する。
【0043】
まず、出発原料となるアンモニア(NH)の水溶液と三酸化二ホウ素(B(cr))の粉末を用意し、アンモニア水中にB(cr)粉末を混合した混合水溶液を作製する。
【0044】
本実施の形態において、固体のアンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))を、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH)(gl))中に閉じ込めるため、図2に示すコアシェル構造において、充分なB-N結合を形成することが望ましい。そこで、混合水溶液は、ホウ素(B)と窒素(N)との比が1:1となるように、アンモニア(NH)の水溶液(アンモニア水)と三酸化二ホウ素(B(cr))の混合割合を調整する。すなわち、ホウ素と窒素の物質量が両者ともに4.6×10-3モルとなるように調整する。
【0045】
本実施の形態において、混合水溶液は、アンモニア(NH)を29wt%含有するアンモニア水を用い、純度を99.9%とする三酸化二ホウ素(B(cr))粉末を用いた。そして、アンモニア水と三酸化二ホウ素(B(cr))粉末は、混合水溶液中のホウ素(B)と窒素(N)の比が1:1となるように混合される。本実施の形態において、混合水溶液は、アンモニア水0.3mLに三酸化二ホウ素(B(cr))粉末160mgを混合して作製された。
【0046】
なお、アンモニア水と三酸化二ホウ素(B(cr))粉末は、混合水溶液としたとき、混合水溶液中のホウ素(B)と窒素(N)の比がほぼ1:1となるものであれば、適宜割合で混合したものでよい。例えば、アンモニア水は、アンモニア(NH)を20~30wt%の割合で含有するものを用い、三酸化二ホウ素(B(cr))粉末も、その純度を95~99.9%の範囲にあるものを用いるようにしてもよい。
【0047】
本実施の形態において用いる混合水溶液は、三酸化二ホウ素(B(cr))粉末が投入された反応容器1内にアンモニア水を注入して作製される。
【0048】
アンモニア水が注入されて作製された混合水溶液が充填された反応容器1の上部開口部には、キャップ10が被せられる。
【0049】
混合水溶液が充填された反応容器1は、前述した製造装置の真空槽2内に収納設置される。反応容器1が設置された真空容器2は、沸点を77.5Kとする液体窒素が充填される主冷却槽3内に設置される。
【0050】
次いで、主冷却槽3内に液体窒素を充填し、この主冷却槽3内に設置した真空槽2と、この真空槽2内に収納した反応容器1を冷却する。このとき、反応容器1内の混合水溶液は、少なくともアンモニア(NH)が固化する-78℃以下に冷却され凍結固化体とされる。そして、混合水溶液が反応容器1内で凍結固化された状態を1-2時間保持する。
【0051】
その後、真空槽2に設けた排気バルブ4を解放し、真空ポンプ5を駆動して真空槽2内を真空排気し減圧する。この真空排気は、2-5時間の範囲で適宜時間行う。真空槽2が真空排気されるとき、反応容器1の内部もキャップ10に設けた貫通孔11を介して真空排気され減圧される。反応容器1が真空排気されることにより、反応容器1内で凍結固化された混合水溶液の凍結乾燥が行われる。
【0052】
反応容器1内の凍結固化体が凍結乾燥されるとき、この凍結固化体が昇華して発生する昇華水蒸気(HO(g))が貫通孔11を介して反応容器1の外部に排気され、さらに、真空槽2内に真空吸引され、排気バルブ4を介して真空槽2の外部に排気される。そして、凍結固化体から昇華水蒸気(HO(g))が排出されることにより、凍結固化体に含有されたアンモニア成分の濃縮が行われる。
【0053】
本実施の形態において、反応容器1内の凍結固化体が凍結乾燥されるとき、不可避的に気体の窒化水素(NH(g))とホウ素化合物(BHO(g))が生成される。これら窒化水素(NH(g))、ホウ素化合物(BHO(g))及び昇華水蒸気(HO(g))は、真空ポンプ5により吸引され、排気バルブ4を介して真空槽2の外部に排気され、連結管8を介して真空槽2の外部に排出され、ガストラップ機構6に導入される。ガストラップ槽6に導入された窒化水素(NH(g))、ホウ素化合物(BHO(g))及び昇華水蒸気(HO(g))は、ガストラップ槽6が設置された補助冷却槽7に充填される液体窒素により冷却されて凍結され、アンモニアホウ酸水として回収される。
【0054】
すなわち、ガストラップ機構6が液体窒素により冷却されることにより、気体としての窒化ホウ素(NH(g))、ホウ素化合物(BHO(g))及び昇華水蒸気(HO(g))は、凝集されアンモニア水ホウ酸水とされ、混合水溶液を凍結乾燥する処理系の外部に取り出される。
【0055】
そして、上述した反応容器1に充填した混合水溶液を凍結乾燥する処理操作を2-5時間の範囲で適宜処理を行った後、真空槽2は、反応容器1を内部に収納した状態で主冷却槽3の外部に取り出され回収される。真空槽2は、主冷却槽3の外部に取り出されたとき急激な温度変化を受ける。真空槽2は急激な温度変化を受けることにより、内部に結露を生じさせ、反応容器1内の凍結固化体が吸湿するおそれがある。
【0056】
そこで、本実施の形態では、真空槽2は、排気バルブ4が閉じられ、その内部が真空排気された状態で主冷却槽3から取り出される。そして、真空槽2は、その内部に収納した反応容器1の内部が十分に室温に達する時間、真空排気された状態に保持される。本実施の形態では、真空槽2は、少なくとも2-3時間、真空排気された状態に維持されることにより急激な温度変化が防止され、結露の発生を抑制できる。真空槽2内の結露を抑制することにより、反応容器1内の凍結固化体の湿潤を防止し、凍結乾燥状態を維持することができる。
【0057】
そして、真空槽2の内部が十分に室温に達したところで、反応容器1を反応容器2から取り出す。反応容器1内で凍結乾燥された混合水溶液の生成物は、粉末状の固化体として回収される。
【0058】
本実施の形態により作製された固化体の出発原料であるアンモニア水に三酸化二ホウ素(B(cr))を混合した混合水溶液は凍結乾燥されると、アンモニア水から固体のアンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))が生成され、三酸化二ホウ素(B(cr))からB成分とオルトホウ酸成分(B(OH))からなるホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))が生成される。
れた反応容器1内にアンモニア水を注入して作製される。
【0059】
そして、前記混合水溶液を凍結乾燥して生成された固体のアンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))とホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))とからなる固化体は、N原子とB原子とが強固に結合して窒化ホウ素(BN)を生成し、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))のガラス界面において、強固なB-N結合を形成する。
【0060】
その結果、前述したように、アンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))の標準生成ギブズエネルギー(ΔfG° m)と、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))の界面におけるギブズエネルギー(ΔboundaryG° m)の総和が、気体のアンモニア(NH(g))の標準生成ギブズエネルギー(ΔfG° m)よりも負に深い値をとる。その結果、アンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))は、常温常圧で安定した固体の立方晶構造をとる。
【0061】
したがって、本実施の形態に係るアンモニア(NH)を溶解した水溶液に三酸化二ホウ素(B を混合した混合水溶液を凍結乾燥して作製された固化体は、アンモニア(NH)を常圧常温下で立方晶の固化体として、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH)(gl))中に閉じ込めた構成を備える。この固化体は、固体のアンモニアを水貯蔵媒体とした水素貯蔵燃料を構成する。この水素貯蔵燃料は、アンモニアエンジンシステム、アンモニア発電システム、その他アンモニア燃料機器の燃料として用いられる。
【実施例
【0062】
次に、本発明に係る水素貯蔵燃料の一実施例を示す。以下に示す実施例は、常圧常温下で、水素原料となるアンモニア(NH)を固体の状態とした水素貯蔵燃料の一実施例を示すものであって、本発明が、この実施例により制約されるものでない。
【0063】
本実施例において、出発原料として、アンモニア(NH)を29wt%含有するアンモニア水と、純度を99.9%とする三酸化二ホウ素(B(cr))粉末を用意し、アンモニア水中に三酸化二ホウ素(B(cr))粉末を混合した混合水溶液を作製した。混合水溶液は、図3に示す製造装置に用いられる反応容器1に、三酸化二ホウ素(B(cr))粉末を投入し次いでアンモニア水を注入して作製される
【0064】
ここで、アンモニア水と三酸化二ホウ酸(B(cr))粉末は、混合水溶液中のホウ素(B)と窒素(N)の比が1:1となるように混合した。すなわち、本実施例の混合水溶液は、ホウ素(B)と窒素(N)の物質量が、両者ともに4.6×10-3モルとなるように、アンモニア水0.3mLに三酸化二ホウ素(B(cr))粉末160mgを混合して作製した。
【0065】
そして、混合水溶液が充填された反応容器1は、上部開口部にキャップ10が被せられ、製造装置の真空槽2内に収納配置される。反応容器1が設置された真空槽2は、液体窒素が充填される主冷却槽3内に設置される。このとき、真空槽2は、排気バルブ4が閉じられ密閉された状態に置かれる。
次いで、主冷却槽3内に、沸点を77.5Kとする液体窒素を充填し、真空槽2とこの真空槽2内に設置した反応容器1を冷却する。このとき、真空槽2内の混合水溶液は、少なくともアンモニア(NH)が固化する195.5K以下に冷却され凍結固化体とされる。そして、混合水溶液が反応容器1内で凍結固化された状態を1時間保持した。
【0066】
その後、真空槽2に設けた排気バルブ4を解放し、真空ポンプ5を駆動して真空槽2内を2時間に亘って真空排気し減圧した。真空槽2が真空排気されるとき、反応容器1の内部もキャップ10に設けた貫通孔11を介して真空排気され減圧される。反応容器1が真空排気されることにより、反応容器1内で凍結固化された混合水溶液の凍結固化体が凍結乾燥される。
【0067】
反応容器1内の凍結固化体が凍結乾燥されるとき、凍結固化体が昇華して発生する昇華水蒸気(HO(g))が貫通孔11を介して反応容器1の外部に排気され、さらに、反応容器2内に真空吸引され、排気バルブ4を介して反応容器2の外部に排気される。そして、凍結固化体から昇華水蒸気(HO(g))が排出されることにより、凍結固化体に含有されたアンモニア成分の濃縮が行われる。
【0068】
本実施例において、反応容器1内の凍結固化体が凍結乾燥されるとき、不可避的に気体の窒化水素(NH(g))とホウ素化合物(BHO(g))が生成される。これら窒化水素(NH(g))、ホウ素化合物(BHO(g))及び昇華水蒸気(HO(g))は、真空ポンプ5により反応容器1内から吸引され、排気バルブ4を介して真空槽2の外部に排気され、連結管8を介して真空槽2の外部に排出され、ガストラップ機構6に導入される。ガストラップ槽6に導入された窒化水素(NH(g))及びホウ素化合物(BHO(g))と、昇華水蒸気(HO(g))は、ガストラップ槽6が設置された補助冷却槽7に充填された液体窒素により冷却されて凍結されアンモニアホウ酸水として回収される。回収されたアンモニアホウ酸水は、混合水溶液を凍結乾燥する処理系の外部に取り出される。
【0069】
上述した反応容器1に充填した混合水溶液を凍結乾燥する処理操作を2時間行った後、真空槽2を、内部に反応容器1を収納した状態で主冷却槽3の外部に取り出し回収する。このとき、真空槽2は、排気バルブ4が閉じられ、その内部が真空排気された状態で主冷却槽3から取り出される。真空槽2は、その内部に収納した反応容器1の内部が十分に室温に達する時間、真空排気された状態が保持される。本実施例では、真空槽2は、少なくとも2時間、真空排気された状態に維持され、内部が十分に室温に達したところで、この真空槽2内に収納した反応容器1を取り出した。この反応容器1内で凍結乾燥された混合水溶液の生成物は、図4の写真に示すように、白色の粉末状の固化体として回収された。市販のアンモニア水には、気化したアンモニア(NH(g))によって、強い刺激臭があるが、本実施例より生成された固体のアンモニア(NH(cr))を主成分とする生成物は無臭であった。
【0070】
ここで、白色の粉末状の固化体として作製された生成物をグラインディングして微細粉末とし、X線回折(XRD)法により同定した。この生成物の297KにおけるX線回折(XRD)図形は、図5中の(a)に示すように、主たる生成物は固体のアンモニア(NH(cr))であった。すなわち、2θが30.00degに主ピークを示す生成物のX線回折(XRD)図形は、OlovsonとTempletonによって示された、液体窒素の沸点である77Kにおいて低温insitu-XRD法により示される固体のアンモニア(NH(cr))の図形と一致した。
【0071】
大気圧下(atmospheric pressure:1atm)では、195.5K以下で固体とされるアンモニア(NH(cr))が、室温でも安定した固体として存在することが確認された。
さらに、本実施例により作製された主たる生成物である固体のアンモニア(NH(cr))の格子定数を検討した。
【0072】
まず、固体のアンモニア(NH(cr))は立証晶の結晶構造を有し、このアンモニア立方晶(NH(cr))の(111)、(210)及び(211)面の各ピーク回折角度(θ)より、下記の式(2)にしたがって格子定数(a)を求めた。
Sinθ=λ/4a・(h+k+l) ・・・(2)
【0073】
ここで、X線回折(XRD)法に用いる純銅(Cu)から発せられるKα線の波長は、0.154056nmである。h,k,lは面指数である。そして、アンモニア立方晶(NH(cr)の(111)、(210)及び(211)面のピークの回折角度(θ)より求めた結果を90度まで外挿して格子定数を求めた。すなわち、図6に示すように、各面より求めた格子定数を1/2(cosθ/sinθ+cos2θ/θ)に対してプロットし、最小2乗法によって、90度まで外挿して格子定数を決定した。
【0074】
本実施例で作製された主たる生成物を構成する固体の立方晶固体アンモニア(NH(cr))の格子定数を、OlovsonとTempletonによって示された171K及び77KにおけるInsitu-XRD法によって求めた固体のアンモニア立方晶(NH(cr))の格子定数とを比較した。
【0075】
本実施例の固体の立方晶固体アンモニア(NH(cr))の格子定数は、0.5165nmであり、OlovosonとTempletonによって示された171K及び77KにおけるInsitu-XRD法により求めた格子定数0.5138nm及び0.5073nmによく一致した。
【0076】
なお、本実施例における格子定数は、OlovosonとTempletonにより示された171Kにおける格子定数より0.0027nm大きい。これは、熱膨張の差によるものと判断される。
【0077】
そこで、本実施例の固体のアンモニア立方晶(NH(cr))の格子定数と、OlovosonとTempletonにより示される171Kおける格子定数の差より求めた体膨張係数(α)は、1.26×10-4であった。一方、OlovosonとTempletonにより示された171Kと77Kの格子定数の差より求めた体膨張係数は、3.32×10-4であった。
【0078】
体膨張係数の観点からも、本実施例に係る固体のアンモニア立方晶(NH(cr))と171Kおけるの熱膨張係数(α)と、77Kと171Kの固体のアンモニア(NH(cr)の熱膨張係数(α)には良い対応関係が認められた。
以上のように、立方晶の固体アンモニア(NH(cr))の格子定数、及び熱膨張係数の観点からの検証により明らかにされたように、本実施例により生成された生成物は、常圧常温下において、固体とされた固体のアンモニア立方晶(NH(cr))を主たる生成物として含有する。
【0079】
なお、本実施例により作製された生成物において、297KにおけるX線回折(XRD)図形において、図5中の(a)に示すように、主たる生成物は、固体のアンモニア立方晶(NH(cr))のピークに加え、5ホウ酸アンモニウム4水和物(NH(HO))(cr))、及びアンモニウムボラン(NHBH(cr))のピークが認められた。これらは、本実施例に係る生成物の出発原料であるアンモニア水の混合水溶液中に副原料として混合された三酸化二ホウ素(B(cr))に由来する不可避不純物相である。
【0080】
次に、本実施例に係る生成物の主たる生成物である固体のアンモニア立方晶(NH(cr))から気体のアンモニア(NH(g))が生成される過程を説明する。
本実施例に係る固体のアンモニア(NH(cr))を含有した生成物を、363Kの雰囲気下に4時間保持したときのX回折(XRD)図形を図5中の(b)に示す。このとき、本実施例の生成物を構成する固体のアンモニア立方晶(NH(cr))は、下記の式(3)に示すように気体の水素(H(g))を脱離する。
【0081】
NH(cub)=3/2H(g)+N(radical)・・・(3)
ここで、N(radical)は原子状窒素であり、これは不安定であることから、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))中のB、O及びH成分と、直ちに反応して5ホウ酸アンモニウム4水和物(NH(HO)(cr))に変化する。
【0082】
その結果、図5中の(b)に示すように、残留した5ホウ酸アンモニウム4水和物(NH(HO))のピークのみが観察された。すなわち、本実施例生成物の生成時、及びアンモニア立方晶(NH(cub))からの水素(H(g))脱離時に生成した5ホウ酸アンモニウム4水和物(NH(HO))のピークのみが検出された。
【0083】
この結果、本実施例の生成物中に貯留された固体のアンモニア立方晶(NH(cr))を低温で、すなわち、少ないエネルギーの消費量で気体の水素(H(g))に転換できる。
【0084】
そして、本実施例に係る固体のアンモニア立方晶(NH(cr))を含有した生成物を、793Kの雰囲気下に4時間保持したときのX線回折(XRD)図形を図5中の(c)に示す。このとき、本実施例の生成物を363Kの雰囲気下に4時間保持したときに残存していた5ホウ酸アンモニウム4水和物((NH(HO))(cr))のピークが消失していることが確認された。これは、下記の式(4)に示す熱分解が進行した結果である。
【0085】
NH4HO)(cr)
=NH(g)+4HO(g)+2B(gl)+BHO(g)+1/2O ・・・(4)
【0086】
その結果、図5中の(c)に示すように、残留したガラスマトリックスB(gl)-B(OH)(gl)のブロードなX線回折(XRD)のパターンのみが観察された。なお、この過程で生じたアンモニア(NH(g))を熱分解すると、気体の水素(H(g))と窒素(N(g))に変化し、分離膜を用いて水素(H(g))を回収することできる。
【0087】
この結果、本実施例により生成された生成物は、固体のアンモニア立方晶(NH(cr))とホウ酸ガラスマトリックスB(gl)-B(OH)(gl)からなる固化体として作製される。この固化体は、前述したように、N原子とB原子とが強固に結合して窒化ホウ素(BN)を生成し、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))のガラス界面において、強固なB-N結合を形成する。その結果、アンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))の標準生成ギブズエネルギー(ΔfG° m)と、ホウ酸ガラスマトリックス(B(gl)-B(OH)(gl))の界面のギブズエネルギー(ΔboundaryG° m)の総和が、気体のアンモニア(NH(g))の標準生成ギブズエネルギー(ΔfG° m)よりも負に深い値をとり、アンモニア立方晶(cubic-(NH)(cr))は常温常圧で安定した固体としての立方晶の形態を維持する。
【0088】
したがって、本実施例のアンモニア(NH)を溶解した水溶液に三酸化二ホウ素(B を混合した混合水溶液を凍結乾燥して作製された固化体は、アンモニア(NH)を常圧常温下で固体の立方晶として、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に閉じ込めた構成を備え、固体のアンモニア立方晶(NH(cr))を水素の担持体とした水素貯蔵燃料を構成する。
【0089】
次に、本実施例に係る水素貯蔵燃料を構成するアンモニア立方晶(NH(cr))及びアンモニア(NH)及び5ホウ酸アンモニウム4水和物((NH(HO))(cr))の熱分解の過程を検証した。
【0090】
本実施例に係る固体のアンモニア立方晶(NH(cr))を内蔵した水素貯蔵燃料は、図7に示す温度-重量変化図に示すように、325K以下においては、重量減少は認められなかった。これは、325K以下では、アンモニアが固体のアンモニア立方晶(NH(cr))としてアンモニア貯蔵媒体としてのホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に閉じ込められた状態を維持しているためと認められる。
【0091】
そして、本実施例の水素貯蔵燃料は、図7に示すように、325Kから363Kまで加熱すると重量がゆるやかに減少し、363Kから750Kまで加熱されたとき、急速に重量が減少した。これは、温度の上昇により、325Kから363Kでは、アンモニア立方晶粒子(NH(cr))の水素が脱離し、363Kから750Kでは5ホウ酸アンモニウム4水和物((NH(HO))(cr))の熱分解によるものと認められる。なお、水素は原子量がもっとも小さく、その結果、325Kから363Kの重量の減少はゆるやかとなる。
【0092】
ここで、本実施例に示すアンモニア水中に三酸化二ホウ素(B(cr))粉末を混合した混合水溶液を凍結固化と真空排気の工程を経て作製され、アンモニア立方晶(NH(cr))がホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH)(gl))に閉じ込められた生成物を試料としてその化学組成を測定した。その組成比を以下に示す。すなわち、
Nを6.1mol%、Hを47.8mol%、Bを11.9mol%、Oを34.2mol%
とする組成比であった。
【0093】
本測定において、NとHは燃焼熱伝導法により測定し、BはICP法により測定し、OはN、H及びBの残部として推算した。
【0094】
次に、前記試料の化学組成から推算した当該試料中のアンモニア立方晶(NH(cr))、5ホウ酸アンモニウム(NH(HO))(cr))、及びホウ酸ガラスマトリックス(GM)(0.17B,0.83B(OH)(gl))の各相のモル%濃度及び重量%濃度を以下の表1に示す。NH(cr)は37mol%すなわち11mass%、NH(HO)は5mol%すなわち24mass%、GM(0.17B,0.83B(OH)(gl))は58mol%すなわち65mass%であった。
【表1】
【0095】
次いで、アンモニア立方晶(NH(cr))におけるNとHのモル%濃度及び重量%濃度を示すと、Nはモル%濃度で25mol%、重量%濃度で82.2mass%であり、Hはモル%濃度で75mol%、重量%濃度で17.8mass%であった。
【0096】
そして、前記混合水溶液を、凍結固化と真空排気の工程を経て作製された試料中のホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH)(gl))に11mass%の割合で閉じ込められたアンモニア立方晶(NH(cr))中のNとHの重量%濃度は、Nが9mass%、Hが2mass%であった。
【0097】
すなわち、前記試料中の2mass%の水素がアンモニア立方晶(NH(cr))から脱離し、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH)(gl))を透過し、気体の水素として放出される。図7に示す温度-重量変化図において、2mass%の水素が減少する温度は358Kと認められた。したがって、この組成分析に基づく解析は、図7に示す温度-重量変化図の結果とよく一致することが分かった。
【0098】
従来、気体のアンモニア(NH(g))を、高温の673Kまで加熱し、ニッケル(Ni)触媒などを用いて、窒素ガス(N(g))と水素ガス(H(g))とに熱分解し、水素ガス(H(g))をパラジウム(Pd)分離膜などを用いて回収する方法が提案されている。本実施例の水素貯蔵燃料は、水素を固体のアンモニア立方晶(NH(cr))中に安全に貯蔵し、325Kから358Kの低温において、水素をホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH)(gl))を透過させることで、気体の水素(H(g))を分離することを可能にしている。すなわち、水素の貯蔵と再分離に要するエネルギーを著しく削減している。
【0099】
よって、本実施例の水素貯蔵燃料は、常温・常圧の環境下において、アンモニア(NH)を固体のアンモニア立方晶(NH(cr))として貯蔵、保管することを可能とし、室温よりわずかに高い温度で加熱処理することにより、気体としての水素(H(g))を取り出すことができる。また、さらなる高温で加熱することによりアンモニア(NH(g))を取り出すことができ、これはアンモニア分解触媒を用いて分解することにより水素を生成することができる。
【0100】
本実施例に係る水素貯蔵燃料は、常温、常圧の環境下で固体の生成物として搬送・保管することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明に係る水素貯蔵燃料は、アンモニアエンジンシステム、アンモニア発電システム、その他アンモニア燃料機器の燃料としてとして用いられる。
【符号の説明】
【0102】
1 反応容器
2 真空槽
3 主冷却槽
4 排気バルブ
5 真空ポンプ
6 ガストラップ機構
7 補助冷却槽
【要約】
【課題】
取り扱いの安全性を向上し、しかも、貯蔵、運搬に適した形態とした水素貯蔵燃料を提供する。
【解決手段】
水素貯蔵媒体を構成するアンモニア(NH)を固体の立方晶として、ホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に閉じ込めて構成されている。この水素貯蔵媒体は、アンモニア(NH)を溶解した水溶液にホウ酸(B)を混合した混合水溶液を作製し、次いで、前記混合水溶液を凍結して凍結固化体を作製し、その後、前記凍結固化体を凍結乾燥し、前記凍結固化体中に気体として含有された水蒸気(HO)と、気体として含有されたホウ素化合物(BHO)を排出し、前記凍結固化体中のアンモニア(NH)を濃縮し、アンモニア(NH)をホウ酸ガラスマトリックス(B-B(OH))中に常温常圧下で固体の立方晶体として閉じ込めて作製される。
【選択図】 図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7