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特許7553924神経網膜と網膜色素上皮細胞とハイドロゲルとを含む複合体及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-10
(45)【発行日】2024-09-19
(54)【発明の名称】神経網膜と網膜色素上皮細胞とハイドロゲルとを含む複合体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/38 20060101AFI20240911BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20240911BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240911BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20240911BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20240911BHJP
   A61L 27/44 20060101ALI20240911BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20240911BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20240911BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20240911BHJP
   A61L 27/22 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
A61L27/38 200
A61P27/02
A61P43/00 121
A61K35/30
A61L27/40
A61L27/44
A61L27/52
A61L27/50
A61L27/58
A61L27/22
【請求項の数】 28
(21)【出願番号】P 2021516241
(86)(22)【出願日】2020-04-24
(86)【国際出願番号】 JP2020017635
(87)【国際公開番号】W WO2020218480
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2023-03-08
(31)【優先権主張番号】P 2019086199
(32)【優先日】2019-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】田中 佑治
(72)【発明者】
【氏名】万代 道子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 優
【審査官】長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/089515(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/050015(WO,A1)
【文献】ARAMANT RB. et al.,Successful cotransplantation of intact sheets of fetal retina with retinal pigment epithelium.,IOVS,1999年,Vol.40, No.7,pp.1557-1564
【文献】秋葉龍太朗ほか,iPS細胞由来網膜シートを用いた網膜変性に対する再生医療,日薬理誌,2020年03月01日,Vol.155,pp.93-98
【文献】TU HY. et al.,EBioMedicine,2018年,Vol.39,pp.562-574
【文献】荒川大二朗ほか,ヒトiPS細胞由来網膜色素上皮細胞を用いた新規治療法の開発,日薬理誌,2016年,Vol.148,p.217
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00 -33/18
A61K 35/00 -35/768
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとハイドロゲルとを含む複合体であって、
前記神経網膜及び前記網膜色素上皮細胞シートがそれぞれ、ヒト多能性幹細胞由来であり、
前記神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、前記視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、
前記ハイドロゲルの融解点が、20℃~40℃であり、
前記神経網膜及び前記網膜色素上皮細胞シートの全体が前記ハイドロゲルに包埋されており、前記神経網膜と前記網膜色素上皮細胞シートとはそれぞれの表面の接線方向が凡そ平行しており、前記神経網膜の頂端面と前記網膜色素上皮細胞シートの頂端面とが向き合っており、両者が前記ハイドロゲルによって隔離されて接触していない、複合体。
【請求項2】
前記ハイドロゲルのゼリー強度が、1000g~2000gである、請求項1に記載の複合体。
【請求項3】
前記ハイドロゲルの濃度が10重量%~50重量%である、請求項1又は2に記載の複合体。
【請求項4】
前記ハイドロゲルのpHが6.5~7.5である、請求項1~3のいずれか一項に記載の複合体。
【請求項5】
前記ハイドロゲルが、生分解性を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の複合体。
【請求項6】
前記ハイドロゲルがゼラチンのハイドロゲルである、請求項1~5のいずれか一項に記載の複合体。
【請求項7】
前記ゼラチンが、アルカリ処理及び/又は加熱処理されたゼラチンである、請求項6に記載の複合体。
【請求項8】
前記神経網膜が、ヒト多能性幹細胞を分化誘導して得られた細胞凝集体から得られる神経網膜であり、
前記細胞凝集体が少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含み、前記第一の上皮組織はヒト神経網膜を含み、第二の上皮組織は、前記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ網膜系細胞以外の細胞及び/又は網膜色素上皮細胞を含み、
前記神経網膜が、前記細胞凝集体における、第二の上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の複合体。
【請求項9】
前記神経網膜が、上皮組織の構造を有し、頂端面と基底とを有する、請求項1~8のいずれか一項に記載の複合体。
【請求項10】
前記神経網膜が、
(1)多能性幹細胞由来であり、
(2)3次元構造を有し、
(3)視細胞層及び内層を含む複数の層構造を有する神経網膜層を含み、
(4)視細胞層が、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、
(5)内層が、網膜前駆細胞、神経節細胞、アマクリン細胞及び双極細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、
(6)神経網膜層の表面が、頂端面を有し、
(7)頂端面に沿って存在する視細胞層の内側に内層が存在し、
(8)神経網膜の表面の総面積に対して、神経網膜層の面積が50%以上であり、
(9)神経網膜層の頂端面の総面積に対して、連続上皮構造の面積が80%以上である、
ことを特徴とする神経網膜である、請求項1~9のいずれか一項に記載の複合体。
【請求項11】
前記網膜色素上皮細胞シートが、網膜色素上皮細胞が少なくとも二次元の方向に生物学的結合により互いに接着し、単一又は複数の細胞から構成される単層又は重層のシート状の構造体である、請求項1~10のいずれか一項に記載の複合体。
【請求項12】
神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとハイドロゲルとを含む複合体の製造方法であって、
前記神経網膜及び前記網膜色素上皮細胞シートがそれぞれ、ヒト多能性幹細胞由来であり、
前記神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、前記視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、
前記ハイドロゲルの融解点が、20℃~40℃であり、
前記方法が、
(1)容器中に前記網膜色素上皮細胞シート及び前記神経網膜のいずれか一方を設置する第一工程と、
(2)流動状態のハイドロゲルを、前記一方を設置した前記容器に添加する第二工程と、
(3)冷却し、前記一方の全体を包埋するように前記ハイドロゲルを固め、前記一方と前記ハイドロゲルとを備える第1のハイドロゲル層を形成する第三工程と、
(4)前記第1のハイドロゲル層中の前記一方と、前記網膜色素上皮細胞シート及び前記神経網膜の他方とがそれぞれの表面の接線方向が凡そ平行となり、かつ、前記神経網膜の頂端面と前記網膜色素上皮細胞の頂端面とが向き合うように、前記第1のハイドロゲル層上に前記他方をさらに設置する第四工程と、
(5)流動状態のハイドロゲルを、前記他方をさらに設置した前記容器に添加する第五工程と、
(6)冷却し、前記第1のハイドロゲル層及び前記他方の全体を包埋するように前記ハイドロゲルを固め、前記第1のハイドロゲル層と前記他方と前記ハイドロゲルとを備える第2のハイドロゲル層を形成する第六工程と
を含む、製造方法。
【請求項13】
前記第三工程において、2℃~8℃に冷却する、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記第六工程において、2℃~8℃に冷却する、請求項12又は13に記載の製造方法。
【請求項15】
第六工程の後に、(7)前記複合体を10℃~20℃で保存する第七工程をさらに含む、請求項1214のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項16】
前記ハイドロゲルのゼリー強度が、1000g~2000gである、請求項1215のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項17】
前記ハイドロゲルの濃度が10重量%~50重量%である、請求項1216のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項18】
前記ハイドロゲルのpHが6.5~7.5である、請求項1217のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項19】
前記ハイドロゲルが、生分解性を有する、請求項1218のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項20】
前記ハイドロゲルがゼラチンのハイドロゲルである、請求項1219のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項21】
前記ゼラチンが、アルカリ処理及び/又は加熱処理されたゼラチンである、請求項20に記載の製造方法。
【請求項22】
前記神経網膜が、ヒト多能性幹細胞を分化誘導して得られた細胞凝集体から得られる神経網膜であり、
前記細胞凝集体が少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含み、前記第一の上皮組織はヒト神経網膜を含み、第二の上皮組織は、前記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ網膜系細胞以外の細胞及び/又は網膜色素上皮細胞を含み、
前記神経網膜が、前記細胞凝集体における、第二の上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域を含む、請求項1221のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項23】
請求項1~11のいずれか一項に記載の複合体を有効成分として含有する、医薬組成物。
【請求項24】
請求項1~11のいずれか一項に記載の複合体を含有してなる、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療薬。
【請求項25】
請求項1~11のいずれか一項に記載の複合体を含有してなる、移植用組成物。
【請求項26】
患者の眼底又は網膜下に移植するための請求項25に記載の移植用組成物。
【請求項27】
移植された患者において、移植された複合体の神経網膜が該患者の神経網膜層に向き、移植された複合体の網膜色素上皮細胞シートが該患者の網膜色素上皮層に向いた状態で生着するように移植されるための、請求項26に記載の移植用組成物。
【請求項28】
請求項1~11のいずれか一項に記載の複合体の、移植用組成物の製造における使用であって、前記移植用組成物は、前記複合体を含有してなり、かつ、以下の工程を含む、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療方法に用いられる、使用
(1)前記複合体を患者の眼底又は網膜下に移植する工程、
(2)患者の生体内において、移植された複合体の神経網膜が該患者の神経網膜層に向き、移植された複合体の網膜色素上皮細胞シートが該患者の網膜色素上皮層に向いた状態で生着される工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとハイドロゲルとを含む複合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
進行した加齢黄斑変性症等の視細胞と網膜色素上皮(RPE)細胞が同時に障害される場合には、神経網膜(NR)と網膜色素上皮(RPE)細胞の同時移植が望ましいとされている。
【0003】
網膜色素変性等網膜組織の障害に基づく疾患に対する網膜の移植治療に関連し、多能性幹細胞から神経網膜、又は網膜色素上皮(RPE)細胞を製造する方法の研究が活発に行われている。多能性幹細胞から神経網膜を製造する方法として、例えば、多能性幹細胞の凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することにより、神経網膜を得る方法(特許文献1、2及び非特許文献1)が知られている。また、多能性幹細胞からRPE細胞を製造する方法として、例えば、レチノイン酸受容体アンタゴニストを含む培地中で誘導した網膜前駆細胞からRPE細胞を得る方法(特許文献3)が知られている。しかし、別々に調製されたNRとRPE細胞の両者が生体網膜における網膜組織と同様に方向性をもって正しく局在している状態で、両者を含む網膜組織を製造する方法は知られていない。
【0004】
一方、これまで、移植においてゼラチンを利用する技術が検討されてきた。例えば、視細胞層を切り出す際の切り出しやすさを改善するために、生体網膜組織をゼラチンで固める方法(非特許文献2)、温度感受性ゼラチンで生体網膜組織を包埋する方法(非特許文献3)、壊れやすい胎児組織を保護するために、ヒト胎児由来網膜組織をゼラチンで包埋する方法(非特許文献4)等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2015/025967号
【文献】国際公開第2016/063986号
【文献】国際公開第2012/173207号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kuwahara A. et al., “ Generation of a ciliary margin-like stem cell niche from self-organizing human retinal tissue”, Nature Communications, 6, 6286 (2015)
【文献】Taylor et al., “The epidemiology of infection in trachoma.” IOVS 1989 Aug; Volume 30, Issue 8, p1823-1833
【文献】M‘Barek et al., “Human ESC-derived retinal epithelial cell sheets potentiate rescue of photoreceptor cell loss in rats with retinal degeneration”, Sci. Transl. Med. 2017 Dec; Volume 9, Issue 421
【文献】Seiler et al., “Cell replacement and visual restoration by retinal sheet transplants”, Prog Retin Eye Res.2012 Nov; 31(6): 661-687
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らの検討によれば、ハイドロゲルで包埋した神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートを含む複合体を製造する際に、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとが分離しているため、移植までの操作の過程で複合体が崩れやすく、移植に適した複合体を製造できないという課題を見出した。また、本発明者らの検討によれば、ハイドロゲルで包埋した神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートを含む複合体を製造する際に、別々に製造された神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとを直接的に長時間接触させると、物理的な接触により細胞が傷害されてしまうことが判明した。
【0008】
一方、ハイドロゲルが分解されにくいと、移植した神経網膜と同時に移植したRPE細胞若しくはホストのRPE細胞との相互作用又はこれらの細胞の間での物質の移動がされにくいという観点から、ハイドロゲルは移植後速やかに溶解し、分解及び吸収されることが好ましい。
【0009】
そこで、本発明は上記事情に鑑みて、移植に適した神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとの複合体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らが、鋭意研究の結果、例えば融解点が体温付近のハイドロゲルを、低温条件下、高濃度で固める事により、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとの複合体の取り扱いが容易になり、移植に適した網膜組織を提供できることを見出した。特に、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとの間並びにその周囲にハイドロゲルを介在させることによって、細胞傷害を防止することができ、かつ、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとの複合体の取り扱いが容易になり、移植に適した網膜組織を提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の各発明に関する。
[1]
神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとハイドロゲルとを含む複合体であって、
上記神経網膜及び上記網膜色素上皮細胞シートがそれぞれ、ヒト多能性幹細胞由来であり、
上記神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、上記視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、
上記ハイドロゲルの融解点が、20℃~40℃であり、
上記神経網膜及び上記網膜色素上皮細胞シートの全体が上記ハイドロゲルに包埋されており、上記神経網膜と上記網膜色素上皮細胞シートとはそれぞれの表面の接線方向が凡そ平行しており、上記神経網膜の頂端面と上記網膜色素上皮細胞シートの頂端面とが向き合っており、両者が上記ハイドロゲルによって隔離されて接触していない、複合体。
[2]
上記ハイドロゲルのゼリー強度が、1000g~2000gである、上記[1]に記載の複合体。
[3]
上記ハイドロゲルの濃度が10重量%~50重量%である、上記[1]又は[2]に記載の複合体。
[4]
上記ハイドロゲルのpHが6.5~7.5である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の複合体。
[5]
上記ハイドロゲルが、生分解性を有する、上記[1]~[4]のいずれかに記載の複合体。
[6]
上記ハイドロゲルがゼラチンのハイドロゲルである、上記[1]~[5]のいずれかに記載の複合体。
[7]
上記ゼラチンが、アルカリ処理及び/又は加熱処理されたゼラチンである、上記[6]に記載の複合体。
[8]
上記神経網膜が、ヒト多能性幹細胞を分化誘導して得られた細胞凝集体から得られる神経網膜であり、
上記細胞凝集体が少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含み、上記第一の上皮組織はヒト神経網膜を含み、第二の上皮組織は、上記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ網膜系細胞以外の細胞及び/又は網膜色素上皮細胞を含み、
上記神経網膜が、上記細胞凝集体における、第二の上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域を含む、上記[1]~[7]のいずれかに記載の複合体。
[9]
神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとハイドロゲルとを含む複合体の製造方法であって、
上記神経網膜及び上記網膜色素上皮細胞シートがそれぞれ、ヒト多能性幹細胞由来であり、
上記神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、上記視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、
上記ハイドロゲルの融解点が、20℃~40℃であり、
上記方法が、
(1)容器中に上記網膜色素上皮細胞シート及び上記神経網膜のいずれか一方を設置する第一工程と、
(2)流動状態のハイドロゲルを、上記一方を設置した上記容器に添加する第二工程と、
(3)冷却し、上記一方の全体を包埋するように上記ハイドロゲルを固め、上記一方と上記ハイドロゲルとを備える第1のハイドロゲル層を形成する第三工程と、
(4)上記第1のハイドロゲル層中の上記一方と、上記網膜色素上皮細胞シート及び上記神経網膜の他方とがそれぞれの表面の接線方向が凡そ平行となり、かつ、上記神経網膜の頂端面と上記網膜色素上皮細胞の頂端面とが向き合うように、上記第1のハイドロゲル層上に上記他方をさらに設置する第四工程と、
(5)流動状態のハイドロゲルを、上記他方をさらに設置した上記容器に添加する第五工程と、
(6)冷却し、上記第1のハイドロゲル層及び上記他方の全体を包埋するように上記ハイドロゲルを固め、上記第1のハイドロゲル層と上記他方と上記ハイドロゲルとを備える第2のハイドロゲル層を形成する第六工程と
を含む、製造方法。
[10]
上記第三工程において、2℃~8℃に冷却する、上記[9]に記載の製造方法。
[11]
上記第六工程において、2℃~8℃に冷却する、上記[9]又は[10]に記載の製造方法。
[12]
第六工程の後に、(7)上記複合体を10℃~20℃で保存する第七工程をさらに含む、上記[9]~[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13]
上記ハイドロゲルのゼリー強度が、1000g~2000gである、上記[9]~[12]に記載の製造方法。
[14]
上記ハイドロゲルの濃度が10重量%~50重量%である、上記[9]~[13]に記載の製造方法。
[15]
上記ハイドロゲルのpHが6.5~7.5である、上記[9]~[14]のいずれかに記載の製造方法。
[16]
上記ハイドロゲルが、生分解性を有する、上記[9]~[15]のいずれかに記載の製造方法。
[17]
上記ハイドロゲルがゼラチンのハイドロゲルである、上記[9]~[16]のいずれかに記載の製造方法。
[18]
上記ゼラチンが、アルカリ処理及び/又は加熱処理されたゼラチンである、上記[17]に記載の製造方法。
[19]
上記神経網膜が、ヒト多能性幹細胞を分化誘導して得られた細胞凝集体から得られる神経網膜であり、
上記細胞凝集体が少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含み、上記第一の上皮組織はヒト神経網膜を含み、第二の上皮組織は、上記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ網膜系細胞以外の細胞及び/又は網膜色素上皮細胞を含み、
上記神経網膜が、上記細胞凝集体における、第二の上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域を含む、上記[9]~[18]のいずれかに記載の製造方法。
[20]
上記[1]~[8]のいずれかに記載の複合体を有効成分として含有する、医薬組成物。
[21]
上記[1]~[8]のいずれかに記載の複合体を含有してなる、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療薬。
[22]
上記[1]~[8]のいずれかに記載の複合体を含有してなる、移植用組成物。
[23]
患者の眼底又は網膜下(Subretinal Space)に移植するための[22]に記載の移植用組成物。
[24]
移植された患者において、移植された複合体の神経網膜が該患者の神経網膜層に向き、移植された複合体の網膜色素上皮細胞シートが該患者の網膜色素上皮層に向いた状態で生着するように移植されるための、[23]に記載の移植用組成物。
[25]
以下の工程を含む、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療方法:
(1)[1]~[8]のいずれかに記載の複合体を患者の眼底又は網膜下(Subretinal Space)に移植する工程、
(2)患者の生体内において、移植された複合体の神経網膜が該患者の神経網膜層に向き、移植された複合体の網膜色素上皮細胞シートが該患者の網膜色素上皮層に向いた状態で生着される工程。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、移植に適した神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとの複合体及びその製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1における、hES細胞由来神経網膜(A)、hES細胞由来浮遊RPE(B)、及び、hES細胞由来RPE細胞シート(C)を顕微鏡で観察した結果を示す画像である。
図2】実施例5における、pH5のゼラチンで3日間包埋し、回復培養した後のhES細胞由来神経網膜の形態を顕微鏡で観察した結果を示す画像である。
図3】実施例5における、pH7のゼラチンで3日間包埋し、回復培養した後のhES細胞由来神経網膜の形態を顕微鏡で観察した結果を示す画像である。
図4】実施例5における、hES細胞由来神経網膜に対してDAPI、RCVRN及びHLA classIで免疫染色を行った結果、及びCRX::Venusの蛍光(pH5)を示す蛍光顕微鏡画像である。
図5】実施例5における、hES細胞由来神経網膜に対してDAPI、RCVRN及びHLA classIで免疫染色を行った結果、及びCRX::Venusの蛍光(pH7)を示す蛍光顕微鏡画像である。
図6】実施例5における、hES細胞由来神経網膜に対してDAPI、Ezrin及びColIVで免疫染色を行った結果、及びCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像である。
図7】実施例5における、hES細胞由来神経網膜に対してDAPI、Chx10及びPax6で免疫染色を行った結果、及びCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像である。
図8】実施例5における、hES細胞由来神経網膜に対してDAPI、Caspase3、Chx10及びKi67で免疫染色を行った結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図9】実施例7の実験手順を示す概念図である。
図10】実施例7における、網膜色素上皮(RPE)シート上に神経網膜(NR)が載っているサンプル(1)、及びサンプル(2)を示す写真である。
図11】実施例7における、RPEシート上にNRが載っているサンプル(1)、及びサンプル(2)のCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像である。
図12】実施例7における、ゼラチンの切出し作業の手順を示す写真である。
図13】実施例7における、包埋されたヒトES細胞由来RPEと神経網膜複合体の切片に対してCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像である。
図14】実施例7における、ゼラチン接着直後の包埋されたヒトES細胞由来RPEと神経網膜複合体の切片に対してDAPIで染色を行った結果、及びCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像である。
図15】実施例8における、組織切片中のヒト細胞及びRPE細胞に対してDAPI、Stem121及びRPE65で免疫染色を行った結果、及びCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像である。
図16】実施例8における、組織切片中のヒト細胞及びRPE細胞に対してDAPI、Stem121及びRPE65で免疫染色を行った結果、及びCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像である。
図17】実施例8における、組織切片中のヒト細胞及びRPE細胞に対してDAPI、HuNu及びMITFで免疫染色を行った結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図18】実施例8における、組織切片中のヒト細胞及びRPE細胞に対してDAPI、HuNu、MITF及びBFで免疫染色を行った結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図19】実施例8における、組織切片中のヒト細胞及びRPE細胞に対してDAPI、HuNu、MITF及びIba-1で免疫染色を行った結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図20】実施例8における、組織切片中のヒト細胞及びRPE細胞に対してDAPI、HuNu、MITF及びIba-1で免疫染色を行った結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図21】実施例9における、RPE細胞シート上にNRが載っていることを示す顕微鏡画像(A)及びCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像(B)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
〔定義〕
「幹細胞」とは、分化能及び増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織に属する細胞系譜すべてに分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0015】
「多能性幹細胞」は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることが出来る。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)や、生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。
【0016】
1998年にヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。胚性幹細胞は、内部細胞凝集体をフィーダー細胞上又はbFGFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。胚性幹細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるCrx::Venus株(KhES-1由来)は国立研究開発法人理化学研究所より入手可能である。
【0017】
「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。
【0018】
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat.Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
【0019】
人工多能性幹細胞は、具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells, 2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
【0020】
人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等により体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0021】
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学及びiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞及びFf-I14細胞が、京都大学より入手可能である。
【0022】
本明細書において、多能性幹細胞は、好ましくは胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
【0023】
本明細書において、多能性幹細胞は、ヒトの多能性幹細胞であり、好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0024】
ヒトiPS細胞等の多能性幹細胞は、当業者に周知の方法で維持培養及び拡大培養に付すことができる。
【0025】
「網膜組織(Retinal tissue)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する網膜系細胞が、一種類又は複数種類、一定の秩序に従い存在する組織を意味し、「神経網膜(Neural Retina)」は、網膜組織であって、後述する網膜層のうち網膜色素上皮層を含まない内側の神経網膜層を含む組織を意味する。
【0026】
「網膜系細胞」とは、生体網膜において各網膜層を構成する細胞又はその前駆細胞を意味する。網膜系細胞には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮(RPE)細胞、毛様体周縁部細胞、これらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)、網膜前駆細胞等の細胞が含まれるがこれらに限定されない。網膜系細胞のうち、神経網膜層を構成する細胞として、具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、及びこれらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)等の細胞が挙げられる。
【0027】
「成熟した網膜系細胞」とは、ヒト成人の網膜組織に含まれ得る細胞を意味し、具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮(RPE)細胞、毛様体周縁部細胞等の分化した細胞を意味する。「未成熟な網膜系細胞」とは、成熟した網膜系細胞への分化が決定づけられている前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、網膜前駆細胞等)を意味する。
【0028】
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、ミュラーグリア前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0029】
「網膜前駆細胞」とは、視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮前駆細胞等のいずれの未成熟な網膜系細胞にも分化しうる前駆細胞であって、最終的に、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞等のいずれの成熟した網膜系細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
【0030】
「視細胞(photoreceptor cell)」とは、網膜の視細胞層に存在し、光刺激を吸収し電気信号へと変換する役割を持つ。視細胞には、明所で機能する錐体(cone)と暗所で機能する杆体(又は桿体、rod)の2種類がある。視細胞は視細胞前駆細胞から分化し、成熟する。細胞が視細胞若しくは視細胞前駆細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば後述する細胞マーカー(視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1、視細胞で発現するリカバリン、成熟視細胞で発現するロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin等)の発現、外節構造の形成等により容易に確認できる。一態様において、視細胞前駆細胞はCrx陽性細胞であり、視細胞はロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin陽性細胞である。
【0031】
網膜系細胞の存在は、網膜系細胞のマーカー(以下、「網膜系細胞マーカー」という場合がある。)の発現の有無によって確認することができる。網膜系細胞マーカーの発現の有無、又は細胞集団若しくは組織における網膜系細胞マーカー陽性細胞の割合は、当業者であれば容易に確認することができる。例えば、市販の抗体を用いたフローサイトメトリー、免疫染色等の手法によって、特定の網膜系細胞マーカー陽性細胞の数を全細胞数で除することにより確認することができる。
【0032】
網膜系細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(Raxとも言う)及びPAX6、神経網膜前駆細胞で発現するRx、PAX6及びChx10、視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1等が挙げられる。また、双極細胞で強発現するChx10、双極細胞で発現するPKCα、Goα、VSX1及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin及びHPC-1、水平細胞で発現するCalbindin、視細胞及び視細胞前駆細胞で発現するRecoverin、桿体細胞で発現するRhodopsin、桿体視細胞及び桿体視細胞前駆細胞で発現するNrl、錐体視細胞で発現するS-opsin及びLM-opsin、錐体細胞、錐体視細胞前駆細胞及び神経節細胞で発現するRXR-γ、錐体視細胞のうち、分化初期に出現する錐体視細胞又はその前駆細胞で発現するTRβ2、OTX2及びOC2、水平細胞、アマクリン細胞及び神経節細胞で共通して発現するPax6、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitf、ミューラー細胞で発現するCRALBP等が挙げられる。
【0033】
「陽性細胞」とは、特定のマーカーを細胞表面上又は細胞内に発現している細胞を意味する。例えば、「Chx10陽性細胞」とは、Chx10タンパク質を発現している細胞を意味する。
【0034】
「網膜色素上皮細胞」とは、生体網膜において神経網膜の外側に存在する上皮細胞を意味する。細胞が網膜色素上皮細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば後述する細胞マーカー(RPE65、Mitf、CRALBP、MERTK、BEST1等)の発現や、メラニン顆粒の存在(黒褐色)、細胞間のタイトジャンクション、多角形・敷石状の特徴的な細胞形態等により容易に確認できる。細胞が網膜色素上皮細胞の機能を有するか否かは、VEGF及びPEDF等のサイトカインの分泌能等により容易に確認できる。一態様において、網膜色素上皮細胞はRPE65陽性細胞、Mitf陽性細胞、又は、RPE65陽性かつMitf陽性細胞である。
【0035】
「網膜色素上皮細胞シート」とは、網膜色素上皮細胞が少なくとも二次元の方向に生物学的結合により互いに接着し、単一又は複数の細胞から構成される単層又は重層のシート状の構造体を意味する。
【0036】
「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。
【0037】
「神経網膜層」とは、神経網膜を構成する各層を意味し、具体的には、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。「視細胞層」とは、網膜層(神経網膜層)の1種であり、神経網膜の最も外側に形成され、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を多く含む網膜層を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現の有無又は発現の程度等によって確認できる。
【0038】
「細胞凝集体」(Cell Aggregate)とは、複数の細胞同士が接着して立体構造を形成しているものであれば特に限定はなく、例えば、培地等の媒体中に分散していた細胞が集合して形成する塊、又は細胞分裂を経て形成される細胞の塊等をいう。細胞凝集体には、特定の組織を形成している場合も含まれる。
【0039】
「スフェア(sphere)状細胞凝集体」は、球状に近い立体的な形を有する細胞凝集体を意味する。球状に近い立体的な形とは、三次元構造を有する形であって、二次元面に投影したときに、例えば、円形又は楕円形を示す球状形、及び球状形が複数融合して形成される形状(例えば二次元に投影した場合に2~4個の円形若しくは楕円形が重なりあって形成する形を示す)が挙げられる。一態様において、凝集体のコア部は、小胞性層状構造を有し、明視野顕微鏡の下では、中央部が暗く外縁部分が明るく観察されるという特徴を有する。
【0040】
「毛様体周縁部様構造体」とは、毛様体周縁部と類似した構造体のことである。「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において神経網膜と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliarymargin)又は網膜縁(retinal margin)とも呼ばれ、毛様体周縁部、毛様体縁及び網膜縁は同等の組織である。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞、分化細胞の供給、網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)、Otx1遺伝子(陽性)及びZic1(陽性)を挙げることができる。
【0041】
「頂端面(apical)」とは、上皮組織において、ムコ多糖に富み(PAS染色陽性)、ラミニン及びIV型コラーゲンを多く含む50-100nmの、上皮細胞が産生した基底(basal)側の層(基底膜)が存在する基底膜側とは反対側に形成される表面(表層面)のことをいう。「基底膜」とは、ラミニン及びIV型コラーゲンを多く含む50-100nmの、上皮細胞が産生した基底(basal)側の層(基底膜)のことをいう。一態様において、視細胞又は視細胞前駆細胞が認められる程度に発生段階が進行した網膜組織においては、外境界膜が形成され、視細胞、視細胞前駆細胞が存在する視細胞層(外顆粒層)に接する面のことをいう。また、このような頂端面は、頂端面のマーカー(例:atypical-PKC(以下、「aPKC」と略す)、E-cadherin、N-cadherin)に対する抗体を用いて、当業者に周知の免疫染色法等で同定することができる。
【0042】
「連続上皮組織」とは、連続上皮構造を有する組織である。連続上皮構造とは、上皮組織が連続している状態のことである。上皮組織が連続しているとは、例えば、上皮組織に対する接線方向に10細胞~10細胞、好ましくは接線方向に30細胞~10細胞、更に好ましくは10細胞~10細胞、並んでいる状態のことである。
【0043】
例えば、網膜組織において形成される連続上皮構造は、網膜組織が上皮組織に特有の頂端面を持ち、頂端面が神経網膜層を形成する各層のうち、少なくとも視細胞層(外顆粒層)等と概ね平行に、かつ連続的に網膜組織の表面に形成される。例えば、多能性幹細胞より作製した網膜組織を含む細胞凝集体の場合、凝集体の表面に頂端面が形成され、表面に対して接線方向に10細胞以上、好ましくは30細胞以上、より好ましくは100細胞以上、更に好ましくは400細胞以上の視細胞又は視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する。
【0044】
「ハイドロゲル」とは、三次元の網目構造に架橋された高分子の内部に、水等の液体を取り込んだものである。ハイドロゲルを形成する高分子としては、例えば、ゼラチン、コラーゲン、ペクチン、ヒアルロン酸、アルギン酸等が挙げられる。本明細書における「ハイドロゲル」の具体的な物性等は後述する。
【0045】
〔複合体〕
本発明の一態様は、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとハイドロゲルとを含む複合体である。
【0046】
本発明に係る複合体において、神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートは、ヒト多能性幹細胞由来である。本発明に係る複合体において、神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートはそれぞれ、ヒト多能性幹細胞由来である。神経網膜において、少なくとも視細胞層を含む神経網膜層が形成されており、視細胞層は少なくとも視細胞、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含む。網膜色素上皮細胞シートは、網膜色素上皮細胞が多角形又は敷石状の細胞形態で形成するシート状の構造を有する。神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートの全体は、ハイドロゲルに包埋されており、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとはそれぞれの表面の接線方向が凡そ平行しており、神経網膜の頂端面と網膜色素上皮細胞の頂端面とが向き合っており、両者がハイドロゲルによって隔離されて接触していない。
【0047】
<神経網膜の製造>
神経網膜は、多能性幹細胞由来であり、具体的に多能性幹細胞を分化誘導することによって得ることができる。分化誘導はWO2011/055855、WO2013/077425、WO2015/025967、WO2016/063985、WO2016/063986、WO2017/183732、PLoS One. 2010 Jan 20;5(1):e8763.、Stem Cells. 2011 Aug;29(8):1206-18.、Proc Natl Acad Sci USA. 2014 Jun 10;111(23):8518-23、Nat Commun. 2014 Jun 10;5:4047に開示されている方法が挙げられるが、特に限定されない。
【0048】
神経網膜は、神経網膜の細胞凝集体として製造される。具体的な一態様として、下記工程(A)、(B)及び(C)を含む方法によって神経網膜の細胞凝集体を調製することができる。
(A)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する工程、
(B)無血清培地中で浮遊培養することによって細胞凝集体を形成させる工程、
(C)工程(B)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中でさらに浮遊培養する工程。
【0049】
本方法は、例えばWO2016/063985、WO2017/183732にも開示されており、より詳細にはWO2016/063985、WO2017/183732を参照することが可能である。
【0050】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーによって伝達される、シグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LY-364947、SB-505124、A-83-01等)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、A-83-01等)及びBMPシグナル伝達経路阻害物質(例:LDN193189、Dorsomorphin等)を挙げることができる。これらの物質は市販されており入手可能である。
【0051】
ソニック・ヘッジホッグ(以下、「Shh」と記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhによって媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、PMA(Purmorphamine)、SAG(Smoothened Agonist)等が挙げられる。
【0052】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えば、SB431542は、通常0.1~200μM、好ましくは2~50μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50μM、好ましくは0.5~5μMの濃度で使用される。LDN193189は、通常1~2000nM、好ましくは10~300nMの濃度で使用される。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10~700nMの濃度で使用される。PMAは、通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μMの濃度で使用される。
【0053】
工程(A)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、培地として未分化維持因子を含む上記フィーダーフリー培地を用いるとよい。
【0054】
工程(A)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28,611-615,(2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3,1236,(2012))、基底膜標品(Nat Biotechnol 19,971-974,(2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0055】
工程(A)における多能性幹細胞の培養時間は、工程(B)において形成される細胞凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲で特に限定されないが、通常0.5~144時間である。一態様において、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、さらに好ましくは12~48時間、よりさらに好ましくは18~28時間(例、24時間)である。
【0056】
無血清培地の準備及び細胞凝集体の形成は、上述と同様に実施することができる。
【0057】
一態様において、工程(B)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを上述の濃度で用いることができる。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は例えば、12時間~6日間である。
【0058】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPによって媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4若しくはBMP7等のBMPタンパク質、GDF7等のGDFタンパク質、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチド等が挙げられる。BMP2タンパク質、BMP4タンパク質及びBMP7タンパク質は例えばR&D Systems社から、GDF7タンパク質は例えば和光純薬から入手可能である。
【0059】
用いられる培地は、例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)が挙げられる。無血清培地、血清培地は上述の通り準備することができる。
【0060】
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4タンパク質の場合は、約0.01nM~約1μM、好ましくは約0.1nM~約100nM、より好ましくは約1nM~約10nM、さらに好ましくは約1.5nM(55ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。
【0061】
BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(A)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、BMPシグナル伝達経路作用物質は、浮遊培養開始後1日目~15日目までの間、より好ましくは1日目~9日目までの間、最も好ましくは3日目に培地に添加する。
【0062】
具体的な態様として、例えば、工程(B)の浮遊培養開始後1~9日目、好ましくは1~3日目に、培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換し、BMP4の終濃度を約1~10 nMに調製し、BMP4の存在下で例えば1~12日、好ましくは2~9日、さらに好ましくは2~5日間培養することができる。ここにおいて、BMP4の濃度を、同一濃度を維持すべく、1回若しくは2回程度培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換することができる。又はBMP4の濃度を段階的に減じることもできる。
【0063】
上記工程(A)~工程(C)における培養温度、CO濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃~約40℃、好ましくは約37℃である。またCO濃度は、例えば約1%~約10%、好ましくは約5%である。
【0064】
上記工程(C)における培養期間を変動させることによって、神経網膜の細胞凝集体に含まれる網膜系細胞として、様々な分化段階の網膜系細胞を製造することができる。すなわち、未成熟な網膜系細胞(例:網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞)と成熟した網膜系細胞(例:視細胞)とを様々な割合で含む、神経網膜の細胞凝集体中の網膜系細胞を製造することができる。工程(C)の培養期間を延ばすことによって、成熟した網膜系細胞の割合を増やすことができる。
【0065】
上記工程(B)及び/又は工程(C)は、WO2017/183732に開示された方法を使用することもできる。すなわち、工程(B)及び/又は工程(C)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質をさらに含む培地で浮遊培養し、神経網膜の細胞凝集体を形成することができる。
【0066】
工程(B)及び/又は工程(C)に用いる、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、タンパク質、核酸、低分子化合物等のいずれであってもよい。Wntにより媒介されるシグナルは、Frizzled(Fz)及びLRP5/6(low-density lipoprotein receptor-related protein 5/6)のヘテロ二量体として存在するWnt受容体を介して伝達される。Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、Wnt又はWnt受容体に直接作用する物質(抗Wnt中和抗体、抗Wnt受容体中和抗体等)、Wnt又はWnt受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質(可溶型Wnt受容体、ドミナントネガティブWnt受容体等、Wntアンタゴニスト、Dkk1、Cerberusタンパク質等)、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロイソキノリン-8-スルホンアミド)、D4476(4-[4-(2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-6-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、IWR-1-endo (IWR1e) (4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル]-N-8-キノリニル-ベンズアミド)、並びに、IWP-2(N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]アセタミド)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。Wntシグナル伝達経路阻害物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2等は公知のWntシグナル伝達経路阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。Wntシグナル伝達経路阻害物質として好ましくはIWR1eが用いられる。
【0067】
工程(B)におけるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、良好な細胞凝集体の形成を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0068】
工程(B)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質を培地に添加するタイミングは、早い方が好ましい。Wntシグナル伝達経路阻害物質は、工程(B)における浮遊培養開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、より好ましくは12時間以内、更に好ましくは工程(B)における浮遊培養開始時に、培地に添加される。具体的には、例えば、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した基礎培地の添加や、該基礎培地への一部若しくは全部の培地交換を行う事ができる。工程(A)で得られた細胞を、工程(B)においてWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は特に限定されないが、好ましくは、工程(B)における浮遊培養開始時に培地へ添加した後、工程(B)終了時(BMPシグナル伝達経路作用物質添加直前)まで作用させる。更に好ましくは、後述する通り、工程(B)終了後(すなわち工程(C)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に曝露させる。一態様としては、後述する通り、工程(B)終了後(すなわち工程(C)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させ、網膜組織が形成されるまで作用させてもよい。
【0069】
工程(C)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、前述のWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれかを用いる事ができるが、好ましくは、工程(B)で用いたWntシグナル伝達経路阻害物質と同一の種類のものを工程(C)において使用する。
【0070】
工程(C)におけるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、網膜前駆細胞及び網膜組織を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。工程(C)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、工程(B)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を100としたとき、好ましくは50~150、より好ましくは80~120、更に好ましくは90~110であり、第二工程の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度と同等であることが、より好ましい。
【0071】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の培地への添加時期は、網膜系細胞若しくは網膜組織を含む凝集体形成を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が好ましい。好ましくは、工程(C)開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が培地に添加される。より好ましくは、工程(B)においてWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(C)においても継続して(即ち、工程(B)の開始時から)培地中に含まれる。更に好ましくは、工程(B)の浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(C)においても継続して培地中に含まれる。例えば、工程(B)で得られた培養物(Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中の凝集体の懸濁液)にBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を添加すればよい。
【0072】
Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、特に限定されないが、好ましくは、工程(B)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(B)における浮遊培養開始時を起算点として、2日間から30日間、より好ましくは6日間から20日間、8日間から18日間、10日間から18日間、又は10日間から17日間(例えば、10日間)である。別の態様において、Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、工程(B)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(B)における浮遊培養開始時を起算点として、好ましくは3日間から15日間(例えば、5日間、6日間、7日間)であり、より好ましくは6日間から10日間(例えば、6日間)である。
【0073】
上述した方法で得た神経網膜の細胞凝集体をWntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で3日間から6日間程度の期間培養(工程(D))後、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない無血清培地又は血清培地中で30日間~60日間程度培養する(工程(E))ことによって、毛様体周縁部様構造体を含む神経網膜を製造することもできる。
【0074】
一態様として、工程(A)~(C)で得られた神経網膜の細胞凝集体であって、工程(B)の浮遊培養開始後6~30日目、10~20日目(10日目、11日目、12日目、13日目、14日目、15日目、16日目、17日目、18日目、19日目又は20日目)の神経網膜の細胞凝集体から、上記工程(D)及び工程(E)により、毛様体周縁部様構造体を含む神経網膜を製造できる。
【0075】
Wntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntによって媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3’-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)を挙げることができる。例えばCHIR99021の場合には、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μMの範囲を挙げることができる。
【0076】
FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFによって媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398等が挙げられる。例えばSU-5402の場合、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0077】
上記工程(E)の一部又は全部の工程は、WO2019/017492に開示された連続上皮組織維持用培地を用いて培養することができる。すなわち、連続上皮組織維持用培地を用いて培養することにより、神経網膜の連続上皮構造を維持することができる。一例として、Neurobasal培地(例:サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、21103049)にB27サプリメント(例:サーモフィッシャーサイエンティフィック、12587010)を配合した培地を連続上皮組織維持用培地として挙げることができる。
【0078】
上記工程(E)の一部又は全部の工程において、細胞増殖用基礎培地、連続上皮組織維持用培地又はこれらの混合培地のいずれの培地を用いている場合であっても、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質をさらに含んでよい。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することにより、神経網膜に含まれる双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞等の割合が低く、かつ視細胞前駆細胞の割合を増大させた神経網膜を含む細胞凝集体の製造が可能となる。
【0079】
本明細書において、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質とは、甲状腺ホルモンにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質であり、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路を増強し得るものであれば特に限定はない。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、トリヨードサイロニン(以下、T3と略すことがある)、サイロキシン(以下、T4と略すことがある)、甲状腺ホルモン受容体(好ましくはTRβ受容体)アゴニスト等が挙げられる。
【0080】
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT3を用いる場合には、例えば、0.1~1000nMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、1~500nM;より好ましくは10~100nM;更に好ましくは30~90nM;更により好ましくは60nM前後の濃度のT3に相当する甲状腺ホルモンシグナル伝達亢進活性を有する濃度が挙げられる。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT4を用いる場合には、例えば、1nM~500μMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、50nM~50μM;より好ましくは500nM~5μMの範囲である。その他の甲状腺ホルモン受容体アゴニストを用いる場合、上述の濃度のT3又はT4が示すアゴニスト活性と同程度の活性を示す濃度であればよい。
【0081】
工程(E)において用いられる培地は、適宜、L-グルタミン、タウリン、血清などを含んでいてもよい。工程(E)において用いられる培地は、一例において、BMPシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、Wntシグナル伝達経路阻害物質、SHHシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質からなる群から選択される1以上(好ましくは全部)を添加されていない培地である。
【0082】
上述の方法によって、神経網膜の細胞凝集体を製造することができるが、これらに限定されない。
【0083】
本発明に係る神経網膜は、視細胞層及び内層を含む神経網膜層を含み、視細胞層において視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、かつ、上皮組織の構造を有し、頂端面と基底とを有する。上皮組織の構造は連続上皮構造であることが好ましい。
【0084】
一態様において、本発明に係る神経網膜は、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて神経網膜の細胞凝集体から切り出すことによって得ることができる。スフェア状の神経網膜の細胞凝集体から切り出すことにより、神経網膜シートを得ることができる。神経網膜シートとは、上述の神経網膜層の層構造を維持した重層のシート状の構造体を意味する。
【0085】
一態様において、本発明に係る神経網膜は、ヒト多能性幹細胞を分化誘導して得られた、細胞凝集体から得られる神経網膜であってよい。上記細胞凝集体が少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含み、第一の上皮組織は、ヒト神経網膜を含み、第二の上皮組織は、第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ網膜系細胞以外の細胞及び/又は網膜色素上皮細胞を含んでいてよい。第二の上皮組織に含まれる網膜系細胞以外の細胞は、眼球関連組織及び脳脊髄組織の細胞が挙げられ、眼球関連組織としては、網膜色素上皮細胞及び毛様体周縁部構造体が挙げられる。本発明に係る神経網膜は、目視により当該凝集体より第二の上皮組織を含まない様に神経網膜を切り出すことにより得ることができる。本発明に係る神経網膜は、上記細胞凝集体における、第二の上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域、特に第一の上皮組織の中心付近の領域を含んでいてよい。一態様において、本発明に係る神経網膜は、連続上皮組織の中心付近の領域を含んでいてよい。
【0086】
一態様において、本発明に係る神経網膜は、
(1)多能性幹細胞由来であり、
(2)3次元構造を有し、
(3)視細胞層及び内層を含む複数の層構造を有する神経網膜層を含み、
(4)視細胞層が、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、
(5)内層が、網膜前駆細胞、神経節細胞、アマクリン細胞及び双極細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含み、
(6)神経網膜層の表面が、頂端面を有し、
(7)頂端面に沿って存在する視細胞層の内側に内層が存在し、
(8)神経網膜の表面の総面積に対して、神経網膜層の面積が50%以上であり、
(9)神経網膜層の頂端面の総面積に対して、連続上皮構造の面積が80%以上である、
ことを特徴とする神経網膜である。
【0087】
当該神経網膜は、(3)視細胞層及び内層を含む複数の層構造を有する神経網膜層を含む。(6)及び(7)に記載の通り、視細胞層は当該神経網膜の外側(表面)に存在するが、内層にも異所性の視細胞層が存在してもよい。
【0088】
当該神経網膜は、(5)内層が、網膜前駆細胞、神経節細胞、アマクリン細胞及び双極細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含むが、異所性の視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を含んでもよい。一態様において、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞の含有率が総細胞数の30%以下である神経網膜、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞及び双極細胞の含有率が総細胞数の30%以下である神経網膜、及び/又は、双極性細胞の含有率が総細胞数の10%以下である神経網膜も提供される。
【0089】
当該神経網膜は、(8)神経網膜の表面の総面積に対して、神経網膜層の面積が40%以上であり、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上である。当該神経網膜は、(9)神経網膜層の頂端面の総面積に対して、連続上皮構造の面積が60%以上であり、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上である。
【0090】
一態様において、本発明に係る神経網膜の長径は、例えば300μm~3300μmであってよく、好ましくは600μm~2500μm、より好ましくは1100μm~1700μmである。
【0091】
一態様において、本発明に係る神経網膜の短径は、例えば100μm~2000μmであってよく、好ましくは200μm~1500μm、より好ましくは400μm~1100μmである。
【0092】
一態様において、本発明に係る神経網膜の高さは、例えば50μm~1500μmであってよく、好ましくは100μm~1000μm、より好ましくは200μm~700μmである。
【0093】
一態様において、本発明に係る神経網膜の体積は、例えば0.001mm~4.0mmであってよく、好ましくは0.01mm~1.5mm、より好ましくは0.07mm~0.57mmである。
【0094】
神経網膜の長径、短径及び高さを測定する方法は、特に限定されず、例えば、顕微鏡下で撮像した画像から測定すればよい。例えば、細胞凝集体から切り出した神経網膜について、切断面を対物レンズ側に向けた状態で撮像した正面画像と、切断面が対物レンズから見て垂直になるよう傾けた状態で撮像した横面画像とを、実体顕微鏡で撮像し、撮像した画像から測定できる。ここで、長径とは、正面画像において、該シート断面上の2つの端点を結ぶ線分のうち、最も長い線分及びその長さを意味する。短径とは、正面画像において、該シート断面上の2つの端点を結ぶ線分で長径と直交する線分のうち、最も長い線分及びその長さを意味する。高さとは、該シート断面に直交する線分で、該シート断面との交点と網膜シートの頂点を端点とする線分のうち、最も長い線分及びその長さを意味する。該シートの体積とは、神経網膜が、断面が長径を通るように半割した楕円体であると近似したうえで、以下の計算式に従い算出した体積を意味する。
体積=2/3×円周率(π)×(長径/2)×(短径/2)×高さ
【0095】
<網膜色素上皮細胞シートの製造>
網膜色素上皮(RPE)細胞は、多能性幹細胞由来であり、具体的に多能性幹細胞を分化誘導することによって得ることができる。網膜色素上皮細胞を製造する方法は、WO2005/070011、WO2006/080952、WO2011/063005、WO2012/173207号、WO2015/053375号、WO2015/053376号、WO2015/068505号、WO2017/043605、Stem Cell Reports, 2(2), 205-218 (2014)及びCell Stem Cell, 10(6), 771-785 (2012)に開示されている方法が挙げられるが、特に限定されない。また、上述したWO2016/063985に記載の方法を改良することで網膜色素上皮(RPE)細胞シートを調製することも可能である。網膜色素上皮細胞は、細胞シート又はスフェア状細胞凝集体として製造されてもよい。スフェア状細胞凝集体として製造された場合、例えば、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて細胞凝集体を切り開くことでRPE細胞シートを調製可能である。
【0096】
WO2016/063985に記載の方法の改良法としては、上述した方法のうち、多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)分化誘導一日前にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、2)分化誘導開始時にソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を処理しない条件で培養する。その後、上述した工程(B)及び(C)を行う。さらに、上記工程(D)の開始時期を早める方が好ましい。具体的には、工程(B)の浮遊培養開始9日前後(例:7日、8日、9日、10日、11日後)に工程(D)を開始する。その後、上述した工程(E)を実施すればよい。本方法により、スフェア状のRPE細胞の細胞凝集体が得られる。当該細胞凝集体を分散させて細胞懸濁液にしてもよいし、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて細胞凝集体を切り開くことでRPE細胞シートを調製することもできる。分散させた細胞懸濁液を接着培養で培養することにより、RPE細胞シートを調製することもできる。
【0097】
網膜色素上皮細胞シートは、神経網膜の細胞凝集体と接触させる前に、多角形又は敷石状の細胞形態を有するまでさらに培養してもよい。この場合の培地は、特に限定されないが、網膜色素上皮細胞の維持培地(以下、RPE維持培地と記載することもある。)に交換し、さらに培養することもできる。それにより、さらにはっきりとメラニン色素沈着細胞群や基底膜に接着する多角扁平状の形態を有する細胞群を観察することができる。RPE維持培地による培養は、網膜色素上皮細胞のコロニーが形成される限り限定されないが、例えば3日に1回以上の頻度で全量培地交換を行いながら5~20日間程度培養を行う。当業者であれば、当該形態を確認しながら、培養期間を容易に設定することができる。網膜色素上皮細胞の維持培地は、例えばIOVS,March 2004, Vol. 45, No.3、MasatoshiHarutaら、IOVS, November 2011, Vol. 52, No. 12、Okamotoら、Cell Science122 (17)、Fumitaka Osakadarら、ebruary 2008, Vol. 49, No. 2、Gammらに記載のものを使用することができる。
【0098】
一態様において、網膜色素上皮細胞シートの長径は、例えば3mm~50mm、5mm~30mm、10mm~20mmなどの範囲であってよい。
【0099】
一態様において、網膜色素上皮細胞シートの短径は、例えば2mm~40mm、5mm~30mm、10mm~20mmなどの範囲であってよい。
【0100】
網膜色素上皮細胞シートのメラニン色素沈着の程度は特に限定されない。網膜色素上皮細胞シート中に含まれる網膜色素上皮細胞におけるメラニン色素沈着の程度は、細胞間で同程度である方が好ましい。一態様として、網膜色素上皮細胞シートの平均メラニン含有量は、20pg/細胞未満、15pg/細胞未満、10pg/細胞未満、8pg/細胞未満、7pg/細胞未満、6pg/細胞未満、5pg/細胞未満、4pg/細胞未満、3pg/細胞未満、2pg/細胞未満、1pg/細胞未満であってよい。また、網膜色素上皮細胞シートの平均メラニン含有量は、0.1pg/細胞以上、0.5pg/細胞以上、1pg/細胞以上、2pg/細胞以上、5pg/細胞以上であってもよい。
【0101】
網膜色素上皮細胞シート中のメラニン含有量は、例えば、網膜色素上皮細胞シートを分散させた後、NaOHなどを用いて抽出した細胞抽出物を用いて、分光光度計等を用いて測定することができる。平均メラニン含有量は、メラニン含有量を網膜色素上皮細胞シートに含まれる総細胞数で除することにより求めることができる。
【0102】
<ハイドロゲル>
本発明におけるハイドロゲルは、細胞を生きたまま包埋できるものであればよく、例えば、ゼラチンのハイドロゲル、コラーゲンのハイドロゲル、ペクチンのハイドロゲル、ヒアルロン酸のハイドロゲル、アルギン酸のハイドロゲルであってよく、好ましくは、ゼラチンのハイドロゲルである。これらのハイドロゲルは、生分解性及び所望の融解点を有するため、扱いやすく、かつ、高い生着率を期待できる。生分解性とは、生体内の酵素等により分解され、吸収若しくは排泄されることを意味する。本発明におけるハイドロゲルは、融解点が20℃~40℃の範囲のハイドロゲルである。すなわち、移植した場合に体温で融解するという特徴を有する。以下、「ゼラチン」を例に、その物性を詳細に記載する。ゼラチン以外のハイドロゲルについて、後述するゼラチンと同様の物性を有するハイドロゲルが好ましい。
【0103】
「ゼラチン」とは、水に不溶性のコラーゲンを、例えば酸あるいはアルカリで前処理し、熱加水分解するなどにより可溶化したものである。本明細書において、特別の記載がなければ、ハイドロゲルの状態のゼラチンを意味するが、「ゼラチンのハイドロゲル」と明確化して記載することもある。加熱によりコラーゲンの3本鎖らせんの分子構造が壊れ、ランダムな3本の分子に分かれることにより可溶化される。ゼラチンの原材料としては、主として牛骨及び牛皮、豚皮、豚骨、魚鱗などが用いられる。これらのコラーゲン原材料からゼラチンを抽出するために、塩酸や硫酸などの無機酸もしくは石灰を用いて、原料の前処理を行う。原料の前処理条件により、前者を酸処理ゼラチン(又は、Aタイプゼラチン)、後者をアルカリ処理(石灰処理)ゼラチン(Bタイプゼラチン)と呼ぶこともある。酸処理ゼラチンとアルカリ処理ゼラチンではゼラチンの性質が異なる。また、加熱処理により加水分解を行うことで、ゼラチンの分子量は低下し、溶解度は向上し、同条件においてゼリー強度は低下する。例えば、温水(50℃~80℃)により加熱処理することもでき、複数回繰り返してもよい。市販のゼラチンを入手することも可能であり、例えば、ゼラチンLS-H(新田ゼラチン(株)、豚皮アルカリ処理ゼラチン、非加熱処理ゼラチン、高ゼリー強度)ゼラチンLS-W(新田ゼラチン(株)、豚皮アルカリ処理ゼラチン、加熱処理ゼラチン、低ゼリー強度)が挙げられる。アルカリ処理(石灰処理)ゼラチン(Bタイプゼラチン)が好ましく、加熱処理ゼラチンが好ましい。
【0104】
コラーゲンは約10万の分子量をもつ3本のポリペプチド鎖(α鎖)で構成されている。コラーゲン分子が加熱処理によって変性すると、3本のα鎖(α成分)にわかれる。それ以外にα鎖の2量体(β成分:約20万の分子量)と3量体(γ成分:約30万の分子量)も生成され得る。また、ゼラチンの処理工程によって、コラーゲン、ゼラチンの分子間又は分子内結合の一部もランダムに切断されるため、ゼラチンは種々の分子量を持つ分子の集合体である。加熱処理の有無等により異なるが、通常、市販ゼラチンは、数万~数百万の分子量分布を有する。一態様として、ゼラチンでは、50%以上(好ましくは60%以上、70%以上、80%以上、90%以上)が約10万~約30万の範囲に含まれる分子量分布が好ましい。また、ゼラチンの好ましい平均分子量は、約5万~約100万、約10万~約80万、約10万~約60万、約20万~約50万、約30万~約50万の範囲である。
【0105】
なお、分子量分布及び平均分子量は、当業者であれば周知知られた方法により測定することができる。例えば、高速液体クロマトグラフを用いて、ゼラチン水溶液をゲル濾過法によってクロマトグラムを求めることで分子量分布を推定し、さらにプルラン換算などにより平均分子量を推定することができる。
【0106】
「等イオン点」とは、タンパク質,もしくは両性電解質の水溶液が,他のイオンの共存しない状態(水が電離して生成する水素イオン、水酸化物イオン、対象となる両性電解質そのもののイオンを除く)で示すpHを意味する。等イオン点は当業者であれば周知知られて方法により測定することができる。具体例として、イオン交換樹脂により脱塩した検液(ゼラチン水溶液)のpH計により水素イオン濃度を測定すればよい。例えば、ゼラチンの製造工程においてアルカリ処理を行うと、大部分が脱アミドされているため、等イオン点は約pH5と低くなる。これに対し、酸処理ゼラチンでは、脱アミド率が低く、コラーゲンに近いpH7~9の等イオン点を示す。ゼラチン水溶液は等イオン点より低pH側で+(プラス)、高pH側では-(マイナス)に荷電する。本明細書におけるハイドロゲル(ゼラチン等)は、約pH4~約pH7、約pH5~約pH7、約pH6~約pH7の等イオン点を示す方が好ましい。
【0107】
ゼラチンを含むハイドロゲルは、加熱又は冷却によって、溶液がゲルからゾル、ゾルからゲルに相変化する。ゼラチンなどのハイドロゲルは、冷却して流動性を失うことでゲル(ゼリー)化し、加熱して流動性を獲得することによりゾル(水溶液)化する。ゼラチンを例にとると、ゼラチンがゼリー化するのは、冷却により、ゼラチン分子の一部が、コラーゲンと同様のらせん構造をとることで分子間にネットワークを形成するためである。ここで、「融解点」とは、一定圧力のもとで、ゾル化する温度を意味し、「凝固点」とは、一定圧力のもとで、ゲル化する温度を意味する。上述の通り、冷却を続けるとより強固なゲルを形成する。本明細書におけるハイドロゲルは、融解点が20℃~40℃(例:20℃~35℃、25℃~35℃、30℃~40℃、35℃~40℃)である。一般に、ゲルの融点は、ネットワークの強さの尺度であり、ハイドロゲルの濃度及び分子量の上昇に伴い、ハイドロゲル(例:ゼラチン)の融解点は上昇する。また、例えば、糖類により固形分を増加させると融解点及び凝固点は上昇する傾向にある。この様に、一定の範囲で融解点及び凝固点を変動させることが可能である。
【0108】
ハイドロゲルの融解点の測定方法は、特に限定されず、例えば、JIS K6503に定められた方法によって測定できる。具体的には、検液(例:10w/w%濃度のゼラチン溶液)を、直径10mmのガラス管中で、末端5mmの位置から45mmの高さのゲルを作り、末端5mmが下に来るように水槽に入れて昇温したとき、ゲルが融けて末端の気泡の上端が10mm上昇した温度を融解点とすればよい。
【0109】
ハイドロゲルの凝固点の測定方法は、特に限定されず、例えば、JIS K6503に定められた方法によって測定できる。具体的には、35℃にした検液(例:10w/w%濃度のゼラチン溶液)を35℃の緩衝浴を持った15℃の水槽で攪拌しながら徐々に冷却させ、戻り現象(溶液を攪拌した時に生ずる気泡などが、撹拌を止めたとき、慣性で撹拌方向へ動くのではなく、逆の方向に引き戻される現象)が認められた時の温度を凝固点とすればよい。戻り現象を確認しやすくするために、検液には、濾紙片などを入れておくとよい。
【0110】
ハイドロゲルの「ゼリー強度」とは、ゲルを形成した物体の機械的強度を意味する。通常一定形状のゲルを変形させるのに要する力又はゲルを破断させるのに要する力(単位:g、dyne(s)/cm又はg/cm)で表現され、主としてゲルの硬さの尺度である。なお、1ダイン(dyne(s))は、質量1グラム(g)の物体に働くとき、その方向に1センチメートル毎秒毎秒(cm/s2)の加速度を与える力と定義される。例えばゼラチンを含むハイドロゲルのゼリー強度は、その濃度、温度、pH及び共存物質などにより変動があるが、同一条件では分子量などの固有の性質に依存して変化する。ゼラチンの「ゼリー強度」は、例えば、日本薬局方 薬食発0531第3号やJIS K6503に定められた方法で試験される。具体的には、ゼラチン溶液を10℃で17時間冷却して調製したゼリーの表面を、2分の1インチ(12.7mm)径のプランジャーで4mm押し下げるのに必要な荷重を、ゼリー強度とする。通常、ゼラチン濃度が増加するにつれて、ゼリー強度も増加する。また、通常、酸性pH(例:pH4以下)及びアルカリ性pH(例:pH8以上)においてはゼラチンのゼリー強度は大きく低下する。また、ある一定の範囲(例:分子量3万~7万)では、分子量が高いほどゼリー強度は高くなるが、ある程度以上(例:分子量10万以上)になるとゼリー強度は一定になる。さらに、通常、ゲル化には20℃以下での冷却が必要であり、例えば4℃~20℃程度の冷却温度の範囲において、冷却温度が低いほどゼリー強度は高くなる。分子の配向やネットワーク形成する反応は比較的遅い速度で進行するため、その内部においては、ゲル形成後も分子間のネットワークが形成するため、冷却開始後1~5時間程度をかけてゼリー強度は上昇する。また、急速に冷却する方がゼリー強度は上昇する。分子が配向する時間的余裕なく分子間に細かくネットワークが形成されるためである。
【0111】
本明細書において、例えば10℃~20℃において、包埋される細胞や組織に影響を与えない範囲であって、かつ、複合体の通常の移植操作等において、ハイドロゲルが崩れない程度のゼリー強度であればよい。ゼリー強度は、5重量%~30重量%程度のハイドロゲル(ゼラチン)において、例えば、ハイドロゲル(ゼラチン)のゼリー強度は、JIS K6503に定められた方法において、50g以上、100g以上、200g以上、500g以上、1000g以上、1200g以上、1300g以上、1400g以上又は1500g以上であってよい。また、ハイドロゲル(ゼラチン)のゼリー強度は、3000g以下、2500g以下又は2000g以下であってよい。
【0112】
「粘度」とは、流体の粘りの強さを表す指標である。当業者であれば、周知知られた方法により粘度を測定することができる。例えば、JIS K6503に定められた方法で測定することができる。すなわち、一定量のゼラチン溶液(60℃、6.67%)が、ピペット型粘度計を流下する時間を、粘度値(単位:mPa・s)に換算すればよい。
【0113】
ゼラチンを含むハイドロゲルのゾル状態における粘度は、ゼラチンなどの濃度や系の温度、pH、共存塩類などによって影響される。一般に、ゼラチンなどの濃度の上昇や温度の低下にともない、粘度は上昇する。例えば、Bタイプゼラチンでは、粘度はpHに依存し、等イオン点のpH付近において、粘度が最小となる。一方、Aタイプゼラチンにおいては、粘度とpHに顕著な関係は認められない。
【0114】
ゼラチンを含むハイドロゲルの粘度は、後述する複合体を形成できる程度の粘度であれば特に限定はない。生きた細胞を包埋するため、細胞へのダメージを考慮すると、約40℃(約30℃~約50℃程度)のハイドロゲルを用いて細胞を包埋する必要がある。従って、約40℃(30℃~50℃程度)において、細胞を包埋するのに必要な程度の粘度、例えば、2~50mPa・s(5~30mPa・s)程度の粘度を示すハイドロゲルが挙げられる。
【0115】
「起泡率」とは、検体の元の体積(V)に対する泡を含む全体積(V)の割合(V/V)を意味する。起泡率は低い方が好ましい。具体的には、1.2以下(好ましくは、1.15以下、1.1以下、1.05以下)である。起泡率は、例えば、写真用ゼラチン試験法であるパギイ法第10版(2006年版)により測定することができる。具体的には、メスシリンダーに入れた50℃の50mLの検液を、振幅300mm、振動数145回/分で1分間振動させ後、振動停止から3分後に泡を含む全体積を読みとればよい。
【0116】
本明細書に記載のハイドロゲルは、移植により生体内に投与するため、日本薬局方に定める純度試験の基準をクリアしている方が好ましい。例えば、日本薬局方において、ゼラチン及び精製ゼラチンの品質規格と試験法が定められており、具体的には下記の基準を満たす。
(1)異臭及び不溶物 本品1.0gに水40mLを加え、加熱して溶かすとき、液は不快臭がない。また、この液は澄明であるか、又は濁ることがあってもわずかであり、その色は色の比較液Aより濃くない。
(2)亜硫酸塩 60ppm以下
(3)重金属 50ppm以下(20ppm以下)
(4)ヒ素 1ppm以下
(5)水銀 0.1ppm以下
(6)乾燥減量 15.0%以下
(7)強熱残分 2.0%以下
【0117】
ハイドロゲルの濃度は、各種操作による崩れや操作中の溶解等を防止するという観点から、高い方が好ましい。ハイドロゲルの濃度は、ハイドロゲルを溶解させる媒体(溶媒)に対するハイドロゲルの割合である。ハイドロゲルの濃度は、例えば、ゼラチンを用いる場合、10重量%~50重量%であってよく、好ましくは25重量%~50重量%、30重量%~50重量%、又は20重量%~40重量%である。
【0118】
ハイドロゲルの濃度は、上述の範囲になるように、計量したハイドロゲルに対し適切な媒体により溶解させればよい。媒体は細胞に影響を与えないものであればよく、例えば、HBSSなどの緩衝塩溶液などが挙げられる。
【0119】
ハイドロゲルのpHは、包埋する組織や移植後の生体への傷害を軽減する目的で、中性付近が好ましい。例えば6~8又は6.5~7.5であってよく、好ましくは7~7.5である。ハイドロゲルのpHは、溶液若しくはゾル状態におけるpHとして測定すればよい。上述の通り、当該pH範囲であれば、ゼリー強度が大きく低下することもない。ハイドロゲルのpHの測定方法は、特に限定されず、例えば、市販のpH計やpH試験紙によって測定できる。
【0120】
一態様において、ハイドロゲルは、生分解性を有するハイドロゲルであることが好ましい。複合体をヒトに移植した後、生分解性のハイドロゲルの生分解により、移植された神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとが徐々に接触し、成熟後は生体網膜と同様に視細胞の外節が網膜色素上皮細胞シートと接触することが好ましい。また、接触しなくても移植した網膜色素上皮細胞シートが新生血管の滲出を抑える機能、及び/又は、レチノイドサイクルや外節の貪食、栄養等の供給をできる機能を有していればいい。主たる生体構成成分であるコラーゲンを処理することで得られるゼラチンは、生分解性を有するハイドロゲルである。
【0121】
一態様において、本明細書におけるハイドロゲルは、20℃~40℃の範囲の融解点を有し、かつ下記の物性の1以上を満たすハイドロゲルが好ましい。
(1)調製方法:アルカリ処理及び/又は加熱処理
(2)平均分子量:約10万~約50万
(3)濃度:10重量%~50重量%(好ましくは25重量%~50重量%、30重量%~50重量%、又は20重量%~40重量%)
(4)ゼリー強度:50g以上、100g以上、200g以上、500g以上、1000g以上、1200g以上、1300g以上、1400g以上又は1500g以上(3000g以下、2500g以下又は2000g以下)
(5)pH:6~8(好ましくは、6.5~7.5、7~7.5)
(6)等イオン点:酸性領域(約pH4~約pH7、約pH5~約pH7、約pH6~約pH7)
(7)起泡率:1.2以下(好ましくは、1.15以下、1.1以下、1.05以下)
(8)粘度:約40℃(30℃~50℃程度)において、約5~30mPa・s。
【0122】
<複合体の構造>
一態様において、本発明に係る複合体において、ハイドロゲルは神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートの全体を包埋する。「包埋」とは、細胞等がハイドロゲルに埋め込まれた状態で覆われていることを意味する。神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートを包埋するとは、例えば、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとの間及びその周囲にハイドロゲルが存在する状態であってよい。なお、本願においては、特に別々に製造又は単離した神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートの使用を予定しているため、網膜色素上皮細胞が神経網膜層とともに連続する上皮構造を構成していない。
【0123】
複合体において、ハイドロゲルが単層構造を有してもよく、二層以上の構造を有してもよい。一態様においては、複合体は、網膜色素上皮細胞シートのみを包埋する第1のハイドロゲル層と、第1のハイドロゲル層及び神経網膜を包埋する第2のハイドロゲル層とを備えていてもよい。別の態様においては、複合体は、神経網膜のみを包埋する第1のハイドロゲル層と、第1のハイドロゲル層及び網膜色素上皮細胞シートを包埋する第2のハイドロゲル層とを備えていてもよい。
【0124】
本発明に係る複合体において、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとは、それぞれ接線方向が凡そ平行している。「接線方向が凡そ平行している」とは、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートの向かい合った面の接線方向が平行していることを意味する。また、本発明に係る複合体において、神経網膜の頂端面と網膜色素上皮細胞の頂端面とが向き合っている。すなわち、神経網膜の頂端面と網膜色素上皮細胞の頂端面とが近接した状態で存在する。
【0125】
一態様において、複合体中の神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとがハイドロゲルに隔離されて接触しない。そのため、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートが機械的な接触による細胞の傷害を低減することができる。なお、「神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとが接触しない」こととは、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートが物理的に接していないことを意味する。ハイドロゲルによって神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとが接触しないことは、例えば目視(例:顕微鏡下)により確認する事ができる。
【0126】
本発明に係る複合体において、ハイドロゲルに包埋される神経網膜としては、単一の連続した神経網膜であってよく、複数の連続した神経網膜であってもよい。1つの複合体によりより広い範囲の網膜組織の障害状態又は網膜組織の損傷状態を治療することができるため、複数の神経網膜を包埋することが好ましい。この場合、複数の神経網膜は、それぞれの頂端面が同じ方向に向いて横一列に並んでいることが好ましい。また、ハイドロゲルに包埋される網膜色素上皮細胞シートは、単一の連続したシート状の網膜色素上皮組織であってよく、複数の連続したシート状の網膜色素上皮組織であってもよい。複数の網膜色素上皮組織がハイドロゲルに包埋される場合、それぞれ網膜色素上皮組織の頂端面が同じ方向に向いて横一列に並んでいることが好ましい。
【0127】
〔複合体の製造方法〕
本発明の一態様は、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとハイドロゲルとを含む複合体の製造方法である。本発明に係る製造方法において、製造される複合体、並びに複合体に含まれる神経網膜、網膜色素上皮細胞シート及びハイドロゲルは、上述の複合体において説明したものと同様の態様を適用できる。
【0128】
本発明に係る製造方法において、神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートは、ヒト多能性幹細胞由来である。ハイドロゲルの融解点は、20℃~40℃であり、例えば上述のハイドロゲルを用いことができる。好ましくは、ハイドロゲルはゼラチンのハイドロゲルである。
【0129】
神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートを細胞外マトリクス(例:コラーゲン)上で培養し製造した場合、神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートの回収には細胞外マトリクスを分解する酵素(例:コラゲナーゼ)による剥離を行うことがある。その場合は、当該酵素の混入を防止するため、培地等により複数回洗浄することが好ましい。
【0130】
複合体の製造方法として、神経網膜と網膜色素上皮細胞シートを同時に包埋する方法(一段階包埋法ともいう)、又は、神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートのいずれかを先に包埋してハイドロゲル層を形成させ、その後当該ハイドロゲル層と神経網膜及び網膜色素上皮細胞シートのもう一方とを包埋する方法(二段階包埋法ともいう)が挙げられる。神経網膜と網膜色素上皮細胞シートとの物理的な接触を避けるため、二段階で包埋する方が好ましい。
【0131】
本発明に係る製造方法は、一態様において、二段階包埋法であり、
(1)容器中に上記網膜色素上皮細胞シート及び上記神経網膜のいずれか一方を設置する第一工程と、
(2)流動状態のハイドロゲルを、上記一方を設置した容器に添加する第二工程と、
(3)冷却し、上記一方の全体を包埋するようにハイドロゲルを固め、上記一方とハイドロゲルとを備える第1のハイドロゲル層を形成する第三工程と、
(4)第1のハイドロゲル層中の上記一方と、上記網膜色素上皮細胞シート及び上記神経網膜の他方とがそれぞれの表面の接線方向が凡そ平行となり、かつ、神経網膜の頂端面と網膜色素上皮細胞の頂端面とが向き合うように、第1のハイドロゲル層上に上記他方をさらに設置する第四工程と、
(5)流動状態のハイドロゲルを、上記他方をさらに設置した容器に添加する第五工程と、
(6)冷却し、第1のハイドロゲル層及び神経網膜の全体を包埋するようにハイドロゲルを固め、第1のハイドロゲル層と上記他方とハイドロゲルとを備える第2のハイドロゲル層を形成する第六工程と
を含む。
【0132】
(1)第一工程において、容器中に網膜色素上皮細胞シート及び神経網膜のいずれか一方を設置する方法は特に限定されず、例えば、ピンセットやシートをすくい上げる平らな器具等によって設置できる。容器は、特に限定されず、網膜色素上皮細胞シート又は神経網膜のサイズによって適切に選択することができるが、例えばシャーレやスライドガラス、シリコンシート、プラスチック容器等が挙げられる。
【0133】
(2)第二工程において、ハイドロゲルを容器に添加する方法は特に限定されず、例えば、ピペットマンやスポイトで添加する方法によって行うことができる。第一工程において、網膜色素上皮細胞シートを設置した場合には、網膜色素上皮細胞シートがシート状を維持できるよう、静かにゆっくりと添加することが好ましい。流動状態のハイドロゲルの温度は、細胞へのダメージを考慮して、例えば、約25℃~約50℃、好ましくは30℃~40℃であってよい。
【0134】
(3)第三工程において、容器ごと、例えば2℃~8℃、好ましくは4℃~5℃に冷却し、第一工程において設置された網膜色素上皮細胞シート及び神経網膜のいずれか一方を包埋するようにハイドロゲルを固め、第1層のハイドロゲルを形成する。第三工程における冷却温度は、融解点から15℃~25℃低い温度(好ましくは、20℃~25℃)であればよい。冷却時間は、ハイドロゲルが固めればよくて、ハイドロゲルの種類によって異なるが、低温による細胞への悪影響を考慮してできるだけ早い方が好ましい。例えば10分~1時間であってよく、5分~3時間又は5時間以上であってよい。冷却手段は、特に限定しないが、例えば氷上、4℃冷蔵庫、保冷剤上等が挙げられる。
【0135】
(4)第四工程において、第1層のハイドロゲル上に網膜色素上皮細胞シート及び神経網膜の他方を設置する方法は特に限定されず、例えば、ピンセットや薬さじなどを使用する方法によって設置できる。このときに、網膜色素上皮細胞シートと、神経網膜とがそれぞれの表面の接線方向が凡そ平行となり、かつ、神経網膜の頂端面と網膜色素上皮細胞の頂端面とが向き合うように設置する。この状態で設置することによって、生体の網膜と同様の配向で移植することができる。
【0136】
(5)第五工程において、流動状態のハイドロゲルの温度は、細胞へのダメージを考慮して、例えば、約25℃~約50℃、好ましくは30℃~40℃であってよい。第五工程の流動状態のハイドロゲルの温度は、第二工程のものと同じであっても、異なってもいてもよい。
【0137】
第五工程において、第二工程と同様な手段によって、ハイドロゲルを容器に添加することができる。このとき、第一工程において設置された網膜色素上皮細胞シート及び神経網膜のいずれか一方を包埋する第1層のハイドロゲルと、網膜色素上皮細胞シート及び神経網膜の他方とを包み込むように、かつ両者の位置関係を壊さないよう、静かにゆっくりと泡をできるだけ入れないように添加することが好ましい。
【0138】
(6)第六工程において、第三工程と同様に冷却することができる。
【0139】
一態様においては、本発明の複合体の製造方法は、第六工程の後に、(7)当該複合体を10℃~20℃で保存する第七工程をさらに含んでもよい。低温状態は細胞にとってのストレスである一方、温度を上昇させるとハイドロゲルが溶解し及び/又はゼリー強度の低下により取扱い難くなる。従って、(7)第七工程において、当該複合体を保存する温度は、例えば8℃~25℃、好ましくは10℃~20℃である。第七工程において、固定後、さらに冷却してもよい。冷却温度は、融解点から5℃~15℃低い温度(好ましくは、10℃~15℃低い温度)であってもよい。
【0140】
上述の二段階包埋法において、先に網膜色素上皮細胞シートをハイドロゲルで包埋する方が好ましい。
【0141】
本発明に係る製造方法は、一態様において、一段階包埋法であり、
(1)容器中に網膜色素上皮細胞シート及び神経網膜を設置する第一工程と、
(2)流動状態のハイドロゲルを、網膜色素上皮細胞シート及び神経網膜を設置した容器に添加する第二工程と、
(3)冷却し、網膜色素上皮細胞シート及び神経網膜の全体を包埋するようにハイドロゲルを固め、網膜色素上皮細胞シート、神経網膜及びハイドロゲルを備えるハイドロゲル層を形成する第三工程と
を含む。
【0142】
第一工程において、網膜色素上皮細胞シートと、神経網膜とがそれぞれの表面の接線方向が凡そ平行となり、かつ、神経網膜の頂端面と網膜色素上皮細胞の頂端面とが向き合うようにピンセットで位置を調整しながら設置する。この状態で設置することによって、生体の網膜と同様の配向で移植することができる。
【0143】
第二工程及び第三工程は、二段階包埋法において記載した通りに実施すればよい。また、二段階包埋法における第七工程をさらに含んでもよい。
【0144】
〔医薬組成物、治療薬及び治療方法〕
本発明の一態様として、本発明で得られる複合体を有効成分として含有する医薬組成物が挙げられる。医薬組成物は、本発明の複合体のほか、好ましくはさらに医薬として許容される担体を含む。
【0145】
医薬組成物は、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療に使用し得る。網膜組織の障害に基づく疾患としては、例えば、網膜変性疾患、黄斑変性症、加齢黄斑変性、網膜色素変性、緑内障、角膜疾患、網膜剥離、中心性漿液性網脈絡膜症、錐体ジストロフィー、錐体桿体ジストロフィー等の眼科疾患が挙げられる。網膜組織の損傷状態としては、例えは、視細胞や網膜色素上皮細胞等が変性死している状態等が挙げられる。
【0146】
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることができる。必要に応じて、医薬組成物には、移植医療において、移植する組織又は細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0147】
本発明の一態様として、本発明で得られる複合体を含有してなる、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療薬が挙げられる。
【0148】
本発明の治療薬は、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患を有する患者に、本発明で得られる複合体を移植することによって、網膜組織の障害状態又は網膜組織の損傷状態を治療することができる。網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患としては、上述した疾患が挙げられる。
【0149】
本発明の一態様として、本発明で得られる複合体を含有してなる、移植用組成物が挙げられる。患者の眼底又は網膜下(Subretinal Space)に移植するために、本発明の複合体を用いることができる。また、移植された患者において、移植された複合体の神経網膜が該患者の神経網膜層に向き、移植された複合体の網膜色素上皮細胞シートが該患者の網膜色素上皮層に向いた状態で生着するように移植されるために、本発明の複合体を用いることができる。移植用組成物は、本発明の複合体のほか、好ましくはさらに医薬として許容される担体を含む、医薬として許容される担体は上述した通りである。
【0150】
本発明の一態様として、以下の工程を含む、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患の治療方法が挙げられる。
(1)本発明で得られる複合体を患者の眼底又は網膜下(Subretinal Space)に移植する工程、
(2)患者の生体内において、移植された複合体の神経網膜が該患者の神経網膜層に向き、移植された複合体の網膜色素上皮細胞シートが該患者の網膜色素上皮層に向いた状態で生着される工程。
【0151】
本発明の一態様として、本発明で得られる複合体を、移植を必要とする対象(例えば、眼科疾患が起きている眼の網膜下)に移植することを含む、網膜組織の障害又は網膜組織の損傷に基づく疾患を治療する方法が挙げられる。網膜組織の障害に基づく疾患の治療薬として、又は、当該網膜組織の損傷状態において、該当する損傷部位を補充するために、本発明の複合体を用いることができる。移植を必要とする、網膜組織の障害に基づく疾患を有する患者、又は網膜組織の損傷状態の患者に、本発明の複合体を移植し、当該障害を受けた網膜組織を補充することによって、網膜組織の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態を治療することができる。移植方法としては、例えば、眼球の切開などにより損傷部位の網膜下に移植用本発明の複合体を移植する方法が挙げられる。移植する方法としては、例えば細い管を用いて注入する方法やピンセットで挟んで移植する方法が挙げられ、細い管としては注射針等が挙げられる。
【実施例
【0152】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0153】
<実施例1 ヒトES細胞からSFEBq法による網膜色素上皮細胞シート(RPE細胞シート)及び神経網膜の作製>
Crx::Venusレポーター遺伝子を持つように遺伝子改変したヒトES細胞(KhES-1株、(非特許文献3))を、「Scientific Reports,4,3594(2014)」に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件下で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(商品名:AK03N、味の素社製)、フィーダー細胞に代わる足場としてLaminin511-E8(商品名、ニッピ社製)を用いた。
【0154】
具体的なヒトES細胞の維持培養操作は、以下の様に行った。まず、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になったヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(商品名、Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、単一細胞へ分散されたヒトES細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー条件下で培養した。上記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4cm)を用いた場合、上記単一細胞へ分散されたヒトES細胞の播種細胞数は1ウェルあたり0.4~1.2×10細胞とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1~2日ごとに一回Y27632を含まないStemFit培地にて培地交換した。その後、サブコンフレント1日前になるまでフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー条件下)で培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトES細胞を、SB431542(TGFβシグナル伝達経路阻害物質、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM)の存在下(Precondition処理)で、1日間フィーダーフリー条件下で培養した。
【0155】
ヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、TrypLE Selectを用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作によって単一細胞に分散した後、単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(商品名:PrimeSurface 96ウェルV底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×10細胞になるように100μLの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%COで浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地との1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0156】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地にY27632(ROCK阻害物質、終濃度10μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM又は30nM、0nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(商品名:Recombinant Human BMP-4、R&D社製)を含む培地を用いて、外来性のヒト組み換えBMP4を終濃度1.5nMで含む培地を50μL添加した。浮遊培養開始後6日目以降、3日に一回Y27632及びSAG及びヒト組み換えBMP4を含まない培地で半量交換した。神経網膜及びRPE細胞シートとも、ここまでの製造方法は同じ方法で実施した。
【0157】
(神経網膜の製造方法)
当該浮遊培養開始後15日から18日目の凝集体を、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に1% N2 Supplementが添加された培地)で37℃、5%COで、3~4日間培養した。その後、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まず血清を含むDMEM/F12培地(以下、NucT0培地ということもある)で長期培養した。浮遊培養開始後(分化誘導)40日目以降、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(NucT0培地とNucT2培地の混合培地、以下、NucT1培地ということもある)で長期培養した。浮遊培養開始後(分化誘導)60日目以降、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質T3を含むNeurobasal培地(以下、NucT2培地ということもある)で長期培養(浮遊培養開始後80日から150日程度)することで、スフェア状の神経網膜及びPRE細胞を得た。神経網膜及びRPE細胞をピックアップした。スフェア状のヒトES細胞由来RPEを眼科用バサミで展開して切り開き、一層のシート状にして、RPE細胞シートを得た。
【0158】
顕微鏡を用いて、観察した結果、ヒトES細胞株において、層構造を有する神経網膜(NR)及び、RPE細胞が分化されることが分かった(図1のA及びB)。
【0159】
また、このスフェア状のRPE細胞をiMatrix511でコーティングしたディッシュに接着してB27及び200mM L-Glutamineを含むDMEM、F12培地(SFRM培地と言う)にSB431542(WAKO社)とbFGF(WAKO社)を添加して培養し、拡大培養後、良好なRPEの箇所をピックアップして継代した。拡大培養後、STEM-CELLBANKER(登録商標;日本全薬工業株式会社)で凍結保存した。凍結保存したRPEを再度iMatrix511でコーティングしたディッシュ上で拡大培養後、beMatrix低エンドトキシン化コラーゲン液(新田ゼラチン社 CollagenAT)を用いて、コラーゲンゲル化させた上で1か月間、F10(Sigma社)に10%FBSを添加した培地で培養後、SFRM培地にSB431543およびbFGFを添加して培養したところ、六角形構造を有するRPE細胞シートを作製できることがわかった(図1のC)。このようにして作製したRPE細胞シートはCollagenase(Roche社)を用いてコラーゲンゲルを消化し、回収できる。以下の実施例では、実施例1と同様の方法で、網膜色素上皮細胞シート(RPE細胞シート)及び神経網膜を製造した。
【0160】
<実施例2 実験条件の検討―ゼラチンの濃度と溶けやすさ―>
網膜下にゼラチンを移植する際、できるだけ低濃度で移植し、速やかに溶解及び吸収・分解する方が好ましい。一方で、移植時にゼラチンがすぐ溶けるようであれば取り扱いにくくなるため、最適な濃度を検討した。
【0161】
ゼラチンLS-W(新田ゼラチン社製)を、10重量%、15重量%、20重量%、25重量%、30重量%の濃度になるようにHBSS(Gibco社製)を用いて37℃で溶解させ、それぞれをスライドガラス上に数滴滴下した。滴下後、4℃の冷蔵庫中に30分インキュベートした。インキュベート後、スライドガラスを垂直に立てた状態で室温(25℃)に5分程度置き、垂れてくることを指標に溶けやすさを検討した。
【0162】
その結果、10重量%、15重量%、20重量%の濃度の場合、室温で速やかに溶けることがわかった。一方で、25重量%以上の濃度の場合、室温において固まったままであることがわかった。従って、実施例3以降では、ゼラチンの濃度は30重量%で実施することとした。
【0163】
<実施例3 実験条件の検討―ゼラチンが溶ける温度―>
ゼラチンLS-W(新田ゼラチン社製)の溶解温度について検討した。ゼラチンLS-Wを、37℃でHBSSを用いて30重量%になるように溶解させ、4℃、16℃、26℃、37℃で1日インキュベートした。なお、4℃での保管は冷蔵庫にて、16℃、26℃及び37℃保管は。それぞれの温度に設定したCOインキュベーター内にて実施した。
【0164】
一日後に観察したところ、4℃及び16℃ではゼラチンは固まったままであったのに対し、26℃及び37℃ではゼラチンは完全に溶解した。よって、30重量%ゼラチンL-SWの溶解温度は16℃から26℃の間であることがわかった。
【0165】
<実施例4 実験条件の検討―pH調整と溶けやすさ―>
HBSS(Gibco社製)に溶解した30重量%ゼラチンLS-W(新田ゼラチン社製)はpH5.0~6.0付近の酸性であり、アシドーシスなど、細胞に対して良くない影響が考えられる。そこで、100uLの30重量%ゼラチンL-SWに対して1.2N NaOHを1uL、2uL、3uL又は4uL添加することで、pH6付近、pH7付近、pH8付近に調整した。
【0166】
それぞれのpHで調整したゼラチンの性質(溶けやすさ)が変わっていないかを検討するために、ヒトES細胞由来神経網膜を5~10個包埋した状態で、16℃に設定した5%COインキュベーター内で1日及び3日インキュベートした。その結果、中性付近に調整したゼラチンは、16℃において1~3日間固まったままだった。従って、pH調整で中性にしてもゼラチンの特性は変わらないことがわかった。よって、ゼラチンLS-W(新田ゼラチン社製)は中性領域においても溶解温度に大きな変化はないことがわかった。実施例5以降では、pHは7付近で使用することとした。
【0167】
<実施例5 ゼラチン包埋したhES細胞由来神経網膜の毒性試験>
高濃度(30重量%)及び酸性領域又は中性領域のPHを有するゼラチンL-SW(新田ゼラチン社製)が細胞の生存及び分化に与える影響について検討を行った。hES細胞由来神経網膜を30重量%のゼラチン(pH5又はpH7)で3日間包埋し16℃で保存した。その後、約37℃でインキュベートすることによりゼラチンを溶かしてから、3日間、9日間、14日間増殖培地中で回復培養した。その後、顕微鏡下において組織の形態及び各種マーカーの発現等を免疫染色により確認した。
【0168】
顕微鏡下において組織の形態を確認した結果、30重量%のゼラチンで3日間包埋し16℃で保存したヒトES細胞由来神経網膜は、3日間培養後には少し細胞死や層構造の乱れが見られたが(図2及び図3、矢印)、9日間以上培養すると、問題なく回復することがわかった(図2及び図3)。また、pH5のゼラチンは直後のダメージが強いことから、中性付近のゼラチンが好ましいことを確認できた(図2)。
【0169】
神経網膜では通常条件下においてHLA class1が発現していないが、炎症条件下になると発現が上昇することがわかっている。そこで、hES細胞由来神経網膜の形態及びHLA class1の発現について、pH5とpH7のゼラチンで包埋し、保管した後、14日間回復培養し、比較した。その結果、pH5のゼラチンで包埋及び保管した場合、hES細胞由来神経網膜の層構造及び連続上皮構造はよく保たれておりRecoverin陽性の視細胞が確認されたが、一部連続上皮構造が崩れてロゼット化しているものが確認された(図4)。ロゼット化した箇所ではHLA class1の発現が上昇しており、ゼラチンの酸性度によるダメージの可能性が考えられる。一方、pH7のゼラチンで包埋及び保管した場合、hES細胞由来神経網膜の層構造はよく保たれており、Recoverin陽性の視細胞が多数確認された(図5)。また、HLA class1の発現は認められなかった(図5)。
【0170】
次に、ゼラチンは基底膜成分であるコラーゲンを分解させたものであるため、ゼラチンによりhES細胞由来神経網膜のApical及びbasalの極性や層構造(連続上皮構造)の崩れ、分化誘導の促進、又はアポトーシス等が引きおこされる可能性について検討した。具体的には、14日間の回復培養後におけるヒトES細胞由来神経網膜のApical及びBasalの極性の変化、分化誘導の促進の有無(前駆細胞の存在の確認)及びアポトーシス誘導の有無を、それぞれのマーカーを免疫染色することにより確認した。結果を図6~8に示す。
【0171】
その結果、Apical及びBasalの極性は保たれたままであり、ゼラチンの影響がないことが示された(Ezrin:Apicalマーカー、R&D Systems社製、Col IV:Collagen IV・Basalマーカー、Abcam社製)(図6)。また、網膜マーカーについて、Crx(TaKaRa社製)、Chx10(Exalpha社製)及びPax6(BD社製)それぞれの陽性細胞の局在は正しく維持されており、ゼラチンの影響はないことが示された(Crx:視細胞前駆細胞、Chx10&Pax6:網膜前駆細胞、Pax6:アマクリン細胞)(図7)。網膜前駆細胞も存在していた。さらに、アポトーシスについて、活性型Caspase3(BD社製)陽性のアポトーシスを起こしている細胞はほとんど確認されず、ゼラチンの影響はないことが示された(図8)。これらの影響について、pHの違いによる差異も認められなかった。
【0172】
以上の結果から、ゼラチンで3日間包埋し16℃で保存したヒトES細胞由来神経網膜は、ゼラチンを溶かした直後には少しダメージが見られたが、問題なく回復することがわかった。また、pH5のゼラチンは直後のダメージが強いことから、中性付近のゼラチンが好ましいことを確認できた。
【0173】
<実施例6 ヒトES細胞由来神経網膜の30重量%ゼラチンLS-Wへの並列包埋>
実施例1と同じ方法で製造した浮遊培養開始後80日から150日のヒトES細胞由来神経網膜を眼科用バサミで切り出し、移植可能な大きさに用意し、60cm dish(住友ベークライト社)上に置き、培地を除去した。上から37℃で加熱した30重量%ゼラチンLS-W(新田ゼラチン社製)を20~30uL滴下し、切り出した神経網膜を横に並べて配置し、4℃で30分間、冷却した。その結果から、横に連続して、移植片を複数個連続して用意することができた。ゼラチンを添加してから横に並べて配置することで、移植する際に複数個の移植片を同時に用意することができることがわかった。
【0174】
<実施例7 ヒトES細胞由来RPEとヒトES細胞由来神経網膜の30重量%ゼラチンLS-Wへの2段階包埋>
実施例1と同じ方法で製造した浮遊培養開始後80日から150日のヒトES細胞由来神経網膜及びRPE細胞シートを用意した。ゼラチンで固めるための容器として、スライドガラス(松浪硝子社)上の両端にスペーサーとして200μm厚のシリコンシート2枚を重ねた400umのシリコンシートを置いた。RPE細胞シートをスライドガラスの上に静置した。上から52℃で加熱した30重量%ゼラチンLS-W(新田ゼラチン社製)を50uL滴下し、上からスライドガラスを重ねて、4℃で20分間、冷却した。冷却後、RPEを埋没させたゲルを剥がして、反転させRPEのApical面を上側にした。実施例1で作製した神経網膜組織から切り出してきた神経網膜をApical面が下(RPE側)になるように、RPE細胞シート上に置き、52℃のゼラチンLS-Wを上から滴下して、カバーガラスを被せた。4℃で20分間冷却した。実施例7の手順を図9に示す。
【0175】
冷却後、RPE細胞シートと神経網膜が固まった状態で、回収することができた。顕微鏡を用いて観察したところ、RPE細胞シート上に神経網膜が乗っていることが確認された(図10及び11)。また、メスやピンセットを用いて周囲の不要なゼラチンを除去した後、スライドグラスに接着しているゼラチンを剥がし、ピンセットで回収した(図12)。このヒトES細胞由来RPE細胞シートと神経網膜の複合体をPBSにて洗浄し、4%PFAを用いて15分間更に4℃で固定した。PBSにて洗浄後、30%Sucrose溶液に浸した。その後、クリオモルドにOCTコンパウンドを用いて包埋した。クリオスタットで12μmの切片を作製した。この切片に対して共焦点顕微鏡(Leica社製SP-8)で観察を行った。その結果、ヒトES細胞由来神経網膜及びRPE細胞シートがゼラチンにより隔離され接触しないが、近接していることがわかった(図13及び14)。この結果から、ゼラチンを用いて、二段階で包埋する事で、ヒトES細胞からそれぞれ別々に分化誘導したRPE細胞シートと神経網膜が、ゼラチンにより隔離されて接触していないが近接した状態で得ることができることがわかった。
【0176】
<実施例8 NR-RPE細胞シートの移植及び生着確認>
実施例7の方法で作製したゼラチンで固めたヒトES細胞由来RPE細胞シート及び神経網膜の複合体をメスとハサミを用いて、移植針で吸えるように細長く切り出した。切り出した複合シートについてガラスキャピラリーを用いて、吸引し、ヌードラットの網膜下に移植した。移植は眼球の一部を切開し、切開部位からガラスキャピラリーを硝子体に侵入させ、網膜下に移植した。移植1週間後、ラットから眼摘し、パラホルムアルデヒド固定してスクロース置換した。クライオスタットで12μmの組織切片を作製した。切り出した切片に対して、免疫染色によって、ヒト細胞質マーカー特異的マウスモノクローナル抗体(商品名:Stem121、TaKaRa社製)、抗RPE65抗体(商品名:RPE65 Antibody、Millipore社製)、抗HuNu抗体(Millipore社製)、抗MITF抗体(ExAlpha社製)、抗Iba1抗体(Wako社製)を用いて、それぞれ、組織切片中のヒト細胞及びRPE細胞を染色し、移植後のグラフトを評価した。ヒト細胞を染色することにより、移植したヒト由来細胞であるか否かを判断した。
【0177】
染色した組織を、共焦点顕微鏡(商品名:TCS SP8、ライカ社製)を用いて蛍光観察を行った。結果を図15~20に示す。Stem121とRPE65で染色した切片を観察したところ、移植片(Graft)由来のRPEとそのすぐ上側にCRX::Venus陽性の視細胞ロゼット(Rosette)が観察された。この結果から、NR-RPE細胞シートの同時移植ではNRとRPE細胞は方向性をもって同時移植及び生着が可能であることが示された。
【0178】
<実施例9 ヒトES細胞由来RPEシートとヒトES細胞由来神経網膜の30重量%ゼラチンL-SWへの1段階包埋>
実施例1と同じ方法で製造した浮遊培養開始後80日から150日のヒトES細胞由来神経網膜及びRPE細胞シートを用意した。製造したヒトES細胞由来RPE細胞シートを、Collagenaseを使用してCollagen gelから回収し、十分洗浄後、60mm dish(住友ベークライト社)上に置いた。また、10個のヒトES細胞由来神経網膜を眼科用バサミで切り出し、RPE細胞シートの上に置いた。上から37℃で加熱した30重量%ゼラチンLS-W(新田ゼラチン社製)を20~30uL滴下し、ピンセットを用いて神経網膜とRPEの位置関係を調整し、4℃で30分間、冷却した。
【0179】
冷却後、周囲の余分なところをメスを用いて切除し、RPE細胞シートと神経網膜を固まった状態で、回収することができた。顕微鏡を用いて観察したところ、RPE細胞シート上にNRが載っていることが確認された(図21)。図21のAは顕微鏡画像、図21のBはCRX::Venusの蛍光を示す蛍光顕微鏡画像を示す。この結果から、ヒトES細胞からそれぞれ別々に分化誘導したRPE細胞シートと神経網膜を、ゼラチンを用いて1段階で包埋する事ができることがわかった。また、1段階で包埋した場合においても、神経網膜とRPE細胞シートがゼラチンにより隔離されて接触していないが近接した状態で得られることもあった。
【産業上の利用可能性】
【0180】
本発明によれば、移植に適した神経網膜と網膜色素上皮細胞との複合体及びその製造方法を提供することが可能となる。
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図15
図16
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図20
図21