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  • 特許-筋肉量低下リスクを評価するマーカー 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-10
(45)【発行日】2024-09-19
(54)【発明の名称】筋肉量低下リスクを評価するマーカー
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20240911BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20240911BHJP
【FI】
G01N33/53 N
G01N33/543 521
G01N33/543 561
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020077023
(22)【出願日】2020-04-24
(65)【公開番号】P2020183950
(43)【公開日】2020-11-12
【審査請求日】2023-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2019084956
(32)【優先日】2019-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100110456
【弁理士】
【氏名又は名称】内山 務
(74)【代理人】
【識別番号】100117813
【弁理士】
【氏名又は名称】深澤 憲広
(72)【発明者】
【氏名】福井 道明
(72)【発明者】
【氏名】▲濱▼口 真英
(72)【発明者】
【氏名】福田 拓也
(72)【発明者】
【氏名】五島 直樹
(72)【発明者】
【氏名】福田 枝里子
(72)【発明者】
【氏名】山口 圭
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-196326(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0298083(US,A1)
【文献】福田 拓也 他,III-7-34 代謝異常を呈する女性2型糖尿病患者における未知の自己抗体の探索,糖尿病,2019年04月25日,Vol.62/Supplement,S-279,DOI: 10.11213/tonyobyo.62.S-275
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液中での非存在が、2型糖尿病を有する被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを示す、前記被験体の血液中において抗PAX3抗体の非存在を検出する方法。
【請求項2】
抗PAX3抗体の非存在が、前記被験体の血液中において所定の閾値未満の量であることにより特定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
所定の閾値未満の量であることを、前記被験体血液中の抗PAX3抗体量の測定値が
[陰性対照の平均値]+[陰性対照の標準偏差(SD)]×3未満の場合、
[陰性対照の平均値]+[2つの陰性対照の測定値の差×1/2]×3未満の場合、または
所定のカットオフインデックス値(COI値)未満の場合(ここで、カットオフインデックス値(COI値)は、COI値=(検体の測定値-陰性対照の測定値)/(カットオフ値-陰性対照の測定値)、ただし、カットオフ値=(陽性対照の測定値-陰性対照の測定値)×k+陰性対照(k=0.2~0.3から選択させる定数)の測定値、により算出)
であることと判断する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記被験体が、サルコペニアには罹患していない被験体である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
抗PAX3抗体が自己抗体である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
2型糖尿病を有する被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低いことを示すマーカー分子である、血液中の抗PAX3抗体。
【請求項7】
抗PAX3抗体が自己抗体である、請求項6に記載の血液中の抗PAX3抗体。
【請求項8】
その非存在が、前記被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを示すマーカー分子である、請求項6または7に記載の血液中の抗PAX3抗体。
【請求項9】
血液中での存在が、2型糖尿病を有する被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低い個体であることを示す、前記被験体の血液中において抗PAX3抗体の存在を検出する方法。
【請求項10】
ヒトPAX3を固相化したELISAプレートもしくは免疫クロマトグラフィ用ストリップ、を含む、2型糖尿病を有する被験体における抗PAX3抗体の存在を検出するためのキット。
【請求項11】
ヒトPAX3を固相化したELISAプレートもしくは免疫クロマトグラフィ用ストリップ、および
血液中の抗PAX3抗体の非存在と2型糖尿病を有する被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを関連づける文書、
を含む、前記被験体の骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを検出するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験体、特に高齢個体または2型糖尿病などインスリン抵抗性の疾患を有する個体、において、将来的に骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを判定することに関するものである。
【背景技術】
【0002】
サルコペニアは、加齢や疾患などにより、筋肉量が減少し、それが原因となり、握力や下肢筋・体幹筋など全身の筋力低下や、歩くスピードが遅くなったり、杖や手すりが必要になるなどの身体機能の低下を生じることを特徴とする疾患である。この疾患は、高齢者の転倒と寝たきりにつながる病態の疾患であり、その成因解明や予防又は治療剤の開発が期待されている疾患である。
【0003】
ヒトは、個人差はあるものの、一般に40歳くらいから、特別な対処を行わなければ、年々筋肉量を喪失していき、そのため、加齢に伴って、ヒトの身体活動(運動)が低下し、さらに栄養状態の変化,内分泌系の変化(ホルモン,サイトカイン,液性因子)など、さまざまな要因が関与して、筋肉量の喪失が進行すると考えられる。そして、筋肉量の低下に加え、筋肉の質の低下、すなわち筋力が低下しあるいは身体的機能が低下した結果、日常生活での身体活動を支えることができない病的レベルとなり、この状態になることが、サルコペニアと定義される。2014年にアジアの専門家による日本人の体格に対応できるアジア人特有の診断基準も作成されている(ASIAN working Group FOR SARCOPENIA(AWGS))(非特許文献1)。
【0004】
多様な態様で発症するサルコペニアであるが、現状においては、大きく(1)一次性サルコペニアと(2)二次性サルコペニアに分類され、より具体的には、
(1)一次性サルコペニア(加齢性サルコペニアとも呼ばれる)は加齢以外に明らかな原因がないもの、そして
(2)二次性サルコペニアは、さらに、
(2-1)寝たきり、不活発なスタイル、(生活)失調や無重力状態が原因となりうるもの(活動に関連するサルコペニアとも呼ばれる)、
(2-2)重症臓器不全(心臓、肺、肝臓、腎臓、脳)、炎症性疾患、悪性腫瘍や内分泌疾患に付随するもの(疾患に関連するサルコペニアとも呼ばれる)、そして
(2-3)吸収不良、消化管疾患および食欲不振を起こす薬剤使用などの伴う、接種エネルギーおよび/またはタンパク質の摂取量不足に起因するもの(栄養に関連するサルコペニアとも呼ばれる)
に分類されている。
【0005】
サルコペニアになった場合、運動障害、転倒などのリスクの増加、日常生活の活動性の低下、生活の質の低下、身体障害、自立性の喪失、最終的には死亡率の増加に繋がる。しかし、治療剤が開発できていない現状において、サルコペニアになってから回復させることは困難であり、サルコペニアになる前の段階で筋肉量の低下を抑制するための様々な処置を行うことが好ましいとされている。特に、二次性サルコペニアを回避することを目的として様々な処置を行うことが好ましいと考えられる。すなわち、サルコペニアに陥らないために、特に二次性サルコペニアを発症する可能性のある被検体に対して、適度な運動とバランスのとれた食事、生活習慣の見直し、積極的な社会活動への参加、慢性疾患の管理を行い、心身の健康を維持することが大切と考えられている。
【0006】
サルコペニアの診断基準は、(1)低筋肉量を裏付ける証拠に加えて、(2)低筋力または(3)低身体機能のいずれかを満たす場合に、サルコペニアと診断されることになる。臨床の現場では、サルコペニアの診断は、6メートルの歩行テスト、筋肉量の測定、握力の測定結果によって判断するサルコペニア診断アルゴリズム(測定方法)によることが知られている。特に、AWGSの診断基準では、身体機能の低下の客観的指標として、骨粗鬆症の判定にも使われるX線照射によるDXA法(二重エネルギーX線吸収測定法)、または微弱な電流を体に流し、電気抵抗で測定するBIA法(生体電気インピーダンス法)により筋肉量を測定する方法が推奨されている。
【0007】
しかしながら、筋肉量の低下は経時的に継続的に測定しないと、その個体の筋肉量の低下が平均的なものなのか病的なものなのかを判別することができない。また、現在のところ、骨格筋萎縮、すなわち、骨格筋の筋肉量の低下の進行あるいは筋力低下の進行を示す、臨床的に利用可能なバイオマーカーは、知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】P. Limpawattana, Osteoporosis and Sarcopenia vol. 1, Issue 2, December 2015, Pages 92-97
【文献】Jingjing F, et al. MicroRNA-Regulated Proinflammatory Cytokines in Sarcopenia. Mediators Inflamm. 2016; 2016: 1438686.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、筋肉量の低下は経時的・継続的に測定することなく、その個体の筋肉量の低下が病的なものなのかどうかを判別するためのバイオマーカーを見出すことを課題とする。本発明はまた、個体の骨格筋の筋肉量の低下あるいは筋力低下が病的に進行するリスクを有することを示す、臨床的に利用可能なバイオマーカーを見出すことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、個体の血液中に存在する抗PAX3抗体が、その個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低いことを示すマーカー分子であることを見出し、上記課題を解決した。また、この知見を用いることにより、個体の血液中において抗PAX3抗体が非存在と判断される場合に、その個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であること、言い換えると、その個体がサルコペニアを発症するリスクが高いこと、と判定する方法を提供し、より積極的にサルコペニアにならないように介入することを可能とすることにより、上記課題を解決した。
【0011】
より具体的には、本件出願は、前述した課題を解決するため、以下の態様を提供する:
[1-1]: 血液中での非存在が、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを示す、被験体の血液中において抗PAX3抗体の非存在を検出する方法;
[1-2]: 抗PAX3抗体の非存在が、被験体の血液中において所定の閾値未満の量であることにより特定される、[1-1]に記載の方法。
[1-3]: 所定の閾値未満の量であることを、被験体血液中の抗PAX3抗体量の測定値が
[陰性対照の平均値]+[陰性対照の標準偏差(SD)]×3未満の場合、
[陰性対照の平均値]+[2つの陰性対照の測定値の差×1/2]×3未満の場合、または
所定のカットオフインデックス値(COI値)未満の場合(ここで、カットオフインデックス値(COI値)は、COI値=(検体の測定値-陰性対照の測定値)/(カットオフ値-陰性対照の測定値)、ただし、カットオフ値=(陽性対照の測定値-陰性対照の測定値)×k+陰性対照(k=0.2~0.3から選択させる定数)の測定値、により算出)
であることと判断する、[1-1]または[1-2]に記載の方法;
[1-4]: 被験体が、サルコペニアには罹患していない被験体である、[1-1]~[1-3]のいずれか1項に記載の方法;
[1-5]: 被験体が、高齢の個体、代謝異常を有する個体、から選択される、[1-1]~[1-4]のいずれか1項に記載の方法;
[1-6]: 代謝異常が、インスリン抵抗性である、[1-5]に記載の方法;
[1-7]: 代謝異常が、2型糖尿病である、[1-5]に記載の方法;
[1-8]: 抗PAX3抗体が自己抗体である、[1-1]~[1-8]のいずれか1項に記載の方法;
[2-1]: 被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低いことを示すマーカー分子である、血液中の抗PAX3抗体;
[2-2]: 抗PAX3抗体が自己抗体である、[2-1]に記載の血液中の抗PAX3抗体;
[2-3]: その非存在が、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを示すマーカー分子である、[2-1]または[2-2]に記載の血液中の抗PAX3抗体;
[3-1]: 被験体の血液中において抗PAX3抗体が非存在と判断される場合、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であると判定する方法;
[3-2]: 被験体が、サルコペニアには罹患していない被験体である、[3-1]に記載の方法;
[3-3]: 被験体が、高齢の個体、代謝異常を有する個体、から選択される、[3-1]または[3-2]に記載の方法;
[3-4]: 代謝異常が、インスリン抵抗性である、[3-3]に記載の方法;
[3-5]: 代謝異常が、2型糖尿病である、[3-3]に記載の方法;
[3-6]: 被験体血液中の抗PAX3抗体量の測定値が
[陰性対照の平均値]+[陰性対照の標準偏差(SD)]×3未満の場合、
[陰性対照の平均値]+[2つの陰性対照の測定値の差×1/2]×3未満の場合、または
所定のカットオフインデックス値(COI値)未満の場合(ここで、カットオフインデックス値(COI値)は、COI値=(検体の測定値-陰性対照の測定値)/(カットオフ値-陰性対照の測定値)、ただし、カットオフ値=(陽性対照の測定値-陰性対照の測定値)×k+陰性対照(k=0.2~0.3から選択させる定数)の測定値、により算出)
に、抗PAX3抗体が非存在と判断する、[3-1]~[3-5]のいずれか1項に記載の方法;
[3-7]: 抗PAX3抗体が自己抗体である、[3-1]~[3-6]のいずれか1項に記載の方法;
[4-1]: 被験体の血液中において抗PAX3抗体が存在と判断される場合、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低い個体であると判定する方法;
[4-2]: 被験体が、サルコペニアには罹患していない被験体である、[4-1]に記載の方法;
[4-3]: 被験体が、高齢の個体、代謝異常を有する個体、から選択される、[4-1]または[4-2]に記載の方法;
[4-4]: 代謝異常が、インスリン抵抗性である、[4-3]に記載の方法;
[4-5]: 代謝異常が、2型糖尿病である、[4-3]に記載の方法;
[4-6]: 被験体血液中の抗PAX3抗体量の測定値が
[陰性対照の平均値]+[陰性対照の標準偏差(SD)]×3未満の場合、
[陰性対照の平均値]+[2つの陰性対照の測定値の差×1/2]×3未満の場合、または
所定のカットオフインデックス値(COI値)未満の場合(ここで、カットオフインデックス値(COI値)は、COI値=(検体の測定値-陰性対照の測定値)/(カットオフ値-陰性対照の測定値)、ただし、カットオフ値=(陽性対照の測定値-陰性対照の測定値)×k+陰性対照(k=0.2~0.3から選択させる定数)の測定値、により算出)
に、抗PAX3抗体が非存在と判断する、[4-1]~[4-5]のいずれか1項に記載の方法;
[4-7]: 抗PAX3抗体が自己抗体である、[4-1]~[4-6]のいずれか1項に記載の方法;
[5-1]: 2型糖尿病に罹患する被験体の血液中において抗PAX3抗体が非存在と判断される場合、被験体の骨格筋の筋肉量低下の進行を抑制するためのアドバイスを提供する方法;
[5-2]: 2型糖尿病に罹患する被験体の血液中において抗PAX3抗体が存在と判断される場合、十分な食事療法と運動療法で生活療法を実施するようアドバイスを提供する方法;
[6]: ヒトPAX3を固相化したELISAプレートもしくは免疫クロマトグラフィ用ストリップ、を含む、被験体における抗PAX3抗体の存在を検出するためのキット;
[7]: ヒトPAX3を固相化したELISAプレートもしくは免疫クロマトグラフィ用ストリップ、および
血液中の抗PAX3抗体の非存在と被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを関連づける文書、
を含む、被験体の骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを検出するためのキット。
【発明の効果】
【0012】
これまでは、個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であるかどうかを判定するのに、定性的な判定方法や、筋肉量の測定といった半定量的な判定方法を組み合わせて判定していたが、本発明によれば、個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であるかどうかを、定量的なしかし比較的低侵襲な方法で判定できることになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、血清中の抗PAX3自己抗体を検出するためのELSAプレートのレイアウトの一例を示す図である。
図2図2は、血清中の抗PAX3抗体が存在と判断される個体群(Anti-Pak3(+)と記載)と、非存在と判断される個体群(Anti-Pak3(-)と記載)で、体重に占める四肢骨格筋の割合の1年間にわたる経時的変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の発明者らは、血液中に存在する抗PAX3自己抗体が、個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低いことを示すマーカー分子であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
筋肉量の病的な低下を示すバイオマーカー
本発明のこの態様は、筋肉量の低下を経時的・継続的に測定することなく、その個体の筋肉量の低下が病的なものなのかどうかを判別するためのバイオマーカーを見出すこと、そして個体の骨格筋の筋肉量の低下あるいは筋力低下が病的に進行するリスクを有することを示す、臨床的に利用可能なバイオマーカーを見出すことを目的とするものである。
【0016】
すなわち、本発明は、一態様において、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低いことを示すマーカー分子であることを示す、血液中の抗PAX3抗体の発明を提供する。ここで本発明のこの態様におけるマーカー分子である被験体血液中の抗PAX3抗体は、被験体の血液中に存在するものであることから、自己抗体であることが特徴である。後述の実施例においても示す通り、血液中にこの抗PAX3抗体が存在する個体では、血液中にこの抗PAX3抗体が非存在と判断される個体と比較して、1年間にわたる経時的変化の測定において、有意に筋肉量低下が抑制されていることが明らかになった。
【0017】
本発明において、濃度依存的に骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが相関することが示されたが、もっとも簡略には、抗PAX3抗体が血中で下記判定方法により特定される際に所定の閾値未満の場合に抗PAX3抗体が存在しないと分類し、その個体を骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であると判定する。
【0018】
本発明において血液中の抗PAX3抗体の存在・非存在の判断は、プロテインアレイの分野において一般的に用いられる陽性・陰性の判定方法に従い、当該抗体が被験体の血液中において所定の閾値未満の量であることをもって、血液中の抗PAX3抗体が非存在であるとして特定することにより行うものである。ここで、血液中の抗PAX3抗体の存在・非存在の判定例として、
[陰性対照の平均値]+[陰性対照の標準偏差(SD)]×3
の値を閾値として、被験体群の抗PAX3抗体量の測定値がそれ以上の場合を存在、それ未満の場合を非存在と判定することができる。統計用語で言い換えると、被験体群の抗PAX3抗体量の測定値のZスコアが3以上であれば陽性、3未満の場合を陰性と判定することができる。あるいは、陰性対照の測定数が2つしか確保できず標準偏差を得られない場合、2つの陰性対照の測定値の差×1/2をもって標準偏差値を代用し、
[陰性対照の平均値]+[2つの陰性対照の測定値の差×1/2]×3
の値を閾値として、被験体群の抗PAX3抗体量の測定値がそれ以上の場合を存在、それ未満の場合を非存在と判定することができる。あるいは、陰性対照の測定数が1つしか確保できない場合、
所定のカットオフインデックス値(COI値)(ここで、カットオフインデックス値(COI値)は、例えば、COI値=(検体の測定値-陰性対照の測定値)/(カットオフ値-陰性対照の測定値)、ただし、カットオフ値=(陽性対照の測定値-陰性対照の測定値)×k+陰性対照(k=0.2~0.3から選択させる定数)の測定値、により算出することができる)
の値を閾値として、被験体群の抗PAX3抗体量の測定値がそれ以上の場合を存在、それ未満の場合を非存在と判定することができる。
【0019】
一側面において、上記の基準で判定して血液中に抗PAX3抗体が存在と判断されることは、その個体が筋肉量低下が進行するリスクが低いこと、言い換えるとその個体がサルコペニアになるリスクが低いことを示すマーカーとなることを意味する。別の一側面において、上記の基準で判定して血液中に抗PAX3抗体が非存在と判断されることは、その個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であること、言い換えるとその個体がサルコペニアになるリスクが高いことを示すことを意味する。
【0020】
本発明のマーカー分子である血液中の抗PAX3抗体が結合する転写因子PAX3は、筋形成の発生、成長、修復の段階において活性化される転写因子であるが、その割合は加齢とともに減少することが知られている。生体内で転写因子PAX3の発現量が多いと、その体内で抗PAX3自己抗体が生成され、一方生体内で転写因子PAX3の発現量が少ないと、その体内で抗PAX3自己抗体が生成されないものと考えられる。そのため、血液中に抗PAX3自己抗体が存在と判断される個体では、転写因子PAX3の発現が多く、結果的に骨格筋の筋形成の発生、成長、修復が活性化されていると考えられ、一方血液中に抗PAX3自己抗体が非存在と判断される個体では、転写因子PAX3の発現が少なく、結果的に骨格筋の筋形成の発生、成長、修復が活性化されていないと考えられた。
【0021】
サルコペニアは、加齢や疾患などにより、筋肉量が徐々に減少し、それが原因となり、握力や下肢筋・体幹筋など全身の筋力が低下したり、歩くスピードが遅くなったり、杖や手すりが必要になるなどの身体機能の低下を生じることを特徴とする疾患である。サルコペニアになった場合、運動障害、転倒などのリスクの増加、日常生活の活動性の低下、生活の質の低下、身体障害、自立性の喪失、最終的には死亡率の増加に繋がる。高齢者の転倒と寝たきりにつながる病態の疾患であり、ひとたびサルコペニアになってしまうと現状では治療薬が存在しておらず、サルコペニアになってから回復させることは難しく、また、サルコペニアになってしまうと、介護のための周囲の労力も大きなものとなる。そのため、サルコペニアにならないように予防するための、すなわちサルコペニアになる前の段階で筋肉量の低下を食い止めるための様々な処置を行うことが好ましいとされている。
【0022】
サルコペニアのアジア人特有の診断基準は、2014年にアジアの専門家による日本人の体格に対応できるものとして作成されている(ASIAN working Group FOR SARCOPENIA(AWGS))(非特許文献1)。しかし、この方法では、筋肉量が低下してしまいサルコペニアになった患者の特定はできるが、サルコペニアになっていない被験体については、その被験体で生じているであろう筋肉量低下の進行が、許容レベルの進行なのかそれとも病的な進行なのかを判別することはできない。
【0023】
これに対して、本発明のマーカー分子である血液中の抗PAX3抗体は、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低いことを示すマーカー分子として有用である。すなわち、このマーカー分子は、その検出を行なった時点ではサルコペニアではない場合でも、将来的に骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクの高低を判定することができるマーカー分子である。
【0024】
サルコペニアは、従来技術としても記載した通り、その原因に基づいて、(1)加齢以外に明らかな原因がない一次性サルコペニアと、(2)加齢以外にも原因がある二次性サルコペニアとに分類され、二次性サルコペニアは、さらに(2-1)日常の活動パターンに関連するサルコペニア、(2-2)疾患に関連するサルコペニア、(2-3)栄養に関連するサルコペニアなどに小分類される。ここで、(2-1)日常の活動パターンに関連するサルコペニアは「寝たきり、不活発な生活スタイルなどが原因となり得るもの」を意味し、(2-2)疾患に関連するサルコペニアは「重症臓器不全(心臓、肺、肝臓、腎臓、脳)、炎症性疾患、悪性腫瘍や内分泌疾患、代謝異常に付随するもの」を意味し、そして(2-3)栄養に関連するサルコペニアは「吸収不良、消化管疾患、および食欲不振を起こす薬剤使用などに伴う、摂取エネルギーおよび/またはタンパク質の摂取力不足に起因するもの食欲不振をきたす薬物の使用」を意味する(非特許文献2)。
【0025】
本発明のマーカー分子である血液中の抗PAX3抗体は、将来的な骨格筋の筋肉量低下の原因が上記のどのような分類のものになるかに関わらず、その試料中に含まれる量に応じて、将来的に骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクがあるが高いか、低いかを判定するために使用することができる。
【0026】
本発明のマーカー分子を利用する方法
本発明のマーカー分子である血液中の抗PAX3抗体は、前述したように、
・血液中にこの抗PAX3抗体が存在と判断されることは、その個体が筋肉量低下が進行するリスクが低いこと、言い換えるとその個体がサルコペニアになるリスクが低いことを示すマーカー分子であること、
・血液中にこの抗PAX3抗体が非存在と判断されることは、その個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であること、言い換えるとその個体がサルコペニアになるリスクが高いことを示すこと、
を意味する。このうち、臨床的に重要なのは、将来的に個体がサルコペニアになるリスクが高いことを当該個体がサルコペニアになる前に判定し、予防的措置をとることである。
【0027】
従って、本発明は、具体的な第一の態様において、被験体の血液サンプル中に存在するマーカー分子である血液中の抗PAX3抗体を検出または測定することにより、血液中でのその非存在が、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを示す、被験体の血液中において抗PAX3抗体の非存在を検出する方法を提供することができる。
【0028】
本発明は、具体的な第二の態様において、被験体の血液サンプル中に存在するマーカー分子である血液中の抗PAX3抗体を検出または測定することにより、被験体の血液中において抗PAX3抗体が非存在と判断される場合、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であると判定する方法を提供することができる。
【0029】
本発明は、具体的な第三の態様において、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であると判定された場合、骨格筋の筋肉量低下の進行を予防的に抑制することを目的として、被験体の血液中において抗PAX3抗体が非存在と判断される場合、被験体の骨格筋の筋肉量低下の進行を抑制するためのアドバイスを提供する方法を提供することができる。
【0030】
これらのすべての態様において、上述した方法は、サルコペニアには罹患していない被験体を対象とする被験体として適用することができる。サルコペニアに罹患していない被験体に適用することで、将来的に個体がサルコペニアになるリスクが高いことを当該個体がサルコペニアになる前に判定し、予防的措置をとる、という上述した臨床的意義に応えることができる。上述した方法はまた、高齢の個体、代謝異常を有する個体、など、どのような個体に対して適用してもよい。
【0031】
血液中の抗PAX3抗体の濃度は、ELISA法、EIA法、FA法、WB法、オクタロニー法、RIA法など、抗体の有無の検出または抗体濃度の測定に使用することができる一般的な方法であればどのような検出方法または測定方法でも使用することができ、これらの方法以外でも当業者が適宜なしうる様々な検出方法または測定方法も使用できる。本発明においては、血液中の抗PAX3抗体の濃度依存的に骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが相関することが示され、被験体群の抗PAX3抗体量の測定値が所定の閾値未満の場合、例えば、
[陰性対照の平均値]+[陰性対照の標準偏差(SD)]×3未満の場合、
[陰性対照の平均値]+[2つの陰性対照の測定値の差×1/2]×3未満の場合、または
所定のカットオフインデックス値(COI値)未満の場合(ここで、カットオフインデックス値(COI値)は、例えば、COI値=(検体の測定値-陰性対照の測定値)/(カットオフ値-陰性対照の測定値)、ただし、カットオフ値=(陽性対照の測定値-陰性対照の測定値)×k+陰性対照(k=0.2~0.3から選択させる定数)の測定値、により算出することができる)
に、抗PAX3抗体の非存在と判断し、このレベル未満の抗PAX3抗体しか血液中に見出されない場合に、その個体を骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であると判定する。一方、被験体群の抗PAX3抗体量の測定値が所定の閾値以上の場合、例えば、
[陰性対照の平均値]+[陰性対照の標準偏差(SD)]×3以上の場合、
[陰性対照の平均値]+[2つの陰性対照の測定値の差×1/2]×3以上の場合、または
所定のカットオフインデックス値(COI値)以上の場合(ここで、カットオフインデックス値(COI値)は、例えば、COI値=(検体の測定値-陰性対照の測定値)/(カットオフ値-陰性対照の測定値)、ただし、カットオフ値=(陽性対照の測定値-陰性対照の測定値)×k+陰性対照(k=0.2~0.3から選択させる定数)の測定値、により算出することができる)
に、抗PAX3抗体が存在すると判断し、このレベル以上の抗PAX3抗体が血液中に見出される場合に、その個体を骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクが低い個体であると判定する。
【0032】
サルコペニアになる前の段階で筋肉量の低下を抑制するための様々な予防的処置としては、一般的には、適度な運動とバランスのとれた食事、生活習慣の見直し、積極的な社会活動への参加、慢性疾患の管理を行い、心身の健康を維持することが大切と考えられている。被験体の血液中において抗PAX3抗体が所定の閾値未満(すなわち非存在)と判断される場合に、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であると判定した場合、このような個体に対して、骨格筋の筋肉量低下の進行を抑制するための個別のアドバイスを提供することができる。このアドバイスは、個体の身体的状況に応じて、運動の強度、食事の内容など、様々なオプションの中から最適と考えられるものを組み合わせて個別具体的なものとすることが好ましい。
【0033】
例えば、加齢以外の疾患原因がない場合には、その年齢やその個体の筋肉量、筋力に応じた筋力トレーニングメニューを構成したり、その個体で不足している栄養成分に関する情報を提供したり、その個体の日常の行動パターンを考慮した新たな行動パターンの提示などをアドバイスすることができる。
【0034】
一方、個体がサルコペニアを誘発する可能性のある疾患に罹患している場合、その疾患への対応を考慮して、その個体に応じたアドバイスとすることができる。サルコペニアを誘発する可能性のある疾患としては、重症臓器不全(心臓、肺、肝臓、腎臓、脳)、炎症性疾患、悪性腫瘍や内分泌疾患、代謝異常などを挙げることができる。例えば、代謝異常という場合、肝臓や筋肉、脂肪細胞などでインスリンが正常に働かなくなったインスリン抵抗性の状態のことをいい、肥満(とくに内臓肥満)、高血圧、高トリグリセライド血症(脂肪の一種であるトリグリセライド〔中性脂肪〕が高くなる病気)、低HDLコレステロール血症(善玉コレステロールが少なくなる病気)の状態など、がこれに含まれる。この状態になると、2型糖尿病を発病したり、メタボリックシンドロームに移行する可能性が高くなる。
【0035】
このようなインスリン抵抗性の個体の場合、あるいは特に、2型糖尿病の患者の場合、状態の改善のために運動療法、食事制限、投薬治療を行うことが必要になるが、そのような対応と並行して、サルコペニアを予防するための処置を行う必要が出てくる。したがって、このような患者の場合には、2型糖尿病の診療において、あらかじめ抗PAX3抗体を測定し、抗PAX3抗体が存在と判断される個体は将来のサルコペニアのリスクが低いと予測されることから、2型糖尿病の一般的な療法、すなわち十分な食事療法と運動療法で生活療法を実施するようアドバイスすることができる。一方、抗PAX3抗体が所定の閾値未満(すなわち非存在)と判断される個体は将来のサルコペニアのリスクが高いと予測されることから、2型糖尿病の一般的療法のための厳しい食事療法、特にタンパク質摂取制限を避け、運動療法を主体とする生活療法を実施し、血糖のコントロールのみならずサルコペニアの発症予防を目指すことをアドバイスすることができる。このように、患者個体ごとの将来のサルコペニア発症のリスクを予測できることに基づき、その個体特有のアドバイスを提供することができる。
【0036】
本発明のマーカー分子を利用するキット
本発明は別の一態様において、マーカー分子である血液中の抗PAX3抗体を検出または測定するためのキットを提供することができる。具体的には、公知の方法(例えば、Goshima et al., Nature Methods volume 5, pages 1011-1017 (2008), PMID: 19054851)に従って発現させたヒトPAX3を固相化したELISAプレートもしくは免疫クロマトグラフィ用ストリップ、を含む、被験体における抗PAX3抗体の存在を検出するためのキットを提供することができる。このキットは、ヒトPAX3を固相化したELISAプレートもしくは免疫クロマトグラフィ用ストリップに、被験体の血清または血漿サンプルを滴下し、血清または血漿サンプル中に存在する抗PAX3抗体を固相化したヒトPAX3に対して結合させ、この抗PAX3抗体を、動物種由来の抗ヒトIgG抗体(例えば、ヤギ抗ヒトIgG抗体、マウス抗ヒトIgG抗体など)を二次抗体として使用して定量的にあるいは定性的に検出することができる。
【0037】
このキットを使用した場合、被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であるかどうかを判定することを目的とすることから、このキットには、血清または血漿中の抗PAX3抗体の非存在と被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを関連づける文書をさらに含んでいてもよい。すなわち、ヒトPAX3を固相化したELISAプレートもしくは免疫クロマトグラフィ用ストリップ、および血清または血漿中の抗PAX3抗体の非存在と被験体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを関連づける文書、を含む、被験体の骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを検出するためのキットを提供する。
【0038】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に示す。下記に示す実施例はいかなる方法によっても本発明を限定するものではない。
【実施例
【0039】
実施例1:血液中の抗PAX3抗体を検出または測定するためのキット
本実施例においては、血液中の抗PAX3抗体を検出または測定するためのキットの一例を示す。
【0040】
市販の96 ウェルプレートまたはその他のウェル数のプレートの各ウェルの底面に、mock(コムギタンパク質)、ヒトPAX3(RefSeq: NP_852123.1, UniProt: P23760-7 (Isoform 7))、ヒトIGHG1(ヒトIgG重鎖C領域、HGPD(https://hupex.hgpd.jp/hgpd/cgi/index.cgi)におけるFLJ40037AAAN、陽性対照)の抗原を塗布した。この各ウェルに被験体血清を添加して結合反応を行ったのち、洗浄して血清を取り除き、次いで2次抗体としてヤギ抗ヒトIgG抗体-HRP(Thermo Fisher Scientific, Catalog # A18811)を結合させてTMB基質にて発色させ、その発色を450 nmでのヒトPAX3を塗布したウェルの吸光度と陰性対照として配置したmock(2ウェル)の吸光度とを比較することで、存在・非存在を判定した。具体的には、1検体由来の血清をmock対照(2 well)、PAX3(1 well)に加えて反応反応させ、各wellの吸光度を測定し、PAX3ウェルの吸光度値が、同じ検体を加えたmockウェル(2 well)の平均値+(2 wellのmockでの吸光度の差の絶対値)×1.5より大きい場合、その検体での抗PAX3抗体が存在と、そしてそれ以下である場合に非存在と判定した。IGHG1は陽性対照として配置した。
【0041】
実施例2:抗PAX3抗体と骨格筋の筋肉量低下の関係
本実施例においては、個体の血液中の抗PAX3抗体と、骨格筋の筋肉量低下の進行との関係を、1年間にわたり調査した。
【0042】
まず、66名の女性の2型糖尿病患者から採取した保存血清を対象として、抗PAX3抗体のELISA法を行い、自己抗体が存在と判断される者を同定した。ELISAプレートは、実施例1に示すように96 ウェルプレート(品名: ELISA用プレートアミノ、品番: MS-8696F, 供給元: 住友ベークライト)を使用して発明者らが作成し、二次抗体としてHRPを結合させたヤギ抗ヒトIgG抗体(品名: Goat anti-Human IgG (H+L) Cross-Adsorbed Secondary Antibody HRP, 品番: A18811, 供給元: Thermo Fisher Scientific)を使用して、TMB基質(3,3',5,5'-Tetramethylbenzidine)にて発色した450 nmでのPAX3の吸光度から、血中の抗PAX3自己抗体の存在・非存在を判定した。その結果、抗PAX3抗体は、計66名中9名(13.6%)の血清中に認められることが示された。
【0043】
次に、これら66名の2型糖尿病患者について、約1年間の経過観察を行い、体重に占める四肢骨格筋の割合を測定した。体重に占める四肢骨格筋の割合の測定に際しては、生体電気インピーダンス分析(BIA)(体成分分析装置InBody 720、株式会社インボディ・ジャパン)により骨格筋量を測定することにより行った。結果を図2に示す。この図において、縦軸は体重に対する四肢骨格筋の筋肉量の割合の変化(%)を示す。
【0044】
図2において、血清中の抗PAX3抗体が存在の群(Anti-PAX3(+))は、血清中の抗PAX3抗体が非存在の群(Anti-PAX3(-))と比較し、体重に占める四肢骨格筋の筋肉量の割合が有意に低下しにくい傾向が認められた(*はp<0.05であることを示す)。このことから、血液中に抗PAX3自己抗体が存在と判断されることは、その個体が筋肉量低下が進行するリスクが低いことを示し、一方、血液中にこの抗PAX3抗体が非存在と判断されることは、その個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であることを示すことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明により、個体の血液中にこの抗PAX3抗体が所定の閾値未満(すなわち非存在)と判断されることを示すことで、個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であるかどうかを、定量的なしかし比較的低侵襲な方法で判定できることになる。個体の血液中にこの抗PAX3抗体が所定の閾値未満(すなわち非存在)と判断されることを示すことで、その個体が骨格筋の筋肉量低下が進行するリスクを有する個体であること、言い換えるとその個体がサルコペニアになるリスクが高いことを示すこと、を判定することができ、将来的に個体がサルコペニアになるリスクが高いことを当該個体がサルコペニアになる前に判定し、予防的措置をとる、という、臨床的な要請を満たすことができる。

図1
図2