IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社日立産機システムの特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-10
(45)【発行日】2024-09-19
(54)【発明の名称】圧縮機
(51)【国際特許分類】
   F04B 39/00 20060101AFI20240911BHJP
【FI】
F04B39/00 104D
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2019181198
(22)【出願日】2019-10-01
(65)【公開番号】P2021055647
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-09-20
(73)【特許権者】
【識別番号】502129933
【氏名又は名称】株式会社日立産機システム
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】成澤 伸之
(72)【発明者】
【氏名】梅田 憲
(72)【発明者】
【氏名】後藤 翔
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 達也
【審査官】岩田 健一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/156144(WO,A1)
【文献】特開平05-157049(JP,A)
【文献】特開昭64-012078(JP,A)
【文献】特開平11-325245(JP,A)
【文献】特開平06-015663(JP,A)
【文献】特表2016-537559(JP,A)
【文献】登録実用新案第3206366(JP,U)
【文献】特開2014-126001(JP,A)
【文献】特開2001-271744(JP,A)
【文献】実開昭48-006449(JP,U)
【文献】実開昭64-032477(JP,U)
【文献】特開昭59-231261(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 39/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ内を往復動するピストンと、
前記シリンダの端部を閉鎖するバルブプレートと、
前記ピストンを支持するコンロッドと、
前記コンロッドの端部に回転力を与えるクランクシャフトと、
前記クランクシャフトを回転可能に支持するクランクケースを有し、
前記ピストンは、
前記クランクシャフトの回転に応じて前記シリンダ内を揺動しながら往復動する揺動ピストンであって、
前記ピストンの中心を通り前記クランクシャフト回転軸に直交する断面における前記ピストンの外周面は、曲面であり、
前記ピストンは前記外周面に環状溝と、前記環状溝内には、前記コンロッドの中心軸と直交するピストンリングを有し、
前記ピストンは樹脂で構成されており、
前記ピストンリングと前記ピストンのトップの上面が平行でないことを特徴とする圧縮機。
【請求項2】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記ピストンは、
往復動時にその外周面が前記シリンダの内周面に接触し、摺動することを特徴とする圧縮機。
【請求項3】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記ピストンは、
前記コンロッドに対して固定あるいは一体化されることを特徴とする圧縮機。
【請求項4】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記ピストンは、
前記外周面が前記シリンダの内周面と接触する箇所は、耐摩耗性を有する樹脂で構成され
ていることを特徴とする圧縮機。
【請求項5】
請求項4に記載の圧縮機において、
前記樹脂の熱膨張率は、
前記ピストンが上死点にある状態にて、往復動方向よりもその直角方向において小さいことを特徴とする圧縮機。
【請求項6】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記ピストンの外周球面の直径は、
前記ピストンが上死点にある状態にて、往復動方向よりもその直角方向において大きいことを特徴とする圧縮機。
【請求項7】
請求項4に記載の圧縮機において、
前記樹脂は、
PTFE、PPS、PES、フェノール樹脂、ポリイミド系樹脂、またはコプナ樹脂、あるいはそれらの混合であることを特徴とする圧縮機。
【請求項8】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記ピストンは、
前記コンロッドに対してネジで締結され、
複数本の前記ネジが、前記コンロッドの揺動方向に配置されたことを特徴とする圧縮機。
【請求項9】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記ピストンは、
前記コンロッドに対してネジで締結され、
前記ネジの最外径は、
前記シリンダの内径の1/10以下の直径であることを特徴とする圧縮機。
【請求項10】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記ピストンの下部には、アルミニウム製の前記コンロッドが締結され、
前記コンロッドの締結部は、前記ピストンの形状に対応して径が拡大していることを特徴とする圧縮機。
【請求項11】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記曲面は球面であり、
前記球面の中心点を、
前記環状溝の上下端面を延長した平面間に配置することを特徴とする圧縮機。
【請求項12】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記曲面は球面であり、
前記球面の中心点を、
前記環状溝のクランクケース側の面を延長した平面上に配置することを特徴とする圧縮機。
【請求項13】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記曲面は、ほぼ真球の面であることを特徴とする圧縮機。
【請求項14】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記曲面は、前記シリンダの直径より小さい直径の球の表面形状であることを特徴とする圧縮機。
【請求項15】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記曲面は、前記シリンダの内径中心軸を通る前記クランクシャフトの回転軸方向の断面がほぼ卵型であることを特徴とする圧縮機。
【請求項16】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記圧縮機はオイルフリー式圧縮機であることを特徴とする圧縮機。
【請求項17】
請求項1に記載の圧縮機において、
前記クランクシャフトの中心位置は、前記シリンダの中心位置とは異なることを特徴とする圧縮機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧縮機に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、流体を圧縮する往復動圧縮機においては、コンロッドの圧縮室側端部に軸受が設けられ、その軸受で以って首振り可能に支持されたピストンを有する通常ピストン方式と、コンロッドの圧縮室側に軸受を持たず、コンロッドと一体になったピストンに、弾性的に変形し圧縮流体をシールするシールリングを有する揺動ピストン方式とがある。
【0003】
後者の揺動ピストン方式は、通常ピストン方式と比較して、軸受やピストンピンを持たない分だけ構造が簡素であり、軸受温度による設計的な制限がないことや、往復運動をする質量を低減可能であることといった多数のメリットを持つ。
【0004】
しかし一方で、クランクシャフトが一回転する間にコンロッドが傾く角度(揺動角)の範囲が大きくなる、もしくはシリンダ内径が大きくなると、後述するシールリングの偏摩耗や破損、シール性能低下などの問題を生じる。このため揺動ピストン方式は、一般にピストンストロークが比較的短く、揺動角が小さい小型往復動圧縮機のみでしか製品の実装がなされていない。
【0005】
往復動圧縮機に関しては特許文献1に示されるように、リップの周方向形状を工夫することで偏荷重の影響を軽減する技術がある。また、特許文献2では、圧縮室のシールを行うピストンリングとは別に、ピストンの往復運動と揺動運動の双方に対するガイドとしてライナーを設けることで、ピストンリング自身が揺動慣性力を受けることを回避する構造が示されている。この構造は、ライナー自体がシリンダ内周面に接することが可能であるため、主軸方向シリンダギャップを埋めることが可能で、組み立て時においても両者をある程度調芯する機能がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-110608
【文献】特開2015-132267
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、リップの周方向形状が複雑な形状となる。そのため製造初期投資が非常に高価になってしまう。さらに、リップ部に変形を与えることでリング自体のシール性能を悪化させるといった別な問題が生じる。また、シリンダ内を揺動しながら往復動する際に、リップ部が繰り返しの折り曲げ変形を受け疲労破損することへの対策は配慮されていない。
【0008】
特許文献2の構造は、その図11に示されるように、ピストンリングリング39の下側に切り欠きがあり、ピストンリングの支持が十分ではない。そのため、揺動角が大きくなると、やはりピストンリングの落ち込み変形が生じてしまう。また、ピストンリングの角が突き出た形状となっているのでシリンダと干渉する問題がある。
【0009】
また、ピストンリングは剛性が高いため、揺動時のシリンダ内壁面に対する追従性がリップリングより悪く、揺動角が大きくなるとシール性能が大幅に低下するという問題がある。
【0010】
以上の内容をまとめると、従来の揺動ピストン方式において、シールリングのシール性能と強度の問題はトレードオフの関係にあり、両立が困難である。また、ピストンリングを使用する場合では、ピストン-シリンダの隙間(主軸方向・揺動方向シリンダギャップ)に対するピストンリングの落ち込み変形と、ピストン-シリンダの干渉の問題も同様のトレードオフの関係にある。
【0011】
本発明の目的は、揺動角の増加にともなうシールリングの変形や破損、シール性能悪化を防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の好ましい一例は、シリンダ内を往復動するピストンと、前記シリンダの端部を閉鎖するバルブプレートと、前記ピストンを支持するコンロッドと、前記コンロッドの端部に回転力を与えるクランクシャフトと、前記クランクシャフトを回転可能に支持するクランクケースを有し、
前記ピストンは、前記クランクシャフトの回転に応じて前記シリンダ内を揺動しながら往
復動する揺動ピストンであって、前記ピストンの中心を通り前記クランクシャフト回転軸に直交する断面における前記ピストンの外周面は、曲面であり、前記ピストンは前記外周面に環状溝と、前記環状溝内にピストンリングを有し、前記ピストンは樹脂で構成されており、前記ピストンリングと前記ピストンのトップの上面が並行でない圧縮機である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、揺動角の増加にともなうシールリングの変形や破損、シール性能悪化を防止することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1における圧縮機全体の構成例を示す図である。
図2】実施例1における圧縮機本体の内部構成を示す図である。
図3A】リップリングを用いた揺動ピストン構造を示す図である。
図3B】ピストンリングを用いた揺動ピストン構造を示す図である。
図3C】実施例1におけるピストンリングを用いた揺動ピストン構造を示す図である。
図3D】実施例1における揺動ピストン構造を示す図である。
図4】実施例1における圧縮機本体の内部構成(上死点の状態)示す図である。
図5A】実施例3におけるピストンの固定方法を示す図である。
図5B】実施例3の変形例におけるピストンの固定方法を示す図である。
図6A】実施例4におけるピストンの外周面の第1の例を説明する図である。
図6B】実施例4におけるピストンの外周面の第2の例を説明する図である。
図6C】実施例4におけるピストンの外周面の第3の例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施例を、図面を用いて詳細に説明する。
【実施例1】
【0016】
図1は、実施例1における圧縮機の概略図を示す。また、図2は、図1における圧縮機本体1の内部構造を示す。
【0017】
図1に示す圧縮機は、圧縮機本体1と、それを駆動する電動機2と、圧縮機本体1が吐出す流体を貯留するためのタンク3からなっている。圧縮機本体1は流体を圧縮するものであり、その内部構造は図2に示すように、クランクケース21と、クランクケース21から鉛直方向に突出するひとつのシリンダ22と、このシリンダ22の端部(上部の端部)を閉鎖するバルブプレート26と、シリンダヘッド23と、クランクシャフト24を回転可能に、中央において支持するクランクケース21を有している。
【0018】
圧縮機本体1は、クランクケース21内のクランクシャフト24が回転することで、コンロッド32の端部に回転力を与え、シリンダ22内に設置されたピストン33が鉛直方向に往復動し、その結果としてシリンダ外部から流体を吸引し圧縮して吐出する。
【0019】
なお、図1および図2では説明の簡略化のため、圧縮機形状はピストン・シリンダを1対しか持たない1気筒1段圧縮機としているが、クランクシャフトに対して直列あるいは放射状に複数のピストン・シリンダを有する圧縮機であってもよい。
【0020】
圧縮機本体1は、クランクシャフト24を電動機2の回転軸と平行に配置した状態でタンク3上に配置して固定されており、クランクシャフト24には圧縮機プーリ4が、電動機軸には電動機プーリ5が固定されている。圧縮機本体1に付設された圧縮機プーリ4は羽根を有しており、その回転にともない冷却風を圧縮機本体1に向けて発生させることで、圧縮機本体1の放熱を促す。
【0021】
圧縮機プーリ4および電動機プーリ5には、圧縮機プーリ4および電動機プーリ5の間で動力伝達するための伝動ベルト6が巻回されている。これにより、電動機2の回転にしたがって、電動機プーリ5、伝動ベルト6および圧縮機プーリ4を介して圧縮機本体1のクランクシャフト24が回転駆動されて、圧縮機本体1が流体を圧縮する。
【0022】
なお、図1では説明の簡略化のため、圧縮機本体1は電動機2と伝動ベルト6を介して接続された構成としているが、圧縮機本体1のクランクシャフト24と電動機2の回転軸をカップリングなどの結合手段を用いて直接に接合することで、両者を一体化した圧縮機であってもよい。
【0023】
図2におけるピストン周辺構造について説明する。図2のピストン33は、ピストンがコンロッド32と一体で構成された揺動ピストン方式である。この方式では、クランクシャフト24の回転にともない、ピストン33がシリンダ22内を揺動しながら往復動する。
【0024】
この揺動ピストン方式には、主なシールリング構造として図3Aに示すようにシリンダの内周面22aに接するリップリング36をピストン33が備えている場合と、図3Bに示すようにシリンダの内周面22aに接するピストンリング37をピストン33が備える場合がある。
【0025】
ここで、図3Bの下の図のA-A断面を、図3Bの上の図に示している。揺動方向シリンダギャップ38と主軸方向のシリンダギャッップ39a、39bがピストン33とシリンダ内周面22aとの間に生じる。ここで主軸方向のシリンダギャッップは、クランクシャフト方向のピストン-シリンダ間の隙間をいう。また、揺動方向シリンダギャップはピストン揺動方向のピストン-シリンダ間の隙間をいう。
【0026】
シリンダ内周面に対する中心軸のずれは、特に主軸方向シリンダギャップを増大させるため、圧縮時のガス荷重を受けたピストンリングがその隙間に落ち込む変形を生じるという別な問題が生じることが知られている。
【0027】
またこのシリンダ内周面に対する中心軸のずれの影響とは別に、揺動方向シリンダギャップは、ピストンの揺動角によっても大きく増減し、同様の問題をもたらす。これらの隙間を狭めるためには、ピストンリングが嵌合されるリング溝下面の外径を大きくすることが不可欠であるが、当然ながら大き過ぎるとシリンダとの干渉が発生するため、限界がある。本実施例は、これらの問題を解決する。
【0028】
各々のシールリング方式において、揺動角が大きくなるにともない以下のような問題が生じる。
【0029】
<リップリング>
(A)リップ部分36aがシリンダ内周面22aに接する際の繰り返しの折り曲げ応力が増加し、R部根元近辺に疲労破損を生じる。
(B)ピストンをシリンダ22に挿入し、クランクケース21に固定する際、リップリング36とシリンダ内周面22aの中心軸がずれると、リップリングがシリンダ内周面に対して押し付け荷重を受けた状態で固定され、運転時間の経過とともに偏摩耗を生じる。
【0030】
<ピストンリング>
(C)リップリング36のようにピストン33のガイドをする部品がないため、ピストン33の上下端角部がシリンダ内周面22aに干渉する危険性が生じる。干渉を回避するために下端角部に逃げを設けると、ガス荷重を受けたピストンリング37を支えるリング溝下面の面積が減少するため、揺動方向シリンダギャップ38が拡大しピストンリングがその隙間に落ち込む変形を生じる.
(D)シリンダ22をクランクケース21に固定する際、ピストン33とシリンダ22の中心軸のずれが原因で生じる主軸方向シリンダギャップ39a,39bや、単純に揺動角が増加したときに生じる揺動方向シリンダギャップ38に対し、ピストンリングが落ち込む変形を生じる。
(E)リップリングと比べ肉厚で剛性が高いため、揺動時のシリンダ内周面22aに対する追従性が悪く、シール性能が低下しブローバイ損失が増加する。
【0031】
上記(A)から(E)の問題点を解決するため、実施例1では、図3Cに示すような揺動ピストンを用いる。図3Cの左側の図は、斜視図で、右側の図は、揺動ピストンの形状を示す図である。
【0032】
図3Cにおいて、ピストン33はコンロッド32とは別部品で構成され、ピストン33はコンロッド32と往復動方向にネジ35で締結(固定)されている。
【0033】
またピストン33の外周面33aはシリンダの直径よりわずかに小さい直径を持つ球面になっている。圧縮ガスをシールするシールリングとしてはピストンリング34を用いており、ピストンリング34は、ピストン33の外周面33aに設けられたリング(環状)溝33bに対してある隙間をもって嵌合している。なお、ピストンリング34およびリング溝33bを用いずに図3Dのように構成してもよい。
【0034】
圧縮機本体1が摺動部の潤滑に油を使用しないオイルフリー式であるとすると、ピストン33の材質は、耐摩耗性に優れる樹脂によって構成する。これによって、ピストン外周面33aがシリンダ内周面22aと直接に摺動することが可能になる。
【0035】
また、図2におけるシリンダ内周面22aの中心軸22bの延長線は、クランクシャフト24の回転中心24aに対して距離eだけオフセットされている。またピストン33の上面33cは、コンロッド大端部軸受31の中心とピストン外周球面33aの中心を結んだ直線27に対して直交していない。
【0036】
またピストン外周球面33aの中心点がクランクシャフトの回転中心24aから最も離れる上死点の状態、すなわち図4に示すクランク角度において、バルブプレート26の下面と平行になるように設計されている。
【0037】
本実施例によれば、以下のようなメリットがある。
ピストン外周球面33aがシリンダ内周面22aと直接に摺動可能となることで、シリンダ22に対するピストン33の干渉を許容できる。また、揺動角が大きくなってもピストン33の上下端角部はシリンダ内周面22aに当たらないので、角当たりによる摩耗や摩擦損失を防止できる。
【0038】
さらに図3Dについて考えると、ピストン外周球面33aはシリンダ22の中心軸に直交する面上で常に接しているか、隙間を微小に維持することができる。これにより、ピストン外周球面33a自体が圧縮室のシールを行うことが可能となり、またそのシール性能は揺動角に影響されないという大きなメリットがある。
【0039】
ただし、組み立て作業性および後述するピストン33の熱膨張や圧縮室内圧力による潰れ変形分を考慮すると、ピストン外周球面33aとシリンダ内周面22aの間には、常温初期状態で微小な隙間を設けることが望ましい。この場合は、図3Cのようにピストンリング34を設ければ、この隙間をシールすることができる。
【0040】
図3C図3Dどちらの構成であっても、ピストン外周球面33aは、その往復運動におけるすべての揺動角においてシリンダ内周面22aに対してほぼ接した状態であるため、揺動方向シリンダギャップでピストン33がガタつく振動を防止でき、滑らかな往復運動が可能になる。
【0041】
また組み立て時においても、シリンダ内周面22aにピストン外周面33aを接触させながら組み立てることで、従来の揺動ピストン方式と比べて、両者の中心軸のずれを大幅に低減することが可能となる。これにより、組み立て時の芯ずれが原因で生じる主軸方向シリンダギャップを最小化できるため、ブローバイ損失を低減できるほか、図3Cの構成においては、ピストンリング34がシリンダギャップに落ち込む変形を防止できる。
【0042】
本構成では、従来の揺動ピストン方式と比べて、主軸方向シリンダギャップだけでなく、揺動方向シリンダギャップについても大幅に低減可能である。しかし揺動方向シリンダギャップは揺動角が大きくなるにともない必然的に増加してしまう。
【0043】
主軸方向シリンダギャップや揺動方向シリンダギャップの最大値を抑えるためには、図3Cにおけるピストン33のリング溝の下面(リング溝のうちクランクケース側の面)をピストンの内側方向に延長した平面上に、ピストン外周球面33aの中心点33dを配置させると良い。
【0044】
ただし、レイアウトの関係で、上記したようなリング溝の下面を延長した平面とピストン外周球面33aの中心点33dを一致させる配置が困難である場合、ピストン33のリング溝の上下面(リング溝上面はリング溝のバルブプレート側の面、リング溝下面はリング溝のクランクケース側の面)をピストンの内側方向に延長した平面間にこの中心点33dが位置するようにすれば、ほぼ同等の効果が得られる。
【0045】
さらに本構成によれば、ピストン33が熱伝導率の低い樹脂で構成されていることで、運転中の圧縮熱によるコンロッド大端部軸受31への伝熱量を大幅に軽減可能となる。このことは、たとえばコンロッド大端部軸受31がグリース封入軸受であるような場合において効果を発揮し、グリースの熱劣化を防止することでそのメンテナンス寿命を延長できる。
【0046】
なお本実施例において、圧縮機本体1は摺動部の潤滑に潤滑油を使用しない無給油式を想定し、ピストンを耐摩耗性に優れる樹脂によって構成するものとしている。
【0047】
しかし本構成は給油式にも適用可能である。この場合、シリンダ22とピストン外周球面33aの間にはねかけ給油などで潤滑油膜を介在させ、摺動面の潤滑を行うとよい。本構成では、ピストン33の一部または全体を、たとえばコンロッド32と一体のアルミニウムで構成することも可能となり、部品点数および組み立て工数を削減することができる。
【実施例2】
【0048】
本実施例では、実施例1に対してさらに圧縮室のシール性、および摺動損失を抑制可能な構成について説明する。構成例は図3C図3Dと同じものを使用する。
【0049】
実施例1ではピストン33を耐摩耗性に優れる樹脂によって構成するものとしているが、圧縮熱を受けると樹脂は一般にアルミニウム合金や鋳鉄などで構成されるシリンダ22より大きく熱膨張するため、常温で初期状態では微小な隙間がある寸法でも、圧縮運転時にはシリンダ内周面22aに対してある面圧を生じて押し付けられた状態で摺動するようになる。
【0050】
その結果、摩擦損失および消費電力が急激に増加し、またその摩擦熱によって圧縮機本体1全体の温度が加速度的に上昇してしまうという問題が生じる。一方で、これを回避するために隙間を大きく設定すると、実施例1で述べたシリンダギャップに対するピストンリングの落ち込みが生じるため、やはり隙間は小さい方が望ましい。
【0051】
この対策として、本実施例では以下のような構成をとる。もともとピストン33を構成する樹脂材料は耐摩耗性に優れることが求められるが、加えて熱膨張率が小さい樹脂を選定することで、圧縮運転時の熱膨張による急激な面圧増加を抑える。
【0052】
なお、耐摩耗性に優れる樹脂材料としては、たとえばピストン33の主体にポリテトラフルオロエチレン(polytetrafluoroethylene、以下PTFEという)を使用したものが一般的である。さらに熱膨張率を考慮した場合、ピストン33の樹脂材として、ポリエーテルサルフォン(polyethersulfone、以下PESという)、ポリフェニレンスルファイド(Polyphenylenesulfide、以下PPSという)やフェノール樹脂、ポリイミド系樹脂、コプナ樹脂、あるいはこれらを混合したものが適する。
【0053】
なお、一般に樹脂材料は熱膨張率に異方性がある。すなわち、ある方向よりもその直交方向の熱膨張率が大きいという特性があり、この方向性は成型条件によって異なる。このような材料によってピストン33を成型する場合、上述した熱膨張による面圧発生を抑制するためには、ピストン33が上死点にある場合に、熱膨張が小さい方向を往復動方向と直角になるように成型すべきである。このような成形により、ピストンの外周球面の熱膨張は、ピストンが上死点にある状態にて、往復動方向よりもその直角方向において小さくなる。そのような構成により、シリンダギャップと熱膨張による面圧増加をともに抑制することができる。
【0054】
さらにこのとき、ピストン外周球面33aの形状は、熱膨張率の異方性によって、運転時に真球からわずかに崩れた形状になってしまう。これによって、ある揺動角では隙間が生じるが、ある揺動角ではシリンダ内周面22aに対して押し付けられた状態となり、摩擦損失を生じるといった問題が生じる。
【0055】
このためピストン外周球面33aの形状は、運転時温度において真球に近づくように、つまり、ほぼ真球の球面となるようにする。運転時温度においてほぼ真球の球面にするために常温時は球を潰した形状としておくことが理想である。この理想形状は前述の通り、ピストン33が上死点にある状態において、熱膨張率が大きい方向を往復動方向に、小さい方向をその直角方向になるように加工した場合、ピストン外周球面33aの形状は、往復動方向が短径で、その直角方向が長径となる楕円体となる。
【実施例3】
【0056】
本実施例では、実施例1、2に対してピストン33の信頼性を向上した構成について説明する。図5A図5Bは本実施例における構成例を示す。
【0057】
実施例1では図5Aに示すようにピストン33の固定方法を中央部1箇所のネジ止めとしている。他の構成は、図3Cと同様である。しかしこのネジ35には、自身の軸力によるピストン33側の座面のクリープや、往復揺動にともないピストン外周球面33a上に生じる摩擦力のモーメントによって、緩みが生じやすいといった問題がある。
【0058】
また、実施例1においてピストン33自体による圧縮室の断熱効果について述べたが、厳密には圧縮熱がこのネジ35を伝わり、コンロッド32を経由して、コンロッド大端部軸受31を加熱するため、断熱が完全ではない。
【0059】
そこで、下記のように変形例を示す。まずピストン33を固定するネジを2箇所以上とし、図5Bに示すネジ35a、35b、35cのようにピストン33の揺動方向に配置する。これによってピストン外周球面33a上に生じる摩擦力のモーメントアームを短くし、締結ネジを引き剥がそうとする力を軽減する。
【0060】
なお、ネジ35、35a、35b、35cによってピストン33を締結する際には、必要軸力に達したときのネジ自体の伸びが大きい方がよい。これは、ピストン33の座面がクリープによってある量だけ潰れた際に、その潰れ量に対してもともとのネジの伸び量が大きい方が、軸力の低下を低減できるためである。この観点から考えると、ネジ35の最外径としては、シリンダ内径の1/10以下の直径であることが望ましい。
【実施例4】
【0061】
実施例4では、実施例1、2をもとにしたピストン外周球面33aの変形例を示す。
【0062】
実施例1では、ピストン外周面33aの形状は、シリンダ22の内径よりわずかに小さい直径を持つ球面としていた。また実施例2では、圧縮運転時の圧縮熱による熱膨張を受けたとき真球に近づくように、常温初期状態におけるピストン33の外周面形状について、上死点の位置において往復動方向が長径、その直角方向が短径となるような球面としていた。
【0063】
しかし、ピストン外周面33aがシリンダ内周面22aに対して摺動しながら滑らかに揺動・往復運動可能な形状としては、単純な球面以外にも複数種類ある。これらの一例を図6A図6Cに示す。図6A図6Cにおいて、2点鎖線は本実施例で説明する曲線(点線で表示)と比較するために表示した円である。
【0064】
図6Aは、ピストンの外周面33aの第1の例を説明する図である。具体的には、図6Aは、ピストン33の中心を通り、クランクシャフト回転軸に直交する断面の外形延長線がほぼ卵型をしていることを示す図である。本形状は、ピストン外周面33aについて、揺動角0の状態からその絶対値が増加するにつれ、揺動運動の中心点33dが往復動軸方向のバルブプレート側(図の上側)に移動するように描いた曲面によって構成される。なお、このときピストン33の移動する中心を通り、シリンダ中心軸に直行する断面は、シリンダ22の内径よりわずかに小さい直径の円となっている。
【0065】
このような曲面であっても、実施例1、実施例2と同様の効果が得られる。さらに付帯効果として、揺動角増加時にコンロッド大端部軸受31の中心とピストン33の揺動運動の中心点33dの距離を若干ながら伸ばすことが可能となるため、揺動角の最大値を抑制し、ブローバイ損失を軽減できるようになる。またこの影響によってコンロッド32の運動軌跡が変化するため、慣性力が変化し、圧縮機本体の振動に影響を及ぼす。
【0066】
図6Bは、ピストンの外周面33aの第2の例を説明する図である。具体的には、図6Bの断面形状は、上記の図6Aとは逆に、揺動角0の状態からその絶対値が増加するにつれて、揺動運動の中心点33dが往復動軸方向の下側に移動するように描いた曲面によって構成される。
【0067】
また図6Cは、ピストンの外周面33aの第3の例を説明する図である。具体的には、図6C図6Aの形状を横に倒した形状によって構成される。
いずれも図6Aの形状と同様に揺動角およびコンロッドの慣性力に影響を及ぼす。
【0068】
なお、図6A図6Cの3形状の説明において用いた卵型とは、図6A図6Bにおいては、シリンダの中心軸と垂直な断面が円形であり、シリンダの中心軸を移動するにつれて前記断面の半径が連続的に変化する曲面の形状を指し、特に曲面のピストンを構成する部分において、その傾きは単調増加または単調減少となっている。
【0069】
また、図6Cにおいては、図6A図6Bにおける卵型の定義におけるシリンダの中心軸を、シリンダの中心軸と垂直な直線に読み替えた曲面の形状を指す。さらに、図6A図6Cでは、ピストンリング34のクランクケース21側の面が、卵型の曲面の半径が最大の断面と一致するように構成されている。
【0070】
なお、上記3形状は代表例として示したものである。揺動角の変化に応じ、揺動運動の中心点33dの描くプロファイルによってほかにもさまざまな形状を描くことが可能であり、ブローバイ損失および振動などの兼ね合いによって、自由に設計することができる。
【0071】
本明細書では、実施例1および実施例2で説明したように、ほぼ真球型の面に加えて、実施例4で説明したような卵型をはじめとした種々の曲面に関しても球面として扱う。
【符号の説明】
【0072】
1 圧縮機本体、
21 クランクケース、
22 シリンダ、
24 クランクシャフト、
32 コンロッド、
33 ピストン
33a ピストン外周球面
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図4
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C