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特許7554150生物由来のCa源を用いたガラスの製造方法
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  • 特許-生物由来のCa源を用いたガラスの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-10
(45)【発行日】2024-09-19
(54)【発明の名称】生物由来のCa源を用いたガラスの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C03B 1/00 20060101AFI20240911BHJP
【FI】
C03B1/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021053466
(22)【出願日】2021-03-26
(65)【公開番号】P2022150734
(43)【公開日】2022-10-07
【審査請求日】2023-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000198477
【氏名又は名称】石塚硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001977
【氏名又は名称】弁理士法人クスノキ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山北 龍児
(72)【発明者】
【氏名】両角 秀勝
(72)【発明者】
【氏名】新妻 貴明
【審査官】三村 潤一郎
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0065329(US,A1)
【文献】特開2007-070125(JP,A)
【文献】特開2004-123425(JP,A)
【文献】田村 賢ほか,“廃棄カキ殻を陶器釉薬として利用するための調合・焼成条件の最適化”,廃棄物資源循環学会論文誌,2019年,第30巻,p.29-37
【文献】朝日 太郎ほか,“廃ガラスを主原料に用いた結晶化ガラスの作製”,新居浜工業高等専門学校紀要,2016年,第53号,p.39-42
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B 1/00 - 1/02
B09B 1/00 - 5/00
B09C 1/00 - 1/10
C03C 1/00 - 1/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
珪砂と石灰石とカレットを主要原料として実用ガラスを製造するにあたり、石灰石の一部を生物由来のCa源である卵殻と置換することにより、ガラス製造に伴うCO 2 の発生量を削減したことを特徴とする生物由来のCa源を用いたガラスの製造方法。
【請求項2】
卵殻を焼成して有機物を取り除いたうえで、ガラス原料として用いることを特徴とする請求項1に記載の生物由来のCa源を用いたガラスの製造方法。
【請求項3】
卵殻を有機物を含んだままでガラス原料として用い、有機物中のS分を着色剤として利用することを特徴とする請求項1に記載の生物由来のCa源を用いたガラスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物由来のCa源である卵殻を用いたガラスの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
農林水産省の鶏卵流通統計(令和元年)によれば日本全国での鶏卵の生産量は264万トンである。卵殻の重量はこのうちおおよそ11%程度であることから、29万トンの卵殻が排出されている。鶏卵加工製造工程からは20万トンを超える卵殻が廃棄されていると言われており、環境保護の観点から資源としての再利用も行われているが、2割程度にしか過ぎず残りの8割は処分費用をかけて、埋立処分や焼却処分が行われている。また、ホタテ貝、牡蠣などの養殖業者からも大量の貝殻が発生している。特許文献1に示すように、それらの一部は土壌にCa分を供給する土壌改良剤として利用されているが、大部分は廃棄物処理業者によって廃棄処分されており、多くの処理費用が発生している。このほか、真珠養殖業者も市場に出せない廃真珠を廃棄処分しており、処理費用が発生している。
【0003】
上記した卵殻、貝殻、廃真珠などは生物由来のCaを主成分とするものであるが、その大部分は廃棄物として処理されており、有効利用されていない。その理由の一つは、卵殻には卵殻膜と呼ばれる有機膜が付着しており、貝殻には貝柱の一部や貝の腐敗物、藻類やその他生物等が付着していることが挙げられ、工業原料として扱いにくいためである。これらの卵殻や貝殻等を有効利用せず廃棄する場合、処理費用の問題の他に、廃棄処分のプロセスにおいて多量のCOが排出されるという問題がある。
【0004】
一方、ガラス工場においてはガラス原料として、Si源としての珪砂のほかにCa源として大量の石灰石を使用している。石灰石は石灰石鉱山と呼ばれる採掘場から重機を用いて掘り出され、精製された後、貨物車両に積載してガラス工場まで搬送されている。このため採掘場の重機や精製処理工程から多量のCOが排出される。また、石灰石鉱山はガラス工場から遠隔地にあることが多いので、重い石灰石を積載して長距離を走行する貨物車両からも、多量のCOが排出されている。このように、ガラス原料として石灰石を用いる場合、その採掘から精製、輸送に至るプロセスにおいて多量のCOが排出されるという問題がある。
【0005】
また、石油や天然ガス等の化石原料を使用するガラス溶解炉では、燃焼に伴う多量のCOが排出されているが、それに加えて、ガラス製造においては石灰石等の炭酸塩原料がガラス化される際に多量のCOが排出されている。現在日本で採掘利用されている石灰石の多くは、2億年以上前に海底にサンゴなどの生物礁として堆積した石灰質物質が、地殻変動に伴い日本列島に付加されたものと考えられている。サンゴなどは大気中のCOを固定する機能を有しているが、再び石灰石になるまでのスパンが数億年と長いため、ガラス化に伴い石灰石から放出されるCO排出量のうち再び石灰石に吸収・固定される量はほぼ無いとみなされ、カーボンニュートラルな原料とはいえない。これらの問題は我が国が目指すカーボンニュートラルの目標達成を阻害する要因となっている。図5に、上記したサイクルを示した。
【0006】
本発明者はガラス工場からのCO排出量の削減を様々な角度から検討する中で、廃棄処分されている卵殻をガラス原料である石灰石の一部または全部と置換して使用することにより、鶏卵会社や養殖業者にとっては産業廃棄物の排出量減少と処分費用の削減となり、ガラス会社にとっては原料コストの削減となり、さらに全体としてCO排出量の削減を図り廃棄物の再生利用による循環型社会への貢献をすることができることに思い至った。従来、ガラス会社は市場から回収されたガラスをカレットとして再利用することでガラスの溶融性を高め、バーナー燃料の削減に努めてきたが、ガラスのCa源として生物由来のCa源を用いることは、これまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2020-164770号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は上記した現状に鑑み、従来よりもガラス工場からのCO排出量を削減してカーボンニュートラルの目標達成に寄与することができ、しかもコスト削減も可能なガラスの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するためになされた本発明は、珪砂と石灰石とカレットを主要原料として実用ガラスを製造するにあたり、石灰石の一部を生物由来のCa源である卵殻と置換することにより、ガラス製造に伴うCO 2 の発生量を削減したことを特徴とするものである。
【0010】
本発明においては、卵殻を焼成して有機物を取り除いたうえで、ガラス原料として用いることができる。前記生物由来のCa源が卵殻の場合、この前処理が卵殻膜の分離工程を含むことが好ましい。また本発明においては、生物由来のCa源を、有機物を含んだままでガラス原料として用い、有機物中のS分を着色剤として利用することもできる。有機物中のS分は着色剤以外にも、清澄剤(脱泡剤)としても利用することができる。ガラスでは硫黄分を含む硫酸ナトリウムを一般的に清澄剤として使用している。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、生物由来のCa源をガラス原料として用いるため、石灰石鉱山から掘り出された石灰石の使用量を削減することができ、石灰石の掘削・精製や搬送に伴うCO2の発生量を減少させることができる。また大気中のCOは植物によって固定されるため、植物を食べる鶏は実質的に大気中のCOを減少させる役割を果たしている。従って本発明によれば、従来よりもガラス工場からのCO排出量を削減してカーボンニュートラルの目標達成に寄与することができる。
【0012】
また、従来は廃棄処分されていた卵殻をガラス原料として用いれば、鶏卵加工会社や養殖業者にとっては廃棄処分の費用がなくなり、ガラス会社にとっては石灰石購入量を削減できるから原料コストを削減することができる。それに加えて、廃棄処分のプロセスで発生するCO排出量を削減する効果も得られる。
【0013】
さらに、生物由来のCa源に付着している卵殻膜などの有機物が不要な場合には、前処理により有機物を取り除いて純粋なCa源として使用することができ、有機物中のSやCをガラス製造に利用したい場合には、前処理を行わずに使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施形態を説明する概念図である。
図2】本発明の参考形態を説明する概念図である。
図3】本発明の他の実施形態を説明する概念図である。
図4】本発明のサイクルを示す図である。
図5】従来のサイクルを示す図である。
図6】従来技術を説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態を説明するに先立ち、先ず図5図6に示す従来技術を説明する。
図6に示すように、ガラス工場はガラス溶融炉10を備え、図示を略したバーナーにより炉内を1200~1700℃程度の高温に加熱している。ガラス原料は目的に応じて調合され、原料ホッパ11から炉内に供給される。炉内で溶融したガラスは図示を略した成形機に供給され、ガラス製品12が成形される。COを含むバーナーの燃焼ガスは蓄熱室13を通過し、煙突14から大気中に放出される。
【0016】
板ガラスやガラス容器に用いられる実用ガラスの主成分はSiO2、CaO、Na2O、Al2O等であり、Si源としては珪砂が用いられ、Ca源としては石灰石が用いられているのが普通である。また溶融性を高めるために、市場から回収されたガラス屑を粉砕したカレットが、ガラス原料に加えられる。石灰石は遠隔の石灰石鉱山15から重機16を用いて掘り出され、精製工程を経て、貨物車両17によってガラス工場まで長距離を運搬されてくる。これらの重機16及び貨物車両17は化石燃料をエネルギ源としているため、石灰石がガラス工場に届くまでに大量のCOを大気中に放出している。このようにガラス工場は原料の調達段階においても溶融段階においても炭酸カルシウムがガラス化する際に大気中にCOを放出しており(CaCO3→CaO+CO2)、前記した通り、我が国が目指すカーボンニュートラルの目標達成を阻害する要因となっている。
【0017】
これに対して本発明では石灰石に替えて、生物由来のCa源を用いる。生物由来のCa源の代表的なものは卵殻であり、鶏卵加工を行っている食品会社から安価に購入することができる。卵殻には有機分を含む卵殻膜が付着しているほか、数%の水分が含まれるため、図1に示す第1の実施形態では前処理して有機物を取り除く。具体的には、卵殻を焼成炉18で焼成して有機分と水分を取り除いたうえで分級し、不純物の少ないCa原料とする。焼成は例えば550℃×1Hrで行うことができる。また分級は目開き5mmの篩を通過する程度とすることができる。しかしこれらの数値は適宜変更可能である。また、卵殻膜を除去する方法としては、焼成以外にアルカリ水や遠心分離、比重差を利用した方法等を用いてもよい。
【0018】
焼成された卵殻を組成分析したところ、CaO:98.66%、MgO:0.9%、SiO2:0.4%、Fe2O3:0.004%であり、石灰石と同等の不純物の少ないCaO源として使用可能であることが確認された。周知のとおりFe2O3はガラスを着色する有害成分であり、石灰石は0.016%程度のFe2O3を含むが、卵殻のFe2O3含有率はその1/4であり、不純物の少ないガラス原料として好適である。なお、MgOとSiO2もガラス成分であるため、全く問題とならない。
【0019】
このように、焼成された卵殻はほぼ純粋なCa源として使用可能であり、従来使用されていたガラス原料中の石灰石の一部または全部と置換して使用することができる。なお後述する有機分を除去しない卵殻は、不純物がガラス溶融炉10の操炉に影響を与えるため、石灰石の全部と置換すると着色や泡などの外観上の品質を低下させるおそれがある。従って卵殻の置換率を100%に近付ける場合には、前処理により有機分を除去することが好ましい。
【0020】
本発明において生物由来のCa源として用いられる卵殻は、植物を飼料とする鶏が産出するものであり、植物は大気中のCOを固定する機能を持つ。一方、石灰石の場合、前述したようにガラス化する際に石灰石からCOが排出され、さらに排出されたCOはいつまでも再吸収されない。大気に放出されたCOの吸収・固定スピードを比較すれば、石灰石鉱山として固定される炭素循環は、植物の光合成で吸収される炭素循環と比較して著しく遅いことから、食物連鎖を経て産出される卵殻を石灰石の代替として使用することで、ガラス製品の原料調達~製造工程サイクルにおけるCOの発生抑制に貢献できる。図4に本発明のサイクルを示した。
【0021】
なお生物由来のCa源として、卵殻以外にも図2の参考形態に示されるようにホタテ貝、牡蠣などの貝殻を用いることも考えられる。貝殻には貝柱その他の有機物が付着しているため、前処理することが望ましい。焼成後に牡蠣殻の組成分析を行ったところ、CaO:96.10%、MgO:1.01%、SiO2:2.21%、Fe2O3:0.61%であり、卵殻に比べてFe2O3の含有率が高い傾向が認められた。このため牡蠣殻は透明ガラスの原料としては不適当であるが、着色ガラスの原料として用いることができる。これに対してホタテ貝の貝殻はFe2O3の含有率が卵殻と同等以下であり、透明ガラスにも使用可能である。このほか、廃真珠も粉砕して用いることができる。真珠は核として貝殻を使用しており、有機物である真珠膜は非常に薄いため、実質的に貝殻と同様に取り扱うことができる。なお、貝類も海中の植物プランクトンを餌としており、海中の植物プランクトンは陸上の植物と同様にCOを固定して減少させる役割を果たしているので、卵殻を使用した場合と同様、食物連鎖を経て産出される貝殻や廃真珠を石灰石の代替として使用することで、ガラス製品の原料調達~製造工程サイクルにおけるCOの発生抑制に貢献できる。また、廃棄物処理に伴って排出されるCOを削減することができる。
【0022】
次に図3に示す第2の実施形態を説明する。この実施形態では、卵殻を焼成することなくそのままガラス原料として用いる。卵殻には含硫アミノ酸であるシスチン、メチオニンが含まれており、そのままガラス原料として用いるとガラス中にS分が持ち込まれる。
【0023】
ビール壜やタンブラー等に用いられているアンバーガラスは、硫化鉄を着色剤として含有するガラスであり、ガラス原料中にSやFeを加えて溶融している。卵殻をCa源として使用すればSがガラス中に持ち込まれることとなる。このため卵殻から持ち込まれるS分だけSの添加量を削減することが可能となる。このようにS分を含有する着色ガラスを製造する場合には、生物由来のCa源を、有機物を含んだままでガラス原料として用い、有機物中のS分を着色剤として利用することが可能となる。
【0024】
また、卵殻膜を含んだ卵殻を原料として加えた場合、卵殻膜の燃焼により補助的に熱量を発生させ溶融を補助することができる。また、近年溶融バーナーの燃料が重油からガスへと転換が進んでいることから、燃料の性質上輝炎が生じ難くなっており輻射による熱伝達がやむを得ず低下している。卵殻膜を直投ノズルや粉体スプレーで投入しバーナーの炎で燃焼させた場合には、輝炎を生じさせることができ輻射熱による溶融効率向上への寄与が期待できる。なお、いずれの実施形態においても、生物由来のCa源の粒度が細かすぎるとコンベア運搬等に支障が出るので、ふるいがけ等による分級工程を設けることが好ましい。
【実施例1】
【0025】
表1に示す食器ガラス用の原料調合をベースとして、石灰石を卵殻(前処理無し)と置換する溶融試験を行った。置換量は、1%、5%、10%、30%、50%、100%の6段階とした。粘土るつぼを用い、溶融条件は1350℃で1.5時間とした。溶融後に水砕して電気炉で乾燥し、白金ビード皿に30gを入れ、1350℃で4時間溶融し、電気炉で徐冷した。その後研磨を行い、蛍光X線で組成分析を行った。その結果を表2に示す。なお、表2、表3中の各成分の値は重量%である。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
表2に示されるように、置換率が0~100%の何れの場合にもガラス組成に大きな差異はなかった。また気泡の発生についても置換無しの場合と差異はなく、溶融性も変わらなかった。
【0029】
なお、前処理を行わない卵殻で石灰石を100%置換し、原料にカレットを混入しなかった場合には、アンバー色の着色が認められた。
【0030】
(参考例)
実施例1の卵殻をホタテ殻または牡蠣殻に置き換えて溶融実験を行った。なお、置換率はいずれも100%である。その結果を表3に示す。
【0031】
【表3】
【0032】
表3に示されるように、石灰石をホタテ殻と置換した場合はガラス組成に大きな差異は見られず、透明なガラスが得られた。一方、石灰石を牡蠣殻と置換した場合は、置換無しの場合と比較してFe2O3が約12.4倍含まれ、青色の着色が認められた。
【0033】
以上に説明した通り、本発明によればこれまで廃棄処分されていた生物由来のCa源をガラス原料として使用することにより、次の効果を得ることができる。
(1)CO2の発生量を抑制し、カーボンニュートラルの目標達成に寄与することができる。
(2)廃棄物を利用して、従来と同等の品質のガラスを製造することができる。
(3)廃棄物排出量並びに処理費用を削減することができ、ガラス会社にとっては原料コストを削減することができる。
【符号の説明】
【0034】
10 ガラス溶融炉
11 原料ホッパ
12 ガラス製品
13 蓄熱室
14 煙突
15 石灰石鉱山
16 重機
17 貨物車両
18 焼成炉
19 粉砕機
図1
図2
図3
図4
図5
図6