(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-11
(45)【発行日】2024-09-20
(54)【発明の名称】細胞集団の培養方法及びその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20240912BHJP
C12N 5/074 20100101ALI20240912BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/074
(21)【出願番号】P 2021509498
(86)(22)【出願日】2020-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2020013307
(87)【国際公開番号】W WO2020196615
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2023-03-15
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2019/012571
(32)【優先日】2019-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000231796
【氏名又は名称】日本臓器製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(72)【発明者】
【氏名】酒井 大輔
(72)【発明者】
【氏名】中村 嘉彦
(72)【発明者】
【氏名】松下 枝利香
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/122601(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2003/0220692(US,A1)
【文献】HARO H. et al.,Journal of Orthopaedic Research,2005年,vol.23,pp.412-419
【文献】YAN, Z et al.,Cells Tissues Organs,vol.201,2015年,pp.38-50
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
椎間板の髄核組織に由来する、Tie2(tyrosine kinase with Ig and EGF homology domain-2)の発現が陽性である幹細胞及び/又は前駆細胞(以下「Tie2陽性幹/前駆細胞」という。)を含む細胞集団の培養方法であって、
髄核組織のニッチ中に保持された状態で、当該Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法(以下「第1
A培養方法」という。)
により、当該Tie2陽性幹/前駆細胞のTie2発現増強処理を行う工程、および
前記Tie2発現増強処理後に単離された細胞を、細胞外マトリックス分解剤が添加された培地中で、球状コロニーの形成を抑制しながら、髄核由来Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法(以下「第4A培養方法」と呼ぶ。)を行う工程を含む、培養方法。
【請求項2】
前記第1A培養方法における髄核組織を解凍した組織とすることにより、Tie2が活性化および/または発現された状態を維持する、あるいは前記細胞集団中の髄核由来Tie2陽性幹/前駆細胞の減少を抑制する、請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
前記第1A培養方法による培養期間が1週間以上である、請求項1または2に記載の培養方法。
【請求項4】
前記Tie2発現増強処理を、前記第1A培養方法に加えて、
少なくとも1種の、ニッケイ(Cinnamomum)属の植物の抽出物および/またはオリーブ果実の抽出物が添加された培地中で、前記Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法(以下「第2A培養方法」と呼ぶ。)により行うものである、請求項1~3のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項5】
前記第1A培養方法および第2A培養方法がTie2陽性幹/前駆細胞を増幅する際に行われるものである、請求項4に記載の培養方法。
【請求項6】
前記細胞外マトリックス分解剤が、少なくともII型コラーゲンに対する分解活性を有するプロテアーゼを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項7】
前記第4A培養方法が前記Tie2陽性幹/前駆細胞を目的細胞に分化させる際に行われるものである、請求項1~6のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項8】
前記目的細胞が、少なくともII型コラーゲンを発現する髄核細胞である、請求項7に記載の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞集団の培養方法のうち、細胞表面マーカーTie2(tyrosine kinase with Ig and EGF homology domain-2)の発現が陽性である幹細胞及び/又は前駆細胞(本明細書において「Tie2陽性幹/前駆細胞」という。)を含む細胞集団の培養方法等に関する。より詳しくは、本発明は、細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞(例えば、髄核幹/前駆細胞)を増幅する工程や、Tie2陽性幹/前駆細胞から所定の形質を有する細胞(例えば、II型コラーゲン発現髄核細胞)へと分化誘導する工程において利用することのできる、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の培養方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
我が国において、腰痛は有訴者率で2位に入り、成人人口の3分の2が生涯に一度は経験するありふれた疾患であり、労働障害や医療経済における社会問題の一因となっている。腰痛の原因の20%とも言われる椎間板障害は、椎間板ヘルニア、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、すべり症などを誘引しうる重大な問題であるが、これらは椎間板組織の不可逆的変化によるものであり、病理学的には椎間板変性と呼ばれる病態である。椎間板はドーナツ型をした軟骨性の臓器であり、中心部の髄核(Nucleus Pulposus; NP)と周りを何周にも取り巻く線維性軟骨である線維輪(Annulus Fibrosus; AF)、そして隣接椎骨とを上下で連結する終板軟骨(Cartilaginous Endplate; EP)とで形成されている。ゼラチン状のNPは無血管臓器であり、NPに含まれている脊索由来の髄核細胞から分泌される、大型のプロテオグリカンとコラーゲンで構成される細胞外基質(Extracellular Matrix; ECM)を多く含有する。ヒトを含む脊椎動物の一部において、脊索由来髄核細胞が一生の早い時期に消失することが報告されており、その消失の後、起源は未だ確定していないが形態学的には軟骨細胞に類似した軟骨様細胞が髄核を形成する。このような細胞形質の転換はECM組成に影響を与え、含水量の低下、線維化といった椎間板の加齢や変性を招き、最終的に腰痛や腰椎変性疾患に大きく関わると考えられている。なお、マウス、ラット、ウサギ、ブタなどの多くの動物種は脊索由来髄核細胞を終生保持し、椎間板変性は殆ど認められないことから、脊索由来髄核細胞及び他の髄核細胞の制御機構がヒトとは異なっているものと考えられる。
【0003】
椎間板変性の予防又は治療方法の一例として、同種椎間板細胞製剤、すなわち椎間板組織に投与するための同種髄核細胞、ECM等を含有する細胞製剤の研究開発が進められている。そのような細胞製剤の製造のためには、ある程度まとまった量の同種髄核細胞が必要となる。例えば、椎間板ヘルニアの患者の手術により切除される椎間板髄核組織を、そのような細胞製剤に用いる髄核細胞の供給源として利用することができるが、そのようにして採取できる髄核組織量、すなわちそこに含まれる髄核細胞数は限られている。かといって、髄核細胞数を確保するために複数の椎間板ヘルニア患者(ドナー)に由来する髄核細胞を混合して用いることは、ウイルス感染症のリスク等を考慮した場合避けることが望ましい。それゆえ、単一のドナー由来の少量の椎間板組織(髄核、線維輪等)に含まれている、成熟した髄核細胞への分化誘導が可能な稀少な幹細胞又は前駆細胞を培養することにより、治療のために十分な数の髄核細胞を含む細胞集団を調製する技術を確立することが重要となる。
【0004】
特許文献1には、髄核細胞(椎間板髄核に由来する細胞集団)を「細胞付着に干渉する条件下」で培養する(好ましくは無血清培地中で培養する)ことにより、その細胞集団に含まれている幹細胞及び前駆細胞によって構成される「円板球」(discosphere)を作製することが開示されている。すなわち特許文献1には、髄核細胞を「細胞付着に干渉する条件下」で培地中で成長させるステップと、(b)円板幹細胞(disc stem cell)、円板前駆細胞(disc progenitor cell)又はそれらの組み合わせについて濃縮するステップと、(c)髄核細胞を含む円板球を産出し、それにより円板幹細胞集団を産出するステップとを含む「円板幹細胞集団を産出する方法」が記載されている(請求項3等)。なお、前記「円板球」の説明としては、円板幹細胞、円板前駆細胞又はそれらの組み合わせを含むインビトロの浮遊性球構造体(free floating circular-spherical structure)である、単一の円板幹細胞がそれ自身のクローン及び前駆細胞を生じさせる細胞の球である、円-球(circular-spherical)構造で配置された浮遊性の髄核幹細胞及び髄核前駆細胞を含む、あるいは、円板球を含む髄核細胞は互いに付着している、などと説明されている(段落〔0024〕、〔0039〕)。特許文献1にはさらに、「細胞付着に干渉する条件下」で培養された、円板幹細胞、円板前駆細胞又はそれらの組み合わせについて濃縮された「単離された円板幹細胞集団」(請求項1等);髄核細胞から濃縮された円板幹細胞、円板前駆細胞、又はその混合物を含み、「インビトロの浮遊性球構造体」である「単離された円板球」(請求項10等);円板スキャフォールドと、円板幹細胞、円板前駆細胞又はそれらの組み合わせについて濃縮された髄核細胞を含む円板球とを含む「人工円板代替装置」(請求項11等);髄核細胞から濃縮された円板幹細胞、円板前駆細胞又はそれらの混合物を含む円板球を円板スキャフォールド内で成長させることを含む、円板人工代替装置を作製する方法(請求項12等);所定の低密度でプレーティングされた髄核細胞を「細胞付着に干渉する条件下」で培養するステップと、円板幹細胞、円板前駆細胞又はその混合物を含むインビトロの「浮遊性球構造体」を選択し、それにより濃縮された細胞集団を産出するステップを含む「濃縮された細胞集団を産出する」方法(請求項17等);円板幹細胞、円板前駆細胞又はそれらの組み合わせを含む円板球を1つ若しくは複数の解離された円板球細胞へと解離するステップと、前記1つ若しくは複数の解離された円板球細胞を、「細胞付着に干渉し」、所定の添加物(例えば、FGF2、EGF)を含む培地中で培養するステップとを含む「濃縮された円板幹細胞、円板前駆細胞又はその組み合わせの集団を拡大させる方法」(請求項18等)なども記載されている。なお、特許文献1における「円板」は、原語「disc」の直訳で、「椎間板」の意味であると考えられる。
【0005】
特許文献1で開示されている、椎間板髄核組織に由来する、円板幹細胞、円板前駆細胞、円板細胞等を含む不均質な細胞集団(髄核由来細胞集団)を培養するための培養容器又は培地に関する事項について、次のようなことが言える。
【0006】
特許文献1には、「細胞付着に干渉する条件下」での培養として、細胞付着に干渉する物質(具体的には、メチルセルロース)を含む無血清培地中に低細胞密度でプレーティングして培養する、又は超低付着プレートにおいて培養することにより、髄核由来細胞集団(そこに含まれている幹細胞等)から浮遊性球構造体である円板球を形成させる実施形態が開示されている(段落〔0156〕以下、実施例1:段落〔0170〕~〔0181〕参照、請求項3、17等の発明に対応)。しかしながら、特許文献1には、細胞外マトリックスを分解する物質(例えば、コラゲナーゼ)を含む培地中で、又は細胞付着性の培養表面上で、髄核由来細胞集団(そこに含まれている幹細胞等)を培養し、円板球(浮遊性球構造体)を形成させることなく、円板幹細胞を増殖させたり分化誘導分したりすることについて、記載も示唆もされていない。
【0007】
また、特許文献1には、濃縮された円板幹細胞等を含む細胞集団を拡大する方法として、まずコラゲナーゼが補充された培地におけるインキュベーションによって円板球(浮遊性球構造体)を1つ若しくは複数の円板幹細胞へと解離し、その後、解離した細胞をメチルセルロース含有培地中に再プレーティングするという実施形態が開示されている(段落〔0157〕、実施例2:段落〔0182〕~〔0184〕参照、請求項18等の発明に対応)。しかしながら、当該実施形態におけるコラゲナーゼが補充された培地における培養は、一旦形成された円板球を個々の円板幹細胞等に解離するための一時的な処理に過ぎず、円板幹細胞等を分化誘導するための処理ではなく、解離した円板幹細胞等は再び「細胞付着に干渉する条件下」(メチルセルロース含有培地等)で培養されている。円板球を形成していない状態の(形成する前の)円板幹細胞等を用いてコラゲナーゼが補充された培地で培養を開始し、その円板幹細胞等を拡大(増殖)させたり分化誘導したりすることや、円板幹細胞等を互いに解離させた後も引き続きコラゲナーゼが補充された培地での培養を継続し、浮遊性球構造体である円板球が形成されない状態を保持したまま、円板幹細胞等を拡大(増殖)し、分化させることについては、特許文献1には記載も示唆もされていない。
【0008】
なお、特許文献1には、「細胞の成熟を阻害する化合物」(例えば、FGF)又は「細胞の幼若性を維持する化合物」(例えば、TGF-βスーパーファミリメンバーや、BMP、IL-6、LIF等)を含む無血清培地中で円板幹細胞を成長させることについて記載されているが(段落〔0035〕~〔0037〕)、Tie2の活性化を促進する物質を添加した培地中で円板幹細胞を培養することについては記載も示唆もされていない。
【0009】
また、特許文献1には、髄核由来細胞集団を得るための髄核組織の調製方法については、髄核(外科的に取得されたヒト円板材料、又は生検標本)を断片化し、コラゲナーゼII、クロストリジウムコラゲナーゼなどを用いて処理することで、髄核組織を断片化し、個々の細胞を解離させる(単一細胞懸濁液とする)という、一般的な手法のみが記載されている(段落〔0026〕、〔0029〕、〔0030〕、実施例1:段落〔0171〕~〔0174〕等)。
【0010】
一方、特許文献2及び非特許文献1には、椎間板組織(髄核)に含まれている細胞のうち、細胞表面マーカーとしてTie2及び/又はGD2が陽性である細胞が、髄核細胞の幹細胞又は前駆細胞というべき細胞であること、特にTie2及びGD2の両方が陽性である細胞(活性状態にある髄核幹細胞)が、球状コロニーを形成し、一連の分化カスケードを経て最終的に成熟した髄核細胞への分化能を有する(他にも脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞及び神経細胞への分化能も有する)こと、さらに髄核幹/前駆細胞を椎間板(髄核)に移植することによって、組織中でII型コラーゲン等の細胞外マトリックスを産生させることができ、椎間板組織を維持又は再構築し、椎間板変性症の予防又は治療ができる可能性があることなどが記載されている。
【0011】
より具体的な実施形態として、特許文献2及び非特許文献1には、椎間板組織(髄核)に含まれていた細胞集団をメチルセルロース培地にて浮遊培養することにより(付着型コロニーと共に)球状コロニーが形成されたこと、そのような球状コロニーは上述したTie2陽性(かつGD2陽性)細胞から導出されること、球状コロニー(その一部の細胞)ではII型コラーゲン及びプロテオグリカンが発現していることなどが記載されている(例えば、特許文献2の実施例、段落〔0067〕、〔0070〕等参照)。しかしながら、特許文献2及び非特許文献1にも、細胞外マトリックスを分解する物質(例えば、コラゲナーゼ)を含む培地中で、又は細胞付着性の培養表面上で(メチルセルロースが添加されてない培地を用いて)、球状コロニーを形成させることなく、髄核幹/前駆細胞(Tie2及び/又はGD2陽性細胞)を増殖させたり分化誘導したりすることについては、記載も示唆もされていない。
【0012】
また、特許文献2及び非特許文献1にも、椎間板髄核組織に由来する細胞集団の調製方法としては、組織をハサミなどで小片化した後、タンパク質消化酵素(トリプルエクスプレス、コラゲナーゼP)で消化するという、一般的な手法のみが記載されている(実施例:段落〔0048〕)。
【0013】
なお、特許文献2及び非特許文献1には、Tie2陽性髄核細胞(椎間板髄核幹/前駆細胞)を維持するためには、Tie2(受容体)とAng-1(アンジオポエチン-1、リガンド)との間のシグナル伝達機構が必要であり、Ang-1の存在化で培養する(Ang-1を強制発現させたAHESS5と共培養する)ことによりTie2陽性細胞を増幅できること、従って、Ang-1は髄核細胞の分化ヒエラルキーを制御するニッチ因子と考えられること、などが記載されている(実施例:段落〔0049〕、〔0069〕、〔0075〕等)。
【0014】
ところで、Tie2は血管内皮細胞にも発現しており、Tie2を活性化することにより、血管の成熟化、正常化又は安定化がもたらされること、例えば、腫瘍、慢性関節リウマチ、糖尿病網膜症、高脂血症、高血圧などで観察される無秩序な血管の増幅(血管新生)を抑制したり、しわを防止、改善したりできることなどが知られている。そのような作用を有するTie2活性化剤としては、例えば、ニッケイ(Cinnamomum)属植物由来の抽出物(いわゆるシナモンパウダー、特許文献3)、オリーブ果実エキス(特許文献4)、その他にもキラヤ、黄杞、銀杏、牡蠣、ウコン、菊、ナツメ、クコ、カミツレ、ブッチャーブルーム、サンザシ、スターフルーツ、ゲットウ、ハス、ルイボス、インディアンデーツ、カリン、シジュウムグァバ、ヒハツ、シベリアニンジン、マンゴージンジャー、高麗ニンジン、アキグミ、オカヒジキ、ハリギリ、リョウブ、ヤブカンゾウ、ハスイモ、ミツバウツギ、クサギ、ムベ、サンショウソウ、コナラ、クヌギ、アキノノゲシ、スイショウガキ、オオバコ、ノビル、ヤマモモ、ソウカクシ、オウセイ、ギョクチク、カロニンハゲキテなど(特許文献5~11)、様々な動植物由来抽出物が提案されている。さらに、Tie2活性化作用をもたらす成分としては、例えば、ウルソール酸、コロソリン酸、3-O-ガロイルプロシアニジンB-1、リノレン酸、13-ヒドロキシ-9Z,11E,15E-オクタデカトリエン酸、プロシアニジンB-2、エピカテキン-(4β-6)-エピカテキン(4β-8)-エピカテキン、プロシアニジンC-1、アストラガロシドVIII、ソヤサポニンI、3’-O-メチルガロカテキン、ピペルノナリン、シリンガレシノール、2-メトキシケイヒアルデヒド、エレウテロシドE、エレウテロシドE1、セサミン、ユーデスミン、シルバテスミン、ピノレジノール、ヤンガンビン、フォルシチノール、クマリンなどが提案されている(特許文献6、12~14)。
【0015】
例えば、特許文献3では、「Tie2活性化剤」に関する試験(実施例)として、ケイヒ熱水抽出物を添加した培地中で「Tie2を強制発現した血球系Baf3細胞」又は「正常ヒトさい帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)」を培養した場合、それらの細胞で発現したTie2タンパク質はリン酸化されたものがコントロールに比べて多いことを、ウェスタンブロッティング法により確認している(段落〔0024〕~〔0027〕、
図1~3等)。
【0016】
しかしながら、特許文献3~14には、椎間板から得られる髄核由来細胞集団(そこに含まれるTie2陽性幹/前駆細胞)の培養において、Tie2活性化剤を利用することや、それによりどのような作用効果がもたらされるかについては記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特許第5509073号公報(WO2009/009020対応)
【文献】特許第5863639号公報(WO2011/122601対応)
【文献】特開2009-263358号公報(WO2009/123211関連)
【文献】WO2016/060249
【文献】WO2012/073627
【文献】特開2012-236795号公報
【文献】特表2009-154237号公報
【文献】特開2011-201811号公報
【文献】特開2011-102275号公報
【文献】特開2011-102274号公報
【文献】特開2011-102273号公報
【文献】特開2014-97977号公報
【文献】特開2013-241356号公報
【文献】特開2011-102272号公報
【非特許文献】
【0018】
【文献】Sakai D et al., Nat Commun. 2012;3:1264
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
前述したように、椎間板変性症等の予防又は治療用の同種椎間板細胞製剤を製造するためには、II型コラーゲン、プロテオグリカン等の細胞外マトリックスを産生する機能的な髄核細胞が、ある程度まとまった量で必要となる。そのためには、例えば、椎間板ヘルニア患者の患部から切除された椎間板組織(髄核等)に含まれている、髄核細胞の幹細胞及び/又は前駆細胞であると考えられているTie2陽性細胞を効率的に増殖及び分化させて、機能的な髄核細胞を多量に産生する必要がある。特に、椎間板変性症等の患者に細胞製剤を投与したときの治療効果を高めるためには、椎間板に含まれるTie2陽性細胞(髄核幹/前駆細胞)を培養して分化誘導する際に、単に髄核細胞に分化させるのではなく、II型コラーゲン等の細胞外マトリックスの産生量の多い機能的な髄核細胞に、できるだけ効率的に分化させることが重要である。それとともに、上記のように分化誘導する前に、あらかじめ、組織から得られる細胞集団中のTie2陽性細胞(髄核幹/前駆細胞)を効率的に増幅しておくことも、最終的に得られる機能的な髄核細胞の数を増やすために重要である。つまり、一定数のTie2陽性細胞(髄核幹/前駆細胞)を含む細胞集団から、Tie2陽性細胞(髄核幹/前駆細胞)を効率的に増幅及び分化誘導することによって、最終的に調製され投与される細胞製剤(細胞集団)中の機能的な髄核細胞を豊富なものとするための、実用的な手段が求められている。
【0020】
また、前掲特許文献1及び2に記載されているような従来技術の典型的な実施形態においては、椎間板組織に含まれている髄核幹/前駆細胞を含む細胞集団を、メチルセルロースが添加された培地中で培養することによって、球状コロニー(円板球、スフェロイド)を形成させた後、髄核細胞に分化させていた。しかしながら、メチルセルロースは粘稠性が高い物質であるため、それが添加されている培地から生成した細胞集団(そこに含まれる有用な機能性髄核細胞)を無駄なく回収することは困難又は多大な労力を伴い、細胞製剤の効率的な生産と実用化の足かせとなっていた。
【0021】
本発明は、Tie2の発現が陽性である幹細胞及び/又は前駆細胞を含む細胞集団(例えば、椎間板由来の髄核幹/前駆細胞を含む細胞集団)から、用途に応じた所定の形質を有する細胞(例えば、II型コラーゲン等の細胞外マトリックスを産生する機能的な髄核細胞)を豊富に含む細胞集団を、効率的に調製するための手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、椎間板髄核組織に含まれているTie2陽性細胞(髄核幹/前駆細胞)を含む細胞集団を培養する際の、培養に供する細胞集団の状態や培養条件に着目して研究を進めた結果、上記の課題の解決に寄与しうる複数の特長的な技術的事項を見出した。それらの技術的特徴を備えた培養方法のうち、あるものは髄核幹/前駆細胞を増幅することを主な目的とする段階(増幅培養段階)の培養工程において、あるものは髄核幹/前駆細胞から機能的な髄核細胞へ分化誘導することを主な目的とする段階(分化培養段階)の培養工程において非常に有用であった。さらに、それらを組み合わせて順次又は同時に利用できること、特にそれらの培養方法を「融合」するようにして同時的に実施する培養工程とすることにより、発明の作用効果が相乗的に奏されることも見出された。
【0023】
すなわち、本発明は一側面において、椎間板組織に含まれているTie2陽性細胞(髄核幹/前駆細胞)に代表される、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の培養方法として、組み合わせ(好ましくは融合)が可能な、下記第1~第4の培養方法を提供する。
【0024】
第1培養方法
本発明によるTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の「第1培養方法」は、消化処理されていない組織中に存在する状態で、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法である。
【0025】
従来は、椎間板髄核組織に含まれる細胞集団を培養しようとする場合、採取された椎間板の髄核組織を細切した後、まずコラゲナーゼ等のタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)によって当該組織を消化する処理(消化処理)を行い、当該処理によって髄核組織から分離した細胞集団を回収して培養を始めることが一般的であった。しかしながら本発明者らは、髄核組織を細切した後、消化処理は行わず、その細切した髄核組織を培養液中に浮遊させて、細胞集団を組織中に留めたまま一定期間培養した場合、従来の消化処理を行った場合に比べて、細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞(髄核幹/前駆細胞)の比率が向上すること、また個々の細胞におけるTie2の発現も増強されることを見出した。このような作用効果は、髄核組織の消化処理を行わないことで、髄核幹/前駆細胞にとって好ましい、すなわち、アンジオポエチン-1(Ang-1)、VEGF-A等の増殖因子が存在し、Tie2陽性細胞を維持している組織中の微小環境(ニッチ)が壊されておらず(Ang-1等がないとTie2陽性細胞はやがてアポトーシスに向かう)、そのようなニッチ中に保持された状態の髄核幹/前駆細胞を含む細胞集団を用いて培養を開始することにより、Tie2の活性が維持されている(ニッチから細胞を単離してしまう従来の方法よりTie2の発現が増強されている)髄核幹/前駆細胞が速やかに増殖を開始できるため、培養後に得られる細胞集団において上記のような陽性率の向上や発現量の増加がもたらされるものと考えられる。
【0026】
しかも、髄核組織から細胞集団を分離して回収するという作業を行わずにすむことにより、髄核組織中に含まれている貴重なTie2陽性幹/前駆細胞を無駄なく利用することができる。例えば、椎間板ヘルニア患者から摘出されるヘルニア部分に含まれる髄核組織量はせいぜい1~2g程度であり、その髄核組織1gあたりに含まれるTie2陽性幹/前駆細胞は、患者の年齢等によっても変動するが、例えば概ね5万個程度である。さい帯血1ccに含まれる白血球数は106個オーダーであり、がん組織1gに含まれるがん細胞数は108個オーダーであることなどと比較すると、髄核組織中のTie2陽性幹/前駆細胞がいかに貴重なものかが分かる。そのようなTie2陽性幹/前駆細胞が、髄核組織から細胞集団を分離して回収するという作業を経ることによって減少してしまうことを防げる上に、Tie2陽性幹/前駆細胞の増幅培養にとって好ましいことになる点で、第1培養方法は、極めて有益なものである。
【0027】
第2培養方法
本発明によるTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の「第2培養方法」は、少なくとも1種の、増殖因子以外のTie2発現増強剤が添加された培地中で、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法である。
【0028】
Tie2陽性幹/前駆細胞は元来、Tie2(受容体チロシンキナーゼ)のリガンドであるアンジオポエチン-1(Ang-1)が結合することによって、Tie2の活性化(リン酸化)が亢進することは知られており、Ang-1を添加した培地中でTie2陽性幹/前駆細胞を培養する(Tie2の発現を増強する)方法は従来技術(先行技術文献等)によって公知となっている。また、FGF2(bFGF)も同様に、Tie2の発現を増強する作用を有する増殖因子として知られており、FGF2を添加した培地中でTie2陽性幹/前駆細胞を培養する方法も公知となっている。
【0029】
しかしながら、本発明者らは、Ang-1、FGF2等の増殖因子とは異なる種類のTie2発現増強剤、例えば、シナモンパウダーの抽出液のような植物由来抽出物であるTie2発現増強剤を、これまで報告のなかった髄核組織に由来するTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の培養に利用した場合、特に植物由来抽出物であるTie2発現増強剤をFGF2等の増殖因子と併用した場合、培養によって得られる細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞(髄核幹/前駆細胞)の比率が向上するなどの顕著な効果があることを見出した。
【0030】
本発明者らはさらに、上記の「第1培養方法」及び「第2培養方法」を組み合わせること(特に融合すること)によって相乗効果的に、髄核組織中のTie2陽性幹/前駆細胞(髄核幹/前駆細胞)を含む細胞集団から、当該幹/前駆細胞の細胞数又は比率の高い細胞集団が得られることも見出した。
【0031】
第3培養方法
一方、本発明によるTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の「第3培養方法」は、細胞の付着性を高める処理がなされた培養表面を有する培養容器で、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法である。
【0032】
従来は、他の多くの幹/前駆細胞と同様に、椎間板髄核組織に由来するTie2陽性細胞(髄核幹/前駆細胞)を含む細胞集団も、前掲特許文献1に記載されているように「細胞付着に干渉する条件下」で、すなわち低付着性の培養容器を用いたり、メチルセルロース培地を用いたりすることで、浮遊性の球状コロニーを形成させるようにして培養されていた。しかしながら本発明者らは、髄核幹/前駆細胞、好ましくは前述したような第1培養方法及び/又は第2培養方法によってTie2の発現が増強されている髄核幹/前駆細胞を含む細胞集団は、「細胞付着に干渉する条件下」ではなく、それとは逆に「細胞の付着性を高める処理(細胞付着性処理)がなされた培養表面を有する培養容器」、例えば、ポリリジンを含むコーティング剤が塗布されている培養容器を用いる二次元培養的な環境下で(メチルセルロース等を用いずに)、髄核幹/前駆細胞の球状コロニーを形成させることなく、その培養表面に付着させて培養することができることを見出した。
【0033】
このような第3培養方法を分化培養段階の工程において実施することにより、培養表面の処理がなされていない培養容器(又は逆に細胞の付着性を阻害する処理(低付着性処理)がなされた培養容器)を用いる場合と比べて、髄核幹/前駆細胞から機能的な髄核細胞(Col2陽性細胞等)への分化効率を向上させることができ、細胞集団中のCol2陽性細胞の数又は比率が高い細胞集団を調製することができる。
【0034】
なお、第3培養方法は、前述した第2培養方法と融合した方法として、増幅培養段階の培養工程において実施することもできる。すなわち、細胞付着処理がなされた培養容器及びTie2活性化剤が添加された培地においてTie2陽性幹/前駆細胞を培養すれば、二次元培養的な環境下で(メチルセルロース等を用いずに)Tie2陽性幹/前駆細胞を効率的に増幅することができる。
【0035】
第4培養方法
本発明によるTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の「第4培養方法」は、細胞外マトリックス分解剤が添加された培地中で、球状コロニーの形成を抑制しながら、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法である。
【0036】
従来、コラゲナーゼ又はその他のプロテアーゼのように、細胞外マトリックス(コラーゲン、プロテオグリカン等)を分解する作用を有する物質は、第1培養方法との関係で前述したように、採取された組織から細胞を分離するために用いること、あるいは幹/前駆細胞によって形成された球状コロニーを一度解離して、培地を交換し、再度球状コロニーを形成させるような培養方法において一時的に用いるのが通常であった。
【0037】
しかしながら、本発明者らは、コラゲナーゼ等の細胞外マトリックスを分解する作用を有する物質(細胞外マトリックス分解剤)を、全く異なる目的において(用途のために)利用できることを見出した。すなわち、本発明者らは、髄核細胞への分化能を有する髄核幹/前駆細胞のようなTie2陽性幹/前駆細胞(より好ましくは第1培養方法及び/又は第2培養方法によってTie2の発現が増強されているもの)であれば、驚くべきことに細胞外マトリックス分解剤を添加した培地中、つまり細胞外マトリックスによってTie2陽性幹/前駆細胞同士が結合している球状コロニーが形成できない状況下であっても培養できること、さらには増殖させながらII型コラーゲン、プロテオグリカン等の細胞外マトリックスの発現が陽性である細胞に分化誘導できることを見出した。
【0038】
本発明者らはさらに、上記の「第3培養方法」及び「第4培養方法」を組み合わせることによって、好ましくは培地中の細胞外マトリックス分解剤の種類及び濃度と培養容器表面のコーティング剤の種類とを適切に組み合わせた上で融合することによって、相乗効果的に、髄核幹/前駆細胞から、II型コラーゲン(Col2)陽性細胞のような機能的髄核細胞への分化の効率を著しく向上させることができ、Col2陽性細胞等の数又は比率が従来よりも著しく高い細胞集団を調製することができることも見出した。
【0039】
しかも、本発明者らは、第3培養方法及び/又は第4培養方法を用いることにより、Col2陽性細胞等の数又は比率が一定水準に達した段階において、Tie2陽性幹/前駆細胞も完全にはなくなっておらず、一定水準の数又は比率を留めた細胞集団が得られることも見出した。そのような細胞集団は、一定水準の数又は比率のTie2陽性幹/前駆細胞を含むことで、投与したときの椎間板髄核に対する治療効果等がより優れたものとなる有用性を有する。
【0040】
上記の各培養方法に基づき、本発明者らは、Tie2陽性幹/前駆細胞(髄核幹/前駆細胞等)を含む細胞集団から、当該Tie2陽性幹/前駆細胞から分化した目的細胞(Col2陽性髄核細胞等)を含む細胞集団への調製方法を構築した。この細胞集団の調製方法は、Tie2陽性幹/前駆細胞のTie2の発現を増強しながら増殖させることで、細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞を増幅するための培養段階(増幅培養段階)、並びに、Tie2陽性幹/前駆細胞を目的細胞へと分化誘導するための培養段階(分化培養段階)の少なくとも一方、好ましくは両方を含む。増幅培養段階は、上記の第1培養方法及び第2培養方法の少なくとも一方、好ましくは両方(これらが融合した方法であってもよい。)を実施する工程を含む。分化培養段階は、上記の第3培養方法及び第4培養方法の少なくとも一方、好ましくは両方(これらが融合した方法であってもよい。)を実施する工程を含む。第1培養方法及び第2培養方法の両方を(好ましくは融合した方法として)実施する工程を含む増幅培養段階、並びに第3培養方法及び第4培養方法の両方を(好ましくは融合した方法として)実施する工程を含む分化培養段階を備えた細胞集団の調製方法は、本発明における特に優れた実施形態であり、従来公知の調製方法に比べて、所定の機能性を有する目的細胞の数又は比率が飛躍的に向上した細胞集団を調製することができる。従来の調製方法においては、あるものは、細胞集団全体の細胞数又は髄核細胞の細胞数は一定の水準を満たすが、その中でCol2の発現が陽性であるなど機能性を有する髄核細胞はそれほど多くなく、別のものは、細胞集団中のCol2陽性細胞の比率や個々の細胞の発現量は一定の水準を満たすが、Col2陽性細胞の絶対的な数が足りない(一人のドナーから採取できる髄核組織から増やせるCol2陽性細胞の数に限界がある)、という状況であった。このように、髄核に関する細胞集団について、Col2陽性細胞の数と発現量(発現の強さ)を両立することは困難であったが、本発明の調製方法はその両立に成功した、これまでに提案されていない画期的な調製方法といえる。
【0041】
別の見方をすれば、従来は(Tie2陽性)幹/前駆細胞が足場非依存的な増殖能を有し、球状コロニーを形成することができる性質を利用するために、また当該幹/前駆細胞から分化した細胞を培養表面(足場)上で培養することにより所望の機能性を失ってしまうことを避けるために、採取した組織に含まれている細胞集団を、メチルセルロース培地中又は低付着性の培養表面上で培養しながら、当該幹/前駆細胞から所定の機能性を有する目的細胞へと分化させる方法が採用されていた。本発明者らは、上記の各培養方法(特に第3培養方法及び第4培養方法)により、粘稠性が高く細胞の回収を困難なものとするメチルセルロースを用いることなく、また細胞が培養表面に付着することを許容する環境下で、(Tie2陽性)幹/前駆細胞の増殖及び当該幹/前駆細胞から所定の機能性を有する目的細胞へ分化の効率性を著しく高め、産生された細胞集団を培地中から容易かつ無駄なく回収できる、画期的な方法を見出したと言える。
【0042】
上記の培養方法及び調製方法に関連して、特に第1培養方法及び増幅培養工程に関連して、本発明者らは、消化処理されていない組織中に存在する状態で、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を凍結保存することにより、Tie2が活性化及び/又は発現された状態を維持する、あるいは細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞の減少を抑制することのできる、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の好ましい保存方法を見出した。従来は、採取された椎間板髄核組織に含まれるTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団について、比較的時間のかかるコラゲナーゼ等を用いた消化処理により当該組織から分離した後に、細胞集団のみを凍結保存することは行われていた。しかしながら、採取された椎間板髄核組織を直ちに凍結保存することによって、作業工程上の利便性が向上すると共に、(特に若年者のドナーから採取された)組織中の良好なニッチが保たれた状態のまま細胞集団を維持することができる。そのような凍結保存された組織を解凍した後は、前述した第1培養方法により、解凍された組織を培地に入れて細胞集団を培養し、Tie2陽性幹/前駆細胞を効率的に増幅することができる。
【0043】
上述した技術思想を、詳細は後述する(好ましい)実施形態と組み合わせて具体化すれば、本発明は例えば、少なくとも下記の事項を包含する発明として表現することができる。
【0044】
[1]
Tie2(tyrosine kinase with Ig and EGF homology domain-2)の発現が陽性である幹細胞及び/又は前駆細胞(以下「Tie2陽性幹/前駆細胞」という。)を含む細胞集団の培養方法であって、
消化処理されていない組織中に存在する状態で、当該Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法(以下「第1培養方法」という。)。
[2]
前記Tie2陽性幹/前駆細胞が、椎間板の髄核組織に由来するTie2陽性幹/前駆細胞である、項1に記載の第1培養方法。
[3]
前記消化処理されていない組織が椎間板の髄核組織である、項1又は2に記載の第1培養方法。
[4]
前記消化処理されていない組織が、凍結保存された組織を解凍した組織である、項1~3のいずれか一項に記載の第1培養方法。
[5]
細胞集団中の前記Tie2陽性幹/前駆細胞を増幅する際に行われるものである、項1~4のいずれか一項に記載の第1培養方法。
【0045】
[6]
Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の培養方法であって、
少なくとも1種の、増殖因子以外のTie2発現増強剤が添加された培地中で、当該Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法(以下「第2培養方法」という。)。
[7]
前記増殖因子以外のTie2発現増強剤が、動植物由来抽出物である、項6に記載の第2培養方法。
[8]
前記植物が、ニッケイ(Cinnamomum)属の植物である、項7に記載の第2培養方法。
[9]
細胞集団中の前記Tie2陽性幹/前駆細胞を増幅する際に行われる、項6~8のいずれか一項に記載の第2培養方法。
【0046】
[10]
Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の培養方法であって、
細胞の付着性を高める処理がなされた培養表面を有する培養容器で、当該Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法(以下「第3培養方法」という。)。
[11]
前記Tie2陽性幹/前駆細胞が、Tie2発現増強処理がなされているものである、項10に記載の第3培養方法。
[12]
前記細胞の付着性を高める処理が、細胞外マトリックス及び/又はポリアミノ酸を含有するコーティング剤を塗布する処理である、項10又は11に記載の第3培養方法。
[13]
細胞集団中の前記Tie2陽性幹/前駆細胞を目的細胞に分化させる際に行われる、項10~12のいずれか一項に記載の第3培養方法。
[14]
前記細胞外マトリックス及び/又はポリアミノ酸として、IV型コラーゲン、フィブロネクチン及びポリリジンからなる群より選択される少なくとも1種以上を用いる、項12又は13に記載の第3培養方法。
[15]
細胞集団中の前記Tie2陽性幹/前駆細胞を増幅する際に行われるものである、項10~14のいずれか一項に記載の第3培養方法。
[16]
前記細胞外マトリックスがゼラチンである、項12~15のいずれか一項に記載の第3培養方法。
【0047】
[17]
Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の培養方法であって、
細胞外マトリックス分解剤が添加された培地中で、球状コロニーの形成を抑制しながら、当該Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法(以下「第4培養方法」という。)。
[18]
前記Tie2陽性幹/前駆細胞が、Tie2発現増強処理がなされているものである、項17に記載の第4培養方法。
[19]
前記細胞外マトリックス分解剤が、少なくともII型コラーゲンに対する分解活性を有するプロテアーゼを含む、項17又は18に記載の第4培養方法。
[20]
細胞集団中の前記Tie2陽性幹/前駆細胞を目的細胞に分化させる際に行われる、項17~19のいずれか一項に記載の第4培養方法。
【0048】
[21]
Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の調製方法であって、
項5に記載の第1培養方法及び/又は項9に記載の第2培養方法を実施する工程を含む、Tie2陽性幹/前駆細胞のTie2の発現を増強するとともに、細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞を増幅するための培養段階(以下「増幅培養段階」という。)
を含む、調製方法。
[22]
前記増幅培養段階において実施する工程が、前記第1培養方法及び前記第2培養方法を同時に実施する工程である、項21に記載の調製方法。
[23]
前記増幅培養段階が、Tie2発現増強剤としてTie2発現増強作用を有する増殖因子のみが添加された培地中でTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する工程をさらに含む、項21又は22に記載の調製方法。
【0049】
[24]
Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団から、当該Tie2陽性幹/前駆細胞から分化した目的細胞を含む細胞集団の調製方法であって、
項13若しくは14に記載の第3培養方法及び/又は項20に記載の第4培養方法を実施する工程を含む、Tie2陽性幹/前駆細胞を目的細胞へと分化誘導するための培養段階(以下「分化培養段階」という。)
を含む、調製方法。
[25]
前記分化培養段階において実施する工程が、前記第3培養方法及び前記第4培養方法を同時に実施する工程である、項24に記載の調製方法。
[26]
前記目的細胞が、少なくともII型コラーゲンを発現する細胞である、項24又は25に記載の調製方法。
[27]
前記少なくともII型コラーゲンを発現する細胞が髄核細胞である、項26に記載の調製方法。
[28]
前記分化培養段階によって、Tie2陽性幹/前駆細胞も残存している細胞集団を得る、項24~27のいずれか一項に記載の調製方法。
[29]
Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団から、当該Tie2陽性幹/前駆細胞から分化した目的細胞を含む細胞集団への調製方法であって、
項21~23のいずれか一項に記載の増幅培養段階、及び
項24~28のいずれか一項に記載の分化培養段階
を含む、調製方法。
【0050】
[30]
項1~20のいずれか一項に記載の培養方法によって得られた細胞集団。
[31]
項1~20のいずれか一項に記載の培養方法における培地と、当該培養方法に供される、培養されている又は得られた細胞集団とを含有する培養物。
[32]
項21~29のいずれか一項に記載の調製方法における、増幅培養段階及び/又は分化培養段階によって得られた細胞集団。
[33]
項21~29のいずれか一項に記載の調製方法における、増幅培養段階用培地又は分化培養段階用培地と、各々、当該増幅培養段階又は分化培養段階に供される、培養されている又は得られた細胞集団とを含有する培養物。
【0051】
[34]
項30又は32に記載の細胞集団を含有する、細胞治療用組成物。
[35]
椎間板の障害、変性又はヘルニアが症状として表れる疾患に対する治療又は予防用である、項34に記載の細胞治療用組成物。
【0052】
[36]
Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の保存方法であって、
消化処理されていない組織中に存在する状態で、当該Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を凍結保存することにより、Tie2が活性化及び/又は発現された状態を維持する、あるいは前記細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞の減少を抑制する、保存方法。
【発明の効果】
【0053】
本発明のTie2陽性幹/前駆細部の培養方法により、好ましくはTie2陽性幹/前駆細胞を増幅することを主目的とする増幅培養工程と、Tie2陽性幹/前駆細胞から所定の形質を有する成熟細胞へと分化誘導することを主目的とする分化培養工程を含む培養方法により、目的細胞を豊富に含む細胞集団を調製することができる。そのような本発明の培養方法に基づいて得られた細胞集団を利用することにより、所定の疾患の治療又は予防のために効果的な細胞製剤を効率的に製造することが可能となる。
【0054】
また、本発明では、前掲特許文献1及び2などに記載されている従来技術で用いられている、メチルセルロースのように粘稠性の高い成分を培地に添加する必要がないので、Tie2陽性幹/前駆細胞又はそれから分化誘導された目的細胞を含む細胞集団を、培地から無駄なく回収することが可能となる。
【0055】
本発明の代表的な実施形態によれば、椎間板ヘルニア患者の手術により少量しか採取することのできない椎間板(髄核)を用いて、そこに含まれているTie2陽性幹/前駆細胞(髄核幹細胞等)を効率的に増殖及び分化させることにより、移植したときに高い治療効果が期待できる好適な細胞集団、すなわち、II型コラーゲン等の細胞外マトリックスの産生能の高い機能的な髄核細胞を豊富に含む(また多少のTie2陽性幹/前駆細胞も残存している)細胞集団を、簡単に、高効率に、再現性よく、大量に得ることができる。従来は、そのような好適な細胞集団の作製は不可能ないし困難であったが、本発明により可能となるため、かかる細胞集団(を含有する細胞製剤)の投与による椎間板の再生療法が飛躍的に行いやすくなり、産業化が現実的なものとなる。
【0056】
なお、本発明の第4培養方法の作用効果が奏される理由については、例えば、
図1に示すような原理が働いているためと予想される。但し、この予想は本発明の理解を補助するためのものであって、本発明を不必要に束縛するものではない。仮に
図1に示すものとは異なる原理や作用機序に基づいて本発明の作用効果の一部又は全部が奏されていることが事後的に判明したとしても、現実に確認することのできる本発明の作用効果やそのための本発明の構成要件が、以下の
図1に基づく説明によって否定されるものではない。
【0057】
図1[A]は、Tie2陽性幹/前駆細胞(例えば、髄核幹/前駆細胞)を含む細胞集団を、二次元培養(単層静置培養)により増殖及び分化させる場合の、培養細胞の様子を表す。培養容器(フラスコ等)の培養表面は、あらかじめ細胞外マトリックス(ECM)を含むコーティング剤を塗布するなど、細胞が付着できるような表面処理がなされている場合がある。幹/前駆細胞は培養容器の培養表面に付着し、その培養面上で伸展、増殖しながら分化する。このような二次元培養では、培養面上に塗布されていたECM又は培養細胞から分泌されたECMと、培養細胞表面に発現している結合タンパク質(インテグリン等)との相互作用により、やがてECMの産生及び分泌を停止する細胞内シグナル伝達が発生する。例えば、髄核由来細胞集団を二次元培養する場合は、当該細胞集団にもともと含まれている成熟髄核細胞と共に、当該細胞集団に含まれている髄核幹/前駆細胞が増殖しながら分化して生成した成熟髄核細胞から、II型コラーゲン、プロテオグリカン等のECMが盛んに分泌される。しかしながら、培養期間の経過と共に、やがて上述したような細胞内シグナル伝達によりII型コラーゲン等の産生及び分泌が停止し(代わってI型コラーゲンの産生及び分泌が増加し)、線維芽細胞様の表現型を示すようになるなど、成熟髄核細胞の脱分化が引き起こされる。従って、一般的な二次元培養では、細胞集団中の細胞数を増加させことと、特定の形質を保持した(脱分化していない)細胞の割合を高めることの両立は難しいと考えられる。なお、本発明の第3培養方法においては、好ましくはTie2の発現が増強されているTie2陽性幹/前駆細胞を用いることによって、二次元培養でもII型コラーゲン等を発現する髄核細胞を一定の割合で含む細胞集団を比較的容易に調製することが可能となっている。
【0058】
図1[B]及び[C]は、Tie2陽性幹/前駆細胞(例えば、髄核幹/前駆細胞)を含む細胞集団を、メチルセルロース含有培地(細胞外マトリックス(ECM)分解剤は添加されていない)又は低吸着性培養容器を用いた培養により増殖及び分化させる場合の、培養細胞の様子を表す。前記
図1[A]の二次元培養と異なり、
図1[B]に示すような培養では、培養容器の培養表面上のECM等と培養細胞との相互作用は起きず、その相互作用によるECMの産生及び分泌を停止する細胞内シグナル伝達も発生しない。従って、培養の初期においては、Tie2陽性幹/前駆細胞はECMを産生及び分泌しながら増殖し、やがて球状コロニーを形成する。しかしながら、形成された球状コロニーにおいて、Tie2陽性幹/前駆細胞又はそれらから分化した細胞(例えば、髄核細胞)同士は互いに、分泌されたECMを介して接触することになる。そのため、
図1[C]に示すように、培養期間の経過と共に、ECMと培養細胞との相互作用が起こるようになり、その相互作用によってECM産生停止シグナルが発生し、
図1[A]と同様の脱分化が引き起こされる。従って、
図1[B]及び[C]に示すような培養方法では、球状コロニーとして回収される細胞集団において、所定のECM(例えば、II型コラーゲン)の発現が陽性である細胞の比率を一定水準以上に高めることは困難である。
【0059】
図1[D]は、本発明の第4培養方法に従って、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を、細胞外マトリックス(ECM)分解剤が添加された培地(メチルセルロース等は含有していない)を用いた培養により増殖及び分化させる場合の、Tie2陽性培養細胞の様子を表す。このような培養方法においても、
図1[B]と同様に、幹/前駆細胞又はそれらから分化した細胞同士からECMは分泌される。しかしながら、培地に添加されているECM分解剤により、細胞外に分泌されたECMは絶えず分解されるので、球状コロニーは形成されず、低吸着性の培養容器を用いなくても培養表面に細胞は付着しない。また、本発明の第3・第4培養方法において、
図1[A]の二次元培養と同様に、培養容器の培養表面にあらかじめECMを含むコーティング剤が塗布されていたとしても、その培養表面への細胞の付着は弱いものに留まる。従って、ECMと培養細胞との相互作用に起因するECM産生停止シグナルは抑制され、
図1[A]や
図1[B]及び[C]のときのような脱分化は起こりにくくなるため、所定のECM(例えば、II型コラーゲン)の発現が陽性である細胞の比率が従来技術より向上した細胞集団を調製できる。
【0060】
なお、培地中のECM分解剤によって細胞外に分泌されたECMは分解されるが、細胞内のECMは分解されず蓄積が進む。そのため、本発明の第4培養方法を分化培養段階の工程において実施した後、得られた細胞集団を培地中から回収して細胞製剤を製造すれば、その細胞製剤が投与された組織において、細胞内に蓄積されていたECMは速やかに細胞外へ分泌されて細胞集団の生存に適した環境を創出することができ、投与された細胞からのその後のECMの産生及び分泌(すなわち細胞製剤による治療効果)を促進できるものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【
図1】
図1は、通常の二次元培養(単層静置培養)、従来の細胞外マトリックス(ECM)分解剤を含まない培地を用いた浮遊培養、及び本発明の第4培養方法による、ECM分解剤を含む培地を用いた浮遊培養のそれぞれにおける、ECMの産生又は分解と培養細胞との相互作用を模式的に表した図と、それぞれの培養細胞の写真を示している。A(通常の二次元培養):付着分子を介して髄核(NP)細胞が培養フラスコの培養面に付着することで、ECM産生停止シグナルが伝達される。B(低吸着性フラスコ、メチルセルロース培地等による浮遊培養):フラスコ培養面接触がなく、ECM産生停止シグナルは伝達されない(×印おび点線の矢印)。C(培地中に酵素なし):自ら産生したECMが培養面と同等の作用を示し(矢印)、ECM産生停止シグナルが細胞内へと伝達される。D(培地中に酵素あり):自ら産生した細胞外ECMが分解されECM産生停止シグナルは細胞内へ伝達されないが(×印おび点線の矢印)、ECMの細胞内への蓄積は起きている。
【
図2】
図2は、試験例1(増幅培養段階:第1培養工程)における、Tie2陽性率の結果を表すグラフである。
【
図3】
図3は、試験例1(増幅培養段階:第1培養工程)における、Tie2平均蛍光強度(MFI)の結果を表すグラフである。
【
図4】
図4は、試験例2(増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程)における、Tie2陽性率の結果を表すグラフである。
【
図5】
図5は、試験例2(増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程)における、髄核組織1gあたりから産生されるTie2陽性細胞数の結果を表すグラフである。
【
図6】
図6は、試験例3(増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3培養工程)における、II型コラーゲン(Col2)陽性率の結果を表すグラフである。
【
図7】
図7は、試験例3(増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3培養工程)における、髄核組織1gあたりから産生されるII型コラーゲン(Col2)陽性細胞数の結果を表すグラフである。
【
図8】
図8は、試験例4(増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3・第4培養工程)における、プロテオグリカン(PG)陽性率の結果を表すグラフである。
【
図9】
図9は、試験例4(増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3・第4培養工程)における、II型コラーゲン(Col2)陽性率の結果を表すグラフである。
【
図10】
図10は、試験例5(増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3・第4培養工程 その2)における、プロテオグリカン(PG)及びII型コラーゲン(Col2)の陽性率の結果を表すグラフである。GEL:ゼラチン、Col1:I型コラーゲン、Col4:IV型コラーゲン、FN:フィブロネクチン、PLL:ポリ-L-リジン(
図11も同様)。
【
図11】
図11は、試験例6(増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3・第4培養工程 その3)における、プロテオグリカン(PG)及びII型コラーゲン(Col2)の陽性率の結果を表すグラフである。
【
図12】
図12は、試験例5-12における細胞集団の光学顕微鏡写真である。
【
図13】
図13は、試験例7(分化培養段階:第3培養工程)における、Tie2陽性率の結果を表すグラフである。
【
図14】
図13は、試験例7(分化培養段階:第3培養工程)における、総Tie2陽性細胞数の結果を表すグラフである。
【
図15】
図13は、試験例7(分化培養段階:第3培養工程)における、Col2陽性率の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0062】
-用語-
「幹細胞」は、自己複製能及び分化能(全能性(totipotent)、多能性(pluripotent)、複能性(multipotent)又は単能性(unipotent))を有する細胞を指す用語である。「前駆細胞」は、最終的にはすべて終末分化した細胞になるため厳密な意味での自己複製能を有さないが、比較的活発に増殖しながら所定の細胞へと分化してゆく分化能を有する細胞を指す用語である。当業者によって一般的に「幹細胞」又は「前駆細胞」を含む名称で理解されている(特定されている)細胞は、本明細書における「幹細胞」又は「前駆細胞」に該当する。
【0063】
本明細書において、「幹細胞及び/又は前駆細胞」は、幹細胞、前駆細胞又はその両方を包含する表記であり、「幹/前駆細胞」と表記することもある。また、本明細書において、幹細胞及び/又は前駆細胞を含む細胞集団を「幹/前駆細胞集団」と表記し、幹細胞及び/又は前駆細胞から分化し成熟した細胞(終末分化細胞)を含む細胞集団を「成熟細胞集団」と表記することがある。
【0064】
「幹細胞」及び「前駆細胞」は、一般的には、1種又は2種以上の特定の遺伝子(マーカー遺伝子、細胞マーカー)の発現が陽性又は陰性であることをもって、他の細胞と区別することができる。すなわち、前述したような自己複製能及び/又は分化能を有する「幹細胞」及び「前駆細胞」は、それぞれ特定のマーカー遺伝子の発現が陽性又は陰性である細胞を指す用語として定義することもできる。
【0065】
マーカー遺伝子(細胞マーカー)の発現が「陽性」であるか「陰性」であるかは、一般的な手法に従って、その遺伝子(ゲノム)から転写されるmRNA又はそのmRNAから翻訳されるタンパク質の発現量を定量的又は定性的に測定し、その発現量が一定水準以上である(又は一定水準を超える)場合に陽性、一定水準以下である(又は一定水準に満たない)場合に陰性、と判定することができる。タンパク質の発現量は、例えば、フローサイトメトリー、免疫染色、ELISAといった、当該タンパク質に特異的な抗体及び標識剤などを用いた免疫学的アッセイにより、定量的又は定性的に測定することができる。なお、Tie2タンパク質は細胞表面に発現するタンパク質のであり、Col2は細胞内部に発現するタンパク質であり、それぞれ細胞表面及び細胞内部に存在するタンパク質を検出する手法(免疫蛍光染色法等)として適切なものを用いればよい。mRNAの発現量は、例えば、RT-PCR、マイクロアレイ、バイオチップといった、当該mRNAに特異的な(相補的な)核酸及び標識剤や核酸増幅方法(手段)などを用いたアッセイにより、定量的又は定性的に測定することができる。細胞集団中の、所定のマーカー遺伝子(細胞マーカー)の発現が陽性又は陰性である細胞の比率(陽性率又は陰性率)は、細胞集団中の全細胞の数と、上記のような方法により陽性又は陰性であると判定された細胞の数をそれぞれ、上記のような各種の方法により、例えば、フローサイトメトリーにおける計測により、算出することができる。
【0066】
本明細書において、「Tie2の発現が陽性である幹細胞及び/又は前駆細胞」すなわち「Tie2陽性幹/前駆細胞」は、細胞マーカーの一つとして知られているTie2(tyrosine kinase with Ig and EGF homology domain-2)の発現が、例えば、フローサイトメトリーによりタンパク質としての発現が、陽性であると判定される、幹細胞及び/又は前駆細胞としての形質を備える細胞を指す。本発明における代表的なTie2陽性幹/前駆細胞は、「椎間板の髄核組織に由来する」Tie2陽性幹/前駆細胞、すなわち椎間板の髄核中に存在する(髄核から採取可能な)Tie2陽性幹/前駆細胞又はそのTie2陽性幹/前駆細胞を継代して得られるTie2陽性幹/前駆細胞であり、以下に述べる「髄核幹/前駆細胞」に相当する細胞である。
【0067】
本明細書において、「目的細胞」は、Tie2陽性幹/前駆細胞から所定の分化誘導によって得られる、用途に応じた機能性を有する細胞、より具体的には、所定の遺伝子(細胞マーカー)の発現が、例えばフローサイトメトリーにより、タンパク質としての発現が陽性又は陰性であると判定される細胞を指す。本発明における代表的な目的細胞は、以下に述べる「髄核細胞」のうち、Col2、アグリカン等の細胞外マトリックス(ECM)の遺伝子の発現が陽性であるものである。
【0068】
本発明において「髄核細胞」は、椎間板(髄核)中の細胞集団の多数を占める、成熟して終末分化に達した細胞、又はそれと同等の形質を有する培養細胞を指す。髄核細胞は、具体的には、マーカー遺伝子として、Tie2及びGD2が陰性である(さらに、通常はCD24が陽性である)、また細胞外マトリックスのうち少なくともII型コラーゲンが陽性である(さらに、通常はプロテオグリカン(アグリカン)も陽性である)細胞として定義することができる。例えば、フローサイトメトリーにより、タンパク質(細胞マーカー)として、Tie2及びGD2が陰性(かつCD24が陽性)であり、II型コラーゲンが陽性(かつアグリカンも陽性)であると判定される細胞は、本発明における髄核細胞に該当する。なお、II型コラーゲン、アグリカン等の細胞外マトリックスについては、それらのタンパク質の産生量をフローサイトメトリーにより測定すると共に、それらのmRNAの発現量をリアルタイムPCR等により測定してもよい。
【0069】
本発明において「髄核幹/前駆細胞」は、椎間板の髄核組織中の細胞集団の一部を占める、少なくとも髄核細胞への分化能を有する前駆細胞(髄核前駆細胞)及び当該前駆細胞への分化能と自己複製能とを有する幹細胞(髄核幹細胞)、又はそれと同等の形質を有する培養細胞をまとめて指す。髄核幹/前駆細胞は、具体的には、マーカー遺伝子として、Tie2及び/又はGD2が陽性である細胞として定義することができる。例えば、フローサイトメトリーにより、タンパク質(細胞マーカー)として、Tie2が陽性かつGD2が陰性、Tie2が陽性かつGD2が陽性、又はTie2が陰性かつGD2が陽性、のいずれかであると判定される細胞は、本発明における髄核幹/前駆細胞に該当する。
【0070】
なお、前掲特許文献2では、髄核由来細胞の細胞マーカーとしてTie2及びGD2の発現状態に基づき、Tie2が陽性である細胞を「椎間板髄核幹細胞」(このうち、GD2が陰性である細胞は休眠状態にあるもの、GD2が陽性である細胞は活性状態であるもの)、Tie2が陰性かつGD2が陽性である細胞を「椎間板前駆細胞」、Tie2が陰性かつGD2が陰性である細胞を「分化を終えた、成熟した椎間板髄核細胞」に分類している(段落〔0024〕、〔0025〕、〔0032〕)。また、特許文献2では、髄核細胞の分化ヒエラルキーにおいて現れる細胞について、(i)Tie2陽性かつGD2陰性(さらにCD24陰性、CD44陽性/陰性、CD271陽性、Flt1陽性)である細胞、(ii)Tie2陽性かつGD2陽性(さらにCD24陰性、CD44陽性、CD271陽性、Flt1陽性)である細胞、(iii)Tie2陰性かつGD2陽性(さらにCD24陰性、CD44陽性、CD271陽性/陰性、Flt1陽性/陰性)である細胞、(iv)Tie2陰性かつGD2陽性(さらにCD24陽性、CD44陽性、CD271陰性、Flt1陰性)である細胞、(v)Tie2陰性かつGD2陰性(さらにCD24陽性、CD44陽性、CD271陰性、Flt1陰性)である細胞、に分類しており、上記(i)~(iii)に対して「椎間板髄核幹/前駆細胞」(NP stem/progenitor cells)、上記(iii)~(v)に対して「髄核コミット細胞」(NP committed cells)という表記を用いている(
図7-2参照)。表記の仕方は相違しているが、特許文献2の「椎間板髄核幹細胞」及び「椎間板髄核前駆細胞」、すなわち上記(i)~(iv)の細胞が本発明における「髄核幹/前駆細胞」に相当し、特許文献2の「分化を終えた、成熟した椎間板髄核細胞」、すなわち上記(v)の細胞が本発明における「髄核成熟細胞」に相当する。必要に応じて、本発明における細胞を、特許文献2に記載された定義(特に、CD24など、Tie2及びGD2以外の1種又は2種以上の細胞マーカーについての陽性か陰性かの定義)に従う細胞に置き換えることが可能である。
【0071】
本発明において「球状コロニー」は、幹細胞及び/又は前駆細胞を含み、さらにそれらから分化した細胞を含んでいてもよい、球状の細胞集合体である。「球状コロニー」は、当業者から一般的に「スフェアー」、「スフェロイド」などと呼ばれることもある物体であり、前掲特許文献2における「円板球」(discosphere)又は「浮遊性球構造体」(free floating circular-spherical structure)も「球状コロニー」に相当する物体である。
【0072】
本発明において「Tie2の発現が増強されている」(Tie2発現増強)とは、個々の幹/前駆細胞において、Tie2遺伝子の発現が増強されている、すなわち通常よりも発現が亢進し、mRNA又はタンパク質としての発現量が増加していることをいう。通常であればTie2遺伝子の発現がほとんど消失してしまうような条件下であっても、発現が消失せず一定水準の発現量を保つこと、つまりTie2の発現が維持されることも、「Tie2の発現が増強されている」ことに該当する。また、個々の幹/前駆細胞においてそのようにTie2の発現が増強された結果、細胞集団中における、Tie2のmRNA又はタンパク質の発現が陽性であると判定される細胞数が増加すること、すなわち細胞集団中のTie2陽性細胞の比率が通常よりも高くなることも、「Tie2発現増強」の表れであると解することができる。
【0073】
より具体的には、例えば、あらかじめTie2発現増強処理を施した細胞集団(Tie2発現増強処理群)と施していない細胞集団(コントロール群)に対して、細胞表面のTie2タンパク質を蛍光標識する処理を施し、フローサイトメトリーでの測定により、コントロール群に比べてTie2発現増強処理群の方が、所定の水準より蛍光強度が高く発現が陽性であると判定される細胞の比率が高い、及び/又は細胞1個あたりの平均蛍光強度が高い場合は、Tie2発現増強処理群の細胞集団(に含まれるTie2発現細胞)は、Tie2の発現が増強されている(換言すれば、Tie2発現増強処理は所定の役割を果たしている)といえる。さらに、形態学的な観察においては、Tie2の発現が増強されている細胞は紡錘形をしている(そうでない細胞は球形に近い)ことを持って区別することもできる。
【0074】
本発明において、上記のような「Tie2発現増強」の作用効果を奏する剤を本発明では「Tie2発現増強剤」という。なお、一部の増殖因子(FGF2等)は、Tie2発現増強作用を有し、「Tie2発現増強剤」の一種に該当するともいえるので、そのような増殖因子を除く場合は「増殖因子以外のTie2発現増強剤」という。
【0075】
本発明において、第1培養方法及び/又は第2培養方法を実施することは、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団に対して「Tie2発現増強処理」を施すことに該当する。
【0076】
-培養方法-
本発明による、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の第1~第4培養方法は次の通りである:
第1培養方法:消化処理されていない組織中に存在する状態で、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法;
第2培養方法:少なくとも1種の、増殖因子以外のTie2発現増強剤が添加された培地中で、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法;
第3培養方法:細胞の付着性を高める処理がなされた培養表面を有する培養容器で、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法;
第4培養方法:細胞外マトリックス分解剤が添加された培地中で、球状コロニーの形成を抑制しながら、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する方法。
【0077】
本発明の第1~第4培養方法は、単独で実施してもよいし、複数を組み合わせて、順次又は同時に実施してもよい。第1~第4培養方法から選ばれる複数の培養方法を組み合わせて同時に実施するとは、その選ばれた培養方法を融合すること、つまりその選ばれた培養方法に係る技術的事項を全て満たす培養方法を実施することを意味する。例えば、第1培養方法及び第2培養方法は、組み合わせて順次又は同時に(融合して)実施することができる(これらを融合した方法を「第1・第2培養方法」ということがある。)。第3培養方法及び第4培養方法も、組み合わせて順次又は同時に(融合して)実施することができる(これらを融合した方法を「第3・第4培養方法」ということがある。)。
【0078】
本発明の第1~第4培養方法を実施する目的は特に限定されるものではない。第1~第4培養方法はそれぞれ、本発明の増幅培養段階(又はこれに相当する段階)、分化培養段階(又はこれに相当する段階)、その他の段階のいずれにおいて実施することも可能である。
【0079】
本明細書中、第1~第4培養方法に関する記載(さらにそれらを実施する第1~第4培養工程)は、特段の断り書きがない場合、それぞれを単独の方法(工程)として実施する場合だけでなく、他の方法(工程)と融合した方法(工程)として実施する場合の記載として、適宜読み替えることができる。
【0080】
本発明の第4培養方法の適用対象とする細胞集団に含まれるTie2陽性幹/前駆細胞、及び当該幹/前駆細胞から分化した細胞は、細胞外マトリックス分解剤を含有しない通常の培地中では、細胞外に分泌された細胞外マトリックスにより互いに結合して球状コロニー(スフェロイド)を形成する細胞であっても、本発明に従って培地に細胞外マトリックス分解剤を添加した場合は、球状コロニー(スフェロイド)の形成が抑止されるという作用効果が奏される細胞であればよく、細胞の種類は特に限定されるものではない。
【0081】
本発明の代表的な実施形態において、Tie2陽性幹/前駆細胞から分化した細胞は、一般的な細胞よりも多くの細胞外マトリックスを産生し分泌する細胞、例えば、椎間板髄核組織において細胞外マトリックスを産生し分泌する役目を担っている、髄核細胞である。成熟した髄核細胞は、細胞外マトリックスとして、少なくともII型コラーゲンを発現し、その他にもプロテオグリカン(アグリカン)などの細胞外マトリックスを発現する。本発明の好ましい実施形態においては、Tie2陽性幹/前駆細胞から、こうしたII型コラーゲン、プロテオグリカン(アグリカン)等の細胞外マトリックスを発現する細胞、特にII型コラーゲンの、mRNAとしてだけではなく、タンパク質としての発現量(産生量)に優れた、機能的な髄核細胞への分化がなされる。
【0082】
-調製方法(培養工程)-
本発明による、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団から、Tie2陽性幹/前駆細胞から分化した目的細胞を含む細胞集団への調製方法は、次のような増幅培養段階及び/又は分化培養段階、好ましくは増幅培養段階及び分化培養段階の両方を(増幅培養段階が先、分化培養段階が後の順番で)含む:
増幅培養段階:Tie2陽性幹/前駆細胞のTie2の発現を増強するとともに、細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞を増幅するための培養段階;
分化培養段階:Tie2陽性幹/前駆細胞を目的細胞へと分化誘導するための培養段階。
【0083】
・増幅培養段階に関する工程
本発明の好ましい実施形態において、第1培養方法及び第2培養方法は、増幅培養段階の工程において実施される。第1培養方法及び第2培養方法は、いずれか一方のみを実施してもよいし、両方を実施してもよい。第1培養方法及び第2培養方法の両方を実施する場合、増幅培養段階において、第1培養方法を実施する工程(本明細書において「第1培養工程」という。)及び第2培養方法を実施する工程(本明細書において「第2培養工程」という。)は、順次行われる別個の工程としてもよいし(第1培養工程が先、第2培養工程が後になる。)、2つの培養方法が同時に行われる(それらが融合した第1・第2培養方法を実施する)単一の工程(本明細書において「第1・第2培養工程」という。)とする、つまりTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を、消化処理されていない組織中に存在する状態で、かつTie2発現増強剤が添加された培地中で培養する工程としてもよい。
【0084】
「増幅培養段階の工程」は、所定の条件に従った培養により、Tie2陽性幹/前駆細胞を増幅することを主な目的とし、そのための作用効果が(他の作用効果よりも相対的に強く)奏される工程を意味する。つまり、Tie2陽性幹/前駆細胞の細胞数及び/又は比率が、培養前細胞集団よりも培養後細胞集団の方が高くなっていれば、その培養工程は「増幅培養段階の工程」ということができ、その限度内でTie2陽性幹/前駆細胞から他の細胞(目的細胞)への分化が起きることは許容される。
【0085】
本発明では、個々のTie2陽性幹/前駆細胞(例えば、髄核幹/前駆細胞)におけるTie2の発現を増強する(Tie2が発現した状態を維持することを含む。)とともに、細胞集団に含まれるTie2陽性幹/前駆細胞の細胞数及び/又は比率を向上させるなどの作用効果を相乗効果的に増強できることから、増幅培養段階の工程として第1・第2培養方法を実施する(つまり第1・第2培養工程を実施する)ことが特に好ましい。
【0086】
・分化培養段階に関する工程
本発明の好ましい実施形態において、第3培養方法及び第4培養方法は、分化培養段階の工程において実施される。第3培養方法及び第4培養方法は、いずれか一方のみを実施してもよいし、両方を実施してもよい。第3培養方法及び第4培養方法の両方を実施する場合、分化培養段階において、第3培養方法を実施する工程(本明細書において「第3培養工程」という。)及び第4培養工程を実施する工程(本明細書において「第4培養工程」という。)は、順次行われる別個の工程としてもよいし、2つの培養方法が同時に行う(それらが融合した第3・第4培養方法を実施する)単一の工程(本明細書において「第3・第4培養工程」という。)とすることも可能である。つまり、Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を、細胞の付着性を高める処理がなされた培養表面を有する培養容器で、かつ細胞外マトリックス分解剤が添加された培地中で、球状コロニーの形成を抑制しながら培養する工程としてもよい。
【0087】
「分化培養段階の工程」は、所定の条件に従った培養により、Tie2陽性幹/前駆細胞を所定の細胞に分化させることを主な目的とし、そのための作用効果が(他の作用効果よりも相対的に強く)奏される工程を意味する。つまり、目的細胞の細胞数及び/又は比率が、培養前細胞集団よりも培養後細胞集団の方が高くなっていれば、その培養工程は「分化培養段階の工程」ということができる。
【0088】
なお、前述したように、特許文献1に記載されている、球状コロニー(スフェロイド、円板球、浮遊性球構造体)を解離させるためにコラゲナーゼが添加された培地中で一時的に処理する工程は、上記のように規定された本発明の第4培養方法又は分化培養段階の工程としての第4培養工程には該当しない。また、採取された組織中に含まれている細胞集団を単離するためにコラゲナーゼ等で処理する方法(工程)や、一般的な二次元培養において増殖した細胞を継代培養するためにトリプシンで処理して培養表面から細胞を解離させる方法(工程)も、上記のように規定された本発明の第4培養方法又は分化培養段階の工程としての第4培養工程には該当しない。
【0089】
本発明では、細胞集団に含まれるTie2陽性幹/前駆細胞(例えば、髄核幹/前駆細胞)から分化した所定の機能性を有する細胞(例えば、Col2陽性髄核細胞)の細胞数及び/又は比率を向上させる一方、Tie2陽性幹/前駆細胞の細胞数及び/又は比率も一定水準を保つなどの作用効果を相乗効果的に増強できることから、分化培養段階の工程として第3・第4培養方法を実施する(つまり第3・第4培養工程を実施する)ことが特に好ましい。
【0090】
増幅培養段階は、必要に応じて、Tie2陽性幹/前駆細胞を増幅するという当該工程の目的に合致した、第1培養工程及び/又は第2培養工程以外の工程をさらに含んでいてもよい。そのような工程としては、例えば、Tie2発現増強剤としてTie2発現増強作用を有する増殖因子のみが添加された培地中でTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する工程(本明細書において「追加増幅培養工程」という。)が挙げられる。追加増幅培養工程におけるTie2発現増強作用を有する増殖因子としては、例えば、FGF及び/又はEGFが挙げられる。追加増幅培養工程は、第1培養工程及び/又は第2培養工程、特に第1培養工程又は第1・第2培養工程の後で行うことが好ましい。また追加増幅培養工程においては、第1培養方法を実施しないこと、すなわちTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団は、消化処理されていない組織中に存在する状態ではなく、消化処理により細胞から分離された状態とすることが適切である。第1培養工程又は第1・第2培養工程において実施される本発明の第1培養方法では、消化処理されていない組織中に存在する状態でTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養するが、培養がある程度の水準に達すると、組織中に存在していることの影響によると考えられるが、Tie2陽性幹/前駆細胞の増幅が抑えられる(培養期間を延ばしてもTie2陽性幹/前駆細胞が増幅されなくなる)ようになる。そこで、第1培養工程又は第1・第2培養工程の後に、組織を消化処理し、分離した細胞集団を回収して、追加増幅工程を行うことにより、Tie2陽性幹/前駆細胞をより一層増幅することができる。
【0091】
<細胞集団>
本発明の各培養方法又は各培養工程に供されるTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団(本明細書において「培養前細胞集団」と総称する。)において、Tie2陽性幹/前駆細胞と、それ以外の細胞(Tie2陽性幹/前駆細胞から分化した細胞等)それぞれの比率及び/又は数は基本的に任意であり、またTie2陽性幹細胞と、Tie2陽性前駆細胞の比率も基本的に任意である。培養前細胞集団の組成は、発明の実施形態に応じて、各培養方法又は各培養工程における作用効果などを考慮しながら、適宜調節することができる。
【0092】
培養前細胞集団は、第1培養方法又は第1培養工程に供される場合を除いて、常法に従って調製又は準備することができる。例えば、体内から採取された椎間板髄核組織に含まれている細胞集団を培養前細胞集団として用いる場合は、まずハサミ等の器具を使って髄核組織を適切なサイズに細切し(例:数ミリメートル角程度のミンチにした後)、続いてコラゲナーゼ等のタンパク質分解酵素で処理して細胞を分散させ、必要に応じて濾過、遠心分離、洗浄等の処理を行うことで、髄核組織に含まれていた細胞集団を単離し回収することができる。このようにして得られる細胞集団を、第1培養方法又は第1培養工程以外の培養前細胞集団として利用することができる。
【0093】
一方で、本発明の第1培養方法又は第1培養工程では、上記のような手順のうち、髄核組織を細切する段階で留め(タンパク質分解酵素による処理は行わず)、その細切した髄核組織に含まれた状態の細胞集団を、培養前細胞集団として利用する。
【0094】
上記のように調製された、組織から分離された細胞集団、又は組織中に含まれた状態の細胞集団(細胞集団を含んだ状態の組織)は、次の培養方法又は培養工程に供されるまで、常法に従って凍結保存することができる。凍結保存された細胞集団又は組織は、次の培養方法又は培養工程を始める際に、常法に従って解凍をすることができる。凍結保存及び解凍の際には、細胞集団又は組織にとって好ましい処理を組み合わせてもよい。例えば、凍結保存の際に凍結保護剤(DMSO等)を添加してもよく、その場合は解凍の際に適切な条件で凍結保護剤を除去すればよい。
【0095】
本発明の各培養方法又は各培養工程により得られるTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団(本明細書において「培養後細胞集団」と総称する。)において、Tie2陽性幹/前駆細胞と、それ以外の細胞(Tie2陽性幹/前駆細胞から分化した細胞等)ぞれぞれの比率及び/又は数は基本的に任意であり、またTie2陽性幹細胞と、Tie2陽性前駆細胞の比率も基本的に任意である。培養後細胞集団の組成は、発明の実施形態に応じて、各培養方法又は各培養工程によって得られる細胞集団の用途などを考慮しながら、適宜調節することができる。
【0096】
培養後細胞集団は、常法に従って培地中から回収し、次の培養方法又は培養工程に供する、あるいは細胞製剤の調製などその他の方法又は工程に供することができる。
【0097】
本発明の各培養方法又は各培養工程の途中のTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団(本明細書において「培養中細胞集団」と総いう。)において、Tie2陽性幹/前駆細胞と、それ以外の細胞(Tie2陽性幹/前駆細胞から分化した細胞等)の割合は基本的に任意であり、またTie2陽性幹細胞と、Tie2陽性前駆細胞の割合も基本的に任意である。培養中細胞集団の組成は、培養前細胞集団から培養後細胞集団へ移行する途中の組成であり、例えば、培養中細胞集団のTie2陽性幹/前駆細胞の比率(本明細書において「Tie2陽性幹/前駆細胞率」という。)は、通常は、培養前細胞集団のTie2陽性幹/前駆細胞率と培養後細胞集団のTie2陽性幹/前駆細胞率によって挟まれる範囲に含まれる数値であるが、一時的に当該範囲から外れる数値となることも許容される。培養中細胞集団の組成は、発明の実施形態に応じて、また各培養方法又は各培養工程における日数や継代の回数などによって変動する。
【0098】
上記の各細胞集団が由来する「ヒト又はその他の動物」(ドナー)は、本発明のTie2陽性幹/前駆細胞の培養方法によって最終的に得られる細胞集団の用途、又は当該方法に含まれる各培養方法又は各培養工程によって得られる細胞集団の用途などを考慮して選択することができる。本発明の典型的な実施形態において、所定の疾患、症状等の予防用又は治療用の細胞製剤を製造するための細胞集団を調製する場合は、「ヒト又はその他の動物」は、その細胞製剤の投与対象(レシピエント)と同種の生物であり、好ましくはヒトである。
【0099】
・増幅培養段階に関する細胞集団
本発明において、第1培養方法及び/又は第2培養方法に供される細胞集団、あるいは増幅培養段階における第1培養工程及び/又は第2培養工程に供される細胞集団(本明細書において「増幅培養前細胞集団」と総称する。)は、典型的には、ヒト又はその他の動物の体内から採取された組織(椎間板)に含まれている細胞集団(初代培養細胞集団)又はその初代培養細胞集団を継代して得られた細胞集団(継代培養細胞集団)である。
【0100】
増幅培養前細胞集団として、ヒトから採取された椎間板に含まれている細胞集団を用いる場合、一般的にTie2陽性幹/前駆細胞率が高く、ニッチが良好である傾向にある、10歳代又は20歳代のヒトから採取された椎間板に含まれている細胞集団であることが好ましい。また、増幅培養前細胞集団は、Tie2陽性幹/前駆細胞率がなるべく高いこと、例えば、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上である細胞集団であることが好ましい。
【0101】
なお、増幅培養前細胞集団は、実施形態によっては、ヒト又はその他の動物の体内から採取された組織中に含まれている細胞集団ではない細胞集団、例えば、ヒト又はその他の動物の細胞を用いて作製したiPS細胞又はES細胞のような万能性又は多能性を有する細胞を分化誘導することによって得られたTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団であってもよい。
【0102】
本発明において、第1培養方法及び/又は第2培養方法によって得られる細胞集団、あるいは増幅培養段階における第1培養工程及び/又は第2培養工程によって得られる細胞集団(本明細書において「増幅培養後細胞集団」と総称する。)の用途は特に限定されるものではなく、得られる細胞集団の組成等は用途に応じて適宜調節することができる。
【0103】
本発明の典型的な実施形態において、増幅培養後細胞集団は、第3培養方法及び/又は第4培養方法に供される細胞集団、あるいは分化培養段階における第3培養工程及び/又は第4培養工程に供される細胞集団として利用される。このような実施形態(用途)における増幅培養後細胞集団は、Tie2陽性幹/前駆細胞の比率及び/又は細胞数がなるべく高いことが好ましい。増幅培養後細胞集団におけるTie2陽性幹/前駆細胞の比率は、増幅培養前細胞集団やそれが由来する髄核組織の個体差などによって変動するため一概に言えるものではないが、例えば、5%以上、好ましくは7%以上、9%以上、11%以上、13%以上、15%以上である。増幅培養後細胞集団におけるTie2陽性幹/前駆細胞数は、増幅培養前細胞集団やそれが由来する髄核組織の個体差などによって変動するため一概に言えるものではないが、増幅培養前細胞集団における細胞数と比較して、例えば5倍以上、好ましくは10倍以上、15倍以上、20倍以上、25倍以上、30倍以上である。
【0104】
・分化培養段階に関する細胞集団
本発明において、第3培養方法及び/又は第4培養方法に供される細胞集団、あるいは分化培養段階における第3培養工程及び/又は第4培養工程に供される細胞集団(本明細書において「分化培養前細胞集団」という。)は、あらかじめTie2陽性幹/前駆細胞が富化された細胞集団であることが好ましい。分化培養段階前細胞集団におけるTie2陽性幹/前駆細胞率は、増幅培養前若しくは増幅培養後細胞集団やそれが由来する髄核組織の個体差などによって変動するため一概に言えるものではないが、例えば5%以上、好ましくは7%以上、9%以上、11%以上、13%以上、15%以上である。
【0105】
本発明の典型的な実施形態において、分化培養前細胞集団は、本発明の増幅培養段階によって得られた細胞集団(増幅培養後細胞集団)、例えば、増幅されたTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を、分化培養段階の実施形態(培養容器の種類やサイズ等)に応じて適当な細胞数となるよう分割した細胞集団である。本発明の増幅培養段階によって得られた細胞集団は、前述したような比率及び/又は細胞数のTie2陽性幹/前駆細胞を含む上、そのTie2陽性幹/前駆細胞のTie2の発現が増強されている(Tie2の発現が維持されている)ため、分化培養段階における作用効果が増強されるという観点からも、分化培養前細胞集団として好ましい。
【0106】
なお、分化培養前細胞集団は、実施形態によっては、本発明の増幅培養段階(第1培養工程及び/又は第2培養工程)によって得られたものではない細胞集団、例えば、ヒト又はその他の動物の体内から採取された組織中に含まれている細胞集団や、ヒト又はその他の動物の細胞を用いて作製したiPS細胞又はES細胞のような万能性又は多能性を有する細胞を分化誘導することによって(Tie2陽性幹/前駆細胞を経て)得られた目的細胞を含む細胞集団であってもよい。
【0107】
本発明において、第3培養方法及び/又は第4培養方法によって得られる細胞集団、あるいは分化培養段階における第3培養工程及び/又は第4培養工程によって得られる細胞集団(本明細書において「分化培養後細胞集団」と総称する。)の用途は特に限定されるものではなく、得られる細胞集団の組成等は用途に応じて適宜調節することができる。例えば、移植用の細胞製剤を製造するために使用される細胞集団については、移植による治療又は予防効果を奏する上で有用な機能性を有する目的細胞(例えば、IIコラーゲンを産生する髄核細胞:Col2陽性髄核細胞)をなるべく多く含むと同時に、そのような目的細胞の産生能が残されているTie2陽性幹/前駆細胞(例えば、髄核幹/前駆細胞)も多少含む細胞集団であることが好ましい。
【0108】
分化培養後細胞集団におけるCol2陽性(髄核)細胞の比率は、分化培養前細胞集団やそれが由来する髄核組織の個体差などによって変動するため一概に言えるものではないが、例えば5%以上、好ましくは10%以上、15%以上、20%以上、25%以上、30%以上である。
【0109】
分化培養後細胞集団におけるTie2陽性(髄核)幹/前駆細胞の比率は、分化培養前細胞集団やそれが由来する髄核組織の個体差などによって変動するため一概に言えるものではないが、例えば1%以上、好ましくは2%以上、4%以上、6%以上、8%以上、10%以上である。
【0110】
なお、分化培養工程においても細胞集団に含まれる細胞数は通常増加する。分化培養後細胞集団における細胞数(Col2陽性細胞、Tie2陽性幹/前駆細胞等のそれぞれ)は、分化培養前細胞集団やそれが由来する髄核組織の個体差などによって変動するため一概に言えるものではないが、分化培養前細胞集団における細胞数と比較して、例えば2倍以上、5倍以上、10倍以上、20倍以上、50倍以上、100倍以上である。
【0111】
<培地>
本発明の各培養方法又は各培養工程で用いる培地は、Tie2陽性幹/前駆細胞及びそれから分化する細胞の培養に適したものであればよく、培養方法又は培養工程の目的なども考慮しながら、適切な基礎培地及び添加成分を選択することができる。添加成分は、培養方法がTie2陽性幹/前駆細胞を増幅する際に行われるもの、つまり培養工程が増幅培養段階のものであれば、Tie2陽性幹/前駆細胞の増幅培養に適した添加成分、培養方法がTie2陽性幹/前駆細胞を分化誘導する際に行われるもの、つまり培養工程が分化培養段階のものであれば、Tie2陽性幹/前駆細胞から目的細胞への分化誘導に適したものが選択される。
【0112】
なお、本発明の第3培養方法及び第4培養方法では、またそれらの方法を実施する工程を含む第3培養工程及び第4培養工程では、Tie2陽性幹/前駆細胞及びそれから分化した細胞が培養容器の培養表面に付着しないようにする成分、例えばメチルセルロースを培地に添加する必要はない。つまり、本発明の本発明の第3培養方法及び第4培養方法、またそれらの方法を実施する工程を含む第3培養工程及び第4培養工程の培地は通常、メチルセルロース等の、培養容器の培養表面への細胞付着を防止するための成分を含有しない。
【0113】
本発明の代表的な実施形態において、髄核幹/前駆細胞及びそれから分化した髄核細胞を培養する場合、増幅培養段階及び分化培養段階の各工程用の培地はそれぞれ、例えば次のような基礎培地、添加成分、増殖因子、その他の成分を、それぞれ適量用いることにより調製することができる。
【0114】
基礎培地としては、例えば、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地、グルコース添加なし又はあり)、αMEM(イーグル最小必須培地α改変型)、Ham’sF-10培地、Ham’sF-12培地、あるいはこれらの混合物が挙げられる。
【0115】
増幅培養用又は分化培養用の添加成分としては、例えば、FBS(ウシ胎児血清)、BSA(ウシ血清アルブミン)、L-アスコルビン酸(L-アスコルビン酸リン酸マグネシウム塩等として)、亜セレン酸(インスリン-トランスフェリン-亜セレン酸ナトリウム(ITS:Insulin-Transferrin-Selenium)等として)及び2-メルカプトエタノールが挙げられる。必要に応じてさらに、ペニシリン、ストレプトマイシン等の抗生物質、その他の成分を培地に添加してもよい。なお、増幅培養用の培地は、添加成分としてL-アスコルビン酸は含有しなくてもよい。
【0116】
増殖因子としては、例えば、FGF(fibroblast growth factor:線維芽細胞成長因子)、EGF(Epidermal Growth Factor:上皮成長因子)、Ang-1(アンジオポエチン-1)が挙げられる。本発明の一実施形態において、培地に添加する増殖因子は、少なくともFGFを用いることが好ましく、FGF及びEGFの両方を用いることがより好ましく、必要に応じてそれらにAng-1を追加して用いることも好ましい。
【0117】
FGFとしては、例えば、bFGF(basic fibroblast growth factor:塩基性線維芽細胞成長因子。FGF-2と呼ばれることもある。)を用いることができる。培地中のFGFの濃度は、通常1~50ng/mLの範囲、好ましくは5~15ng/mLの範囲、例えば約10ng/mLとすることができる。
【0118】
Ang-1は、無血清培地において添加することが好ましい。また、Ang-1としては水に可溶化したもの(ソリュブルAng-1、リコンビナントAng-1)が好ましい。培地中のAng-1(好ましくはソリュブルAng-1)の濃度は、通常100~1000ng/mLの範囲、例えば約500ng/mLとすることができる。
【0119】
なお、上記のFGF、EGF、Ang-1等の増殖因子は「Tie2発現増強作用を有する増殖因子」であり、広義の「Tie2発現増強剤」に該当すると解することもできるが、本発明おけるこれらの増殖因子の取扱い方については本明細書中に別途記載する。
【0120】
<Tie2発現増強剤>
本発明の第2培養方法では、Tie2発現増強作用を有する増殖因子以外の少なくとも1種の「Tie2発現増強剤」を培地に添加する。特に、第2培養方法を増幅培養段階の工程において実施する際に、Tie2発現増強剤の添加は、Tie2陽性幹/前駆細胞の幼若性を保持しながら細胞数を増加させる作用効果、さらには増幅培養段階で得られる細胞集団を分化培養工程に供したときに、分化培養工程後に得られる細胞集団の細胞増加率やTie2陽性幹/前駆細胞及び機能性目的細胞の比率などを向上させる作用効果などを有する。Tie2発現増強剤は、いずれか1種を用いてもよいし、2種以上を併用してもよく、上記のようなTie2活性作用が認められる量で培地に添加すればよい。
【0121】
「Tie2発現増強作用を有する増殖因子」としては、例えば、アンジオポエチン-1(Ang-1)、FGF2(bFGF)などが挙げられる。本発明の第2培養方法では、そのような「Tie2発現増強作用を有する増殖因子」以外の少なくとも1種の「Tie2発現増強剤」を用いるが、必要に応じて、Tie2発現増強作用を有する増殖因子も組み合わせて用いることもできる。特に、第2培養方法を増幅培養段階の工程において実施する場合は、Tie2発現増強作用を有する増殖因子と、それ以外のTie2発現増強剤、例えば以下に説明するような動植物由来抽出物、より好ましくは植物由来抽出物とを併用することにより、相乗効果を奏することが可能である。なお、増幅培養段階の工程として、少なくとも増殖因子以外のTie2発現増強剤を用いることを必須とする(任意成分として、そこにTie2発現増強作用を有する増殖因子を併用してもよい。)工程以外に別途、Tie2発現増強剤として実質的にTie2発現増強作用を有する増殖因子のみを用いた(増殖因子以外のTie2発現増強剤を実質的に用いない)工程を行ってもよい。
【0122】
増殖因子以外のTie2発現増強剤としては、従来技術において「Tie2活性化剤」として知られている様々な動植物由来抽出物を用いることができる。そのような動植物由来抽出物としては、例えば、アキグミ、アキノノゲシ、インディアンデーツ、ウコン、黄杞、オウセイ、オオバコ、オカヒジキ、オリーブ果実、牡蠣、カミツレ、カリン、カロニンハゲキテ、菊、ギョクチク、キラヤ、銀杏、クサギ、クコ、クヌギ、ゲットウ、高麗ニンジン、コナラ、サンザシ、サンショウソウ、シジュウムグァバ、シベリアニンジン、スイショウガキ、スターフルーツ、ソウカクシ、ナツメ、ニッケイ、ノビル、ハス、ハスイモ、ハリギリ、ヒハツ、ブッチャーブルーム、マンゴージンジャー、ミツバウツギ、ムベ、ヤブカンゾウ、ヤマモモ、リョウブ、ルイボスなどの抽出物が挙げられる(前掲特許文献3~10参照)。また、そのような抽出物に含まれている成分、例えば、ウルソール酸、コロソリン酸、3-O-ガロイルプロシアニジンB-1、リノレン酸、13-ヒドロキシ-9Z,11E,15E-オクタデカトリエン酸、プロシアニジンB-2、エピカテキン-(4β-6)-エピカテキン(4β-8)-エピカテキン、プロシアニジンC-1、アストラガロシドVIII、ソヤサポニンI、3’-O-メチルガロカテキン、ピペルノナリン、シリンガレシノール、2-メトキシケイヒアルデヒド、エレウテロシドE、エレウテロシドE1、セサミン、ユーデスミン、シルバテスミン、ピノレジノール、ヤンガンビン、フォルシチノール、クマリンなどの化合物(前掲特許文献6、12~14参照)を、増殖因子以外のTie2発現増強剤として用いることもできる。各抽出物や成分について、Tie2発現増強作用が認められる使用量や、調製するために適切な動植物の部位(材料)及び抽出方法、特定の成分の精製方法等も、当業者が適宜従来知られた方法に基づいて設定することができる。
【0123】
産業的な観点からは、Ang-1、FGF2などの増殖因子よりも安価であり、好ましくはそれらの増殖因子よりもTie2発現増強作用に優れ、さらに好ましくはそれらの増殖因子と併用したときに相乗効果を奏する、上記の動植物由来抽出物から選択される1種又は2種以上、より好ましくは上記の植物由来抽出物から選択される1種又は2種以上を、本発明の第2培養工程においてTie2発現増強剤として用いることが有利である。
【0124】
・ニッケイ属植物由来抽出物
本発明の好ましい一実施形態において、Tie2発現増強剤として、ニッケイ属植物由来抽出物を用いることができる。ニッケイ属(Cinnamomum)には、ケイ(Cinnamomumcassia Blume)、クスノキ(C.camphora)、マルバニッケイ(C.daphnoides)、シバニッケイ(C.doederleinii)、ヤブニッケイ(C.japonicum)、オガサワラヤブニッケイ(C.pseudo-pedunculatum)、ニッケイ(C.sieboldii)、シバヤブニッケイセイロンニッケイ(C.verum)、シナモン(C.zeylanicum)など、300以上の種が含まれる。例えば、ケイの若枝であるケイシ(桂枝)又は樹皮であるケイヒ(桂皮)、あるいはそれらを粉末状に加工したシナモンパウダーとして製造販売されている製品の抽出物を、本発明におけるニッケイ属植物由来抽出物として用いることができる。
【0125】
ニッケイ属植物由来抽出物は常法により得ることができ、例えば原料となる植物体(例:シナモンパウダー)を抽出溶媒とともに常温又は加熱して浸漬又は加熱還流した後、上澄みを回収することにより、又は濾液を濾過し、必要に応じて濃縮することにより、調製することができる。抽出溶媒としては、通常抽出に用いられる溶媒、例えば、水性溶媒、例えば水、生理食塩水、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、あるいは有機溶媒、例えばエタノール、プロピレングリコール、1,3ーブチレングリコール、グリセリン等のアルコール類、合水アルコール類、クロロホルム、ジクロルエタン、四塩化炭素、アセトン、酢酸エチル、ヘキサン等を、それぞれ単独あるいは組み合わせて用いることができる。好ましくは、溶媒として水が用いられる。上記溶媒で抽出して得られた抽出物は、そのまま抽出液の形態で用いてもよいが、利便性の面から、乾燥又は凍結乾燥等により固形化(粉体化)して保存し、使用時に必要に応じて適切な溶媒により希釈又は再溶解(再分散)して、さらに必要に応じて濾過等の処理をして、用いることができる。ニッケイ属植物由来抽出物は、必要に応じて、イオン交換樹脂(例えば、アンバーライトXAD-2のようなポーラスポリマー)を用いた吸着法などにより、不純物を除去したもの(精製物)であってもよい。
【0126】
培地中のニッケイ属植物由来抽出物の濃度は、用いる当該抽出物の性状に応じて、またTie2発現増強剤としての作用効果の程度などを考慮しながら、適宜調節することができる。例えば、ニッケイ属植物由来抽出物として、シナモンパウダー1mgを水(蒸留水)1mLで抽出して得られる抽出液を用いる場合、当該抽出液を培地に対して1~50v/v%程度、例えば約20v/v%の量で添加することができる。抽出及び添加の実施形態を変更する場合も、Tie2発現増強剤としての有効成分が上記の抽出及び添加の実施形態と同程度になるようにすることができる。
【0127】
<細胞外マトリックス分解剤(ECM分解剤)>
本発明の第4培養方法では、球状コロニーの形成を抑止しながらTie2陽性幹/前駆細胞を分化させるために、培地に「細胞外マトリックス分解剤(ECM分解剤)」を添加する。
【0128】
一般的に、幹/前駆細胞又はそれから分化した細胞から分泌される細胞外マトリックス(ECM)としては、例えばコラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ラミニン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリン、ヒアルロン酸などが挙げられる。コラーゲンには、I型、II型、III型、IV型、IX型(a2)、その他の型のコラーゲンが包含される。プロテオグリカンには、アグリカン、バーシカン、パーマカン(以上、コアタンパク質のサイズや糖鎖の本数に基づく分類)や、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカン(以上、コアタンパク質に結合しているグリコサミノグリカンに基づく分類)などが包含される。
【0129】
従って、本発明におけるECM分解剤としては、第4培養方法の実施形態、すなわち培養されるTie2幹/前駆細胞又はそれから分化した細胞から分泌されるECMに対応して、上に例示したようなECMを分解する活性を有し、球状コロニーの形成を抑止することのできる物質(剤)を用いればよい。ECM分解剤は、いずれか1種類を用いても、2種類以上を併用してもよい。
【0130】
典型的なECM分解剤としては、ECMを構成しているタンパク質部分を分解する活性を有するプロテアーゼ、例えば、コラーゲンに対する分解活性を有するプロテアーゼであるコラゲナーゼが挙げられる。コラゲナーゼには、高分子量のコラーゲンに対して高い活性を示すクラスIコラゲナーゼと、低分子量のコラーゲン断片に対して高い活性を示すクラスIIコラゲナーゼがある。また、脊椎動物由来のコラゲナーゼは、天然の三重らせん領域(非常に限られたα鎖上)においてコラーゲンを切断する一方、細菌由来のコラゲナーゼはほとんど全ての型(Type)のコラーゲンに作用し、三重らせん領域内の複数の箇所でコラーゲンを切断することができる。細菌の培養上清から濃縮して得られるコラゲナーゼ製剤には、コラゲナーゼ(コラゲナーゼI、コラゲナーゼII)に加えて、コラゲナーゼ以外のプロテアーゼ(中性プロテアーゼ、クロストリパイン、トリプシン、エラスターゼ、アミノペプチダーゼ等)や、非タンパク質分解酵素が含まれており、精製等により特定の成分を除外した製剤も製造されている。本発明では、公知の様々なコラゲナーゼ(製剤)、プロテアーゼなどから適切なものを選択し、ECM分解剤として利用することができる。
【0131】
本発明の第4培養方法の代表的な実施形態において、Tie2陽性幹/前駆細胞は髄核幹/前駆細胞であり、Tie2陽性幹/前駆細胞からの分化誘導により生成する細胞(目的細胞)は髄核細胞である。髄核細胞は、ECMとして、II型コラーゲン、IX型コラーゲン、XI型コラーゲン、プロテオグリカンなどを発現する。従って、この実施形態におけるECM分解剤としては、それらのECMに対する分解活性を有するもの、例えばII型コラーゲン等に対する分解活性を有するコラゲナーゼ(又はそれを含有する製剤)を選択すればよい。そのようなコラゲナーゼ(製剤)としては、例えば、「コラゲナーゼP」(ロシュ社、Clostridium histolyticum由来)、「リベラーゼ」(ロシュ社、コラゲナーゼI及びII並びに中性プロテアーゼの混合物)などが挙げられる。
【0132】
なお、ECM分解剤としては、ECMに含まれるタンパク質に対する特異的な分解活性を有するが細胞毒性は低い、プロテアーゼのような酵素(タンパク質)が代表的であるが、本発明の作用効果を奏することができる、ECMに対する一定水準以上の分解活性と、一定水準以下の細胞毒性を有する、酵素(タンパク質)以外の物質、例えば低分子化合物も、ECM分解剤として用いることができる可能性がある。
【0133】
培地中のECM分解剤の濃度は、Tie2幹/前駆細胞を含む細胞集団から球状コロニーが形成されることを抑止できる濃度であればよく、用いるECM分解剤の種類に応じて、また第4培養方法が分化培養段階における工程で実施される(第4培養工程として行われる)場合は、目的細胞の増加率や所定の遺伝子(マーカー遺伝子)の発現量又は陽性率に及ぼす作用などを考慮しながら、適宜調節することができる。例えば、ECM分解剤の濃度が高すぎると、上記の作用による有利な効果が十分に認められない(逆に不利な効果となる)場合があるので、ECM分解剤の種類に応じた所定の範囲内でその濃度を調節することが好ましい。
【0134】
本発明において、第3培養方法と第4培養方法を融合した方法(第3・第4培養方法)又は第3培養工程と第4培養工程を融合した工程(第3・第4培養工程)では、培地中のECM分解剤の種類及び濃度と、培養表面のコーティング剤の種類の組み合わせによって、目的細胞の増加率や所定の遺伝子(マーカー遺伝子)の発現量又は陽性率などに対する作用効果が変動する場合がある。当業者であれば、どのような観点からの作用効果を期待するかに応じて、分化誘導前細胞集団の性状やその他の実施形態も考慮しながら、予備的な試験などを通じて、本発明を実施する上で適切な上記の各条件を設定することができる。
【0135】
上述したように、培地中のECM分解剤の濃度は一概に決定されるものではなく、培養表面のコーティング剤の種類との組み合わせにもよるが、例えば、0.0025~5.0重量%、0.005~2.0重量%、0.01~1.0重量%などの範囲内で調節することができる。本発明の一実施形態において、ECM分解剤として「コラゲナーゼP」を用いる場合、その培地中の濃度は、0.005~0.05重量%、0.0125%~0.025重量%などの範囲内で調節する、例えば約0.0125%重量%とすることができる。本発明の一実施形態において、ECM分解剤として「リベラーゼ」を用いる場合、その培地中の濃度は、0.25%~2.0重量%、0.5~1.0重量%などの範囲内で調節する、例えば約1.0重量%とすることができる。
【0136】
<培養期間、その他の条件>
本発明の各培養方法及び各培養工程の期間及びその他の条件(例えば、pH、CO2濃度、O2濃度など)は基本的に、その培養工程(が含まれる培養段階)の目的に応じて、所望の細胞組成(種類及び数・比率)を有する細胞集団が得られるよう、適宜調節することができる。pHは、弱アルカリ性(例えば、約7.15)とすることができる。CO2濃度は、例えば約5%とすることができる。O2濃度は、5%以下(例えば、約2%)とすることができる。各培養方法及び各培養工程(段階)の期間中は必要に応じて適宜、所定の日数毎に培地を新鮮なものに交換したり、所定の日数の経過後に成分を追加する又は成分の濃度やpHを増加若しくは減少させるなどして培地を変化させたり、雰囲気変化させたりしてもよい。
【0137】
本発明の増幅培養段階における、第1培養工程、第2培養工程、又はそれらが融合した第1・第2培養工程の期間はそれぞれ、通常1~3週間程度、例えば約2週間である。また、本発明の増幅培養段階が任意で含むことができるその他の工程の期間も同程度であり、例えばFGF添加培地を用いる培養工程の期間は約1週間である。所望の増幅培養後細胞集団が得られた時点で、増幅培養段階を終了すればよい。なお、増幅培養の目的が達成できないほどの短期間又は短時間(例えば、24時間以下)行われる培養(処理)は、本発明の増幅培養段階で行われる各工程には該当しない。
【0138】
本発明の分化培養段階における、第3培養工程、第4培養工程、又はそれらが融合した第3・第4培養工程の期間はそれぞれ、通常1~3週間程度、例えば約1~2週間である。また、本発明の増殖培養段階が任意で含むことができるその他の工程の期間も同程度であり、例えばFGF添加培地を用いる培養工程の期間は約1週間である。また、本発明の分化培養段階が任意で含むことができるその他の工程の期間も同程度である。所望の分化培養後細胞集団が得られた時点で、分化培養段階を終了すればよい。なお、分化培養の目的が達成できないほどの短期間又は短時間(例えば、24時間以下)行われる培養(処理)は、本発明の分化培養段階で行われる各工程には該当しない。
【0139】
<培養容器>
本発明の各培養方法及び各培養工程で用いる培養容器、培養装置等は基本的に、その培養方法及び培養工程(が含まれる培養段階)の目的に応じて、所望の細胞組成(種類及び数・比率)を有する細胞集団が得られるよう、適宜選択することができる。
【0140】
培養容器は、フラスコ、ディッシュ、プレート、バッグなど、一般的な形状を有するものを用いることができ、細胞を収容できるウェルが形成されているものであってもよい。培養容器は、ガラス、プラスチック、樹脂など、一般的な材質で作製されているものを用いることができる。培養容器の表面(培養表面)は、無処理であってもよいし、細胞の付着性に関係する処理又はその他の処理がなされていてもよい。培養容器のサイズ(面積、容積)、また培養容器がウェルを備えているものであればそのウェルのサイズ(口径、深さ)及び数なども、適宜選択することができる。必要に応じて、培養容器を振盪又は回転させ、培地を撹拌しながら細胞集団を培養してもよい。
【0141】
本発明の第3培養方法(工程)及び第4培養方法(工程)では、培養容器及び培養装置は二次元培養(平面培養)に準じた実施形態とすることができる。また、本発明の第1培養方法(工程)は、細胞集団が組織中に存在した状態で培養する点で三次元的な培養とも言え、細胞集団を含んだ状態の組織(細片)は培養液中に浮遊した状態に置かれる。本発明の第2培養方法(工程)は、単独で実施する場合は三次元培養に準じた実施形態とすることもできるが、第1培養方法(工程)と融合して第1・第2培養方法(工程)として実施する場合、上記の第1培養方法(工程)と同様に培養液中に浮遊した状態に置かれる。これらの方法(工程)においては、第3培養方法(工程)のように細胞の付着性を高める表面処理がなされた培養容器を用いてもよいが、表面処理がなされていない通常の培養容器を用いても問題ない。
【0142】
<細胞付着処理>
本発明の第3培養方法(工程)では、細胞の付着性を高める表面処理(本明細書において「細胞付着処理」ということがある。)がなされた培養容器を用いる。細胞付着処理の典型例としては、細胞外マトリックス(ECM)又はその他の生体関連物質を含有するコーティング剤を培養表面に塗布する処理が挙げられる。また、細胞付着性の低い素材、例えば疎水性が強いポリスチレンで成形された培養容器に対して、プラズマ処理により親水性に改質することも、細胞付着処理の例として挙げられる。
【0143】
細胞付着処理用のコーティング剤が含有するECMとしては、公知の様々なECM、例えば、コラーゲン(I型、II型、IV型など)又はその熱処理物であるゼラチン、コンドロイチン硫酸A、フィブロネクチン、ゼラチン、ラミニン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン、プロテオグリカン(アグリカン、ヘパリン硫酸プロテオグリカンなど)が挙げられる。また、ECM以外の生体関連分子としては、ポリリジン(ポリ-L-リジン又はポリ-D-リジン)等のポリアミノ酸が挙げられる。その他の細胞付着処理用のコーティング剤としては、ポリグリコール酸、PLGA(ポリ乳酸・グリコール酸共重合体)、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)、ポリ-ε-カプロラクトン、ポリオルトエステル、ポリ酸無水物、ポリホスファゼン、ポリジメチルシロキサン、ポリウレタン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、ポリスルホン、ポリ-メチルメタクリラート、ポリ-2-ヒドロキシエチルメタクリラート、ポリアミド、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリビニルピロリドンポリオルニチン等が挙げられる。細胞付着処理用のコーティング剤は、上記の物質のいずれか1種類を含有するものであってもよし、2種類以上を含有するものであってもよい。
【0144】
ここで、第3・第4培養方法(工程)では、前述したように、細胞付着処理用のコーティング剤の種類と、培地に添加されるECM分解剤の種類及び濃度の組み合わせによって、本発明の作用効果(細胞集団の細胞増加率、目的細胞の比率など)が変動する場合がある。その一因として、細胞付着処理用のコーティング剤が含有するECM又はその他の生体関連物質が、培地に添加されたECM分解剤による分解活性の影響を受ける可能性が考えられる。しかしながら、本発明の作用効果が一定程度奏される(完全に阻害されない)範囲であれば、そのような影響の可能性のある細胞付着処理用のコーティング剤とECM分解剤とを組み合わせて用いる実施形態も許容される。例えば、ECM分解剤としてII型コラーゲンの分解活性を有するコラゲナーゼ(製剤)を所定の濃度で培地に添加する場合、細胞付着処理用のコーティング剤としては、そのECM分解剤の種類及び濃度による影響を受けにくいもの、又は目的細胞(例えば、Col2陽性細胞)への分化誘導が一定水準で達成されるもの、例えば、コラーゲンでないポリリジン(ポリ-L-リジン又はポリ-D-リジン)又はフィブロネクチン、あるいはIV型コラーゲンを含有するものが好ましい。
【0145】
本発明の第3培養方法は、増幅培養段階において実施することも可能である。例えば、増幅培養段階との関係で前述した、Tie2発現増強剤としてTie2発現増強作用を有する増殖因子のみが添加された培地中でTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を培養する工程(追加増幅培養工程)において、第3培養方法を実施することが可能である。このような実施形態における、細胞付着処理用のコーティング剤が含有するECMとしては、例えばゼラチンが好ましい。
【0146】
-細胞治療用組成物-
本発明の細胞治療用組成物は、上述したような本発明の培養方法又は調製方法によって得られた細胞集団を含有し、必要に応じてその他の製薬学的に許容される成分を含有することができる。
【0147】
本発明の代表的な実施形態において、細胞治療用組成物は、髄核幹/前駆細胞から分化したCol2陽性髄核細胞を含む(好ましくはTie2陽性幹/前駆細胞も含む)細胞治療用組成物である。当該実施形態における細胞治療用組成物の適用対象、つまり当該組成物を投与することにより予防又は治療することのできる疾患としては、椎間板(髄核)の障害又は変性、ヘルニア等が症状として表れる疾患、例えば、腰部又は頚椎の椎間板症、椎間板ヘルニア、頚椎症性脊髄症、神経根症、脊椎分離症・すべり症、腰部脊柱管狭窄症、腰椎変性すべり症、腰椎変性側弯症が挙げられる。
【0148】
本発明の細胞治療用組成物の剤型は、細胞集団を標的とする部位(例えば、椎間板の髄核)に移植又は送達できるものであればよいが、例えば注射剤、好ましくは椎間板(髄核)又はその近傍への局所投与用の注射剤、あるいはターゲティングが可能である血管投与用注射剤とすることができる。
【0149】
製薬学的に許容される成分としては、例えば注射剤として調製する場合の注射用水若しくは生理食塩水、細胞集団用の培養液、その他の適切な溶媒・分散媒、その他の添加剤等が挙げられる。
【0150】
本発明の細胞治療用組成物は、所望の治療又は予防効果を奏するために有効な量で投与すればよい。そのような有効量は、細胞治療用組成物の成分、剤形や、投与対象、投与経路、その他の実施形態などを勘案しながら、1回あたりの投与量、投与回数及び投与間隔(一定期間内の投与回数)などによって適宜調整することができる。本発明の細胞治療用組成物を用いた治療は、ヒト及びヒト以外の脊椎動物に対して実施することができる。
【0151】
-保存方法-
本発明のTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団の保存方法は、消化処理されていない組織中に存在する状態で、当該Tie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団を凍結保存することにより、Tie2が活性化及び/又は発現された状態を維持する、あるいは細胞集団中のTie2陽性幹/前駆細胞の減少を抑制するものである。
【0152】
本発明の保存方法に関する技術的事項は、第1培養方法との関係で前述したものと同様の技術的事項を適用することができる。Tie2陽性幹/前駆細胞を含んだ状態の消化処理されていない組織に対する、凍結保存の手順や必要に応じて用いられる凍結保護剤などは、消化処理により組織から分離された従来のTie2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団に対するものと、基本的に同様のものを適用することができる。
【実施例】
【0153】
本実施例の「増幅培養段階」の各工程における培地(以下の実施例において「増幅培養段階用培地」という。)として、DMEM(no Glucose、wako)60mL及びMEMα(ナカライテスク)40mLの混合培地に、使用直前にFBS20%を添加し、さらに実施例中の各表に示す追加成分を添加した(+)又は添加しなかった(-)ものを調製して使用した。
【0154】
本実施例の「分化培養段階」の各工程における培地(以下の実施例において「分化培養段階用培地」という。)として、DMEM(no Glucose、wako)60mL及びF10(gibco)40mLの混合培地に、2-メルカプトエタノール1μL、亜セレン酸(0.01%)6μL、アスコルビン酸(5mg/mL)1.5mL及び30%BSA5mLを添加し、さらに使用直前にFBS30%を添加し、実施例中の各表に示す追加成分を添加した(+)又は添加しなかった(-)ものを調製して使用した。
【0155】
[試験例1]増幅培養段階:第1培養工程(WTC法)
【表1】
【0156】
椎間板ヘルニア患者(32歳女性、28歳女性及び20歳男性)の患部から切除した椎間板の髄核組織を、ハサミ等を用いて数ミリ角の大きさに細切した。細胞集団を含んだままの細切した髄核組織0.1~0.5gを、増幅培養段階用培地への追加成分について表1に示す通りに調製した培地3mLに浮遊させた後、6穴培養皿(培養表面は無処理)の1穴へ注入し、7日間培養した(WTC法)。対照として、細切した髄核組織をそのまま培養するのではなく、常法に従ってコラゲナーゼで消化処理して、単離された細胞集団を回収し、それ以外はWTC法と同様にして、細胞集団を培養した(二次元培養法)。
【0157】
培養後、細胞集団を回収し、フローサイトメトリー(FCM)法により、細胞表面のTie2の発現が陽性である細胞の細胞数及び蛍光強度を測定し、細胞集団全体の細胞数に対する比率(Tie2陽性率)及び平均蛍光強度(MFI)を算出した。FMC法では、抗ヒトTie2抗体と蛍光色素アロフィコシアニンの複合体である蛍光標識剤(R&D社、Anti-Tie-2, Human, Mouse-Mono(87315), Allophicocyanin、カタログ番号FAB3131A)を用いた。
【0158】
結果を
図2及び
図3に示す。例えば、試験例1-1及び1-3を比較すると、どちらの結果においても試験例1-1の方が有意に高く(
図2:p<0.05、
図3:p<0.01、どちらもt検定)、WTC法によるTie2発現増強効果が認められた。
【0159】
[試験例2]増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程
【表2】
【0160】
市販のシナモン粉末1mgを蒸留水1mLに懸濁し、37℃で一晩抽出を行い、得られた抽出液(シナモン抽出液)を本試験で用いた。
【0161】
椎間板の髄核組織を採取した椎間板ヘルニア患者が16歳女性、28歳女性及び38歳女性であること、増幅培養段階の1段階目として、増幅培養段階用培地への追加成分について表2に示す通りに調製した培地を用いたこと、また培養期間を14日間としたこと以外は、[試験例1](試験例1-1及び1-2)と同様の培養工程を行った。
【0162】
1段階目の培養工程後、ロシュ社製「コラゲナーゼ-P」(最終濃度0.025%)を培地に添加し、髄核組織を分散させた。髄核組織から分離した細胞集団を回収し、20%FBS添加MEMαに1.0×104/3mLの密度で浮遊させた後、6穴培養皿(培養表面は無処理)の1穴へ注入し、10ng/mLbFGFを添加した後、さらに7日間(合計21日間)培養した。
【0163】
培養後、細胞集団を回収し、[試験例1]と同様のFCM法により、それぞれ細胞表面のTie2の発現が陽性である細胞の、比率及び組織1gに由来する細胞数を測定した。結果を
図4及び
図5に示す。
【0164】
[試験例3]増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3培養工程
【表3】
【0165】
椎間板の髄核組織を採取した椎間板ヘルニア患者が16歳女性、30歳男性及び30歳女性になったこと以外は、前記試験例2と同様の手順で、合計21日間の2段階の増幅培養段階の工程を行った。培養後の細胞集団を回収し、分化培養段階の工程として、ポリ-L-リジン(PLL)でコーティングされた培養皿上(試験3-1)又はコーティングされていない培養皿上(試験例3-2)で14日間、単層培養を行った。
【0166】
培養後、細胞集団を回収し、フローサイトメトリー(FCM)法により、細胞内のII型コラーゲン(Col2)の発現が陽性である細胞の細胞数を測定し、細胞集団全体の細胞数に対する比率(Col2陽性率)を算出した。細胞集団はあらかじめ、膜透過処理試薬「IntraPrep」(ベックマンコールター社)で処理し、細胞内のCol2を蛍光標識できるようにした。Col2に対する蛍光標識法としては、1次抗体としてマウス抗ヒトCol2抗体(協和ファーマケミカル株式会社(旧第一ファインケミカル株式会社、Anti-hCL(II) (purified IgG)、カタログ番号F-57)を、2次抗体としてヤギ抗マウスIgG抗体と蛍光色素FITCの複合体(BD社、Goat Anti-Mouse Ig FITC、カタログ番号349031)を用いた。結果を
図6に示す。また、1gの髄核組織由来細胞を全て試験例2に従って増幅培養し、その後試験例3に従って分化培養したと仮定した場合の、Col2陽性細胞数を算定した。結果を
図7に示す。第3培養工程を適用した場合(試験3-1)、適用しなかった場合(試験3-2)に比べてCol2陽性細胞数は約3倍に増加した。
【0167】
なお、FCM法により、細胞内のプロテオグリカン(PG)の発現が陽性である細胞の細胞数も測定し、細胞集団全体の細胞数に対する比率(PG陽性率)を算出した。PGに対する蛍光標識法としては、1次抗体としてマウス抗ヒトPG抗体(EMD milliporee、Anti-Cartilage Proteoglycan Antibody, adult, clone EFG-4、カタログ番号MAB2015)を、2次抗体としてヤギ抗マウスIgG抗体と蛍光色素FITCの複合体(BD社、、Goat Anti-Mouse Ig FITC、カタログ番号349031)を用いた。結果は、第3培養工程(PLLコーティング)の適用の有無にかかわらず、PG陽性率は共に100%近く、有意差は認められなかった(図示せず)。プロテオグリカンと異なり、II型コラーゲンを発現している機能的な髄核細胞は、従来の方法では最終的な細胞集団中の細胞数を増加させることが困難であったが、本発明の第1・第2培養工程及び第3培養行程を組み合わせることによりそれが可能となり、培養方法としての優位性が示された。
【0168】
[試験例4]増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3・第4培養工程
【表4】
【0169】
前記試験例2と同様の手順で、合計21日間の2段階の増幅培養段階の工程を行った。培養後の細胞集団を回収し、分化培養段階の工程として、ポリ-L-リジン(PLL)でコーティングされた試験管内で、分化培養段階用培地に表4に示す通りの追加成分を適用した培地を用いて14日間、培養を行った。
【0170】
培養後、細胞集団を回収し、[試験例3]と同様にしてPG陽性率を算出した。結果を
図8に示す。2種類のコラゲナーゼのどちらを培地に添加した場合も、コラゲナーゼを添加しなかった場合に比べて、PG陽性率は有意に増加した。
【0171】
試験例4-1~4-3のそれぞれについて、さらに6サンプルずつ調製し(椎間板の髄核組織を採取した椎間板ヘルニア患者は、32歳女性、28歳女性、20歳男性、16歳女性、28歳女性及び38歳女性)、[試験例3]と同様にしてCol2陽性率を算出した。結果を
図9に示す。サンプルによる差(椎間板髄核組織を採取した個人差)があったが、6サンプル中4サンプルにおいて、2種類のコラゲナーゼのうちのどちらかは、又はどちらとも、培地に添加した場合に、コラゲナーゼを添加しなかった場合に比べて、Col2陽性率の向上が認められた。
【0172】
[試験例5]増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3・第4培養工程 その2
【表5】
【0173】
分化培養段階について、培養容器のコーティング剤及び培地への追加成分(コラゲナーゼP)を表5に示すように変更したこと以外は前記試験例4と同様の手順で、増幅培養段階及び分化培養段階の工程を行い、PG陽性率及びCol2陽性率を測定した。結果を
図10に示す。例えば、培地に「コラゲナーゼP」を添加する場合は、濃度にもよるが、コーティング剤としてCol4(IV型コラーゲン)、FN(フィブロネクチン)又はPLL(ポリ-L-リジン)を含むコーティング剤、特にPLLを含むコーティング剤を用いることが、Col2陽性率の向上にとって好ましいことが認められた。
【0174】
[試験例6]増幅培養段階(2段階):第1・第2培養工程+追加工程→分化培養段階:第3・第4培養工程 その3
【表6】
【0175】
分化培養段階について、培養容器のコーティング剤及び培地への追加成分(リベラーゼ)を表6に示すように変更したこと以外は前記試験例4と同様の手順で、増幅培養段階及び分化培養段階の工程を行い、PG陽性率及びCol2陽性率を測定した。結果を
図11に示す。例えば、培地に「リベラーゼ」を添加する場合は、濃度にもよるが、コーティング剤としてCol4(IV型コラーゲン)又はPLL(ポリ-L-リジン)を含むコーティング剤を用いることが、Col2陽性率の向上にとって好ましいことが認められた。
【0176】
【0177】
本試験では、試験例1の対照と同様に(つまり本発明の第1培養方法:WTC法は適用せずに)、コラゲナーゼを用いた消化処理により椎間板ヘルニア患者の髄核組織から単離した細胞集団を用いた。この細胞集団を、10ng/mLのbFGFが添加された(本発明の第2培養方法は適用せず、試験例2のようなシナモン抽出液は添加されていない)増幅培養段階用培地で、8~9日間(1段階目)及び6~8日間(2段階目)培養した。
【0178】
続いて、上記のようにして増幅培養された(増幅培養段階として、本発明の第1及び/又は第2培養方法を適用してない)髄核由来のTi2陽性幹/前駆細胞を含む細胞集団に対して、分化培養段階として本発明の第3培養方法に基づく工程を実施した。この工程では、実施例3等と同様に、ポリ-L-リジンでコーティングされた培養皿上で6~7日間、単層培養を行った。
【0179】
培養後、細胞集団を回収し、試験例1及び2と同様にしてTie2陽性率及び総Tie2陽性細胞数を測定し、また試験例3等と同様にしてCol2陽性率を測定した。結果を
図13(Tie2陽性率)、
図14(総Tie2陽性細胞数)及び
図15(Col2陽性率)に示す。本発明の第3培養方法は、本発明の第1及び/又は第2培養方法と組み合わせない実施形態であっても、Tie2陽性率、総Tie2陽性細胞数及びCol2陽性率を向上させる効果を奏することが分かる。