(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-12
(45)【発行日】2024-09-24
(54)【発明の名称】自閉症予防のための組成物、乳酸菌、酵母及び/または酵母分解物
(51)【国際特許分類】
A61K 35/744 20150101AFI20240913BHJP
A61K 36/06 20060101ALI20240913BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240913BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20240913BHJP
C12N 1/16 20060101ALI20240913BHJP
A23L 33/14 20160101ALN20240913BHJP
A23L 33/135 20160101ALN20240913BHJP
【FI】
A61K35/744
A61K36/06 Z
A61P25/00
C12N1/20 A ZNA
C12N1/16 G
A23L33/14
A23L33/135
(21)【出願番号】P 2020131992
(22)【出願日】2020-08-03
【審査請求日】2023-02-15
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03207
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03208
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03210
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03211
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03212
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03240
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】520291032
【氏名又は名称】西村 篤寿
(73)【特許権者】
【識別番号】520291043
【氏名又は名称】浅井 紀之
(74)【代理人】
【識別番号】100180057
【氏名又は名称】伴 昌樹
(72)【発明者】
【氏名】西村 篤寿
(72)【発明者】
【氏名】浅井 紀之
(72)【発明者】
【氏名】吉田 祥子
【審査官】佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-004731(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0219456(US,A1)
【文献】Autism Research,2019年,Vol.9999,pp.1-13
【文献】Immunity,2013年,Vol.38,pp.1187-1197,http://dx.doi.org/10.1016/j.immuni.2013.02.024
【文献】British Journal of Dermatology,2014年,Vol.171,pp.732-741
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
A61K 36/00-36/9068
C12N 1/00- 1/38
A23L 33/00-33/29
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Tetragenococcus halophilusである耐塩性乳酸菌、Zygosaccharomyces rouxii、Candida famata又はPichia anomalaである耐塩性酵母及び
前記耐塩性酵母
の分解物からなる群より選択される1種または2種以上を含有し、バルプロ酸投与下にある妊娠前の女性、妊娠中の母親又は授乳中の母親に経口摂取させることで、子の自閉症スペクトラム疾患の発現を予防し、又は予防傾向
にするための組成物。
【請求項2】
自閉症に関連づけられる症状が、社交性又は社会的嗜好性である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母及び
前記耐塩性酵母
の分解物が、食品由来である請求項1または請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
受託番号NITE P-03207(L1)又はNITE P-03208(L5)の乳酸菌。
【請求項5】
NITE P-03240(Y1)、受託番号NITE P-03210(Y3)、受託番号NITE P-03211(Y4)又は受託番号NITE P-03212(Y6)の酵母。
【請求項6】
請求項5に記載の酵母の分解物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母、酵母分解物、及びこれらの菌体を含む自閉症予防素材又は組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自閉症スペクトラム障害は社会性反応障害やコミュニケーション障害、反抗的な挙動などにより特徴付けられ、これらの症状が3歳までに確認されれば自閉症として診断される。その患者数は年々増加傾向にあり、最近では100人に1人以上とも言われており、発症要因として妊娠期のストレスや薬物摂取、遺伝的要因などが考えられているが、その正確な発症メカニズムや有効な治療法は未だ確立されていない。
自閉症患者の脳病理や画像検査から、一貫して小脳に異常が現れる事が分かってきており、後葉半球におけるプルキンエ細胞数の減少を伴う小脳皮質の萎縮や形成不全・異常が注目されている(非特許文献1、2、9)。
【0003】
自閉症モデル動物は複数種類存在するが、その中でも「ラット胎生期バルプロ酸暴露自閉症モデル」において、脳組織の異常と共に、特徴的な行動異常(社会的行動障害、反復行動の増加、コミュニケーション障害等)も確認されている(非特許文献3)。
【0004】
バルプロ酸(VPA)は抗てんかん薬であるが、妊娠中の母親がバルプロ酸を使用すると、子どもの自閉症スペクトラム障害および小児自閉症のリスクが上昇することが報告されている。バルプロ酸は妊娠可能なてんかん女性にとって唯一の治療選択肢となる場合がある一方で、出生前の胎児に曝露すると自閉症のリスクが増大する可能性が指摘されている。
【0005】
また自閉症を含む神経発達障害を有する個体は、胃腸の異常症を併発することが多いことから、近年では腸内細菌叢との関連が研究されており、自閉症に「腸脳相関」が関連していることも分かってきている(非特許文献4,5)
【0006】
自閉症の有用な治療薬として、オキシトシン、ブメタニド、バソブレシンなどが期待され研究されている。また特許文献3にて「メラトニン受容体親和性を有する化合物を含有する自閉症スペクトラム障害の予防又は治療剤」が開示され、特許文献1にて「ドーパミンD3受容体拮抗薬としてのクロモン誘導体による自閉症スペクトラム障害の治療」も開示されている。
【0007】
母親の妊娠中や妊娠前を、自閉症予防のターゲットとしている審査中の出願も存在するが、その方法は化合物の投与(特許文献7,特許文献8)や血液に抗体を反応させる方法(特許文献9)である。同様の先行文献も存在する(非特許文献6,非特許文献7)。
【0008】
一方、乳酸菌や酵母は、様々な機能があることが確認されており、整腸作用、抗肥満効果、コレステロール低減、免疫改善、アレルギー改善、睡眠改善、美容効果などが報告されている。さらに最近では脳機能改善効果の報告もある。
【0009】
現在、脳機能改善に関与する乳酸菌や酵母として、認知症の予防・改善効果を持つラクトバチルス・ペントーサス変種プランタルムC29KCCM11291P菌株(特許文献2)、アルツハイマー、認知行動改善効果を持つビフィドバクテリウム・ブレーベ(特許文献4)、発達障害改善効果を持つ、ビフィドバクテリウム・ビフィダム(特許文献5)、うつ改善効果を持つビフィドバクテリウム・ロンガムATCCBAA-999(特許文献6)などが報告されている。
【0010】
自閉症からの回復効果の報告されている菌体素材として、Lactobacillus属とBifidobacterium属等のプロバイオティック菌(特許文献10)、Lactobacillus reuteri(非特許文献8)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特表2016-540000号公報
【文献】特表2015-526085号公報
【文献】国際公開第2017/119455号パンフレット
【文献】国際公開第2017/209156号パンフレット
【文献】国際公開第2017/179602号パンフレット
【文献】特表2018-525390号公報
【文献】特表2019-510816号公報
【文献】特表2018-150376号公報
【文献】特表2018-531248号公報
【文献】米国特許出願公開2004-0170617号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Ingram JL et. al., Prenatal exposure of rats to valproic acid reproduces the cerebellar anomalies associated with autism, Neurotoxicology and Teratology 22 (2000) 319-324
【文献】Piven J et. al., An MRI study of brain size in autism, Am J Psychiatry. 1995 Aug; 152(8):1145-9.
【文献】Roullet FI et. al., In utero exposure to valproic acid and autism-a current review of clinical and animal studies, Neurotoxicol Teratol. 2013 Mar-Apr; 36:47-56.
【文献】渡邉邦友,自閉症と腸内細菌,腸内細菌学雑誌 28 121-128,2014
【文献】Needham BD et. al., Searching for the gut microbial contributing factors to social behavior in rodent models of autism spectrum disorder, Dev Neurobiol. 2018 May;78(5):474-499.
【文献】Guo BQ et. al., Maternal multivitamin supplementation is associated with a reduced risk of autism spectrum disorder in children: a systematic review and meta-analysis., Nutr Res. 2019 May; 65:4-16.
【文献】Cezar LC et. al., Zinc as a therapy in a rat model of autism prenatally induced by valproic acid, Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2018 Jun 8;84(Pt A):173-180
【文献】Sgritta M et. al., Mechanisms Underlying Microbial-Mediated Changes in Social Behavior in Mouse Models of Autism Spectrum Disorder, Neuron. 2019 Jan 16; 101(2):246-259
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
菌体素材のなかでも、特に乳酸菌や酵母は食品適性が高く、日常的に摂取しやすいという利点がある。そのため、乳酸菌や酵母の中から、自閉症に対して新規な効果を発揮するものを見出すことが期待される。
本発明の目的は、上記現状に鑑み、自閉症に対して新規な効果を発揮する乳酸菌や酵母又はこれらの分解物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によれば、後述の素材、菌体又は菌体分解物が提供される。
[1] 耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母及び酵母分解物からなる群より選択される1種または2種以上を含有する、自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にする素材又は組成物。
[2] 自閉症に関連づけられる症状が、社交性(sociability)又は社会的嗜好性(social preference)である[1]に記載の素材又は組成物。
[3] 耐塩性乳酸菌を含有し、耐塩性乳酸菌が、Tetragenococcus halophilusである[1]又は[2]に記載の素材又は組成物。
[4] 耐塩性酵母又は酵母分解物を含有し、当該耐塩性酵母又は酵母分解物が、Zygosaccharomyces rouxii、Candida famata又はPichia anomalaである[1]乃至[3]のいずれか一項に記載の素材又は組成物。
[5] 耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母及び酵母分解物が、食品由来である[1]乃至[4]のいずれか一項に記載の素材又は組成物。
[6] 妊娠前の女性、妊娠中の母親又は授乳中の母親に経口摂取させる[1]乃至[5]のいずれか一項に記載の素材又は組成物。
[7] 受託番号NITE P-03207(L1)又はNITE P-03208(L5)の乳酸菌。
[8] NITE P-03240(Y1)、受託番号NITE P-03210(Y3)、受託番号NITE P-03211(Y4)又は受託番号NITE P-03212(Y6)の酵母。
[9] [8]に記載の酵母の分解物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、食品適性が高く、日常的に摂取しやすいうえ、自閉症に関連づけられる症状、とりわけ乳幼児の社会的行動障害の発現を予防し、又は予防傾向にする素材、菌体及び菌体分解物が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1b】社会的嗜好性の実験結果を示すグラフおよび表。
【
図2b】社会的嗜好性の実験結果を示すグラフおよび表。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施の形態になんら限定されるものではない。以下に説明される各種パラメタの数値範囲の下限に相当する数値は、その数値を含むその数値「以上」であってもよいし、その数値を含まないようにその数値を「超え」てもよい。また上限に相当する数値は、その数値を含むその数値「以下」であってもよいし、その数値を含まないようにその数値「未満」であってもよい。
【0018】
発明者らは、日常的に摂取しやすく食品適性が高い菌体を用いて、それを母親が摂取することで、生まれてくる子供の自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にすることが出来れば、有用であると考えた。
【0019】
耐塩性乳酸菌や酵母菌体は食品由来の菌体であることが好ましい。食品由来であると、摂取する際の安全性が高く、培養も容易であるため製造しやすいメリットがある。本明細書において「食品由来」とは、ヒトが摂取する食品又はその製造工程から採取することを意味する。食品は、天然食品又は自然食品であることが好ましく、とりわけ、糀、甘酒、醤油、清酒、塩糀、みりん、みりん風調味料、味噌等の発酵食品であることが好ましい。なお、食品由来の菌体は、そのまま使用してもよいし、食品由来の市販菌株又は分離菌株に対するスクリーニング、物理的な紫外線(UV)照射や化学的な変異剤の使用等の変異作出手段によって変異を誘発させたものであってもよい。
【0020】
自閉症に関連づけられる症状としては、典型的には社会的行動(社交性、社会的嗜好性)の障害、コミュニケーションの障害、言語障害、情緒障害、反復行動、執着的行動、興味の偏り、注意欠陥、多動性障害、学習障害、感覚過敏(鈍麻)等が挙げられる。本発明に係る耐塩性乳酸菌、酵母、酵母分解物又は素材は、上記列挙した症状のうち、少なくとも1つの症状の発現を予防し、又は予防傾向にするものである。
【0021】
自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にする効果は、自閉症モデル動物で引き起こされる「社交性の低下」又は「社会的嗜好性の低下」が抑制されることによって確認した。社交性・社会的嗜好性の低下の抑制が確認できたことから、本発明の菌体は自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にする効果が確認できた。
【0022】
本発明の耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母、酵母分解物は、自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にするものであれば、特に菌株が制限されるものではない。
本明細書において、耐塩性乳酸菌とは、塩分濃度の高い培地(塩分濃度11w/v%以上)でも培養が可能な性質を有する乳酸菌である。
本明細書において、耐塩性酵母とは、塩分濃度の高い培地(塩分濃度7w/v%以上)でも培養が可能な性質を有する酵母である。
本明細書において、酵母分解物とは、後述する任意の分解手法により耐塩性酵母を分解して得られたものである。
【0023】
本発明の耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母は、自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にするものであれば、生菌でも死菌でも良い。
【0024】
具体的には、テトラジェノコッカス属、ジゴサッカロマイセス属、キャンディダ属、ピキア属からなる群より選択される少なくとも1つに属するものとすることができる。より具体的には、テトラジェノコッカス・ハロフィラス(Tetragenococcus halophilus)、ジゴサッカロマイセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)、キャンディダ・ファーメタ(Candida famata)、ピキア・アノマーラ(Pichia anomala)からなる群より選択される少なくとも1つに属するものとすることができる。またこれらの菌株を2種以上組み合わせて良い。
【0025】
本発明の菌株は、受託番号NITE P-03207(L1)、NITE P-03208(L5)、NITE P-03240(Y1)、受託番号NITE P-03210(Y3)、受託番号NITE P-03211(Y4)、受託番号NITE P-03212(Y6)であることが好ましい。
とりわけこれらの菌株は、安全性が高く、自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にすることができる。
受託番号NITE P-03207(L1)、NITE P-03208(L5)、NITE P-03240(Y1)、受託番号NITE P-03210(Y3)、受託番号NITE P-03211(Y4)、受託番号NITE P-03212(Y6)は、いずれも独立行政法人製品評価技術基盤機構の特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託されている。
「好ましい菌株」の中でも、受託番号NITE P-03207(L1)、NITE P-03208(L5)、NITE P-03240(Y1)、受託番号NITE P-03210(Y3)、受託番号NITE P-03211(Y4)、受託番号NITE P-03212(Y6)は、味噌由来の耐塩性菌であり、塩分が高く(例えば18w/v%超の塩分)でも増殖可能であるため、食中毒菌や汚染菌などが生育し難い塩濃度が高い条件で培養することで、選択的に培養することができ、更に、簡易な培養設備での製造が可能である。
【0026】
[菌株の調製方法]
本発明の菌株は、培養後、殺菌などを行って調製できる。具体的には、培養後、膜処理や遠心分離などにより培地成分を除去し、洗浄・精製する。その後に加熱殺菌を行い、凍結乾燥・熱風乾燥などの手段により乾燥する。このようにして、本発明の菌体を調製することができる。
【0027】
[酵母分解物の調製方法]
本発明の酵母分解物は、培養後、自己消化や酵素分解などの処理を行って調製することができる。具体的には、培養後、膜処理や遠心分離などにより培地成分を除去し、洗浄・精製する。そして、自己消化、酵素分解、熱水抽出、酸・アルカリ分解、物理的破壊等のいずれか、又は複数の組み合わせで分解を行い、その後に加熱殺菌を行う。最後に、凍結乾燥・熱風乾燥などの手段により乾燥する。このようにして、本発明の酵母分解物を調製することができる。ここで耐塩性酵母の分解方法としては、典型的には、プロテアーゼ製剤及びグルカナーゼ製剤を併用する方法が挙げられるが、分解されてさえいれば、自己消化や他の方法でも問題なく、酵素分解する場合も添加する酵素の種類や量、反応温度や時間により本発明が制限されるものではない。
【0028】
[素材について]
本発明の他の側面は、耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母及び酵母分解物からなる群より選択される1種または2種以上を含有する、自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にする素材又は組成物である。素材は、耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母及び/または酵母分解物そのものである。2種以上とあることから、本発明の素材には、1種若しくは2種以上の耐塩性乳酸菌、1種若しくは2種以上の耐塩性酵母又は1種若しくは2種以上の酵母分解物の各々が、自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にする効果を有するものではないが、1種若しくは2種以上の耐塩性乳酸菌、1種若しくは2種以上の耐塩性酵母又は1種若しくは2種以上の酵母分解物が組み合わさることで、相互作用、生育環境等の変化により、物質産生等に変化が生じ、自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にする効果を奏する素材が含まれる。「素材又は組成物」は、ヒトが摂取可能な物質のあらゆる形態をとってよい。物質の形態としては、典型的には、錠剤、粉末、顆粒、水溶液、シロップ、軟膏、クリーム、ペースト、グミ、ガム、一般的に食材又は食品と称されるもの等が挙げられるが、特に限定されない。素材又は組成物の摂取方法としては、経口、経鼻、経皮、静脈、経腸、経膣、経肛門等が挙げられるが、特に限定されない。耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母及び酵母分解物については、上述の通りである。
上記素材又は組成物の剤型については、特に制限はなく、経口摂取する場合、経口固形剤であっても、経口液剤であってもよい。
上記組成物を経口固形剤とする場合、例えば、上記乳酸菌、耐塩性酵母又は酵母分解物に賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味・矯臭剤などの添加剤を加え、常法により製造することができる。
上記組成物を経口液剤とする場合、例えば、上記耐塩性乳酸菌、耐塩性酵母又は酵母分解物に、矯味・矯臭剤、緩衝剤、安定化剤などの添加剤を加え、常法により製造することができる。
【0029】
[用法・用量について]
本発明の耐塩性乳酸菌、酵母、酵母分解物又は素材若しくは組成物は、とりわけ乳幼児の自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にする観点から、妊娠前の女性、妊娠中の母親および/又は授乳中の母親の経口摂取が好適である。
【0030】
[自閉症モデル動物について]
実験動物として「ラット胎生期バルプロ酸暴露自閉症モデル」を使用した。
バルプロ酸はてんかんの治療薬であるが、妊婦が服用した際には、子孫の自閉症のリスクを増加させることが判明しており、自閉症モデル動物の作成にも利用されている。
またバルプロ酸はヒストン脱アセチル化阻害作用を持ちエピジェネティックな変化を引き起こすことも知られている。自閉症モデル動物を作成するため、バルプロ酸に代えてPoly i:c(2本鎖RNA)やリポ多糖(lipopolysaccharides:LPS)等を腹腔内投与により使用してもよい。
【0031】
[予防および予防傾向について]
本明細書において「予防」とは、症状に関する評価指標の少なくともいずれか1つにおいて、健常者又はプラセボを投与した被験者群(Ct)に対して統計的に有意差がなく(p1>.05)、なおかつ自閉症患者の被験者群に対する改善に統計的に有意差がある(p2<.05)ことを意味する。
本明細書において「予防傾向」とは、症状に関する評価指標の少なくともいずれか1つにおいて、自閉症患者の被験者群に対する改善に統計的に有意差がない(p2>.05)一方、有意傾向がある(p2<.10)ことを意味する。
【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(1)実施例1
<素材の作り方について>
1.菌の分離及び同定
味噌、醤油、及び甘酒の発酵食品の醸造工程より、植物性菌体を集めた。
耐塩性乳酸菌の分離培地は、「10SG10N寒天培地」を用い、5日程度30℃で嫌気培養して、コロニーを収集した。
「10SG10N寒天培地」は、醤油(こいくちしょうゆ(イチビキ社製の商品名))10v/v%、ぶどう糖1.0w/v%、酵母エキス1.0w/v%、ポリペプトン0.5w/v%、酢酸ナトリウム3水和物0.2w/v%、塩化ナトリウム10w/v%、「Tween80(ポリ(オキシエチレン)ソルピタンモノオレアート)」0.0025w/v%、硫酸マグネシウム7水和物0.02w/v%、硫酸マンガン4水和物0.001w/v%、硫酸鉄7水和物0.001w/v%を混合し、pH6.8に調整して、寒天末1.5w/v%を加えて、オートクレーブにより処理したものである。なお、「v/v%」は、(体積/体積)%を示す。
分離した乳酸菌は、グラム染色を行い、グラム染色陽性である事と、菌の形状を確認した。
【0033】
酵母の分離培地は、MGY寒天培地を使用した。4日程度30℃で好気培養し、コロニーを収集した。「MGY寒天培地」は、醤油(こいくちしょうゆ(イチビキ社製の商品名))10v/v%、ぶどう糖5.0w/v%、塩化ナトリウム6.0w/v%を混合し、寒天末1.5w/v%を加えて、オートクレーブにより処理したものである。
分離した酵母は、顕微鏡観察によりサイズと形状を確認した。
【0034】
また、菌体からDNAを抽出し、乳酸菌については16S rDNAをプライマー10F(5'-GTTTGATCCTGGCTCA-3')及びプライマー1500R(5'-TACCTTGTTACGACTT-3')、酵母については18S rDNAをプライマーITS1F(5'-GTAACAAGGT(T/C)TCCGT-3')及びプライマーITS1R(5'-CGTTCTTCATCGATG-3')を用いてPCRで増幅して、得られたPCR産物の配列「配列番号:1」(配列番号:L1の16SrDNA塩基配列)、「配列番号:2」(配列番号:L5の16SrDNA塩基配列)、「配列番号:3」(配列番号:Y1の18SrDNA塩基配列)、「配列番号:4」(配列番号:Y3の18SrDNA塩基配列)、「配列番号:5」(配列番号:Y4の18SrDNA塩基配列)、及び、「配列番号:6」(配列番号:Y6の18SrDNA塩基配列)を分析して入手し、既知の塩基配列データーベースと比較したところ、L1,L5については、Tetragenococcus halophilusとそれぞれ99.5%、99.6%の相同性を示し、Y1,Y3,Y4,Y6については、それぞれ100.0%、99.4%、99.8%、99.8%の相同性を示したため、菌種をTetragenococcus halophilus(L1,L5)、Zygosaccharomyces rouxii(Y1、Y3)、Candida famata(Y6)又はPichia anomala(Y4)と同定した。解析方法は、第十七改正日本薬局方 参照情報「遺伝子解析による微生物の迅速同定法」に準じた。
【0035】
2.菌体粉末の調製
分離した各菌株について、耐塩性乳酸菌は「10SG10N培地」を用いて、1~5日間、30℃で静置培養し、酵母は「MGY培地」を用いて30℃で3日程度好気培養した。「10SG10N培地」は先述の「10SG10N寒天培地」から寒天末を抜いた培地であり、「MGY培地」は先述の「MGY寒天培地」から寒天末を抜いた培地である。
それぞれの菌株を上記に従い培養後した後に、5000rpmで10分間遠心分離して集菌し、その沈殿を水に再び懸濁して遠心分離する操作を3回以上繰り返して培地成分を除いた。最後に沈殿を水に懸濁した状態で、121℃で20分間オートクレーブ滅菌処理をして、凍結乾燥して各菌体粉末を得た。
【0036】
3.菌体分解粉末の調製
2.と同様の操作を行って培地成分を除き、固形分が10%になるように水に懸濁した。pHが中性(6.5-7.5)であることを確認し、サモアーゼPC10F(天野エンザイム株式会社)を0.2w/v%、デナチームGEL-1(長瀬産業株式会社)を0.2w/v%添加してよく混合した。55℃で一晩反応させ、その上清のBrix(可溶性固形分量)が8.0以上、且つ上清の100倍希釈液の260、280、230nmの吸光度(光路長10mm)がそれぞれ1.5、1.0、1.7以上であることを確認した後に、121℃で20分間オートクレーブ滅菌処理をして、凍結乾燥して菌体分解物粉末を得た。
【0037】
<素材の与え方について>
4.摂取餌の調製
通常食群の餌として、LabDiet 5L37(PMI Nutrition International製/代理店 日本エスエルシー株式会社)を使用した。試験群には、通常食群と同じ餌に各粉末を0.2%混合した餌を使用した。
【0038】
<実験と結果について>
5.社交性・社会的嗜好性の観察
試験には、ラット胎生期バルプロ酸暴露自閉症モデルを使用した。Wistar系妊娠ラットの胎生期16日目(E16)にバルプロ酸ナトリウム(VPA)を600 mg/kg 経口投与した。生まれた子供は生後21日(P21)に離乳し、雄性ラットのみを6週齢で試験に使用した。なお、自閉症を誘導しない対象のラットに対しては、胎生期16日目(E16)にPBS(リン酸緩衝生理食塩水)を投与した。
試験素材は表1に示す条件で母ラットに摂食させた。
試験には3チャンバー社会行動実験装置(105×60×35cm、各部屋35×60×35cm)を使用した。各部屋の仕切りは透明アクリル製で、仕切りの中央下部にはラットが自由に出入りするための12×12cmの開口部を作った。左右の部屋には、ステンレス製のゲージ(φ15×30cm)を設置し、その中に別のラットを入れた際に、直接ラット同士がコンタクト出来るが、ゲージ内のラットはゲージ外へ移動できないようにした。
試験直前に、各部屋への開口部をふさいで自由に部屋を移動できない状態で対象ラットを中央の部屋に入れ、5分間環境に慣れさせ、中央の部屋をホームと認識させた。社交性の試験では、右の部屋に空のゲージを置き、左の部屋には同サイズの見知らぬラットの入ったゲージを置いた。その後、対象ラットを中央の部屋に置き、各部屋への開口部をふさいでいた仕切りを外して、10分間の行動を観察した。
その後、社会的嗜好性を確認するために、先ほどの右の部屋に置いた空のゲージに新しい見知らぬラットを入れて、同様の観察を10分間実施した。なお、右の部屋と左の部屋に識別は無く、左右を入れ替えて試験しても問題ない。
各ゲージにラットの鼻先が触れた時間を測定し、下記式により比率を計算して、結果を
図1に示した。
「社交性=見知らぬラット(左)のゲージに接触した時間/(見知らぬラット(左)のゲージに接触した時間+空(右)のゲージに接触した時間)×100」
「社会的嗜好性=より新奇なラット(右)のゲージに接触した時間/(より新奇なラット(右)のゲージに接触した時間+なれたラット(左)のゲージに接触した時間)×100」
【0039】
[結果]
VPA投与子孫において、社交性が低下(Ct:78±17、VPA:53±30)(※表記:平均±標準偏差)し、耐塩性乳酸菌L1を交配4週間前から離乳まで摂取していた場合、その低下が抑制される(L1-VPA:78±19)ことが確認できた(
図1a)。
VPA投与子孫において、社会的嗜好性が低下(Ct:52±29、VPA:29±25)し、耐塩性乳酸菌L1を交配4週間前から離乳まで摂取していた場合、その低下が抑制される(L1-VPA:53±25)ことが確認できた(
図1b)。
【0040】
以上より、耐塩性乳酸菌L1を妊娠前~授乳中に摂取することで、生まれてくる子供の自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にできることを見出した。
【0041】
(2)実施例2
6.社交性・社会的嗜好性の観察
実施例1と同様に実施した。試験素材は表2に示す条件で母ラットに摂食させた。
結果は
図2に示した。
[結果]
VPA投与子孫において、社交性が優位に低下(Ct:66±15、VPA:52±17)し、耐塩性乳酸菌L5、耐塩性酵母Y3、耐塩性酵母分解物Y1D、Y3D、Y5D、Y6D、Y7Dを其々摂取していた場合、その低下が抑制される(L5-VPA:72±42、Y3-VPA:63±9、Y1D-VPA:71±18、Y3D-VPA:69±21、Y5D-VPA:64±9、Y6D-VPA:77±11、Y7D-VPA:64±10)ことが確認でき、中でも耐塩性酵母Y3、耐塩性酵母分解物Y6Dを摂取していた場合に有意な抑制が確認できた(
図2a)。
VPA投与子孫において、社会的嗜好性が優位に低下(Ct:64±22、VPA:41±35)し、耐塩性乳酸菌L6、耐塩性酵母Y1、Y4、Y5、又は耐塩性酵母分解物Y1D、Y3D、Y6D、Y7Dを摂取していた場合、その低下が抑制されること(L6-VPA:65±21、Y1-VPA:77±20、Y4-VPA:80±17、Y5-VPA:74±31、Y1D-VPA:57±9、Y3D-VPA:72±21、Y6D-VPA:51±31、Y7D-VPA:61±15)が確認でき、中でも耐塩性酵母Y1、Y4、Y5、又は耐塩性酵母分解物Y3D、Y6Dを摂取していた場合に有意な抑制が確認できた(
図2b)。
以上より、耐塩性乳酸菌L5、L6、耐塩性酵母Y3、又はY4、又は耐塩性酵母分解物Y1D、又はY3D、又はY5D、又はY6D、又はY7Dを妊娠前~授乳中に摂取することで、生まれてくる子供の自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にする可能性が見出され、その中でも特に耐塩性乳酸菌L5、耐塩性酵母Y3、又はY4、又は耐塩性酵母分解物Y1D、又はY3D、Y6Dの予防し、又は予防傾向にする効果が特に期待できることが見出された。特にY3については、菌体と酵母分解物の両方において予防効果を示したため、さまざまな形態で効果を発揮することが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上のように、本発明の耐塩性乳酸菌、酵母、酵母分解物は、特に妊娠前の女性、妊娠中の母親および/又は授乳中の母親が摂取することで、その子供に引き起こされる自閉症に関連づけられる症状の発現を予防し、又は予防傾向にすることが分かった。
本発明の乳酸菌、酵母、酵母分解物は、飲食品、サプリメント、医薬品などに添加したり、そのままを飲食品、サプリメント、医薬品などとしたりすることができる。飲食品としては、例えば、醤油、つゆ、鍋つゆ、味噌、即席味噌汁、調理味噌(味噌加工品)、金山寺味噌などのなめ味噌、調味ソース、調味たれ、ご飯の素、惣菜、あま酒(糀飲料)等が挙げられる。
【配列表】