(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-12
(45)【発行日】2024-09-24
(54)【発明の名称】養液栽培に用いる無機鉄含有ガラス組成物
(51)【国際特許分類】
C03C 3/16 20060101AFI20240913BHJP
A01G 31/00 20180101ALI20240913BHJP
C03C 4/00 20060101ALI20240913BHJP
C05D 9/02 20060101ALI20240913BHJP
【FI】
C03C3/16
A01G31/00 601Z
C03C4/00
C05D9/02
(21)【出願番号】P 2020215416
(22)【出願日】2020-12-24
【審査請求日】2023-09-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000229874
【氏名又は名称】TOMATEC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003797
【氏名又は名称】弁理士法人清原国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】河野 美加
(72)【発明者】
【氏名】秋友 勝
(72)【発明者】
【氏名】升田 裕久
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-321575(JP,A)
【文献】特開平05-139780(JP,A)
【文献】特開2004-250299(JP,A)
【文献】特開昭54-043913(JP,A)
【文献】特開昭49-077911(JP,A)
【文献】国際公開第2016/132285(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 3/16
A01G 31/00
C03C 4/00
C05D 9/02
INTERGLAD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)P
2O
5 36mol%~44mol%、
(b)K
2O 36mol%~44mol%、および
(c)FeO 18mol%~20mol%を含む無機鉄含有ガラス組成物であり、
(f)窒素化合物を含まない還元剤をさらに含み、
P
2O
5/K
2Oのモル比が0.8~1.2であり、前記無機鉄含有ガラス組成物は水耕栽培および養液栽培全般における肥料として用い
られ、これら養液中の二価鉄の濃度1.2ppm以上を3週間程度維持する、無機鉄含有ガラス組成物。
【請求項2】
前記無機鉄含有ガラス組成物は、
(d)CuO 0.01mol%~0.5mol%、および/または
(e)ZnO 0.01mol%~0.5mol%をさらに含む、請求項1に記載の無機鉄含有ガラス組成物。
【請求項3】
前記無機鉄含有ガラス組成物の形状はフレークである、請求項1
または2に記載の無機鉄含有ガラス組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機鉄含有ガラス組成物に関する。より詳しくは、ガラス組成物としてP2O5ならびにK2O、および無機鉄としてFeOを含む、水耕栽培および養液栽培全般における肥料として用いる無機鉄含有ガラス組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
水耕栽培とは、土壌を全く使わず、生長に必要な養分を溶かした水溶液(養液)を用いて植物を育てる方法である。水耕栽培では、栽培する植物の根の部分を養液に浸たし、栄養成分を根から吸収させることで植物を生長させる。そのため、水耕栽培は土の入れ替えなどがないことから汚れにくく、室内のスペースでも草花、野菜、またはハーブなどを気軽に栽培することができる。
【0003】
一方で、水耕栽培と土耕栽培を比較すると、水耕栽培は、土よりも栄養成分が少ない水を用いるために、植物が取り込む栄養成分も少なくなり、植物の生長が抑制されることがある。そのため、水耕栽培においては養液が重要であり、その養液を提供できる肥料が重要となる。
【0004】
養液栽培用の肥料は、作物の必須栄養素のすべての成分をバランス良く含む必要があり、一つの成分でも欠けると生育に障害を生ずる。その成分の中でも鉄は水中で沈殿しやすい性質がある。とくに養液中の鉄イオンはリン酸イオンや水酸化物イオンなどと結合して極めて沈殿を生じやすい。土耕栽培では沈殿した鉄を根が再溶解して吸収する事ができるが、養液栽培では水で流れてしまい植物が鉄を吸収できない。すなわち土壌栽培で鉄欠乏はほとんど発生しないが、養液栽培では鉄欠乏が容易に発生する。この問題点に対応するため養液栽培用の肥料では、鉄の沈殿が生じないようにEDTA鉄やDTPA鉄などの合成キレート鉄を含有する肥料が常に使用されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、水耕栽培用の普通処方培養液により葉菜類を栽培し、収穫の1~4日前から、0.36mMより多く6.0mM以下のEDTA鉄を含有する高鉄含有培養液を用いる水耕栽培方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の水耕栽培方法では、肥料であるEDTA鉄を水に溶解することで鉄分を多く含有する養液を調製し、葉菜類の植物の根を養液に浸し、これにより鉄分を葉菜類の植物体に多く含ませることで植物を充分に生長させ、鉄分を多く含む葉菜類を栽培できることが開示されている。
【0008】
一方で、EDTA鉄は水にたくさん溶解させることができるが、多くなりすぎた場合には、植物が生育障害を起こしてしまうおそれがあり、1回毎に加えるEDTA鉄の量を適切に調節する必要があった。そのため、鉄分が水中においてゆっくり溶けることにより、定期的にEDTA鉄を加える必要がなく、かつ養液中の鉄分が多くなりすぎない水耕栽培用の肥料があると好適である。
【0009】
上記問題に鑑みて鋭意研究したところ、無機鉄を含有する特定のガラス組成物を養液栽培用の肥料とすることにより、無機鉄由来の鉄分が水中においてゆっくり溶けていくことを見出し、本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に係る発明は、(a)P2O5 36mol%~44mol%、(b)K2O 36mol%~44mol%、および(c)FeO 18mol%~20mol%を含む無機鉄含有ガラス組成物であり、(f)窒素化合物を含まない還元剤をさらに含み、P2O5/K2Oのモル比が0.8~1.2であり、前記無機鉄含有ガラス組成物は水耕栽培および養液栽培全般における肥料として用いられ、これら養液中の二価鉄の濃度1.2ppm以上を3週間程度維持する、無機鉄含有ガラス組成物に関する。
【0011】
請求項2に係る発明は、前記無機鉄含有ガラス組成物は、(d)CuO 0.01mol%~0.5mol%、および/または(e)ZnO 0.01mol%~0.5mol%をさらに含む、請求項1に記載の無機鉄含有ガラス組成物に関する。
【0013】
請求項3に係る発明は、前記無機鉄含有ガラス組成物の形状はフレークである、請求項1または2に記載の無機鉄含有ガラス組成物に関する。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に係る発明によれば、(a)P2O5 36mol%~44mol%、(b)K2O 36mol%~44mol%、および(c)FeO 18mol%~20mol%を含む無機鉄含有ガラス組成物であり、P2O5/K2Oのモル比が0.8~1.2であり、前記無機鉄含有ガラス組成物は水耕栽培および養液栽培全般における肥料として用いる、無機鉄含有ガラス組成物であるため、無機鉄由来の鉄分が水中にゆっくり溶けていき、養液中の鉄濃度を長期にわたって維持できる。ゆえに、EDTA鉄を定期的に加える必要がない、かつ養液中の鉄分が多くなりすぎない水耕栽培用および養液栽培全般用の肥料を提供できる。また、肥料として上記無機鉄含有ガラス組成物を用いることにより、植物の水耕栽培における栽培者の負担を減らし、鉄分を植物に程良く含有させることから植物が生育障害を起こすおそれがない水耕栽培および養液栽培全般を可能にする。
また、ガラスの熔融時に還元状態を保つため(f)還元剤をさらに含むため、鉄が還元されガラスの骨格を適度に切断することで無機鉄含有ガラス組成物中の鉄分を水中にゆっくり溶かすことができ、かつ養液中の鉄分が多くなりすぎない水耕栽培用および養液栽培全般用の肥料を提供できる。
【0015】
請求項2に係る発明によれば、前記無機鉄含有ガラス組成物は、(d)CuO 0.01mol%~0.5mol%、および/または(e)ZnO 0.01mol%~0.5mol%をさらに含むため、植物の生長に重要な成分である銅および/または亜鉛を水に溶解でき、植物の水耕栽培をより快適に行える。これにより、水耕栽培時のEDTA銅および/またはEDTA亜鉛の使用をなくす、または使用量を減らすことができるため、EDTA銅および/またはEDTA亜鉛を定期的に加える必要をなくす、または使用回数を減らすことができる。そのため、養液中の銅と亜鉛の濃度が一気に増加するおそれがなく、快適な養液栽培を可能にする肥料を提供できる。
【0017】
請求項4に係る発明によれば、前記無機鉄含有ガラス組成物の形状はフレークであるため、養液中で固まることがなく、無機鉄含有ガラス組成物中の鉄分を水中にゆっくり溶かすことができ、かつ養液中の鉄分が多くなりすぎない水耕栽培用の肥料を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係る実施例の無機鉄含有ガラス組成物を備える肥料と比較例のEDTA鉄含有ガラス組成物を備える肥料を水に溶解した養液を使用してレタスの水耕栽培を行った際の養液中の鉄濃度を示す図である。
【
図2】本発明に係る実施例の無機鉄含有ガラス組成物を備える肥料と比較例のEDTA鉄含有ガラス組成物を備える肥料を水に溶解した養液を使用してレタスの水耕栽培を行った後に収穫したレタスの写真を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る無機鉄含有ガラス組成物(以下、単に「本無機鉄含有ガラス組成物」とも称する)の好適な実施形態について説明する。
【0020】
本無機鉄含有ガラス組成物は、P2O5(五酸化二リン)およびK2O(酸化カリウム)を含んでおり、その熔解原料としてリン酸カリウム、リン酸アンモニウム、炭酸カリウムなどが使用できる。
【0021】
P2O5およびK2Oは、本無機鉄含有ガラス組成物における骨格としての役割を有しており、肥料の形状を定めるとともに、肥料成分の水中への溶解速度を調節することができる。そのため、本無機鉄含有ガラス組成物を特定の組成とすることにより、鉄分の水中への溶解速度を調節し、養液中の鉄濃度を長期にわたって維持することができるため、従来のようにEDTA鉄を定期的に加える必要をなくすことができ、かつ有機合成キレート鉄を使用することなく鉄分を作物に安定して供給できる。
【0022】
ガラス組成物中のP2O5の含有量は、例えば、36mol%~44mol%の範囲内とすることができる。P2O5の含有量が36mol%未満である場合、鉄分などの肥料成分が水中に溶解しすぎてしまい、P2O5の含有量が44mol%を超える場合、鉄分などの肥料成分が水中に溶解しにくくなる。また、ガラス組成物中のP2O5の含有量は、39mol%~41mol%であるとより好ましく、鉄分などの肥料成分を水中にゆっくり溶解させることができ、長期にわたって養液中の鉄濃度を維持できる。
【0023】
ガラス組成物中のK2Oの含有量は、例えば、36mol%~44mol%の範囲内とすることができる。K2Oの含有量が36mol%未満である場合、鉄分などの肥料成分が水中に溶解しにくくなり、K2Oの含有量が44mol%を超える場合、鉄分などの肥料成分が水中に溶解しすぎてしまう。また、ガラス組成物中のK2Oの含有量は、39mol%~41mol%であるとより好ましく、鉄分などの肥料成分を水中にゆっくり溶解させることができ、長期にわたって養液中の鉄濃度を維持できる。
【0024】
本無機鉄含有ガラス組成物のガラス組成物中のP2O5/K2Oのモル比は、例えば、0.8~1.2の範囲内とすることができる。P2O5/K2Oのモル比が0.8未満である場合、ガラスの骨格が弱くなって、鉄分などの肥料成分が水中に溶解しすぎてしまう。P2O5/K2Oのモル比が1.2を超える場合、ガラスの骨格が強くなりすぎて、鉄分などの肥料成分が水中に溶解しにくくなってしまう。ガラス組成物中のP2O5/K2Oのモル比は、0.9~1.1の範囲内であることがより好ましく、鉄分などの肥料成分を水中にゆっくり溶解させることができ、長期にわたって養液中の鉄濃度を維持できる。
【0025】
本無機鉄含有ガラス組成物は、ガラス組成物としてNa2Oを含ませる必要がない。一般的に、ガラスを溶けやすくするためにNa2Oを含ませる場合があるが、ナトリウムは植物の生育にとって必須ではなく、量が多いと害作用もあることから、Na2Oを含まないガラスは植物栽培に好適である。
【0026】
本無機鉄含有ガラス組成物は、無機鉄のみを含有し、EDTA鉄などの合成キレート鉄を含有しない。ガラス化したことにより、鉄分が一気に水中に溶解することを防ぐことができる。水耕栽培において、植物が生長するには鉄は必要不可欠な肥料成分であり、鉄分が枯渇してしまった場合には、水耕栽培中の植物が枯死してしまうおそれがある。この植物の枯死は、土壌中では多量の鉄分が存在しているが、水中には鉄分がほとんど存在しないために起きてしまう。
【0027】
本無機鉄含有ガラス組成物においてFeOの含有量は、例えば、18mol%~20mol%の範囲内とすることができる。無機鉄含有ガラス組成物中のFeOの含有量は、鉄分の水中への溶解性に大きく影響する。FeOの含有量が少ないとガラスの骨格が弱くなり鉄がたくさん溶出するようになり、FeOの含有量が多いとガラスの骨格が強くなりすぎて鉄が溶出しにくくなる。FeOの含有量が18mol%未満である場合、鉄分の水中への溶解性が高く、養液中の鉄濃度を長期にわたって維持できない。加えて、無機鉄含有ガラス組成物は空気中で変質しやすくなる。一方、FeOの含有量が20mol%を超える場合、無機鉄含有ガラス組成物は空気中で変質しにくくなるが、鉄分の水中への溶解性が低く、養液中の鉄濃度が低くなってしまう。また、FeOの含有量は18.5mol%~19.6mol%の範囲内であることがより好ましく、空気中で変質しにくく、かつ鉄分の水中への溶解性が良好で、長期にわたって養液中の鉄濃度を維持できる。
【0028】
本無機鉄含有ガラス組成物は、肥料成分として銅をさらに含有してもよい。本無機鉄含有ガラス組成物が銅を含有することにより、銅成分を水中に溶解させることができ、植物に銅成分を供給可能な水耕栽培用および養液栽培全般用の肥料を提供できる。
【0029】
本無機鉄含有ガラス組成物における銅の含有量は、例えば、CuOとして、0.01mol%~0.5mol%の範囲内とすることができる。CuOの含有量が0.01mol%未満である場合、本無機鉄含有ガラス組成物を水に溶解させた際の銅濃度が低くなってしまうため、植物を充分に生長させる肥料を提供できない。一方、CuOの含有量が0.5mol%を超える場合、本無機鉄含有ガラス組成物を水に溶解させた際の銅濃度が高くなってしまい、植物が生育障害を起こしてしまうおそれがある。また、CuOの含有量は0.05mol%~0.15mol%の範囲内であることがより好ましく、銅成分が水中にゆっくり溶けることにより、長期にわたって養液中の銅濃度を維持できる。
【0030】
本無機鉄含有ガラス組成物は、肥料成分として亜鉛をさらに含有してもよい。本無機鉄含有ガラス組成物が亜鉛を含有することにより、亜鉛成分を水中に溶解させることができ、植物に亜鉛成分を供給可能な水耕栽培用および養液栽培全般用の肥料を提供できる。
【0031】
本無機鉄含有ガラス組成物における亜鉛の含有量は、例えば、ZnOとして0.01mol%~0.5mol%の範囲内とすることができる。ZnOの含有量が0.01mol%未満である場合、本無機鉄含有ガラス組成物を水に溶解させた際の亜鉛濃度が低くなってしまうため、植物を充分に生長させる肥料を提供できない。一方、ZnOの含有量が0.5mol%を超える場合、本無機鉄含有ガラス組成物を水に溶解させた際の亜鉛濃度が高くなってしまい、植物が生育障害を起こしてしまうおそれがある。また、ZnOの含有量は0.05mol%~0.15mol%の範囲内であることがより好ましく、亜鉛成分が水中にゆっくり溶けることにより、長期にわたって養液中の亜鉛濃度を維持できる。
【0032】
本無機鉄含有ガラス組成物は、還元剤を添加して熔融する事により、ガラスの骨格を弱くして、無機鉄含有ガラス組成物中の鉄成分の水への溶解速度を調節でき、長期にわたって養液中の鉄濃度を維持できるため、水耕栽培用の肥料として好適に使用できる。還元剤は、例えば、石炭、コークスなどの各種有機物、または天然ガスなどを使用できる。コークスを使用する場合は、0.01wt%~5.0wt%が好ましい。
【0033】
本無機鉄含有ガラス組成物の1つの例として、P2O5 36mol%~44mol%、K2O 36mol%~44mol%、およびFeO 18mol%~20mol%を含み、P2O5/K2Oのモル比が0.8~1.2である無機鉄含有ガラス組成物とすることができる。この無機鉄含有ガラス組成物は、無機鉄由来の鉄分が水中にゆっくり溶けていくため、養液中の鉄濃度を長期にわたって維持でき、水耕栽培における肥料として好適に用いることができる。
【0034】
本無機鉄含有ガラス組成物の他の例として、P2O5 39mol%~41mol%、K2O 39mol%~41mol%、FeO 18.5mol%~19.6mol%、CuO 0.05mol%~0.15mol%、ZnO 0.05mol%~0.15mol%を含み、P2O5/K2Oのモル比が0.9~1.1であり、およびガラスの熔融時にコークス2.0wt%~2.5wt%を添加して熔融した無機鉄含有ガラス組成物とすることができる。この無機鉄含有ガラス組成物は、無機鉄由来の鉄分が水中にゆっくり溶けていくため、養液中の鉄濃度を長期にわたって維持でき、水耕栽培における肥料として好適に用いることができる。
【0035】
本無機鉄含有ガラス組成物の形状は特に限定されないが、フレークの形状のものを用いることが好ましい。例えば、サイズが1mm~4mmであるフレークの形状の無機鉄含有ガラス組成物を水耕栽培において使用することにより、養液中で固まることなく使用できる。粉末状の無機鉄含有ガラス組成物よりもフレークの形状の無機鉄含有ガラス組成物の方が、水耕栽培用の肥料として好適に用いることができる。
【0036】
本無機鉄含有ガラス組成物は、例えば、上述したガラス組成物の原料、および還元剤を坩堝に入れて1250℃で熔融させ、ガラス化した後に急冷することで無機鉄含有ガラス組成物を製造する。
【0037】
本無機鉄含有ガラス組成物の製造において、熔融温度は、製造する無機鉄含有ガラス組成物の種類に応じて、最適な熔融温度を適宜設定できる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明に係るおよび無機鉄含有ガラス組成物の実施例を示すことにより、本発明の効果をより明確なものとする。但し、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0039】
[実施例]
(銅と亜鉛を加えた無機鉄含有ガラス組成物の調製)
ガラス成分としてP2O5ならびにK2O、肥料成分としてFeO、CuO、ZnO、および還元剤としてコークスを混合し坩堝に加えた。続いて、坩堝を窯内で1250℃に加熱熔融することで、ガラス化した。坩堝を窯から出して熔融物を水冷のステンレスロール上に流し出し急冷してフレークの形状の無機鉄含有ガラス組成物を得た。無機鉄含有ガラス組成物の成分割合、P2O5/K2O比、およびフリットのサイズを表1に示した。
【0040】
[比較例]
(EDTA鉄およびEDTA銅、EDTA亜鉛)
鉄の肥料成分としてFe(III)-EDTA、銅の肥料成分としてCu(II)-EDTA、亜鉛の肥料成分としてZn(II)-EDTAを使用した。
【0041】
【0042】
(水耕栽培用養液の調製)
水耕栽培で用いる養液は、肥料成分として鉄分のみを含有するだけでは不十分であり、植物の栽培を行うことができない、そのため、他の肥料成分を補うため、以下の肥料を調製し、各々の肥料を併用することでレタスの栽培を行った。
【0043】
各肥料成分を有するが鉄を含まない水耕栽培用配合肥料(A)、硝酸性窒素およびカルシウム成分としてCa(NO3)2(硝酸カルシウム)(B)を水に溶解し、水耕栽培用の肥料を調製した。
【0044】
水耕栽培用配合肥料(A)150gを水1Lに溶解させ、(A)の濃縮液を調製した。また、同様に、(B)100gを別の水1Lに溶解させ、(B)の濃縮液を調製した。
【0045】
調製した水耕栽培用配合肥料(A)の濃縮液と(B)の濃縮液を1:1の比率で加え、220倍希釈液を調製した。調製した220倍希釈液に実施例の無機鉄含有ガラス組成物または比較例のEDTA鉄を加え水耕栽培用養液とした。養液の調製に用いた水耕栽培用配合肥料の保証成分と効果発現促進材の割合を表2に示した。
【0046】
【0047】
(無機鉄含有ガラス組成物とEDTA鉄含有養液を用いたレタスの水耕栽培試験)
実施例の無機鉄含有ガラス組成物の肥効を確認するために、上述の方法にて水耕栽培養液を調製しレタスの水耕栽培を行った。また、比較対象として、比較例のEDTA鉄含有養液を用いてレタスの水耕栽培を行った。
【0048】
水耕栽培試験は、閉鎖型植物栽培ユニットである、やさいえ(株式会社エム式水耕研究所の登録商標)を用いて行った。水耕栽培は湛液型水耕で行い、栽培面積は5.4m2(320株)とした。水耕栽培養液をそれぞれ350L用い、実施例には本無機鉄含有ガラス組成物を添加し、比較例にはEDTA鉄を添加して栽培した。養液は多段循環とし、光源には白色LEDを用いた。
【0049】
実施例と比較例の養液を用いるレタスの水耕栽培試験は、播種から10日目に移植し、移植から27日間で収穫した。
【0050】
実施例を用いる場合は、移植の3日前に無機鉄含ガラス組成物を添加するのみであり、その後には鉄肥料の追加はしなかった。一方、比較例の養液は、初日に用いた後、鉄濃度を維持するために、移植20日目にEDTA鉄含有濃縮液0.8Lおよび移植24日目にEDTA鉄含有濃縮液0.8Lを追加した。
【0051】
(養液中の鉄濃度の調査)
レタスを水耕栽培している期間中、各試験区の養液の鉄濃度を調査し、その平均値を算出した。結果を
図1に示した。
【0052】
(生育収量調査)
栽培試験を終了した後、各試験区のレタスを収穫し、生育終了後の重量、標準偏差、葉長、収量、および収量比を調べ、その平均値を算出した。結果を表3に示した。また、収穫したレタスの写真を
図2に示した。
【0053】
【0054】
(レタスの無機成分含有率)
栽培試験を終了した後、各試験区のレタスを収穫し、生育終了後の無機成分含有率および水分量を調べ、その平均値を算出した。結果を表4に示した。
【0055】
【0056】
実施例および比較例の試験区は、ともに充分な重量および形状のレタスが収穫できた。これは表3および
図2の結果からも、明らかである。また、表4の結果より収穫したレタスに含まれる無機成分含有率についても、実施例および比較例の試験区でさほど変化はないことが分かった。
【0057】
一方で、実施例および比較例の試験区において、養液の有効性の差異が見られた。以下、その内容について詳述する。
【0058】
図1に養液中の鉄濃度の調査結果を示した。実施例の試験区では、初期の鉄濃度は低いものの、植物の生長にあわせて徐々に鉄濃度が高まり、移植14日後からは鉄濃度が下がるものの収穫直前まで鉄濃度1.2ppm以上を維持していた。すなわち初めの1回の無機鉄含有ガラス組成物の添加により、養液中の鉄濃度1.2ppm以上を3週間程度維持できることが分かった。植物の水耕栽培においては、養液中の鉄濃度を1.2ppm以上で維持することにより充分な生長を望むことができるため、実施例の養液は水耕栽培において有効であることが分かった。
【0059】
他方、比較例の試験区では、生育後半に養液中の鉄濃度を1.2ppm以上に維持することができず、EDTA鉄を追加で2回加える必要があった。比較例ではEDTA鉄の全量がはじめから養液に溶けており、植物が吸収したり養液中に沈殿してしまったりした鉄を常に補う必要があるためである。すなわち比較例の場合は、養液中の鉄濃度を1.2ppm以上に維持するためには、1ヵ月の水耕栽培試験期間において、EDTA鉄を合計3回加える必要があることが分かった。また、仮に一度のEDTA鉄添加で養液中の鉄濃度を1.2ppm以上に維持しようとすると、はじめの養液中の鉄濃度を高くしなければならないが、植物にはEDTAの薬害が発生する恐れがあるため、EDTA鉄は数回に分けて添加する必要があった。
【0060】
上述したレタスの水耕栽培試験の結果から、実施例の無機鉄含有ガラス組成物は水耕栽培用の肥料として有効であることが分かった。したがって、実施例の無機鉄含有ガラス組成物は、定期的にEDTA鉄を加える必要がなく、かつ養液中の鉄分が多くなりすぎない水耕栽培用の肥料として、好適に幅広く利用できることが分かった。
【0061】
上述したレタスの水耕栽培試験において、実施例の銅と亜鉛を加えた無機鉄含有ガラス組成物を用いた場合、表4の結果より比較例のEDTA銅およびEDTA亜鉛を用いた場合に比べ、レタス中の銅および亜鉛含有量が増加した。
【0062】
実施例を用いて水耕栽培を行った場合、EDTA銅とEDTA亜鉛の使用量も減らすことができると考えられる。これにより、実施例の銅及び亜鉛を加えた無機鉄含有ガラス組成物は、より好適な水耕栽培用の肥料として使用できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明に係る無機鉄含有ガラス組成物によれば、(a)P2O5 36mol%~44mol%、(b)K2O 36mol%~44mol%、および(c)FeO 18mol%~20mol%を含む無機鉄含有ガラス組成物であり、P2O5/K2Oのモル比が0.8~1.2であり、前記無機鉄含有ガラス組成物は水耕栽培および養液栽培全般における肥料として用いることが可能であり、無機鉄由来の鉄分が水中にゆっくり溶けていき、養液中の鉄濃度を長期に亘って維持できる。ゆえに、EDTA鉄を定期的に加える必要がない、かつ養液中の鉄分が多くなりすぎない水耕栽培用および養液栽培全般用の肥料を提供できる。また、肥料として上記無機鉄含有ガラス組成物を用いることにより、植物の水耕栽培における栽培者の負担を減らし、鉄分を植物に程良く含有させることから植物が生育障害を起こすおそれがない水耕栽培を可能にする。
【0064】
したがって、本発明に係る無機鉄含有ガラス組成物は、定期的にEDTA鉄を加える必要がなく、かつ養液中の鉄分が多くなりすぎない水耕栽培用および養液栽培全般用の肥料として、好適に幅広く利用することができる。