(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】減塩干物製造方法及び減塩干物
(51)【国際特許分類】
A23B 4/03 20060101AFI20240917BHJP
A23L 17/00 20160101ALI20240917BHJP
【FI】
A23B4/03 501Z
A23L17/00 Z
A23L17/00 A
(21)【出願番号】P 2023068107
(22)【出願日】2023-03-31
【審査請求日】2023-03-31
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 南紀新報社 南紀新報 夕刊 2022年10月22日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 吉野熊野新聞社 吉野熊野新聞 夕刊 2022年10月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】519156823
【氏名又は名称】有限会社魚作商店
(72)【発明者】
【氏名】竹内 誠一
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-153380(JP,A)
【文献】特開2015-084675(JP,A)
【文献】特開2014-147366(JP,A)
【文献】特開2019-150005(JP,A)
【文献】韓国公開特許第2022-0013715(KR,A)
【文献】特開2006-325450(JP,A)
【文献】新商品「塩味がしっかりする無添加減塩干物」, 魚作商店[online], 2022年10月20日(2024年05月10日検索),https://note.com/uosaku/n/nb2b4d6654e46
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23B、A23L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項4】
「にいひめ」、「ゆず」、「すだち」、「じゃばら」、「かぼす」、「だいだい」からなる群から選択される一つ又は複数の混合果汁の果汁濃度が2%~4%であって、NaCl濃度が3%~5%である香酸柑橘塩水を含む減塩干物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減塩しても干物の美味しさが味わえる減塩干物の製造方法及びこの方法で製造した減塩干物に関する。
【背景技術】
【0002】
図1に代表例として示すような従来の製法では、干物を保存食と位置づけ、塩を効かせて干すことで、塩味の効いた干物が主流となっていたが、近年の冷凍技術や冷風乾燥機、また流通過程の冷凍配送便の飛躍的な進歩と普及により、魚の素材の旨味を大切にした製造方法に変化してきた。
柑橘類の添加が、各種食品及び料理で旨味や塩味を呈することは、文献1~文献4で開示されている。
文献1では、食物や飲料の旨味と塩味を損なうことなく塩の添加量を少なくできる減塩を目指しているところは本発明と同じであるが、文献1では極めて広範囲の飲食品に対応できる塩味旨味増強剤を目指しているが、本発明では魚の干物に限定して、旨味と塩味を損なわない減塩方法を目指しているところが異なる。なお、本発明は、文献1に記載の方法では全くと言ってよいほど効果が無く、コスト面においても適切でなかったため、発明者は改めての研究開発を独自に行なったものである。
文献1では、添加物は、当初、「柑橘類の果皮抽出液、柑橘類の果汁、それらの混合物」と極めて広い範囲で出願されたが、何回にもわたる審査で、最終的に「グレープフルーツの果皮抽出液の減圧濃縮物、又は、レモンの果皮抽出液とレモンの果汁との混合物の減圧濃縮物を含有する出汁」と、大幅に減縮された。
この発明は、出来上がる塩味旨味増強剤濃縮液の質量で10倍以上のエタノールを加温してピールを添加し、加温した温度を保ったまま3時間浸漬抽出を行い、冷やした後に濾過してから減圧濃縮するといった、数多くの工程が必要な技術である。
このような工程で得られた塩味旨味増強濃縮液は、加工食品、例えば麺つゆに添加することにより、塩味や旨味が増すとされている。
しかし、この方法では、工程の複雑さや、製造コストの観点で、本発明の目的である「魚の干物において旨味を損なうことなく大幅に減塩できる」には実用性が全く見込まれない。
文献2に記載の方法では、塩味の付与が弱く、その意味で味覚において満足できない。
文献3に記載の塩味増強剤には、香辛料抽出物の一つとしてシナモン抽出物が含まれている。そのため、この塩味増強剤を添加すると、摂取した際にシナモンの味を感じる可能性が高く、魚の干物には適さない。
文献4に記載の酸化防止及び魚の臭み抑制では、柑橘系果物を微細粉末にし、寒天からなる保護被膜を形成させる、干物本体の表面をコーティングする方法は、本発明の果汁を浸透させる方法とは異なっている。
以上のように、魚の干物において旨味を損なうことなく大幅に減塩できる適切な方法はまだ報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-153380号公報
【文献】特開2011-4668号公報
【文献】特開2012-239398号公報
【文献】特開2006-325450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
現代人の食生活は、塩分過剰が問題となっており、干物の保存性と旨味の観点から添加される塩分量は、高血圧患者において健康上の理由で干物を食べたくても食べられない方が日本人のおよそ3人に1人と推定されている。
日本人の食事摂取基準2020年版では、1日あたりの塩分摂取量の目標が、男性7.5g、女性が6.5g未満、2019年国民健康・栄養調査では、日本の塩分摂取量が平均10.4gと過剰状態であるといわれている。
魚は干物に適した、簡単な工程で、かつ低コストで、操作や作業が容易であることが必須条件であり、また、魚は鮮度が大切であるため、干物加工において、加温は避けなければならない。
干物は、食品として口にする際、煮込むこと無く、普通に焼くことが一般的であり、したがって、塩味や旨味を与えるために、文献1、2及び3のように調理前あるいは調理中に添加するタイプは適用できない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の減塩干物製造について、第一の手段は、魚を開いて内臓を取り除いた後、真水であって摂氏約10度以下の冷水で血出しして血出し魚とする血出し工程と、冷水から前記血出し魚を取り出し水切りを行い水切り魚とする水切り工程と、真水に塩を添加したNaCl濃度3~5%の塩水に、香酸柑橘の範囲に入る、「にいひめ」、「ゆず」、「すだち」、「じゃばら」、「かぼす」、「だいだい」からなる群から選択される一つ又は複数の混合果汁を、塩水に対して2~4%添加した香酸柑橘塩水に前記水切り魚を漬け込み、前記水切り魚の肉の中に香酸柑橘塩水を浸透させて漬け込み魚とする漬け込み工程と、前記漬け込み魚を水洗いせずに乾燥させて減塩干物とする乾燥工程を備えることを特徴とする方法で製造される。
本発明の減塩干物製造について、第二の手段は、上記減塩干物の製造方法における前記漬け込み工程において、前記塩水における真水の代わりに、海洋深層水を使用して、前記香酸柑橘塩水中のNaCl濃度3%~5%になるよう、必要に応じて塩を添加したことを特徴とする方法で製造される。
本発明の減塩干物製造について、第三の手段は、前記発明における血出し工程前において開いて内臓を取り除く際に、大骨を除去することを特徴とする上に記載の方法で製造される。
本発明の減塩干物は、上記製造方法のうち何れか一つの方法で製造される。
本発明の減塩干物は、「にいひめ」、「ゆず」、「すだち」、「じゃばら」、「かぼす」、「だいだい」からなる群から選択される一つ又は複数の混合果汁の果汁濃度が2%~4%であって、NaCl濃度が3%~5%である香酸柑橘塩水を用いて製造される。
【0006】
「にいひめ」とは、新種の柑橘類であって、香酸柑橘のひとつである。タチバナと日本在来のマンダリン交雑実生と推定され、1997年に種苗登録されている。成分の特徴として、三重県農業研究所の紀南果樹研究室によるとヘスペリジンとノビレチン含有量が柑橘類で最も多いことが示されている。それが原因で、「にいひめ」特有の鋭い風味と苦味が魚の臭みを消し清涼感ある風味と塩味を引き出すと考えられている。
【発明の効果】
【0007】
本発明に至る研究では、効果の目的とする旨味と塩味を大きく損なわず、干物の減塩を達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の目的は、塩分過剰な現代人の食生活に、減塩した干物を提案することで、高血圧患者の食生活の選択肢を広げることである。ここで干物を選んだ理由は、干物は鮮魚で食べるよりも干すことで栄養価が高くなり、良質なタンパク質が摂取でき、また含有するドコサヘキサエン(DHA)は血液中の中性脂肪を減らし、カリウムは余分な塩分を排出し、セレンは抗酸化作用で老化防止といったように、干物に加工することで栄養価が上がるため、食を通じて健康な体作りに寄与するためである。
本発明の発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、以下の構成から成る解決手段を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
図1に示す従来の製造方法に加え、
図2にその代表例を示す本発明の方法に対して、塩の添加量を減らして、何種類かの柑橘類の果汁を添加して製造した干物について官能試験を行った。
官能試験のための試製造には、新たな方法として、実施例1(真水+塩+柑橘)、実施例2(海洋深層水+柑橘)、実施例3(大骨除去、海洋深層水+柑橘)、の3種類の方法で行った。
【0011】
従来の製造方法とは、魚を開いて内臓を取り除いた後、真水の摂氏約10度以下の冷水で血出しして血出し魚とする血出し工程と、冷水から前記血出し魚を取り出し水切りを行い水切り魚とする水切り工程と、真水に塩を添加してNaCl濃度約7%にした塩水に、前記水切り魚を漬け込み、前記水切り魚の肉の中に浸透させて漬け込み魚とする漬け込み工程と、前記漬け込み魚を水洗いして乾燥させる乾燥工程とで成っている。
また、新たな3種類の実施例は、それぞれ、塩水中のNaCl濃度を従来の方法の半分にするとともに、柑橘類として、「にいひめ」、「ゆず」、「すだち」、「だいだい」、「じゃばら」、「かぼす」、「あまなつ」、「はっさく」のそれぞれの果汁を、塩水に対して容積で3%添加した条件で試製造して官能試験を行った。
【0012】
表1には官能試験のパネラー構成を示した。パネラーは16人で構成され、性別および年齢に偏りが無いようにした。
【0013】
【0014】
この官能試験において、各パネラーには、それぞれの試製造条件を隠した試製造品を試食してもらい、従来の方法で製造した干物を最高評価として6段階評価を行い、高い評価順に、☆☆☆、☆☆、☆、◎、○、△の6段階として、与えた紙に書いてもらった。従来の方法で製造した干物、あるいはそれと同等が☆☆☆印で、味わいとして、美味しく食にすることができないレベルを△印とした。
☆☆、☆、◎、○は許容できる範囲と定義して評価した。
なお、この官能試験は、塩味の評価の他に、旨味と塩味も含めた総合評価もそれぞれ行うとともに、使用する魚は、鯵以外に秋刀魚についても行った。
何れの場合も、16名の評価結果には、多少のバラツキはあったが、概ね同じ傾向であった。
【0015】
表2は、鯵の干物についての前記官能試験結果である。また、表3は秋刀魚の干物についての前記官能試験結果である。
双方とも、官能試験結果は同等で、「だいだい」、「かぼす」、「じゃばら」、「すだち」、「ゆず」、「にいひめ」のみが、明らかに目的の効果を得ることがわかった。
また、実施例1から実施例3に向かって効果は大きかった。
【0016】
表4は、複数の香酸柑橘を使用した鯵の干物について、実施例3(大骨除去、海洋深層水+柑橘)の方法で製造したものについて複数の香酸柑橘を概ね同量の組み合わせた場合についても行った。その結果も、表2の単種の柑橘での評価から想定できる順位であった。
【0017】
以上に述べた官能試験から、次のことが判明した。
実施例1の方法、すなわち、魚を開いて内臓を取り除いた後、魚の鮮度を落とさないよう、血出しさせる魚の質量に対して約2倍量かつ摂氏約10度以下の真水で、血出しして血出し魚とする血出し工程と、冷水から前記血出し魚を取り出し、水切りを行い水切り魚とする水切り工程で、真水約1リットルに並塩や天日塩を20~50gで添加したNaCl濃度3~5%の塩水に、香酸柑橘の範囲に入る、「にいひめ」、「ゆず」、「すだち」、「じゃばら」、「かぼす」、「だいだい」からなる群から選択される1つ又は複数の混合果汁を、塩水に対して2~4%添加した香酸柑橘塩水に前記水切り魚を約1時間漬け込み、前記水切り魚の肉の中に浸透させて漬け込み魚とする漬け込み工程と、前記漬け込み魚を水洗いせずに乾燥させて減塩干物とする乾燥工程を備えることを特徴とする減塩干物の製造方法で試製造した減塩干物の場合の官能評価は、従来の方法で試製造した場合に比べて評価点数上は劣るものの、多くのパネラーからは、塩味評価、旨味と塩味も含めた総合評価ともに、実食に十分耐えるとのコメントがあった。特に添加する香酸柑橘が「にいひめ」の場合、他の柑橘の場合に比べて極めて良かった。
このように漬け込んだ魚には該香酸柑橘が浸透しているので、水洗いしないことで、少ない塩分でも香酸柑橘の成分により塩味と旨味が、許容できる範囲で味わえる干物となる。
【0018】
【0019】
【0020】
【0021】
実施例2の方法、すなわち、前記漬け込み工程において、前記塩水の代わりに、海洋深層水及び前記香酸柑橘塩水中のNaCl濃度3%~5%になるよう、必要に応じて塩を添加することを特徴とする実施例1に記載の減塩干物の製造方法で試製造した減塩干物の場合の官能評価は、実施例1の方法で試製造した場合に比べて評価点数上は少し良かったが明らかな差とは言えなかった。しかし、深層水を使った場合、多くのパネラーからは、総合的な旨味みについて評価が得られた。
この場合、必要に応じて塩を添加する際、添加量が文科省による日本食品標準成分表に記載される干物100gあたりの食塩相当量2gに相当する塩水濃度の概ね2分の1以下である35g/リットル以下であって、使用する海洋深層水は摂氏約10度以下の温度で使用することが望ましい。
海洋深層水が、真水より望ましい理由として、海洋深層水は、無機栄養塩類の硝酸塩及びリン酸塩等が豊富に含まれるミネラル塩水であり、マグネシウムやカルシウムなど約60種類のミネラル成分や、窒素やリン、ケイ素など無機栄養塩類が豊富に含まれていると、広く認識されているためであると考えられる。このような海洋深層水には、アトピー性皮膚炎の症状改善、総コレステロール、LDL、中性脂肪の低下、血流改善、便通改善、貧血改善が、個人差はあるが期待できるとの報告もある。また、海洋深層水のミネラルは、魚の臭いを抑え、魚肉に光沢を与えると広く認識されている。
【0022】
実施例3の方法、すなわち、前記血出し工程において内臓を取り除く際に、大骨を除去することを特徴とする実施例1~2のいずれか一つに記載の減塩干物の製造方法で試し製造した減塩干物の場合の官能評価は、従来の製造方法による干物には少し及ばないものの、含有塩分が従来品に比べて60~70%にまで減塩されていることを考慮すると、充分評価できる結果と判断できる。このことは、表2および表3に示す官能試験結果の中では、「干物中の柑橘含有率推定値」や「干物中に含まれるNaCl含有率」が、実施例1および2の方法で試製造した場合に比べて明らかに大きい値を示していることからも裏付けられる。
魚を背開き、もしくは腹開きに開いて内臓を取り除く際に、大骨を除去することにより更に望ましくなる理由は、大骨が残った片方の魚肉は、塩の浸透率が低いため、大骨が無い方との塩味の差が生じていたが、大骨を除去する製法により、塩の量が少なくても、左右均等に塩の浸透が可能となり、また、焼いて食べる際にも骨が無いため、食べやすくなるためと考えられる。
魚が、鯵の場合も、秋刀魚の場合も傾向は同じであった。
【0023】
官能評価実施で使用した魚種、製造操作条件、塩又は塩水、柑橘果汁を以下に示す。
実施例(1)鯵20匹、真水2.5リットル、塩7.5g、すだち70cc、浸漬時間1時間。
実施例(2)鯵20匹、深層水2.5リットル、ゆず70cc、浸漬時間1時間。
実施例(3)鯵20匹、深層水2.5リットル、にいひめ70cc、浸漬時間1時間
実施例(4)秋刀魚20匹、深層水2.5リットル、にいひめ70cc、浸漬時間1時間。
実施例(5)鯵20匹、深層水2.5リットル、混合果汁70cc(各果汁は概ね等量)、浸漬時間1時間。
【産業上の利用可能性】
【0024】
減塩志向が高まる中、減塩していながら塩味と旨味の両方を満足でき、栄養価が高いとされる干物の製造は、時代にマッチしてニーズが高いと想定される。
この製造方法は、
図1に示したような従来の干物製造方法に対し、新たな設備投資はほとんど不要で、かつ製造敷地面積や建屋などを増すことなく、本発明の方法に容易に切り替えることができる。すなわち、従来の方法との製造ロット切り替えも容易であり、それぞれの必要量に応じて生産計画を組むことが容易である。
【要約】
【課題】現代人の食生活は塩分過剰が問題となっており、日本人の食事摂取基準2020年版では、1日当たりの塩分摂取量目標が、男性7.5g、女性6.5g未満、2019年国民健康栄養調査で、日本の塩分摂取量が平均10.4gと過剰状態であり、日本人の約3人に1人は高血圧患者と推定されている。年齢と共に高血圧患者比率が増し、健康上の理由で塩分を控える必要のある方に、塩分が少なくても美味しい干魚を食べて頂けるよう改善した減塩干物を提供する。
【解決手段】
従来と比較して、塩分(NaCl)含有率が1/2程度少ない塩水に、香酸柑橘類果汁を少量添加し、その香酸柑橘塩水に魚を塩漬し、塩漬け後の水洗いを無くすことで魚に塩分と旨味を含ませ、乾燥により水分を減らすことで、干物中のNaCl含有量が、従来の製造方法の場合の60~70%になると共に、一層の魚の旨味と塩味を充分引き出すことができる。
【選択図】
図2