(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】マイクロピペットシステム
(51)【国際特許分類】
B01L 3/02 20060101AFI20240917BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240917BHJP
C12M 1/26 20060101ALI20240917BHJP
【FI】
B01L3/02 D
C12M1/00 A
C12M1/26
(21)【出願番号】P 2023174188
(22)【出願日】2023-10-06
【審査請求日】2024-03-13
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【氏名又は名称】原 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100170575
【氏名又は名称】森 太士
(72)【発明者】
【氏名】竹内 崇師
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-012456(JP,A)
【文献】特開2004-337852(JP,A)
【文献】米国特許第04527437(US,A)
【文献】米国特許第06074611(US,A)
【文献】国際公開第2014/178101(WO,A1)
【文献】特開2017-013023(JP,A)
【文献】米国特許第5804144(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01L 3/00
C12M 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長軸ならびに近位端および遠位端を有し、前記長軸の少なくとも一部に沿って延在する管状空洞を有する、胴部と、
前記胴部の
全長のうち近位端から3分の1以内の近位側領域中に回転軸を有する、回転可能なホイールと、
前記ホイールの回転運動に連動して前記胴部中で遠位方向へまたは近位方向へと前後運動するように構成された、ポンプ部材と、
前記胴部から近位方向へと突出して延在するマイクロキャピラリーニードルと
を含む、マイクロピペットシステムであって、
前記ホイールの外縁は少なくとも部分的に前記胴部から露出しており、
前記マイクロキャピラリーニードルはその内部空間が前記胴部の前記管状空洞と連通しており、
前記ポンプ部材の前記前後運動が前記管状空洞の容積を増減させ、それにより前記マイクロキャピラリーニードルの内部空間中の流体の吸入または排出を可能にする、
マイクロピペットシステム。
【請求項2】
前記管状空洞は前記ポンプ部材の遠位側に延在し、前記管状空洞と前記マイクロキャピラリーニードルの内部空間とは、遠位方向から近位方向にUターンする導管によって連通している、請求項1に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項3】
前記ポンプ部材は、前記管状空洞の内径にフィットして前記管状空洞内を前後に移動可能なピストンと、前記ピストンに結合し前記管状空洞とは反対側に延在する線状ギアとを有し、
前記マイクロピペットシステムは前記ホイールと一体となって回転する円形ギアを含み、前記ホイールの回転軸は前記胴部に固定されており、
前記円形ギアと前記線状ギアとの係合によるラック・アンド・ピニオン機構に基づく前記ポンプ部材の前後運動が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、
請求項1に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項4】
前記ラック・アンド・ピニオン機構における前記円形ギアと前記線状ギアとの係合は、前記円形ギアと前記線状ギアとの間に係合される1つ以上の追加円形ギアを介した間接的係合であり、
前記円形ギアではなく前記1つ以上の追加円形ギアのうちの1つが前記線状ギアと直接係合する、請求項3に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項5】
前記円形ギアは前記ホイールと同心で前記ホイールに結合されており、前記円形ギアの直径は、前記ホイールの直径の2/3以下である、請求項3または4に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項6】
前記管状空洞は、少なくとも部分的に、フレキシブルチューブ領域によって提供されており、
前記ホイールには、前記ホイールと同心で回転する第2ホイールが結合されており、前記ホイールおよび前記第2ホイールのうちの一方は円形ギアを形成しており、
前記胴部は、前記長軸に沿って且つ前記胴部に固定されて延在し前記円形ギアと係合する、胴部固定線状ギアを含み、
前記ホイールおよび前記第2ホイールは、回転する際に、前記円形ギアが前記胴部固定線状ギア上を転がることを介して前記胴部固定線状ギアに沿って移動し、
前記ホイールおよび前記第2ホイールのうち前記円形ギアを構成していない方のホイール外縁は前記フレキシブルチューブ領域に外接して前記フレキシブルチューブ領域内の管状空洞を圧迫することにより、前記ホイール外縁自体が、前記ホイールの回転運動に連動して前記前後運動をするペリスタルティックポンプ機構に基づくポンプ部材を構成する、
請求項1に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項7】
前記ポンプ部材は、前記管状空洞の内径にフィットして前記管状空洞内を前後に移動可能なピストンと、前記ピストンに結合し前記管状空洞とは反対側に延在する接続ロッドとを有し、
前記接続ロッドは、前記ピストンと結合する端とは反対側の端において、前記ホイールの回転軸に固定されており、
前記マイクロピペットシステムは前記ホイールと一体となって回転する円形ギアを含み、
前記胴部は、前記長軸に沿って且つ前記胴部に固定されて延在し前記円形ギアと係合する、胴部固定線状ギアを含み、
前記ホイールは、回転する際に、前記円形ギアが前記胴部固定線状ギア上を転がることを介して前記胴部固定線状ギアに沿って移動し、
前記胴部固定線状ギアに沿った前記ホイールの移動が、前記接続ロッドを介して前記ポンプ部材も移動させることにより、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動が提供される、
請求項1に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項8】
前記ポンプ部材は、前記管状空洞の内径にフィットして前記管状空洞内を前後に移動可能なピストンを有し、前記ピストンには、前記管状空洞とは反対側に延在する接続ロッドが固定されており、
前記ホイールの回転軸は前記胴部に固定されており、
前記接続ロッドは、前記ピストンに固定された端とは反対側の端において、前記ホイール上の、前記回転軸から外れた位置に固定されており、
前記ホイールと前記ピストンとが前記接続ロッドによって連結されていることにより形成されるスライダークランク機構が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、
請求項1に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項9】
請求項8に記載のマイクロピペットシステムにおいて、
前記マイクロピペットシステムは、前記ホイールと一体となって回転する円形ギア、および前記円形ギアと係合する1つ以上の追加円形ギアを有し、
前記接続ロッドは、前記ピストンに固定された端とは反対側の端において、前記ホイールではなく前記1つ以上の追加円形ギアのうちの1つの回転軸から外れた位置に固定されており、
前記追加円形ギアと前記ピストンとが前記接続ロッドによって連結されていることにより形成されるスライダークランク機構が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、マイクロピペットシステム。
【請求項10】
前記ポンプ部材は、前記管状空洞の内径にフィットして前記管状空洞内を前後に移動可能なピストンと、前記ピストンに結合し前記管状空洞とは反対側に延在する接続ロッドとを有し、
前記ホイールの回転軸は前記胴部に固定されており、前記ホイールは、前記回転軸から外れた位置にピンを有し、
前記接続ロッドは、前記ピストンに結合した端とは反対側の端において、スロットを含むヨークに結合しており、
前記ホイール上のピンが前記スロット中に係合していることにより形成されるスコッチヨーク機構が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、
請求項1に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項11】
請求項10に記載のマイクロピペットシステムにおいて、
前記マイクロピペットシステムは、前記ホイールと一体となって回転する円形ギア、および前記円形ギアと係合する1つ以上の追加円形ギアを有し、
前記ヨークの前記スロットと係合する前記ピンは、前記ホイールではなく前記1つ以上の追加円形ギアのうちの1つ上の回転軸から外れた位置に存在し、
前記追加円形ギア上のピンが前記スロット中に係合していることにより形成されるスコッチヨーク機構が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、マイクロピペットシステム。
【請求項12】
前記マイクロキャピラリーニードルは、パスツールピペットに基づくものであり、前記パスツールピペットの先端がニードルを形成し、末端が前記胴部に固定される、請求項1に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項13】
前記マイクロキャピラリーニードルは、前記胴部から取り外し可能かつ交換可能である、請求項1に記載のマイクロピペットシステム。
【請求項14】
長軸ならびに近位端および遠位端を有し、前記長軸の少なくとも一部に沿って延在する管状空洞を有する、胴部と、
前記胴部の
全長のうち近位端から3分の1以内の近位側領域中に回転軸を有する、回転可能なホイールと、
前記ホイールの回転運動に連動して前記胴部中で遠位方向へまたは近位方向へと前後運動するように構成された、ポンプ部材と、
前記胴部から近位方向へと突出して延在するマイクロキャピラリーニードルを受け入れるために近位方向に開口するマイクロキャピラリーニードル挿入口と
を含む、マイクロピペッターであって、
前記ホイールの外縁は少なくとも部分的に前記胴部から露出しており、
前記マイクロキャピラリーニードル挿入口は前記胴部の前記管状空洞と連通しており、
前記ポンプ部材の前記前後運動が前記管状空洞の容積を増減させ、それにより前記マイクロキャピラリーニードル挿入口に挿入されたマイクロキャピラリーニードルの内部空間中の流体の吸入または排出を可能にする、
マイクロピペッター。
【請求項15】
請求項14に記載のマイクロピペッターと、マイクロキャピラリーニードルとを含む、マイクロピペットキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、哺乳類の卵子、受精卵、および初期胚等の微細粒子の繊細な操作に適したマイクロピペットシステムに関する。マイクロピペットシステムは例えばヒトの生殖補助医療、家畜の繁殖技術、および実験動物の生殖工学等で使用され得る。
【背景技術】
【0002】
例えばヒトを対象とする生殖補助医療、ウシ等の家畜を対象とする繁殖技術、およびマウス等の実験動物を対象とする生殖工学の分野では、顕微鏡下で卵子、受精卵、および初期胚を操作することが日常的に行われる。ここでいう操作とは、これらの試料を受精させること、付随物質から分離すること、選別すること、移動させること、移し替えること等を含む。現代社会において、体外受精および胚移植を含む生殖補助医療は重要性を増している。同様に、家畜ウシの繁殖技術や実験動物の生殖工学の分野でも体外受精は広く行われており、その重要性は高い。言うまでもなくこれらの技術では、繊細な胚等を損傷させることなくマイクロリットルオーダーの微小な懸濁液環境を扱いながら迅速に操作を行うことが求められる。胚等の良好な操作は操作者の熟練度に依存するところが大きい一方で、装置や道具を改善していくことにより操作技術の確実性、安全性、および効率性を少しでも向上させていくことが重要となる。
【0003】
特に、顕微鏡下で微小な胚等の懸濁液を観察している操作者の「直感」に従ってマイクロキャピラリーニードルを通じた流体の出し入れを制御し、懸濁液の適切な部分の適切な量を適切なタイミングで吸い上げ、移動させ、吐出できる操作器具が望ましい。
【0004】
従来から、卵子、受精卵、および初期胚を操作すること(以下、これらを合わせて「胚操作」ということもある)には、マウスピース式によるものと、マイクロピペット式によるものという主な2様式がある。マウスピース式は、マイクロキャピラリーニードルを先端に有するチューブの他方の端に取り付けられたマウスピースを、操作者が口でくわえて、操作者の微妙な息の出し入れによって、マイクロキャピラリーニードルにおける胚等の細胞を含む流体の出し入れを制御するものである。マウスピース式は直感性に優れている。つまり、操作者が思った通りの流体の量を思った通りのタイミングで出し入れすることが他の手法より容易である。胚操作に関して日本ではマウスピース式が主流であり、本発明者の見積りでは、ヒトの胚操作の大部分、ならびにウシ等家畜および実験動物の胚操作のほぼ全てがマウスピース式で行われている。
【0005】
しかしながら、例えばヒトの胚操作においてマウスピース式の使用が許されていない国もある。これは、操作者の呼気から胚等へのウイルスを含む病原性微生物の感染、汚染等(あるいは逆に、マウスピースをくわえて作業をする操作者への何らかの経口的な悪影響)の可能性が理論上存在するためであると考えられる。
【0006】
特許文献1は、調節可能ピペットを開示している。特許文献1のピペットは、棒を握るように胴部を4本の指と掌で包んで握り、残った親指で、遠位方向に突出したバネ仕掛けのロッド部分を押し引きすることによって流体の吸入・吐出を制御できる構造をしている。このような親指制御型のマイクロピペットは通常、操作者が使用前にあらかじめ指定する正確な量の液体を吸入・吐出できるように調節可能に構成されており、現代の生命科学系研究室に広く普及している。また、親指制御型のマイクロピペットは胚操作の分野でも利用されており、例えばThe STRIPPER(登録商標)の名称でCooperSurgical社から販売されている(https://fertility.coopersurgical.com/micropipettes/the-stripper/#toggle)。
【0007】
マイクロピペットは、マウスピース式における上記の潜在的問題(つまり、呼気が関わること、および操作中に口が使用されること)を回避できるという利点がある。しかしながら、従来のマイクロピペットは、流体の出し入れの直感的な微細制御の能力という点では、マウスピース式よりはるかに劣っていると感じる当業者が多い。例えば日本で胚操作の当業者のあいだでマイクロピペットの使用があまり普及せずマウスピース式が使われ続けているのはそのことが主要な一因と考えられる。すなわち生殖補助医療分野における胚操作の現場では、特許文献1のようなマイクロピペットの本来の使用目的である、あらかじめ指定された量の液体を正確に吸入・吐出する能力が必要なのではなく、取り扱う胚の数や状態に応じ、吸入・吐出する(胚等の細胞を含む)液体の量を、操作者の直感に従って臨機応変かつ自由自在に、操作の最中において、細胞一個レベルで変化させることが出来る能力こそが求められる。
【0008】
電子式のマイクロピペットも存在し、それらはマイクロリットルスケール以下の正確な液量を吸入・吐出することができるが、操作者の感覚に従って流動的に液量を加減することは得意としない。他にも例えばマイクロインジェクションのような特殊な用途に使用される固定式の油圧または空圧マイクロピペット(マイクロインジェクター)も存在するが、それらの装置は高価であるし操作の幅と用途が限定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本開示の実施形態は、操作者がマウスピース式による操作に匹敵するほどの直感性で流体の吸入・吐出を制御できるマイクロピペットシステムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示は以下の実施形態を含む。
[1]
長軸ならびに近位端および遠位端を有し、前記長軸の少なくとも一部に沿って延在する管状空洞を有する、胴部と、
前記胴部の近位側領域中に回転軸を有する、回転可能なホイールと、
前記ホイールの回転運動に連動して前記胴部中で遠位方向へまたは近位方向へと前後運動するように構成された、ポンプ部材と、
前記胴部から近位方向へと突出して延在するマイクロキャピラリーニードルと
を含む、マイクロピペットシステムであって、
前記ホイールの外縁は少なくとも部分的に前記胴部から露出しており、
前記マイクロキャピラリーニードルはその内部空間が前記胴部の前記管状空洞と連通しており、
前記ポンプ部材の前記前後運動が前記管状空洞の容積を増減させ、それにより前記マイクロキャピラリーニードルの内部空間中の流体の吸入または排出を可能にする、
マイクロピペットシステム。
[2]
前記管状空洞は前記ポンプ部材の遠位側に延在し、前記管状空洞と前記マイクロキャピラリーニードルの内部空間とは、遠位方向から近位方向にUターンする導管によって連通している、[1]に記載のマイクロピペットシステム。
[3]
前記ポンプ部材は、前記管状空洞の内径にフィットして前記管状空洞内を前後に移動可能なピストンと、前記ピストンに結合し前記管状空洞とは反対側に延在する線状ギアとを有し、
前記マイクロピペットシステムは前記ホイールと一体となって回転する円形ギアを含み、前記ホイールの回転軸は前記胴部に固定されており、
前記円形ギアと前記線状ギアとの係合によるラック・アンド・ピニオン機構に基づく前記ポンプ部材の前後運動が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、
[1]または[2]に記載のマイクロピペットシステム。
[4]
前記ラック・アンド・ピニオン機構における前記円形ギアと前記線状ギアとの係合は、前記円形ギアと前記線状ギアとの間に係合される1つ以上の追加円形ギアを介した間接的係合であり、
前記円形ギアではなく前記1つ以上の追加円形ギアのうちの1つが前記線状ギアと直接係合する、[3]に記載のマイクロピペットシステム。
[5]
前記円形ギアは前記ホイールと同心で前記ホイールに結合されており、前記円形ギアの直径は、前記ホイールの直径の2/3以下である、[3]または[4]に記載のマイクロピペットシステム。
[6]
前記管状空洞は、少なくとも部分的に、フレキシブルチューブ領域によって提供されており、
前記ホイールには、前記ホイールと同心で回転する第2ホイールが結合されており、前記ホイールおよび前記第2ホイールのうちの一方は円形ギアを形成しており、
前記胴部は、前記長軸に沿って且つ前記胴部に固定されて延在し前記円形ギアと係合する、胴部固定線状ギアを含み、
前記ホイールおよび前記第2ホイールは、回転する際に、前記円形ギアが前記胴部固定線状ギア上を転がることを介して前記胴部固定線状ギアに沿って移動し、
前記ホイールおよび前記第2ホイールのうち前記円形ギアを構成していない方のホイール外縁は前記フレキシブルチューブ領域に外接して前記フレキシブルチューブ領域内の管状空洞を圧迫することにより、前記ホイール外縁自体が、前記ホイールの回転運動に連動して前記前後運動をするペリスタルティックポンプ機構に基づくポンプ部材を構成する、
[1]または[2]に記載のマイクロピペットシステム。
[7]
前記ポンプ部材は、前記管状空洞の内径にフィットして前記管状空洞内を前後に移動可能なピストンと、前記ピストンに結合し前記管状空洞とは反対側に延在する接続ロッドとを有し、
前記接続ロッドは、前記ピストンと結合する端とは反対側の端において、前記ホイールの回転軸に固定されており、
前記マイクロピペットシステムは前記ホイールと一体となって回転する円形ギアを含み、
前記胴部は、前記長軸に沿って且つ前記胴部に固定されて延在し前記円形ギアと係合する、胴部固定線状ギアを含み、
前記ホイールは、回転する際に、前記円形ギアが前記胴部固定線状ギア上を転がることを介して前記胴部固定線状ギアに沿って移動し、
前記胴部固定線状ギアに沿った前記ホイールの移動が、前記接続ロッドを介して前記ポンプ部材も移動させることにより、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動が提供される、
[1]または[2]に記載のマイクロピペットシステム。
[8]
前記ポンプ部材は、前記管状空洞の内径にフィットして前記管状空洞内を前後に移動可能なピストンを有し、前記ピストンには、前記管状空洞とは反対側に延在する接続ロッドが固定されており、
前記ホイールの回転軸は前記胴部に固定されており、
前記接続ロッドは、前記ピストンに固定された端とは反対側の端において、前記ホイール上の、前記回転軸から外れた位置に固定されており、
前記ホイールと前記ピストンとが前記接続ロッドによって連結されていることにより形成されるスライダークランク機構が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、
[1]または[2]に記載のマイクロピペットシステム。
[9]
[8]に記載のマイクロピペットシステムにおいて、
前記マイクロピペットシステムは、前記ホイールと一体となって回転する円形ギア、および前記円形ギアと係合する1つ以上の追加円形ギアを有し、
前記接続ロッドは、前記ピストンに固定された端とは反対側の端において、前記ホイールではなく前記1つ以上の追加円形ギアのうちの1つの回転軸から外れた位置に固定されており、
前記追加円形ギアと前記ピストンとが前記接続ロッドによって連結されていることにより形成されるスライダークランク機構が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、マイクロピペットシステム。
[10]
前記ポンプ部材は、前記管状空洞の内径にフィットして前記管状空洞内を前後に移動可能なピストンと、前記ピストンに結合し前記管状空洞とは反対側に延在する接続ロッドとを有し、
前記ホイールの回転軸は前記胴部に固定されており、前記ホイールは、前記回転軸から外れた位置にピンを有し、
前記接続ロッドは、前記ピストンに結合した端とは反対側の端において、スロットを含むヨークに結合しており、
前記ホイール上のピンが前記スロット中に係合していることにより形成されるスコッチヨーク機構が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、
[1]または[2]に記載のマイクロピペットシステム。
[11]
[10]に記載のマイクロピペットシステムにおいて、
前記マイクロピペットシステムは、前記ホイールと一体となって回転する円形ギア、および前記円形ギアと係合する1つ以上の追加円形ギアを有し、
前記ヨークの前記スロットと係合する前記ピンは、前記ホイールではなく前記1つ以上の追加円形ギアのうちの1つ上の回転軸から外れた位置に存在し、
前記追加円形ギア上のピンが前記スロット中に係合していることにより形成されるスコッチヨーク機構が、前記ホイールの回転運動と前記ポンプ部材の前後運動との連動を提供する、マイクロピペットシステム。
[12]
前記マイクロキャピラリーニードルは、パスツールピペットに基づくものであり、前記パスツールピペットの先端がニードルを形成し、末端が前記胴部に固定される、[1]~[11]のいずれかに記載のマイクロピペットシステム。
[13]
前記マイクロキャピラリーニードルは、前記胴部から取り外し可能かつ交換可能である、[1]~[12]のいずれかに記載のマイクロピペットシステム。
[14]
長軸ならびに近位端および遠位端を有し、前記長軸の少なくとも一部に沿って延在する管状空洞を有する、胴部と、
前記胴部の近位側領域中に回転軸を有する、回転可能なホイールと、
前記ホイールの回転運動に連動して前記胴部中で遠位方向へまたは近位方向へと前後運動するように構成された、ポンプ部材と、
前記胴部から近位方向へと突出して延在するマイクロキャピラリーニードルを受け入れるために近位方向に開口するマイクロキャピラリーニードル挿入口と
を含む、マイクロピペッターであって、
前記ホイールの外縁は少なくとも部分的に前記胴部から露出しており、
前記マイクロキャピラリーニードル挿入口は前記胴部の前記管状空洞と連通しており、
前記ポンプ部材の前記前後運動が前記管状空洞の容積を増減させ、それにより前記マイクロキャピラリーニードル挿入口に挿入されたマイクロキャピラリーニードルの内部空間中の流体の吸入または排出を可能にする、
マイクロピペッター。
[15]
[14]に記載のマイクロピペッターと、マイクロキャピラリーニードルとを含む、マイクロピペットキット。
[16]
前記マイクロキャピラリーニードル挿入口にマイクロキャピラリーニードルを受け入れて[1]~[13]のいずれかに記載のマイクロピペットシステムを形成する、[14]に記載のマイクロピペッター。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、操作者の手によって「鉛筆持ち」された一実施形態によるマイクロピペットシステムの外観を示す。
【
図2】
図2は、ホイールの回転運動とポンプ部材の前後運動との連動がラック・アンド・ピニオン機構に基づいて提供される実施形態を模式的に示す。追加円形ギアを含まない(a)または含む(b~d)実施形態が示されている。
【
図3】
図3は、ホイール外縁自体がペリスタルティックポンプ機構に基づくポンプ部材を構成する実施形態を模式的に示す。
【
図4】
図4は、胴部固定線状ギアに沿ったホイールの移動が、接続ロッドを介してポンプ部材も移動させることにより、ホイールの回転運動とポンプ部材の前後運動との連動が提供される実施形態を模式的に示す。
【
図5】
図5は、ホイールの回転運動とポンプ部材の前後運動との連動がスライダークランク機構に基づいて提供される実施形態を模式的に示す。
【
図6】
図6は、ホイールの回転運動とポンプ部材の前後運動との連動がスコッチヨーク機構に基づいて提供される実施形態を模式的に示す。
【
図7】
図7は、マイクロキャピラリーニードルの末端がマイクロキャピラリーニードル挿入口に挿入される態様の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[マイクロピペットシステム]
非限定的な例示である図面を参照して、本開示のマイクロピペットシステムを説明する。一態様において、本開示はマイクロピペットシステム1を提供する。マイクロピペットとは一般に、マイクロリットルスケールあるいはそれ以下の流体を吸入・吐出するためのピペットを意味し、例えば胚操作に通常使用されるピペットはマイクロピペットである。本実施形態のマイクロピペットシステムは、
図1に示すように、長軸10aならびに近位端10bおよび遠位端10cを有する、胴部10を有する。ここでいう長軸とは物理的な構造物ではなく概念的に規定される軸を指す。胴部は、典型的には細長い形状であり、長軸に沿った長さの方が、太さよりも大きいことが理解される。本開示において「近位」とは、マイクロピペットシステムによって胚等の試料を操作する際に、長軸に沿って、試料により近いことを意味し、「遠位」とは、試料からより遠いことを意味する。ピペットの近位端をピペットの先端、ピペットの遠位端をピペットの末端ということもできる。添付の図面では、近位方向を左向き(x)、遠位方向を右向き(y)としてマイクロピペットシステム1を示している。
【0014】
図1では見えないが
図2~6では示されているように、本実施形態のマイクロピペットシステムの胴部は、その長軸10aの少なくとも一部に沿って延在する管状空洞11を有する。管状空洞が長軸に沿って延在するとは、管状空洞が長軸と概して平行に延在していることを意味する。
【0015】
本実施形態のマイクロピペットシステムは回転可能なホイール20を含み、該ホイールの回転軸21が、胴部10の近位側領域中に、すなわち中央より近位側の位置にあることを特徴とする。好ましい実施形態において、ホイール20の回転軸21は、胴部全長のうち近位端から3分の1以内または4分の1以内の領域に位置する。ホイールの回転軸21は、胴部の長軸10aに対して概して直角をなすことが好ましい。ホイールの直径は典型的には1~5cmの範囲内であり、より典型的には1.5~4cmの範囲内である。
【0016】
ホイール20の外縁22は、少なくとも部分的に胴部10から露出している。従って、マイクロピペットシステム1の操作者は、片手で胴部10を持ちながらその手の一本の指をホイール20の外縁22に触れて指の力でホイール20を前後に回転させることができる。
【0017】
本実施形態のマイクロピペットシステム1は、手持ち(handheld)型のマイクロピペットシステムである。本実施形態のマイクロピペットシステム1は、「鉛筆持ち」で保持して人差し指(または親指、もしくは中指)で直感的な制御ができるという利点を有する。この利点は、ホイールの回転軸が近位側領域にあることに基づく。「鉛筆持ち」は日本語で一般的な表現であり、鉛筆、ペン等の筆記具を持つための通常の手のかたちを意味する。つまり、
図1に示すように、本実施形態のマイクロピペットシステムを鉛筆持ちすると、人差し指および親指それぞれの腹(指紋があるところ)ならびに中指の内側(人差し指と通常接する側)の少なくとも3点(あるいは人差し指の付け根付近を加えた4点)で胴部10を保持することになり、そしてその手のかたちを実質的に変えることなく、人差し指でホイール20に触れてそれを意のままに回転させることにより、マイクロキャピラリーニードル40における流体の吸入および吐出の繊細な制御をすることができる。この「鉛筆持ち」と、人差し指一本で回転制御できるホイールとの組合せが、胚操作等の直感性、確実性および効率性を著しく改善させられることを本発明者は見出した。本マイクロピペットシステムによる操作の直感性はマウスピース式に匹敵するほどである。また本実施形態のマイクロピペットシステムは、マウスピース式に付随する潜在的な安全性問題にも拘束されない。
【0018】
ホイール20は、バネ式ではないことが好ましい。バネ式とは、位置を移動させた部材がバネの弾性により元の位置に復元するようにバネが関与することを意味する。従来の親指制御型のマイクロピペットは、遠位方向に突出したロッド部分がバネ式になっていた。親指制御型マイクロピペットを握った操作者の親指にとってロッド部分を押すことは容易であるが引くことは難しいからである。このようなバネへの依存、すなわち弾性への依存が、操作の直感性あるいは繊細さを相対的に低下させる一因となる。本実施形態のマイクロピペットシステムにおいて、ホイールまたはその他の部材をバネ式にすることは可能ではあるが必要ではない。
【0019】
胴部10の長さは典型的には5~20cmの範囲内であり、好ましくは6~18cm、または7~16cmの範囲内であり得る。胴部10のうち、マイクロピペットシステムの通常の使用時に手に接する部分の直径は、典型的には1.5~5cmの範囲内である。
【0020】
本実施形態のマイクロピペットシステム1は、ホイール20の回転運動に連動して胴部10中で遠位方向へまたは近位方向へと前後運動するように構成された、ポンプ部材30を含む。本開示において「回転運動」あるいは「回転」とは、回転軸に拘束されながら或る角度だけ動くことを意味し、必ずしも360°回転することは要しない。実際、マイクロリットルスケールの流体量の調節に対応する回転角度は典型的に180°未満であり得る。一部材の回転運動を別部材の直線的運動に変換できること、およびそのために利用できる多数の機構が知られており、本実施形態で利用され得る。一般に物体が前後に(すなわち一回転方向と逆回転方向とに)回転すると、回転軸から離れた部分は弧を描いて前後に移動することが理解される。回転運動を直線的運動に変換する機構はこのような基本的性質を様々な形で利用し得る。非限定的な具体例が本明細書に記載される。
【0021】
本実施形態のマイクロピペットシステム1は、さらに、胴部10から近位方向へと突出して延在するマイクロキャピラリーニードル40を含む。マイクロキャピラリーニードルは、胚操作の技術分野の当業者に理解されるように、先端の内径が典型的には600μm以下(例えば50~600μm、または75~300μm)にまで細くなってニードルを形成している中空の管を表す。マイクロキャピラリーニードルは典型的には透明である。マイクロキャピラリーニードルの材質は、ガラスであることが好ましいがそれに限定されず、例えばポリカーボネート等のプラスチックであってもよい。当業者に知られるように、例えば、パスツールピペットまたはキャピラリーチューブを熱して細く引き伸ばした後に、先端の直径および/または形状を調節するために適宜加工(例えば切り詰め)することによりマイクロキャピラリーニードルを作製することができる。いくつかの実施形態において、マイクロキャピラリーニードル40は、パスツールピペットに基づくものであり、パスツールピペットの先端がニードルを形成し、末端が上記胴部10に取り付けられる。パスツールピペットとは、当業者に理解されるように、通常は末端にゴムのバルブを付けて使用される、典型的にはガラス製のピペットである。マイクロキャピラリーニードルの末端は通常は先端より著しく外径および内径が大きくなっている。例えばパスツールピペットに基づくマイクロキャピラリーニードルの場合は、通常ならゴムバルブが取り付けられるパスツールピペット本来の末端が、マイクロキャピラリーニードル40の末端となり得る。
【0022】
マイクロキャピラリーニードル40は、その内部空間41が、上記胴部の管状空洞11と連通している。そして、上述したポンプ部材30の前後運動が管状空洞11の容積を増減させ、それによりマイクロキャピラリーニードル40の内部空間中の流体の吸入または排出を可能にする。胴部10を鉛筆持ちしながら、胴部の近位側領域中に回転軸を有するホイール20を指で回転させることにより、操作者の直感的な意図、管状空洞の容積変化、およびマイクロキャピラリーニードルにおけるマイクロリットルスケールの流体量の吸入または排出を精密に連係できることが見出された。
【0023】
特に好ましい実施形態において、胴部の管状空洞11はポンプ部材30に対して遠位側に延在し、管状空洞11とマイクロキャピラリーニードルの内部空間41とは、遠位方向から近位方向にUターンする導管50によって連通される。このような実施形態は、管状空洞がポンプ部材に対して近位側に延在して直ちにマイクロキャピラリーニードルに連通する実施形態と比較して、追加的容積の存在による適度なクッションのため操作者の意図に応じた流体量の微細な調節を格段に向上させることができ、かつ、マイクロピペットシステム全体としての持ち易さやコンパクトさも阻害しないため好ましい。「Uターン」とは、遠位方向に向かって延在した導管が、途中から近位方向に転じて、マイクロキャピラリーニードルに連通することを意味し、その形状は文字通りUの字でなくてもよい。例えば、Uターンする導管は、胴部10に接続され胴部の外に露出するチューブ(例えばゴムチューブのような柔軟なチューブ)であってもよい。あるいは、Uターンする導管は、図面で例示されているように胴部10の内部に組み込まれた空洞またはチューブであってもよい。
【0024】
本開示のマイクロピペットシステム1のマイクロキャピラリーニードル40は、胴部10から取り外し可能かつ交換可能であることが好ましい。本開示において、マイクロキャピラリーニードル40が取り外された状態の製品を特に「マイクロピペッター(micropipettor)」と呼ぶ。マイクロピペッターにマイクロキャピラリーニードルを装着することにより胚操作等に使用できるマイクロピペットが形成される。
【0025】
以下、ホイール20の回転運動に連動して胴部10中で遠位方向へまたは近位方向へとポンプ部材30を前後運動させる機構の非限定的な具体例を説明する。
【0026】
図2に模式的に示す実施形態において、ポンプ部材30は、前記管状空洞11の内径にフィットして管状空洞11内を前後に移動可能なピストン31と、ピストン31に結合し前記管状空洞(すなわちマイクロキャピラリーニードルの内部空間41と連通する管状空洞)とは反対側に延在する線状ギア32とを有する。このマイクロピペットシステムはホイール20と一体となって回転する円形ギア23を含む。ある例では、
図2a,bに示されるように、ホイール20と同心の円形ギア23がホイール20に結合されていてもよい。別の例では、
図2c,dに示されるように、ホイール20自体が円形ギア23となっていてもよい。この場合、操作者は、円形ギア23/20の歯に指で触れることにより操作を行うことになる。ホイールの回転軸21は胴部に固定されている。回転軸が「固定」されているとは、回転軸の位置が固定されていることを意味し、その位置においてホイール等の回転が起こることを意味する。これらの実施形態では、円形ギア23と線状ギア32との係合によるラック・アンド・ピニオン機構に基づくポンプ部材の前後運動が、ホイールの回転運動とポンプ部材の前後運動との連動を提供する。ピストン31は、注射器のピストンのように、管状空洞の内径へのフィットを担うガスケット部分とプランジャー部分とを含んでもよい(
図2c,dで例示しているが、他の実施形態にも同様に適用できる)。
【0027】
ラック・アンド・ピニオン機構における円形ギア23と線状ギア32との係合は、
図2b~dに示されるように、前記円形ギア23と前記線状ギア32との間に係合される1つ以上の追加円形ギア60を介した間接的係合であってもよい。その場合、円形ギア23自体ではなく1つ以上の追加円形ギア60のうちの1つが前記線状ギア32と直接係合する。本開示において、追加円形ギアが複数ある場合に、円形ギアに追加円形ギアが「係合」するとは、円形ギアが第1の追加円形ギアと直接係合し、第1の追加円形ギアが第2の追加円形ギアと直接係合し、等のように円形ギアが連なって係合していくことを意味する。最後の追加円形ギアが線状ギア32と直接係合する。
図2dに例示するように、追加円形ギア60が、同心に結合した2つ以上の歯車を含むことにより、1つの追加円形ギア60のなかで、先行する円形ギアに係合する歯車と後続の円形ギア(または線状ギア)に係合する歯車とが異なっていてもよい。ここでいう「先行」および「後続」とは、指によるホイール20の回転を起点すなわち最先としてギアの運動が伝播していくことを表している。
【0028】
図2b~dの各例のようにホイール20の上側外縁22が胴部10から露出していて、追加円形ギア60の下側において線状ギア32との係合が起こる実施形態において、追加円形ギア60の数が1つまたは奇数である場合には、ホイール20の回転運動とポンプ部材30の前後運動との連動は、追加円形ギア60が無い場合と比べて逆方向になる。追加円形ギア60の数が2つまたは偶数である場合には、ホイール20の回転運動とポンプ部材30の前後運動との連動は、追加円形ギア60が無い場合と比べて同方向になる。特定の好ましい実施形態では、
図2b~dに示されるように管状空洞11とマイクロキャピラリーニードルの内部空間41とがUターンする導管50によって連通され、かつ、追加円形ギア60の数が1つまたは奇数である。1つ以上の追加円形ギア60の各々の回転軸は典型的には胴部に固定されることが理解される。
【0029】
1つ以上の追加円形ギア60はこのようにホイール20の回転運動とポンプ部材30の前後運動との連動の方向を変更させることができる。これにより、より個別ユーザーの直感に合うようにホイール20の回転方向とマイクロキャピラリーニードルにおける液体の出入方向との関係を最適化することができる。このように追加円形ギア60は、ホイール20の回転方向に対するポンプ部材30の移動方向を逆転させたり、円形ギア23と線状ギア32との間の距離を橋渡しする役割を果たし得るが、ホイール20の回転に応じたピストン31の移動距離には必ずしも影響を与えない「遊び歯車」として提供され得る。
【0030】
図2aに例示されるように、線状ギア32と係合する、ホイール20と同心の円形ギア23の直径が、ホイール20の直径と比べて、より小さい(例えば2/3以下、1/2以下、または1/3以下である(典型的には1/10以上であり得る))実施形態は、指の動きによる微細な操作性のために特に好ましい。具体的には、ホイール20直径と比べて円形ギア23直径が小さければ小さいほど、円形ギア23が保有するギア歯数が相対的に少なくなり、そしてホイール20を回転させることで生じる線状ギア32の移動距離は、「ホイール20外縁の円周方向の移動距離」×「円形ギア23の直径/ホイール20の直径」で表されることから、両者の直径に差があればあるほど、ホイール20の同じ回転角度あたりの線状ギア32の移動距離は短くなり、線状ギア32の直線運動は減速される。すなわち両者の直径に差があればあるほどピストン31を弱い力で操作できると共に微細な動きを調節しやすくなる。これに伴い、マイクロキャピラリーニードル40先端付近の空気または液体の挙動も減速される結果、究極的には、胚等を含む液体を扱う微細な操作性が改善される。
【0031】
図2aに示す実施形態の好ましい例では、ホイール20が同直径の2層のホイールディスクを有して円形ギア23を挟み、その2層の間を通って線状ギア32も延在し、そして線状ギア32と円形ギア23との係合は前記2層のホイールディスクの間で起こる。このような実施形態が好ましい理由としては、2層のホイールディスクで線状ギア32を挟み込むことで、線状ギアの転倒や軌道からの逸脱を防止でき、線状ギア32が直線軌道を前後に移動する動作を安定化できるからである。しかしながらこれは線状ギア32の直線運動を安定化させるための構成の一例に過ぎず、これに限定されるわけではない。例えば、線状ギア32を2層のホイールディスクで挟む代わりに、線状ギア32を、円形ギア23とは反対の側あるいは底部から支える支持構造を設けることにより、線状ギア32の動作時における転倒や軌道からの逸脱を防止することも可能である。線状ギア32が直線運動を行う際に胴部10に接する、線状ギア32の底部部分の面積が小さいほど、摩擦抵抗が減弱するため、より弱い力での操作が可能となる。
【0032】
図2bの例では、追加円形ギア60と係合する円形ギア23の直径がホイール20の直径と比べてより小さい(例えば2/3以下、1/2以下、または1/3以下である(典型的には1/10以上であり得る))実施形態は、指の動きによる微細な操作性のために特に好ましい。
図2aに関して説明したのと同様に、ホイール20直径と比べて円形ギア23直径が小さければ小さいほど、円形ギア23が保有するギア歯数が相対的に少なくなり、ホイール20の同じ回転角度あたり係合に関わるギア歯数乃至弧長が少なくなるため線状ギア32の移動距離も短くなり、線状ギア32の直線運動は減速される。すなわち両者の直径に差があればあるほどピストン31を弱い力で操作できると共に微細な動きを調節しやすくなる。これが、胚等を含む液体を扱う微細な操作性の改善につながることは上述した通りである。
【0033】
図2bに示す実施形態の好ましい例では、ホイール20が同直径の2層のホイールディスクを有して円形ギア23を挟み、追加円形ギア60もその2層のホイールディスクの間に挿入されたかたちで円形ギア23と係合する。さらに線状ギア32も上記2層のホイールディスの間に延在するようにこれらの部材を配置することも可能である。しかしながらホイールディスクを2層にしてそれで追加円形ギアおよび/または線状ギアを挟む構成は機構の安定化・堅牢化を図るための一例に過ぎず、例えば上述したような他の構成も可能である。
【0034】
図2cに示す実施形態の好ましい例では、円形ギア23が同直径の2層の歯車を含み(軸21を含めた断面がH字型になるように)、その2層の間を通って線状ギア32が延在し、そして追加円形ギア60は円柱状であって前記2層の歯車および線状ギアに係合する。これは機構の安定化・堅牢化を図るための非限定的な一例に過ぎない。
【0035】
図2dに例示するように、追加円形ギア60が、同心に結合した2つの歯車を含み、円形ギア23と係合する歯車の直径と比べて、線状ギア32と係合する歯車の直径がより小さい(例えば2/3以下、1/2以下、または1/3以下である(典型的には1/10以上であり得る))実施形態が好ましい。これら互いに結合した2つの歯車の関係は、
図2a,bに関して説明したホイール20と円形ギア23との関係と同様である。つまり、1つの追加円形ギア60が有する2つの歯車のうち、先行するギアと係合する歯車の直径に比べて、後続のギアと係合する歯車の直径が減少すると、それに比例して、追加円形ギア60内で係合に関わるギア歯数乃至弧長が少なくなる変換が起こり、従って線状ギア32の移動距離も短くなり、線状ギア32の直線運動が減速される。これにより、ピストン31を弱い力で操作できると共に微細な動きを調節しやすくなる。
【0036】
図3に模式的に示す実施形態において、管状空洞11は、少なくとも部分的に、フレキシブルチューブ領域11aによって提供されている。ホイール20には、ホイール20と同心で回転する第2ホイール24が結合されており、ホイール20および第2ホイール24のうちの一方(
図3では第2ホイール24)は円形ギア25を形成している。胴部10は、長軸10aに沿って且つ胴部10に固定されて延在し円形ギア25と係合する、胴部固定線状ギア12を含む。ホイール20および第2ホイール24は、回転する際に、円形ギア25が胴部固定線状ギア12上を転がることを介して胴部固定線状ギアに沿って移動し、ホイール20および第2ホイール24のうち円形ギア25を構成していない方(
図3ではホイール20)のホイールの外縁26がフレキシブルチューブ領域11aに外接してフレキシブルチューブ領域内の管状空洞を圧迫することにより、そのフレキシブルチューブ領域11aに接するホイール外縁26自体が、前記ホイール20の回転運動に連動して前記前後運動をするペリスタルティックポンプ機構に基づくポンプ部材30を構成する。本開示の胴部10は概して筒状、箱状、あるいはケース状であり得る。典型的には、胴部固定線状ギア12はそのような胴部10の内部に固定され、胴部10の内部はさらに、ホイールの回転軸21の移動範囲を画定する軸ガイド13を有し得る。軸ガイド13は胴部10の外側へと開口する窓であってもよい。
図3に示す実施形態では、胴部固定線状ギア12は胴部10の長軸に平行に延在しているが、胴部固定線状ギア12を胴部の長軸に対して傾斜させてもよい。例えば
図3において、胴部固定線状ギア12を遠位方向に向かって傾斜させると、ホイール20を回転させて遠位方向に移動させるにつれポンプ部材30によるフレキシブルチューブ領域11aの圧迫が強くなる。
【0037】
図4に模式的に示す実施形態において、ポンプ部材30は、前記管状空洞11の内径にフィットして管状空洞11内を前後に移動可能なピストン33と、ピストン33に結合し前記管状空洞11とは反対側に延在する接続ロッド34とを有し、接続ロッド34は、ピストン33と結合する端とは反対側の端において、ホイール20の回転軸21に固定されている。これらの実施形態におけるマイクロピペットシステムは、ホイール20と一体となって回転する円形ギア27を含む。上述したラック・アンド・ピニオン機構の場合と同様に、ホイール20自体が円形ギア27となっていてもよいし、あるいは
図4に示されるように、ホイール20と同心の円形ギア27がホイールに結合されていてもよい。胴部10は、長軸10aに沿って且つ胴部10に固定されて延在し前記円形ギア27と係合する、胴部固定線状ギア14を含み、ホイール20は、回転する際に、円形ギア27が胴部固定線状ギア14上を転がることを介して胴部固定線状ギア14に沿って移動し、そしてこの胴部固定線状ギア14に沿ったホイール20の移動が、前記接続ロッド34を介してポンプ部材30(特に、ピストン33)も移動させることにより、ホイールの回転運動とポンプ部材の前後運動との連動が提供される。
【0038】
図3および
図4に示されるように胴部固定線状ギアが関わる実施形態では、ホイール20を回転させるとホイール20自体が遠位方向または近位方向に移動する。しかしながらマイクロリットルスケールの流体量に対応する移動距離はわずかであるため、操作者はマイクロピペットシステム1の鉛筆持ちを実質的に維持したままホイール20を介した操作を行うことができる。
【0039】
図5に模式的に示す実施形態において、ポンプ部材30は、前記管状空洞11の内径にフィットして管状空洞11内を前後に移動可能なピストン35を有し、ピストン35には、前記管状空洞11とは反対側に延在する接続ロッド36が固定されており、ホイール20の回転軸21は胴部に固定されており、接続ロッド36は、ピストン35に固定された端とは反対側の端において、ホイール20上の回転軸から外れた位置に固定されている。これらの実施形態では、ホイール20とピストン35とが接続ロッド36によって連結されていることにより形成されるスライダークランク機構が、ホイールの回転運動とポンプ部材の前後運動との連動を提供する。ロッド36の、ホイール20およびピストン35に対する固定は、それぞれ回転または揺動を許容する固定であることが理解される。あるいは、上記スライダークランク機構を利用するマイクロピペットシステムの変型は、ホイール20と一体となって回転する円形ギアおよびその円形ギアと係合する1つ以上の追加円形ギア有し、接続ロッド36は、ピストン35に固定された端とは反対側の端において、(ホイール20ではなく)1つ以上の追加円形ギア上のうちの1つの回転軸から外れた位置に固定される。追加円形ギアの回転軸は胴部に固定され得る。追加円形ギアの意義およびバリエーションは
図2の実施形態に関して説明されたものと同様である。
【0040】
図6に模式的に示す実施形態において、ポンプ部材30は、前記管状空洞11の内径にフィットして管状空洞11内を前後に移動可能なピストン37と、ピストン37に結合し前記管状空洞11とは反対側に延在する接続ロッド38とを有し、ホイール20の回転軸21は胴部に固定されており、ホイール20は、前記回転軸21から外れた位置にピン70を有し、接続ロッド38は、ピストン37に結合した端とは反対側の端において、スロットを含むヨーク71に結合している。これらの実施形態では、ホイール20上のピン70が前記スロット中に係合していることにより形成されるスコッチヨーク機構が、ホイールの回転運動とポンプ部材の前後運動との連動を提供する。あるいは、上記スコッチヨーク機構を利用するマイクロピペットシステムの変型は、ホイール20と一体となって回転する円形ギアおよびその円形ギアと係合する1つ以上の追加円形ギア有し、ヨーク71のスロットと係合するピン70は、(ホイール20ではなく)1つ以上の追加円形ギアのうちの1つ上の回転軸から外れた位置に存在している。追加円形ギアの回転軸は胴部に固定され得る。追加円形ギアの意義およびバリエーションは
図2の実施形態に関して説明されたものと同様である。
【0041】
[マイクロピペッター]
本開示は別の態様において、マイクロピペッターを提供する。本実施形態のマイクロピペッターは本質的に、マイクロキャピラリーニードル40を取り付ける前の、上述したいずれかのマイクロピペットシステムに対応すると理解できる。マイクロピペッターは、マイクロキャピラリーニードル40を受け入れるための挿入口80を有する。従って基本的な実施形態において、マイクロピペッターは、長軸ならびに近位端および遠位端を有し、前記長軸の少なくとも一部に沿って延在する管状空洞を有する、胴部と、前記胴部の近位側領域中に回転軸を有する、回転可能なホイールと、前記ホイールの回転運動に連動して前記胴部中で遠位方向へまたは近位方向へと前後運動するように構成された、ポンプ部材と、前記胴部から近位方向へと突出して延在するマイクロキャピラリーニードルを受け入れるために近位方向に開口するマイクロキャピラリーニードル挿入口とを含む。ホイールの外縁は少なくとも部分的に胴部から露出している。マイクロピペットシステムの様々な実施形態について提供された構造的および機能的説明がそれぞれ、対応するマイクロピペッターに適用され得ることが理解されるべきである。マイクロキャピラリーニードル挿入口80は胴部の管状空洞と連通しており、前記ポンプ部材の前記前後運動が前記管状空洞の容積を増減させる。そのことにより、マイクロキャピラリーニードル40がマイクロキャピラリーニードル挿入口80に挿入された場合にはマイクロキャピラリーニードルの内部空間41中の流体の吸入または排出が可能になる。
【0042】
マイクロキャピラリーニードル挿入口80の形状は、挿入されるマイクロキャピラリーニードルとマイクロピペッターとの間の気密性が達成できるものであれば特に限定されず、使用されるマイクロキャピラリーニードルの末端の形状と大きさに合わせて当業者が適宜決定することができる。例えば
図7aに模式的断面図で示す例では、マイクロキャピラリーニードル挿入口80は、(例えばパスツールピペットに基づくもののような)マイクロキャピラリーニードル40の末端を押し込んで気密的に連通できるように、テーパー型の内部形状を有している。あるいはマイクロキャピラリーニードル挿入口80は、
図7bに模式的断面図で示す例のように、マイクロキャピラリーニードル40の末端を押し込んで気密的に連通できるようにゴム等のOリング81を有していてもよい。好ましい実施形態において、マイクロキャピラリーニードル40はパスツールピペットに基づくものであり、マイクロキャピラリーニードル挿入口80は、ホイール20の回転軸21よりも遠位に位置する。このような配置は、鉛筆持ちしてホイール20により操作をすることに最適なマイクロピペットシステムの全体形状を提供できるため好ましい。
【0043】
[マイクロピペットキット]
本開示は別の態様において、上述したいずれかのマイクロピペッターと、マイクロキャピラリーニードルとを含む、マイクロピペットキットを提供する。ユーザーは、キットに提供されるマイクロキャピラリーニードルの末端をマイクロピペッターのマイクロキャピラリーニードル挿入口に挿入して装着することにより、使用可能状態のマイクロピペットシステムを用意することができる。
【0044】
本開示のマイクロピペットシステム、マイクロピペッター、およびマイクロピペットキットの様々な実施形態は、特にヒトの生殖補助医療、家畜の繁殖技術、および実験動物の生殖工学等の分野で有用性を見出すが、それ以外にも、マイクロリットルスケールあるいはそれ以下の量の流体や微粒子懸濁物の繊細な操作が必要とされる様々な技術分野で有用となり得る。
【符号の説明】
【0045】
1 マイクロピペットシステム
10 胴部
20 ホイール
30 ポンプ部材
40 マイクロキャピラリーニードル
50 Uターン導管
60 追加円形ギア
80 マイクロキャピラリーニードル挿入口
【要約】
【課題】操作者がマウスピース式による操作に匹敵するほどの直感性で流体の吸入・吐出を制御できるマイクロピペットシステムを提供する。
【解決手段】長軸ならびに近位端および遠位端を有し、長軸の少なくとも一部に沿って延在する管状空洞を有する、胴部と、胴部の近位側領域中に回転軸を有する回転可能なホイールと、ホイールの回転運動に連動して胴部中で遠位方向へまたは近位方向へと前後運動するように構成された、ポンプ部材と、胴部から近位方向へと突出して延在するマイクロキャピラリーニードルとを含む、マイクロピペットシステムであって、ホイールの外縁は少なくとも部分的に胴部から露出しており、マイクロキャピラリーニードルはその内部空間が胴部の管状空洞と連通しており、ポンプ部材の前後運動が管状空洞の容積を増減させ、それによりマイクロキャピラリーニードルの内部空間中の流体の吸入または排出を可能にする。
【選択図】
図1