(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】摺動部品
(51)【国際特許分類】
F16J 15/34 20060101AFI20240917BHJP
F16C 17/04 20060101ALI20240917BHJP
【FI】
F16J15/34 G
F16C17/04 Z
(21)【出願番号】P 2022505934
(86)(22)【出願日】2021-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2021007813
(87)【国際公開番号】W WO2021182168
(87)【国際公開日】2021-09-16
【審査請求日】2023-09-19
(31)【優先権主張番号】P 2020040352
(32)【優先日】2020-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【氏名又は名称】林 道広
(74)【代理人】
【識別番号】100206911
【氏名又は名称】大久保 岳彦
(72)【発明者】
【氏名】井村 忠継
【審査官】久米 伸一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/049847(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/148317(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/087800(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/162349(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34
F16C 17/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、周方向に延びる負圧発生用の浅溝と、前記浅溝内の被密封流体を回収する前記浅溝よりも深い深溝と、が備えられており、
前記浅溝は、前記深溝に向かって流路断面積が狭まる終端部を有して
おり、
前記浅溝は、前記終端部が前記深溝に向けて漸次浅くなっている摺動部品。
【請求項2】
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、周方向に延びる負圧発生用の浅溝と、前記浅溝内の被密封流体を回収する前記浅溝よりも深い深溝と、が備えられており、
前記浅溝は、前記深溝に向かって流路断面積が狭まる終端部を有しており、
前記浅溝は前記摺動部品の摺動面の全周に亘って延び、前記深溝に対して周方向に連なる始端部を備えている摺動部品。
【請求項3】
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、周方向に延びる負圧発生用の浅溝と、前記浅溝内の被密封流体を回収する前記浅溝よりも深い深溝と、が備えられており、
前記浅溝は、前記深溝に向かって流路断面積が狭まる終端部を有しており、
前記浅溝及び前記深溝は前記摺動部品の摺動面の周方向に等配されており、前記浅溝は前記深溝を通る径方向に延びる線を基準として対称形状を成している摺動部品。
【請求項4】
前記浅溝は、前記終端部が前記深溝に向けて漸次浅くなっている請求項
2または3に記載の摺動部品。
【請求項5】
前記浅溝の前記終端部の底面が、前記深溝側に凹むように湾曲している請求項
1または4に記載の摺動部品。
【請求項6】
前記深溝は被密封流体側に連通している請求項1ないし
5のいずれかに記載の摺動部品。
【請求項7】
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、周方向に延びる負圧発生用の浅溝と、前記浅溝内の被密封流体を回収する前記浅溝よりも深い深溝と、が備えられており、
前記浅溝は、前記深溝に向かって流路断面積が狭まる終端部を有しており、
前記浅溝は、前記終端部の径方向幅が前記深溝に向けて漸次狭くなっており、前記浅溝内の被密封流体の圧力が前記終端部で高められる摺動部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対回転する摺動部品に関し、例えば自動車、一般産業機械、あるいはその他のシール分野の回転機械の回転軸を軸封する軸封装置に用いられる摺動部品、または自動車、一般産業機械、あるいはその他の軸受分野の機械の軸受に用いられる摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
被密封流体の漏れを防止する軸封装置として例えばメカニカルシールは相対回転し摺動面同士が摺動する一対の環状の摺動部品を備えている。このようなメカニカルシールにおいて、近年においては環境対策等のために摺動により失われるエネルギーの低減が望まれている。そこで、例えば、摺動部品の摺動面に高圧の被密封流体側である外径側に連通するとともに摺動面において一端が閉塞する正圧発生溝を設けているものがある。これによれば、摺動部品の相対回転時には、正圧発生溝に正圧が発生して摺動面同士が離間するとともに、正圧発生溝には被密封流体が外径側から導入され被密封流体を保持することで潤滑性が向上し、低摩擦化を実現している。
【0003】
さらに、メカニカルシールは、密封性を長期的に維持させるためには、「潤滑」に加えて「密封」という条件が求められている。例えば、特許文献1に示されるメカニカルシールは、一方の摺動部品において、被密封流体側に連通するレイリーステップ及び逆レイリーステップが設けられている。これによれば、摺動部品の相対回転時には、レイリーステップにより摺動面間に正圧が発生して摺動面同士が離間し、摺動面間に被密封流体が介在することで潤滑性が向上する。一方、逆レイリーステップでは相対的に負圧が生じるとともに、逆レイリーステップはレイリーステップよりも漏れ側に配置されているため、レイリーステップから摺動面間に流れ出た高圧の被密封流体を逆レイリーステップに吸い込むことができる。また、逆レイリーステップの相対回転終端側には、該逆レイリーステップよりも容積の大きい深溝が設けられており、逆レイリーステップで回収された被密封流体は、深溝を介して被密封流体側に戻されるようになっている。このようにして、一対の摺動部品間の被密封流体が漏れ側に漏れることを防止して密封性を向上させていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2012/046749号(第14-16頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1のような摺動部品にあっては、一方の摺動部品に設けられた逆レイリーステップ内の被密封流体は、対向する他方の摺動部品の相対回転により該被密封流体が逆レイリーステップから深溝に向けて移動するようになっている。しかしながら、逆レイリーステップの流路断面積は周方向に一定であるため、被密封流体の逆レイリーステップから深溝への移動量は、摺動部品の相対回転速度に左右されるようになっており、特に摺動部品がある一定以上の高速回転になると、逆レイリーステップにおける上方側の被密封流体は他方の摺動部品の移動に追従するものの、底面側の被密封流体は該他方の摺動部品の移動に追従しにくくなり、逆レイリーステップ内の被密封流体の移動量は相対回転速度の上昇ほど増えず、逆レイリーステップ内に十分な負圧が発生しない虞があった。
【0006】
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、他方の摺動部品の相対回転速度に関わらず、浅溝内に負圧を確実に生じさせることができる摺動部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明の摺動部品は、
回転機械の相対回転する箇所に配置され他の摺動部品と相対摺動する環状の摺動部品であって、
前記摺動部品の摺動面には、周方向に延びる負圧発生用の浅溝と、前記浅溝内の被密封流体を回収する前記浅溝よりも深い深溝と、が備えられており、
前記浅溝は、前記深溝に向かって流路断面積が狭まる終端部を有している。
これによれば、浅溝の終端部は、深溝に向かって流路断面積が狭まっていることから、摺動部品の相対回転時には、浅溝内の被密封流体の圧力が終端部で高められ、該終端部の被密封流体は下流側に深溝が配置されていることにより深溝に流入しやすくなっている。このようにして、摺動部品の回転速度によらずに浅溝内に負圧を確実に発生させることができる。また、浅溝の終端部の被密封流体が深溝に流入するので該浅溝によって摺動面間に正圧が発生することを抑制できる。
【0008】
前記浅溝は、前記終端部が前記深溝に向けて漸次浅くなっていてもよい。
これによれば、浅溝は終端部から深溝にかけて浅溝の底面から摺動面に向かうように被密封流体が凝集するため、摺動面の流れの影響を受け易くなるので被密封流体を深溝に多く流入させることができる。
【0009】
前記浅溝の前記終端部の底面が、前記深溝側に凹むように湾曲していてもよい。
これによれば、終端部において被密封流体の圧力が高まる領域を小さくすることができる。
【0010】
前記深溝は、被密封流体側に連通していてもよい。
これによれば、深溝に回収された被密封流体を被密封流体側に戻すことができる。
【0011】
前記浅溝は、前記摺動部品の摺動面の全周に亘って延び、前記深溝に対して周方向に連なる始端部を備えていてもよい。
これによれば、摺動部品の摺動面の全周に亘って負圧を発生させることができる。
【0012】
前記浅溝及び前記深溝は、前記摺動部品の摺動面の周方向に等配されており、前記浅溝は、前記深溝を通る径方向に延びる線を基準として対称形状を成していてもよい。
これによれば、摺動部品の相対回転方向に限られず使用できる。また、深溝よりも相対回転終端側の浅溝には被密封流体が流入し難くなっているため、相対回転終端側の浅溝にも負圧を発生させることができる。
【0013】
尚、本発明に係る摺動部品の浅溝が周方向に延びるというのは、浅溝が少なくとも周方向の成分をもって延設していればよく、好ましくは径方向よりも周方向に沿った成分が大きくなるように延設されていればよい。また深溝が径方向に延びているというのは、深溝が少なくとも径方向の成分をもって延設していればよく、好ましくは周方向よりも径方向に沿った成分が大きくなるように延設されていればよい。
【0014】
また、被密封流体は、気体または液体であってもよいし、液体と気体が混合したミスト状であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施例1におけるメカニカルシールの一例を示す縦断面図である。
【
図2】静止密封環の摺動面を軸方向から見た図である。
【
図4】負圧発生機構における液体誘導溝部近傍を軸方向から見た説明図である。
【
図5】液体誘導溝部近傍を液体誘導溝部に直交する面で切断した概略断面図である。
【
図6】実施例1の静止密封環の変形例1を示す説明図である。
【
図7】実施例1の静止密封環の変形例2を示す説明図である。
【
図8】実施例1の静止密封環の変形例3を示す説明図である。
【
図9】実施例1の静止密封環の変形例4を示す説明図である。
【
図10】実施例1の静止密封環の変形例5を示す説明図である。
【
図11】実施例1の静止密封環の変形例6を示す説明図である。
【
図12】本発明の実施例2における静止密封環の摺動面を軸方向から見た図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る摺動部品を実施するための形態を実施例に基づいて以下に説明する。
【実施例1】
【0017】
実施例1に係る摺動部品につき、
図1から
図5を参照して説明する。尚、本実施例においては、摺動部品がメカニカルシールである形態を例に挙げ説明する。また、メカニカルシールを構成する摺動部品の外径側を被密封流体側(高圧側)、内径側を漏れ側としての大気側(低圧側)として説明する。また、説明の便宜上、図面において、摺動面に形成される溝等にドットを付すこともある。
【0018】
図1に示される一般産業機械用のメカニカルシールは、摺動面の外径側から内径側に向かって漏れようとする被密封流体Fを密封するインサイド形のものである。尚、本実施例では、被密封流体Fが高圧の気体である形態を例示する。
【0019】
メカニカルシールは、回転軸1にスリーブ2を介して回転軸1と共に回転可能な状態で設けられた円環状の摺動部品である回転密封環20と、被取付機器のハウジング4に固定されたシールカバー5に非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた摺動部品としての円環状の静止密封環10と、から主に構成され、ベローズ7によって静止密封環10が軸方向に付勢されることにより、静止密封環10の摺動面11と回転密封環20の摺動面21とが互いに密接摺動するようになっている。尚、回転密封環20の摺動面21は平坦面となっており、この平坦面には凹み部が設けられていない。
【0020】
静止密封環10及び回転密封環20は、代表的にはSiC(硬質材料)同士またはSiC(硬質材料)とカーボン(軟質材料)の組み合わせで形成されるが、これに限らず、摺動材料はメカニカルシール用摺動材料として使用されているものであれば適用可能である。尚、SiCとしては、ボロン、アルミニウム、カーボン等を焼結助剤とした焼結体をはじめ、成分、組成の異なる2種類以上の相からなる材料、例えば、黒鉛粒子の分散したSiC、SiCとSiからなる反応焼結SiC、SiC-TiC、SiC-TiN等があり、カーボンとしては、炭素質と黒鉛質の混合したカーボンをはじめ、樹脂成形カーボン、焼結カーボン等が利用できる。また、上記摺動材料以外では、金属材料、樹脂材料、表面改質材料(コーティング材料)、複合材料等も適用可能である。
【0021】
図2に示されるように、静止密封環10に対して回転密封環20が矢印で示すように相対摺動するようになっている。静止密封環10の摺動面11には負圧発生機構14が設けられている。負圧発生機構14は、被密封流体F側に連通して内径方向に延びる深溝としての流体誘導溝部15と、流体誘導溝部15の内径側の下流側の周方向端部から静止密封環10と同心状に周方向に延び流体誘導溝部15の内径側の上流側の周方向端部に連設される負圧発生用の浅溝9と、を備えている。尚、摺動面11の負圧発生機構14以外の部分は平端面を成すランド12となっている。また、図示しないが、浅溝9の外径側に位置するランド12には、例えば、ディンプル等の正圧発生機構が形成されている。
【0022】
次に、負圧発生機構14の概略について
図2及び
図3に基づいて説明する。尚、以下、
図2において、流体誘導溝部15の紙面左側に連設される浅溝9の端部を浅溝9の相対回転の始端部9a、すなわち浅溝9内を流れる被密封流体Fの上流側とし、流体誘導溝部15の紙面右側に連設される浅溝9の端部を浅溝9の相対回転の終端部9b、すなわち浅溝9内を流れる被密封流体Fの下流側として説明する。さらに尚、説明の便宜上、浅溝9の深さを実際よりも深く図示している。
【0023】
本実施例1の流体誘導溝部15は、静止密封環10の径方向に延びている。また、流体誘導溝部15と浅溝9の始端部9a及び終端部9bとは連設、すなわち周方向に並んで配置されている。浅溝9は、底面9cと、底面9cの外径側から立設する外側面9dと、底面9cの内径側から立設する内側面9eと、を備えている。外側面9dと内側面9eは互いに平行かつそれぞれランド12の平坦面と直交している。
【0024】
特に
図3に示されるように、底面9cのうち、浅溝9の始端部9a近傍の底面9kは、摺動面11とは反対側に向けて凸となる円弧状に延びており、浅溝9の深さは、浅溝9の始端側に向かうにつれて漸次浅くなっている。すなわち、流体誘導溝部15に直交する面で浅溝9の始端部9a近傍を切断した断面(
図3に示す断面、すなわち、周断面)は流体誘導溝部15側に凹むように湾曲している。
【0025】
浅溝9の始端部9aには、浅溝9と流体誘導溝部15とを区画する壁部9fが形成されている。また、壁部9fの頂部9gは径方向に延びる線状をなしており、ランド12の平端面、すなわち
図3における上面よりも僅かに深い位置、すなわち底面9c側に配設されている。頂部9gにおけるランド12の平端面側の空間G1で浅溝9と流体誘導溝部15とが連通されている。このように、浅溝9の始端部9aの流路断面積は流体誘導溝部15に向けて漸次小さくなっている。
【0026】
また、底面9cのうち、浅溝9の終端部9b近傍の底面9mは、摺動面11とは反対側に向けて凸となる円弧状に延びており、浅溝9の深さは、浅溝9の終端側に向かうにつれて漸次浅くなっている。すなわち、流体誘導溝部15に直交する面で浅溝9の終端部9b近傍を切断した断面は流体誘導溝部15側に凹むように湾曲している。
【0027】
浅溝9の終端部9bには、浅溝9と流体誘導溝部15とを区画する壁部9hが形成されている。また、壁部9hの頂部9jは、ランド12の平端面よりも僅かに深い位置、すなわち底面9c側に配設されている。頂部9jにおけるランド12の平端面側の空間G2で浅溝9と流体誘導溝部15とが連通されている。このように、浅溝9の終端部9bの流路断面積は流体誘導溝部15に向けて漸次小さくなっている。
【0028】
また、底面9cのうち、始端部9a近傍の底面9kと終端部9b近傍の底面9mの間の底面9nはランド12の平端面に平行な平坦面となっており、浅溝9における最も深い部位となっている。
【0029】
また、浅溝9の始端部9a近傍と浅溝9の終端部9b近傍とは、流体誘導溝部15に沿って径方向に延びる線LN(
図2参照)を基準として対称形状を成している。
【0030】
また、流体誘導溝部15の深さ寸法L10は、浅溝9における最も深い部位、すなわち、ランド12の平端面から浅溝9の底面9nまでの間の深さ寸法L20よりも深くなっている(L10>L20)。
【0031】
具体的には、本実施例1における流体誘導溝部15の深さ寸法L10は、100μmに形成されており、浅溝9の深さ寸法L20は、1μmに形成されている。尚、流体誘導溝部15の深さ寸法が浅溝9の深さ寸法よりも深く形成されていれば、流体誘導溝部15及び浅溝9の深さ寸法は自由に変更でき、好ましくは寸法L10は寸法L20の5倍以上である。
【0032】
次いで、静止密封環10と回転密封環20との相対回転時の動作について
図4及び
図5説明する。まず、回転密封環20が回転していない一般産業機械の非稼動時には、流体誘導溝部15を介して被密封流体Fが浅溝9内に流入している。尚、ベローズ7によって静止密封環10が回転密封環20側に付勢されているので摺動面11,21間から低圧側に漏れ出す量はほぼない。
【0033】
回転密封環20が静止密封環10に対して相対回転すると、摺動面11,21よりも外径側の被密封流体Fが摺動面11,21間に引き込まれるとともに、前述した図示略の正圧発生機構により発生する正圧により摺動面11,21間が若干離間する。また、
図4及び
図5に示されるように、浅溝9内に流入した被密封流体Fが矢印L1に示すように摺動面21との摩擦により回転密封環20の回転方向に追随移動する。
【0034】
浅溝9の終端部9bは、流体誘導溝部15に向けて流路断面積が漸次小さくなっているので、流体が凝集し、それにより終端部9b近傍が最も圧力が高くなり、圧力が高められた被密封流体Fは、矢印L2に示すように外側面9dと内側面9eと頂部9jと回転密封環20の摺動面21で囲まれた空間を介して流体誘導溝部15に流入するが、流体誘導溝部15は流体が分散するほどの空間を有しているため、凝集された流体を分散し、流体の分散により、高められた圧力を低下させ、下流側の浅溝9、すなわち始端部9a側に高い圧力の被密封流体Fを流入させなくする。一方、浅溝9の始端部9aでは、頂部9gの下流側の浅溝9の体積が急激に大きくなるため、流体が分散することにより、負圧が発生し、その負圧が浅溝9の全域に及ぶ。
【0035】
また、静止密封環10と回転密封環20との相対回転速度が一定以上になると、浅溝9の終端部9bから流入する被密封流体Fにより流体誘導溝部15内の被密封流体Fが矢印L3に示すように外径側に押し出される。また、静止密封環10と回転密封環20との相対回転時には、摺動面11,21間にそれらの外径側及び流体誘導溝部15内から被密封流体Fが随時流入しており、潤滑性に優れている。
【0036】
このとき、浅溝9の終端部9b以外の部分の周辺の被密封流体Fは、浅溝9に生じる負圧により矢印H1に示すように、浅溝9内に吸い込まれる。一方、浅溝9の終端部9b近傍の被密封流体Fは、上述したように高圧となっているため、矢印H2に示すように、ランド12に位置したままで、浅溝9にはほぼ進入しない。また、流体誘導溝部15の近傍の被密封流体Fは、矢印H3に示すように、流体誘導溝部15に進入するとともに、流体誘導溝部15内の被密封流体Fの一部は、矢印H4に示すように、摺動面21との摩擦等により摺動面11,21間に流出するようになっている。
【0037】
以上説明したように、浅溝9の終端部9bは、流体誘導溝部15に向けて流路断面積が漸次小さくなっているので、静止密封環10と回転密封環20との相対回転時には、浅溝9内の被密封流体Fの圧力を高め難くし、浅溝9を負圧に維持し易く、大気側に漏れようとする被密封流体Fを回収することができる。
【0038】
また、浅溝9の終端部9bの相対回転下流側には、浅溝9よりも深い流体誘導溝部15が配設されているので、終端部9b近傍で圧力が高められた被密封流体Fは、流体誘導溝部15内に流入するようになっており、圧力が高められた被密封流体Fを流体誘導溝部15にて分散させ、摺動面11,21間に流出することが抑制され、摺動面11,21間に正圧が発生することを抑制できる。これにより、浅溝9の負圧発生能力が低下することを防止できる。また、圧力が高められた被密封流体Fは流体誘導溝部15にて分散させられるため、下流側の浅溝9に流入することなく、下流側の浅溝9で好適に負圧を発生させることができる。
【0039】
また、浅溝9の終端部9bは流体誘導溝部15に連通しているので、摺動面11,21間に圧力が高められた被密封流体Fが流出することが抑制され、摺動面11,21間に正圧が発生することが抑制される。
【0040】
また、浅溝9の終端部9b近傍の底面9cは、流体誘導溝部15に向けて漸次浅くなっている。これによれば、浅溝9の終端部9bから流体誘導溝部15に向けて浅溝9の底面9nから摺動面に向かうように被密封流体Fが凝集するため、被密封流体Fが摺動面の流れの影響を受け易くなり、下流側にある流体誘導溝部15に多く流入させることができる。
【0041】
また、浅溝9の終端部9bの底面9cが、流体誘導溝部15側に凹むように湾曲しており、終端部9bの末端である頂部9jは、対向する摺動面21側、すなわち静止密封環10の軸方向を向くので、終端部9bにおいて被密封流体Fの圧力が高まる領域を周方向に小さくすることができる。すなわち、浅溝9の負圧発生領域を大きく確保することができる。また、浅溝9内の被密封流体Fの圧力を流体誘導溝部15の上流側の直前まで高めないように維持し、圧力を高める箇所は終端部9bと流体誘導溝部15との境界付近に配置させ易く、そのため、圧力が高められた被密封流体Fが浅溝9に戻り難く、浅溝9を負圧に維持し易い。
【0042】
また、浅溝9の終端部9bの底面9cが、流体誘導溝部15側に凹むように湾曲しているので、浅溝9内の被密封流体Fの流れに乱れが生じにくく、被密封流体Fの流れが円滑になる。
【0043】
また、流体誘導溝部15は、外径側の被密封流体側に連通しているので、浅溝9から回収した被密封流体Fを外径側の被密封流体F側に戻すことができる。また、静止密封環10及び回転密封環20の相対回転時には、遠心力により被密封流体Fを外径側の被密封流体F側に戻しやすく、被密封流体Fを摺動面11,21よりも内径側の低圧側への漏れを低減できる。
【0044】
また、浅溝9は摺動面11の全周に亘って同心円上に延び、1つの流体誘導溝部15に対して始端部9aと終端部9bとで周方向に連通しているので、摺動面11の全周に亘って浅溝9の負圧を発生させることができる。
【0045】
また、浅溝9の始端部9aは、空間G1を介して流体誘導溝部15と連通しており、静止密封環10と回転密封環20との相対回転時には、流体誘導溝部15から浅溝9の始端部9a側に被密封流体Fが進入しにくくなっているので、浅溝9内に大きな負圧を発生させることができる。
【0046】
また、浅溝9の始端部9aと終端部9bとは、流体誘導溝部15に沿って径方向に延びる線LNを基準として対称形状を成しているので、静止密封環10と回転密封環20との相対回転方向に関わらず使用できる。
【0047】
また、前記実施例1では、深溝としての流体誘導溝部15が外径側の被密封流体F側に連通している形態を例示したが、これに限られず、例えば、
図6に示される変形例1の静止密封環100のように、深溝としての流体誘導溝部151が静止密封環10の大気A側及び被密封流体F側に連通しないようになっていてもよい。
【0048】
また、浅溝9の終端部9bから流出する被密封流体Fが少ない場合、すなわち、漏れ側への許容漏れ量以内である場合には、例えば、
図7に示される変形例2の静止密封環101のように、深溝としての流体誘導溝部152が静止密封環101の内径側の大気A側に連通していてもよい。
【0049】
すなわち、深溝は、摺動面11,21間に正圧が発生しない、または正圧を抑制できる程度に浅溝9の終端部9bから流出する被密封流体Fを回収可能であれば、大きさや形状を自由に変更してもよい。
【0050】
また、前記実施例1では、浅溝9の始端部9a及び終端部9bの底面9cが、流体誘導溝部15側に凹むように湾曲している形態を例示したが、これに限られず、例えば、
図8に示される変形例3の静止密封環102のように、浅溝90の始端部90aの底面90cが壁部90fにおける端面90gに向けて直線状に傾斜するように延び、終端部90bの底面90c’が壁部90hにおける端面90jに向けて直線状に傾斜するように延びていてもよい。これによれば、浅溝90内から流体誘導溝部15に向けて流れる被密封流体Fの流れを円滑にすることができる。
【0051】
また、例えば、
図9に示される変形例4の静止密封環103のように、浅溝91の始端部91aの底面91cと、終端部91bの底面91c’とが、流体誘導溝部15の周方向反対側に膨出するように湾曲していてもよい。
【0052】
すなわち、浅溝の始端部及び終端部は深溝に向けて漸次浅くなっていれば、その断面形状は自由に変更されていてもよい。尚、摺動部品の相対回転方向が一方方向のみの場合には、少なくとも浅溝の終端部が深溝に向けて漸次浅くなっていればよい。
【0053】
尚、本実施例では、浅溝9の終端部9bは流体誘導溝部15に向けて漸次浅くなっており、浅溝9の径方向の幅が周方向に亘って一定である形態を例示し、この形態がより好ましいが、これに限られず、例えば、浅溝の終端部の径方向の幅が漸次狭くなっていてもよい。すなわち、浅溝の終端部は深溝に向けて流路断面積が狭まるように形成されていればよい。
【0054】
また、前記実施例1では、浅溝9の始端部9a及び終端部9bが流体誘導溝部15に連通している形態を例示したが、
図10に示される変形例5の静止密封環104のように、浅溝92の始端部92a及び終端部92bと流体誘導溝部15との間にランド121が形成されていてもよい。つまり、終端部9bの下流側に流体誘導溝部15が隣接して配置されていればよい。
【0055】
また、前記実施例1では、浅溝9における壁部9fの頂部9g、及び壁部9hの頂部9jは、ランド12の平端面よりも僅かに底面9c側に配設されている形態を例示したが、これに限られず、
図11に示される変形例6の静止密封環106のように、浅溝9における頂部9g’及び頂部9j’は、ランド12の平端面と同一平面状に配置されていてもよい。すなわち、摺動部品の摺動面間に許容値以上の正圧が発生することを防止できれば、浅溝の始端部及び終端部は深溝と連通していなくてもよい。
【実施例2】
【0056】
次に、実施例2に係る摺動部品につき、
図12を参照して説明する。尚、前記実施例と同一構成で重複する構成の説明を省略する。
【0057】
図12に示されるように、実施例2の静止密封環105の摺動面115には、負圧発生機構145が周方向に離間して複数、本実施例では3つ形成されている。負圧発生機構145は、外径側から内径側に延びる流体誘導溝部153と、流体誘導溝部153の内径側端部から相対回転終端側、すなわち紙面反時計回りに延びる軸方向視円弧状の第1浅溝95と、流体誘導溝部153の内径側端部から相対回転始端側、すなわち紙面時計回りに延びる軸方向視円弧状の第2浅溝96と、を備えている。
【0058】
第1浅溝95の始端部95aは、第1浅溝95の中間部95c及び終端部95bよりも浅くなるように形成されており、中間部95c及び終端部95bはランド122の平端面と平行に延び、同一深さに形成されている。また、第2浅溝96の終端部96bは、第2浅溝96の始端部96a及び中間部96cよりも浅くなるように形成されており、始端部96a及び中間部96cはランド122の平端面と平行に延び、同一深さに形成されている。すなわち、第1浅溝95の始端部95a及び第2浅溝96の終端部96bは、流体誘導溝部153側に向けて漸次浅くなるように形成されている。
【0059】
また、第1浅溝95及び第2浅溝96は、流体誘導溝部153に沿って径方向に延びる線LNを基準として対称形状を成しているので、静止密封環105と回転密封環20との相対回転方向に関わらず使用できる。
【0060】
回転密封環20が静止密封環105に対して相対回転すると、流体誘導溝部153が第2浅溝96の下流側に配置されているため、第2浅溝96内の被密封流体Fが始端部96aから中間部96c、終端部96b側に移動し、終端部96bで圧力が高められても流体誘導溝部153に流入しやすくなっている。また、第1浅溝95の始端部95aは、流体誘導溝部153側との連通口が小さくなっているので、流体誘導溝部153から第1浅溝95内に被密封流体Fが流入し難く、第1浅溝95でも負圧を発生させることができる。
【0061】
また、第1浅溝95の終端部95bから摺動面115に流出した被密封流体Fは下流側に隣接する負圧発生機構145の第2浅溝96の始端部96aから吸い込むことができるので、大気A側に被密封流体Fが漏れることを抑制できる。
【0062】
尚、周方向に隣接する第1浅溝95の終端部95bと第2浅溝96の始端部96aが周方向に連続していてもよい。
【0063】
また、本実施例2の摺動部品にも前述した変形例1~6の形状を適用してもよい。
【0064】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0065】
例えば、前記実施例では、摺動部品として、一般産業機械用のメカニカルシールを例に説明したが、自動車やウォータポンプ用等の他のメカニカルシールであってもよい。また、メカニカルシールに限られず、すべり軸受などメカニカルシール以外の摺動部品であってもよい。
【0066】
また、前記実施例では、負圧発生機構を静止密封環にのみ設ける例について説明したが、負圧発生機構を回転密封環にのみ設けてもよく、静止密封環と回転密封環の両方に設けてもよい。
【0067】
また、被密封流体側を高圧側、漏れ側を低圧側として説明してきたが、被密封流体側が低圧側、漏れ側が高圧側となっていてもよいし、被密封流体側と漏れ側とは略同じ圧力であってもよい。
【0068】
また、前記実施例では、摺動面の外径側から内径側に向かって漏れようとする被密封流体Fを密封するインサイド形のものである形態を例示したが、これに限られず、摺動面の内径側から外径側に向かって漏れようとする被密封流体Fを密封するアウトサイド形のものであってもよい。
【符号の説明】
【0069】
9 浅溝
9a 始端部
9b 終端部
9c 底面
10 静止密封環(摺動部品)
11 摺動面
14 負圧発生機構
15 液体誘導溝部(深溝)
20 回転密封環(摺動部品)
21 摺動面
90 浅溝
90a 始端部
90b 終端部
91 浅溝
91a 始端部
91b 終端部
92 浅溝
92a 始端部
92b 終端部
95 第1浅溝(浅溝)
95a 始端部
95b 終端部
96 第2浅溝(浅溝)
96a 始端部
96b 終端部
100~105 静止密封環
145 負圧発生機構
151,152,153 液体誘導溝部(深溝)
A 大気
F 被密封流体