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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】タンパク質の起源種判別方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20240917BHJP
【FI】
G01N27/62 V ZNA
G01N27/62 X
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020182600
(22)【出願日】2020-10-30
(65)【公開番号】P2022072905
(43)【公開日】2022-05-17
【審査請求日】2023-07-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000000055
【氏名又は名称】アサヒグループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】金井 由佳子
(72)【発明者】
【氏名】宮本 靖久
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2019/0360987(US,A1)
【文献】国際公開第2016/183500(WO,A1)
【文献】特表2009-508118(JP,A)
【文献】特開2017-110936(JP,A)
【文献】特表2002-502039(JP,A)
【文献】特開2009-292838(JP,A)
【文献】MARBAIX et al.,Identification of Proteins and Peptide Biomarkers for Detecting Banned Processed Animal Proteins (PAPs) in Meat and Bone Meal by Mass Spectrometry,JOURNAL OF AGRICULTURAL AND FOOD CHEMISTRY,2016年,Vol.64/Iss.11,PP.2405-2414
【文献】GAVAGE et al.,Selection of egg peptide biomarkers in processed food products by high resolution mass spectrometry,Journal of Chromatography A,Vol.1584,2019年,PP.115-125
【文献】BAGGERMAN et al.,Peptidomic analysis of the larval Drosophila melanogaster central nervous system by two-dimensional capillary liquid chromatography quadrupole time-of-flight mass spectrometry,JOURNAL OF MASS SPECTROMETRY,2005年,Vol.40/Iss.2,PP.250-260
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験試料中のタンパク質の起源種を判別する方法であって、
被験試料からタンパク質を抽出する抽出工程と、
前記抽出工程で得られた抽出物を、リジン又はアルギニンのC端側のペプチド結合を切断するプロテアーゼにより消化する消化工程と、
前記消化工程で得られたペプチドをLC-MS/MSにより解析し、そのペプチドのアミノ酸配列を同定する同定工程と、
前記同定工程で同定されたペプチドに、下記表の左欄のアミノ酸配列であるペプチドが含まれている場合に、当該被検試料中には当該左欄に対応する右欄の生物種を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する判別工程と、
を有する、タンパク質の起源種判別方法。
【表1】
【表2】
【表3】
【請求項2】
前記プロテアーゼが、トリプシンである、請求項1に記載のタンパク質の起源種判別方法。
【請求項3】
前記抽出工程を、タンパク質変性剤の存在下で被験試料を破砕することにより行う、請求項1又は2に記載のタンパク質の起源種判別方法。
【請求項4】
前記タンパク質変性剤が尿素である、請求項3に記載のタンパク質の起源種判別方法。
【請求項5】
前記被験試料が、飲食品である、請求項1~4のいずれか一項に記載のタンパク質の起源種判別方法。
【請求項6】
前記被験試料が、レトルト処理又は焼成処理を経て製造されたものである、請求項1~5のいずれか一項に記載のタンパク質の起源種判別方法。
【請求項7】
前記タンパク質が、前記被験試料中の異物である、請求項1~6のいずれか一項に記載のタンパク質の起源種判別方法。
【請求項8】
前記タンパク質が、アレルゲンである、請求項1~6のいずれか一項に記載のタンパク質の起源種判別方法。
【請求項9】
前記被験試料の原料表示の真偽判定に用いる、請求項1~6のいずれか一項に記載のタンパク質の起源種判別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品や農作物、工業製品等に含まれているタンパク質について、その起源である生物種を判別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲食品や農作物、工業製品等に対して、原料由来や製造工程で混入した異物の検査が行われている。異物には、動植物やカビ、酵母等の微生物、ヒトの毛髪やムシ等の生物系異物と、金属類やプラスチック片等の非生物系異物がある。なかでも、飲食品や農作物における生物系異物は、異物の種類、例えば、毛髪なのか、植物片なのか、動物の肉片なのか、昆虫なのか、微生物なのか、といったことだけではなく、その異物がどの生物種由来のものかを特定することも重要である。
【0003】
従来、生物系異物の解析には、外観観察による解析方法やDNAを指標とした解析手法等が用いられている。外観観察は、光学顕微鏡、SEM-EDS(走査型電子顕微鏡)等を用いて行い、必要に応じて、FT-IR(フーリエ変換赤外分光光度計)測定も用いて、生物種の推定を行う。当該方法は、異物が特徴的な外観を保持しているときは有効であるが、形態が崩壊している場合は、異物を同定することができない。また、生物種の種レベルでの判別も困難である場合が多い。
【0004】
DNAを指標とした生物系異物解析は、一般的に、生物系異物の有無を分析する対象の被験試料からDNAを抽出し、得られたDNAを鋳型としてプライマーを用いてPCR法を行い、得られた増幅産物の塩基配列を、データベース中の塩基配列データに対して相同性検索を行い、当該生物系異物の起源である生物種(起源種)を判別する(非特許文献1)。当該方法は、異物の形態が崩壊している場合であっても解析をすることができるが、レトルト処理等によってDNAの断片化が進行している場合は用いることができない。また、卵のようなDNA含量が少ない生物系異物は、DNA抽出そのものが困難である。
【0005】
また、タンパク質は、核酸と共に、生物を構成する主たる成分であり、その解析は臨床医学や創薬の研究に有用である。生体内で発現するタンパク質を検出、同定し、個々のタンパク質の機能やタンパク質同士の機能的なつながりを解明することは、新薬の開発や病気の早期診断につながることが期待される。例えば、LC-MS/MS(液体クロマトグラフィー-質量分析法)とデータベース検索によるペプチド分析によって、生体内で発現するタンパク質の網羅的解析を行うことができる。その他、生物種固有のタンパク質をマーカーとすることによって、当該タンパク質がいずれの生物種由来のタンパク質であるかを同定することができる。例えば、食肉(食用に供される、獣鳥類の肉。骨や臓器も含まれる。)をホモジナイズして抽出されたタンパク質をプロテアーゼで消化した後、得られたペプチドのアミノ酸配列をLC-MS/MSによって同定して、ブタやウマの種特異的なペプチドを検出することにより、当該食肉の起源種が、ブタであるのか、ウマであるのか、それともその両方であるのかを判別することができる(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Iijima, et al., Journal of Food Quality,2006, vol.29, p531-542.
【文献】von Bargen, et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2014, Vol.62(39), p.9428-9435.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
LC-MS/MSは、微量のペプチドでも高感度に検出可能である。このため、LC-MS/MSを利用して被験試料中の生物種特異的なペプチドを検出する方法は、生物系異物の解析に用いることが期待できる。しかしながら、MS/MSでアミノ酸配列が同定可能なペプチドは10~35アミノ酸程度であり、膨大なアミノ酸配列データの中から、短いアミノ酸からなる種特異的なペプチドを見出すことは非常に困難である。
【0008】
本発明は、被験試料中の生物系異物のうちのタンパク質を含む異物について、その起源種を、LC-MS/MSを利用して判別する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、畜肉や魚肉、卵、昆虫などの特定の生物種のタンパク質のプロテアーゼ消化物を、LC-MS/MSを用いて網羅的に解析し、得られた大量の配列情報を、種々の生物に由来するタンパク情報を収載した公共データベースと照合して、目的の生物種に由来するタンパク質にのみ相同性が認められたペプチド配列を探索した。この結果に得られたペプチド配列を、当該生物種を判別するための種特異的ペプチドとすることにより、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、下記の通りである。
[1] 被験試料中のタンパク質の起源種を判別する方法であって、
被験試料からタンパク質を抽出する抽出工程と、
前記抽出工程で得られた抽出物を、リジン又はアルギニンのC端側のペプチド結合を切断するプロテアーゼにより消化する消化工程と、
前記消化工程で得られたペプチドをLC-MS/MSにより解析し、そのアミノ酸配列を同定する同定工程と、
前記同定工程で同定されたペプチドに、下記表の左欄のアミノ酸配列であるペプチドが含まれている場合に、当該被検試料中には当該左欄に対応する右欄の生物種を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する判別工程と、
を有する、タンパク質の起源種判別方法。
【0011】
【表1】
【0012】
【表2】
【0013】
【表3】
【0014】
[2] 前記プロテアーゼが、トリプシンである、前記[1]のタンパク質の起源種判別方法。
[3] 前記抽出工程を、タンパク質変性剤の存在下で被験試料を破砕することにより行う、前記[1]又は[2]のタンパク質の起源種判別方法。
[4] 前記タンパク質変性剤が尿素である、前記[3]のタンパク質の起源種判別方法。
[5] 前記被験試料が、飲食品である、前記[1]~[5]のいずれかのタンパク質の起源種判別方法。
[6] 前記被験試料が、レトルト処理又は焼成処理を経て製造されたものである、前記[1]~[5]のいずれかのタンパク質の起源種判別方法。
[7] 前記タンパク質が、前記被験試料中の異物である、前記[1]~[6]のいずれかのタンパク質の起源種判別方法。
[8] 前記タンパク質が、アレルゲンである、前記[1]~[6]のいずれかのタンパク質の起源種判別方法。
[9] 前記被験試料の原料表示の真偽判定に用いる、前記[1]~[6]のいずれかのタンパク質の起源種判別方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るタンパク質の起源種判別方法は、生物種に特異的なペプチドを指標とするため、LC-MS/MSを利用して非常に高感度に、被験試料中のタンパク質の起源種を判別することができる。ペプチドはDNAと比較して高熱下で分解し難いため、特に、レトルト処理をした飲食品のような高温加熱処理を行った被験試料中のタンパク質の起源種の判別に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係るタンパク質の起源種判別方法は、配列番号1~45のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるペプチドを、種又は目を判別するためのペプチドとして用いることを特徴とする。これらのペプチドは、それぞれ、表中の「種又は目」及び「タンパク質名」の欄に記載の生物種又は生物目のタンパク質のプロテアーゼ消化物をLC-MS/MSにより解析した際に同定されるペプチドであって、当該「種又は目」の欄に記載されている生物種又は生物目を起源とするタンパク質に特異的なペプチドである。被験試料中のタンパク質のプロテアーゼ消化物をLC-MS/MSで分析した場合に、ある生物種特異的ペプチドが含まれていた場合には、当該被験試料中には当該生物種を起源種とするタンパク質が含まれていたと判別される。
【0017】
【表4】
【0018】
【表5】
【0019】
【表6】
【0020】
配列番号1又は2で表されるアミノ酸配列は、牛肉(ウシの食肉部分)のタンパク質であるtroponin T 213-233の部分アミノ酸配列であり、ウシ以外の生物種を起源とするタンパク質には見当たらない配列である。そこで、これらのアミノ酸配列からなるぺプチドを、牛肉特異的ペプチドとした。同様に、配列番号3~5のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるぺプチドを、豚肉特異的ペプチドとし、配列番号6~12のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるぺプチドを、鶏肉特異的ペプチドとした。また、配列番号13~21のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるぺプチドを、鶏卵特異的ペプチドとし、配列番号22~27のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるぺプチドを、ウズラ卵特異的ペプチドとした。配列番号28~33のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるぺプチドを、ゴキブリ目特異的ペプチドとし、配列番号34~41のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるぺプチドを、ハエ目特異的ペプチドとし、配列番号42~45のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるぺプチドを、キイロショウジョウバエ特異的ペプチドとした。
【0021】
本発明に係るタンパク質の起源種判別方法は、具体的には、被験試料からタンパク質を抽出する抽出工程と、前記抽出工程で得られた抽出物を、リジン又はアルギニンのC端側のペプチド結合を切断するプロテアーゼにより消化する消化工程と、前記消化工程で得られたペプチドをLC-MS/MSにより解析し、そのアミノ酸配列を同定する同定工程と、前記同定工程で同定されたペプチドに、下記表の左欄のアミノ酸配列であるペプチドが含まれている場合に、当該被検試料中には当該左欄に対応する右欄の生物種を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する判別工程と、を有する。
【0022】
抽出工程における被験試料からのタンパク質を抽出する方法は、特に限定されるものではなく、動物の組織片や培養細胞塊などからタンパク質を抽出する際に使用される抽出方法の中から適宜選択して用いることができる。本発明においては、抽出工程において被験試料中のタンパク質が、被験試料に含まれている各種酵素によって過度に分解されることを抑制するために、タンパク質変性剤によって抽出することが好ましく、タンパク質変性剤の存在下で機械的な破砕処理を行うことがより好ましい。タンパク質変性剤としては、尿素、グアニジン塩、トリクロロ酢酸(TCA)、界面活性剤等が挙げられる。界面活性剤としては、SDS(ラウリル硫酸ナトリウム)CHAPS、Triton X-100、Tween 20、Nonidet P-40等が挙げられる。機械的な破砕処理としては、例えば、ホモジナイザーによる破砕、超音波処理、フレンチプレス処理、ガラスビーズを用いた破砕等が挙げられる。タンパク質の抽出を効率よく行うため、被験試料は、抽出処理の前に予め、細断処理等を行って細片化しておくことも好ましい。
【0023】
次いで、消化工程として、抽出工程で得られた抽出物を、プロテアーゼにより消化する。当該抽出物は、プロテアーゼを添加する前に、遠心分離処理等の固液分離処理を行い、不溶物を除去しておいてもよい。また、透析処理や限界濾過処理等によって、タンパク質変性剤の除去や濃縮処理を行うことも好ましい。
【0024】
プロテアーゼとしては、タンパク質やペプチド中のリジン又はアルギニンのC端側のペプチド結合を切断する分解活性を有する酵素であれば特に限定されるものではない。本発明においては、タンパク質分解活性が高く、汎用されており、かつ配列番号1~45で表されるアミノ酸配列からなるペプチドが得られやすいことから、トリプシンを用いることが好ましい。消化処理における消化温度、消化時間、及び反応溶液の組成等の条件は、使用するプロテアーゼがタンパク質分解活性を奏することが出来る条件であれば特に限定されるものではなく、使用するプロテアーゼの種類や、抽出物の量や濃度等を考慮して適宜決定することができる。
【0025】
消化処理により、抽出物中のタンパク質がペプチドに分解される。得られたペプチドは、次の同定工程へ供される前に、精製及び濃縮しておくことが好ましい。精製と濃縮処理は、一般的に質量分析に供されるペプチド試料に対して行われる精製処理等の中から適宜選択して用いることができる。例えば、消化処理後の消化物を、C18逆相樹脂(オクタデシル基(ODS)が結合した、逆相分配用樹脂)が充填された固相抽出スピンカラムにアプライし、遠心処理を行った後、カラムに吸着したペプチドをメタノール等の極性溶媒で溶出することによって、ペプチドを精製することができる。精製されたペプチド溶液から、溶媒を除去して乾燥させた後、LC-MS/MSに供するためのバッファーで所望の濃度となるように溶解させる。
【0026】
その後、同定工程として、消化工程で得られたペプチドを、LC-MS/MSにより解析し、そのペプチドのアミノ酸配列を同定する。LC-MS/MSに使用するHPLCシステム及びMS/MSシステムは、いずれも、ペプチドのアミノ酸解析に用いられるLC-MS/MSの中から適宜選択して用いることができる。また、LCの条件は、目的の種又は目特異的ペプチドを他のペプチドと分離可能な条件であればよく、MS/MSの条件は、LCで分離された目的のペプチドのアミノ酸配列を同定可能な条件であればよく、いずれも特に限定されるものではない。具体的な条件は、例えば、合成した目的のペプチドを用いて、使用するシステムに対して実験的に決定することができる。
【0027】
例えば、LCは、C18逆相樹脂が充填されたカラムが搭載されたHPLCシステムを用い、移動相として、ギ酸水溶液(A)とギ酸含有アセトニトリル(B)の混合溶媒や、トリフルオロ酢酸水溶液(A)とトリフルオロ酢酸含有アセトニトリル(B)の混合溶媒等を用いたグラジエント溶出によって実施することができる。また、MS/MSは、特に限定されるものではないが、Orbitrap型質量分析システム、飛行時間型質量分析システム(TOF-MS)、及びフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析システム(FT-ICR-MS)等の高分解能質量分析システムを用いることが好ましい。本発明においては、分析する対象がアミノ酸配列既知のペプチド(具体的には、配列番号1~45のいずれかのアミノ酸配列からなるペプチド)であるため、四重極型質量分析システム、イオントラップ型質量分析システム等の汎用されている質量分析システムを用いることもできる。
【0028】
例えば、消化工程で得られたペプチドを、HPLCシステム中のC18逆相樹脂が充填されたカラムにアプライし、ギ酸水溶液(A)とギ酸含有アセトニトリル(B)の混合溶媒で溶出して分離する。LCで分離された各ペプチドは、例えば、Orbitrap型質量分析システムを用いてそのアミノ酸配列を同定する。具体的には、HPLCで分離されたペプチドを、まず、エレクトロスプレーイオン化法(ポジティブモード)でイオン化した後、最初の質量分離部でマススペクトルデータを取得し、さらに、取得されたマススペクトルデータ(MSデータ)のうちの強度の高いイオン又は予め定めておいたイオンについて不活性ガスと衝突させフラグメンテーションを起こし、生じたフラグメントイオンについて2番目の質量分離部でプロダクトイオンスペクトルデータ(MS/MSデータ)を取得する。こうして得られたMSデータとMS/MSデータに基づいて、各ペプチドのアミノ酸配列を同定する。
【0029】
さらに、判別工程において、同定工程において同定されたペプチドのアミノ酸配列データに基づいて、被験試料中のタンパク質の起源を判別する。同定工程でアミノ酸配列が同定されたペプチドに、いずれかの生物種特異的ペプチドと同じアミノ酸配列からなるペプチドが含まれている場合に、当該被検試料中には、当該生物種特異的ペプチドと同じ生物種を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。本発明においては、鶏肉、豚肉、牛肉、鶏卵、ウズラ卵、ハエ、ゴキブリに起源するタンパク質が判別できる。
【0030】
同定工程において同定されたペプチド群の中に、牛肉特異的ペプチドのうちの少なくとも1種が含まれていた場合には、当該被検試料には、牛肉を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。同様に、同定されたペプチド群の中に、豚肉特異的ペプチドのうちの少なくとも1種が含まれていた場合には、当該被検試料には、豚肉を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。同定されたペプチド群の中に、鶏肉特異的ペプチドのうちの少なくとも1種が含まれていた場合には、当該被検試料には、鶏肉を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。同定されたペプチド群の中に、鶏卵特異的ペプチドのうちの少なくとも1種が含まれていた場合には、当該被検試料には、鶏卵を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。同定されたペプチド群の中に、ウズラ卵特異的ペプチドのうちの少なくとも1種が含まれていた場合には、当該被検試料には、ウズラ卵を起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。
【0031】
同定工程において同定されたペプチド群の中に、ゴキブリ目特異的ペプチドのうちの少なくとも1種が含まれていた場合には、当該被検試料には、ゴキブリを起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。同定されたペプチド群の中に、ハエ目特異的ペプチドのうちの少なくとも1種が含まれていた場合には、当該被検試料には、ハエを起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。同定されたペプチド群の中に、キイロショウジョウバエ特異的ペプチドのうちの少なくとも1種が含まれていた場合には、当該被検試料には、キイロショウジョウバエを起源とするタンパク質が含まれていたと判別する。
【0032】
本発明において供される被験試料としては、タンパク質を含む物やタンパク質を含むか否かを判別するものであれば特に限定されるものではなく、動植物や微生物などの生物に由来する成分を含むように製造されたものが好ましいが、生物に由来する成分を含まないように設計されたものであってもよい。具体的には、飲食品、農作物、工業製品等が挙げられる。
【0033】
本発明において供される被験試料としては、高温加熱処理を経て製造された飲食品や工業製品が好ましく、レトルト処理や焼成処理を経て製造された飲食品や工業製品より好ましい。高温加熱処理を経て製造された飲食品等は、DNAによる検査が難しいが、本発明はペプチドを指標とするため、高温加熱処理を経て製造された物を被験試料とした場合でも、当該被検試料中のタンパク質の起源種を精度よく判別することができる。
【0034】
本発明に係る判別方法は、飲食品や工業製品の生物系異物検査に用いることができる。例えば、被験試料を飲食品や工業製品として本発明に係る判別方法を行うことによって、飲食品等にハエやゴキブリのような異物が混入しているか否かを判別することができる。当該被検試料中にハエやゴキブリを起源とするタンパク質が含まれていると判別された場合、原因としては、製造中の作業環境の衛生状態が不適切である、製造ラインに欠陥が生じている、使用する原料が洗浄不良である、などの原因が考えられるため、これらを見直し、改善する対策をとることができる。
【0035】
また、本発明に係る判別方法を用いることにより、アレルゲンの混入の有無を調べることもできる。例えば、卵は代表的な食物アレルゲンであるが、被験試料である飲食品に対して本発明に係る判別方法を行うことによって、飲食品中に鶏卵由来のタンパク質が含まれているか否かを判別することができる。
【0036】
本発明に係る判別方法は、原料肉種が不明な場合の確認に利用できる。例えば、ミンチ肉やソーセージ、ハンバーグ等の肉の加工品について、原料の肉種が不明な場合に、これらを被験試料として本発明に係る判別方法を行うことによって、飲食品の原料肉種に豚肉、牛肉、鶏肉が含まれているかを調べることができる。例えば、ミンチを被験試料とした場合に、豚肉特異的ペプチドと牛肉特異的ペプチドが同定され、鶏肉特異的ペプチドは検出されなかった場合には、当該ミンチはブタとウシの合い挽きであることがわかる。
【0037】
本発明に係る判別方法は、原料表示の真偽判定にも利用できる。例えば、本発明に係る判別方法によって、被験試料中に豚肉を起源とするタンパク質が含まれているか否かを判別できることから、本発明に係る判別方法は、ハラル(HALAL)検査にも利用できる。また、ハラル認証のある飲食品を被験試料として本発明に係る判別方法を行い、豚肉特異的ペプチドが検出されず、豚肉起源のタンパク質が含まれていないと判別された場合に、この判別結果は、ハラル認証の裏付けとなる。
【実施例
【0038】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
<食材又は飲食品からのタンパク質の抽出及びトリプシン消化>
以降の実験において、特に記載のない限り、食材又は飲食品からのタンパク質抽出及び精製は、以下の方法で行った。
試料を1.5mL容チューブに採取し、500mM Tris-HCl(pH8.0)-8M 尿素溶液(尿素4.805gを1M Tris-HCl(pH8.0)5mLと超純水5mLにて溶解した溶液)を加えて試料を破砕した後、50mM 重炭酸アンモニウム(pH8.0)(重炭酸アンモニウム40mgを超純水10mLに溶解した液。使用時まで冷蔵保存。)にて希釈した。得られた溶液を遠心分離処理(2000rpm、2分間)した後、上清100μLを別の1.5mL容チューブに採取し、500mM(±)-ジチオスレイトール((±)-ジチオスレイトール77mgを、超純水1mLに溶解した液。使用時まで冷凍保存。)10μLを加えて、37℃、30分間インキュベーションした。インキュベーション後の溶液を室温になるまで放置した後、500mM ヨードアセトアミド(ヨードアセトアミド27.9mgを超純水300μLに溶解した液。用時調製)50μLを加えて暗所にて25℃、30分間インキュベーションした。その後、50mM 重炭酸アンモニウム(pH8.0)400μLを加えて、ボルテックスミキサーにて撹拌した後、遠心分離処理(2000rpm、2分間)した。次いで、上清300μLを、予め50mM 重炭酸アンモニウム500μLで平衡化したトリプシン消化カラム(製品名:「MonoSpin(登録商標) Trypsin HP」、GLサイエンス社製)に負荷し、遠心分離処理(200rpm、10分間)した。当該トリプシン消化カラムを通過した液を、再度同じトリプシン消化カラムに負荷し、遠心分離処理(200rpm、10分間)し、トリプシン消化を行った。通過した液全量を、予めメタノール100μL及び超純水100μLで平衡化したC18逆相スピンカラム(製品名:「MonoSpin(登録商標) C18」、GLサイエンス社製)に負荷し、遠心分離処理(5000rpm、2分間)し、液を通過させた。さらに、当該C18逆相スピンカラムに超純水300μLを負荷し、遠心分離処理(5000rpm、2分間)して当該カラムを洗浄した。最後に、当該C18逆相スピンカラムにメタノール150μLを負荷し、遠心分離処理(5000rpm、2分間)し、メタノール液を全量回収した。回収したメタノール液を、窒素パージ(40℃)にて乾固した後、0.1容量% ギ酸水溶液(ギ酸1mLと超純水1000mLを混合した液)を加えてボルテックスミキサーを用いて溶解したものを、LC-MS/MS分析に供した。
【0040】
<LC-MS/MS分析>
以降の実験において、特に記載のない限り、トリプシン消化されたペプチドのLC-MS/MS分析は、以下の方法で行った。
【0041】
HPLC条件
HPLCシステム:「UltiMate3000」(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)
移動相A:0.1容量% ギ酸水溶液
移動相B:0.1容量% ギ酸アセトニトリル(ギ酸1mLとアセトニトリル1000mLを混合した液)
グラジェント条件:7%B(0.0分)-28%B(28.0分)-47%B(40.0分)-100%B(45.0分~48.2分)-7%B(48.3分~50.0分)
分析カラム:C18逆相カラム「ACQUITY UPLC BEH C18 130Å」(2.1mm×150mm、1.7μm、Waters社製)
流速:0.3mL/分
カラム温度:40℃
注入量:10μL
【0042】
MS/MS条件
MS/MSシステム:Orbitrap型質量分析システム「Orbitrap MS」(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)
モード:Full MS/dd-MS2モード(MSデータを取得後、強度の高い上位10イオンのMS/MSデータを自動取得する)
イオン化法:エレクトロスプレーイオン化法(ポジティブモード)
スプレー電圧:3.50kV
キャピラリー温度:350℃
ヒーター温度:300℃
プレカーサーイオン検出;
分解能:70,000
AGCターゲット:3e6
最大注入時間:100m秒
測定m/z:200-2000
プロダクトイオン検出;
分解能:17,500
AGCターゲット:1e5
最大注入時間:60m秒
コリジョンエネルギー:27eV
【0043】
<アミノ酸配列情報の取得>
以降の実験において、特に記載のない限り、LC-MS/MS分析で取得したアミノ酸配列情報は、以下の方法で取得した。
LC-MS/MS分析にて得られたデータに対して、タンパク質のアミノ酸配列とその機能情報が掲載されたデータベースである「UniProt」(http://www.uniprot.org/downloads)とプロテオーム解析の総合ソフトウェアである「Max Quant」とを用いてスペクトル解析を行い、アミノ酸配列情報を得た。
【0044】
[実施例1]
食肉の起源種判別に用いるための豚肉特異的ペプチド、牛肉特異的ペプチド、鶏肉特異的ペプチドを調べた。
【0045】
<試料>
試料として、生肉、茹で肉、レトルト処理された肉、及びフリーズドライ処理された肉を用いた。
生肉としては、日本国内で入手した生物種が明確な食肉(ウシ、ブタ、ニワトリ)の生肉をそのまま実験に用いた。
茹で肉は、生肉を15分間沸騰したお湯で茹でたものを用いた。
レトルト処理された肉は、日本国内で市販されており、原料表示からウシ、ブタ、又はニワトリの肉が含まれているレトルト食品を用いた。
フリーズドライ処理された肉は、日本国内で市販されており、原料表示からウシ、ブタ、又はニワトリの肉が含まれているフリーズドライ食品を、水で戻したものを用いた。
いずれの試料も、10~20mgとなるように数mm角にカットしたものを、試験に供した。
【0046】
<生物種特異的ペプチドの特定>
生肉を試料として、タンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。
【0047】
取得したアミノ酸配列情報の解析は、NCBIのウェブサイト(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)に公開されているBLAST解析ソフトウェアを用いて行った。取得した各ペプチドのアミノ酸配列情報について、当該ウェブサイトのタンパク質データベースに登録されているアミノ酸配列データに対して検索を行い、当該ペプチドの起源であるタンパク質及び生物種を推定した。なお、タンパク質及び種の推定は、MS/MSスペクトルからペプチドを構成する全てのアミノ酸の配列情報が読み取れたペプチドについて、タンパク質データベースに対して検索を行い、MS/MSスペクトルから読み取れたアミノ酸配列と検索結果から得られたアミノ酸配列が100%一致していることを条件とした。
【0048】
この結果、生肉から得られた各ペプチドは、myosin、nebulin等の筋肉構成タンパク質やbeta-enolase等の筋肉に存在する酵素の部分アミノ酸配列であると推定され、推定タンパク質から筋肉であることが示唆された。また、各ペプチドについて、種特異的ペプチドであるか否かを調べた。具体的には、タンパク質データベースに登録されているアミノ酸配列情報のうち、各ペプチドのアミノ酸配列と100%一致しているアミノ酸配列を有するタンパク質が、試料とした生肉の起源種と同じ生物種のもののみであるペプチドを、種特異的ペプチドであるとした。
【0049】
一例として、MS/MSスペクトルより読み取れたアミノ酸配列のうち、ELWDTLYQLETDKFEYGEK(配列番号2)をBLASTにて解析したところ、当該ペプチドは、Troponin Tのトリプシン消化産物と推定された。また、データベース検索の結果、このアミノ酸配列は、Bos Taurus(ウシ)、Bos mutus(ヤク)、Bos Indicus ×Bos Taurus(コブウシ×ウシ)、 Bison bison bison(アメリカバイソン)のみが持つ配列だと判明した。このため、当該ペプチドを、牛肉特異的ペプチドであるとした。同様にして、配列番号1のペプチドも、ウシのみが持つ配列だと判明したため、牛肉特異的ペプチドであるとした。
【0050】
一方で、MS/MSスペクトルより読み取れたアミノ酸配列のうち、SSDQEMAVFGEAAPYLR(配列番号46)をBLASTにて解析したところ、当該ペプチドは、myosin-2、myosin-4、myosin-1、myosin heavy chainのトリプシン消化産物と推定された。また、データベース検索の結果、このアミノ酸配列は、Monodon monoceros(イッカク)、Cervus elaphus hippelaphus(アカシカ)、Camelus ferus(フタコブラクダ)、Camelus dromedarius(ヒトコブラクダ)、Bos mutus(ヤク)、Manis javanica(マレーセンザンコウ)、Physeter catodon(マッコウクジラ)、Delphinapterus leucas(シロイルカ)、Ailuropoda melanoleuca(ジャイアントパンダ)、Lipotes vexillifer(ヨウスコウカワイルカ)、Neophocaena asiaeorientalis asiaeorientalis(スナメリ)、Phocoena sinus(コガシラネズミイルカ)、Orcinus orca(シャチ)、Erinaceus europaeus(ナミハリネズミ)、Phyllostomus discolor(フィロストムドコウモリ)、Globicephala melas(ヒレナガゴンドウ)、Condylura cristata(ホシバナモグラ)、Macaca mulatta(アカゲザル)、Macaca fascicularis(カニクイザル)、Desmodus rotundus(ナミチスイコウモリ)、Phoca vitulina(ゼニガタアザラシ)、Sousa chinensis(シナウスイロイルカ)、Mandrillus leucophaeus(ドリル)、Cercocebus atys(スーティーマンガベイ)、Chlorocebus sabaeus(ミドリザル)、Macaca nemestrina(ブタオザル)、Vicugna pacos(アルパカ)、Bos taurus(ウシ)、Bubalus bubalis(スイギュウ)、Muntiacus reevesi(キョン)、Ovis aries(ヒツジ)、Capra hircus(ヤギ)、Pteropus alecto(クロオオコウモリ)、Pteropus vampyrus(ジャワオオコウモリ)と多くの種が持つアミノ酸配列であった。このため、当該ペプチドは、牛肉特異的ペプチドとはならないことが判った。
【0051】
この結果、牛生肉からは、LC-MS/MS分析で340個のアミノ酸配列情報が取得され、このうち配列番号1~2の2個のペプチドのみが牛肉特異的ペプチドであった。
同様に、豚生肉からは、LC-MS/MS分析で363個のアミノ酸配列情報が取得され、このうち配列番号3~5の3個のペプチドのみが豚肉特異的ペプチドであった。
鶏生肉からは、LC-MS/MS分析で440個のアミノ酸配列情報が取得され、このうち配列番号6~12の7個のペプチドのみが鶏肉特異的ペプチドであった。
【0052】
<加工食品中のタンパク質の起源種判別>
ウシ、ブタ、ニワトリの茹で肉、レトルト処理された肉、及びフリーズドライ処理された肉について、生肉と同様にしてタンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。得られたアミノ酸配列情報に、各生物種特異的ペプチドが含まれているか否かを調べた。
【0053】
この結果、茹で肉及びフリーズドライ処理肉では、生肉と同様に、得られたアミノ酸配列情報に、ウシ、ブタ、ニワトリそれぞれの種特異的ペプチドがあることが確認された。
一方で、レトルト処理肉では、ウシでは、得られたアミノ酸配列情報に牛肉特異的ペプチドがあることが確認されたが、ブタとニワトリでは確認されなかった。そこで、MSデータを取得後、強度の高い上位10イオンのMS/MSデータを自動取得する網羅的分析から、特定のMSデータを選択してMS/MSデータを取得するプロダクトイオンスキャン法に変更してアミノ酸配列情報を取得したところ、ブタ、ニワトリからもそれぞれの特異的ペプチドが確認できた。
これらの結果から、様々な調理工程を経て製造された肉含有加工食品を被験試料とした場合でも、当該被検試料中に、牛肉、豚肉、及び鶏肉を起源とするタンパク質が含まれているかどうかを判別できることが示された。
【0054】
[実施例2]
卵の起源種判別に用いるための鶏卵特異的ペプチド、ウズラ卵特異的ペプチドを調べた。
【0055】
<試料>
試料として、日本国内で市販されている鶏卵とウズラ卵の茹で卵、レトルト処理された卵、及びフリーズドライ処理された卵を用いた。
茹で卵は、生卵を15分間沸騰したお湯で茹でたものを用いた。
レトルト処理された卵は、日本国内で市販されており、原料表示からニワトリ又はウズラの卵が含まれているレトルト食品を用いた。
フリーズドライ処理された卵は、日本国内で市販されており、原料表示からニワトリ又はウズラの卵が含まれているフリーズドライ食品を、水で戻したものを用いた。
いずれの試料も、10~20mgとなるように数mm角にカットしたものを、試験に供した。
【0056】
<生物種特異的ペプチドの特定>
茹で卵を試料として、タンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。実施例1と同様にして、取得したアミノ酸配列情報の解析を行い、種特異的ペプチドを決定した。
【0057】
茹で卵から得られた各ペプチドは、ovalbumin、ovomucoid等の卵白構成タンパク質やvitellogenin等の卵黄構成タンパク質の部分アミノ酸配列であると推定され、推定タンパク質から卵であることが示唆された。また、各ペプチドについて、種特異的ペプチドであるか否かを調べた。
【0058】
この結果、ニワトリ茹で卵からは、LC-MS/MS分析で149個のアミノ酸配列情報が取得され、このうち配列番号13~21の9個のペプチドのみが鶏卵特異的ペプチドであった。
同様に、ウズラ茹で卵からは、LC-MS/MS分析で140個のアミノ酸配列情報が取得され、このうち配列番号22~27の6個のペプチドのみがウズラ卵特異的ペプチドであった。
【0059】
ニワトリとウズラのレトルト処理された卵及びフリーズドライ処理された卵について、茹で卵と同様にしてタンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。得られたアミノ酸配列情報に、各生物種特異的ペプチドが含まれているか否かを調べた。
【0060】
この結果、レトルト処理卵及びフリーズドライ処理卵では、得られたアミノ酸配列情報に種特異的ペプチドは確認されなかったが、プロダクトイオンスキャン法に変更してアミノ酸配列情報を取得したところ、レトルト処理卵及びフリーズドライ処理卵からもそれぞれの特異的ペプチドが確認できた。
これらの結果から、様々な調理工程を経て製造された卵含有加工食品を被験試料とした場合でも、当該被検試料中に、鶏卵及びウズラ卵を起源とするタンパク質が含まれているかどうかを判別できることが示された。
【0061】
[実施例3]
ゴキブリ目とハエ目のムシの起源種判別に用いるための特異的ペプチドを調べた。
【0062】
<試料>
試料として、キイロショウジョウバエ、イエバエ、チャバネゴキブリ、チャバネアオカメムシを未処理のまま、又はレトルト処理したものを用いた。これらのムシは、住化テクノサービス社より購入した。
レトルト処理したムシは、レトルト食品用オートクレーブ(トミー精工社製)を用いて123℃、18分間の加熱殺菌処理を行ったものを用いた。
いずれの試料も、虫一体を、試験に供した。
【0063】
<生物種特異的ペプチドの特定>
未処理のムシを試料として、タンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。実施例1と同様にして、取得したアミノ酸配列情報の解析を行い、種特異的ペプチドを決定した。
【0064】
未処理のムシから得られた各ペプチドは、myosin等の筋肉構成タンパク質の部分アミノ酸配列であると推定された。また、各ペプチドについて、目特異的ペプチドであるか否かを調べた。
【0065】
この結果、未処理のチャバネゴキブリからは、LC-MS/MS分析で241個のアミノ酸配列情報が取得され、このうち配列番号28~33の6個のペプチドのみがゴキブリ目特異的ペプチドであった。
同様に、未処理のキイロショウジョウバエとイエバエからは、LC-MS/MS分析で合計448個のアミノ酸配列情報が取得され、このうち配列番号34~41の8個のペプチドのみがハエ目特異的ペプチドであった。
また、未処理のキイロショウジョウバエからは、LC-MS/MS分析で260個のアミノ酸配列情報が取得され、このうち配列番号42~45の4個のペプチドのみがキイロショウジョウバエ特異的ペプチドであった。
一方で、未処理のチャバネアオカメムシからは、LC-MS/MS分析で220個のアミノ酸配列情報が取得されたが、チャバネアオカメムシ特異的ペプチドやカメムシ目特異的ペプチドはみつからなかった。
【0066】
レトルト処理されたムシについて、未処理のムシと同様にしてタンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。得られたアミノ酸配列情報に、生物種特異的ペプチド又は目特異的ペプチドが含まれているか否かを調べた。
【0067】
この結果、レトルト処理したムシでは、得られたアミノ酸配列情報に種又は目特異的ペプチドは確認されなかったが、プロダクトイオンスキャン法に変更してアミノ酸配列情報を取得したところ、レトルト処理したムシからもそれぞれの特異的ペプチドが確認できた。
これらの結果から、様々な調理工程を経て製造された加工食品を被験試料とした場合でも、当該被検試料中に、ゴキブリ目及びハエ目のムシを起源とするタンパク質が含まれているかどうかを判別できることが示された。
【0068】
[実施例4]
市販のレトルト調味液に、故意に混入させた異物が判別できるかを調べた。異物としては、牛肉、イエバエ、クロゴキブリを用いた。
【0069】
<異物を混入したレトルト調味液>
牛肉は、10~20mgとなるように数mm角にカットしたものを用いた。イエバエ、クロゴキブリは購入した未処理の1体を、それぞれ用いた。
各異物を、それぞれ、市販のレトルト用調味液100mLと共にレトルト用パウチに封入した後、123℃、18分間のレトルト処理したものを試験に供した。
【0070】
<レトルト調味液中の異物の起源種判別>
レトルト調味液から取り出して超純水にて洗浄した異物を試料として、タンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。
【0071】
この結果、牛肉から取得されたアミノ酸配列情報には、配列番号1と配列番号2の牛肉特異的ペプチドが含まれていることが確認された。
イエバエから取得されたアミノ酸配列情報には、配列番号34、配列番号35、配列番号36、及び配列番号40のハエ目特異的ペプチドが含まれていることが確認された。
クロゴキブリから取得されたアミノ酸配列情報には、配列番号30及び配列番号31のゴキブリ目特異的ペプチドが含まれていることが確認された。
これらの結果から、実際のレトルト食品に混入された異物の起源種判別が可能であることが確認された。
【0072】
[実施例5]
様々な部位の牛肉について、起源種判別が可能であることを確認した。
【0073】
<試料>
牛肉としては、タン(舌)、肩ロース、及びハラミ(横隔膜)の生肉を、10~20mgとなるように数mm角にカットしたものを、試料として用いた。
【0074】
<様々な部位の牛肉の起源種判別>
各試料からタンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。
この結果、タン、ハラミ、肩ロースから取得されたアミノ酸配列情報には、いずれにも、配列番号1と配列番号2の牛肉特異的ペプチドが含まれていることが確認され、様々な部位の牛肉について、配列番号1及び配列番号2の牛肉特異的ペプチドを用いた起源種判別が可能であることが判った。
【0075】
[実施例6]
様々な食品素材を含む飲食品中のタンパク質の起源種判別が可能であることを確認した。
【0076】
<試料>
試料としては、原料表示から牛肉、豚肉、及び鶏卵が含まれていることが確認された市販のハンバーグと、馬肉と牛肉からなる市販のニューコンミート(塩漬け肉)を用いた。
ハンバーグとニューコンミートは、それぞれ、10mgを分取し、試験に供した。
【0077】
<様々な食品素材を含む加工食品中のタンパク質の起源種判別>
各試料からタンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。
この結果、ハンバーグから取得されたアミノ酸配列情報には、配列番号1と配列番号2の牛肉特異的ペプチドと、配列番号3、配列番号4、及び配列番号5の豚肉特異的ペプチドと、配列番号21の鶏卵特異的ペプチドとが含まれていることが確認された。また、ニューコンミートから取得されたアミノ酸配列情報には、配列番号2の牛肉特異的ペプチドと、ウマ特異的ペプチド(VRDLEGEVESEQKR:配列番号47、myosin由来)とが含まれていることが確認された。
これらの結果から、様々な食品素材を含む加工食品であっても、当該加工食品に含まれている複数種類のタンパク質の起源種判別が可能であることが判った。
【0078】
[実施例7]
焼成食品中のタンパク質の起源種判別が可能であることを確認した。
【0079】
<試料>
試料としては、市販パンケーキ、市販バームクーヘン、及び市販フィナンシェを用いた。
これらの焼成食品は、それぞれ、1gを分取し、試験に供した。
【0080】
<焼成食品中のタンパク質の起源種判別>
各試料からタンパク質を抽出し、トリプシン消化した後、精製したペプチドをLC-MS/MSにて網羅的に分析し、各ペプチドのアミノ酸配列情報を取得した。
この結果、パンケーキから取得されたアミノ酸配列情報には、配列番号13、配列番号16、及び配列番号21の鶏卵特異的ペプチドが含まれていることが確認された。また、バームクーヘンから取得されたアミノ酸配列情報には、配列番号13、配列番号16、及び配列番号21の鶏卵特異的ペプチドが含まれていることが確認された。フィナンシェから取得されたアミノ酸配列情報には、配列番号13、配列番号14、及び配列番号21の鶏卵特異的ペプチドが含まれていることが確認された。
これらの結果から、焼成食品であっても、当該加工食品に含まれているタンパク質の起源種判別が可能であることが判った。
【配列表】
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