IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ NECトーキン株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-磁性体及び磁性素子 図1
  • 特許-磁性体及び磁性素子 図2
  • 特許-磁性体及び磁性素子 図3
  • 特許-磁性体及び磁性素子 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】磁性体及び磁性素子
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/26 20060101AFI20240917BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20240917BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20240917BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240917BHJP
   B22F 1/16 20220101ALI20240917BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240917BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20240917BHJP
【FI】
H01F1/26
H01F1/147 166
H01F27/255
C22C38/00 303S
B22F1/16 100
B22F1/00 Y
B22F3/00 B
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020197987
(22)【出願日】2020-11-30
(65)【公開番号】P2022086135
(43)【公開日】2022-06-09
【審査請求日】2023-08-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000134257
【氏名又は名称】株式会社トーキン
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】松澤 覚
(72)【発明者】
【氏名】大島 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】岡本 幸一
【審査官】木下 直哉
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第101325126(CN,A)
【文献】特開2019-160944(JP,A)
【文献】特開2021-57577(JP,A)
【文献】特開2018-56524(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/26
H01F 1/147
H01F 27/255
C22C 38/00
B22F 1/16
B22F 1/00
B22F 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に無機絶縁層を備える鉄合金粉と、樹脂硬化物と、を含み、
前記鉄合金粉100質量部中にSiを4~10質量部含み、
前記樹脂硬化物が、ポリエステルイミドを有する、磁性体。
【請求項2】
前記無機絶縁層が、リン酸塩及びケイ酸塩より選択される1種以上を含む、請求項1に記載の磁性体。
【請求項3】
前記無機絶縁層の割合が、前記鉄合金粉100質量部に対して0.1~3質量部である、請求項1又は2に記載の磁性体。
【請求項4】
前記鉄合金粉が、更にCr及びAlより選択される1種以上を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性体。
【請求項5】
前記鉄合金粉の平均粒径が、5~30μmである、請求項1~4のいずれか一項に記載の磁性体。
【請求項6】
前記無機絶縁層の平均厚みが、10~100nmである、請求項1~5のいずれか一項に記載の磁性体。
【請求項7】
前記樹脂硬化物の割合が、前記鉄合金粉100質量部に対して2~6質量部である、請求項1~6のいずれか一項に記載の磁性体。
【請求項8】
前記樹脂硬化物が、ポリエステル系樹脂、エポキシ系樹脂、及びポリイミド系樹脂を含む熱硬化性樹脂組成物の硬化物を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の磁性体。
【請求項9】
前記ポリエステル系樹脂が、カルボキシ基を有する、請求項8に記載の磁性体。
【請求項10】
前記ポリイミド系樹脂が、エチレン性二重結合を有する、請求項8又は9に記載の磁性体。
【請求項11】
前記熱硬化性樹脂組成物が、過酸化物を含む、請求項8~10のいずれか一項に記載の磁性体。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の磁性体と、
前記磁性体に埋設されたコイルと、を備える、磁性素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体及び磁性素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の電動化に伴い、車載電子部品の需要が増加している。また、車内空間の確保から電子部品はエンジンやモーター近くに配置され更なる耐熱性の向上が求められている。電子部品に用いられる磁性素子についても更なる耐熱性が求められている。また長期間、インダクタの機能を確保するためには、180℃の高温環境下における長期耐熱性と、長期間の振動に対する素子の強度維持が求められている。
【0003】
磁性素子に用いる磁性体の一つとして、いわゆるプラスチックマグネットが挙げられる。プラスチックマグネットは、軟磁性金属粉が分散されたバインダー樹脂を射出成型などにより所定の形状に成形されたものである。プラスチックマグネットによれば、所望の形状の磁性体を比較的容易に得ることができる。
【0004】
磁性体の耐熱性を向上する手法の一つとして、耐熱性に優れたバインダー樹脂を選択することが検討されている。例えば特許文献1には、耐熱性に優れたパーフルオロフッ素樹脂を含む複合フッ素樹脂が用いられた磁性コアが開示されている。
【0005】
またプラスチックマグネットを用いて、磁性体内にコイルを埋設した一体型の磁性素子を製造することが検討されている。例えば特許文献2には、キャビティ内にコイルを配置した後当該キャビティ内に熱可塑性素子と磁性粉とを含有する組成物を充填するインダクタの製造方法が開示されている。一体成型されたインダクタはシールド処理をすることなく漏洩磁束を抑制できるというメリットもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-188680号公報
【文献】特開2019-102713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の磁性材料を用いた磁性コアは、260℃の耐熱性を有しているとされている。一方、特許文献1の磁性材料を加工する際には、パーフルオロフッ素樹脂の融点を越える温度で処理する必要がある。特許文献1の磁性材料ではコイルを内包するインダクタの形態でコイルおよび端子部がパーフルオロフッ素樹脂の融点を超える温度の処理に耐えられずに、コイル被覆の絶縁劣化や端子部の酸化が避けられない製造上の課題があった。また、エンジンやモーター周辺に配置されてもインダクタとして機能するためには磁性体とコイルの絶縁だけではなく端子間の絶縁確保も重要である。さらに自動車では長期的に電子機器に振動も加わるため、素子強度の確保が必要であった。
【0008】
製造時の加工性や、省エネルギーなどの観点から、磁性材料の加工はより低温で行うことが望ましい。また、特許文献2のような一体型の磁性素子を製造する場合、コイルやコイル端子などにも磁性材料加工時の温度に対する耐熱性が求められるため、磁性材料の加工の低温化が求められている。
【0009】
上記課題に鑑み本発明の目的は、180℃の高温環境下における長期耐熱性に優れた磁性体及び磁性素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様に係る磁性体は、
表面に無機絶縁層を備える鉄合金粉と、樹脂硬化物と、を含み、
前記鉄合金粉100質量部中にSiを4~10質量部含み、
前記樹脂硬化物が、ポリエステルイミドを有する。
【0011】
本発明の一態様に係る磁性素子は、磁性体と、前記磁性体に埋設されたコイルと、を備える。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、180℃の高温環境下における長期耐熱性に優れた磁性体及び磁性素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る磁性素子の模式的な透過図である。
図2図1のA-A断面を示す模式的な断面図である。
図3】実施例及び比較例の磁性体の耐熱性評価における絶縁抵抗の経時変化を示すグラフである。
図4】実施例及び比較例の磁性体の耐熱性評価における重量の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る磁性体及び磁性素子について順に詳細に説明する。
なお、数値範囲を示す「~」は特に断りがない限り、その下限値及び上限値を含むものとする。
【0015】
[磁性体]
本実施形態に係る磁性体(以下、本磁性体とも記す。)は、表面に無機絶縁層を備える鉄合金粉と、樹脂硬化物と、を含み、前記鉄合金粉100質量部中にSiを4~10質量部含み、前記樹脂硬化物がポリエステルイミドを有する。
【0016】
上記本磁性体は、Siを特定量含む鉄合金粉と、当該鉄合金粉を被覆する無機絶縁層と、ポリエステルイミドを有する樹脂硬化物の組み合わせにより、180℃の高温環境下において長期耐熱性に優れている。この理由については未解明な部分もあるが、本発明者らは以下のように推定する。
4~10質量%のSiを含む鉄合金粉を用いることにより、高温環境下における鉄合金粉自身の酸化が抑制されるとともに、鉄と樹脂硬化物の接触面で生じる鉄の触媒作用が抑制されて樹脂硬化物の熱酸化分解が抑制されるものと推定される。また鉄合金粉は無機絶縁層を有するため、鉄合金粉同士の接触が抑制されて絶縁性が維持されるとともに、樹脂硬化物との接触が更に抑制されて樹脂硬化物の酸化が抑制される。また本磁性体は樹脂硬化物が分子内に複数のイミド結合を有することで、構造が安定化されて、高温環境下においても酸化が抑制されるものと推定される。これらのことから、上記の本磁性体の構成により、特に樹脂硬化物の熱酸化が抑制されることで、180℃程度の高温環境下においても高い絶縁抵抗と機械強度が維持されるものと推定される。
本磁性体は、少なくとも、無機絶縁層を備える鉄合金粉と、樹脂硬化物を含むものであり、本発明の効果を損なわない範囲で更に他の成分を有していてもよいものである。以下このような本磁性体の各構成について説明する。
【0017】
<鉄合金粉>
本磁性体において鉄合金粉は、鉄合金粉100質量部中にSiを4~10質量部含む。Siを含むことにより、比較的透磁率の高い軟磁性粉となる。更に本実施形態では、Siを4質量部以上含むことにより、鉄合金粉の酸化及び樹脂硬化物の熱分解を抑制できる。磁性体の耐熱性の点からは、鉄合金粉100質量部中のSiは4.5質量部以上が好ましく、5質量部以上がより好ましい。一方、熱分解の抑制効果は、鉄合金粉100質量部中にSiが10質量部以下であれば十分であり、Siが10質量部以下、好ましくは8質量部以下、より好ましくは7質量部以下とすることによって、磁気特性の低下を抑制するとともに、鉄合金粉の硬さや脆さを抑制でき、加工時の取り扱い性にも優れている。
【0018】
鉄合金粉は、本発明の効果を奏する範囲で更に他の元素を含んでいてもよい。他の元素としては、Cr、Al、Mn、Ni、C、O、N、S、P、B、Cuなどが挙げられる。耐熱性の点からは、鉄合金粉がCr及びAlより選択される1種以上を含むことが好ましい。Cr及びAlは鉄合金粉の表面に不働態層を形成するため、高温環境下において鉄合金粉の酸化が抑制さるとともに、樹脂硬化物と鉄との接触が抑制されて樹脂硬化物の酸化も抑制される。
鉄合金粉中のCr又はAlの割合は、耐熱性と防錆の点から、鉄合金粉100質量%中、0.5~10質量%が好ましく、3~8質量部がより好ましい。なお、CrとAlの両方を含む場合は、合計質量が上記範囲内にあることが好ましい。
Cr及びAlを除く他の元素の合計の含有割合は、耐熱性や磁気特性の点から、鉄合金粉100質量%中、1質量%以下が好ましく、0.5質量%以下が好ましい。
【0019】
鉄合金粉の形状は、球形状、楕円球状、針状、棒状、板状などが挙げられ、本磁性体の成型時における金型への充填性や、樹脂硬化物等との接触面積を小さくする点から、球形状が好ましい。
また、鉄合金粉の平均粒径は、耐熱性の点から、1~100μmが好ましく、3~60μmがより好ましく、更に、1MHz以上の周波数帯域での使用における表皮効果の点から5~30μmがさらに好ましい。
【0020】
鉄合金粉の製造方法は特に限定されず、例えば、アトマイズ法、メルトスピニング法、回転電極法、メカニカルアロイング法や、還元による化学的な析出法など公知の方法の中から適宜選択すればよい。球形状の粒子が好適に得られる点から、アトマイズ法が好ましい。アトマイズ法としては、例えば、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、遠心力アトマイズ法、プラズマアトマイズ法などが挙げられ、量産安定性と生産性の観点からガスアトマイズ法又は水アトマイズ法が好ましく、30μm以下の粉末を得やすい点から、水アトマイズ法が好ましい。
【0021】
<無機絶縁層>
上記鉄合金粉は表面に無機絶縁層を備える。当該無機絶縁層を備えることにより、鉄合金粉同士の接触を抑制して絶縁性を確保するとともに、鉄合金粉と樹脂硬化物の接触を抑制して樹脂硬化物の熱分解も抑制される。また、無機絶縁層を用いることで絶縁層自体の耐熱性にも優れている。
【0022】
無機絶縁層としては、例えば、SiO(ケイ酸)、Al(アルミナ)、ZrOなどの無機酸化物やSi、BNなどの窒化物、ケイ酸ガラス、ホウ酸ガラス、ホウケイ酸ガラス、リン酸ガラス、ビスマスガラスなどのガラス材や雲母、クレイなどの鉱物が挙げられ、中でも、リン酸塩及びケイ酸塩を含むことが好ましい。無機絶縁層中の絶縁材は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0023】
無機絶縁層は、絶縁抵抗を確保し、樹脂硬化物の酸化を抑制する点から、鉄合金粉100質量部に対して0.1質量部以上が好ましく、0.3質量部以上がより好ましく、0.5質量部以上がさらに好ましい。無機絶縁層は、鉄合金粉100質量部に対して3質量部以下であればよく、磁気特性の点から、2.5質量部以下が好ましく、2.0質量部以下がより好ましい。
【0024】
無機絶縁層の平均厚みは絶縁抵抗を確保し、樹脂硬化物の酸化を抑制する点から、10~100nmが好ましく、10~60nmがより好ましい。
なお無機絶縁層の厚みは、透過型電子顕微鏡(TEM)で金属粉末表面を観察して求めることができる。また、簡易的には、金属粉末を単一粒径の球形粒子と仮定し、金属粉末の比表面積と、絶縁材の比重を用い、下記式(1)及び(2)から無機絶縁層の平均厚みを算出することができる。
式(1): 金属粉末の比表面積(m/g)=6/[金属粉末の比重(g/m)×金属粉末の粒径(m)]
式(2): 無機絶縁層厚み(m)=絶縁材の質量(g)/[金属粉末の質量(g)×金属粉末の比表面積(m/g)×コート粉末の比重(g/m)]
【0025】
鉄合金粉に無機絶縁層を設ける方法は、例えば、粉末混合法、浸漬法、ゾルゲル法、CVD法、PVD法、又は前記以外の公知の様々な方法の中から適宜選択することができる。
【0026】
<樹脂硬化物>
本磁性体は、分子内にポリエステルイミドを有する樹脂硬化物を含む。本発明においてポリエステルイミドとは、分子内に2以上のエステル結合と、2以上のイミド結合とを有するものをいう。本磁性体は、複数のポリマー鎖が架橋(クロスリンク)した3次元構造を有し、当該樹脂硬化物がエステル結合とイミド結合とを各々複数有することで、構造が安定化し、180℃の高温環境下において熱分解が抑制される。
【0027】
本磁性体における樹脂硬化物は、加熱成型時の加工性と、製造後の耐熱性を両立する点から、熱硬化性樹脂の硬化物であることが好ましい。なお本発明において樹脂硬化物とは、熱硬化性樹脂の少なくとも一部が架橋反応したものをいう。以下、樹脂硬化物の前駆体である熱硬化性樹脂について説明する。
【0028】
熱硬化性樹脂は、硬化後にポリエステルイミド構造を含む硬化物が形成されるものであればよい。中でも、本磁性体の成型を低温で行いやすい点から、ポリエステル樹脂と、エポキシ樹脂と、ポリイミド樹脂とを含む熱硬化性樹脂組成物が好ましい。当該熱硬化性樹脂組成物を用いることで、成型時の加熱温度を例えば180℃程度とすることができる。
【0029】
ポリエステル樹脂は、ポリカルボン酸とポリオールとの重合体の中から適宜選択して用いることができる。中でも、エポキシ樹脂との反応性の点から、カルボキシル基を有するポリエステル樹脂が好ましい。
ポリカルボン酸は、1分子中に2個以上のカルボン酸を有する化合物の中から適宜選択でき、中でも、1分子中に2個のカルボン酸を有するジカルボン酸又はその無水物であることが好ましい。
ジカルボン酸の具体例としては、テレフタル酸、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、コハク酸、アジピン酸、マレイン酸などが挙げられ、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。本発明においては、ポリカルボン酸として、イソフタル酸及びマレイン酸より選択される1種以上を含むことが好ましい。
ポリオールは、1分子中に2個以上のヒドロキシ基を有する化合物の中から適宜選択ですることができる。ポリオールの具体例としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,3-ブタンジオール、トリメチルールプロパン、グリセリン、1,4-シクロヘキサンジオール、シクロヘキサンジメタノール、ビスフェノールA、ビスフェノールF等が挙げられ、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0030】
ポリエステル樹脂は、上記ポリカルボン酸とポリオールとを公知の方法で脱水縮合反応させることで得られる。また、所望の構造を有する市販品を用いてもよい。
【0031】
エポキシ樹脂は、1分子中にエポキシ基を1個以上有する化合物の中から適宜選択することができる。エポキシ樹脂の好適な具体例としては、エピクロルヒドリンと、ビスフェノールA、ビスフェノールF、及びこれらのアルキレンオキサイド変性物との縮合反応により得られるエピビス系エポキシ樹脂;エピクロルヒドリンとフェノール樹脂との縮合反応により得られるノボラック系エポキシ樹脂;メチルグリシジルエーテル、ブチルグリシジルエーテルなどのアルキルグリシジルエーテルなどが挙げられ、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0032】
ポリイミド樹脂は、1分子中に2個以上のイミド結合を有する化合物の中から適宜選択すればよい。中でも他の樹脂との架橋性の点から、エチレン性二重結合を有するものが好ましく、N,N’-(4,4’-ジフェニルメタン)ジアリルナジイミド及びN,N’-(m-キシリレン)ジアリルナジイミドが好ましい。ポリイミド樹脂は1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0033】
上記熱硬化性樹脂組成物の配合比率は、得られる樹脂硬化物の耐熱性や機械強度の点から、ポリエステル樹脂20~50質量部、エポキシ樹脂1~25質量部、ポリイミド樹脂1~15質量部とすることが好ましい。
【0034】
上記熱硬化性樹脂組成物は、更に他の成分を含有してもよい。他の成分としては、ビニル系モノマー、エポキシアクリレート、硬化剤、触媒等が挙げられる。
ビニル系モノマーとしては、ビニル基、(メタ)アクリロイル基等を有するモノマーが挙げられ、例えば、酢酸ビニル、スチレンなどのビニル系モノマー;メチル(メタ)アクリレートなどのアクリル系モノマーなどが挙げられる。なお(メタ)アクリロイル基とは、アクリロイル基、又はメタクリロイル基を表し、(メタ)アクリレートも同様である。
エポキシアクリレートとしては、各種エポキシ樹脂のエポキシ基に、(メタ)アクリル酸のカルボキシル基を反応させて得られた化合物などが挙げられる。
熱硬化性樹脂組成物の硬化反応を促進するための硬化剤としては、過酸化物が好ましい。過酸化物の具体例としては、ジクミルパーオキシド、2,5-ジメチル-2,5-ジ(ベンゾイルペルオキシ)ヘキサン、2,2-ビス(tert-ブチルジオキシ)オクタン、t-ブチルペルキサテート、ジクミルペルオキシド、2,5-ジメチル-2,5-ジ(t-ブチルパーオキシ)ヘキサン、α、α’-ビス(t-ブチルペルオキシ-m-イソプロピル)ベンゼン、t-ブチル-クミル-ペルオキサイド、ジ-t-ブチル-ペルオキサイド、2,5-ジメチル,2,5-ジ(t-ブチルペルオキシ)ヘキサン-3などが挙げられる。
またカルボキシル基とエポキシ基との反応触媒として、イミダゾールや第3級アミン類等が挙げられる。
【0035】
熱硬化性樹脂組成物にビニル系モノマー又はエポキシアクリレートを配合する場合、その配合比は、ポリエステル樹脂とエポキシ樹脂とポリイミド樹脂の合計と、ビニル系モノマーとエポキシアクリレート合計との比が質量比で1:3~3:1となるように配合することが好ましい。
【0036】
本磁性体は、例えば、前記熱硬化性樹脂組成物中に、前記絶縁層を備える鉄合金粉を分散させ、所望の形状の金型に充填して加熱することにより得ることができる。加熱条件は、上記熱硬化性樹脂組成物の反応性にもよるが、例えば、150~200℃で0.5~12時間程度加熱することで、十分に架橋反応が進行する。
前記熱硬化性樹脂組成物を硬化して得られる樹脂硬化物からは、エステル結合、イミド結合のほか、エポキシ基とカルボキシ基との反応由来のヒドロキシ基が検出される。
【0037】
熱硬化性樹脂組成物と鉄合金粉の配合比率は、用途等に応じて適宜調整すればよいものであるが、例えば鉄合金粉100質量部に対し、1~10質量部が好ましく、2~6質量部がより好ましい。上記下限値以上であれば、磁性体の機械強度が向上する。一方上記上限値以下であれば、磁気特性に優れている。
【0038】
本磁性体は、磁性体が用いられる公知の用途に用いることができる。本磁性体は180℃の高温環境下における長期耐熱性に優れていることから、特に耐熱性が要求される車載用途、中でもエンジン付近に配置されるインダクタのコア材として好適に用いることができる。
また、本磁性体は成型時の加熱処理温度を180℃程度と比較的低い温度とすることができるため、後述するコイル埋設型の磁性素子用途に好適に用いることができる。
【0039】
[磁性素子]
図1及び図2を参照して本発明に係る磁性素子(本磁性素子とも記す)の一例について説明する。図1は、磁性素子1の模式的な上面透過図であり、図2は、図1の模式的なA-A断面図である。なお図1の端子部12は、図2において、接着部材13を用いて磁性体10に貼り付けられている。本磁性素子は、磁性体10と、当該磁性体10に埋設されたコイル11とを有し、磁性体10が前記本発明に係る磁性体である。本磁性素子は、少なくともコイル11の巻回部が磁性体10内に埋設されていればよく、コイル11の一部が磁性体10から露出していてもよい。端子部は例えば、鉛フリー等のはんだの濡れ性などの点からSn等でめっきされた銅などが挙げられる。端子部の銅はコイル11と接合されていてもよく、一体のものであってもよい。
【0040】
コイル11の形状は、磁性素子に用いられるコイルとして公知のものの中から適宜選択されるものであり、通常、巻回部を有し、回路等と接続する端子部を有している。コイル11の材質は特に限定されず、例えば銅線等とすることができ、当該銅線は、絶縁皮膜を有することが好ましい。絶縁被膜としては、耐熱性の点から、ポリアミドイミド膜やポリイミド膜などが好ましい。
【0041】
コイル埋設型の磁性素子を製造する場合、前記磁性体の製造方法において、金型に磁性体を充填する前、又は充填中に、金型内にコイルを配置すればよい。
また、不図示ではあるが、前記本磁性体にコイルを巻回して製造された磁性素子も、180℃の高温環境下における長期耐熱性に優れている。
本磁性素子は、パワーインダクタ、チョークコイル、トランスなどに用いられるインダクタとして好適に用いることができる。
【実施例
【0042】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明を具体的に説明する。なお、これらの記載により本発明を制限するものではない。
【0043】
(実施例1)
まず、100質量部中にSiが4.5~7質量%、Crが3~8質量%を含む平均粒径が10μmの鉄合金粉を用意した。
前記鉄合金粉に、当該鉄合金粉100質量部に対して0.5質量部相当のリン酸系無機絶縁材を被覆処理し、絶縁層を形成した(絶縁層の厚みは約10nmである)。当該絶縁層を備える鉄合金粉に、鉄合金粉100質量部に対して5質量部相当の熱硬化性樹脂組成物を添加し混錬し、樹脂組成物が被覆した鉄合金粉を得た。
得られた鉄合金粉は、500μmの金属メッシュに通し、金型に充填しやすいように粒度を調整し造粒を行った。造粒粉末は外径13mm、内径8mmのリング状の金型内に充填し、5ton/cmの成型圧力で加圧成型を行った。得られたリング状の試料は恒温槽内で180℃2時間以上の温度で熱硬化することで実施例1の複合磁性素子を得た。
【0044】
(実施例2)
実施例1において、リン酸系無機絶縁材の量を1.5質量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例2の磁性体を得た(絶縁層の厚みは約50nmである)。
【0045】
(実施例3)
実施例1において、リン酸系無機絶縁材の量を1.5質量部に変更し、熱硬化性樹脂組成物の量を2質量部に変更した以外は、実施例1と同様にして、実施例3の絶縁体を得た。
【0046】
(比較例1)
実施例1において、絶縁被覆処理を行わなかった以外は、実施例1と同様にして比較例1の磁性体を得た。
【0047】
(比較例2)
比較例1において、熱硬化性樹脂を、熱硬化型のフェノール樹脂に変更した以外は、比較例1と同様にして比較例2の磁性体を得た。
【0048】
(比較例3)
比較例1において、熱硬化性樹脂を、ガラス転移温度が250℃以上のエポキシ樹脂に変更した以外は、比較例1と同様にして比較例3の磁性体を得た。
【0049】
(比較例4)
比較例1において、熱硬化性樹脂を、シリコーン樹脂に変更した以外は、比較例1と同様にして比較例4の磁性体を得た。
【0050】
(比較例5)
実施例1において、熱硬化性樹脂組成物を、熱硬化型のフェノール樹脂に変更した以外は、比較例1と同様にして比較例5の磁性体を得た。
【0051】
(比較例6)
鉄合金粉として、100質量部中に、Siが0.5質量%、Crが1質量%含まれている、平均粒径が10μmの鉄合金粉を用意した。
前記鉄合金粉に、当該鉄合金粉100質量部に対して1質量部相当のケイ酸系無機絶縁材を被覆処理し、絶縁層を形成した(絶縁層の厚みは約30nmである)。当該絶縁層を備える鉄合金粉に、鉄合金粉100質量部に対して5質量部相当の熱硬化性樹脂組成物を添加し混錬し、樹脂組成物が被覆した鉄合金粉を得た。
以後の工程は実施例1において、熱硬化性樹脂組成物を、熱硬化型のフェノール樹脂に変更した以外は、実施例1と同様にして比較例6の磁性体を得た。
【0052】
(比較例7)
実施例1において、リン酸系無機絶縁材0.5質量部をケイ酸系絶縁材1質量部に変更し、熱硬化性樹脂組成物の代わりに熱硬化型のフェノール樹脂に変更した以外は、比較例1と同様にして比較例7の磁性体を得た。
【0053】
(比較例8)
比較例7において、鉄合金粉を100質量部中にSiが6.5質量%含まれている、平均粒径が10μmの鉄合金粉に変更した以外は比較例7と同様にして、比較例7の磁性体を得た。
【0054】
<磁性体の評価>
実施例及び比較例の磁性体を以下の方法により評価した。
密度は、上記で得られたリング状の磁性体の外径、内径及び高さをノギスで測定し、体積と重量から見かけの密度を算出した。
透磁率は、外径13mm、内径8mmのリング状の磁性体に、銅線で10ターンの巻線を施し、インピーダンスアナライザを用いて、周波数1MHzにおける初透磁率を測定した。
磁性体の絶縁抵抗は、磁性体の上面と底面に直径1mmの電極を当て絶縁抵抗計で測定した。
磁性体の強度は、JIS Z2507の圧環強さの試験方法に従って、圧縮試験を行い、式1より圧環強度を算出して評価した。
K=[F×(D-e)]/(L×e) :式(1)
K:圧環強度(MPa)
F:破壊したときの最大荷重(N)
L:中空円筒の長さ(mm)
D:中空円筒の外径(mm)
e:中空円筒の壁厚(mm)
【0055】
(耐熱性評価)
耐熱性は実施例及び比較例の磁性体を各々大気中180℃環境下で保管して、1000時間後に、上記と同様に絶縁抵抗と圧環強度の測定を行った。なお、比較例5~8は絶縁抵抗の測定のみを行った。結果を表1~表5に示す。強度維持率は、(1000時間静置後の圧環強度)/(製造直後の圧環強度)×100(%)により算出した。
また、実施例1、2及び比較例5~8の磁性体については、耐熱性評価期間の経時変化を確認するために1000時間までの間に絶縁抵抗を繰り返し測定した。また、実施例1、2及び比較例1の磁性体については、耐熱性評価期間の重量変化を確認するために1000時間までの間に磁性体の重量を繰り返し測定した。図3に、絶縁抵抗の経時変化を表すグラフを示す。また、図4に重量の経時変化を示すグラフを示す。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
【表3】
【0059】
【表4】
【0060】
【表5】
【0061】
180℃の環境で安定的に使用するには、1000時間後の絶縁抵抗が10Ω以上であり、圧環強度50MPa以上であることが好ましい。比較例1~4は絶縁被膜がないため、絶縁抵抗が実施例よりも低くなっている。比較例4は絶縁抵抗が比較的高いものの、圧環強度が低くなっている。比較例6は絶縁被膜があるため初期の絶縁抵抗は高いものの、Siが4未満であるため、絶縁抵抗の低下が顕著である。ケイ酸系絶縁材を用いた比較例7および8は、1000時間後の絶縁抵抗の点では優れているが、圧環強度が比較例5と同等であり、不十分であった。また、比較例1は絶縁被膜がないため、樹脂硬化物の熱分解により重量変化が大きくなっている。
表面に無機絶縁層を備える鉄合金粉と、樹脂硬化物と、を含み、前記鉄合金粉100質量部中にSiを4~10質量部含み、前記樹脂硬化物が、ポリエステルイミドを有する実施例1~4の磁性体は、初期の圧環強度が高く、1000時間静置後の絶縁性に優れ、強度も維持されることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0062】
10 磁性体
11 コイル
12 端子部
13 接着部材
図1
図2
図3
図4