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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】処理方法、分析装置及び表面処理液
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/88 20060101AFI20240917BHJP
   G01N 30/26 20060101ALI20240917BHJP
   G01N 30/56 20060101ALI20240917BHJP
【FI】
G01N30/88 Q
G01N30/26 L
G01N30/56 E
G01N30/26 Q
G01N30/26 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020199875
(22)【出願日】2020-12-01
(65)【公開番号】P2021103161
(43)【公開日】2021-07-15
【審査請求日】2023-06-22
(31)【優先権主張番号】P 2019234558
(32)【優先日】2019-12-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 雄介
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-078361(JP,A)
【文献】特開平08-189924(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第03450972(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00-30/96
B01J 20/281-20/292
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィの流路を表面処理剤としてメチレンジホスホン酸を溶解した液体であって、pHが、前記表面処理剤が酸性プロトンを解離することによりリン(P)1原子に酸性プロトンが解離したヒドロキシ基(-O )及びオキソ基(=O)がそれぞれ直接結合した化学構造を2個有する構造になる場合のpKaより大きい値である液体で表面処理する、処理方法。
【請求項2】
前記表面処理が、血液検体のヘモグロビン分析の前に行われる、請求項1に記載の処理方法。
【請求項3】
前記表面処理が、血液検体のヘモグロビン分析と同時に行われる、請求項1に記載の処理方法。
【請求項4】
面処理剤としてメチレンジホスホン酸を含有するとともに、pHが、前記表面処理剤が酸性プロトンを解離することによりリン(P)1原子に酸性プロトンが解離したヒドロキシ基(-O )及びオキソ基(=O)がそれぞれ直接結合した化学構造を2個有する構造になる場合のpKaより大きい値である、血液検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィの流路の表面処理液。
【請求項5】
前記表面処理液は溶離液である、請求項に記載の表面処理液。
【請求項6】
前記表面処理液は洗浄液である、請求項に記載の表面処理液。
【請求項7】
前記表面処理液は前記血液検体の希釈液である、請求項に記載の表面処理液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフィによるヘモグロビン分析における流路の処理方法及びヘモグロビンの分析装置、並びに流路の表面処理液に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフィを原理とする分析装置は、通常、配管や構成部品に高い耐圧性が求められるため、主にステンレスの金属製部材で構成されている。たとえば、特許文献1に開示されているように、配管及び試料のインジェクションバルブ、カラムの筐体並びにカラムの導入口に設けられる金属製フィルターが金属製部品である。とりわけ、フィルターは、特許文献2に示すようにステンレス製のものが多い。
【0003】
ところで、特許文献3に示すように、糖尿病の指標となる安定型HbA1cを精度よく測定するために、不安定型HbA1cをHbA0及びグルコースに解離する解離剤としてニトリロトリス(メチレンホスホン酸)などが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】実開平6-7060号公報
【文献】特許第2827649号公報
【文献】特開平6-331629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高速液体クロマトグラフィによるヘモグロビン測定方法においては、ヘモグロビンの各分画の検出されたピークの幅が広がる現象が生ずることがある。あるピークの幅が広がると、次に来るピークと融合してピーク間の境界が不明瞭となり、良好な分解能が得られにくい。すなわち、ピークの幅が広がることで次のピークと重なって境界不明瞭となっていた。たとえば、ヘモグロビンの中でもHbA2やHbSのように、ヘモグロビンとカラムの間の疎水的な相互作用や、ヘモグロビンの電荷とカラムの担体の電荷とによる相互作用によってカラムに吸着しやすいヘモグロビンはピークの幅が広く、隣接するピークと十分に分離できなかった。
【0006】
本開示の処理方法は、液体クロマトグラフィの測定流路の内面へのヘモグロビンの吸着により生ずるピークの幅の広がりを解消し、ピーク間の分解能を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の処理方法は、血液検体中のヘモグロビンを分析する液体クロマトグラフィの流路を、リン(P)1原子にヒドロキシ基(-OH)及びオキソ基(=O)がそれぞれ直接結合した化学構造を2以上有し、かつ、分子量が200以下である表面処理剤が溶解した液体で、表面処理する。
【発明の効果】
【0008】
本開示の処理方法によれば、液体クロマトグラフィで得られたクロマトグラムのヘモグロビンピークの幅を狭めることができ、ピーク間の分解能が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施形態の処理方法が実施される分析装置としての高速液体クロマトグラフィ分析システムの概要を表す模式図である。
図2】実施例のヘモグロビン分析チャートである。
図3】比較例のヘモグロビン分析チャートである。
図4】2つのピークの分離度を説明するための仮想的なヘモグロビン分析チャートである。
図5】メチレンジホスホン酸の解離平衡反応である。
図6】ピロリン酸の解離平衡反応である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
ヘモグロビンは、複雑な立体構造を有するため、電荷的かつ疎水的な吸着作用が強く、測定流路の配管及び検出器などに使用される金属表面、特に鉄原子と結合しやすい。そしてヘモグロビン分析の際には、隣接するピーク同士が融合するなどして良好な分離能を得ることができないことがある。その原因は、検体が分析装置に導入されカラムを介して検出器を通過する過程で、血液検体中のヘモグロビンが測定流路における鉄を含む部材と接触して吸着することと推測され、検出ピークの幅が拡大することによる。
【0011】
ここで、カラムは耐圧性を要するため、樹脂での置換は困難であり、必然的にステンレスのような、鉄を含む金属が使用される。また、配管についてはポリエーテルエーテルケトン(PEEK)のような樹脂での代替が進んでいるが、検出器の中は樹脂での置換ができておらず、鉄原子が内面に露出している部分が存在している。
【0012】
そこで、本実施形態の処理方法では、液体クロマトグラフィの分析装置の流路の内表面を、後述の化学構造を有する物質である表面処理剤が溶解した液体(以下、表面処理液とも言う)で表面処理することで、流路における鉄とヘモグロビンとの結合を阻害し、それによりピークの幅が広くなることを解消できる。
【0013】
すなわち、表面処理剤は、液体に溶解した表面処理剤1分子中で、イオン化したヒドロキシ基(-O)とオキソ基(=O)が2以上のリン原子のそれぞれに直接結合した化学構造を有する。換言すると表面処理剤は、リン原子に酸性プロトンが解離したヒドロキシ基(-O)とオキソ基(=O)が直接結合している化合物、つまりオキソ酸ともいえる。これら2以上のイオン化したヒドロキシ基が流路の内面の金属原子、特に鉄原子と結合し、キレートを形成する。つまり、1分子中の異なるリン原子に結合している負電荷を帯びたヒドロキシ基が同一の1個の正電荷を帯びた鉄原子と電気的な相互作用により結合すると考えられる。そのため液体クロマトグラフィの分析装置の流路に表面処理剤が溶解した液体を浸すと、流路の内面に露出している鉄部分の表面を覆うように、表面処理剤が鉄と結合する。そして1個のヒドロキシ基を介して鉄原子と結合する化合物よりも2個のヒドロキシ基で鉄原子に結合する化合物のほうが強固に鉄原子に吸着すると考えられる。そのため流路の内面の鉄と結合した状態にある表面処理剤は流路を流れるヘモグロビンと置換しにくく、流路の内面から剥がれにくい。そのため、ヘモグロビンが金属と直接接触することを回避できる。そして、表面処理剤は分子量が200以下と小さい分子であり、表面処理剤の分子量に対するヒドロキシ基及びオキソ基の分子量の割合が大きい。ヒドロキシ基及びオキソ基は親水性が高いため、表面処理剤は高い親水性を示す。よって、鉄を被覆する表面処理剤には、疎水的な吸着作用の強いヘモグロビンは吸着しにくい。そのため、検体が流れる流路を表面処理液で浸すことで、ヘモグロビンのピークの幅を狭くすることができると考えられる。
【0014】
ここで、表面処理剤の前記化学構造において、リン(P)1原子にヒドロキシ基(-OH)がもう1つ結合していることが望ましい。すなわち、表面処理剤は、リン1原子に2個のヒドロキシ基と、1個のオキソ基(=O)がそれぞれ直接的に結合した化学構造を2以上有していることが望ましい。このように、表面処理剤が1分子中にヒドロキシ基を少なくとも4個有することで、鉄原子とのキレートがより効率的かつ高頻度に行われ、ピークの幅の広がりがより抑制されると考えられる。また、表面処理剤が1分子中にヒドロキシ基を少なくとも4個有することで、表面処理剤の親水性が高くなり、流路の金属部分に結合した表面処理剤にヘモグロビンが吸着することを阻害できると考えられる。また、表面処理剤は、たとえばフェニル基又はアルキル基といった疎水性の高い官能基を含まないことが望ましい。疎水性の高い官能基を含まない表面処理剤を用いることで、鉄を被覆する表面処理剤に、疎水的な吸着作用の強いヘモグロビンが吸着しにくくなる。また、表面処理剤は、たとえばカルボキシ基又はスルホ基といったヒドロキシ基よりも酸解離定数の小さい官能基は含まないことが好ましい。ヒドロキシ基よりも酸解離定数の小さい官能基を含まない表面処理剤を用いることで、鉄を被覆する表面処理剤に、電荷的な吸着作用の強いヘモグロビンが吸着しにくくなる。このような表面処理剤としては、下記化学式1に示す構造式で表されるメチレンジホスホン酸(分子量176)や1,2-エチレンジホスホン酸(分子量190.03)や下記化学式2に示す構造式で表されるピロリン酸(分子量177.98)を使用してもよい。その中でもメチレンジホスホン酸が表面処理剤として最も望ましい。なお、表面処理剤が有する2以上のリン(P)原子を繋ぐ原子の種類は限定されず、たとえば炭素(C)や窒素(N)や酸素(O)であってもよく、複数種類の原子を介して繋がっていてもよい。また表面処理剤が有する2以上のリン(P)原子を繋ぐ原子の数も限定されない。
【0015】
【化1】
【0016】
【化2】
【0017】
表面処理液で表面処理がなされる流路は、検体が流れる流路である。具体的には検体がカラムを介してヘモグロビンの検出部に至るまでに通る流路である。たとえば、カラムに検体を導入するインジェクタと、インジェクタの下流に設けられたカラムとを接続する流路と、カラムと、カラムの下流に設けられた検出部とを接続する流路を表面処理液で表面処理すればよい。
【0018】
流路の表面処理は、表面処理液を流路の内表面に接触させればよい。例えば流路内部を表面処理液で浸漬してもよいし、流路に表面処理液を通液してもよい。流路の内表面の全てを表面処理液で表面処理することが好ましいが、金属が露出している流路の部分が分かっている場合はその部分のみを表面処理してもよい。たとえば、流路のうちカラムの内表面に金属が露出している場合、そのカラムの内表面のみを表面処理してもよい。また流路の内表面のうち金属が露出している部分の全てを表面処理することが好ましいが、金属が露出している部分の一部を表面処理するだけでもよい。
【0019】
ここで、表面処理液による流路の表面処理は、表面処理液が満たされた容器に流路を浸漬することで行ってもよいし、あるいは、流路を構成する部品を表面処理液が満たされた容器に浸漬し、その部品を用いて流路を組み立てることで行ってもよい。また、液体クロマトグラフィの分析装置に設けられた流路に表面処理液を流すことで内面を浸漬してもよい。この場合、ヘモグロビン分析に用いる溶離液、洗浄液又は検体を希釈する希釈液のうち少なくとも1つに表面処理剤を含有させ、これを流路に流してもよい。あるいは、溶離液とは別に用意した表面処理液を流路に流してもよい。流路への表面処理液の送液には、液体クロマトグラフィの分析装置に備えられたポンプを用いてもよいし、別のポンプを用いてもよい。
【0020】
なお、一度表面処理液で流路の内面を表面処理しても、その後ヘモグロビン分析を繰り返すことで表面処理の効果が減衰していく可能性がある。そのため、ヘモグロビン分析の前に流路を表面処理してもよい。たとえば、ヘモグロビン分析が一回終了するごとに表面処理剤が溶解された表面処理液を流路に流してもよい。また、表面処理剤が溶解した溶離液でヘモグロビン分析を実施することで、ヘモグロビンの分離分析と同時に流路を表面処理してもよい。また表面処理剤を含む希釈液で検体を希釈し、この希釈検体を流路に導入してヘモグロビン分析することで、ヘモグロビンの分離分析と同時に流路を表面処理してもよい。
【0021】
表面処理剤を溶解する液体は、表面処理剤のヒドロキシ基をイオン化できる液体であればよい。たとえば、水であってもよいし、水にpH緩衝剤が溶解した緩衝液であってもよい。あるいは、液体クロマトグラフィに用いる溶離液であってもよいし、検体を希釈するための希釈液であってもよい。カラムに送液することでカラムの担体に吸着した成分を洗い流す洗浄液であってもよい。
【0022】
表面処理剤が溶解した液体のpHは、表面処理剤がリン(P)1原子に酸性プロトンが解離したヒドロキシ基が結合した化学構造を2以上有する構造となるpHであることが好ましい。より好ましくは、表面処理剤が溶解した液体のpHは、酸性プロトンがヒドロキシ基から解離することによりリン(P)1原子に酸性プロトンが解離したヒドロキシ基が結合した化学構造を2個有する構造となる際の酸解離定数pKaより大きいpHであることが望ましい。ここで、リン(P)1原子に酸性プロトンが解離したヒドロキシ基及びオキソ基がそれぞれ直接結合した化学構造と、リン(P)1原子に酸性プロトンが解離していないヒドロキシ基及びオキソ基がそれぞれ直接結合した化学構造とを有する構造を第1の構造と定義する。また、第1の構造において酸性プロトンが解離していなかったヒドロキシ基から酸性プロトンが解離した構造を第2の構造と定義する。つまりリン(P)1原子に酸性プロトンが解離したヒドロキシ基及びオキソ基がそれぞれ直接結合した化学構造を2個有する構造を第2の構造と定義する。換言すると、表面処理剤が溶解した液体のpHは、第1の構造と第2の構造との間の平衡反応における酸解離定数pKaより大きいpHであることが望ましい。すなわち、表面処理液のpHが、このpKaより大きい値であることで、液体に溶解している表面処理剤のうち、リン(P)1原子に酸性プロトンが解離したヒドロキシ基が結合した化学構造を2個有する表面処理剤が半分超を占めることとなるため、上記した鉄原子とのキレートがより高頻度に発生する。また表面処理剤1分子中のヒドロキシ基のうちイオン化したヒドロキシ基の数が多くなり、鉄と強固に結合できる。
【0023】
下記表1、図5及び図6に、表面処理剤としてのメチレンジホスホン酸及びピロリン酸について、それぞれ1分子中に存在する4個のヒドロキシ基のうち、1個~4個の酸性プロトンを解離する際の酸解離定数pKa~pKaを掲げる。メチレンジホスホン酸が酸性プロトンを解離することでリン(P)1原子に1個の解離したヒドロキシ基と1個の解離していないヒドロキシ基が結合した化学構造を2個有する構造となる酸解離定数pKaは3.05である。さらに1個の酸性プロトンを解離する際の酸解離定数pKaは7.35、さらに1個の酸性プロトンを解離する際の酸解離定数pKaは10.96である。同様に、ピロリン酸が酸性プロトンを解離することでリン(P)1原子に1個の解離したヒドロキシ基と1個の解離していないヒドロキシ基が結合した化学構造を2個有する構造となる酸解離定数pKaは2.0である。さらに1個の酸性プロトンを解離する際の酸解離定数pKaは6.6、さらに1個の酸性プロトンを解離する際の酸解離定数pKaは9.4である。そのため、表面処理剤の種類に関わらず有効な表面処理液のpHという観点では、3.05以上、望ましくは7.35以上であり、好ましくは10.96以上である。
【0024】
【表1】
【0025】
表面処理液が含有する表面処理剤の濃度は問わないが、5μM以上、好ましくは10μM以上が好ましい。
【実施例
【0026】
ヘモグロビンの分離分析前に表面処理剤が溶解した洗浄液を流路に送液することで、流路を表面処理液で表面処理した実施例を以下に示す。なお、分離分析後に表面処理剤が溶解した洗浄液を流路に送液して流路を洗浄する場合、その洗浄によって既に流路は表面処理剤で表面処理されている。そのため、次の分離分析を行う前に表面処理剤が溶解した洗浄液を送液しなくてもよい。また、本発明は液体クロマトグラフィを原理とする分析であれば適用できるため、以下の実施例に示すようなHPLC分析システムに限られない。
【0027】
本開示の処理方法を、図1に示すように模式化した高速液体クロマトグラフィ(HPLC)分析システムとしての分析装置10により実施した。この分析装置10では、分析対象であるヘモグロビンに適した担体である充填剤21が充填されたHPLCカラム20の上流及び下流にそれぞれ流路40、50が接続していた。上流側の流路40のさらに上流には、液体を流路40に導入するインジェクタ60が設けられていた。インジェクタ60の最上流には液体を貯留する貯留槽61が位置し、その下流には貯留槽61が貯留する液体を下流へ送出するポンプ62が位置し、その下流にはポンプ62からHPLCカラム20へ至る流路40に、前処理剤を入流させる前処理剤流路41と、血液検体を流入させる検体流路42とを合流させる導入部63が位置していた。
【0028】
貯留槽61は複数の領域に区分され、各領域には2種類の溶離液と、表面処理剤が溶解した洗浄液とがそれぞれ互いに混じり合わないように貯留されていた。ポンプ62は任意の割合で貯留槽に貯留された2種類の溶離液を任意の割合で混合して下流に送出することができ、また、それとは別個に洗浄液を下流に送出することができた。HPLCカラム20の下流の流路50には、流路50中にヘモグロビンの吸収波長を含む光(図中矢印で示す)を照射する光源71と、光源71から照射され流路50内を通過した光を受光する検出器72が設けられていた。流路50において、光源71と検出器72とによってヘモグロビンが検出される部分が検出部70であった。
【0029】
本実施例では、インジェクタ60の導入部63に検体流路42を経て導入された血液検体は、上流側の流路40、HPLCカラム20及び流路50の順に流れた。ここで、HPLCカラム20と検出部70とを接続する流路50の内表面に金属が露出していた。そのため、血液検体が流れる流路50を表面処理剤で表面処理しなければ、血液検体に含まれるヘモグロビンが検出器72に到達する過程において、ヘモグロビンは金属と接触して吸着することになる。
【0030】
本実施例における洗浄液は下記表2に示す組成を有していた。なお、この洗浄液のpHは表面処理剤であるメチレンジホスホン酸のpKaである3.05(前記表1参照)よりも高い6.85に適宜調整した。
【0031】
【表2】
【0032】
本実施例における溶離液である第1液体は下記表3に示す組成を有していた。なお、この第1液体のpHは5.25に適宜調整した。
【0033】
【表3】
【0034】
本実施例における溶離液である第2液体は下記表4に示す組成を有していた。なお、この第2液体のpHは6.85に適宜調整した。なお、洗浄液の組成と第2液体の組成とはメチレンジホスホン酸を含んでいるか含んでいないかの違いだけであった。そのため、洗浄液を溶離液である第2液体として用いてもよい。その場合、第1液体、第2液体及び洗浄液は個別に調製しなくてもよく、洗浄液及び第1液体のみを調製すればよい。
【0035】
【表4】
【0036】
上記実施例に対する比較例では、表1に示す組成のうちメチレンジホスホン酸を含まない組成の液体を洗浄液として用い、そのpHは6.85に適宜調整した。第1液体の組成、第2液体の組成、及び分析装置10については上記実施例と同じである。
【0037】
上記の実施例及び比較例では、まず貯留槽61から流路40、50に洗浄液をポンプ6
2を用いて送液した。これにより実施例では流路40、50の内表面は表面処理剤であるメチレンジホスホン酸が含まれる液体に浸漬され、表面処理された。一方、比較例の洗浄液にはメチレンジホスホン酸は含まれていないため、流路40、50の内表面は表面処理剤を含む液体では表面処理されなかった。
【0038】
その後、第1液体を流路40に送出後、検体流路42からインジェクタ60内の導入部63に血液検体を導入した。そして第1液体、第1液体と第2液体とを3:7の比率で混合したpH6.4の混合液、第1液体と第2液体とを1:9の比率で混合したpH6.7の混合液を順次流路40へ送出した。溶離液とともに流路40に導入された血液検体はHPLCカラム20へ送出され、血液検体に含まれるヘモグロビンはここで各ヘモグロビン分画に分離された。分離されたヘモグロビン分画は、HPLCカラム20の下流の流路50に設けられた検出器72によって吸光度が測定された。そして、血液検体が流路40に導入された時間からの経過時間に対する吸光度を示したクロマトグラムが得られた。
【0039】
上記実施例の条件でヘモグロビンを分析したときのHbAピーク、HbA2ピーク及びHbSピークを図2のチャートでそれぞれ示す。また、上記比較例の条件でヘモグロビンを分析したときのHbAピーク、HbA2ピーク及びHbSピークを図3のチャートでそれぞれ示す。なお、両図においては、HbAピークの頂点部分は省略している。この両図から分かるように、HbA2ピークは、実施例の方が比較例に比べて先端が狭くなっており、ピークの幅も狭くなっていた。この傾向は、HbA2ピークに隣接するHbAピーク及びHbSピークについても同じであった。これらのことから、表面処理剤としてのメチレンジホスホン酸による流路50の表面処理で、ピークの幅の広がりが抑制されていることが推認される。
【0040】
ここで、図4に示す仮想的なヘモグロビン分析チャートのように、分析対象となる2つのピークを想定する。この図4のチャートにおける縦軸及び横軸は、図2及び図3と同様に吸光度及び経過時間(秒)である。そして、図中左側のピーク(以下「第1ピーク」とする。)の頂点に対応する時間をtR1とし、図中右側のピーク(以下「第2ピーク」とする。)の頂点に対応する時間をtR2とする。また、第1ピークの高さをh1とし、第2ピークの高さをh2としたとき、第1ピークにおいて高さ0.5h1におけるピークの幅(以下、「半値幅」(単位は時間(秒))とする。)をW0.5h1、及び第2ピークにおいて高さ0.5h2における半値幅をW0.5h2とする。このとき、第1ピークと第2ピークとの分離度Rは、下記数式にて定義される。
【0041】
【数1】
【0042】
すなわち、上記数式にてtR2-tR1で定義されるピーク間距離(換言すると、ピークが生ずる時間差)が大きいほど、また、各ピークの幅が小さいほど、2つのピークの分離度は高くなる。
【0043】
ここで、図2に示す実施例におけるHbAピークの半値幅(α1)及びHbA2ピークの半値幅(β1)並びにピーク間距離(δ1)、並びに図3に示す比較例におけるHbAピークの半値幅(α2)及びHbA2ピークの半値幅(β2)並びにピーク間距離(δ2)は下記表5のとおりであり、それぞれの分離度(R)も同表に掲げる。
【0044】
【表5】
【0045】
また、図2に示す実施例におけるHbA2ピークの半値幅(β1)及びHbSピークの半値幅(γ1)並びにピーク間距離(ε1)、並びに図3に示す比較例におけるHbA2ピークの半値幅(β2)及びHbSピークの半値幅(γ2)並びにピーク間距離(ε2)は下記表6のとおりであり、それぞれの分離度(R)も同表に掲げる。
【0046】
【表6】
【0047】
上記表5及び表6に示すように、HbAピーク、HbA2ピーク及びHbSピークのいずれも、半値幅は実施例の方が比較例よりも短く、ピークの幅が狭くなっていることが示された。
【0048】
一方、HbAピークとHbA2ピークとのピーク間距離、及び、HbA2ピークとHbSピークとのピーク間距離のいずれも、実施例よりも比較例の方が長くなっていた。これもまた、比較例のピーク幅が広くなっていることに起因しているものと推察された。
【0049】
そして、HbAピークとHbA2ピークとの分離度、及び、HbA2ピークとHbSピークとの分離度のいずれも、実施例の方が比較例の方が高い、という結果となった。この結果は、流路50の内表面の鉄に表面処理剤としてのメチレンジホスホン酸が吸着し、ヘモグロビンが金属に吸着することを防いだことによるものと考えられる。また、分離分析前にメチレンジホスホン酸を含む洗浄液を流せば、その後の分離分析に用いる溶離液にメチレンジホスホン酸を含めなくてもピーク間の分解能を改善できることが示された。これは、メチレンジホスホン酸1分子中の異なるリン原子に結合しているイオン化したヒドロキシ基が同一の1個の鉄原子と結合するため、流路の内表面の鉄に強固に吸着していることによるものと考えられる。
【0050】
以上、実施例においては、表面処理剤としてのメチレンジホスホン酸を洗浄液に添加することで、ヘモグロビンのピークの幅が広がることが防止され、ピーク間の分解能が改善することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、高速液体クロマトグラフィによるヘモグロビン分析に利用可能である。
【符号の説明】
【0052】
10 分析装置
20 HPLCカラム
21 充填剤
40 流路
41 前処理剤流路
42 検体流路
50 流路
60 インジェクタ
61 貯留槽
62 ポンプ
63 導入部
70 検出部
71 抗原
72 検出器
図1
図2
図3
図4
図5
図6