(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】パンタグラフの異常検知方法
(51)【国際特許分類】
B60L 5/24 20060101AFI20240917BHJP
B60L 3/00 20190101ALI20240917BHJP
G01M 17/08 20060101ALI20240917BHJP
【FI】
B60L5/24 A
B60L3/00 L
G01M17/08
(21)【出願番号】P 2020201395
(22)【出願日】2020-12-04
【審査請求日】2023-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000221616
【氏名又は名称】東日本旅客鉄道株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001254
【氏名又は名称】弁理士法人光陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三枝木 祐人
(72)【発明者】
【氏名】中島 剛
【審査官】加藤 昌人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/145750(WO,A1)
【文献】特開2017-204930(JP,A)
【文献】特開2014-220858(JP,A)
【文献】特開2011-244663(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0001722(US,A1)
【文献】米国特許第5115405(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 5/24
B60L 3/00
G01M 17/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検知した荷重を電気信号に変換する荷重センサとパンタグラフのアーム先端部の高さを検知するためのセンサとを備えパンタグラフの押し上げ力を測定する測定装置によって、アーム上昇中における前記パンタグラフの押し上げ力およびアーム降下中における押し上げ力を前記荷重センサより取得し記憶する第1ステップと、
記憶された押し上げ力の情報に基づいて、所定の高さ範囲における押し上げ力の標準偏差をアーム上昇中とアーム降下中についてそれぞれ算出する第2ステップと、
前記第2ステップにより算出されたアーム上昇中の前記標準偏差が予め設定された第1のしきい値よりも小さいか否か判定する第3ステップと、
前記第2ステップにより算出されたアーム降下中の前記標準偏差が予め設定された第2のしきい値よりも小さいか否か判定する第4ステップと、
前記第3ステップまたは前記第4ステップにおいて前記標準偏差が対応するしきい値よりも大きいと判定された場合に当該パンタグラフの軸受けが異常であるとの判定結果を出力する第5ステップと、を含むことを特徴とするパンタグラフの異常検知方法。
【請求項2】
前記第5ステップにおいては、前記第3ステップおよび前記第4ステップにおいて前記標準偏差が対応するしきい値よりも小さいと判定された場合に当該パンタグラフは正常であるとの判定結果を出力することを特徴とする請求項1に記載のパンタグラフの異常検知方法。
【請求項3】
前記第2ステップにおける前記所定の高さ範囲は、パンタグラフのアームの上下移動範囲の2分の1の高さよりも高い領域での所定範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載のパンタグラフの異常検知方法。
【請求項4】
前記第1ステップにより記憶された押し上げ力の情報に基づいて、所定の基準線からの押し上げ力の乖離量をアーム上昇中とアーム降下中についてそれぞれ算出する第6ステップと、
前記第6ステップにより算出されたアーム上昇中の前記乖離量の最大値が予め設定された第3のしきい値よりも小さいか否か判定する第7ステップと、
前記第6ステップにより算出されたアーム降下中の前記乖離量の最大値が予め設定された第4のしきい値よりも小さいか否か判定する第8ステップと、
前記第7ステップまたは前記第8ステップにおいて前記乖離量の最大値が対応するしきい値よりも大きいと判定された場合に当該パンタグラフは軸受け以外の部品が異常であるとの判定結果を出力する第9ステップと、
を含むことを特徴とする請求項1に記載のパンタグラフの異常検知方法。
【請求項5】
前記所定の基準線は、過去に検査、修理が実施された後、車両に搭載される前に測定された同一形式のパンタグラフの押し上げ力の波形の平均値により設定された波形であることを特徴とする請求項4に記載のパンタグラフの異常検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両に搭載された集電用のパンタグラフの異常を検知する技術に関し、特に上端に集電部を有するアームの回転軸を支承する軸受けの異常を検知する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
架空電車線方式の鉄道車両の屋根には、パンタグラフと呼ばれる集電装置が取り付けられている。パンタグラフは、アームの軸受けやバネなどの部品が劣化して押し上げ力が低下するとトロリー線への接触不良が生じ、アークの発生原因となる。また、押し上げ力が増加すると、架線の摩耗速度が速くなる。
そこで、車両検査の際に、集電部(摺り板、舟体等)を規定の高さに上昇させた状態で、バネ計りにより押し上げ力を測定し、昇降機構のバネの強さを調整することが行われている。また、定期的に車両の屋根からパンタグラフを外して、部品交換や分解修繕などの作業も行われている。そして、部品交換や分解修繕をした場合には、作業終了後に専用の測定装置で押し上げ力を測定して確認をしている。
なお、押し上げ力は、昇降機構の可動部のグリスの減少、摺り板の摩耗による集電部の重量低下、バネの経年劣化等、様々な要因により変化することが知られている。
【0003】
従来、効率的に集電装置の押し上げ圧を検査して、異常が生じた場合に速やかにこれを発見できる集電装置の検査方法および検査システムに関する発明として、例えば特許文献1に記載されているものがある。
特許文献1に記載されている集電装置の検査方法は、列車の運用時における集電部の上昇又は下降の開始を示す第1タイミングと、集電部の上昇又は下降の終了を示す第2タイミングとを検出する検出ステップと、前記第1タイミングおよび第2タイミングから求められる上昇又は下降にかかる動作時間に基づいて、集電部の押し上げ圧の評価を行う評価ステップとを含むようにしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に開示されている集電装置の検査方法は、列車の運用時すなわち集電装置が車両に取り付けられた状態で集電部の上昇および下降の開始タイミングと終了タイミングを検出し上昇や下降にかかる動作時間を算出して判定するものであるため、検査対象のすべての車両に集電部の動作タイミングに関するデータを収集する機能を設ける必要がある。また、車上側の装置で収集したデータを整備工場に用意されている地上側装置へ無線で送信して、地上側装置が判定を行うため、車上側と地上側の装置の両方に無線通信装置を設ける必要があるとともに、多数の車両を管理する場合にはデータの転送に時間がかかり、コストアップを招くという課題がある。
【0006】
なお、特許文献1には、パンタグラフを押し上げる昇降機構のバネの力が集電部(摺り板およびこれを保持する舟体等)の上昇時間または下降時間と相関することを利用して、押し上げ力を評価することが記載されている。また、従来、押し上げ力が変化した場合、調整ネジによるバネ力の調整が行われている。そして、バネ力の調整で所定の押し上げ力に達成しない場合は、軸受け等の部品の劣化が原因であるため、部品の交換が行われることとなる。
【0007】
ところで、パンタグラフのメンテナンスにおいては、アームの回転軸を支承する軸受け、特に屋根に近い根元の軸受けが劣化すると集電部の架線追従性が低下し、アークが発生して架線に悪影響を与えるおそれがあるので、軸受けの異常は早期に発見し修繕できることが望まれている。しかしながら、従来、軸受けの異常は、パンタグラフの押し上げ力を測定する測定装置により得られた波形を技術員が目で見て判断しており、軸受けの異常を自動的に検知する技術は開発されていなかった。また、押し上げ力の波形に基づく異常判定は、長年の経験を必要とするとともに個人差があるという課題があった。
【0008】
本発明は、上記のような背景のもとになされたもので、鉄道車両のパンタグラフを構成する軸受けの異常を発生の早い段階で自動的に検知することができるパンタグラフの異常検知方法を提供することを目的とする。
本発明の他の目的は、大幅なコストアップを招くことなく、鉄道車両のパンタグラフを構成する軸受けの異常さらには軸受け以外の部品の劣化によるパンタグラフの異常を検知することができるパンタグラフの異常検知方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明に係るパンタグラフの異常検知方法は、
検知した荷重を電気信号に変換する荷重センサとパンタグラフのアーム先端部の高さを検知するためのセンサとを備えパンタグラフの押し上げ力を測定する測定装置によって、アーム上昇中における前記パンタグラフの押し上げ力およびアーム降下中における押し上げ力を前記荷重センサより取得し記憶する第1ステップと、
記憶された押し上げ力の情報に基づいて、所定の高さ範囲における押し上げ力の標準偏差をアーム上昇中とアーム降下中についてそれぞれ算出する第2ステップと、
前記第2ステップにより算出されたアーム上昇中の前記標準偏差が予め設定された第1のしきい値よりも小さいか否か判定する第3ステップと、
前記第2ステップにより算出されたアーム降下中の前記標準偏差が予め設定された第2のしきい値よりも小さいか否か判定する第4ステップと、
前記第3ステップまたは前記第4ステップにおいて前記標準偏差が対応するしきい値よりも大きいと判定された場合に当該パンタグラフの軸受けが異常であるとの判定結果を出力する第5ステップと、を含むようにしたものである。
【0010】
上記方法によれば、パンタグラフを構成する根元側の軸受けに異常あることを検知することができる。また、機械学習のような高度な分析技術を使用することなく容易に異常の有無を判定することができる。さらに、人手によらず異常の有無を判定することができるため、個人差のない定量的な判定を実現することができる。また、検査対象の車両ごとにパンタグラフの押し上げ力を測定する機能を設ける必要がないため、大幅なコストアップを招くことがない。
【0011】
ここで、望ましくは、前記第5ステップにおいては、前記第3ステップおよび前記第4ステップにおいて前記標準偏差が対応するしきい値よりも小さいと判定された場合に当該パンタグラフは正常であるとの判定結果を出力するようにする。
これにより、測定された押し上げ力の波形に基づく判定の結果、パンタグラフの軸受けが正常であることを報知することができる。
【0012】
また、望ましくは、前記第2ステップにおける前記所定の高さ範囲は、パンタグラフのアームの上下移動範囲の2分の1の高さよりも高い領域での所定範囲であるようにする。
かかる方法によれば、パンタグラフのアームの上下移動範囲の2分の1の高さよりも低い範囲の標準偏差に基づいて軸受けの異常を判定する場合に比べて、下げシリンダの影響などを受けにくいため、軸受けに異常あることをより正確に検知することができる。
【0013】
さらに、望ましくは、前記第1ステップにより記憶された押し上げ力の情報に基づいて、所定の基準線からの押し上げ力の乖離量をアーム上昇中とアーム降下中についてそれぞれ算出する第6ステップと、
前記第6ステップにより算出されたアーム上昇中の前記乖離量の最大値が予め設定された第3のしきい値よりも小さいか否か判定する第7ステップと、
前記第6ステップにより算出されたアーム降下中の前記乖離量の最大値が予め設定された第4のしきい値よりも小さいか否か判定する第8ステップと、
前記第7ステップまたは前記第8ステップにおいて前記乖離量の最大値が対応するしきい値よりも大きいと判定された場合に当該パンタグラフは軸受け以外の部品が異常であるとの判定結果を出力する第9ステップと、を含むようにする。
かかる方法によれば、パンタグラフを構成する軸受け以外の部品の劣化によるパンタグラフの異常を検知することができる。
【0014】
また、望ましくは、前記所定の基準線は、過去に検査、修理が実施された後、車両に搭載される前に測定された同一形式のパンタグラフの押し上げ力の波形の平均値に基づいて設定された波形であるようにする。
かかる方法によれば、修理後の過去のパンタグラフの押し上げ力の測定値に基づいて基準線が設定されるので、パンタグラフの異常を正確に検知することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、鉄道車両のパンタグラフを構成する軸受けの異常を発生の早い段階で自動的に検知することができる。また、大幅なコストアップを招くことなく、軸受けの異常さらには軸受け以外の部品の劣化によるパンタグラフの異常を検知することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明に係るパンタグラフの異常検知方法を実施する上で必要なデータを収集するとともに取集したデータに基づいて異常検知処理を実行する異常検知装置の概略構成を示したブロック図である。
【
図2】パンタグラフのアーム上昇時および降下時における押し上げ力の波形を示すもので、(A)は正常なパンタグラフに関する波形図、(B)は異常と判断されたパンタグラフに関する波形図である。
【
図3】軸受けに異常があるパンタグラフについて実際に測定した押し上げ力の波形の例を示す波形図である。
【
図4】本発明の実施形態におけるパンタグラフの異常検知処理の手順の一例を示すフローチャートである。
【
図5】実施形態におけるパンタグラフの異常検知処理の他の手順の例を示すフローチャートである。
【
図6】軸受け以外の部品に異常がある場合の異常検知に使用する基準線と測定されたパンタグラフの押し上げ力の波形との関係を示す波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係るパンタグラフの異常検知方法の実施形態について、図面を参照しながら説明する。
本発明に係るパンタグラフの異常検知方法は、整備工場等に設置されているパンタグラフの押し上げ力を測定する測定装置により測定されたデータ(押し上げ力波形)に基づいて、押し上げ力に関わる所定の指標を抽出し、その指標を用いてパンタグラフの異常特に軸受けの異常を、早期に検知するものである。そこで、異常検知に必要なデータを収集するとともに収集されたデータに基づいて異常を判定する機能を有する異常検知装置の構成について、
図1を用いて先ず説明する。
【0018】
図1には、押し上げ力測定装置および該測定装置により取得したデータに基づいてパンタグラフの異常(軸受けの異常を含む)を検知する異常検知装置10の概要構成が示されている。この押し上げ力測定装置は整備工場等に配備され、車両より取り外されたパンタグラフが、装置の所定位置に載置されて測定が行われる。
図1に示されているように、本実施形態の異常検知装置10は、パンタグラフが保有するバネが上部に摺り板を備えた「く」の字状のアームを伸長させて摺り板を押し上げる力を電気信号に変換するロードセル11と、所定高さに伸長されたアームを縮めて摺り板を所定の速度で下方へ押し下げるためのサーボモータ12と、アーム先端部の高さを検出するセンサ13を備える。
【0019】
また、本実施形態の異常検知装置10は、上記サーボモータ12の駆動信号を生成するサーボアンプ14を制御したりロードセル11およびセンサ13からの信号を入力としデータ処理を行なって
図2に示すような波形データを生成したりする信号処理装置15と、生成された波形データを記憶する例えばハードディスクや半導体メモリのような記憶装置を備えた記録装置16と、記録された波形データに基づいて異常の判定処理を行う判定処理部17を備える。
なお、記録装置16は、サーバーであっても良い。また、上記センサ13の他に、アーム先端部が予め設定された最上方位置に達したことを検知する検知手段と最下方位置に達したことを検知する検知手段(スイッチ)を備えるようにしても良い。
【0020】
さらに、本実施形態の異常検知装置10は、技術員が上記信号処理装置15に対して測定開始などの指令を与える操作盤18と、判定処理部17により実行された判定の結果を表示する液晶モニタなどの表示装置を有する表示部19を備える。上記異常検知装置10から判定処理部17を除いたものが、押し上げ力測定装置である。
なお、上記判定処理部17の機能は、CPU(マイクロプロセッサ)のような演算装置とROMやRAMなどの記憶装置を備えたパーソナルコンピュータと、その記憶装置に記憶されるプログラムとによって実現することができる。かかるパーソナルコンピュータのハードウェア構成自体は公知であるので、その図示は省略する。
【0021】
図2には、信号処理装置15によって取得された波形データの例が示されている。このうち、(A)は正常なパンタグラフの押し上げ力波形を、(B)は異常のあるパンタグラフの押し上げ力波形を示す。なお、
図2に示す波形は、シングルアーム式のパンタグラフの測定値に基づくものである。
本発明者らは、過去にパンタグラフに異常があると判断された複数のパンタグラフの押し上げ力波形と正常と判断されたパンタグラフの押し上げ力波形を比較したところ、特に高さ1100mm~1400mmの範囲で、比較的大きな差異が見られた。ところが、異常がある場合でも、
図3に示すように、決まったパターンにはならず、様々なパターンが存在する。そのため、押し上げ力の時間的な平均値や、正常な複数のパンタグラフの平均的な波形との差分値に着目する方法では、異常を判定できないことが分かった。なお、
図3において、符号Bが付されているのは異常のないパンタグラフの押し上げ力の基本波形であり、それ以外が異常のあるパンタグラフの波形である。
【0022】
そこで、高さ1100mm~1400mmの範囲での押し上げ力の標準偏差に着目して、異常があったパンタグラフの押し上げ力の標準偏差と正常なパンタグラフの押し上げ力の標準偏差を算出し、両者を比較してみた。その結果、表1に示すように軸受けに異常があったパンタグラフの押し上げ力の標準偏差と、正常なパンタグラフの押し上げ力の標準偏差には大きな開きがあり、標準偏差に着目することで軸受けに異常のあるパンタグラフを判別できることを見出した。また、高さ500mm~900mmの範囲での押し上げ力の標準偏差についても、異常があったパンタグラフ正常なパンタグラフの押し上げ力の標準偏差と算出してみた。その結果を表1に示す。
【0023】
【表1】
表1より、高さ500mm~900mmの範囲と高さ1100mm~1400mmの範囲での押し上げ力の標準偏差は、それぞれ異常と正常とで比較的大きな開きがあることが分かる。従って、いずれの範囲でも押し上げ力の標準偏差に着目して異常と正常の判別を行うことができる。一方で、高さ500mm~900mmの範囲では下げシリンダの影響などを1100mm~1400mmよりも受け易いため、高さ500mm~900mmの範囲よりも実際の架線接触領域である高さ1100mm~1400mmの範囲での押し上げ力の標準偏差に着目して、軸受けに異常があるか否かの判別を行うのが有効であるとの知見を得た。
【0024】
本発明者らは、上記知見に基づいて軸受けの異常検知方法を開発した。
図4は、
図1に示されている異常検知装置10によって実行されるパンタグラフの軸受けの異常検知処理の手順の一例を示す。
図4の異常検知処理では、先ず信号処理装置15がサーボモータ12を制御して、パンタグラフを上昇させたときの押し上げ力と降下させたときの押し上げ力の波形データを取得して記録装置16に格納する(ステップS1)。具体的には、パンタグラフを上昇させたときの押し上げ力と降下させたときの押し上げ力をロードセル11からの信号に基づいて取得し、高さ検出用のセンサ13からの信号に基づいて、パンタグラフの高さに対応して測定された押し上げ力を記録装置16に記憶する。
【0025】
次に、判定処理部17が、ステップS1で取得された押し上げ力の波形データの所定高さ範囲(1100mm~1400mm)を記録装置16より読み出して押し上げ力の標準偏差を、上昇時と降下時のそれぞれについて算出する(ステップS2)。続いて、算出された上昇時の標準偏差が予め設定されているしきい値TH1よりも小さいか否か判定する(ステップS3)。また、ステップS2で算出された降下時の標準偏差が予め設定されているしきい値TH2よりも小さいか否か判定する(ステップS4)。なお、TH1には表1に示されている0.14N~1.58Nの範囲の適切な値が、TH2には表1に示されている0.16N~1.30Nの範囲の適切な値がそれぞれ予め選択され設定されている。
【0026】
上記ステップS3とS4でそれぞれ標準偏差が対応するしきい値TH1,TH2よりも小さい(Yes)と判定すると、ステップS5へ進み、軸受けに異常がないすなわち「正常」の判定結果を表示部19へ出力する。一方、ステップS3またはS4のいずれかで標準偏差がしきい値よりも大きい(No)と判定すると、ステップS6へ移行して、軸受けに異常があることを示す判定結果を表示部19へ出力する。
【0027】
なお、ステップS5で正常との判定結果が出力されたパンタグラフについては、摺り板や網導線などの消耗品であって押し上げ力に影響を及ぼすことのない部品を交換する作業が実施される。一方、ステップS6で異常との判定結果が出力されたパンタグラフについては、分解修繕に回されて消耗品の交換ほか、根元の軸受けの交換が実施される。なお、パンタグラフには、根元の軸受けの他にもアームの中間部にも軸受けが設けられているが、一般に、アーム中間部の軸受けは根元の軸受けに比べて劣化が非常に少なく無視できるので、根元の軸受けを交換すれば充分であることが経験的に分かっている。
また、部品交換や分解修繕が終了したパンタグラフについては、再度押し上げ力測定装置による測定が実施され、押し上げ力が所定の範囲内に入っていない場合にはバネの調整が実施され、調整後の押し上げ力の測定値が、データベースに格納される。
【0028】
以上説明したように、上記実施形態においては、信号処理装置15が測定、取得した押し上げ力の波形に基づいて、判定処理部17が所定高さ範囲の波形の標準偏差を算出し、予め設定したしきい値と比較することで軸受けに異常があるか否かを判定しているため、機械学習のような高度な分析技術を使用することなく容易に異常の有無を判定することができる。また、人手によらず異常の有無を判定することができるため、個人差のない定量的な判定を実現することができる。
【0029】
図5には、
図4に示す軸受けの異常検知処理の他の手順の例が示されている。
図5の異常検知処理は、ステップS11からS14までは
図4に示す軸受けの異常検知処理のステップS1からS4と同じであり、ステップS14で、標準偏差がしきい値よりも小さい(Yes)と判定すると、ステップS15へ進んで、パンタグラフの上昇時と降下時の押し上げ力の基準線からの乖離量Dの算出が行われる。そして、次のステップS16で、上昇時の乖離量の最大値Dmaxが予め設定されているしきい値TH3よりも小さいか否か判定する。ステップS16で、しきい値TH3よりも小さいと判定されると次のステップS17へ進み、降下時の乖離量の最大値が予め設定されているしきい値TH4よりも小さいか否か判定する。
【0030】
上記ステップS17で、基準線からの乖離量の最大値がしきい値よりも小さい(Yes)と判定すると、ステップS18へ進み、「正常」との判定結果を表示部19へ出力する。一方、ステップS16またはS17のいずれかで基準線からの乖離量の最大値Dmaxがしきい値よりも大きい(No)と判定すると、ステップS19へ移行して、「異常」との判定結果を表示部19へ出力する。
ステップS18で「正常」との判定結果が出力されたパンタグラフについては、消耗品を交換する作業が実施される。一方、ステップS19で「異常」との判定結果が出力されたパンタグラフについては、分解修繕に回されて軸受け以外の部品に異常がないか調べる検査が実施され、異常が見つかった部品については修理や交換が行われる。
【0031】
上記ステップS15で使用される基準線は、過去に整備工場等にて検査、修理が実施された後、車両に搭載される前に測定された同一形式のパンタグラフの押し上げ力の波形の平均値により設定された波形である。
図6には、基準線が実線Bで記載されている。破線Aは検査対象のパンタグラフについて測定された押し上げ力波形であり、AとBの差分が乖離量D、Dmaxが乖離量の最大値である。パンタグラフの上昇時と降下時それぞれについて、
図6に示すような基準線が設定され、ステップS15で上昇時と降下時に測定された押し上げ力の乖離量Dが算出され、ステップS16とS17では、それぞれの押し上げ力波形の基準線からの乖離量の最大値Dmaxがしきい値TH3,TH4よりも小さいか否かの判定が行われる。
【0032】
上述したように、
図5の異常検知処理に従うと、軸受けおよび軸受け以外の部品や構造の劣化によるパンタグラフの異常を検知することができる。
なお、上記基準線は、過去の修理後、車両に搭載される前に測定された同一形式のパンタグラフの押し上げ力の波形の平均値に基づいて設定する代わりに、パンタグラフのメーカもしくは車両メーカが出荷時に測定してユーザに提供した押し上げ力に関するデータに基づいて設定するようにしても良い。ただし、メーカによっては、そのようなデータを提供しないこともあるので、そのような場合には、前記実施形態のように、過去に行なわれた検査後のデータに基づいて基準線を設定することができる。
【0033】
以上本発明者によってなされた発明を実施形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施形態に限定されるものではない。例えば、
図5のフローチャートでは、ステップS15~S17の処理をステップS14の次に実行しているが、ステップS15~S17の処理を、ステップS11~S14よりも前に実行するようにしてもよい。
また、前記実施形態では、押し上げ力の標準偏差や押し上げ力波形の基準線からの乖離量を指標として、パンタグラフの異常を判定しているが、さらにパンタグラフの上昇時の押し上げ力と降下時の押し上げ力との差の最大値を指標に加えて、この差分の最大値が所定のしきい値よりも大きいか否かを判定する処理を実行するようにしても良い。
【符号の説明】
【0034】
10 異常検知装置
11 ロードセル
12 サーボモータ
13 高さ検知用のセンサ
14 サーボアンプ
15 信号処理装置
16 記録装置
17 判定処理部
18 操作盤
19 表示部