(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】皮膚表上脂質由来RNAの調製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/10 20060101AFI20240917BHJP
【FI】
C12N15/10 110Z
(21)【出願番号】P 2021039038
(22)【出願日】2021-03-11
【審査請求日】2023-12-26
(31)【優先権主張番号】P 2020041910
(32)【優先日】2020-03-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桑野 哲矢
(72)【発明者】
【氏名】井上 高良
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/008319(WO,A1)
【文献】特開2007-325562(JP,A)
【文献】特開2018-183156(JP,A)
【文献】特表2017-508478(JP,A)
【文献】特表2020-508689(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
C12Q 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚表上脂質由来RNAの調製方法であって、
被験体の皮膚表上脂質からRNAを含む水性溶液を調製すること、
該水性溶液を
エタノールと混合して、混合液を調製すること、及び、
該混合液を
シリカベースの固相材料に接触させ、該混合液中のRNAを該固相材料に吸着させること、を含み、該固相材料に接触させる前の該混合液中の
エタノールの最終濃度が
42体積%以上
45体積%以下である、方法。
【請求項2】
前記RNAを含む水性溶液の調製が、フェノール/クロロホルム法又はその変法による調製
であって、該変法がPCI(Phenol/Chloroform/Isoamyl alcohol)法、AGPC(acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction)法、又はグアニジンチオシアネートとフェノールをあらかじめ混合しておくAGPC変法である、請求項
1記載の方法。
【請求項3】
前記固相材料からRNAを回収することをさらに含む、請求項1
又は2記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚表上脂質由来RNAの調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体の様々な組織の中でも、皮膚は、外界と接していることから、侵襲性低く生体試料を採取できる組織として注目されている。特許文献1には、皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)に被験体の皮膚細胞に由来するRNAが含まれていること、SSLに含まれるRNAは生体の解析用の試料として有用であることが記載されている。しかし、被験体から回収できるSSLの量は多くなく、またそこに含まれるRNAの量も多くはないため、1被験体のSSLから調製できるRNAの量は微量である。
【0003】
生体試料からのRNA等の核酸の抽出には、一般に、フェノール/クロロホルム法、AGPC(acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction)法、それらの変法などが用いられている。これらの原理に基づく核酸抽出試薬(例えばTRIzol(登録商標)など)が市販されている。特許文献2には、生体材料を溶解してそこに含まれる核酸を溶出させること、溶出した核酸を含む溶液に最終濃度で10~60体積%となるように水溶性有機溶媒を加えてライセート溶液を調製すること、及び、該ライセート溶液と固体材料とを接触させ、固体材料に核酸を吸着させて回収することを含む、核酸抽出法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開公報第2018/008319号
【文献】特開2007-117084号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
皮膚表上脂質中(SSL)からのRNAの収量の向上が望まれる。本発明は、SSLに含まれるRNAを回収する方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、SSLから調製したRNAを含む水性溶液に対して、所定量の水溶性有機溶媒を添加し、固相材料に接触させて、該混合液中のRNAを効率よく該固相材料に吸着させることで、SSLからのRNAの収量が向上することを見出した。
【0007】
本発明は、皮膚表上脂質由来RNAの調製方法であって、
被験体の皮膚表上脂質からRNAを含む水性溶液を調製すること、
該水性溶液を水溶性有機溶媒と混合して混合液を調製すること、及び、
該混合液を固相材料に接触させ、該混合液中のRNAを該固相材料に吸着させること、
を含み、該固相材料に接触させる前の該混合液中の該水溶性有機溶媒の最終濃度が39体積%以上50体積%以下である、方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、SSLに含まれるRNAを高収量で回収することができる。本発明は、RNA試料を用いた解析(例えば、遺伝子解析、診断等)におけるRNA遺伝子検出数を増加させ、解析の精度や効率を向上させる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0010】
本明細書において、「皮膚表上脂質(skin surface lipids;SSL)」とは、皮膚の表上に存在する脂溶性画分をいい、皮脂と呼ばれることもある。一般に、SSLは、皮膚にある皮脂腺等の外分泌腺から分泌された分泌物を主に含み、皮膚表面を覆う薄い層の形で皮膚表上に存在している。
【0011】
本明細書において、「皮膚」とは、特に限定しない限り、体表の表皮、真皮、毛包、ならびに汗腺、皮脂腺及びその他の腺などの組織を含む領域の総称である。
【0012】
本発明者は、以前に、SSLに被験体の皮膚細胞に由来するRNAが含まれており、これを用いて生体の解析が可能であることを見出し、特許出願した(特許文献1)。今回、本発明者は、被験体のSSLに含まれるRNAをより効率よく回収することができる、SSL由来RNAの調製方法を提供する。
【0013】
本発明の方法における被験体は、皮膚上にSSLを有する生物であればよい。被験体の例としては、ヒト及び非ヒト哺乳動物を含む哺乳動物が挙げられ、好ましくはヒトである。例えば、該被験体は、自身の核酸の解析を必要とするか又は希望するヒト又は非ヒト哺乳動物であり得る。あるいは、該被験体は、皮膚における遺伝子発現解析、又は核酸を用いた皮膚もしくは皮膚以外の部位の状態の解析を必要とするか又は希望するヒト又は非ヒト哺乳動物であり得る。
【0014】
被験体のSSLは、該被験体の皮膚細胞で発現したRNAを含み、好ましくは該被験体の表皮、皮脂腺、毛包、汗腺、及び真皮のいずれかで発現したRNAを含み、より好ましくは該被験体の表皮、皮脂腺、毛包、及び汗腺のいずれかで発現したRNAを含む(特許文献1参照)。したがって、本発明の方法により調製されるSSL由来RNAは、好ましくは被験体の表皮、皮脂腺、毛包、汗腺及び真皮から選択される少なくとも1部位由来のRNAであり、より好ましくは表皮、皮脂腺、毛包及び汗腺から選択される少なくとも1部位由来のRNAである。
【0015】
本発明の方法で調製されるSSL由来RNAは、mRNA、tRNA、rRNA、small RNA(例えば、microRNA(miRNA)、small interfering RNA(siRNA)、Piwi-interacting RNA(piRNA)等)、long intergenic non-coding(linc)RNA、などを含み得る。上記に上げたRNAの1種又は2種以上がSSLに含まれ得る。
【0016】
被験体のSSLが採取される皮膚の部位としては、頭、顔、首、体幹、手足等の身体の任意の部位の皮膚、アトピー、ニキビ、乾燥、炎症(赤み)、腫瘍等の疾患を有する皮膚、創傷を有する皮膚、などが挙げられるが、特に限定されない。
【0017】
被験体の皮膚からのSSLの採取には、皮膚からのSSLの回収又は除去に用いられているあらゆる手段を採用することができる。好ましくは、後述するSSL吸収性素材、SSL接着性素材、又は皮膚からSSLをこすり落とす器具を使用することができる。SSL吸収性素材又はSSL接着性素材としては、SSLに親和性を有する素材であれば特に限定されず、例えばポリプロピレン、パルプ等が挙げられる。皮膚からのSSLの採取手順のより詳細な例としては、あぶら取り紙、あぶら取りフィルム等のシート状素材へSSLを吸収させる方法、ガラス板、テープ等へSSLを接着させる方法、スパーテル、スクレイパー等によりSSLをこすり落として回収する方法、などが挙げられる。SSLの吸着性を向上させるため、脂溶性の高い溶媒を予め含ませたSSL吸収性素材を用いてもよい。一方、SSL吸収性素材が水溶性の高い溶媒や水分を含んでいると、SSLの吸着が阻害されるため好ましくない。SSL吸収性素材は、乾燥した状態で用いることが好ましい。
【0018】
被験体から採取されたRNA含有SSLは、後述するRNA調製に用いるまで保存されてもよい。該RNA含有SSLは、SSL吸収性素材又はSSL接着性素材に吸収又は接着させた状態のまま保存することができる。該RNA含有SSLは、従来一般的なRNAの保存条件(例えば-80℃)で保存されてもよいが、よりマイルドな条件で保存することが可能である(国際出願番号PCT/JP2019/043040)。例えば、該RNA含有SSLの保存の温度条件は、0℃以下であればよく、好ましくは-10℃以下、より好ましくは-20℃以下であればよい。該保存の期間は、特に限定されないが、好ましくは12ヶ月以下、より好ましくは6ヶ月以下、さらに好ましくは3ヶ月以下である。
【0019】
本発明によるSSL由来RNAの調製方法は、被験体のSSLからRNAを含む水性溶液を調製すること、該RNAを含む水性溶液を水溶性有機溶媒と混合して混合液を調製すること、及び、該混合液を固相材料に接触させることを含む。該固相材料から、目的のSSL由来RNAが回収される。本発明において、SSLからのRNAを含む水性溶液の調製に用いる方法としては、酸性フェノール(例えば、水飽和フェノール)とクロロホルムの混液を用いる古典的なRNA抽出のためのフェノール/クロロホルム法、及びその変法、例えばPCI(Phenol/Chloroform/Isoamyl alcohol)法、AGPC(acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction)法、グアニジンチオシアネートとフェノールをあらかじめ混合しておくAGPC変法などが挙げられ、好ましくはAGPC変法である。
【0020】
本発明の方法において、SSLからのRNAを含む水性溶液の調製の手順は、基本的にフェノール/クロロホルム法での生体試料からのRNA抽出手順に準ずる。具体的な手順の例を以下に説明する:被験体から採取されたSSL(又はそれを含むSSL吸収性素材もしくはSSL接着性素材)に、酸性フェノールを加えて混合し、次いでクロロホルムを加えて混合することで、該SSLからRNAを抽出する。次いで、得られた混合液を遠心分離して、RNAを含む水層(上層)とフェノール-クロロホルム層(下層)に分離させる(さらに中間層が分離されることがある)。該水層を回収することで、該SSLからRNAを含む水性溶液を調製する。
【0021】
該RNA抽出に用いる酸性フェノールとしては、水飽和フェノールを単独で用いてもよいが、フェノールを含む試薬混合液を用いてもよい。例えば、グアニジンチオシアネートを含む市販のRNA抽出用試薬(例えばTRIzol(登録商標)Reagent、QIAzol Lysis Reagent、ISOGEN等)を含む、生体試料からのRNA抽出用の試薬液を、該フェノールを含む試薬混合液として用いることができる。SSLからのRNA抽出効率の観点からは、上述したような市販のRNA抽出用の試薬液を用いることが好ましい。すなわちAGPC変法でRNA抽出を行うのが好ましい。該RNA抽出に用いるクロロホルムとしては、クロロホルムを単独で用いることが好ましいが、必要な量のRNAが水層に分配される限りにおいて、クロロホルムを含む試薬混合液を用いてもよい。
【0022】
必要に応じて、調製した該RNAを含む水性溶液を、再度フェノール及びクロロホルムと混合し、遠心分離して水層を回収してもよい。この手順を2回以上繰り返してもよい。さらに、調製した該RNAを含む水性溶液を、再度クロロホルムと混合し、遠心分離して水層を回収してもよい。この手順を2回以上繰り返してもよい。
【0023】
次いで、得られた該RNAを含む水性溶液を水溶性有機溶媒と混合する。該水溶性有機溶媒としては、1級アルコール、2級アルコール、3級アルコールなどのアルコール類が挙げられ、このうちメタノール、エタノール、イソプロパノール、n-プロパノール及びブタノールが好ましく使用され得る。ブタノールは直鎖状及び分岐状のいずれでもよい。これらのアルコール類は単独で又は2種以上組み合わせて使用することができる。環境負荷及び作業者への有毒性を低減する観点からは、エタノールがより好ましい。このとき、該RNAを含む水性溶液と該水溶性有機溶媒との混合液(以下、RNA-溶媒混合液ともいう)における該水溶性有機溶媒の最終濃度(後述する固相材料にロードし、接触させる直前の濃度)は、39体積%以上50体積%以下であればよく、好ましくは40体積%以上46体積%以下であり、より好ましくは41体積%以上45.5体積%以下、さらに好ましくは42体積%以上45体積%以下である。該混合液における該水溶性有機溶媒の濃度を上記の範囲に調整することで、SSLからのRNAの収量が向上する。なお、本発明において体積%とは、25℃、1気圧における体積%を意味する。
【0024】
次いで、該RNA-溶媒混合液からRNAを回収する。RNAの回収は、固相材料を用いた核酸分離法に従って行われ得る。例えば、水溶性有機溶媒の最終濃度を上記のとおりに調整した該RNA-溶媒混合液を該固相材料に接触させて、該混合液中のRNAを該固相材料に吸着させる。次いで、必要に応じて該固相材料から夾雑物を洗浄した後、該固相材料からRNAを脱離させ回収する。
【0025】
該固相材料としては、核酸吸着性の固相材料であればよく、例えばシリカベースの固相材料が挙げられる。RNAの吸着性の観点からは、該固相材料は、多孔性のシリカメンブレンを有する固相材料であることが好ましい。夾雑物の洗浄やRNAの溶出の操作を容易にする観点からは、該固相材料は、スピンカラム、カラム付きピペットチューブ、又は遠心チューブもしくはピペットチューブに装着可能なカラムカートリッジの形態であることが好ましく、さらに汚染防止と操作効率の観点からは、スピンカラム又は遠心チューブに装着可能なカラムカートリッジの形態であることがより好ましい。さらに、個々の被験体からSSLを介して採取されるRNAの量が比較的少ないことを考慮すると、該固相材料は、ミニプレップカラムなどの少量のRNAを精製できる形態であることが好ましい。該固相材料には、市販のRNA精製用カラムを用いることができ、その例としては、RNeasy(登録商標)Spin Column(GIAGEN)、NucleoSpin(登録商標) RNA Column(タカラバイオ)等が挙げられる。
【0026】
該固相材料からの夾雑物の洗浄に用いられる洗浄液としては、水溶性有機溶媒及び水溶性塩の少なくとも1種を含む溶液(例えば水溶液)などを用いることができる。該洗浄液に含まれる水溶性有機溶媒としては、アルコール類を用いることができる。アルコール類としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n-プロパノール、ブタノールなどが挙げられる。ブタノールは直鎖状及び分岐状のいずれでもよい。これらアルコールは、複数種類を併用することもできる。中でもエタノールを用いることが好ましい。該洗浄液中に含まれる該水溶性有機溶媒の量は、該固相材料上のRNAを保持し夾雑物を洗浄できる量であればよく、当業者が適宜決定することができるが、30~100体積%が好ましく、35~50体積%がより好ましい。一方、該洗浄液に含まれる水溶性塩は、ハロゲン化物の塩であることが好ましく、中でも塩化物塩が好ましい。また、該水溶性塩は、一価又は二価のカチオン塩であることが好ましく、より好ましくはアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩であり、さらに好ましくはナトリウム塩及びカリウム塩であり、なお好ましくはナトリウム塩である。該水溶性塩が洗浄液中に含まれる場合、その濃度は10mmol/L以上が好ましく、20mmol/L以上がより好ましい。一方、濃度の上限は、不純物の溶解性を損なわない範囲であれば特に問わないが、1mol/L以下が好ましく、0.1mol/L以下がより好ましい。さらに好ましくは、該水溶性塩は塩化ナトリウムであり、その洗浄液中の濃度は20mmol/L以上であると好ましい。
【0027】
該固相材料からのRNAの脱離は、好ましくは、該固相材料に溶出液を流し、RNAを溶出させることで行われ得る。該RNAの溶出に用いられる溶出液としては、水やTris-EDTA(TE)バッファーなどを用いることができる。該洗浄液及び溶出液には、市販のRNA精製用カラムに付属の洗浄液及び溶出液を用いてもよい。該固相材料の洗浄や溶出は、通常の手順で行うことができる。例えば、該固相材料がスピンカラムに装着されている場合、カラムにRNA-溶媒混合液を通液し、RNAが吸着したカラムに洗浄液を添加し、遠心して洗浄液とともに夾雑物を洗い流す。続いて、カラムに溶出液を添加し、遠心してRNAをカラムから溶出させる。
【0028】
必要に応じて、該RNAが吸着した固相材料をDNaseで処理してもよい。DNase処理により、混入したDNAを除去して回収するRNAの純度を向上させることができる。該DNase処理は、該固相材料の洗浄とRNA溶出との間に行われることが好ましい。
【0029】
該固相材料から溶出されたRNAは、被験体のSSL由来RNAであり、各種解析に使用することができる。例えば、該SSL由来RNAに含まれるmRNAをOligo(dT)プライマーを用いてcDNAに変換した後、遺伝子発現解析、トランスクリプトーム解析などに用いることができる。あるいは、被験体のSSL由来RNAにおける標的RNAの有無を調べることで、該被験体の機能解析、疾患の診断、該被験体に投与した薬物の効能評価などを行うことができる。
【0030】
本発明の例示的実施形態として、以下の物質、製造方法、用途、方法等をさらに本明細書に開示する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0031】
〔1〕皮膚表上脂質由来RNAの調製方法であって、
被験体の皮膚表上脂質からRNAを含む水性溶液を調製すること、
該水性溶液を水溶性有機溶媒と混合して、混合液を調製すること、及び、
該混合液を固相材料に接触させ、該混合液中のRNAを該固相材料に吸着させること、を含み、該記固相材料に接触させる前の該混合液中の該水溶性有機溶媒の最終濃度が39体積%以上50体積%以下である、方法。
〔2〕前記水溶性有機溶媒が、
好ましくはアルコール類であり、
より好ましくはメタノール、エタノール、イソプロパノール、n-プロパノール及びブタノールからなる群より選択される少なくとも1種である、
〔1〕記載の方法。
〔3〕好ましくは、前記RNAを含む水性溶液の調製が、フェノール/クロロホルム法又はその変法による調製である、〔1〕又は〔2〕記載の方法。
〔4〕好ましくは、前記混合液中の前記水溶性有機溶媒の最終濃度が40体積%以上46体積%以下、より好ましくは41体積%以上45.5体積%以下、より好ましくは42体積%以上45体積%以下である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載の方法。
〔5〕前記固相材料が、好ましくはシリカベースの固相材料であり、より好ましくは多孔性のシリカメンブレンを有する固相材料である、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔6〕前記固相材料が、好ましくは、スピンカラム、カラム付きピペットチューブ、又は遠心チューブもしくはピペットチューブに装着可能なカラムカートリッジの形態である、〔5〕記載の方法。
〔7〕好ましくは、前記固相材料からRNAを回収することをさらに含む、〔1〕~〔6〕のいずれか1項記載の方法。
〔8〕好ましくは、前記RNAが吸着した前記固相材料を洗浄し、次いで該固相材料から該RNAを溶出させることをさらに含む、〔1〕~〔7〕のいずれか1項記載の方法。
〔9〕好ましくは、前記固相材料の洗浄のための洗浄液が、水溶性有機溶媒及び水溶性塩からなる群より選択される少なくとも1種を含む溶液であり、
ここで、
該水溶性有機溶媒が、好ましくはアルコール類であり、より好ましくはメタノール、エタノール、イソプロパノール、n-プロパノール及びブタノールからなる群より選択される少なくとも1種であり、
該水溶性塩が、好ましくは一価又は二価のカチオン塩であり、より好ましくはアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩であり、さらに好ましくはナトリウム塩及びカリウム塩であり、かつ好ましくは塩化物塩であり、なお好ましくは塩化ナトリウムである、
〔8〕記載の方法。
〔10〕前記洗浄液における前記水溶性有機溶媒の濃度が、好ましくは30~100体積%、より好ましくは35~50体積%である、〔9〕記載の方法。
〔11〕前記洗浄液における前記水溶性塩の濃度が、好ましくは10mmol/L以上1mol/L以下、より好ましくは10mmol/L以上0.1mol/L以下、さらに好ましくは20mmol/L以上1mol/L以下、さらに好ましくは20mmol/L以上0.1mol/L以下である、〔9〕又は〔10〕記載の方法。
〔12〕前記固相材料からのRNAの溶出のための溶出液が水又はバッファーである、〔8〕~〔11〕のいずれか1項記載の方法。
〔13〕前記皮膚表上脂質(SSL)が、好ましくはSSL吸収性素材又はSSL接着性素材に含まれており、より好ましくはあぶら取り紙又はあぶら取りフィルムに含まれている、〔1〕~〔12〕のいずれか1項記載の方法。
【実施例】
【0032】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0033】
実施例1 SSLからのRNA分離-1
1)健常男性4名を被験者とした。あぶら取りフィルム(5×8cm、ポリプロピレン製、3Mジャパン)を用いて、被験者の全顔から皮脂(SSL)を回収した。SSLを含むあぶら取りフィルムを適当な大きさに切断し、その全部を5mLチューブに入れ、QIAzol(登録商標) Lysis Reagent(QIAGEN)1.425mLを添加し、よく混合してフィルム上の皮脂からRNAを溶出させた。得られた溶液1.3mLにクロロホルム260μLを添加し、よく混合した後、遠心(15,000rpm、4℃、15分間)し、水層(上層)0.7mLを、RNAを含む水性溶液として回収した。
【0034】
2)上記1)で得た4名分のRNAを含む水性溶液を混合後、7つに等分し、各々を等量の各種濃度のエタノール溶液と混合して、最終エタノール濃度が35~50体積%の範囲内にある各種混合液を調製した。該混合液の全量をシリカベースカラム(RNeasy(登録商標)spin column;QIAGEN)に通した。その後はRNeasy(登録商標)に付属のプロトコルに準じて、キット付属洗浄液でカラムを洗浄し、次いでRNase-free waterにてRNAを溶出させ、溶出液を回収した。なお、RNeasy(登録商標)付属のプロトコルでは、カラムに通すサンプル溶液の最終エタノール濃度は35体積%である。
【0035】
3)得られた溶出液中のRNA定量は、Agilent 4200 TapeStation system(Agilent technologies)にて、High Sensitivity RNA Screen Tape(Agilent technologies)及びHigh Sensitivity RNA ScreenTape Sample buffer(Agilent technologies)を用いて実施した。
【0036】
4)上記2)で調製した各種エタノール濃度の混合液から回収されたRNAの量を表1に示す。最終エタノール濃度が40体積%以上の混合液では、従来プロトコルに指示された最終エタノール濃度(35体積%)の混合液に比べて、RNA収量が向上した。最終エタノール濃度40~45体積%の混合液で、より顕著にRNA収量が向上した。
【0037】
【0038】
実施例2 SSLからのRNA分離-2
1)健常男性1名を被験者とした。実施例1の1)と同様の手順で被験者のSSLからRNAを含む水性溶液を回収した。該水性溶液を3つに等分し、各々を等量の各種濃度のエタノール溶液と混合して、最終エタノール濃度35、42.5、及び50体積%の混合液を調製した。該混合液の全量をシリカベースカラム(NucleoSpin(登録商標) RNA Column;タカラバイオ)に通した。その後はNucleoSpin(登録商標)に付属のプロトコルに準じて、キット付属洗浄液でカラムを洗浄し、RNase-free waterにてRNAを溶出させ、溶出液を回収した。なおNucleoSpin(登録商標)付属のプロトコルでは、カラムに通すサンプル溶液の最終エタノール濃度は35体積%である。実施例1の3)と同様の手順で溶出液中のRNAを定量した。
【0039】
2)上記1)で調製した各種エタノール濃度の混合液から回収されたRNAの量を表2に示す。最終エタノール濃度42.5及び50体積%の混合液では、最終エタノール濃度35体積%の混合液に比べてRNA収量が顕著に向上した。
【0040】
【0041】
実施例3 次世代シーケンサーによる網羅的遺伝子発現解析
1)実施例1の2)で得られたRNAを含む溶出液のうち、カラムアプライ時の最終エタノール濃度が35体積%、42.5体積%及び50体積%のもの、ならびに各々の溶出液の4倍希釈溶液を、遺伝子発現解析用のサンプルとして使用した。
【0042】
2)上記1)のRNAを含む溶出液及びその希釈溶液のそれぞれから、SuperScript VILO cDNA Synthesis kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて42℃、90分間逆転写を行うことでcDNAを合成した。逆転写反応のプライマーには、キットに付属しているランダムプライマーを使用した。得られたcDNAから、マルチプレックスPCRにより20802遺伝子に由来するDNAを含むライブラリーを調製した。マルチプレックスPCRは、Ion AmpliSeqTranscriptome Human Gene Expression Kit(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて、[99℃、2分→(99℃、15秒→62℃、16分)×20サイクル→4℃、Hold]の条件で行った。得られたPCR産物は、Ampure XP(ベックマン・コールター株式会社)で精製した後に、バッファーの再構成、プライマー配列の消化、アダプターライゲーションと精製、増幅を行い、ライブラリーを調製した。調製したライブラリーをIon 540 Chipにローディングし、Ion S5/XLシステム(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いてシーケンシングした。
【0043】
シーケンシングにより検出された遺伝子数を表3に示す。検出された遺伝子数は、カラムアプライ時の最終エタノール濃度が35体積%であったRNA溶出液では11,463であったのに対し、カラムアプライ時の最終エタノール濃度が42.5及び50体積%であった溶出液では、13,910及び13,221にそれぞれ増加した。この傾向は、RNA溶出液の4倍希釈溶液においてより顕著であった、すなわち、カラムアプライ時の最終エタノール濃度が35体積%であった希釈溶液からの検出遺伝子数が8,898であったのに対し、カラムアプライ時の最終エタノール濃度が42.5及び50体積%であった希釈溶液からの検出遺伝子数は、それぞれ12,226及び11,199と大幅に増加し、このことから、採取できるRNA量が少ないサンプルほど本発明の調製方法が有利であることが示された。
【0044】