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特許7556118接合評価方法、接合評価装置および溶接システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-13
(45)【発行日】2024-09-25
(54)【発明の名称】接合評価方法、接合評価装置および溶接システム
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/24 20060101AFI20240917BHJP
   B23K 11/11 20060101ALI20240917BHJP
【FI】
B23K11/24 338
B23K11/11
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2023180151
(22)【出願日】2023-10-19
【審査請求日】2023-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】山口 雄平
(72)【発明者】
【氏名】松岡 秀明
(72)【発明者】
【氏名】尼子 龍幸
(72)【発明者】
【氏名】高橋 康平
(72)【発明者】
【氏名】黒川 翔太郎
(72)【発明者】
【氏名】日置 亨
(72)【発明者】
【氏名】各務 綾加
(72)【発明者】
【氏名】堀田 尚輝
【審査官】杉田 隼一
(56)【参考文献】
【文献】特開平6-265529(JP,A)
【文献】特開平3-233352(JP,A)
【文献】特許第2596090(JP,B2)
【文献】特開2005-315582(JP,A)
【文献】特開平11-326287(JP,A)
【文献】特開2021-071377(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/24
B23K 11/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の金属板を重ねた板組を該金属板の対向面間でスポット状に溶接した金属接合体の接合評価方法であって、
接合評価域へ発信した超音波の反射波を受信して該反射波の振幅分布を求める計測ステップと、
該振幅分布に基づいて、溶接部のサイズと該溶接部の外周側にできる熱影響部のサイズとを特定する解析ステップと、
該熱影響部のサイズが閾値より大きいとき、該溶接部のサイズに基づいて該金属接合体の接合状態を評価する評価ステップと、
を備える接合評価方法。
【請求項2】
前記評価ステップは、前記熱影響部のサイズが前記閾値より小さいとき、該金属接合体を接合不良と判定する請求項1に記載の接合評価方法。
【請求項3】
前記熱影響部のサイズは、該熱影響部の外周縁付近に現れる前記振幅分布の略極小点または略変曲点に基づいて特定される請求項1に記載の接合評価方法。
【請求項4】
前記溶接部のサイズは、該溶接部の外周縁付近に現れる前記振幅分布の略極大点に基づいて特定される請求項1に記載の接合評価方法。
【請求項5】
前記板組は、変形特性が異なる金属板を含む請求項1に記載の接合評価方法。
【請求項6】
前記溶接部は、抵抗スポット溶接により形成されたナゲットである請求項1に記載の接合評価方法。
【請求項7】
前記溶接部は、鋼板とアルミニウム合金板の被接合面間にできた金属間化合物を含む請求項1に記載の接合評価方法。
【請求項8】
前記熱影響部のサイズおよび/または前記溶接部のサイズは、前記接合評価域に係る複数の振幅分布に基づいて特定される請求項1に記載の接合評価方法。
【請求項9】
複数の金属板を重ねた板組を該金属板の対向面間でスポット状に溶接した金属接合体の接合評価システムであって、
接合評価域へ発信した超音波の反射波を受信して該反射波の振幅分布を求める計測手段と、
該振幅分布に基づいて、溶接部のサイズと該溶接部の外周側にできる熱影響部のサイズとを特定する解析手段と、
該熱影響部のサイズが閾値より大きいとき、該溶接部のサイズに基づいて該金属接合体の接合状態を評価する評価手段と、
を備える接合評価装置。
【請求項10】
前記評価手段は、データベースに基づいて、前記溶接部のサイズに対応する前記金属板間の接合強度を出力する請求項9に記載の接合評価装置。
【請求項11】
複数の金属板を重ねた板組を該金属板の対向面間でスポット状に溶接できる溶接装置と、
請求項9または10に記載の接合評価装置とを備え、
該溶接装置は、前記熱影響部のサイズおよび/または前記溶接部のサイズに基づいて溶接条件を変更し得る溶接システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属板間がスポット状に溶接された金属接合体の接合状態を評価する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
車体、機体、筐体、構造物等は、複数の部材(例えば板材)をスポット状に接合して製造されることが多い。その接合方法の代表例として、抵抗スポット溶接がある。抵抗スポット溶接は、ジュール加熱を利用した抵抗溶接の一種であり、金属板を重ねた板組の外表面に圧接した電極から大電流を短時間通電してなされる。これにより、重ねられた金属板の対向する被接合面間に溶融池が形成され、それが冷却凝固した溶接部(ナゲット)により金属板同士が接合される。
【0003】
接合される板組は、同種の金属板からなる場合(例えば鋼板同士)もあれば、異種の金属板からなる場合(例えば鋼板とアルミニウム合金板)もある。また、接合される金属板は二枚に限らず三枚以上の場合もある。さらに、薄い冷間圧延鋼板の他、厚い高張力鋼板やホットスタンプ鋼板も溶接対象になってきた。
【0004】
このような多様化等に対応しつつも、接合品質を安定的に確保するため、金属板間内の接合状態を非破壊で検査または評価する手法が求められる。これに関連する記載が、例えば、下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-122414
【文献】特開2016-83670
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、接合部へレーザ光を照射して得られた赤外線画像に基づいて接合状態を評価している。特許文献2は、摩擦撹拌点接合した接合部にできる凹み量に着目して接合状態を評価している。
【0007】
なお、抵抗スポット溶接された同種鋼板間の接合部と非接合部を、超音波の反射波の有無で判別したり、その結果からナゲット径を特定する超音波検査法が従来から知られている。しかし、このような方法では、多様化した金属接合体の接合状態を的確に評価することはできない。
【0008】
また、抵抗スポット溶接された接合部を三次元画像化できる超音波検査装置も市販されている。このような専用装置を用いても、多様化する金属接合体の接合状態を、非破壊で簡便に評価することは難しい。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、金属板間の接合状態を評価できる新たな方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、超音波の反射波の振幅分布を利用すれば、少なくとも熱影響部のサイズを評価できることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成させるに至った。
【0011】
《接合評価方法》
本発明は、複数の金属板を重ねた板組を該金属板の対向面間でスポット状に溶接した金属接合体の接合評価方法であって、接合評価域へ発信した超音波の反射波を受信して該反射波の振幅分布を求める計測ステップと、該振幅分布に基づいて、溶接部のサイズと該溶接部の外周側にできる熱影響部のサイズとを特定する解析ステップと、該熱影響部のサイズが閾値より大きいとき、該溶接部のサイズに基づいて該金属接合体の接合状態を評価する評価ステップと、を備える接合評価方法である。
【0012】
本発明の接合評価方法(単に「評価方法」という。)によれば、金属接合体の接合状態を、非破壊で簡便に評価できる。この理由は次のように考えられる。
【0013】
反射波の振幅分布を用いると、先ず、熱影響部のサイズの特定が可能となる。熱影響部が過小なら、その内側にある溶接部も当然に過小となり、接合状態は不良とみなせ、溶接部のサイズを態々特定する必要がない。従って、熱影響部が所望のサイズ(以上)であるときだけ接合状態を検討すれば足る。
【0014】
次に、反射波の振幅分布に現れる特徴から、熱影響部が過小でなければ、溶接部のサイズの的確な特定も可能になる。こうして特定された溶接部のサイズに基づけば、金属接合体の接合状態を的確に判断できる。
【0015】
このように、反射波の振幅分布に基づいて特定される熱影響部のサイズを経由することにより、溶接部のサイズや金属接合体の接合状態が、非破壊で簡便に効率よく評価できるようになった。また本発明によれば、超音波の反射波の有無で溶接部のサイズを直接的に評価していた従来と異なり、溶接部のサイズの過小評価や過大評価も防止できる。
【0016】
《接合評価装置》
本発明は、接合評価方法のみならず接合評価装置としても把握される。例えば、本発明は、複数の金属板を重ねた板組を該金属板の対向面間でスポット状に溶接した金属接合体の接合評価システムであって、接合評価域へ発信した超音波の反射波を受信して該反射波の振幅分布を求める計測手段と、該振幅分布に基づいて、溶接部のサイズと該溶接部の外周側にできる熱影響部のサイズとを特定する解析手段と、該熱影響部のサイズが閾値より大きいとき、該溶接部のサイズに基づいて該金属接合体の接合状態を評価する評価手段と、を備える接合評価装置でもよい。
【0017】
《溶接システム》
本発明は、溶接物である金属接合体の接合状態の評価に留まらず、その評価を溶接条件へ反映(フィードバック)させる溶接システムとしても把握される。例えば、本発明は、
複数の金属板を重ねた板組を該金属板の対向面間でスポット状に溶接できる溶接装置と、上述した接合評価装置とを備え、該溶接装置が、前記熱影響部のサイズおよび/または前記溶接部のサイズに基づいて溶接条件を変更し得る溶接システムでもよい。
【0018】
本発明の溶接システムによれば、的確に評価された溶接部のサイズに基づいて、溶接条件の適切な変更(更新)が可能となり、接合品質が安定的に確保され得る。また、従来のように、過小評価または過大評価された溶接部のサイズに基づく溶接条件(電流値、通電時間等)の誤った見直しも回避されるため、本発明によれば、溶接時のエネルギーロスやスパッタ発生等の低減も図られる。
【0019】
《その他》
(1)方法に係る構成要素「~工程」または「~ステップ」と物に係る構成要素「~手段」または「~部」とは、相互に読み替えれる。また、コンピュータで実行されるステップまたは手段と、コンピュータに読み込まれるプログラム(記録媒体、データ構造等を含む。)とも相互に読み替えれる。
【0020】
(2)本明細書でいう「サイズ」は、被接合面間に形成される接合部(熱影響部、溶接部等)に関して、接合界面に沿った領域の大きさを指標するものであれば足る。「サイズ」は、実寸法(最大長、直径など)の他、それを反映または指標した座標、規格化(無次元化)された数値、分類・区分けを示す記号等でもよい。
【0021】
説明の便宜上、形状とは関係なく(円形か否かを問わず)、熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)のサイズを「HAZ径」、溶接部のサイズを「ナゲット径」という。さらに、金属間化合物(IMC: intermetallic compound)からなるときナゲットのサイズは「IMC径」という。
【0022】
反射波の振幅分布から特定したHAZ径、IMC径をそれぞれ「評価HAZ径」、「評価IMC径」といいい、両者を併せて「評価径」という。実物の破面を実測して求めたHAZ径、IMC径をそれぞれ「実測HAZ径」、「実測IMC径」といい、両者を併せて「実測径」という。
【0023】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。特に断らない限り、本明細書でいう「x~yMHz」はxMHz~yMHzを意味する。他の単位系(mm、μm等)についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】接合評価装置の概要を示す模式図である。
図2】接合評価の処理手順を示すフローチャートである。
図3】接合部の超音波によるスキャン画像と反射波の振幅分布図である。
図4】接合部の形態と振幅分布の特徴とを示す説明図である。
図5】振幅分布の計測ラインと振幅分布から求めた接合部の外周端とを追記した接合部のスキャン画像である。
図6】検証例1に係る実測径と評価径の関係を示すグラフである。
図7】検証例2に係る実測径と評価径の関係を示すグラフである。
図8】接合部の接合強度と実測IMC径の関係を示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、方法の他、装置やシステム等にも適宜該当し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0026】
《金属接合体》
(1)金属板/板組
金属接合体は、少なくとも2枚の金属板が対向する被接合面間でスポット状に溶接されてなる。3枚以上の金属板が重なった板組の場合、その一部の金属板同士がスポット状に溶接されるだけでもよい。接合評価対象は、全接合部でもよいし、一部の接合部だけでもよい。
【0027】
板組を構成する金属板は、同種材でも異種材でもよい。同種材の金属板は、形態(厚さ等)、金属組織等が異なってもよい。対向する被接合面間で変形特性が異なるとき、反射波の振幅分布に、熱影響部の外周縁(端)を示す特徴が現れ易くなる。変形特性は、例えば、金属板の剛性、接合界面における熱膨張量等である。被接合面間の変形特性差は、変形特性が異なる金属板が板組に含まれるときに限らず、板組の構成(金属板の枚数、接合部の位置等)によっても生じ得る。
【0028】
本明細書でいう金属板は、少なくともスポット状に溶接される領域が板状であれば足り、必ずしも全体が板状(シート状)でなくてもよい。例えば、金属板の少なくとも一つは、三次元形状部材(筐体やケース等)の一部(フランジ部等)でもよい。
【0029】
(2)接合評価域
接合評価域には、通常、中央側から外周側(中心から拡径方向または放射方向)にかけて順に、溶接部、熱影響部およびシートセパレーション部がある。本明細書では、溶接部と熱影響部を併せて、適宜、「接合部」という。
【0030】
溶接部は、金属板同士が接合界面付近で溶融した後にできた凝固部または反応部(金属間化合物層等)である。熱影響部は、溶接時に加熱された未溶融部または未反応部である。熱影響部の具体的な構成は、溶接される金属板の材質、表面処理(めっき等)、溶接条件等により異なる。例えば、溶接前の基材(母材)から金属組織が変化した部分、固相接合された部分(コロナボンド)、めっき層が溶融凝固した部分等が、熱影響部に含まれ得る。シートセパレーション部は、金属板の被接合面が乖離して隙間を生じている部分である。その隙間は、通常、熱影響部にできる微細で不連続な空隙よりも大きい。
【0031】
《超音波》
(1)周波数
超音波は、可聴域(20Hz~20kHz程度)を越える高周波な音波である。超音波は、接合評価域の金属板を透過し、媒質の形態や材質の変化を反映した反射波を生じるとよい。金属板の板厚は、例えば、0.1~10mmさらには0.5~5mm程度である。超音波の周波数は、その波長を考慮して、例えば、0.1~30MHzまたは1~10MHzとすればよい。
【0032】
(2)反射波
超音波は、音響インピーダンス(∝ 媒質の密度×媒質中の音速)が大きく変化する界面(媒質間の音響インピーダンス差が大きい界面)で、強い反射波(つまり振幅の大きい反射波)を生じる。
【0033】
溶接部は、通常、固相同士の界面で区画されるため、媒質間の音響インピーダンス差が小さく、反射波の振幅も安定して小さい。逆に、シートセパレーション部には、金属板(固相)と空隙(気相)の界面ができ、媒質間で音響インピーダンスが急変するため、反射波の振幅も大きくなる。
【0034】
熱影響部は、それらの遷移域となる。熱影響部は、被接合面同士が強固に接合しておらず、僅かな空隙を内包し得る。このため、溶接部の外周縁(熱影響部の内周縁)からシートセパレーション部の内周縁(熱影響部の外周縁)にかけて、空隙も多くなり、概ね反射波の振幅は増加傾向となる。
【0035】
超音波を発信(発振)したプローブ(探触子)で反射波も受信する場合、受信する反射波の強度(振幅)は、その反射方向に影響される。つまり、発信された超音波の進行方向と、超音波を反射する界面の延在方向が垂直でないとき、反射波の一部は散乱してプローブで受信されず、見掛け上、プローブで受信される反射波の振幅が低下する。
【0036】
このような状況は、例えば、被接合面の間隔が急変する領域(例えば、熱影響部とシートセパレーション部の境界付近)で生じ易い。特に、溶接部や熱影響部が所望サイズで、接合状態が良好なときに、その傾向が強い。このため、溶接部の外周縁付近から熱影響部の外周縁付近にかけて増加傾向であった振幅分布に、略極小点や略変曲点が現れ易くなる。このような点が現れる位置は、熱影響部の外周縁(付近)を示し得る。
【0037】
また、略極小点が増加傾向の振幅分布に現れると、その内側(中央寄り)に略極大点が呼応して現れるようになる。この略極大点が現れる位置は、溶接部の外周縁(付近)を示し得る。
【0038】
《接合評価》
(1)計測
振幅分布は、接合評価域へ発信した超音波の反射波を受信して得られる。超音波の発信および受信は、超音波のプローブ(探触子)によりなされる。プローブは、シングルプローブでも、アレイプローブでもよい。シングルプローブを一元的に移動(走査)させてもよいが、振動子がマトリックス状に配設されたアレイプローブを用いれば、広範囲を効率的に計測できる。
【0039】
振幅分布は、少なくとも、接合評価域内を接合界面(被接合面)に沿って横切る一つの計測ラインに沿って形成される。一つの接合評価域あたり、振幅分布が形成される計測ラインが多くあるほど、接合部の評価(検査)精度が向上し得る。
【0040】
計測ラインは、溶接部の略中心を通過するように設定されてもよい。溶接部の中心まわりに回転させた複数の計測ラインに沿って振幅分布を取得すれば、溶接部や熱影響部の全体的な輪郭を反映したサイズ(例えば直径)の特定が可能となる。
【0041】
(2)解析
振幅分布を解析(分析)することにより、溶接部のサイズ(ナゲット径)と熱影響部のサイズ(HAZ径)を特定できる。振幅分布は、金属接合体の態様(金属板の材質、形態、溶接条件等)により変化し得る。金属接合体のタイプ毎に把握した振幅分布の特徴を踏まえて、ナゲット径やHAZ径が特定されるとよい。
【0042】
例えば、熱影響部のサイズは、熱影響部の外周縁付近で、振幅分布が略極小または略変曲点となる位置に基づいて特定され得る。また、溶接部のサイズは、溶接部の外周縁付近で、振幅分布が略極大となる位置に基づいて特定される。
【0043】
振幅分布を解析する範囲は、振幅分布の全体でもよいし、一部でもよい。溶接条件等から、振幅分布の特徴が現れる範囲が予想されるなら、その特定範囲内(例えば外周縁付近)で解析をすれば足る。これにより、信頼性の高い評価を効率的に行える。
【0044】
熱影響部や溶接部のサイズは、計測ラインに沿って取得された振幅分布毎に特定されてもよいし、複数の振幅分布から求まるサイズまたは輪郭(外周縁)から、平均的または統合的に特定されてもよい。
【0045】
(3)評価
金属接合体の接合状態は、熱影響部のサイズ(HAZ径)や溶接部のサイズ(ナゲット径)に基づいて評価される。例えば、先ず、HAZ径を閾値(第1閾値)と比較する。HAZ径がその閾値より大きいなら、ナゲット径を別な閾値(第2閾値)と比較する。ナゲット径がその閾値より大きければ、金属接合体は接合良好と判断する。逆に、HAZ径が閾値より小さいときは、ナゲット径を評価せず、金属接合体を接合不良と判定してもよい。サイズが閾値に等しくなるときは、閾値に応じて、良否のいずれに設定されてもよい。
【0046】
なお、振幅分布から熱影響部のサイズを特定できないとき、評価不能と判定されても、接合不良と判定されてもよい。溶接部のサイズについても同様である。
【0047】
接合状態が良好なら、溶接部のサイズに対応する金属板間の接合強度が示されてもよい。溶接部のサイズと金属板間の接合強度との相関データ(データベース)が予め用意されていれば、そのデータとの対比により溶接部のサイズから金属板間の接合強度が求められる。
【0048】
《溶接》
金属板間をスポット状に溶接したときに、溶接部(ナゲット)とその外周囲側の熱影響部(コロナボンドを含む)とが形成される限り、溶接方法は問わない。溶接方法には、例えば、抵抗スポット溶接、アーク溶接、レーザ溶接、電子ビーム溶接等がある。
【0049】
代表的なスポット溶接は、通常、板組の両側を電極で圧接しつつ、通電加熱により被接合部(被接合面間)を溶融させた後、電極を通じて冷却(特に急冷)される。その溶接条件(通電パターン)として、主に、電極の加圧力、通電量(電流値)、通電時間がある。加圧力や電流値は、一定でも、変化(アップスロープ、ダウンスロープ)してもよい。通電パターンには、非通電区間が含まれてもよい。
【0050】
溶接条件は、評価径(例えばHAZ径、ナゲット径等)、接合良否、接合強度等に基づいて、変更(補正、修正等)されてもよい。溶接条件の変更は、金属接合体の製造工程中に随時なされてもよいし、定期的になされてもよい。
【実施例
【0051】
二枚の鋼板とAl合金板を順に重ねた板組を抵抗スポット溶接した金属接合体の接合状態を評価する場合を例示しつつ、本発明を具体的に説明する。
【0052】
本実施例に係る金属接合体M(「接合体M」という。)と、接合評価装置D(「評価装置D」という。)との概要を図1に示した。
【0053】
《金属接合体》
接合体Mは、Al合金板1、鋼板2および鋼板3が順に積層された板組m(被接合材)を抵抗スポット溶接(単に「スポット溶接」という。)してなる。スポット溶接は、板組mを両外側表面から挟持する一対の電極へ通電して行なった。具体的には次の通りである。
【0054】
Al合金板1には(JIS A6022相当の展伸材/板厚:1.2mm)を、鋼板2には、非めっき冷間圧延鋼板(440MPa級/板厚:0.8mm)を、鋼板3には、非めっき冷間圧延鋼板(590MPa級/板厚:1.2mm)を用いた。各板材は、短冊状(30mm×100mm)に切断加工して、表面研磨等を行わず、そのままスポット溶接に供した。
【0055】
一対の電極(図略)には、クロム銅製のDR形(JIS C9304)の市販チップ(OBARA株式会社製)を用いた。電極は、チップ径(呼び径):φ16mm、先端面の曲率半径:40mm、先端径:12mmであった。チップは、内側を循環する冷却水で冷却した。
【0056】
スポット溶接は、サーボ加圧式スポット溶接機(WTC社製AS-SV-MFDC91X2)を用いて行なった。電極による板組mの加圧力(F)は、4kN(一定)とした。通電は、直流電流値とその通電時間を制御して行なった。
【0057】
先ず、電流値:8kA(一定)、通電時間:50msとする第1通電を行なった。これにより、鋼板2と鋼板3を先にスポット溶接した。その通電終了後、100ms間の非通電状態を経て、電流値:9~13kA、通電時間:100~300msとする第2通電を行なった。これによりAl合金板1と鋼板2をスポット溶接した。第2通電中の電流値は、通電時間中に単調増加するようにし、試料(試験片)毎に、電流値と通電時間を調整して投入熱量を変化させた。こうして、Al合金板1と鋼板2の接合状態(接合部w)が異なる複数の金属接合体を製作した。
【0058】
上述したスポット溶接の実施に関して、特開2023-63070号公報および特開2023-66438号公報の記載内容を参考にした。それら公報の記載内容は、適宜、本明細書に組み込まれる。
【0059】
鋼板2と鋼板3は、溶融凝固した鉄合金からなるナゲット23(溶接部)によりスポット状に溶接される。Al合金板1と鋼板2は、被接合面11と被接合面21の間にできる接合部wで接合される。接合部wは、溶接部w1と、その外周側にある熱影響部w2とを有する。なお、熱影響部w2の外周側には、シートセパレーション部sができた。
【0060】
上記の公報にも記載されているように、溶接部w1は、溶融反応で生成された金属間化合物(IMC)からなり、その厚さは約2~4μmである。本実施例では、溶接部w1と熱影響部w2の各サイズは、接合界面に沿った断面幅(図1の左右(Y)方向の長さ)で規定し、適宜、溶接部w1の幅をIMC径(d1)、熱影響部w2の幅をHAZ径(d2)という。
【0061】
《接合評価》
(1)装置
評価装置Dは、超音波の送受信センサ61と、超音波の送受信源62と、反射波の処理部63と、振幅分布の解析部64と、接合状態の評価部65を備える。
【0062】
送受信センサ61には、マトリクス状の超音波アレイプローブ(東芝検査ソリューションズ社製8.5M0808G2015-C0303P10T0)を用いた。送受信源62は、超音波の発振器と反射波の受信器を兼ねた装置(東芝検査ソリューションズ社製TMUT064D600)であり、反射波の強度(振幅)をデジタル信号に変換して処理部63へ出力する。処理部63は、送受信源62から得た反射波のデジタル信号と、その受信位置とに基づいて振幅分布を生成する。本実施例では、超音波の発振周波数を8.5MHzとした。本発明でいう計測手段または計測ステップは、送受信センサ61、送受信源62および処理部63により実現される。
【0063】
解析部64(解析手段/ステップ)は、その振幅分布に現れた特徴から、接合部wのHAZ径とIMC径を特定する。評価部65(評価手段/ステップ)は、解析部64から得られたHAZ径および/またはIMC径から、接合部wの接合良否を判定する。処理部63、解析部64および評価部65は、コンピュータ(パソコン)上で実行させたプログラム(アルゴリズム)により実現される。
【0064】
(2)処理
評価装置Dを用いた処理フローを図2に示した。先ず、送受信センサ61と送受信源62を用いた計測がなされ、処理部63で振幅分布が生成される(ステップS1)。次に、解析部64で、計測して得られた振幅分布を分析して、接合部wのHAZ径とIMC径を求める(ステップS2)。
【0065】
評価部65で、先ず、そのHAZ径と閾値Iが比較される(ステップS3)。HAZ径<閾値Iなら、接合不良と判定される(ステップS5)。一方、HAZ径≧閾値Iなら、IMC径と閾値IIが比較される(ステップS4)。IMC径<閾値IIなら接合不良と判定され、IMC径≧閾値IIなら接合良好と判定される(ステップS5)。
【0066】
(3)振幅分布
Al合金板1の表面にジェル等を介して密着させた送受信センサ61から得られた計測データを、処理部63で処理して振幅分布を生成した。接合部wの略中心(X=Y=0)を通過する計測ライン(X=0)に沿った振幅分布と、接合部wの全体スキャン画像とを図3に併せて示した。図3左側は、接合良好な試料の振幅分布であり、図3右側は接合不良な試料の振幅分布である。各振幅分布には、異なる特徴が現れている。
【0067】
接合良好な場合(図3左側)、溶接部w1の外周縁付近に振幅の極大点と、熱影響部w2の外周縁付近に振幅の極小点が現れた。接合不良な場合(図3右側)、それら外周縁付近に、振幅の極小点や極大点は現れない。しかし、熱影響部w2の外周縁付近には、振幅分布を示す曲線の変曲点が現れた。
【0068】
(4)サイズ特定
上述した振幅分布の特徴と、実際に観察した接合部wの破面または断面とを照合させた。概ね、振幅分布の極小点または変曲点が現れる位置と、熱影響部w2の外周端とが対応していた。また、振幅分布の極大点が現れる位置と、溶接部w1(IMC)の外周端とが対応していた。
【0069】
これらの結果を踏まえると、図4に示すように、振幅分布に現れる極小点または変曲点の位置(Y座標)からHAZ径(d2)が特定される。例えば、両側に現れる極小点間の距離または変曲点間の距離をHAZ径とできる。振幅分布が中心に関して対称なら、中央から片方の極小点または変曲点までの距離の2倍をHAZ径としてもよい。
【0070】
HAZ径が所定値(閾値I)以上となる場合、IMC径(d1)も振幅分布に現れる極大点の位置(Y座標)から同様に特定される。例えば、両側に現れる極大点間の距離をIMC径とできる。振幅分布が対称的なら、中央から片方の極大点までの距離の2倍をIMC径としてもよい。
【0071】
極大点、極小点または変曲点は、振幅分布曲線を微分して求められてもよい。振幅分布曲線は、離散的な座標点から外挿して連ねた曲線でもよいし、3~5個の座標点から求めた移動平均線でもよい。
【0072】
勿論、各点毎に振幅の変化(傾き)を順次算出し、その傾きの符号が反転する位置から極点(負→正なら極小点、正→負なら極大点)を抽出したり、傾きの増減が反転する位置から変曲点(増加と減少の境界)を抽出してもよい。
【0073】
ちなみに、反射波の振幅分布の極小点や変曲点が、熱影響部の外周縁付近に現れる理由は次のように考えられる。図4に矢印で示すように、超音波の入射方向が金属板の外表面に対して垂直でも、超音波の反射方向はその外表面に対して垂直とはならない。金属板の被接合面と空隙の境界面の傾き等により、反射波は様々な方向に散乱し得る。このため、熱影響部の外周縁付近では、反射波の振幅(強度)やその増加率が低下し得る。この傾向が振幅分布に反映され、上述した極点(極小点、極大点)や変曲点として現れる。
【0074】
なお、反射波の計測は、Al合金板1の外表面側からなされるが、通常、その表面中央付近には電極痕がある。これが反射波の振幅分布にも反映され、振幅分布の中央付近に極大点が現れ得る。このような極大点は、接合部のサイズ特定と関係ない。従って、振幅分布の解析は、その中央付近を除外して、電極の諸元や溶接条件等から想定される領域(溶接部や熱影響部の外周縁付近)に現れる特徴に注目してなされればよい。
【0075】
(5)計測ライン
反射波の計測は、上述したように、接合部の略中心を通る直線状の計測ラインに沿って行える。図5に示すように、その計測ラインを、接合部の中心周りに回転させて、各計測ライン毎に反射波の計測を繰り返してもよい。角度毎の計測ラインに沿って特定された熱影響部や溶接部の外周端位置(図5のドット)を連ねると、熱影響部や溶接部の輪郭(外周縁)全体を示す近似円を描ける。各近似円の直径を、熱影響部のサイズ(HAZ径)や溶接部のサイズ(IMC径)としてもよい。
【0076】
接合部の中心まわりにある複数の計測ライン(「回転ライン」という。)に沿った計測を繰り返すことで、各部のサイズを安定的に高精度で特定でき、高いロバスト性が確保される。
【0077】
《評価例》
(1)検証例1
Al合金板1と鋼板2の接合状態が異なる4の試料(試験片A~D)を用いて、上述した手法で特定された各試験片のHAZ径、IMC径(評価径)と、引張せん断試験後の各試験片の破面を実測したHAZ径、IMC径(実測径)とを求めた。
【0078】
各試験片は、Al合金板1と鋼板2をスポット溶接するとき(第2通電工程)の投入熱量(電流値×通電時間)を変化させて製作した。その以外の溶接条件、使用した板組(金属板)は既述した通りである。試験片Aから試験片Dにかけて、第2通電時の投入熱量が順に小さくなっている。
【0079】
評価径は、上述した回転ラインに沿った計測により得た近似円の直径とした。実測径は、破面に現れた熱影響部(HAZ)と溶接部(IMC)の大きさを、光学顕微鏡による撮影画像から測定した値である。
【0080】
HAZ径とIMC径について、実測径と評価径の関係を図6に示した。本例では、評価HAZ径の閾値Iを8mmとした。
【0081】
図6からわかるように、評価HAZ径は実測HAZ径と略一致した。評価HAZ径≧閾値Iのときなら、評価IMC径は実測IMC径とも略一致するため、評価IMC径を接合状態の判断指標とできることがわかった。
【0082】
一方、評価HAZ径<閾値Iとなる試験片Dのとき(接合不良のとき)、評価IMC径は実測HAZ径と一致せず、評価IMC径は実測HAZ径よりもかなり小さくなった。これは図3で例示したように、接合不良の場合、IMC外周端に振幅分布の極大点が現れ難く、振幅分布の中央付近に現れる極大点をIMC外周端として誤検出し易いためである。このように評価HAZ径径が閾値より小さいとき、他の試験片の場合と異なり、評価IMC径を接合状態の判断指標にし難くなる。
【0083】
(2)検証例2
鋼板を変更した3つの試料(試験片E~G)も、検証例1と同様に製作した。鋼板2には、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(270MPa級/板厚:0.75mm)を、鋼板3には非めっき冷間圧延鋼板(440MPa級/板厚:1.4mm)を用いた。なお、亜鉛めっき層は、厚さ:約8μm、融点:約420℃であった。
【0084】
試験片E~Gの評価径と実測径を、検証例1と同様に比較した。その結果を図7に示した。本検証例でも、試験片Eから試験片Gにかけて、第2通電時の投入熱量を順に小さくした。
【0085】
図7からわかるように、めっき鋼板をスポット溶接した接合部でも、評価径と実測径の傾向は検証例1の場合と同様であった。従って、鋼板のめっきの有無に拘わらず、評価HAZ径が閾値より大きければ、評価IMC径を接合部の接合状態の判断指標とできることも確認された。
【0086】
(3)接合強度
既述したAl合金板1と非めっき鋼板2をスポット溶接した種々の試験片を用いて、引張せん断試験を行なった。これにより得られた接合強度と、各試験片の破面から実測したIMC径との関係を図8に示した。
【0087】
図8から明らかなように、溶接部のサイズ(IMC径)と接合体の接合強度は正相関しており、そのデーターベースがあれば、溶接部のサイズから接合強度を推定することも確認された。
【0088】
《溶接システム》
上述したように求めた評価径、接合状態の良否または接合強度を、溶接条件へフィードバックさせることもできる。例えば、評価HAZ径が閾値より大きいとき、評価IMC径から接合部の接合状態を判定する。評価IMC径が過大または過小なら、溶接装置の制御部に設定している溶接条件を変更する。このような処理は、溶接工程を進行させつつなされてもよいし、定期的なメンテナンス時になされてもよい。接合部の評価結果を溶接条件へフィードバックさせることで、高品質な溶接物(金属接合体)を安定的に製造できる。
【符号の説明】
【0089】
1 Al合金板
2、3 鋼板
w1 溶接部
w2 熱影響部
w 接合部
s シートセパレーション部
D 接合評価装置
M 金属接合体
m 板組
61 送受信センサ(超音波アレイプローブ)
【要約】
【課題】金属板間の接合状態を非破壊で簡便に評価できる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、複数の金属板(1、2、3)を重ねた板組(m)を金属板の対向面間でスポット状に溶接した金属接合体(M)の接合評価方法である。この接合評価方法は、接合評価域へ発信した超音波の反射波を受信して反射波の振幅分布を求める計測ステップ(S1)と、振幅分布に基づいて、溶接部のサイズ(IMC径)と溶接部の外周側にできる熱影響部のサイズ(HAZ径)とを特定する解析ステップ(S2)と、熱影響部のサイズが閾値より大きいとき、溶接部のサイズに基づいて金属接合体の接合状態を評価する評価ステップ(S3~S5)とを備える。熱影響部のサイズが閾値より小さいときは、接合不良と判定すればよい。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8