(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】エンジンの燃焼室構造
(51)【国際特許分類】
F02B 23/10 20060101AFI20240918BHJP
F02B 23/08 20060101ALI20240918BHJP
F02F 3/24 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
F02B23/10 310E
F02B23/08 V
F02F3/24
(21)【出願番号】P 2020195037
(22)【出願日】2020-11-25
【審査請求日】2023-09-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100176304
【氏名又は名称】福成 勉
(72)【発明者】
【氏名】上村 匠
(72)【発明者】
【氏名】平林 千典
(72)【発明者】
【氏名】小松 央
(72)【発明者】
【氏名】山本 啓介
【審査官】稲本 遥
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-060215(JP,A)
【文献】特開2010-077857(JP,A)
【文献】特開平11-182337(JP,A)
【文献】米国特許第05816229(US,A)
【文献】特開2011-021564(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02B 1/00-23/10
F02F 3/00- 3/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンの冠面と、前記ピストンが摺動可能に収容されるシリンダの内壁面と、シリンダヘッドに形成されたペントルーフ型の天井面とによって区画される燃焼室を備え、前記燃焼室の幾何学的圧縮
比が13.5以上15.5以下の範囲内に設定されるエンジンの燃焼室構造であって、
前記エンジンは、前記燃焼室にスワール流を生成するスワール生成機構を備え、
前記天井面には、前記燃焼室に吸気を供給する吸気ポートの開口と、前記燃焼室から排気を排出する排気ポートの開口とが形成され、前記吸気ポートが配設される側を吸気側、前記排気ポートが配設される側を排気側とするとき、
前記燃焼室に燃料を噴射する燃料噴射部が、前記燃焼室の前記吸気側に配設され、
前記冠面に、
各々前記シリンダの軸方向と直交する方向に延びて、当該冠面の前記排気側の端縁付近に配置された排気側底部、及び前記吸気側の端縁付近に配置された吸気側底部と、
前記排気側
底部から
当該冠面の中央部に向けて上昇する排気側傾斜面と、前記吸気側
底部から
当該冠面の中央部に向けて上昇する吸気側傾斜面と、前記排気側傾斜面の上端と前記吸気側傾斜面の上端との間に
窪みが存在しないように連続的に設けられ、当該冠面の中央部において前記シリンダの軸方向と直交する方向に延び
て当該直交する方向に長い矩形状の平面と、によって形成される凸状の隆起部
とが形成され、
前記隆起部の山高さをh、前記ピストンが上死点から下死点までシリンダ軸方向に移動する長さであるストロークをLsとするとき、
0.045<h/Ls<0.065
の関係を満たすことを特徴とするエンジンの燃焼室構造。
【請求項2】
請求項1に記載のエンジンの燃焼室構造において、
前記平面の表面積は、前記排気側傾斜面の表面積と前記吸気側傾斜面の表面積との総和よりも大きい、エンジンの燃焼室構造。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のエンジンの燃焼室構造において、
前記平面に対向する前記天井面には、前記燃焼室内において火炎伝播燃焼を実現させる点火部が配置されている、エンジンの燃焼室構造。
【請求項4】
請求項1~
3の何れかに記載のエンジンの燃焼室構造において、
前記スワール生成機構は、前記吸気ポートの一部を開閉可能なスワール弁と、当該スワール弁を駆動するアクチュエータと、を含む、エンジンの燃焼室構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペントルーフ型の天井面を有する燃焼室を備えたエンジンの燃焼室構造に関する。
【背景技術】
【0002】
熱効率の改善、燃費性能の向上等の目的で、エンジンの燃焼室の構造、とりわけピストンの構造について日々研究がなされている。例えば特許文献1には、ペントルーフ型の天井面を備えた燃焼室において、ピストン冠面にキャビティと、前記天井面の形状に沿った傾斜面とを具備させる構造が開示されている。この燃焼室構造によれば、タンブル流の減速を抑制して燃焼を促進し、燃費性能が向上する。また、燃費性能の向上に端的に有効な手段は、圧縮比を高く設定することである。高圧縮比化を図ると共に、上記のような燃焼室の形状的工夫等を施すことで、より燃費性能を向上させることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、市販自動車に搭載されるエンジンの製造においては、例えば排気量のラインナップが1.5L、2.0L、2.5Lというように、排気量の異なる複数種のエンジンを製造する必要がある。エンジンの排気量が異なると、ボア径又はストロークも異なることとなる。すると、燃焼室内における筒内流動も変化する。とりわけ、シリンダ軸回りの旋回流を形成するスワール流は、ボア径又はストロークの変化に影響を受ける。すなわち、スワール流は、エンジン排気量が異なると、エンジン回転数や負荷が同じでも、その流動が変化する。
【0005】
スワール比が変化すると、スワール流に助力される火炎伝播燃焼の進展度合いも変化する等の要因で、燃焼室内の混合気の燃焼に差異が生じる。つまり、燃費性能が変動する。このため、高圧縮比化及び燃焼室の形状的工夫を施して燃費性能の向上を図らんとしても、スワール流の挙動が排気量の異なるエンジン間で変動してしまうと、同じエンジン回転数及び同じ負荷で同等の燃焼、つまり燃費性能を向上できる燃焼を、各エンジンで実現できなくなる。このため、例えば燃焼シミュレーション等において、スワール流の流動に応じたキャリブレーションが排気量毎に必要となり、これがエンジン開発のネックになっている。
【0006】
本発明の目的は、排気量の異なる複数種のエンジンを製造する場合に、同じエンジン回転数及び同じ負荷で同等の燃焼を各排気量のエンジンで実現できる、エンジンの燃焼室構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一局面に係るエンジンの燃焼室構造は、ピストンの冠面と、前記ピストンが摺動可能に収容されるシリンダの内壁面と、シリンダヘッドに形成されたペントルーフ型の天井面とによって区画される燃焼室を備え、前記燃焼室の幾何学的圧縮比が13.5以上15.5以下の範囲内に設定されるエンジンの燃焼室構造であって、前記エンジンは、前記燃焼室にスワール流を生成するスワール生成機構を備え、前記天井面には、前記燃焼室に吸気を供給する吸気ポートの開口と、前記燃焼室から排気を排出する排気ポートの開口とが形成され、前記吸気ポートが配設される側を吸気側、前記排気ポートが配設される側を排気側とするとき、前記燃焼室に燃料を噴射する燃料噴射部が、前記燃焼室の前記吸気側に配設され、前記冠面に、各々前記シリンダの軸方向と直交する方向に延びて、当該冠面の前記排気側の端縁付近に配置された排気側底部、及び前記吸気側の端縁付近に配置された吸気側底部と、前記排気側底部から当該冠面の中央部に向けて上昇する排気側傾斜面と、前記吸気側底部から当該冠面の中央部に向けて上昇する吸気側傾斜面と、前記排気側傾斜面の上端と前記吸気側傾斜面の上端との間に窪みが存在しないように連続的に設けられ、当該冠面の中央部において前記シリンダの軸方向と直交する方向に延びて当該直交する方向に長い矩形状の平面と、によって形成される凸状の隆起部とが形成され、前記隆起部の山高さをh、前記ピストンが上死点から下死点までシリンダ軸方向に移動する長さであるストロークをLsとするとき、0.045<h/Ls<0.065の関係を満たすことを特徴とする。
【0008】
上記の燃焼室構造によれば、燃焼室は、凸状の隆起部を有する冠面、シリンダの内壁面及びペントルーフ型の天井面で区画される。この燃焼室構造では、ピストンの冠面の中央部に、前記シリンダの軸方向と直交する方向に延びる平面が設けられている。そのため、スワール生成機構により形成されるスワール流は、当該平面に沿って安定的に流動することとなる。また、この燃焼室構造は、0.045<h/Ls<0.065の関係を満たす。このような燃焼室構造によれば、排気量が異なるエンジン間で、前記スワール流のスワール比を比較的高く、且つ、同等に揃えることが可能となる。従って、同じエンジン回転数及び同じ負荷で同等の燃焼を、各排気量のエンジンで実現できる。これにより、ある一つの排気量のエンジンについて燃焼形態を決めれば、他の排気量のエンジンにおいても同等の燃焼を実現できるので、エンジン開発の効率を高めることが可能となる。
また、上記の燃焼室構造によれば、前記燃焼室に燃料を噴射する燃料噴射部が、前記燃焼室の前記吸気側に配設されているので、燃料噴射部から噴霧された燃料をスワール流に乗せ易くなり、均質な混合気を燃焼室内に形成することができる。
【0009】
上記の燃焼室構造において、前記平面の表面積は、前記排気側傾斜面の表面積と前記吸気側傾斜面の表面積との総和よりも大きいことが望ましい。
【0010】
この燃焼室構造によれば、スワール流の排気側傾斜面への衝突が抑制され、前記平面に沿ってスワール流がより安定的に流動する。そのため、各排気量のエンジンにおいて形成されるスワール流のスワール比を同等に揃えるのに寄与する。
【0011】
上記の燃焼室構造において、前記平面に対向する前記天井面には、前記燃焼室内において火炎伝播燃焼を実現させる点火部が配置されていることが望ましい。
【0012】
この燃焼室構造によれば、スワール流が維持された状態で圧縮された吸気は、前記平面に対向する位置において乱流エネルギーが高い状態となる。このような位置に点火部が配置されることで、火炎伝播燃焼の燃焼速度を速めることができる。
【0015】
上記の燃焼室構造において、前記スワール生成機構は、前記吸気ポートの一部を開閉可能なスワール弁と、当該スワール弁を駆動するアクチュエータと、を含むものであるのが望ましい。
【0016】
この燃焼室構造によれば、吸気ポートの一部がスワール弁により閉じられることにより燃焼室内にスワール流が形成され、アクチュエータによりスワール弁の開度を変更することによりスワール比を調整することができる。そのため、燃焼室の構造的工夫だけでは実現できないスワール比の微調整が可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、排気量の異なる複数種のエンジンを製造する場合に、同じエンジン回転数及び同じ負荷で同等の燃焼を各排気量のエンジンで実現できる、エンジンの燃焼室構造を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、本発明に係るエンジンの燃焼室構造が適用されたエンジンの一例を示す概略断面図である。
【
図2】
図2は、前記エンジンが備える1つのシリンダの構造を示す模式的な斜視図である。
【
図3】
図3は、シリンダ及びその近傍の吸排気系の構造を示す概略平面図である。
【
図8】
図8(A)及び(B)は、ピストンの山高さが異なるエンジンにおけるスワール流の流動を説明するための模式図である。
【
図9】
図9は、本発明の実施例及び比較例に係るエンジンの、スワール比に関するデータを纏めた表形式の図である。
【
図10】
図10は、スワール比と山高さ/ストロークとの関係を示すグラフである。
【
図11】
図11は、スワール比と山高さ/ボア径との関係を示すグラフである。
【
図12】
図12は、ピストン冠面に関連する各種パラメータを付記した、ピストンの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態に係るエンジンの燃焼室構造を詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る燃焼室構造が適用されたエンジンの概略断面図である。ここに示されるエンジンは、自動車等の車両の走行駆動用の動力源として前記車両に搭載される多気筒のガソリンエンジンである。エンジンは、エンジン本体1と、これに組付けられた図外の吸排気マニホールド及び各種ポンプ等の補機とを含む。
【0020】
エンジン本体1は、シリンダ2が内部に形成されたシリンダブロック3と、シリンダ2を上から閉塞するようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、シリンダ2内に収容されたピストン5とを有している。エンジン本体1は、典型的には複数の(例えば4つの)シリンダを有する多気筒型のものであるが、
図1では簡略化のため、1つのシリンダ2のみを図示している。
【0021】
図2は、1つのシリンダ2の模式的な斜視図を示している。ピストン5は、シリンダ2のボア径Lbに応じた外径を有する略円筒体であり、所定のストロークLsで往復摺動可能にシリンダ2内に収容されている。後記で詳述するが、ピストン5の上面である冠面50には凸状の隆起部が形成されており、前記隆起部のZ方向の長さに相当する山高さhの平面55が備えられている。ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7が設けられている。クランク軸7は、ピストン5とコネクティングロッド8を介して連結され、ピストン5の往復運動に応じて中心軸回りに回転駆動される。
【0022】
ピストン5の上方には燃焼室6が区画されている。燃焼室6には、後述するインジェクタ15からの噴射によって前記燃料が供給される。供給された燃料が燃焼室6で空気と混合されつつ燃焼し、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。燃焼室6は、シリンダ2の内壁面と、ピストン5の冠面50と、シリンダヘッド4の底面に形成された燃焼室天井面6U(吸気弁11及び排気弁12の各バルブ面を含む)とによって区画されている。燃焼室天井面6Uは、上向きに凸のペントルーフ型の形状を有する天井面である。
【0023】
シリンダ2の幾何学的圧縮比、つまりピストン5が上死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が下死点にあるときの燃焼室6の容積との比は、13.5以上の高圧縮比に設定することが望ましい。好ましい圧縮比の範囲は、13.5以上15.5以下の範囲である。このような高圧縮比に設定することで、燃費性能を向上させることができる。
【0024】
ペントルーフ型の燃焼室天井面6Uには、燃焼室6に向けて開口する吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。吸気ポート9は、燃焼室6に吸気を供給するポートである。本実施形態の吸気ポート9は、タンブル流(縦渦)を形成可能なタンブルポートである。
図2には、タンブル流Ftの流動方向が付記されている。排気ポート10は、燃焼室6から燃焼後の排気を排出するポートである。燃焼室天井面6Uには、吸気ポート9を開閉する吸気弁11と、排気ポート10を開閉する排気弁12とが設けられている。
【0025】
本実施形態のエンジンのバルブ形式は、
図2及び
図3に示すように、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式である。
図3は、シリンダ2及びその近傍の吸排気系の構造を示す概略平面図である。吸気ポート9は、第1吸気ポート9A及び第2吸気ポート9Bを有する。排気ポート10は、第1排気ポート10A及び第2排気ポート10Bを有する。吸気弁11は、第1吸気ポート9A及び第2吸気ポート9Bに対しそれぞれ1つずつ設けられ、排気弁12は、第1排気ポート10A及び第2排気ポート10Bに対しそれぞれ1つずつ設けられている。
【0026】
図3に示すように、第1、第2吸気ポート9A、9Bのうち、第2吸気ポート9B(すなわち、吸気ポート9の一部)には、当該第2吸気ポート9Bを開閉可能なスワール弁17(スワール生成機構)が設けられている。スワール弁17は、ステッピングモータ等のアクチュエータ18により駆動される。スワール弁17が閉方向に駆動されると、スワール弁17が設けられていない第1吸気ポート9Aから燃焼室6に流入する吸気の割合が増大する。このため、シリンダ軸AX(燃焼室6の中心軸)の回りを旋回する旋回流、つまりスワール流を強化することができる。
図3には、スワール流Fsの流動方向が付記されている。逆に、スワール弁17を開方向に駆動すればスワール流Fsを弱めることができる。上述の通り、吸気ポート9はタンブルポートであため、スワール弁17の閉時に形成されるスワール流Fsは、タンブル流Ftとミックスされた斜めスワール流となる。
【0027】
シリンダヘッド4には、吸気弁11を駆動する吸気側動弁機構13と、排気弁12を駆動する排気側動弁機構14とが配設されている。これら動弁機構13、14により、吸気弁11及び排気弁12がクランク軸7の回転に連動するように駆動される。この駆動により、吸気弁11のバルブヘッドが吸気ポート9の開口部を開閉し、排気弁12のバルブヘッドが排気ポート10の開口部を開閉する。動弁機構13、14には、開閉タイミングを変更する図略の可変バルブタイミング機構が組み込まれている。
【0028】
シリンダヘッド4には、インジェクタ15(燃料噴射部)及び点火プラグ16(点火部)が組み付けられている。インジェクタ15は、図略のフューエルシステムから供給される燃料を燃焼室6に噴射する。インジェクタ15は、燃焼室天井面6Uの周縁であって、吸気ポート9が配設される吸気側に配置されている。このような配置とすれば、インジェクタ15から噴霧された燃料が、前記斜めスワール流に合流し、当該斜めスワール流に乗って燃焼室6内全体に燃料が行き渡り易くなる。つまり、均質な混合気を燃焼室6内に形成させることができる。
【0029】
点火プラグ16は、インジェクタ15から燃焼室6に噴射された燃料と、吸気ポート9(9A、9B)を通して燃焼室6に導入された空気とが混合された混合気に点火する。点火プラグ16は、シリンダ軸AXに沿うように、シリンダヘッド4に取り付けられている。点火プラグ16の点火電極部は、燃焼室天井面6Uの径方向中央において燃焼室6内に露出し、ピストン5の冠面50の平面55に対向している。燃焼室6の混合気に点火プラグ16から点火エネルギーが供給されると、燃焼室6では着火点を起点として火炎伝播燃焼が発生する。
【0030】
[ピストンの詳細構造]
続いて、
図4~
図7を参照して、ピストン5の構造、とりわけ冠面50の構造について詳細に説明する。
図4は、
図1及び
図2に示されたピストン5の斜視図、
図5は、ピストン5の冠面50の平面図、
図6は、冠面50の側面図、
図7は、
図5のVII-VII線断面図である。
【0031】
図4~
図7では、説明の明確性を担保するため、XYZの方向表示を付している。Z方向はシリンダ軸AX方向、X方向はクランク軸7の延伸方向であるエンジン本体1の前後方向、Y方向はZ方向及びX方向の双方と直交する方向に各々相当する。各図には、エンジン本体1の設置方向におけるフロント側、リア側という意味においてF側(+X)、R側(-X)、吸気ポート9が配設される側という意味において吸気側(IN側;+Y)、排気ポート10が配設される側という意味において排気側(EX側;-Y)、シリンダ軸AX上の上側、下側との意味において上(+Z)、下(-Z)との表記が付されている。
【0032】
ピストン5は、ピストンヘッド5Aと、ピストンヘッド5Aの下側(-Z側)に連設されたスカート部5Bとを含む。ピストンヘッド5Aは円柱体からなり、燃焼室6の壁面の一部(底面)を構成する冠面50を上面に備えると共に、シリンダ2の内壁面と摺接する側周面5Cとを備える。側周面5Cには、ピストンリングが嵌め込まれるリング溝が複数備えられている。スカート部5Bは、ピストンヘッド5Aの+Y側及び-Y側に配置され、ピストン5の往復運動の際の首振り揺動を抑制する。スカート部5BのY方向の中央には、X方向に延びるピン孔を区画するピストンボス5Dが設けられている。ピストンボス5Dには、コネクティングロッド8との連結のためのピストンピンが挿通される。
【0033】
冠面50は、燃焼室天井面6UとZ方向に対向する略円形の面である。冠面50は、排気側底部51、吸気側底部52、排気側傾斜面53、吸気側傾斜面54、平面55、リセス間平面56、F側側壁57及びR側側壁58を含む。これらの各部のうち、排気側底部51及び吸気側底部52は、冠面50において+Z方向の高さが最も低いベース面であり、その他の各部は前記ベース面から+Z方向に山高さhだけ隆起した凸状の隆起部を形成している。
【0034】
排気側底部51及び吸気側底部52は、シリンダ軸AXと直交するXY方向に延びる平面であり、Z方向に同じ高さ位置にある。なお、排気側底部51及び吸気側底部52は、前記XY方向に対して若干の傾きを持つ面、若しくは、僅かな凸又は凹曲面を持つ面であっても良い。排気側底部51は、冠面50のEX側(-Y)の端縁付近に配置されている。吸気側底部52は、冠面50のIN側(+Y)の端縁付近に配置されている。
【0035】
排気側底部51は、冠面50の-Y側外周縁(側周面5C)を弧とし、X方向に延びる直線を弦とする弓形の平面である。吸気側底部52は、冠面50の+Y側外周縁を弧とし、X方向に延びる直線を弦とする弓形の平面である。排気側底部51及び吸気側底部52は、ピストン5が圧縮上死点に向かう際、スキッシュ流が形成されるスキッシュエリアである。本実施形態では、排気側底部51の表面積よりも吸気側底部52の表面積の方が広面積に設定されている。
【0036】
排気側傾斜面53は、排気側底部51(冠面の排気側)から冠面50のY方向中央部(冠面50の径方向中央部)に向けて徐々に上昇する傾斜面である。排気側傾斜面53の下端は排気側底部51の+Y端縁に連なり、上端は平面55及びリセス間平面56の-Y端縁に連なっている。排気側傾斜面53は、+X側と-X側とで一対のリセス部531と、これらリセス部531に位置するリセス間部532とを含む。リセス部531は、第1、第2排気ポート10A、10Bに配置される排気弁12との干渉を避けるための略半円型の窪みである。リセス間部532は、+Z方向の平面視(
図5)で、排気側底部51へ連なる下端縁を下底、一対のリセス部531に位置するリセス間平面56へ連なる上端縁を上底とする略台形の形状を有している。リセス部531及びリセス間部532の、Y方向に対する傾斜角は同一に設定されている。なお、前記傾斜角は、若干相違していても良い。
【0037】
吸気側傾斜面54は、吸気側底部52(冠面の吸気側)から冠面50のY方向中央部に向けて徐々に上昇する傾斜面である。吸気側傾斜面54の下端は吸気側底部52の-Y端縁に連なり、上端は平面55の+Y端縁に連なっている。本実施形態では、+Z方向の平面視で、吸気側傾斜面54の下端及び上端は共にX方向に直線状に延びる端縁である。吸気側傾斜面54は単純な傾斜平面が例示されているが、吸気弁11との干渉が生じる場合には、排気側のリセス部531と同様なリセス部が設けられる。
【0038】
平面55は、冠面50のY方向中央部においてシリンダ軸AXと直交するXY方向に延びる平面である。平面55は、排気側傾斜面53の上端と吸気側傾斜面54の上端との間に連続的に設けられた平面である。なお、「連続的な平面」とは、キャビティ等の窪みが存在しない平面の意である。また、平面55は、タンブル流Ftやスワール流Fsの流動を実質的に阻害しない範囲において、XY方向に対して僅かな傾きを持つ面、若しくは、僅かな凸又は凹曲面を持つ面であっても良い。
【0039】
より詳しくは、平面55は、+Z方向の平面視でX方向に長い略矩形の形状を有している。平面55は、-Y側の側辺として第1EX端縁551及び第2EX端縁552を、+Y側の側辺としてIN端縁553を有している。第1EX端縁551は、+X側のリセス部531の上端に繋がっている。第2EX端縁552は、-X側のリセス部531の上端に繋がっている。IN端縁553は、吸気側傾斜面54の上端に繋がっている。平面55の+X側及び-X側の側辺は、側周面5Cの円周に沿った円弧状の形状を有している。
【0040】
リセス間平面56は、排気側傾斜面53の一対のリセス部531間に配置された平面である。リセス間平面56も、XY方向に延びる平面であり、平面55と同一平面内に存在する平面、つまり平面55と同じZ方向高さに位置する平面である。リセス間平面56は、平面55に連続した平面である。なお、平面55及びリセス間平面56は、冠面50における前記隆起部の頂面を形成しており、+Z方向の高さが最も高い面である。
【0041】
リセス間平面56は、平面55の-Y側の側辺のX方向中央部から-Y側に延び出すように、換言すると、第1EX端縁551と第2EX端縁552との間から-Y側に延び出すように形成されている。リセス間平面56のEX端縁561は、吸気側傾斜面54のリセス間部532の上端に繋がっている。リセス間平面56は、一対のリセス部531間の上端付近に挟まれるように位置しており、+Z方向の平面視で概ね正方形の形状を有している。なお、リセス間平面56を省き、平面55だけを冠面50に配置する態様としても良い。
【0042】
[排気量の異なるエンジンの燃焼室構造]
自動車メーカでは、あるブランドの自動車について、エンジン排気量の異なる複数種の車両でラインナップを組むことが多い。小型乗用車では、例えば排気量が1.5L、2.0L、2.5Lというような車両が提供される。すなわち、自動車メーカは、排気量の異なる複数種のエンジンを製造する必要がある。エンジンの排気量が異なると、ボア径Lb又はストロークLsも異なることとなる。すると、燃焼室6内における筒内流動も変化する。とりわけ、シリンダ軸AX回りの旋回流を形成するスワール流Fsは、ボア径Lb又はストロークLsの変化に影響を受ける。なお、ボア径Lbは、シリンダ2の内径であって、ピストン5の直径に略相当する長さである。ストロークLsは、TDC(上死点)~BDC(下死点)間にピストン5がZ方向(シリンダ軸AXの延伸方向)に移動する長さである。
【0043】
図8(A)及び(B)は、排気量の異なるエンジンにおけるスワール流Fsの流動を説明するための模式図である。
図8(A)は、比較的排気量の小さい小シリンダ2Aを、
図8(B)は、比較的排気量の大きい大シリンダ2Bを、各々示している。既述の通り、吸気ポート9はタンブルポートであるので、スワール流Fsはタンブル成分を含んだ斜めスワール流である。本実施形態では、冠面50に排気側傾斜面53、吸気側傾斜面54及び平面55からなる隆起部が備えられている。当該隆起部の山高さhも、スワール流の維持性に影響を与える。
【0044】
図8(A)に示す小シリンダ2Aは、その排気量を実現するための所定の第1ボア径Lb1及び第1ストロークLs1を有する。冠面50の前記隆起部は、所定の第1山高さh1を備えている。
図8(B)に示す大シリンダ2Bも、所定の第2ボア径Lb2、第2ストロークLs2及び第2山高さh2を備えている。一般に、排気量の大きい方が各数値も大きくなることから、Lb1<Lb2、Ls1<Ls2、h1<h2の関係となる。各々のシリンダ2A、2Bでは、第1吸気ポート9Aから流入する吸気が第1、第2スワール流Fs1、Fs2を形成する。
【0045】
ボア径Lbが大きい程、一旋回当たりでスワール流Fsがシリンダ2の内壁面に衝突する距離が長くなる。また、ストロークLsが長い程、スワール流Fsがシリンダ2の内壁面に衝突する距離が長くなる。Lb1<Lb2、Ls1<Ls2であるので、大シリンダ2Bの第2スワール流Fs2方が、小シリンダ2Aの第1スワール流Fs1よりも減衰し易い傾向が出る。一方、山高さhが高い程、排気側傾斜面53又は吸気側傾斜面54にスワール流Fsが衝突し易くなる。このため、第1山高さh1及び第2山高さh2をどのような値に設定するかにより、第1、第2スワール流Fs1、Fs2が各冠面50の隆起部に衝突して減衰する度合いに差が出る。排気量設定の都合で、ボア径Lb1、Lb2及びストロークLs1、Ls2が固定化されている場合は、第1、第2山高さh1、h2の選定が肝要となる。
【0046】
このように、排気量が異なると、スワール流Fsの減衰要因に差異が生じる。従って、エンジン回転数や負荷が同じでも、第1、第2スワール流Fs1、Fs2の挙動(スワール比)は同一とならない場合が多くなる。スワール比が異なると、第1、第2スワール流Fs1、Fs2に各々助力される火炎伝播燃焼の進展度合いも変化し、シリンダ2A、2Bの各燃焼室6内の混合気の燃焼に差異が生じる。つまり、同じエンジン回転数及び同じ負荷で同等の燃焼、換言すると狙い通りの最適な燃焼を、排気量の異なるエンジンで実現できなくなる。本発明では、このような不具合を解消することができるエンジンの燃焼室構造を提供する。
【0047】
図9は、排気量の異なるエンジンの燃焼室構造を示すものであって、スワール比に関するデータを纏めた表形式の図である。サンプル1~3は、排気量=1.5L、サンプル4~6は、排気量=2.0L、サンプル7~9は、排気量=2.5Lのエンジンである。前記データとして挙げられているのは、圧縮比ε、ボア径Lb、ストロークLs、山高さh、スワール比、第1評価値R1、第2評価値R2、第3評価地R3及び第4評価値R4である。
【0048】
第1評価値R1及び第2評価値R2は、主にストロークLsに関する評価値である。具体的には、第1評価値R1は、山高さhとストロークLsとの関係を示す評価値であって、h/Lsで求められる値である。第2評価値R2は、スワール比とストロークLsとの関係を示す評価値であって、スワール比/Lsで求められる値である。一方、第3評価値R3及び第4評価値R4は、主にボア径Lbに関する評価値である。具体的には、第3評価値R3は、山高さhとボア径Lbとの関係を示す評価値であって、h/Lbで求められる値である。第4評価値R2は、スワール比とボア径Lbとの関係を示す評価値であって、スワール比/Lbで求められる値である。
図9には、本発明の実施例及び比較例のエンジンのスワール比に関するデータが混在して掲載されている。
【0049】
実際のエンジン設計では、ボア径Lb又はストロークLsが固定化され、変更することが難しい。
図9の例でも、サンプル1~3では、ボア径Lb=74.5mm、ストロークLs=85.8mm、サンプル4~6では、ボア径Lb=83.5mm、ストロークLs=91.2mm、サンプル7~9では、ボア径Lb=89mm、ストロークLs=100mmに各々設定されている。また、圧縮比εも、目標値として設定される場合が多い。このため、
図9に列挙されたパラメータのうち、エンジン製造において変更できるのは実質的に山高さhだけである。
【0050】
望ましいエンジンの燃焼室構造は、幾何学的圧縮比が13.5以上15.5以下の高圧縮比を達成しつつ、スワール比が高く、且つ、異なる排気量のエンジン間でスワール比が同等であるエンジンを製造することである。
図9において、排気量=1.5Lではサンプル1、排気量=2.0Lではサンプル4、排気量=2.5Lではサンプル7に各々注目する。これらサンプル1、4、7の圧縮比εは、14~15の高圧縮比である。また、サンプル1、4、7のスワール比は、各排気量グレードにおいてトップデータではないが、2.3~2.7程度の高いレベルを有している。シリンダ2の形状、具体的にはストロークLsと山高さhとによって定まる第1評価値R1は、サンプル1、4、7では0.050~0.061程度の範囲である。また、ボア径Lbと山高さhとによって定まる第3評価値R3は、サンプル1、4、7では0.056~0.070程度の範囲である。
【0051】
このような、燃焼室6の形状的特徴を示すとも言える第1評価値R1と、スワール比との関係を示す指標である第2評価値R2は、サンプル1、4、7では総じて0.027であり同等である。同様に、形状的特徴を示すとも言える第3評価値R3と、スワール比との関係を示す指標である第4評価値R4は、サンプル1、4、7では0.029~0.032程度の小さい範囲に収まっている。このことは、排気量(ボア径Lb又はストロークLs)が変わっても、ほぼ同等のスワール流Fsが生成可能であることを示している。つまり、サンプル1、4、7の第1評価値R1、及び第3評価値R3が得られるように燃焼室6(山高さh)を形成することで、排気量の異なるエンジン間でスワール流にバラツキが生じる程度を低く抑えることができる。従って、同じエンジン回転数及び同じ負荷で同等の燃焼を、各排気量のエンジンで実現することができる。また、高圧縮比も達成されているので、燃費性能の向上にも寄与する。
【0052】
サンプル2、5、9は、サンプル1、4、7に比べて山高さhが低いグループである。後者はh=5mm前後であるのに対し、前者はh=0.1~0.2mm程度である。このグループでは、スワール比は高いレベルではあるものの、スワール比に大きなバラツキがある。また、サンプル2、5、9の第1評価値R1は総じて同等であるものの、第2評価値R2には、比較的大きいバラツキが認められる。また、サンプル2、5、9の第3評価値R3も総じて同等であるが、第4評価値R4には比較的大きなバラツキが認められる。さらに、サンプル2、5、9の圧縮比εは10であり、企図する高圧縮比は達成されていない。従って、サンプル2、5、9の燃焼室構造では、排気量の異なるエンジン間で同等の燃焼が得られにくく、また燃費性能の向上も図り難い。
【0053】
一方、サンプル3、6、8は、サンプル1、4、7に比べて山高さhが高いグループである。前者はh=8~11mm程度である。このグループでは、圧縮比εは総じて高いが、スワール比については、バラツキは小さいものの総じて低い。サンプル3、6、8の第3評価値R3は比較的バラツキが大きいと認められる。第4評価値R4についても同様の傾向が見られる。しかしながら、スワール比の値自体が小さいことから、筒内流動による火炎伝播燃焼の助力が低く、燃焼レベルが低下する。従って、高圧縮比を達成できても、燃費性能の向上は期待できない。
【0054】
図10は、山高さhとストロークLsとの関係に着目した評価値である、既述の第1評価値R1と第2評価値R2との関係を示すグラフである。図中にプロットに付されている数字は、
図9のサンプル番号に相当する。
【0055】
図10に付記しているように、第1評価値R1が小さい領域は、山高さhが相対的に低い又はストロークLsが相対的にため、圧縮比εが低い領域である。この領域では、圧縮比ε=13.5以上15.5以下の高圧縮比を達成できない。サンプル2、5、9はこの領域に属しており、たとえ第2評価値R2のバラツキが小さい場合でも、燃費性能が低下するので採用できない。一方、第1評価値R1が大きい領域は、山高さhが相対的に高い又はストロークLsが相対的に小さいため、圧縮比εが高くなる領域である。この領域では、上掲の高圧縮比を達成可能である。サンプル1、4、7及びサンプル3、6、8は、当該領域に属する。
【0056】
第2評価値R2が大きい領域は、スワール流Fsが強い領域である。スワール流Fsが強いということは、スワール流が減衰し難い環境の燃焼室6が提供されているということである。冠面50の隆起部が高い山高さhを有する場合、当該隆起部にスワール流Fsが衝突し、その減衰が著しくなる。つまり、山高さhが高すぎる領域では、第1評価値R1が大きくなって高圧縮比は達成できるものの、その高い山高さhが影響して第2評価値R2が小さくなる傾向が出る。また、排気量の異なるエンジン間で第2評価値R2のバラツキが大きくなる傾向も出る。サンプル3、6、8は当該領域に属しており、燃焼性の低下並びにバラツキが見込まれるため採用できない。
【0057】
図11は、山高さhとボア径Lbとの関係に着目した評価値である、既述の第3評価値R3と第4評価値R4との関係を示すグラフである。
図10と同様に、プロットに付されている数字は、
図9のサンプル番号に相当する。
【0058】
図11に付記しているように、第3評価値R3が小さい領域は、山高さhが相対的に低い又はボア径Lbが相対的に大きいため、圧縮比εが低い領域である。この領域では、圧縮比ε=13.5以上15.5以下の高圧縮比を達成できない。サンプル2、5、9はこの領域に属しており、たとえ第4評価値R4のバラツキが小さい場合でも、燃費性能が低下するので採用できない。一方、第3評価値R3が大きい領域は、山高さhが相対的に高い又はボア径Lbが相対的に小さいため、圧縮比εが高くなる領域である。この領域では、上掲の高圧縮比を達成可能である。サンプル1、4、7及びサンプル3、6、8は、当該領域に属する。
【0059】
第4評価値R4が大きい領域は、スワール流Fsが強い領域である。スワール流Fsが強いということは、スワール流が減衰し難い環境の燃焼室6が提供されているということである。既述の通り、冠面50の隆起部が高い山高さhを有する場合、当該隆起部にスワール流Fsが衝突し、その減衰が著しくなる。つまり、山高さhが高すぎる領域では、第3評価値R3が大きくなって高圧縮比は達成できるものの、その高い山高さhが影響して第4評価値R4が小さくなる傾向が出る。また、排気量の異なるエンジン間で第4評価値R4のバラツキが大きくなる傾向も出る。サンプル3、6、8は当該領域に属しており、燃焼性の低下並びにバラツキが見込まれるため採用できない。
【0060】
以上より、第1評価値R1が小さ過ぎず、且つ、大き過ぎない最適領域に設定することにより、また、第3評価値R3が小さ過ぎず、且つ、大き過ぎない最適領域に設定することにより、高圧縮比を達成しつつ、スワール比が高く、且つ、異なる排気量間でスワール比が同等であるエンジンの燃焼室構造を提供することが可能となる。
図9に示すデータより、ストロークLs及びボア径Lbの何れの面からも、サンプル1、4、7が前記最適領域に属していることが判る。サンプル1、4、7の第1評価値R1の値(0.050~0.061程度)に鑑みると、第1評価値R1の前記最適領域は、
0.045<R1<0.065(0.045<h/Ls<0.065)・・・(A)
に設定することができる。
【0061】
また、サンプル1、4、7の第3評価値R3の値(0.056~0.070程度)に鑑みると、第3評価値R3の前記最適領域は、
0.055<R3<0.075(0.055<h/Lb<0.075)・・・(B)
に設定することができる。
【0062】
つまり、R1(h/Ls)を上記(A)式の範囲に設定することで、山高さhが高いことに起因するスワール流Fsの減衰と、ストロークLsが大きいことに起因するスワール流Fsの減衰とを同等にすることができる。また、R3(h/Lb)を上記(B)式の範囲に設定することで、山高さhが高いことに起因するスワール流Fsの減衰と、ボア径Lbが大きいことに起因するスワール流Fsの減衰とを同等にすることができる。従って、エンジン排気量が異なる場合でも、燃焼室6内に同等のスワール流Fsを形成させ、同等の燃焼を燃焼室6で実現させることが可能となる。
【0063】
[ピストン冠面の好ましい形状]
続いて、ピストン5の冠面50の好ましい形状について説明する。ここでは、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させることを企図した冠面50の形状的工夫について述べる。
図12は、冠面50に関連する各種パラメータを示す図である。図中には、山高さh、平面55の横幅Lie及び前後幅Lfr、排気側傾斜面角度Exd、平面55の表面積S1、排気側傾斜面53の表面積S2及び吸気側傾斜面54の表面積S3が示されている。
【0064】
山高さhは、既述の通り冠面50における前記ベース面である排気側底部51又は吸気側底部52から、前記頂面である平面55及びリセス間平面56までのZ方向高さである。横幅Lieは、平面55のY方向幅である。前後幅Lfrは、平面55のX方向幅である。なお、平面55の+X側及び-X側の側辺は円弧辺である。前後幅Lfrは、これら円弧辺が最も+X側又は-X側に延び出している部分間のX方向幅である。排気側傾斜面角度Exdは、Y方向に対する排気側傾斜面53の傾斜角である。本実施形態では、平面55はY方向に沿う水平面であるので、傾斜面角度Exdは平面55と排気側傾斜面53とがなす角である。
【0065】
平面55の表面積S1は、平面55を区画する+X側及び-X側の側辺と、+Y側及び-Y側の側辺とで囲まれる部分の面積であり、概ね横幅Lieと前後幅Lfrとの乗算で算出される面積である。本実施形態のように、平面55にリセス間平面56が連設されている場合は、表面積S1は平面55とリセス間平面56とを合算した表面積と扱う。
【0066】
排気側傾斜面53の表面積S2は、一対のリセス部531の表面積と、リセス間部532の表面積とを合算した面積である。なお、リセス部531とリセス間部532との間に存在する段差部53Aは、表面積S2に含まれない。段差部53Aはタンブル流Ftの流動に実質的に影響を与えないからである。吸気側傾斜面54の表面積S3は、
図11の例では、単純に吸気側傾斜面54を構成する傾斜平面の面積である。吸気弁11との干渉を回避するリセス部が吸気側傾斜面54にも形成されている場合は、そのリセス部の表面積と、そのリセス間部の表面積とを合算した面積となる。
【0067】
本実施形態では、タンブル流Ftに対するピストン5の冠面50の抵抗を小さくし、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させるために、上記の表面積S1、S2、S3が次の特徴(1)~(3)を具備するように設定してエンジンを製造することが望ましい。
(1)平面55の表面積S1は、排気側傾斜面53の表面積S2よりも大きい。
(2)好ましくは、平面55の表面積S1は、吸気側傾斜面54の表面積S3よりも大きい。
(3)より好ましくは、平面55の表面積S1は、排気側傾斜面53の表面積S2と吸気側傾斜面54の表面積S3との総和よりも大きい。
【0068】
冠面50には、「連続的な平面」である平面55が形成されているので、タンブル流Ft(
図2参照)をキャビティ等の窪みで阻害することなく、当該平面55に沿って流すことができる。また、表面積S1~S3相互の関係が、上記特徴(1)~(3)の通りに設定することで、タンブル流Ftの流動は排気側傾斜面53及び吸気側傾斜面54の存在によって弱体化することはない。すなわち、上記の冠面50の構造的工夫により、タンブル流Ftに対する冠面50の抵抗が小さくなり、タンブル流Ftは燃焼室6内でその流動を継続し易くなる。
【0069】
つまり、タンブル流Ftが排気側傾斜面53やシリンダ2の内壁などに衝突して消失する割合を減らして、当該タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ易くすることができる。タンブル流Ftが崩壊する際には、乱流エネルギーが生成される。タンブル流Ftを維持することは、タンブル流Ftが本来的に保有する前記乱流エネルギーを、前記衝突によるロスなく高い状態で維持することに繋がる。従って、タンブル流Ftを圧縮行程後半で崩壊させ、高い乱流エネルギーを生成させることで、燃焼室6の混合気の燃焼速度を速めることが可能となる。
【0070】
燃焼室6では、点火プラグ16の点火動作を起点として、混合気の火炎伝播燃焼が生じる。ここで、シリンダ2を高圧縮比に設定したような場合、ピストン5の圧縮端において燃焼室6内の圧力及び温度が過度に上昇し、異常燃焼を誘発する。前記異常燃焼は、火炎伝播燃焼の完了前における未燃の燃料ガスの急峻な自己着火であり、ノッキングを発生させる。しかし、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持させ、燃焼速度を速めることで、ノッキングの要因となる自己着火の発生前に燃焼を完了させることができる。そして、ノッキングを抑制できることから、エンジン出力をあえて抑制するような制御、例えばインジェクタ15の燃料噴射タイミングを制御して燃焼重心を遅角する等の制御を回避することができる。また、その結果としてシリンダ2の高圧縮比化が達成でき、燃費性能を向上させることが可能となる。
【0071】
少なくとも上記特徴(1)を満たすことで、タンブル流Ftの維持性を高めることができる。これに加え、特徴(2)を満たすことで、よりタンブル流Ftの維持性を向上し得る。さらに、特徴(1)及び(2)を満たした上で、特徴(3)の通り、平面55の表面積S1を、排気側傾斜面53の表面積S2と吸気側傾斜面54の表面積S3との総和よりも大きく設定することが望ましい。これにより、タンブル流Ftの排気側傾斜面53への衝突、タンブル流Ftが吸気側傾斜面54にガイドされることによるシリンダ2のIN側内壁への衝突を一層抑制でき、タンブル流Ftの維持性を一層向上させることができる。また、スワール流Fsについては、広い表面積を有する平面55に沿ってスワール流Fsがガイドされることにより、スワール流Fsの安定的な流動に寄与する。ひいては、排気量が異なるエンジン間での筒内流動のバラツキ抑制に寄与する。
【0072】
続いて、上記の表面積S1~S3以外の、冠面50の形状的特徴について説明する。先ず、平面55のY方向幅である横幅Lieと、山高さhとの比であるLie/hについては、圧縮比=13.5~15.5の範囲において、
2.5<Lie/h<9.0・・・(C)
の関係を満たすことが望ましい。
【0073】
ペントルーフ型の燃焼室天井面6Uを備える燃焼室6では、冠面50の排気側傾斜面53及び吸気側傾斜面54の傾き角は、概ね燃焼室天井面6Uの傾き角に沿ったものとなる。このため、山高さhが平面55の横幅Lieに大きく影響する。山高さhを高くすることは、圧縮比を高くすることに繋がる。例えば燃費性能の向上を企図して山高さhを高く設定すると、横幅Lieは幅狭となる。つまり、平面55の表面積S1は小さくなる。この場合、たとえ燃費性能は向上しても、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持し難くなる。結局、ノッキングの防止のため、エンジン出力の抑制制御を求められることになる。しかし、Lie/hを上記(C)式の範囲に設定することで、燃費性能の向上とエンジン出力の向上とを両立させることができる。この両立をより望ましくする観点から、Lie/hは、圧縮比=13.5~15.5の範囲において、
5.0<Lie/h<9.0・・・(C1)
の関係を満たすことが望ましい。
【0074】
次に、平面55のX方向幅である前後幅Lfrと、山高さhとの比であるLfr/hについては、圧縮比=13.5~15.5の範囲において、
12.0<Lfr/h<16.0・・・(D)
の関係を満たすことが望ましい。
【0075】
横幅Lieと同様に、山高さhを高く設定する程、前後幅Lfrは幅狭となるなり、平面55の表面積S1も小さくなる。従って、タンブル流Ftを圧縮行程後半まで維持し難くなり、エンジン出力の抑制が必要となる。しかし、Lfr/hを上記(D)式の範囲に設定することで、燃費性能の向上とエンジン出力の向上とを両立させることができる。この両立をより望ましくする観点から、Lfr/hは、圧縮比=13.5~15.5の範囲において、
13.5<Lfr/h<14.5・・・(D1)
の関係を満たすことが望ましい。
【0076】
ここで、平面55の前後幅Lfrは、横幅Lieよりも大きいことが望ましい。
図2に模式的に示したように、タンブル流Ftは、吸気ポート9から燃焼室6に導入され、シリンダ2のEX側内壁面で折り返し、平面55上を通ってIN側へ向かう。仮に、前後幅Lfrが横幅Lieよりも小さい平面55であると、冠面50の+X側及び-X側の端部には平面が存在しないことになる。この場合、+X側及び-X側の端部においてタンブル流Ftがガイドされ難くなり、流動ロスが生じてしまう。一方、前後幅Lfrが横幅Lieよりも大きい平面55とすることで、+X側及び-X側の端部においてもタンブル流Ftをガイドできるようになり、タンブル流Ftの維持性を高めることができる。
【0077】
平面55と排気側傾斜面53とがなす角である排気側傾斜面角度Exd、平面55の表面積S1、及び山高さhの関係を示す(Exd×S1)/hについては、圧縮比=13.5~15.5の範囲において、
5000<(Exd×S1)/h<18000・・・(E)
の関係を満たすことが望ましい。
【0078】
タンブル流Ftは、上述のような流動を行うことから、排気側傾斜面角度Exdが小さい程、排気側傾斜面53と平面55との境界部分でタンブル流Ftの流動が変更されたり、排気側傾斜面53に衝突したりする程度を抑制することができる。しかし、山高さhをある程度の高さに設定しないと、圧縮比を高くすることができない。山高さhを高くし、且つ、平面55の表面積S1を稼ぐには、排気側傾斜面角度Exdを大きくする必要がある。これらの相反する要請を考慮し、高圧縮比化とタンブル流Ftの維持とを両立させるには、(Exd×S1)/hを上記(E)式の範囲に設定すれば良い。この両立をより望ましくする観点から、(Exd×S1)/hは、圧縮比=13.5~15.5の範囲において、
7000<(Exd×S1)/h<12000・・・(E1)
の関係を満たすことが望ましい。
【0079】
[作用効果]
以上説明した本実施形態に係るエンジンの燃焼室構造によれば、次のような作用効果を奏する。先ず、燃焼室6は、凸状の隆起部を有する冠面50(ピストン5)、シリンダ2の内壁面及びペントルーフ型の燃焼室天井面6Uで区画される。この燃焼室構造は、前記隆起部の山高さhと、ピストン5が上死点から下死点まで移動する長さであるストロークLsとが、0.045<h/Ls<0.065の関係を満たす。このような燃焼室構造によれば、既述の通り、排気量が異なるエンジン間で、スワール弁17(スワール生成機構)により形成されるスワール流Fsのスワール比を比較的高く、且つ、同等に揃えることが可能となる。従って、同じエンジン回転数及び同じ負荷で同等の燃焼を、各排気量のエンジンで実現できる。これにより、ある一つの排気量のエンジンについて燃焼形態を決めれば、他の排気量のエンジンにおいても同等の燃焼を実現できるので、エンジン開発の効率を高めることが可能となる。
【0080】
また、冠面50には連続的な平面55が形成されているので、スワール流Fsを当該平面55に沿ってガイドすることができる。特に、平面55の表面積S1を、排気側傾斜面53の表面積S2と吸気側傾斜面54の表面積S3との総和よりも大きく設定すれば、平面55に沿ってスワール流Fsを安定的に流動させることができる。スワール流Fsの流動の安定化は、各排気量のエンジンにおいて、同じエンジン回転数及び同じ負荷で形成されるスワール流Fsのスワール比を同等に揃えるのに寄与する。
【0081】
また、火炎伝播燃焼を実現させる点火プラグ16が、冠面50の平面55に対向する燃焼室天井面6Uに配置されている。本実施形態では、燃焼室6の中心(シリンダ軸AX上)に配置されている。スワール流Fsが維持された状態で圧縮された吸気は、平面55に対向する位置において乱流エネルギーが高い状態となる。このような位置に点火プラグ16が配置されることで、火炎伝播燃焼の燃焼速度を速めることができる。
【0082】
また、インジェクタ15は、燃焼室6の吸気側に配設されている。これにより、インジェクタ15から噴霧された燃料をスワール流Fsに乗せ易くなり、均質な混合気を燃焼室6内に形成させることができる。
【0083】
また、スワール流Fsを形成するスワール生成機構として、第1、第2吸気ポート9A、9Bのうち、第2吸気ポート9Bを開閉可能な、ステッピングモータ等のアクチュエータ18により駆動されるスワール弁17が設けられている。そのため、スワール弁17の開度を変更することにより、燃焼室6の構造的工夫だけでは実現できないスワール比の微調整が可能となる。なお、実施形態では、既述の通りスワール生成機構は、スワール弁17に設けられたスワール弁17により具現化されている。しかし、スワール流Fsを生成する手段はこれに限定されない。例えば、吸気ポートの形状を渦巻き状にしたヘリカルポートを適用することができる。また、吸気側動弁機構13(可変バルブタイミング機構)を制御し、2つの吸気弁11の閉弁時期に時間差を生じさせることにより、スワール流Fsを形成してもよい。
【符号の説明】
【0084】
1 エンジン本体
11 吸気弁
12 排気弁
15 インジェクタ(燃料噴射部)
16 点火プラグ(点火部)
17 スワール弁(スワール生成機構)
2 シリンダ
5 ピストン
50 冠面
51 排気側底部
52 吸気側底部
53 排気側傾斜面
54 吸気側傾斜面
55 平面
6 燃焼室
6U 燃焼室天井面(ペントルーフ型の天井面)
9 吸気ポート
10 排気ポート
AX シリンダ軸
Fs スワール流
Ft タンブル流
h 山高さ
Ls ストローク
Lb ボア径