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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】飛行時間型質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/40 20060101AFI20240918BHJP
   H01J 49/06 20060101ALI20240918BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
H01J49/40 800
H01J49/40 600
H01J49/06 100
H01J49/02 200
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021122956
(22)【出願日】2021-07-28
(65)【公開番号】P2022094901
(43)【公開日】2022-06-27
【審査請求日】2023-11-21
(31)【優先権主張番号】P 2020207464
(32)【優先日】2020-12-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】立石 勇介
(72)【発明者】
【氏名】三浦 宏之
(72)【発明者】
【氏名】出水 秀明
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-102445(JP,A)
【文献】特表2010-506349(JP,A)
【文献】特表2015-506566(JP,A)
【文献】特表2008-535164(JP,A)
【文献】特表2014-531119(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
周回毎に所定の方向にドリフトさせつつイオンを繰り返し周回させる周回軌道を規定するための周回電場を形成する電極であって、該周回軌道の外側に配置された外側電極と、該周回軌道の内側に配置された内側電極を含む周回軌道規定電極と、
前記周回軌道にイオンを導入するイオン導入口と、
前記周回軌道からイオンを排出するイオン排出口と、
前記周回電場を形成するように該外側電極と該内側電極のそれぞれに周回電圧を印加する周回電圧印加部と、
前記周回軌道のうちの所定周目の周回軌道を挟んで対向配置され、前記所定周目の周回軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有する1組の偏向電極と、
前記第1部分電極に前記所定周目の周回軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる偏向電圧を印加し、前記第2部分電極に前記周回電場を形成する電圧を印加する電圧印加部と
を備える飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
前記偏向電極が、前記周回軌道のうちイオンを直線的に飛行させる部分を挟んで対向配置される、請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
前記偏向電極は1対の板状電極であって、
前記第1部分電極が、前記周回軌道に面した表面の中央の領域を構成する、請求項1又は2に記載の飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
往復毎に所定の方向にドリフトさせつつイオンを繰り返し往復させる往復軌道を規定するための往復電場を形成する電極であって、イオンの飛行空間を挟んで両側に配置された1組のリフレクトロン電極を含む往復軌道規定電極と、
前記往復軌道にイオンを導入するイオン導入口と、
前記往復軌道からイオンを排出するイオン排出口と、
前記往復電場を形成するように前記1組のリフレクトロン電極のそれぞれに往復電圧を印加する往復電圧印加部と、
前記往復軌道のうちの所定回目の往復軌道を挟んで対向配置され、前記所定回目の往復軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有する1組の偏向電極と、
前記第1部分電極に前記所定回目の往復軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる偏向電圧を印加し、前記第2部分電極に前記往復電場を形成する電圧を印加する電圧印加部と
を備え
前記偏向電極は1対の板状電極であって、前記第1部分電極が、前記往復軌道に面した表面の中央の領域を構成し、前記第2部分電極が、前記往復軌道に面した表面の周辺の領域と、前記往復軌道に面していない表面全体の領域とを構成する、飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
前記偏向電極が、前記往復軌道のうちイオンを直線的に飛行させる部分を挟んで対向配置される、請求項4に記載の飛行時間型質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置の1つに飛行時間型質量分析装置(TOF-MS: Time-of-Flight Mass Spectrometer)がある。TOF-MSでは、試料から生成したイオン群に所定の加速エネルギーを付与して同時に飛行空間に導入し、該飛行空間内に規定された所定長の軌道を飛行したイオンを順次、イオン検出器で検出して各時点での強度を記録する。同一のエネルギーを付与されたイオンが所定長の軌道を飛行するのに要する時間(飛行時間)はイオンの質量電荷比に応じて異なる。TOF-MSでは、予めイオンの質量電荷比と飛行時間の関係を求めておき、その関係に基づいて、各イオンの飛行時間を質量電荷比に変換してマススペクトルを得る。
【0003】
TOF-MSでは、イオンが飛行する軌道を長くするほどイオンが質量電荷比毎に分離されて質量分解能が高くなる。しかし、単純にイオンを直線的に飛行させて軌道を長くすると質量分析装置が大型化してしまう。質量分析装置を大型化することなくイオンを飛行させる軌道を長くするために、リフレクトロン型の質量分析装置や閉軌道の多重周回型の質量分析装置が提案されている。リフレクトロン型の質量分析装置では、リフレクトロン電極でイオンの飛行方向を反転させ、イオンを飛行空間内で往復させることによりイオンが飛行する距離を長くする。また、閉軌道の周回型の質量分析装置では、イオンに単一の周回軌道(閉軌道)を繰り返し飛行させてイオンが飛行する距離を長くする。
【0004】
リフレクトロン型の質量分析装置では、イオンを直線的に飛行させた場合の距離の2倍程度の飛行距離を得ることができるが、それ以上に飛行距離を伸ばすことはできない。また、周回型の質量分析装置では、閉軌道を繰り返し飛行させるために、質量電荷比が小さく飛行速度が大きいイオンが、質量電荷比が大きく飛行速度が小さいイオンを追い越してしまい、飛行距離が異なるイオンを判別することができなくなる、いわゆる追い越し問題が生じる。
【0005】
そこで、最近では、開軌道(準閉軌道)の多重周回型の飛行時間型質量分析装置(MT-TOF-MS: Multi Turn TOF-MS)や、多重反射型の飛行時間型質量分析装置(MR-TOF-MS: Mutli Reflection TOF-MS)が提案されている(例えば特許文献1-3)。
【0006】
MT-TOF-MSでは、飛行空間内で、円形状、楕円形状、8の字状等の軌道を規定し、周回毎に少しずつ所定の方向に移動(ドリフト)させつつ繰り返しイオンを周回させる。また、MR-TOF-MSでは、飛行空間を挟んで2つのリフレクトロン電極を対向配置し、それらのリフレクトロン電極の間を、往復毎に少しずつ所定の方向に移動(ドリフト)させつつ繰り返し往復させる。これらの構成を採ることにより、質量分析装置を大型化することなくイオンの飛行距離を長くして質量分解能を高めることができる。
【0007】
例えば、特許文献1に記載のMT-TOF-MSは、複数のセグメント電極を組み合わせてなる略回転楕円体状の外側電極と、外側電極の内側に設けられ、外側電極を構成する各セグメント電極にそれぞれ対向配置された複数のセグメント電極を組み合わせてなる略回転楕円体状の内側電極からなり、それらの外側電極と内側電極の間にイオンの周回軌道を規定する周回軌道規定電極を備えている。このMT-TOF-MSでは、外側電極を構成する複数のセグメント電極と内側電極を構成する複数のセグメント電極にそれぞれ所定の電圧を印加して、外側電極と内側電極の間の回転楕円体状の空間(飛行空間)に、イオンを繰り返し周回させる静電場(周回電場)を形成する。外側電極には、イオンの周回軌道にイオンを導入するイオン導入口と、イオンの周回軌道からイオンを排出するイオン排出口が設けられている。イオン導入口から飛行空間に導入されたイオンは周回毎に略回転楕円体の軸の周りに所定角度(ドリフト角度)ずつ回動する軌道を飛行する。予め決められた回数(例えば20~30回)、周回したイオンは、イオン排出口から飛行空間の外に排出され、イオン検出器で検出される。
【0008】
特許文献1には、また、イオンの周回軌道のうちの所定周目の周回軌道を挟んで1組の偏向電極を配置し、該電極に所定の電圧(偏向電圧)を印加して偏向電場を形成することも提案されている。このMT-TOF-MSでは、所定回数、イオンを周回させた後、偏向電場によってドリフト方向を反転させ、再び所定回数、イオンを周回させてからイオンを飛行空間の外に排出する。このような構成を採れば、偏向電場を用いない場合に比べてイオンの周回数と飛行距離を増加させて質量分解能をさらに高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特表2014-531119号公報
【文献】特表2013-517595号公報
【文献】特表2018-517244号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、実際にMT-TOF-MSに上記のような偏向電極を配置して偏向電圧を印加すると、それにより形成される偏向電場が所定周目の周回軌道を飛行するイオンだけでなく、それに隣接する周回軌道を飛行するイオンも偏向させてしまい、イオンに所定の周回軌道を飛行させることができなくなることが分かった。
【0011】
ここでは周回毎にイオンの飛行軌道を所定角度ずつ回動させる構成のMT-TOF-MSについて説明したが、周回毎にイオンの飛行軌道を所定の方向に一定量ずつ変位させる構成のMT-TOF-MS(例えば特許文献1)やMR-TOF-MSにおいても上記同様の問題が生じる。
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、多重周回型や多重反射型の飛行時間型質量分析装置において、所定周目の周回軌道や所定回目の往復軌道を飛行するイオンを偏向させてドリフト方向を反転させる際に、該所定周目の周回軌道や所定回目の往復軌道以外の軌道を飛行するイオンの不所望の偏向を抑制する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係る飛行時間型質量分析装置の第1の態様は、
周回毎に所定の方向にドリフトさせつつイオンを繰り返し周回させる周回軌道を規定するための周回電場を形成する電極であって、該周回軌道の外側に配置された外側電極と、該周回軌道の内側に配置された内側電極を含む周回軌道規定電極と、
前記周回軌道にイオンを導入するイオン導入口と、
前記周回軌道からイオンを排出するイオン排出口と、
前記周回電場を形成するように該外側電極と該内側電極のそれぞれに周回電圧を印加する周回電圧印加部と、
前記周回軌道のうちの所定周目の周回軌道を挟んで対向配置され、前記所定周目の周回軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有する1組の偏向電極と、
前記第1部分電極に前記所定周目の周回軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる偏向電圧を印加し、前記第2部分電極に前記周回電場を形成する電圧を印加する電圧印加部と
を備える。
【0014】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る飛行時間型質量分析装置の第2の態様は、
往復毎に所定の方向にドリフトさせつつイオンを繰り返し往復させる往復軌道を規定するための往復電場を形成する電極であって、イオンの飛行空間を挟んで両側に配置された1組のリフレクトロン電極を含む往復軌道規定電極と、
前記往復軌道にイオンを導入するイオン導入口と、
前記往復軌道からイオンを排出するイオン排出口と、
前記往復電場を形成するように前記1組のリフレクトロン電極のそれぞれに往復電圧を印加する往復電圧印加部と、
前記往復軌道のうちの所定回目の往復軌道を挟んで対向配置され、前記所定回目の往復軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有する1組の偏向電極と、
前記第1部分電極に前記所定回目の往復軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる偏向電圧を印加し、前記第2部分電極に前記往復電場を形成する電圧を印加する電圧印加部と
を備える。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1の態様は、開軌道(準閉軌道)の多重周回飛行時間型質量分析装置(MT-TOF-MS)である。この質量分析装置では、周回軌道規定電極を構成する外側電極と内側電極に所定の周回電圧を印加することにより、イオンを飛行させる周回軌道を規定するための周回電場を形成する。イオンはイオン導入口からこの周回軌道に導入され、周回毎に所定の方向にドリフトしつつ周回軌道を飛行する。周回軌道のうちの所定周目の周回軌道には該周回軌道を挟んで1組の偏向電極が配置されている。偏向電極は、所定回目の往復軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有しており、該第1部分電極に偏向電圧を印加することにより当該軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる。このとき、偏向電極のうち、所定周目の周回軌道に面した第1部分電極のみに該偏向電圧を印加し、それ以外の部分を構成する第2部分電極には周回電場を形成する電圧を印加する。従来のMT-TOF-MSでは偏向電極の全体に偏向電圧を印加していたため、該偏向電極の周辺の広い範囲に偏向電場が形成され、所定周目の周回軌道に隣接する周回軌道を飛行するイオンも偏向させていたが、本発明の第1の態様では、所定周目の周回軌道に面した部分以外の第2部分電極には周回電場を形成する電圧を印加するため、所定周目の周回軌道に隣接する周回軌道を規定する周回電場の乱れによるイオンの不所望の偏向を抑制することができる。
【0016】
また、本発明の第2の態様は、多重反射飛行時間型質量分析装置(MR-TOF-MS)である。この質量分析装置では、イオンの飛行空間を挟んで両側に配置される1組のリフレクトロン電極に所定の往復電圧を印加することにより、イオンを飛行させる往復軌道を規定するための往復電場を形成する。イオンはイオン導入口からこの往復軌道に導入され、往復毎に所定の方向にドリフトしつつ往復軌道を飛行する。往復軌道のうちの所定回目の往復軌道には該往復軌道を挟んで1組の偏向電極が配置されている。偏向電極は、所定回目の往復軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有しており、該第1部分電極に偏向電圧を印加することにより当該軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる。このとき、偏向電極のうち、所定回目の往復軌道に面した第1部分電極のみに該偏向電圧を印加し、それ以外の部分を構成する第2部分電極には往復電場を形成する電圧を印加する。第2の態様の質量分析装置においても、所定回目の往復軌道に面した部分以外の第2部分電極には往復電場を形成するため、該所定回目の往復軌道に隣接する往復軌道を規定する往復電場の乱れによるイオンの不所望の偏向を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る飛行時間型質量分析装置の一実施形態である多重周回飛行時間型質量分析装置(MT-TOF-MS)の要部構成図。
図2】本実施形態のMT-TOF-MSの上面図。
図3】本実施形態のMT-TOF-MSにおける周回軌道を説明する図。
図4】本実施形態のMT-TOF-MSにおける偏向電極の配置を説明する図。
図5】本実施形態のMT-TOF-MSにおいて、偏向電極に偏向電圧を印加する部分と周回電圧を印加する部分を説明する図。
図6】従来のMT-TOF-MSにおける偏向電場を説明する図。
図7】本実施形態のMT-TOF-MSにおける偏向電場を説明する図。
図8】変形例のMT-TOF-MSにおける偏向電極の配置を説明する図。
図9】変形例のMT-TOF-MSにおいて、偏向電極に偏向電圧を印加する部分と周回電圧を印加する部分を説明する図。
図10】別の変形例のMT-TOF-MSの構成を説明する図。
図11】本発明に係る飛行時間型質量分析装置の一実施形態である多重反射飛行時間型質量分析装置(MR-TOF-MS)の要部構成図。
図12】本実施形態のMR-TOF-MSにおいて、偏向電極に偏向電圧を印加する部分と往復電圧を印加する部分を説明する図。
図13】変形例のMR-TOF-MSにおける偏向電極の配置を説明する図。
図14】変形例のMR-TOF-MSにおいて、偏向電極に偏向電圧を印加する部分と往復電圧を印加する部分を説明する図。
図15】本発明に係る飛行時間型質量分析装置において使用可能である偏向電極の例。
図16】本発明に係る飛行時間型質量分析装置において使用可能である、別の偏向電極の例。
図17】本発明に係る飛行時間型質量分析装置において使用可能である、さらに別の偏向電極の例。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る飛行時間型質量分析装置の実施形態である、開軌道(準閉軌道)の多重周回飛行時間型質量分析装置(MT-TOF-MS)と多重反射飛行時間型質量分析装置(MR-TOF-MS)について、それぞれ図面を参照して説明する。
【0019】
(1) MT-TOF-MSの一実施形態
本実施形態のMT-TOF-MS1の要部構成を図1図4に示す。本実施形態のMT-TOF-MS1は、イオン源11と、イオン飛行部20と、イオン検出器12とを有する。
【0020】
イオン源11には、例えば試料をイオン化するイオン化部と、イオンを一時的に保持するイオントラップを備えたものが用いられる。イオン化部で試料から生成された種々の質量電荷比を有するイオン群は、イオントラップに一旦捕捉され、クーリングガスにより冷却されたあと、所定のエネルギーを付与されイオンパケットとして一斉にイオン飛行部20に出射する。
【0021】
イオン飛行部20は、主電極21、イオン導入口22、イオン排出口23、及び偏向電極24を備えている。また、主電極21に所定の電圧を印加する周回電圧印加部28と、偏向電極24に所定の電圧を印加する偏向電圧印加部29を備えている。
【0022】
主電極21は、略回転楕円体状の外側電極211と、該外側電極211の内側に設けられた略回転楕円体状の内側電極212とを有する。図1では、外側電極211及び内側電極212の略回転楕円体における回転軸であるZ軸と、該Z軸に垂直な一方向の軸であるX軸を含む平面であるZX平面での断面図(縦断面図)を示している。主電極21は、Z軸を含む面で切断すると、断面の方位角(Z軸の周りの角度)に依らず、図1に示したものと略同一の形状を呈する。図2では、Z軸の正の方向から見た上面図を示している。Z軸及びX軸に垂直な軸をY軸とし、X軸とY軸を含む平面をXY平面とする。
【0023】
外側電極211及び内側電極212は、ZX平面において曲線状である1対の電極を向かい合わせた3組の部分電極対S1、S2及びS3と、ZX平面において直線状である1対の電極を向かい合わせた4組の部分電極対L1, L2, L3及びL4とを組み合わせて成る。部分電極対S2は、ZX平面において、主電極21のX方向に関する両端に配置されており、X軸に関して線対称の形状を有する。部分電極対S1は、部分電極対S2よりもZ方向の正の側に配置されている。部分電極対S3は、部分電極対S2よりもZ方向の負の側に、X軸に関して部分電極対S1と線対称となるように配置されている。部分電極対L2は部分電極対S1とS2の間に配置されている。部分電極対L3は部分電極対S2とS3の間に配置され、X軸に関して部分電極対L2と線対称の形状を有する。部分電極対L1は、Z軸に垂直なドーナツ板状の形状を有し、Z方向の正の側であってXY平面において部分電極対S1の内側に配置されている。部分電極対L4もZ軸に垂直なドーナツ板状の形状を有しており、Z方向の負の側に、X軸に関して部分電極対L1と線対称となるように配置されている。
【0024】
これらの部分電極対の組み合わせにより、外側電極211及び内側電極212はそれぞれ、全体で略回転楕円体の形状を呈している。外側電極211の外形は、例えば、長軸方向(X方向、Y方向)が500mm、短軸方向(Z方向)が300mmである。また、例えば、外側電極211と内側電極212の間隔は20mmである。外側電極211及び内側電極212の全体を小さくすることにより、MT-TOF-MS1の全体を小型化することができる。
【0025】
ZX平面において曲線状である部分電極対S1、S2及びS3には、周回電圧印加部28によって、外側電極211から内側電極212に向かう電場が形成されるように電位が付与される。一方、ZX平面において直線状である部分電極対L1, L2, L3及びL4には、周回電圧印加部28によって、外側電極211と内側電極212に同じ電位が付与される。これにより、外側電極211と内側電極212の間の空間に、該空間内でイオンを周回させる周回電場が形成され、その内部空間にイオンの周回軌道25が規定される。
【0026】
外側電極211のうち部分電極対S1には、イオン源11から出射されるイオンを周回軌道25に導入するイオン導入口22が設けられている。イオン導入口22は、X軸からわずかにY方向の正の側にずれた位置に設けられており、イオン源11からイオンがX軸に略平行に入射するように配置されている。イオンは、イオン導入口22から周回軌道25に入射した直後の位置において、部分電極対S1による周回電場から向心力を受ける。また、イオン導入口22がX軸からY方向の正の側にずれていることにより、X軸方向に向かう力を受ける。これにより、イオンは略楕円形の周回軌道25に沿って周回し、1周する毎に、周回軌道がY方向の正の側から見て反時計回りに移動(回転)するようにドリフトしつつ周回軌道25(図3参照)を飛行する。図3では、イオンの周回軌道25をXY平面の上面図で示している。
【0027】
所定周目(n周目)の周回軌道251には偏向電極24が設けられている。偏向電極24は1対の板状電極であり、部分電極対L4の内部空間においてZ軸から少し離れた位置に配置される。Z軸から離れた位置に配置しているのは、偏向電極24がn周目の周回軌道251以外の周回軌道25と干渉するのを避けるためである。図4はn周目の周回軌道251を含むZX’断面図である。偏向電極24は、表面がZX’平面に平行になるように、周回軌道251を挟んで対向配置されている。偏向電極24の詳細な構成は後述するが、偏向電極24には所定の偏向電圧が印加されており、これにより形成される偏向電場でイオンのドリフト方向が反転する。
【0028】
n周目の周回軌道251においてドリフト方向が反転したイオンは、周回毎に、それまでのドリフト方向(図3に実線で示す方向)と逆の方向(図3に破線で示す方向)にドリフトしつつ周回軌道25を飛行する。図3の上面図では、イオンがそれまでに飛行した軌道を元の方向に戻るように飛行するように示されるが、図1に示すイオンの飛行方向(時計回り)は不変である。つまり、偏向電極24へと向かうイオンと偏向電極24で形成される偏向電場で偏向された後のイオンが同じ方向に飛行するため、これらが衝突することはない。
【0029】
部分電極対S3にはイオン排出口23が設けられている。周回軌道25を周回し、偏向電場によって偏向されドリフト方向が反転した後、さらに周回軌道25を周回したイオンはイオン排出口23から外部に排出され、イオン検出器12に入射する。
【0030】
これらイオン源11、主電極21及びイオン検出器12の構成により、イオン源11から出射された、種々の質量電荷比を有する多数のイオンは、主電極21の内部空間に規定された周回軌道25を、各イオンの質量電荷比に応じた時間(飛行時間)で飛行することにより質量電荷比毎に分離されてイオン検出器12で検出される。
【0031】
本実施形態のMT-TOF-MSは、偏向電極24の構成に特徴を有している。図5に示すように、偏向電極24は、表面(対向面)の中央部である第1領域241(第1部分電極)と、それ以外の第2領域242(表面の周部、側面、及び背面。第2部分電極)に異なる電圧を印加することができるように構成されている。このような構成の電極は、例えば、セラミック基板上に、複数の電極を相互に離間させて配置(又は絶縁物を挟んで隣接配置)したプリント回路基板(PCB)を用いて構成することができる。
【0032】
第1領域241には、周回軌道25のドリフト方向を反転させる電圧(偏向電圧)が印加される。具体的には、偏向電極24のうち、n-1周目の周回軌道25の側に配置される電極の第1領域241にはイオンと逆極性の所定の電圧が印加され、他方の電極の第1領域241にはイオンと同極性の電圧が印加(又は接地)される。これにより、n周目の周回軌道251を飛行するイオンがn-1周目の周回軌道25の側に偏向され、ドリフト方向が反転する。第2領域242には、周回電場と同一の電場を形成するような電圧、つまり電極L4に印加される電圧と同じ電圧が印加される。
【0033】
本実施形態では、電極L4の内部、即ち周回軌道25のうち、イオンを直線的に飛行させる部分を挟んで偏向電極24を対向配置する。このようにイオンを直線的に飛行させる、電位勾配のない領域に偏向電極24を配置した場合、第1領域241以外の部分には一定の電圧を印加すればよく、偏向電極24の構造を簡素にすることができる。
【0034】
従来、ドリフト方向を反転させる構成のMT-TOF-MSでは、偏向電極全体に偏向電圧が印加されていた。例えば、図6に示すように、正イオンを測定する際に、n-1周目の周回軌道に近い側に位置する電極には負の電圧を、もう一方の電極には正の電圧を、電極全体に印加していたため、偏向電圧の印加によって形成されたフリンジ電場が、n周目の周回軌道を飛行するイオンだけでなく、それに隣接するn-1周目の周回軌道を飛行するイオンを偏向させてしまい、イオンに所定の周回軌道を飛行させることができなかった。
【0035】
これに対し、本実施形態のMT-TOF-MSでは、図7に示すように、偏向電極24の表面の中央部の第1領域241のみに偏向電圧を印加し、それ以外の第2領域242には周回電圧を印加する。これにより、n周目の周回軌道251の部分にのみ偏向電場が形成される。従って、隣接するn-1周目の周回軌道25を規定する周回電場の乱れによるイオンの不所望の偏向を抑制することができる。
【0036】
(2) MT-TOF-MSの変形例
上記実施形態は一構成例であって、適宜に変更することができる。上記実施形態では電極L4の位置に偏向電極24を配置したが、それ以外の場所に偏向電極26を配置することもできる。例えば、図8に示すように、電極S2の位置に偏向電極26を配置してもよい。ただし、この場所では周回電場として、外側電極から内側電極に向かってイオンを引き付ける電場が形成されている。そのため、図9に示すように、電極の第1領域261には上記実施形態と同様に偏向電圧を印加する一方、第2領域262には周回電場と同じ電場を形成するように電圧を印加する。この場合、第2領域262に複数の電極を配置し、それぞれに異なる電圧を印加すればよい。
【0037】
また、上記実施形態では、イオン導入口22とイオン排出口23を平面視して同じ側に配置したが、図10に示すように、Z軸を挟んで両者を反対側に、即ち、X軸の負の側にイオン導入口22を配置し(上記実施形態と同様)、X軸の正の側にイオン排出口27を配置することもできる。この場合は、イオン導入口22とイオン排出口27はいずれも電極S1に設けられる。
【0038】
さらに、上記実施形態は、周回毎にイオンの飛行軌道を所定角度ずつ回動させる構成のMT-TOF-MSとしたが、周回毎にイオンの飛行軌道を所定の方向に一定量ずつ変位させる構成のMT-TOF-MS(例えば特許文献1)においても上記実施形態と同様の偏向電極を用いることができる。
【0039】
(3) MR-TOF-MSの一実施形態
図11は、本実施形態のMR-TOF-MS3を示す概略図である。本実施形態のMR-TOF-MS3は、イオン源31と、イオン飛行部40と、イオン検出器32とを有する。なお、図11ではイオンの往復軌道を分かりやすく示すために、実際よりも往復数を少なく図示している。
【0040】
イオン源31には、例えば試料をイオン化するイオン化部と、イオンを一時的に保持するイオントラップを備えたものが用いられる。イオン化部で試料から生成された種々の質量電荷比を有するイオン群は、イオントラップに一旦捕捉され、クーリングガスにより冷却されたあと、所定のエネルギーを付与されてイオンパケットとして一斉にイオン飛行部40に出射する。
【0041】
イオン飛行部40は、バックプレート電極41、リフレクトロン電極42、イオン導入口43、イオン排出口44、及び偏向電極45を備えている。また、バックプレート電極41及びリフレクトロン電極42に所定の電圧を印加する往復電圧印加部48と、偏向電極45に所定の電圧を印加する偏向電圧印加部49を備えている。
【0042】
図11に示すように、バックプレート電極41は、イオンの飛行空間を挟んでZ方向の正負の側にそれぞれ配置された1対の板状電極である。リフレクトロン電極42は、5枚の矩形枠状の電極で構成されており、2枚のバックプレート電極41の飛行空間側にそれぞれ配置されている。図11の構成は一例であって、リフレクトロン電極42を構成する矩形板状の電極の数は4枚以下であってもよく、6枚以上であってもよい。
【0043】
偏向電極45は、飛行空間を挟んでイオンが導入、排出される側(イオン源31及びイオン検出器32が配置されている側)と反対側のX方向の端部に配置されている。バックプレート電極41及びリフレクトロン電極42にはそれぞれ、測定対象のイオンと同極性である所定の電圧が印加されており、バックプレート電極41に向かって電位が高くなる往復電場が形成されている。
【0044】
イオン源31からはZ軸に対してわずかにX軸方向に傾いた向きでイオンが飛行空間に導入される。イオン源31から飛行空間に導入されたイオンは、Z方向の正の側に位置するバックプレート電極41に向かって飛行する。上記のとおり、バックプレート電極41及びリフレクトロン電極42で囲まれた空間ではバックプレート電極41に向かって電位が高くなる往復電場が形成されているため、この空間に入射したイオンは徐々に減速し、その後、イオンの飛行方向がZ方向の負の側に反転し、Z方向の負の側に位置するバックプレート電極41に向かって飛行する。このように、飛行空間に導入されたイオンは、バックプレート電極41及びリフレクトロン電極42で囲まれた空間に入射して飛行経路が反転する往復軌道47を繰り返し飛行する。また、この往復軌道は、往復毎にX方向の正の側にドリフトしていく。
【0045】
偏向電極45は、所定回目(m回目)の往復軌道471のX軸上の位置に設けられている。偏向電極45は1対の板状電極であり、表面がYZ平面に平行になるように、m回目の往復軌道を挟んで対向配置されている。偏向電極45の詳細な構成は後述するが、偏向電極45には所定の偏向電圧が印加されており、該偏向電圧によって形成される偏向電場によって、イオンのドリフト方向がX方向の正の側から負の側に反転する。
【0046】
m回目の往復軌道471においてドリフト方向が反転したイオンは、往復毎に、それまでのドリフト方向(図11に実線で示す方向)と逆の方向(図11に破線で示す方向)にドリフトしつつ往復軌道47を飛行し、飛行空間の端部から出射してイオン検出器32に入射する。
【0047】
このように、バックプレート電極41、リフレクトロン電極42、及び偏向電極45を備えた構成により、イオン源31から出射された、種々の質量電荷比を有する多数のイオンは、バックプレート電極41及びリフレクトロン電極42で囲まれた飛行空間に規定された往復軌道47を、各イオンの質量電荷比に応じた時間(飛行時間で)飛行することにより質量電荷比毎に分離されてイオン検出器32で検出される。
【0048】
本実施形態のMR-TOF-MS3も、偏向電極45の構成に特徴を有している。図12に示すように、偏向電極45は、往復軌道471に面した表面の中央部である第1領域451(第1部分電極)と、それ以外の第2領域452(表面の周部、側面、及び背面。第2部分電極)に異なる電圧を印加することができるように構成されている。このような電極は、例えばプリント回路基板(PCB)を用いて構成することができる。
【0049】
第1領域451には、往復軌道47のドリフト方向を反転させる電圧(偏向電圧)が印加される。具体的には、偏向電極45のうち、m-1回目の往復軌道47の側に配置される電極の第1領域451にはイオンと逆極性の所定の電圧が印加され、他方の電極の第1領域451にはイオンと同極性の電圧が印加される。これにより、m回目の往復軌道471を飛行するイオンがm-1回目の往復軌道47の側に偏向され、ドリフト方向が反転する。第2領域452には、往復電場と同一の電場を形成するような電圧が印加される(本実施形態では接地される)。
【0050】
本実施形態では、2つのリフレクトロン電極42の間、即ち往復軌道47のうち、イオンを直線的に飛行させる部分を挟んで偏向電極45を対向配置する。このようにイオンを直線的に飛行させる、電位勾配のない領域に偏向電極45を配置した場合、第1領域451以外の部分には一定の電圧を印加すればよく、偏向電極45の構造を簡素にすることができる。
【0051】
従来、ドリフト方向を反転させる構成のMR-TOF-MSでは、偏向電極全体に偏向電圧が印加されていたため、従来のMT-TOF-MSの場合と同様に、偏向電圧の印加によって形成されたフリンジ電場が、m回目の往復軌道471を飛行するイオンだけでなく、それに隣接するm-1回目の往復軌道47を飛行するイオンを偏向させてしまい、イオンに所定の往復軌道を飛行させることができなかった。
【0052】
これに対し、本実施形態のMT-TOF-MSでは、偏向電極45の表面の中央部の第1領域451のみに偏向電圧を印加し、それ以外の第2領域452には往復電圧を印加する。これにより、m回目の往復軌道471の部分にのみ偏向電場が形成され、隣接するm-1回目の往復軌道47を飛行するイオンの不所望の偏向を抑制することができる。
【0053】
(4) MR-TOF-MSの変形例
上記実施形態は一構成例であって、適宜に変更することができる。上記実施形態では飛行空間のX方向の正の側の端部のX軸上の位置に偏向電極45を配置したが、それ以外の場所に偏向電極45を配置することもできる。
【0054】
例えば、図13に示すように、バックプレート電極41及びリフレクトロン電極42に囲まれた空間の中に偏向電極46を配置してもよい。ただし、この場所ではバックプレート電極41に向かって電位が高くなる往復電場が形成されている。そのため、図14にバックプレート電極41に近い側に位置する偏向電極46に印加する電圧を示すとおり、偏向電極46の第1領域461には上記実施形態と同様に偏向電圧を印加する一方、第2領域462には往復電場と同じくZ軸に沿った電場を形成するように電圧を印加する。この場合も、第2領域462に複数の電極を配置し、それぞれに異なる電圧を印加すればよい。
【0055】
また、この変形例において、上記実施形態のMR-TOF-MSと同様にY方向に変位しない往復軌道を用いると、偏向電場によりドリフト方向が反転する前のイオンとドリフト方向が反転した後のイオンとが同一の往復軌道を往復飛行することになり両者が衝突する可能性がある。従って、偏向電極46を用いる場合には、イオン源31から飛行空間にイオンを入射する際に、Y方向にも傾きをつけてイオンを導入し、図13の右図に示すようにY軸上に配置した反射電極50にイオンと同極性の電圧を印加して、Y方向の正の側と負の側に変位を繰り返し、往復回毎にYZ面内で周回するような往復軌道を用いるとよい。
【0056】
(5) その他の変形例
本発明は、ここまでに述べた実施形態及び変形例には限定されず、さらに種々の変形が可能である。
【0057】
上記実施形態のMT-TOF-MSの実施形態及びMR-TOF-MSではいずれも、偏向電極24、26、45、46として1対の板状電極で構成された偏向電極を用いたが、他の構成を採ることもできる。
【0058】
例えば図15に示す電極は、所定周目の周回軌道又は所定回目の往復軌道と直交する2方向のうちの一方に1組の板状電極を配置し、それぞれに電圧V1, -V1を印加して電場を形成するとともに、他方にも1組の分割板状電極を配置し、各分割電極に該分割電極の位置の電位に応じた電圧を印加したものである。なお、図15以降では偏向電極の第1領域に相当する部分の構成を示すため、当該部分のみを図示している。第1領域を構成する部分の外側には周回電圧又は往復電圧を印加するための電極を適宜に追加する。
【0059】
図16に示す電極は、所定周目の周回軌道又は所定回目の往復軌道と直交する2方向のそれぞれに1組の板状電極を配置し、一方の組の板状電極には電圧V1, -V1を、他方の組の電極には電圧V2, -V2を印加したものである。図16の電極を用いると、2つの方向に、同一又は互いに異なる大きさの電位差を設けて形成した偏向電場によりイオンを偏向することができる。
【0060】
図17に示す電極は、所定周目の周回軌道又は所定回目の往復軌道を取り囲むように12本のロッド電極を配置し、それぞれに異なる電圧を印加したものである。この電極を用いることによっても、図16の電極と同様に、2つの方向に、同一又は互いに異なる大きさの電位差を設けて形成した偏向電場によりイオンを偏向することができる。
【0061】
また、上記実施形態のMT-TOF-MSでは楕円形状の周回軌道を用いる例を説明したが、その他、円形状、8の字状等、様々な形状の周回軌道を用いるMT-TOF-MSにおいても上記実施形態と同様の構成を採ることができる。
【0062】
さらに、上記実施形態及び変形例のMT-TOF-MSでは、イオン導入口及びイオン排出口を外側電極に設け、イオンを直線的に周回軌道に入射し、また周回軌道から直線的にイオンを排出する構成としたが、適宜の偏向電極を配置すればイオン導入口及びイオン排出口を内側電極に設けることもできる。
【0063】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0064】
(第1項)
一態様に係る飛行時間型質量分析装置は、
周回毎に所定の方向にドリフトさせつつイオンを繰り返し周回させる周回軌道を規定するための周回電場を形成する電極であって、該周回軌道の外側に配置された外側電極と、該周回軌道の内側に配置された内側電極を含む周回軌道規定電極と、
前記周回軌道にイオンを導入するイオン導入口と、
前記周回軌道からイオンを排出するイオン排出口と、
前記周回電場を形成するように該外側電極と該内側電極のそれぞれに周回電圧を印加する周回電圧印加部と、
前記周回軌道のうちの所定周目の周回軌道を挟んで対向配置され、前記所定周目の周回軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有する1組の偏向電極と、
前記第1部分電極に前記所定周目の周回軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる偏向電圧を印加し、前記第2部分電極に前記周回電場を形成する電圧を印加する電圧印加部と
を備える。
【0065】
第1項の飛行時間型質量分析装置は、開軌道(準閉軌道)の多重周回飛行時間型質量分析装置(MT-TOF-MS)である。この質量分析装置では、周回軌道規定電極を構成する外側電極と内側電極に所定の周回電圧を印加することにより、イオンを飛行させる周回軌道を規定するための周回電場を形成する。イオンはイオン導入口からこの周回軌道に導入され、周回毎に所定の方向にドリフトしつつ周回軌道を飛行する。周回軌道のうちの所定周目の周回軌道には該周回軌道を挟んで1組の偏向電極が配置されている。偏向電極は、それぞれが、所定回目の往復軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有しており、該第1部分電極に偏向電圧を印加することにより当該軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる。このとき、偏向電極のうち、所定周目の周回軌道に面した第1部分電極のみに該偏向電圧を印加し、それ以外の部分を構成する第2部分電極には周回電場を形成する電圧を印加する。従来のMT-TOF-MSでは偏向電極の全体に偏向電圧を印加していたため、該偏向電極の周辺の広い範囲に偏向電場が形成され、所定周目の周回軌道に隣接する周回軌道を飛行するイオンも偏向させていたが、第1項のMT-TOF-MSでは、所定周目の周回軌道に面した部分以外の第2部分電極には周回電場を形成する電圧を印加するため、所定周目の周回軌道に隣接する周回軌道を規定する周回電場の乱れによるイオンの不所望の偏向を抑制することができる。
【0066】
(第2項)
第1項に記載の飛行時間型質量分析装置において、
前記偏向電極が、前記周回軌道のうちイオンを直線的に飛行させる部分を挟んで対向配置される。
【0067】
第2項に記載の飛行時間型質量分析装置では、イオンを直線的に飛行させる部分、イオンの飛行空間内で電位勾配のない領域偏向電極が配置されるため、前記所定周目の周回軌道に面した部分以外の部分を構成する第2部分電極には一定の電圧を印加すればよく、偏向電極の構造を簡素にすることができる。
【0068】
(第3項)
第1項又は第2項に記載の飛行時間型質量分析装置において、
前記偏向電極は1対の板状電極であって、
前記第1部分電極が、前記周回軌道に面した表面の中央の領域を構成する。
【0069】
第3項に記載の飛行時間型質量分析装置では、偏向電圧を印加する領域を周回軌道に面した表面の中央の領域に限定するため、所定周目の周回軌道以外の周回軌道を飛行するイオンの不所望の偏向がより確実に抑制される。
【0070】
(第4項)
また、別の一態様に係る飛行時間型質量分析装置は、
往復毎に所定の方向にドリフトさせつつイオンを繰り返し往復させる往復軌道を規定するための往復電場を形成する電極であって、イオンの飛行空間を挟んで両側に配置された1組のリフレクトロン電極を含む往復軌道規定電極と、
前記往復軌道にイオンを導入するイオン導入口と、
前記往復軌道からイオンを排出するイオン排出口と、
前記往復電場を形成するように前記1組のリフレクトロン電極のそれぞれに往復電圧を印加する往復電圧印加部と、
前記往復軌道のうちの所定回目の往復軌道を挟んで対向配置され、前記所定回目の往復軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有する1組の偏向電極と、
前記第1部分電極に前記所定回目の往復軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる偏向電圧を印加し、前記第2部分電極に前記往復電場を形成する電圧を印加する電圧印加部と
を備える。
【0071】
第4項の飛行時間型質量分析装置は、多重反射飛行時間型質量分析装置(MR-TOF-MS)である。この質量分析装置では、イオンの飛行空間を挟んで両側に配置される1組のリフレクトロン電極に所定の往復電圧を印加することにより、イオンを飛行させる往復軌道を規定するための往復電場を形成する。イオンはイオン導入口からこの往復軌道に導入され、往復毎に所定の方向にドリフトしつつ往復軌道を飛行する。往復軌道のうちの所定回目の往復軌道には該往復軌道を挟んで1組の偏向電極が配置されている。偏向電極は、所定回目の往復軌道に面した第1部分電極と、該第1部分電極以外の部分を構成する第2部分電極とを有しており、該第1部分電極に偏向電圧を印加することにより当該軌道を飛行するイオンのドリフト方向を反転させる。このとき、偏向電極のうち、所定回目の往復軌道に面した第1部分電極のみに該偏向電圧を印加し、それ以外の部分を構成する第2部分電極には往復電場を形成する電圧を印加する。第4項のMR-TOF-MSにおいても、所定回目の往復軌道に面した部分以外の第2部分電極には往復電場を形成するため、該所定回目の往復軌道に隣接する往復軌道を規定する往復電場の乱れによるイオンの不所望の偏向を抑制することができる。
【0072】
(第5項)
第4項に記載の飛行時間型質量分析装置において、
前記偏向電極が、前記往復軌道のうちイオンを直線的に飛行させる部分を挟んで対向配置される。
【0073】
第5項に記載の飛行時間型質量分析装置では、イオンを直線的に飛行させる部分、イオンの飛行空間内で電位勾配のない領域に偏向電極が配置されるため、前記所定回目の往復軌道に面した部分以外の部分を構成する第2部分電極には一定の電圧を印加すればよく、偏向電極の構造を簡素にすることができる。
【0074】
(第6項)
第4項又は第5項に記載の飛行時間型質量分析装置において、
前記偏向電極は1対の板状電極であって、
前記第1部分電極が、前記往復軌道に面した表面の中央の領域を構成する。
【0075】
第6項に記載の飛行時間型質量分析装置では、偏向電圧を印加する領域を往復軌道に面した表面の中央の領域に限定するため、所定回目の往復軌道以外の往復軌道を飛行するイオンの不所望の偏向がより確実に抑制される。
【符号の説明】
【0076】
1…多重周回飛行時間型質量分析装置(MT-TOF-MS)
11…イオン源
12…イオン検出器
20…イオン飛行部
21…主電極
211…外側電極
212…内側電極
22…イオン導入口
23、27…イオン排出口
24、26…偏向電極
241、261…第1領域
242、262…第2領域
25…周回軌道
251…n周目の周回軌道
28…周回電圧印加部
29…偏向電圧印加部
3…多重反射飛行時間型質量分析装置(MR-TOF-MS)
31…イオン源
32…イオン検出器
40…イオン飛行部
41…バックプレート電極
42…リフレクトロン電極
43…イオン導入口
44…イオン排出口
45、46…偏向電極
451、461…第1領域
452、462…第2領域
47…往復軌道
471…m回目の往復軌道
50…反射電極
48…往復電圧印加部
49…偏向電圧印加部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17