(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】ダイヤモンド被覆工具及びダイヤモンド被覆工具の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240918BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20240918BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20240918BHJP
C23C 16/27 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/20
B23C5/16
C23C16/27
(21)【出願番号】P 2021516515
(86)(22)【出願日】2020-10-09
(86)【国際出願番号】 JP2020038238
(87)【国際公開番号】W WO2021090637
(87)【国際公開日】2021-05-14
【審査請求日】2021-06-17
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-27
(31)【優先権主張番号】P 2019203330
(32)【優先日】2019-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉本 倫太朗
(72)【発明者】
【氏名】原田 高志
(72)【発明者】
【氏名】吉田 稔
【合議体】
【審判長】本庄 亮太郎
【審判官】刈間 宏信
【審判官】大山 健
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第108559970(CN,A)
【文献】特開2000-117523(JP,A)
【文献】特開2007-284773(JP,A)
【文献】特表2006-521466(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14 B23B 27/20 B23C 5/16 C23C 16/27
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に設けられたダイヤモンド層とからなる刃部を備えるダイヤモンド被覆工具であって、
前記刃部は、その延在方向に沿う長さがLであり、
前記刃部において、一方の端部から前記延在方向に沿う方向に沿って、互いにL/10の距離を隔てて並ぶ計11点の各地点で前記ダイヤモンド層の厚みを測定した場合
、前記厚みの最小値d
minと前記厚みの最大値d
maxとの比であるd
min/d
maxが0.7以上0.95以下であり、
かつ、
前記厚みが最小値d
minである第1地点及び前記厚みが最大値d
maxである第2地点において、前記ダイヤモンド層のラマンシフト900cm
-1から2000cm
-1の範囲のラマンスペクトルを測定した場合
、前記第1地点におけるダイヤモンドのピーク面積強度Id
minとスペクトル全体の面積強度Is
minとの比Id
min/Is
minであるI
minと、前記第2地点におけるダイヤモンドのピーク面積強度Id
maxとスペクトル全体の面積強度Is
maxとの比Id
max/Is
maxであるI
maxとの比I
min/I
maxが0.7以上1以下である、ダイヤモンド被覆工具。
【請求項2】
前記d
min/d
maxは0.85以上0.95以下である、請求項1に記載のダイヤモンド被覆工具。
【請求項3】
前記厚みが最小値d
minである第1地点及び前記厚みが最大値d
maxである第2地点において、X線光電子分光法により前記ダイヤモンド層のC1sスペクトルを測定した場合
、前記第1地点におけるsp3炭素のピーク面積強度I3
minとsp2炭素のピーク面積強度I2
minとの比I3
min/I2
minであるIx
minと、前記第2地点におけるsp3炭素のピーク面積強度I3
maxとsp2炭素のピーク面積強度I2
maxとの比I3
max/I2
maxであるIx
maxとの比Ix
min/Ix
maxが0.7以上1以下である、請求項1又は請求項2に記載のダイヤモンド被覆工具。
【請求項4】
前記厚みが最小値d
minである第1地点及び前記厚みが最大値d
maxである第2地点において、電子後方散乱回折法により前記ダイヤモンド層の平均粒子径を測定した場合
、前記第1地点における平均粒子径D
minと前記第2地点における平均粒子径D
maxとの比であるD
min/D
maxが0.7以上0.86以下である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のダイヤモンド被覆工具。
【請求項5】
前記厚みが最小値d
minである第1地点及び前記厚みが最大値d
maxである第2地点において、レーザ顕微鏡を用いて前記ダイヤモンド層の表面粗さRaを測定した場合
、前記第1地点における表面粗さR
minと前記第2地点における表面粗さR
maxとの比であるR
min/R
maxが0.7以上0.86以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のダイヤモンド被覆工具。
【請求項6】
前記d
minは5μm以上であり、
前記D
maxは900nm以下である、請求項4に記載のダイヤモンド被覆工具。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載のダイヤモンド被覆工具の製造方法であって、
基材を準備する工程と、
前記基材上に、熱フィラメントCVD法によりダイヤモンド層を形成してダイヤモンド被覆工具を得る工程と、を備え、
前記熱フィラメントCVD法は、前記基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内となるように制御して行う、ダイヤモンド被覆工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ダイヤモンド被覆工具及びダイヤモンド被覆工具製造方法に関する。本出願は、2019年11月8日に出願した日本特許出願である特願2019-203330号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドは硬度が非常に高く、その平滑面は極めて低い摩擦係数を有する。従って、従来より天然産単結晶ダイヤモンドや人工ダイヤモンド粉末は、工具用途への応用がなされてきた。さらに1980年代に化学的気相合成(CVD)法によるダイヤモンド薄膜の形成技術が確立されてからは、3次元状の基材に対してダイヤモンドを成膜した、切削工具や耐磨工具が開発されてきた。
【0003】
特開平11-347805(特許文献1)には、超硬合金の基材の表面にダイヤモンドの硬質膜を被覆したダイヤモンド被覆工具部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【0005】
本開示のダイヤモンド被覆工具は、
基材と、前記基材上に設けられたダイヤモンド層とからなる刃部を備えるダイヤモンド被覆工具であって、
前記刃部は、その延在方向に沿う長さがLであり、
前記刃部において、一方の端部から前記延在方向に沿う方向に沿って、互いにL/10の距離を隔てて並ぶ計11点の各地点で前記ダイヤモンド層の厚みを測定した場合、全ての地点において前記厚みがすべて同一である、又は、前記厚みの最小値dminと前記厚みの最大値dmaxとの比であるdmin/dmaxが0.7以上1未満である、ダイヤモンド被覆工具である。
【0006】
本開示のダイヤモンド被覆工具の製造方法は、上記のダイヤモンド被覆工具の製造方法であって、
基材を準備する工程と、
前記基材上に、熱フィラメントCVD法によりダイヤモンド層を形成してダイヤモンド被覆工具を得る工程と、を備え、
前記熱フィラメントCVD法は、前記基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内となるように制御して行う、ダイヤモンド被覆工具の製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、実施形態1-1のダイヤモンド被覆工具の構成例を説明する図である。
【
図3】
図3は、実施形態1-2のダイヤモンド被覆工具(テーパーカッター)の構成例を説明する図である。
【
図4】
図4は、実施形態1-3のダイヤモンド被覆工具(ドリル)の構成例を説明する図である。
【
図7】
図7は、第1地点におけるラマンスペクトルの一例を示す図である。
【
図8】
図8は、第2地点におけるラマンスペクトルの一例を示す図である。
【
図9】
図9は、第1地点におけるC1sスペクトルの一例を示す図である。
【
図10】
図10は、第2地点におけるC1sスペクトルの一例を示す図である。
【
図11】
図11は、従来の熱フィラメントCVD装置の一例を示す正面図である。
【
図13】
図13は、従来の熱フィラメントCVD法による成膜時の基材の表面温度分布を示す図である。
【
図14】
図14は、実施形態2で用いる熱フィラメントCVD装置の一例を示す図である。
【
図15】
図15は、実施形態2の熱フィラメントCVD法による成膜時の基材の表面温度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示が解決しようとする課題]
ダイヤモンド被覆工具では、基材上のダイヤモンド層の厚さ及び結晶性にばらつきがあると、同一工具内で、ダイヤモンド層の摩耗や剥離の発生にもばらつきが生じ、工具寿命が短くなる傾向がある。そこで、ダイヤモンド層の厚さ及び結晶性が均一であり、長い工具寿命を有するダイヤモンド被覆工具が求められている。
【0009】
本開示は、長い工具寿命を有するダイヤモンド被覆工具を提供することを目的とする。
【0010】
[本開示の効果]
本開示によれば、ダイヤモンド被覆工具は、長い工具寿命を有することができる。
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0012】
(1)本開示のダイヤモンド被覆工具は、
基材と、前記基材上に設けられたダイヤモンド層とからなる刃部を備えるダイヤモンド被覆工具であって、
前記刃部は、その延在方向に沿う長さがLであり、
前記刃部において、一方の端部から前記延在方向に沿う方向に沿って、互いにL/10の距離を隔てて並ぶ計11点の各地点で前記ダイヤモンド層の厚みを測定した場合、全ての地点において前記厚みがすべて同一である、又は、前記厚みの最小値dminと前記厚みの最大値dmaxとの比であるdmin/dmaxが0.7以上1未満である、ダイヤモンド被覆工具である。
【0013】
本開示によれば、ダイヤモンド被覆工具は、長い工具寿命を有することができる。
【0014】
(2)前記dmin/dmaxは0.85以上1未満であることが好ましい。これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。
【0015】
(3)前記厚みが最小値dminである第1地点及び前記厚みが最大値dmaxである第2地点において、前記ダイヤモンド層のラマンシフト900cm-1から2000cm-1の範囲のラマンスペクトルを測定した場合、
前記第1地点におけるダイヤモンドのピーク面積強度Idminとスペクトル全体の面積強度Isminとの比Idmin/IsminであるIminと、前記第2地点におけるダイヤモンドのピーク面積強度Idmaxとスペクトル全体の面積強度Ismaxとの比Idmax/IsmaxであるImaxとの比Imin/Imaxが0.7以上1以下であることが好ましい。
【0016】
これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。
【0017】
(4)前記厚みが最小値dminである第1地点及び前記厚みが最大値dmaxである第2地点において、X線光電子分光法により前記ダイヤモンド層のC1sスペクトルを測定した場合、
前記第1地点におけるsp3炭素のピーク面積強度I3minとsp2炭素のピーク面積強度I2minとの比I3min/I2minであるIxminと、前記第2地点におけるsp3炭素のピーク面積強度I3maxとsp2炭素のピーク面積強度I2maxとの比I3max/I2maxであるIxmaxとの比Ixmin/Ixmaxが0.7以上1以下であることが好ましい。
【0018】
これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。
【0019】
(5)前記厚みが最小値dminである第1地点及び前記厚みが最大値dmaxである第2地点において、電子後方散乱回折法により前記ダイヤモンド層の平均粒子径を測定した場合、
前記第1地点における平均粒子径Dminと前記第2地点における平均粒子径Dmaxとの比であるDmin/Dmaxが0.7以上1以下であることが好ましい。
【0020】
これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。
【0021】
(6)前記厚みが最小値dminである第1地点及び前記厚みが最大値dmaxである第2地点において、レーザ顕微鏡を用いて前記ダイヤモンド層の表面粗さRaを測定した場合、
前記第1地点における表面粗さRminと前記第2地点における表面粗さRmaxとの比であるRmin/Rmaxが0.7以上1以下であることが好ましい。
【0022】
これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。
【0023】
(7)本開示のダイヤモンド被覆工具の製造方法は、上記に記載のダイヤモンド被覆工具の製造方法であって、
基材を準備する工程と、
前記基材上に、熱フィラメントCVD法によりダイヤモンド層を形成してダイヤモンド被覆工具を得る工程と、を備え、
前記熱フィラメントCVD法は、前記基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内となるように制御して行う、ダイヤモンド被覆工具の製造方法である。
【0024】
本開示によれば、ダイヤモンド層の厚さが均一であり、長い工具寿命を有するダイヤモンド被覆工具を得ることができる。
【0025】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示のダイヤモンド被覆切削工具の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0026】
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0027】
[実施形態1:ダイヤモンド被覆工具]
図1はダイヤモンド被覆工具がエンドミルの場合の構成例を示す図である。
図2は、
図1のダイヤモンド被覆工具のX-X線における断面図である。
【0028】
図1及び
図2に示されるように、ダイヤモンド被覆工具10は、基材1と、基材1上に設けられたダイヤモンド層2とからなる刃部5を備えるダイヤモンド被覆工具であって、刃部5は、その延在方向に沿う長さがLであり、刃部5において、一方の端部から延在方向に沿う方向に沿って、互いにL/10の距離を隔てて並ぶ計11点の各地点でダイヤモンド層の厚みを測定した場合、全ての地点において厚みがすべて同一である、又は、厚みの最小値d
minと厚みの最大値d
maxとの比であるd
min/d
maxが0.7以上1未満である。
【0029】
本開示のダイヤモンド被覆工具は、ダイヤモンド層の厚さが均一であるため、ダイヤモンド層の摩耗や剥離の発生に偏りがなく、長い工具寿命を有することができる。
【0030】
以下、本開示のダイヤモンド被覆工具の具体例について
図1~
図6を用いて説明する。なお、
図1はダイヤモンド被覆工具がエンドミルの場合、
図3はダイヤモンド被覆工具がテーパーカッターの場合、
図4~
図6はダイヤモンド被覆工具がドリルの場合を示すが、ダイヤモンド被覆工具の種類はこれに限定されない。本開示のダイヤモンド被覆工具としては、例えば、バイト、カッタ、ドリル、エンドミル等の切削工具、および、ダイス、曲げダイ、絞りダイス、ボンディングツール等の耐磨工具が挙げられる。
【0031】
[実施形態1-1:エンドミル]
実施形態1-1では、ダイヤモンド被覆工具がエンドミルの場合を説明する。
図1に示されるように、ダイヤモンド被覆工具10であるエンドミルは、ボディ3と、該ボディ3に接続するシャンク4とを備える。ボディ3のうち、底刃6及び外周刃7を含む切れ刃の形成されている刃部
5は、X-X断面において、
図2に示されるように、基材1と該基材1上に設けられたダイヤモンド層2とを備える。
【0032】
図1では、刃部5は、工具の回転軸Oに沿って延在している。従って、実施形態1-1では、刃部5のその延在する方向に沿う長さLとは、刃部5の工具の回転軸Oに沿う長さを意味する。
【0033】
<基材>
基材としては、従来公知のものを特に限定なく使用することができる。例えば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、工具鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、およびこれらの混合体など)、立方晶型窒化硼素焼結体等をこのような基材の例として挙げることができる。
【0034】
これらの基材の中でも、特にWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これは、これらの基材が特に高温における硬度と強度とのバランスに優れ、ダイヤモンド被覆切削工具の基材として優れた特性を有するためである。
【0035】
<ダイヤモンド層>
ダイヤモンド層は、従来公知の化学気相合成法(CVD:chemical vapor deposition)で作製されたものを用いることができる。中でも、熱フィラメントCVD法で形成されたものであることが好ましい。
【0036】
(厚み)
刃部5において、一方の端部(
図1では先端T側の端部)から延在方向(軸O)に沿うに沿って、互いにL/10の距離を隔てて並ぶ計11点の各地点(
図1ではP0~P10で示される各地点)でダイヤモンド層の厚みを測定した場合、全ての地点において厚みがすべて同一である、又は、厚みの最小値d
minと厚みの最大値d
maxとの比であるd
min/d
maxが0.7以上1未満である。これによると、ダイヤモンド被覆工具は、ダイヤモンド層の厚さが均一であり、長い工具寿命を有することができる。
【0037】
上記のdmin/dmaxは0.85以上1未満が好ましく、0.95以上1未満が更に好ましい。
【0038】
本明細書において、ダイヤモンド層の厚みは、下記(1-1)~(1-2)の手順で測定される。
【0039】
(1-1)刃部5の回転軸Oに沿う長さLを測定する。次に、刃部の一方の端部(例えば工具の先端部、
図1では先端T側の端部)及び、該端部からの距離が(L/10)×nの長さ(ここでnは0以上10以下の整数である。)の各地点(両端部を含む合計11地点、
図1ではP0~P10の11点)において、ダイヤモンド被覆工具を回転軸Oに垂直な方向にワイヤー放電加工機で切り出し、断面を露出させる。
【0040】
(1-2)各地点の断面において、ダイヤモンド層の厚みをSEM(走査型電子顕微鏡、日本電子社製「JEM-2100F/Cs」(商標))を用いて観察することにより測定する。具体的には、断面サンプルの観察倍率を5000倍とし、観察視野面積を100μm2として、該観察視野内で3箇所の厚みを測定し、該3箇所の平均値を該観察視野の厚みとする。5つの観察視野において測定を行い、該5つの観察視野の厚みの平均値をダイヤモンド層の厚みとする。
【0041】
ダイヤモンド層の厚みの最小値dminは、例えば、下限を3μm、4μm、5μmとすることができ、上限を28μm、29μm、30μmとすることができる。
【0042】
ダイヤモンド層の厚みの最大値dmaxは、例えば、下限を3μm、4μm、5μmとすることができ、上限を28μm、29μm、30μmとすることができる。
【0043】
(ラマンスペクトル)
ダイヤモンド層の厚みが最小値dminである第1地点、及び、ダイヤモンド層の厚みが最大値dmaxである第2地点において、ダイヤモンド層のラマンシフト900cm-1から2000cm-1の範囲のラマンスペクトルを測定した場合、第1地点におけるダイヤモンドのピーク面積強度Idminとスペクトル全体の面積強度Isminとの比Idmin/IsminであるIminと、第2地点におけるダイヤモンドのピーク面積強度Idmaxとスペクトル全体の面積強度Ismaxとの比Idmax/IsmaxであるImaxとの比Imin/Imaxが0.7以上1以下であるが好ましい。
【0044】
これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。この理由は明らかではないが、Imin/Imaxの値が0.7以上であると、ダイヤモンドの結晶性がダイヤモンド層の全域にわたって均一であり、ダイヤモンド層の耐摩耗性や耐剥離性も刃部において均一になるためと考えられる。
【0045】
上記のImin/Imaxは、0.85以上1以下がより好ましく、0.9以上1以下が更に好ましい。
【0046】
本明細書において、上記のImin/Imaxは、下記(2-1)~(2-6)の手順で算出される。
【0047】
(2-1)上記のダイヤモンド層の厚みの測定結果に基づき、ダイヤモンド層の厚みが最小値dminである第1地点、及び、ダイヤモンド層の厚みが最大値dmaxである第2地点を特定する。第1地点及び第2地点において、ダイヤモンド被覆工具を回転軸Oに垂直な方向にワイヤー放電加工機で切り出し、断面を露出させる。各断面を平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨する。
【0048】
(2-2)各地点の断面において、ダイヤモンド層内で50μm×50μmの矩形の測定視野(以下、「ラマン分光用測定視野」ともいう。)を設定する。
【0049】
(2-3)各ラマン分光用測定視野について、JIS-K0137(2010)に準拠したレーザーラマン測定法により、ラマンシフト900cm
-1から2000cm
-1の範囲のラマンスペクトルを得る。ラマン分光装置は、ナノフォトン社製の「Ramantouch」(商標)を用いる。第1地点及び第2地点におけるラマンスペクトルの一例を、それぞれ
図7及び
図8に示す。
図7及び
図8において、Idで示されるスペクトルはダイヤモンドに由来するスペクトルを示し、Isで示されるスペクトルは
図7及び
図8のそれぞれに示される全てのスペクトルの合計を示す。
【0050】
(2-4)第1地点のラマンスペクトルについて、画像処理ソフト(ナノフォトン社製の「Ramanimager」(商標))を用いて、ダイヤモンドのピーク面積強度Idminとスペクトル全体の面積強度Isminとの比Idmin/IsminであるIminを算出する。第1地点における測定を任意の3箇所の測定視野で行い、該3箇所の平均値を「第1地点におけるImin」とする。
【0051】
(2-5)第2地点のラマンスペクトルについて、画像処理ソフト(ナノフォトン社製の「Ramanimager」(商標))を用いて、ダイヤモンドのピーク面積強度Idmaxとスペクトル全体の面積強度Ismaxとの比Idmax/IsmaxであるImaxを算出する。第2地点における測定を任意の3箇所の測定視野で行い、該3箇所の平均値を「第2地点におけるImax」とする。
【0052】
(2-6)上記「第1地点におけるImin」と上記「第2地点におけるImax」とに基づき、Imin/Imaxを算出する。
【0053】
第1地点におけるIminは、例えば、下限を0.25、0.35、0.40とすることができ、上限を0.70、0.80、0.90とすることができる。
【0054】
第2地点におけるImaxは、例えば、下限を0.25、0.35、0.40とすることができ、上限を0.70、0.80、0.90とすることができる。
【0055】
(C1sスペクトル)
厚みが最小値dminである第1地点及び厚みが最大値dmaxである第2地点において、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)によりダイヤモンド層のC1sスペクトルを測定した場合、第1地点におけるsp3炭素のピーク面積強度I3minとsp2炭素のピーク面積強度I2minとの比I3min/I2minであるIxminと、第2地点におけるsp3炭素のピーク面積強度I3maxとsp2炭素のピーク面積強度I2maxとの比I3max/I2maxであるIxmaxとの比Ixmin/Ixmaxが0.7以上1以下であることが好ましい。
【0056】
これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。この理由は明らかではないが、Ixmin/Ixmaxの値が0.7以上であると、ダイヤモンドの結晶性がダイヤモンド層の全域にわたって均一であり、ダイヤモンド層の耐摩耗性も刃部において均一になるためと考えられる。
【0057】
上記のIxmin/Ixmaxは、0.7以上1以下がより好ましく、0.85以上1以下が更に好ましい。
【0058】
本明細書において、上記のIxmin/Ixmaxは、下記(3-1)~(3-6)の手順で算出される。
【0059】
(3-1)上記のダイヤモンド層の厚みの測定結果に基づき、ダイヤモンド層の厚みが最小値dminである第1地点、及び、ダイヤモンド層の厚みが最大値dmaxである第2地点を特定する。第1地点及び第2地点において、ダイヤモンド被覆工具を回転軸Oに垂直な方向にワイヤー放電加工機で切り出し、断面を露出させる。各断面を平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨する。
【0060】
(3-2)各地点の断面において、ダイヤモンド層内で50μm×50μmの矩形の測定視野(以下、「XPS用測定視野」ともいう。)を設定する。
【0061】
(3-3)各XPS用測定視野について、X線光電子分光法により、C1sスペクトルを得る。X線光電子分光装置は、ULVAC PHI社製の「QuanteraSXM」(商標)を用いる。第1地点及び第2地点におけるC1sスペクトルの一例を、それぞれ
図9及び
図10に示す。
【0062】
(3-4)第1地点のC1sスペクトルについて、画像処理ソフト(ULVAC PHI社製の「PHI MultiPak」(商標))を用いて、sp3炭素のピーク面積強度I3minとsp2炭素のピーク面積強度I2minとの比I3min/I2minであるIxminを算出する。第1地点における測定を任意の3箇所の測定視野で行い、該3箇所の平均値を「第1地点におけるIxmin」とする。
【0063】
(3-5)第2地点のC1sスペクトルについて、画像処理ソフト(ULVAC PHI社製の「PHI MultiPak」(商標))を用いて、sp3炭素のピーク面積強度I3maxとsp2炭素のピーク面積強度I2maxとの比I3max/I2maxであるIxmaxを算出する。第2地点における測定を任意の3箇所の測定視野で行い、該3箇所の平均値を「第2地点におけるIxmax」とする。
【0064】
(3-6)上記「第1地点におけるIxmin」と上記「第2地点におけるIxmax」とに基づき、Ixmin/Ixmaxを算出する。
【0065】
第1地点におけるIxminは、例えば、下限を0.40、0.45、0.50とすることができ、上限を0.70、0.80、0.90とすることができる。
【0066】
第2地点におけるIxmaxは、例えば、下限を0.40、0.45、0.50とすることができ、上限を0.70、0.80、0.90とすることができる。
【0067】
(平均粒子径)
厚みが最小値dminである第1地点及び厚みが最大値dmaxである第2地点において電子後方散乱回折法(EBSD:Electron Backscatter Diffraction Pattern)により平均粒子径を測定した場合、第1地点における平均粒子径Dminと第2地点における平均粒子径Dmaxとの比であるDmin/Dmaxが0.7以上1以下であることが好ましい。
【0068】
これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。この理由は明らかではないが、Dmin/Dmaxが0.7以上であると、ダイヤモンドの平均粒子径がダイヤモンド層の全域にわたって均一であり、ダイヤモンド層の耐摩耗性及び耐欠損性も刃部において均一になるためと考えられる。
【0069】
上記のDmin/Dmaxは、0.7以上1以下がより好ましく、0.85以上1以下が更に好ましい。
【0070】
本明細書において、「平均粒子径」とは、体積基準の粒度分布(体積分布)におけるメジアン径(d50)を意味する。
【0071】
上記Dmin/Dmaxは、下記(4-1)~(4-5)の手順で算出される。
【0072】
(4-1)上記のダイヤモンド層の厚みの測定結果に基づき、ダイヤモンド層において、厚みが最小値dminである第1地点、及び、厚みが最大値dmaxである第2地点を特定する。第1地点及び第2地点において、ダイヤモンド被覆工具を回転軸Oに垂直な方向にワイヤー放電加工機で切り出し、断面を露出させる。各断面を平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨する。
【0073】
(4-2)各地点の断面において、ダイヤモンド層内で2μm×2μmの矩形の測定視野(以下、「EBSD用測定視野」ともいう。)設定する。該測定視野は、一辺がダイヤモンド層の表面からの距離が2μm、かつ、全領域がダイヤモンド層の表面からの距離が2μm以上となるような位置に設定する。
【0074】
(4-3)第1地点のEBSD用測定視野において、電子後方散乱回折法により、測定視野に含まれる全てのダイヤモンドの粒子径を測定し、メジアン径(d50)を算出する。電子後方散乱回折装置は、ZEISS社製の「SUPRA35VP」(商標)を用いる。第1地点における測定を任意の3箇所の測定視野で行い、該3箇所の平均値を「第1地点におけるDmin」とする。
【0075】
(4-4)第2地点のEBSD用測定視野において、電子後方散乱回折法により、測定視野に含まれる全てのダイヤモンドの粒子径を測定し、メジアン径(d50)を算出する。第2地点における測定を任意の3箇所の測定視野で行い、該3箇所の平均値を「第2地点におけるDmax」とする。
【0076】
(4-5)上記「第1地点におけるDmin」と「第2地点におけるDmax」とに基づき、Dmin/Dmaxを算出する。
【0077】
第1地点におけるDminは、例えば、下限を50nm、75nm、100nmとすることができ、上限を800nm、900nm、1000nmとすることができる。
【0078】
第2地点におけるD
max
は、例えば、下限を50nm、75nm、100nmとすることができ、上限を800nm、900nm、1000nmとすることができる。
【0079】
(表面粗さRa)
厚みが最小値dminである第1地点及び厚みが最大値dmaxである第2地点においてレーザ顕微鏡を用いてダイヤモンド層の表面粗さRaを測定した場合、第1地点における表面粗さRminと第2地点における表面粗さRmaxとの比であるRmin/Rmaxが0.7以上1以下であることが好ましい。
【0080】
これによると、ダイヤモンド被覆工具の工具寿命が更に向上する。この理由は明らかではないが、Rmin/Rmaxが0.7以上であると、ダイヤモンドの表面粗さがダイヤモンド層の全域にわたって均一であり、ダイヤモンド層の耐摩耗性も刃部において均一になるためと考えられる。
【0081】
上記のRmin/Rmaxは、0.7以上1以下がより好ましく、0.85以上1以下が更に好ましい。
【0082】
本明細書において、「表面粗さRa」とは、JIS B 0601に規定される算術平均粗さRaをいい、粗さ曲線から、その平均線の方向に基準長さだけ抜き取り、この抜き取り部分の平均線から測定曲線までの距離(偏差の絶対値)を合計し平均した値と定義される。
【0083】
上記Rmin/Rmaxは、下記(5-1)~(5-4)の手順で算出される。
【0084】
(5-1)上記のダイヤモンド層の厚みの測定結果に基づき、ダイヤモンド層において、厚みが最小値dminである第1地点及び厚みが最大値dmaxである第2地点を特定する。
【0085】
(5-2)ダイヤモンド層の表面において、第1地点を含むように50μm四方の測定視野を設定する。該測定視野において、レーザ顕微鏡(Lasertech社製「OPTELICS HYBRID」(商標))を用いて表面粗さを測定する。該表面粗さを「第1地点の表面粗さRmin」とする。
【0086】
(5-3)ダイヤモンド層の表面において、第2地点を含むように50μm四方の測定視野を設定する。該測定視野において、レーザ顕微鏡(Lasertech社製「OPTELICS HYBRID」(商標))を用いて表面粗さを測定する。該表面粗さを「第2地点の表面粗さRmax」とする。
【0087】
(5-4)上記「第1地点の表面粗さRmin」と上記「第2地点の表面粗さRmax」とに基づき、Rmin/Rmaxを算出する。
【0088】
第1地点の表面粗さRminは、例えば、下限を0.05、0.06、0.07とすることができ、上限を0.21、0.25、0.30とすることができる。
【0089】
第2地点の表面粗さR
max
は、例えば、下限を0.05、0.06、0.07とすることができ、上限を0.21、0.25、0.30とすることができる。
【0090】
[実施形態1-2:テーパーカッター]
実施形態1-2では、ダイヤモンド被覆工具がテーパーカッターの場合を説明する。
図3に示されるように、ダイヤモンド被覆工具210であるテーパーカッターは、ボディ23と、該ボディ23に接続するシャンク24とを備える。ボディ23のうち、外周刃27からなる切れ刃の形成されている刃部25は、X-X線断面において、
図2に示されるように、基材1と該基材1上に設けられたダイヤモンド層2とを備える。
【0091】
図3では、刃部25は、工具の回転軸Oに沿って延在している。従って、実施形態1-2では、刃部25のその延在する方向に沿う長さLとは、刃部25の工具の回転軸Oに沿う長さを意味する。
【0092】
図3では、ボディ23の全体が刃部25に該当するが、ボディ23の一部が刃部であってもよい。
【0093】
刃部における、dmin/dmax、Imin/Imax、Ixmin/Ixmax、D
min
/D
max
、Rmin/Rmax及びこれらの測定方法は、実施形態1-1と同様とすることができるためその説明は繰り返さない。
【0094】
[実施形態1-3:ドリル]
実施形態1-3では、ダイヤモンド被覆工具がドリルの場合を説明する。
図4は、実施形態1-3のダイヤモンド被覆工具の構成例を説明する図である。
図5は、
図4の第1の刃部35Aの拡大図である。
図6は、
図4の第2の刃部35Bの拡大図である。
【0095】
図4~
図6に示されるように、ダイヤモンド被覆工具310であるドリルは、ボディ33と、該ボディ33に接続するシャンク34とを備える。ボディ33は、先端部に形成された切れ刃8Aの形成された第1の刃部35A、及び、シャンク34側に形成された切れ刃8Bの形成された第2の刃部35Bとを含む。切れ刃8Bは、穴開け時に穴入り口の面取りを行う。
【0096】
刃部35A及び刃部35Bは、X-X線断面において、
図2に示されるように、基材1と該基材1上に設けられたダイヤモンド層2とを備える。
【0097】
図4では、刃部35A及び刃部35Bは、工具の回転軸Oに沿って延在している。従って、実施形態1-3では、刃部35A及び刃部35Bのその延在する方向に沿う長さLとは、刃部35A及び刃部35Bの工具の回転軸Oに沿う長さを意味する。
【0098】
刃部35A及び刃部35Bにおける、dmin/dmax、Imin/Imax、Ixmin/Ixmax、D
min
/D
max
、Rmin/Rmax及びこれらの測定方法は、実施形態1-1と同様とすることができるためその説明は繰り返さない。
【0099】
[実施形態2:ダイヤモンド被覆工具の製造方法]
本開示のダイヤモンド被覆工具の製造方法は、実施形態1のダイヤモンド被覆工具の製造方法であって、基材を準備する工程(以下、「基材準備工程」ともいう。)と、基材上に、熱フィラメントCVD法によりダイヤモンド層を形成してダイヤモンド被覆工具を得る工程(以下、「熱フィラメントCVD工程」ともいう。)と、を備え、熱フィラメントCVD法は、前記基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内となるように制御して行う、ダイヤモンド被覆工具の製造方法である。
【0100】
(基材準備工程)
まず、基材を準備する。基材は、実施形態1-1に記載の基材と同一であるためその説明は繰り返さない。
【0101】
(熱フィラメントCVD工程)
次に、基材上に、熱フィラメントCVD法によりダイヤモンド層を形成してダイヤモンド被覆工具を得る。熱フィラメントCVD法では、例えば、真空炉内にメタンと水素とを供給しながら、加熱することにより、基材上にダイヤモンド層を形成する。熱フィラメントCVD法は、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内となるように制御して行う。
【0102】
ここで、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内とは、放射温度計により刃部領域の両端の表面温度を測定した場合において、その温度差分が、切れ刃先端部の温度の5%以内であることを意味する。
【0103】
本開示で用いられるの熱フィラメントCVD法の理解を深めるために、従来の熱フィラメントCVD法について、
図11~
図13を用いて説明する。
図11は、従来の熱フィラメントCVD装置の一例を示す正面図である。
図12は、
図11の熱フィラメントCVD装置の上面図である。
図13は、従来の熱フィラメントCVD法による成膜時の基材の表面温度分布を示す図である。
【0104】
図11及び
図12に示されるように、従来の熱フィラメントCVD装置20は、真空炉201内にフィラメント21及び機材を搭載するための搭載ステージ22とを備える。従来の熱フィラメントCVD装置20では、基材1のうち、切れ刃に相当する部分(以下、「刃部領域」とも記す。)55が熱フィラメントの加熱範囲に入っていれば良いと考えられていた。このため、シャンク等に相当する非成膜領域56はフィラメントの加熱範囲外に配置されていた。
【0105】
この場合、
図13に示されるように、基材の先端部(
図13において上端部)は、熱の逃げ場がないため最も高温となる。一方、加熱されないシャンク側に向かうにしたがい温度が低下し、かつ、熱が基材1から搭載ステージ22側へ流出し(
図11において下向き矢印方向)、結果として刃部領域55内において温度分布が発生する。この知見から、本発明者らは、シャンクが加熱範囲外に配置されることが、シャンク側の工具刃の温度低下を招き、膜厚分布を生じさせている原因であること見出した。
【0106】
そこで、本発明者らは鋭意検討の結果、
図14に示されるように、熱フィラメントCVD装置220において、基材1全体をフィラメント21の加熱範囲とし、かつシャンク等の非成膜領域56と搭載ステージとの間に断熱材23を設けて断熱性を向上させ、基材1から搭載ステージ22側への熱の流出(
図14において下向き矢印方向)を抑制することにより、刃部領域における温度分布を5%以内に制御することができ、刃部におけるダイヤモンド層の膜厚を均一とすることができることを見出した。
【0107】
この場合、
図15に示されるように、基材の先端部とシャンク側との温度分布が小さくなり、膜厚が均一となる。
【0108】
切れ刃が存在する刃部における温度分布を5%以内とする方法は上記に限定されない。基材に対するフィラメントの本数やフィラメントと基材との距離、炉内の基材の位置等は、基材の形状、材種等に基づき、適宜変更する。
【実施例】
【0109】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0110】
[試料1]
基材として、材質が超硬合金であって、
図1に示される形状のエンドミル(φ10mm)を準備した。エンドミルの刃部の長さLは30mmであった。
【0111】
続いて、基材の表面にダイヤモンド粉末を塗布して、種付け処理を行なった。種付け処理は平均粒径5μmのダイヤモンド粉末を基材表面に擦りつけた後、基材をエタノール中で洗浄し乾燥させることにより行なった。次に、上記種付け処理が行なわれた基材を
図14に示される熱フィラメントCVD装置にセットした。
【0112】
試料1のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均800℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度1%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内であった。これにより、基材上にダイヤモンド層が形成された試料1のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0113】
[試料2~試料4]
試料2~試料4の基材は、試料1と同一の基材を準備し、試料1と同一の方法で種付け処理を行った。基材上に、試料1と同一の熱フィラメントCVD装置を用いてダイヤモンド層を成膜し、ダイヤモンド被覆工具を得た。
【0114】
試料2のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均780℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度1%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内であった。これにより、基材上にダイヤモンド層が形成された試料2のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0115】
試料3のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均780℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度3%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内であった。これにより、基材上にダイヤモンド層が形成された試料3のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0116】
試料3-1のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均760℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度3%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内であった。これにより、基材上にダイヤモンド層が形成された試料3-1のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0117】
試料3-2のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均800℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度4%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内であった。これにより、基材上にダイヤモンド層が形成された試料3-1のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0118】
試料4のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均800℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度3%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%以内であった。これにより、基材上にダイヤモンド層が形成された試料4のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0119】
[試料5~試料8]
試料5~試料8の基材は、試料1と同一の基材を準備し、試料1と同一の方法で種付け処理を行った。基材上に、温度分布制御を考慮しない方法にて熱フィラメントCVD装置を用いてダイヤモンド層を成膜し、ダイヤモンド被覆工具を得た。
【0120】
試料5のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均780℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度3%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%超であった。これにより、試料5のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0121】
試料6のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均800℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度3%となるように流量を制御して炉内に居うゅうした。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%超であった。これにより、試料6のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0122】
試料7のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均800℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度1%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%超であった。これにより、試料7のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0123】
試料8のダイヤモンド層は下記の条件で成膜した。工具表面温度が平均780℃になるよう、フィラメント電流を制御した。メタンと水素とを、メタン濃度1%となるように流量を制御して炉内に供給した。成膜時の圧力は500mPaとした。成膜時には、基材のうち、切れ刃が存在する刃部における温度分布が5%超であった。これにより、試料8のダイヤモンド被覆工具を得た。
【0124】
<評価>
(dmin/dmax
、I
min/Imax、Ixmin/Ixmax、D
min
/D
max
、Rmin/Rmax)
試料1~試料8のダイヤモンド被覆工具について、dmin/dmax
、I
min/Imax、Ixmin/Ixmax、D
min
/D
max
、Rmin/Rmaxを測定した。具体的な測定方法は実施の形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。結果を表1に示す。
【0125】
(切削試験)
試料1~試料8のダイヤモンド被覆工具を用いて、下記の条件で切削試験を行った。
被削材:炭素繊維強化樹脂
切削速度:270m/min.
回転数:8600rpm
送り速度:860m/min.
切り込み:10mm
上記の切削試験において、ダイヤモンド層が剥離するまでの距離(剥離距離)を測定した。ダイヤモンド層の剥離は、光学顕微鏡による観察により確認した。剥離距離が長いほど、工具寿命が長いことを意味する。結果を表1に示す。
【0126】
【0127】
<考察>
試料1~試料4のダイヤモンド被覆工具の製造方法は実施例に該当する。試料1~試料4のダイヤモンド被覆工具は実施例に該当する。試料1~試料4のダイヤモンド被覆工具は、剥離距離が長く、工具寿命が長いことが確認された。
【0128】
試料5~試料8のダイヤモンド被覆工具の製造方法は比較例に該当する。試料5~試料8のダイヤモンド被覆工具は比較例に該当する。試料5~試料8のダイヤモンド被覆工具は、剥離距離が試料1~試料4に比べて短かった。
【0129】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
【0130】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0131】
1 基材、2 ダイヤモンド層、3,23,33 ボディ、4,24,34 シャンク、5,25,35A,35B 刃部、6 底刃、7,27 外周刃、8,8A,8B 切れ刃、10,210,310,410 ダイヤモンド被覆工具、20,220 熱フィラメントCVD装置、21 フィラメント、55 刃部領域、56 非成膜領域、201 真空炉