(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】脳疾患の治療のための医薬組成物、ニューロンの移動促進剤およびその利用
(51)【国際特許分類】
A61K 48/00 20060101AFI20240918BHJP
A61K 31/351 20060101ALI20240918BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20240918BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
A61K48/00 ZNA
A61K31/351
A61P9/10
A61P43/00 107
(21)【出願番号】P 2023557745
(86)(22)【出願日】2023-09-08
(86)【国際出願番号】 JP2023032912
(87)【国際公開番号】W WO2024058077
(87)【国際公開日】2024-03-21
【審査請求日】2023-09-20
(31)【優先権主張番号】P 2022144880
(32)【優先日】2022-09-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業、「ニューロン移動による傷害脳の適応・修復機構とその操作技術」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100179578
【氏名又は名称】野村 和弘
(74)【代理人】
【識別番号】100195062
【氏名又は名称】野村 涼子
(72)【発明者】
【氏名】澤本 和延
(72)【発明者】
【氏名】松本 真実
【審査官】菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-310602(JP,A)
【文献】国際公開第2019/165267(WO,A1)
【文献】Acta Neurologica Belgica,2021年,Vol. 121,pp. 1863-1865
【文献】インフルエンザ脳症の診療戦略,[オンライン],2018年,[検索日2023.11.28],インターネット<URL:https://www.childneuro.jp/uploads/files/about/influenzaencephalopathy2018.pdf>
【文献】Internal Mdicine,2020年,Vol. 59,pp. 2321-2326
【文献】Chemical Papers,2021年,Vol. 75,pp. 5323-5337
【文献】Onco Targets and Therapy,2014年,Vol. 7,pp. 117-134
【文献】PLOS ONE,2016年,11(1), e0146398,pp. 1-12
【文献】Frontiers in Cellular Neuroscience,2022年05月26日,Vol. 16, Article 917884,pp. 1-13
【文献】Cell Death and Disease,2014年,Vol 5, e1381,pp. 1-11
【文献】PLOS ONE,11(10), e0165257,pp. 1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 48/00
A61K 31/351
A61P 9/10
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳梗塞の治療のための医薬組成物であって、
ノイラミニダーゼ阻害物質を含み、
前記ノイラミニダーゼ阻害物質は、
Neu1の発現を阻害するsiRNAまたはmiRNAと、Neu4の発現を阻害するsiRNAまたはmiRNAと、ザナミビルと、の少なくとも一つを含む、
医薬組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の医薬組成物において、
前記
脳梗塞の発症から10日経過する前までに投与が開始され、毎日投与される、
医薬組成物。
【請求項3】
請求項2に記載の医薬組成物において、
10日間以上投与される、
医薬組成物。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の医薬組成物において、
注射薬の形態によって投与される、
医薬組成物。
【請求項5】
ノイラミニダーゼ阻害物質を含み、
前記ノイラミニダーゼ阻害物質は、
Neu1の発現を阻害するsiRNAまたはmiRNAと、Neu4の発現を阻害するsiRNAまたはmiRNAと、ザナミビルと、の少なくとも一つを含む、
脳梗塞治療又は予防用ニューロン移動促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、脳疾患の治療のための医薬組成物およびニューロンの移動促進剤に関する。本出願は、2022年9月12日に出願された日本国特許出願第2022-144880号に基づくもので、ここにその記載内容を援用する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞等の脳疾患を根本的に治療するためには、失われた神経細胞を再生させて脳機能を回復させる技術が必要となる。そのような技術として、例えば、特許文献1に示すような、iPS細胞から誘導した細胞を移植する方法が知られている。また、特許文献2に示すように、内在性の神経幹細胞から産生される神経細胞を傷害部位へ誘導することによって再生を促進する方法が知られている。特許文献2では、N-カドヘリン等を固定またはコーティングしたスポンジ状の材料を用いることにより、脳の表層に生じる損傷組織においてニューロン(神経細胞)の移動を促進させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2013/069661号
【文献】特開2020-018796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されているような、iPS細胞から作製された神経細胞等を傷害部位へ移植した場合、脳への侵襲を伴うとともに、移植された細胞が脳内で腫瘍を形成する懸念がある。また、内在性の神経幹細胞から産生される神経細胞を傷害部位へ誘導するために、特許文献2のようなバイオマテリアル等の人工足場を移植する技術によれば、脳外科手術による侵襲を伴う。このため、臨床的に脳疾患の再生医療として利用するには、改善の余地があった。このため、ニューロンの移動および再生を促進できる他の技術が求められていた。そこで、本願発明者らは、鋭意研究を進めることにより、ニューロンの移動および再生を促進できる他の技術を発明するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の形態として実現することが可能である。
本発明の一形態によれば、医薬組成物が提供される。この医薬組成物は、脳梗塞の治療のための医薬組成物であって、ノイラミニダーゼ阻害物質を含み、前記ノイラミニダーゼ阻害物質は、Neu1の発現を阻害するsiRNAまたはmiRNAと、Neu4の発現を阻害するsiRNAまたはmiRNAと、ザナミビルと、の少なくとも一つを含む。
本発明の他の形態によれば、ノイラミニダーゼ阻害物質を含み、前記ノイラミニダーゼ阻害物質は、Neu1の発現を阻害するsiRNAまたはmiRNAと、Neu4の発現を阻害するsiRNAまたはmiRNAと、ザナミビルと、の少なくとも一つを含む、脳梗塞治療又は予防用ニューロン移動促進剤が提供される。
その他、本発明は、以下の形態として実現することが可能である。
【0006】
(1)本発明の一形態によれば、脳疾患の治療のための医薬組成物が提供される。この医薬組成物は、ノイラミニダーゼ阻害物質を含む。この形態の医薬組成物によれば、ノイラミニダーゼ阻害物質を含むことによってニューロンの移動を促進させることができるので、脳疾患の治療に用いることができる。
【0007】
(2)上記(1)に記載の医薬組成物において、前記ノイラミニダーゼ阻害物質は、Neu1とNeu4とのうちの少なくとも一方を阻害してもよい。この形態の医薬組成物によれば、ノイラミニダーゼ阻害物質がNeu1とNeu4とのうちの少なくとも一方を阻害するので、ニューロンの移動を効果的に促進することができる。
【0008】
(3)上記(1)または上記(2)に記載の医薬組成物において、前記脳疾患の発症から10日経過する前までに投与が開始され、毎日投与されてもよい。この形態の医薬組成物によれば、脳疾患の発症から10日経過する前までに投与が開始されて毎日投与されるので、ニューロンの移動を効果的に促進することができる。
【0009】
(4)上記(3)に記載の医薬組成物において、10日間以上投与されてもよい。この形態の医薬組成物によれば、10日間以上の期間に亘って毎日投与されるので、ニューロンの移動をより効果的に促進することができる。
【0010】
(5)上記(1)から上記(4)までのいずれか一項に記載の医薬組成物において、注射薬の形態によって投与されてもよい。この形態の医薬組成物によれば、注射薬の形態によって投与されるので、侵襲を抑制できる。
【0011】
(6)本発明の他の形態によれば、ニューロンの移動促進剤が提供される。このニューロンの移動促進剤は、ノイラミニダーゼ阻害物質を含む。この形態のニューロンの移動促進剤によれば、ノイラミニダーゼ阻害物質を含むことによってニューロンの移動を促進させることができる。
【0012】
(7)上記(6)に記載のニューロンの移動促進剤において、前記ノイラミニダーゼ阻害物質は、Neu1とNeu4とのうちの少なくとも一方を阻害してもよい。この形態のニューロンの移動促進剤によれば、ノイラミニダーゼ阻害物質がNeu1とNeu4とのうちの少なくとも一方を阻害するので、ニューロンの移動を効果的に促進することができる。
【0013】
(8)本発明の他の形態によれば、脳疾患の治療方法が提供される。この方法は、ノイラミニダーゼ阻害物質を脳疾患患者に投与する工程を含む。この形態の方法によれば、ノイラミニダーゼ阻害物質を脳疾患患者に投与する工程を含むので、ニューロンの移動を促進させることができ、この結果として、脳疾患の治療に用いることができる。
【0014】
(9)本発明の他の形態によれば、ニューロンの移動を促進させる方法が提供される。この方法は、ノイラミニダーゼ阻害物質を前記ニューロンに接触させるための工程を含む。この形態の方法によれば、ノイラミニダーゼ阻害物質をニューロンに接触させるための工程を含むので、ニューロンの移動を促進させることができる。
【0015】
(10)本発明の他の形態によれば、ノイラミニダーゼ阻害物質の、脳疾患を治療するための利用が提供される。
【0016】
なお、本開示は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、新生ニューロンの移動促進剤、ニューロンの移動促進キット、医薬組成物を含むキット、ニューロンの移動促進剤の製造方法、医薬組成物の製造方法、新生ニューロンの移動促進方法、脳の損傷組織の再生を補助するための方法、脳疾患の治療方法、ニューロンの移動促進剤としての利用、ニューロンの移動を促進させるための利用、ニューロンの移動促進剤を製造するためのノイラミニダーゼ阻害物質の利用、脳疾患治療薬を製造するためのイラミニダーゼ阻害物質の利用等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】ノイラミニダーゼがPSA-NCAMを切断する様子を模式的に示す説明図。
【
図3】ニューロンの移動を促進させる方法を示す工程図。
【
図4】実験1におけるSBF-SEMの画像データを示す説明図。
【
図5】実験1の結果としての細胞接着の割合を説明する説明図。
【
図7】実験2におけるPSA-NCAMの蛍光強度を示す説明図。
【
図9】実験3の結果としての細胞接着の割合を説明する説明図。
【
図10】正常脳と傷害脳とにおけるNeu1~4の発現レベルを示す説明図。
【
図11】傷害脳におけるNeu1~4の発現レベルを比較して示す説明図。
【
図12】実験5におけるマウスの脳損傷部位を模式的に示す説明図。
【
図14】実験5におけるシグナル強度を示す説明図。
【
図16】実験6におけるシグナル強度を示す説明図。
【
図18】実験7における二重陽性細胞の数を示す説明図。
【
図21】実験9においてシアル酸の定量に用いた脳領域を模式的に示す説明図。
【
図22】実験9におけるシアル酸の定量結果を示す説明図。
【
図24】実験10における顕微鏡画像の代表例を示す説明図。
【
図25】実験10におけるPSAシグナル強度を示す説明図。
【
図26】実験10におけるタイムラプスイメージングの結果を示す説明図。
【
図27】実験10におけるニューロンの移動速度を示す説明図。
【
図28】実験11における顕微鏡画像の代表例を示す説明図。
【
図29】実験11における二重陽性細胞の数を示す説明図。
【
図31】実験13における顕微鏡画像の代表例を示す説明図。
【
図32】実験13におけるPSA-NCAMの蛍光強度を示す説明図。
【
図33】実験13における損傷部位からの距離を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本開示の一実施形態によれば、ニューロンの移動促進剤が提供される。このニューロンの移動促進剤は、ノイラミニダーゼ阻害物質を含む。
【0019】
ニューロンとしては、特に限定されないが、例えば、内在性の神経幹細胞から産生される新生ニューロンが挙げられる。その他のニューロンとしては、例えば、iPS細胞(人工多能性幹細胞)やES細胞(胚性幹細胞)等の多能性幹細胞から分化誘導されたニューロン等が挙げられる。対象としては、特に限定されないが、例えば、ヒトを含む哺乳動物、ならびにサル、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ウシ、およびブタ等の非ヒト哺乳動物が含まれる。
【0020】
ノイラミニダーゼ(Neuraminidase)は、ポリシアル酸(PSA)を切断する酵素である。ノイラミニダーゼとしては、エキソ型(酵素番号EC 3.2.1.18)とエンド型(酵素番号EC 3.2.1.129)とが知られている。なお、ノイラミニダーゼは、シアリダーゼ(Sialidase)とも呼ばれる。哺乳動物由来のノイラミニダーゼとしては、Neu1、Neu2、Neu3、Neu4の、4つのサブタイプが知られている。ヒト由来Neu1のReference Sequence RNAは、NM_000434である。ヒト由来Neu2のReference Sequence RNAは、NM_005383である。ヒト由来Neu3のReference Sequence RNAは、NM_006656である。ヒト由来Neu4のReference Sequence RNAは、NM_080741である。
【0021】
ノイラミニダーゼ阻害物質には、ノイラミニダーゼの活性を阻害する物質と、ノイラミニダーゼの発現を阻害する物質とが含まれ得る。ノイラミニダーゼ阻害物質としては、特に限定されないが、例えば、2,3-デヒドロ-2-デオキシ-N-アセチルノイラミン酸(DANA)、ザナミビル、オセルタミビル、ペラミビル、ラニナミビル、ノイラミニダーゼの発現を阻害するsiRNAやmiRNA等が挙げられる。後述する実施例に示されるように、ノイラミニダーゼ阻害物質は、Neu1とNeu4とのうちの少なくとも一方を阻害することが好ましい。このため、ヒトNeu1特異的阻害剤(例えば、Magesh et al., 2008)や、Neu4特異的阻害剤を含むことが好ましい。また、臨床薬の中では、ヒトのノイラミニダーゼのうち少なくともNeu2、Neu3、Neu4に阻害効果が報告されている観点から、ザナミビルが好ましい。
【0022】
ノイラミニダーゼ阻害物質を含むことによってニューロンの移動が促進されるメカニズムについては、定かではないが、後述する実施例に示される結果から、以下のような推定メカニズムが想定される。
【0023】
図1は、ノイラミニダーゼがPSA-NCAMを切断する様子を模式的に示す説明図である。なお、NCAM(neural cell adhesion molecule)は、細胞接着分子である。ポリシアル酸は、嵩高い構造を有することによって、排他的空間を生み出していると考えられる。ここで、脳傷害後に、脳室下帯に存在する神経幹細胞が産生する神経細胞が傷害部へと移動する過程において、ノイラミニダーゼによって神経細胞表面の糖鎖ポリシアル酸が切断される現象が生じていると本願発明者らは考えた。糖鎖ポリシアル酸の切断によって、神経細胞同士の過剰な細胞接着が引き起こされ、神経細胞の移動が抑制されることが想定される。このため、ノイラミニダーゼ阻害物質によって糖鎖ポリシアル酸が切断されることを抑制し、この結果として過剰な細胞接着を抑制することによって、神経細胞の移動を促進できると本願発明者らは考えた。また、傷害部に多くの神経細胞を移動させることが可能となる結果、より多くの幼若な神経細胞が傷害部に到達し、それらが神経細胞に分化・成熟することが期待される。この結果として、神経細胞の再生が促進されるので、脳疾患によって低下した脳機能や運動機能を回復させることも可能となると考えられる。
【0024】
本実施形態のニューロンの移動促進剤は、疾患または状態の治療または予防のために用いられてもよい。疾患または状態としては、特に限定されないが、例えば、低酸素性虚血性脳症、脳梗塞、脳出血、脳血管障害、中枢神経疾患、アルツハイマー病、認知障害、外傷等が挙げられる。このため、本開示の他の形態によれば、脳疾患の治療のための医薬組成物が提供される。この医薬組成物は、ノイラミニダーゼ阻害物質を含む。
【0025】
ニューロンの移動促進剤および医薬組成物は、薬学的に許容可能な担体を含んでいてもよい。本明細書において「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。このような担体としては、特に限定されないが、例えば、溶媒、賦形剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。溶媒は、例えば、水若しくはそれ以外の薬学的に許容し得る水溶液、または薬学的に許容される有機溶剤のいずれであってもよい。水溶液としては、特に限定されないが、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等が挙げられる。補助剤としては、特に限定されないが、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。
【0026】
賦形剤としては、特に限定されないが、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリンおよび多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック(登録商標)、カオリン、ケイ酸、またはそれらの組み合わせが挙げられる。充填剤としては、特に限定されないが、例えば、ワセリン、前記糖および/またはリン酸カルシウム等が挙げられる。乳化剤としては、特に限定されないが、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル等が挙げられる。流動添加調節剤および滑沢剤としては、特に限定されないが、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩またはポリエチレングリコール等が挙げられる。上記の他にも、必要であれば医薬において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、矯味矯臭剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0027】
本実施形態にかかるニューロンの移動促進剤の剤形は、特に限定されないが、対象の脳内において性質を失活させることなく目的の部位にまで送達できる形態であることが好ましい。ニューロンの移動促進剤の剤形としては、特に限定されないが、例えば、液剤、粉剤、顆粒剤、錠剤等が挙げられる。ニューロンの移動促進剤の剤形は、対象の脳内の目的の部位に送達させやすくする観点から、液剤であることが好ましい。液剤としては、特に限定されないが、例えば、注射剤や点滴等の注射薬の形態が挙げられる。注射薬としては、特に限定されないが、ニューロンの移動促進剤を目的の部位に送達させやすくする観点から、動脈注射や筋肉注射であることが好ましい。このような形態によれば、侵襲を抑制できる。また、このような形態によれば、対象の脳内においてニューロンの移動を容易に促進できる。また、細胞や足場材料の局所的移植等と比較して、低侵襲で安全な技術によって、ニューロンの移動を促進できる。また、細胞や足場材料の局所的移植等と比較して、脳内の広範囲に及ぶ傷害に対して神経細胞を再生させることができる。また、ニューロンの移動促進剤は、脳内に直接投与されてもよく、足場材料等に含侵されて脳内に移植されてもよい。また、ニューロンの移動促進剤は、徐放性を有していてもよく、対象の脳内の目的の部位に滞留することによって、数時間、数日、数週間等の期間に亘ってノイラミニダーゼ阻害物質が徐放される形態であってもよい。なお、ニューロンの移動促進剤は、上記の安定剤やpH調節剤、賦形剤等と適宜組み合わせて製剤化されていてもよく、投与に使用するための注射器等の器具と組み合わされてキット化されていてもよい。
【0028】
本実施形態におけるニューロンの移動促進剤および医薬組成物の投与タイミングおよび投与量は、投与する対象や疾患または状態に応じて、適宜決定することができる。投与タイミングとしては、特に限定されないが、例えば、ニューロンの移動を促進させたい期間、持続投与されることが望ましい。持続投与としては、3日に1回以上投与されることが好ましく、2日に1回以上投与されることがより好ましく、1日1回、すなわち毎日投与されることがさらに好ましい。また、投与の開始タイミングとしては、特に限定されないが、例えば、ニューロンが移動を開始するタイミングまたはニューロンが移動を開始する前のタイミングであることが好ましい。投与の開始タイミングは、特に限定されないが、例えば、ニューロンの移動を効果的に促進する観点から、脳疾患の発症から20日経過する前であることが好ましく、15日経過する前であることがより好ましく、12日経過する前であることがさらに好ましく、10日経過する前であることがより一層好ましく、8日経過する前であることが特に好ましい。また、投与の開始タイミングは、特に限定されないが、例えば、ニューロンの移動を効果的に促進する観点から、脳疾患の発症から3日経過以降であることが好ましく、5日経過以降であることがより好ましく、7日経過以降であることがさらに好ましい。投与期間としては、特に限定されないが、例えば、ニューロンの移動を効果的に促進する観点から、5日間以上であることが好ましく、7日間以上であることがより好ましく、10日間以上であることがさらに好ましく、12日間以上であることがより一層好ましく、14日間以上であることが特に好ましい。脳疾患の発症から3日経過以降10日経過前までに投与を開始して10日間以上毎日投与されることが好ましく、脳疾患の発症から5日経過以降8日経過前までに投与を開始して14日間以上投与されることがより好ましい。例えば、脳疾患の発症から7日後に投与を開始して14日間投与されてもよい。投与量は、脳疾患の重症度や、患者の性別、年齢および体重等により異なるが、例えば、ノイラミニダーゼ阻害物質1~90mg/kg体重/日であり得る。
【0029】
本開示の他の形態によれば、脳疾患の治療方法が提供される。
図2は、脳疾患の治療方法を示す工程図である。この方法は、ノイラミニダーゼ阻害物質を脳疾患患者に投与する工程(P110)を含む。この工程は、上述の投与タイミングおよび投与量に沿って実施されてもよい。また、脳疾患の治療方法は、ノイラミニダーゼ阻害物質を脳疾患患者に投与する工程の前に、ノイラミニダーゼ阻害物質の投与量を決定する工程をさらに含んでいてもよい。この工程では、例えば、脳疾患の重症度や、患者の性別、年齢および体重に応じて投与量を決定してもよい。また、脳疾患の治療方法は、ノイラミニダーゼ阻害物質を脳疾患患者に投与する工程の後に、投与による効果を確認する工程をさらに含んでいてもよい。この工程では、例えば、行動テストによって効果を確認してもよい。
【0030】
本開示の他の形態によれば、ニューロンの移動を促進させる方法が提供される。
図3は、ニューロンの移動を促進させる方法を示す工程図である。この方法は、ノイラミニダーゼ阻害物質をニューロンに接触させるための工程(P210)を含む。ノイラミニダーゼ阻害物質をニューロンに接触させるための工程は、ノイラミニダーゼ阻害物質を対象に投与することによって実現されてもよい。また、この投与は、上述の投与タイミングおよび投与量に沿って実施されてもよい。なお、ノイラミニダーゼ阻害物質をニューロンに接触させるための工程は、ヒトに対する医療行為を含まないものであってもよい。
【実施例】
【0031】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0032】
1.試料および方法
(1)試料
野生型(WT)の雄および雌のC57BL/6Jマウスを、日本エスエルシー株式会社から購入した(RRID:IMSR_JAX:000664)。Dcx-GFPマウスは、Gong et al., Nature 425, p.917-925(2003)に記載の方法によって得た。Nestin-CreERT2;ニューロン特異的エノラーゼ(NSE)-ジフテリア毒素フラグメントA(DTA)マウスは、Nat.Neurosci.11, 1153-61 (2008) に記載の方法によって得た。コモンマーモセット(Callithrix jacchus)は、飼育動物コロニーの交配ペアから得たものを用いた。タモキシフェンの投与は、Nat.Neurosci.11, 1153-61 (2008)に記載の方法により行なった。
【0033】
(2)大脳皮質損傷の誘発
傷害脳として、マウスの大脳皮質の損傷を人為的に誘発した。大脳皮質損傷の誘発は、以下に示すように、Watsonらによって報告された(Watson et al., 1985)光刺激による虚血性脳傷害モデル(Photothrombosis)作製法を改良して行った。8~12週齢のマウスに対し、吸入マスクを用いて酸素/イソフルラン混合ガス(97.5/2.5%)を投与することによって麻酔し、その後、37℃の加熱ベッドに寝かせた。頭皮を切開して頭蓋骨表面を露出させ、ブレグマおよび標的部位を明らかにした。光照射のための光源(MSG6‐1100S、モリテックス社製)に接続した直径8mmの光ファイバーケーブルを、ブレグマの1mm前、2.7mm横に定位固定して頭蓋骨上に配置した。0.9% NaCl溶液中における光感受性ローズベンガル色素(30mg/kg、330000-1G、Sigma-Aldrich社製)を活性化することにより、大脳皮質虚血傷害を誘発した。ローズベンガルは、静脈から注入した。MHAA-100W-100V(Moritex社製)を用いて、波長533nm、150mWの条件で、頭蓋骨を10分間照明した。コモンマーモセットに対しては、PLoS One.8, e60037 (2013)の記載に準じて、光刺激による虚血性脳傷害モデル(Photothrombosis)作製法を改良したものを用いた。コモンマーモセット(3か月齢)の脳虚血は、深麻酔下にローズベンガル(30mg/kg)を静脈内注射し、緑色光(533nm、メタルハライドランプ、PCS-MH357RC、日本ピーアイ社製)を5~10分間照射することにより、血管内血栓症を誘発した。すべての手術は、メデトミジン(0.04mg/kg)、ミダゾラム(0.4mg/kg)およびブトルファノール(0.4mg/kg)の筋肉内注射により誘発された全身麻酔下で行われ、イソフルランにより維持され、アチパメゾール(0.15mg/kg)により拮抗した。頭皮を切開して頭蓋骨表面を露出させ、洗浄してブレグマおよび標的部位を明らかにした。光照射のための光源(PLG-1-1000-3R-UX350、日本ピーアイ社製)に接続した直径12mmの光ファイバーケーブルを、頭蓋骨の前5mm、ブレグマの外側6mmに定位固定して頭蓋骨上に配置した。
【0034】
(3)連続ブロック表面走査型電子顕微鏡(SBF-SEM)
サンプル調製、SBF-SEM(Serial block-face scanning electron microscopy)による観察、取得データの解析は、若干の修正を加えた上で、既存の方法に沿って行った(Kaneko et al, 2018; Nguyen et al, 2016; Sawada et al, 2018; Thai et al, 2016)。成体の野生型マウスの脳を、2.5%グルタルアルデヒド(GA)および2%PFAを含む0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4)中で、4℃にて灌流固定し、同じ固定液を用いて4℃にて一晩さらに固定した。固定したRMS組織もしくは脳傷害近傍組織を、2% OsO4および1.5%ヘキサシアノ鉄酸カリウムを含むPBS中で4℃にて1時間処理した。その後、1%チオカルボヒドラジン中で室温にて20分間処理した後、2%OsO4水溶液中で室温にて30分間処理し、その後、アスパラギン酸鉛水溶液中で65℃にて30分間処理した。その後,RMS組織をエタノール段階希釈にて脱水し、脱水アセトンを用いて処理した後、Ketjen black powderを含むDurcupan樹脂に、95℃で3時間埋め込んで重合した。3View in-chamber ultramicrotome system(Gatan社製)を搭載したMerlinおよびSigma走査型電子顕微鏡(Carl Zeiss社製)を用いて、正常脳におけるRMS組織および傷害脳におけるRMS組織のSBF-SEM観察を行った。連続画像は、幅40.96×40.96μm(5.0nm/pixel)、深さ80μm以上、80nmステップで作成された。また、連続画像は、FIJIで処理された。細胞膜、核、遠心球のセグメンテーションは、Microscopy Image Browser(Belevich et al., 2016)を用いて行った。手動セグメンテーションは、全てのスライスで行った。移動する新生ニューロンおよびその細胞内器官の三次元再構成は、公知の方法によって、Amiraソフトウェア(Maxnet社製)を用いて行った(Kaneko et al., 2018; Sawada et al., 2018; Matsumoto et al., 2019)。
【0035】
(4)免疫組織化学と画像取得
マウス脳切片における免疫組織化学は、公知の方法に準じて実施した(Ota et al., 2014; Sawada et al., 2018)。より具体的には、マウス成体の脳を、4%パラホルムアルデヒド(PFA)を含む0.1Mリン酸緩衝液(PB)を用いて灌流固定し、同じ固定液を用いて4℃にて一晩さらに固定した。ビブラトーム(VT-1200S、Leica社製)を用いて50μm厚の浮遊冠状断および矢状断を作成し、10%正常ロバ血清(NDS)および0.2%Triton X-100を含むPBSをブロッキング溶液として、室温にて30分間インキュベートした。これらの切片を、一次抗体とともにブロッキング溶液中で4℃にて一晩インキュベートし、その後、AlexaFluor488/568/647標識二次抗体(1:1,000、Invitrogen社製)とともにブロッキング溶液中で室温にて2時間インキュベートした。一次抗体としては、以下の抗体を用いた。ウサギ抗ダブルコルチン(Dcx)(1:1,000、4604S、Cell Signaling Technology社製;RRID:AB_10693771)、ウサギ抗DsRed(1:1,000、632496、Clontech社製;RRID:AB_10013483)、マウスIgM抗ポリシアル化神経細胞接着分子(PSA-NCAM)(1:1000、東京医科大学 石 龍徳 名誉教授提供)(Seki and Arai, 1991)、ウサギ抗NeuN(1:1000、ab177487、Abcam社製)。コモンマーモセット脳切片の免疫組織化学は、Cereb.Cortex.30, 4092-4109 (2020)に記載の方法に沿って行なった。より具体的には、成体脳を0.1Mリン酸緩衝液(PB)中4%パラホルムアルデヒド(PFA)で灌流固定し、同じ固定液にて4℃で一晩さらに固定した。ビブラトーム(VT-1200S、Leica社製)を用いて厚さ60μmの冠状切片と矢状切片を作製し、ブロッキング液中で室温にて1時間インキュベートした。これらの切片を、ブロッキング液中で一次抗体とともに4℃で一晩インキュベートし、その後、AlexaFluor488/647標識二次抗体(1:1,000、Invitrogen社製)とともにブロッキング液中で室温にて3時間インキュベートした。一次抗体として、モルモット抗Dcx(1:400、AB2253、Millipore社製;RRID:AB_1586992)および、マウスIgM抗PSA-NCAM(1:400)抗体を用いた。
【0036】
画像は、20×対物レンズを装着したLSM 700共焦点レーザースキャン顕微鏡(Carl Zeiss社製)を用いて、2μm間隔でスキャンすることにより取得した。Dcx+細胞(Dcx陽性細胞)におけるPSA-NCAMの蛍光強度は、ZENソフトウェア(Carl Zeiss社製)を用いて定量化した。50μm厚の冠状断切片の6枚ごとに、傷害脳内のDcx陽性細胞またはDcx陽性NeuN陽性細胞を数えた。その合計に6を乗じることにより、半球あたりの総数を推定した。
【0037】
(5)リアルタイムPCR
正常脳および傷害脳におけるNeu1~Neu4のmRNAレベルを調べるために、深麻酔下において、正常または傷害7日後の野生型マウスの脳を頭蓋骨から速やかに取り出し、正常脳または傷害脳における皮質(Ctx)、脳梁(CC)および線条体(St)を剥離した。以下の説明では、皮質と脳梁とを合わせて「Ctx、CC」とも記載する。採取したサンプルからTotal RNAを抽出した。抽出には、RNA抽出キット(CellAmp Direct RNA prep kit、Takara社製)を用いた。正常脳の皮質、脳梁、線条体または傷害脳の皮質、脳梁、線条体におけるNeu1~Neu4のmRNAレベルを調べるために、組織からTRIzol試薬(Invitrogen社製)を用いてtotal RNAを抽出した。cDNAは、SuperScript IV Reverse Transcriptase (Invitrogen社製)を用いて合成した。定量的SYBR GreenリアルタイムPCRは、ABI 7500 Fast Real-Time PCR装置(Applied Biosystems社製)を用いて、公知の方法に沿って実施した(LS Zheng et al, 2015)。リアルタイムPCRには、以下のプライマーを使用した。すなわち、52bpのNeu1産物を増幅するためのNeu1フォワードプライマー 5'-TGCCAGCCCTACGAGCTT-3'(配列番号1)およびNeu1リバースプライマー 5'-TGGTTCCGGCGTTGAT-3'(配列番号2)、61bpのNeu2産物を増幅するためのNeu2フォワードプライマー 5'-CCCTGGCGTGTATCAGAA-3'(配列番号3)、およびNeu2リバースプライマー 5'-AGCACAGCCGTGTGACATTAAC-3'(配列番号4)、60bpのNeu3産物を増幅するためのNeu3フォワードプライマー 5'-GGCTGGACGGCTGGTA-3'(配列番号5)およびNeu3リバースプライマー 5'-TCGAAATCGGCTTGGTGTTC-3'(配列番号6)、61bpのNeu4産物を増幅するためのNeu4フォワードプライマー 5'-AAGGCACGTCCTTCCTACCA-3'(配列番号7)およびNeu4リバースプライマー 5'-GCAACCACGAGCCGTCTCT-3'(配列番号8)、内在性コントロールとしての55bpのGAPDH産物を増幅するためのGAPDHフォワードプライマー 5'-CATGGCCTTCCGTGTTCCTA-3'(配列番号9)およびGAPDHリバースプライマー 5'-CACGTCAGATCCA-3'(配列番号10)を用いた。
【0038】
(6)ウイルスベクターおよびプラスミド
Neu1ノックダウンプラスミドおよびNeu4ノックダウンプラスミドの生成は、公知の方法に沿って行った(Ota et al, 2014)。より具体的には、マウスNeu1、Neu4、およびLacZ(比較例)遺伝子の標的配列を、DsRed-expressを含む改変Block-iT Pol II miR RNAi発現ベクターに挿入した。Gatewayシステム(Invitrogen社製)を用いて、以下のpCSIIレンチウイルス発現ベクターを作製した(CSII-EF-DsRed-miR-Neu1、CSII-EF-DsRed-miR-Neu4、CSII-EF-DsRed-miR-LacZ miRNA)。これらのベクターにおけるノックダウン(KD)効率は、ウェスタンブロッティングにより評価した。なお、用いたmiRNAの配列は、以下のとおりである。Neu1をノックダウンするためのmiRNAインサート:TGCTGATAAGGAACACTATCCCTGTGGTTTTGGCCACTGACTGACCACAGGGAGTGTTCCTTAT(配列番号11)、Neu4をノックダウンするためのmiRNAインサート:TGCTGTTCATAGGAAGTCCTGGTCCCGTTTTGGCCACTGACTGACGGGACCAGCTTCCTATGAA(配列番号12)
【0039】
レンチウイルス粒子を作製するために、レンチウイルスベクターとパッケージングベクター(pCAG-HIVgpおよびpCMV-VSV-G-RSV-Rev)を、HEK293T細胞にトランスフェクションした。トランスフェクションから3日後、MX-307微量冷却遠心機(Tomy社製)を用いて8000rpm、4℃で16時間遠心分離し、培養上清を濃縮した。レンチウイルス懸濁液2μLを、脳傷害7日後(dpi)のマウスの損傷部位の周囲(1.8、1.6、1.4、1.2、1.0、0.8、0.5mm前方、ラムダ側方、1.5-2.0mm深さ)に、定位的に注入した。
【0040】
(7)V-SVZ由来新生ニューロンのBV2細胞との共培養
V-SVZ由来の新生ニューロンのin vitro培養とタイムラプスイメージングを、J. Neurosci.39, 9967-9988 (2019)に記載の方法に準じて行なった。より具体的には、P0-P3雌雄野生型マウスのV-SVZ組織を解剖し、トリプシン-EDTA(Invitrogen社製)で解離した。40μg/ml DNase I(Roche Diagnostics社製)を含むL-15培地(Invitrogen社製)で細胞を洗浄し、Amaxa Nucleofector IVシステム(Lonza Walkersville社製)を用いてプラスミドpCAGGS-EGFPでトランスフェクトした。トランスフェクトされた細胞は、RPMI-1640培地(Thermo Fisher Scientific社製)に集められ、再凝集された。これらの細胞凝集塊を、60%マトリゲル(BD Biosciences社製)に包埋したBV2細胞(名古屋市立大学、植木孝俊博士より提供)の単層上に置き、2%NeuroBrew-21(Invitrogen社製)、2mM L-グルタミン(Invitrogen社製)、50U/mlペニシリン-ストレプトマイシン(Invitrogen社製)を含むNeurobasal培地で2日間培養し、タイムラプスイメージングを行なった。リポ多糖(LPS;100ng/ml~1μg/ml)による細胞の処理は、ノイラミニダーゼ阻害剤(DANAまたはZanamivir;終濃度1mM)を併用または非併用で、J. Biol.Chem.290, 13202-14 (2015)に記載の方法に準じて行なった。蛍光顕微鏡(KEYENCE社製)および20倍の対物レンズを用いて、無作為に選んだEGFP発現新生ニューロンのタイムラプスイメージングを行なった。
【0041】
(8)EndoN処理方法およびノイラミニダーゼ阻害薬の投与方法
1μlのPBSまたはEndoN(10 units/μl)を側脳室(ブレグマから-0.2mm前方、0.6mm側方、2.0mm深部)に定位注入した。ノイラミニダーゼの阻害には、DANA(N-Acetyl-2,3-didehydro-2-deoxyneuraminic acid)(50mg/kg)、ザナミビル(50mg/kg)またはPBS(コントロール)を、マウスでは7-21dpiに、コモンマーモセットでは7-28dpiに、毎日腹腔内に注射した。
【0042】
(9)シアル酸の定量
解剖したマウスの脳サンプルを、1% Triton X-100、プロテアーゼ阻害剤カクテル(1μg/mL アプロチニン、1μg/mL ロイペプチン、1μg/mL ペプスタチン、2μg/mLアンチペイン)、および5mM エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を含むPBSでホモジナイズし、氷上で1時間インキュベートした。ホモジネートを遠心分離し、上清のタンパク質濃度をビシンコニン酸(BCA)アッセイで評価した。各サンプル中のシアル酸(Sia)を、DMB誘導体化法を用いて定量した。より詳細には、1μlの脳ホモジネートを、0.2Mトリフルオロ酢酸(TFA)中で80℃にて2時間インキュベートして加水分解した。DMB誘導体化のために、20μlの0.01M TFAと20μlのDMB溶液とを乾燥試料に加え、50℃で2時間インキュベートした。蛍光HPLC分析では、サンプルを10倍に希釈し、JASCOインテリジェント不活性サンプラー(AS-4050)からHandy ODSカラム(250×4.6mm i.d.)(和光社製)に注入し、メタノール/アセトニトリル/水(7/9/84、v/v/v)で溶出した。HPLCシステムは、JASCOポンプ(PU-4180)、JASCO蛍光検出器(FP-2025 plus、励起波長373nm、発光波長448nm)、Chromato-PRO Integrator(Run Time Corporation社製)で構成された。
【0043】
2.実験内容および結果
<実験1:新生ニューロンの形態および細胞接着の確認>
正常脳および傷害脳における新生ニューロンのchainの形態および細胞接着を、SBF-SEMを用いて観察した。また、細胞接着の割合を、SBF-SEMの結果に基づき定量した。
図4は、実験1におけるSBF-SEMの画像データを示す説明図である。
図4の紙面上側は正常脳(Normal)を示し、紙面下側は傷害脳(Injury)を示している。また、
図4の紙面左側は細胞の鎖状の集団(chain)を示しており、各細胞が色分けされている。
図4の紙面右側は細胞接着の状態を示しており、薄い灰色で示される領域は、新生ニューロン同士が接着していることを示し、濃い灰色で示される領域は、ニューロン間の間隙(open extracellular space)を示している。
【0044】
新生ニューロンは、脳内においてchainを形成しながら移動する。
図4の紙面左側に示されるように、正常脳内のchainは、細胞の向きが揃っており、それぞれの新生ニューロンがスムーズな形態を示している。これに対し、傷割脳内のchainは、細胞の向きが不均一であり、それぞれの新生ニューロンの形態もイレギュラーであることがわかる。
【0045】
図5は、実験1の結果としての細胞接着の割合を説明する説明図である。
図5では、
図4の紙面右側と同様に、新生ニューロン同士が接着している領域(New neurons)が薄い灰色で示され、ニューロン間の間隙が濃い灰色で示され、その他の細胞と接着している領域が白色で示されている。
図5の縦軸は、各領域の面積の割合(Proportion)を百分率(%)で示している。
図4の紙面右側および
図5に示されるように、傷害脳では、正常脳と比較して、ニューロン間の間隙が有意に少なく、新生ニューロン同士が接着している領域の面積の割合が有意に大きかった。ニューロン間の間隙は、集団で移動する新生ニューロンの特徴として知られている。このため、傷害脳内を移動する新生ニューロンでは、正常脳よりも細胞接着が過剰になり、この結果として移動障害が生じていることが示唆された。
【0046】
<実験2:正常脳と傷害脳における新生ニューロンのPSAシグナル強度の比較>
正常脳内を移動する新生ニューロンの表面には、ポリシアル酸(PSA)が存在する。また、PSAは、新生ニューロンのマーカーとしても幅広く使用されている。しかしながら、傷害脳内を移動する新生ニューロンのPSAの詳細は、これまで明らかされていなかった。そこで、本願発明者らは、正常脳と傷害脳における新生ニューロンのPSAシグナル強度を比較した。
【0047】
図6は、実験2における顕微鏡画像を示す説明図である。
図6の紙面上側は正常脳(Normal)を示し、紙面下側は傷害脳(Injury)を示している。また、
図6の紙面左側はDcxの発現を示し、
図6の紙面右側はPSA-NCAMの発現を示している。なお、Dcxは、幼若ニューロンのマーカーであり、PSA-NCAMは、ポリシアル化された神経細胞接着分子である。
図7は、実験2におけるPSA-NCAMの蛍光強度を示す説明図である。
図7では、Dcx陽性細胞におけるPSA-NCAMの蛍光強度が示されている。
【0048】
図6および
図7に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、傷害脳の新生ニューロンにおいてもPSAの発現が認められたが、そのシグナル強度は、正常脳の新生ニューロンと比べて有意に低下することがわかった。この結果は、傷害脳内において、移動する新生ニューロン同士の接着が過剰となることについて、PSAレベルの減少が関与していることを示唆している。
【0049】
<実験3:PSA分解酵素の投与によるニューロン間接着への影響の確認>
PSAの存在が新生ニューロンの接着に影響を与えるか否かを調べるために、正常脳内にPSAの分解酵素であるendoneuraminidaseN(endoN)を投与し、新生ニューロンにおけるPSAの除去を行なった。具体的には、Dcx-GFPマウスの側室脳に、1μLのPBS(phosphate-buffered saline、比較例)または1μLのendoN(10units/μL)を注射した。3日後に固定し、免疫組織化学による観察およびSBF-SEMによる観察を行った。
【0050】
図8は、実験3における顕微鏡画像を示す説明図である。
図8の紙面上側は比較例(Ctrl)を示し、紙面下側はendoN投与群(EndoN)を示している。また、
図8の紙面左側はDcxの発現を示し、紙面中央はPSA-NCAMの発現を示し、紙面右側はSBF-SEM画像を示している。SBF-SEM画像において、薄い灰色で示される領域は、新生ニューロン同士が接着していることを示し、濃い灰色で示される領域は、ニューロン間の間隙を示している。
図9は、実験3の結果としての細胞接着の割合を説明する説明図である。
図9では、
図4の紙面右側および
図8の紙面右側と同様に、新生ニューロン同士が接着している領域が薄い灰色で示され、ニューロン間の間隙が濃い灰色で示され、その他の細胞と接着している領域が白色で示されている。
図9の縦軸は、各領域の面積の割合を百分率(%)で示している。
【0051】
図8の紙面中央に示されるように、endoN投与群では、比較例と比べて、PSAのシグナル強度が著しく減少していた。
図8の紙面右側および
図9に示されるように、SBF-SEMによる細胞接着の三次元的な観察によれば、endoN投与群では、ニューロン間の間隙の割合が有意に減少するとともに、ニューロン間の接着の割合が増加していることが明らかとなった。
図8および
図9に示される結果によれば、傷害脳内では、PSAが減少することによって過剰な細胞接着が引き起こされていることが示唆された。
【0052】
<実験4:PSAの減少にノイラミニダーゼが関与する可能性の検討>
傷害脳内を移動する新生ニューロンにおけるPSAの低下に、シアル酸を加水分解する酵素であるノイラミニダーゼ(Neu)が関与する可能性について検討した。正常脳と傷害脳とについて、皮質(Cerebral cortex:Ctx)および脳梁(corpus callosum:CC)、線条体(striatum:St)におけるNeu1~4の発現レベル(Expression level)を、リアルタイムPCRを用いて定量した。
【0053】
図10は、正常脳と傷害脳とにおけるNeu1~4の発現レベルを示す説明図である。
図10のグラフでは、正常脳における結果が白色で示され、傷害脳における結果が黒色で示され、皮質と脳梁とにおける発現量がまとめて示されている。
図10の縦軸は、正常脳の皮質と脳梁とにおける発現量の合計を1とした場合の、相対的な発現レベルを示している。
【0054】
図10の結果から、以下のことがわかった。すなわち、傷害脳においては、線条体におけるNeu1の発現レベルと、全領域におけるNeu4の発現レベルとが、正常脳の発現レベルと比較して上昇していることが確認された。特に、Neu4については、傷害脳では正常脳と比較して発現レベルが2倍以上上昇していた。
【0055】
図11は、傷害脳におけるNeu1~4の発現レベルを比較して示す説明図である。
図11のグラフでは、皮質と脳梁とにおける発現量がまとめて示されており、
図11の縦軸は、発現量が最も低い線条体におけるNeu3の発現量を1とした場合の、相対的な発現レベルを示している。
【0056】
図11の結果から、以下のことがわかった。すなわち、皮質および脳梁、線条体のいずれにおいても、Neu1およびNeu4の発現レベルが高かった。
図10および
図11に示される結果から、傷害脳におけるPSAの減少には、Neu1およびNeu4が主に関与していることが示唆された。
【0057】
<実験5:Neu1およびNeu4の発現抑制による影響の確認>
Neu1およびNeu4に関して、傷害脳における新生ニューロンのPSAレベルと移動に対する影響を調べるために、傷害周囲の細胞にmiNeu1、miNeu4を発現するウイルスを感染させて遺伝子の発現を抑制した。比較例としては、LacZ遺伝子をノックダウンするノックダウンベクターを用いた。脳傷害7日後にウイルスに感染させ、脳傷害21日後に固定し、免疫組織化学による観察および解析を行った。
【0058】
図12は、実験5におけるマウスの脳損傷部位を模式的に示す説明図である。
図13は、実験5における顕微鏡画像を示す説明図である。
図13の紙面左側はコントロール群を示し、紙面中央はNeu1ノックダウン群を示し、紙面右側はNeu4ノックダウン群を示している。また、紙面上側の画像では、DsRed、DcxおよびPSA-NCAMが示されるとともに、脳損傷部位が破線で示され、傷害部に移動する新生ニューロンが矢印で示されている。紙面下側におけるDcxの発現を示す画像およびPSA-NCAMの発現を示す画像では、紙面上側の画像における四角の枠で囲んだ領域を拡大して示している。
図14は、実験5におけるシグナル強度を示す説明図である。
図14の紙面左側は、PSA-NCAMのシグナル強度を示し、
図14の紙面右側は、脳損傷部位に局在するDcx陽性細胞のシグナル強度を示している。
【0059】
図13および
図14に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、Neu1ノックダウン群およびNeu4ノックダウン群では、コントロール群に比べて、傷害部へ向かう新生ニューロンのPSAシグナル強度が有意に増加していた。さらに、Neu1ノックダウン群およびNeu4ノックダウン群では、コントロール群に比べて、傷害部へ移動する新生ニューロンが有意に増加していた。以上の結果から、傷害脳におけるNeu1の発現抑制およびNeu4の発現抑制は、新生ニューロンにおけるPSAの維持をもたらし、傷害部への新生ニューロンの移動を促進できることが示唆された。
【0060】
<実験6:ノイラミニダーゼ阻害剤投与による新生ニューロン移動促進の確認>
より広範囲における脳組織中のノイラミニダーゼを阻害するために、ノイラミニダーゼ阻害剤として、N-Acetyl-2,3-didehydro-2-deoxyneuraminic Acid(DANA)または抗インフルエンザ薬のザナミビル(Zanamivir)を、50mg/kgの条件で、脳傷害7日後から21日後まで、14日間連続で腹腔内注射によって投与した。コントロール群には、PBSを同条件で腹腔内注射によって投与した。脳傷害21日後に固定し、免疫組織化学による観察および解析を行った。
【0061】
図15は、実験6における顕微鏡画像を示す説明図である。
図15の紙面左側はコントロール群を示し、紙面中央はDANA投与群を示し、紙面右側はザナミビル投与群を示している。また、紙面上側の画像では、脳梁、線条体および脳室に亘る比較的広範囲の領域が示されており、紙面下側には、Dcxの発現を示す画像およびPSA-NCAMの発現を示す画像の代表例が示されている。
図16は、実験6におけるシグナル強度を示す説明図である。
図16の紙面左側は、PSA-NCAMのシグナル強度を示し、
図16の紙面右側は、脳損傷部位を取り囲むDcx陽性細胞のシグナル強度を示している。
【0062】
図15および
図16に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、ノイラミニダーゼ阻害剤投与群では、コントロール群に比べて、傷害部へ向かう新生ニューロンのPSAシグナル強度が有意に増加していた。さらに、ノイラミニダーゼ阻害剤投与群では、コントロール群に比べて、傷害部へ移動する新生ニューロンが有意に増加していた。これらの結果は、ノイラミニダーゼ阻害剤投与によって、新生ニューロンにおけるPSAの維持および傷害部への移動が促進されることを示唆している。
【0063】
<実験7:ノイラミニダーゼ阻害剤投与によるニューロン再生促進の確認>
ノイラミニダーゼ阻害剤の投与がニューロン再生に寄与するか否かを調べるために、ノイラミニダーゼ阻害剤としてのDANAを、50mg/kgの条件で、脳傷害7日後から21日後まで、14日間連続で腹腔内注射によって投与した。コントロール群には、PBSを同条件で腹腔内注射によって投与した。脳傷害35日後に固定し、免疫組織化学による観察および解析を行った。
【0064】
図17は、実験7における顕微鏡画像を示す説明図である。
図17の紙面左側はコントロール群を示し、紙面右側はDANA投与群を示している。また、紙面上側の画像では、Dcxおよび成熟ニューロンのマーカーであるNeuNが示されている。紙面下側におけるDcxおよびNeuNの発現を示す画像およびDcxの発現のみを示す画像では、紙面上側の画像における四角の枠で囲んだ領域を拡大して示している。
図17では、Dcx陽性NeuN陽性細胞、すなわちDcxおよびNeuNの二重陽性細胞が、矢印で示されている。
図18は、実験7における二重陽性細胞の数を示す説明図である。
図18では、側脳室-脳室下帯(ventricular-subventricular zone:V-SVZ)から600μm以下の距離に位置する二重陽性細胞の数と、600μmよりも離れて位置する二重陽性細胞の数とがそれぞれ示されている。
【0065】
図17および
図18に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、ノイラミニダーゼ阻害剤投与群では、コントロール群に比べて、傷害周囲にNeuNを発現する新生ニューロンが有意に増加することが明らかとなった。さらに、ノイラミニダーゼ阻害剤投与群では、コントロール群に比べて、新生ニューロンが産生される脳室下帯から600μm以上離れた位置に分布する二重陽性細胞の数が有意に増加することが明らかとなった。これらの結果から、ノイラミニダーゼ阻害剤投与によって新生ニューロンの移動が促進されるとともに、新生ニューロンが傷害部位に到達して成熟することが示唆された。
【0066】
<実験8:ノイラミニダーゼ阻害剤投与による運動機能の回復の確認>
ノイラミニダーゼ阻害剤投与が、傷害によって失われた運動機能の回復に寄与するか否かを調べた。ノイラミニダーゼ阻害剤としてのDANAまたはザナミビルを、50mg/kgの条件で、新生ニューロンの移動が開始すると想定される脳傷害7日後から、21日後まで14日間連続で腹腔内注射によって投与した。コントロール群には、PBSを同条件で腹腔内注射によって投与した。脳傷害前、脳傷害7日後、脳傷害35日後に、Foot Fault Test(FFT)を行った。新生ニューロンの移動のピークが終了して新生ニューロンが成熟を始めると想定される脳傷害35日後に運動機能の解析を行った。
【0067】
図19は、FFTの様子を示す説明図である。FFTは、行動テストの一つであり、網の上をマウスに歩行させることで、マウス手足の網からの滑落の頻度を左右で比較し、歩行機能を評価するテストである。FFTは、公知の方法に修正を加えて行った(Hernandez et al., 1988)。具体的には、マウスを幅40mmの開口部を持つ高架のワイヤー製六角格子上に置き、自由に歩き回れるようにした。マウスが滑ったり、手足がグリッドの隙間に落ちたりして転倒した場合、フットフォールトとしてミスステップを記録した。各肢のフットフォールト数を10分間数え、4肢の合計数に対する対側(左)の前肢と後肢のフォールト数の比率をパーセンテージで求めた。
【0068】
図20は、実験8の結果を示す説明図である。
図20の縦軸は、左側手足が網から落ちる割合を示している。
図20に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、左側手足が網から落ちる割合は、ノイラミニダーゼ阻害剤投与群とコントロール群とにおいて、傷害前にはいずれも50%程度であり、傷害7日後には、その割合が両群ともに傷害前より増加した。これに対して、傷害35日後には、コントロール群よりもノイラミニダーゼ阻害剤投与群において、左側滑落割合が有意に減少した。以上の結果から、脳梗塞等によって失われた運動機能は、新生ニューロンの移動が活発な期間にノイラミニダーゼ阻害剤を投与することによって、回復が促進されることが示唆された。
【0069】
<実験9:傷害脳におけるシアル酸の定量>
実験6の追加実験として、正常脳のRMS(rostral migratory stream:吻側移動流)と、傷害部位からの距離が異なる領域1および領域2とにおけるシアル酸(Neu5Ac)の濃度を、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)を用いて定量的に分析した。DANA投与群およびザナミビル投与群のn数はそれぞれ4とし、ノイラミニダーゼ阻害剤に代えてPBSを投与したコントロール群のn数は3とし、多重比較にはTukey検定を用いた。なお、エラーバーは平均値±平均値の標準誤差を示す。
【0070】
図21は、実験9においてシアル酸の定量に用いた脳領域を模式的に示す説明図である。
図22は、実験9におけるシアル酸の定量結果を示す説明図である。
図22において、紙面左側はRMSと傷害脳領域との比較を示し、紙面中央は領域1における各群の比較を示し、紙面右側は領域2における各群の比較を示している。
図22に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、傷害脳領域(領域1および領域2)におけるシアル酸濃度は、正常なRMSにおけるシアル酸濃度と比較して、有意に低下していた。また、ノイラミニダーゼ阻害剤の投与により、領域1および領域2の両領域において、シアル酸が増加した。これらの結果によれば、傷害によってPSAが減少するが、いずれの傷害領域においても、ノイラミニダーゼ阻害剤投与によって、シアル酸が増加することが明らかとなった
【0071】
<実験10:V-SVZ由来新生ニューロンのBV2細胞との共培養>
図23は、実験10の概要を示す説明図である。ノイラミニダーゼ阻害剤投与により、ニューロンの移動が促進されるかどうかを調べるために、傷害を受けた脳を模倣するin vitro系として、新生ニューロン細胞とミクログリア細胞株BV2の共培養を行なった。ミクログリア細胞株BV2は、LPS刺激によってノイラミニダーゼを放出することが報告されている(J. Biol.Chem.290, 13202-14 (2015))。そこで、共培養を行なって、LPS添加後のPSAシグナル強度を調べるとともに、タイムラプスイメージングにより新生ニューロンの移動速度を調べた。以下の説明において、「LPS-」はLPS非添加のコントロールを示し、「LPS+」はLPSを添加したことを示している。PSAシグナル強度の解析では、コントロール(LPS-)のn数は6とし、PBS(LPS+)、DANA(LPS+)、Zanamivir(LPS+)のn数はいずれも10とした。タイムラプスイメージングでは、コントロール(LPS-)のn数は8とし、PBS(LPS+)、DANA(LPS+)、Zanamivir(LPS+)のn数はいずれも30とした。いずれも、多重比較にはMann-Whitney U検定を用いた。なお、エラーバーは平均値±平均値の標準誤差を示す。
【0072】
図24は、実験10における顕微鏡画像の代表例を示す説明図である。
図24の紙面上側はDcxおよびPSA-NCAMの発現を示す画像であり、紙面下側はPSA-NCAMの発現のみを示す画像である。
図25は、実験10におけるPSAシグナル強度を示す説明図である。
図24および
図25に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、コントロール(LPS-)とPBS(LPS+)との比較からわかるように、LPS刺激によってPSAシグナルが低下するが、ノイラミニダーゼ阻害剤としてのDANAやZanamivirを添加することによって、PSAシグナル強度が維持されることがわかった。
【0073】
図26は、実験10におけるタイムラプスイメージングの結果を示す説明図である。
図26において、各タイムラプス画像の上側に付された数字は、最初の撮像フレームから何分後に撮影されたかを示している。また、
図26では、新生ニューロンの位置を矢頭(arrowhead)で示している。
図27は、実験10におけるニューロンの移動速度を示す説明図である。
図26および
図27に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、LPS刺激によってニューロンの移動速度が低下するが、ノイラミニダーゼ阻害剤を添加することによって、ニューロンの移動速度が回復することが明らかとなった。以上の結果から、ノイラミニダーゼ阻害剤を投与することによって新生ニューロンにおけるPSAが維持され、ニューロンの移動が促進されることが示唆された。
【0074】
<実験11:ノイラミニダーゼ阻害剤投与によるニューロン再生促進の確認>
実験7の追加実験として、ノイラミニダーゼ阻害剤としてのDANAおよびザナミビルを用いた実験を行なった。脳傷害7日後から14日間、ノイラミニダーゼ阻害剤を50mg/kgの条件で腹腔内注射によって投与し、脳傷害から35日後に固定し、免疫組織化学による観察および解析を行なった。
【0075】
図28は、実験11における顕微鏡画像の代表例を示す説明図である。
図28の紙面左側はコントロール群を示し、紙面中央はDANA投与群を示し、紙面右側はザナミビル投与群を示している。また、紙面上側の画像では、DcxおよびNeuNが示されている。紙面下側におけるDcxおよびNeuNの発現を示す画像およびDcxの発現のみを示す画像では、紙面上側の画像における四角の枠で囲んだ領域を拡大して示している。
図28では、DcxおよびNeuNの二重陽性細胞が、矢印で示されている。なお、DcxおよびNeuNの二重陽性細胞は、枝分かれした長い突起を持つ成熟した形態を示している。
図29は、実験11における二重陽性細胞の数を示す説明図である。
図29では、V-SVZから600μm以下の距離に位置する二重陽性細胞の数と、600μmよりも離れて位置する二重陽性細胞の数とがそれぞれ示されている。
【0076】
図28および
図29に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、実験7と同様に、ノイラミニダーゼ阻害剤投与群では、コントロール群に比べて、傷害周囲にNeuNを発現する新生ニューロンが有意に増加していた。また、実験7と同様に、ノイラミニダーゼ阻害剤投与群では、コントロール群に比べて、V-SVZから600μm以上離れた位置に分布する二重陽性細胞の数が有意に増加していた。実験11の結果からも、ノイラミニダーゼ阻害剤投与によって、傷害脳における新生ニューロンの移動が促進され、損傷部位に到達して成熟することが示された。
【0077】
<実験12:運動機能の回復がニューロン再生に起因するかについての確認>
上述の実験8によれば、ノイラミニダーゼ阻害剤の投与によって運動機能の回復が確認された。このため、次に、阻害剤投与動物で観察された機能回復が、V-SVZ由来ニューロンの再生によるものかどうかを調べるために、新生ニューロンを特異的に除去するシステム(Nestin-CreERT2;NSE-DTA)を使用した。Nestin-CreERT2;NSE-DTAマウスに、傷害の20日前からタモキシフェンを8回注射することにより、ニューロン特異的にジフテリア毒素を発現し、細胞死を起こさせた。その後、脳傷害を行なった。傷害7日後からザナミビルを50mg/kgの条件で腹腔内注射によって14日間投与し、ザナミビル投与終了14日後に、行動テスト(FFT)を行なうとともに、DcxおよびNeuNの二重陽性細胞の解析を行なった。なお、コントロールとして、NSE-DTAマウスを用いた。各群のn数は3とし、t検定を用いた。なお、エラーバーは平均値±平均値の標準誤差を示す。
【0078】
図30は、実験12の結果を示す説明図である。
図30において、紙面左側は、二重陽性細胞の数を示しており、紙面右側は、FFTの結果を示している。
図30に示すように、Nestin-CreERT2;NSE-DTA群では、NSE-DTA群とは異なり、ノイラミニダーゼ阻害剤を投与してもDcxおよびNeuNの二重陽性細胞が減少していた。さらに、Nestin-CreERT2;NSE-DTA群では、NSE-DTA群とは異なり、ザナミビルの投与によっても、FFTにおける左側滑落割合の改善は認められなかった。これらの結果は、ノイラミニダーゼ阻害剤を投与したマウスの損傷脳で再生したV-SVZ由来ニューロンが、機能回復に寄与していることを示している。
【0079】
<実験13:霊長類におけるノイラミニダーゼ阻害剤投与による効果の確認>
実験6の追加実験として、傷害脳内におけるノイラミニダーゼ阻害剤投与のニューロン再生効果が、よりヒトに近い動物種でも認められるかを確認した。霊長類であるコモンマーモセットに脳傷害を与え、傷害7日後から21日間、ザナミビルを50mg/kgの条件で腹腔内注射によって投与した。脳傷害から28日後に固定し解析を行なった。免疫染色において、正常RMS群、ザナミビル投与群およびコントロール群のn数は、いずれも15とし、多重比較にはMann-Whitney U検定を用いた。損傷部位からのDcx陽性細胞の脳内移動距離の解析において、コントロール群のn数は148とし、ザナミビル投与群のn数は140とし、多重比較にはWilcoxon符号順位検定を用いた。なお、エラーバーは平均値±平均値の標準誤差を示す。
【0080】
図31は、実験13における顕微鏡画像の代表例を示す説明図である。
図31では、コントロール群とザナミビル投与群のそれぞれについて、紙面左上側には、Dcxの発現およびPSA-NCAMの発現が示され、紙面左下側には、PSA-NCAMの発現が示され、紙面右上側には、Dcxで染色したコモンマーモセット脳切片の代表画像が示され、紙面右下側には、紙面右上側の画像における四角の枠で囲んだ領域が拡大して示されている。
図32は、実験13におけるPSA-NCAMのシグナル強度を示す説明図である。
図32では、正常RMSと、傷害脳のコントロール群およびザナミビル投与群とにおける、Dcx陽性細胞のPSA-NCAM蛍光強度が示されている。
図33は、損傷部位からのDcx陽性細胞の脳内移動距離を示す説明図である。
【0081】
図31~
図33に示す結果から、以下のことがわかった。すなわち、コントロール(ザナミビル非投与群)では、RMSに局在する新生ニューロンのPSAシグナル強度に比べ、傷害側の線条体に局在する新生ニューロンのPSAシグナル強度が低下するが、ザナミビルの投与によって、傷害側の線条体に局在する新生ニューロンのPSAシグナル強度が維持されることが明らかとなった。さらに、ザナミビルの投与によって、より傷害部の近くまで新生ニューロンが局在することが明らかとなった。これらの結果によれば、霊長類でもマウスと同様に脳傷害部へ移動する新生ニューロンにおいて、ノイラミニダーゼ阻害剤投与により、PSAが維持され、傷害部へのニューロン移動が促進されることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、ニューロンの移動を促進させることができるので、傷害部位へと移動するニューロンの数を増加させることができ、傷害部位に到達して分化・成熟した神経細胞によって脳機能を改善させる効果が期待できる。このため、例えば、脳梗塞等の脳疾患患者に投与することで、内在性神経幹細胞から産生される神経細胞の移動を促進するために用いることができる。また、例えば、細胞移植手術を受けた患者に投与することで、移植された神経細胞の移動を促進するために用いることができる。また、例えば、バイオマテリアル等の技術と併用することによって、神経細胞の移動・再生を促進するために用いることができる。また、例えば、脳疾患モデル動物等の実験動物に神経細胞移動促進剤として投与し、研究に用いることができる。
【0083】
本発明は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例中の技術的特徴は、上述の課題の一部または全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部または全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【配列表】