(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築方法及びその使用
(51)【国際特許分類】
G01N 27/26 20060101AFI20240918BHJP
G01N 17/02 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
G01N27/26 351G
G01N17/02
(21)【出願番号】P 2024107392
(22)【出願日】2024-07-03
【審査請求日】2024-07-03
(31)【優先権主張番号】202311108371.7
(32)【優先日】2023-08-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520031405
【氏名又は名称】天津大学
【住所又は居所原語表記】No.92 Weijin Road, Nankai District Tianjin 300072, China
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】徐連勇
(72)【発明者】
【氏名】韓永典
(72)【発明者】
【氏名】邵家駿
(72)【発明者】
【氏名】趙雷
(72)【発明者】
【氏名】▲ハオ▼康達
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-204949(JP,A)
【文献】特開2009-069007(JP,A)
【文献】特表2019-508668(JP,A)
【文献】国際公開第2022/208611(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第112378841(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26-27/49
G01N 17/00-17/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のステップS1からS3を含むパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築方法であって、
S1:それぞれ陰極水素チャージ法及び湿潤硫化水素環境法により、各被験試料に異なる反応条件下で水素チャージして複数の第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料を取得し、前記陰極水素チャージ法は
、被験試料を陰極として電解質溶液中に置き、所定の水素チャージ時間及び電流密度で陰極水素チャージを行うことであり、
前記湿潤硫化水素環境法は、密閉環境下で被験試料を試験溶液中に置き、所定の水素チャージ時間及び硫化水素濃度で試験溶液に硫化水素ガスを導入することによって、湿潤硫化水素環境での水素チャージを実現することであり、
S2:それぞれの前記第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の水素含有量を測定し、電気化学的方法により水素含有量を測定し
、前記水素含有量の測定において、非水素チャージ試料の陽極電流の変化を測定し、それをバックグラウンド電流曲線とし、その後、各前記第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の同等条件下での陽極電流の変化をそれぞれ測定し、それと前記バックグラウンド電流曲線の面積に対して補間演算を行い、前記第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料のそれぞれの水素含有量を取得し、
S3:ステップS2で得られた水素含有量に基づいて2つの方法における変数をカーブフィッティングし、フィッティング結果に基づいてパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを取得し、前記パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルは
、
【数1】
であり、
式中、C
H1は、陰極水素チャージ法により得られた第1水素チャージ試料の水素濃度であり、A
1、B
1、C
1は、それぞれ陰極水素チャージ法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
1は、陰極水素チャージ法の水素チャージ時間であり、iは、陰極水素チャージ法の電流密度であり、C
H2は、湿潤硫化水素環境法により得られた第2水素チャージ試料の水素濃度であり、A
2、B
2、C
2は、それぞれ湿潤硫化水素環境法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
2は、湿潤硫化水素環境法の水素チャージ時間であり、C
H2Sは、湿潤硫化水素環境法における溶液の硫化水素濃度であることを特徴とする、方法。
【請求項2】
ステップS1において、前記被験試料の取得方法は、パイプライン鋼から複数の試料を採取し、試料を採取するときに各前記試料の厚さ方向がパイプライン鋼の直径方向に平行であることを保証し、その後、試料をアセトン及び無水エタノール中で超音波洗浄することによって前記被験試料が得られることであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップS1において、水素チャージする前に、前記被験試料を前処理し
、
前記前処理において、被験試料の一方面に導線を接続し、他方面を研磨し、その後、研磨面及び電線コネクタのみが露出するように全体的に密封することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
ステップS3において、最小二乗法によりカーブフィッティングすることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
下記のステップ(a)から(c)を含む、請求項1から
4のいずれか1項に記載の方法によりパイプライン鋼の水素損傷を評価する方法であって、
(a):前記パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを用いて、目的湿潤硫化水素環境の硫化水素濃度に基づいて、等価する陰極水素チャージ法の水素チャージ時間及び電流密度を確定し、
(b)ステップ(a)で確定されたパラメータに基づいて、陰極水素チャージ法により被験パイプライン鋼に水素チャージすることによって等価水素チャージパイプライン鋼が得られ、
(c)前記等価水素チャージパイプライン鋼に対して水素損傷を評価し、評価結果をパイプライン鋼の目的湿潤硫化水素環境での水素損傷とすることを特徴とする、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腐食電気化学分野に属し、より具体的には、パイプライン鋼等価(equivalent)湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築方法及びその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
石油及び天然ガスは重要な再生不可能エネルギーとして、その開発及び使用は国民生活に関わる。パイプライン輸送の安全、効率、便利などの利点は、長距離輸送エネルギーの主なタイプとなる。パイプライン輸送の主要なキャリアとして、パイプライン鋼の安全性評価が注目されている問題となっている。H2Sは、オイルガス輸送プロセスにおいて一般的なガスであり、一般的に強い腐食性はないが、水に溶解して酸性溶液を形成しやすく、パイプラインの腐食を引き起こす。湿潤硫化水素環境の腐食と防護は、石油化学工業装置にとって考慮しなければならない安全因子と考えられている。
【0003】
米国腐食技術者協会のNACE MR0175-2015「油田機械耐硫化物応力割れ金属材料」の規格に定義されている湿潤硫化水素環境は、(1)酸性ガスシステム:ガス全圧≧0.4MPaであり、H2S分圧≧0.0003MPaである;(2)酸性多相システム:処理原油中に二相又は三相媒体(油、水、ガス)がある場合、条件は、気相全圧≧1.8MPa且つH2S分圧≧0.0003MPa;気相圧力≦1.8MPa且つH2S分圧≧0.07MPa;又は気相H2S含有量が15%を超えることである。現在、水素損傷を評価するための実験方法において、該標準における推奨される疑似湿潤硫化水素環境、即ち、24±3℃において、試料をNACE-A溶液(質量分率5%のNaClと0.5%のCH3COOH水溶液)に浸し、分圧が100KPaのH2Sガスを通気し、4日間水素チャージし、この環境下で試験を行う。しかし、パイプライン鋼の実際の使用における湿潤硫化水素環境が互いに異なり、且つ上記試験方法の手順が複雑で、操作要求が高く、使用されるH2Sガスは劇的に毒性があり、試験者の安全及び環境安全に大きなリスクをもたらし、研究に不便である。
【発明の概要】
【0004】
従来技術の欠陥に対して、本発明の目的は、パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築方法及びその使用を提供し、従来のパイプライン鋼の水素損傷評価方法ステップの煩雑、高操作要求、低安全性の問題を解決することを目的とする。
【0005】
上記の目的を達成するために、本発明の一態様では、パイプライン鋼の等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築方法が提供される。この構築方法は、下記のステップを含む。
S1:それぞれ陰極水素チャージ法及び湿潤硫化水素環境法により、各被験試料に異なる反応条件下で水素チャージして複数の第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料を得る。
S2:それぞれの前記第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の水素含有量を測定する。
S3:ステップS2で得られた水素含有量に基づいて2つの方法における変数をカーブフィッティングし、フィッティング結果に基づいてパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを得る。
【0006】
好ましくは、ステップS1において、前記被験試料の取得方法は、パイプライン鋼から複数の試料を採取し、試料を採取するときに各前記試料の厚さ方向がパイプライン鋼の直径方向に平行であることを保証し、その後、試料をアセトン及び無水エタノール中で超音波洗浄し、前記被験試料を得ることである。
【0007】
好ましくは、ステップS1において、水素チャージする前に前記被験試料を前処理し、具体的には、被験試料の一方面に導線を接続し、他方面を研磨し、その後、研磨面及び電線コネクタのみが露出するように全体的に密封する。
【0008】
好ましくは、ステップS1において、前記陰極水素チャージ法は、具体的には、被験試料を陰極として電解質溶液に置き、所定の水素チャージ時間及び電流密度で陰極水素チャージを行うことである。
【0009】
好ましくは、ステップS1において、前記湿潤硫化水素環境法は、具体的には、密閉環境下で被験試料を試験溶液に置き、所定の水素チャージ時間及び硫化水素濃度で試験溶液に硫化水素ガスを導入し、湿潤硫化水素環境での水素チャージを実現する。
【0010】
好ましくは、ステップS2において、電気化学的方法により水素含有量を測定する。具体的には、非水素チャージ試料の陽極電流の変化を測定し、それをバックグラウンド電流曲線とし、その後、それぞれ各前記第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の同等条件下での陽極電流の変化を測定し、それと前記バックグラウンド電流曲線の面積に対して補間演算を行い、前記第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料のそれぞれの水素含有量を取得する。
【0011】
好ましくは、ステップS3において、最小二乗法によりカーブフィッティングする。
【0012】
好ましくは、ステップS3において、前記パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルは、具体的には、
【数1】
である。
式中、C
H1は、陰極水素チャージ法により得られた第1水素チャージ試料の水素濃度であり、A
1、B
1、C
1は、それぞれ陰極水素チャージ法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
1は、陰極水素チャージ法の水素チャージ時間であり、iは、陰極水素チャージ法の電流密度であり、C
H2は、湿潤硫化水素環境法により得られた第2水素チャージ試料の水素濃度であり、A
2、B
2、C
2は、それぞれ湿潤硫化水素環境法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
2は、湿潤硫化水素環境法の水素チャージ時間であり、C
H2Sは、湿潤硫化水素環境法における溶液の硫化水素濃度である。
【0013】
本発明の別の態様では、前記方法により構築されたパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを提供する。前記モデルは、具体的には、
【数2】
である。
式中、C
H1は、陰極水素チャージ法により得られた第1水素チャージ試料の水素濃度であり、A
1、B
1、C
1は、それぞれ陰極水素チャージ法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
1は、陰極水素チャージ法の水素チャージ時間であり、iは、陰極水素チャージ法の電流密度であり、C
H2は、湿潤硫化水素環境法により得られた第2水素チャージ試料の水素濃度であり、A
2、B
2、C
2は、それぞれ湿潤硫化水素環境法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
2は、湿潤硫化水素環境法の水素チャージ時間であり、C
H2Sは、湿潤硫化水素環境法における溶液の硫化水素濃度である。
【0014】
本発明の別の態様では、前記パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを用いてパイプライン鋼の水素損傷を評価する方法が提供される。前記方法は、下記のステップを含む。
(a):前記パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを用いて、目的湿潤硫化水素環境の硫化水素濃度に基づいて、目的湿潤硫化水素環境に等価(equivalent)する陰極水素チャージ法の水素チャージ時間及び電流密度を確定し、
(b)ステップ(a)で確定されたパラメータに基づいて、陰極水素チャージ法により被験パイプライン鋼に水素チャージすることによって等価水素チャージパイプライン鋼が得られ、
(c)前記等価水素チャージパイプライン鋼に対して水素損傷を評価し、それをパイプライン鋼の目的湿潤硫化水素環境での水素損傷とする。
【0015】
本発明の技術的手段は、従来技術と比較して下記の有益な効果を有する。
1.本発明で提供されるパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築方法は、操作が簡単で、使用される装置及び設備の体積が小さく、コストが低いとの利点を有し、パイプライン鋼水素チャージに関する試験のコストを大幅に削減することができ、工学的条件及び実験室条件下でのパイプライン鋼の水素損傷のメカニズムの研究に有利であり、得られたモデルがパイプライン鋼水素損傷を評価する試験効率を大幅に向上でき、後のパイプライン鋼水素損傷評価試験において硫化水素のような猛毒ガスを使用する必要がないため、試験者及び設備の安全を確保することができ、環境に害を及ぼすことがない。
2.特に、本発明では、第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の水素含有量の測定方法が最適化され、測定精度を保証しながらモデル構築のプロセスをさらに簡素化し、関連する試験のコストが削減される。
3.本発明は、構築されたモデルを用いてパイプライン鋼の水素損傷を評価する方法を提供する。この方法は、陰極水素チャージの方法をパイプライン鋼の湿潤硫化水素環境下での水素チャージ挙動に等価することによって、パイプライン鋼の水素損傷に対する効率的な研究及び安全で迅速な評価が達成され、硫化水素ガスを使用する必要がなく、湿潤硫化水素環境を模擬する必要がある従来技術の方法と比較して、操作が簡単で、安全で信頼的で、試験効率が高いなどの利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施例で提供されるパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築のフローチャートである。
【
図2】本発明の実施例で提供される被験試料の模式図である。
【
図3】本発明の実施例で提供される陰極水素チャージ法のプロセスの模式図である。
【
図4】本発明の実施例で提供される湿潤硫化水素環境法の模式図である。
【
図5】本発明の実施例で提供される電気化学的方法による水素濃度測定の模式図である。
【
図6】本発明の実施例で提供される陰極水素チャージ法の水素チャージ濃度のフィッティング曲面である。
【
図7】本発明の実施例で提供される湿潤硫化水素環境法の水素チャージ濃度のフィッティング曲面である。
【0017】
全ての図面において、同じ符号で同じ素子又は構造を示す。
1-負極、2-正極、3-試料、4-白金電極、5-作用電極、6-参照電極、7-補助電極。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の目的、技術的手段及び利点をより明確にするために、以下、図面及び実施例により本発明をさらに詳しく説明する。なお、本明細書で説明される具体的な実施例は、本発明の解釈にのみ使用され、本発明を限定するものではない。
【0019】
図1に示すように、本発明の一態様によれば、パイプライン鋼の等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築方法が提供される。この構築方法は、下記のステップS1からS3を含む。
S1:試験に使用されるパイプライン鋼からサンプルを採取し、加工して複数の被験試料を取得し、その後、それぞれ陰極水素チャージ法及び湿潤硫化水素環境法により各被験試料を異なる反応条件下で水素チャージを行うことで複数の第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料が得られる。ここで、陰極水素チャージ法では、異なる水素チャージ時間及び電流密度を使用し、湿潤硫化水素環境法では、異なる水素チャージ時間及び硫化水素濃度を使用する。
S2:それぞれの第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の水素含有量を測定し、好ましくは、電気化学的方法により測定する。
S3:ステップS2で得られた水素含有量に基づいて、2つの方法における変数に対してそれぞれカーブフィッティングを行い、フィッティング結果に基づいてパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを取得する。
【0020】
さらに、ステップS1において、被験試料の取得方法は、下記である。即ち、試験に使用されるパイプライン鋼から複数の試料を採取する。試料を採取する際に、各試料の厚さ方向がパイプライン鋼の直径方向に平行することを保証する。その後、試料をアセトン及び無水エタノール中で超音波洗浄して被験試料を得る。また、水素チャージを行う前に被験試料を予め前処理する。具体的には、被験試料の厚さ方向における一方側(即ち、厚さ方向に垂直な面)に導電性ペーストを介して導線に接続し、他方側を紙やすりで磨き、その後、研磨ペーストで表面に傷がなくなるまで研磨し、次いで、研磨面と電線コネクタ野のみが露出するように被験試料全体をエポキシ樹脂で密封する。
【0021】
さらに、ステップS1において、湿潤硫化水素環境法は、具体的に下記である。即ち、試験溶液を脱酸素し、そして、密閉環境下で被験試料を試験溶液中に置き、所定の水素チャージ時間及び硫化水素濃度で試験溶液に硫化水素ガスを導入し、これによって、被験試料に対して湿潤硫化水素における水素チャージを行う。試験溶液は、好ましくは、NACE-A溶液、即ち、質量分率が5%のNaCl及び0.5%のCH3COOH水溶液を使用し、導入するH2Sガスの純度は99.5%以上である。
【0022】
陰極水素チャージ法は、具体的に下記である。即ち、被験試料を陰極として電解質溶液中に置き、所定の水素チャージ時間及び電流密度で陰極水素チャージを行い、ここで、ガルバノスタットの正極に白金電極を接続し、負極に被験試料を接続する。
【0023】
さらに、ステップS2において、電気化学的方法により水素含有量を測定する。具体的には、水素チャージしていない試料の陽極電流の変化を測定し、それをバックグラウンド電流曲線とする。その後、第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の同等条件下での陽極電流の変化をそれぞれ測定し、それとバックグラウンド電流曲線の面積に対して補間演算を行い、それぞれの第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の水素含有量を得る。ここで、水素濃度Cの計算式は、
【数3】
である。
式中、Q
absは、試料が吸収した水素総量であり、Fは、ファラデー定数(96487C/mol)であり、vは、試料の有効体積である。
【0024】
さらに、ステップS3において、最小二乗法によりカーブフィッティングを行う。ここで、陰極水素チャージ法により得られたフィッティング結果は、
【数4】
である。
式中、C
H1は、陰極水素チャージ法により得られた第1水素チャージ試料の水素濃度であり、A
1、B
1、C
1は、それぞれ陰極水素チャージ法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
1は、陰極水素チャージ法の水素チャージ時間であり、iは、陰極水素チャージ法の電流密度である。
湿潤硫化水素環境法により得られたフィッティング結果は、
【数5】
である。
式中、C
H2は、湿潤硫化水素環境法により得られた第2水素チャージ試料の水素濃度であり、A
2、B
2、C
2は、それぞれ湿潤硫化水素環境法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
2は、湿潤硫化水素環境法の水素チャージ時間であり、C
H2Sは、湿潤硫化水素環境法における溶液の硫化水素濃度である。
【0025】
2つのフィッティング結果を合わせてパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを得ることができる。具体的には、
【数6】
である。
【0026】
本発明の別の態様では、上記の方法により構築されたパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルが提供される。前記モデルは、具体的には、
【数7】
である。
式中、C
H1は、陰極水素チャージ法により得られた第1水素チャージ試料の水素濃度であり、A
1、B
1、C
1は、それぞれ陰極水素チャージ法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
1は、陰極水素チャージ法の水素チャージ時間であり、iは、陰極水素チャージ法の電流密度であり、C
H2は、湿潤硫化水素環境法により得られた第2水素チャージ試料の水素濃度であり、A
2、B
2、C
2は、それぞれ湿潤硫化水素環境法におけるフィッティング曲面の対応項係数であり、t
2は、湿潤硫化水素環境法の水素チャージ時間であり、C
H2Sは、湿潤硫化水素環境法における溶液の硫化水素濃度である。
使用する際に、等価水素チャージを実現するために、C
H1とC
H2が等しい。そのため、
【数8】
上式によれば、目的湿潤硫化水素環境下及び陰極水素チャージ法の電流密度が確定された場合で陰極水素チャージ法の水素チャージ時間を得ることができ、又は、目的湿潤硫化水素環境下及び陰極水素チャージ法の水素チャージ時間が確定された場合で陰極水素チャージ法の電流密度を得ることができる。
【0027】
本発明の別の態様では、前記パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを用いてパイプライン鋼の水素損傷を評価する方法が提供される。前記方法は、具体的に下記のステップ(a)から(c)を含む。
(a)パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを用いて、目的湿潤硫化水素環境の硫化水素濃度に基づいて、目的湿潤硫化水素環境に等価する陰極水素チャージ法の水素チャージ時間及び電流密度を確定する。
(b)ステップ(a)で確定されたパラメータに基づいて、陰極水素チャージ法により被験パイプライン鋼に水素チャージすることによって、湿潤硫化水素環境での水素チャージに等価し、等価水素チャージパイプライン鋼が得られる。
(c)等価水素チャージパイプライン鋼に対して水素損傷を評価し、評価結果をパイプライン鋼の目的湿潤硫化水素環境での水素損傷に対応させ、即ち、評価結果をパイプライン鋼の目的湿潤硫化水素環境での水素損傷とする。
【0028】
パイプライン鋼は、湿潤硫化水素環境において水素誘起割れ(HIC)及び硫化物応力腐食割れ(SSCC)といった水素損傷が発生するため、パイプライン鋼の安全性評価は非常に重要である。現在、湿潤硫化水素環境を模擬して試験するのは、手順が煩雑し、コストが高いだけでなく、使用される硫化水素ガスが試験者及び環境に対して極めて高い安全リスクがある。本発明で提供される方法では、陰極水素チャージの方法を湿潤硫化水素環境でのパイプライン鋼の水素チャージ挙動に等価することができ、これによって、パイプライン鋼の水素損傷に対する効率的な研究及び安全で迅速な評価を実現することができ、硫化水素のような猛毒ガスを使用する必要がないため、試験者及び設備の安全を確保することができ、環境に害を及ぼすことがなく、工学的条件及び実験室条件下でのパイプライン鋼の水素損傷メカニズムの研究に有利である。
【0029】
以下、具体的な実施例により、本発明で提供される技術的手段をさらに説明する。
【0030】
ステップ1:試験に使用されるパイプライン鋼から薄片試料を採取し、加工して被験試料を得た。具体的に実施する際に、まず、材料の選択を行い、X65パイプライン鋼母材を選択する。材料の力学的性質を下表に示す。
【0031】
【0032】
サンプルを採取する際に、厚さ方向がパイプの直径方向に平行であることを保証すべきである。薄片試料のサイズは、10×10×2mmである。採取後に、それぞれアセトン及び無水エタノール中で15分間超音波洗浄した。
【0033】
その後、前記薄片試料の厚さ方向における一方側に導電性ペーストを介して導線を接続し、他方側を紙やすりで2000#まで磨き、そして粒度2.5μmの研磨ペーストで表面に傷がなくなるまで研磨し、研磨面と電線コネクタのみが露出するように薄片試料全体をエポキシ樹脂で密封することにより、
図2に示される被験試料を得た。
【0034】
ステップ2:陰極水素チャージ法により各被験試料の異なる反応条件下で水素チャージを行い、複数の第1水素チャージ試料を得た。被験試料をガルバノスタットの負極に接続し、酸性溶液中に置いて陰極水素チャージを行った。試験中で時間勾配及び電流密度勾配をそれぞれ制御した。
図3に示すように、異なるサイズ及び材質の試料については、陰極水素チャージ過程中で使用される溶液は変化することができる。本実験で使用されるX65薄片試料については、使用される溶液は0.5mol/L硫酸と1g/Lチオ尿素の混合溶液であった。ガルバノスタットの正極2に白金電極4に接続し、負極1に試料3を接続した。試験環境は、温度:24±3℃、圧力:0.1MPaであった。
【0035】
上記の試験条件下で、それぞれ
(1)t1=2h,i=10、20、40、80mA/cm2;
(2)t1=4h,i=10、20、40、80mA/cm2
のパラメータを用いて陰極水素チャージを行った。
【0036】
ステップ3:湿潤硫化水素環境法により各被験試料に対して異なる反応条件下で水素チャージを行って第2水素チャージ試料を得た。試験における制御変数は、それぞれ時間及び硫化水素濃度であった。
湿潤硫化水素環境水素チャージは、基準NACE MR0175-2015に従って、NACE-A溶液、即ち、質量分率が5%のNaCl及び0.5%のCH3COOH水溶液を使用し、導入されるH2Sガスの純度は99.5%以上であった。試験環境は、陰極水素チャージと一致に保持した。
【0037】
湿潤硫化水素環境水素チャージには、耐食性の密閉容器が必要である。容器は、吸気口と、排気口と、給液口と、排液口とを含む。溶液にH2Sガスを導入する前に、酸素ガスを除去するために、溶液に純度99.5%の窒素ガスを導入した。窒素ガスの流量は100mL/min、維持時間は1時間であった。
【0038】
H2Sガスを導入した後、NACE TM0177-2016におけるヨウ素滴定法により溶液内のH2S濃度を測定した。上記の試験条件下で、それぞれ
(1)CH2S=1500mg/L,t2=1、2、3、4、6、8日間;
(2)CH2S=2000mg/L,t2=1、2、3、4、6、8日間;
(3)CH2S=2500mg/L,t2=1、2、3、4、6、8日間
の3群のパラメータを用いて湿潤硫化水素環境水素チャージを行った。
【0039】
【0040】
ステップ4:電気化学の方法により上記の各第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の水素含有量を測定した。
図5に示すように、電気化学的方法により水素濃度を測定するのに使用される溶液は、0.2mol/Lの水酸化ナトリウム溶液であり、作用電極5は、試料3に接続され、参照電極6は、飽和カロメル電極に接続され、補助電極は、白金電極4に接続され、電気化学総合試験機により+0.3Vの陽極電位を提供し、30分間内の陽極電流Iの変化をリアルタイムで記録した。水素チャージ終了直後に、試料を水酸化ナトリウム溶液に直ちに移すべきである。試験環境は、陰極水素チャージ、湿潤硫化水素環境水素チャージに一致に保持した。
【0041】
非水素チャージ試料の同等条件下での陽極電流の変化を測定する必要がある。そのデータをバックグラウンド電流曲線とし、水素チャージ前後の電流曲線間面積の補間に基づいて材料の所定パラメータでの水素濃度を計算した。算式は、
【数9】
である。
式中、Q
absは、試料が吸収した水素総量であり、Fは、ファラデー定数(96487C/mol)であり、vは、試料の有効体積(本試験では0.2cm
3である)。
【0042】
計算して得られた陰極水素チャージ及び硫化水素環境水素チャージ試料の水素濃度(単位:10-6mol/cm3)は、それぞれ下表に示す。
【0043】
【0044】
【0045】
ステップ5:得られた結果について、最小二乗法により上記の変数を曲面フィッティングし、フィッティング算式により、所定の湿潤硫化水素環境に等価する陰極水素チャージに必要な時間又は電流密度を計算した。
【0046】
それぞれ
【数10】
に基づいて、陰極水素チャージ及び湿潤硫化水素環境水素チャージの水素濃度をフィッティングした。式中、C
H1は、陰極水素チャージ法により得られた第1水素チャージ試料の水素濃度(単位:10
-6mol/cm
3)であり、C
H2は、湿潤硫化水素環境法により得られた第2水素チャージ試料の水素濃度(単位:10
-6mol/cm
3)であり、t
1は、陰極水素チャージ法の水素チャージ時間(単位:時間)であり、t
2は、湿潤硫化水素環境法の水素チャージ時間(単位:日間)であり、iは、陰極水素チャージ法の電流密度(単位:mA/cm
2)であり、C
H2Sは、湿潤硫化水素環境法における溶液の硫化水素濃度(単位:mg/L)であり、A
1、A
2、B
1、B
2は、フィッティング曲面における対応項係数であり、C
1、C
2は、フィッティング曲面の定数項である。得られたフィッティング曲面は、それぞれ
【数11】
である。
【0047】
陰極水素チャージ法及び湿潤硫化水素環境法の水素チャージ濃度フィッティング曲面をそれぞれ
図6及び
図7に示す。
【0048】
最終的な算式:
【数12】
が得られた。
算式(10)の左端出力は、目的湿潤硫化水素による水素チャージに等価する陰極水素チャージに必要な時間であり、算式(11)の左端出力は、目的湿潤硫化水素に等価する陰極水素チャージに必要な電流密度である。
【0049】
ステップ6:上記の算式により目的湿潤硫化水素環境に等価する陰極水素チャージの関連パラメータを確定する。
【0050】
本実施例において、目的湿潤硫化水素環境は、下記である。即ち、溶液における硫化水素濃度は1800mg/Lであり、水素チャージ時間は4日間であり、4時間陰極水素チャージした後に類似する水素チャージ効果を得ることを希望するため、算式(11)に代入して計算した結果、電流密度は33.6mA/cm2を選択すべきである。
【0051】
当業者に理解できるように、以上の説明は、本発明の好ましい実施例に過ぎず、本発明を制限するものではなく、本発明の思想及び原則内でなされた如何なる修正、同等置換及び改良などは、いずれも本発明の保護範囲内に含まれるべきである。
【要約】
本発明は、パイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルの構築方法及びその使用を提供し、腐食電気化学分野に属する。この方法は、下記のステップを含む。即ち、それぞれ陰極水素チャージ法及び湿潤硫化水素環境法により、それぞれの被験試料に異なる反応条件下で水素チャージして複数の第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料を取得し、各第1水素チャージ試料及び第2水素チャージ試料の水素含有量を測定し、得られた水素含有量に基づいて2つの方法における変数をそれぞれカーブフィッティングし、フィッティング結果に基づいてパイプライン鋼等価湿潤硫化水素環境水素チャージモデルを得る。本発明で提供される方法は、操作が簡単で、使用される装置及び設備の体積が小さく、コストが低いとの利点を有し、パイプライン鋼水素チャージに関連する試験コストを大幅に減少でき、後のパイプライン鋼の水素損傷評価試験において硫化水素のような猛毒ガスを使用する必要がないため、試験者及び設備の安全が保証され、環境に害を及ばすことがない。
【選択図】
図1