(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】滑落膜、及び表面に滑落膜を有する物品
(51)【国際特許分類】
B32B 27/00 20060101AFI20240918BHJP
【FI】
B32B27/00 101
(21)【出願番号】P 2020109868
(22)【出願日】2020-06-25
【審査請求日】2023-06-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000148689
【氏名又は名称】株式会社村上開明堂
(73)【特許権者】
【識別番号】502435454
【氏名又は名称】株式会社SNT
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(74)【代理人】
【識別番号】100188260
【氏名又は名称】加藤 愼二
(72)【発明者】
【氏名】中村 正俊
(72)【発明者】
【氏名】慶 奎弘
(72)【発明者】
【氏名】堀田 芳生
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 世明
【審査官】岩本 昌大
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-307816(JP,A)
【文献】特開2019-173012(JP,A)
【文献】特開2017-094661(JP,A)
【文献】特開2018-130851(JP,A)
【文献】特開2014-139301(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
C08K 3/00-13/08
C08L 1/00-101/14
C09D 1/00-10/00,101/00-201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベース膜と、前記ベース膜の表面に形成される潤滑液層と、を備え、
前記ベース膜は、π電子を含むπ電子官能基を有し、
前記潤滑液層は、
前記π電子官能基に対してπ相互作用を示すフェノール基を有する変性シリコーンと、
両末端に反応性の官能基を有する両末端型の変性シリコーンと、
片末端に反応性の官能基を有する片末端型の変性シリコーンと、を含有し、前記潤滑液層の変性シリコーンの一部が、当該潤滑液層の他の変性シリコーンと反応して結合状態になって
いて、前記反応性の官能基を有する変性シリコーンが、アクリル系官能基を有する変性シリコーンおよびエポキシ系官能基を有する変性シリコーンを含んでいることを特徴とする滑落膜。
【請求項2】
前記反応性の官能基は、重合反応性を示す官能基であり、前記潤滑液層に変性シリコーンの三次元的な網目構造を形成している請求項1記載の滑落膜。
【請求項3】
前記ベース膜は、前記潤滑液層の反応性の官能基に対して反応を示す官能基を有し、
当該ベース膜と前記潤滑液層の変性シリコーンの一部とが反応して結合状態になっている請求項1または2記載の滑落膜。
【請求項4】
前記フェノール基を有する変性シリコーンと前記アクリル系官能基を有する変性シリコーンとの質量比が125:1~2:1の範囲内である請求項
1から3のいずれかに記載の滑落膜。
【請求項5】
前記フェノール基を有する変性シリコーンと、前記アクリル系官能基を有する変性シリコーンおよび前記エポキシ系官能基を有する変性シリコーンを合わせたものと、の質量比が50:1~2.5:1の範囲内である請求項
1から4のいずれかに記載の滑落膜。
【請求項6】
4μl以下の水滴に対して滑落性を示す請求項1から
5のいずれかに記載の滑落膜。
【請求項7】
請求項1から
6のいずれかに記載の滑落膜により被覆された表面を有する物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は滑落膜、特に、ベース膜と、反応性の官能基を有する変性シリコーンを含有する潤滑液層と、を備える滑落膜、及びそれにより被覆された表面を有する物品に関する。
【背景技術】
【0002】
液体に対する非ぬれ性(滑落性)を獲得するため、物品の表面に潤滑液の膜を形成するという考えがある。従来の技術においては、潤滑液の流出を防ぐために、物品表面に予め微細孔構造を形成して、微細孔構造に潤滑液を保持させる必要があった。
【0003】
これに対し、特許文献1の滑落膜は、π電子相互作用によって下地層が潤滑液を保持するという特徴を有するもので、物品表面に微細孔構造を形成する必要がなく、平坦な表面に滑落性を付与させることができるという点で注目されている。
【0004】
また、近年、画像処理技術の進展により、カメラ、レンズの小型化が進んでおり、小面積の画像取り込み口における水滴付着の特性が重要視されている。従来の水滴の付着特性の評価は、もっぱら目視によることが多く、スポイトで容易に形成できる10μl以上の水滴、液滴を用いて行われていた。しかし、液滴が微小である方が、視認性に大きく影響することが分かっている。液滴が小さい程、表面の僅かな窪みや汚れによって付着特性が増大するからである。
【0005】
特許文献1においては、10μl以上の水滴で転落性を評価しており、それ未満の液滴に関する評価はされていない。また、特許文献1では、超撥水表面(SHS)においては5μlの液滴が表面の凹凸に移動を阻害され、滑落しづらくなることも報告されている。このため、発明者らは、4μl以下(直径φ=2mm 以下)の液滴も滑落可能な表面を形成する方法を確立した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発明者らが、特許文献1に記載された滑落膜の実用化を推し進めていたところ、特許文献1の滑落膜には、有機溶剤への浸漬前は良好な滑落性を示すのに、有機溶剤への浸漬後はその滑落性が低下してしまう、という課題があった。
【0008】
本発明の目的は、ベース膜と、反応性の官能基を有する変性シリコーンを含有する潤滑液層と、を備えた滑落膜であって、有機溶剤への浸漬後も滑落性が低下しにくいものを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、発明者らが鋭意検討を行なった結果、ベース膜表面の潤滑液層に、両末端に反応性の官能基を有する変性シリコーンと、片末端に反応性の官能基を有する変性シリコーンとの両方を含め、これら反応性の官能基の一部が反応して潤滑液層の高分子化が進むことで、結果として、有機溶剤への浸漬後にその滑落性が低下しない、もしくは、低下の程度が改善されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明に係る滑落膜は、
ベース膜と、前記ベース膜の表面に形成される潤滑液層と、を備え、
前記潤滑液層は、
両末端に反応性の官能基を有する両末端型の変性シリコーンと、片末端に反応性の官能基を有する片末端型の変性シリコーンと、を含有し、
前記潤滑液層の変性シリコーンの一部が、当該潤滑液層の他の変性シリコーンと反応して結合状態になっていることを特徴とする。
【0011】
ここで、「他の変性シリコーンと反応して結合状態になっている」とは、両末端型または片末端型の変性シリコーンの反応性の官能基がその周囲の他の変性シリコーンと「共有結合」した状態を言い、例えば、重合反応、共重合反応、架橋構造、グラフト構造などが含まれる。また、「潤滑液層の変性シリコーンの一部」が互いに結合することによって、液状の潤滑液層の中で、変性シリコーンの固形化が部分的に生じた状態、言い換えると、変性シリコーン間の共有結合状態になっている。
【0012】
本発明において、前記反応性の官能基は、アクリル系、エポキシ系などの重合反応性を示す官能基であり、前記潤滑液層に変性シリコーンの三次元的な網目構造を形成していてもよい。
【0013】
また、本発明において、前記ベース膜は、前記潤滑液層の反応性の官能基に対して反応を示す官能基を有し、前記潤滑液層の変性シリコーンの一部が当該ベース膜の官能基と反応して結合状態になっている。
【0014】
ここで、「前記潤滑液層の変性シリコーンの一部が当該ベース膜の官能基と反応して結合状態になっている」とは、両末端型または片末端型の変性シリコーンの反応性の官能基がベース膜の官能基と「共有結合」した状態を言い、例えば、重合反応、共重合反応、架橋構造、グラフト構造などが含まれる。また、潤滑液層の変性シリコーンの「一部」がベース膜と結合することによって、液状の潤滑液層の中で、変性シリコーンの固形化が部分的に生じた状態、言い換えると、変性シリコーンとベース膜間の共有結合状態になっている。
【0015】
本発明において、前記ベース膜は、π電子を含むπ電子官能基を有し、
前記潤滑液層は、前記π電子官能基に対してπ相互作用を示すπ相互作用官能基を有する変性シリコーンを含んでいてもよい。
【0016】
ここで、ベース膜の「π電子を含むπ電子官能基」は、高濃度のπ電子を有するフェニル基やアルキニル基などの官能基を言い、上記の「潤滑液層の反応性の官能基に対して反応を示す官能基」にも該当する官能基が含まれる。π相互作用によって、潤滑液層の変性シリコーンがベース膜と結合した状態になるが、π相互作用による結合は、共有結合よりも弱く、潤滑液層を液状のままベース膜に保持させる場合に適している。
【0017】
本発明において、前記π相互作用官能基を有する変性シリコーンが、フェノール基を有する変性シリコーンであり、
前記反応性の官能基を有する変性シリコーンが、アクリル系官能基を有する変性シリコーンであってもよい。
また、この場合において、前記フェノール基を有する変性シリコーンと前記アクリル系官能基を有する変性シリコーンとの質量比を125:1~2:1の範囲内にしてもよい。
【0018】
また、この場合において、前記アクリル系官能基を有する前記両末端型の変性シリコーンと前記アクリル系官能基を有する前記片末端型の変性シリコーンとの質量比を1:3~3:1の範囲内にしてもよい。
【0019】
また、本発明において、前記π相互作用官能基を有する変性シリコーンが、フェノール基を有する変性シリコーンであり、
前記反応性の官能基を有する変性シリコーンが、アクリル系官能基を有する変性シリコーンおよびエポキシ系官能基を有する変性シリコーンを含んでいてもよい。
そして、この場合において、前記フェノール基を有する変性シリコーンと、前記アクリル系官能基を有する変性シリコーンおよび前記エポキシ系官能基を有する変性シリコーンを合わせたものと、の質量比を50:1~2.5:1の範囲内にしてもよい。
【0020】
本発明の滑液膜は、4μl以下の水滴に対して滑落性を示すことを特徴とする。
【0021】
本発明に係る物品は、前記滑落膜により被覆された表面を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、両末端型の反応性官能基の変性シリコーンと、片末端型の反応性官能基の変性シリコーンとの両方が潤滑液層に存在し、これら変性シリコーンの一部は他の変性シリコーンと反応して結合していて、潤滑液層の高分子化が進んだ状態になっている。つまり、潤滑液層は、これらの変性シリコーンが反応して他の変性シリコーンに結合している部分と、反応しないで液状のままである部分とが混じった状態になっている。結果として、有機溶剤への浸漬前(初期状態)における滑落性が優れているとともに、有機溶剤への浸漬後も、その滑落性が低下しない、もしくは、低下の程度が改善されるという、耐溶剤性にも優れた滑落膜が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施形態に係る滑落膜の概略構造を示す図である。
【
図2】前記滑落膜において潤滑液層を保持するベース膜の能力を向上させる構造の想定図である。
【
図3】前記滑落膜において潤滑液層を保持するベース膜の能力を向上させる別の構造の想定図である。
【
図4】前記滑落膜において潤滑液層を保持するベース膜の能力を向上させるさらに別の構造の想定図である。
【
図5】前記滑落膜の製造方法を説明するための図である。
【
図8】比較例2~4と実施例1の耐溶剤浸漬試験の結果を示すグラフである。
【
図9】比較例1,2,5,6と実施例2~4の耐溶剤浸漬試験の結果を示すグラフである。
【
図10】比較例2と実施例3,5,6の耐溶剤浸漬試験の結果を示すグラフである。
【
図11】耐溶剤浸漬試験の結果をまとめたグラフである。
【
図12】比較例2と実施例8,9,10の耐溶剤浸漬試験の結果を示すグラフ。
【
図13】耐塩水浸漬試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
[滑落膜]
図1に、本発明の一実施形態に係る滑落膜の模式図を示す。滑落膜10は、物品12表面に塗布され固定されているベース膜14と、当該ベース膜14によって保持された潤滑液層20とによって構成される。潤滑液層20は、両末端型の反応性官能基の変性シリコーンと片末端型の反応性官能基の変性シリコーンとの両方を潤滑液として含んでいる。40は、滑落対象となる液体40が滑落膜10上を滑る様子を示す。
【0025】
[ベース膜]
ベース膜14は滑落膜10の下地であり、物品12との強固な結合力が求められる。ベース膜14の構成物質は、物品12の表面に応じて適宜選択されるが、例えば、物品表面との共有結合によって強固に結合するテトラエトキシシラン(TEOS)などのアルコキシシランまたはその加水分解生成物を用いて、ベース膜14を形成するのが好ましい。
【0026】
また、ベース膜14に、反応性を示す官能基を含めてもよい。反応性の官能基は、他の反応性の官能基との共有結合(例えば重合反応、共重合反応)によって、架橋構造やグラフト構造などを形成することができ、例えば、アミノ基、エポキシ基、ヒドロキシ基、アクリル基、メタクリル基、カルボキシ基、フェノール基、アルコキシ基などである。このようなベース膜14を形成する物質として、反応性の官能基を含有するアルコキシシランが好ましい。また、物品12表面への固定を補強するためにテトラエトキシシラン(TEOS)などのアルコキシシランを混ぜてもよい。これらの物質を用いてベース膜14を形成すれば、反応性の官能基がシリカ構造(SiO2)を介して物品12表面に修飾された状態になる。なお、TEOSの加水分解によってベース膜14の表面の一部には、ケイ素(Si)にヒドロキシ基(-OH)が結びついた部分などが生じて、この部分が反応性官能基として作用する場合がある。
【0027】
また、ベース膜14に、フェニル基(ベンゼン環を有する官能基)やアルキニル基(炭素間三重結合を有する官能基)のような高濃度のπ電子を有するπ電子官能基を含めてもよい。例えば、ベース膜14を形成する物質として、フェニル基を含有するアルコキシシランが好ましい。フェニルトリエトキシシラン(PTES)、フェニルトリメトキシシラン、フェニルクロロシラン、フェニルメチルクロロシランなどが例示される。なお、π電子官能基のπ電子濃度を上げるため、例えばフェニル基-絶縁性部位(Ph-SiO2等)のように、絶縁部位であるシリカ構造(SiO2)がπ電子の動きをフェニル基内に収めることが、特に好ましい。また、物品12表面への固定を補強するためにテトラエトキシシラン(TEOS)などのアルコキシシランを混ぜてもよい。これらの物質を用いてベース膜14を形成すれば、フェニル基14がシリカ構造(SiO2)を介して物品12表面に修飾された状態になる。
【0028】
その他、π電子官能基を含んだベース膜14を形成可能な物質として、ポリスチレン、フェネチルアルコール、フェノール、フェナントレノール、クレゾールテトラヒドロ-フェナントレノール、などの芳香族アルコール類、フェニルアセトアルデヒド、メトキシベンズアルデヒド、クミンアルデヒド、ヘキシルシンナムアルデヒドなどの芳香族アルデヒド類、フェナントレンカルボキシアルデヒド、フタル酸、安息香酸などの芳香族カルボン酸類、芳香族イソシアネート類、チオフェノールなどの芳香族チオール類、他にフェニルクロライド類、アニリン類などが挙げられる。
【0029】
以上の物質を用いてベース膜14を形成するには、まず、ベース膜14が形成される物品12表面に、ベース膜14の構成物質に対する親溶媒性を持たせることが好ましい。貧溶媒性であってもアルカリ処理やUV/O3処理などを併用することによって成膜が可能になる。このような物品12表面に、キャスト法、スキージ法、ディップ法、スピンコーティング法などを用いることができる。
【0030】
また、ベース膜14形成後に洗浄を行う場合には、有機溶媒を用いることが好適である。洗浄用の有機溶媒としては、トルエン、ベンゼン、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサン、塩化メチル、臭化メチル、酢酸エチル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、エチルセロソルブ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、イソブタノール、t-ブタノール、クロロホルムなどがあげられる。
【0031】
[潤滑液層]
表1に、潤滑液層20を構成する変性シリコーンの代表例として、両末端型のアクリル変性シリコーン、片末端型のメタクリル変性シリコーン、片末端型のエポキシ変性シリコーン、および、両末端型のフェノール変性シリコーンを示す。これらの変性シリコーン(信越化学工業株式会社製)は、いずれも、常温でほとんど揮発せず、滑落対象となる液体に対して疎液性を示すシリコーン主鎖部を有し、シリコーン主鎖部の両方または片方の末端をそれぞれの変性タイプに応じた官能基(アクリル基、メタクリル基、エポキシ基、フェノール基)で修飾された液体である。シリコーン主鎖部の長さを調整することで所望の流動性を示す粘度に設定することができる。
【0032】
【0033】
また、
図2~4に、想定される潤滑液層20の内部状況を3通り示す。
図2の潤滑液層20は、両末端型の変性シリコーンと、片末端型の変性シリコーンと、を含有する。両末端型の変性シリコーンは、シリコーン主鎖部22(例えばジメチルポリシロキサン)の両方の末端に反応性の官能基24(例えばアクリル基)を持つ。片末端型の変性シリコーンは、シリコーン主鎖部22の片方の末端にだけ反応性の官能基26(例えばメタクリル基、エポキシ基)を持つ。これらの反応性の官能基24,26は、重合反応、共重合反応によって、周囲の他の変性シリコーンと共有結合し、シリコーン主鎖部22の架橋構造やグラフト構造などを形成する。
【0034】
反応性の官能基は、これらに限られず、例えば、アミノ基、ヒドロキシ基、カルボキシ基などでもよい。
【0035】
図2の左に示すように、ベース膜上に潤滑液が塗られた直後の変性シリコーンは液体であるが、加熱や重合開始剤などによって、
図2の右に示すように反応性の官能基24,26の反応が適度に進む。反応性の官能基は、未反応の二重結合を含んでいるからである。つまり、潤滑液層20の変性シリコーンの一部は、周囲の変性シリコーンと共有結合して、液体の潤滑液層の中で、変性シリコーンの固形化が部分的に生じた状態(変性シリコーン間の共有結合状態)になっている。液体の潤滑液層20の中に、架橋構造やグラフト構造などによって三次元的な網目構造が形成されると考えられる。また、反応性の官能基24,26がアクリル基やメタクリル基の場合は、熱反応によってシリコーン主鎖部22のアルキル基とも重合反応を起こしているとも考えられる。
【0036】
一方、潤滑液層20は完全に固形化するのではなく、変性シリコーンの一部は液体のままであり、そのシリコーン主鎖部22(本書では滑落作用部とも呼ぶ。)が滑落膜10の滑落性に貢献する。両末端の反応性官能基24の変性シリコーンは、周囲の変性シリコーンに対する架橋反応が比較的強いため、片末端の反応性官能基26の変性シリコーンを適度に混ぜて、潤滑液層20の固形化が過大にならないように調整することができる。
【0037】
このように、液体であった潤滑液層内に共有結合が部分的に形成され、半固体状の潤滑液層20となる。潤滑液層20の内部では、高分子同士の相互作用が強化されており、このような作用が立体的な障害物にもなって、潤滑液層20がベース膜14に付着した状態が維持されやすくなり、滑落膜の耐久性が向上する。
【0038】
図3に示す滑落膜は、両末端型の変性シリコーンと片末端型の変性シリコーンとを含有する潤滑液層20Aを用いる点で
図2と同様であるが、更に、ベース膜14の表面に反応性官能基16(例えばアクリル基)が修飾されている。
つまり、潤滑液層20Aの変性シリコーンの一部は、これらベース膜14の反応性官能基16と共有結合し、潤滑液層20Aで形成された変性シリコーンの三次元的な網目構造(架橋構造やグラフト構造など)がベース膜14によって強固に保持されている。
従って、変性シリコーンの三次元的な網目構造の一部が、直接的に強固にベース膜14に保持され、潤滑液層20Aの液体の変性シリコーンをより強力にベース膜14に保持されることができる。
【0039】
図4は、主剤として、両末端にπ相互作用部28(例えばフェノール基)を有する変性シリコーンを含み、また、両末端型の反応性官能基24(例えばアクリル基)の変性シリコーンおよび片末端型の反応性官能基26(例えばメタクリル基)の変性シリコーンを添加剤として含んだ潤滑液層20Bの内部構造を示す。
図4において、ベース膜14の表面には、π電子官能基18(例えばフェニル基)が修飾されている。
【0040】
主剤である変性シリコーンのπ相互作用部28(例えばフェノール基)は、ベース膜14のπ電子官能基18(例えばフェニル基)との間でπ相互作用する。例えば、フェノール基を構成するOH基のH原子は、電気陰性度の大きいO原子と結合しているため、電気陰性度の近いC原子と結合したH原子と比較して+の電荷を帯びやすく、π電子官能基18のπ電子と強い相互作用を示す。このπ相互作用によって、主剤がベース膜14に直接的に保持される。
【0041】
添加剤である変性シリコーンの反応性官能基24,26は、
図2の潤滑液層20と同様の構成であり、これらの反応性官能基24,26によって、シリコーン主鎖部22の架橋構造やグラフト構造などが形成されている。また、反応性官能基24,26がアクリル基やメタクリル基の場合は、熱反応によって主剤のシリコーン主鎖部22のアルキル基とも重合反応を起こしているとも考えられる。
【0042】
主剤の変性シリコーンは、ベース膜14との間でのπ相互作用によって結合しているが、その結合は共有結合に比べると弱く、主剤の変性シリコーンの流動性は確保されている。また、添加剤の変性シリコーンは、完全に固形化するのではなく、一部は液体のままである。その結果、両者のシリコーン主鎖部22が滑落膜の滑落性に貢献する。
【0043】
このように、主剤によるベース膜とのπ相互作用による結合と、添加剤による三次元的な網目構造の形成によって、潤滑液層20B内での高分子同士の相互作用が強化され、潤滑液層20B内での立体的な障害物となる。また、主剤の変性シリコーンのシリコーン主鎖部22と添加剤の変性シリコーンの三次元的な網目構造との絡みつきもあって、潤滑液層20B全体がベース膜14に強固に保持されているものと考えられる。
【0044】
図2~4に示す構造の滑落膜では、シリコーン主鎖部20の疎水性、滑落性によって、滑落膜上の滑落対象液体を、物品表面12のわずかな傾斜により滑落させることができる。変性シリコーンの安定した滑落性能は、水滴の他、マヨネーズ、しょうゆ、カルボナーラソース、ケチャップ、コーヒー、蜂蜜、カレーソースなども、表面に残留することなく滑落させることができる。さらに、熱水、塩水、泥水、氷、血液も同様に滑落する。
【0045】
[製造方法]
図5に、
図4の滑落膜の製造工程を示す。
図5の工程1に示すように、物品(ガラス、金属など)12の表面上に、UV/O
3処理もしくは強アルカリ液処理を施して官能基(OH基)を形成する。また、PTES、TEOS、エタノール(EtOH)を混合・撹拌し、加水分解のためのH
2O、HClaqを加えてさらに撹拌して、ベース膜溶液を作成する。物品12表面に、このベース膜溶液をスピンコーティングもしくはディップ法、スキージ法、キャスト法などにより塗布し、乾燥させる。これによって加水分解反応が生じ、物品12表面にベース膜14が形成・固定される。なお、フェニル基18は加水分解反応に関与しないため、ベース膜14上にフェニル基18が
図6の模式図のようにペンダント状に修飾された状態になる。
【0046】
このようにしてガラス表面上にベース膜14が形成される。なお、物品が、その表面にOH基などの極性基を有するものであれば、ベース膜14との結合性が高まるので好ましい。また、物品が樹脂である場合はプラズマ処理を施して表面に極性基を形成するとよい。
【0047】
工程2では、ベース膜14をエタノール洗浄し、未反応PTES等、物品表面に固定されなかった残存物を除去し、そのベース膜14上に潤滑液を滴下によって塗布する。
【0048】
潤滑液は、上述の表1の中から主剤としてフェノール変性シリコーン、添加剤として両末端のアクリル変性シリコーンおよび片末端のメタクリル変性シリコーンを選択し、これら3種類の変性シリコーンを所定の比率で撹拌混合したものである。また、有機溶剤などでこれらを希釈して用いてもよい。
【0049】
工程3では、物品表面を例えば0.5度の傾斜角で傾斜させて、余剰の潤滑液を転落させることによって除去する。潤滑液の塗布時に余剰の潤滑液層が形成されるからである。潤滑液層の厚さは、コーティング条件を変更することでも調整できる。また、メチルエチルケトン、トルエンおよびその混合物などを溶剤として潤滑液を希釈する際に、その希釈濃度を変更することでも潤滑液層の厚さを調整することができる。最後に、工程4で300℃以下の表面温度になるように熱処理を施し、潤滑液層20Bを形成する。これによって物品表面上に厚さ0.5~2μm程度の滑落膜10が形成される。
【0050】
潤滑液層20Bを形成する潤滑液は液状のため、通常の物品表面上からは簡易なふき取りでほとんどが除去可能であるが、本実施形態においては、物品表面のベース膜14に含まれるフェニル基18と潤滑液層20Bのフェノール変性シリコーンのフェノール基との間でπ電子相互作用が生じることと、また、潤滑液層20Bに添加した両末端のアクリル変性シリコーンおよび片末端のメタクリル変性シリコーンの一部が熱処理によって三次元的な網目構造を形成すること、とによって、潤滑液層20Bはベース膜14との結合状態となるため、簡単なふき取りでは除去されにくい構造になる。
【0051】
しかも、π電子相互作用は、共有結合よりも弱いので、滑落膜10の内部応力が過剰にはならず、また、添加剤の変性シリコーンの一部は液体のままであるので、潤滑液層20Bの流動性は十分に保たれる。潤滑液層20Bの流動性は、滑落膜10の滑落性だけでなく、滑落膜10の修復性にも大きく貢献する。ベース膜14が破壊されない限り、仮に特定部位の潤滑液が除去されても他の部位から流入した主剤の変性シリコーンが再度π電子相互作用によってベース膜14に結合されて、また、添加剤の変性シリコーンの一部も流入することから、滑落性が自己修復される。また、潤滑液が減少した場合、新たな潤滑液を塗布によって追加することで、容易に滑落性を回復させることができる。
【0052】
潤滑液層20Bに添加される変性シリコーンは、その末端に反応性の強い有機基(アクリル基およびメタクリル基)が導入されているので、熱処理によって一部が共重合反応し、また、一部がシリコーン主鎖部のメチル基とも反応すると考えられる。このような共重合や架橋の組合せによって、潤滑液層20Bの内部での分子同士の相互作用が強化され、滑落膜10を有機溶剤や塩水へ浸漬させた後も潤滑液層20Bとベース膜14のπ電子相互作用による結合が維持されて、滑落性が低下しにくくなる。つまり、良好な滑落性の維持、滑落膜の耐久性の向上が実現される。
【0053】
また、本実施形態に係る滑落膜10は、物品12表面に凹凸を形成する必要がなく、むしろベース膜14および潤滑液層20Bの形成により平坦化が進み、また、下地がフラットなので潤滑液層20Bの液面が下がっても下地が露出しにくく、下地による散乱損失が生じにくい。その結果、安定した透過性を得られて、光学的特性の向上が期待される。
【0054】
以上の本実施形態の効果は、
図4の潤滑液層20Bの構成に限られず、
図2や
図3の潤滑液層20,20Aの構成を用いた滑落膜10によっても同様に発揮される。
【0055】
<耐溶剤性>
以下、本実施形態に係る滑落膜についてそれぞれサンプルを作製し、アセトン浸漬前後の滑落性の変化を測定した。いずれのサンプルも、ガラス板に対してPTESを加水分解して結合させたPTESベース膜を形成(ディップ法、0.5 mm/s)した点で共通するが、ベース膜上に塗布する潤滑液の構成物質が異なっている。
【0056】
表2、3に示す構成物質からなる潤滑液を用いてガラス板上に滑落膜を作成した。溶剤はメチルエチルケトンを使った。例えば、実施例1の潤滑液は、両末端型のアクリル変性シリコーン、片末端型のメタクリル変性シリコーンおよび溶剤の混合物であり、アクリル変性シリコーンの濃度は10質量%であり、メタクリル変性シリコーンの濃度は10質量%である。また、実施例2の潤滑液は、溶剤で20質量%に希釈したフェノール変性シリコーン溶液100質量部に対して、アクリル変性シリコーン3質量部およびメタクリル変性シリコーン1質量部を添加した混合物である。なお、実施例3~7の潤滑液は、フェノール変性シリコーンの濃度および添加する2種類の変性シリコーンの比率がそれぞれ異なるが、実施例2と同様に調製した。実施例8~10の潤滑液は、片末端型のメタクリル変性シリコーンの代わりに、片末端型のエポキシ変性シリコーンを用いて調製した。熱架橋の処理は、加熱炉にて300℃を10~20分間とした。最終的な滑落膜の塗装量は、0.05~0.20mg/cm2の範囲とし、膜厚は、0.5~2.0μmの範囲とした。
【0057】
なお、実施例1を除いて、実施例2~10はどれもフェノール変性シリコーンを主剤とし、これに共重合性の官能基を有する両末端型および片末端型の変性シリコーンを添加した混合物である。そして、実施例2~4では添加量の合計がどれも4質量部で共通する。実施例5~10では添加量の合計が0.4,4,8,10質量部とそれぞれ異なるが、添加する両末端型および片末端型の変性シリコーンの比率が1:1で共通する。
【0058】
比較のため、溶剤にジメチルシリコーンのみを20質量%で混合した潤滑液(比較例1)と、フェノール変性シリコーンのみを20質量%で混合した潤滑液(比較例2)と、アクリル変性シリコーンのみを20質量%で混合した潤滑液(比較例3)と、メタクリル変性シリコーンのみを20質量%で混合した潤滑液(比較例4)と、溶剤で20質量%に希釈したフェノール変性シリコーン溶液100質量部に対してアクリル変性シリコーン1質量部だけを添加した潤滑液(比較例5)と、同様にメタクリル変性シリコーン1質量部だけを添加した潤滑液(比較例6)をそれぞれ用いた滑落膜を作成した。
【0059】
【0060】
【0061】
滑落性の評価は、
図7に示すように滑落膜上に水を滴下し、該ガラス板を傾斜させ、水滴が滑落を開始する角度(転落角)を測定することによる。まず、初期状態の滑落膜について水(水滴量:2μl)の転落角を測定する。次に、その耐溶剤性を評価するため、滑落膜をアセトンに1分間浸漬させて、浸漬後の滑落膜について水(水滴量:2μl及び4μl)の転落角を測定する。
【0062】
(実施例1および比較例2~4)
図8に測定結果を示す。まず、比較例2によれば、潤滑液が両末端型のフェノール変性シリコーンのみである場合、初期状態での転落性(水滴量:2μl)は優れているが、アセトン浸漬後は転落できなくなった。また、比較例3,4から、両末端型のアクリル変性シリコーン単独または片末端型のメタクリル変性シリコーン単独の潤滑液の場合も、アセトン浸漬後は転落できなくなった。これに対して、実施例1では、両末端型のアクリル変性シリコーンと片末端型のメタクリル変性シリコーンの両方を含んでいるため、初期状態での転落性に優れ、かつ、アセトン浸漬後の転落性も良好となった(水滴量:2μl)。
【0063】
(実施例2~4および比較例1,2,5,6)
図9に測定結果を示す。比較例1,2によれば、潤滑液がフェノール変性シリコーン単独であるよりも、ジメチルシリコーン単独である方が、初期状態での転落性が優れているが、アセトン浸漬後はいずれも転落できなくなった。また、比較例5,6によれば、フェノール変性シリコーンを主剤とする潤滑液に、両末端型のアクリル変性シリコーンのみ、又は、片末端型のメタクリル変性シリコーンのみを添加した場合、いずれも初期状態での転落性は比較例2よりも改善されたが、やはりアセトン浸漬後はいずれも転落しなくなった。従って、これらの比較例1,2,5,6のサンプルには、耐溶剤性が認められない。なお、比較例6は、潤滑液の構成は、両末端型の反応性官能基(フェノール基)の変性シリコーンと、片末端型の反応性官能基(メタクリル基)の変性シリコーンとの組合せであるが、両末端型のフェノール変性シリコーンが他のフェノール変性シリコーンと反応せず結合状態が得られていないため、アセトン浸漬後の転落性が得られなかったものと判断される。
【0064】
これに対し、実施例2~4のサンプルは、初期状態での転落性は良好(転落角が30度以下、好ましくは20度以下)であり、アセトン浸漬後も水滴(水滴量:2μl及び4μl)の転落が認められた。2種類(両末端型および片末端型の変性シリコーン)の添加剤の合計量が同じ場合、実施例3のように、両末端型のアクリル変性シリコーンと片末端型のメタクリル変性シリコーンの比率を同じにした方が、アセトン浸漬後も良好な転落性(転落角が30度~40度)を示した。驚くべきことに、転落性が特に困難と考えられていた2μlの水滴量であっても実施例3についてはアセトン浸漬後も40度以下の転落角を示した。また、4μlの水滴量については実施例2~4のすべてのサンプルがアセトン浸漬後も約30~40度の転落角を示した。
【0065】
なお、実施例2で2μlの水滴に対する転落角が90度付近にプロットされているのは、今回の試験結果が5つのサンプルの転落角の平均値をプロットしているからであり、そのうちの1つ以上のサンプルの転落角が90度未満であったことを示している。
【0066】
(実施例3,5,6および比較例2)
次に、実施例3,5,6のサンプルについてアセトン浸漬前後の水(水滴量:2μl)の転落角の結果を示す。実施例5,6のサンプルは、実施例3との関係性を見るため、2種類(両末端型および片末端型)の変性シリコーンの比率を同じにして、添加剤の合計量を2倍、2.5倍に増やしたものである。つまり、フェノール変性シリコーン溶液100質量部に対して、実施例5では、アクリル変性シリコーン4質量部およびメタクリル変性シリコーン4質量部を添加し、実施例6では、それぞれ5質量部ずつ添加した。
【0067】
図10に測定結果を示す。実施例5,6から、いずれも初期状態の滑落膜については実施例3と同レベルの優れた滑落性があり、また、アセトン浸漬後も実施例3と同レベルの耐溶剤性があることが分かった。特に、20%濃度のフェノール変性シリコーン溶液100質量部に対して、4~8質量部の添加剤を混合したもの(実施例3,5)については、アセトン浸漬後も40度以下の転落角を示し、より優れた耐溶剤性を発揮することが分かった。
【0068】
【0069】
図11には、実施例7の結果を追加した。実施例7では、溶剤で50質量%に希釈したフェノール変性シリコーン溶液100質量部に対して、アクリル変性シリコーン0.2質量部およびメタクリル変性シリコーン0.2質量部を添加したものを潤滑液として用いた。初期状態の滑落膜の滑落性は非常に優れ、アセトン浸漬後については実施例4と同レベルの耐溶剤性があることが分かった。つまり、実施例7では、主剤と添加剤の質量比が125:1であり、圧倒的に添加量が少ないにも関わらず、耐溶剤性の改善の効果がある。
【0070】
なお、
図11では完全に転落しなかったサンプルの転落角の測定値を100度としている。各測定値は5つのサンプルの平均値であるため、比較例3,4では転落角が90度以上を示している。
【0071】
(実施例8~10および比較例2)
図12に、片末端型のメタクリル変性シリコーンの代わりに、片末端型のエポキシ変性シリコーンを用いた実施例8~10のサンプルのアセトン浸漬前後の水(水滴量:2μl)の転落角の結果を示す。実施例8~10から、いずれも初期状態の滑落膜については15度未満の非常に優れた滑落性があり、特に、実施例8,9(20%濃度のフェノール変性シリコーン溶液100質量部に対して、0.4~4質量部の添加剤を混合したもの)については、アセトン浸漬後も25~35度の範囲の非常に優れた耐溶剤性を示すことが分かった。実施例10については、アセトン浸漬後も2μlの水滴が転落できた。
【0072】
以上の結果、フェノール変性シリコーンの有無に関わらず、両末端型の反応性官能基の変性シリコーンと片末端型の反応性官能基の変性シリコーンの両方を含んだ潤滑液を用いた場合(実施例1~10)に、アセトン浸漬後の転落性に改善が認められ、耐溶剤性を示すようになったと言える。このことは、熱処理後の潤滑液層の中に、両末端型の反応性官能基の変性シリコーンの一部、および、片末端型の反応性官能基の変性シリコーンの一部が、それぞれ他の変性シリコーンと反応して結合状態が生じていることによるものと判断される。
【0073】
また、主剤であるフェノール変性シリコーンに、両末端型の反応性官能基の変性シリコーンと片末端型の反応性官能基の変性シリコーンの両方を添加したものを潤滑液として用いた場合(実施例2~10)、フェノール変性シリコーンのみの潤滑液を用いた場合(比較例2)と比べて、アセトン浸漬後の転落性に改善が認められ、耐溶剤性を示すようになったと言える。上記の作用に加えて、π相互作用による結合が良い影響を与えているものと判断される。
【0074】
なお、フェノール変性シリコーンを主剤として用いたサンプルのうち、2種類の添加剤(両末端型のアクリル変性シリコーンと片末端型のメタクリル変性シリコーン)の添加量の比率が同じ場合には、主成分と添加剤との質量比が125:1~2:1の範囲内であるもの(実施例3,5~7)が好適であり、同質量比が5:1~2:1の範囲内であるものがより好適である。また、主剤に対する添加剤の比率を一定にする場合には、2種類の添加剤の質量比を1:3~3:1の範囲内に調整するとよい(例えば、実施例2~4)。
【0075】
また、フェノール変性シリコーンを主剤として用いたサンプルのうち、2種類の添加剤(両末端型のアクリル変性シリコーンと片末端型のエポキシ変性シリコーン)の添加量の比率が同じ場合には、主成分と添加剤との質量比が50:1~2.5:1の範囲内であるもの(実施例8~10)が好適であり、同質量比が50:1~5:1の範囲内であるものがより好適である。
【0076】
<耐塩水浸漬性>
次に、実施例1,3および比較例3,4のサンプルに対し、耐塩水浸漬試験を実施した。それぞれの滑落膜を沸騰させた塩水に24時間浸漬させた後、水(水滴量:2μl)の転落角を測定した。
【0077】
図13に測定結果を示す。
図8の耐溶剤性の結果と同様の傾向がある。すなわち、両末端型のアクリル変性シリコーン単独または片末端型のメタクリル変性シリコーン単独の潤滑液よりも、両末端型および片末端型の両方の変性シリコーンを含んだ潤滑液(実施例1,3)の方が、耐塩水浸漬性がよい。このことは、フェノール変性シリコーンを主剤としてアクリル変性シリコーンおよびメタクリル変性シリコーンを添加剤としたサンプル(実施例3)にも当てはまる。
【0078】
<修復性>
次に、本実施形態に係る転落膜を塩水に長時間浸漬させてから、その表面を水拭きして塩水を除去した後、水滴径(1.0~2.5mm)を様々に変えて転落角を測定した。測定結果を
図14に示す。水拭き後のサンプルの転落角は、最大の水滴径(2.5mm)で40度程度であったが、水滴径を徐々に小さくしていくと転落角は大きくなっていき、2.0mm未満の水滴径では転落しなくなった。これは長時間の塩水浸漬によって転落膜が劣化したことを示す。
【0079】
このように転落性が低下したサンプルに対し、フェノール変性シリコーン油を滴下によって塗布した後、再び転落角を測定した。
図14に示すように、1.0~2.0mmの水滴径であっても、20度以下の転落角が得られ、潤滑液の再塗布による転落性の回復が可能であることが分かる。
【符号の説明】
【0080】
10・・・滑落膜
12・・・物品
14・・・ベース膜
16・・・反応性官能基
18・・・π電子官能基
20,20A,20B・・・潤滑液層
22・・・シリコーン主鎖部
24,26・・・反応性官能基
28・・・π相互作用部
40・・・滑落対象液体