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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240918BHJP
【FI】
B23B27/14 B
B23B27/14 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020196843
(22)【出願日】2020-11-27
(65)【公開番号】P2022085252
(43)【公開日】2022-06-08
【審査請求日】2023-11-10
(73)【特許権者】
【識別番号】523194617
【氏名又は名称】NTKカッティングツールズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅人
(72)【発明者】
【氏名】黒木 義博
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-113320(JP,A)
【文献】国際公開第2014/002743(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/019391(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0334788(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23C 5/16
C04B 35/00
B22F 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン、アルミナ、及びジルコニアを含むセラミックス焼結体から構成される切削工具であって、
前記セラミックス焼結体は、タングステンとコバルトとの複合炭化物を含有し、
前記複合炭化物は結晶構造が六方晶を成し得るものであり、
前記セラミックス焼結体をX線回折で測定して得られるX線回折パターンは、前記セラミックス焼結体中の前記複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示すものであり、
前記セラミックス焼結体をX線回折で測定し、炭化タングステンの(002)面のX線回折強度を100とした場合に、タングステンとコバルトとの複合炭化物のX線回折強度が9.0以上24.5以下である切削工具。
【請求項2】
2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、前記複合炭化物が存在する請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
超硬合金で構成された台座と、前記台座にロウ材を介して接合された請求項1または2に記載のセラミックス焼結体とからなり、表面に被覆層が形成された切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミナ-炭化タングステン-ジルコニア系セラミック組成物が知られている(特許文献1参照)。アルミナ-炭化タングステン-ジルコニア系セラミック組成物は、アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子とが隣接する第1の結晶粒界と、2つのアルミナ結晶粒子が隣接する第2の結晶粒界にジルコニウムが分布し、各結晶粒界における結晶粒子間の結合力を向上させている。そのため、アルミナ-炭化タングステン-ジルコニア系セラミック組成物は優れた機械特性を有し、高い耐衝撃性および耐熱性などが要求される耐熱合金用の切削工具にも利用可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2015/019391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、切削工具は、切削加工のさらなる高能率化に耐えられることが要求されている。しかし、従来技術による切削工具は、例えば、切削速度を上昇し、高負荷状態になる焼入れ鋼加工に応用するには、耐チッピング性や耐欠損性の点で改善の余地がある。
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、耐チッピング性及び耐欠損性が改善された切削工具を提供することを目的とする。本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕炭化タングステン、アルミナ、及びジルコニアを含むセラミックス焼結体から構成される切削工具であって、
前記セラミックス焼結体は、タングステンとコバルトとの複合炭化物を含有し、
前記複合炭化物は結晶構造が六方晶を成し得るものであり、
前記セラミックス焼結体をX線回折で測定して得られるX線回折パターンは、
前記セラミックス焼結体中の前記複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示す切削工具。
【0006】
〔2〕2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、前記複合炭化物が存在する〔1〕に記載の切削工具。
【0007】
〔3〕前記セラミックス焼結体をX線回折で測定し、炭化タングステンの(002)面のX線回折強度を100とした場合に、タングステンとコバルトとの複合炭化物のX線回折強度が9.0以上24.5以下である〔1〕又は〔2〕に記載の切削工具。
【0008】
〔4〕超硬合金で構成された台座と、前記台座にロウ材を介して接合された〔1〕から〔3〕のいずれか一項に記載のセラミックス焼結体とからなり、表面に被覆層が形成された切削工具。
【発明の効果】
【0009】
セラミックス焼結体をX線回折で測定して得られるX線回折パターンがセラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示すことにより、切削工具の耐チッピング性及び耐欠損性が向上する。
2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、複合炭化物が存在する場合には、切削工具の耐チッピング性及び耐欠損性がより向上する。
セラミックス焼結体をX線回折で測定し、炭化タングステンの(002)面のX線回折強度を100とした場合に、タングステンとコバルトとの複合炭化物のX線回折強度が9.0以上24.5以下である場合には、切削工具の耐チッピング性及び耐欠損性がより向上する。
表面に被覆層が形成されている場合には、切削工具の耐摩耗性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】切削工具の一例の斜視図である。
図2】一実施例のX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、更に詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0012】
1.切削工具
切削工具は、炭化タングステン(WC)、アルミナ(Al)、及びジルコニア(ZrO)を含むセラミックス焼結体から構成される。セラミックス焼結体は、タングステン(W)とコバルト(Co)との複合炭化物((W,Co)C)を含有している。上記の複合炭化物は結晶構造が六方晶を成し得るものである。セラミックス焼結体をX線回折で測定して得られるX線回折パターンは、セラミックス焼結体中の上記の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示す。
以下、「タングステンとコバルトとの複合炭化物」を、単に「複合炭化物」とも称する。
【0013】
(1)セラミックス焼結体
セラミックス焼結体は、タングステンとコバルトとの複合炭化物を含有している。複合炭化物は結晶構造が六方晶を成し得るものである。そのような複合炭化物として、組成式WCo、W10Co、及びW10Co3.4で表される複合炭化物が例示される。なお、複合炭化物は、六方晶以外の結晶構造を成し得るものであってもよく、六方晶以外の結晶構造を成し得ないものであってもよい。
【0014】
セラミックス焼結体をX線回折で測定して得られるX線回折パターンは、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示す。
六方晶の複合炭化物は強靭で硬質である。このため、六方晶の複合炭化物を含有することでセラミックス焼結体の靭性が向上し、切削工具の耐チッピング性及び耐欠損性が向上する。さらに、六方晶以外の複合炭化物を含有しないセラミックス焼結体は、複合炭化物全体に占める六方晶の割合を最大化することができ、上記の効果を満足に得ることができる。
【0015】
図2は、WCoで表される複合炭化物を含有するセラミックス焼結体を、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中光学系のX線回折で測定して得られるX線回折パターンである。縦軸はX線回折強度を表し、横軸は回折角度2θ(°)を表している。
複合炭化物の組成式がWCoの場合には、以下の条件1及び条件2の双方を充足する場合に、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示す、と判断される。
条件1:回折パターンにおける2θが41.0°~42.0°の範囲に回析ピークを有する。
条件2:回折パターンにおける2θが45.0°~46.0°の範囲に回析ピークを有しない。なお、「回析ピークを有しない」とはピーク強度が検出限界以下であることを意味する。
条件1の回析ピークを有することは、六方晶の複合炭化物と立方晶の複合炭化物の少なくとも一方が存在することを意味する。なお、六方晶の複合炭化物と立方晶の複合炭化物の双方が存在する場合は、2つのピークが重なり、いずれか一方のみの場合に比してややブロードなパターンとなる。条件2の回析ピークを有しないことは、立方晶の複合炭化物が存在しないことを意味する。
図2に示す回析パターンは、41.0°~42.0°の範囲に黒丸印を付した六方晶の複合炭化物由来の回析ピークを有している(左下図参照)。すなわち、条件1を充足している。図2に示す回析パターンは、45.0°~46.0°の範囲に立方晶の複合炭化物由来の回析ピークを有しない(右下図参照)。すなわち、条件2を充足している。条件1及び条件2を充足するこのX線回折パターンは、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示している。
【0016】
複合炭化物の組成式がW10CoやW10Co3.4である場合も、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンは、複合炭化物の組成式がWCoで表される場合とほとんど同じである。よって、条件1及び条件2の双方を充足する場合に、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示す、と判断される。
なお、結晶構造が六方晶である複合炭化物が形成されるメカニズムは定かではないが、一般的に行われている所定の焼成温度まで昇温する途中の特定の温度域で、温度をおよそ一定に保持することで、六方晶の複合炭化物のみを形成できる。
【0017】
(2)複合炭化物の粒界存在
複合炭化物は、少なくとも2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に存在することが好ましい。複合炭化物が上記結晶粒界に存在することで、炭化タングステン結晶粒子間の結合力が向上し、切削工具の耐チッピング性及び耐欠損性がより向上する。
【0018】
2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、複合炭化物が存在することは、次のようにして確認できる。セラミックス焼結体の任意の表面をSTEM(Scanning Transmission Electron Microscope)で観察し、2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界をEDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)ライン分析で測定する。このような結晶粒界を任意に5か所選定し、上記の測定を行って、いずれの箇所においても複合炭化物が観察された場合に、2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に複合炭化物が存在すると判断する。
なお、2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界における複合炭化物の有無は、炭化タングステンに対する複合炭化物の量を調整して、制御できる。
【0019】
(3)複合炭化物のX線回折強度比
セラミックス焼結体をX線回折で測定し、炭化タングステンの(002)面のX線回折強度IAを100とした場合に、タングステンとコバルトとの複合炭化物のX線回折強度IBが9.0以上24.5以下であることが好ましい。
炭化タングステンの(002)面のX線回折強度IAは、例えば、2θ=65.0°~66.0°付近におけるピーク高さが好適に用いられる。
複合炭化物のX線回折強度IBは、組成式がWCoの場合、2θ=41.0°~42.0°付近におけるピーク及び2θ=42.1°~43.0°付近におけるピークのうちのいずれか高い方のピーク高さが好適に用いられる。
【0020】
すなわち、炭化タングステンの(002)面のX線回折強度IAを100とした場合のタングステンとコバルトとの複合炭化物のX線回折強度IBは、次の式(1)のピーク強度比で表される。このピーク強度比は、複合炭化物の含有率を表す指標となる。
ピーク強度比=IB/IA×100・・・式(1)

ピーク強度比は、好ましくは9.0以上であり、より好ましくは10.5以上である。このようにすると、複合炭化物の含有率が十分となる。一方で、ピーク強度比は、好ましくは24.5以下であり、より好ましくは21.0以下である。複合炭化物の含有率が大きすぎると、複合炭化物が粒子状に存在し、高温時に軟化する起点が生じやすくなるためである。ピーク強度比の値が上記の範囲内であれば、複合炭化物によって得られる効果を最大限に得ることができ、切削工具の耐チッピング性及び耐欠損性がより向上する。
【0021】
(4)セラミックス焼結体を構成する成分の比率
セラミックス焼結体を構成する炭化タングステン(WC)、アルミナ(Al)、ジルコニア(ZrO)及びタングステン(W)とコバルト(Co)との複合炭化物((W,Co)C)との含有率は、特に限定されないが、炭化タングステンの含有率が21体積%以上39体積%以下であり、ジルコニアの含有率が0.50体積%以上0.90体積%以下であり、かつコバルトの含有率が0.01体積%以上0.15体積%以下であり、アルミナが残部を占めることが好ましい。
なお、上記の含有率は、セラミックス焼結体の全体の体積を100体積%としたときの量である。セラミックス焼結体における各成分の含有率は、蛍光X線分析法等により各元素の質量%を求め、これを体積%に換算することで算出できる。なお、炭化タングステン、アルミナ、及びジルコニアは化合物換算で算出する。コバルトは単体で存在するとして算出する。なお、コバルトの含有率は小数点以下第3位を四捨五入して、小数点以下第2位までで表した数値である。
【0022】
セラミックス焼結体は、不純物を含有していてもよい。不純物とは、製造工程において意図せずに混入する物質であり、例えば、鉄(Fe)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)のうち少なくとも1つを挙げることができる。不純物の量は、炭化タングステンの特性(曲げ強度、熱伝導率等)を殆ど低下させない程度の量(例えば0.1質量%以下)であればよい。
【0023】
各成分の含有率を好ましい範囲内にすることで、耐チッピング性及び耐欠損性をより向上できる。この理由は次のように推測される。各成分の含有率を好ましい範囲内にすることで、硬度に優れる炭化タングステンと、被削材との耐反応性に優れるアルミナのバランスが好適になる。また、2つの炭化タングステン結晶粒子同士が複合炭化物によって強固に結合される効果、および、アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子及び2つのアルミナ結晶粒子同士がジルコニウムによって強固に結合される効果を最大限に得られる。これにより、切削工具の耐チッピング性及び耐欠損性が向上すると考えられる。
【0024】
コバルトの添加方法は、特に限定されない。コバルトは、コバルト粉末を原料に直接添加してもよい。コバルトは、例えばコバルトを含有する超硬球石とエタノールのみで空擦りして得られた摩耗粉を用いてもよい。明確な理由は分かっていないが、摩耗粉を用いると、耐チッピング性及び耐欠損性について高い効果が期待される。
【0025】
(5)切削工具の製造方法
切削工具の製造方法は特に限定されない。切削工具の製造方法の一例を以下に示す。ここでは、コバルトを含む場合の例を説明する。
【0026】
(5.1)原料
原料として次の原料粉末を使用する。
・アルミナ粉末(Al粉末)
・炭化タングステン粉末(WC粉末)
・ジルコニア粉末(ZrO粉末)
・コバルト粉末(Co粉末)
【0027】
(5.2)混合乾燥粉末の作製
アルミナ粉末、炭化タングステン粉末、ジルコニア粉末、及びコバルト粉末を用意する。各原料粉末が所定割合の通りになるよう秤量し、溶媒及び分散剤とともにボールミルに投入して、混合粉砕しスラリーを得る。得られたスラリーを湯煎しつつ脱気することにより、スラリー中から溶媒を除去する。その後、粉体をふるいに通すことによって混合粉末を作製する。
【0028】
(5.3)焼成
得られた混合乾燥粉末をカーボン冶具に投入し、所定温度でホットプレス焼成する。従来、セラミックス焼結体を製造するに際して、所定のプレス圧力にて所定の焼成温度で焼成する焼成過程(便宜上、ここでは本焼成過程と称する)を採用していた。これに対して、この本焼成過程に先だって、所定の焼成温度まで昇温する途中の特定の温度域で、温度をおよそ一定に保持する予備焼成過程を備えることで、複合炭化物の結晶構造が制御される。予備焼成過程は、例えば、1000℃~1200℃の温度域、10分~60分の加圧時間が好ましく採用される。予備焼成過程における圧力は、本焼成過程と同じでよい。
【0029】
(6)被覆層
切削工具は、表面に被覆層が形成されていてもよい。被覆層が形成されると、切削工具の表面硬度が増加すると共に、被加工物との反応・溶着による摩耗進行が抑制される。その結果、切削工具の耐摩耗性が向上する。
被覆層の成分は特に限定されない。被覆層は、チタン、ジルコニウム、クロム及びアルミニウムの炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、酸窒化物、及び炭窒酸化物より選択される少なくとも1種の化合物から形成されていることが好ましい。チタン、ジルコニウム、クロム及びアルミニウムの炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、酸窒化物、及び炭窒酸化物より選択される少なくとも1種の化合物としては、特に限定されないが、TiN、TiAlN、TiAlVNが好適な例として挙げられる。
被覆層は単層でも複層でもよい。また、その厚みは、特に限定されない。被覆層の厚みは、耐摩耗性の観点から、0.02μm以上30μm以下が好ましい。
【0030】
(7)切削工具の用途
切削工具は、従来公知の様々な切削工具に適用することができる。切削工具として、旋削加工用又はフライス加工用刃先交換型チップ(切削インサート、スローアウェイチップ)、エンドミルを好適に例示できる。なお、切削工具は、広義の切削工具であり、旋削加工、フライス加工などを行う工具全般を言う。
【0031】
2.切削工具10
切削工具10は、図1に例示されるように、超硬合金で構成された台座11と、台座11にロウ材を介して接合されたセラミックス焼結体1とからなる。切削工具10は、表面に被覆層が形成されている。被覆層は、少なくともセラミックス焼結体1の表面に形成されていることが好ましい。
超硬合金の組成は、特に限定されない。超硬合金としては、例えば、炭化タングステン結晶粒子を含有する超硬合金(以下「炭化タングステン(WC)系超硬合金」ともいう)を好適に挙げることができる。炭化タングステン系超硬合金としては、WC-Ni-Cr系超硬合金、WC-Co系超硬合金、WC-Co-Cr系超硬合金を例示できる。
ロウ材の成分は、特に限定されない。ロウ材は、例えば活性金属と、1種又は2種以上の展延性を有する金属と、を成分としている。活性金属としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)等が挙げられる。展延性を有する金属としては、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)やニッケル(Ni)等が挙げられる。ロウ材としては、例えば、Au-Ni-Ti合金などが挙げられる。
【0032】
切削工具10は、従来公知の様々な切削工具に適用することができる。このような切削工具として、旋削加工用又はフライス加工用切削工具、エンドミル、リーマを好適に例示できる。なお、切削工具10は、広義の切削工具であり、旋削加工、フライス加工などを行う工具全般を言う。
【実施例
【0033】
以下の実験では、実施例1~10、比較例1~4の各セラミックス焼結体を作製し、これらの各セラミックス焼結体を加工して、実施例1~10、比較例1~4の各切削工具とした。
【0034】
1.セラミックス焼結体の作製
(1)原料
原料として次の原料粉末を使用した。
・アルミナ粉末(Al粉末):平均粒径0.5μm
・炭化タングステン粉末(WC粉末):平均粒径0.5μm
・ジルコニア粉末(ZrO粉末):平均粒径0.5μm
・コバルト粉末(Co粉末):平均粒径0.5μm
【0035】
(2)混合乾燥粉末の作製
アルミナ粉末、炭化タングステン粉末、ジルコニア粉末、及びコバルト粉末を用意した。各原料粉末が表1の割合の通りになるよう秤量し、溶媒及び分散剤とともにボールミルに投入して、混合粉砕しスラリーを得た。溶媒は、エタノールなどを用いた。分散剤は、フローレンG-700(共栄社化学株式会社製)、SNディスパーサント9228(サンノプコ株式会社製)、マリアリムAKM-0531(日油株式会社製)などを用いた。得られたスラリーを湯煎しつつ脱気することにより、スラリー中から溶媒を除去した。その後、粉体をふるいに通すことによって混合粉末を作製した。
なお、ここまでの工程(1),(2)は、全ての実施例及び比較例のセラミックス焼結体で共通している。
【0036】
(3)焼成
(3-1)実施例1~10及び比較例1のセラミックス焼結体
実施例1~10及び比較例1のセラミックス焼結体では、次の方法でホットプレス焼成してセラミックス焼結体を得た。
すなわち、得られた混合乾燥粉末をカーボン冶具に投入し、表1に記載の焼成温度でホットプレス焼成してセラミックス焼結体を作製した。焼成時間は45分~1.5時間、圧力は20MPa~40MPa、雰囲気ガスはアルゴン(Ar)とした。混合乾燥粉末は、焼成温度に到達する前の昇温時に表1に記載の保持温度、圧力は20MPa~40MPa、雰囲気ガスはアルゴン(Ar)で、10分~60分保持された。以上のようにして、実施例1~10及び比較例1のセラミックス焼結体が得られた。
(3-2)比較例2~4のセラミックス焼結体
比較例2~4のセラミックス焼結体は、焼成温度に到達する前の昇温時に特定温度域での保持を行わない、従来のホットプレス焼成を採用した。なお、表1における「保持温度」の欄の「保持なし」とは、「焼成温度に到達する前の昇温時に特定温度域での保持を行わないこと」を意味する。以上のようにして、比較例2~4のセラミックス焼結体が得られた。
【0037】
【表1】
【0038】
2.XRD分析(X線回折分析)
(1)測定方法
セラミックス焼結体を、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中光学系のX線回折で測定して、X線回折パターンを得た。測定条件は、以下の通りとした。
・X線回折装置
(株)リガク製 X線回折装置 RINT-TTR III
・X線回折条件
出力:45kV、200mA
スキャンスピード:2°/分
ステップ幅:0.02°
2θ測定範囲:20°~80°
【0039】
(2)X線回折パターン
実施例1~10のセラミックス焼結体のX線回折パターンを解析したところ、実施形態に記載の条件1及び条件2を充足していた。すなわち、実施例1~10のセラミックス焼結体は、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示した。
比較例1のセラミックス焼結体は、原料にコバルトを含んでいない、すなわち、複合炭化物が形成されていないセラミックス焼結体である。比較例1のセラミックス焼結体は、セラミックス焼結体中の複合炭化物由来の回析ピークが確認されなかった。
比較例2~4のセラミックス焼結体は、焼成温度に到達する前の昇温時に特定温度域での保持を行っていないセラミックス焼結体である。比較例2~4のセラミックス焼結体のX線回折パターンを解析したところ、実施形態に記載の条件1を充足するが、条件2を充足していなかった。すなわち、比較例2~4のセラミックス焼結体では、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が立方晶のみである場合の回折パターンを示した。
なお、表1の「結晶構造」の欄において、「六方晶」は、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示すことを表し、「立方晶」は、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が立方晶のみである場合の回折パターンを示すことを表す。比較例1は、複合炭化物由来の回析ピークが検出されておらず、「―」とした。
【0040】
(3)複合炭化物のX線回折強度比
炭化タングステンの(002)面のX線回折強度IAと、複合炭化物のX線回折強度IBを測定した。各X線回折強度IA、IBは、以下の2θ値におけるピーク高さとした。
X線回折強度IA:2θ=65.0°~66.0°付近におけるピーク高さ
X線回折強度IB:2θ=41.0°~42.0°付近におけるピーク及び2θ=42.1°~43.0°付近におけるピークのうちのいずれか高い方のピーク高さ
各セラミックス焼結体について、それぞれX線回折強度IA、IBを求め、ピーク強度比(IB/IA×100)の値を算出した。
【0041】
算出したピーク強度比を、表1に示す。なお、比較例1は、複合炭化物由来の回析ピークが検出されておらず、ピーク強度比を算出していない。
実施例1~10のセラミックス焼結体のうち実施例2,4~7,9のセラミックス焼結体は、IB/IA×100の値が9.0以上24.5以下であった。
【0042】
3.複合炭化物の粒界存在
(1)測定方法
セラミックス焼結体の表面をSTEMで観察し、2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界をEDSライン分析で測定した。このような結晶粒界を任意に5か所選定し、複合炭化物が観察されるか否かを確認した。選定した5箇所の結晶粒界のいずれにおいても複合炭化物が観察された場合に、「2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、複合炭化物が存在する」と判定し、選定した5箇所の結晶粒界のうち少なくとも1箇所において複合炭化物が観察されない場合に、「2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、複合炭化物が存在しない」と判定した。
【0043】
(2)測定結果
測定結果を表1の「複合炭化物の粒界存在」の欄に示す。「複合炭化物の粒界存在」の欄において「有」は、「2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、複合炭化物が存在する」ことを表し、「無」は、「2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、複合炭化物が存在しない」ことを表す。
実施例1~10のセラミックス焼結体のうち実施例1~4,6,7,9のセラミックス焼結体は、2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に複合炭化物が存在することが観察された。
【0044】
4.切削試験
(1)試験方法
実施例1~10及び比較例1~4のセラミックス焼結体から構成された切削工具を作製した。各切削工具を用いて、切削試験を行って耐チッピング性及び耐欠損性を評価した。試験条件は下記の通りである。
・工具形状:TNGA160408Z01225
・被削材:高硬度材(SCM415)
・切削速度:300m/min
・切込み量:0.1mm
・送り量:0.2mm/rev.
・切削環境:DRY
【0045】
(2)試験結果
表1に試験結果を併記し、これについて検討する。
実施例1~10の切削工具は、下記第1要件を満たしている。これに対して比較例1~4の切削工具は、第1要件を満たしていない。実施例1~10の切削工具は、2km加工しても刃先にチッピングが生じなかった。また、実施例1~10の切削工具は、3km加工しても欠損が生じなかった。比較例1~4の切削工具は、長くても1.5km加工すると刃先にチッピングが生じた。また、比較例1~4の切削工具は、欠損を生じて、3km加工することができなかった。このように、実施例1~10の切削工具は、比較例1~4の切削工具と比較して耐チッピング性及び耐欠損性が高かった。
〔第1要件〕:セラミックス焼結体をX線回折で測定して得られるX線回折パターンは、セラミックス焼結体中の複合炭化物の結晶構造が六方晶のみである場合の回折パターンを示す。
【0046】
次に、実施例1~10の切削工具を比較検討する。
実施例2,4,6,9の切削工具はいずれも第1要件に加えて下記第2,3,4要件も満たしている。実施例2,4,6,9の切削工具は、3km加工してもチッピングが生じず、最も優れた耐チッピング性を示した。よって、第1要件に加えて第2,3,4要件を満たすことで耐チッピング性がより向上することが確認された。
第1要件及び第2要件を満たす実施例1の切削工具は、第1要件のみを満たす実施例10の切削工具より優れた耐チッピング性を示した。
第1要件及び第3要件を満たす実施例5の切削工具は、第1要件のみを満たす実施例10の切削工具より優れた耐チッピング性を示した。
第1要件及び第4要件を満たす実施例8の切削工具は、第1要件のみを満たす実施例10の切削工具より優れた耐チッピング性を示した。
〔第2要件〕:2つの炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界に、複合炭化物が存在する。
〔第3要件〕:セラミックス焼結体をX線回折で測定し、炭化タングステンの(002)面のX線回折強度を100とした場合に、タングステンとコバルトとの複合炭化物のX線回折強度が9.0以上24.5以下である。
〔第4要件〕:セラミックス焼結体において、炭化タングステンが21体積%以上39体積%以下であり、コバルトが0.01体積%以上0.15体積%以下であり、ジルコニアが0.50体積%以上0.90体積%以下であり、アルミナが残部を占める。なお、各体積%は、実施形態で説明したように炭化タングステン、アルミナ、及びジルコニアについては、化合物換算で表したものであり、コバルトは単体で存在するとして算出したものである。表1には、上述のようにセラミックス焼結体の原料粉末の組成(配合)が示されているが、この組成は化合物に換算した各セラミックス焼結体の組成と同等である。
【0047】
なお、複合炭化物を含有しない比較例1の切削工具は、加工途中で刃先にチッピングが発生し、欠損した。
比較例2の切削工具は、第2,3要件を満たしていたが、加工途中で刃先にチッピングが発生し、欠損した。
比較例3の切削工具は、第4要件を満たしていたが、加工途中で刃先にチッピングが発生し、欠損した。
比較例4の切削工具は、第3,4要件を満たしていたが、加工途中で刃先にチッピングが発生し、欠損した。
【0048】
以上の結果から、第1の要件を満たす切削工具は、耐チッピング性及び耐欠損性がよいことが確認された。
【0049】
本発明は上記で詳述した実施形態に限定されず、本発明の請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【符号の説明】
【0050】
1 …セラミックス焼結体
10 …切削工具
11 …台座
図1
図2