(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-17
(45)【発行日】2024-09-26
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240918BHJP
C22C 1/051 20230101ALI20240918BHJP
C22C 29/02 20060101ALI20240918BHJP
C22C 29/12 20060101ALI20240918BHJP
【FI】
B23B27/14 B
B23B27/14 A
C22C1/051 G
C22C1/051 J
C22C29/02 B
C22C29/12 A
(21)【出願番号】P 2020209993
(22)【出願日】2020-12-18
【審査請求日】2023-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】523194617
【氏名又は名称】NTKカッティングツールズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】茂木 淳
(72)【発明者】
【氏名】池田 光生
(72)【発明者】
【氏名】飯田 悠太
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 翔丸
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-149775(JP,A)
【文献】特開2016-113320(JP,A)
【文献】特開2010-235351(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0334789(US,A1)
【文献】特開2005-272877(JP,A)
【文献】国際公開第2014/002743(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23C 5/16
C22C 1/051
C22C 29/02
C22C 29/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミナと、ジルコニアと、炭化タングステンとを含む焼結体からなる切削工具であって、
前記焼結体は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素から選ばれる少なくとも1種の金属炭化物を含有し、
前記金属炭化物にはW元素が固溶しており、
前記焼結体に含まれる全炭化物中のW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素の合計のモル分率を100%とした場合に、W元素のモル分率が最も大きく、
前記焼結体をX線回折で測定し、
前記炭化タングステンの最強ピーク強度をIAとし、
前記金属炭化物の最強ピーク強度をIBとした際に、
ピーク強度比(IA/IB)の値が1.00以下であ
り、
前記焼結体は、Co、Fe、及びNiから選ばれる少なくとも1種を、合計で5.0mol%以下含む切削工具。
【請求項2】
2つのアルミナ結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界と、アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子とが隣接する界面である結晶粒界とに、Zr元素が分布する請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
表面に被覆層が形成された請求項1
または2に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の切削工具は、高強度化によって耐欠損性の向上が図られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、切削工具は、切削加工のさらなる高能率化が要求されている。鋼材等の鉄系金属の切削加工を高能率化するために、切削速度を上げるか、切込み量を大きくするかの少なくとも一方の対応がなされている。しかし、従来の切削工具は、鉄系金属を高速又は高切込の条件で加工した場合に、耐摩耗性及び耐欠損性の点で改善が要求されるものであった。
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、被削材が鉄系金属であっても耐摩耗性及び耐欠損性が改善された切削工具を提供することを目的とする。本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕アルミナと、ジルコニアと、炭化タングステンとを含む焼結体からなる切削工具であって、
前記焼結体は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素から選ばれる少なくとも1種の金属炭化物を含有し、
前記金属炭化物にはW元素が固溶しており、
前記焼結体に含まれる全炭化物中のW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素の合計のモル分率を100%とした場合に、W元素のモル分率が最も大きく、
前記焼結体をX線回折で測定し、
前記炭化タングステンの最強ピーク強度をIAとし、
前記金属炭化物の最強ピーク強度をIBとした際に、
ピーク強度比(IA/IB)の値が1.00以下である切削工具。
【0006】
〔2〕2つのアルミナ結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界と、アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子とが隣接する界面である結晶粒界とに、Zr元素が分布する〔1〕に記載の切削工具。
【0007】
〔3〕前記焼結体は、Co、Fe、及びNiから選ばれる少なくとも1種を、合計で5.0mol%以下含む〔1〕又は〔2〕に記載の切削工具。
【0008】
〔4〕表面に被覆層が形成された〔1〕から〔3〕のいずれか1項に記載の切削工具。
【発明の効果】
【0009】
焼結体に含まれる全炭化物中のW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素の合計のモル分率を100%とした場合に、W元素のモル分率が最も大きく、ピーク強度比(IA/IB)の値が1.00以下であることにより、切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が優れる。
2つのアルミナ結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界と、アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子とが隣接する界面である結晶粒界とに、Zr元素が分布している場合には、粒界が強化され、切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。
Co、Fe、及びNiから選ばれる少なくとも1種を、合計で5.0mol%以下含む場合には、切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。
表面に被覆層が形成されている場合には、切削工具の耐摩耗性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】実施例1~13の焼成工程における温度変化を示すグラフである。
【
図3】比較例3の焼成工程における温度変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示を詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0012】
1.切削工具1
切削工具1は、アルミナ(Al2O3)と、ジルコニア(ZrO2)と、炭化タングステン(WC)とを含む焼結体2からなる。
焼結体2は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素から選ばれる少なくとも1種の金属炭化物を含有している。金属炭化物にはW元素が固溶している。
切削工具1は、焼結体2に含まれる全炭化物中のW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素の合計のモル分率を100%とした場合に、W元素のモル分率が最も大きい。
切削工具1は、焼結体2をX線回折で測定し、炭化タングステンの最強ピーク強度をIAとし、金属炭化物の最強ピーク強度をIBとした際に、ピーク強度比(IA/IB)の値が1.00以下である。
【0013】
(1)焼結体に含まれる成分、及び各成分の含有量
焼結体2は、アルミナと、ジルコニアと、炭化タングステンとを含んでいる。
各成分の含有量について説明する。以下の含有量は、焼結体2(切削工具1)の全体を100mol%としたときの量である。
アルミナの含有量は、特に限定されない。アルミナの含有量は、硬度や焼結性の観点から、10mol%~55mol%が好ましい。
ジルコニアの含有量は、特に限定されない。ジルコニアの含有量は、耐欠損性の観点から、3mol%~5mol%が好ましい。
炭化タングステンの含有量は、特に限定されない。焼結体2中のタングステンを炭化物に換算した場合の炭化タングステンの含有量は、硬度や焼結性の観点から、20mol%~45mol%が好ましい。
【0014】
焼結体2は、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Hf(ハフニウム)、V(バナジウム)、Nb(ニオブ)、及びTa(タンタル)元素から選ばれる少なくとも1種の金属炭化物を含有している。本開示における金属炭化物は、上記元素の1種と炭素とからなる化合物と、上記元素の2種以上と炭素とからなる化合物との両方を意味する。上記元素の1種と炭素とからなる化合物は、炭化チタン、炭化ジルコニウム、炭化ハフニウム、炭化バナジウム、炭化ニオブ、炭化タンタルである。上記元素の2種以上と炭素とからな
る化合物は、特に限定されないが、炭化チタンタンタル、炭化チタンジルコニウム等が例示される。
【0015】
金属炭化物にはW(タングステン)元素が固溶している。金属炭化物にW元素が固溶している場合、焼結体2中のW元素の量を減らすことなく、固溶したW元素の量に応じて単味の炭化タングステンの量を少なくできる。このため、被削材に含まれる鉄と反応しやすい単味の炭化タングステンの量を少なくして、鉄に対する耐反応性を向上できる。
金属炭化物の含有量は、特に限定されない。金属炭化物の含有量は、W元素の固溶量を確保する観点から、30mol%~80mol%が好ましく、15mol%~40mol%がより好ましい。
金属炭化物に固溶したW元素の量は、後述するピーク強度比(IA/IB)の要件を充足する範囲内において特に限定されない。金属炭化物に所定の量のW元素を固溶させる方法については、後に説明する。
【0016】
(2)炭化物におけるW元素の割合に関する要件
焼結体2は、焼結体2に含まれる全炭化物中のW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素の合計のモル分率を100%とした場合に、W元素のモル分率が最も大きい。すなわち、全炭化物中の金属元素に占めるW元素の割合が、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素のいずれの割合よりも多い。焼結体2に含まれる全炭化物は、炭化タングステン、金属炭化物、及びこれらの固溶体である。
全炭化物中の金属元素に占めるW元素の割合は、特に限定されない。全炭化物中の金属元素に占めるW元素の割合は、耐欠損性の観点から、46%以上が好ましく、50%以上がより好ましく、53%以上が更に好ましい。全炭化物中の金属元素に占めるW元素の割合は、被削材に含まれる鉄に対する耐反応性の観点から、77%以下が好ましく、70%以下がより好ましく、65%以下が更に好ましい。これらの観点から、全炭化物中のW元素の割合は、46%以上77%以下が好ましく、50%以上70%以下がより好ましく、53%以上65%以下が更に好ましい。
焼結体2の原料粉末の組成(配合)は、焼成後にもほとんど変化しないから、各焼結体2の組成と同等である。全炭化物中の金属元素に占めるW元素の割合は、原料の組成(配合)を適宜変更して調整できる。
【0017】
(3)ピーク強度比(IA/IB)の要件
ここで、ピーク強度比(IA/IB)の要件について説明する。
ピーク強度IAは、Cu-Kα線を用いたX線回折装置によって測定した炭化タングステンのXRDピークのうちで、最も高い強度を示すピークの強度を表わす。例えば、2θ=35.6°付近におけるピーク高さが好適に用いられる。
ピーク強度IBは、Cu-Kα線を用いたX線回折装置によって測定した金属炭化物のXRDピークのうちで、最も高い強度を示すピークの強度を表わす。例えば、最強ピーク
を示す金属炭化物が炭化チタンである場合には、2θ=41.7°付近におけるピーク高さが好適に用いられる。
【0018】
ピーク強度比(IA/IB)の値は、1.00以下である。ピーク強度比(IA/IB)の値が1.00以下であることは、全炭化物中において、被削材に含まれる鉄と反応しやすい単味の炭化タングステンが所定量以下であることを示す。
ピーク強度比(IA/IB)の値は、耐摩耗性の観点から、0.70以下であることが好ましく、0.45以下であることがより好ましい。なお、ピーク強度比(IA/IB)の下限値は特に限定されないが、通常0.20であり、さらに「0」に近い値であってもよい。
なお、ピーク強度比(IA/IB)の制御方法は、後に説明する。
【0019】
(4)Zr元素の分布
切削工具1は、2つのアルミナ結晶粒子が隣接する界面である結晶粒界(以下、結晶粒界Aとも称する)と、アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子とが隣接する界面である結晶粒界(以下、結晶粒界Bとも称する)とに、Zr元素が分布していてもよい。すなわち、Zr元素は、結晶粒界Aと結晶粒界Bの双方に分布していることが好ましい。
【0020】
結晶粒界AにZr元素が存在することは、次のようにして確認できる。すなわち、2つのアルミナ結晶粒子が隣接する界面を走査透過型電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope、STEM)で観察する。この界面を横断するように、エネルギー分散形X線分光器(Energy Dispersive X-ray Spectrometer、EDS)にてZr元素の濃度を測定する。粒界にZr元素が存在する場合には、界面においてZr元素の濃度が高いピークが観察される。
【0021】
結晶粒界BにZr元素が存在することは、次のようにして確認できる。すなわち、アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子が隣接する界面を走査透過型電子顕微鏡で観察する。この界面を横断するように、エネルギー分散形X線分光器にてZr元素の濃度を測定する。粒界にZr元素が存在する場合には、界面においてZr元素の濃度が高いピークが観察される。
【0022】
一実施形態としての焼結体2は、結晶粒界Aおよび結晶粒界Bに分布するZr元素によって、各結晶粒界A,Bにおける結晶粒子間の結合力を向上させることができる。したがって、アルミナ-炭化タングステン-ジルコニア系セラミック組成物の機械特性を向上させ、結果的に、その耐摩耗性・耐欠損性を向上させることができる。
【0023】
なお、Zr元素を結晶粒界A,Bに分布させるには、焼結体2の製造時において、各成分をボールミル粉砕等の手法でよく分散させればよい。例えば、微細なジルコニア粉末やジルコニウム塩溶液をジルコニア原料として用いると、ジルコニウム元素が効果的に粒界に分布する。その他、ジルコニア原料のみを先に粉砕する分散混合処理や、粉砕メディアにジルコニア製のものを用いることも効果的である。
また、焼成時の昇温速度及び保持時間を最適化することで、Zr元素の移動(拡散)を促進することができる。
【0024】
(5)その他の成分
焼結体2は、Co、Fe、及びNiから選ばれる少なくとも1種を、合計で5.0mol%以下含んでいてもよい。
焼結体2は、Co、Fe、及びNiを含むことで、耐摩耗性・耐欠損性が向上する。理由は定かではないが、金属炭化物結晶粒子同士の結晶粒界に、Co、Fe、及びNi等の金属が層状に析出することによって、金属炭化物結晶粒子間の結合力を向上させることができるためであると推測される。他方、Co、Fe、及びNiの含有量が合計で5.0mol%より大きい場合には、粒界以外の相として、高温下で軟化しやすい金属相が多くなるので、耐摩耗性が低下する懸念がある。
一実施形態としての焼結体2は、Co、Fe、及びNiから選ばれる少なくとも1種を、合計で5.0mol%以下含むことによって、耐摩耗性を確保しつつ、耐欠損性を向上できる。
【0025】
(6)被覆層
切削工具1は、表面に被覆層が形成されていてもよい。被覆層は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ケイ素(Si)、クロム(Cr)、及びアルミニウム(Al)からなる群より選択される少なくとも1種の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、窒酸化物、及び炭窒酸化物からなることが好ましい。具体的には、例えば、TiN、Ti
AlN、TiAlCrN、AlCrNが好ましい。被覆層が形成されると、切削工具1の表面硬度が増加すると共に、被削材との反応・溶着による摩耗進行が抑制される。その結果、切削工具1の耐摩耗性が向上する。被覆層は単層でも複層でもよく、合計の厚みは、
特に限定されないが、通常0.5μm~15μmである。
【0026】
2.ピーク強度比(IA/IB)の制御(切削工具1の製造方法)
ピーク強度比(IA/IB)は、切削工具1を製造する過程において、金属炭化物へのW元素の固溶量を調整することによって制御できる。切削工具1は、原料粉末の準備工程、配合工程、混合工程、乾燥及び造粒工程、焼成工程を経て製造される。
金属炭化物へのW元素の固溶量は、例えば、原料粉末の配合工程において、原料粉末として金属炭化物にW元素が固溶した固溶体原料を使用すること、原料粉末の焼成工程において、ホットプレスや、放電プラズマ焼結(SPS:Spark Plasma Sintering)等の加熱条件をコントロールすること等によって、調整できる。以下、より具体的に説明する。
【0027】
(1)原料粉末の準備工程、配合工程
原料粉末の配合工程に用いられる固溶体原料は、次のようにして作製できる。まず、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素から選ばれる少なくとも1種の金属粉末と、W元素の粉末と、C元素の粉末を調合し、ボールミル等で粉砕する。得られた混合粉末を加熱して炭化処理する。炭化処理後の冷却は、通常の炉冷速度よりも速い急速冷却が好ましい。
【0028】
固溶体原料を作製するに際し、炭化物の出発原料として金属粉末、W元素の粉末を用いることによって、均質な固溶体原料を得ることができる。これは、金属元素とW元素を均質に混合できること、金属元素及びW元素の炭化反応に伴う燃焼反応が固溶反応を促進することに起因する。また、炭化処理後に急速冷却すると、WCの分離を抑制できる。一般的に、温度が低い程W元素のその他の金属炭化物に対する固溶量は少なくなる。したがって、急速冷却してWCの分離が生じる時間を短縮することによって、通常の炉冷速度で冷却した場合に比して、WCの分離を抑制できる。
【0029】
得られた固溶体原料の配合量は、特に限定されない。固溶体原料の配合量は、焼結体2の原料全体を100mol%とした場合に、30mol%~80mol%が好ましく、15mol%~40mol%がより好ましい。
【0030】
(2)焼成工程
従来、焼結体2を製造するに際して、所定のプレス圧力にて所定の焼成温度で焼成し、焼結温度から所定の降温速度で降温する焼成工程を採用していた。所定の降温速度は、通常2.5℃/min~5.0℃/minであった。これに対して、焼結温度からの降温速度を大きくすることによって、W元素が固溶した金属炭化物からWCが分離することを抑制できる。金属炭化物へのW元素の固溶量を確保するために、焼結温度からの降温速度は15℃/min以上であることが好ましく、20℃/min以上であることがより好ましい。
【0031】
3.耐摩耗性及び耐欠損性が優れる推測理由
ここで、本開示の切削工具1が、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることについて、推測される理由を説明する。
一般に、炭化タングステンは鉄と反応しやすい性質を有する。したがって、炭化タングステンを含む焼結体と、被削材にふくまれる鉄との耐反応性を向上させるためには、焼結体中の炭化タングステンの量を減少させればよい。しかしながら、そうすると焼結体中のW元素の量が減少して焼結体の機械的強度が不足する。このような焼結体からなる切削工具は、耐摩耗性に優れるが耐欠損性に劣る。
これに対して、本実施形態の焼結体2は、金属炭化物にW元素が固溶しているから、金属炭化物にW元素が固溶しない構成に比して、被削材に含まれる鉄に対する耐反応性が向上する。これに伴い、切削工具1は、耐欠損性に優れつつ耐摩耗性が向上すると考えられる。
本実施形態の焼結体2では、上記の炭化物におけるW元素の割合に関する要件を充足するから、W元素が十分に確保される。このため、焼結体2の機械的強度に優れ、切削工具1の耐欠損性が優れると考えられる。
さらに、本実施形態の焼結体2は、ピーク強度比(IA/IB)の要件も充足する。ピーク強度比(IA/IB)の値が1.00以下であるから、被削材の鉄と反応しやすい単味の炭化タングステンの量を少なくすることができる。このため、焼結体2の被削材に含まれる鉄に対する耐反応性が向上し、切削工具1の耐摩耗性が向上する。
このように、上記の炭化物におけるW元素の割合に関する要件を充足し、かつ、ピーク強度比(IA/IB)の要件を充足する焼結体2は、W元素の量を減少させることなく被
削材に含まれる鉄に対する耐反応性を向上させることができるので、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる。
【実施例】
【0032】
以下の実験では、実施例1~13、比較例1~4の各焼結体を作製し、これらの各セラミックス焼結体を加工して、実施例1~13、比較例1~4の各切削工具とした。
【0033】
1.焼結体の作製
(1)原料粉末の準備工程
原料粉末は、以下に示すものである。(Ti,W)C粉末、(Zr,W)C粉末、(V,W)C粉末、(Nb,W)C粉末、(Ta,W)C粉末、(Ti,Ta,W)C粉末は、それぞれ固溶体原料粉末である。
Al2O3粉末:平均粒径0.3μm
ZrO2粉末:平均粒径0.3μm、3mol%のY2O3で部分安定化
WC粉末:平均粒径0.5μm
(Ti,W)C粉末:平均粒径0.7μm
(Zr,W)C粉末:平均粒径0.7μm
(V,W)C粉末:平均粒径0.7μm
(Nb,W)C粉末:平均粒径0.7μm
(Ta,W)C粉末:平均粒径0.7μm
(Ti,Ta,W)C粉末:平均粒径0.7μm
TiC粉末:平均粒径0.7μm
【0034】
上記の中でAl2O3粉末、ZrO2粉末、WC粉末は市販の原料を用いた。(Ti,W)C粉末等の固溶体原料は、次の手順で作製した。まず、平均粒径1.0μmのTi粉末、Zr粉末、V粉末、Nb粉末、Ta粉末、W粉末と、平均粒径0.3μmのC粉末(カーボンブラック)を表1の組成(mol%)になるように調合した。SUS製のポットに超硬球とエタノールを投入し、調合した粉末を投入した。次に、SUS製のポットを48時間回転させ、粉砕混合した。
【0035】
【0036】
得られた混合スラリーを、振動乾燥機にて乾燥し、混合粉末を得た。得られた混合粉末をカーボン型に入れ、Ar雰囲気下で2,000℃にて炭化処理を行った。2,000℃からの降温は急速冷却にて行った。得られた粉末を粉末X線回折分析する事により、W元素がその他の元素の炭化物に固溶した固溶体原料となっていることを確認した。
(2)配合工程
準備した原料粉末を表2の組成(mol%)になるように配合(調合)した。
なお、表3における「固溶体原料の使用」の「有」とは「原料に固溶体原料を使用したこと」を意味する。
【0037】
【0038】
(3)混合、乾燥及び造粒工程
SUS製のポットに超硬球とエタノールを投入し、調合した原料粉末を投入した。次に、SUS製のポットを72時間回転させ、粉砕混合した。得られた混合スラリーを、振動乾燥機にて乾燥し、混合粉末を得た。
なお、ここまでの工程((1)~(3))は、全ての実施例及び比較例のセラミックス焼結体で共通している。
【0039】
(4)焼成工程
(4-1)実施例1~13、比較例1,2,4のセラミックス焼結体
実施例1~13、比較例1,2,4のセラミックス焼結体では、次の方法でホットプレス焼成してセラミックス焼結体を得た。
すなわち、乾燥混合粉末は、カーボン冶具に投入され、表3の焼成温度、プレス圧力30MPa、Ar 3気圧の雰囲気の条件で焼成された。焼成温度からの降温時に急冷した。
このホットプレス焼成における代表的な温度変化が
図2に示されている。
図2では、焼成温度(1500℃)で所定時間保持された後に、20℃/minで降温した様子が示されている。
以上のようにして、実施例1~13、比較例1,2,4のセラミックス焼結体が得られた。
なお、表3における「焼成時の急冷」の「有」とは「焼成温度からの降温時に急冷したこと」を意味する。また、「無」とは「焼成温度からの降温時に急冷しないこと」を意味する。
【0040】
【0041】
(4-2)比較例3のセラミックス焼結体
比較例3のセラミックス焼結体は、乾燥及び造粒までは実施例1~13、比較例1,2,4のセラミックス焼結体と同じであるが、焼成温度からの降温時に急冷せず、一般的な速度で冷却した。
このホットプレス焼成における温度変化が
図3に示されている。焼成後に、1550℃、800MPaの1軸加圧が行われている。
図3では、焼成温度(1525℃)で所定時間保持された後に、2.5℃/minで降温した様子が示されている。
以上のようにして、比較例3のセラミックス焼結体が得られた。
【0042】
2.W元素の割合
(1)算出方法
焼結体の任意の位置における切断面を鏡面研磨後、切断面うち異なる5か所において電子線マイクロアナライザ(EPMA)によって□25μmを視野とするEPMA画像を得た。このEPMA画像を分析して焼結体におけるW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素のモル分率の5か所における平均値を算出した。そして、焼結体に含まれるW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素の合計のモル分率を100%として、W元素のモル分率を算出した。
なお、別途、XRD分析の組成分析をして、実施例及び比較例について、いずれも焼成
前後で焼結体を構成する組成が変化していないことを確認した。
(2)算出結果
実施例及び比較例における、W元素の割合を表3に示す。
実施例1~13、比較例1~3のW元素のモル分率の割合は、いずれも50%以上であった。実施例1~13、比較例1~3のW元素のモル分率は、焼結体に含まれる炭化物中のW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素の合計のモル分率を100%とした場合に、最も大きく、炭化物におけるW元素の割合に関する要件を充足していた。
比較例4のW元素のモル分率の割合は、45.0%であった。比較例4のW元素のモル分率は、焼結体に含まれる炭化物中のW、Ti、Zr、Hf、V、Nb、及びTa元素の合計のモル分率を100%とした場合に、Ti元素のモル分率(55%)よりも少なく、炭化物における炭化物におけるW元素の割合に関する要件を充足していなかった。比較例4の組成は、実施例3におけるWC粉末原料の代わりに同量のTiC粉末原料を添加することによって、炭化物中のW元素のモル分率よりもTi元素のモル分率が大きくなっている。なお、比較例4の作製方法は実施例と同じである。
【0043】
3.XRD分析(X線回折分析)
(1)測定方法
得られた焼結体を12mm×12mm×4mmの柱状体に加工後、12mm×12mmの面の一方を琢磨し鏡面に仕上げた。この鏡面について次の評価を行った。
炭化タングステンの最強ピーク強度IAと、金属炭化物の最強ピーク強度IBを測定するために、各セラミックス焼結体に対してX線回折測定を行った。各ピーク強度IA、IBは、以下の2θ値付近に観察されたピークの高さである。
ピーク強度IA:2θ=35.6°
ピーク強度IB:
最強ピークを示す金属炭化物がTiCである場合には、2θ=41.7°、
最強ピークを示す金属炭化物がZrCである場合には、2θ=33.0°、
最強ピークを示す金属炭化物がVCである場合には、2θ=37.4°、
最強ピークを示す金属炭化物がNbCである場合には、2θ=34.8°、
最強ピークを示す金属炭化物がTaCである場合には、2θ=35.0°、
最強ピークを示す金属炭化物がTiTaCである場合には、2θ=35.3°
各焼結体について、それぞれピーク強度IA、IBを求め、ピーク強度比IA/IBの値を算出した。
なお、各面のピーク強度は、以下の条件で測定した。
・X線回折装置
(株)リガク製 X線回折装置 RINT-TTR III
・X線回折条件
モノクロメータ:使用
ターゲット:Cu
管電流:300mA
管電圧:50kV
スキャンスピード2度/分
サンプリング幅0.02度
【0044】
(2)測定結果
実施例及び比較例における、ピーク強度比IA/IBを表3に示す。
実施例1~13のピーク強度比IA/IBはいずれも1.00以下であった。
比較例1のピーク強度比IA/IBは、2以上であり、1.00より大きかった。比較例1の作製方法は実施例と同じであるが、比較例1の組成は、炭化物中にWC以外の金属炭化物を含んでいない。
比較例2のピーク強度比IA/IBは、1.44であり、1.00より大きかった。比較例2の作製方法は実施例と同じであるが、比較例2の組成は、WC粉末原料の配合量が実施例1~13よりも多かった。
比較例3のピーク強度比IA/IBは、1.20であり、1.00より大きかった。比較例3の組成は実施例3と同じであるが、比較例3の作製方法は、焼成温度からの降温時に急冷を行わなかった。
【0045】
4.切削工具の作製
実施例1~13及び比較例1~4の焼結体を、工具形状(SEKN42)に加工した。 なお、焼成後の各焼結体を機械加工して、切削工具としているのであるから、切削工具の組成は原料粉末の組成と同等である。
【0046】
5.切削試験
(1)耐摩耗試験
各切削工具を用いて、切削試験を行った。試験条件は下記の通りである。
・被削材:合金鋼SCM440
・切削速度:400m/min
・切込み量:2.0mm
・切込幅:50mm
・送り量:0.2mm/tooth
・切削環境:Dry
・評価:逃げ面摩耗量が0.3mmに達した時の切削距離(m)で評価した。
(2)耐欠損性試験
各切削工具を用いて、切削試験を行った。試験条件は下記の通りである。
・被削材:合金鋼SCM440
・切削速度:200m/min
・切込み量:2.0mm~5.0mm
・切込幅:50mm
・送り量:0.2mm/tooth
・切削環境:Dry
・評価:切込量を2.0mmから0.25mmずつ増やし、切込量を増やす度に0.5m加工して、欠損が発生した時の切込量で評価した。
(3)試験結果
実施例及び比較例における、耐摩耗試験及び耐欠損性試験の評価を表3に示す。実施例1~13の切削工具は、良好な耐摩耗性及び耐欠損性を示した。一方、炭化物におけるW
元素の割合に関する要件を充足するが、ピーク強度比IA/IBが1.00よりも大きい比較例1~3の切削工具は、実施例1~13の切削工具に比べて、同等の耐欠損性を有するが、耐摩耗性は低かった。これは、W元素を多く含むことで機械的強度が確保される一方、焼結体中の単味のWCが多く、被削材の鉄との反応が進行しやすかったからだと思われる。また、ピーク強度比IA/IBが1.00よりも小さいが、炭化物におけるW元素の割合に関する要件を充足しない比較例4の切削工具は、実施例1~13の切削工具に比べて、同等の耐摩耗性を有するが、耐欠損性は低かった。これは、焼結体中の単味のWCが少ないことで被削材の鉄との反応が進行し難かった一方、W元素が不十分で機械的強度が確保されなかったからだと思われる。
以上の結果から、炭化物におけるW元素の割合に関する要件を充足し、かつ、ピーク強度比(IA/IB)の要件を充足することで、耐摩耗性及び耐欠損性が向上することが確認された。
【0047】
本開示は上記で詳述した実施形態に限定されず、本開示の請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【符号の説明】
【0048】
1 …切削工具
2 …焼結体