(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-18
(45)【発行日】2024-09-27
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤ及び溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20240919BHJP
B23K 35/368 20060101ALI20240919BHJP
【FI】
B23K35/30 A
B23K35/368 A
B23K35/30 320A
(21)【出願番号】P 2023570047
(86)(22)【出願日】2022-09-30
(86)【国際出願番号】 JP2022036865
(87)【国際公開番号】W WO2024069985
(87)【国際公開日】2024-04-04
【審査請求日】2023-11-10
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松尾 孟
(72)【発明者】
【氏名】加茂 孝浩
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-025524(JP,A)
【文献】特開2014-050882(JP,A)
【文献】特開2014-018852(JP,A)
【文献】特開2009-034724(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
B23K 35/368
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮と前記鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを備える溶接用のフラックス入りワイヤであって、
前記鋼製外皮全質量に対する質量%で、前記鋼製外皮の化学組成が、
C :0~0.650%、
Si:0.03~0.50%、
Mn:3.1~30.0%、
P :0~0.050%、
S :0~0.050%、
Cu:0~5.0%、
Ni:1.0~30.0%、
Cr:0~10.0%、
Mo:0~10.0%、
Nb:0~1.0%、
V :0~1.0%、
Co:0~1.0%、
Pb:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
Al:0~0.10%、
Ti:0~0.10%、
B :0~0.1000%、
N :0~0.500%、
O :0~0.0050%、並びに
残部:Fe及び不純物であり、
かつ前記Mn含有量及び前記Ni含有量の合計(Mn+Ni)が5.0%以上であり、
前記Mn含有量、前記Ni含有量及び前記Cr含有量の合計(Mn+Ni+Cr)が15.0%以上であり、
前記鋼製外皮における磁気誘導法により求められるfcc割合が70%以上であるフラックス入りワイヤ。
【請求項2】
前記鋼製外皮の化学組成において、前記Mn含有量と前記Ni含有量との質量比(Ni/Mn)が、0.10以上である請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記質量比(Ni/Mn)が、1.00以上である請求項2に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記Tiの含有量が、Ti:0.003~0.10%である請求項
1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項5】
前記フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で、前記フラックス入りワイヤの化学組成における金属成分が、
C :0.020~0.650%、
Si:0.20~0.80%、
Mn:1.5~30.0%、
P :0~0.050%、
S :0~0.050%、
Cu:0~10.0%、
Ni:5.0~30.0%、
Cr:2.0~10.0%、
Mo:0~10.0%、
Nb:0~5.00%、
V :0~5.0%、
Co:0~1.0%、
Pb:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
W :0~10.0%、
Mg:0~1.00%、
Al:0~3.000%、
Ca:0~0.100%、
Ti:0~3.000%、
B :0~0.1000%、
REM:0~0.100%、
Bi:0~0.050%、
N :0~1.000%、
O :0~0.020%、並びに
残部:Fe及び不純物である請求項
1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項6】
前記フラックス入りワイヤの化学組成において、前記Mn含有量と前記Ni含有量との質量比(Ni/Mn)が、0.200以上である請求項5に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項7】
前記フラックス入りワイヤは、前記フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で、
Ti酸化物のTiO
2換算値の合計が3.00~8.00%であり、
Si酸化物のSiO
2換算値の合計が0~1.00%であり、
Zr酸化物のZrO
2換算値の合計が0~0.80%であり、
Al酸化物のAl
2O
3換算値の合計が0~0.80%である請求項
1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項8】
前記フラックス入りワイヤは、前記フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で、
K
2SiF
6、K
2ZrF
6、NaF、Na
3AlF
6、CaF
2、及びMgF
2のいずれか1種以上の弗化物を含有しその合計が0.10~2.00%であり、
Na酸化物、NaF、及びNa
3AlF
6のいずれか1種以上のNa含有化合物を含有しその合計(ただしNa酸化物はNa
2O換算値)が0.01~2.00%であり、
K酸化物、K
2SiF
6、及びK
2ZrF
6のいずれか1種以上のK含有化合物を含有しその合計(ただしK酸化物はK
2O換算値)が0.01~2.00%である請求項
1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項9】
下記式Aによって算出されるX値が0.10~160.00である請求項
1に記載のフラックス入りワイヤ。
X=(8×CaF
2+5×MgF
2+5×NaF+5×K
2SiF
6+5×K
2ZrF
6+Na
3AlF
6)/(SiO
2+Al
2O
3+ZrO
2+0.5×MgO+CaO+0.5×Na
2O+0.5×K
2O+MnO
2+FeO) ・・・・式A
式A中、CaF
2、MgF
2、NaF、K
2SiF
6、K
2ZrF
6、及びNa
3AlF
6は、各化学式で示される化合物の、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%での含有量である。また、SiO
2はSi酸化物のSiO
2換算値の合計を示し、Al
2O
3はAl酸化物のAl
2O
3換算値の合計を示し、ZrO
2はZr酸化物のZrO
2換算値の合計を示し、MgOはMg酸化物のMgO換算値の合計を示し、CaOはCa酸化物のCaO換算値の合計を示し、Na
2OはNa酸化物のNa
2O換算値の合計を示し、K
2OはK酸化物のK
2O換算値の合計を示し、MnO
2はMn酸化物のMnO
2換算値の合計を示し、FeOはFe酸化物のFeO換算値の合計を示す。
なお、式Aにおける前記SiO
2換算値、前記Al
2O
3換算値、前記ZrO
2換算値、前記MgO換算値、前記CaO換算値、前記Na
2O換算値、前記K
2O換算値、前記MnO
2換算値、及び前記FeO換算値はフラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で表す。
【請求項10】
前記鋼製外皮は、継目に溶接部を有しない請求項1~請求項9のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項11】
前記鋼製外皮は、継目に溶接部を有する請求項1~請求項9のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項12】
表面にポリテトラフルオロエチレン油及びパーフルオロポリエーテル油の一方又は両方が塗布されている請求項1~請求項
9のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項13】
請求項1~請求項
9のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤを用いて、鋼材を溶接する工程を備える溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フラックス入りワイヤ及び溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化の問題による二酸化炭素排出量規制強化により、石油及び石炭などに比べて二酸化炭素の排出がない水素燃料、並びに二酸化炭素の排出が少ない天然ガスなどの需要が高まっている。それに伴い、船舶や地上などで使用する液体水素タンク、液体炭酸ガスタンクおよびLNGタンク等の建造の需要も世界的に高まっている。液体水素タンク、液体炭酸ガスタンクおよびLNGタンクなどに使用される鋼材には、-196℃の極低温度での靭性確保の要求から、6~9%Niを含むNi系低温用鋼が使用されている。
そして、これらNi系低温用鋼の溶接には、優れた低温靭性の溶接金属が得られるオーステナイト系のフラックス入りワイヤが用いられている。このフラックス入りワイヤは、主に、Ni含有量が70%で設計されている。
【0003】
例えば、Ni含有量70%のフラックス入りワイヤとして、特許文献1には、「Ni含有量が35~70%であり、フラックス中にワイヤ全質量に対して、TiO2、SiO2及びZrO2を総量で4.0質量%以上含み、さらに、Mn酸化物をMnO2換算で0.6~1.2質量%含み、かつ、TiO2、SiO2、ZrO2及びMnO2(換算量)の含有量を質量%で、それぞれ、[TiO2]、[SiO2]、[ZrO2]及び[MnO2]としたとき、[TiO2]/[ZrO2]が2.3~3.3、[SiO2]/[ZrO2]が0.9~1.5、及び、([TiO2]+[SiO2]+[ZrO2])/[MnO2]が5~13である、Ni基合金を外皮とするフラックス入りワイヤ」が開示されている。
【0004】
〔特許文献1〕特開2008-246507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、溶接金属の低温靭性を確保するための、Ni含有量が70%で設計されたワイヤは、非常に高価であり、安価なものが求められている。
高価なNiは、オーステナイト安定化元素として知られているが、低廉なMnも同様の効果がある。そのため、Ni含有量を低減し、Mn含有量を高めれば、安価で、低温靭性に優れた溶接金属が得られる。ただし、Mnを高めただけではヒュームが多量に発生する。ヒュームが多くなると溶融金属やアーク状態の視認性が悪化し、溶接欠陥を発生させる要因となる。
【0006】
そこで、本発明の課題は、安価で、低温靭性に優れた溶接金属が得られると共に、ヒュームの発生量が低減できるフラックス入りワイヤ、及び、当該フラックス入りワイヤを用いた溶接継手の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決するための手段は、次の態様を含む。
<1> 鋼製外皮と前記鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを備える溶接用のフラックス入りワイヤであって、
前記鋼製外皮全質量に対する質量%で、前記鋼製外皮の化学組成が、
C :0~0.650%、
Si:0.03~0.50%、
Mn:3.1~30.0%、
P :0~0.050%、
S :0~0.050%、
Cu:0~5.0%、
Ni:1.0~30.0%、
Cr:0~10.0%、
Mo:0~10.0%、
Nb:0~1.0%、
V :0~1.0%、
Co:0~1.0%、
Pb:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
Al:0~0.10%、
Ti:0~0.10%、
B :0~0.1000%、
N :0~0.500%、
O :0~0.0050%、並びに
残部:Fe及び不純物であり、
かつ前記Mn含有量及び前記Ni含有量の合計(Mn+Ni)が5.0%以上であり、
前記Mn含有量、前記Ni含有量及び前記Cr含有量の合計(Mn+Ni+Cr)が15.0%以上であり、
前記鋼製外皮における磁気誘導法により求められるfcc割合が70%以上であるフラックス入りワイヤ。
<2> 前記鋼製外皮の化学組成において、前記Mn含有量と前記Ni含有量との質量比(Ni/Mn)が、0.10以上である<1>に記載のフラックス入りワイヤ。
<3> 前記質量比(Ni/Mn)が、1.00以上である<2>に記載のフラックス入りワイヤ。
<4> 前記Tiの含有量が、Ti:0.003~0.10%である<1>~<3>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
<5> 前記フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で、酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩を除く前記フラックス入りワイヤの化学組成における金属成分が、
C :0.020~0.650%、
Si:0.20~0.80%、
Mn:1.5~30.0%、
P :0~0.050%、
S :0~0.050%、
Cu:0~10.0%、
Ni:5.0~30.0%、
Cr:2.0~10.0%、
Mo:0~10.0%、
Nb:0~5.00%、
V :0~5.0%、
Co:0~1.0%、
Pb:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
W :0~10.0%、
Mg:0~1.00%、
Al:0~3.000%、
Ca:0~0.100%、
Ti:0~3.000%、
B :0~0.1000%、
REM:0~0.100%、
Bi:0~0.050%、
N :0~1.000%、
O :0~0.020%、並びに
残部:Fe及び不純物である<1>~<4>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
<6> 前記フラックス入りワイヤの化学組成において、前記Mn含有量と前記Ni含有量との質量比(Ni/Mn)が、0.200以上である<5>に記載のフラックス入りワイヤ。
<7> 前記フラックス入りワイヤは、前記フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で、
Ti酸化物のTiO2換算値の合計が3.00~8.00%であり、
Si酸化物のSiO2換算値の合計が0~1.00%であり、
Zr酸化物のZrO2換算値の合計が0~0.80%であり、
Al酸化物のAl2O3換算値の合計が0~0.80%である<1>~<6>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
<8> 前記フラックス入りワイヤは、前記フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%で、
K2SiF6、K2ZrF6、NaF、Na3AlF6、CaF2、及びMgF2のいずれか1種以上の弗化物を含有しその合計が0.10~2.00%であり、
Na酸化物、NaF、及びNa3AlF6のいずれか1種以上のNa含有化合物を含有しその合計(ただしNa酸化物はNa2O換算値)が0.01~2.00%であり、
K酸化物、K2SiF6、及びK2ZrF6のいずれか1種以上のK含有化合物を含有しその合計(ただしK酸化物はK2O換算値)が0.01~2.00%である<1>~<7>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
<9> 下記式Aによって算出されるX値が0.10~160.00である<1>~<8>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
X=(8×CaF2+5×MgF2+5×NaF+5×K2SiF6+5×K2ZrF6+Na3AlF6)/(SiO2+Al2O3+ZrO2+0.5×MgO+CaO+0.5×Na2O+0.5×K2O+MnO2+FeO) ・・・・式A
式A中、CaF2、MgF2、NaF、K2SiF6、K2ZrF6、及びNa3AlF6は、各化学式で示される化合物の、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%での含有量である。また、SiO2はSi酸化物のSiO2換算値の合計を示し、Al2O3はAl酸化物のAl2O3換算値の合計を示し、ZrO2はZr酸化物のZrO2換算値の合計を示し、MgOはMg酸化物のMgO換算値の合計を示し、CaOはCa酸化物のCaO換算値の合計を示し、Na2OはNa酸化物のNa2O換算値の合計を示し、K2OはK酸化物のK2O換算値の合計を示し、MnO2はMn酸化物のMnO2換算値の合計を示し、FeOはFe酸化物のFeO換算値の合計を示す。
なお、式Aにおける前記SiO2換算値、前記Al2O3換算値、前記ZrO2換算値、前記MgO換算値、前記CaO換算値、前記Na2O換算値、前記K2O換算値、前記MnO2換算値、及び前記FeO換算値はフラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で表す。
<10> 前記鋼製外皮は、継目に溶接部を有しない<1>~<9>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
<11> 前記鋼製外皮は、継目に溶接部を有する<1>~<9>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
<12> 表面にポリテトラフルオロエチレン油及びパーフルオロポリエーテル油の一方又は両方が塗布されている<1>~<11>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
<13> <1>~<12>のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤを用いて、鋼材を溶接する工程を備える溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、安価で、低温靭性に優れた溶接金属が得られると共に、ヒュームの発生量が低減できるフラックス入りワイヤ、及び、当該フラックス入りワイヤを用いた溶接継手の製造方法が提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本開示の一例である実施形態について説明する。
なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値に「超」及び「未満」が付されていない場合は、これらの数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。また、「~」の前後に記載される数値に「超」又は「未満」が付されている場合の数値範囲は、これらの数値を下限値又は上限値として含まない範囲を意味する。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。また、ある段階的な数値範囲の下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
また、含有量について、「%」は「質量%」を意味する。
含有量(%)として「0~」は、その成分は任意成分であり、含有しなくてもよいことを意味する。
【0010】
<フラックス入りワイヤ>
本開示に係るフラックス入りワイヤ(以下、単に「ワイヤ」と称する場合がある。)は、鋼製外皮(以下、単に「外皮」とも称する場合がある)と、鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを備える。
本開示に係るフラックス入りワイヤは、鋼製外皮の化学組成が所定の組成である。また本開示に係るフラックス入りワイヤは、フラックス入りワイヤの化学組成における金属成分が所定の組成であることが好ましく、Ti酸化物、Si酸化物、弗化物、Na含有化合物、K含有化合物を所定量で含むことが好ましく、Zr酸化物、Al酸化物を含まないか又は所定量で含むことが好ましい。
【0011】
本開示に係るフラックス入りワイヤは、上記構成により、安価で、低温靭性に優れた溶接金属が得られると共に、ヒュームの発生量が低減できるワイヤとなる。
そして、本開示に係るフラックス入りワイヤは、次の知見により見出された。
【0012】
発明者らは、Ni含有量を低減し、Mn含有量を高めても、溶接金属の低温靭性が向上し、かつヒュームの発生量が低減できるワイヤを得る技術について検討した。その結果、次の知見を得た。
ヒュームは、溶融プールから発生した金属蒸気がアーク力によって空気中に放出され、これが固化した物である。このアーク力を制御すれば、ヒュームの発生量を低減できる。アーク力は溶接条件だけでなく、鋼製外皮の成分によって変わる。具体的には、鋼製外皮に含まれる、オーステナイト安定化元素として機能するNiおよびMnの含有量を制御することで、ワイヤ全体でのNi含有量を低減し、Mn含有量を高めても、アーク力が緩和され、低温靭性に優れた溶接金属が得られると共に、ヒュームの発生量も低減できる。
以上の知見から、本開示に係るフラックス入りワイヤは、安価で、低温靭性に優れた溶接金属が得られると共に、ヒュームの発生量が低減できるワイヤとなることが見出された。
【0013】
加えて、ワイヤ中の、酸化物、Na含有化合物、及びK含有化合物についても、発明者らが検討した結果、それらの量を制御することで、さらに、低温靭性が向上することを知見した。
以上の知見から、本開示に係るフラックス入りワイヤは、酸化物、Na含有化合物、及びK含有化合物を所定量で含むことが好ましく、これによって安価で、低温靭性により優れた溶接金属が得られると共に、ヒュームの発生量が低減できるワイヤとなることが見出された。
【0014】
以下、本開示に係るフラックス入りワイヤを構成する要件(任意要件も含む要件)の限定理由について具体的に説明する。
【0015】
(鋼製外皮の化学組成)
以下、鋼製外皮の化学組成について詳細に説明する。
なお、鋼製外皮の化学組成の説明において、「%」は、特に説明がない限り、「鋼製外皮の全質量に対する質量%」を意味する。
【0016】
鋼製外皮の化学組成は、
C :0~0.650%、
Si:0.03~0.50%、
Mn:3.1~30.0%、
P :0~0.050%、
S :0~0.050%、
Cu:0~5.0%、
Ni:1.0~30.0%、
Cr:0~10.0%、
Mo:0~10.0%、
Nb:0~1.0%、
V :0~1.0%、
Co:0~1.0%、
Pb:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
Al:0~0.10%、
Ti:0~0.10%、
B:0~0.1000%
N :0~0.500%、
O :0~0.0050%、並びに
残部:Fe及び不純物であり、
かつMn含有量及びNi含有量の合計(Mn+Ni)が式:Mn+Ni≧5.0%を満たし、
前記Mn含有量、前記Ni含有量及び前記Cr含有量の合計(Mn+Ni+Cr)が式:Mn+Ni+Cr≧15.0%を満たし、
前記鋼製外皮における磁気誘導法により求められるfcc割合が70%以上である。
【0017】
(C :0~0.650%)
Cは、スパッタを発生させる元素である。スパッタ低減には、外皮のC含有量は低ければ低いほど有利である。また、Cは、侵入型固溶強化元素でもある。外皮のC含有量が過剰であると、外皮が硬くなり、芯線加工が困難となる。また、スパッタも増大する。
よって、外皮のC含有量は、0~0.650%とする。
ただし、外皮のC含有量を0%にするには脱Cコストが上がる。また、ワイヤのC含有量が不足し、溶接金属の強度が不足する懸念がある。そのため、外皮のC含有量が低いと、フラックスのC含有量を増やさなければならない。よって、外皮のC含有量の下限は、0.003%、0.005%、又は0.008%としてもよい。
外皮のC含有量の上限は、好ましくは、0.600%、0.500%、0.400%、0.300%、0.200%、0.200%未満、0.190%、0.180%、0.150%、又は0.120%である。
【0018】
(Si:0.03~0.50%)
Siは、脱酸元素である。外皮のSi含有量が低すぎると、外皮のP含有量が増加する。
一方、Siは、オーステナイト相に対する固溶度が低く、Siを多量に含有するほど、高温で金属間化合物、δフェライト等の脆化相が生成して高温延性が劣化する。
よって、外皮のSi含有量は、0.03~0.50%とする。
外皮のSi含有量の下限は、好ましくは、0.04%、0.05%、又は0.08%である。
外皮のSi含有量の上限は、好ましくは、0.50%未満、0.48%、0.45%、0.40%、0.35%、0.30%、又は0.20%である。
【0019】
(Mn:3.1~30.0%)
Mnは、ヒュームの発生量増大の原因となる元素である。ヒュームの発生量の低減には、外皮のMn含有量は、低ければ低いほど有利である。また、Mnを過剰に添加すると積層欠陥エネルギーが低下し、靭性が劣化する。
一方で、Mnは、オーステナイト安定化元素である。外皮のMn含有量が低すぎると、ワイヤ全体のMn含有量が不足し、溶接金属のオーステナイト化が進行し難くなり、低温靭性が劣化する。また、溶接金属の低温靭性を確保するために、フラックスのMn含有量を過度に増やす必要が生じる。
よって、外皮のMn含有量は、3.1~30.0%とする。
外皮のMn含有量の下限は、好ましくは、5.0%、5.0%超、5.2%、6.0%超、6.2%、7.0%、7.0%超、7.2%、10.0%超、又は10.2%である。
外皮のMn含有量の上限は、好ましくは、28.0%、26.0%、25.0%、23.0%、21.0%、20.0%、19.0%、18.0%、15.0%、又は12.0%である。
【0020】
(P :0~0.050%)
Pは、不純物元素であり、溶接金属の靱性を低下させるので、外皮のP含有量は極力低減させることが好ましい。よって、外皮のP含有量の下限は、0%とする。ただし、脱Pコストの低減の観点から、外皮のP含有量は、0.003%以上がよい。
一方、外皮のP含有量が0.050%以下であれば、Pの靱性への悪影響が許容できる範囲内となる。溶接金属の靱性の低下を効果的に抑制するために、外皮のP含有量は、0.040%以下、0.030%以下、0.020%以下、0.015%以下、又は0.010%以下が好ましい。
【0021】
(S :0~0.050%)
Sは、不純物元素であり、溶接金属の靱性を低下させるので、外皮のS含有量は極力低減させることが好ましい。よって、外皮のS含有量の下限は、0%とする。ただし、脱Sコストの低減の観点から、外皮のS含有量は、0.003%以上がよい。
一方、外皮のS含有量が0.050%以下であれば、Sの靱性への悪影響が許容できる範囲内となる。溶接金属の靱性の低下を効果的に抑制するために、外皮のS含有量は、0.040%以下、0.030%以下、0.020%以下、0.015%以下、又は0.010%以下が好ましい。
【0022】
(Cu:0~5.0%)
Cuは、析出強化元素であり、溶接金属の強度向上のため、外皮に含有させてもよい。一方、外皮のCu含有量が過剰であると、外皮が硬くなり、芯線加工が困難となる。
よって、外皮のCu含有量は、0~5.0%とする。
外皮のCu含有量の下限は、好ましくは、0.3%、0.5%、又は0.7%である。
外皮のCu含有量の上限は、好ましくは、4.5%、4.0%、又は3.5%である。
【0023】
(Ni:1.0~30.0%)
Niは、オーステナイト安定化元素である。外皮のNi含有量が低すぎると、ワイヤ全体のNi含有量が不足し、溶接金属のオーステナイト化が進行し難くなり、低温靭性が劣化する。また、溶接金属の低温靭性を確保するために、フラックスのNi含有量を過度に増やす必要が生じる。
一方、外皮のNi含有量を増やすと、ワイヤのコストが高くなる。
よって、外皮のNi含有量は、1.0~30.0%とする。
外皮のNi含有量の下限は、好ましくは、2.0%、3.0%、5.0%、6.0%超、6.2%、7.0%、8.0%超、又は8.2%である。
外皮のNi含有量の上限は、好ましくは、28.0%、26.0%、24.0%、22.0%、20.0%、19.0%、18.0%、15.0%、又は12.0%である。
【0024】
(Cr:0~10.0%)
Crは、オーステナイト安定化元素であり、溶接金属の低温靭性向上のため、外皮に含有させてもよい。
一方、外皮のCr含有量が過剰であると、鋼製外皮にマルテンサイト組織が形成され、芯線加工が困難になる。
よって、外皮のCr含有量は、0~10.0%とする。
外皮のCr含有量の下限は、好ましくは、0.01%、0.02%、1.0%、2.0%、又は3.0%である。
外皮のCr含有量の上限は、好ましくは、9.0%、8.0%、8.0%未満、7.8%、7.0%、6.0%未満、又は5.8%である。
【0025】
(Mo:0~10.0%)
Moは、析出強化元素であり、溶接金属の強度向上のため、外皮に含有させてもよい。一方、外皮のMo含有量が過剰であると、外皮が硬くなり、芯線加工が困難となる。
よって、外皮のMo含有量は、0~10.0%とする。
外皮のMo含有量の下限は、好ましくは、1.0%、2.0%、又は3.0%である。
外皮のMo含有量の上限は、好ましくは、9.0%、8.0%、又は7.0%である。
【0026】
(Nb:0~1.0%)
Nbは、溶接金属中で炭化物を形成し、溶接金属の強度を上昇させる元素であるため、外皮に含有させてもよい。
一方で、外皮のNb含有量が過剰であると、外皮が硬くなり、芯線加工が困難となる。
よって、外皮のNb含有量は、0~1.0%とする。
外皮のNb含有量の下限は、好ましくは、0.01%、0.05%、0.1%、0.15%、又は0.2%である。
外皮のNb含有量の上限は、好ましくは、0.95%、0.9%、0.85%、又は0.8%である。
【0027】
(V :0~1.0%)
Vは、溶接金属中で炭窒化物を形成し、溶接金属の強度を上昇させる元素であるため、外皮に含有させてもよい。
一方で、外皮のV含有量が過剰であると、外皮が硬くなり、芯線加工が困難となる。
よって、外皮のV含有量は、0~1.0%とする。
外皮のV含有量の下限は、好ましくは、0.01%、0.05%、0.1%、0.15%、又は0.2%である。
外皮のV含有量の上限は、好ましくは、0.95%、0.9%、0.85%、又は0.8%である。
【0028】
(Co:0~1.0%)
Coは、固溶強化により、溶接金属の強度を上昇させる元素であるため、外皮に含有させてもよい。
一方、外皮のCo含有量が過剰であると、外皮が硬くなり、芯線加工が困難となる。
よって、外皮のCo含有量は、0~1.0%とする。
外皮のCo含有量の下限は、好ましくは、0.01%、0.05%、0.1%、0.15%、又は0.2%である。
外皮のCo含有量の上限は、好ましくは、0.95%、0.9%、0.85%、又は0.8%である。
【0029】
(Pb:0~1.0%)
Pbは、溶接金属の切削性を向上させる効果があるため、外皮に含有させてもよい。
一方、外皮のPb含有量が過剰であると、アーク状態が劣化しスパッタを増大させる。
よって、外皮のPb含有量は、0~1.0%とする。
外皮のPb含有量の下限は、好ましくは、0.01%、0.05%、0.1%、0.15%、又は0.2%である。
外皮のPb含有量の上限は、好ましくは、0.95%、0.9%、0.85%、又は0.8%である。
【0030】
(Sn:0~1.0%)
Snは、溶接金属の耐食性を向上させる元素であるため、外皮に含有させてもよい。
一方、外皮のSn含有量が過剰であると、溶接金属での割れ発生の懸念がある。
よって、外皮のSn含有量は、0~1.0%とする。
外皮のSn含有量の下限は、好ましくは、0.01%、0.05%、0.1%、0.15%、又は0.2%である。
外皮のSn含有量の上限は、好ましくは、0.95%、0.9%、0.85%、又は0.8%である。
【0031】
(Al:0~0.10%)
Alは、脱酸元素であり、溶接欠陥抑制、及び溶接金属の清浄度向上のため、外皮に含有させてもよい。
一方、外皮のAl含有量が過剰であると、鋼製外皮中に粗大介在物が生成され、芯線加工が困難になる。
よって、外皮のAl含有量は、0~0.10%とする。
外皮のAl含有量の下限は、好ましくは、0.01%、0.02%、又は0.03%である。
外皮のAl含有量の上限は、好ましくは、0.09%、0.08%、又は0.07%である。
【0032】
(Ti:0~0.10%)
Tiは、脱酸元素であり、溶接欠陥抑制、及び溶接金属の清浄度向上のため、外皮に含有させてもよい。
一方、外皮のTi含有量が過剰であると、鋼製外皮中に粗大介在物が生成され、芯線加工が困難になる。
よって、外皮のTi含有量は、0~0.10%とする。
外皮のTi含有量の下限は、好ましくは、0.003%、0.01%、0.02%、又は0.03%である。
外皮のTi含有量の上限は、好ましくは、0.09%、0.08%、又は0.07%である。
【0033】
(B :0~0.1000%)
Bは、オーステナイト安定化元素であり、侵入型固溶強化元素でもあり、溶接金属の低温靭性及び強度の向上のため、外皮に含有させてもよい。
一方、外皮のB含有量が過剰であると、外皮が硬くなり、芯線加工が困難となる。また、外皮のB含有量が過剰であると、M23(C,B)6が析出し、靭性劣化の原因となる。
よって、外皮のB含有量は、0~0.1000%とする。
外皮のB含有量の下限は、好ましくは、0.0005%、0.0010%、又は0.0020%である。
外皮のB含有量の上限は、好ましくは、0.0800%、0.0500%、又は0.0100%である。
【0034】
(N :0~0.500%)
Nは、オーステナイト安定化元素であり、侵入型固溶強化元素でもあり、溶接金属の低温靭性及び強度の向上のため、外皮に含有させてもよい。
一方、外皮のN含有量が過剰であると、外皮が硬くなり、芯線加工が困難となる。また、ブローの発生も増大する。
よって、外皮のN含有量は、0~0.500%とする。
外皮のN含有量の下限は、好ましくは、0.001%、0.010%、又は0.050%である。
外皮のN含有量の上限は、好ましくは、0.450%、0.400%、又は0.350%である。
【0035】
(O :0~0.0050%)
Oは、不純物として外皮中に含有されることがある。しかしながら、Oの含有量が過剰になると、溶接金属における靭性および延性の劣化を招くため、外皮のO含有量の上限は、0.0050%以下とする。
外皮のO含有量の上限は、好ましくは、0.0040%、又は0.0030%である。
一方、Oの含有量の低減による製造コストの上昇を抑制する観点から、外皮のO含有量の下限は、好ましくは、0.0003%、又は0.0005%である。
【0036】
(残部:Fe及び不純物)
外皮の化学組成におけるその他の残部成分は、Fe及び不純物である。
不純物とは、外皮を工業的に製造する際に、鉱石若しくはスクラップ等のような原料、又は製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、ワイヤの特性に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0037】
(Mn含有量及びNi含有量の合計(Mn+Ni))
Mn及びNiは、各々、オーステナイト安定化元素であり、溶接金属の低温靭性を向上させる。一方、Niは高価な金属であるため、ワイヤのコストを抑えつつ、溶接金属の低温靭性を向上させるには、外皮におけるMn含有量及びNi含有量が各々上記範囲を満たしつつ、Mn含有量及びNi含有量の合計(Mn+Ni)を5.0%以上とする。
外皮におけるMn含有量及びNi含有量の合計(Mn+Ni)は、好ましくは、7.0%以上、10.0%以上、又は15.0%以上である。
【0038】
また、Mnはヒュームの発生量増大の原因となる元素である。また、Mnを過剰に添加すると積層欠陥エネルギーが低下し、靭性が劣化する。そのため、ワイヤのコストを抑え、溶接金属の低温靭性を向上させつつ、ヒュームの発生量を低減する観点から、外皮におけるMn含有量及びNi含有量が各々上記範囲を満たしつつ、Mn含有量及びNi含有量の合計(Mn+Ni)は、37.0%以下とすることが好ましい。
外皮におけるMn含有量及びNi含有量の合計(Mn+Ni)は、より好ましくは、35.0%以下、32.0%以下、又は30.0%以下である。
【0039】
(Mn含有量、Ni含有量及びCr含有量の合計(Mn+Ni+Cr))
Mn、Ni及びCrは、各々、オーステナイト安定化元素であり、溶接金属の低温靭性を向上させる。一方、Niは高価な金属であるため、ワイヤのコストを抑えつつ、溶接金属の低温靭性を向上させるには、外皮におけるMn含有量、Ni含有量及びCr含有量が各々上記範囲を満たしつつ、Mn含有量、Ni含有量及びCr含有量の合計(Mn+Ni+Cr)を15.0%以上とする。
外皮におけるMn含有量、Ni含有量及びCr含有量の合計(Mn+Ni+Cr)は、好ましくは、17.0%以上、19.0%以上、20.0%以上、22.0%以上、24.0%以上、26.0%以上、28.0%以上、又は30.0%以上である。
【0040】
Mnはヒュームの発生量増大の原因となる元素である。また、Mnを過剰に添加すると積層欠陥エネルギーが低下し、靭性が劣化する。Crはマルテンサイト組織を形成させる元素であり、外皮にマルテンサイト組織が形成されることによりワイヤの加工性に影響を与える。また、Crは溶融金属における低融点化合物の量を増大させる原因となる。そのため、ワイヤのコストを抑え、溶接金属の低温靭性を向上させつつ、ヒュームの発生量を低減し、ワイヤの加工性を高め、且つ溶融金属における低融点化合物の発生量を低減する観点から、外皮におけるMn含有量、Ni含有量及びCr含有量が各々上記範囲を満たしつつ、Mn含有量、Ni含有量及びCr含有量の合計(Mn+Ni+Cr)は、47.0%以下とすることが好ましい。
外皮におけるMn含有量、Ni含有量及びCr含有量の合計(Mn+Ni+Cr)は、より好ましくは、45.0%以下、42.0%以下、又は40.0%以下である。
【0041】
(Mn含有量とNi含有量との質量比(Ni/Mn))
Mn及びNiは、各々、オーステナイト安定化元素であり、溶接金属の低温靭性を向上させる。一方、Niは高価な金属であり、Mnはヒュームの発生量増大の原因となる元素である。また、Mnを過剰に添加すると積層欠陥エネルギーが低下し、靭性が劣化する。なお、Niは積層欠陥エネルギーを上げることで、靭性を向上させる。
そのため、ワイヤのコストを抑えつつ、溶接金属の低温靭性を向上し、かつヒュームの発生量を低減する観点から、外皮におけるMn含有量とNi含有量との質量比(Ni/Mn)は、0.10以上が好ましい。
外皮におけるMn含有量とNi含有量との質量比(Ni/Mn)の下限は、より好ましくは、0.15、0.20、0.30、0.50、0.70、1.00、1.10、又は1.20である。
外皮におけるMn含有量とNi含有量との質量比(Ni/Mn)の上限は、好ましくは、10.00、8.00、又は5.00である。
【0042】
(磁気誘導法により求められるfcc割合)
溶接金属における低温靭性を高めるためには、芯線の組織におけるオーステナイトの割合を高めることが好ましい。そのため、芯線におけるfcc割合を、70%以上とする。fcc割合は、好ましくは、80%以上、又は90%以上であり、100%であってもよい。なお、組織の残部はbccである。
【0043】
芯線の組織におけるfcc割合は、次の方法で求めることができる。
芯線からサンプルを採取し、サンプル表面において、FERITSCOPE(登録商標) FMP30(株式会社フィッシャー・インストルメンツ製)を用い、当該測定器のプローブに株式会社フィッシャー・インストルメンツ製プローブ(FGAB 1.3-Fe)を用いて、磁気誘導法によりbcc割合(%)を測定し、測定されたbcc割合の算術平均値を求める。得られたbcc割合の平均値を用いて、以下の式により、芯線の組織におけるfcc割合(%)を求める。
fcc割合=100-bcc割合
【0044】
(フラックス入りワイヤの化学組成における金属成分)
以下、本開示に係るフラックス入りワイヤの好ましい化学組成における金属成分について説明する。
なお、フラックス入りワイヤの金属成分の説明において、「%」は、特に説明がない限り、「フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%」を意味する。
フラックス入りワイヤの金属成分は、鋼製外皮に含まれてもよいし、フラックスに含まれてもよい。
また、本開示に係るフラックス入りワイヤが鋼製外皮の外表面にめっき層を有する場合は、めっき層に含まれてもよい。
ここで、フラックス入りワイヤの「化学組成における金属成分」とは、フラックス入りワイヤに含まれる成分のうち、酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩を除く成分を意味する。なお、鋼製外皮中に存在する酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩については、含有されないか又は含有量が極めて微量であるため、測定に際して除去はしない。つまり、上記の「酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩を除く成分」とは、フラックス中に含まれる酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩を除くことを意味する。
【0045】
本開示に係るフラックス入りワイヤの化学組成における金属成分は、
C :0.020~0.650%、
Si:0.20~0.80%、
Mn:1.5~30.%、
P :0~0.050%、
S :0~0.050%、
Cu:0~10.0%、
Ni:5.0~30.0%、
Cr:2.0~10.0%、
Mo:0~10.0%、
Nb:0~5.00%、
V :0~5.0%、
Co:0~1.0%、
Pb:0~1.0%、
Sn:0~1.0%、
W :0~10.0%、
Mg:0~1.00%、
Al:0~3.000%、
Ca:0~0.100%、
Ti:0~3.000%、
B:0~0.1000%、
REM:0~0.100%、
Bi:0~0.050%、
N :0~1.000%、
O :0~0.020%、並びに
残部:Fe及び不純物であることが好ましい。
【0046】
つまり、本開示に係るフラックス入りワイヤにおいて、上記成分は、酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩以外に含まれる成分の含有量である。
【0047】
(C :0.020~0.650%)
Cは、溶接金属の強度を向上させる元素であり、溶接金属の強度を確保するための元素である。
一方で、ワイヤのC含有量を低減することで、溶接金属の強度上昇による、靭性を劣化させる影響を抑制でき、溶接金属の低温靭性を確保できる。
よって、ワイヤのC含有量は、0.020~0.650%とすることが好ましい。
ワイヤのC含有量の下限は、より好ましくは、0.050%、0.100%、又は0.200%である。
ワイヤのC含有量の上限は、より好ましくは、0.600%、0.550%、0.500%、0.450%、0.400%、又は0.350%である。
【0048】
(Si:0.20~0.80%)
Siは、溶接金属の清浄度を向上し、ブローホールなどの溶接欠陥の発生を抑制する。
一方で、ワイヤのSi含有量を低減することで、Ni鋼、Ni基合金鋼の溶接においては、溶接金属中でのミクロ偏析を抑制でき、偏析部での脆化を抑制できる。
よって、ワイヤのSi含有量は、0.20~0.80%とすることが好ましい。
ワイヤのSi含有量の下限は、より好ましくは、0.25%、0.30%、又は0.35%である。
ワイヤのSi含有量の上限は、より好ましくは、0.75%、0.70%、又は0.65%である。
【0049】
(Mn:1.5~30.0%)
Mnは、オーステナイト安定化元素である。ワイヤのMn含有量を高めることで、溶接金属のオーステナイト化を進行させることができ、低温靭性を確保できる。また、溶接金属の低温靭性を確保するために、鋼製外皮に添加するMn含有量を過度に増やさずに済む。
また、Mnは、脱酸剤として機能して溶接金属の清浄度を向上させる元素である。また、Mnは、MnSを形成することで、溶接金属中のSを無害化し、溶接金属の低温靭性を向上させる元素である。加えて、Mnは高温割れを防ぐ効果も有する。
一方、ワイヤのMn含有量を低減することで、Ni鋼、Ni基合金鋼の溶接においては、溶接金属中でのミクロ偏析を抑制でき、偏析部での脆化を抑制できる。
よって、ワイヤのMn含有量は、1.5~30.0%とすることが好ましい。
ワイヤのMn含有量の下限は、より好ましくは、2.0%、5.0%、7.0%、又は9.0%である。
ワイヤのMn含有量の上限は、より好ましくは、28.0%、25.0%、22.0%、又は20.0%である。
【0050】
(P:0~0.050%)
Pは、不純物元素であり、溶接金属の靱性を低下させるので、ワイヤのP含有量は極力低減させることが好ましい。よって、ワイヤのP含有量の下限は、0%とする。ただし、脱Pコストの低減の観点から、P含有量は、0.003%以上がよい。
一方、ワイヤのP含有量が0.050%以下であれば、Pの靱性への悪影響を抑制できる。
よって、ワイヤのP含有量は、0~0.050%とすることが好ましい。
溶接金属の靱性の低下を効果的に抑制するために、ワイヤのP含有量は、0.040%以下、0.030%以下、0.020%以下、0.015%以下、又は0.010%以下がより好ましい。
【0051】
(S:0~0.050%)
Sは、不純物元素であり、溶接金属の靱性を低下させるので、ワイヤのS含有量は極力低減させることが好ましい。よって、ワイヤのS含有量の下限は、0%とする。ただし、脱Sコストの低減の観点から、ワイヤのS含有量は、0.003%以上がよい。
一方、ワイヤのS含有量が0.050%以下であれば、Sの靱性への悪影響を抑制できる。
よって、ワイヤのS含有量は、0~0.050%とすることが好ましい。
溶接金属の靱性の低下を効果的に抑制するために、ワイヤのS含有量は、0.040%以下、0.030%以下、0.020%以下、0.015%以下、又は0.010%以下がより好ましい。
【0052】
(Cu:0~10.0%)
Cuは、析出強化元素であり、溶接金属の強度向上のため、ワイヤに含有させてもよい。また、Cuは、オーステナイト安定化元素であり、溶接金属の低温靭性向上のため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのCu含有量が過剰であると、上記の効果が飽和する。
よって、ワイヤのCu含有量は、0~10.0%とすることが好ましい。
ワイヤのCu含有量の下限は、より好ましくは、0.5%、0.7%、又は1.0%である。
ワイヤのCu含有量の上限は、より好ましくは、9.5%、9.0%、又は8.0%である。
【0053】
(Ni:5.0~30.0%)
Niは、オーステナイト安定化元素である。ワイヤのNi含有量を高めることで、溶接金属のオーステナイト化を進行させることができ、低温靭性を確保できる。また、溶接金属の低温靭性を確保するために、鋼製外皮に添加するNi含有量を過度に増やさずに済む。
一方、ワイヤのNi含有量を低減することで、ワイヤのコストを低減できる。
よって、ワイヤのNi含有量は、5.0~30.0%とすることが好ましい。
ワイヤのNi含有量の下限は、より好ましくは、7.0%、10.0%、又は12.0%である。
ワイヤのNi含有量の上限は、より好ましくは、28.0%、25.0%、23.0%、20.0%、19.0%、18.0%、又は17.0%である。
【0054】
(Cr:2.0~10.0%)
Crは、オーステナイト安定化元素である。ワイヤのCr含有量を高めることで、溶接金属のオーステナイト化を進行させることができ、低温靭性を確保できる。また、溶接金属の低温靭性を確保するために、鋼製外皮に添加するNi含有量を過度に増やさずに済む。
一方、ワイヤのCr含有量を低減することで、溶融金属における低融点化合物の量を低減でき、さらに溶融金属の固液共存温度範囲が狭まるので、高温割れの発生を抑制できる。
よって、ワイヤのCr含有量は、2.0~10.0%とすることが好ましい。
ワイヤのCr含有量の下限は、より好ましくは、2.5%、3.0%、又は3.5%である。
ワイヤのCr含有量の上限は、より好ましくは、9.5%、9.0%、又は8.0%である。
【0055】
(Mo:0~10.0%)
Moは、固溶強化元素、かつ析出強化元素であり、溶接金属の強度向上のために、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのMo含有量を低減することで、溶接金属の強度が過剰となることが抑制でき、低温靭性を確保できる。
よって、ワイヤのMo含有量は、0~10.0%とすることが好ましい。
ワイヤのMo含有量の下限は、より好ましくは、2.0%、2.5%、3.0%、又は3.5%である。
ワイヤのMo含有量の上限は、より好ましくは、9.8%、9.5%、9.0%、又は8.0%である。
【0056】
(Nb:0~5.00%)
Nbは、溶接金属中で炭化物を形成し、溶接金属の強度を上昇させる元素であるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方で、ワイヤのNb含有量を低減することで、溶接金属の高温割れの発生を抑制できる。
よって、ワイヤのNb含有量は、0~5.00%とすることが好ましい。
ワイヤのNb含有量の下限は、より好ましくは、0.50%、1.00%、又は1.50%である。
ワイヤのNb含有量の上限は、より好ましくは、4.50%、4.00%、又は3.50%である。
【0057】
(V :0~5.0%)
Vは、溶接金属中で炭窒化物を形成し、溶接金属の強度を上昇させる元素であるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方で、ワイヤのV含有量を低減することで、溶接金属の高温割れの発生を抑制できる。
よって、ワイヤのV含有量は、0~5.0%とすることが好ましい。
ワイヤのV含有量の下限は、より好ましくは、0.5%、1.0%、又は1.5%である。
ワイヤのV含有量の上限は、より好ましくは、4.5%、4.0%、又は3.5%である。
【0058】
(Co:0~1.0%)
Coは、固溶強化により、溶接金属の強度を上昇させる元素であるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのCo含有量を低減することで、溶接金属の延性の低下が抑制でき、靱性を確保できる。
よって、ワイヤのCo含有量は、0~1.0%とすることが好ましい。
ワイヤのCo含有量の下限は、より好ましくは、0.01%、0.05%、0.1%、0.15%、又は0.2%である。
ワイヤのCo含有量の上限は、より好ましくは、0.8%、0.7%、0.6%、又は0.3%である。
【0059】
(Pb:0~1.0%)
Pbは、溶接金属の切削性を向上させる効果があるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのPb含有量を低減することで、アーク状態を良好に保ちスパッタの発生を抑制できる。
よって、ワイヤのPb含有量は、0~1.0%とすることが好ましい。
ワイヤのPb含有量の下限は、より好ましくは、0.01%、0.05%、0.1%、0.15%、又は0.2%である。
ワイヤのPb含有量の上限は、より好ましくは、0.9%、0.8%、0.7%、0.6%、又は0.3%である。
【0060】
(Sn:0~1.0%)
Snは、溶接金属の耐食性を向上させる元素であるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのSn含有量を低減することで、溶接金属での割れ発生を抑制できる。
よって、ワイヤのSn含有量は、0~1.0%とすることが好ましい。
ワイヤのSn含有量の下限は、より好ましくは、0.01%、0.05%、0.1%、0.15%、又は0.2%である。
ワイヤのSn含有量の上限は、より好ましくは、0.8%、0.7%、0.6%、又は0.3%である。
【0061】
(W :0~10.0%)
Wは、固溶強化元素であり、溶接金属の強度向上のために、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのW含有量を低減することで、溶接金属の強度が過剰となることが抑制でき、靭性を確保できる。
よって、ワイヤのW含有量は、0~10.0%とすることが好ましい。
ワイヤのW含有量の下限は、より好ましくは、0.5%、1.0%、又は2.0%である。
ワイヤのW含有量の上限は、より好ましくは、9.0%、8.0%、7.0%、又は6.0%である。
【0062】
(Mg:0~1.00%)
Mgは、脱酸元素であり、溶接金属の酸素を低減し、溶接金属の靭性の改善に効果があるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのMg含有量を低減することで、アークが安定して、スパッタおよびブローホールを低減でき、溶接作業性を確保できる。
よって、ワイヤのMg含有量は、0~1.00%とすることが好ましい。
ワイヤのMg含有量の下限は、より好ましくは、0.02%、0.05%、0.10%、又は0.20%である。
ワイヤのMg含有量の上限は、より好ましくは、0.90%、0.80%、又は0.70%である。
【0063】
(Al:0~3.000%)
Alは、脱酸元素であり、ブローホールなどの溶接欠陥の発生の抑制、及び溶接金属の清浄度向上等に効果があるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのAl含有量を低減することで、Alが溶接金属中で窒化物又は酸化物を形成することが低減でき、溶接金属の低温靱性を確保できる。
よって、ワイヤのAl含有量は、0~3.000%とすることが好ましい。
ワイヤのAl含有量の下限は、より好ましくは、0.005%、0.010%、0.020%、又は0.050%である。
ワイヤのAl含有量の上限は、より好ましくは、2.500%、2.000%、又は1.500%である。
【0064】
(Ca:0~0.100%)
Caは、溶接金属中で硫化物の構造を変化させ、また溶接金属中での硫化物及び酸化物のサイズを微細化する働きを有するので、溶接金属の延性及び靭性向上に有効である。そのため、Caをワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのCa含有量を低減することで、硫化物及び酸化物の粗大化を抑制でき、溶接金属の低温靭性を確保できる。また、溶接ビード形状の劣化の抑制及びアークの安定化により溶接性を確保できる。
よって、ワイヤのCa含有量は、0~0.100%とすることが好ましい。
ワイヤのCa含有量の下限は、より好ましくは、0.010%、0.020%、又は0.030%である。
ワイヤのCa含有量の上限は、より好ましくは、0.095%、0.090%、又は0.085%である。
【0065】
(Ti:0~3.000%)
Tiは、脱酸元素であり、ブローホールなどの溶接欠陥の発生の抑制、および清浄度向上等に効果があるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのTi含有量を低減することで、溶接金属における炭化物の生成を抑制でき、溶接金属の靭性を確保できる。
よって、ワイヤのTi含有量は、0~3.000%とすることが好ましい。
ワイヤのTi含有量の下限は、より好ましくは、0.020%、0.050%、又は0.100%である。
ワイヤのTi含有量の上限は、より好ましくは、2.500%、2.000%、又は1.500%である。
【0066】
(B:0~0.1000%)
Bは、溶接金属の結晶粒界を強化させ、溶接金属の引張強さを一層高める効果があるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのB含有量を低減することで、溶接金属中のBの量も低減でき、粗大なBN又はFe23(C、B)6等のB化合物の形成が抑制され、溶接金属の低温靭性を確保できる。
よって、ワイヤのB含有量は、0~0.1000%とすることが好ましい。
ワイヤのB含有量の下限は、より好ましくは、0.0010%、0.0020%、又は0.0030%である。
ワイヤのB含有量の上限は、より好ましくは、0.0900%、0.0700%、又は0.0500%である。
【0067】
(REM:0~0.100%)
REMは、アークを安定化させる元素であるので、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのREM含有量を低減することで、スパッタの発生を低減でき、溶接作業性を確保できる。
よって、ワイヤのREM含有量は、0~0.100%とすることが好ましい。
ワイヤのREM含有量の下限は、より好ましくは、0.001%、0.002%、又は0.005%である。
ワイヤのREM含有量の上限は、より好ましくは、0.090%、0.080%、又は0.070%である。
【0068】
なお「REM」とは、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、上記「REM含有量」とは、これらの17元素の合計含有量を意味する。ランタノイドをREMとして用いる場合、工業的には、REMはミッシュメタルの形で含有される。
【0069】
(Bi:0~0.050%)
Biは、スラグの剥離性を改善する元素であるため、ワイヤに含有させてもよい。
一方、ワイヤのBi含有量を低減することで、溶接金属における凝固割れの発生を抑制できる。
よって、ワイヤのBi含有量は、0~0.050%とすることが好ましい。
ワイヤのBi含有量の下限は、より好ましくは、0.005%、0.010%、又は0.020%である。
ワイヤのBi含有量の上限は、より好ましくは、0.048%、0.045%、0.040%、又は0.035%である。
【0070】
(N :0~1.000%)
Nは、オーステナイト安定化元素であり、かつ侵入型固溶強化元素でもある。また、Nは、溶接金属の強度上昇による、溶接金属の靭性への悪影響も、Cに比較して少ない元素である。ワイヤのN含有量を高めることで、溶接金属のオーステナイト化を進行させることができ、溶接金属の低温靭性を確保できる。また、溶接金属の強度も高められる。
一方、ワイヤのN含有量を低減することで、ブローの発生を低減でき、溶接欠陥の発生を抑制できる。
よって、ワイヤのN含有量は、0~1.000%とすることが好ましい。
ワイヤのN含有量の下限は、より好ましくは、0.005%、0.007%、0.010%、0.015%、0.020%、0.030%、0.050%、0.070%、0.100%、又は0.150%である。
ワイヤのN含有量の上限は、より好ましくは、0.950%、0.900%、又は0.850%である。
【0071】
(O :0~0.020%)
Oは、不純物としてワイヤの金属成分中に含有されることがある。しかしながら、Oの含有量が過剰になると、溶接金属における靭性および延性の劣化を招くため、ワイヤのO含有量の上限は、0.020%以下とする。
ワイヤのO含有量の上限は、好ましくは、0.015%、0.010%、又は0.005%である。
一方、Oの含有量の低減による製造コストの上昇を抑制する観点から、ワイヤのO含有量の下限は、好ましくは、0.0005%、0.001%、又は0.002%である。
なお、ここで言うO含有量とはワイヤの金属成分中に含有される酸素の量を指し、例えば合金紛の酸化被膜等として含まれる酸素の量を意味する。したがって、ワイヤ中に酸化物として含まれる酸素は除く。
【0072】
(残部:Fe及び不純物)
ワイヤの金属成分におけるその他の残部成分は、Feと不純物である。
残部のFeは、例えば鋼製外皮に含まれるFe、及びフラックス中に含有された合金粉中のFe(例えば鉄粉)等である。
また、不純物とは、ワイヤを工業的に製造する際に、原料に由来して、又は製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、ワイヤに悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0073】
(Mn含有量とNi含有量との質量比(Ni/Mn)
Mn及びNiは、各々、オーステナイト安定化元素であり、溶接金属の低温靭性を向上させる。一方、Niは高価な金属であり、Mnはヒュームの発生量増大の原因となる元素である。また、Mnを過剰に添加すると積層欠陥エネルギーが低下し、靭性が劣化する。なお、Niは積層欠陥エネルギーを上げることで、靭性を向上させる。
そのため、ワイヤのコストを抑えつつ、溶接金属の低温靭性を向上し、かつヒュームの発生量を低減する観点から、ワイヤにおけるMn含有量とNi含有量との質量比(Ni/Mn)は、0.200以上が好ましい。
ワイヤにおけるMn含有量とNi含有量との質量比(Mn/Ni)の下限は、より好ましくは、0.300、0.400、0.500、0.600、0.700、又は1.000である。
ワイヤにおけるMn含有量とNi含有量との質量比(Ni/Mn)の上限は、より好ましくは、10.000、8.000、又は5.000である。
【0074】
[フラックス入りワイヤの化学組成における酸化物及び弗化物等]
次いで、本開示に係るフラックス入りワイヤの化学組成における酸化物及び弗化物等について説明する。
なお、フラックス入りワイヤの酸化物及び弗化物等の説明において、「%」は、特に説明がない限り、「フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%」を意味する。
また、鋼製外皮中に存在する酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩については、含有されないか又は含有量が極めて微量である。そのため、本明細書において、酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩の含有量という場合は、フラックス中に含まれる酸化物、弗化物、窒化物、及び金属炭酸塩の含有量を意味する。
【0075】
(Ti酸化物のTiO2換算値の合計:質量%で3.00~8.00%)
Ti酸化物は、溶接金属の酸素量を増加させ、低温靭性に影響を与える。
一方で、Ti酸化物は、スラグ成分であり、ビード全体を均一にスラグで被包させる作用を有する。また、Ti酸化物は、アークの持続を安定させ、スパッタ発生量を低減させる効果を有する。そのため、Ti酸化物を含有させると、溶接作業性(特に立向溶接性)が向上する。
【0076】
Ti酸化物のTiO2換算値の合計が3.00%以上であることで、スラグが適度に生成されビードを均一に被包できるので、スラグがビード表面に焼き付くことによるビード外観の不良が抑制できる。また、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が3.00%以上であることで、アークが安定し、スパッタ発生量を低減できる。また、溶接作業性(特に立向溶接性)が確保できる。
一方、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が8.00%以下であることで、溶接金属の酸素量を抑制でき、低温靭性が確保できる。また、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が8.00%以下であることで、スラグの粘性の高まりを抑制できるため、スラグが厚くなり過ぎず、ビードの止端部が膨らんだ形状となることが抑制できる。また、Ti酸化物のTiO2換算値の合計が8.00%以下であることで、ピットの発生を抑制できる。また、スラグ巻き込みの発生を抑制できる。
【0077】
よって、Ti酸化物のTiO2換算値の合計は、3.00~8.00%とすることが好ましい。
Ti酸化物のTiO2換算値の合計の下限は、より好ましくは、3.50%、4.00%、又は4.50%である。
Ti酸化物のTiO2換算値の合計の上限は、より好ましくは、7.50%、7.00%、又は6.50%である。
【0078】
なお、Ti酸化物は、主に、フラックス中の、ルチル、酸化チタン、チタンスラグ、イルミナイト、チタン酸ソーダ、チタン酸カリ等として存在し得る。このため、主に、フラックスのTi酸化物の含有量を制御することにより、上記範囲のTi酸化物の含有量とすることができる。
【0079】
ここで、Ti酸化物のTiO2換算値の合計とは、ワイヤ中に含まれている全てのTi酸化物(例えば、TiO、TiO2、Ti2O3、Ti3O5などがあり、ルチル、酸化チタン、チタンスラグ、イルミナイト、チタン酸ソーダ、チタン酸カリ等として添加される。)をTiO2に換算した場合の、TiO2のワイヤ全質量に対する質量%である。
そして、Ti酸化物のTiO2換算値の合計は、蛍光X線分析装置及びX線回折(XRD)装置を用いて、ワイヤに酸化物として存在するTiの質量を分析することで求める。なお、蛍光X線分析によりフラックス中に含有される成分を分析した上で、X線回折(XRD)にて含有される成分の分子構造を解析することで、ワイヤに酸化物として存在するTiの量と金属成分として含まれるTiの量とを分けて求めることができる。
具体的には、まずワイヤからフラックスを採取し、このフラックスを上記の方法により分析する。例えば、分析によってTiO2、Ti2O3、Ti3O5が検出された場合であれば、各Ti酸化物の質量%を[TiO2]、[Ti2O3]、[Ti3O5]で表し、Ti酸化物のTiO2換算値の合計を[換算TiO2]で表すと、以下の式1により計算される。
[換算TiO2]=(0.60×[TiO2]+0.67×[Ti2O3]+0.64×[Ti3O5])×1.67・・・式1
式1における係数(0.60、0.67、0.64)は、各酸化物中に含まれるTi量を算出するための係数であり、末尾の乗数(1.67)は、ワイヤに酸化物として存在するTiの総量からTiO2換算値を算出するための乗数である。
【0080】
ここで、係数の求め方について説明する。MxOy(例;TiO2、Ti2O3、Ti3O5)の酸化物が検出されたとすると、MxOyにかかる係数は下記式2で計算する。
[M元素の原子量]×x/([M元素の原子量]×x+[酸素の原子量]×y)・・・式2
式1における0.60、0.67、0.64が、上記式2で求められる係数に相当する。
また、換算値を算出するための乗数の求め方について説明する。MaOb(例;TiO2)に換算するための乗数は下記式3で計算する。
([M元素の原子量]×a+[酸素の原子量]×b)/([M元素の原子量]×a)・・・式3
式1における1.67が、上記式3で求められる乗数に相当する。
なお酸化物は、2種の金属元素と結合した化合物である場合も考えられる。その場合の係数の求め方は、MxOyM2
z(例;TiO3・Fe、つまりM=Ti、M2=Fe、x=1、y=3、z=1の酸化物)が検出されたとすると、下記式4で計算する。
[M元素の原子量]×x/([M元素の原子量]×x+[酸素の原子量]×y+[M2元素の原子量]×z)・・・式4
【0081】
なお、Si酸化物のSiO2換算値の合計、Zr酸化物のZrO2換算値の合計、Al酸化物のAl2O3換算値の合計、Mg酸化物のMgO換算値の合計、Na酸化物のNa2O換算値の合計、K酸化物のK2O換算値の合計、Ca酸化物のCaO換算値の合計、Mn酸化物のMnO2換算値の合計、及びFe酸化物のFeO換算値の合計も、Ti酸化物のTiO2換算値の合計と同様の計算により得られる。つまり、蛍光X線分析装置及びX線回折(XRD)装置によって採取したフラックスを分析し、検出された各種酸化物に応じて、前記式2、式3、式4に即して係数および乗数を算出し、前記式1と同様にして計算する。
分析によって検出される代表的な酸化物を、以下に列挙する。
Si酸化物;SiO、SiO2、Si2O3、Si2O4
Zr酸化物;ZrO2
Al酸化物;AlO、Al2O3、Al3O5
Mg酸化物;MgO、MgO2、Mg2O
Na酸化物;Na2O、Na2O2
K酸化物 ;K2O、KO2
Ca酸化物;CaO、CaO2
Mn酸化物;MnO、Mn2O、MnO2
Fe酸化物;FeO、Fe2O4、FeO3
【0082】
なお、Ti酸化物等の各種組成の分析に際して、鋼製外皮とフラックスとを分ける方法は、以下の通りである。ペンチ等を使ってフラックス入りワイヤの鋼製外皮を開き、内部のフラックスを採取する。また、鋼製外皮はフラックスとの接触部である外皮の内面をワイヤブラシおよび超音波洗浄等を用いて付着しているフラックスを除去する。これにより、鋼製外皮とフラックスとを分離する。
【0083】
(Si酸化物のSiO2換算値の合計:質量%で0~1.00%)
Si酸化物は、溶接金属の酸素量を増加させ、低温靭性を劣化させる。そのため、低温靭性の観点からはSi酸化物は含まないことが好ましく、Si酸化物のSiO2換算値の合計の下限は0%とする。
ただし、Si酸化物は、スラグ成分であり、溶融スラグの粘性を高め、スラグ剥離性を改善する作用を有するので、かかる観点から含有させてもよい。
さらに、Si酸化物のSiO2換算値の合計が0.10%以上であることで、スラグ被包状態がより良好になりスラグ剥離性が高められ、ビード形状及びビード外観をより良好にできる。また、溶接作業性(特に立向溶接性)が確保できる。
一方、Si酸化物のSiO2換算値の合計が1.00%以下であることで、溶接金属の酸素量を抑制でき、低温靭性が確保できる。また、Si酸化物のSiO2換算値の合計が1.00%以下であることで、スパッタ発生量を抑制できる。さらに、Si酸化物のSiO2換算値の合計が1.00%以下であることで、ピット及びガス溝等の発生を抑制できる。また、スラグ巻き込みの発生を抑制できる。
【0084】
よって、Si酸化物のSiO2換算値の合計は、0~1.00%とすることが好ましい。
Si酸化物のSiO2換算値の合計の下限は、より好ましくは、0.05%、0.10%、0.15%、0.20%、又は0.25%である。
Si酸化物のSiO2換算値の合計の上限は、より好ましくは、0.95%、0.90%、又は0.85%である。
【0085】
なお、Si酸化物は、主に、フラックス中の珪砂、ジルコンサンド、長石、珪酸ソーダ、珪酸カリ等として存在し得る。このため、主に、フラックスのSi酸化物の含有量を制御することにより、上記Si酸化物の含有量の範囲とすることができる。
【0086】
(Zr酸化物のZrO2換算値の合計:質量%で0~0.80%)
Zr酸化物は、溶接金属の酸素量を増加させ、低温靭性を劣化させる。そのため、低温靭性の観点からはZr酸化物は含まないことが好ましく、Zr酸化物のZrO2換算値の合計の下限は0%とする。
【0087】
ただし、Zr酸化物は、スラグ成分であり、水平すみ肉溶接でスラグ被包性を高めてビード形状を平滑にする作用を有するので、かかる観点から含有させてもよい。
一方で、Zr酸化物のZrO2換算値の合計が0.80%以下であることで、ビード形状が凸状になることを抑制できる。また、スラグ巻き込みの発生を抑制できる。
【0088】
よって、Zr酸化物のZrO2換算値の合計は、0~0.80%とすることが好ましい。
Zr酸化物のZrO2換算値の合計の上限は、より好ましくは、0.60%、0.40%、0.20%、又は0.10%である。
【0089】
なお、Zr酸化物は、主に、フラックス中のジルコンサンド、酸化ジルコニウム等として存在し得るものであり、また、Ti酸化物に微量含有される場合もある。このため、主に、フラックスのZr酸化物の含有量を制御することにより、上記Zr酸化物の含有量の範囲とすることができる。
【0090】
(Al酸化物のAl2O3換算値の合計:質量%で0~0.80%)
Al酸化物は、酸素源となるので、Al酸化物を添加すると、溶接金属中の酸素量が増加し、靭性劣化の要因となる。そのため、低温靭性の観点からはAl酸化物は含まないことが好ましく、Al酸化物のAl2O3換算値の合計の下限は0%とする。
【0091】
ただし、Al酸化物は、溶融スラグを構成した場合、スラグ被包性を良好にすることにより、すみ肉ビードの上脚側のアンダーカットを防止する作用を有するので、かかる観点から含有させてもよい。
一方、Al酸化物のAl2O3換算値の合計が0.80%以下であることで、すみ肉ビードの下脚側のビード止端部が膨らんだビード形状となることを抑制できる。また、スラグ巻き込みの発生を抑制できる。
よって、Al酸化物のAl2O3換算値の合計は、0~0.80%とすることが好ましい。
Al酸化物のAl2O3換算値の合計の上限は、より好ましくは、0.70%、0.60%、0.40%、0.20%、又は0.10%である。
【0092】
なお、Al酸化物は、主にフラックス中のアルミナ、長石等の成分として存在する場合が多い。このため、主に、フラックスのAl酸化物の含有量を制御することにより、上記Al酸化物の含有量の範囲とすることができる。
【0093】
(弗化物の合計:質量%で0.10~2.00%)
K2SiF6、K2ZrF6、NaF、Na3AlF6、CaF2、及びMgF2(以下、これらの弗化物を「特定弗化物」と称す場合がある)は、溶接金属の酸素量を低減する効果がある。
特定弗化物の合計が0.10%以上であることで、溶接金属の酸素量が高くなり過ぎず、低温靭性を確保できる。
一方、特定弗化物の合計が2.00%以下であることで、溶接ヒュームの発生を低減でき、溶接欠陥の発生を抑制できる。
【0094】
よって、特定弗化物のいずれか1種以上の弗化物を含有しその合計を、0.10~2.00%とすることが好ましい。
特定弗化物の合計の下限は、より好ましくは、0.20%、0.30%、又は0.40%である。
特定弗化物の合計の上限は、より好ましくは、1.90%、1.80%、又は1.70%である。
【0095】
なお、各弗化物の含有量は、前述したTi酸化物の含有量と同様に蛍光X線分析及びX線回折(XRD)によって測定する。
【0096】
(Na含有化合物の合計:質量%で0.01~2.00%)
Na酸化物、NaF、及びNa3AlF6(以下、これらのNa含有化合物を「特定Na含有化合物」と称す場合がある)は、溶接時に分解しNaが、脱酸剤として作用し、溶接金属の酸素量を低減する。それにより、溶接金属の低温靭性が向上する。
特定Na含有化合物の合計が0.01%以上であることで、溶接金属の酸素量の低減作用が得られ、低温靭性が確保できる。
一方、特定Na含有化合物の合計が2.00%以下であることで、溶接スラグの凝固温度の低温化を抑制でき、溶接作業性(特に立向溶接性)が確保できる。
【0097】
よって、特定Na含有化合物のいずれか1種以上のNa含有化合物を含有しその合計を、0.01~2.00%とすることが好ましい。
特定Na含有化合物の合計の下限は、より好ましくは、0.05%、0.15%、0.20%、又は0.30%である。
特定Na含有化合物の合計の上限は、より好ましくは、1.90%、1.80%、1.70%、又は1.50%である。
なお、Na酸化物の含有量については、Na酸化物のNa2O換算値の合計を意味する。
【0098】
(K含有化合物の合計:質量%で0.01~2.00%)
K酸化物、K2SiF6、及びK2ZrF6(以下、これらのK含有化合物を「特定K含有化合物」と称す場合がある)は、溶接時に分解したKが、脱酸剤として作用し、溶接金属の酸素量を低減する。それにより、溶接金属の低温靭性が向上する。
特定K含有化合物の合計が0.01%以上であることで、溶接金属の酸素量の低減作用が得られ、低温靭性が確保できる。
一方、特定K含有化合物の合計が2.00以下であることで、溶接スラグの凝固温度の低温化を抑制でき、溶接作業性(特に立向溶接性)が確保できる。
【0099】
よって、特定K含有化合物のいずれか1種以上のK含有化合物を含有しその合計を、0.01~2.00%とすることが好ましい。
特定K含有化合物の合計の下限は、より好ましくは、0.05%、0.20%、0.30%、又は0.40%である。
特定K含有化合物の合計の上限は、より好ましくは、1.95%、1.90%、1.80%、又は1.50%である。
なお、K酸化物の含有量については、K酸化物のK2O換算値の合計を意味する。
【0100】
(Mg含有化合物の合計:質量%で0.01~2.00%)
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、特定Na含有化合物、及び特定K含有化合物に加え、Mg酸化物、及びMgF2のいずれか1種以上のMg含有化合物を含有してもよい。
Mg酸化物、及びMgF2(以下、これらのMg含有化合物を「特定Mg含有化合物」と称す場合がある)は、溶接時に分解しMgが、脱酸剤として作用し、溶接金属の酸素量を低減する。それにより、溶接金属の低温靭性が向上する。
特定Mg含有化合物の合計が0.01%以上であると、溶接金属の酸素量の低減作用が大きくなり、さらに低温靭性が向上する。
一方、特定Mg含有化合物の合計が2.00%以下であると、溶接スラグの凝固温度が高温化し、さらに溶接作業性(特に立向溶接性)が向上する。
【0101】
よって、特定Mg含有化合物のいずれか1種以上のMg含有化合物の含有量は、その合計を0~2.00%とすることが好ましく、Mg含有化合物を含有する場合は、その合計を0.01~2.00%とすることが好ましい。
特定Mg含有化合物の合計の下限は、より好ましくは、0.20%、0.30%、又は0.40%である。
特定Mg含有化合物の合計の上限は、より好ましくは、1.90%、1.80%、又は1.70%である。
なお、Mg酸化物の含有量については、Mg酸化物のMgO換算値の合計を意味する。
【0102】
(特定Na含有化合物、及び特定K含有化合物をワイヤに含有させる他の意義)
脱酸剤として機能するCaを含むCaF2ではなく、特定Na含有化合物及び特定K含有化合物を含有させることで、スパッタの発生を抑制でき、溶接作業性が確保できる。また、脱酸剤として機能する金属Mgではなく、特定Na含有化合物及び特定K含有化合物を含有させることで、溶接金属の拡散性水素量を低減でき、耐低温割れ性が確保できる。
そのため、溶接作業性(特に立向溶接性)に優れると共に、低温靭性及び耐低温割れ性に優れた溶接金属を得るには、ワイヤに、特定Na含有化合物、及び特定K含有化合物を各々上記範囲で含ませることが好ましい。
同様の観点から、ワイヤに、特定Mg含有化合物を上記範囲で含ませることも好ましい。
なお、特定Mg含有化合物、特定Na含有化合物、及び特定K含有化合物の含有量は、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%での含有量である。
【0103】
(式Aによって算出されるX値)
本開示に係るフラックス入りワイヤにおいて、下記式Aによって算出されるX値は0.10~160.00であることが好ましい。
X=(8×CaF2+5×MgF2+5×NaF+5×K2SiF6+5×K2ZrF6+Na3AlF6)/(SiO2+Al2O3+ZrO2+0.5×MgO+CaO+0.5×Na2O+0.5×K2O+MnO2+FeO) ・・・・式A
式A中、CaF2、MgF2、NaF、K2SiF6、K2ZrF6、及びNa3AlF6は、各化学式で示される化合物の、フラックス入りワイヤの全質量に対する質量%での含有量である。また、SiO2はSi酸化物のSiO2換算値の合計を示し、Al2O3はAl酸化物のAl2O3換算値の合計を示し、ZrO2はZr酸化物のZrO2換算値の合計を示し、MgOはMg酸化物のMgO換算値の合計を示し、CaOはCa酸化物のCaO換算値の合計を示し、Na2OはNa酸化物のNa2O換算値の合計を示し、K2OはK酸化物のK2O換算値の合計を示し、MnO2はMn酸化物のMnO2換算値の合計を示し、FeOはFe酸化物のFeO換算値の合計を示す。なお、式Aにおける前記SiO2換算値、前記Al2O3換算値、前記ZrO2換算値、前記MgO換算値、前記CaO換算値、前記Na2O換算値、前記K2O換算値、前記MnO2換算値、及び前記FeO換算値はフラックス入りワイヤの全質量に対する質量%で表す。
【0104】
式Aにおいて、分子は、溶接時に分解して、脱酸剤として機能し、溶接金属の酸素量を低減する成分(Ca、Mg、Na、K、Si)と、溶接金属の拡散性水素量を低減するフッ素と、を含む化合物量の指標である。
一方、分母は、溶接金属の酸素量を増加する酸素(O)を含む化合物量の指標である。
【0105】
つまり、X値が0.10以上であると、溶接金属の酸素量を増加する酸素(O)を含む化合物量が少なく、溶接金属の酸素量低減作用が大きくなり、さらに低温靭性が向上する。
一方、X値が160.00以下であると、弗化物量が多すぎず、スラグ巻き込みが生じ難くなり、健全な継手を作製し易くなる。
【0106】
よって、式Aによって算出されるX値は0.10~160.00とすることが好ましい。
X値の下限は、より好ましくは、1.00、5.00、又は10.00である。
X値の上限は、より好ましくは、130.00、100.00、70.00、50.00、又は20.00である。
【0107】
-その他酸化物の合計含有量:0~10.00%-
本開示に係るフラックス入りワイヤにおいて、Ti酸化物、Si酸化物、Zr酸化物、及びAl酸化物以外の酸化物として、Fe酸化物、Mg酸化物、Na酸化物、K酸化物、Mn酸化物、及びCa酸化物からなる群より選ばれる1種又は2種以上の酸化物を含む場合その合計含有量は、10.00%以下であることが好ましい。Fe酸化物、Mg酸化物、Na酸化物、K酸化物、Mn酸化物、及びCa酸化物からなる群に含まれる酸化物を単に「その他酸化物」と略す場合がある。またその他酸化物における各々の酸化物の含有量の合計値を、単に「その他酸化物の合計含有量」と略す場合がある。
【0108】
本開示に係るフラックス入りワイヤが、上記その他酸化物の1種又は2種以上の酸化物を含む場合、上記その他酸化物の合計含有量は、Fe酸化物のFeO換算値、Mg酸化物のMgO換算値、Na酸化物のNa2O換算値、K酸化物のK2O換算値、Mn酸化物のMnO2換算値、及びCa酸化物のCaO換算値の合計として求める。
【0109】
なお、本開示に係るフラックス入りワイヤにおいて、その他酸化物は必須成分ではないので、フラックス入りワイヤにおける、その他酸化物の合計含有量の下限値は0%である。
一方、その他酸化物は、溶接ビード形状を良好に維持する効果と、立向溶接性を向上させる効果とを有する。また、Mg酸化物、及びFe酸化物等は、アークを安定させる効果も有する。そのような効果を得るためには、その他酸化物の合計含有量を0%超にしてもよい。これらの効果をより発揮させるために、その他酸化物の合計含有量の下限を、0.05%、0.10%、0.15%、又は0.20%としてもよい。一方、その他酸化物の合計含有量が10.00%以下であると、スラグの巻き込みの発生が抑制され、健全な継手を容易に作製できる。そのため、その他酸化物の合計含有量の上限値は10.00%とすることが好ましく、9.00%、8.00%、7.00%、6.00%、3.00%、2.00%、1.00%、0.50%又は0.30%としてもよい。
【0110】
本開示に係るフラックス入りワイヤにおける、その他酸化物の含有量は、酸化物の種類ごとに限定する必要はない。
なお、その他酸化物における各々の酸化物の含有量及びその他酸化物の合計含有量は、前述したTi酸化物の含有量と同様に蛍光X線分析及びX線回折(XRD)によって測定する。
【0111】
(窒化物、金属炭酸塩)
窒化物(特にフラックス中の窒化物)は、溶接金属中の拡散性水素量を減少させて、溶接金属の耐低温割れ性を顕著に向上させる働きを有する。この理由は明らかではないが、窒化物中のNが溶接中に水素(H)と結合してアンモニア(NH3)となり、このNH3が溶接金属外に放出されることが理由の一つであると推測される。
そのため、本開示に係るフラックス入りワイヤは、窒化物を含んでもよい。
【0112】
本開示に係るフラックス入りワイヤには窒化物として、例えば、AlN、BN、Ca3N2、CeN、CrN、Cu3N、Fe4N、Fe3N、Fe2N、Mg3N、Mo2N、NbN、Si3N4、TiN、VN、ZrN、Mn2N、及びMn4Nからなる群から選択される1種又は2種以上を含んでもよい。
【0113】
金属炭酸塩は、アークによって電離し、CO2ガスを発生させる。CO2ガスは、溶接雰囲気中の水素分圧を下げ、溶接金属中の拡散性水素量を低減させる。
そのため、本開示に係るフラックス入りワイヤは、フラックス中に金属炭酸塩を含んでもよい。
【0114】
本開示に係るフラックス入りワイヤには金属炭酸塩として、例えば、MgCO3、Na2CO3、LiCO3、CaCO3、K2CO3、BaCO3、FeCO3、MnCO3、及びSrCO3からなる群から選択される1種又は2種以上を含んでもよい。
ただし、金属炭酸塩の種類及び組成は限定されない。
【0115】
なお、窒化物及び金属炭酸塩の含有量は、前述したTi酸化物の含有量と同様に蛍光X線分析及びX線回折(XRD)によって測定する。
【0116】
本開示に係るフラックス入りワイヤは、ワイヤ表面に塗布された潤滑剤をさらに備えてもよい。ワイヤ表面に塗布された潤滑剤は、溶接時のワイヤの送給性を向上させる効果を有する。溶接ワイヤ用の潤滑剤としては、様々な種類のもの(例えばパーム油等の植物油)を使用できるが、溶接金属の低温割れを抑制するためには、Hを含有しないポリテトラフルオロエチレン油(PTFE油)及びパーフルオロポリエーテル油(PFPE油)の一方又は両方を使用することが好ましい。また、上述したように、本開示に係るフラックス入りワイヤは、ワイヤ表面に形成されためっきをさらに備えてもよい。この場合、潤滑剤はめっきの表面に塗布される。
【0117】
本開示に係るフラックス入りワイヤに含まれる水素量は特に限定されないが、溶接金属の拡散性水素量を低減するためには、フラックス入りワイヤの全質量に対して12ppm以下であることが好ましい。フラックス入りワイヤ中の水素量は、フラックス入りワイヤの保管の間に、フラックス入りワイヤ内に水分が侵入することにより増大するおそれがある。従って、ワイヤ製造からワイヤ使用までの期間が長い場合は、後述の手段によって水分の浸入を防止することが望ましい。
【0118】
(ワイヤ形状)
次に、本開示に係るフラックス入りワイヤの形状(ワイヤ構造)について説明する。
通常、フラックス入りワイヤは、鋼製外皮の継目が溶接されているのでスリット状の隙間がない形状(シームレス形状)を有するワイヤ(鋼製外皮の継目に溶接部を有するワイヤ)と、鋼製外皮の継目が溶接されていないのでスリット状の隙間を含む形状(シーム形状)を有するワイヤ(鋼製外皮の継目に溶接部を有しないワイヤ)のいずれかに区別される。
【0119】
本開示に係るフラックス入りワイヤでは、いずれの形状も採用することができる。しかしながら、溶接金属の低温割れの発生を抑制するためには、鋼製外皮にスリット状の隙間がないことが好ましい。溶接時に溶接部に侵入するH(水素)は、溶接金属及び被溶接材中に拡散し、応力集中部に集積して低温割れの発生原因となる。Hの供給源は様々であるが、溶接部の清浄度、及びガスシールドの条件が厳密に管理された状態で溶接が行われる場合、ワイヤ中に含まれる水分(H2O)が主なHの供給源となり、この水分の量が、溶接継手の拡散性水素量に強く影響する。
【0120】
鋼製外皮がシームを有する場合、大気中の水分がシームを通じてフラックス中に侵入しやすい。このため、鋼製外皮のシームを除去することにより、ワイヤ製造後からワイヤ使用までの間に、大気中の水分が鋼製外皮を通じてフラックス中に侵入することを抑制することが望ましい。鋼製外皮がシームを有し、且つワイヤ製造からワイヤ使用までの期間が長い場合は、水分等のHの供給源が侵入することを防止するために、フラックス入りワイヤ全体を真空包装するか、乾燥した状態で保持できる容器内でフラックス入りワイヤを保存することが望ましい。
【0121】
(ワイヤ直径)
本開示に係るフラックス入りワイヤの直径は特に限定されないが、例えばφ1.0~φ2.0mmである。なお、一般的なフラックス入りワイヤの直径はφ1.2~φ1.6mmである。
【0122】
(充填率)
本開示に係るフラックス入りワイヤの充填率は、上述された条件が満たされる限り、特に限定されない。一般的なフラックス入りワイヤの充填率に鑑みて、本開示に係るフラックス入りワイヤの充填率の下限値を、例えば8%、10%、又は12%としてもよい。また、本開示に係るフラックス入りワイヤの充填率の上限値を、例えば28%、25%、22%、20%、又は17%としてもよい。
なお、充填率を算出する際には、鋼製外皮とフラックスの質量を別々に測定する。
【0123】
<フラックス入りワイヤの製造方法>
次に、本開示に係るフラックス入りワイヤの製造方法について説明する。
なお、以下に説明する製造方法は一例であり、本開示に係るフラックス入りワイヤを製造する方法は、以下の方法に限定されるものではない。
【0124】
(シームレス形状を有するフラックス入りワイヤの場合)
シームレス形状を有するフラックス入りワイヤの製造方法は、フラックスを調製する工程と、鋼帯を長手方向に送りながら、成形ロールを用いて成形してU字型のオープン管を得る工程と、オープン管の開口部を通じてオープン管内にフラックスを供給する工程と、オープン管の開口部の相対するエッジ部(周方向両端部)を突合せ溶接してシームレス管を得る工程と、シームレス管を伸線して所定の線径を有するフラックス入りワイヤを得る工程と、伸線する工程の途中又は完了後にフラックス入りワイヤを焼鈍する工程と、を備える。
フラックスは、フラックス入りワイヤの各成分が上述された所定の範囲内になるように調製される。なお、鋼製外皮の材料である鋼帯の幅及び厚さ、並びにフラックスの充填量等によって決定されるフラックスの充填率も、フラックス入りワイヤの各成分量に影響することに留意する必要がある。
【0125】
突合せ溶接は、電縫溶接、レーザ溶接、又はTIG溶接等により行われる。
また、伸線工程の途中又は伸線工程の完了後に、フラックス入りワイヤ中の水分を除去するために、フラックス入りワイヤは焼鈍される。フラックス入りワイヤのH含有量を12ppm以下とするためには、焼鈍温度は、650℃以上とし、焼鈍時間は、4時間以上とすることが好ましい。なお、フラックスの変質を防ぐために、焼鈍温度は900℃以下とすることが好ましい。
【0126】
突合せシーム溶接された、スリット状の隙間がないフラックス入りワイヤの断面は、研磨して、エッチングすれば、溶接跡が観察されるが、エッチングしないと溶接跡は観察されない。そのため、上記のようにシームレスと呼ぶことがある。例えば、溶接学会編「新版 溶接・接合技術入門」(2008年)産報出版、p.111には、突合せシーム溶接された、スリット状の隙間がないフラックス入りワイヤは、シームレスタイプのワイヤと記載されている。フラックス入りワイヤの鋼製外皮の隙間をろう付けしても、スリット状の隙間がないフラックス入りワイヤが得られる。
【0127】
(スリット状の隙間を有するフラックス入りワイヤの場合)
スリット状の隙間を有するフラックス入りワイヤの製造方法は、オープン管の周方向の両端部を突き合わせ溶接してシームレス管を得る工程の代わりに、オープン管を成形してオープン管の端部を突き合わせてスリット状の隙間有りの管を得る工程を有する点以外は、シームレス形状を有するフラックス入りワイヤの製造方法と同じである。スリット状の隙間を有するフラックス入りワイヤの製造方法は、突き合わせられたオープン管の端部をかしめる工程をさらに備えてもよい。
スリット状の隙間を有するフラックス入りワイヤの製造方法では、スリット状の隙間有りの管を伸線する。
【0128】
<溶接継手の製造方法>
次に、本開示に係る溶接継手の製造方法(溶接方法)について説明する。
本開示に係る溶接継手の製造方法は、上述された本開示に係るフラックス入りワイヤを用いて、鋼材を、溶接する工程を備える。
本開示に係る溶接継手の製造方法にて製造された溶接継手は、高強度、および高靱性を有する。また、本開示に係る溶接継手の製造方法にて製造された溶接継手を有する溶接構造物も、溶接継手において高強度、および高靱性を有する。
【0129】
本開示に係る溶接継手の製造方法において、溶接方式は、ガスシールドアーク溶接が好適である。
本開示に係る溶接継手の製造方法において、溶接継手の母材となる鋼材(被溶接材)の種類は特に限定されないが、例えば、PCM(溶接割れ感受性組成)が0.24%以上である低温割れ感受性が高い鋼材(特に引張強さが590MPa以上1700MPa以下であり、板厚20mm以上の高強度鋼板)、および板厚20mm以上である6%~9%のNiを含むNi系低温用鋼板が挙げられ、中でも板厚20mm以上の6%~9%のNiを含むNi系低温用鋼板を好適に用いることができる。
【0130】
本開示に係る溶接継手の製造方法では、1パスから最終パスのいずれか1つ以上において、本開示に係るフラックス入りワイヤを用いて鋼材を溶接する工程を備えることがよい。溶接が1パスのみである場合、その1パスにおいて本開示に係るフラックス入りワイヤが用いられる。
フラックス入りワイヤの極性は、溶接金属の拡散性水素量及びスパッタ発生量に及ぼす影響が無視できる程度に小さいので、プラス及びマイナスのいずれであってもよいが、プラスであることが好ましい。
【0131】
本開示に係る溶接継手の製造方法において用いられるシールドガスの種類は特に限定されない。本開示に係る溶接継手の製造方法は、シールドガスの種類に関わらず、優れた溶接作業性を発揮し、高強度、および高靱性を有する溶接継手を得ることができる。本開示に係る溶接継手の製造方法におけるシールドガスとして、一般的に多用されている100体積%の炭酸ガス、及びArと3~30体積%CO2との混合ガス等を好ましく使用することができる。また、本開示に係るフラックス入りワイヤを用いた溶接の際のシールドガスは5体積%以下のO2ガスを含んでいてもよい。これらのガスは廉価であるので、これらのガスを用いた溶接は産業利用上有利である。
通常、これらのガスは、ルチル系フラックス入りワイヤと組み合わせて用いられた際に、多量のスパッタを生じさせて溶接作業性を悪化させる。しかしながら、本開示に係る溶接継手の製造方法は、スパッタ量を十分に抑制することができる本開示に係るフラックス入りワイヤを用いるので、これらのガスがシールドガスである場合でも、良好な溶接作業性を発揮することができる。
【0132】
本開示に係る溶接継手の製造方法における溶接姿勢は特に限定されない。本開示に係る溶接継手の製造方法は、溶接姿勢が下向姿勢、横向姿勢、立向姿勢、及び上向姿勢のいずれであっても、良好な溶接作業性(特に立向溶接性)を発揮することができる。
【0133】
本開示に係る溶接継手の製造方法によって得られる溶接継手は、母材となる鋼材と、溶接金属及び溶接熱影響部から構成される溶接部とを備える。本開示に係る溶接継手は、本開示に係るフラックス入りワイヤを用いて製造されるので、良好なビード形状を有する溶接金属を備える。そのため、本開示に係る溶接継手の製造方法にて製造された溶接継手を有する溶接構造物も、良好なビード形状を有する溶接金属を備える。得られる溶接金属の引張強さは、例えば590~1200MPaの高強度とすることが好ましい。
【実施例】
【0134】
次に、本開示例及び比較例により、本開示の実施可能性及び効果についてさらに詳細に説明するが、下記実施例は本開示を限定するものではなく、前・後記の趣旨に徹して設計変更することはいずれも本開示の技術的範囲に含まれるものである。
【0135】
(フラックス入りワイヤの製造)
本開示例及び比較例のフラックス入りワイヤは、以下に説明する方法により製造した。
まず、表1-A、表1-Bに示す外皮の化学組成を有する鋼帯を長手方向に送りながら、成形ロールを用いて成形してU型のオープン管を得た。このオープン管の開口部を通じてオープン管内にフラックスを供給し、オープン管の開口部の相対するエッジ部を突合わせ溶接してシームレス管を得た。
このシームレス管を伸線して、スリット状の隙間がないフラックス入りワイヤを得た。ただし、一部の試料は、シーム溶接をしないスリット状の隙間有りの管とし、それを伸線した。
このようにして、最終のワイヤ径がφ1.2mmのフラックス入りワイヤを試作した。
なお、これらフラックス入りワイヤの伸線作業の途中で、フラックス入りワイヤを650~950℃の温度範囲内で4時間以上焼鈍した。試作後、ワイヤ表面には潤滑剤を塗布した。これらフラックス入りワイヤの構成を表2-A~表2-Fに示す。
【0136】
表1-A、表1-B、表2-A~表2-Fに示された、外皮の化学成分の含有量、ワイヤの合金成分の含有量、酸化物の含有量、弗化物の含有量、Na含有化合物の含有量、K含有化合物の含有量及び鉄粉の含有量の単位は、フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%である。表中において「鋼製外皮全質量に対する質量%」及び「フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%」は、共に、「質量%」と略し、「ワイヤの化学組成における金属成分」は、「ワイヤの化学成分」と略した。
【0137】
【0138】
【0139】
【0140】
【0141】
【0142】
【0143】
【0144】
【0145】
表1-A、表1-Bに示された鋼製外皮の残部(すなわち、表に示された各成分以外の成分)、及び表2-A~表2-Fに示されたフラックス入りワイヤの残部(すなわち、表に示された各成分以外の成分)は、鉄及び不純物である。
表2-A~表2-Fに示されたフラックス入りワイヤのうち、「ワイヤ構造」欄で「シームレス」と記載されたフラックス入りワイヤは、シームレス形状を有し、「備考」欄で特に断りが無い限り、潤滑剤としてパーム油が塗布されたワイヤである。また、「ワイヤ構造」欄で「スリット状隙間有」と記載されたフラックス入りワイヤは、スリット状の隙間を有するワイヤであり、「備考」欄で「PTFE塗布」と記載されたワイヤは、PTFE油が塗布されたワイヤである。
表2-A~表2-Fに示されたフラックス入りワイヤに含まれる各元素は、鋼製外皮又は金属粉の形態である。
なお、表1-A、表1-Bにおいては、本開示で規定される範囲から外れる数値に下線を付してある。
また、表1-A、表1-B、表2-A~表2-Fにおいて、化学成分や化合物などの含有量に係る表中の空欄は、その化学成分や化合物などが意図的に含有されていないことを意味する。これらの化学成分や化合物などが不可避的に混入されるか生成することもある。
【0146】
[評価]
本開示例及び比較例のフラックス入りワイヤを用いて、立向上進溶接で、ガスシールドアーク溶接することにより評価を行った。具体的には、以下に説明する方法により評価された。
溶接する鋼板として板厚が50mmである9%Ni鋼(JIS G 3127:2013 SL9N590に準じた鋼板)を用い、評価の際の溶接ガスの種類は、Ar-20%CO2ガスとした。また、評価の際に、溶接電流は全て直流とし、ワイヤの極性は全てプラスとした。
なお、評価する際の溶接条件は、表3に記載の条件とした。
【0147】
【0148】
(ヒューム量の評価)
本開示例及び比較例のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接する際のヒューム量を評価した。
溶接により発生するヒューム量の測定は、JIS Z3930:2013(アーク溶接のヒューム発生量測定方法)に準拠したハイボリウムエアサンプライヤーによる全量捕集方法によって実施した。ヒューム量が1000mg/min以下となるフラックス入りワイヤを、ヒューム量に関し「合格」とし、ヒューム量が1000mg/min超となる場合を「不合格」とした。
【0149】
(低温靭性の評価)
本開示例及び比較例のフラックス入りワイヤを用いて、鋼板をガスシールドアーク溶接し、溶着金属の板厚方向中心から衝撃試験片(ノッチ深さ2mmのVノッチ試験片)を3本採取した。
3本の衝撃試験片に対して、-196℃でJIS Z2242:2005に準拠したシャルピー衝撃試験を実施した。
そして、3本の衝撃試験片の、-196℃でのシャルピー吸収エネルギー平均値が34J以上である場合を「優」とし、27J以上34J未満である場合を「合格」とし、27J未満である場合を「不合格」とした。
【0150】
(総合評価)
ヒューム量の評価が「合格」であり且つ低温靭性の評価が「優」または「合格」である場合を「合格」とし、ヒューム量の評価が「不合格」、および低温靭性の評価が「否」の何れか一方でも満たす場合を「不合格」と評価した。
【0151】
【0152】
本開示例のフラックス入りワイヤは、ヒューム量が少なく、得られる溶接金属低温靭性に優れることがわかる。
一方、比較例は、本開示で規定する要件のいずれかを満たしていなかったので、1つ以上の評価項目において不合格となった。
なお、フラックスに酸化物および弗化物を含んでいないワイヤ番号1、番号2、番号4では、表には示していないものの、他の本開示例に比べ溶接作業性(特に立向溶接性)において若干劣っていた。