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特許7557264セラミックス物品の製造方法、及びセラミックス物品
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-18
(45)【発行日】2024-09-27
(54)【発明の名称】セラミックス物品の製造方法、及びセラミックス物品
(51)【国際特許分類】
   B28B 1/30 20060101AFI20240919BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20240919BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20240919BHJP
   C04B 35/117 20060101ALI20240919BHJP
   C04B 35/622 20060101ALI20240919BHJP
   H01L 21/683 20060101ALI20240919BHJP
【FI】
B28B1/30
B33Y10/00
B33Y80/00
C04B35/117
C04B35/622
H01L21/68 R
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2019219949
(22)【出願日】2019-12-04
(65)【公開番号】P2020093973
(43)【公開日】2020-06-18
【審査請求日】2022-12-01
(31)【優先権主張番号】P 2018229383
(32)【優先日】2018-12-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【弁理士】
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【弁理士】
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】大橋 良太
(72)【発明者】
【氏名】安居 伸浩
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 宏
(72)【発明者】
【氏名】大志万 香菜子
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-031050(JP,A)
【文献】登録実用新案第3213127(JP,U)
【文献】特開2002-316866(JP,A)
【文献】特表2017-529297(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00-35/84
B28B 1/30
B33Y 10/00,80/00
H01L 21/683
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス物品の製造方法であって、
(i)酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物の粉末を均し、粉末層を形成する工程と、
(ii)前記粉末層に造形データに基づいてエネルギービームを照射し、前記粉末を溶融及び凝固、または焼結させる工程と、
(iii)前記工程(i)及び前記工程(ii)を繰り返して形成した、多孔質部を有する造形物にジルコニウムの元素を含有する液体を吸収させる工程と、
(iv)前記ジルコニウムの元素を含有する液体を吸収させた前記造形物を加熱する工程と、を有し、
前記多孔質部は、孔を形成する構造部である橋梁部と、複数の開孔とからなり、前記橋梁部の厚さは1mm以下であり、前記開孔の孔径は50μm以上1000μm以下であり、前記多孔質部の気孔率は5体積%以上であり、
前記吸収工程において、前記多孔質部に含まれる全金属元素におけるジルコニウムの元素の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下となるように前記液体を吸収させることを特徴とするセラミックス物品の製造方法。
【請求項2】
セラミックス物品の製造方法であって、
(i)酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物の粉末に造形データに基づいてエネルギービームを照射し、前記粉末を溶融及び凝固、または焼結させ、多孔質部を有する造形物を形成する工程と、
(ii)前記工程(i)で形成した造形物にジルコニウムの元素を含有する液体を吸収させる工程と、
(iii)前記ジルコニウムの元素を含有する液体を吸収させた前記造形物を加熱する工程と、を有し、
前記多孔質部は、孔を形成する構造部である橋梁部と、複数の開孔とからなり、前記橋梁部の厚さは1mm以下であり、前記開孔の孔径は50μm以上1000μm以下であり、前記多孔質部の気孔率は5体積%以上であり、
前記吸収工程において、前記多孔質部に含まれる全金属元素におけるジルコニウムの元素の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下となるように前記液体を吸収させることを特徴とするセラミックス物品の製造方法。
【請求項3】
前記金属酸化物の粉末に含まれる金属元素におけるジルコニウムの元素の割合が、0.15mol%未満である請求項1または2に記載のセラミックス物品の製造方法。
【請求項4】
前記金属酸化物の粉末が、希土類酸化物を含有している請求項1から3のいずれか一項に記載のセラミックス物品の製造方法。
【請求項5】
前記希土類酸化物が、酸化ガドリニウム、酸化テルビウム及び酸化プラセオジムから選択される少なくとも一種をさらに含有している請求項4に記載のセラミックス物品の製造方法。
【請求項6】
酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物からなり、多孔質部を有するセラミックス物品であって、
前記多孔質部は、孔を形成する構造部である橋梁部と、複数の開孔とからなり、前記橋梁部の厚さは1mm以下であり、前記開孔の孔径は50μm以上1000μm以下であり、前記多孔質部の気孔率は5体積%以上であり、前記多孔質部に含まれる閉孔の割合は、0.5体積%以下であり、
前記多孔質部に含まれる全金属元素におけるジルコニウムの元素の割合が、0.3mol%以上2.0mol%以下であり、
前記多孔質部は、SEM-EDX分析により前記多孔質部の組成分析を2mm×2mmのエリアで実施し、さらに前記エリアにおいて前記多孔質部の組成分布のマッピングを実施したとき、全金属元素に対してジルコニウムの元素を主成分として含む連続する領域を有し、
前記領域において、前記多孔質部に含まれるジルコニウムの元素の少なくとも一部は、前記多孔質部を構成する希土類元素と複合化した金属酸化物を形成しており
前記領域の各々の面積に相当する円の直径から求められる平均円相当径は10μm以上であり、
前記多孔質部において、前記橋梁部の表面は、前記領域を有することを特徴とするセラミックス物品。
【請求項7】
前記多孔質部に含まれる全金属元素におけるジルコニウムの元素の割合が、0.3mol%以上1.5mol%以下であることを特徴とする請求項6に記載のセラミックス物品。
【請求項8】
前記多孔質部が、前記ジルコニウムの元素と同mol以上のガドリニウムの元素を含んでおり、前記領域がジルコニウムとガドリニウムの複合化した金属酸化物よりなる請求項6または7に記載のセラミックス物品。
【請求項9】
前記多孔質部の気孔率が、5体積%以上60体積%以下である請求項6からのいずれか一項に記載のセラミックス物品。
【請求項10】
前記多孔質部に含まれる閉孔の割合が、0.5体積%以下である請求項6からのいずれか一項に記載のセラミックス物品。
【請求項11】
酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物からなり、緻密質部と多孔質部とを有するセラミックス物品であって、
前記多孔質部は、孔を形成する構造部である橋梁部と、複数の開孔とからなり、前記橋梁部の厚さは1mm以下であり、前記開孔の孔径は50μm以上1000μm以下であり、前記多孔質部の気孔率は5体積%以上であり、前記多孔質部に含まれる閉孔の割合は、0.5体積%以下であり、
前記緻密質部は、前記橋梁部の厚さが1mm以上、かつ、気孔率が5体積%未満である部分であり、
前記多孔質部に含まれる全金属元素におけるジルコニウムの元素の割合(mol%)が、前記緻密質部に含まれる全金属元素におけるジルコニウムの元素の割合(mol%)よりも多く、
前記多孔質部は、SEM-EDX分析により前記多孔質部の組成分析を2mm×2mmのエリアで実施し、さらに前記エリアにおいて前記多孔質部の組成分布のマッピングを実施したとき、全金属元素に対してジルコニウムの元素を主成分として含む連続する領域を有し、
前記領域において、前記多孔質部に含まれるジルコニウムの元素の少なくとも一部は、前記多孔質部を構成する希土類元素と複合化した金属酸化物を形成しており
前記領域の各々の面積に相当する円の直径から求められる平均円相当径は10μm以上であり、 前記多孔質部において、前記橋梁部の表面は、前記領域を有することを特徴とするセラミックス物品。
【請求項12】
前記多孔質部に含まれる全金属元素におけるジルコニウムの元素の割合が、0.3mol%以上2.0mol%以下であることを特徴とする請求項11に記載のセラミックス物品。
【請求項13】
前記多孔質部が、前記ジルコニウムの元素と同mol以上のガドリニウムの元素を含んでおり、前記領域がジルコニウムとガドリニウムの複合化した金属酸化物よりなる請求項11または12に記載のセラミックス物品。
【請求項14】
前記多孔質部は、外部と連通した孔を有する請求項11から13のいずれか一項に記載のセラミックス物品。
【請求項15】
前記多孔質部の気孔率が、5体積%以上60体積%以下である請求項11から14のいずれか一項に記載のセラミックス物品。
【請求項16】
前記多孔質部に含まれる閉孔の割合が、0.5体積%以下である請求項11から15のいずれか一項に記載のセラミックス物品。
【請求項17】
前記多孔質部を保持するように前記緻密質部が設けられた請求項11から16のいずれか一項に記載のセラミックス物品。
【請求項18】
前記多孔質部を吸気・排気部とする吸着プレートである、請求項11から17のいずれか一項に記載のセラミックス物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス造形物の製造方法に関し、特に、多孔質構造を有するセラミックス三次元造形物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、短時間で試作品を作製したり、少数部品を製造したりする用途において、材料粉末をエネルギービームで結合させて所望の造形物、特に三次元造形物を得る直接造形方式の三次元造形物の製造方法が普及している。直接造形方式によって得られた三次元造形物は、後の熱処理で大きく収縮することがないため、高い造形精度が得られるという利点がある。ここで、本発明において造形精度とは、造形後の焼成工程を経たセラミックス物品の寸法と、CADなどを用いて指定した設計寸法との差異(変化率)をいう。特に金属分野では、粉末床溶融方式を用いて緻密で多様性のある造形物が得られている。金属造形物の高い緻密性は、金属粉末を効果的に溶融及び凝固させることによって実現される。金属分野での成功を礎にして、セラミックス材料への展開も議論され、多くの取り組みが報告されている。酸化アルミニウム(Al)や酸化ジルコニウム(ZrO、ZrO)などの一般的なセラミックス材料はレーザー光をほとんど吸収しない。このため、金属同様に溶融させるためには、より多くのエネルギーを投入する必要があるが、レーザー光が拡散して溶融が不均一となるため、必要な造形精度を得ることが難しい状況にあった。また、セラミックス材料は融点が高いため、レーザー光によって溶融した後、凝固する際に、雰囲気や隣接する周辺部によって急冷され、その際に生じる熱応力に起因して、得られる造形物に多くのクラックが発生していた。このため、得られる造形物の機械的強度は不十分であった。
【0003】
ここで、様々な応用に用いられている重要なセラミックスの部材の一つとして多孔質セラミックスがある。多孔質セラミックスは、耐熱性、耐薬品性、強度特性、軽量性などに優れているため、流体(液体、気体)の通過機能を利用して、各種フィルター、分離カラム、触媒担体、軽量の構造材、断熱材、真空チャック用部材、などに使用されている。
【0004】
このような状況下において、直接造形方式の三次元造形物の製造方法として、非特許文献1には、Al-ZrO共晶系組成のセラミックスを用いて融点を下げることで、溶融に必要なエネルギーを低下させる技術が開示されている。加えて、非特許文献1では、原料となるセラミックス材料粉末をヒーターで温めながら(予備加熱)、レーザー光を照射することで、熱応力を緩和し、得られる造形物のクラック発生を抑制する技術が開示されている。この製法によると、収縮なしで緻密なセラミックス構造体が得られるという利点がある。しかし、ヒーターによる予備加熱によってレーザー光を照射しない部分のセラミックス材料粉末の一部が溶融してしまい、構造体の表面境界部の精度が得られず、例えば、精細な多孔質構造を造形することは困難であった。一方、造形精度を優先して予備加熱を取りやめると、前述のようにプロセス後の急冷によってクラックが形成されてしまい、強度の高い多孔質構造体が得られないという問題があった。このため、かかる技術は造形精度と機械的強度を両立した多孔質構造を有するセラミックス造形物を得ることが困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Physics Procedia 5 (2010) 587-594
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、直接造形方式の特徴を生かして高い造形精度で作製した、多孔質部を有するセラミックス造形物の機械的強度を向上させるセラミックス物品の製造方法、及びセラミックス物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、セラミックス物品の製造方法であって、(i)酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物の粉末を均して粉末層を形成する工程と、(ii)前記粉末層に造形データに基づいてエネルギービームを照射し、前記粉末を熔融及び凝固、または焼結させる工程と、(iii)前記(i)、(ii)の工程を繰り返して形成した、多孔質部を有する造形物にジルコニウム成分を含有する液体を吸収させる工程と、(iv)前記ジルコニウム成分を含有する液体を吸収させた前記造形物を加熱する工程と、を有し、前記吸収工程において、前記多孔質部に含まれる金属成分におけるジルコニウム成分の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下となるように上記液体を吸収させることを特徴とする。
【0008】
また、本発明の別の態様は、セラミックス物品の製造方法であって、(i)酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物の粉末に造形データに基づいてエネルギービームを照射し、前記粉末を溶融及び凝固、または焼結させ、多孔質部を有する造形物を形成する工程と、(ii)前記工程(i)で形成した造形物にジルコニウム成分を含有する液体を吸収させる工程と、(iii)前記ジルコニウム成分を含有する液体を吸収させた前記造形物を加熱する工程と、を有し、前記吸収工程において、前記多孔質部に含まれる金属成分におけるジルコニウム成分の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下となるように前記液体を吸収させることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の別の態様は、酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物からなる多孔質部を有するセラミックス物品であって、前記多孔質部において、金属成分におけるジルコニウム成分の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下であることを特徴とする。
また、本発明の別の態様は、酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物からなり、緻密質部と多孔質部とを有するセラミックス物品であって、前記多孔質部に含まれる金属成分におけるジルコニウム成分の割合が、前記緻密質部に含まれる金属成分におけるジルコニウム成分の割合よりも多いことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、直接造形方式を用い、高い機械的強度を実現した多孔質部を有するセラミックス物品の製造方法、及びセラミックス物品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図1B】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図1C】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図1D】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図1E】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図1F】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図1G】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図1H】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図2A】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図2B】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図2C】本発明のセラミックス物品である造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図3】本発明のセラミックス物品を一方の表面からみた場合の模式図である。
図4A】本発明のセラミックス物品である造形物の光学顕微鏡像である。
図4B】本発明のセラミックス物品である造形物の光学顕微鏡像である。
図5A】本発明のセラミックス物品である造形物のSEM像である。
図5B】本発明のセラミックス物品である造形物のZr成分の分布像である。
図6A】本発明のセラミックス物品である造形物のSEM像である。
図6B】本発明のセラミックス物品である造形物の多孔質部のZr成分の分布像である。
図6C】本発明のセラミックス物品である造形物の緻密質部のZr成分の分布像である。
図7】本発明に係る多孔質部と緻密質部とからなる一片の複合セラミックス部品を模式的に示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明するが、本発明は以下の具体例に何ら限定されるものではない。
【0013】
本発明の第一の態様は、多孔質部を有するセラミックス物品の製造方法であって、(i)酸化アルミニウム(Al)を主成分とする金属酸化物の粉末を均し、粉末層を形成する工程と、(ii)前記粉末層に造形データに基づいてエネルギービームを照射し、前記粉末を熔融及び凝固、または焼結させる工程と、(iii)前記工程(i)及び前記工程(ii)を繰り返して形成した多孔質部を有する造形物にジルコニウム(Zr)成分を含有する液体を吸収させる工程と、(iv)前記ジルコニウム成分を含有する液体を吸収させた前記造形物を加熱する工程と、を有し、前記吸収工程において、前記多孔質部に含まれる金属成分のうちジルコニウム成分の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下となるように前記液体を吸収させることを特徴とする。
【0014】
[直接造形方式の三次元造形物]
本発明は、直接造形方式を用いた物品の製造に好適である。中でも粉末床溶融結合方式や、造形材料を肉盛りするような指向性エネルギー積層方式(いわゆるクラッディング方式)と組み合わせることで、多孔質を有するセラミックス物品の機械的強度を大きく向上させることができる。
【0015】
粉末床溶融結合方式の基本的な造形の流れについて図1A図1Hを用いて説明する。先ず、基台130上に粉末101を載置し、ローラー152を用いて粉末層102を形成する(図1A図1B)。粉末層102の表面に、エネルギービーム源180から射出したエネルギービームを、造形データに応じてスキャナ部181で走査しながら照射すると、粉末101が溶融し、次いで凝固して固化部103が形成される(図1C)。次に、ステージ151を降下させ、上記固化部103及び未固化の粉末上に粉末層102を新たに形成する(図1D)。これら一連の工程を繰り返して行い、所望形状の固化部103を形成する(図1E図1F)。最後に、未固化の粉末を除去し、必要に応じて不要部分の除去や造形物と基台の分離を行う(図1G図1H)。
【0016】
次に、クラッディング方式について図2A図2Cを用いて説明する。クラッディング方式は、クラッディングノズル201にある複数の粉末供給孔202から粉末を噴出させ、それらの粉末が焦点を結ぶ領域にエネルギービーム203を照射して、所望の場所に付加的に固化部103を形成していき(図2A)、かかる工程を繰り返して行い所望形状の造形物110を得る(図2B図2C)手法である。最後に、必要に応じて不要部分の除去や造形物110と基台130の分離を行う。
【0017】
[多孔質部について]
緻密で複雑な形状の3次元造形物が得られる直接造形方式によれば、適切な(3次元)造形データを入力することで、様々な多孔質構造を有する上記造形物110を形成することができる。上記造形物110を本発明の製造方法により焼成することで、多孔質部を形成し、多孔質部を有するセラミックス物品を得ることができる。本発明における、多孔質部とは、気孔率が5vol(体積)%以上、橋梁部の厚みが1mm以下、孔径が50μm以上1000μm以下の開孔を複数有する部分をいう。対して、本発明における緻密質部は、気孔率が5vol(体積)%未満であり、かつ、橋梁部の厚みが1mm以上ある部分をいう。ここで、気孔率とは、セラミックス物品の体積に対する開気孔の割合を指し、閉気孔は含まれない。開気孔とは、孔の一部が外部とつながっている孔のことである(開孔ともよぶ)。閉気孔とは、孔が外部とつながっていない孔のことである。また、連通孔とは、両端が外部とつながっている孔を指し、開気孔に含まれる。気孔率は水銀注入法によって計測することができる。また、橋梁部とは、孔を形成する構造部を指し、橋梁部の厚みとは孔とそれに隣接する孔との最短距離を指す。

【0018】
図3に本発明の多孔質部を有するセラミックス物品である多孔質セラミックス301を孔の断面形状が見える面の一部領域を拡大した模式図を示す。ここで断面形状とは、孔の延伸方向に対して垂直な面の形状をいう。図3は一例を示すものであり、これらに限定されるものではない。図3は孔の断面形状が円形のものを示しているが、孔の断面形状は円形、四角形、三角形いずれでもよく、複数の形状の孔を組み合わせて設けてもよい。
【0019】
本発明において気孔率は前述したように、水銀注入法によって計測される開気孔率である。図3のような開孔302を有する多孔質セラミックス301の場合、気孔率は、多孔質セラミックス301の孔の部分を含んだ全体積に対する開孔302の体積の割合となる。多孔質部は孔径が50μm以上1000μm以下の開孔を複数有している。本発明において孔径303は、孔の輪郭を近似した楕円形状(円形状を含む)の短軸径(2b)を指す。孔の輪郭を楕円形状に近似する方法は次の通りである。まず、孔の輪郭内における輪郭間の最大の距離(2a)と、孔の輪郭内の面積Sを計測する。近似楕円の短軸半径bは、b=S/(πa)によって算出できる。以上により、長軸径2aと短軸径2bが導かれる。孔径は、セラミックス物品の開孔にほぼ垂直な任意の断面において、光学顕微鏡や走査電子顕微鏡(SEM)などを用いて計測できる。多孔質部の、開孔の周期304、形状、孔径303、気孔率、等は、入力する造形データを変えることにより、それぞれ独立に制御することができる。また、エネルギービームによる照射エネルギー密度を少なくすると、ランダム形状の多孔質部を形成することができる。平均孔径は、多孔質部における複数の孔の孔径303の平均値である。平均孔径の算出においては、開気孔と閉気孔はほぼ同じ径であるとみなして、開気孔と閉気孔の区別なく計測及び算出してよい。本発明において多孔質部の孔の平均孔径は50μm以上1000μm以下が好ましい。なお、セラミックス物品の任意の一断面を光学顕微鏡やSEMなどで観察するだけでは、開気孔と閉気孔の区別をつけることはできない。収束イオンビーム(FIB)で切削しながらSEMで観察するスライスアンドビューや、X線コンピュータ断層撮影(X線CT)によって、注目する孔が開気孔か閉気孔かを調べることができる。連通孔も同様の手法によって観察することができる。
【0020】
ここで、図3に示す多孔質セラミックス301の開孔302の、孔径303、開孔の周期304、及び気孔率について述べる。開孔302が円形であり、開孔の周期304が等間隔である場合を考える。開孔の周期を1とすると、気孔率(vol%)が5、10、20、30、40、50、60の時、孔径はそれぞれ0.25、0.36、0.51、0.62、0.71、0.80、0.87であり、橋梁部厚みはそれぞれ0.75、0.64、0.50、0.38、0.29、0.20、0.13となる。
【0021】
本発明の多孔質部の孔径303は、孔の延伸方向において一定であってもよいし、途中で変化していてもよい。また、1つの孔が途中で複数の孔に分かれていていてもよい。断面形状が異なる複数の開孔が組み合わされていてもよい。いずれの場合においても、多孔質部を完成させるためには、造形が完了した後に孔の中に残存する、未固化の粉末を除去する必要がある。その為、孔の両端が外部と連通している。
【0022】
上述の直接造形方式の三次元造形物の作製方法では、その造形時の精度が数十μm程度であることから、多孔質部に形成される孔の孔径を50μm以下にした場合、均一な孔径303を得ることができず、逆に開孔302を埋めてしまうことになり、気孔率が低下してしまうことがある。また、平均孔径が1000μmより大きい場合は、ガスや液体の流れを制御可能な細孔として多孔質部が機能しなくなることから、1000μm以下であることが好ましい。よって、上記開孔302の平均孔径は50μm以上1000μm以下であることが好ましい。軽量化などの目的で多孔質部を形成する場合は、目的の機械的強度を得ることができれば、好ましい孔径はこの限りではない。
【0023】
[ジルコニウム成分含有液の効果]
前述の粉末ベッド直接造形方式やクラッディング方式などの直接造形方式の場合、エネルギービーム照射によって溶融したセラミックス粉末は、周囲により冷やされて凝固することにより、造形物が形成される。セラミックスは、溶融温度と凝固温度との差が大きいため熱応力が発生し、造形物にはマイクロクラックが多く発生する。マイクロクラックは造形物の全体(表面及び内部)に分布する。造形物の断面を走査電子顕微鏡等で確認すると、マイクロクラックの多くは幅が数nmから数μmである。また、マイクロクラックの長さは、数μmから数mmまで様々である。
【0024】
本発明によれば、多孔質構造を有するセラミックス造形物のマイクロクラックにジルコニウム成分含有液を吸収させて加熱することで、マイクロクラックを減少させ、造形物の機械的強度を向上させることができる。
【0025】
ジルコニウム含有液を吸収させた後に加熱して得られた造形物の断面を観察すると、全体にジルコニウム組成の結晶が形成されていることが確認され、得られるセラミックス物品の機械的強度が向上する。これは、造形物を構成する酸化アルミニウムとジルコニウム成分とが共晶を成す関係であるため、加熱工程でマイクロクラックが減少し易くなるとともに、再結晶化が進んで結晶組織間の結合力が強くなり、セラミックス物品の機械的強度が向上するものと考えられる。造形物の孔から吸収され、多孔質構造や造形物のマイクロクラックなどの表面に付着する。そして、多孔質の表面に付着したジルコニウム成分が、加熱によって造形物を構成する結晶内の広域に亘って固相拡散し、ジルコニウム成分を含む組成で結晶が再結晶化されたためと推測される。これのような構造により、得られるセラミックス物品の結晶組織間の結合力が強くなり、機械的強度が向上すると考えられる。
【0026】
従って、本発明は、粉末をエネルギービームで溶融及び凝固させて形成された造形物に、ジルコニウム成分を導入することを特徴とするものである。あらかじめ粉末にジルコニウム成分が含有されていても、造形時にクラックが発生することを抑制することはできないため、結晶組織間の結合強度は十分とはならず、本発明の効果(機械的強度の向上)は得られない。
【0027】
[多孔質部のジルコニウム成分含有液吸収効果]
多孔質部と緻密質部におけるジルコニウム成分含有液の吸収効果の違いについて述べる。ここで、本発明において、多孔質部と緻密質部は、その気孔率が異なり、それぞれ、多孔質部の気孔率は5体積%以上であり、緻密質部の気孔率は5体積%未満である。多孔質部の気孔率が5体積%以上であることで、耐熱性、軽量性、流路としての利用等の多孔質として必要な機能を得ることができる。また、5体積%以上の気孔率を有することで、ジルコニウム成分が造形物の多孔質部の内部に行き渡り、十分な強度を得ることができる。多孔質部の気孔率は、5体積%以上60体積%以下であると好ましい。多孔質部の気孔率は60体積%以下であると、セラミックス物品として十分な強度が得られるため、好ましい。多孔質部に含まれる閉孔は、多孔質部の機能向上にあまり寄与しない。また、ジルコニウム成分を造形物の内部に行き渡らせる機能を有さない。そのため、十分な強度を得るという観点から、多孔質部に含まれる閉孔の割合は、1体積%以下であることが好ましい。より好ましくは、0.5体積%以下である。
【0028】
造形時に発生したマイクロクラックを補修するため、造形物に十分な量のジルコニウム成分を吸収させる必要がある。多孔質部を有するセラミックス造形物は開孔を介してジルコニウム成分含有液が造形物内部にまで浸透する。加えて、表面積が大きいことから緻密質部に比べて、多量のジルコニウム成分が浸透することになる。また、多孔質部における、孔を形成する橋梁部は微細で厚みが薄いため、ジルコニウムの濃度が造形精度や機械的強度に与える影響が大きい。すなわち、多孔質部に吸収させるジルコニウム成分の量を制御しなければ、後の加熱工程でジルコニウム成分を含んだ組織の肥大化などが発生し、造形精度の悪化を招きかねず、緻密質部に比べて微細な構造を有する多孔質部は、その造形精度と機械的強度を両立することが緻密質部より難しい。そこで、本発明では、造形精度と機械的強度はZrの含有率と相関があり、Zr含有率を適正値にすることが造形精度と機械的強度を両立する上で好ましいことを見出した。
【0029】
まず機械的強度については、Zrの含有率が低い場合は、機械的強度の改善度合いが小さく、加工時や使用環境下において、多孔質部が欠損してしまう可能性が大きくなる。本発明では、多孔質部における金属酸化物を構成する金属成分におけるジルコニウム成分の割合を0.3mol%以上にすると、セラミックス物品として実用に足る機械的強度を得られる。
【0030】
続いて、造形精度について述べる。主成分である酸化アルミニウムに加えられるジルコニウム成分の含有量が過剰になると、多孔質部の融点が下がる為、ジルコニウムを吸収させた造形物の加熱時に結晶が融解する部分が発生する。これにより、特に多孔質体は微細な橋梁部が容易に変形して造形精度が失われ、開孔を塞いでしまい、多孔質として機能しなくなる。よって、造形精度の観点において、多孔質部は緻密質部よりも細やかなZr含有率の制御が必要とされる。本発明では、多孔質部における金属酸化物を構成する金属成分におけるジルコニウム成分の割合を2.0mol%以下とすることで、橋梁部の形状が保たれ、十分な造形精度が得られる。
【0031】
以上より、本発明では、多孔質部において、造形精度と機械的強度を同時に実現するために、多孔質部における金属酸化物を構成する金属成分におけるジルコニウム成分の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下にする。また、多孔質部における金属酸化物を構成する金属成分におけるジルコニウム成分の割合は、0.3mol%以上1.5mol%以下であることが好ましい。
【0032】
さらに、この条件下において、ジルコニウム成分は、他の金属成分と複合化した金属酸化物となり、橋梁部の表面、または内部に平均円相当径5μm以上のジルコニア領域を形成していることが好ましい。他の金属成分としては、例えばガドリニウム成分が好ましく、ガドリニウム成分はジルコニウム成分と同mol以上であることが好ましく、ジルコニア領域がジルコニウムとガドリニウムの複合化した金属酸化物であることが好ましい。このような形態をとることで、ジルコニウム成分の高い機械的強度が効果的に橋梁部に付与され、多孔質部全体の機械的強度向上に寄与する。
【0033】
本発明に係るセラミックス物品の製造方法は、以下の4つの工程(i)~(iv)を有することを特徴とする。
(i)酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物の粉末を均し、粉末層を形成する。
(ii)上記粉末層に造形データに基づいてエネルギービームを照射し、上記粉末を熔融、凝固、または焼結させる。
(iii)上記工程(i)及び上記工程(ii)を繰り返して形成した、多孔質部を有する造形物にジルコニウム成分を含有する液体を吸収させる。
(iv)上記ジルコニウム成分を含有する液体を吸収させた上記造形物を加熱する。
【0034】
上記多孔質部に含まれる金属成分におけるジルコニウム成分の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下となるように上記吸収工程で上記液体を吸収させる。このとき、多孔質部に含まれる金属成分におけるジルコニウム成分の割合は、0.3mol%以上1.5mol%以下となることが好ましい。
【0035】
<工程(i)>
本発明に係る造形物の製造方法は、酸化アルミニウムを主成分とする金属酸化物の粉末を均し、粉末層を形成する工程(i)を有する。
【0036】
酸化アルミニウムは汎用的な構造用セラミックスであり、適切に焼結あるいは溶融及び凝固させることによって、高い機械的強度を有する造形物を得ることができる。
【0037】
本発明における金属酸化物の粉末は、酸化ジルコニウムの含有率が0.1mol%未満であることが好ましい。また、金属酸化物の粉末に含まれる金属成分におけるジルコニウム成分の割合が、0.15mol%未満であることが好ましい。ジルコニウム成分含有液を吸収させた多孔質構造を有する造形物において、造形物の結晶部分と造形物のマイクロクラック部分の間でジルコニウム成分の濃度に大きな差があることで、マイクロクラック近傍のみを選択的に溶融させることができる。これにより、加熱工程による造形物の変形を抑制することができる。
【0038】
本発明における粉末は、副成分として、酸化ガドリニウム、酸化テルビウム及び酸化プラセオジムから選択される少なくとも一種を含んでいることがより好ましい。前記粉末は、酸化ガドリニウムを含むことで、Al-Gd共晶系組成近傍では、酸化アルミニウム単体よりも低融点となる。これによって少ない熱量で粉末の溶融が可能となり、粉末内でのエネルギーの拡散が抑制されるため、造形精度が向上する。また、酸化ガドリニウムを含むことで、造形物は2相以上からなる相分離構造となる。これにより、クラックの伸展が抑えられ、造形物の機械的強度が向上する。酸化ガドリニウムの代わりに、他の希土類元素(テルビウム及びプラセオジムを除く)の酸化物を使用した場合も、酸化ガドリニウムと同じような効果が得られる。エネルギービームがレーザービームである場合、粉末に十分なエネルギー吸収があることで、粉末内における熱の広がりが抑制されて局所的になり、非造形部への熱の影響が低減するため、造形精度が向上する。例えば、Nd:YAGレーザーを使用する場合は、酸化テルビウム(Tb)や酸化プラセオジム(Pr11)などが良好なエネルギー吸収を示すため、副成分として粉末に含有されていることがより好ましい。
【0039】
副成分である酸化ガドリニウム、酸化テルビウム及び酸化プラセオジムからなる希土類酸化物材料と酸化アルミニウムの共晶組成比は、46:54(mol%)であるため、希土類酸化物材料と酸化アルミニウムとの組成比は、上記共晶組成比から±5mol%の範囲、即ち41:59~51:49(mol%)にあることが好ましい。この範囲であれば共晶系組成のセラミックスを用いて融点を下げる効果が得られる。
【0040】
以上の観点から、より好適な粉末としては、Al-Gd、Al-Tb、Al-Gd-Tb、Al-Pr11、Al-Gd-Pr11、Al-Gd-Tb-Pr11等が挙げられる。
【0041】
本発明で用いられる基台の材料としては、三次元造形物の製造において通常用いられるセラミックス、金属、ガラス等の材料から造形物の用途や製造条件等を考慮して適宜選択、使用することができる。工程(iv)において、基台と一体となった造形物を加熱する場合は、耐熱性のあるセラミックスを基台に用いることが好ましい。
【0042】
粉末を基台に配置する方法は特に限定されない。粉末床溶融結合方式の場合は、図1A図1Hに示すように、ローラーやブレード等で基台の上に層状に粉末を配置する。クラッディング方式の場合は、図2A図2Cのようにエネルギービームの照射位置にノズルから粉末を噴射供給し、基台または基台に配置された造形物の上に粉末を肉盛りするような形で粉末を配置すると同時に、エネルギービーム照射によって粉末を溶融、凝固させて造形物を作製する。
【0043】
<工程(ii)>
本発明に係る造形物の製造方法は、上記工程(i)で形成した粉末層に造形データに基づいてエネルギービームを照射し、上記粉末を熔融、凝固、または焼結させる工程(ii)を有する。以下、好適な実施形態に基づいて本工程を説明する。
【0044】
粉末床溶融結合方式の場合は、図1に示すように、工程(i)で基台に配置した粉末の表面の所定の領域にエネルギービームを照射して粉末を溶融し、次いで凝固させる。クラッディング方式の場合は、図2A図2Cに示すように、工程(i)で粉末を噴射供給して基台の上に肉盛りするような形で粉末を配置すると同時に、配置した粉末の全部にエネルギービームを照射して粉末を溶融、凝固させる。粉末にエネルギービームを照射すると、粉末がエネルギーを吸収し、該エネルギーが熱に変換されて粉末が溶融する。エネルギービームの照射が終了すると、溶融した粉末は、雰囲気及び隣接するその周辺部によって冷却されて凝固し、造形物が形成される。溶融及び凝固の過程の急冷によって、造形物の表層及び内部に応力が発生し、マイクロクラックが無数に形成される。なお、粉末層にエネルギービームを照射して焼結させることにより造形物を形成してもよい。
【0045】
使用するエネルギービームとしては、粉末の吸収特性に鑑みて適切な波長を有する光源を選定する。高精度な造形を行うためには、ビーム径が絞れて指向性が高いレーザービームまたは電子ビームを採用することが好ましい。汎用的なレーザービームとしては、1μm波長帯のYAGレーザーやファイバーレーザー、10μm波長帯のCOレーザーなどが挙げられる。粉末が副成分として酸化テルビウムや酸化プラセオジムを含む場合は、1μm波長帯のYAGレーザーが好適である。
【0046】
<工程(iii)>
本発明に係る造形物の製造方法は、上記工程(i)及び上記工程(ii)を繰り返して形成した造形物にジルコニウム成分を含有する液体(ジルコニウム成分含有液ということもある)を吸収させる工程を有する。
【0047】
工程(ii)で得られた造形物の上に、工程(i)によって新たに粉末を配置する。配置された粉末にエネルギービームを照射すると、エネルギービーム照射部の粉末は溶融、凝固し、元の造形物と一体となった新たな造形物が形成される。工程(i)と工程(ii)を交互に繰り返すことで所望の三次元形状を有する造形物が得られる。
【0048】
そして、得られた造形物にジルコニウム成分を含有する液体(ジルコニウム成分含有液ということもある)を吸収させる。
【0049】
ここでジルコニウム成分含有液について説明すると、ジルコニウム成分の原料、有機溶媒、安定化剤で構成されるジルコニウム成分含有液が、好ましい例である。
【0050】
ジルコニウム成分の原料には、種々のジルコニウム化合物を用いることができる。アルミナを主体とした造形物に吸収させる場合は、ジルコニウム以外の金属元素が含まれない原料が好ましい。ジルコニウム成分の原料としては、ジルコニウムの金属アルコキシドや塩化物や硝酸塩などの塩化合物を用いることができる。中でも金属アルコキシドを用いると、ジルコニウム成分含有液を造形物のマイクロクラックに均一に吸収させることができるため好ましい。ジルコニウムアルコキシドの具体例としては、ジルコニウムテトラエトキシド、ジルコニウムテトラn-プロポキシド、ジルコニウムテトライソプロポキシド、ジルコニウムテトラn-ブトキシド、ジルコニウムテトラt-ブトキシド等が挙げられる。
【0051】
まず、ジルコニウムアルコキシドを有機溶媒に溶解させて、ジルコニウムアルコキシドの溶液を調製する。ジルコニウムアルコキシドに加える有機溶媒の添加量は、化合物に対してモル比で5以上30以下であることが好ましい。より好ましくは、10以上25以下である。なお、本発明において、Aの添加量がBに対してモル比で5であるとは、添加するAのモル量がBのモル量に対して5倍であることを表している。溶液中のジルコニウムアルコキシドの濃度が低過ぎると十分な量のジルコニウム成分を造形物に吸収させることができない。一方で、溶液中のジルコニウムアルコキシドの濃度が高過ぎると溶液中のジルコニウム成分が凝集してしまい、造形物のマイクロクラック部分にジルコニウム成分を均一に配置することができない。
【0052】
上記有機溶媒としては、アルコール、カルボン酸、脂肪族系または脂環族系の炭化水素類、芳香族系炭化水素類、エステル、ケトン類、エーテル類、またはこれら2種以上の混合溶媒を用いる。アルコール類としては、例えばメタノール、エタノール、2-プロパノール、ブタノール、2-メトキシエタノール、2-エトキシエタノール、1-メトキシ-2-プロパノール、1-エトキシ-2-プロパノール、1-プロポキシ-2-プロパノール、4-メチル-2-ペンタノール、2-エチルブタノール、3-メトキシ-3-メチルブタノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリンなどが好ましい。脂肪族系ないしは脂環族系の炭化水素類としては、n-ヘキサン、n-オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、シクロオクタンなどが好ましい。芳香族炭化水素類としては、トルエン、キシレン、エチルベンゼンなどが好ましい。エステル類としては、ギ酸エチル、酢酸エチル、酢酸n-ブチル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテートなどが好ましい。ケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノンなどが好ましい。エーテル類としては、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジイソプロピルエーテルなどが挙げられる。本発明で使用されるジルコニウム成分含有液を調製するに当たり、溶液の安定性の点から上述した各種の溶剤類のうちアルコール類を使用することが好ましい。
【0053】
次に、安定化剤について説明する。ジルコニウムアルコキシドは水に対する反応性が高いため、空気中の水分や水の添加により急激に加水分解され溶液の白濁、沈殿を生じる。これらを防止するために安定化剤を添加し、溶液の安定化を図ることが好ましい。安定化剤としては、例えば、アセチルアセトン、3-メチル-2,4-ペンタンジオン、3-エチル-2,4-ペンタンジオン、トリフルオロアセチルアセトンなどのβ-ジケトン化合物類;アセト酢酸メチル、アセト酢酸エチル、アセト酢酸ブチル、アセト酢酸アリル、アセト酢酸ベンジル、アセト酢酸イソプロピル、アセト酢酸tert-ブチル、アセト酢酸イソブチル、3-オキソヘキサン酸エチル、2-メチルアセト酢酸エチル、2-フルオロアセト酢酸エチル、アセト酢酸2-メトキシエチルなどの、β-ケトエステル化合物類;さらには、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどの、アルカノールアミン類等を挙げることができる。安定化剤の添加量は、ジルコニウムアルコキシドに対してモル比で0.1以上3以下が好ましい。より好ましくは、0.5以上2以下である。
【0054】
他の好ましい例としては、ジルコニウム成分の粒子と分散剤と溶媒とで構成されるジルコニウム成分含有液が挙げられる。
【0055】
ジルコニウム成分の粒子としては、ジルコニウム粒子や酸化物であるジルコニア粒子を用いることができる。ジルコニウム粒子またはジルコニア粒子は、トップダウン法でそれぞれの材料を破砕して作製してもよいし、ボトムアップ法で金属塩、水和物、水酸化物、炭酸塩などから水熱反応などの手法を用いて合成してもよいし、または市販品を用いてもよい。
粒子のサイズは、マイクロクラックに侵入させるため300nm以下、より好ましくは50nm以下である。
粒子の形状はとくに限定されず、球状、粒状、柱状、楕円球状、立方体状、直方体状、針状、柱状、板状、鱗片状、ピラミッド状あってもよい。
【0056】
分散剤としては、有機酸、シランカップリング剤、界面活性剤、のうち少なくとも一種を含むことが好ましい。有機酸としては、例えばアクリル酸、アクリル酸2-ヒドロキシエチル、2-アクリロキシエチルコハク酸、2-アクリロキシエチルヘキサヒドロフタル酸、2-アクリロキシエチルフタル酸、2-メチルヘキサン酸、2-エチルヘキサン酸、3-メチルヘキサン酸、3-エチルヘキサン酸などが好ましい。シランカップリング剤としては、例えば3-アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、ヘキシルトリメトキシシラン、オクチルトリエトキシシラン、デシルトリメトキシシランなどが好ましい。界面活性剤としては、例えばオレイン酸ナトリウム、脂肪酸カリウム、アルキルリン酸エステルナトリウム、塩化アルキルメチルアンモニウム、アルキルアミノカルボン酸塩などのイオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンラウリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルなどの非イオン系界面活性剤が好ましい。
【0057】
溶媒としては、アルコール類、ケトン類、エステル類、エーテル類、エステル変性エーテル類、炭化水素類、ハロゲン化炭化水素類、アミド類、水、油類、あるいはこれら2種以上の混合溶媒を用いる。アルコール類としては、例えばメタノール、エタノール、2-プロパノール、イソプロパノール、1-ブタノール、エチレングリコールなどが好ましい。ケトン類としては、例えばアセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノンなどが好ましい。エステル類としては、例えば酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、4-ブチロラクトン、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、3-メトキシプロピオン酸メチルなどが好ましい。エーテル類としては、例えばエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ブチルカルビトール、2-エトキシエタノール、1-メトキシ-2-プロパノール、2-ブトキシエタノールなどが好ましい。変性エーテル類としては、例えばプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートが好ましい。炭化水素類としては、例えばベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、トリメチルベンゼン、ヘキサン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサンなどが好ましい。ハロゲン化炭化水素類としては、例えばジクロロメタン、ジクロルエタン、クロロホルムが好ましい。アミド類としては、例えばジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドンが好ましい。油類としては、例えば鉱物油、植物油、ワックス油、シリコーン油が好ましい。
【0058】
ジルコニウム成分含有液は、ジルコニウム粒子またはジルコニア粒子と分散剤と溶媒とを同時に混合して作製してもよいし、ジルコニウム粒子またはジルコニア粒子と分散剤とを混合してから溶媒を混合してもよい。あるいは、前記ジルコニウムまたはジルコニアの微粒子と前記溶媒を混合してから前記分散剤を混合してもよいし、前記分散剤と前記溶媒とを混合してから前記ジルコニウムまたはジルコニアの微粒子を混合して作製してもよい。
溶液の調製は、室温で反応させても、還流させて調製してもよい。
【0059】
以上のジルコニウムアルコキシドと有機溶媒、及び安定化剤のモル比によりジルコニア成分の固形分濃度が決定される。ジルコニア固形分の重量%は3%から20%の範囲であることが好ましく、より好ましくは8%から15%である。濃度が低い場合は、マイクロクラックを埋める効果が得られにくくなってしまい、重量%が3%以上であれば、一定の効果が得られ、8%以上であればより効果が高まる。重量%が高い場合は、粘度が高くなりすぎて、マイクロクラックまで液が吸収されにくくなり、効果が得られにくくなってしまい、重量%が20%以下であれば、一定の効果が得られ、15%以下であればより効果が高まる。
【0060】
上記工程(ii)においてエネルギービーム照射によって溶融した粉末は、周囲により冷やされて凝固し、中間造形物が形成される。セラミックスの場合は、溶融/凝固の温度差が大きいので、中間造形物にはマイクロクラックが多く発生する。
【0061】
ジルコニウム成分含有液は、本工程(iii)によって、造形物の表層のみならず、マイクロクラックを伝って造形物の内部にも侵入し、分布する。造形物のマイクロクラックの十分な範囲に、十分な量のジルコニア成分を介在させることができるのであれば、造形物にジルコニウム成分含有液を吸収させる手法は特に限定されない。ジルコニウム成分含有液中に造形物を含浸させてもよいし、ジルコニウム成分含有液を霧状にして中間造形物に吹き付けてもよいし、刷毛などで塗布してもよい。また、これらの手法を複数組み合わせてもよいし、同じ手法を複数回繰り返してもよい。ジルコニウム成分含有液を吹き付ける場合、及び、ジルコニウム成分含有液を塗布する場合は、ジルコニウム成分含有液を吸収していない造形物の5体積%以上20体積%以下のジルコニウム成分含有液を吹き付け、または塗布することが好ましい。5体積%未満であると、造形物のマイクロクラック部分に配置されるジルコニウム成分量が不足し、マイクロクラック部分が溶融しないおそれがある。20体積%より多いと、本工程(iii)の後に工程(i)を実施する場合、ジルコニウム成分含有液の影響で、造形物上に粉末を均一に配置することが困難となるおそれがある。工程(i)及び工程(ii)を繰り返して多孔質部を有する造形物を形成することにより得られるような体積の大きい造形物の場合は、ジルコニウム成分含有液に造形物を浸して減圧脱気して含浸させる手法が好ましい。または、工程(i)及び工程(ii)を繰り返して多孔質部を有する造形物を形成する途中で、ジルコニウム成分含有液を霧状に吹き付けて各段階の造形物に吸収させることが好ましい。
【0062】
<工程(iv)>
本発明に係る造形物の製造方法の工程(iv)では、ジルコニウム成分含有液を吸収させた造形物を加熱する。
【0063】
上記工程(iii)で、ジルコニウム成分含有液は造形物表層及び造形物内部のマイクロクラックに分布している。
【0064】
前述したように、ジルコニウム成分が酸化アルミニウムと共晶をなす関係であるため、これらの成分が存在する部分では、共晶点で溶融が始まる。例えば、酸化アルミニウムと酸化ジルコニウムとの共晶点は、約1900℃であり、それぞれの成分単独の融点(Alは2070℃、ZrOは2715℃)よりも低い。つまり、酸化アルミニウムを主成分とする造形物の溶融温度よりも低い温度で、溶融が始まる。つまり、ジルコニウムが存在する箇所の融点を局所的に大きく低下させることができ、この融点の差を利用して、共晶点以上、造形物の融点未満の温度で加熱し、マイクロクラック近傍のみを選択局所的に溶融させることができる。具体的には、工程(iv)を経た造形物を最高温度が1600℃以上1710℃以下となるように加熱する。
【0065】
マイクロクラック部分が、最高温度である1600℃から1710℃の温度に達すれば、ジルコニウム成分が存在しているマイクロクラック部分は溶融する。したがって、加熱時間は問わない。溶融状態では表面エネルギーが減少する方向に原子の拡散が進み、やがてマイクロクラックが減少・消滅する。加熱温度をコントロールすることで、ジルコニウム成分が存在する部分の近傍のみを溶融させることができるため、造形物の形状が崩れることはなく、直接造形方式の利点は担保される。よって、長時間加熱しても造形物形状は維持される。溶融後、凝固して再結晶化した造形物は、マイクロクラックの減少・消滅によって機械強度が大きく向上する。
【0066】
マイクロクラック部分に十分なジルコニア成分が介在すれば、上述のようにマイクロクラックの近傍が溶融し、マイクロクラックが減少・消滅する効果がある。特に、マイクロクラック近傍が、酸化アルミニウムを主成分とした造形物78mol%に対して、酸化ジルコニウムが22mol%近傍となる共晶組成に近づくことで、マイクロクラック近傍がより溶融しやすくなる。マイクロクラック近傍を溶融させることで、マイクロクラックを減少・消滅させるには、1650℃以上1710℃以下の温度で加熱することが好ましい。より好ましくは、1662℃~1670℃である。
【0067】
造形物の加熱方法は特に限定されない。ジルコニウム成分含有液を吸収させた造形物に再びエネルギービームを照射することで加熱してもよいし、電気炉に入れて加熱してもよい。エネルギービームで加熱する場合は、造形物が上述の好ましい温度に加熱されるように、エネルギービームの投入熱量と造形物の温度の関係を事前に熱電対等で把握する必要がある。
【0068】
加熱工程では、造形物の表層やマイクロクラック近傍の溶融により、セッター(焼成棚、棚板、敷板等)に固着することがある。したがって、加熱工程で造形物をセッターに配置する場合は、セッターは不活性であることが好ましい。不活性なセッターとしては、例えば、大気雰囲気下では白金などが適用可能であり、低酸素雰囲気下でイリジウムなどが適用可能である。
【0069】
<各工程のフロー>
以下、各工程の順序や繰り返しのパターン例について説明する。
【0070】
基本的なフローは、工程(i)→工程(ii)→工程(iii)→工程(iv)の順に各工程を実行するフローが基本であるが、工程(iii)と工程(iv)を繰り返し実行してもよい。
【0071】
工程(iii)及び工程(iv)を繰り返し実行することで、造形物のマイクロクラック近傍が、酸化アルミニウムを主成分とした造形物78mol%に対して酸化ジルコニウムが22mol%近傍となる共晶組成に近づけることが好ましい。これにより、マイクロクラック近傍が溶融しやすくなり、マイクロクラックが減少・消滅する効果が向上する。このとき、多孔質部に含まれる金属成分に対するジルコニウム成分の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下となるように上記吸収工程で上記液体を吸収させる。
【0072】
[多孔質部と緻密質部よりなる複合セラミックス部品]
図7に、多孔質部401と、多孔質部401を保持するための緻密質部402よりなる一片の複合セラミックス部品403の一例の模式図を示す。図7は多孔質部401が緻密質部402に囲まれ一体となっている。これらの複合セラミックス部品403は、吸気・排気部材を連結させることで吸着プレートとして用いることができる。図7の例は単なる一例であって、緻密質部402の中に多孔質部401が独立して複数配置されてもよいし、多孔質部401の内部に緻密質部402が配置されていてもよい。
【0073】
本発明では、複合セラミックス部品403を構成する上記緻密質部402が、アルミニウム及びジルコニウムを含む金属酸化物よりなり、上記金属酸化物を構成する金属成分におけるジルコニウム成分の占める割合が、上記多孔質部401より小さい。
【実施例
【0074】
以下に実施例を挙げて、本発明に係る造形物の製造方法を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0075】
(実施例1)
本実施例では、格子状のパターンを有する多孔質部を作製した。
孔の周期が175μmの格子状のパターンとした場合に概ね相当する。
【0076】
<工程(i)、工程(ii)及び工程(iii)>
α-Al粉末、Gd粉末、Tb3.5粉末(Tb粉末)を用意し、モル比がAl:Gd:Tb3.5=77.4:20.8:1.8となるように各粉末を秤量した。各秤量粉末を乾式ボールミルで30分間混合して混合粉末(材料粉末)を得た。
ICP発光分光分析により上記材料粉末の組成分析を行ったところ、酸化ジルコニウムの含有量は0.1mol%未満であった。
【0077】
次に、上述した図1A図1Hに示す工程と基本的に同様な工程を経て実施例1の造形物を形成した。
造形物の形成には、50WのNd:YAGレーザー(ビーム径65μm)が搭載されている3D SYSTEMS社のProX DMP 100(商品名)を用いた。
【0078】
最初に、ローラーを用いて純アルミナ製の基台上に上記材料粉末の20μm厚の一層目の粉末層を形成した(工程(i))。次いで、30Wのレーザービームを上記粉末層に照射し、10mm×10mmの正方形の領域にある材料粉末を網目状に溶融、凝固させた。描画速度は180mm/s、描画ピッチは175μmとした(工程(ii))。描画ラインは正方形の各辺に対して斜め45度となるようにした。次に、上記溶融・凝固部を覆うように20μm厚の粉末層をローラーで新たに形成した(工程(i))。一層目の描画ラインと直交するような状態で上記正方形の領域の真上にある粉末層にレーザーを照射し、10mm×10mmの領域内の粉末を溶融、凝固させた(工程(ii))。
【0079】
このような繰り返し工程(iii)により、底面10mm×10mmで高さ3mmの造形物を形成した。得られた造形物は未凝固の粉末を内包しており、未凝固の粉末を除去することで、多孔質構造を有する造形物を得た。
【0080】
<工程(iv)>
ジルコニウム成分含有液は、次のように調製した。85重量%のジルコニウム(IV)ブトキシド(以下、Zr(O-n-Bu)と表記する)を1-ブタノール中に溶解させた溶液を用意した。上記Zr(O-n-Bu)の溶液を2-プロパノール(IPA)中に溶解させ、安定化剤としてアセト酢酸エチル(EAcAc)を添加した。各成分モル比は、Zr(O-n-Bu):IPA:EAcAc=1:15:2とした。その後、室温で約3時間攪拌することにより、ジルコニウム成分含有液を調製した。この液のジルコニア固形分の重量濃度は8%である。
【0081】
試験用に加工した上記造形物を該ジルコニウム成分含有液に浸漬し、1分間減圧脱気して、造形物内部まで液を浸透(含浸)させたのち、1時間自然乾燥させた。
【0082】
上記のようにしてジルコニウム成分含有液を含浸(吸収)させた造形物を、アルミナ板上に白金線を設け、その上に配置し、電気炉に入れて加熱した。具体的には、大気雰囲気において1670℃まで2.5時間で昇温させ、1670℃で50分間保持した後、通電を終了して1.5時間で200℃以下に冷却した(工程(iv))。
【0083】
実施例1では、造形物にジルコニウム成分含有液を吸収させる工程(工程(iii))と加熱の工程(工程(iv))を交互に5回ずつ繰り返して、多孔質部を有するセラミックス物品を得た。
【0084】
<評価>
[評価方法]
平均孔径は、次のような手法で評価した。走査電子顕微鏡(SEM)により、多孔質部を設けた造形物を研磨した表面のSEM画像を取得する。平均孔径は、以下の通り算出する。まず、それぞれの孔に対してSEM画像より面積Sと孔の輪郭の最大距離(2a)を求め、b=S/(πa)を算出する。このようにして求めた長軸径2a、短軸径2bの楕円の短軸径の平均値を平均孔径とする。本明細書中に記す平均孔径についてはこれと同義である。
【0085】
また、気孔率は水銀注入法によって計測した。したがって本発明における気孔率とは、セラミックス物品の体積に対する開気孔の割合を指し、閉気孔は含まれない。
【0086】
Zr含有率、及びZr領域の平均粒径は、次のような手法で評価した。SEM-EDX分析により、多孔質部の組成分析を2mm×2mmのエリアで実施し、全金属元素におけるZr成分の割合をZr含有率とした。平均粒径については、同エリアにおいて多孔質部の組成分布のマッピングを実施し、Zr成分を主成分として含む連続する領域を一つのジルコニア領域とみなして面積を求め、その面積に相当する円の直径(円相当径)を算出した。複数のジルコニア領域について円相当径を算出し、その平均値をジルコニア領域の平均円相当径とした。
【0087】
造形精度、及び機械的強度は次のような手法で評価した。造形精度とは、造形後の焼成工程を経たセラミックス物品の寸法と設計寸法との差異をいう。10mm×10mmで高さ3mmの造形物において、工程(iii)と工程(iv)の造形物の上面における変化率の最大値を比較し、その変化率が良好な順にA、B、C、と表記する。すなわち、変化率が3%以下であるものを造形精度A、3%より大きく5%以下であるものを造形精度B、5%より大きいものを造形精度C、破損等が発生し、実用に足らないものは造形精度Dと表記する。具体的には、造形精度Aのものは上面のへこみが0.3mm以下に収まっており、造形精度Bのものは上面のへこみが0.3より大きく、0.5mm以下の範囲にあり、造形精度Cのものは上面のへこみが0.5mmより大きくなっていた。
【0088】
機械的強度は、以下のように行った。まず、多孔質部を含浸焼成後(工程(iv))、250番から15000番の研磨紙を用い、最後の研磨は15000番のラッピングフィルム研磨紙を用いて研磨を行った試料表面についてSEM画像1を取得した。続いて、SEM画像1を取得した試料に対して、80rpmで回転する600番のダイヤモンド研磨盤(ムサシノ電子株式会社製)上に載せ、0.5kgの荷重をかけて切削し、そのSEM画像2を取得した。SEM画像1に対するSEM画像2の欠損割合が10%以下であるものを機械的強度A、10%より大きく20%以下であるものを機械的強度B、20%より大きいものを機械的強度C、と表記した。
【0089】
[評価結果]
作製したセラミックス物品の多孔質部の光顕像を図4Aに示す。SEM像を図5Aに、同領域のSEM-EDXによるZr成分の組成分布のマッピング像を図5Bに示す。得られた多孔質部は、一方の表面から反対側の表面まで連通した開孔を有していた。多孔質部における平均孔径は115μmであり、気孔率は31体積%であった。閉孔は0.4体積%であった。Zr含有率は1.56mol%であった。ジルコニア領域の平均円相当径は20μmであり、ジルコニア領域が橋梁部から橋梁部外に延在するように分布していた。得られたセラミックス物品の多孔質部において、造形精度B、機械的強度Aであった。
【0090】
(実施例2)
本実施例は、多孔質部のジルコニウム成分の含有量の異なる例である。
ジルコニウム成分含有液に浸漬させる工程(工程(iii))と加熱の工程(工程(iv))を、交互に2回ずつ繰り返した以外は実施例1と同じ条件で、多孔質セラミックスを作製した。作製した多孔質を有するセラミックス物品を実施例1と同様に評価した。
【0091】
(実施例3)
本実施例は、多孔質部における開孔の配置がランダムである場合の例である。
ランダムな配置の開孔を有する多孔質部を得るために、描画速度を220mm/s、描画ピッチを125μmとした以外は実施例1と同じ条件で、多孔質セラミックス物品を作製した。多孔質部の光顕像を図4Bに示す。作製した多孔質セラミックスを実施例1と同様に評価した。
【0092】
(実施例4)
本実施例は、セラミックスである多孔質部と、多孔質部を保持するためのセラミックスである緻密質部よりなる複合セラミックス部品を作製した例である。図7において、多孔質部の周期を175μmの格子状のパターンとし、その周りを緻密質部が囲んで一体となっている場合に相当する。
【0093】
多孔質部は実施例1と同様のレーザー照射条件で作製した。緻密質部は30Wのレーザービームを照射し、描画速度は100mm/sから140mm/s、描画ピッチは100μmとして作製した。得られた複合セラミックス部品の多孔質部と緻密質部の境界のSEM像を図6Aに示す。また、図6Aに示した多孔質部の一部601、及び緻密質部の一部602に対応する領域のSEM-EDXによるZr成分の組成分布のマッピング像をそれぞれ図6B及び図6Cに示す。作製したセラミックス物品の多孔質部及び緻密質部を実施例1と同様に評価した。
【0094】
(実施例5~8)
本実施例は、格子状の多孔質部のジルコニウム成分の含有量の異なる例である。ジルコニウム成分含有液に浸漬させる工程を、それぞれ3、4、6、8回ずつ繰り返した以外は実施例1と同じ条件である。
【0095】
(実施例9~14)
本実施例は、ランダムな開孔を有する多孔質部のジルコニウム成分の含有量の異なる例である。ジルコニウム成分含有液に浸漬させる工程を、それぞれ2、3、4、6、7、8回ずつ繰り返した以外は実施例3と同じ条件である。
【0096】
(実施例15、16)
本実施例は、セラミックスである多孔質部と、多孔質部を保持するためのセラミックスである緻密質部よりなる複合セラミックス部品のジルコニウム成分の含有量の異なる例である。ジルコニウム成分含有液に浸漬させる工程を、それぞれ4、6回ずつ繰り返した以外は実施例4と同じ条件である。
【0097】
(比較例1~3)
中間造形物をジルコニウム成分含有液に浸漬させる工程(工程(iii))、及び、ジルコニウム成分含有液を吸収させた中間造形物を加熱する工程(工程(iv))を、比較例1は実施せず、比較例2は1回、比較例3は8回とした工程以外は、実施例1と同様にして、多孔質セラミックスを得た。作製した多孔質部を有するセラミックス物品を実施例1と同様に評価した。
【0098】
(比較例4)
本比較例は、ランダムな開孔を有する多孔質部のジルコニウム成分の含有量の異なる例である。ジルコニウム成分含有液に浸漬させる工程を、1回とした以外は実施例3と同じ条件である。
【0099】
(実施例17~19)
本実施例は、多孔質部と、多孔質部を保持するための緻密質部よりなる複合セラミックス部品のジルコニウム成分の含有量の異なる例である。ジルコニウム成分含有液に浸漬させる工程を、それぞれ2、3、7回ずつ繰り返した以外は実施例4と同じ条件である。
【0100】
(比較例5)
本比較例は、多孔質部と、多孔質部を保持するための緻密質部よりなる複合セラミックス部品のジルコニウム成分の含有量の異なる例である。ジルコニウム成分含有液に浸漬させる工程を、9回ずつ繰り返した以外は実施例4と同じ条件である。
【0101】
実施例、及び比較例の以上の評価結果を表1にまとめて示す。
【表1】
【0102】
(考察)
[Zr含有率、Zr成分について]
実施例1、実施例2、及び、比較例1~3を比較すると、多孔質セラミックス部におけるZr含浸回数(0回、1回、2回、5回、8回)の増加に伴い、Zr含有率が増加した。Zr含有率の増加に伴い、Zr領域の平均粒径も増大し、平均粒径10μm以上の析出結晶粒は結合して連続した網目状となっていることがわかった。Zr成分の多くは酸化ジルコニウム(ZrO)としてではなく、Gdと複合酸化物を形成していることが、SEM-EDXやXRDによる評価によりわかった。
【0103】
また、表1における実施例4の結果及び、図6B及び図6Cからも明らかなように、Zrの含有率は同様の条件でZr含浸を行った場合、多孔質部のほうが緻密質部に比べて高くなった。これは、多孔質部では開孔を介してジルコニウム成分含有液が造形物内部にまで浸透し、かつ表面積が大きいことから緻密質部に対して、ジルコニウム成分が多く浸透することになる為であると考えられる。
【0104】
[Zr濃度と造形精度、機械的強度の関係について]
造形精度がA、B、Cのセラミックス物品は破損等がなく、セラミックス物品として実用に足るものであった。特に造形精度がA、Bのセラミックス物品は良好な造形精度を有しており、複雑形状や微細形状のセラミックス物品を得る実施例として適していた。一方で、造形精度がDの比較用セラミックス物品は、造形精度が悪く設計寸法との差が大きかったほか、亀裂などの破損が見られ、実用に足る仕様が得られなかった。
【0105】
多孔質部のみのセラミックス物品を造形した実施例1~3、実施例5~14及び比較例1~4を比較し、多孔質部のジルコニウム含有率と造形精度の関係について考察する。造形精度については、Zrを含有しない場合やZr含有率が1.5mol%以下の場合(0≦Zr≦1.5mol%)に良好であり、造形後の焼成工程を経たセラミックス物品の寸法と設計寸法との変化率が3%以下となった(造形精度A)。Zr含有率が増加すると造形精度は低下し、Zr含有率が1.5<Zr≦2.0mol%の範囲では、変化率が3%より大きく5%以下になった(造形精度B)。さらにZr含有率が増加し、Zr含有率が2.0mol%より大きくなると、変化率が5%より大きくなった(造形精度C)。Zr含有率の増加に伴って、融点が下がることで結晶が融解する部分が多くなり、多孔質部の橋梁が変形して造形精度が失われてしまう。これにより、気孔率と平均孔径も設計値から変動してしまう。
【0106】
一方、機械的強度については、Zr含有率の増加に伴い改善する。Zr含有率が0.3mol%未満の場合(0≦Zr<0.3mol%)は、機械的強度は弱く、欠損割合が20%より大きくなる(機械的強度C)。Zr含有率が増加する(0.3≦Zr<0.7mol%)と、欠損割合が低下し(10%より大きく20%以下)十分な機械的強度が得られた(機械的強度B)。さらにZr含有率が増加し、Zr含有率が0.7mol%以上になると、欠損割合が10%以下となりさらに機械的強度が向上した(機械的強度A)。機械的強度の改善度合いが小さい場合は、加工時や使用環境下において、多孔質部が欠損してしまう割合が大きくなった。
【0107】
以上より、多孔質部において、造形精度と機械的強度を同時に実現する(造形精度と機械的強度が共にAまたはB)には、金属酸化物を構成する金属成分におけるジルコニウム成分の割合が0.3mol%以上2.0mol%以下であることが必要であることがわかった。さらに、この条件におけるジルコニウム成分は、他の金属成分と複合化した金属酸化物として、平均粒径10μm以上の結晶粒を形成し、結晶粒が連結して網目状構造を有することがわかった。このジルコニウムを主成分とする結晶粒は、Gdと複合化した結晶を形成し、共晶組織内部に複雑に浸透したネットワークを形成している。これによりジルコニウムを主成分とする結晶粒が元来有する高い機械的強度が共晶組織に効果的に付与されることで、微細な橋梁部から構成される多孔質部においても十分な機械的強度が得られるようになる。さらに好ましい造形精度と機械的強度を同時に実現する(造形精度と機械的強度が共にA)には、金属酸化物を構成する金属成分におけるジルコニウム成分の割合が0.7mol%以上1.5mol%以下であることが必要であることがわかった。
【0108】
以上のように、本発明に係る多孔質セラミックス造形物の製造方法によって、高い造形精度を得ながら造形物の機械的強度を大きく向上させることができた。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明によれば、緻密で複雑な形状の造形物が得られる直接造形方式の特徴をそのまま生かしながら、さらに多孔質部を有するセラミックス物品の機械的強度を向上させることができる。
【0110】
本発明は上記実施の形態に制限されるものではなく、本発明の精神及び範囲から離脱することなく、様々な変更及び変形が可能である。従って、本発明の範囲を公にするために以下の請求項を添付する。
【0111】
本願は、2018年12月6日提出の日本国特許出願特願2018-229383を基礎として優先権を主張するものであり、その記載内容の全てをここに援用する。
【符号の説明】
【0112】
101…粉末
102…粉末層
103…固化部
110…造形物
130…基台
151…ステージ
152…ローラー
180…エネルギービーム源
181…スキャナ部
190…液体噴射ノズル
201…クラッディングノズル
202…粉末供給孔
203…エネルギービーム
301…多孔質セラミックス
302…開孔
303…孔径
304…開孔の周期
401…多孔質部
402…緻密質部
403…複合セラミックス部品
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図1F
図1G
図1H
図2A
図2B
図2C
図3
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図7