(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-18
(45)【発行日】2024-09-27
(54)【発明の名称】浄化菌の培養方法および浄化方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240919BHJP
C02F 3/00 20230101ALI20240919BHJP
C02F 3/28 20230101ALI20240919BHJP
C02F 3/30 20230101ALI20240919BHJP
C02F 3/34 20230101ALI20240919BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12N1/20 F
C12N1/20 D
C02F3/00 G
C02F3/28 Z
C02F3/30 Z
C02F3/34 Z
(21)【出願番号】P 2021087384
(22)【出願日】2021-05-25
【審査請求日】2023-10-10
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-1471
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅子
(72)【発明者】
【氏名】高畑 陽
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-108061(JP,A)
【文献】特許第5668916(JP,B2)
【文献】特開2014-046269(JP,A)
【文献】大成建設技術センター報,第45号,2007年,pp.51-1~51-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水を浄化するための浄化菌の培養方法であって、
前記浄化菌が、嫌気性の浄化菌であり、
前記地下水が存在する帯水層から採取した前記地下水にトリクロロエチレンを添加して培養液として用い
、
前記培養液の滅菌処理を行わず、
前記地下水と有機物と酸化還元指示薬を含む培養液を密栓可能な容器に入れ、気相部を窒素で置換した後に一定期間静置し、前記培養液の酸化還元指示薬が変色して酸化還元電位が低下したことを確認した後に、前記培養液に前記浄化菌を添加することを特徴とする浄化菌の培養方法。
【請求項2】
揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水を浄化するための浄化菌の培養方法であって、
前記浄化菌が、嫌気性の浄化菌であり、
前記地下水が存在する帯水層から採取した前記地下水にトリクロロエチレンを添加して培養液として用い、
前記培養液に還元剤を添加せず、
前記地下水と有機物と酸化還元指示薬を含む培養液を密栓可能な容器に入れ、気相部を窒素で置換した後に一定期間静置し、前記培養液の酸化還元指示薬が変色して酸化還元電位が低下したことを確認した後に、前記培養液に前記浄化菌を添加することを特徴とする浄化菌の培養方法。
【請求項3】
前記培養液に還元剤を添加しない請求項1に記載の浄化菌の培養方法。
【請求項4】
前記浄化菌が、デハロコッコイデス属細菌のデハロコッコイデス・エスピーUCH007株
(NITE P-1471)である
請求項1~3のいずれか1項に記載の浄化菌の培養方法。
【請求項5】
揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水を浄化菌を用いて浄化する浄化方法であって、
前記浄化菌が、嫌気性の浄化菌であり、
培養容器内において、培養液の中から酸素を除去する培養液酸素除去工程と、
前記培養容器内の前記培養液中で前記浄化菌を増殖させる培養工程と、
前記地下水が存在する帯水層に前記培養液を注入するための注入管を設置する注入管設置工程と、
前記注入管の内部の酸素を除去する注入管内酸素除去工程と、
前記帯水層に有機物溶液を供給して一定期間放置することで嫌気的な地盤を形成する有機物溶液供給工程と、
前記帯水層に前記浄化菌を増殖させた前記培養液を供給する培養液供給工程と、を備え、
前記培養液供給工程で供給される前記浄化菌が、前記培養工程において、請求項1~
4のいずれか1項に記載された浄化菌の培養方法を用いて培養されたものであることを特徴とする浄化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水を浄化するための浄化菌の培養方法および浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を用いる浄化技術は、排水処理における活性汚泥法や嫌気処理法などに広く利用されている。また、近年では、有害化学物質で汚染された土壌や地下水を微生物により浄化する技術(バイオレメディエーション)が、環境負荷および浄化コストの小さい浄化方法として着目されている。
代表的な揮発性有機塩素化合物(VOCs)であるテトラクロロエチレン(PCE)やトリクロロエチレン(TCE)などの塩素化エチレン類は、油に対する洗浄力の強い安価な溶剤として、金属産業、半導体産業、ドライクリーニング店など幅広い分野で使用されている。その一方、塩素化エチレン類による土壌や地下水汚染について多くの報告があり、社会問題となっている。
塩素化エチレン類のバイオレメディエーションには、「テトラクロロエチレン(PCE)→トリクロロエチレン(TCE)→シス-1,2-ジクロロエチレン(cis-DCE)→クロロエチレン(VCM)→エチレン」という還元的脱塩素化反応(化1)により塩素化エチレン類を無害化する嫌気性脱塩素化菌を利用している。
【0003】
【0004】
嫌気性脱塩素化菌の一種であるデハロコッコイデス(Dehalococcoides)属細菌は、cis-DCE以降の脱塩素化を進行できることが報告されている唯一の細菌である。すなわち、塩素化エチレン類のバイオレメディエーションにおいて、処理対象土壌中にデハロコッコイデス属細菌が存在しないと、cis-DCEまでしか脱塩素化できない。また、デハロコッコイデス属細菌が存在していたとしても、環境中でのデハロコッコイデス属細菌の菌体量は非常に少なく、その増殖速度も遅いため、浄化期間が長期化するという課題がある。
このような課題を解決するために、デハロコッコイデス属細菌を人為的に培養して増加させ、浄化対象とする環境に導入して浄化を促進させる方法(バイオオーグメンテーション)が期待されている。本発明者らは、特許文献1において、国内で初めて、デハロコッコイデス・エスピーUCH007株(NITE P-1471、以下、UCH007株ともいう)を単離し、このUCH007株を用いる塩素化エチレン類の浄化方法を提案している。
また、デハロコッコイデス属細菌は、電子供与体として水素のみを利用するとされている(非特許文献1)。そのため、これまでデハロコッコイデス属細菌の培養は、窒素と水素の混合ガス雰囲気下のみで行われていた。しかし、本発明者らは、ピルビン酸又はその塩を含む培地を用いる培養方法を提案している(特許文献2)。この培養方法によれば、ピルビン酸を炭素源としてだけでなく、電子供与体としても作用させることができるため、水素ガスが不要となり、安全な環境下でデハロコッコイデス属細菌を培養できる。更に、本発明者らは、上記方法で純粋培養した培養液を汚染地盤に注入する方法として、不活性ガス(窒素ガス)と注入管を利用して、絶対嫌気性の浄化菌が死滅しないように、空気(酸素)に触れずに供給する方法を提案している(特許文献3)。
UCH007株を用いる一連の浄化技術は、揮発性有機塩素化合物(VOCs)汚染サイトにおいて浄化効果が実証されている。しかし、当該技術は、浄化菌を導入せずに土着のデハロコッコイデス属細菌を活性化させる浄化方法(バイオスティミュレーション)よりもコストが高いものである。その原因として、浄化菌の培養費用が高いことが挙げられる(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6103518号公報
【文献】特開2021-016368号公報
【文献】特願2020-073529号公報
【文献】特許第6698357号公報
【文献】特開2021-016369号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Loffler, F.E., Yan, J., Ritalahti, K.M., Adrian, L., Edwards, E.A., Konstantinidis, K.T., Muller, J.A., Fullerton, H., Zinder, S.H. & Spormann, A.M. " Dehalococcoides mccartyi gen. nov., sp. nov., obligately organohalide-respiring anaerobic bacteria relevant to halogen cycling and bioremediation, belong to a novel bacterial class, Dehalococcoidia classis nov., order Dehalococcoidales ord. nov. and family Dehalococcoidaceae fam. nov., within the phylum Chloroflexi." Int. J. Syst. Evol. Microbiol.,2013年,63: p.625-635.
【文献】https://www.env.go.jp/press/108518.htmlにおける添付書類(114877)
【文献】Journal of Environmental Biotechnology, Vol.13, No.1, p13-18, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
先に、本発明者らは、必要とする浄化菌を浄化サイトに設けられた簡易施設で培養して、迅速に供給する方法を提案した(特許文献4)。本技術は、培養過程にオートクレーブを用いず、蒸留水が入った容器で浄化菌の培養を現地で行う技術である。しかしながら、本技術は通性嫌気性細菌を対象としており、酸素に触れると死滅する絶対嫌気性細菌には適用できない。
【0008】
純粋培養ではない様々な細菌が存在する中でデハロ菌を含む菌液を浄化に用いて、浄化効果が得られることが明らかとなっている(非特許文献3)。様々な細菌が存在する混合菌の中で特定の有用菌の培養を行う場合、厳重に管理された大型培養槽(ファーメンター)が用いられている。ファーメンターを浄化サイトに設置することはコストが高く難しいため、菌液は専用の培養施設に設置されているファーメンターで培養したものを容器に移し替えて現地に輸送している。
【0009】
特許文献2、特許文献5では、培養容器としてビア樽を用いている。この方法によれば、培養したものをそのまま輸送して現地に持ち込み、特許文献3に記載の方法で浄化サイトに注入することができる。
図1に具体的な操作のフロー図を示した。浄化サイトに、オートクレーブ、水道施設、窒素ボンベなどの装置を有する温度管理可能な培養室があれば、現地で培養が行えるため、菌液の輸送が不要となる。しかし、培養室の設置には一定のコストがかかる。また、培養基質となる蒸留水を大量に確保する必要もあるため、浄水器もしくは蒸留水を購入する必要がある。
【0010】
培養におけるコスト分析を行うと、特許文献5で用いる還元剤(グルタチオン)のコスト比率が高い。還元剤を用いる理由は、培地中の酸素を除去して培養液を嫌気性のデハロ菌が増殖できる還元状態に培養液を調整するためである。培養基質に蒸留水の代わりに水道水を用いれば浄水器は不要になるが、水道水は酸素濃度が高く、ほぼ飽和状態で酸素が存在しているため、還元剤を多く入れなければ嫌気状態を形成できないという課題があった。
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の課題は、培養液の滅菌処理や還元剤の添加を必要とせずに、浄化に必要な浄化菌を簡便に培養することができ、絶対嫌気性細菌にも適用可能であり、浄化菌を地盤に導入した際に良好な浄化効果を得ることが可能な浄化菌の培養方法および当該浄化菌を用いた浄化方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、培養基質となる蒸留水の代わりに、現地で入手できる地下水を培養液として用いることによって、上記課題を解決できることを見出し、本発明に到達することができた。すなわち、本発明は以下のような構成を有するものである。
(1)揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水を浄化するための浄化菌の培養方法であって、前記浄化菌が、嫌気性の浄化菌であり、前記地下水が存在する帯水層から採取した前記地下水にトリクロロエチレンを添加して培養液として用い、前記培養液の滅菌処理を行わず、前記地下水と有機物と酸化還元指示薬を含む培養液を密栓可能な容器に入れ、気相部を窒素で置換した後に一定期間静置し、前記培養液の酸化還元指示薬が変色して酸化還元電位が低下したことを確認した後に、前記培養液に前記浄化菌を添加することを特徴とする浄化菌の培養方法。
(2)揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水を浄化するための浄化菌の培養方法であって、前記浄化菌が、嫌気性の浄化菌であり、前記地下水が存在する帯水層から採取した前記地下水にトリクロロエチレンを添加して培養液として用い、前記培養液に還元剤を添加せず、前記地下水と有機物と酸化還元指示薬を含む培養液を密栓可能な容器に入れ、気相部を窒素で置換した後に一定期間静置し、前記培養液の酸化還元指示薬が変色して酸化還元電位が低下したことを確認した後に、前記培養液に前記浄化菌を添加することを特徴とする浄化菌の培養方法。
(3)前記培養液に還元剤を添加しない(1)に記載の浄化菌の培養方法。
(4)前記浄化菌が、デハロコッコイデス属細菌のデハロコッコイデス・エスピーUCH007株(NITE P-1471)である(1)~(3)のいずれか1項に記載の浄化菌の培養方法。
(5)揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水を浄化菌を用いて浄化する浄化方法であって、前記浄化菌が、嫌気性の浄化菌であり、培養容器内において、培養液の中から酸素を除去する培養液酸素除去工程と、前記培養容器内の前記培養液中で前記浄化菌を増殖させる培養工程と、前記地下水が存在する帯水層に前記培養液を注入するための注入管を設置する注入管設置工程と、前記注入管の内部の酸素を除去する注入管内酸素除去工程と、前記帯水層に有機物溶液を供給して一定期間放置することで嫌気的な地盤を形成する有機物溶液供給工程と、前記帯水層に前記浄化菌を増殖させた前記培養液を供給する培養液供給工程と、を備え、前記培養液供給工程で供給される前記浄化菌が、前記培養工程において、(1)~(4)のいずれか1項に記載された浄化菌の培養方法を用いて培養されたものであることを特徴とする浄化方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の浄化菌の培養方法及び浄化方法は、培養液の滅菌処理や還元剤の添加を必要とせずに、浄化に必要な浄化菌を簡便に培養することができ、絶対嫌気性細菌にも適用可能であり、浄化菌を地盤に導入した際に良好な浄化効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】本発明の浄化菌の培養方法のフロー図である。
【
図3】実験例1の地下水培地、通常培地における増殖後のデハロコッコイデス属細菌(UCH007株)の菌数を示す図である。
【
図4】実験例2の地下水培地、通常培地における増殖後のデハロコッコイデス属細菌(UCH007株)の菌数を示す図である。
【
図5】実験例3の地下水培地におけるVOCs分解活性を示す図である。
【
図6】実験例3の通常培地におけるVOCs分解活性を示す図である。
【
図7】実験例4の地下水培地、通常培地における増殖後のデハロコッコイデス属細菌(UCH007株)の菌数を示す図である。
【
図8】実験例5の培養7日目の地下水のVOCs濃度を示す図である。
【
図9】実験例5の培養16日目の地下水のVOCs濃度を示す図である。
【
図10】実験例5の培養16日目における初期濃度からのVOCsの残存率を示す図である。
【
図11】実験例5の培養16日目のUCH007の遺伝子コピー数を示す図である。
【
図12】実験例5の培養開始から培養16日目におけるUCH007遺伝子コピー数の増加率を示す図である。
【
図13】実験例5の培養16日目における地下水中のvcrAの濃度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態について説明する。但し、本発明の実施形態は、以下の実施形態に限定されるものではない。
本発明は、絶対嫌気性細菌であるデハロコッコイデス属細菌等の培養において、還元剤を添加せず、最低限の装置を用いて、現地で菌液を培養する方法を考案したものである。本発明の浄化菌の培養方法における代表的な手順1~5を以下に示す。以下では、培養の対象となる浄化菌として、絶対嫌気性の浄化菌であるデハロコッコイデス属細菌を例に挙げて、説明する。
【0016】
[手順1] 培養基質(培養液の溶媒)
培養基質として酸素濃度ができるだけ低い液体を用いて培養するため、浄化を行うサイトもしくはサイト近傍で帯水層から揚水した酸素濃度の低い地下水を用いる。当該地下水は、酸素濃度が低ければ、汚染されていなくても、浄化対象とする汚染物質(例えばトリクロロエチレン)で汚染されていても、どちらでも良い。また、微生物浄化等を行った結果、有機物が混入している状態の地下水を用いても良い。
【0017】
菌液の地盤への注入が可能な密閉可能な培養容器に、予め必要な薬剤を入れて、地下水と混合して溶解させて、培養液を作成する。地下水に溶解させる薬剤は、例えば、窒素、リンなどの無機塩類(表1~3参照)、還元剤、有機物等である。表1には無機栄養源である基礎培地の成分組成を示した。表2と表3にはそれぞれ、基礎培地中の成分である微量元素溶液Aと微量元素溶液Bの成分組成を示した。培養容器については、特許文献3や特許文献5に記載があるが、5ガロンのビア樽(コーネリアスタイプ)などが使用できる。還元剤は添加することもできるが、添加しなくてもよい。これにより、蒸留水や水道水を使用する必要がなくなり、コストを低減できるだけでなく、水道施設が整っていないサイトにおいても現地で培養を行うことが可能となる。
【0018】
【0019】
【0020】
【0021】
[手順2] 窒素パージ
培養容器に地下水を所定量入れて密栓した状態で、窒素ガス発生装置を用いて、培養容器中の気相部を窒素パージ(窒素置換)する。窒素ガス発生装置としては、PSA(Pressure Swing Adsorption)方式の窒素ガス発生装置を用いることが好ましい。
窒素パージする方法として、培養容器中に作成した培養液500mLに対して、窒素ガス発生装置から発生した窒素ガスを0.5L/minの供給量で10分間パージを行い、培養容器中の酸素を極力低減させることができる。
【0022】
[手順3] TCEの添加
培養液中に、トリクロロエチレン(TCE)溶液を終濃度が0.6~2.5ml/Lになるように添加する。
【0023】
[手順4] 嫌気状態の形成
デハロコッコイデス属細菌が増殖しやすい20~30℃の温度(温度に関する情報は、特開2021-13911号公報参照)で静置培養を行う。そして、培地中のデハロコッコイデス属細菌以外の細菌によって、培養容器中に残存する酸素や硝酸性窒素が消費されて、培養容器内のデハロコッコイデス属細菌が増殖可能な嫌気状態となるのを待つ。還元剤を使用せず、滅菌処理をしないことで、地下水に含まれる細菌群が有機物を消費して、嫌気状態を形成することとなる。嫌気状態の確認には、培養液中に添加した酸化還元指示薬(たとえばレサズリンナトリウムなど)が青紫色(ピンク)から透明に変色していることを目視で確認する。
【0024】
培養に用いる密閉容器は、コストと安全面を考慮し、通常はステンレス製のものを使用することが多い。ステンレス製の密閉容器を使用すると、外側から内部の状況を視認できない。そのような容器の場合には、注射針付の透明な注射器を用いる。具体的には、開口部から注射針を空気が入らないように刺し、刺した注射針が培養液面に届くように培養容器を傾ける、又は容器を逆さにする。そして、培養液の着色の様子が確認できるように、プランジャーを僅かに引いて、注射器内部に培養液を取り出し、培養液中に添加した酸化還元指示薬による着色の状況を目視で確認する。確認後は、引いたプランジャーを押し戻して、培養液を容器内に戻し、容器内に空気が入らないようにして、注射針を開口部から抜く。
【0025】
[手順5] 純粋培養した浄化菌の植菌・静置培養
培養液が還元状態になっていることを確認した後、純粋培養した種菌(UCH007株:1×108cells/ml程度、UCH001株:1×109cells/ml程度)を培地に対して0.1~1%の割合で植菌して、再び静置で培養する。その後、培養14日以内にデハロコッコイデス属細菌を107cells/ml以上の濃度まで増殖させる。
【0026】
以上、説明してきた本発明の培養方法におけるフロー図を
図2に示した。
地下水が存在する帯水層から採取した地下水を直ちに密閉して、残存する微生物によって地下水を嫌気化することにより、従来必須としていた高価な還元剤(グルタチオン)を添加しなくても、デハロコッコイデス属細菌を含む菌液を増殖させることが可能である。
尚、増殖させた浄化菌の汚染サイトへの注入時には、培養液の使用前に窒素パージを行い、注入管に活性炭フィルターを付けて、培養液中のVOCを除去する必要がある。
【0027】
以下、従来方法(従来の浄化菌の培養方法のフロー図、
図1)で培養する場合と、本発明の方法で培養する場合(本発明の浄化菌の培養方法のフロー図、
図2)を対比させながら、以下の実験を行った。いずれの実験でも、デハロコッコイデス属細菌を含む培養液を作成することができた。
【0028】
[実験例1] 地下水培地と通常培地との比較
1)目的
実験例1では、浄化対象とする帯水層から採取した地下水を用いて、従来の手順(
図1)で浄化菌の培養が可能であるかについて確認する。
【0029】
2)試験方法
地下水培地:全量720mlのガラスバイアル瓶に、基質となる汚染地下水500ml、ピルビン酸ナトリウム0.23g、炭酸水素ナトリウム1.25g、グルタチオン(還元剤)0.5g、0.1%レサズリンナトリウム0.5mlを投入した。ガラスバイアル瓶をブチルゴム栓で密栓して、窒素ガスを15分間パージし、滅菌処理を行った(121℃、20分)。冷却後、ビタミン溶液0.5ml、TCE溶液2.0ml(終濃度1.2mg/L)を添加し、UCH007株とUCH001株のコカルチャー培養液(UCH007:1.05×108cells/ml、UCH001:1.0×109cells/ml)を2ml植菌した。ビタミン溶液の成分組成を表4に示した。
通常培地:基質となる水を変え、従来方法の培地を作成した。ガラスバイアル瓶に、基質となる蒸留水500ml、無機栄養源(表1)の他に上記地下水培地にも添加したピルビン酸ナトリウム0.23g、グルタチオン(還元剤)0.5g、0.1%レサズリンナトリウム0.5mlを添加した。15分間の窒素パージの後に、滅菌処理し、冷却後に、ビタミン溶液0.5ml、TCE溶液2.0ml(終濃度1.2mg/L)を添加して培地を調整し、UCH007株とUCH001株のコカルチャー培養液(UCH007:1.05×108cells/ml、UCH001:1.0×109cells/ml)を2ml植菌した。
【0030】
【0031】
3)試験結果
地下水培地、通常培地ともに22℃の恒温庫で静置培養し、培養14日目には、10
7cells/ml以上のデハロコッコイデス属細菌(UCH007株)が増殖した(
図3)。実験例1により、浄化対象とする帯水層から採取した地下水を用いれば、通常培地と同等以上の浄化菌を培養できることが確認できた。
【0032】
[実験例2] 地下水の滅菌処理を行わずに還元剤を用いて培養する試験
1)試験目的
実施例1の方法から、更に滅菌処理を省略して浄化菌の培養が可能であるかを確認する。
【0033】
2)試験方法
地下水培地:全量60mlのガラスバイアル瓶に、基質となる地下水40ml、ピルビン酸ナトリウム40mg、炭酸水素ナトリウム0.1g、グルタチオン(還元剤)40mg、ビタミン溶液40μL、無機栄養源(表1)、0.1%レサズリンナトリウム40μLを投入した。ブチルゴム栓で密栓して、窒素ガスを5分間パージし、TCE溶液0.2ml(終濃度1.2mg/L)を添加し、UCH007株とUCH001株のコカルチャー培養液(UCH007:7.7×107cells/ml、UCH001:1.0×109cells/ml)を0.4ml植菌した。
通常培地:上記地下水培地の場合と同様に、ガラスバイアル瓶に、基質となる蒸留水40ml、ピルビン酸ナトリウム40mg、炭酸水素ナトリウム0.1g、グルタチオン(還元剤)40mg、無機栄養源(表1)、0.1%レサズリンナトリウム40μLを投入した。ブチルゴム栓で密栓して、窒素ガスを5分間パージした後、滅菌処理(121℃、20分)した。冷却後に、ビタミン溶液40μL、TCE溶液0.2ml(終濃度1.2mg/L)を添加し、UCH007株とUCH001株のコカルチャー培養液(UCH007:7.7×107cells/ml、UCH001:1.0×109cells/ml)を0.4ml植菌した。
【0034】
3)試験結果
地下水培地、通常培地ともに25℃の恒温庫で静置培養し、培養14日目には、共に10
8cells/ml以上のデハロコッコイデス属細菌(UCH007株)が増殖していることが確認された(
図4)。
【0035】
[実験例3] 実験例2で得られた滅菌処理を行っていない培地の揮発性有機塩素化合物(VOCs)分解活性を確認する試験
1)試験目的
実験例2において、滅菌処理を行っていない地下水培地でも滅菌処理を行った通常培地と同様に浄化菌が増殖した。滅菌処理を行っていない地下水には、浄化菌以外の細菌が多く存在している。非滅菌状態(他の細菌が存在する状態)の菌液を用いて、純粋培養した通常培地と同等の浄化効果が得られることを確認するため、培養した菌液を実汚染地下水に導入して浄化効果を確認する。
【0036】
2)試験方法
本試験では、全量60mlのガラス培養容器に実汚染地下水40mlを投入し、あらかじめ有機資材を添加して嫌気化した。嫌気化した地下水の水質を表5に示した。この嫌気化した地下水にUCH007株を増殖させた地下水培地と通常培地を添加して、VOCsの分解活性を比較した。なお汚染地下水に添加した時の地下水培地、通常培地のUCH007株は共に1×108cells/mlであり、汚染地下水に対して、0.4ml(1%)添加した。培養は25℃の静置培養とした。
【0037】
【0038】
3)試験結果
試験の結果を
図5、
図6に示した。非滅菌地下水で増殖させたUCH007株を用いた場合(
図5)も、通常培地(純粋培養)で増殖させたUCH007株を用いた場合(
図6)も、14日目にはTCEの濃度が大幅に低下しており、実汚染地下水に対する浄化効果に差が生じなかった。したがって、浄化菌以外に増殖した細菌が存在する菌液を用いても浄化できることが確認できた。
【0039】
[実験例4] 地下水の滅菌処理を行わず、還元剤も使用せずに培養する試験
1)試験目的
実験例2(地下水を非滅菌条件で培養する条件)において、価格が高い還元剤(グルタチオン)を使わずに浄化菌を培養できるかについて確認する。
【0040】
2)試験方法
地下水培地:全量120mlのガラスバイアル瓶に、基質となる地下水100ml、ピルビン酸ナトリウム100mg、ビタミン溶液100μL、無機栄養源(表1)、0.1%レサズリンナトリウム100μLを投入した。ブチルゴム栓で密栓して、窒素ガスを10分間パージし、TCE溶液0.5ml(終濃度1.4mg/L)を添加し、UCH007株とUCH001株のコカルチャー培養液(UCH007:7.7×107cells/ml、UCH001:1.0×109cells/ml)を1.0ml植菌した。
通常培地:上記地下水培地と同様に、ガラスバイアル瓶に、基質となる蒸留水80ml、ピルビン酸ナトリウム80mg、炭酸水素ナトリウム0.2g、グルタチオン(還元剤)80mg、無機栄養源(表1)、0.1%レサズリンナトリウム80μLを投入した。ブチルゴム栓で密栓して、窒素ガスを10分間パージした後、滅菌処理(121℃、20分)を行った。冷却後に、ビタミン溶液80μL、TCE溶液0.3ml(終濃度0.52mg/L)添加し、UCH007株とUCH001株のコカルチャー培養液(UCH007:7.7×107cells/ml、UCH001:1.0×109cells/ml)を1.0ml植菌した。
【0041】
3)試験結果
地下水培地、通常培地ともに25℃の恒温庫で静置培養し、培養14日目には、共に10
7cells/ml以上のUCH007が増殖していることを確認した(
図7)。したがって、非滅菌条件では還元剤を用いなくても浄化菌を必要量培養できることが確認できた。
【0042】
以上の検討結果から、本発明の浄化菌の培養方法では、地下水を培養の基質として使用する。その結果、従来の培養方法に比べて、滅菌処理が不要となり、還元剤も使用せずに培養可能であることが判明した。
本発明の浄化菌の培養方法では以下の効果が期待できる。
(1)地下水を用いるので蒸留水を使わなくて良い(コスト削減、浄化サイトで水道等がない場合でも現地で培養可能)。
(2)容器と種菌と温度管理できる部屋があれば培養可能である。
(3)還元剤が不要(安価)である。
(4)現地で培養可能(輸送費無し)である。
(5)管理が容易(純粋培養ではない)である。
(6)安全性が高い。浄化を行うサイトの地下水(細菌)と安全性が確認されている細菌(単離株)のみを用いて培養している。
(7)培養期間が短い(容器数の減少)。
【0043】
[実験例5] 地下水に添加するVOCsの濃度の浄化菌増殖への影響
1)試験目的
地下水に添加するVOCs(TCE)の濃度として、最適な濃度の範囲について検討する。
【0044】
2)試験方法
表6に記載の組成で、TCE、地下水、ピルビン酸ナトリウム、無機栄養源(表1)、ビタミン類、炭酸水素ナトリウム、0.1%レサズリンナトリウムを含有する培養液を調製した。
全量120mlのガラスバイアル瓶10個に、表6に記載の10種類の培養液をそれぞれ添加した。気相部を5分間窒素パージし、各条件のTCE溶液を添加して25℃で静置培養した。1週間培養後に、UCH007株のコカルチャー培養液(UCH007:4.7×107cells/ml、UCH001:6.0×108cells/ml)を各バイアル瓶に0.2mlを植菌して、その後のUCH007株の増殖を確認した。
【0045】
【0046】
3)試験結果
培養開始から7日目のVOCs濃度を
図8に示した。添加したTCEは高濃度になるにつれて、初期濃度よりも低くなり、殆ど全ての条件でTCEからcis-1,2-DCEに脱塩素化されていた。さらに、その後培養を継続して、培養開始から16日目のVOCs濃度を
図9に示した。TCEの初期濃度が3.0mg/Lの場合を除き、VOCsの脱塩素化がさらに進捗していることが確認された。
【0047】
また、培養開始から16日目における初期濃度からのVOCsの残存率を
図10に示した。培養開始から16日目のUCH007の遺伝子コピー数を
図11に示した。培養開始から培養16日目におけるUCH007遺伝子コピー数の増加率を
図12に示した。
以上の検討結果から、以下のことが判明した。
(1)VOCs初期濃度(添加濃度)を3.0mg/L以下で培養することでUCH007を地下水で優占的に増殖させることが可能である。
(2)
図10、
図12の結果から、地下水に添加するVOCsの終濃度は、0.6~2.5mg/Lが好ましく、1.0~2.5mg/Lがより好ましい。
図13は、培養開始から16日目の地下水中のvcrA(脱塩素化の機能遺伝子)の濃度を測定した結果である。この結果から、TCE添加率が低く、UCH007株がそれほど増えていない条件でも脱塩素化率が進行した理由は、UCH007株以外にも、もとの地下水に脱塩素化菌が存在したためと考えられる。
【0048】
次に、前記の浄化菌の培養方法によって得られた浄化菌の培養液を用いて行う、揮発性有機塩素化合物で汚染された地下水の浄化方法について説明する。
本実施形態の浄化方法は、培養容器内において、培養液の中から酸素を除去する培養液酸素除去工程と、培養容器内の培養液中で浄化菌を増殖させる培養工程と、地下水が存在する帯水層に培養液を注入するための注入管を設置する注入管設置工程と、注入管の内部の酸素を除去する注入管内酸素除去工程と、帯水層に有機物溶液を供給して一定期間放置することで嫌気的な地盤を形成する有機物溶液供給工程と、帯水層に浄化菌を増殖させた培養液を供給する培養液供給工程という工程を有している。
【0049】
培養液の中から酸素を除去する培養液酸素除去工程は、前記した培養容器を密栓して、窒素ガスをパージする工程に相当する。
培養容器内の培養液中で浄化菌を増殖させる培養工程は、前記した地下水を用いた培養液にTCE溶液を添加し、浄化菌を植菌して、恒温庫で静置培養する工程に相当する。
【0050】
地下水が存在する帯水層に注入管を設置する注入管設置工程では、浄化菌を増殖させた培養液を地下水の帯水層に注入するために、注入管を地盤に設置する。注入管は、汚染地下水が存在する帯水層に到達するように、帯水層の深度に相当する長さのものを設置する。注入管の地中への設置方法は限定されるものではなく、例えば、地盤を削孔することにより形成された掘削孔に注入管を挿入してもよい。
【0051】
注入管の内部の酸素を除去する注入管内酸素除去工程では、地盤に設置した注入管の内部の酸素を除去する。具体的には、窒素ガス発生装置から注入管の底部に窒素ガスを供給することで、注入管内の酸素を除去する。注入管の管内の体積の3倍以上の窒素ガスを供給することが好ましい。
【0052】
有機物溶液供給工程では、帯水層に有機物溶液を供給して、一定期間放置することで嫌気的な地盤を形成する。地盤内に有機物を供給することで、地盤内に存在する好気性細菌が酸素を消費しながら有機物を分解するため、地盤内に嫌気環境が形成される。放置する期間は、1~2か月間程度であり、硫酸イオン濃度をモニタリングすることによって決定される。硫酸イオン濃度の低下が確認されたら、次の工程に進む。有機物は特に限定されない(例えば、乳酸ナトリウム、等)。有機物溶液中の有機物濃度は、500mg/L~50g/Lの範囲内とすることが好ましい。注入管に有機物溶液を注入する際には、窒素ガス発生装置による窒素ガスの圧力を利用する。
【0053】
帯水層に浄化菌を増殖させた培養液を供給する培養液供給工程では、地盤(帯水層)に前記の培養工程で培養された浄化菌の培養液を供給する。培養液供給工程で供給される浄化菌は、前記培養工程において、前記した浄化菌の培養方法を用いて培養されたものである。注入管に培養液を注入する際には、窒素ガス発生装置による窒素ガスの圧力を利用する。
【0054】
本実施形態の浄化方法によれば、地盤内に有機物を含む培養液を供給すると、地盤内に存在する好気性細菌が酸素を消費しながら培養液中の有機物を分解するため、地盤内に嫌気環境が形成される。地盤内に嫌気環境が形成されると、嫌気性細菌が活性化して有機物を分解し、水素(電子供与体)が供給される。そして、嫌気性の浄化菌がこの水素を利用して浄化(脱塩素化)を進行させる。