(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-19
(45)【発行日】2024-09-30
(54)【発明の名称】食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助する方法、診断キット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240920BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20240920BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240920BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20240920BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20240920BHJP
G01N 33/574 20060101ALN20240920BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/50 P
C12Q1/02
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
G01N33/574 A
(21)【出願番号】P 2020190857
(22)【出願日】2020-11-17
【審査請求日】2023-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】志村 貴也
(72)【発明者】
【氏名】奥田 悠介
(72)【発明者】
【氏名】片岡 洋望
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-502285(JP,A)
【文献】吉田操,食道表在癌の治療,2003年度前期日本消化器外科学会教育集会,2003年,p.33-36
【文献】KUMAGAI, Y.,Chondromodulin-1 and vascular endothelial growth factor-A expression in esophageal squamous cell carcinoma: accelerator and brake theory for angiogenesis at the early stage of cancer progression,Esophagus,2019年10月08日,Vol.17,p.159-167,ISSN 1612-9059
【文献】WANG, B. et al.,A Growth-Related Oncogene/CXC Chemokine Receptor 2 Autocrine Loop Contributes to Cellular Proliferation in Esophageal Cancer,Cancer Research,2006年,Vol.66, No.6,p.3071-3077
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68
G01N 33/50
C12Q 1/02
C12Q 1/6851
C12Q 1/686
G01N 33/574
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助する方法であり、
被検体から採取した
体液中の、CXCL2及びVEGFAからなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の発現量を測定し、前記発現量を基準値と比較する、方法。
【請求項2】
前記
体液中のCXCL2及びVEGFAの両方の発現量を測定する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記
体液が、血清
及び血清エクソソー
ムからなる群から選ばれる少なくとも一つ以上である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
食道癌が食道の脈管内又は粘膜下層に浸潤しているか否かの判断を補助する、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
食道癌の内視鏡治療の適応の判断に使用する診断キットであり、
体液中のCXCL2の発現量及び
体液中のVEGFAの発現量からなる群から選ばれる少なくとも一つ以上を測定する試薬キットを備える、診断キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助する方法、診断キットに関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌は、深達度の違いから食道表在癌と進行食道癌とに分類できる。食道表在癌においては、癌細胞が粘膜内にとどまっていれば、治療方法として内視鏡治療を選択できる。一方で、癌細胞が粘膜を超え粘膜筋板から粘膜下層に浸潤した場合、または癌細胞が脈管内へ浸潤した場合、食道表在癌には外科手術、化学放射線療法が選択される。
これら治療方法は内視鏡治療と比較して侵襲性が高く、外科手術にあっては術後の合併症の発生率も高い。そのため、一度内視鏡治療を行った後にさらに追加して外科切除を行うことや内視鏡治療で根治できる可能性があるのに外科的切除等が選択されることを防止するために、癌細胞の深達度を正確に診断し、内視鏡治療の適応を適切に決定することが必要である。
【0003】
食道癌の深達度の判断方法としては、MRI検査、CT検査、内視鏡観察等の画像診断がある。しかし、食道癌の壁内の浸潤度の違いを正確に診断することは、MRI検査、CT検査等の画像技術では困難である。そこで、内視鏡観察による形態学診断が食道表在癌の深達度診断の標準的な診断法として行われている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】食道癌に対するESD/EMRガイドライン(日本消化器内視鏡学会雑誌 Vol.62(2),Feb.2020,221-271)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
食道癌においては、癌細胞が食道の脈管内や粘膜下層に浸潤するとリンパ節転移の可能性が高くなることから、ミクロレベルで食道壁内の癌細胞の深達度を確認し、内視鏡治療の適応を判断することが求められる。
しかし、内視鏡観察で食道の癌細胞の深達度をミクロレベルで判断するには、食道の壁の微細な変化を検査者が捉える必要がある。そのため、内視鏡観察による形態学的診断においては、内視鏡治療の適応の判断に苦慮する場合が多く、内視鏡治療の適応の正診率は60~70%前後である。加えて、内視鏡観察による形態学診断は経験学に基づいたアナログ診断であるため、従来の方法には客観性に改善の余地があり、汎用的ではない。
本発明は、食道癌の内視鏡治療の適応の正診率が高く、内視鏡治療の適応の可否を簡便にかつ客観的に判断できる汎用的な技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第一の態様は、下記の[1]~[5]の態様を有する。
[1] 食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助する方法であり、被検体から採取したサンプル中の、CXCL2及びVEGFAからなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の発現量を測定し、前記発現量を基準値と比較する、方法。
[2] 前記サンプル中のCXCL2及びVEGFAの両方の発現量を測定する、[1]に記載の方法。
[3] 前記サンプルが、血清、血清エクソソーム及び腫瘍組織からなる群から選ばれる少なくとも一つ以上である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 食道癌が食道の脈管内又は粘膜下層に浸潤しているか否かの判断を補助する、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 食道癌の内視鏡治療の適応の判断に使用する診断キットであり、サンプル中のCXCL2の発現量及びサンプル中のVEGFAの発現量からなる群から選ばれる少なくとも一つ以上を測定する試薬キットを備える、診断キット。
【0007】
本発明の第2の態様は、前記[1]~[5]に記載の態様に加えて、下記の≪1≫~≪7≫に記載の態様をさらに有する。
≪1≫ 食道癌の内視鏡治療の適応を判断する方法であり、被検体から採取したサンプル中の、CXCL2及びVEGFAからなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の発現量を測定し、前記発現量を基準値と比較する、方法。
≪2≫ 前記サンプル中のCXCL2及びVEGFAの両方の発現量を測定する、≪1≫に記載の方法。
≪3≫ 前記サンプルが、血清、血清エクソソーム及び腫瘍組織からなる群から選ばれる少なくとも一つ以上である、≪1≫又は≪2≫に記載の方法。
≪4≫ 食道癌が食道の脈管内又は粘膜下層に浸潤しているか否かを判断する、≪1≫~≪3≫のいずれかに記載の方法。
≪5≫ 食道癌を治療する方法であって、≪1≫~≪4≫のいずれかの方法を使用して被検体の食道癌の深達度を判断し、食道癌が食道の脈管内に浸潤していないと予測した場合、内視鏡治療を選択する、食道癌の治療方法。
≪6≫ 食道癌を治療する方法であって、≪1≫~≪4≫のいずれかの方法を使用して被検体の食道癌の深達度を判断し、食道癌が粘膜下層に浸潤していないと予測した場合、内視鏡治療を選択する、食道癌の治療方法。
≪7≫ 食道癌を治療する方法であって、≪1≫~≪4≫のいずれかの方法を使用して被検体の食道癌の深達度を判断し、食道癌が食道の脈管内に浸潤しているか、又は、食道癌が粘膜下層に浸潤していると予測した場合、外科的治療を選択する、食道癌の治療方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、食道癌の内視鏡治療の適応の正診率が高く、内視鏡治療の適応の可否を簡便にかつ客観的に判断できる汎用的な技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】食道癌の深達度と内視鏡治療、外科手術の適応の関係を説明するための図である。
【
図2】実験例の解析の概要を説明するためのフロー図である。
【
図3】血清中のCXCL2、VEGFAの測定結果から作成したROC曲線である。
【
図4】
図3のROC曲線においてCXCL2を単独で使用した場合の結果を説明するための図である。
【
図5】
図3のROC曲線においてCXCL2及びVEGFAを併用した場合の結果を説明するための図である。
【
図6】食道癌の腫瘍組織においてCXCL2のmRNAの発現量を測定した結果を示す図である。
【
図7】食道癌の腫瘍組織においてVEGFAのmRNAの発現量を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書における以下の用語の意味は、本段落に記載の通りである。
「プライマー」とは、DNA及びRNAのいずれか一方又は両方と相補対を形成するヌクレオチドを意味する。
「変異体」とは、多型性、突然変異等に起因した天然の変異体;1又は2以上の塩基、アミノ酸残基の欠失、置換、付加又は挿入を含む変異体を意味する。
「誘導体」とは、蛍光団、放射性同位元素等によるラベル化誘導体;有機官能基を有する修飾ヌクレオチド;塩基の再構成、二重結合の飽和、脱アミノ化、酸素分子の硫黄分子への置換等を受けたヌクレオチド等を意味する。ただし、誘導体はこれらの例示に限定されない。
「被検体」は、ヒト、チンパンジー等の霊長類;マウス、ラット等の齧歯類等の哺乳類;イヌ、ネコ等のペット;ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜を意味する。
「被検者」は、被検体としてのヒトを意味する。
「検査」、「評価」及び「試験」の各用語で特定される行為は、日本国及び医療行為が特許の対象から除外されている国においては、医師による医療行為(例えば、ヒトの病気を診断する行為、ヒトの病気を治療する行為等)を含まない。
「感度」は、(真陽性の数)/((真陽性の数)+(偽陰性の数))の値を意味する。
「特異度」は、(真陰性の数)/((真陰性の数)+(偽陽性の数))を意味する。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含むことを意味する。
【0011】
<食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助する方法>
本発明の方法は、食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助するための方法である。
図1に示すように、食道癌は粘膜上皮から外膜に向かう深達度の深さによって、食道表在癌と進行食道癌とに分類される。進行食道癌では、根治切除可能であれば外科手術が標準治療法である。一方、癌の浸潤が粘膜下層までにとどまる食道表在癌(T1a又はT1b)のうち、粘膜内癌(T1a)は内視鏡治療により根治可能であり、内視鏡治療の適応である。
特に、近年では、粘膜筋板へ浸潤した癌(T1a MM)の中でも、微小な脈管へ癌細胞が入り込んでいない癌に対しても内視鏡的切除が選択されるようになりつつある。例えば、
図1中、符号1は、癌細胞が浸潤していない脈管を示す。脈管に癌細胞が浸潤していなければ、内視鏡治療を選択できる。一方、
図1中、符号2は、癌細胞が浸潤した脈管を示し、符号3は食道の脈管内に浸潤した癌細胞を示す。脈管に癌細胞が浸潤した場合、外科手術が推奨される。
【0012】
本発明の方法では、サンプル中のCXCL2及びVEGFAからなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の濃度を測定することにより、食道表在癌における深達度を予測し、内視鏡治療適応とするか外科手術適応とするかの判断、診断を補助する。
特に、本発明においては、食道癌が食道の脈管内又は粘膜下層に浸潤しているか否を予測でき、内視鏡治療の適応の可否に関する判断を補助できる。
【0013】
本発明の方法では、被検体から採取したサンプル中の、CXCL2及びVEGFAからなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の発現量を測定し、前記発現量を基準値と比較する。
サンプルとして、例えば、被検体の体液、被検体から採取した腫瘍組織(生検組織)が挙げられる。体液として、例えば、血液、血清、乳汁、尿、唾液、リンパ液、髄液、羊水、涙液、汗、鼻漏、便汁等の体液;及びこれらの体液に含まれるエクソソームが挙げられる。ただし、体液は、これらの例示に限定されない。前記の各体液から不要成分を除去する等の前処理を行った処理液;前記の各体液に含まれる細胞を培養して得られた培養液でもよい。これらは一種単独で用いてもよく二種以上を併用してもよい。
これらの中でも発明の効果を確認しやすいことから、血清、血清エクソソームが好ましい。
【0014】
CXCL2は、サイトカインであるCXCケモカインの一種である。CXCL2は「Chemokine (C-X-C motif)ligand 2」を略したものである。また、CXCL2は、Gro-β、GRO2、MIP-2αと称されることもある。
VEGFAは、血管内皮細胞増殖因子の一種である。VEGFAは、「Vascular Endothelial Growth Factor-A」を略したものである。また、VEGFAは、血管内皮増殖因子Aと称されることがあり、単にVEGFと称されることもある。
感度がさらに高くなることから、本発明の方法では、サンプル中のCXCL2及びVEGFAの両方の発現量を測定することが好ましい。また、本発明の方法では、CXCL2、VEGFAのそれぞれの変異体、誘導体の発現量を測定してもよい。
【0015】
CXCL2、VEGFAの発現量は、CXCL2、VEGFAをコードするDNAの発現量でもよく、CXCL2、VEGFAをコードするRNAの発現量でもよく、CXCL2、VEGFAのタンパク質の発現量でもよい。
例えば、サンプル中のCXCL2、VEGFAのタンパク質濃度をその発現量として測定する場合、サンプルについてELISA、Multiplex等の種々のタンパク測定方法を使用できる。タンパク質濃度の測定方法は、ELISA、Multiplexに限定されず、その他の種々のタンパク質測定方法を使用できる。
タンパク質の発現量の測定に際しては、サンプル中で発現量が恒常的に安定しているタンパク質を標準化因子として発現量を規格化してもよい。
【0016】
DNAの発現量、RNAの発現量の測定方法は、DNA、RNAの濃度を測定できれば特に限定されない。DNA濃度の測定方法としては、PCRが挙げられるが、その他種々の測定方法を使用できる。また、RNA濃度の測定方法としては、逆転写PCR、qPCRが挙げられるが、その他の種々のRNA測定方法を使用できる。DNAの発現量、RNAの発現量をPCRのサイクル数のカットオフ値に基づいて算出してもよい。
DNAの発現量、RNAの発現量の測定に際しては、CXCL2、VEGFAをコードするDNA及びRNA以外の他のDNA、RNAであって、サンプル中で発現量が恒常的に安定している他のDNA、RNAを標準化因子として発現量を規格化してもよい。
【0017】
次に、本発明の方法では、測定したCXCL2、VEGFAの発現量を基準値と比較する。CXCL2の発現量及びVEGFAの発現量からなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の値を基準値と比較することで、ミクロレベルで食道壁内の癌細胞の深達度を優れた正診率で予測でき、内視鏡治療の適応を適切に判断できる可能性が従来技術より高くなる。
基準値としては、この値以上であると癌細胞が食道の粘膜筋板を超え、粘膜下層に浸潤していることが疑われる基準値が考えられる。他にも基準値として、この値以上であると癌細胞が食道の脈管内に浸潤していることが疑われる基準値が考えられる。
基準値を定めるに際しては、内視鏡治療適応の被検体におけるCXCL2、VEGFAの発現量を参考にしてもよい。通常、基準値は、内視鏡治療適応の被検体におけるCXCL2、VEGFAの発現量である。判別に際して使用する基準値は、被検体の年齢、性別、採取方法、検体の種類、所望する感度、特異度、正診率等に応じて適宜設定できる。
【0018】
詳細は後述の実験例で説明するが、サンプル中のCXCL2、VEGFAの発現量が基準値より低い場合、癌細胞が食道の粘膜下層及び食道の脈管内のいずれにも浸潤していないと予測でき、内視鏡治療の選択が好ましいと判断できる。一方、サンプル中のCXCL2、VEGFAの発現量が基準値以上である場合、癌細胞が食道の粘膜筋板を超え、粘膜下層に浸潤しているか、又は、癌細胞が食道の脈管内に浸潤していると予測でき、内視鏡治療の代わりに外科手術、化学放射線療法の選択が好ましいと判断できる。
【0019】
以上説明した食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助する方法においては、サンプル中の、CXCL2及びVEGFAからなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の発現量を測定し、前記発現量を基準値と比較する。後述の実施例に示すように、CXCL2、VEGFAのサンプル中の濃度から食道癌の粘膜下層や脈管内への浸潤の有無を予測できる。そのため、本発明の方法によれば、被検体が内視鏡治療の適応であるか又は外科手術の適応であるか、優れた正診率で判断できる。また、本発明の方法は、形態学診断のような経験学に基づいたアナログ診断と異なり、検査数値に基づくデジタルな方法であり、客観性に優れ、汎用的な方法である。
【0020】
以上説明した食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助する方法は、食道癌の内視鏡治療の適応の判断のためにデータを収集する方法であるとも言え、食道癌の内視鏡治療の適応の診断のための方法であるとも言え、食道癌の内視鏡治療の適応の検査方法であるとも言え、食道癌の内視鏡治療の適応の診断のための方法であるとも言え、食道癌の内視鏡治療の適応の判断を補助するためのインビトロの方法であるとも言え、食道癌の内視鏡治療の適応の診断方法であるとも言え、食道癌の内視鏡治療の適応の判定方法であるとも言え、食道癌の内視鏡治療の適応の試験方法であるとも言える。
【0021】
<診断キット>
本発明の診断キットは、食道癌の内視鏡治療の適応の判断に使用する診断キットである。本発明の診断キットは、サンプル中のCXCL2の発現量及びサンプル中のVEGFAの発現量からなる群から選ばれる少なくとも一つ以上を測定する試薬キットを備える。
【0022】
CXCL2、VEGFAの各DNAの発現量を測定する試薬キットとしては、例えば、CXCL2、VEGFAの各DNAと特異的なプライマーを少なくとも備えるものが挙げられる。DNAの発現量を測定する試薬キットは、DNA抽出試薬及びPCR用酵素からなる群から選ばれる少なくとも一つをさらに備えてもよい。DNA抽出試薬は、サンプルからDNAを抽出可能であれば特に限定されない。
【0023】
CXCL2、VEGFAの各RNAの発現量を測定する試薬キットとしては、例えば、CXCL2、VEGFAの各mRNAと特異的なプライマーを少なくとも備えるものが挙げられる。CXCL2、VEGFAのmRNAと特異的なプライマーから逆転写反応し、その後RT-PCR、qPCR等を実行すると、CXCL2、VEGFAのRNAの発現量を測定できる。
また、RNAの発現量を測定する試薬キットは、RNA抽出試薬及び逆転写酵素からなる群から選ばれる少なくとも一つをさらに備えてもよい。RNA抽出試薬は、サンプルからRNAを抽出可能であれば特に限定されない。逆転写酵素は、通常のRT-PCR、qPCRに使用できるものであれば特に限定されない。
【0024】
CXCL2、VEGFAのタンパク質の発現量を測定する試薬キットは、サンプル中のCXCL2、VEGFAの濃度を測定できれば特に限定されない。例えば、ELISA、ウエスタンブロッティング等の種々の分析方法を実行するための試薬キットが挙げられる。
【0025】
エクソソーム中の発現量を測定する場合、本発明の診断キットは、サンプルからエクソソームを抽出するためのエクソソーム抽出キット、エクソソームからRNAを抽出するためのRNA抽出キット及びエクソソームからタンパク質を抽出するためのタンパク抽出キットからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上をさらに備えてもよい。
血液を被検体から採取する場合、本発明の診断キットは、本発明の採血キットは、注射針、採血管等をさらに備えてもよい。
【0026】
(治療方法)
食道癌の治療方法、治療方針について説明する。日本国等のようにヒトを診断し、又は治療する行為が特許の対象でない国においては、本発明の方法は治療方法に適用されない。
ヒトを診断し又は治療する行為が特許の対象となっている国においては、本発明の方法を使用して被検体の食道癌の深達度を予測し、食道癌が粘膜下層に浸潤していないと予測した場合、内視鏡治療を選択することが好ましい。また、食道癌が食道の脈管内に浸潤していないと予測した場合も、内視鏡治療を選択することが好ましい。一方、食道癌が食道の粘膜下層に浸潤していると予測した場合、又は、食道癌が食道の脈管内に浸潤していると予測した場合、外科的治療を選択することが好ましい。特に、食道癌が食道の脈管内に浸潤していると予測した場合においては、食道癌の深達度にかかわらず、外科的治療を選択することが好ましいと考えられる。具体的な治療方法は、治療行為が行われる国において承認又は認可されている方法であれば特に限定されない。癌の根治効果が見込める治療であれば、種々の治療技術が適用され得る。
【実施例】
【0027】
以下、実験例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されない。
【0028】
<略語の説明>
n:症例数
AUC:Area Under the ROC Curve
95%CI:95%信頼区間
【0029】
<タンパク質の発現量の解析>
(解析の概要)
内視鏡的又は外科的に切除し、治療前に検体を採取した食道扁平上皮癌44例のうち、深達度がT1である食道表在癌25例を解析対象とした(
図2)。この25例のうち、術後の病理組織診断結果に基づいて、深達度がT1aの食道癌の中でもリンパ節転移及び脈管侵襲のないもの(脈管侵襲陰性)を「内視鏡治療適応病変」とし、リンパ節転移もしくは脈管侵襲があるもの(脈管侵襲陽性)又は深達度がT1b以上である食道癌を「手術適応病変」とした。ここで、「内視鏡治療適応病変」では内視鏡治療が推奨され、「手術適応病変」では外科手術が推奨される。
さらに、通常の血清タンパクの解析に加え、血清からエクソソームを抽出し血清エクソソーマルタンパクの解析も行った(
図2)。血清タンパク質、血清エクソソーマルタンパク質の解析を行い、CXCL2、VEGFA、その他9つの血管新生因子の濃度をELISA、Multiplexにより測定した。ここで、結果を図示しないが、他の9因子とは具体的にFGF-basic、P1GF、Angiopoietin-1、PDGF-AA、Thrombospondin 2、Angiogenin、MEP1a、CXCL3、Endostatinである。
これらの他の9因子と比較して、CXCL2、VEGFAの各濃度は、「内視鏡治療適応病変」と「手術適応病変」とで有意差が認められた。CXCL2、VEGFAの測定結果を表1に示す。
【0030】
【0031】
(測定結果とROC曲線の構築)
「内視鏡治療適応病変」と比較して「手術適応病変」で、血清及び血清エクソソーム中のCXCL2、VEGFA濃度の有意な上昇が認められた(表1)。一方、他の9因子に関しては、両群間で有意差はみとめられなかった。
図3に、血清中のCXCL2、VEGFAの測定結果から作成したROC曲線を示す。このROC曲線を用いた解析では、AUCは、血清中のCXCL2の場合0.860であり、血清中のVEGFAの場合0.755であり、良好な結果であった(表2)。
【0032】
【0033】
(使用例1)
食道表在癌の治療方針の決定について、使用例を2例提示する。まずは、血清中のCXCL2のタンパク質の発現量を単独で使用した。具体的には、
図3に示すROC曲線を用いて、CXCL2≧390pg/mlを手術適応病変のカットオフ値とした。このとき、全症例のうち、4例が手術適応として分類され、21例が内視鏡治療適応として分類された(
図4)。
実際には全症例25例のうち、5例が手術適応病変であり、20例が内視鏡治療適応病であるから、手術適応を「陽性」、内視鏡治療適応を「陰性」とした場合、使用例1において、感度は60%であり、特異度は95%であり、正診率は88%であった(表3)。
【0034】
【0035】
(使用例2)
次に、血清中のCXCL2のタンパク質の発現量及びVEGFAのタンパク質の発現量を併用した。使用例2においては、CXCL2≧390pg/mlを「手術適応」(陽性)とし、さらに、CXCL2<390pg/mlであってもVEGFA≧160pg/mlを満たしたときも「手術適応」(陽性)とした。一方、CXCL2<390pg/mlかつ、VEGFA<160pg/mlを満たしたときは、「内視鏡治療適応」(陰性)とした(
図5)。使用例2において、感度は80%であり、特異度は90%であり、正診率は88%であった(表4)。
【0036】
【0037】
使用例1、2のいずれにおいても既存の内視鏡診断のような形態学診断よりも高い正診率を示した。今後、既存の内視鏡診断、形態学診断に加えて、本発明の方法を併用することにより、正診率のさらなる向上が期待される。
また、使用例1又は使用例2においては、CXCL2≧390pg/ml、VEGFA≧160pg/mlを手術適応病変のカットオフ値としたが、このカットオフ値、すなわち、基準値は適宜変更可能である。特に、所望する感度、特異度、正診率に応じてそれぞれ任意に変更して設定できる。
【0038】
<RNAの発現量の解析>
全症例25例から採取した生検腫瘍組織からRNAを抽出し、RT-PCRにより腫瘍組織内のCXCL2とVEGFAの発現を解析した。RNAの発現量は、PCRのサイクル数のカットオフ値の差(内在性因子との差)に基づいて算出した。その結果、腫瘍組織中のCXCL2及びVEGFAのRNA発現は、内視鏡治療適応病変と比較し手術適応病変で有意に高発現をしていた(
図6、7)。
この結果から、早期の食道癌の中でも癌細胞が粘膜下層に浸潤したり、脈管内に浸潤したり、又はリンパ節転移を引き起こし得るような浸潤能の高い食道表在癌においては、CXCL2及びVEGFAの発現が上昇し、発現量が向上したCXCL2及びVEGFAのタンパク質が血液中に分泌されていることが示唆された。
【0039】
以上説明したように、CXCL2及びVEGFAからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の発現量を測定する本発明においては、食道表在癌の進行度、特に、癌細胞が食道の脈管内に浸潤しているか、又は、癌細胞が食道の粘膜下層に浸潤しているか否かを予測でき、内視鏡治療適応とするか外科手術適応とするかの判断、診断を補助できる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、食道癌の内視鏡治療の適応の正診率が高く、内視鏡治療の適応の可否を簡便にかつ客観的に判断できる汎用的な技術を提供できる。
【符号の説明】
【0041】
1 癌細胞が浸潤していない脈管
2 癌細胞が浸潤した脈管
3 脈管内に浸潤した癌細胞