(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-19
(45)【発行日】2024-09-30
(54)【発明の名称】茶芳香組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23F 3/42 20060101AFI20240920BHJP
A23F 3/16 20060101ALI20240920BHJP
A23F 3/22 20060101ALI20240920BHJP
【FI】
A23F3/42
A23F3/16
A23F3/22
(21)【出願番号】P 2021511967
(86)(22)【出願日】2020-03-27
(86)【国際出願番号】 JP2020013896
(87)【国際公開番号】W WO2020203720
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-03-02
(31)【優先権主張番号】P 2019068516
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】309007911
【氏名又は名称】サントリーホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100163784
【氏名又は名称】武田 健志
(72)【発明者】
【氏名】米澤 太作
(72)【発明者】
【氏名】大塚 誠
(72)【発明者】
【氏名】向井 卓嗣
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 大
(72)【発明者】
【氏名】菊地 啓太
(72)【発明者】
【氏名】平山 裕二
(72)【発明者】
【氏名】小山内 泰亮
(72)【発明者】
【氏名】浜場 大周
【審査官】吉岡 沙織
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第107361398(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第105558157(CN,A)
【文献】水上裕造,煎茶の火入れによる香気寄与成分の変動,茶業研究報告,2015年,Vol.119,p.13~20
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23F
A23L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/WPIDS/FSTA/AGRICOLA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
茶葉を水に浸漬させた状態で30~80℃で加熱する工程、
加熱された茶葉を水蒸気蒸留し、留出液を採取する工程、及び
得られた留出液を蒸留濃縮する工程、
を含む、茶芳香組成物の製造方法。
【請求項2】
蒸留濃縮が常圧蒸留濃縮又は減圧蒸留濃縮である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
蒸留濃縮工程において塩析処理を行う、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、茶芳香組成物の製造方法に関し、より具体的には、香りの強化された茶芳香組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
茶葉を加工して得られる茶飲料は、日本のみならず世界中で幅広く飲用されている。茶飲料は、ペットボトルや缶などの容器に殺菌充填された容器詰め飲料として販売されていたり、或いは、乾燥及び粉末化をして粉体の形態にし、水や湯などで溶解して飲用するものとして販売されていたりする。様々な種類の茶飲料において、近年では芳香付与原料が使用され、茶飲料の香味の更なる改善が図られている。特に、香りの強化された芳香付与原料は、茶飲料の製造業者の間では強く望まれている。
【0003】
芳香付与原料に含まれる芳香成分は、一般に、水蒸気蒸留法を用いて天然の原料から回収されることが知られている。水蒸気蒸留を行うだけでも十分に高い濃度の芳香成分を得ることができるが、さらに高濃度の芳香成分を得ること、或いはより効率よく芳香成分を得ることを目的として、これまでに様々な芳香付与原料の製造方法が報告されている。例えば、水蒸気蒸留により得られた留出液に対して気液向流接触蒸留法を用いて芳香成分を回収する方法や(特許文献1)、蒸留工程の中で蒸気を濃縮し、得られた水相から油相濃縮物を分離し、実質的に油を含まない水相を還流することにより芳香成分を回収する方法などが開示されている(特許文献2)。また、天然原料に水蒸気蒸留処理を行い、蒸気処理により得られた残渣に水を加えて抽出液を採取し、当該抽出液と水蒸気蒸留処理によって得られた留出液とを混合後、逆浸透膜を用いて濃縮処理を行うことを特徴とする芳香濃縮物の製造方法も開示されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-92044号公報
【文献】特表2011-505816号公報
【文献】特開2010-13510号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
茶葉において優れた香りに寄与する芳香成分は通常揮散しやすいことから、一般的に知られている水蒸気蒸留法や従来技術を用いて得られた芳香付与原料は、その優れた香りの付与や保持について必ずしも十分であるとはいえなかった。そこで、本発明は、茶葉の香りが強化された茶芳香組成物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく本発明者らは鋭意検討した結果、茶葉由来の芳香成分の抽出を水蒸気蒸留によって行い、得られた留出液に対して蒸留濃縮法を用いて濃縮することによって、効果的に茶葉の優れた香りが強化されることを見出した。かかる知見に基づき、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、これに限定されるものではないが、以下に関する。
(1)茶葉を水蒸気蒸留し、留出液を採取する工程、及び
得られた留出液を蒸留濃縮する工程、
を含む、茶芳香組成物の製造方法。
(2)蒸留濃縮が常圧蒸留濃縮又は減圧蒸留濃縮である、(1)に記載の方法。
(3)蒸留濃縮工程において塩析処理を行う、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)水蒸気蒸留処理の前に、茶葉を加熱する工程をさらに含む、請求項(1)~(3)のいずれか1に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、茶葉の香りが強化された茶芳香組成物の製造方法を提供することができる。本発明の製造方法により得られた茶芳香組成物は、茶葉の優れた香りに関して力価が高く、小容量化が可能である。本発明によって製造された茶芳香組成物は、飲料の原料として使用することができ、飲料全般において優れた茶葉の香りを効果的に付与することができる。特に、本発明における茶芳香組成物は、ペットボトルや缶などに充填された容器詰め飲料への茶葉の優れた香りの付与に有効である。
【0009】
また、本発明の製造方法により得られた茶芳香組成物は、飲料だけでなく食品に対しても利用可能である。茶風味を有する食品は、近年その数や種類は増加傾向にある。本発明の方法を利用して、例えば、ケーキ、カステラ、キャンディー、クッキー、ゼリー、プリン等の菓子類に対して、茶葉の優れた香りを効果的に付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、各種温度で抽出された茶葉抽出液におけるリナロール及びゲラニオールの濃度を示す図である。
【
図2】
図2は、加熱時間による茶葉抽出液中のリナロール及びゲラニオールの濃度の経時的変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の茶芳香組成物の製造方法について、以下に説明する。なお、特に断りがない限り、本明細書において用いられる「ppm」、「ppb」、及び「重量%」は、重量/容量(w/v)のppm、ppb、及び重量%をそれぞれ意味する。
【0012】
本発明の一態様は、茶葉を水蒸気蒸留し、留出液を採取する工程、及び得られた留出液を蒸留濃縮する工程を含む、茶芳香組成物の製造方法である。かかる構成を採用することにより、茶葉の香りが強化された茶芳香組成物を得ることができる。ここで、本明細書において「茶芳香組成物」とは、茶葉を原料として得られる芳香成分(茶葉由来の芳香成分)を含んでなる組成物を意味する。本発明において茶芳香組成物は、通常、飲料や食品等の対象において希釈又は分散用として使用され、当該対象に対して茶葉由来の芳香を付与することができる。そのため、本発明の茶芳香組成物は、茶芳香付与組成物と称することもできる。本発明における茶芳香組成物の形態は、特に制限されないが、通常は液体である。
【0013】
本発明において原料となる茶葉は、ツバキ科ツバキ属の植物(Camellia sinensis (L) O.Kuntzeなど)から得られる葉を用いることができる。本発明で使用される茶葉は、加工方法により、不発酵茶、半発酵茶、発酵茶に分類することができる。不発酵茶としては、例えば、荒茶、煎茶、玉露、かぶせ茶、茎茶、碾茶、番茶、ほうじ茶、釜入り茶、茎茶、棒茶、芽茶等の緑茶が挙げられる。半発酵茶としては、例えば、鉄観音、色種、黄金桂、武夷岩茶等の烏龍茶が挙げられる。発酵茶としては、例えば、ダージリン、アッサム、スリランカ等の紅茶が挙げられる。本発明において茶葉は、1種のみを単独で使用してもよいし、複数種類の茶葉をブレンドして使用してもよい。また、茶葉としては、芳香成分が抽出可能な部位であれば特に制限されず、葉、茎など適宜使用することができ、その形態も大葉、粉状など制限されない。
【0014】
原料となる茶葉の形態は、特に限定されるものではなく、生の茶葉を使用してもよく、或いは焙煎した茶葉を使用してもよい。また、茶葉は、原料加工として、水蒸気蒸留処理を行う前に加熱処理などを行ったものや、必要に応じて粉砕や湿潤などの処理を行ったものであってもよい。茶葉を湿潤する方法としては、例えば、茶葉を水に浸漬させたり、霧吹き等で茶葉に水を噴霧させたりする方法が挙げられる。茶葉を水に浸漬させる場合は、浸漬した状態で茶葉を撹拌してもよい。茶葉の湿潤においては、特に限定されないが、茶葉の重量1に対して、例えば0.1~5倍、好ましくは0.3~3倍、より好ましくは0.5~2倍の重量の水が用いられる。
【0015】
上記の通り、水蒸気蒸留を行う前の処理として、本発明では茶葉の加熱を行ってもよい。すなわち、本発明の方法は、水蒸気蒸留処理の前に茶葉を加熱する工程を含むことができる。茶葉の加熱処理は、例えば、茶葉を水に浸漬させた状態で行うことができる。茶葉を水に浸漬させる場合は、浸漬した状態で茶葉を撹拌してもよい。茶葉を水に浸漬させる場合、例えば、茶葉の重量1に対して0.1~20倍、好ましくは1~15倍、より好ましくは3~10倍の重量の水を用いることができる。また、茶葉を加熱するときの温度(例えば、水の温度)は、例えば20~100℃、好ましくは30~80℃、より好ましくは35~70℃とすることができ、茶葉の加熱時間(例えば、茶葉の水への浸漬時間)は、例えば10分~10時間、好ましくは30分~6時間、より好ましくは1~4時間、さらに好ましくは1.5~3時間とすることができる。
【0016】
本発明では、水蒸気蒸留を行う前に茶葉を粉砕してもよい。事前に茶葉を粉砕することにより、得られる芳香成分の濃度を高めることができる。粉砕した茶葉を加熱し、それから水蒸気蒸留処理を行うことは、本発明の好ましい態様の一つである。茶葉の粉砕は、特に限定されないが、粉砕後の茶葉の大きさが、例えば0.001~20mm、好ましくは0.01~10mm、より好ましくは0.1~5mmとなるように行うことができる。
【0017】
本発明の方法では、水蒸気蒸留法を用いて茶葉の蒸留を行う。水蒸気蒸留法は、原料(茶葉)に水蒸気を通し、水蒸気に伴って留出してくる芳香成分を冷却凝集させる方法であり、常圧水蒸気蒸留、減圧水蒸気蒸留、気液多段式向流接触蒸留(スピニングコーンカラム)などの方式を採用することができる。本発明では、常圧水蒸気蒸留方式を利用することが好ましい。水蒸気蒸留では蒸留の初期に芳香が多く留出し、その後徐々に芳香の留出が少なくなる。蒸留を終了する時点は、目的とする芳香成分の量や経済性等に応じて適宜設定することができる。茶葉の水蒸気蒸留は、当業者に公知の水蒸気蒸留装置を用いて行うことができる。
【0018】
茶葉の水蒸気蒸留においては、特に限定されないが、例えば吹き込み式の水蒸気蒸留が行われる。吹き込み式の水蒸気蒸留とは、籠などの容器に入れた原料(茶葉)に対して直接的に水蒸気を接触させて、原料を介して得られた水蒸気を回収して冷却し、留出液を得る方法である。吹き込み式の水蒸気蒸留において、蒸気流量は、例えば1~40kg/hr、好ましくは5~30kg/hr、より好ましくは7~20kg/hrとすることができる。また、吹き込み式の水蒸気蒸留を行う場合の蒸気圧力は、常圧水蒸気蒸留方式において、例えば0.05~0.5MPa、好ましくは0.1~0.4MPa、より好ましくは0.15~0.3MPaである。また、吹き込み式の水蒸気蒸留を行う場合の蒸留温度は、常圧水蒸気蒸留方式において、例えば70~130℃、好ましくは80~120℃、より好ましくは90~110℃である。
【0019】
茶葉の水蒸気蒸留においては、煮出し式の水蒸気蒸留が行われてもよい。煮出し式の水蒸気蒸留とは、水中に原料(茶葉)を浸漬させた状態で加熱を行い、発生した水蒸気を回収して冷却し、留出液を得る方法である。煮出し式の水蒸気蒸留を行う場合、原料である茶葉は、茶葉の重量1に対して、例えば0.1~20倍、好ましくは1~15倍、より好ましくは3~10倍の重量の水に浸漬される。煮出し式の水蒸気蒸留において、蒸気流量は、例えば5~50kg/hr、好ましくは10~40kg/hr、より好ましくは15~30kg/hrとすることができる。また、煮出し式の水蒸気蒸留を行う場合の蒸気圧力は、常圧水蒸気蒸留方式において、例えば0.05~0.5MPa、好ましくは0.1~0.4MPa、より好ましくは0.15~0.3MPaである。また、煮出し式の水蒸気蒸留を行う場合の蒸留温度は、常圧水蒸気蒸留方式において、特に限定されないが、好ましくは100℃である。
【0020】
本発明では、茶葉の水蒸気蒸留を行って留出液を回収する。留分回収のために凝縮処理が行われるが、その凝縮は、例えば30℃以下、好ましくは25℃以下、より好ましくは20℃以下の温度で行うことができる。凝縮処理は、特に限定されないが、例えば冷却用の冷媒を用いて行うことができ、冷媒としては不凍液等を利用することができる。冷媒の温度は、例えば20℃以下、好ましくは15℃以下、より好ましくは10℃以下とすることができ、凝縮を行うときの冷媒流量は、例えば10~70L/分、好ましくは15~50L/分、より好ましくは20~40L/分とすることができる。留出液を回収する時間は、目的に応じて適宜設定することができるが、留出の開始から、例えば5分~2時間、好ましくは10分~1時間、より好ましくは15~45分である。本発明では、水蒸気蒸留法を用いて、例えば、原料重量に対する回収留液重量の割合が20~70%程度で、Brix値1%未満の茶芳香組成物を得ることができる。
【0021】
本発明の方法では、上記の通り得られた留出液に対して蒸留濃縮を行う。蒸留濃縮では、例えば、茶葉より得られた留出液を蒸留釜に投入し、下部より加熱することで沸騰させ、蒸気とともに芳香成分を回収する方式を採用することができる。蒸留濃縮の方法においては、常圧蒸留濃縮及び減圧蒸留濃縮のいずれも採用することができる。本発明では、好ましくは減圧蒸留濃縮の方式が採用される。減圧蒸留濃縮の方式では、留出液の温度上昇を抑えることができるため、必要な芳香成分の熱分解を防ぐことが可能となる。茶葉留出液の蒸留濃縮は、当業者に公知の蒸留装置を用いて行うことができる。
【0022】
留出液の蒸留濃縮において減圧蒸留濃縮を行う場合、蒸気流量は、例えば0.1~80kg/hr、好ましくは1~60kg/hr、より好ましくは3~40kg/hrとすることができる。また、減圧蒸留濃縮を行う場合の蒸気圧力は、例えば0.1~0.5MPa、好ましくは0.15~0.4MPa、より好ましくは0.2~0.3MPaである。また、減圧蒸留濃縮を行う場合の蒸留温度は、例えば10~100℃、好ましくは20~70℃、より好ましくは35~55℃である。減圧蒸留濃縮を行う場合の減圧度としては、ゲージ圧表記で、例えば0~-0.101MPa、好ましくは-0.050~-0.099MPa、より好ましくは-0.075~-0.095MPaとすることができる。
【0023】
留出液の蒸留濃縮において常圧蒸留濃縮を行う場合、蒸気流量は、例えば0.1~80kg/hr、好ましくは1~60kg/hr、より好ましくは3~40kg/hrとすることができる。また、常圧蒸留濃縮を行う場合の蒸気圧力は、例えば0.1~0.5MPa、好ましくは0.15~0.4MPa、より好ましくは0.2~0.3MPaである。また、常圧蒸留濃縮を行う場合の蒸留温度は、特に限定されないが、好ましくは100℃である。
【0024】
蒸留濃縮も、上記の水蒸気蒸留と同様に蒸留の初期に芳香が多く留出し、その後徐々に芳香の留出が少なくなる。蒸留を終了する時点は、目的とする芳香成分の量や経済性等に応じて適宜設定することができ、蒸留を終了させた時点で濃縮倍率が決定される。蒸留濃縮における留分回収のための凝縮処理は、例えば30℃以下、好ましくは25℃以下、より好ましくは20℃以下の温度で行うことができる。蒸留濃縮での凝縮処理も、上記の水蒸気蒸留での凝縮処理と同様に特に限定されず、例えば冷却用の冷媒を用いて行うことができ、冷媒としては不凍液等を利用することができる。冷媒の温度は、例えば20℃以下、好ましくは15℃以下、より好ましくは10℃以下とすることができ、凝縮を行うときの冷媒流量は、例えば10~70L/分、好ましくは15~50L/分、より好ましくは20~40L/分とすることができる。蒸留濃縮における留出液の回収時間は、目的に応じて適宜設定することができるが、留出の開始から、例えば2分~1時間、好ましくは5~45分、より好ましくは10~30分である。本発明では、蒸留濃縮を行って、濃縮前の留出液重量に対する回収留液重量の割合が2~50%、すなわち2~50倍程度の濃縮倍率の濃縮留出液を得ることができる。本発明では、このようにして得られた濃縮留出液を茶芳香組成物とすることができる。
【0025】
また、本発明では、蒸留濃縮(好ましくは減圧蒸留濃縮)を行う際に、塩析と呼ばれる操作を行ってもよい。塩析処理を行うことによって、蒸留釜に投入した留出液中で塩の極性が水分子を引き込み、有機化合物の揮発を促進することができる。塩析処理は、濃縮対象とする留出液に塩を含有させることにより行うことができる。例えば、蒸留濃縮の処理を行う前、又はその処理中に、蒸留釜の中に塩を投入することにより塩析処理を行うことができ、或いは、濃縮対象とする留出液の中にあらかじめ塩を添加しておいて、塩を含んだ留出液を蒸留濃縮することにより塩析処理を行うことができる。
【0026】
塩析処理に使用される塩としては、特に限定されないが、例えば塩化ナトリウム等が挙げられる。また、塩析処理を行う際に使用する塩の量は、濃縮前の留出液重量に対して、例えば0.01~10重量%(w/w)、好ましくは0.05~6重量%(w/w)、より好ましくは0.5~3重量%(w/w)である。
【0027】
本発明の方法では、活性炭処理を行う工程をさらに含むことができる。活性炭処理を行うことによって、不要な芳香成分の量を低減することができる。ここで、本明細書において「活性炭」とは、木などの炭素物質から高温での活性化反応を経て製造される、多孔質の、炭素を主な成分とする物質を意味する。
【0028】
活性炭処理は、茶葉を水蒸気蒸留して得られた留出液に対して行ってもよく、或いは蒸留濃縮した後の留出液に対して行ってもよいが、本発明では、茶葉を水蒸気蒸留して得られた留出液に対して(すなわち、留出液を蒸留濃縮する前に)活性炭処理を行うことが好ましい。
【0029】
使用される活性炭の形態は限定されないが、本発明においては粉末活性炭であることが好ましい。粉末活性炭の平均細孔径は、特に限定されないが、例えば0.3~30nmであり、好ましくは0.5~20nmであり、より好ましくは1~15nmであり、さらに好ましくは1~5nmである。粉末活性炭の平均細孔径は、当業者に公知の比表面積/細孔分布測定装置を用いて測定することができる。
【0030】
活性炭の由来は特に限定されず、例えば、木由来活性炭、やし殻由来活性炭、竹由来活性炭、もみ殻由来活性炭などから選択することができ、これらのうち一種類の活性炭だけを用いてもよいし、二種類以上を組み合わせて用いてもよい。本発明においては、木由来活性炭、及びやし殻由来活性炭が好ましく、木由来活性炭が特に好ましい。
【0031】
活性炭処理を行う方法は、特に限定されないが、例えば、粉末活性炭を用いた場合であれば、対象とする留出液に粉末活性炭を添加して、適宜時間をおいてからフィルター等を用いて当該粉末活性炭を除去する方法が採用される。粉末活性炭の添加量は、対象とする留出液の重量に対する濃度として、例えば10~1000ppm(w/w)、好ましくは50~300ppm(w/w)、より好ましくは75~125ppm(w/w)とすることができ、留出液に粉末活性炭を接触させる時間は、例えば1~60分間、好ましくは3~30分間、より好ましくは5~20分間とすることができる。なお、粉末活性炭を接触させている間は、撹拌操作などを行ってもよい。活性炭処理における処理温度は、例えば1~30℃、好ましくは2~20℃、より好ましくは3~10℃とすることができる。
【0032】
上述した本発明の製造方法により得られた茶芳香組成物は、飲食品として、例えば飲料に添加することができ、飲料における茶葉の優れた香りを高めることができる。以上より、本発明の別の態様は、飲食品に対して茶葉の優れた香りを高める又は保持させる方法とすることができ、当該方法では、上記茶芳香組成物を飲食品に添加する工程が含まれる。また、本発明の更なる別の態様は、上記茶芳香組成物を利用した飲食品の製造方法である。
【実施例】
【0033】
以下に実施例に基づいて本発明の説明をするが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0034】
1.水蒸気蒸留により得られた茶葉留出液の濃縮処理の検討
1-1.水蒸気蒸留による茶葉留出液の作製
(a)青海苔香留出液
市販の煎茶の茶葉12kgを計量し、これに水12kgを添加して茶葉を湿潤させた。合計24kgの湿潤茶葉を水蒸気蒸留釜のカゴ上にのせ、蒸気圧力0.2MPa、蒸気流量15kg/hrで90分間、吹き込み式の水蒸気蒸留を行った。ブライン温度3~5.5℃のコンデンサで凝集を行い、留出液を回収した。留出液の液量は21.2kgであった。この操作を3回行って合計63kgの青海苔香留出液を得た。
【0035】
(b)花香留出液
煎茶とは別の原料として市販の茎茶の茶葉15kgを計量し、これを100kgの水と混合して50℃で2時間保持し、茶葉の加熱処理を行った。次いで、茶葉を含んだ状態で処理後の溶液を水蒸気蒸留釜に投入し、蒸気圧力0.2MPa、蒸気流量20kg/hrで30分間、煮出し式の水蒸気蒸留を行った。ブライン温度5.5℃のコンデンサで凝集を行い、留出液を回収した。留出液の液量は8kgであった。この操作を8回行って合計64kgの花香留出液を得た。
【0036】
1-2.留出液の活性炭処理
水蒸気蒸留により得られた各留出液について活性炭処理を行った。具体的には、各留出液20kgに対して、平均細孔径3nmの木由来粉末活性炭(大阪ガスケミカル、白鷺WP-Z)を2g添加し、200rpmで10分間攪拌した。次いで、ろ紙(ADVANTEC、No.2)を用いて留出液中の活性炭を除去した。
【0037】
1-3.留出液の濃縮処理
(a)常圧蒸留濃縮
活性炭処理を行った上記2種類の留出液について、それぞれ20kgを蒸留釜に投入し、さらに塩析処理を行うために塩化ナトリウム(三浦工業、エコソルト)を0.2kg添加した。これを常圧下、15kg/hrの蒸気流量で加熱をして留出液の液温を100℃まで上昇させた。常圧蒸留濃縮による留出液の回収部分は、ブラインを入口温度3.5℃及び31L/分の条件で循環させたコンデンサで冷却した。常圧蒸留濃縮による留出液を確認した直後から蒸気流量を5kg/hrに低下させ、それから20分間留出を行って、1.0kgの留出液を回収した(20倍濃縮)。
【0038】
(b)減圧蒸留濃縮
活性炭処理を行った上記2種類の留出液について、それぞれ20kgを蒸留釜に投入し、さら塩析処理を行うために塩化ナトリウム(三浦工業、エコソルト)を0.2kg添加した。次いで、真空ポンプを用いて-0.09MPaまで蒸留釜の系内を減圧した。これを15kg/hrの蒸気流量で加熱をして留出液の液温を40℃まで上昇させた。減圧蒸留濃縮による留出液の回収部分は、ブラインを入口温度3.5℃及び31L/分の条件で循環させたコンデンサで冷却した。減圧蒸留濃縮による留出液を確認した直後から蒸気流量を5kg/hrに低下させし、それから24分間留出を行って、1.0kgの留出液を回収した(20倍濃縮)。
【0039】
(c)膜濃縮
活性炭処理を行った上記2種類の留出液について、膜濃縮装置(Alfa Laval、LabStak M20)及び逆浸透膜(RO膜)(NaCl除去率99.5%、GE、Flat Sheet AG)を用いて膜濃縮を行った。具体的には、活性炭処理を行った留出液をそれぞれ20kg計量し、冷水コンデンサを用いて液温を20℃未満に維持しながら、入口圧力を2MPaとし、留出液循環流速を1.4L/分として膜濃縮を行った。膜濃縮は、留出液の液量が1kg(20倍濃縮)になるまで行い、青海苔香留出液では99分間、花香留出液では103分間の時間を要した。
【0040】
(d)凍結濃縮
活性炭処理を行った上記2種類の留出液について、凍結濃縮を行った。具体的には、活性炭処理を行った留出液をそれぞれ60mL計量して容器に充填し、-80℃で24時間静置して凍結させた。その後、吸引度0.11mBar及びトラップ温度-88℃の条件で凍結乾燥を行い、氷を完全に昇華させた。
【0041】
1-4.官能評価試験
上記の通り常圧蒸留濃縮、減圧蒸留濃縮、及び膜濃縮を行った水蒸気蒸留留出液の濃縮物をそれぞれ10mL取り出し、精製水で200mLにメスアップして希釈率20倍の希釈液を調製した。当該希釈液を30g取り出し、茶飲料270gに添加して、下表に示した通り試験サンプル1~3を調製した。水蒸気蒸留留出液を凍結濃縮したものについては、凍結濃縮物(固体)に対して精製水60mLを添加して凍結濃縮物の溶解液を調製し、当該溶解液を30g取り出し、茶飲料270gに添加して試験サンプル4を調製した。留出液を添加していない茶飲料(茶飲料そのもの)、及び活性炭処理のみを行った留出液(濃縮処理なし)を添加した茶飲料を、それぞれ対照サンプル1及び2とした。本試験において茶飲料は、市販の茶飲料(サントリー、伊右衛門)を使用した。
【0042】
【0043】
青海苔香又は花香に関して、5名のパネリストで上記サンプルの官能評価を行った。官能評価は、青海苔香又は花香に特徴的な香りを感じる度合い(強さ)に関して、対照サンプル1を1.0点、対照サンプル2を3.0点として、試験サンプル1~4において1.0~5.0点(0.1点刻み)で点数付けを行った。なお、パネリストの間で、対照サンプル1及び2はオープンの状態で評価を行い、試験サンプル1~4はクローズの状態で評価を行った。その結果を下表に示す。
【0044】
【0045】
パネリストの香味の特徴に関するフリーコメントは以下の通りであった。対照サンプル2ではやや蒸れ臭が感じられたが、試験サンプル1及び2ではその蒸れ臭が感じられなかった。試験サンプル3では苦味が感じられた。試験サンプル4では、強いイモ臭や生臭さが感じられた。
【0046】
【0047】
パネリストの香味の特徴に関するフリーコメントは以下の通りであった。対照サンプル2ではやや蒸れ臭が感じられたが、試験サンプル1及び2ではその蒸れ臭が感じられなかった。試験サンプル2では、試験サンプル1よりもしっかりとした花香が感じられた。試験サンプル3及び4では、花香の特徴は弱いと感じられた。
【0048】
上記の結果について、下記の基準を設けて評価を行った。
◎:平均点が3.0より大きい
○:平均点が2.5より大きく3.0以下
△:平均点が2.0より大きく2.5以下
×:平均点が2.0以下
以下に評価結果を示す。
【0049】
【0050】
上記に示された通り、常圧蒸留濃縮に関する試験サンプル1では青海苔香において対照サンプル2を上回る結果となり、減圧蒸留濃縮に関する試験サンプル2では、青海苔香と花香の両方において対照サンプル2を上回る結果となった。これらの結果から、水蒸気蒸留により得られた茶葉留出物を蒸留濃縮することによって茶葉由来の香りが強化されることが明らかとなり、減圧蒸留濃縮を行った場合には香りの種類によらず茶葉由来の香りを強化できることが示唆された。なお、濃縮処理を行う場合、通常は成分濃度がそれぞれ上昇するのみで香りの質は大きく変化することはないと考えられたため、上記のように蒸留濃縮によって香りの質が向上することは予想外の結果であった。
【0051】
2.水蒸気蒸留前の茶葉の加熱処理の検討
2-1.加熱温度の検討
市販の茎茶の茶葉50g及び蒸留水500mLをバイアル瓶に投入し、瓶を密封した状態で25℃、50℃、又は90℃の温度で1時間、茶葉抽出液を採取した。得られた茶葉抽出液について、下記の通り抽出液中のリナロール及びゲラニオールの濃度を測定した。
【0052】
20mL容量のバイアル瓶に茶葉抽出液を10mL入れ、3gの塩化ナトリウムを加え、ガスクロマトグラフィー分析装置(アルファ・モス・ジャパン、フラッシュGCノーズ HERACLES II)に導入した。以下に示す条件で抽出液中のリナロール及びゲラニオールの濃度を測定した。
インキュベーション:60℃、15分
シリンジ:温度:70℃、注入後洗浄:90秒
ヘッドスペース注入:250μl/秒で5000μl
カラム1:MXT-5(微極性 10m、180μm ID、0.4μm)
カラム2:MXT-WAX(高極性 10m、180μm ID、0.4μm)
キャリアガス流量:水素 1.6mL/min
水素炎イオン化検出器(FID)温度:260℃
インジェクター温度:200℃
オーブン温度:40℃(5秒)~1.5℃/秒~250℃(90秒)
注入時間:125秒
トラップ温度:吸着50℃、脱離240℃
トラップ時間:吸着130秒、プレ加熱35秒
【0053】
測定されたリナロール及びゲラニオールの濃度は
図1に示した通りであり、結果として50℃が最もリナロール及びゲラニオールの抽出に対して効果があった。
【0054】
2-2.加熱時間の検討
次に、抽出温度を50℃に設定して、市販の茎茶の茶葉50g及び蒸留水500mLをバイアル瓶に投入し、瓶を密封した状態で20分間、60分間、120分間、又は360分間、茶葉抽出液を採取した。得られた茶葉抽出液について、上記と同様にして抽出液中のリナロール及びゲラニオールの濃度を測定した。
【0055】
測定されたリナロール及びゲラニオールの濃度は
図2に示した通りであり、結果としてリナロール及びゲラニオールはともに360分間まで増加し続けることがわかった。この結果に基づいて、茶葉の加熱時間を120分間(2時間)に設定した。
【0056】
2-3.加熱処理した茶葉の評価
市販の茎茶の茶葉15kgと水100kgとの混合物を作製し、50℃で2時間保持して茶葉の加熱処理を行った混合物と、加熱処理を行わなかった混合物とを準備した。各種混合物を水蒸気蒸留釜に投入し、蒸気圧力0.25MPa、蒸気流量20kg/hr、蒸気温度100℃(常圧)の条件で煮出し式の水蒸気蒸留を行った。冷却冷媒温度を往4℃及び復6℃とし、30L/分の冷媒流量で凝集を行い、留出液を回収した。留出液の回収時間は、留出が開始してから30分間とし、回収された留出液の液量は8kgであった。この操作を10回行って合計80kgの留出液を得た。
【0057】
茶葉の加熱処理を行った混合物と、加熱処理を行わなかった混合物とについて、それぞれ得られた留出液中のリナロール及びゲラニオールの濃度を上記と同様の方法で測定した。その結果、茶葉の加熱処理を行った混合物については、リナロールの濃度は14933ppb、ゲラニオールの濃度は12227ppbであった。一方、茶葉の加熱処理を行わなかった混合物については、リナロールの濃度は2071ppb、ゲラニオールの濃度は1710ppbであった。これらの結果から、水蒸気蒸留を行う前に茶葉を加熱した方がより高い濃度の芳香成分が得られることが示唆された。
【0058】
3.水蒸気蒸留前の茶葉の粉砕処理の検討
市販の茎茶の茶葉を電動コーヒーミル(ハイカットミル、61005、カリタ)を用いて粉砕した(ダイヤル2)。
【0059】
粉砕した茶葉原料15kgに対して50℃の水100kgを加え、温度を50℃付近にした状態で2時間保持した。その後、茶葉原料を含む混合液体を蒸留釜に移し、水蒸気を用いて間接的に加熱を行うことで蒸留を行った。具体的には、蒸気圧力0.25MPa、蒸気流量20kg/hr、蒸気温度100℃(常圧)の条件で煮出し式の水蒸気蒸留を行った。
【0060】
水蒸気蒸留により得られた留出液は、さらに活性炭処理を行った。具体的には、留出液重量に対して100ppm(w/w)の量で木由来粉末活性炭(大阪ガスケミカル、白鷺WP-Z)を添加し、200rpmで10分間攪拌した。次いで、ろ紙(ADVANTEC、No.2)を用いて留出液中の活性炭を除去した。
【0061】
各種留出液試料について、上記の方法に準じて留出液中のリナロール及びゲラニオールの濃度を測定した。なお、対照サンプルとして、茶葉の粉砕をせずに水蒸気蒸留を行い、得られた留出液を活性炭処理したものを準備した。
【0062】
【0063】
上記の通り、茶葉の粉砕処理を行った方がリナロール及びゲラニオールの両方とも濃度が高くなることが示された。これらの結果から、水蒸気蒸留を行う前に茶葉を粉砕した方がより高い濃度の芳香成分が得られることが示唆された。
【0064】
4.活性炭処理の検討
上記と同様の方法で市販の煎茶の茶葉を水蒸気蒸留して、青海苔香を有する留出液を採取した。得られた留出液に対して、下表に示した通り素材及び平均細孔径の異なる3種類の粉末活性炭を、10ppm、100ppm、又は1000ppmの濃度となるよう添加した。粉末活性炭の添加後、25℃で10分間撹拌処理を行い、次いでろ紙(ADVANTEC、No.2)を用いて留出液中の活性炭を除去した。
【0065】
【0066】
活性炭処理を行った留出液について、青海苔香を感じる強さの観点及び雑味が除去されていることの観点で官能評価を行い、下記の通り評価結果が得られた。
【0067】
【0068】
上記の結果から、平均細孔径3nmの木由来粉末活性炭が青海苔香の感じ方及び雑味の除去について最も良いことが示された。