(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】光スピンデバイス、これを用いた情報保持装置、及び光スピンデバイスの動作方法
(51)【国際特許分類】
G02F 1/09 20060101AFI20240924BHJP
H01L 27/105 20230101ALI20240924BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20240924BHJP
【FI】
G02F1/09 505
H01L27/105
H01L29/82 Z
(21)【出願番号】P 2020165535
(22)【出願日】2020-09-30
【審査請求日】2023-09-27
(73)【特許権者】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 雄一
(72)【発明者】
【氏名】増山 雄太
(72)【発明者】
【氏名】境 誠司
(72)【発明者】
【氏名】李 松田
(72)【発明者】
【氏名】平山 祥郎
(72)【発明者】
【氏名】大島 武
(72)【発明者】
【氏名】新田 淳作
【審査官】山本 元彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-164447(JP,A)
【文献】特開2012-209382(JP,A)
【文献】特開2008-135480(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0252781(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0235661(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0207002(US,A1)
【文献】特開2015-115089(JP,A)
【文献】特開2014-063886(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00-1/125
G02F 1/21-7/00
H10B 61/00
H01L 29/82
H01N 50/00-50/85
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光または電気の作用によって磁化の方向が変化する磁性材料層と、
電子スピンの状態を外部から操作可能であり磁場に応じて発光強度が変化する欠陥を含むスピン欠陥層と、
を有し、前記欠陥の発光強度は、前記磁性材料層からの磁場に応じて変化し、
前記発光強度の変化が光学的または電気的に読み出される、
光スピンデバイス。
【請求項2】
前記スピン欠陥層の前記発光強度の変化に基づいて前記磁性材料層の前記磁化の方向を読み出す読出機構、
をさらに有する請求項1に記載の光スピンデバイス。
【請求項3】
前記読出機構は、前記スピン欠陥層で生じた発光を取り出す光配線層または前記発光を検知して光電流を出力する光検出層である、
請求項2に記載の光スピンデバイス。
【請求項4】
前記スピン欠陥層に励起光を照射する励起光源をさらに有する請求項1~3のいずれか一項に記載の光スピンデバイス。
【請求項5】
前記磁性材料層と前記スピン欠陥層は面直方向に積層されている、
請求項1~4のいずれか一項に記載の光スピンデバイス。
【請求項6】
前記磁性材料層と前記スピン欠陥層は面内方向に配置されている、
請求項1~4のいずれか一項に記載の光スピンデバイス。
【請求項7】
前記磁性材料層と前記スピン欠陥層の間に配置されるスペーサ層として、空気層、非磁性層、または透磁性層を有する請求項6に記載の光スピンデバイス。
【請求項8】
前記磁性材料層は、前記光の偏光状態に依存して前記磁化の方向が変化する反磁性材料の薄膜と前記反磁性材料と同じ方向への磁気異方性を示す強磁性材料の薄膜との多層膜を含む、
請求項1~7のいずれか一項に記載の光スピンデバイス。
【請求項9】
前記磁性材料層は、電流または電圧の印
加により前記磁化の方向が変化する強磁性材料層、反強磁性材料の薄膜と導電性の非磁性材料の薄膜との多層膜、または反強磁性材料の薄膜と絶縁性の非磁性材料の薄膜との多層膜を含む、
請求項1~7のいずれか一項に記載の光スピンデバイス。
【請求項10】
前記スピン欠陥層は
、シリコン空孔または窒素‐空孔複合欠陥を含む炭化ケイ素の層
のバンドギャップ以上のバンドギャップを有し、外部から電子スピン状態の操作が可能であり、磁場に応じて発光強度が変化する発光中心を含む半導体または絶縁体の層を含む請求項1~9のいずれか一項に記載の光スピンデバイス。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の光スピンデバイスを用いた情報保持装置において、
前記磁性材料層に情報が記録され、
前記スピン欠陥層が励起されて前記情報が光学的または電気的に読み出される、
情報保持装置。
【請求項12】
磁性材料層と、電子スピンの状態を外部から操作可能であり、かつ磁場に応じて発光強度が変化する欠陥を含むスピン欠陥層とを組み合わせ、
前記磁性材料層に光信号または電気信号を入力して磁化の方向を変化させ、
前記スピン欠陥層を励起して前記欠陥で発光を生じさせ、
前記発光から前記磁性材料層の前記磁化の方向を電気的または光学的に読み出す、光スピンデバイスの動作方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光スピンデバイス、これを用いた情報保持装置、及び光スピンデバイスの動作方法に関する。
【背景技術】
【0002】
情報化社会の発展に伴い、メモリの記録密度のさらなる向上が求められている。情報を長時間にわたり不揮発的に記録できる磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)は、半導体メモリに代わる次世代の「ユニバーサルメモリ」としての応用が期待されている。電流を使用して情報の書き込みと読み出しを行う既存のMRAMは、電力消費、素子の動作速度、電気配線で生じる信号遅延などの面で、半導体メモリに対する優位性が十分に確立されていない。
【0003】
より大きな磁気抵抗効果が期待されるホイスラー合金薄膜を用いた磁気メモリが提案されている(たとえば、特許文献1参照)。電子スピンの拡散を利用したデータの書き込みや(たとえば、非特許文献1参照)、極短光パルスによる磁気メモリへの書き込みが知られている(たとえば、非特許文献2参照)。また、ダイヤモンド中のスピン欠陥を用いた磁性薄膜試料のイメージングが知られている(たとえば、非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】J. Puebla1, J. Kim, K. Kondou, Y. Otani "Spintronic devices for energy-efficient data storage and energy harvesting," Communications Materials 1, 1-9 (2020)
【文献】A. V. Kimel, M. Li "Writing magnetic memory with ultrashort light pulses" Nature Reviews Mater. 4, 189 (2019)
【文献】David A. Simpson, et al., "Magneto-optical imaging of thin magnetic films using spins in diamond" Scientific Reports 6, P22797 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
電気信号により情報の書き込みと読出しを行う既存のMRAMでは、消費電力の低減や動作速度の向上に限界がある。また、今後急速な発展が見込まれる光情報技術との親和性が低い。
【0007】
本発明は、情報を不揮発的に保持でき、かつ低い消費電力で高速動作が可能な光スピンデバイスと、これを用いた情報保持装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
開示のひとつの態様では、光スピンデバイスは、
光または電気の作用によって磁化の方向が変化する磁性材料層と、
電子スピンの状態を外部から操作可能であり磁場に応じて発光強度が変化する欠陥を含むスピン欠陥層と、
を有し、前記欠陥の発光強度は、前記磁性材料層からの磁場に応じて変化し、前記発光強度の変化が光学的または電気的に読み出される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の光スピンデバイスは、磁気情報を不揮発的に保持でき、かつ低い消費電力で高速動作が可能である。本発明の光スピンデバイスを用いた情報保持装置は、高速かつ高感度の情報の書き込みと読出しが可能である。書き込みと読出しの少なくとも一方を光信号により行う構成では、電力消費と配線遅延が大幅に低減され、光情報技術との親和性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態の光スピンデバイスの基本構成図である。
【
図2】第1実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図3】第2実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図4】第3実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図5】第4実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図6】第5実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図7】第6実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図8】第7実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図9】第8実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図10】第9実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図11】第10実施例の光スピンデバイスの模式図である。
【
図12】光スピンデバイスを適用した情報保持装置の分解模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施形態の一つの側面では、逆ファラデー効果や逆コットン・ムートン効果など光とスピンの相互作用による磁化方向の変化を利用して、不揮発的に情報を記録する。記録された情報は、電子スピンを有し、磁場の向きや大きさに応じて発光強度が変化する欠陥(以下、「スピン欠陥」と呼ぶ)のフォトルミネッセンスを利用して読み出される。スピン欠陥は、光吸収や発光が生じる格子欠陥の一種である。スピン欠陥でキャリアが励起されて光を放射するときに、スピン欠陥に作用する磁場の向きや大きさに応じて、フォトルミネッセンスの強度が変化する。このフォトルミネッセンスによる発光強度変化を検知することで、情報を読み出すことができる。
【0012】
図1は、実施形態の光スピンデバイス10の基本構成図である。光スピンデバイス10は、光または電気の作用によって磁化の方向が変化する磁性材料層15と、磁場に応じて発光強度が変化するスピン欠陥を含むスピン欠陥層13とを有する。スピン欠陥層13のスピン欠陥(以下、「スピン欠陥」と呼ぶ)における電子スピンの状態、または、電子スピンが取り得る状態と状態の間の遷移は、外部から操作可能である。
【0013】
スピン欠陥層13として、窒素‐空孔(Nitrogen-Vacancy:N‐V)複合欠陥を含むダイヤモンドの層、シリコン原子空孔または窒素‐空孔複合欠陥を含む炭化ケイ素(SiC)の層、ホウ素空孔を含む窒化ホウ素(BN)の層、またはこれらと同程度のバンドギャップを有し、外部から電子スピン状態の操作が可能であり磁場に応じて発光強度が変化する発光中心を含む半導体または絶縁体の層、などを用いることができる。
【0014】
たとえば、ダイヤモンド中で負に帯電したN‐V欠陥が持つ電子スピンは、磁気量子数mSで0、-1、+1の3つの量子状態を取り得る。このN-V欠陥は窒素空孔(NV)中心とも呼ばれる。NV中心は、ダイヤモンドの結晶中で、本来は炭素原子(C)があるべきところが窒素(N)で置換され、隣接する位置に空孔(V)がある複合欠陥である。NV中心は電磁場の向きや大きさに応じて発光強度が変化するスピン欠陥として働く。この特性は室温でも失われないため、様々な応用が考えられる。
【0015】
NV中心で、mS=0の状態と、mS=±1の状態の間のエネルギー差は12μeVである。このエネルギーに相当する3GHz程度のマイクロ波を照射することで、電子スピンの状態を操作可能である。なお、電子スピンの状態を操作するマイクロ波の照射と、スピン欠陥からフォトルミネッセンスを生じさせる励起光の照射とは別のものである。フォトルミネッセンスは、励起状態から基底状態に戻るときに発生する光(可視光や赤外光など)の放出である。
【0016】
スピン欠陥層13と磁性材料層15は、有機または無機の基板11の上に積層可能である。たとえば、ガラス、シリコン、ポリイミド等の基板上にスピン欠陥層13を形成し、スピン欠陥層13の上に磁性材料層15を成膜してもよい。基板11上に、合成ダイヤモンド層、SiC層、BN層等を成膜した後に、イオンまたは電子線照射等によってスピン欠陥を導入してスピン欠陥層13を形成してもよい。ダイヤモンド層を形成する場合、窒素ガスを用いた化学気相蒸着(CVD)法により窒素原子をドープしながらダイヤモンド薄膜を成長してもよい。以上の方法では、面全体にスピン欠陥が生成されるが(深さ方向は、イオン等の加速エネルギーや成長パラメータ調整で制御可能)、所定の面方位を有するダイヤモンド基板に微細加工でミクロンオーダーの溝を加工し、成長過程で、溝部分に選択的にNV中心を生成するなど、選択的導入も可能である。
【0017】
磁性材料層15の磁化の方向は、電気信号によっても、光信号によっても変えることができる。磁性材料層15の磁化の方向は、面直方向であってもよいし、面内方向であってもよい。ここで、「面直」方向とは、積層の表面に立てた法線方向であり、「面内」方向とは、積層の表面と平行な方向である。
【0018】
磁性材料層15に適用可能な材料は多岐にわたる。光入力によって磁化の方向を変化させる場合、互いに逆方向もしくは逆方向に近いスピンを持つ2種類以上の原子からなる磁性材料、すなわち、GdFeCo合金、TbFeCo合金、Bi置換イットリウム鉄ガーネット(Bi:YIG)、フェリ磁性ホイスラー合金(Mn2CoGa,Mn2PtGa, Mn2RuGa,Mn2FeGa,Mn2CoAl,Mn2VAl)などの反強磁性材料、フェリ磁性材料、傾角反強磁性材料を用いることができる。フェリ磁性や傾角反強磁性は反強磁性の特殊な場合(全体としてスピンの磁気モーメントの大きさが完全には打ち消されていない場合)に該当するので、以下で反強磁性というときは、フェリ磁性と傾角反強磁性を含むものとする。FePt、CoPt等の強磁性材料を用いることもできる。
【0019】
あるいは、反強磁性材料、強磁性材料、及び非磁性材料の少なくとも一種類を含む多層膜やグラニュラー薄膜を使用してもよい。多層膜やグラニュラー薄膜を形成する反磁性材料として、IrMn合金、FeMn合金、CuMnAs合金、GdFeCo合金、TbFeCo合金などを用いてもよい。強磁性材料として、Fe、Co、Gd等の純金属や、CoFeB、FePt、CoPt等の合金を用いることができる。非磁性材料として、Au、Pd、Ru、Ptなどの非磁性金属、Al、Mg、Siなどの酸化物または窒化物、非晶質炭素などを用いることができる。反磁性材料と強磁性材料の多層膜を用いる場合は、反磁性材料と交換結合して同じ方向への磁気異方性を示す強磁性材料を用いるのが望ましい。2種類以上の強磁性材料からなる多層膜を用いる場合には、Co/Gd多層膜など、各層の磁化の向きが反強磁性的に結合するものが特に好ましい。非磁性材料を用いる場合には、非磁性材料は、MgO、Au、Ptなど磁性材料に垂直磁気異方性をもたらすものが特に好ましい。垂直磁気異方性は、磁化の向きが膜面に対して垂直方向を向く性質である。
【0020】
磁気記録の用途には、楕円偏光したパルス光の照射により、偏光状態(右回り回転、または左回り回転)に依存して磁化の向きが光の進行方向と平行または反平行に変化する、垂直磁気異方性の反強磁性材料や多層膜が特に好ましい。円偏光は楕円偏光の特殊な場合(楕円偏光のうち各方向の振幅の大きさが等しいものが円偏光)に該当するので、以下で楕円偏光というときは、円偏光を含むものとする。直線偏光の光を用いることも可能である。
【0021】
楕円偏光もしくは直線偏光の照射により磁化方向が変化し、かつ垂直磁気異方性を示す反強磁性材料として、GdFeCo合金、TbFeCo合金、Mn2CoGaホイスラー合金などがある。反強磁性材料の他に、光照射による磁化反転を示すことが予想される材料として、反強磁性材料の薄膜と、垂直磁気異方性を示す強磁性材料の薄膜とを積層した垂直交換バイアスを示す多層膜も有望な材料と考えられる。たとえば、FeMn合金、IrMn合金などの反強磁性薄膜と、FePt合金、CoPt合金、Pt/Co多層体などの強磁性薄膜を積層してもよい。
【0022】
磁性材料層15に、磁化容易軸が膜面と水平になるように作成した、反強磁性材料の薄膜や層間が反強磁性結合した多層膜を用いる場合、直線偏光のパルス光を照射して、磁化の向きを反転させてもよい。
【0023】
電気的な入力によって磁性材料層15の磁化の方向を変化させる場合、電流または電圧により磁化の方向が変化する材料を用いる。電流により磁化方向が変化する材料として、強磁性材料(Fe、Co、CoFeB、MnGa等)または反強磁性材料(YIG等)と、導電性の非磁性材料との多層膜を用いてもよい。導電性の非磁性材料として、Pt等の重金属、Bi2Se3等のトポロジカル絶縁体、WTe2等の遷移金属カルコゲナイドなどが使用可能である。
【0024】
電圧により磁化方向が変化する材料として、強磁性材料と絶縁性の非磁性材料との多層膜が考えられる。多層膜に適用される強磁性材料として、Fe等の純金属の他に、CoFeB、CoFe等の合金を用いることができる。絶縁性の非磁性材料として、MgO等を用いることができる。
【0025】
磁性材料層15からスピン欠陥層13への磁場の作用と、スピン欠陥層の発光を妨げない範囲で、基板11とスピン欠陥層13の間、またはスピン欠陥層13と磁性材料層15の間に、他の層が存在してもよい。
【0026】
上述のように、スピン欠陥層13は、スピン欠陥の磁場に応じた発光強度の変化を利用したセンシングにより、微小な磁化変化を高感度に読み出すことができる。スピン欠陥層13からの発光強度を読出す機構として、後述するように、光検出層、光配線層等を積層内に組み込んでもよいし、積層の外部に設けてもよい。光スピンデバイス10は、既存のMRAMとは異なる概念で動作する、きわめて消費電力の低いデバイスである。電流により磁気情報を読み出す既存のMRAMと比較して、読み出し時の消費電力を大幅に削減することができる。
【0027】
光と電子スピンの相互作用を利用して情報を書き込むときは、電流により書き込みを行う既存のMRAMと比較して、書き込み時の消費電力も大幅に低減され、かつ、MRAMの書き込み速度の限界を超えることができる。また、反強磁性体のように高速な磁化反転が可能であるが、微小な磁化しか示さない材料や、電気を通さない絶縁性の材料であっても磁性材料層15に用いることができるので、材料選択の自由度が広がる。
【0028】
<第1実施例>
図2は、第1実施例の光スピンデバイス10Aの模式図である。光スピンデバイス10Aでは、光信号L
INによる情報の書き込みと、光信号L
OUTによる情報の読み出しを行う。
【0029】
光スピンデバイス10Aは、基板11上に磁性材料層15Aと、スピン欠陥層13と、光配線層21とを有する。この例では、磁性材料層15Aは垂直磁気異方性を有し、磁化の向きは基板面に対して垂直な方向である。磁性材料層15Aは、たとえば、GdFeCo合金、TbFeCo合金、Mn2CoGaホイスラー合金などの反強磁性材料で形成されている。
【0030】
光信号LINによって磁性材料層15Aが照射されると(動作(1))、照射された領域で磁性材料層15Aの磁化の向きが反転する(動作(2))。この磁化の反転は、光と電子スピン(及び電子スピンの集合体としての磁化)との相互作用によるものである。光の作用により変化した磁化の向きは、室温で不揮発的に維持される。
【0031】
磁性材料層15Aの磁化の向きを読み出すときは、励起光源17から出射される励起光L
PUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。
図2の例では、励起光L
PUMPを磁性材料層の上方から照射しているが、積層の側面から照射してもよいし、基板11の側から照射してもよい。また、外部光源の使用に替えて、磁性材料層15の上に励起用の発光層または発光素子を積層してもよい。後述するように、積層の順序、配置、材料等に応じて、励起光の照射構成を適宜設計できる。励起光源17として、レーザダイオード(LD)、発光素子(LED)等を用いてもよい。
【0032】
励起光LPUMPの照射は、通常は電磁波の照射下で行われるが、電磁波の照射は必須ではない。一般的には、共鳴周波数の電磁波(以下、「共鳴電磁波」と呼ぶ)を照射して電子スピンの状態を操作した状態において、励起光照射によるスピン欠陥の発光強度が非共鳴時の発光強度から変化することを利用して磁場を検出する。共鳴電磁波は磁場に非常に敏感に反応して変化するため、高感度に磁場強度を求めることができる。メモリ情報(例えば「0」と「1」の2値)の読み出しを行う場合は、磁場強度の高いほう(例えばこれを「1」と定義する)に共鳴周波数をセットしておき、0/1状態間で発光強度が増減するのを検出すれば良い。
【0033】
一方、レベルアンチクロッシングと呼ばれる特定の磁場強度における消光現象を利用することで、電磁波を照射することなく0/1を読み出すことも可能である。この場合は、「0」または「1」状態の磁場強度を消光現象が発現する特定の強度にセットする必要がある。すなわち、励起光の照射による磁場情報の読出しは、共鳴電磁波を照射した状態で磁場に応じた発光強度の変化を読み出してもよいし、レベルアンチクロッシング現象を利用して共鳴電磁波なしで発光強度の変化を読み出してもよい。
【0034】
共鳴電磁波の照射とレベルアンチクロッシングについてより詳細に説明すると、スピン欠陥にスピンサブレベル間(ダイヤモンドNVの場合は0と±1の間、炭化ケイ素のシリコン空孔の場合は±1/2と±3/2の間)のエネルギー差に等しい電磁波、すなわち、共鳴電磁波を照射すると、スピン状態が変わる。これを操作と呼ぶ。この状態で励起光を照射すると、共鳴電磁波照射なしの場合と比較して、発光強度が増減(これは欠陥種に依存)する。磁場がかかっている場合、サブレベル間のエネルギー差がゼーマン分裂しただけ増加する。エネルギー差の増加に対応した共鳴電磁波を照射すれば、発光強度の増減が確認でき、共鳴電磁波の周波数から磁場強度(高度な測定を行えば磁場ベクトル(方向)もわかる)も得られる。
【0035】
実施形態の光スピンデバイス10を利用してメモリ動作させる場合は、磁場の有無や大小関係がわかれば良いので(方向は検知しない)、「0」または「1」状態の磁場強度(これは設計で決める)に応じた周波数に固定しておき(すなわち、掃引せずに)、共鳴する/しないを0/1と定義する。この検出方法をさらに進めて、レベルアンチクロッシングと呼ばれる現象、すなわち、ゼーマン分裂で分かれたスピンサブレベルがクロスするところで消光する現象を用いれば(磁場はクロスが発生する強度に合わせておく)、0/1判定が可能である。この方法では電磁波が不要になるため、さらに低消費電力化が図れる。実施例では、電磁波の照射下でスピン欠陥層13の発光の変化を検知してもよいし、電磁波の照射なしに発光強度の変化を読み出してもよい。
【0036】
スピン欠陥に捕獲されている電子は、励起光L
PUMPにより励起された後、速やかに(10ナノ秒のオーダーで)基底状態に遷移して発光する(動作(4))。このときの発光強度は、スピン欠陥層13の励起位置に作用する磁場の方向や大きさによって変化する(共鳴時)。
図2の構成では、書き込み用の光信号L
INの波長と、励起光L
PUMPの波長と、スピン欠陥からのフォトルミネッセンスの波長は、互いの機能、すなわち、磁化方向の変更と磁場変化の検出が相互に干渉しないように選択されている。
【0037】
スピン欠陥層13からの発光は、光配線層21から光信号LOUTとして出力される(動作(5))。光配線層21は、スピン欠陥から放出された光を外部に取り出すことのできる任意の構成をとり得る。フォトニック結晶導波路で光信号を取り出してもよいし、回折格子やマイクロミラーとシリコン導波路との組み合わせを用いてもよい。また、光配線の少なくとも一部に光ファイバを用いてもよい。
【0038】
光スピンデバイス10Aの積層順序は
図2の例に限定されない。磁性材料層15Aからスピン欠陥層13への磁場の作用を妨げない限り、スピン欠陥層13と磁性材料層15Aの間に光配線層21を配置してもよい。この場合、基板11の側から読み出し用の励起光と電磁波をスピン欠陥層13に照射してもよい。
図2の構成は、配線遅延がほとんどなく、電力消費が非常に少なく、高速、高感度の書き込みと読み出しが実現される。
【0039】
<第2実施例>
図3は、第2実施例の光スピンデバイス10Bの模式図である。光スピンデバイス10Bは、基板11上に磁性材料層15Bと、スピン欠陥層13と、光配線層21を有する。
図2と同様に、光スピンデバイス10Bは、光信号L
INによる情報の書き込みと、光信号L
OUTによる情報の読み出しを行う。
【0040】
磁性材料層15Bは、膜面と水平な方向に磁化容易軸を有する。磁性材料層15Bは、たとえば、強磁性材料の薄膜で形成されている。直線偏光の光を用いて、磁性材料層15Bに磁気情報が書き込まれる。直線偏光の光信号LINによって磁性材料層15Bが照射されると(動作(1))、照射された領域で磁性材料層15Bの磁化の向きが面内で変化する(動作(2))。光の作用により変化した磁化の向きは、室温で不揮発的に維持される。
【0041】
磁性材料層15Bの磁気情報を読み出すときは、励起光源17からの励起光LPUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。上述したように、磁場強度の高い方の共鳴周波数に合わせた電磁波を照射して電子スピンの状態を操作した状態で励起光を照射してもよい。あるいは、レベルアンチクロッシング現象を利用して共鳴電磁波の照射なしに、励起光を照射してもよい。励起光の照射により、スピン欠陥から発光が得られる(動作(4))。このときの発光強度は、スピン欠陥層13に作用する磁場の方向や大きさによって変化する。スピン欠陥層13からの発光は、光配線層21から光信号LOUTとして出力される(動作(5))。
【0042】
図3の構成でも、配線遅延がほとんどなく、電力消費が非常に少なく、高速、高感度の書き込みと読み出しが実現される。
【0043】
<第3実施例>
図4は、第3実施例の光スピンデバイス10Cの模式図である。光スピンデバイス10Cは、光信号L
INにより磁気情報を書き込み、電気信号I
OUTにより磁気情報を読み出す。光スピンデバイス10Cは、基板11上に、磁性材料層15と、スピン欠陥層13と、光検出層22を有する。磁性材料層15は、垂直磁気異方性を有する磁性材料層15Aであってもよいし、面内に磁化容易軸を有する磁性材料層15Bであってもよい。
【0044】
光信号LINによって磁性材料層15が照射されると(動作(1))、照射された領域で磁性材料層15の磁化の向きが変化する(動作(2))。磁性材料層15に用いられている材料や磁化容易軸の方向に応じて、楕円偏光または直線偏光の光を入射する。
【0045】
磁性材料層15の磁化の向きを読み出すときは、励起光源17からの励起光LPUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。励起光の照射によりスピン欠陥からフォトルミネッセンスによる発光が生じる(動作(4))。発光強度は、スピン欠陥層13に作用する磁場の方向や大きさによって変化する。スピン欠陥層13からの発光は、光検出層22で受光され、電気信号IOUTとして光電流が出力される(動作(5))。
【0046】
光検出層22は、pn接合を用いた一般的なフォトダイオードを用いてもよいし、受光感度とS/N比が高いアバランシェフォトダイオード(APD)を用いてもよい。光検出層22としては低バイアスで微弱な光を検出できるものが望ましく、スピン欠陥からの発光の波長に応じて、材料、組成、構成等が選択される。微弱な可視光や近赤外光を検出する場合は、たとえばSi/InGaAsのPINフォトダイオードを用いてもよい。
【0047】
磁性材料層15がもつ磁気情報は、スピン欠陥層13の発光強度の変化、すなわち光電流の電流値または光パルス数の変化として読み出される。光電流は、トランスインピーダンスアンプによって電圧値に変換されてもよい。
【0048】
図4の構成では、書き込みが光信号で行われ、書込み時の消費電力が大幅に低減されるとともに、書き込み速度が向上する。基板11上の積層の順序や励起光L
PUMPの照射方向が
図4の例に限定されないことは、第1実施例、及び第2実施例と同様である。各層の機能を妨げない限り、積層順序や励起光源17の位置を変えてもよい。
【0049】
<第4実施例>
図5は、第4実施例の光スピンデバイス10Dの模式図である。光スピンデバイス10Dは、電気信号E
INにより磁気情報を書き込み、光信号L
OUTにより磁気情報を読み出す。
【0050】
光スピンデバイス10Dは、基板11上に、磁性材料層15、書込み電極層24、スピン欠陥層13、及び光配線層21を有する。磁性材料層15は、垂直磁気異方性を有する磁性材料層15Aであってもよいし、面内に磁化容易軸を有する磁性材料層15Bであってもよい。
【0051】
書込み電極層24に電流または電圧を電気信号EINとして印加することで(動作(1))、磁性材料層15の磁化の方向が変化し、磁気情報が書き込まれる(動作(2))。
電気信号EINとして電流が印加されるときは、書込み電極層24から磁性材料層15にスピントルク(スピン移行トルク、及び、スピン軌道トルクを含む)が作用して、磁化の方向が変化する。電圧が印加されるときは、電圧印加により生じる磁性材料層15の磁気異方性の変化を利用して、磁化の方向を変化させる。書込み電極層24は、スピン欠陥層13が磁性材料層15からの磁場の変化を検知できる程度に薄く形成されているのが望ましい。
【0052】
磁性材料層15の磁化の向きを読み出すときは、共鳴電磁波の照射下で、励起光源17からの励起光L
PUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。
図5では、磁性材料層15の側から励起光L
PUMPが照射されているが、励起光L
PUMPは基板11の側から照射されてもよい。この場合、書込み電極層24は反射膜として機能し、励起光L
PUMPによる磁性材料層15の誤動作を防止することができる。
【0053】
励起光LPUMPの照射により、スピン欠陥層13から発光が得られる(動作(4))。フォトルミネッセンスによる発光強度は、スピン欠陥層13に作用する磁場の方向や大きさによって変化する。スピン欠陥層13からの発光は、光配線層21から光信号LOUTとして出力される(動作(5))。
【0054】
図5の構成では、読出し時の消費電力と配線遅延はゼロに近く、高速、高感度の読出しが実現される。基板11上の積層の順序や励起光L
PUMPの照射方向が
図5の例に限定されないことは、第1実施例から第3実施例と同様である。各層の機能を妨げない限り、積層順序や励起光源17の位置を変えてもよい。
【0055】
<第5実施例>
図6は、第5実施例の光スピンデバイス10Eの模式図である。光スピンデバイス10Eは、電気信号E
INにより磁気情報を書き込み、電気信号I
OUTにより磁気情報を読み出す。
【0056】
光スピンデバイス10Eは、基板11上に、磁性材料層15、書込み電極層24、スピン欠陥層13、及び光検出層22を有する。磁性材料層15は、垂直磁気異方性を有する磁性材料層15Aであってもよいし、面内に磁化容易軸を有する磁性材料層15Bであってもよい。
【0057】
書込み電極層24に電流または電圧を電気信号EINとして印加することで(動作(1))、磁性材料層15の磁化の方向が変化し、磁気情報が書き込まれる(動作(2))。磁性材料層15の磁気情報を読み出すときは、共鳴電磁波の照射下で、励起光源17からの励起光LPUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。励起光LPUMPを基板11の側から照射してもよいことは、上述したとおりである。励起光LPUMPの照射によりスピン欠陥から発光が得られる(動作(4))。スピン欠陥層13からの発光は、光検出層22で受光され、電気信号IOUTとして光電流が出力される(動作(5))。
【0058】
図6の構成は、書き込みと読出しの双方が電気信号で行われるが、既存のMRAMと異なり、磁性材料層が発する磁界に応じたスピン欠陥の発光強度の変化を利用して磁気情報を読み出すので、磁気情報のセンシング感度が大幅に向上されている。磁気抵抗効果を利用して磁気情報を読み出す既存のMRAMでは、磁性材料層の材料が顕著な磁気抵抗効果が発現する一部のもの(例えば、Fe/MgOトンネル接合)に限られるが、磁界を検出して磁気情報を読み出す本素子では、高速かつ少ない消費電力で磁化の反転が可能な反強磁性体や電気を流さない絶縁性の磁性体(例えば、Bi:YIG)など、様々な材料を用いることができる。基板11上の積層の順序や励起光L
PUMPの照射方向が
図6の例に限定されないことは、第1実施例から第4実施例と同様である。各層の機能を妨げない限り、積層順序や励起光源17の位置を変えてもよい。
【0059】
<第6実施例>
図7は、第6実施例の光スピンデバイス10Fの模式図である。光スピンデバイス10Fは、基板11上に、磁性材料層15と、スピン欠陥層13と、光配線層21を有する。磁性材料層15は、磁化の方向が固定された固定層151と、磁化の方向が反転可能な自由層152と、固定層151と自由層152の間に配置されるスペーサ層153を含む。
【0060】
固定層151として、CoFeB、FePt、CoPt等の強磁性材料を用い、自由層152として、GdGeCo、TbFeCo、Mn2CoGa等の反強磁性材料を用いてもよい。スペーサ層153は、非磁性材料で形成されていてもよい。
【0061】
光信号LINによって磁性材料層15が照射されると(動作(1))、照射された領域で自由層152の磁化の向きが変化する(動作(2))。磁性材料層15に用いられている材料や磁化容易軸の方向に応じて、楕円偏光または直線偏光の光を入射する。
【0062】
磁性材料層15の磁化の向きを読み出すときは、共鳴電磁波の照射下で、励起光源17からの励起光LPUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。励起光LPUMPを基板11の側から照射してもよいことは、上述したとおりである。励起光LPUMPの照射により、スピン欠陥から発光が得られる(動作(4))。スピン欠陥層13からの発光は、光配線層21により、光信号LOUTとして出力される(動作(5))。
【0063】
図7の構成では、固定層151と自由層152の磁化の向きが同じときは、2つの層の磁場の加算値(論理値「1」に相当)が読み出される。固定層151と自由層152の磁化の向きが逆のときは、2つの磁場の差分(論理値「0」に相当)が読み出される。スピン欠陥層13で作用する磁場の和と差を検知することで、読出し感度が向上する。
【0064】
図7の構成例では、光信号L
INによる磁気情報の書き込みと、光信号L
OUTによる読み出しが行われているが、書込みと読出しのいずれか一方を電気信号により行ってもよい。磁性材料層15に光を作用させるか電気を作用させるかによって、磁性材料層15の層構成、各層の材料などが適切に選択される。固定層151と自由層152の配置は積層方向の配置に限定されず、同じ面内に配置されてもよい。ひとつの区画に同面積の固定層151と自由層152を並べ、磁化の向きを発光強度の変化としてスピン欠陥層13で検知することで、固定層151と自由層152の磁場の差と和、すなわち情報の「0」と「1」を読み出すことができる。
【0065】
<第7実施例>
図8は、第7実施例の光スピンデバイス10Gの模式図である。光スピンデバイス10Gは、基板11上に磁性材料層15Aと、スピン欠陥層13と、光配線層21を有する。磁性材料層15Aとスピン欠陥層13は、所定の間隔をおいて同じ面内に配置されている。
【0066】
図8の構成例では、光配線層21上で空気層18を間に挟んで、垂直磁気異方性を有する磁性材料層15Aと、スピン欠陥層13が配置されている。空気層18は、スペーサ層の一例である。空気層18の幅、すなわち磁性材料層15Aとスピン欠陥層13の間の距離は、磁性材料層15Aの磁場がスピン欠陥層13に作用し得る距離である。磁性材料層15Aは、GdFeCo合金、TbFeCo合金、Mn
2CoGaホイスラー合金などの反強磁性材料で形成され得る。
【0067】
楕円偏光の光信号L
INによって磁性材料層15Aが照射されると(動作(1))、照射された領域で磁性材料層15Aの磁化の向きが反転する(動作(2))。磁性材料層15Aの磁化の向きを読み出すときは、励起光源からの励起光L
PUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。
図8の配置構成では、スピン欠陥の発光波長によっては、書込み用の光信号L
INと励起光L
PUMPは同じ波長λ1の光であってもよい。
【0068】
スピン欠陥層13は、励起光LPUMPにより励起されて、フォトルミネッセンスによる発光を示す(動作(4))。スピン欠陥層13からの発光は、光信号LOUTとして光配線層21から出力される(動作(5))。
【0069】
図8の構成は、磁性材料層15が材質や厚さによって不透明な場合に有用である。また書込みと読出しに同一波長の光を使用し得る点でも有利である。書込みと読出しの双方で電力使用や配線遅延を最小にできることは
図2と同様である。
【0070】
<第8実施例>
図9は、第8実施例の光スピンデバイス10Hの模式図である。光スピンデバイス10Hは、基板11上に、磁性材料層15Bと、スピン欠陥層13と、光配線層21を有する。磁性材料層15Bとスピン欠陥層13は、間に透磁性層19を挟んで同じ面内に配置されている。透磁性層19はスペーサ層の一例である。透磁性層19は、パーマロイ、フェライト等の高透磁率材料で形成されており、スピン欠陥層13に磁力線を集中させるヨークとして機能することで、スピン欠陥層13による磁性材料層15Bの磁化の検出感度が向上する。磁性材料層15Bは、面内方向に磁化容易軸を有し、磁性材料層15Bが生成する磁場は、透磁性層19を介してスピン欠陥層13に作用する。
【0071】
直線偏光の光信号L
INによって磁性材料層15Bが照射されると(動作(1))、照射された領域で磁性材料層15Bの磁化の向きが変化する(動作(2))。磁性材料層15Bの磁化の向きを読み出すときは、励起光源からの励起光L
PUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。
図9の配置構成で、スピン欠陥の発光波長によっては、書込み用の光信号L
INと励起光L
PUMPは同じ波長λ1の光であってもよい。
【0072】
スピン欠陥層13は、励起光LPUMPにより励起されて、フォトルミネッセンスによる発光を示す(動作(4))。スピン欠陥層13からの発光は、光信号LOUTとして光配線層21から出力される(動作(5))。
【0073】
図9の構成も、磁性材料層15が材質や厚さによって不透明な場合に有用である。また書込みと読出しに同一波長の光を使用し得る点でも有利である。書込みと読出しの双方で電力使用や配線遅延を最小にできることは
図3と同様である。
【0074】
<第9実施例>
図10は、第9実施例の光スピンデバイス10Iの模式図である。光スピンデバイス10Iは、基板11上に、垂直磁気異方性の磁性材料層15Aと、スピン欠陥層13と、透磁性層29と、光配線層21を有する。磁性材料層15Aとスピン欠陥層13は、透磁性層29上で空気層18を間に挟んで、同じ面内に配置されている。空気層18はスペーサ層として、磁性材料層15Aとスピン欠陥層13の間を隔てる。
【0075】
透磁性層29はヨークとして機能し、スピン欠陥層13の検出感度を向上する。透磁性層29は、スピン欠陥層13からの発光に対して光配線層21への出力を妨げない程度に透明であるか、光を透過する部分を備える。透磁性層29の配置位置は、スピン欠陥層13と磁性材料層15Aの下層に限定されず、スピン欠陥層13及び磁性材料層15Aの下層と上層の少なくとも一方に配置されていてもよい。スピン欠陥層13と磁性材料層15Aの下層と上層に透磁性層29を設ける場合は、磁力線を集中させる効果が高まりスピン欠陥層13の検出感度が向上する。なお、透磁性層29をスピン欠陥層13と磁性材料層15Aの上方に設ける場合には、透磁性層29は、磁性材料層15Aへの書き込み及びスピン欠陥層13による読み出しを妨げない程度に書込み用の光と励起光に対して透明であるか、または、光を透過させる領域を備えている。
【0076】
楕円偏光の光信号L
INによって磁性材料層15Aが照射されると(動作(1))、照射された領域で磁性材料層15Aの磁化の向きが反転する(動作(2))。磁性材料層15Aから発せられる磁場は、透磁性層29を介して、スピン欠陥層13に作用する。垂直磁化膜では、磁力線は磁性材料層15Aの上下方向(面直方向)に出入りし、磁力線が磁性材料層15Aの上下の空間を介してスピン欠陥層13に作用する。
図10のように透磁性層29があることで、空気中に広がっていく磁力線が透磁性層29に集められるので、スピン欠陥層13に作用する磁場が強くなる。磁性材料層15Aの磁気情報を読み出すときは、励起光源からの励起光L
PUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。
図10の配置構成では、スピン欠陥の発光波長によっては、書込み用の光信号L
INと励起光L
PUMPは同じ波長λ1の光であってもよい。
【0077】
スピン欠陥層13は、励起光LPUMPにより励起されて、フォトルミネッセンスによる発光を示す(動作(4))。スピン欠陥層13からの発光は、光信号LOUTとして光配線層21から出力される(動作(5))。
【0078】
図10の構成は、スピン欠陥層13の検出感度の向上や磁性材料層からの磁力線の漏れ出しを抑制できる点で有利である。書込みと読出しに同一波長の光を使用し得る点、書込みと読出しの双方で電力使用や配線遅延を最小にできることは
図8と同様である。
【0079】
<第10実施例>
図11は、第10実施例の光スピンデバイス10Jの模式図である。光スピンデバイス10Jは、基板11上に、水平方向に磁化容易軸を有する磁性材料層15Bと、スピン欠陥層13と、透磁性層19と、光配線層21を有する。
【0080】
スピン欠陥層13は、透磁性層19で周囲を囲まれており、スピン欠陥層13と磁性材料層15Bは、透磁性層19を間に挟んで、同じ面内に配置されている。透磁性層19はスペーサ層として機能すると同時に、ヨークとしても機能し、スピン欠陥層13の検出感度を向上する。
【0081】
直線偏光の光信号L
INによって磁性材料層15Bが照射されると(動作(1))、照射された領域で磁性材料層15Bの磁化の向きが変化する(動作(2))。磁性材料層15Bから発せられた磁場は、透磁性層19を介して、スピン欠陥層13に作用する。磁性材料層15Bから情報を読み出すときは、共鳴電磁波の照射下で、励起光源からの励起光L
PUMPでスピン欠陥層13を照射する(動作(3))。
図11の配置構成で、スピン欠陥の発光波長によっては、書込み用の光信号L
INと励起光L
PUMPは同じ波長λ1の光であってもよい。
【0082】
スピン欠陥層13は、励起光LPUMPにより励起されて、フォトルミネッセンスによる発光を示す(動作(4))。スピン欠陥層13からの発光は、光信号LOUTとして光配線層21から出力される(動作(5))。
【0083】
図11の構成は、スピン欠陥層13の検出感度の向上や単位セルからの磁力線の漏れ出しを抑制できる点で有利である。書込みと読出しに同一波長の光を使用し得る点、書込みと読出しの双方で電力使用や配線遅延を最小にできることは
図9と同様である。
【0084】
<情報保持装置への適用>
実施形態の光スピンデバイス10(実施例1~10の光スピンデバイス10A~10Jを含む)は、超高速、高感度、低消費電力の微細素子という性質から、磁気メモリ、論理デバイス、量子コンピューティング、ニューロモルフィックコンピューティング等の情報保持・処理装置への適用が期待される。
【0085】
図12は、実施形態の光スピンデバイス10を適用した情報保持装置100の模式図である。
図12の例では、情報保持装置100は、磁性材料層15とスピン欠陥層13が積層方向に配置される第1実施例~第6実施例の構成を基にしており、情報記録層L1と、情報検知層L2と、情報読出層L3を有する。この例では、情報記録層L1として、
図7の固定層151と自由層152の積層を含む垂直磁気異方性の磁性材料層15を用いている。図中の白の領域は、固定層151と自由層152の磁化の方向が逆向き(図中、逆方向の矢印で示されている)で、情報「0」が記録された領域である。灰色の領域は、固定層151と自由層152の磁化の方向が揃っており(図中、太い上向きの矢印で示されている)、情報「1」が記録された領域である。
【0086】
光スピンデバイス10の磁性材料層15は、情報記録層L1として用いられ、書込み信号SIGによって情報が書き込まれる。書込み信号SIGは、光信号であってもよいし、電気信号であってもよい。電流または電圧の印可により情報を書き込む場合は、情報記録層L1に書込み電極層が含まれていてもよい。
【0087】
光スピンデバイス10のスピン欠陥層13は、情報検知層L2として用いられる。光スピンデバイス10の光配線層21または光検出層22は、情報読出層L3として用いられる。
図12の例では、フォトダイオード111と配線112を含む光検出層22が情報読出層L3として用いられている。
【0088】
情報保持装置100の情報記録層L1は、多数の記録セル311を有し、記録セル311ごとに独立して情報の書き込みと読み出しが可能である。これを実現するため、磁性材料層15は多数の記録セル311にパターニングされている。図示の便宜上、3×2個の記録セル311のみが描かれているが、実際は多数のセルがマトリクス状に配置されている。ひとつの記録セル311の面積は微細であり、例えば書込み用の光信号LINのビーム径程度であってもよい。書込み信号SIGを記録セル311に対して相対的に走査することで、記録セル31ごとに個別に情報値を書き込むことができる。
【0089】
各記録セル31に書き込まれた情報は、電磁波の照射下で(電磁波の図示は省略)、または電磁波の照射なしに、読出し対象の記録セル311に対応する位置のスピン欠陥層13に励起光LPUMPで照射することで、情報検知層L2によって検知される。励起されたスピン欠陥層13から放出される発光強度の変化は、対応する記録セル311の磁場の大きさを表している。
【0090】
スピン欠陥層13は、一例として、N-V中心131を含むダイヤモンドの層である。スピン欠陥層13は、情報記録層L1の記録セル311の列または行に対応して形成された溝内にN-V中心を有する。
【0091】
N-V中心からの発光は、情報読出層L3を構成する光検出層22のフォトダイオード111によって検出され、入射光の強度と相関する光電流が配線112から出力される。配線112は、任意の導電性材料で基板11上に形成されており、高濃度にドープされた半導体、金属の良導体などで形成され得る。
【0092】
情報保持装置100は、光または電気とスピンの相互作用を利用した磁気情報の書き込みと、スピン欠陥を利用した超高感度な磁場センシングに基づく磁気情報の読み出しを組み合わせており、既存の不揮発性メモリを大幅に超える省電力化と高速化を実現する。情報保持装置100は、既存のMRAMでは困難な光情報技術への応用や、電子情報と光情報の融合技術への応用が可能である。光配線と電子配線の間で電気信号と光信号を変換する不揮発性超高速バッファメモリ、環境内の多様なセンサからの情報を記録して光配線に出力する超低消費電力メモリなどへの適用も可能であり、IoTの発展に即したデバイス構成が実現される。
【0093】
情報保持装置100は、1ナノ秒以下の書込み速度が可能であり、MRAM等の既存のメモリと比較して非常に高速である。情報保持装置100は、ビット当たりフェムトジュール(fJ/b)で動作し、既存の不揮発性メモリと比較して消費電力が大幅に低減される。
【0094】
以上、特定の構成例に基づいて実施形態の光スピンデバイスと情報保持装置を説明してきたが、本発明は上述した構成例に限定されず、多様な変形または置換が可能である。たとえば、磁性材料層15とスピン欠陥層13を同じ面内に配置する構成では、空気層、透磁性層に替えて、MgO等の非磁性層を用いてもよい。第1実施例~第10実施例の構成は相互に組み合わせ可能であり、面内配置型の光スピンデバイス10G~10Jの書込みまたは読出しを電気信号で行ってもよい。固定層と自由層を組み合わせて情報記録層L1を形成する場合は、ひとつの記録セル311内に面内方向に固定層と自由層を配置してもよい。励起光LPUMPの照射方向は、積層の上方からの照射に限定されず、層構造に応じて、積層の横方向、基板11側からの照射を行ってもよい。
【0095】
情報保持装置100に、面内配置型の光スピンデバイス10G~10Jの構成を適用して、セルごとに、情報記録層L1と情報検知層L2を同じ面内に設けてもよい。情報保持装置100に、情報の書込み位置と読み出し位置を順次選択し制御する制御回路を接続してもよい。制御回路は、記録セル311ごとの情報の書込みと読出しに同期して、書込み用の光信号LINと励起光LPUMPの情報記録層L1に対する相対位置を制御してもよい。
【0096】
光スピンデバイスの動作方法は、磁性材料層と、電子スピンの状態を外部から操作可能でありかつ磁場に応じて発光強度が変化する欠陥を含むスピン欠陥層とを組み合わせ、前記磁性材料層に光信号または電気信号を入力して磁化の方向を変化させ、前記スピン欠陥層を励起して前記欠陥で発光を生じさせ、前記発光から前記磁性材料層の前記磁化の方向を電気的または光学的に読み出す。光スピンデバイスは、このような動作を実現する任意の構成を採用し得る。
【符号の説明】
【0097】
10、10A~10J 光スピンデバイス
11 基板
13 スピン欠陥層
15 磁性材料層
151 固定層
152 自由層
153 スペーサ層
17 励起光源
18 空気層(スペーサ層)
19、29 透磁性層(スペーサ層)
21 光配線層
22 光検出層
24 電極層
100 情報保持装置
111 フォトダイオード
112 配線
131 N-V中心
311 記録セル
L1 情報記録層
L2 情報検知層
L3 情報読出層