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特許7558511被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測するための方法、脳微小出血の重症化リスクの高い被験者をスクリーニングするための方法、及びそれらに用いるキット
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  • 特許-被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測するための方法、脳微小出血の重症化リスクの高い被験者をスクリーニングするための方法、及びそれらに用いるキット 図1A
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測するための方法、脳微小出血の重症化リスクの高い被験者をスクリーニングするための方法、及びそれらに用いるキット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/689 20180101AFI20240924BHJP
   C07K 14/315 20060101ALI20240924BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240924BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240924BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20240924BHJP
【FI】
C12Q1/689 Z
C07K14/315 ZNA
G01N33/53 M
G01N33/50 Z
C12N15/31
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020170952
(22)【出願日】2020-10-09
(65)【公開番号】P2022062814
(43)【公開日】2022-04-21
【審査請求日】2023-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】517448489
【氏名又は名称】合同会社H.U.グループ中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】湯原 悟志
(72)【発明者】
【氏名】西脇 森衛
(72)【発明者】
【氏名】猪原 匡史
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 聡
(72)【発明者】
【氏名】服部 頼都
【審査官】團野 克也
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-068678(JP,A)
【文献】猪原匡史,特定の虫歯菌(Cnm陽性ミュータンス菌)を保有する人は脳出血リスクが上昇する,医学のあゆみ,2019年,271・2,202-203
【文献】Inenaga C et al,A Potential New Risk Factor for Stroke: Streptococcus Mutans With Collagen-Binding Protein,World Neurosurg,2018年,113,e77-e81
【文献】Tonomura S et al,Intracerebral hemorrhage and deep microbleeds associated with cnm-positive Streptococcus mutans; a hospital cohort study,Sci Rep,2016年,6,20074
【文献】Watanabe I et al,Oral Cnm-positive Streptococcus Mutans Expressing Collagen Binding Activity is a Risk Factor for Cerebral Microbleeds and Cognitive Impairment,Sci Rep,2016年,6,38561
【文献】Nomura R et al,Molecular and clinical analyses of the gene encoding the collagen-binding adhesin of Streptococcus mutans,J Med Microbiol,2009年,58・Pt 4,469-475
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C12Q
G01N 33/48 - 33/98
DB名 JSTPlus/JMEDPlus
/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS
/EMBASE(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ
/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測するための指標となる情報を提供する方法であり、
被験者由来の検体に含まれるストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域のアミノ酸配列長を取得し、前記指標として提供することを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記リピート領域のアミノ酸配列長が111残基以上である被験者を、脳微小出血の重症化リスクが高いと予測するための指標となる情報を提供する方法であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
脳微小出血の重症化リスクの高い被験者をスクリーニングするための指標となる情報を提供する方法であり、
被験者由来の検体に含まれるストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域のアミノ酸配列長を取得し、前記指標として提供することを特徴とする、方法。
【請求項4】
前記リピート領域のアミノ酸配列長が111残基以上である被験者を、脳微小出血の重症化リスクが高いと判断して選別するための指標となる情報を提供する方法であることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記リピート領域が、各アミノ酸残基が4~10残基である複数のリピートユニットからなる領域であることを特徴とする、請求項1~4のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記リピートユニットが、それぞれ独立に、少なくとも2残基のトレオニンを含むユニットであることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記リピートユニットが、それぞれ独立に、最初のアミノ酸残基がトレオニン又はアラニンであるユニットであることを特徴とする、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記リピートユニットが、それぞれ独立に、最後のアミノ酸残基がプロリン又はセリンであるユニットであることを特徴とする、請求項5~7のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
請求項1~8のうちのいずれか一項に記載の方法に用いるためのキットであり、ストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域を増幅可能なオリゴヌクレオチドプライマーを含むことを特徴とする、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測するための方法、脳微小出血の重症化リスクの高い被験者をスクリーニングするための方法、及びそれらに用いるキットに関する。
【背景技術】
【0002】
脳微小出血(Cerebral microbleeds:CMBs、MBs)は、破綻した毛細血管から僅かな赤血球が血管外に流出する症状を示し、健常人(5%)に比べて明らかに高頻度に、脳出血患者の約60%、脳梗塞患者の約35%、アルツハイマー病患者の約30%、軽度認知機能障害患者の約15%にみられる。また、複数の脳微小出血がある患者において、出血での脳卒中(脳出血)の発症率や再発率が高いことも知られている。そのため、脳微小出血の数や頻度といった重症度は、これらの疾患の発症リスクの予測や病態の把握に必要な要素の一つと考えられている。
【0003】
微小脳出血の原因には、主に、高血圧性細動脈症(Hypertensive arteriopathy:HA)や脳アミロイドアンギオパチー(Cerebral amyloid angiopathy:CAA)があるが、近年、特定の株のストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans(S.mutans))が脳微小出血や脳出血に関連することが報告されている。
【0004】
例えば、特開2010-233552号公報(特許文献1)には、CNM(Collagen―binding adhesin)タンパク質をコードするcnm遺伝子を保有するCNM陽性S.mutansが出血性脳卒中と関係すること、及びその原因が当該CNMタンパク質にあることが記載されている。また、S.Tonomuraら,Scientific Reports,6:20074,DOI:10.1038/srep20074(2016)(非特許文献1)には、cnm遺伝子を保有するCNM陽性S.mutansが血管壁のコラーゲンと結合することで血管の傷口に集まって血小板の止血作用を阻害することや、脳内の炎症を惹き起こして脳出血の発症に関与することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2010-233552号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】S.Tonomuraら,Scientific Reports,6:20074,DOI:10.1038/srep20074(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のようにCNM陽性S.mutansが脳微小出血の発症に関与することはこれまでに報告されているが、CNM陽性S.mutansの保菌者の中でも、脳微小出血の重症度には差があり、その原因は不明であった。そのため、脳微小出血が重症となる可能性、すなわち、脳微小出血の重症化リスクの予測や、同重症化リスクの高い被験者のスクリーニングが可能な方法は、これまでに存在していなかった。
【0008】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測できる方法、脳微小出血の重症化リスクが高い被験者をスクリーニングできる方法、及びそれらの方法に用いるキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく鋭意検討を行い、本発明者らは、先ず、脳微小出血の数が診断により確定されている患者から検体を採取し、当該検体に含まれるストレプトコッカス・ミュータンスの全ゲノム配列より、CNMタンパク質のアミノ酸配列(本明細書中、場合により「CNMアミノ酸配列」という)の全長を取得した。次いで、各検体から取得したCNMアミノ酸配列のマルチプルアラインメントを行った。CNMタンパク質のB-リピート領域には多型が多く存在することは知られているが、本発明者らは、前記マルチプルアラインメントの結果、前記B-リピート領域と一部又は全てが重複する特定のリピート領域のアミノ酸配列長と、検体の脳微小出血の重症度(ここでは、脳微小出血の数)との間には明らかに関連があり、前記アミノ酸配列長が長いほど、前記脳微小出血の重症度が重症になることを見出した。そのため、CNMタンパク質の当該特定のリピート領域のアミノ酸配列長を指標として、被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測し、また、脳微小出血の重症化リスクが高い被験者をスクリーニングすることが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
かかる知見により得られた本発明の態様は次のとおりである。
[1]
被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測するための方法であり、
被験者由来の検体に含まれるストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域のアミノ酸配列長を指標として、被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測することを特徴とする、方法。
[2]
前記リピート領域のアミノ酸配列長が111残基以上である被験者を、脳微小出血の重症化リスクが高いと予測することを特徴とする、[1]に記載の方法。
[3]
脳微小出血の重症化リスクの高い被験者をスクリーニングするための方法であり、
被験者由来の検体に含まれるストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域のアミノ酸配列長を指標として、被験者をスクリーニングすることを特徴とする、方法。
[4]
前記リピート領域のアミノ酸配列長が111残基以上である被験者を、脳微小出血の重症化リスクが高いと判断して選別することを特徴とする、[3]に記載の方法。
[5]
前記リピート領域が、各アミノ酸残基が4~10残基である複数のリピートユニットからなる領域であることを特徴とする、[1]~[4]のうちのいずれか一項に記載の方法。
[6]
前記リピートユニットが、それぞれ独立に、少なくとも2残基のトレオニンを含むユニットであることを特徴とする、[5]に記載の方法。
[7]
前記リピートユニットが、それぞれ独立に、最初のアミノ酸残基がトレオニン又はアラニンであるユニットであることを特徴とする、[5]又は[6]に記載の方法。
[8]
前記リピートユニットが、それぞれ独立に、最後のアミノ酸残基がプロリン又はセリンであるユニットであることを特徴とする、[5]~[7]のうちのいずれか一項に記載の方法。
[9]
[1]~[8]のうちのいずれか一項に記載の方法に用いるためのキットであり、ストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域を増幅可能なオリゴヌクレオチドプライマーを含むことを特徴とする、キット。
【0011】
なお、本発明の構成によって上記目的が達成される理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、ストレプトコッカス・ミュータンスは、脳内に移動した際に、CNMタンパク質によって脳内の細胞と結合して脳内に留まり、脳微小出血を誘発すると考えられている。CNMタンパク質は、C末端側に位置するLPXTGモチーフにより菌の細胞壁と結合し、かつ、N末端側に位置するコラーゲン結合領域により脳内の細胞と結合する(野村ら,小児歯科学雑誌,52(1):1-11,2014)が、本発明に係る特定のリピート領域は、これらのLPXTGモチーフとコラーゲン結合領域との間に位置する。そのため、当該リピート領域の長さが長いほど、ストレプトコッカス・ミュータンスと脳内の細胞との間がフレキシブルに結合しやすく、脳内に留まりやすくなり、その結果、脳微小出血が重症化しやすくなるものと本発明者らは推察する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測できる方法、脳微小出血の重症化リスクが高い被験者をスクリーニングできる方法、及びそれらの方法に用いるキットを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A】各検体から取得したCNMアミノ酸配列のマルチプルアライメントの結果(リピート領域のN末端側)を示す図である。
図1B】各検体から取得したCNMアミノ酸配列のマルチプルアライメントの結果(リピート領域の中間)を示す図である。
図1C】各検体から取得したCNMアミノ酸配列のマルチプルアライメントの結果(リピート領域のC末端側)を示す図である。
図2】各検体から取得した遺伝子領域の遺伝子IDとその数とでクラスタリングしたヒートマップ図である。
図3】各検体から取得した遺伝子領域の遺伝子IDとその有無とでクラスタリングしたヒートマップ図である。
図4】重症化リスク予測の再現試験における、11検体分の電気泳動像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。本発明は、
被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測するための方法であり、
被験者由来の検体に含まれるストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域のアミノ酸配列長を指標として、被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測するための方法(以下、場合により、「脳微小出血重症化リスク予測方法」又は単に「予測方法」という)、並びに、
脳微小出血の重症化リスクの高い被験者をスクリーニングするための方法であり、
被験者由来の検体に含まれるストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域のアミノ酸配列長を指標として、被験者をスクリーニングするための方法(以下、場合により、「スクリーニング方法」という)
を提供する。
【0015】
(脳微小出血)
「脳微小出血」とは、破綻した毛細血管から僅かな赤血球が血管外に流出する症状を示す。本発明に係る脳微小出血としては、深部脳微小出血であっても皮質-皮質下脳微小出血であってもよいが、深部脳微小出血であることが好ましい。本発明において、「脳微小出血の重症化リスク」とは、既に発症している脳微小出血の重症度が重症となる可能性、又は脳微小出血を発症した場合にその重症度が重症となる可能性のことを示す。
【0016】
本発明において、「脳微小出血の重症度」は、好ましくは、脳微小出血及び/又はその痕跡の数により真に決定され、前記脳微小出血及びその痕跡の数は、典型的には、頭部画像診断により確認される。このような頭部画像診断としては、例えば、頭部MRI、頭部CT等が挙げられる。前記脳微小出血の重症度の基準は、脳微小出血に関連する疾患や方法の目的等に応じて適宜設定することができ、例えば、前記脳微小出血及びその痕跡の数の合計が0~1個であるものを脳微小出血の重症度が軽症、かつ、前記脳微小出血及びその痕跡の数の合計が2個以上であるものを脳微小出血の重症度が重症、とすることができる。前記脳微小出血が関連する疾患としては、例えば、脳出血、脳梗塞、アルツハイマー病、認知機能障害が挙げられる。
【0017】
(被験者)
本発明において、「被験者」とは、本発明の予測方法又はスクリ-ニング方法を行う対象のヒトを示し、健常者や自覚症状のない者であっても、予後の決定や治療効果の確認等を目的とした、既に脳微小出血を発症している又は過去に発症したことが既知の患者や前記脳微小出血が関連する疾患等に罹患していることが既知の患者であってもよい。
【0018】
(検体)
本発明において、前記被験者由来の「検体」としては、前記被験者から採取されたものであって下記のストレプトコッカス・ミュータンスが存在し得る限り特に制限はないが、一般的には、被験者(ヒト)から採取された、組織、体液、分泌物、排泄物等が挙げられる。これらの中でも、口腔又は咽頭から採取された組織、体液、分泌物、又は排泄物が好ましく、デンタルプラーク、唾液、口腔粘膜、又は咽頭粘膜がより好ましい。これらの検体としては、必要に応じて希釈液で適宜希釈又は懸濁されたものであっても前処理を施されたものであってもよい。
【0019】
(ストレプトコッカス・ミュータンス)
ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans(本明細書において、場合により「S.mutans」という))は、グラム陽性の連鎖球菌の一種であり、齲蝕の主要な原因細菌である口腔細菌として知られている。S.mutansとしては、4つの血清型(c、e、f、及びk)が知られている。本発明の予測方法及びスクリーニング方法の対象となるのは、このうち、下記のCNMタンパク質をコードするcnm遺伝子を保有するS.mutans(本明細書において、「CNM陽性S.mutans」という)である。CNM陽性S.mutansは、S.mutans全体の約10~20%であると報告されており、血清型kとして多く存在することが知られているが、これに制限されるものではない。
【0020】
(CNMタンパク質)
「CNM(Collagen―binding adhesin)タンパク質」は、「CBP(Collagen Binding Protein)」とも称される。CNMタンパク質は、分子量約120kDaのコラーゲン結合タンパク質であり、N末端側に位置するコラーゲン結合領域と、C末端側に位置する、同タンパク質を菌の細胞壁ペプチドグリカンに共有結合させるためのLPXTGモチーフと、これらの間に位置する繰り返し領域であるB-リピート領域と、から構成されている。CNMタンパク質のアミノ酸配列は、典型的には、タンパク質のアミノ酸配列が掲載された公知のデータベースUniprotKB(Universal Protein Resource Knowledgebase)のEntry_Name:C4B6T3_STRMGで示される。
【0021】
(リピート領域)
本発明の予測方法及びスクリーニング方法においては、前記CNMタンパク質のアミノ酸配列のうち、前記B-リピート領域と一部又は全て重複する領域を「リピート領域」として、そのアミノ酸配列長を予測又は選別の指標とする。
【0022】
本発明に係る「リピート領域」は、具体的には、配列番号:1で示されるアミノ酸配列(AAGGVDGR)のC末端に隣接する1残基目から、配列番号:2で示されるアミノ酸配列(TTTEVSSE)のN末端に隣接する1残基目までの間の領域を示し、「リピート領域のアミノ酸配列長」は、この配列番号:1で示されるアミノ酸配列のC末端に隣接する1残基目を第1番目の残基とし、配列番号:2で示されるアミノ酸配列のN末端に隣接する1残基目を最後の残基とする、アミノ酸残基数を示す。本発明に係る「リピート領域」として、より好ましくは、配列番号:3で示されるアミノ酸配列(TTTTTEKP)から開始される領域を示す。
【0023】
配列番号:1で示されるアミノ酸配列は、そのうちの1個のアミノ酸残基(好ましくは、N末端側から1~7残基目までのアミノ酸残基のうちの1個のアミノ酸残基)が欠損又は置換されたものであっても、さらに1個のアミノ酸残基が挿入されたもの(好ましくは、N末端側から8残基目以前に挿入されたもの)であってもよい。配列番号:2で示されるアミノ酸配列は、そのうちの1個のアミノ酸残基(好ましくは、N末端側から3残基目以降のアミノ酸残基のうちの1個のアミノ酸残基)が欠損又は置換されたものであっても、さらに1個のアミノ酸残基が挿入されたもの(好ましくは、N末端側から3残基目以降に挿入されたもの)であってもよい。さらに、配列番号:3で示されるアミノ酸配列は、そのうちの1個のアミノ酸残基(好ましくは、N末端側から3残基目以降のアミノ酸残基のうちの1個のアミノ酸残基)が欠損又は置換されたものであっても、さらに1個のアミノ酸残基が挿入されたもの(好ましくは、N末端側から3残基目以降に挿入されたもの)であってもよい。
【0024】
本発明に係るリピート領域は、互いに共通又は類似するアミノ酸配列である複数のリピートユニットからなる領域である。このようなリピート領域の構成単位であるリピートユニットとしては、それぞれ独立に、アミノ酸残基が4~10残基であることが好ましく、5~8残基であることがより好ましい。また、本発明に係るリピートユニットとしては、それぞれ独立に、そのうちの少なくとも2個のアミノ酸残基がトレオニン(T)であることが好ましく、2個のトレオニン(T)残基が連続していることがより好ましく、3個のトレオニン(T)残基が連続していることがさらに好ましい。さらに、本発明に係るリピートユニットとしては、それぞれ独立に、最初のアミノ酸残基がトレオニン(T)又はアラニン(A)であることも好ましく、トレオニン(T)であることがより好ましい。また、本発明に係るリピートユニットとしては、それぞれ独立に、最後のアミノ酸残基がプロリン(P)又はセリン(S)であることも好ましく、プロリン(P)であることがより好ましい。
【0025】
このようなリピートユニットのアミノ酸配列として、より具体的には、例えば、配列番号:3で示されるアミノ酸配列、配列番号:4で示されるアミノ酸配列(TTTTE(K/A)P)、配列番号:5で示されるアミノ酸配列(TTTE(A/S/T)P)、配列番号:6で示されるアミノ酸配列(TTEAP)、配列番号:7で示されるアミノ酸配列(TTTGAP)、配列番号:8で示されるアミノ酸配列(TTTEAS)、配列番号:9で示されるアミノ酸配列(TITEAP)、配列番号:10で示されるアミノ酸配列(ATTEAP)が挙げられるが、これらに制限されない。
【0026】
本発明に係るリピート領域に含まれるリピートユニットの組み合わせとしては、特に制限されず、1種のみであっても2種以上の組み合わせであってもよいが、通常、前記リピート領域には2種以上のリピートユニットが含まれる。
【0027】
このようなリピートユニットからなる本発明に係るリピート領域のアミノ酸配列長としては、35残基以上であることが好ましい。
【0028】
(脳微小出血重症化リスク予測方法、スクリーニング方法)
本発明の予測方法においては、前記リピート領域のアミノ酸配列長を指標として、被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測する。また、本発明のスクリーニング方法においては、前記リピート領域のアミノ酸配列長を指標として、被験者の脳微小出血の重症化リスクが高いと判断して、当該被験者をスクリーニングする。
【0029】
本発明において、「脳微小出血の重症化リスクの予測」には、脳微小出血の重症度が重症となる可能性の有無の判定のみならず、可能性がある場合におけるその程度の評価(高い/中程度/低い等の評価)を含む。
【0030】
「スクリ-ニング」とは、本発明では具体的に、被験者を、脳微小出血の重症度が重症となる可能性が高いと判断して、重症度が重症となる可能性が無い又は低い群から選別することを示す。本発明のスクリーニング方法においては、脳微小出血と関連する疾患や方法の目的に応じて、例えば、中程度の可能性が期待できるレベルで被験者を選別してもよい。
【0031】
〔リピート領域のアミノ酸配列長〕
本発明者らは、前記リピート領域のアミノ酸配列長が長いほど、すなわち、被験者から採取した検体に含まれるS.mutansのCNMタンパク質におけるリピート領域のアミノ酸配列長が長いほど、当該被験者の前記脳微小出血の重症度が重症になることを見出した。そのため、前記リピート領域のアミノ酸配列長が長いほど、その被験者について、前記脳微小出血の重症化リスクが高いと予測又は判断することができる。他方、前記リピート領域がない(すなわち、検体中にCNM陽性S.mutansが含まれていない)、又は検体中にCNM陽性S.mutansが含まれているが前記リピート領域のアミノ酸配列長が短いほど、前記脳微小出血の重症化リスクが低いと予測又は判断することができる。
【0032】
このときの前記リピート領域のアミノ酸配列長の基準としては、脳微小出血と関連する疾患や方法の目的等に応じて適宜設定することができるが、陽性一致率(被験者を重症群(陽性)と軽症群(陰性)との2群に分ける場合に、当該基準によって重症群にあると予測又は判断された被験者が真に重症である又は真に重症となる割合)が90%以上であることが好ましく、100%であることがより好ましい。また例えば、前記脳微小出血及びその痕跡の数の合計が0~1個であるものを脳微小出血の重症度が軽症、かつ、前記脳微小出血及びその痕跡の数の合計が2個以上であるものを脳微小出血の重症度が重症、とする場合には、前記アミノ酸配列長が111残基以上、好ましくは113残基以上、より好ましくは116残基以上、さらにより好ましくは120残基以上である被験者を、前記脳微小出血の重症化リスクが高いと予測又は判断することができる。
【0033】
また、前記リピート領域のアミノ酸配列長が長いほど、当該リピート領域を構成するリピートユニットの数(以下、場合により「リピート数」という)が多くなるため、本発明の予測方法及びスクリーニング方法においては、前記リピート数を予測又は判断の指標としてもよい。このときのリピート数の基準としても、前記アミノ酸配列長の基準と同様に、脳微小出血と関連する疾患や方法の目的等に応じて適宜設定することができるが、例えば、前記脳微小出血及びその痕跡の数の合計が0~1個であるものを脳微小出血の重症度が軽症、かつ、前記脳微小出血及びその痕跡の数の合計が2個以上であるものを脳微小出血の重症度が重症、とする場合には、前記リピート数が19以上、好ましくは20以上、より好ましくは21以上である被験者を、前記脳微小出血の重症化リスクが高いと予測又は判断することができる。
【0034】
〔リピート領域のアミノ酸配列長情報の取得方法〕
本発明の予測方法及びスクリーニング方法において、指標となる前記リピート領域のアミノ酸配列長の情報としては、当該アミノ酸配列長自体を取得して得られた直接的な情報の他、S.mutansはイントロンを有さないため、前記リピート領域をコードするDNAの塩基配列長を間接的に前記アミノ酸配列長の情報としてもよい。また、CNMタンパク質においては前記リピート領域以外のアミノ酸配列はS.mutans株間で保存されている傾向にあり、前記リピート領域のアミノ酸配列長が長くなるとCNMタンパク質の質量もそれに応じて増えるため、当該CNMタンパク質の質量を間接的に前記アミノ酸配列長の情報としてもよい。
【0035】
アミノ酸配列長自体を取得する方法としては、特に制限されないが、例えば、CNMタンパク質をコードするDNAやcDNAの塩基配列情報に基づいて、検体に含まれるS.mutansから前記リピート領域を含むDNAを単離し、そのDNAの塩基配列から、コードされる前記リピート領域のアミノ酸配列長を取得する方法が挙げられる。この場合には、前記リピート領域に含まれるリピート数も取得することができる。単離したDNAの塩基配列は、マキサムギルバート法やサンガー法など当業者に公知の方法で決定することができ、遺伝子の塩基配列を高速かつ網羅的に読み出せる解析が可能な次世代シーケンサー等も用いることができる。前記DNAの単離のための、前記CNMタンパク質をコードするDNAやcDNAの塩基配列情報は、上記に挙げたCNMタンパク質の典型的アミノ酸配列をコードする塩基配列の他、公知のデータベースから取得することができる。
【0036】
アミノ酸配列長自体を取得する方法としては、他に、例えば、検体に含まれるS.mutansから回収した全ゲノムDNAを断片化して一分子リアルタイムシークエンサー等で全ゲノム配列情報を取得し、そこからアミノ酸配列を取得し、そのうち、CNMタンパク質のアミノ酸配列情報を基にした相同性検索により相同性(好ましくは同一性)が85%以上(好ましくは90%以上)のアミノ酸配列を当該検体のCNMタンパク質のアミノ酸配列として、その前記リピート領域のアミノ酸配列長を取得する方法が挙げられる。この場合にも、前記リピート領域に含まれるリピート数を取得することができる。前記相同性検索のための、前記CNMタンパク質のアミノ酸配列情報は、上記に挙げたCNMタンパク質の典型的アミノ酸配列の他、公知のデータベースから取得することができる。また、前記相同性検索は、当業者であれば公知の手法(例えば、BLAST(NCBI))を用いて適宜行うことができる。
【0037】
また、前記リピート領域をコードするDNAの塩基配列長を間接的に前記アミノ酸配列長の情報とする場合には、例えば、前記CNMタンパク質をコードするDNAやcDNAの塩基配列情報に基づいて、検体に含まれるS.mutansから前記リピート領域を含むDNAを単離し、その長さを確認することによって、間接的にそのDNAにコードされる前記アミノ酸配列長を確認することができる。単離したDNAの長さの確認は、上記の塩基配列の決定により行ってもよいが、単離したDNAを必要に応じて適当な酵素で切断し、電気泳動すること等によって、リピート領域のアミノ酸配列長が既知のDNA等と比較することにより、簡易に確認することが可能である。
【0038】
また、前記CNMタンパク質の質量を間接的に前記アミノ酸配列長の情報とする場合には、検体に含まれるS.mutansから、タンパク質試料を調整し、タンパク質を標識して分画し、分画したタンパク質を質量分析(MS、LC/MS等)に供し、質量分析値からCNMタンパク質及びその質量を同定することにより、間接的にそのCNMタンパク質における前記リピート領域のアミノ酸配列長を確認することができる。前記標識としては、当技術分野で公知の同位体標識試薬を用いることができ、適当な標識試薬を市販品として入手することができる。また分画も当技術分野で公知の方法により行うことができ、例えば市販のイオン交換カラム等を用いて行うことができる。
【0039】
上記の検体に含まれるS.mutansから前記リピート領域を含むDNAを単離する方法としては、従来公知の方法又はそれに準じた方法を適宜採用することができ、例えば、リピート領域をコードする領域の全て又は一部(好ましくは全部)を挟み込むように設計された一対のオリゴヌクレオチドプライマーを用いた、ゲノムDNA又はRNAを鋳型としたPCRによって行うことができる。
【0040】
前記オリゴヌクレオチドプライマーは、上記のCNMタンパク質をコードするDNAやcDNAの塩基配列情報、並びに、上記のリピート領域の開始位置及び終了位置の塩基配列情報に基づいて、上記した方法や増幅するリピート領域に即したプライマーとなるように、S.mutans株間で保存された配列となるように、さらには、前記リピート領域をコードする領域以外の遺伝子の増幅産物が極力生じないように、設計すればよい。このようなオリゴヌクレオチドプライマーは、当業者であれば、従来公知の方法又はそれに準じた方法で設計することができる。
【0041】
前記オリゴヌクレオチドプライマーの長さとしては、通常、15~50塩基長、好ましくは15~30塩基長であるが、方法及び目的によってはこれより長くても短くてもよい。このようなオリゴヌクレオチドプライマーとしては、例えば、配列番号:11に記載のフォーワードプライマーと配列番号:12に記載のリバースプライマーとの組み合わせが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0042】
前記オリゴヌクレオチドプライマーは、例えば市販のオリゴヌクレオチド合成機により作製することができる。また、前記オリゴヌクレオチドプライマーは、天然のヌクレオチドのみから構成されていなくともよく、非天然型のヌクレオチドにてその一部又は全部が構成されていてもよい。非天然型のヌクレオチドとしては、PNA(polyamide nucleic acid)、LNA(登録商標、locked nucleic acid)、ENA(登録商標、2’-O,4’-C-Ethylene-bridged nucleic acids)、及びこれらの複合体が挙げられる。
【0043】
上記のリピート領域のアミノ酸配列長自体の取得、又はリピート領域をコードするDNAの塩基配列長の取得は、それぞれ、前記検体に対して直接行うことができる。対象となる検体には、S.mutansを含まない検体、及びS.mutansを含んでいてもCNM陽性S.mutansは含まない検体も含まれうるが、その場合には前記リピート領域をコードするDNAは単離されず、又はCNMタンパク質のアミノ酸配列は取得できないため、前記リピート領域がないと判断できる。したがってこの場合、本発明の予測方法及びスクリーニング方法においては、前記脳微小出血の重症化リスクが低いと予測又は判断される。
【0044】
また、上記のリピート領域のアミノ酸配列長情報の直接的又は間接的取得は、前記リピート領域をコードする領域以外の遺伝子(他の生物の遺伝子等)の増幅産物が混入等して予測又は選別の精度が低下することを抑制するために、先に前記検体からS.mutansを単離する工程を行い、その後に、単離したS.mutansに対して行ってもよい。前記検体からS.mutansを単離する方法としては、特に制限されず、従来公知の方法又はそれに準じた方法を適宜採用することができ、例えば、前記検体をMS培地等の連鎖球菌を検出可能な培地等で培養し、S.mutansと認められるコロニーを採取する方法が挙げられる。なお、検体からS.mutansを単離できなかった場合には、本発明の予測方法及びスクリーニング方法においては、前記脳微小出血の重症化リスクが低いと予測又は判断される。
【0045】
このように取得したリピート領域のアミノ酸配列長の情報を指標として、本発明の予測方法によれば、被験者の脳微小出血の重症化リスクが高いと予測することができる。また、本発明のスクリ-ニング方法によれば、正常群から、脳微小出血の重症度が重症となる可能性が高い被験者を選別することができる。
【0046】
そのため、本発明の予測方法及びスクリーニング方法によれば、唾液やデンタルプラーク等の容易に入手可能な検体を用いて、脳微小出血の重症化リスクの予測又は判断が可能となる。これにより、脳微小出血の重症化リスクが高い被験者を特定し、原因菌の除菌や歯科衛生指導などの措置を行うことにより、脳微小出血の重症化を効果的に予防することができる。また、スクリーニングにより選別された被験者は、脳微小出血又は脳微小出血が関連する疾患についてのさらなる検査の対象、治療や観察の対象等にすることができる。そのため、本発明の予測方法及びスクリーニング方法は、被験者における、脳微小出血又は脳微小出血が関連する疾患の予防方法の決定、治療方針の決定、治療効果の確認等の補助に有用である。なお、本発明の「予測方法」は、医師等による診断を補助する方法、又は医師等による診断のための情報を提供する方法と表現することもできる。すなわち、前記予測をすることを特徴とする、「脳微小出血の重症化リスクの診断を補助する方法」、又は、「脳微小出血の重症化リスクの診断のための情報を提供する方法」と表現することもできる。
【0047】
(キット)
本発明は、上記本発明の予測方法又はスクリーニング方法に用いるためのキットも提供する。このようなキットとしては、前記ストレプトコッカス・ミュータンスのCNMタンパク質におけるリピート領域を増幅可能なオリゴヌクレオチドプライマーを含むことが好ましい。
【0048】
前記リピート領域を増幅可能なオリゴヌクレオチドプライマーとしては、その好ましい態様も含めて、上記のリピート領域のアミノ酸配列長情報の取得方法において挙げたオリゴヌクレオチドプライマーが挙げられる。
【0049】
本発明のキットとしては、他に、唾液採取スピッツ、スポイト、スワブ等の検体採取器具;S.mutans選択用器材(例えば、プレート等の滅菌基材、MSB寒天培地、グラム陽性菌検出試薬、抗生物質等);洗浄、希釈用バッファー;PCR用器材(例えば、チューブ、酵素、バッファー等)のうちの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。
【実施例
【0050】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
1.ゲノム配列情報の取得と遺伝子アノテーション
検体として、国立循環器病研究センター病院で脳卒中にて加療された患者(14人)の歯表面からスワブを用いて採取したデンタルプラークを用いた。これらの患者は、深部脳微小出血の数が頭部MRIにより確定されている患者である。
【0052】
先ず、バシトラシン(Bacitracin)及びスクロース(Sucrose)を添加したMitis-Salivarius(MS)寒天培地に各検体を塗布し、37℃で48時間嫌気培養した。形態的にS.mutansと認められる岩状のコロニーを選択し、BHI(ブレインハートインフュージョン)培地中でさらに37℃で48時間嫌気培養した。次いで、遠心分離機(「Sorvall ST 8FR」、Thermo fisher Scientific社)を用いて、7,000rpmで10分間遠心分離を行って上清を取り除き、菌体(沈殿)を回収した。
【0053】
回収した菌体から、DNA抽出キット(「smart DNA prep(m)」、Analytik yena社)を用いてゲノムDNAを抽出した。抽出したゲノムDNAを、DNA Shearing チューブ(「g-TUBE」、Covaris社)によってDNA断片化し、SMR Tbell Template Prep Kit(PacBio社)を用いて、シーケンス解析用のDNAライブラリーを作製した。
【0054】
作製したDNAライブラリーを用いて、一分子リアルタイムDNAシークエンサー(Sequel、PacBio社)により全ゲノム配列情報を取得した。取得した配列情報について、アセンブラー(本例では、「HGAP(Hierarchical Genome Assembly Process)4」、PacBio社)を用いてアセンブル解析を行い、ゲノム配列を再構築した。遺伝子予測ソフトウェア(本例では、「Prokka」)を用いて、構築した全ゲノム配列上の遺伝子領域を予測し、そのアミノ酸配列を取得した。
【0055】
2.CNMアミノ酸配列の取得とマルチプルアライメント
UniProtデータベースから、S.mutansのコラーゲン結合タンパク質(Collagen-binding adhesin protein(CNMタンパク質)、UniprotKB(Universal Protein Resource Knowledgebase) Entry_Name:C4B6T3_STRMG)のアミノ酸配列を入手し、上記の1で取得したアミノ酸配列に対して、Blast+を用いて相同性検索を実施し、最上位に出力されるアミノ酸配列をその検体におけるCNMタンパク質のアミノ酸配列(CNMアミノ酸配列)とした。全ての検体において、S.mutansの前記CNMタンパク質のアミノ酸配列と相同性(同一性)93.6%以上の配列(CNMアミノ酸配列)が確認された。当該CNMアミノ酸配列から、その全長(アミノ酸配列長)を取得した。
【0056】
次いで、各検体から取得したCNMアミノ酸配列について、塩基配列解析ソフトウェア(本例では、「CLC Sequence Viewer」、Qiagen社)を用いてマルチプルアライメントを実施した。結果を図1A図1Cに示す。図1A図1Cには、各CNMアミノ酸配列のリピート領域周辺のみを示し、当該リピート領域を点線で囲んで示す(ただし、検体No.12の配列において、点線枠内の413残基目以降のTTTEは前記リピート領域に含まれない(413残基目に位置するプロリン(P)でリピート領域が終了する))。なお、本例では、TTTTE(K/A)P(配列番号:4)、TTTE(A/S/T)P(配列番号:5)、TTEAP(配列番号:6)、及びTTTTTEKP(配列番号:3)をリピート領域を構成する構成単位(リピートユニット)とした。
【0057】
各検体から取得した上記のCNMアミノ酸配列中のリピート領域のアミノ酸配列長、当該リピート領域に含まれるリピート数、及びその検体を採取した患者の深部脳微小出血の重症度(深部脳微小出血の数が0~1個:軽症(L)、深部脳微小出血の数が2個以上:重症(H))を下記の表1に示す。表1において、リピート領域のアミノ酸配列長は、111残基以上のものを「長」又は「中」、111残基未満のものを「短」と評価した。また、前記アミノ酸配列長と各深部脳微小出血の重症度の検体数との関係(分割表)を下記の表2に示す。表2について、統計解析ソフトウェア(本例では、「R」)を用いてFisherの直接確率検定を実施したところ、有意水準0.05と設定した場合に有意な差と判定された(P値=0.015)。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
3.ヒートマップ解析
上記の14検体のうちの12検体から取得したゲノム配列について、相同性検索ソフトウェア(本例では、「DIAMOND」)を用いて、上記の1で予測した遺伝子領域の配列を、遺伝子配列データベース(本例では、「KEGG」)に対して相同性検索し、機能分類ごとにIDを付与した。各検体における各遺伝子IDとその保有個数の一部を下記の表3に示す。
【0061】
【表3】
【0062】
表3の集計結果を用いて、統計解析プログラム(本例では、統計解析ソフトウェア「R」の「heatmap.2関数」)によりヒートマップ解析を行った。遺伝子IDとその数とでクラスタリングしたヒートマップ図を図2に、遺伝子IDとその有無とでクラスタリングしたヒートマップ図を図3に、それぞれ示す。上記のCNMアミノ酸配列におけるリピート領域のアミノ酸配列長と重症度との間では明確な関連が確認されたのに対して(表1~2)、図2図3のヒートマップ解析に示したように、遺伝子の有無やその個数と重症度との間には明確な関連は確認されなかった。
【0063】
4.重症化リスク予測の再現試験
リピート領域をコードするDNAの増幅によってそのアミノ酸配列長を取得し、かかるアミノ酸配列長を指標として脳微小出血の重症化リスク予測が行えることを確認した。検体として、国立循環器病研究センター病院で脳卒中にて加療された患者(60人)の歯表面からスワブを用いて採取したデンタルプラークを用いた。これらの患者は、深部脳微小出血の数が頭部MRIにより確定されており、かつ、既に口腔内にCNM陽性S.mutansを保有していることが明らかな患者である。
【0064】
先ず、バシトラシン(Bacitracin)及びスクロース(Sucrose)を添加したMitis-Salivarius(MS)寒天培地に各検体を塗布し、37℃で48時間嫌気培養した。形態的にS.mutansと認められる青色の岩状のコロニーを選択し、BHI(ブレインハートインフュージョン)培地中でさらに37℃で24~48時間嫌気培養した。次いで、800×gで10分間遠心分離を行って上清を取り除き、菌体(沈殿)を回収した。回収した菌体をPhosphate Buffered Salineで1回洗浄し、DNA抽出試薬(「InstaGene DNA精製マトリックス」、BioRad社)に懸濁して、56℃で20分間加熱後、ボルテックスし、さらに100℃で8分加熱することでゲノムDNAを抽出し、上清を下記のPCRに使用した。
【0065】
リピート領域をコードするDNAの増幅は、「GeneAtlas 482」(ASTEC社)を用いてPCRにより行った。「Emerald Amp Max PCR Master Mix」(Takara Bio社)及び2種類のプライマー(フォーワードプライマー:配列番号11に記載のファワードプライマー例;リバースプライマー:配列番号12に記載のリバースプライマー例)を用いて、次の条件:
Initial denaturation:94℃ 2分、
Cycle:
Denaturation:94℃ 30秒、
Annealing:66℃ 30秒、
Cycle数:27回、
Final extension:72℃ 5分
で、標的となるDNA断片を増幅した。
【0066】
得られたDNA断片(PCR産物)は、「Mupid-2×」(ADVANCE社)を用いて、冷却しながら、3%アガロースゲルにて90分間電気泳動を行った。3%アガロースゲルは、アガロース(低電気浸透、高ゲル強度、ナカライテスク社)、「Midori Green Advance DNA Stain」(日本ジェネティクス社)、及びTris-Borate-EDTA Buffer(TBE)を用いて作製し、サイズマーカーには、100bp DNA ladder(「dye plus」、Takara Bio社)を用いた。電気泳動後のゲルについてUVサンプル撮影装置「FAS-III」(TOYOBO社)を用いて電気泳動像を撮影し、各検体から得られたS.mutansにおいてリピート領域をコードするDNAの塩基配列長を測定した。
【0067】
電気泳動像の一部(11検体分)を図4に示す。図4に示した検体のうち、検体「H205-4(一番左の検体、空白レーンを除いて左から8番目の検体、及び一番右の検体)」は、シークエンスにより、CNMアミノ酸配列中のリピート領域のアミノ酸配列長が110残基であることが既知の検体である。この場合、上記PCR例では、486bpの位置にバンドが検出される。よって、電気泳動像で検出されたバンドが486bpを超えるもの(すなわち、リピート領域のアミノ酸配列長が111残基以上のもの)をアミノ酸配列長「長・中」と、486bp以下のもの(すなわち、リピート領域のアミノ酸配列長が110残基以下のもの)をアミノ酸配列長「短」と、それぞれ評価した。また、他の検体についても同様に評価した。
【0068】
前記アミノ酸配列長と各深部脳微小出血の重症度(深部脳微小出血の数が0~1個:軽症(L)、深部脳微小出血の数が2個以上:重症(H))の検体数との関係(分割表)を下記の表4に示す。表4について、Fisherの直接確率検定を実施したところ、P値は0.015となり、有意差が確認された。上記より、リピート領域をコードするDNAの増幅によってそのアミノ酸配列長を取得することができ、取得したアミノ酸配列長を指標として脳微小出血の重症化リスクを予測できることが確認された。
【0069】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、被験者の脳微小出血の重症化リスクを予測できる方法、脳微小出血の重症化リスクが高い被験者をスクリーニングできる方法、及びそれらの方法に用いるキットを提供することが可能となる。そのため本発明は、脳微小出血の重症化の予防や治療法の開発、並びに、脳微小出血と関連があると考えられている認知症や脳卒中等の疾患の予防や治療法の開発に有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0071】
配列番号:4
<223> XaaはK又はAを示す
配列番号:5
<223> XaaはA又はS又はTを示す
配列番号:11
<223> ファワードプライマー例
配列番号:12
<223> リバースプライマー例
図1A
図1B
図1C
図2
図3
図4
【配列表】
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