(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】基材に接着されたスフェロイドを観察する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/30 20060101AFI20240924BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20240924BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20240924BHJP
C12N 5/071 20100101ALN20240924BHJP
【FI】
G01N1/30
G01N21/64 F
G01N1/28 J
C12N5/071
(21)【出願番号】P 2020049098
(22)【出願日】2020-03-19
【審査請求日】2022-12-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(72)【発明者】
【氏名】島 史明
(72)【発明者】
【氏名】牧野 朋未
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/163043(WO,A1)
【文献】再公表特許第2015/022883(JP,A1)
【文献】国際公開第2020/013207(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/101481(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/182044(WO,A1)
【文献】再公表特許第2007/097120(JP,A1)
【文献】国際公開第2014/148647(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/30
G01N 21/64
G01N 1/28
C12N 5/071
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材に接着されたスフェロイドを観察する方法であって、
基材に接着されたスフェロイドを透明化する工程と、
透明化されたスフェロイドを顕微鏡で観察する工程と、を含み、
基材は、開口部を有する凹部を複数備え、
凹部の底面は、平坦かつ平滑であり、口径が10~2000μmであり、
スフェロイドは、幹細胞と血管内皮細胞が凝集したスフェロイドであり、
該スフェロイドは、ドーム部と平坦部を含む形状であり、
平坦部は前記基材に接着しており、
平坦部から該平坦部に対して垂直方向に沿って複数の血管構造が形成されており、
スフェロイドの透明化後にスフェロイドを封入剤に包埋することを行わない、方法。
【請求項2】
基材に接着されたスフェロイドが、該基材上で細胞を接着培養することにより得られたスフェロイドである、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材に接着されたスフェロイドを観察する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
組織等の生物材料を共焦点レーザー顕微鏡で観察する方法として、生物材料を透明化した後、生物材料をアガロースゲルに封入して不動化してから観察する方法が知られている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載される方法でスフェロイドを観察する場合、スフェロイドを観察面に並べる必要があり、この作業時にスフェロイドの構造が壊れる場合があった。
【0005】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、スフェロイドの構造を維持したまま、スフェロイドを顕微鏡で観察することを可能とする方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、基材に接着されたスフェロイドであれば、スフェロイドをゲルに包埋しなくても顕微鏡で観察することができることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0007】
本発明の一側面に係る基材に接着されたスフェロイドを観察する方法は、基材に接着されたスフェロイドを透明化する工程と、透明化されたスフェロイドを顕微鏡で観察する工程と、を含み、スフェロイドの透明化後にスフェロイドの不動化を行わない。
【0008】
スフェロイドの不動化は、スフェロイドを封入剤に包埋することであってよい。基材に接着されたスフェロイドは、該基材上で細胞を接着培養することにより得られたスフェロイドであってよく、細胞は、血管内皮細胞及び幹細胞であってよい。基材に接着されたスフェロイドは、幹細胞と血管内皮細胞が凝集したスフェロイドであってよく、該スフェロイドは、ドーム部と平坦部を含む形状であってよく、平坦部は上記基材に接着していてよく、平坦部から該平坦部に対して垂直方向に沿って複数の血管構造が形成されていてよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る方法によれば、スフェロイドの構造を維持したまま、スフェロイドを顕微鏡で観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、透明化したAdSCのスフェロイド(上段)及び透明化しなかったAdSCのスフェロイド(下段)を、培養容器の底面から0μm、50μm及び120μmの高さに焦点を合わせて撮影した画像である。
【
図2】
図2の(A)は、透明化したAdSCのスフェロイドの染色画像のz-スタックであり、
図2の(B)は、透明化しなかったAdSCのスフェロイドの染色画像のz-スタックである。
【
図3】
図3は、血管構造を含むスフェロイドの染色画像のz-スタックである。(A)、(B)、及び(C)は、HUVEC染色画像のz-スタックをそれぞれ横、横、及び上から見た画像であり、(D)はHUVEC及び細胞核の染色画像のz-スタックを下から見た画像であり、(E)はスフェロイドの垂直方向及び水平方向の断面画像である。
【
図4】
図4は、血管構造を含むスフェロイドの水平方向の断面画像である。(A)に示す画像では、HUVEC、ラミニン、及び細胞核が染色されており、(B)に示す画像では、HUVEC、IV型コラーゲン、及び細胞核が染色されている。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一側面に係る基材に接着されたスフェロイドを観察する方法は、基材に接着されたスフェロイドを透明化する工程と、透明化されたスフェロイドを顕微鏡で観察する工程と、を含み、スフェロイドの透明化後にスフェロイドの不動化を行わない。
【0012】
基材は細胞を接着できる基材であれば特に限定されず、公知の接着培養用の基材であってよく、より具体的には公知の接着培養用の培養容器であってよい。すなわち、基材の表面の一部又は全部は細胞接着性を有する。細胞接着性の表面とは、培養液中で細胞が該表面上に沈降したときに、該細胞がある一定の接着点で接着することのできる表面のことである。
【0013】
より具体的には、基材は細胞接着性物質を含んでよい。細胞接着性物質は、例えば、タンパク質又は合成樹脂であってよい。タンパク質は、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、又はラミニンであってよい。合成樹脂は、例えば、フッ素樹脂、ポリイミド樹脂、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリジメチルシロキサン、又はこれらの混合物であってよい。合成樹脂は、好ましくはフッ素化ポリイミド樹脂である。フッ素化ポリイミド樹脂とは、いいかえれば含フッ素ポリイミド樹脂である。
【0014】
フッ素化ポリイミド樹脂は、例えば、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物(6FDA)/1,4-ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン(TPEQ)共重合体、6FDA/4,4’-オキシジフタル酸無水物(ODPA)/TPEQ共重合体、4,4’-(4,4’-イソプロピリデンジフェノキシ)ジフタル酸(BPADA)/2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン(HFBAPP)、6FDA/2,2-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)プロパン(BAPP)共重合体、6FDA/2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン(TFMB)共重合体、6FDA/4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)共重合体、又は6FDA/4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)共重合体であってよい。
【0015】
フッ素化ポリイミド樹脂の重量平均分子量は、例えば、5000~2000000であり、好ましくは8000~1000000であり、より好ましくは20000~500000である。なお、本明細書において、重量平均分子量は、下記手法により測定される。
【0016】
(重量平均分子量の測定)
装置:HCL-8220GPC(東ソー株式会社製)
カラム:TSKgel Super AWM-H
溶離液(LiBr・H2O、リン酸入りN-メチルピロリドン):0.01mol/L
測定方法:0.5質量%の溶液を溶離液で作製し、ポリスチレンで作製した検量線に基づいて分子量を算出する。
【0017】
一実施形態において、基材は、開口部を有する凹部を複数備えていてよい。凹部の底面は細胞接着性を有していてよく、より具体的には、凹部の底面は上記細胞接着性物質により構成されていてよい。
【0018】
凹部の個数は特に限定されず、基材の1cm2あたりの凹部の個数は、1個以上、10個以上、20個以上、30個以上、又は50個以上であってよく、1000個以下、500個以下、300個以下、200個以下、又は100個以下であってよい。本実施形態に係る基材における凹部の総数は、例えば、1個以上、10個以上、100個以上、1000個以上、10000個以上、又は50000個以上であってよい。
【0019】
凹部の開口部の形状は特に限定されず、例えば、円、多角形、又は楕円であってよい。開口部の口径は、例えば、2000μm以下、10~2000μm、10~1000μm、10~700μm、10~600μm、又は10~500μmであってよい。本明細書において、ある部位の口径とは、該部位に外接する円の直径、すなわち該部位の最大長さのことである。
【0020】
凹部の底面の形状は特に限定されず、例えば、円、多角形、又は楕円であってよい。底面の形状は、開口部の形状と同一であっても異なってもよい。底面の口径は、開口部の口径と同一であっても異なってもよく、開口部の口径より小さくても大きくてもよい。底面の口径は、例えば、10~2000μm、10~1000μm、10~700μm、10~600μm、10~500μm、10~400μm、又は10~300μmであってよい。なお、凹部の底面は、平坦な面であってよく、平坦かつ平滑な面であってもよい。凹部の底面が平坦、さらには平滑であると、共焦点レーザー顕微鏡等のレーザーを用いる場合に散乱を抑えられ、より高度な観察が可能になる。
【0021】
開口部と、それに隣接する開口部との間の距離、すなわち間隙の長さは、特に限定されない。間隙の長さは、例えば、800μm以下、700μm以下、600μm以下、500μm以下、300μm以下、200μm以下、又は100μm以下であってよい。
【0022】
凹部の深さは特に限定されず、例えば、100nm~500nm、10μm~1000μm、又は10μm~300μmであってよい。
【0023】
本実施形態において、基材の全表面のうち凹部の底面以外の表面、すなわち凹部の内側面と基材の上面(凹部の辺縁部ともいえる)は細胞非接着性であってよい。細胞非接着性の表面とは、細胞が全く接着しないか、一時的に弱く接着しても自然に脱離する、表面のことである。より具体的には、基材の全表面のうち凹部の底面以外の表面は、細胞非接着性物質から構成されていてよい。
【0024】
細胞非接着性物質は、細胞の表面に存在するタンパク質、糖鎖等の分子に結合しない物質であれば特に限定されない。細胞非接着性物質は、例えば、ポリエチレングリコール若しくはその誘導体、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、ポリヒドロキシエチルメタクリレート(poly-HEMA)、セグメント化ポリウレタン(SPC)、又はアルブミン等のタンパク質であってよい。
【0025】
別の実施形態において、基材は、細胞接着性表面と細胞非接着性表面とで形成された微細パターンを備える、細胞培養用シートであってよい。一例として、細胞培養用シートは、細胞接着性物質の層と、該層の表面に設けられた細胞非接着性物質のマスクとで形成された微細パターンを有してよい。微細パターンは、例えば凹部であってよい。この場合、凹部の深さは細胞非接着性物質のマスクの厚みに依存する。したがって、凹部の深さの下限は、細胞がマスクの非接着性を認識できる最小厚みである。凹部の深さは、例えば、10μ未満であってよく、100nm~500nmであってよい。凹部の個数、凹部の開口部及び底面の形状及び口径、並びに凹部間の距離は、上記実施形態と同様であってよい。
【0026】
微細パターンの形成は、例えば、マイクロコンタクトプリンティング法、スピンコーティング法、キャスティング法、ロールコーティング法、ダイコーティング法、グラビアコーティング法、スプレイコーティング法、バーコーティング法、フレキソ印刷法、ディップコーティング法、インクジェット法、又はパターニング法により行ってもよい。パターニング法とは、ベース材表面に形成された凹凸構造の間隙に、該間隙に生じる毛細管力を利用して所望の物質を注入することにより、微細パターンを形成する方法である。
【0027】
顕微鏡を用いてスフェロイドを観察する観点から、基材の厚みは、好ましくは400μm以下であり、より好ましくは200μm以下である。基材の面積は特に限定されず、例えば、0.01~10000cm2又は0.03~5000cm2であってよい。
【0028】
本明細書において「スフェロイド」とは、細胞の凝集体(細胞塊)を意味し、三次元細胞集合体もその概念に含まれる。スフェロイドのサイズは特に限定されず、スフェロイドは、例えば、10~1500μm、10~1000μm又は10~800μmの直径を有してよい。ここで、スフェロイドの直径は、例えば、画像解析ソフト又は粒度分布計を用いて常法により測定される。
【0029】
基材に接着されたスフェロイドは、上記基材上で後述する細胞を接着培養することにより得られたスフェロイドであってよい。「接着培養」とは、「浮遊培養」に対する概念であり、細胞又はスフェロイドを基材の培養面に接着させた状態で培養する方法である。ここで、接着とは、細胞又はスフェロイドが、細胞外マトリックス(ECM)に含まれる細胞-基質接着分子を介して基材の培養面と接着しており、培地を軽く揺らしても細胞又はスフェロイドが培地中に浮遊してこない状態をいう。
【0030】
スフェロイドを形成する細胞は、特に限定されず、例えば、ヒト又はヒト以外の動物(サル、ブタ、イヌ、ラット、マウス等)の任意の臓器又は組織(脳、肝臓、膵臓、脾臓、心臓、肺、腸、軟骨、骨、脂肪、腎臓、神経、皮膚、骨髄、胚等)に由来する初代細胞、樹立された株化細胞、又はこれらを遺伝子改変した細胞を用いることができる。
【0031】
細胞は、例えば、幹細胞、前駆細胞、及び分化した細胞からなる群よりより選ばれる1以上の細胞であってよい。幹細胞は、例えば、ES細胞、iPS細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、組織幹細胞(体性幹細胞)、造血系幹細胞、又は癌幹細胞であってよい。分化した細胞は、例えば、消化器系臓器由来の細胞(例えば、肝臓系細胞又は膵臓系細胞)、循環器系臓器由来の細胞(例えば、腎臓系細胞、神経系細胞、又は心筋細胞)、脂肪細胞、線維芽細胞、上皮細胞、骨系細胞、軟骨系細胞、眼組織由来の細胞、血管系細胞、血球系細胞、又は生殖系細胞であってよい。細胞は、例えば、幹細胞と血管内皮細胞との組合せであってよく、より具体的には、ヒト脂肪由来幹細胞(Human adipose derived stem cell:AdSC)とヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)との組合せであってよい。
【0032】
スフェロイドの具体例は、幹細胞と血管内皮細胞が凝集したスフェロイドであって、該スフェロイドがドーム部と平坦部を含む形状であり、平坦部は上記基材に接着しており、平坦部から該平坦部に対して垂直方向に沿って複数の血管構造が形成されている、スフェロイドである。「平坦部に対して垂直方向」とは、平坦部が形成する平面に対して垂直な方向であり、すなわち基材の培養面に対して垂直な方向である。「垂直方向に沿って」とは、血管構造が形成される方向成分に少なくとも垂直成分が含まれることを意味する。このようなスフェロイドは、スフェロイドの表面である平坦部に血管構造の末端が形成されているため、移植した場合に生着できる可能性が高い。
【0033】
血管構造は、垂直方向と平行に形成されていてもよく、垂直方向に対して所定の立ち上がり角度をなして傾斜した状態で形成されていてもよい。なお、ここでの「立ち上がり角度」とは平坦部に対する立ち上がり部、すなわち血管構造の付根部が平坦部に対してなす角度である。血管構造がどのような態様で形成されているかは、血管構造が形成されている方向成分に垂直成分が含まれてさえいれば特に限定されず、枝分かれ構造を含んでもよい略直線形状又は曲線形状(湾曲形状、螺旋形状等)であってよい。枝分かれした血管構造は他の血管構造と接続していてもよい。血管構造の形状は場所によって異なっていてもよい。例えば、血管構造の付根部付近では略直線形状であっても、血管構造の中間付近及び先端(付根部ではない側の末端)付近では曲線形状であってもよい。ドーム部は、全体としてドーム状に形成された複数の血管構造と、該血管構造の周りを覆うように存在する幹細胞とで構築されていてよい。血管構造の外周には基底膜が形成されていてよい。本側面に係る方法によれば、従来の方法では観察が困難であるスフェロイド内部の血管構造を観察することができる。
【0034】
本側面に係る基材に接着されたスフェロイドを観察する方法は、基材に接着されたスフェロイドを透明化する前に、基材に接着されたスフェロイドを固定する工程、及び/又は基材に接着されたスフェロイドを蛍光染色する工程を含んでよい。基材に接着されたスフェロイドの固定は、スフェロイドを蛍光染色する工程の前及び/又は後に行うことができる。蛍光染色の後にスフェロイドを固定することで、蛍光色素又は蛍光色素で標識された抗体がスフェロイドから脱離するのを防ぐことができる。
【0035】
基材に接着されたスフェロイドの固定は、公知の方法により行うことができる。例えば、基材に接着されたスフェロイドを、パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液、ホルマリン液、グルタルアルデヒド液、これらの混合液、メタノール、アセトン等の公知の固定剤で処理することにより、基材に接着されたスフェロイドを固定できる。
【0036】
基材に接着されたスフェロイドの蛍光染色は、公知の方法により行うことができる。例えば、基材に接着されたスフェロイドに1種以上の蛍光色素又は蛍光色素で標識された抗体を接触させることにより、基材に接着されたスフェロイドを蛍光染色することができる。蛍光色素は、顕微鏡で観察可能な蛍光を発する色素であれば特に限定されず、公知の蛍光色素を用いることができる。蛍光色素は、例えば、Alexa Fluor(登録商標)594又はAlexa Fluor(登録商標)488であってよい。あるいは、スフェロイドの細胞核を蛍光染色する場合、DAPI等のDNA結合性の蛍光色素を用いることもできる。
【0037】
基材に接着されたスフェロイドの透明化は、公知の方法により行うことができる。例えば、SCALEVIEW(登録商標)-S4(富士フイルム和光純薬株式会社製)、RapiClear(登録商標)(サンジンラボ社製)、FocusClear(登録商標)(CelExplorer Labs社製)、CUBIC(登録商標)(東京化成工業株式会社製)、ClearSee(登録商標)(富士フイルム和光純薬株式会社製)等公知の透明化剤でスフェロイドを処理することにより、基材に接着されたスフェロイドを透明化することができる。あるいは、SeeDB、CLARITY等公知の手法により、基材に接着されたスフェロイドを透明化することもできる。SeeDBとは、異なる濃度(20w/v%~100w/v%)のフルクトースを含む試薬に組織を順に浸すことで、組織を透明化する手法である。CLARITYとは、アクリルアミドベースのハイドロゲルモノマー溶液を使用して組織中のタンパク質を固定し、次いで電気泳動により組織を脱脂することで、組織を透明化する手法である。
【0038】
基材に接着されたスフェロイドを透明化剤で処理する時間は特に限定されず、例えば、1~48時間であってよい。基材に接着されたスフェロイドを透明化剤で処理する際の温度は特に限定されず、例えば、25~40℃であってよい。
【0039】
本側面に係る基材に接着されたスフェロイドを観察する方法においては、基材に接着されたスフェロイドを透明化剤で処理した後に、スフェロイドの不動化を行わない。スフェロイドの不動化は、例えば、スフェロイドを、ゲル(例えばアガロースゲル)、パラフィン、樹脂、グリセリン等の封入剤に包埋することであってよい。本側面に係る方法においては、基材に接着されたスフェロイドを透明化剤で処理した後にスフェロイドの不動化を行わなくても、基材に接着されたスフェロイドを顕微鏡で観察することができる。したがって、スフェロイドの構造を維持したまま、スフェロイドを顕微鏡で観察することができる。
【0040】
顕微鏡は特に限定されず、共焦点レーザー顕微鏡、位相差顕微鏡等、公知の光学顕微鏡を用いることができる。
【実施例】
【0041】
[AdSCの準備]
凍結されたヒト脂肪由来幹細胞(PT-5006、ロンザ社から購入)を37℃の恒温水槽で溶解させ、5%FBSと1%抗生物質とを含む9mLのKBM ADSC-2培地(基礎培地、コージンバイオ株式会社製)に加えた。次いで、該培地を210×gで5分間遠心して上清を除去し、残った細胞を10mLの基礎培地に分散させて細胞懸濁液を得た。培養フラスコ(培養面積:225cm2)を2本用意し、各フラスコに細胞の量が1.0×106細胞/30mL培地/フラスコとなるように細胞懸濁液及び基礎培地を加え、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で培養(拡大培養)した。培養後、フラスコから培地を除去し、アキュターゼ(登録商標)(プロモセル社製)を5mL添加した後、フラスコを室温で5分程度静置して細胞を剥離した。次いで、細胞を含む剥離液を回収し、10mLのPBSで洗浄した後、チューブへ移した。チューブを210×gで5分間遠心して上清を除去し、残った細胞を4mLの1%抗生物質を含むKBM ADSC-2培地に懸濁した。細胞の数を数え、細胞懸濁液の濃度を2.0×106細胞/mLに調整した。
【0042】
[HUVECの準備]
凍結されたヒト臍帯静脈内皮細胞(C2517A、ロンザ社から購入)を37℃の恒温水槽で溶解させた後、14mLの専用培地EGM(登録商標)BulletKit(登録商標)(ロンザ社製)に加えて細胞懸濁液を得た。培養フラスコ(培養面積:75cm2)に、細胞の量が5.0×105細胞/14mL培地/フラスコとなるように細胞懸濁液及び専用培地を加え、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で培養した。翌日、培地を全量交換して拡大培養を行った。培養後、フラスコから培地を除去し、アキュターゼ(プロモセル社製)を5mL添加した後、フラスコを室温で3分程度静置して細胞を剥離した。次いで、細胞を含む剥離液を回収し、EGM BulletKitで洗浄した後、チューブへ移した。チューブを210×gで5分間遠心して上清を除去し、残った細胞を4mLの1%抗生物質を含むKBM ADSC-2培地に懸濁した。細胞の数を数え、細胞懸濁液の濃度を4.0×105細胞/mL、8.0×105細胞/mL、又は1.6×106細胞/mLに調整した。
【0043】
[脱泡処理]
培地を含む培養容器を、次のように脱泡した。まず、培養容器に1mL程度のリン酸緩衝食塩水(PBS)を加えてピペッティングの作業を行い、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で細胞培養容器を15分間静置した。再びピペッティングの作業を行った後、PBSをアスピレーターで吸引した。その後、1%抗生物質を含むKBM ADSC-2培地を培養容器に0.2mL加え、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーター内で培養容器を一晩静置した。
【0044】
[試験例1]AdSCスフェロイドの観察
<実施例1>
脱泡処理後の培養容器から培地を除去し、1000細胞/穴の量の細胞を播種した。培養容器を安全キャビネット内で15分静置した後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーターに入れて4時間静置した。次いで、培養容器に1%抗生物質を含むKBM ADSC-2培地を加え、再び37℃の5%(v/v)CO2インキュベーターに培養容器を入れて3日間培養し、AdSCのスフェロイドを作製した。培養容器としては、直径約300μmの円状の開口部及び底面を有する穴(ウェル)を400個備える培養容器を用いた。かかる培養容器は6FDA/TPEQ共重合体を底面に含み、底面以外はMPCでコートされている。
【0045】
得られたスフェロイドを4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液で15分処理することで固定し、細胞核をDAPIで染色した。染色されたスフェロイドを、4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液で20分処理することで再固定し、これに透明化試薬SCALEVIEW(登録商標)-S4(富士フイルム和光純薬株式会社製)を加え、37℃で2時間インキュベートした。透明化後、スフェロイドを培養容器の底面側から共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0046】
培養容器の底面から0μm、50μm及び120μmの高さに焦点を合わせて撮影した画像(水平方向の断面画像)を
図1の上段に示す。また、スフェロイドの蛍光画像のz-スタック(三次元画像)を
図2の(A)に示す。これらの図に示されるとおり、透明化したスフェロイドは、スフェロイド内部も含めて、スフェロイドの全体を観察することができた。
【0047】
<比較例1>
染色されたスフェロイドを透明化しなかったこと以外は実施例1と同様にして、スフェロイドを作製し、観察した。培養容器の底面から0μm及び50μmの高さに焦点を合わせて撮影した画像を
図1の下段に示す。また、スフェロイドの蛍光画像のz-スタックを
図2の(B)に示す。これらの図に示されるとおり、透明化しなかったスフェロイドは、スフェロイドの下部(すなわち、培養容器の底面から近い部分)しか観察することができず、スフェロイド内部を観察することができなかった。
【0048】
<比較例2>
培養容器として、細胞の浮遊培養が可能な三次元培養容器Elplasia(登録商標、株式会社クラレ製)を用いたこと以外は実施例1と同様にして、スフェロイドを作製し、観察した。しかし、Z-スタック撮影中にスフェロイドが動いてしまい、三次元画像を得ることができなかった。
【0049】
[試験例2]血管構造を含むスフェロイドの観察
<実施例2>
脱泡処理後の培養容器から培地を除去し、AdSCの量が1000細胞/穴の量かつHUVECの量が100細胞/穴となるように、AdSC及びHUVECを播種した。培養容器を安全キャビネット内で15分静置した後、37℃の5%(v/v)CO2インキュベーターに入れて4時間静置した。次いで、培養容器に1%抗生物質を含むKBM ADSC-2培地を加え、再び37℃の5%(v/v)CO2インキュベーターに培養容器を入れて3日間培養し、血管構造を含むスフェロイドを作製した。培養容器としては、実施例1と同じ培養容器を用いた。
【0050】
得られたスフェロイドを4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液で15分処理することで固定した。固定後、HUVECをAlexa Fluor(登録商標)594で染色し、細胞核をDAPIで染色した。染色されたスフェロイドを、4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液で20分処理することで再固定し、これにSCALEVIEW-S4を加え、37℃で2時間インキュベートした。透明化後、スフェロイドを培養容器の底面側から共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0051】
図3の(A)、(B)、及び(C)は、HUVEC染色画像のz-スタックをそれぞれ横、横、及び上から見た画像であり、
図3の(D)はHUVEC及び細胞核の染色画像のz-スタックを下(スフェロイドの底面側)から見た画像である。
図3の(E)において、左上はスフェロイドの水平方向の断面画像であり、右上、左下は、それぞれ線I、線IIを切り口としたスフェロイドの垂直方向の断面画像である。これらの画像に示されるように、スフェロイドの底面(すなわち、培養容器と接着した平坦部)から上方向に延伸した複数の管腔構造(血管)が観察され、これらの管腔構造は全体としてドーム状の形を形成していた。また、AdSCは、このドーム状の形を形成している血管の周りを覆うように存在していた。このように、スフェロイド内部の詳細な構造も含めて、スフェロイドの全体を観察することができた。
【0052】
<実施例3>
さらにラミニン又はIV型コラーゲンをAlexa Fluor(登録商標)488で染色した以外は実施例2と同様にして、スフェロイドを作製し、観察した。
図4の(A)及び(B)は、スフェロイドの水平方向の断面画像である。
図4の(A)は、HUVEC、ラミニン、及び細胞核の染色画像であり、
図4の(B)は、HUVEC、IV型コラーゲン、及び細胞核の染色画像である。これらの画像に示されるように、ドーム状の形を形成している血管とAdSCの間にはラミニン及びIV型コラーゲンが観察された。この結果は、スフェロイド中に基底膜を伴った血管構造が形成されていることを示す。このように、スフェロイド内部の詳細な構造も含めて、スフェロイドの全体を観察することができた。