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特許7558849テルペン類及びエクゴニン誘導体を捕捉するポリペプチド、センサ及びシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】テルペン類及びエクゴニン誘導体を捕捉するポリペプチド、センサ及びシステム
(51)【国際特許分類】
   C07K 7/00 20060101AFI20240924BHJP
   C07K 17/14 20060101ALI20240924BHJP
   G01N 27/414 20060101ALI20240924BHJP
【FI】
C07K7/00 ZNA
C07K17/14
G01N27/414 301K
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021039508
(22)【出願日】2021-03-11
(65)【公開番号】P2022139224
(43)【公開日】2022-09-26
【審査請求日】2023-02-09
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/フィジカル空間デジタルデータ処理基盤/サブテーマII:超低消費電力IoTデバイス・革新的センサ技術/超高感度センサシステムの研究開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉崎 吉昭
(72)【発明者】
【氏名】西田 靖孝
(72)【発明者】
【氏名】三木 弘子
【審査官】白井 美香保
(56)【参考文献】
【文献】Sensors and Actuators B: Chemical,2018年02月13日,Vol.264,PP.279-284
【文献】Biosensors and Bioelectronics,2020年01月20日,Vol.153,112030(PP.1-6)
【文献】Journal of Bioscience and Bioengineering,2020年07月24日,Vol.130, No.4,PP.374-381
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
RRWLLLW、RRWVVVW、RRWMMMW、RRWCCCW、RRWIIIW及びRRWAAAWのうち何れか1つのアミノ酸配列からなるポリペプチドであり
リモネンを捕捉するポリペプチド。
【請求項2】
リモネンを捕捉するポリペプチドであって、
前記ポリペプチドは、芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸と、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸とがこの順番で結合し、かつ、前記第一のアミノ酸及び前記第五のアミノ酸のうち少なくともいずれか一方にアルギニン含有アミノ酸配列が結合したアミノ酸配列からなり
前記第一のアミノ酸及び前記第五のアミノ酸はトリプトファン(W)であり、
前記第二のアミノ酸、前記第三のアミノ酸及び前記第四のアミノ酸は、互いに同一のアミノ酸であり、かつ、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、バリン(V)、アラニン(A)、システイン(C)及びメチオニン(M)のいずれか1種から選択されるアミノ酸であり、
前記アルギニン含有アミノ酸配列がRRである、ポリペプチド。
【請求項3】
ポリペプチドが固相化されたセンサ素子を備えるケミカルセンサであって、
前記ポリペプチドは、芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸と、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸とがこの順番で結合し、かつ、前記第一のアミノ酸及び前記第五のアミノ酸のうち少なくともいずれか一方にアルギニン含有アミノ酸配列が結合したアミノ酸配列からなり
前記第一のアミノ酸及び前記第五のアミノ酸はトリプトファン(W)であり、
前記第二のアミノ酸、前記第三のアミノ酸及び前記第四のアミノ酸は、互いに同一のアミノ酸であり、かつ、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、バリン(V)、アラニン(A)、システイン(C)及びメチオニン(M)のいずれか1種から選択されるアミノ酸であり、
前記アルギニン含有アミノ酸配列がRRである、ケミカルセンサ。
【請求項4】
前記センサ素子が、グラフェンFET素子、CNTを用いたFET素子、二硫化モリブデンを用いたFET素子、ISFET、QCM素子、SPR素子、若しくはMEMSカンチレバー素子である請求項3に記載のケミカルセンサ。
【請求項5】
リモネンを検出するための、請求項3又は4に記載のケミカルセンサ。
【請求項6】
固相化されたポリペプチドを備えるケミカルセンサと、前記ケミカルセンサ上に検体雰囲気を持ち込むように構成された吸気機構とを具備する標的物質を検出するためのシステムであって、
前記ポリペプチドは、芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸と、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸とがこの順番で結合し、かつ、前記第一のアミノ酸及び前記第五のアミノ酸のうち少なくともいずれか一方にアルギニン含有アミノ酸配列が結合したアミノ酸配列からなり
前記第一のアミノ酸及び前記第五のアミノ酸はトリプトファン(W)であり、
前記第二のアミノ酸、前記第三のアミノ酸及び前記第四のアミノ酸は、互いに同一のアミノ酸であり、かつ、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、バリン(V)、アラニン(A)、システイン(C)及びメチオニン(M)のいずれか1種から選択されるアミノ酸であり、
前記アルギニン含有アミノ酸配列がRRであり、
前記標的物質はリモネンである、システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、テルペン類及びエクゴニン誘導体を捕捉するポリペプチド、センサ及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
ポリペプチドのプローブを用いたセンサ及びシステムにおいて、標的物質を高感度に検出することが求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明が解決しようとする課題は、テルペン類及びエクゴニン誘導体を検出するためのポリペプチド、及び、より高感度にテルペン類及びエクゴニン誘導体を検出することができるセンサ及び検出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
実施形態に従うポリペプチドは、テルペン類及びエクゴニン誘導体を捕捉するポリペプチドである。当該ポリペプチドは、芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸と、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸とがこの順番で結合するペプチドを含む。ペプチドの前記第二乃至第四のアミノ酸は側鎖に芳香族基又はグアニジノ基を含まない。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、第1実施形態のポリペプチドが、単環式モノテルペンを取り囲み、捕捉する様子の一例を示す概略図である。
図2図2は、第3実施形態のセンサの一例を示す概略図である。
図3図3は、第4実施形態の麻薬類検出システムの一例を示すブロック図である。
図4図4は、第2実施形態のポリペプチドであるペプチドRRWLLLWとリモネンとの結合に関するITC測定の結果を示すグラフであり、ITC測定の際の熱補償に要したエネルギーの時間変化を示すグラフである。
図5図5は、第2実施形態のポリペプチドであるペプチドRRWLLLWとリモネンとの結合に関するITC測定の結果を示すグラフであり、ペプチドRRWLLLWとリモネンとの相互作用の結合等温線として図示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下に、図面を参照しながら種々の実施形態について説明する。各図は実施形態とその理解を促すための模式図であり、その形状や寸法、比などは実際と異なる箇所があるが、これらは以下の説明と公知の技術を参酌して適宜、設計変更することができる。
【0007】
(第1実施形態)
第1実施形態に従うポリペプチドは、芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸Aと、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸Aと、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸Aと、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸Aと、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸Aとがこの順番で結合するペプチドを含んでいる。ペプチドの前記第二乃至第四のアミノ酸A~Aは、側鎖に芳香族基又はグアニジノ基を含まない。
【0008】
芳香族側鎖を有する、第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aは、例えば、トリプトファン(W)、フェニルアラニン(F)、チロシン(Y)及びヒスチジン(H)のいずれかから選択される。第一のアミノ酸A1と第五のアミノ酸Aとは、互いに異なるアミノ酸であってもよく、同一のアミノ酸であってもよい。
【0009】
疎水性側鎖を有する、第二のアミノ酸A、第三のアミノ酸A及び第四のアミノ酸Aは、例えば、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、バリン(V)、アラニン(A)、システイン(C)及びメチオニン(M)のいずれかから選択される。第二のアミノ酸Aと、第三のアミノ酸Aと、第四のアミノ酸Aとは、互いに異なるアミノ酸であってもよく、同一のアミノ酸であってもよい。
【0010】
ただし、第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aと、第二のアミノ酸A、第三のアミノ酸A及び第四のアミノ酸Aアミノ酸との組み合わせについては、互いの結合親和性が強くなり過ぎないように選択される。従って、芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aとのスタッキングが生じないように、第二のアミノ酸A、第三のアミノ酸A及び第四のアミノ酸Aは、側鎖に芳香族基又はグアニジノ基を含まないアミノ酸が選択される。
【0011】
これらの第一のアミノ酸A、第二のアミノ酸A、第三のアミノ酸A、第四のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aは、標的物質を捕捉するために用いられる。標的物質は、例えば、テルペン類を含む。実施形態に従うペプチドに含まれる第一~第五のアミノ酸A~Aは、後述するように、それぞれがテルペン類との結合親和性を示す。
【0012】
テルペン類は、例えば単環式モノテルペンであることが好ましい。単環式モノテルペンとして、例えば下記式に示すような、リモネン、テルピネン及びテルピノレン等が挙げられる。
【0013】
【化1】

また、単環式モノテルペンは、水酸基、カルボン基、アルデヒド基などの含酸素官能基を導入することによって誘導体化することが可能であるが、誘導体化による分子構造の大きさの変化は小さい。単環式モノテルペンの誘導体として、例えばテルピネオール等が挙げられる。このような単環式モノテルペンの誘導体も実施形態のペプチドで捕捉される対象に含まれる。
【0014】
テルペン類は、例えば複環式モノテルペンであってもよい。複環式モノテルペンとして、例えばピネン、フェンコン、カンフェン及びツジェン等が挙げられる。複環式モノテルペンの誘導体として、例えばピナノール、フェンコール及びボルネオール等が挙げられる。
【0015】
第1実施形態のポリペプチドは、以上説明したように、それぞれがテルペン類との結合親和性を示す、第一乃至第五のアミノ酸A~Aを含んでいる。第1実施形態のポリペプチドは、芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸Aと、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸Aと、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸Aと、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸Aと、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸Aとがこの順番で結合し、ペプチドの前記第二乃至第四のアミノ酸A~Aは、側鎖に芳香族基又はグアニジノ基を含まないことによって、後述するように、単環式モノテルペンとの相互作用を生じさせて、これらの化合物と高い結合性を発揮させることを可能にしている。
【0016】
以下、第一のアミノ酸乃至第五のアミノ酸(A~A)を有するペプチドと、標的物質との相互作用について、単環式モノテルペンを例にとり説明する。
【0017】
芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aは、単環式モノテルペンと高い結合親和性を示す。これは、第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aの芳香族側鎖に含まれるπ結合と、単環式モノテルペンが有するπ結合との間でスタッキングするπ-π相互作用が働くことが原因の一つである。
【0018】
疎水性側鎖を有する、第二のアミノ酸A、第三のアミノ酸A及び第四のアミノ酸Aは、単環式モノテルペンと比較的高い結合親和性を示す。これは、疎水性を示す第二乃至第四のアミノ酸A~Aのそれぞれと、疎水性を示す単環式モノテルペンとの間で、疎水性相互作用が働くことが原因の一つである。
【0019】
また、先述した通り、第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aと、第二のアミノ酸A、第三のアミノ酸A及び第四のアミノ酸Aは、互いに結合親和性が高すぎない組み合わせとなるように選択されている。従って、これらのアミノ酸同士がπ-π相互作用によってひとつの塊に集合してつぼみのような構造を形成してしまうことがない。これにより、実施形態に従うペプチドは、第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aが標的物質の周囲を取り囲むような空隙を形成することができる。
【0020】
上述空隙は、単環式モノテルペンを捕捉するための結合ポケットとして機能し得る。すなわち、単環式モノテルペンは、図1に示されるように、疎水性相互作用によって第二のアミノ酸A、第三のアミノ酸A及び第四のアミノ酸Aのそれぞれに引き付けられ、かつ、π-π相互作用によって第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aのそれぞれに引き付けられることで、第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aが結合したペプチドが形成する空隙内に取り込まれる。空隙内に取り込まれた単環式モノテルペンは、第一のアミノ酸Aと第五のアミノ酸Aによってサンドイッチされ、かつ、第二のアミノ酸A、第三のアミノ酸A及び第四のアミノ酸Aによって周囲を取り囲まれることで、このペプチドと比較的強固に結合され得る。従って、実施形態に従うペプチドは、その周囲に存在する単環式モノテルペンを捕捉する作用を示す。
【0021】
また、上記空隙(すなわち、「結合ポケット」)の大きさは、単環式モノテルペンを捕捉するのに適した大きさである。ここで、単環式モノテルペンを捕捉するのに適した大きさとは、単環式モノテルペンを結合ポケットに取り込み可能であり、かつ、結合ポケットを構成するアミノ酸との相互作用が発揮される大きさのことである。
【0022】
ペプチドの結合ポケットの大きさと、ある化合物(以下、化合物X)の分子構造の大きさとの比率は、それら同士の結合の特異性を決定する要素の一つである。例えば、ペプチドの結合ポケットの大きさが化合物Xの分子構造よりも小さい場合、ペプチドは化合物Xを取り囲むことが困難であるため、ペプチドと化合物Xとの結合は弱く、その結合に対する特異性も弱い。反対に、ペプチドの結合ポケットが化合物Aの分子構造よりも大きければ、結合ポケットは化合物Xを容易に取り囲むことができる。ところが、ペプチドの結合ポケットが化合物Xの分子構造よりもはるかに大きい場合にも、ペプチドと化合物Xとの結合は弱く、特異性が低下する傾向にある。これは、化合物Xとの親和性を示すアミノ酸の全てと化合物Xが近接できなくなるため、相互作用が発揮されにくく、化合物Xが結合ポケットから容易に抜け出てしまうことに起因する。一方で、ペプチドの結合ポケットが化合物Xを取り込み可能であり、かつ各アミノ酸と化合物Xとを相互作用させることが可能である大きさであれば、より強固な結合がペプチドと化合物Xとの間に形成される。その場合、ペプチドは、化合物Xと特異的に結合することが可能である。
【0023】
第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aのペプチドは、前述したように、単環式モノテルペンを内部に取り込み可能、かつ、単環式モノテルペンと第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aのペプチドの相互作用が発揮される大きさの結合ポケットを形成可能である。従って、第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aのペプチドは、特異的に、単環式モノテルペンを結合することが可能である。
【0024】
なお、単環式モノテルペンと類似した化合物として、エクゴニン誘導体がある。エクゴニンは、下記式に示す構造を有する化合物であり、
【0025】
【化2】

エクゴニンの誘導体として、例えば、エクゴニンメチルエステル(EME)、無水エクゴニンメチルエステル(AEME)、ベンゾイルエクゴニン(BE)、メチルベンゾイルエクゴニン(コカイン)及びメチルベンゾイルエクゴニン塩酸塩(コカイン塩酸塩)等が挙げられる。これらのエクゴニン誘導体は、疎水性のトロパン骨格で構成される脂環式化合物である。また、誘導体化の過程でπ結合電子を有する二重結合(例えば、C=C結合、及びC=O結合)が導入されている。
【0026】
単環式モノテルペンとエクゴニン誘導体には、互いに同等の分子量を有する脂環式化合物であり、かつ、π結合を有するという、分子構造上の共通点がある。単環式モノテルペンとエクゴニン誘導体は、それらの分子構造上の共通点により、互いに同様の分子構造の大きさを示す。従って、実施形態のポリペプチドに捕捉される標的物質は、単環式モノテルペンに限定されるものではなく、単環式モノテルペンと分子構造上の共通点を有していれば、エクゴニン誘導体やあるいはそれ以外の化合物であっても特異的に結合及び捕捉することが可能である。
【0027】
標的物質として使用できる化合物は、例えば実施形態のポリペプチドとの結合性の強さを測定することにより決定することができる。結合性の強さは、例えば、分子動力学法(Molecular Dynamics、MD法)を適用した計算化学的シミュレーションによって導出されるか、又は、等温滴定カロリメトリー(isothernal Titration Calorimetry, ITC)測定装置を用いることによって測定することができる。或いは、標的物質として使用できる化合物は、例えば、後述するシステムにおいて実施形態に従うペプチドを用いて候補の化合物を検出することによって決定することができる。例えば、この検出で濃度に応じた検出値が得られるものは本ペプチドで捕捉できると判定することができる。
【0028】
以上説明したように、第1実施形態のポリペプチドによれば、芳香族基を側鎖に有する第一のアミノ酸A、疎水性基を側鎖に有する第二のアミノ酸A、疎水性基を側鎖に有する第三のアミノ酸A、疎水性基を側鎖に有する第四のアミノ酸A及び芳香族基を側鎖に有する第五のアミノ酸Aがこの順序で結合したペプチドを含んでいるため、上記標的物質を捕捉することができる。
【0029】
(第2実施形態)
第2実施形態に従うポリペプチドは、第1実施形態に従うポリペプチドの第一のアミノ酸A又は第五のアミノ酸Aのうち、少なくともいずれか一方にさらなるペプチドが結合されており、このペプチドはアルギニン(R)を含んでいる。
【0030】
例えば、さらなるペプチドがRRのアミノ酸配列からなり、第一のアミノ酸にこのペプチドが結合している場合、第2実施形態に従うポリペプチドは、下記に示す何れかのアミノ酸配列を有する:
RRWLLLW(配列番号1)、
RRWVVVW(配列番号2)、
RRWMMMW(配列番号3)、
RRWCCCW(配列番号4)、
RRWIIIW(配列番号5)、及び
RRWAAAW(配列番号6)。
【0031】
アルギニンは、テルペン類との高い結合性を示す。これは、アルギニンが、テルペン類が有するπ結合との間に、スタッキングを生じさせるπ-π相互作用を及ぼし得ることが一つの原因と考えられる。よって、アルギニンは、第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aとともに、テルペン類を取り込み、捕捉する結合ポケットを構成し得る。
【0032】
さらに、アルギニンは、第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aが形成した結合ポケットから標的物質が離脱することを防止できる。アルギニンが、結合ポケットから一時的に離脱した標的物質を呼び戻す作用を示すためである。この呼び戻す作用は、アルギニンの側鎖が炭素数3の炭化水素骨格を含んでおり、この炭化水素骨格が柔軟性を示すことに起因する。
【0033】
また、アルギニンは、第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aとは親和性が高いが、第二のアミノ酸A乃至第四のアミノ酸Aとは結合しにくい。これは、アルギニンがπ結合を持つ一方で親水性であるため、π結合を持つ第一のアミノ酸Aと第五のアミノ酸Aとはπ―π相互作用を持つが、単に疎水性である第二のアミノ酸A乃至第四のアミノ酸Aとは異なる極性を有するためである。従って、第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aと、さらなるペプチドとが結合して形成されたペプチドは、アルギニンが第二乃至第四のアミノ酸と結合してしまうことによって、第一と第五のアミノ酸との間に形成された結合ポケットを埋めてしまうことがない。これにより、第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aと、さらなるペプチドとで構成されるペプチドは、立体障害を受けずに、標的物質の分子の周囲を取り囲むような結合ポケットを形成することができる。
【0034】
従って、第2実施形態のポリペプチドは、第一のアミノ酸A乃至第五のアミノ酸Aが結合して形成されたペプチドを有しているため、その分子構造内に標的物質の捕捉に適した大きさの結合ポケットを形成し、標的物質を捕捉することができる。さらに、第2実施形態のポリペプチドは、結合ポケットから標的物質が離脱することを防止できるアルギニンを含むため、より高い結合性で標的物質を捕捉することができる。
【0035】
なお、第2実施形態のポリペプチドとして第一のアミノ酸Aにアミノ酸配列RRが結合したペプチドを例示して説明したが、第2実施形態のポリペプチドは、これに限定されない。例えば、第一のアミノ酸AのN末端側にアルギニン(R)が結合し、かつ、第5のアミノ酸AのC末端側にアルギニン(R)が結合したペプチドとしてもよい。
【0036】
(第3実施形態)
第3実施形態によれば、図2に示すようにポリペプチド301が固相化されたセンサ素子302を備える、ケミカルセンサ300が提供される。センサ素子302は、例えば電界効果トランジスタ(FET)の構成を有し、例えば基板303と、基板303の表面に配置された膜状の感応膜304と、感応膜304の一端に接続されたソース電極305と、他端に接続されたドレイン電極306と、ソース電極305及びドレイン電極306を被覆する絶縁体307とを備える。絶縁体307には、感応膜304の主面304cの一部の領域を露出させる開口部308が設けられている。開口部308に露出した主面304c上にはポリペプチド301が固相化されている。
【0037】
ポリペプチド301は、上記第1実施形態又は第2実施形態で説明した何れかのポリペプチドである。
【0038】
基板303は、例えば、矩形の板状である。基板303は、例えば、シリコン、ガラス、セラミックス又は高分子材料等である。基板303は、例えば、感応膜3側の表面に絶縁膜を備えてもよい。絶縁膜は、例えば、酸化シリコン、窒化ケイ素、酸化アルミニウム、高分子材料、又は有機分子の自己組織化膜等である。
【0039】
感応膜304は、該感応膜304に結合している物質の構造や電荷の状態などが変化した際にその物性、例えば電気抵抗が変化する物質からなる。感応膜304は、グラフェンであることが好ましいが、例えば、カーボンナノチューブ、二硫化モリブデン(MoS)若しくは二セレン化タングステン(WSe)等の他の二次元材料、或いは高分子、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、ケイ素(Si)、シリサイド等の導体等からなってもよい。
【0040】
感応膜304がグラフェンである場合、炭素原子1個分の厚さを有する単層のグラフェン膜又は複数層のグラフェン膜又はカーボンナノチューブ等であってもよい。感応膜3の大きさは、限定されるものではないが、例えば幅約5~100μm、長さ約5~100μmとすることができる。あるいは、例えば幅約100~500nm、長さ約200nm程のナノリボン状とすることもできる。
【0041】
ソース電極305及びドレイン電極306の材料は、例えば、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)、クロム(Cr)又はアルミニウム(Al)等の金属、或いは、酸化亜鉛(ZnO)、酸化インジウムスズ(ITO)、IGZO、導電性高分子等の導電性物質である。
【0042】
絶縁体307は、例えば、アクリル樹脂、ポリイミド、ポリベンゾオキサゾール、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリジメチルシロキサン、フッ素樹脂等の高分子物質、又は、酸化シリコン、窒化ケイ素、酸化アルミニウム等の無機絶縁膜、あるいは有機分子の自己組織化膜等の材料から形成され得る。
【0043】
基板303、ソース電極305、ドレイン電極306及び絶縁体307は、半導体プロセスと同等のプロセスによって製造することができる。
【0044】
また、ケミカルセンサ300は、ソース電極305とドレイン電極306との間に電圧を印加する図示しない電源と、ソース電極305とドレイン電極306との間に流れる電流値を測定する図示しない電流計とを更に備える。
【0045】
標的物質がポリペプチド301と結合すると感応膜304の物性が変化する。感応膜304の物性とは、例えば、電気伝導度又は電気抵抗値等である。感応膜304物性の変化は、例えばソース電極305とドレイン電極306との間に流れる電流値の変化として電流計によって測定することができる。
【0046】
センサ素子302は、例えば、グラフェンFET素子に限定されるものではなく、CNTや二硫化モリブデンを用いたFET素子、ISFET、QCM素子、SPR素子、又はMEMSカンチレバー素子とすることができる。これらの素子においても感応膜上の実施形態のペプチドが固定される。
【0047】
ケミカルセンサ300は、ポリペプチド301を、センシングプローブとして使用している。これにより、ケミカルセンサ300は、標的物質を検出することができる。
【0048】
(第4実施形態)
第4実施形態によれば、図3に示すように、ポリペプチド301が固相化されたセンサ素子302を備えるケミカルセンサ300と、ケミカルセンサ300上に検体雰囲気を取り込むように構成された吸気機構401とを具備する標的物質検出システム400が提供される。
【0049】
標的物質検出システム400は、例えば、電流計402を備えるケミカルセンサ300と、電流計402で測定したケミカルセンサ300の標的物質捕捉に伴う電流値の変化の測定データ403、前記データから試料中の標的物質の有無又は量を算出する演算式404、標的物質の有無又は量405のデータ及びプログラムP等を格納する記憶部406と、測定データ403及び演算式404から試料中の標的物質の有無又は量を算出する処理部407と、表示部408とを含む。
【0050】
吸気機構401は、ケミカルセンサ300のポリペプチド301上に気体試料を取り込むように構成される以外は、その形態を限定されるものではない。例えば、ケミカルセンサ300は、基板303の周縁から立設した図示しない壁部を備え、壁部の端に連結され、センサ素子302上を覆って空間を規定する背面部を更に備える場合、背面部は、貫通孔である気体試料の供給口を吸気機構401として備える。
【0051】
標的物質検出システム400によれば、例えば、ケミカルセンサ300のソース電極305及びドレイン電極306間に電圧を印加し、電流計402で、標的物質を含まない気体試料を基準試料として吸気機構401を通してケミカルセンサ300に導入した場合のソース電極305及びドレイン電極306間に流れる電流値を測定しておく。基準試料の電流値の測定データ403は、記憶部406に格納される。次に、標的物質を含み得る気体試料を吸気機構401を通してケミカルセンサ300に導入した場合のソース電極305及びドレイン電極306間に流れる電流値を測定する。標的物質を含み得る気体試料の電流値の測定データ403は、同様に、記憶部406に格納される。次に処理部407は、基準試料と標的物質を含み得る気体試料の測定データ403及び演算式404を記憶部406から取り出し、試料中の標的物質の有無又は量405を算出し、それを記憶部406に格納する。処理部407は、標的物質の有無又は量405を表示部408に表示するように指示を出す。
【0052】
標的物質検出システム400の記憶部406、処理部407及び表示部408はコンピュータであってもよい。本装置の各操作は、検出方法の実行者の入力により実行されてもよいし、記憶部に格納されたプログラムPによって実行されてもよい。
【0053】
このような標的物質検出システム400に気体試料を導入して、表示部408が検出された場合、ポリペプチド301に対して物理化学的な変化を生じさせるリガンドがポリペプチド301に結合したことがわかる。ポリペプチド301は、標的物質に対して選択性を有するものであるため、気体試料中に標的物質が含まれていることが判断できる。
【0054】
テルペン類のうち、例えばテルピノレンは、大麻及びマリファナに特有に含有される化合物であり、大麻及びマリファナから放出される香気、又は、大麻の葉及びマリファナなどを燃焼させた際の煙にも含有されている。
【0055】
エクゴニン誘導体は、植物性アルカノイドの一種であり、コカの葉に天然に含まれている。また、エクゴニン誘導体は、生体の中枢神経興奮作用を示す薬物であるコカイン及びその前駆体であり、かつ、コカインの香気成分であることが知られている。例えば、エクゴニンメチルエステル(EME)は、揮発したコカインが発生する特有の香気成分であり、かつ、コカインの代謝産物でもある。無水エクゴニンメチルエステル(AEME)は、揮発したクラックが発生する特有の香気成分である。
【0056】
したがって、実施形態の標的物質検出システム400は麻薬類の検出に用いることができる。麻薬類は、コカイン、クラック(遊離コカイン)及びそれらの前駆体、並びに大麻及びマリファナから選択される少なくとも1つである。
【0057】
[例]
以下、実施形態のペプチドを作成し使用した例について説明する。
【0058】
(例1)
第2実施形態に従うポリペプチドとして、表1に示すペプチド(実施例1~実施例6)を用意し、これらのペプチドに関して、古典分子動力学(MD)計算法に基づいたリモネン分子との結合性評価を行った。実施例1~実施例6のペプチドは、第一のアミノ酸A及び第五のアミノ酸Aとしてトリプトファン(W)が選択される点、及びアルギニン(R)を含むペプチドとしてRRが第一のアミノ酸(W)に結合している点で共通している。
【0059】
【表1】

古典MD計算は、水分子を溶媒として加えた系で行った。リモネン(リガンド)1分子に対し水分子を周囲に配置したリガンド水溶液を作成し、更にその中にペプチドを配置した。計算規模は、およそ1万原子とした。各分子の力場については、リガンドにGAFF2、ペプチドにCHARMM36、水にTIP3Pをそれぞれ用いた。設定温度と圧力はそれぞれ300Kと1atmとした。平衡化については、エネルギー最小化(EM:EnergyM inization)によって初期配置の歪を除いた後、NVT(カノニカルアンサンブル)平衡化を速度リスケーリング法によって1万ステップ行い、つづくNPT(圧力アンサンブル)平衡化はBerendsen法で1万ステップ行った後、Parrinello-Rahman法によるNPTを5百万ステップ行うことで実施した。時間刻みは2fsecとした。また、リガンドの初期配置によるダイナミクスの依存性を考慮するため、各MD計算について6パターンのリガンドの初期配置を設定した。リガンドとペプチドの相互作用には、ペプチドとリガンドとの間に働く短距離Lennard-Jonesポテンシャルの平衡値を用いた。さらに、この短距離Lennard-Jonesポテンシャルの平衡値が最小となる初期配置において、ペプチドの各残基ごとにリガンドとの間の距離を5万ステップごとに時間平均したものを時系列で出力した。ここで、0.5nm以下に近接、あるいは複数の残基が2nm以下に近接した状態が連続で発生している時間を、結合時間として読み取り、全体の解析時間に対する比率を求めた。
【0060】
さらに、第一のアミノ酸Aと第五のアミノ酸Aとの間にアミノ酸が2つのみ配列したペプチド(比較例1、比較例2)、及び第一のアミノ酸Aと第五のアミノ酸Aとの間にπ結合を持ったグアニジノ基を側鎖に有するアミノ酸が配列しているペプチド(比較例3)についても、上述の手法と同様の古典MD計算によるリモネン分子との結合性評価を行った。
【0061】
表2に、古典MD計算による、リモネン分子との結合性評価の結果を示す。結合性評価は、全体の解析時間に対するリモネン分子とそれぞれのペプチドとの結合時間の比率で表され、全体の解析時間に占める結合時間の割合が高いほど、結合性が高いことを意味する。
【0062】
【表2】

実施例1と比較例1の計算結果を比較すると、実施例1では、リモネン分子との結合時間比率が66%であったが、比較例1では27%であった。この結果は、第一のアミノ酸Aと第五のアミノ酸Aとの間に疎水性側鎖を有するアミノ酸が2つ配列しているペプチドよりも、同アミノ酸が3つ配列しているペプチドの方がリモネン分子との結合性が高く、好ましいことを示すものである。第一のアミノ酸Aと第五のアミノ酸Aとの間にアミノ酸が2つ配列するよりも、3つ配列している方がより大きな結合ポケットを確保することができるが、その大きさの結合ポケットがリモネン分子の捕捉により適していたと考えられる。
【0063】
また、実施例1~6と比較例3の計算結果を比較すると、実施例1~6では、リモネン分子との結合時間比率は42~76%であったが、比較例1では16%であった。この結果は、第二乃至第四のアミノ酸がπ結合を持っていると、第一のアミノ酸Aと第五のアミノ酸Aとの間でπ-π相互作用により塊のような集合体を作ってしまい、結合ポケットを形成できなくなることを示すものである。
【0064】
また、上述の古典MD計算を用いて、実施例1におけるリモネン分子とペプチドRRWLLLWの分子間相互作用ポテンシャルの値を導出した。さらに、インドール環を有するスカトール、ベンゼン環を有するフェネチルアミン、又はベンゾジオキソール環を有するピペロニルアルコールである芳香性化合物と、RRWLLLWであるペプチドとの分子間相互作用ポテンシャルの値についても導出した(比較例4~6)。芳香性化合物のうちスカトールについては、RRWLLWであるペプチドとの分子間相互作用ポテンシャルの値についても導出した(比較例7)。下記表に、上述した分子間相互作用ポテンシャルの値の計算結果を示した。
【0065】
【表3】

分子間相互作用ポテンシャルは、負の値をとっていると分子間に引力が働いていることを示し、その絶対値が大きいほどその結合力が強いことを示す。実施例1と比較例4~6の計算結果を比較すると、実施例1ではリモネン分子との分子間相互作用ポテンシャルは-23.0kJ/molであり、比較例4~6では-6.5kJ/mol~-3.1kJ/molであった。すなわち、スカトール、フェネチルアミン及びピペロニルアルコールとペプチドRRWLLLWとの結合力は、リモネンとペプチドRRWLLLWとの結合力に比べて顕著に弱いことが分かった。この結果は、第2実施形態に係るポリペプチドと脂環式化合物であるリモネンとの結合力が、同じく疎水性の炭化水素の環状化合物である芳香族化合物との結合力よりも顕著に高く、その結合が特異性を有することを示すものである。
【0066】
一方で、実施例1と比較例4と比較例7の計算結果を比較すると、実施例1の分子間相互作用ポテンシャルは-23.0kJ/molであり、比較例4では-6.5kJ/molであり、比較例7では-19.0kJ/molであった。すなわち、スカトールとペプチドRRWLLLWとの結合性は弱いのに対し、スカトールとペプチドRRWLLWとの結合性は比較的高い結合性を示し、リモネンとペプチドRRWLLLWとの結合性と比較しても同等であることが分かった。この結果は、芳香性化合物の分子構造のうち芳香性を有する部分が、平面状であり、かつ、電子が励磁されて密集していることで分子構造が小さいことに起因すると考えられる。すなわち、脂環式化合物に比べて分子サイズが小さな芳香族化合物であるスカトールが捕捉されるには、第一のアミノ酸Aと第五のアミノ酸Aとの間に疎水性アミノ酸が3つ配列したポリペプチドでは結合ポケットが大きすぎ、疎水性アミノ酸が2つ配列するポリペプチドの方が好適であることを示唆するものである。一方、芳香族化合物に比べて分子サイズが大きな脂環式化合物であるリモネンが捕捉されるには、疎水性アミノ酸が2つ配列したポリペプチドでは結合ポケットが小さすぎ、疎水性アミノ酸が3つ配列するポリペプチドの方が好適であることは、前述のように比較例1と実施例1との比較から示唆されている。
【0067】
(例2)
第2実施形態に従うポリペプチドのうち、ペプチドRRWLLLWについては、ITC測定装置でリモネン分子との結合親和性を測定した。
【0068】
ITC測定装置は、試料溶液で満たされる試料セルと、純水又は緩衝液で満たされる参照セルを備えた装置であり、試料セル及び参照セルは、断熱ジャケットで覆われ、任意の一定温度に保たれる。本実施例においては、試料セルに試料溶液としてペプチドRRWLLLWを含有する緩衝液を収容している。参照セルを満たし、かつ、試料溶液を調整する緩衝液は、100mMのTris-HCl緩衝液と、5%のジメチルスルホキシド(DMSO)との混合物から調製した。また、相互作用を測定するために、試料セルには、一定時間ごとに一定量のリモネン含有溶液が注入され、攪拌される。
【0069】
試料セル及び参照セルは、断熱で覆われ、任意の一定温度に保たれているが、試料セル内のリモネンとペプチドRRWLLLWとが相互作用した際には、結合量に比例した反応熱が発生し、試料溶液の温度ひいては試料セルの温度が変化する。ここで生じた参照セルとの温度差はITC測定装置のセンサによって検知され、この温度差をゼロにするように試料セルが熱補償される。この熱補償に必要な電力すなわちエネルギー量の経時変化を測定することで、反応熱の発生、並びにその大きさを経時的に観測した。なお、この必要電力は、ペプチドRRWLLLWの結合ポケットは滴定が進行するにつれて徐々に飽和していくので、滴定が進行するうちに徐々に減少していくことが確認されるものである。
【0070】
リモネンとペプチドRRWLLLWとの結合に関するITC測定の結果を図4に示す。図4はITC測定の際に熱補償に要したエネルギーの時間変化を示したものであり、吸熱反応を示す正のピークが観測された。すなわち、リモネンとペプチドRRWLLLWは、リガンド結合することが示された。
【0071】
また、図4を試料セル内のリモネン/ペプチドモル比に対してプロットし直して、相互作用の結合等温線として図示したものが図5である。図5に示された結合等温線からは、リモネンとペプチドRRWLLLWとの結合で生じる化学反応のエンタルピー(ΔH)、エントロピー(-TΔS)、及びギブスの自由エネルギー(ΔG)について算出することができる。算出の結果、ΔHは91.3±35.8kJ/mol、-TΔSは-119kJ/mol、及びΔGは-28kJ/molであった。ΔG<0の化学反応が観測されたことから、リモネンとペプチドRRWLLLWとのリガンド結合は、自然と進行する反応であることが分かる。また、エントロピー(-TΔH)が優勢であることから、リモネンとペプチドRRWLLLWとのリガンド結合は、主に疎水性相互作用に起因するものであることが示された。
【0072】
また、結合等温線からは、リモネンのポリペプチドに対するリガンド結合の解離定数(Kb)を算出することが可能である。なお、このリガンド結合の解離定数とは、半分のリモネン分子がポリペプチドと結合する濃度を指し、解離定数の絶対値が小さいほど結合度が高いことを示唆するものである。算出の結果、リモネンのポリペプチドに対するリガンド結合の解離定数は12μMであり、このリガンド結合は十分な結合性を有していることが示された。
【0073】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであって、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる、これら実施形態や変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
以下に、出願当初の特許請求の範囲に記載された発明を付記する。
[1]
芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸と、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸とがこの順番で結合するペプチドを含み、
前記ペプチドの前記第二乃至第四のアミノ酸は側鎖に芳香族基又はグアニジノ基を含まない、
テルペン類及び/又はエクゴニン誘導体を捕捉するポリペプチド。
[2]
前記第一のアミノ酸及び前記第五のアミノ酸が、トリプトファン(W)、フェニルアラニン(F)、チロシン(Y)、及びヒスチジン(H)のいずれかから選択される[1]に記載のポリペプチド。
[3]
前記第二乃至第四のアミノ酸は、それぞれ、ロイシン(L)、イソロイシン(I)、バリン(V)、アラニン(A)、システイン(C)、及びメチオニン(M)のいずれかから選択される[1]又は[2]に記載のポリペプチド。
[4]
前記第一のアミノ酸及び前記第五のアミノ酸のうち少なくともいずれか一方に、さらなるペプチドが結合され、該ペプチドはアルギニン含有アミノ酸配列である、[1]乃至[3]の何れか1つに記載のポリペプチド。
[5]
前記アルギニン含有アミノ酸配列がRRである、[4]に記載のポリペプチド。
[6]
RRWLLLW、RRWVVVW、RRWMMMW、RRWCCCW、RRWIIIW及びRRWAAAWのうち何れか1つのアミノ酸配列を有する、[5]に記載のポリペプチド。
[7]
前記テルペン類は単環式モノテルペンであり、前記単環式モノテルペンはリモネン、テルピノレン及びテルピネンからなる群から選択される少なくとも1つである[1]乃至[6]の何れか1つに記載のポリペプチド。
[8]
前記エクゴニン誘導体が、エクゴニンメチルエステル、無水エクゴニンメチルエステル、ベンゾイルエクゴニン、メチルベンゾイルエクゴニン及びメチルベンゾイルエクゴニン塩酸塩からなる群から選択される少なくとも1つである[1]乃至[7]の何れか1つに記載のポリペプチド。
[9]
芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸と、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸とがこの順番で結合し、前記第二乃至第四のアミノ酸が側鎖に芳香族基又はグアニジノ基を含まないポリペプチドが固相化されたセンサ素子を備えるケミカルセンサ。
[10]
前記センサ素子が、グラフェンFET素子、CNTを用いたFET素子、二硫化モリブデンを用いたFET素子、ISFET、QCM素子、SPR素子、若しくはMEMSカンチレバー素子である[9]に記載のケミカルセンサ。
[11]
テルペン類及び/又はエクゴニン誘導体を検出するための、[9]又は[10]に記載のケミカルセンサ。
[12]
固相化されたポリペプチドを備えるケミカルセンサと、前記ケミカルセンサ上に検体雰囲気を持ち込むように構成された吸気機構とを具備する標的物質を検出するためのシステムであって、
前記ポリペプチドは、芳香族側鎖を有する第一のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第二のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第三のアミノ酸と、疎水性側鎖を有する第四のアミノ酸と、芳香族側鎖を有する第五のアミノ酸とがこの順番で結合し、前記第二乃至第四のアミノ酸は側鎖に芳香族基又はグアニジノ基を含まず、
前記標的物質はテルペン類及び/又はエクゴニン誘導体である、システム。
[13]
麻薬類の検出に用いられる[12]に記載のシステムであって、前記麻薬類は、コカイン、クラック、大麻及びマリファナから選択される少なくとも1つである、該システム。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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