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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】船舶用ステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   B63H 20/12 20060101AFI20240924BHJP
   B63H 20/00 20060101ALI20240924BHJP
   B63H 25/42 20060101ALI20240924BHJP
   B63H 25/24 20060101ALI20240924BHJP
【FI】
B63H20/12 100
B63H20/00 803
B63H25/42 B
B63H25/24 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021057001
(22)【出願日】2021-03-30
(65)【公開番号】P2022154113
(43)【公開日】2022-10-13
【審査請求日】2023-11-24
(73)【特許権者】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067356
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 容一郎
(72)【発明者】
【氏名】桐原 建一
(72)【発明者】
【氏名】菊地 典夫
(72)【発明者】
【氏名】安間 友輔
(72)【発明者】
【氏名】福士 恭平
(72)【発明者】
【氏名】小暮 章浩
【審査官】高瀬 智史
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-062677(JP,A)
【文献】特開昭54-162395(JP,A)
【文献】特開2008-126777(JP,A)
【文献】特開2017-088120(JP,A)
【文献】米国特許第10054956(US,B1)
【文献】特開2011-084120(JP,A)
【文献】特開2005-254849(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63H 20/00
B63H 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体に装着可能な船外機と、
前記船外機の舵取装置を駆動する舵取り用モータと、
前記舵取装置に対して機械的に分離されているとともに、前記舵取装置を電気的に操舵可能なハンドルと、
前記ハンドルの操舵角を検出する操舵角検出部と、
前記ハンドルに付加する反力トルクを発生する反力モータと、
前記操舵角と前記船外機の転舵角との基本関係を関連付けた転舵特性マップを記憶する記憶部と、
前記転舵特性マップに基づき、前記操舵角に応じた前記転舵角が得られるように、前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御する転舵制御部と、
前記操舵角検出部によって検出された前記操舵角から前記ハンドルの操舵角速度を求める操舵角速度演算部と、
操船者の操船技術の熟練度を判定する熟練判定部とを、備え、
前記転舵特性マップは、前記操舵角が零から予め設定された第1操舵領域に対し、前記操舵角が前記第1操舵領域よりも大きい第2操舵領域では、前記操舵角に対する前記転舵角の変化量が大きい特性を有しており、
前記転舵制御部は、前記熟練度が予め設定されている基準熟練度に達していないと前記熟練判定部によって判定された条件下で、
前記操舵角速度が増大している間は、前記船体の向きの変化が大きくなるように前記転舵角を修正すべく、前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御し、
前記操舵角速度が減少している間は、前記船体の向きの変化が小さくなるように前記転舵角を修正すべく、前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御する、船舶用ステアリング装置。
【請求項2】
前記船体の速度を検出する船速検出部を、更に備え、
前記転舵特性マップは、前記速度が高速であるほど、前記操舵角に対する前記転舵角の割合が小さくなる特性を有している、請求項1に記載の船舶用ステアリング装置。
【請求項3】
前記操舵角に基づいて前記ハンドルの操舵方向を判定する操舵角方向判定部を、更に備え、
前記転舵特性マップは、前記ハンドルが右方向への操舵である場合の右操舵特性と、前記ハンドルが左方向への操舵である場合の左操舵特性と、有しており、
前記転舵制御部は、前記操舵角方向判定部により判定された前記操舵方向に従って、前記右操舵特性と前記左操舵特性とを選択し、前記選択した特性に基づき、前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御する、請求項1に記載の船舶用ステアリング装置。
【請求項4】
前記船体が規範となる走行ラインを走行するための規範走行特性を設定する規範走行特性設定部と、
前記船体の実際の挙動を検出する実挙動検出部と、
前記規範走行特性設定部から得られる前記規範走行特性に対する、前記実挙動検出部によって検出された検出値の差を演算する差分演算部と、を更に備え、
前記転舵制御部は、前記差分演算部によって求められた前記差が、予め決定された差分閾値を超えた場合に、前記実際の挙動を前記規範走行特性に近づけるように前記転舵角を修正すべく、前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御する、請求項1に記載の船舶用ステアリング装置。
【請求項5】
船体に装着可能な船外機と、
前記船外機の舵取装置を駆動する舵取り用モータと、
前記舵取装置に対して機械的に分離されているとともに、前記舵取装置を電気的に操舵可能なハンドルと、
前記ハンドルの操舵角を検出する操舵角検出部と、
前記ハンドルに付加する反力トルクを発生する反力モータと、
前記操舵角と前記船外機の転舵角との基本関係を関連付けた転舵特性マップを記憶する記憶部と、
前記転舵特性マップに基づき、前記操舵角に応じた前記転舵角が得られるように、前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御する転舵制御部と、
船首の横揺れによって発生、変動する物理量を検出する船首挙動検出部と、を備え、
前記転舵特性マップは、前記操舵角が零から予め設定された第1操舵領域に対し、前記操舵角が前記第1操舵領域よりも大きい第2操舵領域では、前記操舵角に対する前記転舵角の変化量が大きい特性を有しており、
前記転舵制御部は、前記操舵角検出部によって検出された前記操舵角に変動がなく、且つ、前記船首挙動検出部によって検出された前記物理量が、予め設定されている閾値を超えた場合に、前記船首の横揺れを抑制するように前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御する、船舶用ステアリング装置。
【請求項6】
前記船体の速度を検出する船速検出部を、更に備え、
前記転舵特性マップは、前記速度が高速であるほど、前記操舵角に対する前記転舵角の割合が小さくなる特性を有している、請求項5に記載の船舶用ステアリング装置。
【請求項7】
前記操舵角に基づいて前記ハンドルの操舵方向を判定する操舵角方向判定部を、更に備え、
前記転舵特性マップは、前記ハンドルが右方向への操舵である場合の右操舵特性と、前記ハンドルが左方向への操舵である場合の左操舵特性と、有しており、
前記転舵制御部は、前記操舵角方向判定部により判定された前記操舵方向に従って、前記右操舵特性と前記左操舵特性とを選択し、前記選択した特性に基づき、前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御する、請求項5に記載の船舶用ステアリング装置。
【請求項8】
前記船体が規範となる走行ラインを走行するための規範走行特性を設定する規範走行特性設定部と、
前記船体の実際の挙動を検出する実挙動検出部と、
前記規範走行特性設定部から得られる前記規範走行特性に対する、前記実挙動検出部によって検出された検出値の差を演算する差分演算部と、を更に備え、
前記転舵制御部は、前記差分演算部によって求められた前記差が、予め決定された差分閾値を超えた場合に、前記実際の挙動を前記規範走行特性に近づけるように前記転舵角を修正すべく、前記舵取り用モータを駆動する駆動電流値を制御する、請求項5に記載の船舶用ステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶用ステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶用ステアリング装置には、電気アシスト油圧ステアリング技術が採用され始めている。しかしながら、電気アシスト油圧ステアリングには、操舵フィーリングや船体応答性の観点で改善の余地が残っている。そこで近年、運転席のハンドルと船外機の舵取装置とを機械的に分離した構成の、いわゆるステアバイワイヤ方式の船舶用ステアリング装置の開発が進められている。この種の船舶用ステアリング装置に関する従来技術として、例えば特許文献1に開示される技術がある。
【0003】
特許文献1に示される船舶用ステアリング装置では、運転席のハンドルは船外機の舵取装置から機械的に分離しているとともに、舵取装置を電気的に操舵可能である。ハンドルの操舵角に基づいて制御された舵取り用モータの動力によって、舵取装置が船外機を転舵する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-62677号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ステアバイワイヤ方式を採用した場合に、ハンドルの操舵角に応じて船外機を所望の転舵角に適切に転舵させることが、操船者の操船負荷の軽減につながる。
【0006】
本発明は、操船者の操船負荷を軽減した船舶用ステアリング装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、鋭意検討の結果、船外機のプロペラの水かき特性の左右差により舵、つまり船外機に対して一定の偏依力が作用するので、ハンドルが中立位置にあるときには、船体が一定の偏った方向へ進むことに着目した。そして、ハンドルの操舵角と、船外機に求められる転舵角と、の関係を転舵特性マップによって関連付けることにより、操船者の操船負荷を従来よりも軽減させた船舶用ステアリング装置が得られることを知見した。本発明は、当該知見に基づいて完成させた。本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、ステアバイワイヤ方式のステアリング装置において、操船者の操船負荷を軽減した船舶用ステアリング装置を提供することを目的とする。
【0008】
以下、本開示について説明する。なお、以下の説明では、本開示の理解を容易にするために添付図面中の参照符号を括弧書きで付記するが、それによって本開示は図示の形態に限定されるものではない。
【0009】
本開示によれば、船体(10)に装着可能な船外機(12)と、前記船外機(12)の舵取装置(20)を駆動する舵取り用モータ(23)と、前記舵取装置(20)に対して機械的に分離されているとともに、前記舵取装置(20)を電気的に操舵可能なハンドル(11)と、前記ハンドル(11)の操舵角(α)を検出する操舵角検出部(33)と、前記ハンドル(11)に付加する反力トルクを発生する反力モータ(31)と、前記操舵角(α)と前記船外機(12)の転舵角(β)との基本関係を関連付けた転舵特性マップを記憶する記憶部(45)と、前記転舵特性マップに基づき、前記操舵角(α)に応じた前記転舵角(β)が得られるように、前記舵取り用モータ(23)を駆動する駆動電流値を制御する転舵制御部(40,140,240,340,440,540)と、を備え、前記転舵特性マップは、前記操舵角(α)が零から予め設定された第1操舵領域(A1)に対し、前記操舵角(α)が前記第1操舵領域(A1)よりも大きい第2操舵領域(A2)では、前記操舵角(α)に対する前記転舵角(β)の変化量が大きい特性を有している、船舶用ステアリング装置が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明では、操船者の操船負荷を軽減した船舶用ステアリング装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1による船舶用ステアリング装置を搭載した船体の平面模式図である。
図2図1に示される船舶用ステアリング装置の制御の内容を説明するブロック図である。
図3図2に示される記憶部に記憶されている操舵特性マップの概念図である。
図4】実施例2による船舶用ステアリング装置の制御の内容を説明するブロック図である。
図5図4に示される記憶部に記憶されている第1操舵特性マップの概念図である。
図6図4に示される記憶部に記憶されている第2操舵特性マップの概念図である。
図7】実施例3による船舶用ステアリング装置の制御の内容を説明するブロック図である。
図8図7に示される記憶部に記憶されている操舵方向別第1操舵特性マップの概念図である。
図9図7に示される記憶部に記憶されている操舵方向別第2操舵特性マップの概念図である。
図10】実施例4による船舶用ステアリング装置の制御の内容を説明するブロック図である。
図11】熟練者であると熟練判定部によって判定された場合の操船者の操船状況と船体の挙動との関係を表した関連図である。
図12】非熟練者であると熟練判定部によって判定された場合の操船者の操船状況と船体の挙動との関係を表した関連図である。
図13】実施例4による制御を実行した結果の操船者の操船状況と船体の挙動との関係を表した関連図である。
図14】実施例5による船舶用ステアリング装置の制御の内容を説明するブロック図である。
図15】実施例6による船舶用ステアリング装置の制御の内容を説明するブロック図である。
図16】直進しようとしている船体の挙動とハンドル操作との関係を表した関連図である。
図17】左旋回しようとしている船体の挙動とハンドル操作との関係を表した関連図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。なお、添付図に示した形態は本発明の一例であり、本発明は当該形態に限定されない。説明中、左右とは船体の直進状態を基準として左右、前後とは船体の直進状態を基準として前後を指す。また、図中Frは前(進行方向)、Rrは後(進行方向に対して逆方向)、Leは左、Riは右を示している。
【0013】
<実施例1>
図1図3を参照しつつ、実施例1の船体10及びこの船体10に搭載された船舶用ステアリング装置30を説明する。
【0014】
図1に示されるように、船体10は、前部にハンドル11(操舵部材11)を備え、後部に船外機12を備えている。船外機12は、船外機本体13と、船外機本体13の下部に設けられたにプロペラ14と、このプロペラ14を駆動する動力源15とを備えている。この船外機12の前部は、船体10に垂直なスイベル軸16(垂直軸16)によって左右へ揺動可能に支持されているとともに、舵取装置20に連結されている。
【0015】
舵取装置20は、例えば、船体10の幅方向へ延びた固定軸21と、この固定軸21にボールねじ機構22を介して出力軸が連結された舵取り用モータ23と、この舵取り用モータ23と共に固定軸21に沿って移動可能な移動体24と、この移動体24に連結されたリンク機構25とを備える。このリンク機構25は、船外機本体13に連結されている。
【0016】
舵取り用モータ23の動力は、ボールねじ機構22を介して、固定軸21に沿う方向への移動体24の直線運動に変換される。この移動体24の直線運動は、リンク機構25を介して、スイベル軸16を中心とした船外機12の左右揺動運動に変換される。このようにして、舵取装置20は、舵取り用モータ23の動力によって船外機12の向きを変えることにより、転舵する。
【0017】
船舶用ステアリング装置30は、運転席のハンドル11と、船外機12の舵取装置20とを機械的に分離しているとともに、ハンドル11によって舵取装置20を電気的に操舵可能な構成の、いわゆるステアバイワイヤ方式を採用している。
【0018】
ハンドル11は、例えばステアリングホイールによって構成されるとともに、ステアリング軸11aを備えている。ステアリング軸11aには、ハンドル11に対して操舵反力(反力トルク)を付加する反力モータ31が連結されている。反力モータ31(図示せぬ各種のアクチュエータを含む)は、操船者が操舵するハンドル11の操舵力に抵抗する、反力トルクを発生することによって、操船者に操舵感を与える。
【0019】
ハンドル11の操舵情報及び舵取装置20の転舵情報は、制御部32に送られる。操舵情報の1つは、操舵角検出部33によって検出されたハンドル11の操舵角αである。転舵情報の1つは、転舵角検出部34によって検出された船外機12の向き(転舵角βr)である。
【0020】
制御部32は、マイクロコンピュータ等を含む電子制御ユニット(ECU)により構成されており、ハンドル11の操舵情報及び舵取装置20の転舵情報を含む各種の情報に基づいて、反力モータ31及び舵取り用モータ23を駆動制御する。制御部32は、舵取り用モータ23を駆動制御する転舵制御部40を備えている。
【0021】
図2に示されるように、転舵制御部40は、コンピュータが所定のプログラム処理を実行することによってソフトウエア的に実現される複数の機能処理部を有している。この転舵制御部40は、操舵角検出部33によって検出された操舵角αに応じた目標転舵量(目標の転舵角β)を算出する目標転舵量演算部41と、目標転舵量演算部41から出力された目標転舵量に応じて舵取り用モータ23に対する目標電流を決定する目標モ-タ電流演算部42と、目標モ-タ電流演算部42から出力された目標電流に応じて舵取り用モータ23を例えばPWM制御によって駆動するモータ駆動部43と、転舵角検出部34によって検出された実際の転舵角βrに応じて目標モ-タ電流演算部42の目標電流を修正する修正モータ電流演算部44と、を備えている。
【0022】
このようにして駆動された舵取り用モータ23は、ハンドル11の操舵角αに応じた転舵角βが得られるように駆動する。
【0023】
転舵制御部40は、操舵特性マップを記憶する記憶部45を備えている。なお、この記憶部45は、転舵制御部40とは別に構成してもよい。
【0024】
図3も参照すると、操舵特性マップは、操舵角検出部33によって検出された操舵角αと、転舵角βとの、基本関係を関連付けてマップ化したものである。
【0025】
ここで、操船者によるハンドル11の操作について、次のように定義する。操船者がハンドル11の操舵角αを増す操作のことを、「切り増し操作」という。操船者がハンドル11の操舵角αを減らす操作、つまりハンドル11を中立方向へ戻す操作のことを、「切り戻し操作」という。
【0026】
図3に示されるように、操舵特性マップは、横軸を操舵角αとし縦軸を転舵角βとして、操舵角αに対する転舵角βを求める特性(実線によって示される基本特性)を有している。この実線によって示される基本特性のことを、基本特性Q1ということにする(図3では、符号Q1を図示せず)。
【0027】
この基本特性Q1によれば、操舵角αが零から増大するにつれて、転舵角βが右肩上がりに増大する特性を有している。
【0028】
より詳しく述べると、基本特性Q1は、操舵角αが零のとき(ハンドル11が中立位置にあるとき)には、目標の転舵角βは零に設定されている。さらに、基本特性Q1は、操舵角αが零から予め設定された第1操舵領域A1に対し、操舵角αが第1操舵領域A1よりも大きい第2操舵領域A2では、操舵角αに対する転舵角βの変化量が大きい特性を有している(例えば、特性を表す直線の傾きが大きい)。このように、基本特性Q1は、第1操舵領域A1と第2操舵領域A2との境界αs(境界操舵角αs)で、操舵角αに対する転舵角βの変化量が大きく異なる。つまり、基本特性特性Q1は、境界操舵角αsで折れ曲がった特性を有する。
【0029】
次に、図2及び図3を参照しつつ、転舵制御部40の作用を説明する。目標転舵量演算部41は、操舵角検出部33によって検出された操舵角αと、図3に示される操舵特性マップの特性に従って、目標となる転舵角βを求め、この転舵角βに応じた指示信号を出力する。目標モ-タ電流演算部42は、目標転舵量演算部41から出力された指示信号に応じて、舵取り用モータ23に対する目標電流を決定し、この目標電流に応じて舵取り用モータ23に出力する電流を制御する。モータ駆動部43は、目標モ-タ電流演算部42から出力された電流制御信号に応じて、舵取り用モータ23を駆動する。修正モータ電流演算部44は、転舵角検出部34によって検出された実際の転舵角βrに応じて修正電流を決定し、目標モ-タ電流演算部42の目標電流を修正する(フィードバック制御をする)。
【0030】
このように転舵制御部40は、操舵特性マップに基づき、操舵角αに応じた転舵角βが得られるように、舵取り用モータ23を駆動する駆動電流値を制御する。
【0031】
実施例1についてまとめると、次のとおりである。
図1図3に示されるように、船舶用ステアリング装置30は、船体10に装着可能な船外機12と、船外機12の舵取装置20を駆動する舵取り用モータ23と、舵取装置20に対して機械的に分離されているとともに、舵取装置20を電気的に操舵可能なハンドル11と、ハンドル11の操舵角αを検出する操舵角検出部33と、ハンドル11に付加する反力トルクを発生する反力モータ31と、操舵角αと船外機10の転舵角βとの基本関係を関連付けた転舵特性マップを記憶する記憶部45と、転舵特性マップに基づき、操舵角αに応じた転舵角βが得られるように、舵取り用モータ23を駆動する駆動電流値を制御する転舵制御部40と、を備える。操舵特性マップは、操舵角αが零から予め設定された第1操舵領域A1に対し、操舵角αが第1操舵領域A1よりも大きい第2操舵領域A2では、操舵角αに対する転舵角βの変化量が大きい特性を有している。
【0032】
このように、転舵制御部40は、操舵角αと転舵角βとの基本関係を関連付けた転舵特性マップに基づいて、舵取り用モータ23を制御する。操舵特性マップを用いることにより、ハンドル11の操舵角αに応じて船外機12を所望の転舵角βに適切に転舵させることができる。この結果、操船者の操船負荷を軽減した船舶用ステアリング装置30を提供することができる。
【0033】
さらには、図3に示されるように、転舵特性マップは、操舵角αが零から予め設定された第1操舵領域A1に対し、操舵角αが第1操舵領域A1よりも大きい第2操舵領域A2では、操舵角αに対する転舵角βの変化量が大きい特性を有している。つまり、第1操舵領域A1では、操舵角αの変化量に対して、転舵角βの変化量が緩やかに増す。第2操舵領域A2では、操舵角αの変化量に対して、転舵角βの変化量が急増する。
【0034】
船体10の高速走行時やハンドル11の微操作時には、操舵角αが小さい小舵角域A1でハンドル11を操舵する。ハンドル11の操舵角αに対する船外機12の転舵角βの変化が過敏すぎると、船舶用ステアリング装置30の操縦性と安定性が低下する。これに対して、小舵角域A1(第1操舵領域A1)では、操舵角αの変化量に対して、転舵角βの変化量が緩やかに増す特性である。このため、船舶用ステアリング装置30の操縦性と安定性を確保することができる。
【0035】
一方、低速走行しながら操船してUターンや離岸、着岸をする場合には、操舵角αが大きい大舵角域A2(第2操舵領域A2)でハンドル11を操舵する。ハンドル11の操舵角αに対する船外機12の転舵角βの変化が緩やかであると、操舵量に対して船体の応答が希薄なので、操舵量を大きくする必要がある。これに対して、大舵角域A2では、操舵角αの変化量に対して、転舵角βの変化量が急増する特性である。この結果、船体10の応答性を上げることができる。操舵量を低減することによって、操船者の操船負荷を低減することができる。
【0036】
このように、船舶用ステアリング装置30の操縦性及び安定の確保と、操船者の操船負荷の低減との、両立を図ることができる。
【0037】
なお、操舵特性マップにおいて境界操舵角αsは、操船者がハンドル11を操舵する操舵性を考慮して最適な操舵角に設定される。
【0038】
<実施例2>
図4図6を参照しつつ、実施例2の船舶用ステアリング装置130を説明する。実施例2の船舶用ステアリング装置130は、実施例1の構成に船速検出部131を加えたことを特徴とする。実施例1と同じ構成については説明を省略する。
【0039】
図4に示されるように、実施例2の船舶用ステアリング装置130は、前記船体10の速度Vr(船速Vr)を検出する船速検出部131を備えている。転舵制御部140は、実施例1の転舵制御部40(図2参照)に対応している。この転舵制御部140の目標転舵量演算部141は、操舵角α及び船速Vrに応じた目標の転舵角βを算出する。
【0040】
図5に示される実施例2の操舵特性マップは、図3に示される実施例1に対応している。図5に示される操舵特性マップは、船体10の速度Vr(船速Vr)が高速であるほど、操舵角αに対する転舵角βの割合が小さくなる特性を有している。
【0041】
例えば、図5に示される前記操舵特性マップでは、予め設定された基準船速の場合の特性曲線として、実施例1の基本特性Q1(図3参照)を採用している。つまり、図5に示される基本特性Q1は、図3に示される基本特性と同じ特性を有する。この基本特性Q1を基準として、船速Vrが高速の場合には想像線によって示される高速特性Q2を設定するとともに、船速Vrが低速の場合には破線によって示される低速特性Q3を設定している。基本特性Q1の特性に対して、高速特性Q2の特性は、操舵角αに対する転舵角βの割合が小さい。基本特性Q1の特性に対して、低速特性Q3の特性は、操舵角αに対する転舵角βの割合が大きい。
【0042】
全ての特性Q1,Q2,Q3は、境界操舵角αsで、操舵角αに対する転舵角βの変化量(例えば、特性を表す直線の傾き)が大きく異なる。つまり、全ての特性Q1,Q2,Q3は、境界操舵角αsで折れ曲がった特性を有する。なお、船速Vrに応じた特性はQ1,Q2,Q3の3つに限定されるものではなく、もっときめ細かく設定してもよい。
【0043】
この実施例2の操舵特性マップ(第1操舵特性マップ)は、図6に示される操舵特性マップ(第2操舵特性マップ)に置換することが可能である。この第2操舵特性マップでは、全ての特性直線Q1a,Q2a,Q3aは、直線状の特性を有している。
【0044】
この第2操舵特性マップでは、実線によって示される基本特性直線Q1aを基準として船速Vrが高速の場合には想像線によって示される高速特性直線Q2aを設定するとともに、船速Vrが低速の場合には破線によって示される低速特性直線Q3aを設定している。基本特性直線Q1aの特性に対して、高速特性直線Q2aの特性は、操舵角αに対する転舵角βの割合が小さい。基本特性直線Q1aの特性に対して、低速特性直線Q3aの特性は、操舵角αに対する転舵角βの割合が大きい。なお、船速Vrに応じた特性直線はQ1a,Q2a,Q3aの3つに限定されるものではなく、もっときめ細かく設定してもよい。
【0045】
このように、図5に示される操舵特性マップと図6に示される操舵特性マップは、いずれも、船体10の速度Vr(船速Vr)が低速であるほど、操舵角αに対する転舵角βの割合が大きくなる特性を有している。この結果、低速時では、少ないハンドル操舵量によって船体10を大きく回頭させることができるので、操船者の操船負荷を低減することができる。
【0046】
一方、高速時では、操舵角αに対する転舵角βの割合が小さくなる特性を有している。このため、追い舵や逆修正舵といった修正のための操舵を低減するとともに、応答性を上げることができる。操舵量を低減することによって、操船者の操船負荷を低減することができる。その他の作用、効果については、上記実施例1と同じである。
【0047】
<実施例3>
図7図9を参照しつつ、実施例3の船舶用ステアリング装置230を説明する。実施例3の船舶用ステアリング装置230は、実施例2の構成に操舵角方向判定部251(操舵角方向演算部251)を加えたことを特徴とする。実施例2と同じ構成については説明を省略する。
【0048】
図7に示されるように、実施例3の船舶用ステアリング装置230は、制御部32に操舵角方向判定部251を備えている。この操舵角方向判定部251(操舵角方向演算部251ともいう)は、操舵角検出部33によって検出された操舵角αに基づいて、ハンドル11の操舵方向を判定する。転舵制御部240は、実施例2の転舵制御部140(図4参照)に対応している。
【0049】
この転舵制御部240の目標転舵量演算部241は、操舵角検出部33によって検出されたハンドル11の操舵角αと操舵角方向判定部251によって判定されたハンドル11の操舵方向、及び/又は、船速検出部131によって検出された船速Vrに応じた、目標の転舵角βを算出する。
【0050】
図8に示される実施例3の操舵特性マップは、上記図3に示される実施例1に対応しており、ハンドル11の操舵方向が左の場合の特性と右の場合の特性とで、相違していることを特徴とする。詳しく述べると、図8に示される実施例3の操舵特性マップ(操舵方向別第1操舵特性マップ)は、操舵角αとハンドル11の操舵方向とによって決まる特性を有している。
【0051】
ハンドル11の操舵方向が「左」の場合の特性は、実線の左操舵特性Q11によって表される。ハンドル11の操舵方向が「右」の場合の特性は、破線の右操舵特性Q12によって表される。左操舵特性Q11には、実施例1の基本特性Q1(図3参照)を採用している。つまり、図8に示される左操舵特性Q11は、図3に示される基本特性と同じ特性を有する。右操舵特性Q12は、左操舵特性Q11に対して、操舵角αに対する転舵角βの変化量が小さい特性を有している。なお、左操舵特性Q11と右操舵特性Q12とを互いに逆の特性とすることも可能である。
【0052】
この実施例3の操舵特性マップ(操舵方向別第1操舵特性マップ)は、図9に示される操舵特性マップ(操舵方向別第2操舵特性マップ)に置換することが可能である。この操舵方向別第2操舵特性マップは、操舵角αと船速Vrとハンドル11の操舵方向とによって決まる特性を有している。この操舵方向別第2操舵特性マップでは、全ての特性直線Q22a,Q22b,Q23a,Q23bは、直線状の特性を有している。
【0053】
図9に示される操舵方向別第2操舵特性マップにおいて、太い想像線の特性直線Q22a(左第1特性直線Q22a)は、ハンドル11の操舵方向が「左」で、且つ、船速Vrが「高速」の場合の特性を有しており、上記図6に示される実施例2の高速特性直線Q2aと同じ特性を有する。
【0054】
太い破線の特性直線Q23a(左第2特性直線Q23a)は、ハンドル11の操舵方向が「左」で、且つ、船速Vrが「低速」の場合の特性を有しており、図6に示される実施例2の低速特性直線Q3aと同じ特性を有する。
【0055】
細い想像線の特性直線Q22b(右第1特性直線Q22b)は、ハンドル11の操舵方向が「右」で、且つ、船速Vrが「高速」の場合の特性を有している。右第1特性直線Q22bは、左第1特性直線Q22aに対して、操舵角αに対する転舵角βの変化量が小さい特性を有している。
【0056】
細い破線の特性直線Q23b(右第2特性直線Q23b)は、ハンドル11の操舵方向が「右」で、且つ、船速Vrが「低速」の場合の特性を有している。右第2特性直線Q23bは、左第2特性直線Q23aに対して、操舵角αに対する転舵角βの変化量が小さい特性を有している。
【0057】
なお、左第1特性直線Q22aと右第1特性直線Q22bとを互いに逆の特性とすることも可能である。同様に、左第2特性直線Q23aと右第2特性直線Q23bとを互いに逆の特性とすることも可能である。
【0058】
一般に、図1に示される船外機12のプロペラ14の水かき特性の左右差によって舵、つまり船外機12に対して一定の偏依力が作用する。この結果、船体10には、常に一定方向へ偏って進ませようとする力(旋回力)が働く。このため、ハンドル11が中立位置にあるときには、船体10は一定の偏った方向へ進む。
【0059】
これに対し、プロペラ14の水かき特性の左右差を打ち消すために、船体10の反応が敏感な旋回方向(船体が偏って進む方向)の操舵特性、つまり、ハンドル11の操舵角αに対する船外機12の転舵角βの変化の割合(レシオ)を緩くなるようにした。このため、船体10の応答性を加味した操縦性の向上を図ることができる。その他の作用、効果については、上記実施例2と同じである。
【0060】
<実施例4>
図10図13を参照しつつ、実施例4の船舶用ステアリング装置330を説明する。実施例4の船舶用ステアリング装置330は、実施例3の構成に、操舵角検出部33によって検出された操舵角αからハンドル11の操舵角速度Avを求める操舵角速度演算部351と、操船者の操船技術の熟練度を判定する熟練判定部352と、操船者の操船技術の熟練度の情報を得る熟練度情報部353とを、加えたことを特徴とする。操舵角速度演算部351及び熟練判定部352は制御部32に備えている。実施例3と同じ構成については説明を省略する。
【0061】
操船者の操船技術の熟練度の情報は、熟練度情報部353から熟練判定部352へ送られる。熟練判定部352は、熟練度情報部353から入手した熟練度の情報に基づいて判断することになる。
【0062】
熟練度情報部353は、操船者の操船技術の熟練度の情報を、直接にまたは間接的に入手する情報源であって、例えば次の3つの情報源の1つまたはいずれか2つ以上の組み合わせによって得ることができる。
【0063】
第1の情報源は、操船者が自分自身の意思によって(自分自身の熟練度を判断して)、熟練モードを切り替え操作することにより、熟練度の情報を得ることができる。操船者が、初心者であれば熟練者と同じ操船がしたいという意思をもって、熟練モードを切り替える。熟練モードの切り替え操作は、例えば切替えスイッチの切り替えによる。
【0064】
第2の情報源は、操船者の操船特性をモニタリングすることによって、熟練度の情報を得ることができる。この場合には、熟練判定部352は、規範特性(熟練者)に対する操船特性の乖離量モニタリングによって、熟練度を判定することになる。
【0065】
第3の情報源は、コネクテッド技術を利用した操船者のID情報(免許歴、操船歴など)によって、熟練度の情報を得ることができる。船体10に搭載している通信機器によって、外部の情報源から操船者の情報を得ることができる。
【0066】
転舵制御部340は、実施例3の転舵制御部240(図7参照)に対応している。この転舵制御部340の目標転舵量演算部341は、熟練度が予め設定されている基準熟練度に達していないと熟練判定部352によって判定された条件下で、操舵角速度Avが増大している間は、船体10の向きの変化が大きくなるように転舵角βを修正するとともに、操舵角速度Avが減少している間は、船体10の向きの変化が小さくなるように転舵角βを修正する。
【0067】
図11は、操船者の熟練度が基準熟練度に達している(熟練者である)と、熟練判定部352によって判定された場合の、操船者の操船状況と船体10の挙動との関係を表した関連図であり、横軸を経過時間tiとする。
【0068】
経過時間tiが0(ti=t0=0)の時点を、基準時t0ということにする。基準時t0のときには、船体10は図の左側から右側へ直進中(横向き進行中)である。この基準時t0に、船体10を横向きから左向きへ旋回させるように、熟練者がハンドル11を左へ切り増し操作し始める。熟練者が操舵したときの、時間経過と操舵角との関係は、熟練者操舵曲線Ex1によって示される。この熟練者操舵曲線Ex1によれば、切り増し操作を開始してから経過時間t1を経過したときの操舵角αは、最大操舵角αmである。その後、熟練者はハンドル11を切り戻し操作をして、経過時間t2を経過したときに、中立位置まで戻す。
【0069】
船外機12の転舵角βの推移は、熟練者転舵曲線Ex2によって示される。この熟練者転舵曲線Ex2によれば、転舵角βは熟練者操舵曲線Ex1に対して基本的に同じように推移する。経過時間t1を経過したときの転舵角βは、最大転舵角βmである。経過時間t2を経過したときに転舵角β=0(中立)に戻る。
【0070】
横向き進行中であった船体10は、ハンドル11を左へ切り増し操作し始めた基準時t0から、遅れ時間Δt1を経過した後に、左へ旋回し始める。その後、ハンドル11の切り戻し操作を完了した経過時間t2から、遅れ時間Δt2を経過した後に、船体10は左への旋回を完了する(船体10が横向きから左向きに、旋回を完了する)。熟練者が操舵したときの、時間経過と船体10の挙動との関係は、熟練者船体挙動曲線Ex3によって示される。
【0071】
熟練者操舵曲線Ex1、熟練者転舵曲線Ex2及び熟練者船体挙動曲線Ex3によれば、ハンドル11の操舵に対する船体10の応答遅れの少ない、つまり、熟練者の操舵に対する船体10の模範的な挙動関係(規範特性)であることが判る。
【0072】
図12は、上記図11に対応している。この図12は、操船者の熟練度が基準熟練度に達していない(非熟練者である)と、熟練判定部352によって判定された場合の、操船者の操船状況と船体10の挙動との関係を表した関連図である。
【0073】
非熟練者が操舵したときの、時間経過と操舵角との関係は、非熟練者操舵曲線Un1によって示される。非熟練者操舵曲線Un1によれば、非熟練者はハンドル11を大きく切り増し操作し、その後に大きく切り戻し操作をする傾向にあることが判る。切り増し操作を開始してから経過時間t1を経過したときの操舵角αは、最大操舵角αmよりも大きく、過大な操舵角αvである。切り戻し操作をした場合も、中立位置を超えた後に、再び元に戻す(修正操舵をする)ような無駄な動作が多い。
【0074】
船外機12の転舵角βの推移は、非熟練者転舵曲線Un2によって示される。この非熟練者転舵曲線Un2によれば、転舵角βは非熟練者操舵曲線Un1に対して基本的に同じように推移する。経過時間t1を経過したときの転舵角βは、最大転舵角βmよりも大きく、過大な転舵角βvである。
【0075】
非熟練者が操舵したときの、時間経過と船体10の挙動との関係は、非熟練者船体挙動曲線Un3によって示される。この非熟練者船体挙動曲線Un3によれば、横向き進行中であった船体10は、左へ旋回し過ぎた(左にオーバーシュートした)後に、右へ戻り(右にオーバーシュートし)、これを繰り返した後に、左への旋回を完了する。これでは、ハンドル11の操舵に対する船体10の応答遅れが大きい。
【0076】
図13は、上記図11に対応しており、実施例4による制御を実行した結果の、操船者の操船状況と船体10の挙動との関係を表した関連図である。つまり、この図13は、操船者の熟練度が基準熟練度に達していない(非熟練者である)と、熟練判定部352によって判定された場合であって、転舵制御部340によって制御された状況下での、操船者の操船状況と船体10の挙動との関係を表している。
【0077】
非熟練者が操舵したときの、時間経過と操舵角との関係は、操舵曲線As1によって示される。この操舵曲線As1は、例えば上記図11に示される熟練者操舵曲線Ex1を、規範モデルとしている。基準時t0から経過時間t1までは、ハンドル11を左へ切り増し操作をする。このときには、一般に操舵角速度Avが増大している。経過時間t1から経過時間t2までは、ハンドル11を切り戻し操作をする。このときには、一般に操舵角速度Avが減少している。
【0078】
船外機12の転舵角βの推移は、転舵曲線As2によって示される。この転舵曲線As2は、例えば上記図11に示される熟練者転舵曲線Ex2の一部を補正した特性を有する。経過時間t1を経過したときの転舵角βは、最大転舵角βmである。
【0079】
実施例4では、目標転舵量演算部341(図10参照)は、操舵角速度Avが増大している間(基準時t0から経過時間t1までの間)は、船体10の向きの変化が大きくなるように転舵角βを補正している。
【0080】
また、目標転舵量演算部341(図10参照)は、操舵角速度Avが減少している間(経過時間t1から経過時間t2まで)は、船体10の向きの変化が小さくなるように転舵角βを補正している。
【0081】
目標転舵量演算部341(図10参照)によって、転舵角βを補正した結果の、時間経過と船体10の挙動との関係は、船体挙動曲線An3によって示される。この船体挙動曲線An3から明らかなように、横向き進行中であった船体10は、熟練者船体挙動曲線Ex3の特性に比べて早めに旋回動作をする。
【0082】
実施例4についてまとめると、次のとおりである。
図10図13に示されるように、船舶用ステアリング装置330は、操舵角検出部33によって検出された操舵角αからハンドル11の操舵角速度Avを求める操舵角速度演算部351と、操船者の操船技術の熟練度を判定する熟練判定部352とを備えている。転舵制御部340は、熟練度が予め設定されている基準熟練度に達していないと熟練判定部352によって判定された条件下で、操舵角速度Avが増大している間は、船体10の向きの変化が大きくなるように転舵角βを修正すべく、舵取り用モータ23を駆動する駆動電流値を制御し、操舵角速度Avが減少している間は、船体10の向きの変化が小さくなるように転舵角βを修正すべく、舵取り用モータ23を駆動する駆動電流値を制御する。
【0083】
このように、操船者の操船技術の熟練度が、基準熟練度に達していない場合には、ハンドル11の操舵角速度Avに増減に応じて転舵角βを修正するように、舵取り用モータ23を制御する。操舵角速度Avが増大している間は、船体10の向きの変化が大きくなるように転舵角βを修正する。一方、操舵角速度Avが減少している間は、船体10の向きの変化が小さくなるように転舵角βを修正する。このため、ハンドル11の操舵に対する船体10の転舵特性(応答性、転舵角)を、熟練者の操舵に対する船体10の模範的な挙動関係(規範特性)に近づくように、補正することができる。この結果、ハンドル11の操舵に対する船体10の応答遅れの少ない、直感的な操舵感覚を実現することができる。その他の作用、効果については、上記実施例3と同じである。
【0084】
<実施例5>
図14を参照しつつ、実施例5の船舶用ステアリング装置430を説明する。実施例5の船舶用ステアリング装置430は、実施例2の構成に、船首の横揺れによって発生、変動する物理量を検出する船首挙動検出部451を、加えたことを特徴とする。実施例2と同じ構成については説明を省略する。なお、実施例5の転舵制御部440は、実施例2の転舵制御部140(図4参照)に対応している。
【0085】
図1に示されるように、一般に船体10は、トリム位置や船速によって船首が左右に振れる事象、いわゆる船首の横揺れ(ヨーイング)が発生する。船首の横揺れの程度は、船体10のハルと水面との抵抗の変化や、船外機12のプロペラ14の水掻き特性の変化によって異なるとともに、船速が大きくなるほど大きく揺れる傾向がある。例えば、船首があまり上がっていないトリムダウン状態(船首喫水と船尾喫水との差が小さい状態)では、船体10の水面抵抗が大きいので、船首の横揺れは比較的小さい。船首が上がっているトリムアップ状態では、船体10の水面抵抗が小さいので、船首の横揺れは比較的大きい。トリムアップ状態において、船外機12の高さが調整された状態では、船体10の水面抵抗が小さいとともに、船外機12のプロペラ14の水掻き特性の変化が加わるので、船首の横揺れは、より大きい。このような船首の横揺れに対処するために、操船者は頻繁に船体10の走行方向を修正する操作(修正操舵)をすることが多い。
【0086】
これに対して、図14に示される実施例5の船舶用ステアリング装置430は、船首挙動検出部451を備えている。この船首挙動検出部451は、船首の横揺れによって発生、変動する物理量を検出するものであって、例えばヨーレート検出部、横加速度検出部、船体傾斜量検出部を挙げることができる。ヨーレート検出部は、船体10の走行時に船体10の上下軸まわりに回転運動(ヨーイング)が変化する速度(ヨーレート)を検出する。横加速度検出部は、船体10の旋回時に船体10にかかる横方向の加速度を検出する。船体傾斜量検出部は、船体10の姿勢(傾き角)を検出する。
【0087】
転舵制御部440の目標転舵量演算部441は、操舵角検出部33によって検出された操舵角αに変動がないという条件下において、船首挙動検出部451によって検出された物理量が、予め設定されている閾値を超えた場合に、船首の横揺れを抑制するように目標転舵量(目標の転舵角β)を補正して、目標モ-タ電流演算部42に出力する。目標モ-タ電流演算部42は、目標転舵量演算部441から出力された、補正された目標転舵量に応じて舵取り用モータ23に対する目標電流を決定する。モータ駆動部43は、目標モ-タ電流演算部42から出力された、補正された目標電流に応じて舵取り用モータ23を駆動する。
【0088】
実施例5についてまとめると、次のとおりである。
実施例5の船舶用ステアリング装置430は、船首の横揺れによって発生、変動する物理量を検出する船首挙動検出部451を備えている。転舵制御部440は、操舵角検出部33によって検出された操舵角αに変動がなく、且つ、船首挙動検出部451によって検出された物理量が、予め設定されている閾値を超えた場合に、船首の横揺れを抑制するように舵取り用モータ23を駆動する駆動電流値を制御する。
【0089】
操舵角αに変動がないのに、船首挙動検出部451により検出された物理量が、閾値を超えた場合は、船首に過大な横揺れが発生したことになる。転舵制御部440は、船首の横揺れを抑制するように舵取り用モータ23を駆動制御する。船首の過大な横揺れ状態を自動的に抑制できるので、操船者の負担を軽減することができる。
【0090】
<実施例6>
図15図17を参照しつつ、実施例6の船舶用ステアリング装置530を説明する。実施例6の船舶用ステアリング装置530は、実施例2の構成に、船体10が規範となる走行ライン(通る道筋のことであって、トレースラインや規範ラインともいう)を走行するように自動的に転舵補正を行うための実挙動検出部551と規範走行特性設定部552と差分演算部553と修正転舵量演算部554とを、加えたことを特徴とする。実施例2と同じ構成については説明を省略する。
【0091】
規範走行特性設定部552と差分演算部553と修正転舵量演算部554とは、制御部32に備えている。実施例6の転舵制御部540は、実施例2の転舵制御部140(図4参照)に対応している。
【0092】
実挙動検出部551は、船体10の実際の挙動を検出、つまり船体10の挙動によって発生、変動する物理量を検出するものであって、例えばヨーレート検出部、横加速度検出部、船体傾斜量検出部を挙げることができる。ヨーレート検出部は、船体10の走行時に船体10の上下軸まわりに回転運動(ヨーイング)が変化する速度(ヨーレート)を検出する。横加速度検出部は、船体10の旋回時に船体10にかかる横方向の加速度(横加速度)を検出する。船体傾斜量検出部は、船体10の姿勢(傾き角)を検出する。
【0093】
規範走行特性設定部552は、船体10が規範となる走行ラインを走行するための規範走行特性を設定するものである。
【0094】
一例を挙げると、規範走行特性設定部552は、実際の転舵角βrや船速Vr等の各種の実測値を用いて船体10の運動方程式から算出される、規範ヨーレート、横方向の規範加速度(規範横加速度)、規範傾き角等の理論的物理量特性を設定する。
【0095】
他の例を挙げると、規範走行特性設定部552は、風や波の影響が無い安定した環境下における、物理量特性の実測値を規範走行特性として、規範ヨーレート、横方向の規範加速度(規範横加速度)、規範傾き角等の理論的物理量特性を設定する。
【0096】
差分演算部553は、規範走行特性設定部552から得られた規範走行特性に対する、実挙動検出部551によって検出された実際の検出値の差を演算するものである。この差分演算部553は、例えば、規範ヨーレートに対する実際のヨーレートの差、規範横加速度に対する実際の横加速度の差、規範傾き角に対する実際の傾き角の差を、求めることができる。
【0097】
修正転舵量演算部554は、目標転舵量演算部541によって求められた目標転舵量(目標の転舵角β)の値を、差分演算部553によって求められた差に応じて、修正(補正)する。
【0098】
上記船舶用ステアリング装置530による転舵制御の形態を、図16及び図17によって例示する。
【0099】
図16は、直進しようとしている船体10の挙動を表している。先に、船舶用ステアリング装置530による転舵制御を実行していない場合について、説明する。今、船体10は規範となる直進の走行ラインL1(直進のトレースラインL1、規範直進ラインL1ともいう)を進もうとしている。このときにハンドル11は中立位置にある。これに対し、実際の船体10は規範直進ラインL1から左へ外れた進行経路L2を進んでいる。操船者は、規範直進ラインL1から外れていることに気がついて、ハンドル11Aのように右へ切り増し操作をする。この結果、船体10が進行経路L3を進む。操船者は、途中でハンドル11Bのように左へ切り戻し操作をする。船体10が規範直進ラインL1へ戻ったことを確認した操船者は、ハンドル11Cのように中立位置へ戻す。これでは、操船者の負担が大きい。
【0100】
これに対し、船舶用ステアリング装置530による転舵制御を実行している場合には、次のようになる。実際の船体10が規範直進ラインL1から左へ外れた進行経路L2を進んでも、船舶用ステアリング装置530が補正制御を実行する。この結果、船体10は修正経路L4を進んで、規範直進ラインL1へ自動的に戻る。操船者の負担を軽減することができる。
【0101】
図17は、左旋回しようとしている船体10の挙動を表している。先に、船舶用ステアリング装置530による転舵制御を実行していない場合について、説明する。今、操船者がハンドル11Dのように左へ切り増し操作をしている。船体10は、規範となる左旋回の走行ラインL11(左旋回のトレースラインL11、規範左旋回ラインL11ともいう)を進むべきところ、規範左旋回ラインL11から右へ大きく外れた迂回経路L12を進んでいる。操船者は、規範左旋回ラインL11から外れていることに気がついて、ハンドル11Eのように左へもっと切り増し操作をする。途中で、操船者は切り増し操作し過ぎに気がつき、ハンドル11Fのように右へ切り戻し操作をする。この結果、船体10は規範左旋回ラインL11に戻る。操船者は、船体10を規範左旋回ラインL11に沿って進めるべく、ハンドル11Gのように操舵する。これでは、操船者の負担が大きい。
【0102】
これに対し、船舶用ステアリング装置530による転舵制御を実行している場合には、次のようになる。実際の船体10が規範左旋回ラインL11から外れた迂回経路L12を進もうとしたときに、船舶用ステアリング装置530が補正制御を実行する。この結果、船体10は自動的に規範左旋回ラインL11を進む。操船者の負担を軽減することができる。
【0103】
実施例6についてまとめると、次のとおりである。
実施例6の船舶用ステアリング装置530は、船体10が規範となる走行ラインL1,L11を走行するための規範走行特性を設定する規範走行特性設定部552と、船体10の実際の挙動を検出する実挙動検出部551と、規範走行特性設定部552から得られる規範走行特性に対する、実挙動検出部551によって検出された検出値の差を演算する差分演算部553と備える。転舵制御部540は、差分演算部553によって求められた差が、予め決定された差分閾値を超えた場合に、実際の挙動を規範走行特性に近づけるように転舵角βを修正すべく、舵取り用モータ23を駆動する駆動電流値を制御する。
【0104】
このため、規範となる走行ラインL1,L11に対する実際の走行経路のズレ量を求めて自動的に船外機12の転舵角βを修正することができる。従って、操船者の負担の軽減と快適性を図ることができる。
【0105】
この実施例6では、規範走行特性設定部552によって目的地までのナビ生成経路を設定し、実挙動検出部551によって実際のGPS軌跡を検出し、差分演算部553によって両者の差分を比較することによって、ズレを判定することができる。
【0106】
なお、本発明の作用及び効果を奏する限りにおいて、本発明は、実施例に限定されるものではない。
例えば、船舶用ステアリング装置30,130,230,330,430,530は、船体10に複数の船外機12を搭載した場合を含む。
各実施例の船舶用ステアリング装置30,130,230,330,430,530は、任意の1つまたは複数の実施例同士を組み合わせることができる。
実施例4~6では、ハンドル11の操舵角αと船外機12の転舵角βとの関係は、図3図5図8に示される屈曲した特性に限定されるものではなく、直線的な特性であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明の船舶用ステアリング装置30,130,230,330,430,530は、小型の船体10に搭載された船外機12に好適である。
【符号の説明】
【0108】
10 船体
11 ハンドル
12 船外機
20 舵取装置
23 舵取り用モータ
30,130,230,330,430,530 船舶用ステアリング装置
31 反力モータ
33 操舵角検出部
34 転舵角検出部
40,140,240,340,440,540 転舵制御部
45 記憶部
131 船速検出部
251 操舵角方向判定部(操舵角方向演算部)
351 操舵角速度演算部
352 熟練判定部
353 熟練度情報部
451 船首挙動検出部
551 実挙動検出部
552 規範走行特性設定部
553 差分演算部
554 修正転舵量演算部
A1 第1操舵領域
A2 第2操舵領域
Av ハンドルの操舵角速度
L1,L11 走行ライン
Q1 基本特性曲線
Vr 船体の速度(船速)
α 操舵角
β 転舵角
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