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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】貝類養殖システム及び貝類養殖方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/50 20170101AFI20240924BHJP
【FI】
A01K61/50
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021059419
(22)【出願日】2021-03-31
(65)【公開番号】P2022155957
(43)【公開日】2022-10-14
【審査請求日】2024-02-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103539
【弁理士】
【氏名又は名称】衡田 直行
(74)【代理人】
【識別番号】100111202
【弁理士】
【氏名又は名称】北村 周彦
(74)【代理人】
【識別番号】100162145
【弁理士】
【氏名又は名称】村地 俊弥
(72)【発明者】
【氏名】千葉 彩香
(72)【発明者】
【氏名】神谷 隆
(72)【発明者】
【氏名】佐野 浩希
(72)【発明者】
【氏名】濱崎 潤二
(72)【発明者】
【氏名】中森 望
【審査官】家田 政明
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-157294(JP,A)
【文献】特開2018-50514(JP,A)
【文献】特開2019-149963(JP,A)
【文献】特開2019-62775(JP,A)
【文献】国際公開第2021/005860(WO,A1)
【文献】米国特許第4434743(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 61/00-61/55
A01K 61/70-61/78
A01G 33/00-33/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
袋状もしくはかご状の網部材、及び、上記網部材の中に収容されたケイ酸カルシウム含有粒状物を含む貝類養殖システムであって、
上記ケイ酸カルシウム含有粒状物が、上記網部材の目開きよりも大きな粒度を有する粒体を含むことを特徴とする貝類養殖システム。
【請求項2】
上記網部材の目開きが、0.1~3mmである請求項1に記載の貝類養殖システム。
【請求項3】
上記ケイ酸カルシウム含有粒状物が、上記網部材の目開きよりも大きな粒度を有する粒体を、50質量%以上の割合で含み、かつ、上記網部材の目開きの4倍を超える粒度を有する粒体を含まないまたは50質量%以下の割合で含む請求項1又は2に記載の貝類養殖システム。
【請求項4】
上記ケイ酸カルシウム含有粒状物が、トバモライト、ゾノトライト、CSHゲル、フォシャジャイト、ジャイロライト、ヒレブランダイト、及び、ウォラストナイトからなる群より選ばれる1種以上を含む、多孔質の材料からなる請求項1~3のいずれか1項に記載の貝類養殖システム。
【請求項5】
上記ケイ酸カルシウム含有粒状物は、最大粒度が500μm以下の骨材を含む請求項1~4のいずれか1項に記載の貝類養殖システム。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の貝類養殖システムを用いた貝類養殖方法であって、
上記貝類養殖システムを貝類が生息する水域の中に設置する設置工程と、
上記ケイ酸カルシウム含有粒状物に貝類の幼生が着底し、その後、上記網部材の目開きよりも大きな稚貝または成貝に成長したときに、上記貝類養殖システムから、上記稚貝または成貝を回収する回収工程、
を含む貝類の養殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、貝類養殖システム及び貝類養殖方法に関する。
【背景技術】
【0002】
貝類の成長を促進するために、ケイ酸カルシウム含有粒状物からなる材料を用いることが知られている。
一例として、特許文献1に、ケイ酸カルシウム含有粒状物からなる貝類成長促進材であって、上記ケイ酸カルシウム含有粒状物を構成する全粒体中、1mm未満の粒度を有する粒体の割合が12質量%以下であり、1~3mmの粒度を有する粒体の割合が10~80質量%であり、3mmを超え、4mm以下の粒度を有する粒体の割合が10~80質量%であり、4mmを超える粒度を有する粒体の割合が12質量%以下であることを特徴とする貝類成長促進材が、記載されている。
また、特許文献1に、上記貝類成長促進材を底質の中に入れ混ぜることを特徴とする貝類の成長の促進方法が、記載されている。
【0003】
他の例として、特許文献2に、藻類を培養するための藻類培養槽と、上記藻類培養槽で培養された藻類と、貝類と、ケイ酸カルシウム含有材料と、養殖用の水とを収容して、上記貝類を養殖するための貝類養殖槽と、上記藻類培養槽から上記貝類養殖槽に上記藻類を供給するための管路、を含むことを特徴とする貝類の養殖システムが、記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-62775号公報
【文献】特開2020-156404号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されている貝類成長促進方法を用いる場合、成長後の貝類を回収する際に、底質及び貝類成長促進材の中から、貝類を回収する作業が必要である。
特許文献2に記載されている貝類の養殖システムを用いる場合、藻類培養槽及び貝類養殖槽の各装置における水質の管理等が必要である。
本発明の目的は、貝類を、良好な環境下で、管理が必要な装置を用いることなく、簡易に養殖することができ、かつ、成長後の貝類を短時間で容易に回収することができる貝類養殖システム、及び、該システムを用いた貝類養殖方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、袋状もしくはかご状の網部材、及び、上記網部材の中に収容されたケイ酸カルシウム含有粒状物を含む貝類養殖システムであって、上記ケイ酸カルシウム含有粒状物が、上記網部材の目開きよりも大きな粒度を有する粒体を含む貝類養殖システムによれば、上記目的を達成しうることを見出し、本発明を完成した。
本発明は、以下の[1]~[6]を提供するものである。
【0007】
[1] 袋状もしくはかご状の網部材、及び、上記網部材の中に収容されたケイ酸カルシウム含有粒状物を含む貝類養殖システムであって、上記ケイ酸カルシウム含有粒状物が、上記網部材の目開きよりも大きな粒度を有する粒体を含むことを特徴とする貝類養殖システム。
[2] 上記網部材の目開きが、0.1~3mmである、上記[1]に記載の貝類養殖システム。
[3] 上記ケイ酸カルシウム含有粒状物が、上記網部材の目開きよりも大きな粒度を有する粒体を、50質量%以上の割合で含み、かつ、上記網部材の目開きの4倍を超える粒度を有する粒体を含まないまたは50質量%以下の割合で含む、上記[1]又は[2]に記載の貝類養殖システム。
[4] 上記ケイ酸カルシウム含有粒状物が、トバモライト、ゾノトライト、CSHゲル、フォシャジャイト、ジャイロライト、ヒレブランダイト、及び、ウォラストナイトからなる群より選ばれる1種以上を含む、多孔質の材料からなる、上記[1]~[3]のいずれかに記載の貝類養殖システム。
[5] 上記ケイ酸カルシウム含有粒状物は、最大粒度が500μm以下の骨材を含む、上記[1]~[4]のいずれかに記載の貝類養殖システム。
[6] 上記[1]~[5]のいずれかに記載の貝類養殖システムを用いた貝類養殖方法であって、上記貝類養殖システムを貝類が生息する水域の中に設置する設置工程と、上記ケイ酸カルシウム含有粒状物に貝類の幼生が着底し、その後、上記網部材の目開きよりも大きな稚貝または成貝に成長したときに、上記貝類養殖システムから、上記稚貝または成貝を回収する回収工程、を含む貝類の養殖方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、貝類を、良好な環境下で、管理が必要な装置を用いることなく、簡易に養殖することができる。
また、本発明によれば、成長後の貝類を短時間で容易に回収することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の貝類養殖システムは、袋状もしくはかご状の網部材、及び、上記網部材の中に収容されたケイ酸カルシウム含有粒状物を含む貝類養殖システムであって、上記ケイ酸カルシウム含有粒状物が、上記網部材の目開きよりも大きな粒度を有する粒体を含む貝類養殖システムである。
本明細書中、「袋状」とは、貝類を収容可能な可撓性を有する形態を有するもの(例えば、合成樹脂製で、折り畳むなどの形状の変更ができるもの)をいう。
「かご状」とは、貝類を収容可能な可撓性を有しない形態を有するもの(例えば、合成樹脂製で、折り畳むなどの形状の変更ができないもの)をいう。
「網部材」とは、貝類が生息する水域における海水、汽水または淡水が自由に出入りできる網目を有する部材をいう。
【0010】
本発明で用いるケイ酸カルシウム含有粒状物は、ケイ酸成分及びカルシウム成分を含む化合物を含有する材料(ケイ酸カルシウム含有材料;主に、ケイ酸カルシウム水和物からなるもの)からなる粒状物である。
ケイ酸カルシウム含有材料としては、セメントペースト、セメントモルタル(換言すると、モルタル、または、コンクリートを構成するモルタル部分)、及び、セメントペースト及びセメントモルタル以外の材料が挙げられる。
セメントペースト及びセメントモルタル以外の材料におけるケイ酸成分及びカルシウム成分を含む化合物としては、トバモライト、ゾノトライト、CSHゲル、フォシャジャイト、ジャイロライト、ヒレブランダイト、ウォラストナイト等が挙げられる。
【0011】
トバモライトとは、結晶性のケイ酸カルシウム水和物であり、Ca・(Si18)・4H2O(板状の形態)、Ca・(Si18)(板状の形態)、Ca・(Si18)・8H2O(繊維状の形態)等の化学組成を有するものである。
ゾノトライトとは、結晶性のケイ酸カルシウム水和物であり、Ca・(Si17)・(OH)2(繊維状の形態)等の化学組成を有するものである。
CSHゲルとは、αCaO・βSiO2・γH2O(ただし、α/β=0.7~2.3、γ/β=1.2~2.7である。)の化学組成を有するものである。具体的には、3CaO・2SiO2・3H2Oの化学組成を有するケイ酸カルシウム水和物等が挙げられる。
フォシャジャイトとは、Ca(SiO(OH)等の化学組成を有するものである。
ジャイロライトとは、(NaCa)Ca14(Si23Al)O60(OH)・14HO等の化学組成を有するものである。
ヒレブランダイトとは、CaSiO(OH)等の化学組成を有するものである。
ウォラストナイトとは、CaO・SiO(繊維状又は柱状の形態)等の化学組成を有するものである。
中でも、材料の物理特性及び海水等における溶解性(崩壊容易性)の観点から、トバモライトが、好ましい。
【0012】
セメントペースト及びセメントモルタル以外の材料からなるケイ酸カルシウム含有粒状物としては、トバモライトを主成分とする材料である軽量気泡コンクリート(ALC)や、ゾノトライトを含む保湿材等の、ケイ酸カルシウム水和物を含む建築材料(特に、端材や廃材)を用いてもよい。
中でも、入手の容易性および経済性の観点から、軽量気泡コンクリート(ALC)を用いることが好ましい。
また、廃棄物の利用促進の観点から、軽量気泡コンクリートの製造工程や建設現場で発生する軽量気泡コンクリートの端材を用いることが、より好ましい。
【0013】
軽量気泡コンクリートは、トバモライト、および、未反応の珪石からなるものであり、かつ、80体積%程度の空隙率を有するものである。ここで、空隙率とは、コンクリートの全体積中の、空隙の体積の合計の割合をいう。
軽量気泡コンクリート中のトバモライトの割合は、軽量気泡コンクリートの内部の空隙部分を除く固相の全体を100体積%として、65~80体積%である。
軽量気泡コンクリート中、未反応の珪石からなる溶解(崩壊)することのない粒子(本明細書中、「原料由来未反応珪石」ともいう。)が含まれている。
原料由来未反応珪石は、本発明で用いるケイ酸カルシウム含有粒状物の強度を維持し、該粒状物が容易に崩壊するのを抑制するものである。
軽量気泡コンクリートは、例えば、珪石粉末、セメント、生石灰粉末、発泡剤(例えば、アルミニウム粉末)、水等を含む原料(例えば、これらの混合物からなる硬化体)をオートクレーブ養生することによって得ることができる。
【0014】
ケイ酸カルシウム含有粒状物は、多孔質であることが好ましい。この場合、ケイ酸カルシウム含有粒状物を海水等の中に沈めた際に、該粒状物の多孔質の部分に存在する空気が、水中に連行されることによって、水中の溶存酸素量の低下を防ぐことができる。また、多孔質であることによって、通気性及び通水性を確保し、貝類(例えば、アサリ)の潜砂領域を形成することができる。
【0015】
本発明において、ケイ酸カルシウム含有粒状物中には、骨材が含まれていることがある。
本明細書中、骨材とは、貝類が生息する水域において、溶解及び崩壊を生じないものをいう。
骨材としては、セメントモルタルであれば、細骨材が挙げられ、また、軽量気泡コンクリート等であれば、原料由来未反応珪石等が挙げられる。
ケイ酸カルシウム含有粒状物中の骨材の最大粒度は、貝類の養殖の過程で、網部材からの流出量を多くして、貝類の回収時に、なるべく残存させない観点から、好ましくは500μm以下、より好ましくは400μm以下、さらに好ましくは300μm以下、さらに好ましくは200μm以下、特に好ましくは100μm以下である。
ケイ酸カルシウム含有粒状物中の骨材の最大粒度は、「JIS R 5202:2015」(セメントの化学分析方法)の「6 塩酸-炭酸ナトリウム方法による不溶残分の定量方法」に規定されている方法によって、ケイ酸カルシウム含有粒状物中の不溶残分(骨材)を採取し、その粒度を測定することによって求めることができる。この際、粒度は、ふるいやレーザー式粒度分布測定器を用いて求めることができる。
【0016】
ケイ酸カルシウム含有粒状物の細孔容積率は、好ましくは30~80体積%、より好ましくは40~76体積%、さらに好ましくは50~73体積%、特に好ましくは60~70体積%である。細孔容積率が30体積%以上であると、貝類の浮遊幼生の着底の容易さ(細孔に着底)、及び、底質の酸性化の抑制(細孔からの空気の供給による水中の溶存酸素量の増大)の点で、好ましい。細孔容積率が80体積%以下であると、ケイ酸カルシウム含有粒状物が容易に崩壊してしまうのが抑制される点で、好ましい。
本明細書中、細孔容積率とは、ケイ酸カルシウム含有粒状物を構成する粒体に存在する空隙の全量(100体積%)中の、3nm~371μmの径を有する空隙(細孔)の割合をいう。
細孔容積率は、水銀圧入法によって測定することができる。
【0017】
本発明において、ケイ酸カルシウム含有粒状物は、後述の網部材の目開きよりも大きな粒度を有する粒体を含むものである。
ケイ酸カルシウム含有粒状物の全量(100質量%)中、網部材の目開きよりも大きな粒度を有する粒体の割合は、好ましくは50質量%以上、より好ましくは60質量%以上、さらに好ましくは70質量%以上、特に好ましくは80質量%以上である。
該割合が50質量%以上であると、網部材から流出等がされずに、網部材の中で貝類の浮遊幼生の着底のための基質(粒状物)となる粒体の量が多くなるので、ケイ酸カルシウム含有粒状物の単位質量当たりの、養殖で得られる稚貝または成貝(本明細書中、「成貝等」と称することがある。)の量が多くなる。
【0018】
ケイ酸カルシウム含有粒状物の全量(100質量%)中、網部材の目開きの4倍を超える粒度を有する粒体の割合は、好ましくは50質量%以下、より好ましくは40質量%以上、さらに好ましくは30質量%以下、さらに好ましくは20質量%以下、特に好ましくは10質量%以下である。
該割合が50質量%以下であると、養殖で成長させた成貝等を回収する際に、網部材の中に残存するケイ酸カルシウム含有粒状物の量が、より少なくなるので、成貝等と、ケイ酸カルシウム含有粒状物を分別する作業の労力を、軽減または省くことができる。
【0019】
本発明において、ケイ酸カルシウム含有粒状物の50%質量累積粒径(最小の粒度から最大の粒度に向かって粒体を累積していった場合における全量の50質量%に達したときの粒度)は、好ましくは0.3~5mm、より好ましくは0.6~4mm、さらに好ましくは0.9~3.5mm、さらに好ましくは1.2~3.0mm、特に好ましくは1.5~2.5mmである。
50%質量累積粒径が0.3mm以上であると、貝類の浮遊幼生がケイ酸カルシウム含有粒状物に着底する量を、より多くすることができる。50%質量累積粒径が5mm以下であると、養殖で成長させた成貝等を回収する際に、網部材の中に残存するケイ酸カルシウム含有粒状物の量が、より少なくなる。
【0020】
本発明において、ケイ酸カルシウム含有粒状物の粒度分布は、好ましくは、0.5mm未満の粒度を有する粒体の割合が20質量%以下で、かつ、4mmを超える粒度を有する粒体の割合が10質量%以下のものであり、より好ましくは、0.5mm未満の粒度を有する粒体の割合が10質量%以下で、かつ、4mmを超える粒度を有する粒体の割合が5質量%以下のものであり、特に好ましくは、0.5mm未満の粒度を有する粒体の割合が5質量%以下で、かつ、4mmを超える粒度を有する粒体の割合が2質量%以下のものである。
0.5mm未満の粒度を有する粒体の割合が20質量%以下であると、貝類の浮遊幼生がケイ酸カルシウム含有粒状物に着底する量を、より多くすることができる。4mmを超える粒度を有する粒体の割合が10質量%以下であると、養殖で成長させた成貝等を回収する際に、網部材の中に残存するケイ酸カルシウム含有粒状物の量が、より少なくなる。
本明細書中、ケイ酸カルシウム含有粒状物の粒度は、後述の網部材の目開きに対応するものである。例えば、ケイ酸カルシウム含有粒状物の粒度が1.0mmである場合、1.0mmを超える粒度を有する粒状物は、目開きが1.0mmである網部材を通過することができない。
【0021】
本発明で用いる網部材としては、海水等の水中で長期間使用できる程度の耐久性及び耐水性を有するものであればよい。
網部材の一例として、合成樹脂繊維、植物性繊維等の材質からなる複数の繊維体を格子状に組み合わせてなるシート状物を用いて、袋状に形成させたものが挙げられる。
網部材の他の例として、熱可塑性の合成樹脂を原料として、押し出し成形機を用いて、網目を有するシートを作製した後、このシートをかご状(例えば、一端を閉じ、他端を開口させた円筒状)に形成させたものが挙げられる。
網部材の形態は、袋状またはかご状である。中でも、袋状の網部材は、不使用時の保管や、持ち運びが容易であるなどの点で、本発明で好ましく用いられる。
網部材の形状(袋状の場合、全体を広げたときの形状)は、上面のみ開口可能なものであればよく、上面のみが開口した直方体状や、上面のみが開口した円筒状等が挙げられる。
網部材としては、市販の魚介類養殖用資材を用いてもよい。市販品としては、SEAPAジャパン社製の牡蠣養殖用バスケット等が挙げられる。
【0022】
網部材の目開きは、好ましくは0.1~3mm、より好ましくは0.3~2.5mm、さらに好ましくは0.4~2.0mm、さらに好ましくは0.5~1.5mm、特に好ましくは0.7~1.3mmである。
目開きが0.1mm以上であると、養殖で成長させた成貝等を回収する際に、網部材の中に残存するケイ酸カルシウム含有粒状物の量が、より少なくなる。目開きが3mm以下であると、貝類の幼生が着底する前に、網部材から流出するケイ酸カルシウム含有粒状物の量が、より少なくなる。
【0023】
次に、本発明の貝類養殖方法について説明する。
本発明の貝類養殖方法は、貝類養殖システム(袋状またはかご状の網部材の中に、ケイ酸カルシウム含有粒状物を収容させてなるもの)を、貝類が生息する水域の中に設置する設置工程と、ケイ酸カルシウム含有粒状物に貝類の幼生が着底し、その後、袋状またはかご状の網部材の目開きよりも大きな稚貝または成貝に成長したときに、貝類養殖システムから、稚貝または成貝を回収する回収工程、を含む。
以下、各工程について説明する。
【0024】
[設置工程]
設置工程は、貝類養殖システム(袋状またはかご状の網部材の中に、ケイ酸カルシウム含有粒状物を収容させてなるもの)を、貝類が生息する水域の中に設置する工程である。
貝類が生息する水域とは、海水、汽水または淡水の、貝類の浮遊幼生が生息している場所をいう。
貝類が生息する水域の例としては、海、湖、沼、干潟等が挙げられる。
貝類が生息する水域は、底質が露出していない場所(例えば、適当な水深を有する海または湖)でもよいし、底質が露出している場所(例えば、干潮時に水深を有しない干潟)でもよい。
【0025】
貝類養殖システムを、底質が露出していない場所に設置する場合、貝類養殖システムは、ブイや、牡蠣養殖用の筏等の水面浮遊体に、紐等の固定手段を用いて、網部材の開口部を閉じた状態で固定し、水中に垂下させる形態や、水底に固定した錘に、紐等の固定手段を用いて、網部材の開口部を閉じた状態で固定し、錘の上方の水中に浮遊させる形態等を採ることができる。
貝類養殖システムを、底質が露出している場所に設置する場合、貝類養殖システムは、網部材の開口部を閉じた状態で、底質の上面に載置する形態や、網部材の開口部を閉じた状態で、底質の中に部分的に埋設する形態等を採ることができる。この際、貝類養殖システムは、沖合等に流されないように、ペグ等の固定手段を用いて、底質に固定することが望ましい。
貝類養殖システムの設置時期は、特に限定されないが、好ましくは、貝類の浮遊幼生が着底する時期またはその直前(例えば、アサリの場合、4月~8月、10月~2月)である。
後工程である回収工程の前に、ケイ酸カルシウム含有粒状物が、溶出や時化(しけ)による摩耗崩壊によって、過度に消失して、補充の必要が生じた場合、ケイ酸カルシウム含有粒状物を新たに補充してもよい。
【0026】
貝類養殖システムを設置した後、ケイ酸カルシウム含有粒状物から溶出するケイ酸によって、貝類の餌となる珪藻(例えば、底質に付着する珪藻、及び、水中に浮遊する珪藻)等の藻類の増殖を促進することができる。
また、ケイ酸カルシウム含有粒状物から溶出するカルシウムによって、貝類の成長(特に、貝殻の形成)を促進することができる。
さらに、ケイ酸カルシウム含有粒状物は、周囲のpHをアルカリ性にするので、底質中の有機物の分解に伴う底質の酸性化を抑制し、また、硫化水素の発生の原因となる硫酸還元菌の活性を低下させることができる。その結果、貝類のへい死を抑制し、後工程である回収工程における貝類の回収量の増加を期待することができる。また、回収される貝類としては、硫化水素による殻の黒変等の異常がない健康なもの(商品価値が高いもの)を期待することができる。
【0027】
[回収工程]
回収工程は、水域の中に設置した貝類養殖システムのケイ酸カルシウム含有粒状物に、貝類の幼生が着底し、その後、袋状またはかご状の網部材の目開きよりも大きな稚貝または成貝に成長したときに、貝類養殖システムから、稚貝または成貝を回収する工程である。
例えば、アサリの稚貝を回収する場合、稚貝が10~15mm程度に成長したときに、稚貝を回収すればよい。稚貝は、さらに、他の水域で、成貝になるまで養殖してもよい。
アサリの成貝を回収する場合、15mm以上の適当な大きさ(例えば、設置から約1年後における20mm以上、または、食べ頃とされる約2年後の30~40mm)にアサリが成長したときに、アサリの回収作業を行えばよい。
貝類の成貝等を回収するときまでには、貝類養殖システムのケイ酸カルシウム含有粒状物は、溶解や崩壊によって、粒度が小さくなっている。このため、貝類の回収前に、袋状またはかご状の網部材を篩って、網部材の中に混入している底質とともに、ケイ酸カルシウム含有粒状物を除去することによって、貝類のみを短時間で容易に回収することができる。
【0028】
本発明において、本発明の貝類養殖システムを構成する網部材の外側に、該網部材を収容する形で、他の網部材を配設してもよい。
この場合、他の網部材としては、本発明の貝類養殖システムを構成する網部材の目開きよりも小さな目開きを有する以外は本発明の貝類養殖システムを構成する網部材と同様の構成を有するもの(袋状またはかご状のもの)を用いることができる。
他の網部材を用いることによって、ケイ酸カルシウム含有粒状物の一部を回収して、再利用することができる。
この際、本発明の貝類養殖システムを構成する網部材を通過し、かつ、他の網部材を通過するものとして、例えば、ケイ酸カルシウム含有粒状物の中に含まれていた原料由来未反応珪石が挙げられる。原料由来未反応珪石は、通常、10~100μm程度の粒度を有する。したがって、本発明の貝類養殖システムを構成する網部材として、目開きが上述の好ましい範囲内のもの(例えば、1.0mmのもの)を用い、かつ、他の網部材として、目開きが、本発明の網部材の目開きの上述の「より好ましい範囲」等の下限値(例えば、0.3mm、0.4mm等)未満のもの(例えば、0.2mmのもの)を用いれば、ケイ酸カルシウム含有粒状物の溶解や崩壊の後に残留している骨材が、本発明の網部材、及び、その外側の他の網部材を通過するので、当該他の網部材から、所望の粒度(例えば、0.2~1.0mm)を有するケイ酸カルシウム含有粒状物のみを回収することができる。
【0029】
本発明において、本発明の貝類養殖システムを構成する網部材から、その内容物(貝類、及び、少量の他の内容物である底質及びケイ酸カルシウム含有粒状物)を取り出し、次いで、取り出した内容物に対して、回収対象の貝類のサイズ(例えば、アサリの場合、30mm以上)に合わせた目開きを有する篩を用いて、必要であれば水洗を伴う形で、篩分けを行い、貝類のみを回収してもよい。
この場合であっても、ケイ酸カルシウム含有粒状物は、貝類養殖システムの設置時に比べて、その量が少なくなっているので、篩分けの作業は、短時間で容易に行うことができる。
【実施例
【0030】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実験例1]
本発明の貝類養殖システムを用いた場合に、アサリの幼生が着底するか等について、実験を行った。
(1)使用材料
(a)ケイ酸カルシウム含有粒状物:軽量気泡コンクリートを破砕したもの(主成分:トバモライト;細孔容積率:65体積%;酸不溶残分量:35.5質量%;原料由来未反応珪石の粒度:目開き100μmのふるいを全通)
ケイ酸カルシウム含有粒状物の粒度分布は、表1に示すとおりである。
なお、表1中、「<0.5mm」は、0.5mm以下の粒度、「0.5~1mm」は、0.5mmを超え、1.0mm以下の粒度、「1~2mm」は、1.0mmを超え、2.0mm以下の粒度、「2~3mm」は、2.0mmを超え、3.0mm以下の粒度、「3~4mm」は、3.0mmを超え、4.0mm以下の粒度、「>4mm」は、4.0mmを超える粒度を、各々、表す。表2及び表4中の「<」、「~」、「>」も、小さな値から大きな値に向かって、表1と同様の意味を有する。
【0031】
【表1】
【0032】
(b)袋状の網部材:野菜収穫用ネット(形状:袋状;材質:合成樹脂繊維;寸法:42cm×70cm;容量:23リットル;目開き:1.0mm)
(2)実験の方法
袋状の網部材の中に、ケイ酸カルシウム含有粒状物を5kgの量で収容し、本発明の貝類養殖システムを作製した。同様のものを全部で6セット、作製し、これらを「No.1」~「No.6」と名付けた。
貝類養殖システム(No.1~No.6)を、干潟の底質にペグで固定し、9か月経過後に、(i)袋状の網部材の中に着底した貝(アサリ、牡蠣)の数及び大きさ、(ii)着底場所の環境(ケイ酸カルシウム含有粒状物の中、及び、袋状の網部材の下方の底質)、及び、(iii)ケイ酸カルシウム含有粒状物の粒度分布の経時変化、を評価した。
上記(ii)の着底場所の環境の評価項目は、pH(酸性化の有無の目安)、及び、酸化還元電位(貧酸素状態の有無の目安)であった。
なお、実験期間は、6月~翌年3月の9か月であった。
結果を表2~表4に示す。
【0033】
【表2】
【0034】
【表3】
【0035】
【表4】
【0036】
表2から、貝類養殖システムの設置から9か月の間に、体長が9.5~22.4mmの範囲内のアサリの稚貝及び成貝が、1セット当たり、平均で約177個、成長したことがわかる。
また、牡蠣が、1セット当たり、平均で約39個、成長したことがわかる。
表3は、貝類養殖システム(No.1~No.6)の各々における設置から9か月後の測定値の平均値である。
表3から、本発明の貝類養殖システムによれば、pHが、貝類の成育に良好な範囲内(海水と同程度のpH)であり、かつ、酸化還元電位が、貝類の成育に良好な範囲内(貧酸素状態ではないもの)であることがわかる。
【0037】
表4は、貝類養殖システム(No.1~No.6)の各々における設置から5か月後、及び、9か月後の各時点におけるケイ酸カルシウム含有粒状物の粒度分布の測定値の平均値である。
表4から、時間の経過とともに、ケイ酸カルシウム含有粒状物の粒度が小さくなっていくことがわかる。
なお、表4中、粒度が4mmを超える粒体の割合が、「設置前」の「0.0質量%」から、「5か月経過」の「0.2質量%」に増大している理由は、「設置前」と「5か月」とで、粒体の試料の採取場所が、若干、異なるからである。他にも、時間の経過によって、大きな粒度を有するものの割合が増大しているデータが見られることについても、同様の理由によるものである。
【0038】
[実験例2]
本発明の貝類養殖システムを用いて、アサリを長期間養殖した場合に、アサリが良好に成育するかどうかについて、実験(実施例)を行った。また、対照実験(比較例)として、本発明で用いるケイ酸カルシウム含有粒状物に代えて、砂利チップを用いた以外は実施例と同様にして、実験を行った。
(1)使用材料
(a)ケイ酸カルシウム含有粒状物:実験例1と同じもの(実施例の粒状物)
(b)砂利チップ(対照用):粒度が10~15mmのもの(比較例の粒状物)
(c)袋状の網部材:実験例1と同じもの
【0039】
(2)実験の方法
袋状の網部材の中に、ケイ酸カルシウム含有粒状物を5kgの量で収容し、本発明の貝類養殖システムを作製した。
作製した貝類養殖システムを、干潟の底質にペグで固定し、11か月後、及び、16か月後の各時点において、生存しているアサリの数、及び、へい死しているアサリ(死殻)の数を数えた。また、これらの数から、アサリの生残率(%)を算出した。さらに、底質環境の悪化の度合いの目安となる、粒状物(ケイ酸カルシウム含有粒状物または砂利チップ)からの硫化水素臭の有無を調べた。
ケイ酸カルシウム含有粒状物を用いた実験(実施例)においては、さらに、アサリの個体の質量、及び、むき身の質量を測定し、また、肥満度を算出した。
なお、実験期間は、6月~翌年10月の16か月であった。
結果を表5~表6に示す。
【0040】
【表5】
【0041】
【表6】
【0042】
表5~表6から、ケイ酸カルシウム含有粒状物(実施例;本発明の粒状物)を用いた場合には、砂利チップ(比較例;対照用の粒状物)を用いた場合に比べて、環境が良好(硫化水素臭が無し)であり、アサリの生残率が高く(16か月で、約84%)、しかも、成長の状況も良好(表6)であることがわかる。