IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社東芝の特許一覧 ▶ 東芝キヤリア株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図1
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図2
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図3
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図4
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図5
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図6
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図7
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図8
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図9
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図10
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図11
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図12
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図13
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図14
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図15
  • 特許-モータ制御装置及び空調機 図16
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】モータ制御装置及び空調機
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/26 20160101AFI20240924BHJP
【FI】
H02P21/26
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021129010
(22)【出願日】2021-08-05
(65)【公開番号】P2023023452
(43)【公開日】2023-02-16
【審査請求日】2024-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】505461072
【氏名又は名称】日本キヤリア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】弁理士法人サトー
(72)【発明者】
【氏名】柴山 武至
(72)【発明者】
【氏名】久保井 麻梨子
(72)【発明者】
【氏名】會澤 敏満
(72)【発明者】
【氏名】神谷 直仁
(72)【発明者】
【氏名】内山 嘉隆
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-57085(JP,A)
【文献】特開2021-40423(JP,A)
【文献】特開2013-38947(JP,A)
【文献】特開2009-72021(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0389108(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
負荷を駆動するモータに交流電力を供給する電力供給部と、
前記モータの巻線に流れる電流を検出する電流検出部と、
前記電流供給部が出力する電圧と前記電流とに基づいて、前記モータの回転速度及び電気角を推定する速度・電気角推定部と、
前記電流と前記電気角とに基づいて、励磁電流及びトルク電流を得る座標変換部と、
永久磁石同期モータのベクトル制御座標のトルク式に基づき算出されるトルク成分電流指令値に、機械系の運動方程式に基づき算出した予測トルクを代入することで、入力される速度指令と推定された速度との差分をゼロに近付けるトルク成分電流指令値を生成するトルク電流指令決定部と、
前記電力供給部が出力可能な、空間電圧ベクトルに基づく複数のスイッチングパターンのそれぞれに応じて決まる電流変化率を含む複数の予測電流に対し、前記トルク成分電流指令値及び外部より入力される励磁成分電流指令値それぞれに対応する予測電流との差の大きさを評価する評価関数を適用することで、スイッチングパターンを選択して出力するモデル予測制御部とを備えるモータ制御装置。
【請求項2】
前記モデル予測制御部は、電気角60度毎に設定される6つの空間電圧ベクトルに、2つのゼロベクトルを加えた8つのスイッチングパターンから1つのスイッチングパターンを選択し、且つ選択したスイッチングパターンを、スイッチング周期に対するデューティ100%で出力する請求項1記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記モデル予測制御部は、電気角60度毎に設定される6つの空間電圧ベクトルから1つのスイッチングパターンをメインベクトルとして選択すると、前記メインベクトルに隣り合う2つの空間電圧ベクトルの一方をサブベクトルとして選択し、
スイッチング周期内において、前記メインベクトル及び前記サブベクトルそれぞれの出力時間を調整する請求項1記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記トルク電流指令決定部は、前記トルク成分電流指令値を生成するパラメータとして、前記速度・電気角推定部で回転速度の推定値を求める過程で得られる推定速度の積分値を使用する請求項1から3の何れか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記評価関数として、前記トルク成分電流指令値と対応する予測電流との差の2乗値と、前記励磁成分電流指令値と対応する予測電流との差の2乗値とを加算する関数を用いる請求項1から4の何れか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
圧縮機と、
この圧縮機を駆動するモータと、
請求項1から5の何れか一項に記載のモータ制御装置とを備える空調機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、モータを位置センサレス方式で制御するモータ制御装置、及びそのモータ制御装置によりモータを制御して圧縮機を駆動する空調機に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、ブラシレスDCモータを圧縮機のモータとして使用する場合、モータの回転速度や位置を位置センサレス方式により推定し、推定した回転速度と目標回転速度とに差異があれば電流指令又は電圧指令を変化させ、モータの回転速度を目標回転速度に調整する制御を行なう場合がある。
【0003】
図15は、1シリンダ型のロータリコンプレッサの断面構造を示すが、このような圧縮機ではその機構により、図16に示すように、コンプレッサモータの回転機械角に応じて負荷変動が発生する。この負荷変動によりモータが機械角で1回転する間に回転速度にむらが発生し、振動や騒音の発生に繋がる。モータに回転速度むらがある状態で圧縮機の運転を継続すると、例えば空調機においては冷媒等を輸送する配管にストレスがかかり、これらの寿命を低下させる。したがって、モータを回転制御する際にはトルク制御を行い、負荷変動に伴う回転速度むらの発生を抑制する必要がある。
【0004】
このような目的でトルク制御を行う従来技術として、特許文献1には以下のような構成が開示されている。トルク電流、モータ定数及び圧縮機の圧縮部を含むモータの慣性モーメントから、圧縮機が発生する負荷トルクを推定する。負荷トルクが示す周期的な変動の位相を演算し、負荷トルク位相に基づいて正弦波状のトルク補正電流を決定し、モータの速度変動を減少させるようにトルク補正電流の振幅・位相を調整する。また、特許文献2には、外乱オブザーバにより推定した負荷トルクと、決定されたモータの駆動に関するパラメータとにより、トルク指令値を補償する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5175887号公報
【文献】特開2018-93572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2のような技術では、速度制御や電流制御に比例積分制御を使用しているので、電流指令や電圧指令が徐々に決定される。すなわち、フィードバック制御に過去の情報を使うことで遅れが生じ、制御応答性が低い。更に、位置センサレス方式を採用してモータの位置を推定する際には、モータ位置や速度の推定精度が低下すれば正確なトルク制御ができなくなる。したがって、トルク変動が非常に短い周期で発生する場合には、速度変動を十分に抑制できなくなるおそれがある。
【0007】
そこで、比較的大きな負荷変動が生じることが前提のシステムに位置センサレス方式でのモータ制御を適用する際に、目標速度に高速で追従できるモータ制御装置、及びそのモータ制御装置を備えてなる空調機を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施形態のモータ制御装置は、負荷を駆動するモータに交流電力を供給する電力供給部と、
前記モータの巻線に流れる電流を検出する電流検出部と、
前記電流供給部が出力する電圧と前記電流とに基づいて、前記モータの回転速度及び電気角を推定する速度・電気角推定部と、
前記電流と前記電気角とに基づいて、励磁電流及びトルク電流を得る座標変換部と、
永久磁石同期モータのベクトル制御座標のトルク式に基づき算出されるトルク成分電流指令値に、機械系の運動方程式に基づき算出した予測トルクを代入することで、入力される速度指令と推定された速度との差分をゼロに近付けるトルク成分電流指令値を生成するトルク電流指令決定部と、
前記電力供給部が出力可能な、空間電圧ベクトルに基づく複数のスイッチングパターンのそれぞれに応じて決まる電流変化率を含む複数の予測電流に対し、前記トルク成分電流指令値及び外部より入力される励磁成分電流指令値それぞれに対応する予測電流との差の大きさを評価する評価関数を適用することで、スイッチングパターンを選択して出力するモデル予測制御部とを備える。
【0009】
また、実施形態の空調機は、
圧縮機と、
この圧縮機を駆動するモータと、
請求項1から5の何れか一項に記載のモータ制御装置とを備える。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】第1実施形態であり、モータ制御装置の構成を示す機能ブロック図
図2】モータ制御装置が適用される空調機の構成を示す図
図3】評価関数を用いた各スイッチングパターンの評価をイメージ的に示す図
図4】空間電圧ベクトルを示す図
図5】各電圧ベクトルと相電圧との関係を示す図
図6】d軸について今回求めた電流I(k)と予測電流I(k+1)との関係を示す図
図7】圧縮機の実際の負荷トルク波形と、推定して得られる正弦波状の負荷トルク波形とを示す図
図8】従来のトルク制御と本実施形態のトルク制御とについて、各信号の波形を示す図
図9】第2実施形態であり、空間電圧ベクトルについて、メインベクトル及びサブベクトルの選択の一例を示す図
図10】d軸について今回求めた電流I(k)と予測電流I(k+1)との関係を示す図
図11】従来のトルク制御と本実施形態のトルク制御とについて、各信号の波形を示す図
図12】制御内容を示すフローチャート(その1)
図13】制御内容を示すフローチャート(その2)
図14】制御内容を示すフローチャート(その3)
図15】1シリンダ型ロータリコンプレッサの断面構造を示す図
図16】コンプレッサモータの回転機械角に応じて発生する負荷変動を示す図
【発明を実施するための形態】
【0011】
(第1実施形態)
図1は、モータ制御装置の構成を示す機能ブロック図である。電力供給部であるインバータ回路1は、図示しないが、半導体スイッチング素子である例えばIGBTを6個用い、これらを三相ブリッジ接続して構成されている。インバータ回路1の各相出力端子は、永久磁石型同期モータであるブラシレスDCモータ2の、例えばスター結線されている各相巻線の各端子に接続されている。
【0012】
電流検出部3u、3v、3wは、インバータ回路1の出力線に設けられた例えばカレントトランスあり、U、V、W各相の電流Iu、Iv、Iwを検出する。尚、何れか二相の電流を検出して、残り一相の電流は演算で求めても良い。これらの電流検出部3u、3v、3wからの電流検出信号は座標変換部4に入力され、図示しないA/D変換器によりデジタルデータに変換される。座標変換部4は、三相の電流Iu、Iv、Iwを二相の電流Iα、Iβに変換し、速度・電気角推定部である位置推定部5で推定される回転位相角θに基づいて、静止座標系の電流Iα、Iβを回転座標系のd軸電流Id、q軸電流Iqに変換する。
【0013】
トルク電流指令決定部であるq軸電流指令生成部6は、指令速度ωref、位置推定部5で推定されたモータの角速度の積分値ω_I、負荷トルク、d軸電流指令、モータ定数及びサンプリング周期を用いて演算を行う。そして、モータ速度ωが指令速度ωrefに追従するようにq軸電流指令Iqrefを生成し、モデル予測制御部7に出力する。その詳細については後述する。また、モデル予測制御部7に入力する励磁電流指令Idrefは、通常はゼロに設定し、弱め界磁制御等を行う際には負の値を設定する。
【0014】
モデル予測制御部7は、直流電圧VDC、モータ速度ω、回転位相角θ、座標変換部4で変換されたd軸電流I、q軸電流I、モータ定数及びサンプリング周期を用いて、インバータ回路1が出力可能な8つのスイッチングパターンを試行した時のd軸・q軸電流I、Iをそれぞれ予測する。
【0015】
評価関数は、例えば、予測したd軸電流Iと励磁電流指令Idref、q軸電流Iとq軸電流指令生成部6より与えられるq軸電流指令Iqrefとが、それぞれ最も近付くことを判別するための数式である。モデル予測制御部7は、評価関数を用いた評価結果に基づいて最適なスイッチングパターンを選択し、インバータ回路1に出力する。選択したスイッチングパターンに基づく三相のデューティ指令値Du、Dv、Dwは、スイッチング信号生成部8によりスイッチング信号に変換されて、インバータ回路1を構成する各IGBTのゲートに与えられる。
【0016】
以上について、インバータ回路1を除く構成部分は、マイコンが実行するソフトウェア処理により実現されており、ベクトル制御及びモデル予測制御を行うモータ制御装置10を構成している。例えばそのマイコンには、具体的には図示しないが、入出力ポート、シリアル通信回路、電流検出信号などのアナログ信号を入力するためのA/Dコンバータ、PWM制御を行うためのタイマなどが具備されている。
【0017】
図2は、モータ制御装置が適用される空調機の構成を示す。空調機21を構成する圧縮機22は、圧縮部23とモータ2を同一の鉄製密閉容器25内に収容して構成され、モータ2のロータシャフトが圧縮部23に連結されている。そして、圧縮機22、四方弁26、室内側熱交換器27、減圧装置28、室外側熱交換器29は、冷媒通路たるパイプにより閉ループを構成するように接続されている。尚、圧縮機22は、例えばロータリ型の1シリンダ型の圧縮機である。
【0018】
暖房時には、四方弁26は実線で示す状態にあり、圧縮機22の圧縮部23で圧縮された高温冷媒は、四方弁26から室内側熱交換器27に供給されて凝縮し、その後、減圧装置28で減圧され、低温となって室外側熱交換器29に流れ、ここで蒸発して圧縮機22へと戻る。一方、冷房時には、四方弁26は破線で示す状態に切り替えられる。このため、圧縮機22の圧縮部23で圧縮された高温冷媒は、四方弁26から室外側熱交換器29に供給されて凝縮し、その後、減圧装置28で減圧され、低温となって室内側熱交換器27に流れ、ここで蒸発して圧縮機22へと戻る。そして、室内側、室外側の各熱交換器27、29には、それぞれファン30、31により送風が行われ、その送風によって各熱交換器27、29と室内空気、室外空気の熱交換が効率良く行われるように構成されている。
【0019】
次に、本実施形態の作用の原理を、図3から図8を参照して説明する。図3に示すように、モデル予測制御部7は、第1ステップとして予測電流の算出を行い、第2ステップとして評価関数によるスイッチングパターンの選択を行う。第1ステップでは、電流変化率を用いて、各スイッチングパターンを試行した際の1制御周期後の電流を予測する。先ず、零ベクトル時のd軸及びq軸電流変化率Sd0、Sq0は、永久磁石同期モータの電圧方程式に基づいて次式で求めることができる。
【0020】
【数1】
【0021】
ここで、R:巻線抵抗[Ω]、L:d軸インダクタンス[H]、L:q軸インダクタンス[H]、I:d軸電流[A]、I:q軸電流[A]、φ:鎖交磁束[Wb]、ω:推定速度[rad/sec]である。
【0022】
続いて、有効ベクトル時のd軸及びq軸電流変化率Sd1、Sq1は、(1)式、(2)式を用いて次式で求めることができる。
【0023】
【数2】
【0024】
ここで、V:d軸電圧[V]、V:q軸電圧[V]である。
【0025】
図4は試行するスイッチングパターンを示す、図5はスイッチングパターンとモータ三相電圧との関係を示す。8種類のスイッチングパターンV0~V7を順に試行し、各スイッチングパターンに対応したモータ三相電圧を生成する。そして、モータ三相電圧を回転位相角θを用いて座標変換することで、指令するd軸電圧V、q軸電圧Vを次式で求める。但し、相対変換の場合である。d軸電圧Vは位置推定演算に使用される。
【0026】
【数3】
【0027】
d軸電圧V、q軸電圧Vは、試行するスイッチングパターンにより変化するので、(3)式、(4)式で求められるSd1、Sq1も変化し、演算結果は8通りとなる。図6に示すように、試行するスイッチングパターンをサンプリング周期でフルONとした場合、1制御周期後の次回予測電流I(k+1)は、今回電流I(k)と(3)式、(4)式を用いて次式で求められる。この場合、電流の予測周期は、サンプリング周期T[sec]に等しい。Sd1、Sq1と同様に、次回予測電流I(k+1)も試行する通電パターンの数、すなわち8通り存在する。尚、V0とV7の試行結果は等しく、評価関数によりどちらかが選択される。この点については後述する。
(k+1)=I(k)+Td1 (7)
(k+1)=I(k)+Tq1 (8)
【0028】
次に、第2ステップのスイッチングパターン選択を説明する。(7)式、(8)式から算出した各スイッチングパターンでの次回予測電流I(k+1)、Iq(k+1)を用いて、次式の評価関数gを解く。
g=ag+bg (9)
=[{Iqref-Iq(k+1)}] (10)
=[{Idref-I(k+1)}] (11)
ここで、a、b:重み係数、g:q軸電流の評価式、g:d軸電流の評価式である。
【0029】
(10)式のg及び(11)式のgは、指令値と次回予測電流の差分の2乗であり、これらに重み係数a、bを乗じて加算した値を(9)式の評価関数gとしている。評価関数gが最小の時に次回予測電流が最も電流指令に近付くため、8種類のスイッチングパターンから最適な1つを選択できる。今回は一例として(9)式の評価関数gを示したが、要求されるインバータ回路1の駆動条件に応じて、評価関数を変更しても良い。例えば、インバータ回路1のスイッチング損失を低減するため、評価関数にスイッチングパターンの遷移条件を追加する。具体的には、三相の半導体スイッチング素子の状態変化の総数が1以下となるようにして、スイッチングパターンの遷移を限定しても良い。有効ベクトルV1~V6から零ベクトルV0、V7へ遷移する場合を例に説明すると、V1、V3、V5の場合はV0へ、V2、V4、V6の場合はV7へと遷移する。インバータ回路1の最終的な出力電圧として、選択されたスイッチングパターンを100%デューティの信号として出力する。
【0030】
尚、実機において、モデル予測制御で決定されたスイッチング信号は、1制御周期後に更新・出力される。そして、そのスイッチング信号により流れる電流は、2制御周期後に検出される。よって、実機では、モデル予測制御は、1制御周期後の通電パターンを試行して2制御周期後の電流を予測し、その予測電流が今回の電流指令に最も近付くスイッチングパターンを選択することになる。
【0031】
次に、q軸電流指令生成部6について説明する。図1において、モデル予測制御部7には、q軸電流指令Iqrefとd軸電流指令Idrefが入力されている。q軸電流指令Iqrefはq軸電流指令生成部6で演算されるが、d軸電流指令Idrefは、本実施形態ではゼロとしている。q軸電流指令生成部6では、圧縮機22の振動を低減するため、速度指令ωrefと推定速度ωとの差分がゼロとなるトルクを発生させるq軸電流指令Iqrefを演算する。q軸電流変化指令Iqrefの演算式は、モデル予測制御における予測速度と予測トルクの演算式から求めており、予測速度ω(k+1)は、機械系の運動方程式から次式で表される。
【0032】
【数4】
【0033】
ここで、J:慣性モーメント[kg・m]、D:粘性摩擦係数[Nm/(rad/sec)]、p:極対数、T:出力トルク[Nm]、T:負荷トルク[Nm]、ω:角速度[rad/sec]である。
(12)式を次回出力トルクT(k+1)について解くと、次式が得られる。
【0034】
【数5】
【0035】
尚、位置センサレス制御の場合、(12)式、(13)式の今回の速度ω(k)には、推定速度ωではなく、推定速度の積分値ω_Iを使用する。これを推定速度(積分)ω_Iとする。モデル予測制御では、d軸電圧V、q軸電圧Vがサンプリング周期毎に大きく変化するので、その結果、位置誤差情報を含むd軸誘起電圧Eも同様に大きく変化する。したがって、推定速度ωには制御周期毎の大きな変動成分が含まれる。そこで、推定速度(積分)ω_Iを用いて、q軸電流指令Iqrefにサンプリング周期毎の変動成分が含まれないようにする。(13)式において、予測速度ω(k+1)を速度指令ωrefに近付けるように次回出力トルクT(k+1)を決定するので、(13)式は次式のように置き換えることができる。
【0036】
【数6】
【0037】
(14)式で示される次回出力トルクは、速度指令と推定速度(積分)の差分がゼロになるトルクと負荷トルクとの合計値である。続いて、次回出力トルクである予測トルクは、永久磁石同期モータのベクトル制御座標のトルク式から次式で表される。
(k+1)
=p{φI(k+1)+(L-L)I(k+1)I(k+1)} (15)
(15)式をI(k+1)について解くと、次式が得られる。
【0038】
【数7】
【0039】
(16)式において、各予測電流I(k+1)、I(k+1)を、それぞれ電流指令Iqref、Idrefに近付けるようにして、(14)式を代入すると、(16)式は次式のように置き換えられ、圧縮機22の振動を低減するq軸電流指令Iqrefを算出できる。
【0040】
【数8】
【0041】
(17)式より、q軸電流指令Iqrefは、速度指令と速度推定(積分)の差分がゼロとなるトルクと、負荷トルクとに基づいて算出される。前者のトルクは、上記の速度差分にゲインを掛けることで、制御量を調整可能としている。後者の負荷トルクTは、例えば、特許文献1のような従来技術により推定した結果を用いる。
【0042】
図7に示すように、空調機の運転条件で変化する圧縮機の実際の負荷トルクに対し、従来技術を用いて負荷トルクを推定するなどして得られる、正弦波近似された負荷トルクの基本波情報をモデル予測制御に用いると、モデル誤差が生じるため、結果的に速度誤差を生じる。(14)式では、従来技術にはない右辺第一項を加えて補償するので、(17)式によりq軸電流指令Iqrefを決定することで、速度指令ωrefに推定速度ωを追従させることができる。
【0043】
図8には、30rps、変動負荷、制御周波数に等しいサンプリング周波数5kHzでモータを駆動した際のシミュレーション結果を示している。従来のベクトル制御及びトルク制御ではPI制御を用いており、指令値に実際の推定速度や電流が徐々に追従して最終的なインバータ出力電圧が決定されるため、応答性は低い。また、PWM信号の生成はキャリア比較方式のため、制御周波数とスイッチング周波数とは等しくなる。
【0044】
一方、本実施形態のモデル予測制御は、以上に説明したように電気的・機械的なモデルを用いて指令値を直接決定するので、高応答を実現できる。制御周波数は5kHzのまま、予測した結果選択した100%デューティの信号を、切り替えが必要なタイミングでスイッチングする。例えば、今回の駆動条件の場合、平均的なスイッチング周波数は約1kHzに低減しており、これは、パワーデバイスのスイッチング損失を低減して効率を向上できることを示している。
【0045】
以上のように本実施形態によれば、インバータ回路1は、負荷として空調機21の圧縮機22を駆動するモータ2に交流電力を供給し、電流検出部3は、モータ2の巻線に流れる電流Iu、Iv、Iwを検出する。位置推定部5は、インバータ回路1が出力する電圧と前記電流とに基づいて、モータ2の回転速度ω及び電気角θを推定し、座標変換部4は、電流Iu~Iwと電気角θとに基づいて、励磁電流I及びトルク電流Iを得る。
【0046】
q軸電流指令生成部6は、モータ2のベクトル制御座標のトルク式に基づき算出されるトルク成分電流指令値に、機械系の運動方程式に基づき算出した予測トルクT(k+1)を代入することで、入力される速度指令ωrefと推定された速度ωとの差分をゼロに近付けるトルク成分電流指令値Iqrefを生成する。モデル予測制御部7は、インバータ回路1が出力可能な、空間電圧ベクトルに基づく複数のスイッチングパターンのそれぞれに応じて決まる電流変化率を含む複数の予測電流に対し、トルク成分電流指令値Iqref及び外部より入力される励磁成分電流指令値Idrefそれぞれに対応する予測電流との差の大きさを評価する評価関数を適用することで、スイッチングパターンを選択して出力する。
【0047】
具体的には、モデル予測制御部7は、電気角60度毎に設定される6つの空間電圧ベクトルに、2つのゼロベクトルを加えた8つのスイッチングパターンから1つのスイッチングパターンを選択し、且つ選択したスイッチングパターンを、スイッチング周期に対するデューティ100%で出力する。
【0048】
これにより、圧縮機22のように、比較的大きな負荷変動が生じることが前提の空調機21において、位置センサレス方式でモータ2を制御する際に、モータ2の速度ωを、目標速度ωrefに高速で追従させることができる。そして、選択したスイッチングパターンを、スイッチング周期に対するデューティ100%で出力することで、スイッチング損失を低減できるので、総じて空調機21の製品性能を向上させることが可能になる。
【0049】
また、q軸電流指令生成部6は、トルク成分電流指令値Iqrefを生成するパラメータとして、位置推定部5で回転速度の推定値ωを求める過程で得られる推定速度の積分値ω_Iを使用するので、指令値Iqrefに、電流のサンプリング周期毎の変動が含まれることを回避できる。
【0050】
更に、モデル予測制御部7は、評価関数gとして、トルク成分電流指令値Iqrefと対応する予測電流I(k+1)との差の2乗値と、励磁成分電流指令値Idrefと対応する予測電流I(k+1)との差の2乗値とを加算する関数を用いるので、各スイッチングパターンの評価を妥当に行うことができる。
【0051】
(第2実施形態)
以下、第1実施形態と同一部分には同一符号を付して説明を省略し、異なる部分について説明する。第1実施形態の制御では、スイッチングパターンである電圧ベクトルを1つ選択してスイッチング回数を低減させたが、モータ2の電流リプルは増加しているため、第2実施形態では、電流リプルを低減するための制御を加える。そこで、第1実施形態のモデル予測制御における第1及び第2ステップに、第3ステップとして2つの電圧ベクトルを用いることに伴う各ベクトルの発生時間の算出を加える。
【0052】
第1実施形態のように選択した電圧ベクトルをメインベクトルとすると、そのメインベクトルに隣り合う電圧ベクトルのどちらか一方をサブベクトルとして選択し、各ベクトルの発生時間を調整して、空間ベクトル変調で、合成された最終的な電圧ベクトルを出力する。これにより、キャリア比較方式においても、インバータ回路1は任意の電圧ベクトルを出力できるようになる。
【0053】
図9は、第2実施形態の場合に出力される電圧ベクトルを示している。第1実施形態では、メインベクトルのみをフルON、即ち100%デューティで出力した場合の電流を予測して、評価関数gが最小となるスイッチングパターンについて、ゼロベクトルを含む8つの電圧ベクトルから1つを選択した。第2実施形態では、スイッチングパターンはゼロベクトルを除いた6パターン(V1~V6)から選択すれば良い。この時、選択したスイッチングパターンはメインベクトルとなるので、それに対応する電流変化率Sd1、Sq1をSd1_main、Sq1_mainとする。
【0054】
図9において、例えば、評価関数gが最小となるメインベクトルがV1であったとすると、サブベクトルはV2又はV6となる。電流を予測する時に、全てのスイッチングパターンの電流変化率を演算するので、サブベクトルに対応するSd1、Sq1をSd1_sub、Sq1_subとする。
【0055】
メインベクトルとサブベクトルの発生時間は、発生時間を考慮した予測電流の演算式を定義し、その連立方程式を解くことで算出できる。サブベクトルにV2、V6の何れを選択するかは、メインベクトルとサブベクトルの発生時間を求めることで判定できる。仮に、サブベクトルの選択を誤って発生時間を算出した場合、サブベクトルの発生時間は負の値となる。その際には、別のサブベクトルを選択し直して、再度発生時間を算出する。
【0056】
次に、発生時間の演算式を導出する。先ず、図10に示すように、メインベクトルの発生時間を考慮した場合の次回予測電流の演算式は、次式で求められる。有効ベクトルと零ベクトルそれぞれの発生時間と電流変化率に基づき、次回の電流を予測する。
(k+1)=I(k)+(T-Tmain)Sd0+Tmaind1_main
=I(k)+Td0+Tmain(Sd1_main-Sd0) (18)
(k+1)=I(k)+(T-Tmain)Sq0+Tmainq1_main
=I(k)+Tq0+Tmain(Sq1_main-Sq0) (19)
尚、Tmainはメインベクトルの発生時間[sec]である。
(18)式、(19)式に、サブベクトルの発生時間と電流変化率を追加すると、次式となる。
(k+1)=I(k)+Td0+Tmain(Sd1_main-Sd0
+Tsub(Sd1_sub-Sd0) (20)
(k+1)=I(k)+Tsq0+Tmain(Sq1_main-Sq0
+Tsub(Sq1_sub-Sq0) (21)
尚、Tsubはサブベクトルの発生時間[sec]である。
(20)式、(21)式よりTsubを消去して、Tmainについて解くと次式が得られる。
【0057】
【数9】
【0058】
(22)式において、d軸及びq軸の次回予測電流I(k+1)、I(k+1)を、d軸電流指令Idref及びq軸電流指令Iqrefに近づける様にメインベクトルの発生時間を決定するので、(22)式を次式のように置き換えることができる。
【0059】
【数10】
【0060】
(23)式に第1ステップで得られた電流変化率を代入することで、メインベクトルの発生時間を求めることができる。
同様に、サブベクトルの発生時間を求める。(21)式をTsubについて解くと、次式が得られる。
【0061】
【数11】
【0062】
(24)式において、q軸の次回予測電流I(k+1)をq軸電流指令Iqrefに近づけるようにサブベクトルの発生時間を決定するので、(24)式は次式のように置き換えることができる。
【0063】
【数12】
【0064】
(23)式で求めたTmainを(25)式に代入し、サブベクトルの発生時間を求めることができる。以上より、メインベクトルとサブベクトルの発生時間を決定でき、制御周期で割ることで、メインベクトルとサブベクトルのデューティが求まる。そして、デューティの制限処理として、以下を実施する。求めたメインベクトルとサブベクトルのデューティが負の場合は0%に設定する。メインベクトルとサブベクトルのデューティの合計値は最大100%であり、合計値が100%以上の場合は、メインベクトルとサブベクトルのデューティをそれぞれ合計値で割ることで補正する。以上の制限処理を実施した場合はデューティが変更されるので、変更したデューティに制御周期を掛けて、TmainとTsubを再演算する。メインベクトルとサブベクトルのデューティを図9に基づき三相のデューティに振り分ければ、今回の電流指令に最も近づく1制御周期後のPWM波形を生成可能となる。
【0065】
以降は、制御周期毎にモデル予測制御が繰り返される。言い換えれば、今回のPWM信号波形は前回のモデル予測制御の結果であり、前述した第1ステップで1制御周期後の次回予測電流を求める際には、第2実施形態の場合は、第1実施形態の(7)、(8)式とは異なり、電流変化率とベクトル発生時間の前回値が必要であるから(20)、(21)式で求める。
【0066】
また、第2実施形態では、位置推定演算用のd軸電圧Vについても、スイッチングパターンの試行時とは最終的に出力する値が異なるので、次式で再計算が必要である。但し、相対変換の場合である。
【0067】
【数13】
【0068】
図11にシミュレーション結果を示す。評価関数により決定したメインベクトルと、隣り合うどちらか一方のサブベクトルの発生時間を、電流指令値に予測電流が近付くように決定して、インバータが任意の電圧ベクトルを出力できるので、最適なスイッチングパターンを選択した上で、電流リプルを低減できる。
【0069】
図12から図14は、第1、第2実施形態の制御を選択的に実行することを前提としたフローチャートである。先ず、ゼロベクトルの電流変化率Sd0、Sq0を(1)、(2)式で演算すると(S1)、ステップS3~S9の繰り返し処理において各スイッチングパターンの試行、評価を行う。試行するスイッチングパターンによる出力電圧Vu、Vv、Vwを演算し(S3)、それらの電圧より励磁電圧Vd、トルク電圧Vqを演算する(S4)。
【0070】
次に、有効ベクトルV1~V6の1つについて電流変化率Sd1、Sq1を(3)、(4)式で演算し(S5)、予測電流I(k+1)、I(k+1)を(7)、(8)式で演算する(S6)。尚、第2実施形態の制御を行なうため各相のデューティ比Du、Dv、Dwを計算する際には、電流変化率Sd1、Sq1を記憶しておく。それから、評価関数gを(9)式で演算し(S7)、演算結果を比較して評価関数gの最小値を選択する(S8)。今回の演算結果が暫定的に最小であれば(YES)、対応するスイッチングパターン、V及びV、予測電流I(k+1)、I(k+1)を更新する(S9)。
【0071】
全てのスイッチングパターンを試行すると(S2;YES)、第1実施形態の制御を行なう場合は(S10;YES)、選択したスイッチングパターン;メインベクトルのデューティ比を100%に設定する(S11)。そして、選択したメインベクトルに応じて各相のデューティ比Du、Dv、Dwを設定すると(S23)、第1実施形態の制御を行なう場合は(S24;YES)そのまま処理を終了する。尚、第1、第2実施形態の何れの制御を行なうかは、ユーザの選択設定による。
【0072】
一方、第2実施形態の制御を行なう場合は(S10;NO)、選択したメインベクトルに隣り合う2つのベクトルの一方をサブベクトルとして選択する(S12)。そして、メインベクトルの発生時間Tmain、サブベクトルの発生時間Tsubを、それぞれ(23)式、(25)式で演算し(S13、S14)、メインベクトル及びサブベクトルのデューティ比を演算する(S15)。サブベクトルのデューティ比が正の値であれば(S16;YES)サブベクトルの選択は適切であり、デューティ比の制限処理を行なって(S17)予測電流I(k+1、I(k+1)を(20)式、(21)式により再演算する(S18)。それから、ステップS23に移行する。
【0073】
サブベクトルのデューティ比が負の値であれば(S16;NO)、メインベクトルに隣り合う2つのベクトルの他方をサブベクトルとして選択する(S19)。そして、ステップS13~S15と同様の処理を行なうと(S20~S22)、ステップS17に移行する。
【0074】
また、図14に示す処理において、第2実施形態の制御を行なう場合は(S24;NO)、選択したサブベクトルに応じて各相のデューティ比Du、Dv、Dwを設定し(S25)、励磁電圧Vを(26)式により再演算する(S26)。電圧Vは位置センサレス制御に使用される。尚、トルク電圧Vを共に求めても良いが、トルク電圧Vは実際には未使用となる。
【0075】
以上のように第2実施形態によれば、モデル予測制御部7は、電気角60度毎に設定される6つの空間電圧ベクトルから1つのスイッチングパターンをメインベクトルとして選択すると、そのメインベクトルに隣り合う2つの空間電圧ベクトルの一方をサブベクトルとして選択し、スイッチング周期内において、メインベクトル及びサブベクトルそれぞれの出力時間を調整する。これにより、第1実施形態の制御よりも、電流リプルをより低減できるようになる。
【0076】
(その他の実施形態)
評価関数gについては(9)~(11)式に限ることなく、適宜適切な関数を選択すれば良い。
モータの負荷は、圧縮機に限らない。
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これらの実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0077】
図面中、1はインバータ回路、2はモータ、3は電流検出部、4は座標変換部、5は位置推定部、6はq軸電流指令生成部、7はモデル予測制御部、10はモータ制御装置、21は空調機、22は圧縮機を示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16