(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-20
(45)【発行日】2024-10-01
(54)【発明の名称】タングステン線およびそれを用いたタングステン線加工方法並びに電解線
(51)【国際特許分類】
B21C 1/00 20060101AFI20240924BHJP
B21B 1/16 20060101ALI20240924BHJP
B21C 37/04 20060101ALI20240924BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20240924BHJP
C22C 1/04 20230101ALI20240924BHJP
C22C 27/04 20060101ALI20240924BHJP
C22F 1/18 20060101ALI20240924BHJP
C23C 8/12 20060101ALI20240924BHJP
C23C 8/64 20060101ALI20240924BHJP
C23C 24/08 20060101ALI20240924BHJP
C23C 28/02 20060101ALI20240924BHJP
C22F 1/00 20060101ALI20240924BHJP
【FI】
B21C1/00 B
B21B1/16 M
B21C37/04 A
B22F3/24 K
C22C1/04 D
C22C27/04 101
C22F1/18 B
C23C8/12
C23C8/64
C23C24/08 C
C23C28/02
C22F1/00 613
(21)【出願番号】P 2023500794
(86)(22)【出願日】2022-02-10
(86)【国際出願番号】 JP2022005306
(87)【国際公開番号】W WO2022176766
(87)【国際公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-05-09
(31)【優先権主張番号】P 2021023070
(32)【優先日】2021-02-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】青山 斉
(72)【発明者】
【氏名】馬場 英昭
(72)【発明者】
【氏名】友清 憲治
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-105548(JP,A)
【文献】特開2019-131841(JP,A)
【文献】特開2018-187741(JP,A)
【文献】特開2006-028643(JP,A)
【文献】特開平04-249086(JP,A)
【文献】特開昭61-030215(JP,A)
【文献】特開2000-340335(JP,A)
【文献】特開昭58-029522(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21C 1/00 - 3/02
B21B 1/16
B21C 37/04
B22F 3/24
C22C 1/04
C22C 27/04
C22F 1/18
C23C 8/12
C23C 8/64
C23C 24/08
C23C 28/02
C22F 1/00
B28D 5/04
B24D 11/00
B24B 27/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レニウムを含有するタングステン合金からなるタングステン線であって、表面の少なくとも一部に混合物を有し,前記混合物は、W、C、Oを構成元素として含み、前記混合物の径方向断面厚さをAmmとし、前記タングステン線の直径をBmmとしたときに、Bに対するAの比率A/Bの
同一断面での平均値が、0.3%以上0.8%以下である、タングステン線。
【請求項2】
前記A/Bは、
前記同一断面での変動係数が0.30以下である、請求項1に記載のタングステン線。
【請求項3】
前記混合物において、径方向断面の厚さ方向中央部で、W(wt%)に対するO(wt%)の比(Owt%/Wwt%)の平均値が、0.05以上0.10以下である、請求項1ないし2いずれか1項に記載のタングステン線。
【請求項4】
前記レニウムの含有量が1wt%以上30wt%以下である、請求項1ないし3いずれか1項に記載のタングステン線。
【請求項5】
前記レニウムの含有量が2wt%以上28wt%以下である、請求項1ないし3いずれか1項に記載のタングステン線。
【請求項6】
前記タングステン合金はカリウム(K)含有量が30wtppm以上90wtppm以下である、請求項1ないし5のいずれか1項に記載のタングステン線。
【請求項7】
前記タングステン線の直径が0.3mm以上1.0mm以下である、請求項1ないし6のいずれか1項に記載のタングステン線。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載のタングステン線を用いて伸線加工を行う、タングステン線加工方法。
【請求項9】
請求項8に記載のタングステン線加工方法における伸線加工を行ったタングステン線を用いた、電解線。
【請求項10】
伸線加工用である、請求項1ないし7のいずれか1項に記載のタングステン線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
後述する実施形態は、タングステン線およびそれを用いたタングステン線加工方法並びに電解線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来からTV用電子銃のカソードヒータ、自動車ランプや家電機器の照明用フィラメント材,高温構造部材,接点材,放電電極の構成材として、種々のタングステン(W)線が使用されている。この中でも、所定量のレニウム(Re)を含有するタングステン合金(ReW)線は、高温強度および再結晶後の延性に優れ、電子管用ヒータ,耐振電球用フィラメント材に広く用いられる。また、電気抵抗特性および耐摩耗性にも優れており、高温用熱電対や、特に、半導体集積回路(LSI)ウェーハ等の電気的特性検査用プローブカードの針(プローブピン)の構成材として用いられている。この検査は、先端を接触に有利な形状にケミカルもしくはメカニカル加工したプローブピンを、被検査体の端子に、直接当てて行う方式である。
【0003】
半導体の集積度向上・微細化技術の発展に伴い、プローブカードも、ピンの狭ピッチ化や小径化の要求が続いており、現在では、線径0.02mm~0.04mmのReWピンも使用されている。プローブピンの線径が小さくなると、単位面積当たりのピンの配列数を多くできるため、集積度の高いLSIの検査に対して、有利である。
【0004】
このような小径のW線(細線)の場合には、まず、焼結体に転打・伸線(線引き)加工等(一次加工処理)を行い、ある線径範囲(0.3mm~1.5mm)の素線とする。しかる後に、適正量の素線に対し、伸線および熱処理など、必要な工程を追加し、所定のタングステン線(線径)とする。この細線化工程において、伸線加工中の切れ、材料表面の伸線方向に現れる線状の細かい凹凸(ダイマーク:JIS H0201 718に記載)が発生し易くなる。細線での伸線中の切れは、複数ダイスで加工する多段伸線機では特に、大きく歩留を低下させる。また、断線後の修復再稼働により、工数増加を発生させる。ダイマークは、その後の表面研磨・プローブピン加工でも除去できない場合、欠陥として歩留・加工費を悪化させる。
【0005】
従来の断線対策では、途中工程での熱処理で再結晶数を制御し、加工性を向上させたものがある。例えば、成形品の焼結体からの断面減少率(減面率)が75%を超えて90%以下に達したときに、最終の再結晶化処理を実施し、成形品の中心部および表層部における再結晶粒数を500個/mm2~800個/mm2に調整するReW線がある(特許文献1参照)。
また、Wマトリックス中のRe偏析相(σ相)を制御することで、加工性を向上させたものがある。例えば、σ相が偏在していると、伸線加工時にσ相を起点として断線が生じ易くなるため、σ相の最大粒径を10μm以下にするReW線がある(特許文献2参照)。
さらに、コイル加工などの二次加工では、グラファイト(C)を含む潤滑剤が、素材表面凹部に残留した場合、このC成分が、加工時の高温でWを汚染し、脆化させる場合がある。このため、表面粗さを制御することで、脆化を防ぐものがある。例えば、線径0.175mmまで伸線後、電解することで素材表面の凹凸の平均間隔および最大高さを所定範囲に調整したReW線がある(特許文献3参照)。
【0006】
ダイマークに関しては、所定のサイズへの伸線加工後、化学研磨(電解)工程により除去する方法が、一般的である。例えば、中心線平均粗さおよび十点平均粗さを規定し、その値まで電解処理するW電極の製造方法がある(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本国特許第2637255号公報
【文献】日本国特許第4256126号公報
【文献】日本国特許第3803675号公報
【文献】日本国特開2000-100377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の、途中工程での熱処理で結晶数を制御する方法は、焼結体から再結晶化処理までに所定の減面率を必要とする。また、完成直径が1.0mmという、上記素材サイズまでの加工に関する効果である。細線への適用を考える場合、焼結体の断面積を非常に小さくする必要があり、生産性が非常に悪化する。また、再結晶化処理サイズが小さくなることで、完成サイズでの強度が低下する可能性が高い。例えばプローブピンは、被検査体の端子との接触で変形しない強度が求められるため、使用が困難となる。
特許文献2に記載の方法は、σ相が起点の破断には非常に有効である。しかしながら、σ相の偏析発生を焼結体製造までの工程で制御しており、以降の工程は従来通りである。このため、ダイマークなど他要因での断線は抑制していない。
特許文献3は、細線を良好な表面性状とすることで、表面に残留するCを、コイリング等二次加工時の高温加熱で容易に蒸発させ、WとCの反応による脆化を防ぐ方法である。特許文献3の細線加工では、耐熱性に優れたC系の潤滑剤を用いる場合が一般的である。Cを蒸発させる対策は、潤滑性を悪化し、ワイヤーとダイスの焼付き等のリスクを生じる。
【0009】
特許文献4では、発生したダイマークの除去と管理の方法であり、ダイマークの抑制については、述べられていない。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、伸線時の切れや、表面凹凸を改善する、伸線加工用W線を提供するためのものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、実施形態にかかるタングステン(W)線は、レニウム(Re)を含有するW合金からなるW線であって、表面の少なくとも一部に混合物を有し,前記混合物は、W、C、Oを構成元素として含み、前記混合物の径方向断面厚さをAmmとし、前記W線の直径をBmmとしたときに、Bに対するAの比率A/Bの同一断面での平均値が、0.3%以上0.8%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、実施形態に係る伸線加工用タングステン素線の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、タングステン素線の径方向断面模式図(
図1のX-X断面)である。
【
図3】
図3は、径方向断面で、任意のA点における混合物の模式図である。
【
図4-1】
図4-1は、比較例3における径方向断面での、混合物の酸素量変化(EPMAライン分析)を示すグラフである。
【
図4-2】
図4-2は、実施例2における径方向断面での、混合物の酸素量変化(EPMAライン分析)を示すグラフである。
【
図5】
図5は、伸線加工のワイヤーの変形モデルと、中心および表面の応力を表す断面模式図である。
【
図6-1】
図6-1は、径方向断面での、比較例3と実施例2における混合物層の形状の違いを表すための比較例3についての模式図である。
【
図6-2】
図6-2は、径方向断面での、比較例3と実施例2における混合物層の形状の違いを表すための実施例2についての模式図である。
【
図7-1】
図7-1は、電解研磨前の、ワイヤー本体の径方向断面形状(全体図)を表す断面図である。
【
図7-2】
図7-2は、電解研磨後の、ワイヤー本体の径方向断面形状(全体図)を表す断面図である。
【実施形態】
【0013】
以下、実施形態の伸線加工用タングステン線について図面を参照して説明する。以後、伸線加工用タングステン線のことを、伸線加工用W線と示すこともある。なお、図面は模式的なものであり、例えば、各部の寸法の比率等は、図面に限定されるものではない。
【0014】
図1に、伸線加工用W線より採取した、W線サンプルの例を示す。サンプル長さは、例えば、樹脂埋めにて断面観察を複数本行える長さ(100mm~150mm)が良い。サンプリング位置は任意であるが、以降の工程を歩留良く流品するためには、前後端末を除いた位置からのサンプリングが良い。前後端末は、伸線装置の始動と停止で、条件が不安定となる部分があるため、その部分はサンプリングに含めない。不安定部分の長さは、装置のレイアウト・大きさによって異なる。採取したサンプルは、マイクロメーターを用い、XY方向の直径を測定する。測定は3か所で行い、得られた6データの平均値を、各サンプルの直径B(mm)とする。
【0015】
図2に、
図1のX-X断面(伸線方向に垂直断面:径方向断面)図を示す。図に示すように、中心を通り8等分割する直線を引き、その外周との交点をA1~A8とする。この任意の外周等間隔8か所で、前記混合物を観察する。
図3には、任意の1か所の前記混合物の模式図を示す。例えば、サンプルを樹脂埋めし、研磨することで、観察像が明確となるが、この過程で、混合物が剥離することがある。この様な部分は、測定箇所から除く。10,000倍で観察したSEM像を使い、30μm×30μmの領域で、混合物が最も厚い部分(A
max)と、最も薄い部分(A
min)の厚みを求め、その平均値を混合物の厚さとする。同様にして、同一断面8か所(A1~A8)の厚さを、それぞれ求める。この中で、任意の1点の厚さをA(mm)とする。観察したサンプルの直径Bを使い、Bに対するAの比率A/B(%)を求める。同一断面で、A/Bのデータ数は8となる。観察したサンプル数(n)により、A/Bのデータ数は「8×n」となる。
【0016】
実施形態のタングステン線のA/Bの平均値は、0.3%以上0.8%以下(0.003以上0.008以下)である。更に好ましくは、0.3%以上0.6%以下(0.003以上0.006以下)である。A/Bの平均値が0.3%より小さくなると、伸線での切れが発生するようになり、A/Bの比率が0.8%より大きくなると、ダイマークが発生する比率が高くなる。A/Bの平均値は、0.3%以上0.8%以下の範囲内であると、伸線加工での切れや、ダイマークの発生を抑制することができる。
【0017】
図4(
図4-1及び
図4-2)に、直径0.80mmでの径方向断面の混合物中のO(酸素)量分析の結果を、例として示す。
図4-1が比較例3の一部位、
図4-2が実施例2の一部位、を測定したものである。分析はEPMA(電子線マイクロアナライザー:日本電子(株)製 JXA-8100)を使用し、加速電圧:15kV,試料電流:5.0×10
-8A,ビーム径:Spot(~Φ1μm),分析時間:500ms/点,スキャンモード:ステージスキャン,分析距離:29.7μm(151点)の条件で行った。縦軸はカウント数,横軸は観察方向距離である。以後、比較例3を従来W線と言うこともある。
本観察部位のA/Bは、従来W線が1.4%(0.014)であり、実施例2が0.7%(0.007)である。従来W線の混合物中Oが断面方向(混合物の長さL)で変動しているのに対し、実施例2は安定している。混合物中のOはWとの化合物(酸化物)として存在する。Wの酸化物組成には、WO
3、W
20O
58、W
18O
49、WO
2、W
3Oがあり、物性(強度、密着性)が異なる。従来W線では混合物断面内のOが変動しており、異なる組成の酸化物が断面内に存在していることを示す。これにより、伸線加工時に変形に不均質が生じ、酸化膜の割れや脱落の原因となる。脱落した部分が、ダイマークとなる可能性が高い。
【0018】
図5に伸線加工のワイヤーの変形モデルと、中心および表面での応力を示す。伸線時のダイスとの接触により、ワイヤー表面層には、せん断力が発生する。外周部1は、せん断力によっても塑性変形する。このため材料は、径方向断面で均一に伸びるのではなく、中心部2の方ほど先進している。表面の混合物が厚い場合、薄い場合に比べると、混合物層のせん断変形量が大きくなる。このため、Wと混合物間に働くせん断力は、層が厚い方が大きくなる。これは、混合物の部分的脱落の原因となる。前記の、混合物内での組成の異なる酸化物の存在は、更に脱落を発生させやすくする。
【0019】
A/Bの平均値が0.3%(0.003)より小さい場合、WとCが直接反応し、脆化するリスクが大きくなる。また、潤滑性の確保が十分にできない可能性が有る。
【0020】
次に、同一断面(データ数8)のA/Bについて、平均値(Ave)と、標準偏差(Sd)と、Sd/Aveで算出される変動係数(CV)と、を求める。CVは、平均に対するデータのばらつきの大きさの比率を示し、層厚が薄い厚いに関わらず、ばらつきを比較できる。
【0021】
実施形態のタングステン線の同一断面でのCVは、0.30以下であることが好ましい。さらには、0.20以下が好ましい。CVが0.30より大きいと、伸線での切れや、ダイマークが発生する可能性が高くなる。混合物の厚みのばらつきが大きいと、部分的にA/Bが大きな値、または小さな値となっている可能性がある。そのような部分は前記のような、混合物の脱落や割れ、W線のC脆化、といった欠陥を生じるリスクがある。
【0022】
図6(
図6-1及び
図6-2)に、例として、直径0.8mmでの径方向断面の混合物の形状の違いを、模式図で示す。実際のサンプルを、SEMを使用し倍率5000倍にて、断面の外周長さ60μmについて、観察したところ、従来線は厚みの差(A
max‐A
min)が6μmに対し、実施例2は1μmと大きな差が有った。更に、この断面のCVを求めた結果は、従来線が0.5で,実施例2が0.1であった。CVが大きい場合、外周の位置による厚みの差(ばらつき)だけではなく、同一部位での厚みの差(ばらつき)も、大きい可能性が高い。このような形態の混合物層は、伸線加工時に加工力が均等とならず、割れや脱落が生じやすい。
【0023】
前記A/Bデータを取得した断面に、Phenom ProXデスクトップスキャン電子顕微鏡を使用し、エネルギー分散型X線分析(EDS:加速電圧15kV 倍率10,000倍 測定範囲30μm×30μm)を行う。測定範囲内の混合物のAmaxとAminで、混合物の厚さ方向中央部を測定し、平均値を求める。測定は断面における8箇所(A1~A8)のうち任意の5カ所で行い、得られたW(wt%)とO(wt%)のデータ値より、各箇所の比(Owt%/Wwt%)を求める。なお、W(wt%)はタングステンの質量%、O(wt%)は酸素の質量%である。
【0024】
実施形態のW線は、混合物中の厚さ方向中央部で、W(wt%)に対するO(wt%)の比(Owt%/Wwt%)の平均値が、0.10以下であることが好ましい。0.10を超えると、W酸化物のうち、WO3の生成が進む可能性が有る。WO3は非常に脆い物性のため、混合物が脱落し易くなる。下限値は特に限定されるものではないが、0.05以上が好ましい。0.05を下回ると、W酸化物の生成が不十分であり、C層のCと、Wの反応が生じやすくなる。
【0025】
実施形態のW線に含まれるRe量は、1wt%以上30wt%以下、さらには2wt%以上28wt%以下が好ましい。Re含有量が1wt%未満の場合には、強度が低下し、例えばプローブピンで使用した場合、使用頻度に伴って変形量が大きくなり、コンタクト不良が生じて半導体の検査精度が低下してしまう。Re含有量が28wt%程度より大きくなると、Wとの固溶限界を超えるため、σ相の偏在が生じ易くなる。この相が、伸線加工中に破断の起点となり、加工歩留を大きく低下させる可能性がある。Re量を1wt%以上30wt%以下、2wt%以上28wt%以下とすることで、例えば、本実施形態を素材としたプローブピン用の電解線を、機械的特性(強度・耐摩耗性)を確保しながら、歩留良く製作できる。
【0026】
実施形態のW線は、ドープ材としてKを30wtppm以上90wtppm以下含有してもよい。Kを含有することで、ドープ効果により、高温での引張強度やクリープ強度を向上させる。K含有量が30wtppmより小さいと、ドープ効果が不十分となる。90wtppmを超えると、加工性が低下し歩留を大きく低下させる可能性がある。Kをドープ剤として30wtppm以上90wtppm以下含有することで、例えば、本実施形態を素材とした熱電対用や電子管ヒータ用の細線を、高温特性(高温使用時の断線・変形防止)を確保しながら、歩留良く製作できる。
【0027】
かかる実施形態により、細線加工時に、切れや表面凹凸の発生を抑制し、歩留まり向上に大きく寄与する、伸線加工用タングステン線を実現でき、プローブピン用電解線用途に適用できる。また、高温用熱電対用途にも適用できる。
【0028】
次に、本実施形態に係る伸線加工用W線の製造方法について説明する。製造方法は特に限定されるものではないが、例えば次のような方法が挙げられる。
【0029】
W粉末とRe粉末を、Re含有量が1wt%以上、例えば3wt%以上、且つ、30wt%以下となるように混合する。この混合方法については特に限定するものでは無いが、水もしくはアルコール系溶液を用い、粉末をスラリー状にして混合する方法は、分散性が良好な粉末が得られることから特に好ましい。混合するRe粉末は、最大粒径が100μm未満のものが好ましい。また、平均粒径が20μm未満のものが好ましい。W粉末は、不可避不純物を除く純W粉末、もしくは、線材までの歩留を考慮したK量を含有する、ドープW粉末である。W粉末は、平均粒径が30μm未満のものが好ましい。Re粉末の最大粒径もしくは平均粒径が前記以上だと、粗大なσ相が生成しやすくなる。また、W粉末の平均粒径が前記以上だと、後工程のプレス成形時に成形性が低下し、折れや、カケや、クラック等が、成型体に発生し易くなる。
【0030】
例えば、Reの含有量が18wt%を超えるW‐Re混合粉末を製造する場合、まず、Re量が18wt%以下のReW合金を、粉末冶金法や、溶解法等で製作した後、常法により微粉砕する。これに、所望する組成に対して不足分のReを混合する方法もある。以後、Reを含有したタングステン線のことを、ReW線と示すことがある。
【0031】
次に、混合粉末を、所定の金型に入れてプレス成形する。この時のプレス圧力は、100MPa以上が好ましい。成形体は、取り扱いを容易にするために、水素炉にて1200℃~1400℃で仮焼結処理してもよい。得られた成型体は、水素雰囲気下、もしくはアルゴン等の不活性ガス雰囲気下、もしくは真空下にて焼結する。焼結温度は2125℃以上が好ましい。2125℃未満であると、焼結による緻密化が十分に進まない。焼結温度の上限は、3400℃(Wの融点3422℃以下)である。焼結後の相対密度(真密度に対する相対密度(%)=[焼結体密度/真密度]×100%)は、90%以上が好ましい。焼結体の相対密度を90%以上とすることで、後工程の転打加工(SW)で、割れ、欠け、折れ等、発生を低減することが可能となる。
【0032】
成形および焼結は、水素雰囲気下、またはアルゴン等の不活性ガス雰囲気下、もしくは真空中でホットプレスにより同時に行っても良い。プレス圧力は100MPa以上、加熱温度は1700℃~2825℃が好ましい。このホットプレス法は、比較的低い温度でも緻密な焼結体を得られる。
【0033】
本焼結工程で得られた焼結体に対し、第1の転打加工を行う。第1の転打加工は、加熱温度1300℃~1600℃で実施することが好ましい。1回の加熱処理(1ヒート)で加工する、断面積の減少率(減面率)は5%~15%が好ましい。
【0034】
第1の転打加工に変わり、圧延加工を実施してもよい。圧延加工は、加熱温度1200℃~1600℃で実施することが好ましい。1ヒートでの減面率は、40%~75%が好ましい。圧延機としては、2方ローラ圧延機ないし4方ローラ圧延機や型ロール圧延機などが使用できる。圧延加工により、製造効率を大幅に高めることが可能となる。第1の転打加工と、圧延加工を組み合わせても良い。
【0035】
第1の転打加工か、圧延加工か、ないしはそれらを組み合わせた加工を完了した焼結体(ReW棒材)に対し、第2の転打加工を実施する。第2の転打加工は、加熱温度1200℃~1500℃で実施することが好ましい。1ヒートでの減面率は、5%~20%程度が好ましい。
【0036】
第2の転打工程を終了したReW棒材に対して、次に再結晶化処理を実施する。再結晶化処理は、例えば、高周波加熱装置を用いて、水素雰囲気下、もしくはアルゴン等の不活性ガス雰囲気下、もしくは真空下で、処理温度1800℃~2600℃の範囲で、実施することができる。
【0037】
再結晶化処理を完了したReW棒材は、第3の転打加工を行う。第3の転打加工は、加熱温度1200℃~1500℃で実施することが好ましい。1ヒートでの減面率は、10%~30%程度が好ましい。第3の転打加工は、ReW棒が伸線加工可能な直径(好ましくは直径2mm~4mm)になるまで、実施される。
【0038】
第3の転打加工を終了したReW棒材は、円滑な伸線加工を可能にするため、表面に潤滑剤を塗布する処理と、潤滑剤を乾燥し、加工可能な温度に加熱する処理と、引抜ダイスを用いて伸線する処理と、を繰り返す、第1の伸線加工を、直径0.7mm~1.2mmまで行う。潤滑剤は、耐熱性に優れたC系の潤滑剤を用いることが望ましい。加工温度は800℃~1100℃が好ましい。加工可能温度は直径によって変わり、径が大きいほど高い。加工可能温度より低いと、クラックや断線が多発する。加工可能温度より高いと、ワイヤーとダイス間での焼き付きや、ワイヤーの変形抵抗が低下し、引き抜き力で伸線後の直径の変動(引き細り)が生じる。減面率は15%~35%が好ましい。15%より小さいと、加工での組織の内外差や残留応力が発生し、クラックの原因となる。35%より大きいと引抜力が過大となり、伸線後の直径が大きく変動し、破断する。伸線速度は、加熱装置の能力と装置からダイスまでの距離、減面率のバランスによって決まる。
【0039】
加工条件(加熱温度,雰囲気等)の違いによって、表層に形成される混合物、特にW酸化物の組成が異なってくる。加熱が繰り返されることで、加工条件は変動しやすくなる。また、直径の変化により、最適加工温度が変わる。特に直径が大きい場合、加熱温度を高くする必要があり、条件が変動しやすい。このため、組成が異なるW酸化物が、厚みを増しながら生成される可能性が大きい。そこで、直径0.7mm~1.2mmまで伸線したワイヤーは、それまでの加工で表面に生成された混合物や、ワイヤー表面の凹凸を、一度除去するため、研磨加工を実施する。
【0040】
研磨加工は、例えば濃度7wt%~15wt%の水酸化ナトリウム水溶液中で、電気化学的に研磨(電解研磨)する方法がある。研磨加工での減面率は10~25%が好ましい。10%より小さいと、転打工程や第1の伸線工程で生じる材料表面の凹凸と、そこに付着する混合物を除去できない可能性が有る。25%を超えると材料歩留が悪化する。電解研磨の場合、加工速度は0.5m/min~2.0m/minが好ましい。0.5m/minより遅いと、加工工数が大幅に増加してしまう。2.0m/minを超えると、単位時間当たりの電解量が大きくなり、急激な電解となり、ワイヤー断面形状の修正が不十分となる可能性が有る。もしくは、装置を非常に大きくする必要がある。
図7(
図7-1及び
図7-2)に、電解研磨前後で、ReW線本体部分の径方向断面形状を観察した結果を、模式図で示す。電解研磨加工により、ワイヤー表面の凹凸が無くなっている。
【0041】
研磨加工を終了したワイヤーは、表面に緻密で均質な酸化物層を形成するための加熱処理を、大気炉で行う。加熱温度は700℃~1100℃が好ましい。700℃より低いと、酸化物が形成し難い。1100℃より高いと、酸化物組成にばらつきが生じる。加工速度は5m/min~20m/minが好ましい。5m/min以下だと、加工工数が大幅に増加してしまう。20m/min以上だと、温度を上げるための熱量を大きくする必要があり、酸化物層が不均質になりやすい。もしくは、装置を非常に大きくする必要がある。
【0042】
酸化物層の上にC層を形成し密着させるため、表面に潤滑剤を塗布する処理と、潤滑剤を乾燥し、加工可能な温度に加熱する処理と、引抜ダイスを用いて伸線する処理と、を行う。C層を密着させることで、後工程での酸化物層の変化や剥離を防止する。減面率は10%~30%、更には15%~25%が好ましい。10%より小さいと、酸化物層とC層が十分に密着しない恐れがある。30%より大きいと引抜力が過大となり、ダイス入側で層の剥離を生じる恐れがある。
【0043】
この後、第2の伸線加工を行う。加熱温度は1000℃以下が好ましい。1000℃を超えると、密着C層中のCが、空気中のOと反応してCO2となり離脱し、C層が疎となり、その下にある酸化層の組成が変化する可能性が有る。第2の伸線加工の減面率は、第1の伸線加工と同様に、15%~35%が好ましい。第2の伸線加工により、直径0.3mm~1.0mmの伸線加工用W線とする。
【0044】
この後、適正量の伸線加工用W線に対し、伸線および熱処理など、必要な工程を追加し、所定の線径にて、必要な特性(強度、硬さ等)を持つW線とする。これを電解研磨して、電解線とする。
(実施例)
【0045】
前記の粉末混合,成型,焼結方法により、表1に示す組成の焼結体を製造した。実施例1~6は、第1の転打加工、圧延加工、第2の転打加工,再結晶化処理,第3の転打加工,第1の伸線加工、電解研磨、酸化物層を形成するための加熱処理、C層を密着させる伸線処理、第2の伸線加工を行い、表1に示す直径とした。
【0046】
実施例7は、第1の伸線加工後の電解研磨工程で、減面率を8%と低くした。比較例1は、電解研磨後の酸化物層を形成するための加熱処理で、処理温度を680℃~700℃と低くし、混合物層を薄くした。比較例2は、第2の伸線加工で、加熱温度を1150℃と高くし、混合物層を厚くした。比較例3~5は、第1の伸線加工後、そのまま第2の伸線加工を実施する、従来の加工工程を実施した。それぞれ、表1に示す直径まで加工した。Re,Kの分析は、微量不純物の評価に適した誘導結合プラズマ‐質量分析法(Inductively Coupled Plasma‐Mass Spectrometry:ICP-MS)ではなく、構成元素の評価に適した誘導結合プラズマ‐発光分光分析法(Inductively Coupled Plasma‐Optical Emission Spectrometry:ICP-OES)にて実施した。なお、Kの下限検出限界は5wtppmであり、添加せずに分析値が5wtppmを下廻った場合を「-」で記す。
【0047】
【0048】
得られたワイヤーからサンプリングを行い、前記の方法で、A/Bと、CVと、Owt%/Wwt%と、を評価した。なお、混合物は構成源としてW,C、Oを含んでいた。このワイヤーを各1kg使用し、直径0.08mmまで伸線加工した。この伸線中の切れ不良率と、完成後の外観不良率を調査した。
切れ不良率は、伸線中に断線が発生し、断線後の線の重量≦0.05kgの場合にその重量を、不良重量とカウントし、不良重量の総量/投入重量(1kg)で算出した。
外観不良率は、伸線完了後のワイヤーの両端末各100mを、長さ50mmに切断し、苛性ソーダで煮沸し、混合物を除去した。次に、倍率30倍の顕微鏡で観察し、表面に認識できるキズ、凹凸が有った場合は、50mmをダイマーク不良としてカウントした。不良となった長さを計算し、不良長さ/評価長さ(200m)で算出した。表2に結果を示す。
【0049】
【0050】
表から分かる通り、実施形態に係る伸線加工用W線は、伸線切れ不良率および外観不良率が低減された。それに対し、比較例では伸線切れ不良率および外観不良率が悪かった。
【0051】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態はその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
以下に、本願出願の当初の特許請求の範囲に記載された発明を付記する。
[1] レニウムを含有するタングステン合金からなるタングステン線であって、表面の少なくとも一部に混合物を有し,前記混合物は、W、C、Oを構成元素として含み、前記混合物の径方向断面厚さをAmmとし、前記タングステン線の直径をBmmとしたときに、Bに対するAの比率A/Bの平均値が、0.3%以上0.8%以下である、タングステン線。
[2] 前記A/Bは、同一断面での変動係数が0.30以下である、[1]に記載のタングステン線。
[3] 前記混合物において、径方向断面の厚さ方向中央部で、W(wt%)に対するO(wt%)の比(Owt%/Wwt%)の平均値が、0.05以上0.10以下である、[1]ないし[2]いずれか1つに記載のタングステン線。
[4] 前記レニウムの含有量が1wt%以上30wt%以下である、[1]ないし[3]いずれか1つに記載のタングステン線。
[5] 前記レニウムの含有量が2wt%以上28wt%以下である、[1]ないし[3]いずれか1つに記載のタングステン線。
[6] 前記タングステン合金はカリウム(K)含有量が30wtppm以上90wtppm以下である、[1]ないし[5]のいずれか1つに記載のタングステン線。
[7] 前記タングステン線の直径が0.3mm以上1.0mm以下である、[1]ないし[6]のいずれか1つに記載のタングステン線。
[8] [1]ないし[7]のいずれか1つに記載のタングステン線を用いて伸線加工を行う、タングステン線加工方法。
[9] [8]に記載のタングステン線加工方法における伸線加工を行ったタングステン線を用いた、電解線。
[10] 伸線加工用である、[1]ないし[7]のいずれか1つに記載のタングステン線。
【符号の説明】
【0052】
X-X…伸線軸に対して垂直方向(径方向)の切断面
Y…混合物
Z…ReW線本体
A1~A8…径方向切断面で、外周を8等分した点
Amax…観察視野内での混合物の最大厚さ
Amin…観察視野内での混合物の最小厚さ
1…外周部
2…中心部