(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】L-アミノ酸の製造法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20240925BHJP
C12P 13/04 20060101ALI20240925BHJP
C12P 13/14 20060101ALI20240925BHJP
C12P 13/08 20060101ALI20240925BHJP
C12P 13/10 20060101ALI20240925BHJP
C12P 13/06 20060101ALI20240925BHJP
C12P 13/12 20060101ALI20240925BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20240925BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P13/04
C12P13/14 A
C12P13/08 A
C12P13/08 C
C12P13/10 B
C12P13/06 B
C12P13/06 C
C12P13/08 D
C12P13/12 B
C12N15/31
(21)【出願番号】P 2020010288
(22)【出願日】2020-01-24
【審査請求日】2022-11-21
(31)【優先権主張番号】P 2019012490
(32)【優先日】2019-01-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 良浩
(72)【発明者】
【氏名】野口 博美
(72)【発明者】
【氏名】西山 葉
【審査官】植原 克典
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-240161(JP,A)
【文献】特開2014-212790(JP,A)
【文献】特開2007-117082(JP,A)
【文献】国際公開第2015/005406(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/133161(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12P 1/00-41/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
L-アミノ酸生産能を有する腸内細菌科に属する細菌であって、
c1795遺伝子を有し、
下記性質(A)および/または(B):
(A)非改変株と比較して、c1795タンパク質の活性が低下するように改変されている;
(B)非改変株と比較して、少なくとも、PAJ_1175タンパク質の活性が増大するか、PAJ_1174およびPAJ_1173タンパク質の活性が増大するように改変されている
を有し、
前記c1795タンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質:
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、c1795タンパク質として
の機能を有するタンパク質;
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、c1795タンパク質としての機能を有するタンパク質
であり、
前記L-アミノ酸が、L-グルタミン酸、L-グルタミン、L-プロリン、L-アルギニン、L-シトルリン、L-オルニチン、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される、細菌。
【請求項2】
前記PAJ_1175遺伝子の発現を上昇させることにより、前記PAJ_1175タンパク質の活性が増大した、ならびに/または前記PAJ_1174およびPAJ_1173遺伝子の発現を上昇させることにより、前記PAJ_1174およびPAJ_1173タンパク質の活性が増大した、請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
前記PAJ_1175遺伝子の発現が、下記(1)~(4)からなる群より選択される手段により上昇した:
(1)前記PAJ_1175遺伝子のコピー数を高めること;
(2)前記PAJ_1175遺伝子の発現調節配列を改変すること;
(3)前記c1795タンパク質の活性を低下させること;
(4)それらの組み合わせ;ならびに/または
前記PAJ_1174およびPAJ_1173遺伝子の発現が、下記(5)~(8)からなる群より選択される手段により上昇した、請求項2に記載の細菌:
(5)前記PAJ_1174およびPAJ_1173遺伝子のコピー数を高めること;
(6)前記PAJ_1174およびPAJ_1173遺伝子の発現調節配列を改変すること;
(7)前記c1795タンパク質の活性を低下させること;
(8)それらの組み合わせ。
【請求項4】
c1795遺伝子の発現を低下させることにより、および/またはc1795遺伝子を破壊することにより、前記c1795タンパク質の活性が低下した、請求項1~3のいずれか一項に記載
の細菌。
【請求項5】
前記c1795遺伝子の発現が、該c1795遺伝子の発現調節配列を改変することにより低下した、請求項4に記載の細菌。
【請求項6】
前記c1795タンパク質のアミノ酸配列の一部または全部の領域の欠失により、前記c1795タンパク質の活性が低下した、請求項1~5のいずれか一項に記載の細菌。
【請求項7】
前記欠失が、c1795遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失、c1795遺伝子のコード領域への終止コドンの導入、c1795遺伝子のコード領域へのフレームシフトの導入、
またはそれらの組み合わせにより生じた、請求項6に記載の細菌。
【請求項8】
前記PAJ_1175タンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、請求項1~7のいずれか一項に記載の細菌:
(a)配列番号4に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号4に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1175タンパク質としての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号4に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1175タンパク質としての機能を有するタンパク質。
【請求項9】
前記PAJ_1174タンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、請求項1~8のいずれか一項に記載の細菌:
(a)配列番号6に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号6に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1174タンパク質としての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号6に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1174タンパク質としての機能を有するタンパク質。
【請求項10】
前記PAJ_1173タンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、請求項1~9のいずれか一項に記載の細菌:
(a)配列番号8に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号8に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1173タンパク質としての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号8に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1173タンパク質としての機能を有するタンパク質。
【請求項11】
前記細菌が、パントエア属細菌またはエシェリヒア属細菌である、請求項1~10のいずれか一項に記載の細菌。
【請求項12】
前記細菌が、パントエア・アナナティスまたはエシェリヒア・コリである、請求項11に記載の細菌。
【請求項13】
L-アミノ酸の製造方法であって、
請求項1~12のいずれか一項に記載の細菌を培地で培養し、該培地中および/または該細菌の菌体内にL-アミノ酸を蓄積すること、および
前記培地および/または前記菌体より前記L-アミノ酸を採取すること、
を含む、方法。
【請求項14】
前記L-アミノ酸が、L-グルタミン酸
、L-アルギニン
、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記L-アミノ酸が、L-グルタミン酸である、請求項13
または14に記載の方法。
【請求項16】
前記L-グルタミン酸が、L-グルタミン酸アンモニウムまたはL-グルタミン酸ナトリウムである、請求項14
または15に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細菌を用いた発酵法によるL-グルタミン酸等のL-アミノ酸の製造法に関する。L-アミノ酸は、調味料原料等として産業上有用である。
【背景技術】
【0002】
L-アミノ酸は、例えば、L-アミノ酸生産能を有する細菌等の微生物を用いた発酵法により工業生産されている(非特許文献1)。そのような微生物としては、例えば、自然界から分離した菌株やそれらの変異株が用いられている。また、組換えDNA技術により微生物のL-アミノ酸生産能を向上させることができる。
【0003】
パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)AJ13355のゲノム配列は既に決定されており、NCBIにGenBank Accession Number AP012032.2として登録されている。同ゲノム配列においてc1795遺伝子は同定されていない。
【0004】
Pantoea ananatis AJ13355のPAJ_1175遺伝子は、相同性検索プログラムBLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)を用いた解析により、AraC familyに属するtranscriptional regulatorをコードする遺伝子であると推定されている。Pantoea ananatis AJ13355のPAJ_1174遺伝子およびPAJ_1173遺伝子は、BLASTを用いた解析により、それぞれ、RND(resistance-nodulation-cell division)superfamilyに属する多剤排出トランスポーターのペリプラズムアダプターサブユニットおよびパーミアーゼサブユニットをコードする遺伝子であると推定されている。しかし、これらの遺伝子がコードするタンパク質の具体的な機能については知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】明石邦彦ら著 アミノ酸発酵、学会出版センター、195~215頁、1986年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、細菌のL-アミノ酸生産能を向上させる新規な技術を開発し、効率的なL-アミノ酸の製造法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、Pantoea ananatis AJ13355のゲノム配列(GenBank Accession Number AP012032.2)の1401350~1401751位に新規遺伝子c1795が存在し、同遺伝子の改変によって細菌のL-アミノ酸生産能を向上させることができることを見出した。Pantoea ananatis AJ13355のc1795遺伝子は、BLASTを用いた解析により、Rrf2 familyに属するtranscriptional regulatorをコードする遺伝子であると推定される。また、本発明者は、PAJ_1175、PAJ_1174、およびPAJ_1173遺伝子の発現がc1795遺伝子により制御されており、PAJ_1175、PAJ_1174、またはPAJ_1173遺伝子の発現増強によって細菌のL-アミノ酸生産能を向上させることができることを見出した。本発明者は、これらの知見に基づき、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は以下の通り例示できる。
[1]
L-アミノ酸生産能を有する腸内細菌科に属する細菌であって、
下記性質(A)および/または(B)を有する、細菌:
(A)非改変株と比較して、c1795タンパク質の活性が低下するように改変されている;
(B)非改変株と比較して、c1795タンパク質により発現抑制されるタンパク質Pの活性が増大するように改変されている。
[2]
前記タンパク質Pが、PAJ_1175タンパク質、PAJ_1174タンパク質、PAJ_1173タンパク質、およびそれらの組み合わせからなる群より選択されるタンパク質である、前記細菌。
[3]
少なくとも、PAJ_1175タンパク質の活性が増大するか、PAJ_1174およびPAJ_1173タンパク質の活性が増大する、前記細菌。
[4]
前記タンパク質Pをコードする遺伝子の発現を上昇させることにより、前記タンパク質Pの活性が増大した、前記細菌。
[5]
前記タンパク質Pをコードする遺伝子の発現が、下記(1)~(4)からなる群より選択される手段により上昇した、前記細菌:
(1)前記タンパク質Pをコードする遺伝子のコピー数を高めること;
(2)前記タンパク質Pをコードする遺伝子の発現調節配列を改変すること;
(3)前記c1795タンパク質の活性を低下させること;
(4)それらの組み合わせ。
[6]
c1795遺伝子の発現を低下させることにより、および/またはc1795遺伝子を破壊することにより、前記c1795タンパク質の活性が低下した、前記細菌。
[7]
前記c1795遺伝子の発現が、該c1795遺伝子の発現調節配列を改変することにより低下した、前記細菌。
[8]
前記c1795タンパク質のアミノ酸配列の一部または全部の領域の欠失により、前記c1795タンパク質の活性が低下した、前記細菌。
[9]
前記欠失が、c1795遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失、c1795遺伝子のコード領域への終止コドンの導入、c1795遺伝子のコード領域へのフレームシフトの導入、またはそれらの組み合わせにより生じた、前記細菌。
[10]
前記c1795タンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、前記細菌:
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、c1795タンパク質としての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、c1795タンパク質としての機能を有するタンパク質。
[11]
前記PAJ_1175タンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、前記細菌:
(a)配列番号4に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号4に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1175タンパク質としての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号4に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列
を含み、且つ、PAJ_1175タンパク質としての機能を有するタンパク質。
[12]
前記PAJ_1174タンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、前記細菌:
(a)配列番号6に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号6に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1174タンパク質としての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号6に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1174タンパク質としての機能を有するタンパク質。
[13]
前記PAJ_1173タンパク質が、下記(a)、(b)、または(c)に記載のタンパク質である、前記細菌:
(a)配列番号8に示すアミノ酸配列を含むタンパク質;
(b)配列番号8に示すアミノ酸配列において、1~10個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1173タンパク質としての機能を有するタンパク質;
(c)配列番号8に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、PAJ_1173タンパク質としての機能を有するタンパク質。
[14]
前記細菌が、パントエア属細菌またはエシェリヒア属細菌である、前記細菌。
[15]
前記細菌が、パントエア・アナナティスまたはエシェリヒア・コリである、前記細菌。[16]
L-アミノ酸の製造方法であって、
前記細菌を培地で培養し、該培地中および/または該細菌の菌体内にL-アミノ酸を蓄積すること、および
前記培地および/または前記菌体より前記L-アミノ酸を採取すること、
を含む、方法。
[17]
前記L-アミノ酸が、L-グルタミン酸、L-リジン、L-スレオニン、L-アルギニン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-バリン、L-ロイシン、L-フェニルアラニン、L-チロシン、L-トリプトファン、L-システイン、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される、前記方法。
[18]
前記L-アミノ酸が、L-グルタミン酸、L-リジン、L-スレオニン、L-トリプトファン、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される、前記方法。
[19]
前記L-アミノ酸が、L-グルタミン酸である、前記方法。
[20]
前記L-グルタミン酸が、L-グルタミン酸アンモニウムまたはL-グルタミン酸ナトリウムである、前記方法。
【0009】
本発明によれば、細菌のL-アミノ酸生産能を向上させることができ、L-アミノ酸を効率よく製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明の方法は、L-アミノ酸生産能を有する腸内細菌科に属する細菌を培地で培養し
、該培地中および/または該細菌の菌体内にL-アミノ酸を蓄積すること、および前記培地および/または前記菌体より前記L-アミノ酸を採取すること、を含むL-アミノ酸の製造方法であって、前記細菌が特定の性質を有するように改変されている、方法である。同方法に用いられる細菌を、「本発明の細菌」ともいう。
【0012】
<1>本発明の細菌
本発明の細菌は、特定の性質を有するように改変された、L-アミノ酸生産能を有する腸内細菌科に属する細菌である。
【0013】
<1-1>L-アミノ酸生産能を有する細菌
本発明において、「L-アミノ酸生産能を有する細菌」とは、培地で培養したときに、目的とするL-アミノ酸を生成し、回収できる程度に培地中および/または菌体内に蓄積する能力を有する細菌をいう。L-アミノ酸生産能を有する細菌は、非改変株よりも多い量の目的とするL-アミノ酸を培地中および/または菌体内に蓄積することができる細菌であってよい。「非改変株」とは、特定の性質を有するように改変されていない対照株をいう。すなわち、非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。また、L-アミノ酸生産能を有する細菌は、好ましくは0.5g/L以上、より好ましくは1.0g/L以上の量の目的とするL-アミノ酸を培地に蓄積することができる細菌であってもよい。
【0014】
L-アミノ酸としては、L-リジン、L-オルニチン、L-アルギニン、L-ヒスチジン、L-シトルリン等の塩基性アミノ酸、L-イソロイシン、L-アラニン、L-バリン、L-ロイシン、グリシン等の脂肪族アミノ酸、L-スレオニン、L-セリン等のヒドロキシモノアミノカルボン酸であるアミノ酸、L-プロリン等の環式アミノ酸、L-フェニルアラニン、L-チロシン、L-トリプトファン等の芳香族アミノ酸、L-システイン、L-シスチン、L-メチオニン等の含硫アミノ酸、L-グルタミン酸、L-アスパラギン酸等の酸性アミノ酸、L-グルタミン、L-アスパラギン等の側鎖にアミド基を有するアミノ酸が挙げられる。L-アミノ酸としては、特に、L-グルタミン酸、L-リジン、L-スレオニン、L-アルギニン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-バリン、L-ロイシン、L-フェニルアラニン、L-チロシン、L-トリプトファン、L-システインが挙げられる。L-アミノ酸として、さらに特には、L-グルタミン酸、L-リジン、L-スレオニン、L-トリプトファンが挙げられる。L-アミノ酸として、さらに特には、L-グルタミン酸が挙げられる。また、L-アミノ酸としては、特に、グルタミン酸系L-アミノ酸(L-amino acid of glutamate family)も挙げられる。「グルタミン酸系L-アミノ酸」とは、L-グルタミン酸、およびL-グルタミン酸を中間体として生合成されるL-アミノ酸の総称である。L-グルタミン酸を中間体として生合成されるL-アミノ酸としては、L-グルタミン、L-プロリン、L-アルギニン、L-シトルリン、L-オルニチンが挙げられる。本発明の細菌は、1種のL-アミノ酸の生産能のみを有していてもよく、2種またはそれ以上のL-アミノ酸の生産能を有していてもよい。
【0015】
本発明において、「アミノ酸」という用語は、特記しない限り、L-アミノ酸を意味する。また、本発明において、「L-アミノ酸」という用語は、特記しない限り、フリー体のL-アミノ酸、その塩、またはそれらの混合物を意味する。塩については後述する。
【0016】
腸内細菌科に属する細菌としては、エシェリヒア(Escherichia)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、パントエア(Pantoea)属、クレブシエラ(Klebsiella)属、セラチア(Serratia)属、エルビニア(Erwinia)属、フォトラブダス(Photorhabdus)属、プロビデンシア(Providencia)属、サルモネラ(Salmonella)属、モルガネラ(Morganella)等の属に属する細菌が挙げられる。具体的には、NCBI(National Center for Biotechnology Information)のデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/Taxonomy/Browser/wwwtax.cgi?id=91347)で用いられている分類法により腸内細菌科に分類されている
細菌を用いることができる。
【0017】
エシェリヒア属細菌としては、特に制限されないが、微生物学の専門家に知られている分類によりエシェリヒア属に分類されている細菌が挙げられる。エシェリヒア属細菌としては、例えば、Neidhardtらの著書(Backmann, B. J. 1996. Derivations and Genotypes
of some mutant derivatives of Escherichia coli K-12, p. 2460-2488. Table 1. In F. D. Neidhardt (ed.), Escherichia coli and Salmonella Cellular and Molecular Biology/Second Edition, American Society for Microbiology Press, Washington, D.C.)に記載されたものが挙げられる。エシェリヒア属細菌としては、例えば、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)が挙げられる。エシェリヒア・コリとして、具体的には、例えば、W3110株(ATCC 27325)やMG1655株(ATCC 47076)等のエシェリヒア・コリK-12株;エシェリヒア・コリK5株(ATCC 23506);BL21(DE3)株等のエシェリヒア・コリB株;およびそれらの派生株が挙げられる。
【0018】
エンテロバクター属細菌としては、特に制限されないが、微生物学の専門家に知られている分類によりエンテロバクター属に分類されている細菌が挙げられる。エンテロバクター属細菌としては、例えば、エンテロバクター・アグロメランス(Enterobacter agglomerans)やエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)が挙げられる。エンテロバクター・アグロメランスとして、具体的には、例えば、エンテロバクター・アグロメランスATCC12287株が挙げられる。エンテロバクター・アエロゲネスとして、具体的には、例えば、エンテロバクター・アエロゲネスATCC13048株、NBRC12010株(Biotechonol Bioeng. 2007 Mar 27; 98(2) 340-348)、AJ110637株(FERM BP-10955)が挙げられる。また、エンテロバクター属細菌としては、例えば、欧州特許出願公開EP0952221号明細書に記載されたものが挙げられる。なお、Enterobacter agglomeransには、Pantoea agglomeransと分類されているものも存在する。
【0019】
パントエア属細菌としては、特に制限されないが、微生物学の専門家に知られている分類によりパントエア属に分類されている細菌が挙げられる。パントエア属細菌としては、例えば、パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)、パントエア・スチューアルティ(Pantoea stewartii)、パントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)、パントエア・シトレア(Pantoea citrea)が挙げられる。パントエア・アナナティスとして、具体的には、例えば、パントエア・アナナティスLMG20103株、AJ13355株(FERM BP-6614)、AJ13356株(FERM BP-6615)、AJ13601株(FERM BP-7207)、SC17株(FERM BP-11091)、SC17(0)株(VKPM B-9246)、及びSC17sucA株(FERM BP-8646)が挙げられる。なお、エンテロバクター属細菌やエルビニア属細菌には、パントエア属に再分類されたものもある(Int. J. Syst. Bacteriol., 39, 337-345 (1989); Int. J. Syst. Bacteriol., 43, 162-173 (1993))。例えば、エンテロバクター・アグロメランスのある種のものは、最近、16S rRNAの塩基配列分析等に基づき、パントエア・アグロメランス、パントエア・アナナティス、パントエア・ステワルティイ等に再分類された(Int. J. Syst. Bacteriol., 39, 337-345 (1989))。本発明において、パントエア属細菌には、このようにパントエア属に再分類された細菌も含まれる。
【0020】
エルビニア属細菌としては、エルビニア・アミロボーラ(Erwinia amylovora)、エルビニア・カロトボーラ(Erwinia carotovora)が挙げられる。クレブシエラ属細菌としては、クレブシエラ・プランティコーラ(Klebsiella planticola)が挙げられる。
【0021】
これらの菌株は、例えば、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(住所12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852 P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)より分譲を受けることができる。すなわち各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることができる(http:/
/www.atcc.org/参照)。各菌株に対応する登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。また、これらの菌株は、例えば、各菌株が寄託された寄託機関から入手することができる。
【0022】
本発明の細菌は、本来的にL-アミノ酸生産能を有するものであってもよく、L-アミノ酸生産能を有するように改変されたものであってもよい。L-アミノ酸生産能を有する細菌は、例えば、上記のような細菌にL-アミノ酸生産能を付与することにより、または、上記のような細菌のL-アミノ酸生産能を増強することにより、取得できる。
【0023】
L-アミノ酸生産能の付与又は増強は、従来、コリネ型細菌又はエシェリヒア属細菌等のアミノ酸生産菌の育種に採用されてきた方法により行うことができる(アミノ酸発酵、(株)学会出版センター、1986年5月30日初版発行、第77~100頁参照)。そのような方法としては、例えば、栄養要求性変異株の取得、L-アミノ酸のアナログ耐性株の取得、代謝制御変異株の取得、L-アミノ酸の生合成系酵素の活性が増強された組換え株の創製が挙げられる。L-アミノ酸生産菌の育種において、付与される栄養要求性、アナログ耐性、代謝制御変異等の性質は、単独であってもよく、2種又は3種以上であってもよい。また、L-アミノ酸生産菌の育種において、活性が増強されるL-アミノ酸生合成系酵素も、単独であってもよく、2種又は3種以上であってもよい。さらに、栄養要求性、アナログ耐性、代謝制御変異等の性質の付与と、生合成系酵素の活性の増強が組み合わされてもよい。
【0024】
L-アミノ酸生産能を有する栄養要求性変異株、アナログ耐性株、又は代謝制御変異株は、親株又は野生株を通常の変異処理に供し、得られた変異株の中から、栄養要求性、アナログ耐性、又は代謝制御変異を示し、且つL-アミノ酸生産能を有するものを選択することによって取得できる。通常の変異処理としては、X線や紫外線の照射、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、メチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
【0025】
また、L-アミノ酸生産能の付与又は増強は、目的のL-アミノ酸の生合成に関与する酵素の活性を増強することによっても行うことができる。酵素活性の増強は、例えば、同酵素をコードする遺伝子の発現が増強するように細菌を改変することにより行うことができる。遺伝子の発現を増強する方法は、WO00/18935やEP1010755A等に記載されている。酵素活性を増強する詳細な手法については後述する。
【0026】
また、L-アミノ酸生産能の付与又は増強は、目的のL-アミノ酸の生合成経路から分岐して目的のL-アミノ酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性を低下させることによっても行うことができる。なお、ここでいう「目的のL-アミノ酸の生合成経路から分岐して目的のL-アミノ酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素」には、目的のアミノ酸の分解に関与する酵素も含まれる。酵素活性を低下させる手法については後述する。
【0027】
以下、L-アミノ酸生産菌、およびL-アミノ酸生産能を付与又は増強する方法について具体的に例示する。なお、以下に例示するようなL-アミノ酸生産菌が有する性質およびL-アミノ酸生産能を付与又は増強するための改変は、いずれも、単独で用いてもよく、適宜組み合わせて用いてもよい。
【0028】
<L-グルタミン酸生産菌>
L-グルタミン酸生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-グルタミン酸生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、グルタ
ミン酸デヒドロゲナーゼ(gdhA)、グルタミンシンテターゼ(glnA)、グルタミン酸シンターゼ(gltBD)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ(icdA)、アコニテートヒドラターゼ(acnA, acnB)、クエン酸シンターゼ(gltA)、メチルクエン酸シンターゼ(prpC)、ピルビン酸カルボキシラーゼ(pyc)、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(aceEF, lpdA)、ピルビン酸キナーゼ(pykA, pykF)、ホスホエノールピルビン酸シンターゼ(ppsA)、エノラーゼ(eno)、ホスホグリセロムターゼ(pgmA, pgmI)、ホスホグリセリン酸キナーゼ(pgk)、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(gapA)、トリオースリン酸イソメラーゼ(tpiA)、フルクトースビスリン酸アルドラーゼ(fbp)、グルコースリン酸イソメラーゼ(pgi)、6-ホスホグルコン酸デヒドラターゼ(edd)、2-ケト-3-デオキシ-6-ホスホグルコン酸アルドラーゼ(eda)、トランスヒドロゲナーゼが挙げられる。なお、カッコ内は、その酵素をコードする遺伝子の一例である(以下の記載においても同様)。これらの酵素の中では、例えば、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、クエン酸シンターゼ、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ、及びメチルクエン酸シンターゼから選択される1種またはそれ以上の酵素の活性を増強するのが好ましい。
【0029】
クエン酸シンターゼ遺伝子、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子、および/またはグルタミン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の発現が増大するように改変された腸内細菌科に属する株としては、EP1078989A、EP955368A、及びEP952221Aに開示されたものが挙げられる。また、エントナー・ドゥドロフ経路の遺伝子(edd, eda)の発現が増大するように改変された腸内細菌科に属する株としては、EP1352966Bに開示されたものが挙げられる。
【0030】
また、L-グルタミン酸生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-グルタミン酸の生合成経路から分岐してL-グルタミン酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が低下するように細菌を改変する方法も挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、イソクエン酸リアーゼ(aceA)、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ(sucA)、アセト乳酸シンターゼ(ilvI)、ギ酸アセチルトランスフェラーゼ(pfl)、乳酸デヒドロゲナーゼ(ldh)、アルコールデヒドロゲナーゼ(adh)、グルタミン酸デカルボキシラーゼ(gadAB)、コハク酸デヒドロゲナーゼ(sdhABCD)が挙げられる。これらの酵素の中では、例えば、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性を低下又は欠損させることが好ましい。
【0031】
α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下または欠損したエシェリヒア属細菌、及びそれらの取得方法は、米国特許第5,378,616号及び米国特許第5,573,945号に記載されている。また、パントエア属細菌、エンテロバクター属細菌、クレブシエラ属細菌、エルビニア属細菌等の腸内細菌においてα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性を低下または欠損させる方法は、米国特許第6,197,559号、米国特許第6,682,912号、米国特許第6,331,419号、米国特許第8,129,151号、及びWO2008/075483に開示されている。α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下または欠損したエシェリヒア属細菌として、具体的には、例えば、下記の株が挙げられる。
E. coli W3110sucA::Kmr
E. coli AJ12624(FERM BP-3853)
E. coli AJ12628(FERM BP-3854)
E. coli AJ12949(FERM BP-4881)
【0032】
E. coli W3110sucA::Kmrは、E. coli W3110のα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼをコードするsucA遺伝子を破壊することにより得られた株である。この株は、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性を完全に欠損している。
【0033】
また、L-グルタミン酸生産菌又はそれを誘導するための親株としては、Pantoea anan
atis AJ13355株(FERM BP-6614)、Pantoea ananatis SC17株(FERM BP-11091)、Pantoea ananatis SC17(0)株(VKPM B-9246)等のパントエア属細菌も挙げられる。AJ13355株は、静岡県磐田市の土壌から、低pHでL-グルタミン酸及び炭素源を含む培地で増殖できる株として分離された株である。SC17株は、AJ13355株から、粘液質低生産変異株として選択された株である(米国特許第6,596,517号)。SC17株は、2009年2月4日に、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(現、独立行政法人製品評価技術基盤機構
特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に寄託され、受託番号FERM BP-11091が付与されている。AJ13355株は、1998年2月19日に、工業技術院生命工学工業技術研究所(現、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に、受託番号FERM P-16644として寄託され、1999年1月11日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-6614が付与されている。
【0034】
また、L-グルタミン酸生産菌又はそれを誘導するための親株としては、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下または欠損したパントエア属細菌も挙げられる。そのような株としては、AJ13355株のα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼのE1サブユニット遺伝子(sucA)欠損株であるAJ13356株(米国特許第6,331,419号)、及びSC17株のsucA遺伝子欠損株であるSC17sucA株(米国特許第6,596,517号)が挙げられる。AJ13356株は、1998年2月19日に、工業技術院生命工学工業技術研究所(現、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM P-16645として寄託され、1999年1月11日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-6616が付与されている。また、SC17sucA株は、ブライベートナンバーAJ417が付与され、2004年2月26日に独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(現、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM BP-8646として寄託されている。
【0035】
尚、AJ13355株は、分離された当時はEnterobacter agglomeransと同定されたが、近年、16S rRNAの塩基配列解析などにより、Pantoea ananatisに再分類されている。よって、AJ13355株及びAJ13356株は、上記寄託機関にEnterobacter agglomeransとして寄託されているが、本明細書ではPantoea ananatisとして記載する。
【0036】
また、L-グルタミン酸生産菌又はそれを誘導するための親株としては、Pantoea ananatis SC17sucA/RSFCPG+pSTVCB株、Pantoea ananatis AJ13601株、Pantoea ananatis NP106株、及びPantoea ananatis NA1株等のパントエア属細菌も挙げられる。SC17sucA/RSFCPG+pSTVCB株は、SC17sucA株に、エシェリヒア・コリ由来のクエン酸シンターゼ遺伝子(gltA)、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子(ppc)、およびグルタミン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(gdhA)を含むプラスミドRSFCPG、並びに、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム由来のクエン酸シンターゼ遺伝子(gltA)を含むプラスミドpSTVCBを導入して得られた株である。AJ13601株は、このSC17sucA/RSFCPG+pSTVCB株から低pH下で高濃度のL-グルタミン酸に耐性を示す株として選択された株である。また、NP106株は、AJ13601株からプラスミドRSFCPG+pSTVCBを脱落させた株である。また、NA1株は、NP106株にプラスミドRSFPPGを導入して得られた株である(WO2010/027045)。プラスミドRSFPPGは、プラスミドRSFCPGのgltA遺伝子がメチルクエン酸シンターゼ遺伝子(prpC)に置換された構造を有し、すなわちprpC遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子を含む(WO2008/020654)。AJ13601株は、1999年8月18日に、工業技術院生命工学工業技術研究所(現、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM P-17516として寄託され、2000年7月6日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-7207が付与されている。
【0037】
また、L-グルタミン酸生産菌又はそれを誘導するための親株としては、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ(sucA)活性およびコハク酸デヒドロゲナーゼ(sdh)活性の両方が低下または欠損した株も挙げられる(特開2010-041920)。そのような株として、具体的には、例えば、Pantoea ananatis NA1株のsucAsdhA二重欠損株が挙げられる(特開2010-041920)。
【0038】
また、L-グルタミン酸生産菌又はそれを誘導するための親株としては、栄養要求性変異株も挙げられる。栄養要求性変異株として、具体的には、例えば、E. coli VL334thrC+(VKPM B-8961;EP1172433)が挙げられる。E. coli VL334(VKPM B-1641)は、thrC遺伝子及びilvA遺伝子に変異を有するL-イソロイシン及びL-スレオニン要求性株である(米国特許第4,278,765号)。E. coli VL334thrC+は、thrC遺伝子の野生型アレルをVL334に導入することにより得られた、L-イソロイシン要求性のL-グルタミン酸生産菌である。thrC遺伝子の野生型アレルは、野生型E. coli K-12株(VKPM B-7)の細胞で増殖したバクテリオファージP1を用いる一般的形質導入法により導入された。
【0039】
また、L-グルタミン酸生産菌又はそれを誘導するための親株としては、アスパラギン酸アナログに耐性を有する株も挙げられる。これらの株は、例えば、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性を欠損していてもよい。アスパラギン酸アナログに耐性を有し、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性を欠損した株として、具体的には、例えば、E. coli AJ13199(FERM BP-5807;米国特許第5,908,768号)、さらにL-グルタミン酸分解能が低下したE. coli FERM P-12379(米国特許第5,393,671号)、E. coli AJ13138(FERM BP-5565;米国特許第6,110,714号)が挙げられる。
【0040】
また、L-グルタミン酸生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、yhfK遺伝子(WO2005/085419)やybjL遺伝子(WO2008/133161)等のL-グルタミン酸排出遺伝子の発現を増強することも挙げられる。
【0041】
なお、L-グルタミン酸の生産能を付与又は増強する方法は、L-グルタミン酸を中間体として生合成されるL-アミノ酸(例えば、L-グルタミン、L-プロリン、L-アルギニン、L-シトルリン、L-オルニチン)の生産能を付与又は増強するためにも有効であり得る。すなわち、これらL-グルタミン酸を中間体として生合成されるL-アミノ酸の生産能を有する細菌は、上記のようなL-グルタミン酸生産菌が有する性質を適宜有していてよい。例えば、これらL-グルタミン酸を中間体として生合成されるL-アミノ酸の生産能を有する細菌は、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼおよび/またはコハク酸デヒドロゲナーゼの活性が低下するように改変されていてもよい。
【0042】
<L-グルタミン生産菌>
L-グルタミン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-グルタミン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(gdhA)やグルタミンシンセターゼ(glnA)が挙げられる。なお、グルタミンシンセターゼの活性は、グルタミンアデニリルトランスフェラーゼ遺伝子(glnE)の破壊やPII制御タンパク質遺伝子(glnB)の破壊によって増強してもよい(EP1229121)。
【0043】
また、L-グルタミン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-グルタミンの生合成経路から分岐してL-グルタミン以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が低下するように細菌を改変する方法も挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、グルタミナーゼが挙
げられる。
【0044】
L-グルタミン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、グルタミンシンセターゼの397位のチロシン残基が他のアミノ酸残基に置換された変異型グルタミンシンセターゼを有するエシェリヒア属に属する株が挙げられる(US2003-0148474A)。
【0045】
<L-プロリン生産菌>
L-プロリン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-プロリン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、グルタミン酸-5-キナーゼ(proB)、γ‐グルタミル-リン酸レダクターゼ、ピロリン-5-カルボキシレートレダクターゼ(putA)が挙げられる。酵素活性の増強には、例えば、L-プロリンによるフィードバック阻害が解除されたグルタミン酸-5-キナーゼをコードするproB遺伝子(ドイツ特許第3127361号)が好適に利用できる。
【0046】
また、L-プロリン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-プロリン分解に関与する酵素の活性が低下するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、プロリンデヒドロゲナーゼやオルニチンアミノトランスフェラーゼが挙げられる。
【0047】
L-プロリン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、E. coli NRRL B-12403及びNRRL B-12404(英国特許第2075056号)、E. coli VKPM B-8012(ロシア特許出願第2000124295号)、ドイツ特許第3127361号に記載のE. coliプラスミド変異体、Bloom F.R. et al(The 15th Miami winter symposium, 1983, p.34)に記載のE. coliプラスミド変異体、3,4-デヒドロキシプロリンおよびアザチジン-2-カルボキシレートに耐性のE. coli 702株(VKPM B-8011)、702株のilvA遺伝子欠損株であるE. coli
702ilvA株(VKPM B-8012;EP1172433)が挙げられる。
【0048】
<L-スレオニン生産菌>
L-スレオニン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-スレオニン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、アスパルトキナーゼIII(lysC)、アスパラギン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ(asd)、アスパルトキナーゼI(thrA)、ホモセリンキナーゼ(homoserine kinase)(thrB)、スレオニンシンターゼ(threonine synthase)(thrC)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(アスパラギン酸トランスアミナーゼ)(aspC)が挙げられる。これらの酵素の中では、アスパルトキナーゼIII、アスパラギン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ、アスパルトキナーゼI、ホモセリンキナーゼ、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ、及びスレオニンシンターゼから選択される1種またはそれ以上の酵素の活性を増強するのが好ましい。L-スレオニン生合成系遺伝子は、スレオニン分解が抑制された株に導入してもよい。スレオニン分解が抑制された株としては、例えば、スレオニンデヒドロゲナーゼ活性が欠損したE. coli TDH6株(特開2001-346578)が挙げられる。
【0049】
L-スレオニン生合成系酵素の活性は、最終産物のL-スレオニンによって阻害される。従って、L-スレオニン生産菌を構築するためには、L-スレオニンによるフィードバック阻害を受けないようにL-スレオニン生合成系遺伝子を改変するのが好ましい。上記thrA、thrB、thrC遺伝子は、スレオニンオペロンを構成しており、スレオニンオペロンは、アテニュエーター構造を形成している。スレオニンオペロンの発現は、培養液中のイソロイシン、スレオニンに阻害を受け、アテニュエーションにより抑制される。スレオニン
オペロンの発現の増強は、アテニュエーション領域のリーダー配列あるいはアテニュエーターを除去することにより達成できる(Lynn, S. P., Burton, W. S., Donohue, T. J., Gould, R. M., Gumport, R. I., and Gardner, J. F. J. Mol. Biol. 194:59-69 (1987);
WO02/26993; WO2005/049808; WO2003/097839)。
【0050】
スレオニンオペロンの上流には固有のプロモーターが存在するが、同プロモーターを非天然のプロモーターに置換してもよい(WO98/04715)。また、スレオニン生合成関与遺伝子がラムダファ-ジのリプレッサーおよびプロモーターの制御下で発現するようにスレオニンオペロンを構築してもよい(EP0593792B)。また、L-スレオニンによるフィードバック阻害を受けないように改変された細菌は、L-スレオニンアナログであるα-amino-β-hydroxyvaleric acid(AHV)に耐性な菌株を選抜することによっても取得できる。
【0051】
このようにL-スレオニンによるフィードバック阻害を受けないように改変されたスレオニンオペロンは、コピー数の上昇により、あるいは強力なプロモーターに連結されることにより、宿主内での発現量が向上しているのが好ましい。コピー数の上昇は、スレオニンオペロンを含むプラスミドを宿主に導入することにより達成できる。また、コピー数の上昇は、トランスポゾン、Muファ-ジ等を利用して、宿主のゲノム上にスレオニンオペロンを転移させることによっても達成できる。
【0052】
また、L-スレオニン生産能を付与又は増強する方法としては、宿主にL-スレオニン耐性を付与する方法やL-ホモセリン耐性を付与する方法も挙げられる。耐性の付与は、例えば、L-スレオニンに耐性を付与する遺伝子、L-ホモセリンに耐性を付与する遺伝子の発現を強化することにより達成できる。耐性を付与する遺伝子としては、rhtA遺伝子(Res. Microbiol. 154:123-135 (2003))、rhtB遺伝子(EP0994190A)、rhtC遺伝子(EP1013765A)、yfiK遺伝子、yeaS遺伝子(EP1016710A)が挙げられる。また、宿主にL-スレオニン耐性を付与する方法は、EP0994190AやWO90/04636に記載の方法を参照できる。
【0053】
L-スレオニン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、E.
coli TDH-6/pVIC40(VKPM B-3996;米国特許第5,175,107号, 米国特許第5,705,371号)、E. coli 472T23/pYN7(ATCC 98081;米国特許第5,631,157号)、E. coli NRRL B-21593(米国特許第5,939,307号)、E. coli FERM BP-3756(米国特許第5,474,918号)、E. coli FERM BP-3519及びFERM BP-3520(米国特許第5,376,538号)、E. coli MG442(Gusyatiner et al., Genetika (in Russian), 14, 947-956 (1978))、E. coli VL643及びVL2055(EP1149911A)、ならびにE. coli VKPM B-5318(EP0593792B)が挙げられる。
【0054】
VKPM B-3996株は、TDH-6株に、プラスミドpVIC40を導入した株である。TDH-6株は、スクロース資化性であり、thrC遺伝子を欠損し、ilvA遺伝子にリーキー(leaky)変異を有する。また、TDH-6株は、rhtA遺伝子に、高濃度のスレオニンまたはホモセリンに対する耐性を付与する変異を有する。プラスミドpVIC40は、RSF1010由来ベクターに、スレオニンによるフィードバック阻害に耐性のアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードする変異型thrA遺伝子と野生型thrBC遺伝子を含むthrA*BCオペロンが挿入されたプラスミドである(米国特許第5,705,371号)。この変異型thrA遺伝子は、スレオニンによるフィードバック阻害が実質的に解除されたアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードする。B-3996株は、1987年11月19日、オールユニオン・サイエンティフィック・センター・オブ・アンチビオティクス(Nagatinskaya Street 3-A, 117105 Moscow, Russia)に、受託番号RIA 1867で寄託されている。この株は、また、1987年4月7日、ルシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオルガニズムズ(VKPM)(FGUP GosNII Genetika, 1 Dorozhny proezd., 1 Moscow 117545, Russia)に、受託番号VKPM B-3996で寄託されている。
【0055】
VKPM B-5318株は、イソロイシン非要求性であり、プラスミドpVIC40中のスレオニンオペロンの制御領域を温度感受性ラムダファージC1リプレッサー及びPRプロモーターにより置換したプラスミドpPRT614を保持する。VKPM B-5318は、1990年5月3日、ルシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオルガニズムズ(VKPM)(FGUP GosNII Genetika, 1 Dorozhny proezd., 1 Moscow 117545, Russia)に、受託番号VKPM B-5318で国際寄託されている。
【0056】
E. coliのアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードするthrA遺伝子は明らかにされている(ヌクレオチド番号337~2799, GenBank accession NC_000913.2, gi: 49175990)。thrA遺伝子は、E. coli K-12の染色体において、thrL遺伝子とthrB遺伝子との間に位置する。Escherichia coliのホモセリンキナーゼをコードするthrB遺伝子は明らかにされている(ヌクレオチド番号2801~3733, GenBank accession NC_000913.2, gi: 49175990)。thrB遺伝子は、E. coli K-12の染色体において、thrA遺伝子とthrC遺伝子との間に位置する。E. coliのスレオニンシンターゼをコードするthrC遺伝子は明らかにされている(ヌクレオチド番号3734~5020, GenBank accession NC_000913.2, gi: 49175990)。thrC遺伝子は、E. coli K-12の染色体において、thrB遺伝子とyaaXオープンリーディングフレームとの間に位置する。また、スレオニンによるフィードバック阻害に耐性のアスパルトキナーゼホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードする変異型thrA遺伝子と野生型thrBC遺伝子を含むthrA*BCオペロンは、スレオニン生産株E. coli VKPM B-3996に存在する周知のプラスミドpVIC40(米国特許第5,705,371号)から取得できる。
【0057】
E. coliのrhtA遺伝子は、グルタミン輸送系の要素をコードするglnHPQ オペロンに近いE. coli染色体の18分に存在する。rhtA遺伝子は、ORF1(ybiF遺伝子, ヌクレオチド番号764~1651, GenBank accession number AAA218541, gi:440181)と同一であり、pexB遺伝子とompX遺伝子との間に位置する。ORF1によりコードされるタンパク質を発現するユニットは、rhtA遺伝子と呼ばれている(rht: resistant to homoserine and threonine(ホモセリン及びスレオニンに耐性))。また、高濃度のスレオニン又はホモセリンへの耐性を付与するrhtA23変異が、ATG開始コドンに対して-1位のG→A置換であることが判明している(ABSTRACTS of the 17th International Congress of Biochemistry and Molecular Biology in conjugation with Annual Meeting of the American Society for Biochemistry and Molecular Biology, San Francisco, California August 24-29, 1997, abstract
No. 457, EP1013765A)。
【0058】
E. coliのasd遺伝子は既に明らかにされており(ヌクレオチド番号3572511~3571408, GenBank accession NC_000913.1, gi:16131307)、その遺伝子の塩基配列に基づいて作製されたプライマーを用いるPCRにより取得できる(White, T.J. et al., Trends Genet., 5, 185-189 (1989))。他の微生物のasd遺伝子も同様に得ることができる。
【0059】
また、E. coliのaspC遺伝子も既に明らかにされており(ヌクレオチド番号983742~984932, GenBank accession NC_000913.1, gi:16128895)、その遺伝子の塩基配列に基づいて作製されたプライマーを用いるPCRにより得ることができる。他の微生物のaspC遺伝子も同様に得ることができる。
【0060】
<L-リジン生産菌>
L-リジン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-リジン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、ジヒドロジピコリン酸シンターゼ(dihydrodipicolinate synthase)(dapA)、アスパルトキナーゼIII(aspartokinase III)(lysC)、ジヒドロジピコリン酸レダクターゼ(dihydrodipicolinate reductase)(dapB)、ジアミノピメリン酸デカルボキシラーゼ(diaminopimelate decar
boxylase)(lysA)、ジアミノピメリン酸デヒドロゲナーゼ(diaminopimelate dehydrogenase)(ddh)(米国特許第6,040,160号)、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(phosphoenolpyruvate carboxylase)(ppc)、アスパラギン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ(aspartate semialdehyde dehydrogenase)(asd)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(aspartate aminotransferase)(アスパラギン酸トランスアミナーゼ(aspartate transaminase))(aspC)、ジアミノピメリン酸エピメラーゼ(diaminopimelate epimerase)(dapF)、テトラヒドロジピコリン酸スクシニラーゼ(tetrahydrodipicolinate succinylase)(dapD)、スクシニルジアミノピメリン酸デアシラーゼ(succinyl-diaminopimelate deacylase)(dapE)、及びアスパルターゼ(aspartase)(aspA)(EP 1253195 A)が挙げられる。これらの酵素の中では、例えば、ジヒドロジピコリン酸レダクターゼ、ジアミノピメリン酸デカルボキシラーゼ、ジアミノピメリン酸デヒドロゲナーゼ、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ、ジアミノピメリン酸エピメラーゼ、アスパラギン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ、テトラヒドロジピコリン酸スクシニラーゼ、及びスクシニルジアミノピメリン酸デアシラーゼから選択される1種またはそれ以上の酵素の活性を増強するのが好ましい。また、L-リジン生産菌又はそれを誘導するための親株では、エネルギー効率に関与する遺伝子(cyo)(EP 1170376 A)、ニコチンアミドヌクレオチドトランスヒドロゲナーゼ(nicotinamide nucleotide transhydrogenase)をコードする遺伝子(pntAB)(米国特許第5,830,716号)、ybjE遺伝子(WO2005/073390)、またはこれらの組み合わせの発現レベルが増大していてもよい。アスパルトキナーゼIII(lysC)はL-リジンによるフィードバック阻害を受けるので、同酵素の活性を増強するには、L-リジンによるフィードバック阻害が解除されたアスパルトキナーゼIIIをコードする変異型lysC遺伝子を利用してもよい(米国特許第5,932,453号)。L-リジンによるフィードバック阻害が解除されたアスパルトキナーゼIIIとしては、318位のメチオニン残基がイソロイシン残基に置換される変異、323位のグリシン残基がアスパラギン酸残基に置換される変異、352位のスレオニン残基がイソロイシン残基に置換される変異の1またはそれ以上の変異を有するエシェリヒア・コリ由来のアスパルトキナーゼIIIが挙げられる(米国特許第5,661,012号、米国特許第6,040,160号)。また、ジヒドロジピコリン酸合成酵素(dapA)はL-リジンによるフィードバック阻害を受けるので、同酵素の活性を増強するには、L-リジンによるフィードバック阻害が解除されたジヒドロジピコリン酸合成酵素をコードする変異型dapA遺伝子を利用してもよい。L-リジンによるフィードバック阻害が解除されたジヒドロジピコリン酸合成酵素としては、118位のヒスチジン残基がチロシン残基に置換される変異を有するエシェリヒア・コリ由来のジヒドロジピコリン酸合成酵素が挙げられる(米国特許第6,040,160号)。
【0061】
また、L-リジン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-リジンの生合成経路から分岐してL-リジン以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が低下するように細菌を改変する方法も挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、ホモセリンデヒドロゲナーゼ(homoserine dehydrogenase)、リジンデカルボキシラーゼ(lysine decarboxylase)(米国特許第5,827,698号)、及びリンゴ酸酵素(malic enzyme)(WO2005/010175)が挙げられる。
【0062】
また、L-リジン生産菌又はそれを誘導するための親株としては、L-リジンアナログに耐性を有する変異株が挙げられる。L-リジンアナログは腸内細菌科の細菌やコリネ型細菌等の細菌の生育を阻害するが、この阻害は、L-リジンが培地に共存するときには完全にまたは部分的に解除される。L-リジンアナログとしては、特に制限されないが、オキサリジン、リジンヒドロキサメート、S-(2-アミノエチル)-L-システイン(AEC)、γ-メチルリジン、α-クロロカプロラクタムが挙げられる。これらのリジンアナログに対して耐性を有する変異株は、細菌を通常の人工変異処理に付すことによって得る
ことができる。
【0063】
L-リジン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、E. coli AJ11442(FERM BP-1543, NRRL B-12185;米国特許第4,346,170号)及びE. coli VL611が挙げられる。これらの株では、アスパルトキナーゼのL-リジンによるフィードバック阻害が解除されている。
【0064】
L-リジン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、E. coli WC196株も挙げられる。WC196株は、E. coli K-12に由来するW3110株にAEC耐性を付与することにより育種された(米国特許第5,827,698号)。WC196株は、E. coli AJ13069と命名され、1994年12月6日に、工業技術院生命工学工業技術研究所(現、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM P-14690として寄託され、1995年9月29日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-5252が付与されている(米国特許第5,827,698号)。
【0065】
好ましいL-リジン生産菌として、E. coli WC196ΔcadAΔldcやE. coli WC196ΔcadAΔldc/pCABD2が挙げられる(WO2010/061890)。WC196ΔcadAΔldcは、WC196株より、リジンデカルボキシラーゼをコードするcadA及びldcC遺伝子を破壊することにより構築した株である。WC196ΔcadAΔldc/pCABD2は、WC196ΔcadAΔldcに、リジン生合成系遺伝子を含むプラスミドpCABD2(米国特許第6,040,160号)を導入することにより構築した株である。WC196ΔcadAΔldcは、AJ110692と命名され、2008年10月7日に、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(現、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM BP-11027として国際寄託された。pCABD2は、L-リジンによるフィードバック阻害が解除される変異(H118Y)を有するエシェリヒア・コリ由来のジヒドロジピコリン酸合成酵素(DDPS)をコードする変異型dapA遺伝子と、L-リジンによるフィードバック阻害が解除される変異(T352I)を有するエシェリヒア・コリ由来のアスパルトキナーゼIIIをコードする変異型lysC遺伝子と、エシェリヒア・コリ由来のジヒドロジピコリン酸レダクターゼをコードするdapB遺伝子と、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム由来ジアミノピメリン酸デヒドロゲナーゼをコードするddh遺伝子を含んでいる。
【0066】
好ましいL-リジン生産菌として、E. coli AJIK01株(NITE BP-01520)も挙げられる。AJIK01株は、E. coli AJ111046と命名され、2013年1月29日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(郵便番号:292-0818、住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に寄託され、2014年5月15日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号NITE BP-01520が付与されている。
【0067】
<L-アルギニン生産菌>
L-アルギニン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-アルギニン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、N-アセチルグルタミン酸シンターゼ(argA)、N-アセチルグルタミン酸キナーゼ(argB)、N-アセチルグルタミルリン酸レダクターゼ(argC)、アセチルオルニチントランスアミナーゼ(argD)、アセチルオルニチンデアセチラーゼ(argE)、オルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(argF, argI)、アルギニノコハク酸シンターゼ(argG)、アルギニノコハク酸リアーゼ(argH)、オルニチンアセチルトランスフェラーゼ(argJ)、カルバモイルリン酸シンターゼ(carAB)が挙げられる。N-アセチルグルタミン酸シンターゼ(argA)遺伝子としては、例えば、野生型の15位~19位に相当するアミノ酸残基が置換さ
れ、L-アルギニンによるフィードバック阻害が解除された変異型N-アセチルグルタミン酸シンターゼをコードする遺伝子を用いると好適である(EP1170361A)。
【0068】
L-アルギニン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、E.
coli 237株(VKPM B-7925;US2002-058315A1)、変異型N-アセチルグルタミン酸シンターゼをコードするargA遺伝子が導入されたその誘導株(ロシア特許出願第2001112869号, EP1170361A1)、237株由来の酢酸資化能が向上した株であるE. coli 382株(VKPM B-7926;EP1170358A1)、及び382株にE. coli K-12株由来の野生型ilvA遺伝子が導入された株であるE. coli 382ilvA+株が挙げられる。E. coli 237株は、2000年4月10日にルシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオルガニズムズ(VKPM)(FGUP GosNII Genetika, 1 Dorozhny proezd., 1 Moscow 117545, Russia)にVKPM B-7925の受託番号で寄託され、2001年5月18日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管された。E. coli 382株は、2000年4月10日にルシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオルガニズムズ(VKPM)(FGUP GosNII Genetika, 1 Dorozhny
proezd., 1 Moscow 117545, Russia)にVKPM B-7926の受託番号で寄託されている。
【0069】
また、L-アルギニン生産菌又はそれを誘導するための親株としては、アミノ酸アナログ等への耐性を有する株も挙げられる。そのような株としては、例えば、α-メチルメチオニン、p-フルオロフェニルアラニン、D-アルギニン、アルギニンヒドロキサム酸、S-(2-アミノエチル)-システイン、α-メチルセリン、β-2-チエニルアラニン、またはスルファグアニジンに耐性を有するE. coli変異株(特開昭56-106598)が挙げられる。
【0070】
<L-シトルリン生産菌およびL-オルニチン生産菌>
L-シトルリンおよびL-オルニチンは、L-アルギニン生合成経路における中間体である。よって、L-シトルリンおよび/またはL-オルニチンの生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-アルギニン生合成系酵素から選択される1またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、L-シトルリンについて、N-アセチルグルタミン酸シンターゼ(argA)、N-アセチルグルタミン酸キナーゼ(argB)、N-アセチルグルタミルリン酸レダクターゼ(argC)、アセチルオルニチントランスアミナーゼ(argD)、アセチルオルニチンデアセチラーゼ(argE)、オルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(argF, argI)、オルニチンアセチルトランスフェラーゼ(argJ)、カルバモイルリン酸シンターゼ(carAB)が挙げられる。また、そのような酵素としては、特に制限されないが、L-オルニチンについて、N-アセチルグルタミン酸シンターゼ(argA)、N-アセチルグルタミン酸キナーゼ(argB)、N-アセチルグルタミルリン酸レダクターゼ(argC)、アセチルオルニチントランスアミナーゼ(argD)、アセチルオルニチンデアセチラーゼ(argE)、オルニチンアセチルトランスフェラーゼ(argJ)が挙げられる。
【0071】
また、L-シトルリン生産菌は、例えば、任意のL-アルギニン生産菌(E. coli 382株(VKPM B-7926)等)から、argG遺伝子にコードされるアルギニノコハク酸シンターゼの活性を低下させることにより容易に得ることができる。また、L-オルニチン生産菌は、例えば、任意のL-アルギニン生産菌(E. coli 382株(VKPM B-7926)等)から、argF及びargI両遺伝子によりコードされるオルニチンカルバモイルトランスフェラーゼの活性を低下させることにより容易に得ることができる。
【0072】
L-シトルリン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、変異型N-アセチルグルタミン酸シンターゼを保持するE. coli 237/pMADS11株、237/pMADS12株、及び237/pMADS13株(ロシア特許第2215783号, 米国特許第6,790,647号, EP1170361B1)、フィードバック阻害に耐性のカルバモイルリン酸シンセターゼを保持するE. coli
333株(VKPM B-8084)及び374株(VKPM B-8086)(ロシア特許第2264459号)、α-ケトグルタル酸シンターゼの活性が増大し、且つフェレドキシンNADP+レダクターゼ、ピルビン酸シンターゼ、及び/又はα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼの活性がさらに改変されたE. coli株(EP2133417A1)等のエシェリヒア属に属する株が挙げられる。L-シトルリン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、コハク酸デヒドロゲナーゼ及びα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼの活性が低下したP. ananatis NA1sucAsdhA株(US2009-286290A1)も挙げられる。
【0073】
<L-ヒスチジン生産菌>
L-ヒスチジン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-ヒスチジン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、ATPホスホリボシルトランスフェラーゼ(hisG)、ホスホリボシル-AMPサイクロヒドロラーゼ(hisI)、ホスホリボシル-ATPピロホスホヒドロラーゼ(hisI)、ホスホリボシルフォルミミノ-5-アミノイミダゾールカルボキサミドリボタイドイソメラーゼ(hisA)、アミドトランスフェラーゼ(hisH)、ヒスチジノールフォスフェイトアミノトランスフェラーゼ(hisC)、ヒスチジノールフォスファターゼ(hisB)、ヒスチジノールデヒドロゲナーゼ(hisD)が挙げられる。
【0074】
これらの内、hisG及びhisBHAFIにコードされるL-ヒスチジン生合成系酵素は、L-ヒスチジンにより阻害されることが知られている。従って、L-ヒスチジン生産能は、例えば、ATPホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子(hisG)にフィードバック阻害への耐性を付与する変異を導入することにより、付与又は増強することができる(ロシア特許第2003677号及びロシア特許第2119536号)。
【0075】
L-ヒスチジン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、E.
coli 24株(VKPM B-5945;RU2003677)、E. coli NRRL B-12116~B-12121(米国特許第4,388,405号)、E. coli H-9342(FERM BP-6675)及びH-9343(FERM BP-6676)(米国特許第6,344,347号)、E. coli H-9341(FERM BP-6674;EP1085087)、E. coli AI80/pFM201(米国特許第6,258,554号)、L-ヒスチジン生合成系酵素をコードするDNAを保持するベクターを導入したE. coli FERM P-5038及びFERM P-5048(特開昭56-005099号)、アミノ酸輸送の遺伝子を導入したE. coli株(EP1016710A)、スルファグアニジン、DL-1,2,4-トリアゾール-3-アラニン、及びストレプトマイシンに対する耐性を付与したE. coli 80株(VKPM B-7270;ロシア特許第2119536号)等のエシェリヒア属に属する株が挙げられる。
【0076】
<L-システイン生産菌>
L-システイン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-システイン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、セリンアセチルトランスフェラーゼ(cysE)や3-ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ(serA)が挙げられる。セリンアセチルトランスフェラーゼ活性は、例えば、システインによるフィードバック阻害に耐性の変異型セリンアセチルトランスフェラーゼをコードする変異型cysE遺伝子を細菌に導入することにより増強できる。変異型セリンアセチルトランスフェラーゼは、例えば、特開平11-155571やUS2005-0112731Aに開示されている。また、3-ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ活性は、例えば、セリンによるフィードバック阻害に耐性の変異型3-ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼをコードする変異型serA遺伝子を細菌に導入することにより増強できる。変異型3-ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼは、例えば、米国特許第6,180,373号に開示されている。
【0077】
また、L-システイン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-システインの生合成経路から分岐してL-システイン以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が低下するように細菌を改変する方法も挙げられる。そのような酵素としては、例えば、L-システインの分解に関与する酵素が挙げられる。L-システインの分解に関与する酵素としては、特に制限されないが、シスタチオニン-β-リアーゼ(metC)(特開平11-155571号、Chandra et. al., Biochemistry, 21 (1982) 3064-3069))、トリプトファナーゼ(tnaA)(特開2003-169668、Austin Newton et. al., J. Biol. Chem. 240 (1965) 1211-1218)、O-アセチルセリンスルフヒドリラーゼB(cysM)(特開2005-245311)、malY遺伝子産物(特開2005-245311)、Pantoea ananatisのd0191遺伝子産物(特開2009-232844)、システインデスルフヒドラーゼ(aecD)(特開2002-233384)が挙げられる。
【0078】
また、L-システイン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-システイン排出系を増強することや硫酸塩/チオ硫酸塩輸送系を増強することも挙げられる。L-システイン排出系のタンパク質としては、ydeD遺伝子にコードされるタンパク質(特開2002-233384)、yfiK遺伝子にコードされるタンパク質(特開2004-49237)、emrAB、emrKY、yojIH、acrEF、bcr、およびcusAの各遺伝子にコードされる各タンパク質(特開2005-287333)、yeaS遺伝子にコードされるタンパク質(特開2010-187552)が挙げられる。硫酸塩/チオ硫酸塩輸送系のタンパク質としては、cysPTWAM遺伝子クラスターにコードされるタンパク質が挙げられる。
【0079】
L-システイン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、フィードバック阻害耐性の変異型セリンアセチルトランスフェラーゼをコードする種々のcysEアレルで形質転換されたE. coli JM15(米国特許第6,218,168号, ロシア特許出願第2003121601号)、細胞に毒性の物質を排出するのに適したタンパク質をコードする過剰発現遺伝子を有するE. coli W3110(米国特許第5,972,663号)、システインデスルフヒドラーゼ活性が低下したE. coli株(特開平11-155571)、cysB遺伝子によりコードされる正のシステインレギュロンの転写制御因子の活性が上昇したE. coli W3110(WO01/27307A1)が挙げられる。
【0080】
<L-メチオニン生産菌>
L-メチオニン生産菌又はそれを誘導するための親株としては、L-スレオニン要求株や、ノルロイシンに耐性を有する変異株が挙げられる(特開2000-139471)。また、L-メチオニン生産菌又はそれを誘導するための親株としては、L-メチオニンによるフィードバック阻害に対して耐性をもつ変異型ホモセリントランスサクシニラーゼを保持する株も挙げられる(特開2000-139471、US2009-0029424A)。なお、L-メチオニンはL-システインを中間体として生合成されるため、L-システインの生産能の向上によりL-メチオニンの生産能も向上させることができる(特開2000-139471、US2008-0311632A)。
【0081】
L-メチオニン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、E.
coli AJ11539(NRRL B-12399)、E. coli AJ11540(NRRL B-12400)、E. coli AJ11541(NRRL B-12401)、E. coli AJ11542(NRRL B-12402)(英国特許第2075055号)、L-メチオニンのアナログであるノルロイシン耐性を有するE. coli 218株(VKPM B-8125;ロシア特許第2209248号)や73株(VKPM B-8126;ロシア特許第2215782号)、E. coli AJ13425(FERM P-16808;特開2000-139471)が挙げられる。AJ13425株は、メチオニンリプレッサーを欠損し、細胞内のS-アデノシルメチオニンシンセターゼ活性が弱化し、細胞内のホモセリントランスサクシニラーゼ活性、シスタチオニンγ-シンターゼ活性、及びアスパルトキナーゼ-ホモセリンデヒドロゲナーゼII活性が増強された、E. coli W3110由来のL-スレオニン要求株である。
【0082】
<L-ロイシン生産菌>
L-ロイシン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-ロイシン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、leuABCDオペロンの遺伝子にコードされる酵素が挙げられる。また、酵素活性の増強には、例えば、L-ロイシンによるフィードバック阻害が解除されたイソプロピルマレートシンターゼをコードする変異leuA遺伝子(米国特許第6,403,342号)が好適に利用できる。
【0083】
L-ロイシン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、ロイシン耐性のE. coli株(例えば、57株(VKPM B-7386;米国特許第6,124,121号))、β-2-チエニルアラニン、3-ヒドロキシロイシン、4-アザロイシン、5,5,5-トリフルオロロイシン等のロイシンアナログに耐性のE. coli株(特公昭62-34397及び特開平8-70879)、WO96/06926に記載された遺伝子工学的方法で得られたE. coli株、E. coli H-9068(特開平8-70879)等のエシェリヒア属に属する株が挙げられる。
【0084】
<L-イソロイシン生産菌>
L-イソロイシン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-イソロイシン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、スレオニンデアミナーゼやアセトヒドロキシ酸シンターゼが挙げられる(特開平2-458, EP0356739A, 米国特許第5,998,178号)。
【0085】
L-イソロイシン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、6-ジメチルアミノプリンに耐性を有する変異株(特開平5-304969)、チアイソロイシン、イソロイシンヒドロキサメート等のイソロイシンアナログに耐性を有する変異株、イソロイシンアナログに加えてDL-エチオニン及び/またはアルギニンヒドロキサメートに耐性を有する変異株(特開平5-130882号)等のエシェリヒア属細菌が挙げられる。
【0086】
<L-バリン生産菌>
L-バリン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-バリン生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、ilvGMEDAオペロンのilvGMED遺伝子やilvBNCオペロンの遺伝子にコードされる酵素が挙げられる。ilvGMはアセトヒドロキシ酸シンターゼのアイソザイムII(AHAS II)を、ilvEはトランスアミナーゼを、ilvDはジヒドロキシ酸デヒドラターゼを、それぞれコードする。ilvBNはアセトヒドロキシ酸シンターゼのアイソザイムI(AHAS I)を、ilvCはイソメロリダクターゼ(WO00/50624)を、それぞれコードする。なお、ilvGMEDAオペロンおよびilvBNCオペロンは、L-バリン、L-イソロイシン、および/またはL-ロイシンによる発現抑制(アテニュエーション)を受ける。よって、酵素活性の増強のためには、アテニュエーションに必要な領域を除去または改変し、生成するL-バリンによる発現抑制を解除するのが好ましい。また、ilvA遺伝子がコードするスレオニンデアミナーゼは、L-イソロイシン生合成系の律速段階であるL-スレオニンから2-ケト酪酸への脱アミノ化反応を触媒する酵素である。よって、L-バリン生産にilvGMEDAオペロンを利用する場合には、機能するスレオニンデアミナーゼを発現しないようにilvA遺伝子を破壊または欠損して利用するのが好ましい。
【0087】
また、L-バリン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-バリンの生合成経路から分岐してL-バリン以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が低下するように細菌を改変する方法も挙げられる。そのような酵素としては、特に制限されないが、L-ロイシン合成に関与するスレ
オニンデアミナーゼ(ilvA)やD-パントテン酸合成に関与する酵素(panB, panC)が挙げられる(WO00/50624)。
【0088】
L-バリン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、ilvGMEDAオペロンを過剰発現するように改変されたE. coli株(米国特許第5,998,178号)が挙げられる。
【0089】
また、L-バリン生産菌又はそれを誘導するための親株としては、アミノアシルt-RNAシンテターゼに変異を有する株(米国特許第5,658,766号)も挙げられる。そのような株としては、例えば、イソロイシンtRNAシンテターゼをコードするileS遺伝子に変異を有するE. coli VL1970が挙げられる。E. coli VL1970は、1988年6月24日、ルシアン・ナショナル・コレクション・オブ・インダストリアル・マイクロオルガニズムズ(VKPM)(FGUP
GosNII Genetika, 1 Dorozhny proezd., 1 Moscow 117545, Russia)に、受託番号VKPM B-4411で寄託されている。また、L-バリン生産菌又はそれを誘導するための親株としては、生育にリポ酸を要求する、および/または、H+-ATPaseを欠失している変異株(WO96/06926)も挙げられる。
【0090】
<L-トリプトファン生産菌、L-フェニルアラニン生産菌、L-チロシン生産菌>
L-トリプトファン生産能、L-フェニルアラニン生産能、および/またはL-チロシン生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、L-トリプトファン、L-フェニルアラニン、および/またはL-チロシンの生合成系酵素から選択される1種またはそれ以上の酵素の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。
【0091】
これらの芳香族アミノ酸に共通する生合成系酵素としては、特に制限されないが、3-デオキシ-D-アラビノヘプツロン酸-7-リン酸シンターゼ(aroG)、3-デヒドロキネートシンターゼ(aroB)、シキミ酸デヒドロゲナーゼ(aroE)、シキミ酸キナーゼ(aroL)、5-エノール酸ピルビルシキミ酸3-リン酸シンターゼ(aroA)、コリスミ酸シンターゼ(aroC)が挙げられる(EP763127B)。これらの酵素をコードする遺伝子の発現はチロシンリプレッサー(tyrR)によって制御されており、tyrR遺伝子を欠損させることによって、これらの酵素の活性を増強してもよい(EP763127B)。
【0092】
L-トリプトファン生合成系酵素としては、特に制限されないが、アントラニル酸シンターゼ(trpE)、トリプトファンシンターゼ(trpAB)、及びホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼ(serA)が挙げられる。例えば、トリプトファンオペロンを含むDNAを導入することにより、L-トリプトファン生産能を付与又は増強できる。トリプトファンシンターゼは、それぞれtrpA及びtrpB遺伝子によりコードされるα及びβサブユニットからなる。アントラニル酸シンターゼはL-トリプトファンによるフィードバック阻害を受けるので、同酵素の活性を増強するには、フィードバック阻害を解除する変異を導入した同酵素をコードする遺伝子を利用してもよい。ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼはL-セリンによるフィードバック阻害を受けるので、同酵素の活性を増強するには、フィードバック阻害を解除する変異を導入した同酵素をコードする遺伝子を利用してもよい。さらに、マレートシンターゼ(aceB)、イソクエン酸リアーゼ(aceA)、およびイソクエン酸デヒドロゲナーゼキナーゼ/フォスファターゼ(aceK)からなるオペロン(aceオペロン)の発現を増大させることによりL-トリプトファン生産能を付与又は増強してもよい(WO2005/103275)。
【0093】
L-フェニルアラニン生合成系酵素としては、特に制限されないが、コリスミ酸ムターゼ及びプレフェン酸デヒドラターゼが挙げられる。コリスミ酸ムターゼ及びプレフェン酸デヒドラターゼは、2機能酵素としてpheA遺伝子によってコードされている。コリスミ酸ムターゼ-プレフェン酸デヒドラターゼはL-フェニルアラニンによるフィードバック阻
害を受けるので、同酵素の活性を増強するには、フィードバック阻害を解除する変異を導入した同酵素をコードする遺伝子を利用してもよい。
【0094】
L-チロシン生合成系酵素としては、特に制限されないが、コリスミ酸ムターゼ及びプレフェン酸デヒドロゲナーゼが挙げられる。コリスミ酸ムターゼ及びプレフェン酸デヒドロゲナーゼは、2機能酵素としてtyrA遺伝子によってコードされている。コリスミ酸ムターゼ-プレフェン酸デヒドロゲナーゼはL-チロシンによるフィードバック阻害を受けるので、同酵素の活性を増強するには、フィードバック阻害を解除する変異を導入した同酵素をコードする遺伝子を利用してもよい。
【0095】
L-トリプトファン、L-フェニルアラニン、および/またはL-チロシンの生産菌は、目的の芳香族アミノ酸以外の芳香族アミノ酸の生合成が低下するように改変されていてもよい。また、L-トリプトファン、L-フェニルアラニン、および/またはL-チロシンの生産菌は、副生物の取り込み系が増強されるように改変されていてもよい。副生物としては、目的の芳香族アミノ酸以外の芳香族アミノ酸が挙げられる。副生物の取り込み系をコードする遺伝子としては、例えば、L-トリプトファンの取り込み系をコードする遺伝子であるtnaBやmtr、L-フェニルアラニンの取り込み系をコードする遺伝子であるpheP、L-チロシンの取り込み系をコードする遺伝子であるtyrPが挙げられる(EP1484410)。
【0096】
L-トリプトファン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、部分的に不活化されたトリプトファニル-tRNAシンテターゼをコードする変異型trpS遺伝子を保持するE. coli JP4735/pMU3028(DSM10122)及びJP6015/pMU91(DSM10123)(米国特許第5,756,345号)、トリプトファンによるフィードバック阻害を受けないアントラニル酸シンターゼをコードするtrpEアレルを有するE. coli SV164、セリンによるフィードバック阻害を受けないホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼをコードするserAアレル及びトリプトファンによるフィードバック阻害を受けないアントラニル酸シンターゼをコードするtrpEアレルを有するE. coli SV164 (pGH5)(米国特許第6,180,373号)、トリプトファンによるフィードバック阻害を受けないアントラニル酸シンターゼをコードするtrpEアレルを含むトリプトファンオペロンが導入された株(特開昭57-71397, 特開昭62-244382, 米国特許第4,371,614号)、トリプトファナーゼが欠損したE. coli AGX17 (pGX44)(NRRL B-12263)及びAGX6(pGX50)aroP(NRRL B-12264)(米国特許第4,371,614号)、ホスホエノールピルビン酸生産能が増大したE. coli AGX17/pGX50,pACKG4-pps(WO9708333, 米国特許第6,319,696号)、yedA遺伝子またはyddG遺伝子にコードされるタンパク質の活性が増大したエシェリヒア属に属する株(US2003-0148473A1及びUS2003-0157667A1)が挙げられる。
【0097】
L-フェニルアラニン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、コリスミ酸ムターゼ-プレフェン酸デヒドロゲナーゼ及びチロシンリプレッサーを欠損したE. coli AJ12739(tyrA::Tn10, tyrR)(VKPM B-8197;WO03/044191)、フィードバック阻害が解除されたコリスミ酸ムターゼ-プレフェン酸デヒドラターゼをコードする変異型pheA34遺伝子を保持するE. coli HW1089(ATCC 55371;米国特許第5,354,672号)、E. coli MWEC101-b(KR8903681)、E. coli NRRL B-12141、NRRL B-12145、NRRL B-12146、NRRL B-12147(米国特許第4,407,952号)が挙げられる。また、L-フェニルアラニン生産菌又はそれを誘導するための親株として、具体的には、例えば、フィードバック阻害が解除されたコリスミ酸ムターゼ-プレフェン酸デヒドラターゼをコードする遺伝子を保持するE. coli K-12 <W3110 (tyrA)/pPHAB>(FERM BP-3566)、E. coli K-12 <W3110 (tyrA)/pPHAD>(FERM BP-12659)、E. coli K-12 <W3110 (tyrA)/pPHATerm>(FERM BP-12662)、E. coli K-12 AJ 12604 <W3110 (tyrA)/pBR-aroG4, pACMAB>(FERM BP-3579)も挙げられる(EP488424B1)。また、L-フェニルアラニン生産菌又はそれを誘導す
るための親株として、具体的には、例えば、yedA遺伝子またはyddG遺伝子にコードされるタンパク質の活性が増大したエシェリヒア属に属する株も挙げられる(US2003-0148473A,
US2003-0157667A, WO03/044192)。
【0098】
また、L-アミノ酸生産能を付与又は増強する方法としては、例えば、細菌の細胞からL-アミノ酸を排出する活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。L-アミノ酸を排出する活性は、例えば、L-アミノ酸を排出するタンパク質をコードする遺伝子の発現を上昇させることにより、増大させることができる。各種アミノ酸を排出するタンパク質をコードする遺伝子としては、例えば、b2682遺伝子(ygaZ)、b2683遺伝子(ygaH)、b1242遺伝子(ychE)、b3434遺伝子(yhgN)が挙げられる(特開2002-300874)。
【0099】
また、L-アミノ酸生産能を付与又は増強する方法としては、例えば、糖代謝に関与するタンパク質やエネルギー代謝に関与するタンパク質の活性が増大するように細菌を改変する方法が挙げられる。
【0100】
糖代謝に関与するタンパク質としては、糖の取り込みに関与するタンパク質や解糖系酵素が挙げられる。糖代謝に関与するタンパク質をコードする遺伝子としては、グルコース6-リン酸イソメラーゼ遺伝子(pgi;WO01/02542)、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子(pyc;WO99/18228, EP1092776A)、ホスホグルコムターゼ遺伝子(pgm;WO03/04598)、フルクトース二リン酸アルドラーゼ遺伝子(pfkB, fbp;WO03/04664)、トランスアルドラーゼ遺伝子(talB;WO03/008611)、フマラーゼ遺伝子(fum;WO01/02545)、non-PTSスクロース取り込み遺伝子(csc;EP1149911A)、スクロース資化性遺伝子(scrABオペロン;米国特許第7,179,623号)が挙げられる。
【0101】
エネルギー代謝に関与するタンパク質をコードする遺伝子としては、トランスヒドロゲナーゼ遺伝子(pntAB;米国特許第5,830,716号)、チトクロムbo型オキシダーゼ(cytochromoe bo type oxidase)遺伝子(cyoB;EP1070376A)が挙げられる。
【0102】
また、L-アミノ酸等の有用物質の生産能を付与又は増強するための方法としては、例えば、ホスホケトラーゼの活性が増大するように細菌を改変する方法も挙げられる(WO2006/016705)。すなわち、本発明の細菌は、ホスホケトラーゼの活性が増大するように改変されていてよい。同方法は、特に、L-グルタミン酸等のグルタミン酸系L-アミノ酸の生産能を付与又は増強するために有効であり得る。ホスホケトラーゼとしては、D-キシルロース-5-リン酸-ホスホケトラーゼやフルクトース-6-リン酸ホスホケトラーゼが挙げられる。D-キシルロース-5-リン酸-ホスホケトラーゼ活性及びフルクトース-6-リン酸ホスホケトラーゼ活性はいずれか一方を増強してもよいし、両方を増強してもよい。
【0103】
D-キシルロース-5-リン酸-ホスホケトラーゼ活性とは、リン酸を消費して、キシルロース-5-リン酸をグリセルアルデヒド-3-リン酸とアセチルリン酸に変換し、一分子のH2Oを放出する活性を意味する。この活性は、Goldberg, M.らの文献(Methods Enzymol., 9,515-520 (1966))またはL. Meileの文献(J.Bacteriol. (2001) 183; 2929-2936)に記載の方法によって測定することができる。D-キシルロース-5-リン酸ホスホケトラーゼとしては、アセトバクター属、ビフィドバクテリウム属、ラクトバチルス属、チオバチルス属、ストレプトコッカス属、メチロコッカス属、ブチリビブリオ属、またはフィブロバクター属に属する細菌や、カンジダ属、ロドトルラ属、ロドスポリジウム属、ピキア属、ヤロウイア属、ハンセヌラ属、クルイベロミセス属、サッカロミセス属、トリコスポロン属、またはウィンゲア属に属する酵母のD-キシルロース-5-リン酸ホスホケトラーゼが挙げられる。D-キシルロース-5-リン酸ホスホケトラーゼおよびそれをコードする遺伝子の具体例は、WO2006/016705に開示されている。
【0104】
また、フルクトース-6-リン酸ホスホケトラーゼ活性とは、リン酸を消費して、フルクトース6-リン酸をエリスロース-4-リン酸とアセチルリン酸に変換し、一分子のH2Oを放出する活性を意味する。この活性は、Racker, E.の文献(Methods Enzymol., 5, 276-280 (1962))またはL. Meileの文献(J.Bacteriol. (2001) 183; 2929-2936)に記載の方法によって測定することができる。フルクトース-6-リン酸ホスホケトラーゼとしては、アセトバクター属、ビフィドバクテリウム属、クロロビウム属、ブルセラ属、メチロコッカス属、またはガードネレラ属に属する細菌や、ロドトルラ属、カンジダ属、サッカロミセス属等に属する酵母のフルクトース-6-リン酸ホスホケトラーゼが挙げられる。フルクトース-6-リン酸ホスホケトラーゼおよびそれをコードする遺伝子の具体例は、WO2006/016705に開示されている。
【0105】
両ホスホケトラーゼ活性が、単一の酵素(D-キシルロース-5-リン酸/フルクトース-6-リン酸ホスホケトラーゼ)によって保持される場合もありうる。
【0106】
L-アミノ酸生産菌の育種に使用される遺伝子およびタンパク質は、それぞれ、例えば、上記例示した遺伝子およびタンパク質等の公知の遺伝子およびタンパク質の塩基配列およびアミノ酸配列を有していてよい。また、L-アミノ酸生産菌の育種に使用される遺伝子およびタンパク質は、それぞれ、上記例示した遺伝子およびタンパク質等の公知の遺伝子およびタンパク質の保存的バリアントであってもよい。具体的には、例えば、L-アミノ酸生産菌の育種に使用される遺伝子は、元の機能が維持されている限り、公知のタンパク質のアミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。遺伝子およびタンパク質の保存的バリアントについては、後述する標的遺伝子および標的タンパク質の保存的バリアントに関する記載を準用できる。
【0107】
<1-2>特定の性質
本発明の細菌は、特定の性質を有するように改変されている。本発明の細菌は、L-アミノ酸生産能を有する細菌を、特定の性質を有するように改変することにより取得できる。また、本発明の細菌は、特定の性質を有するように細菌を改変した後に、L-アミノ酸生産能を付与または増強することによっても取得できる。なお、本発明の細菌は、特定の性質を有するように改変されたことにより、L-アミノ酸生産能を獲得したものであってもよい。本発明の細菌は、特定の性質を有するように改変されていることに加えて、例えば、上記のようなL-アミノ酸生産菌が有する性質を適宜有していてよい。本発明の細菌を構築するための改変は、任意の順番で行うことができる。
【0108】
特定の性質を有するように細菌を改変することによって、細菌のL-アミノ酸生産能を向上させることができ、すなわち同細菌によるL-アミノ酸生産を増大させることができる。「L-アミノ酸生産の増大」としては、L-アミノ酸の培地中での蓄積量の向上(増大)が挙げられる。
【0109】
特定の性質としては、c1795遺伝子の改変が挙げられる。c1795遺伝子の改変は、L-アミノ酸生産能が向上するものであれば、特に制限されない。c1795遺伝子の改変としては、同遺伝子にコードされるタンパク質(c1795タンパク質)の活性が低下する改変が挙げられる。すなわち、本発明の細菌は、例えば、c1795タンパク質の活性が低下するように改変されていてよい。本発明の細菌は、具体的には、例えば、c1795タンパク質の活性が非改変株と比較して低下するように改変されていてよい。「c1795タンパク質の活性が低下する」とは、特に、c1795タンパク質の発現が低下することを意味してもよい。「c1795タンパク質の活性が低下する」とは、さらに特には、c1795タンパク質の細胞当たりの分子数が低下することを意味してもよい。また、「c1795タンパク質の活性が低下する」と
は、特に、c1795タンパク質の分子当たりの機能が低下することを意味してもよい。言い換えると、c1795遺伝子の改変としては、特に、c1795タンパク質の細胞当たりの分子数が低下する改変や、c1795タンパク質の分子当たりの機能が低下する改変が挙げられる。
【0110】
c1795タンパク質は、Rrf2 familyに属する転写制御因子(transcriptional regulator)と推定されるタンパク質である。c1795タンパク質は、いくつかの遺伝子の発現抑制に関与する。c1795タンパク質により発現抑制される遺伝子を、「発現抑制遺伝子(expression-repressed gene)」ともいう。発現抑制遺伝子にコードされるタンパク質を、「発現抑制タンパク質(expression-repressed protein)」ともいう。また、発現抑制タンパク質を、区別の便宜のため、「タンパク質P」ともいう。なお、「或る遺伝子の発現」と「或る遺伝子にコードされるタンパク質の発現」とは同義であってよい。すなわち、「発現抑制タンパク質」とは、言い換えると、c1795タンパク質により発現抑制されるタンパク質である。
【0111】
c1795タンパク質の活性を低下させる手法については後述する。c1795タンパク質の活性は、例えば、c1795遺伝子の発現を低下させることにより、またはc1795遺伝子を破壊することにより低下させることができる。このようなc1795タンパク質の活性を低下させる手法は、単独で、あるいは適宜組み合わせて、用いることができる。
【0112】
また、特定の性質としては、発現抑制タンパク質の活性が増大する改変も挙げられる。「発現抑制タンパク質の活性が増大する」とは、特に、発現抑制タンパク質の発現が増大することを意味してもよい。また、「発現抑制タンパク質の活性が増大する」とは、さらに特には、発現抑制タンパク質の細胞当たりの分子数が増大することを意味してもよい。
【0113】
発現抑制タンパク質としては、PAJ_1175遺伝子にコードされるタンパク質(PAJ_1175タンパク質)、PAJ_1174遺伝子にコードされるタンパク質(PAJ_1174タンパク質)、PAJ_1173遺伝子にコードされるタンパク質(PAJ_1173タンパク質)が挙げられる。PAJ_1175タンパク質は、AraC familyに属する転写制御因子(transcriptional regulator)と推定されるタンパク質である。PAJ_1174タンパク質は、RND(resistance-nodulation-cell division)superfamilyに属する多剤排出トランスポーターのペリプラズムアダプターサブユニットと推定されるタンパク質である。PAJ_1173タンパク質は、RND(resistance-nodulation-cell division)superfamilyに属する多剤排出トランスポーターのパーミアーゼサブユニットと推定されるタンパク質である。発現抑制タンパク質としては、1種のタンパク質の活性を増大させてもよく、2種またはそれ以上の活性を増大させてもよい。すなわち、例えば、PAJ_1175タンパク質の活性、PAJ_1174タンパク質の活性、PAJ_1173タンパク質の活性、PAJ_1175タンパク質とPAJ_1174タンパク質の活性、PAJ_1175タンパク質とPAJ_1173タンパク質の活性、PAJ_1174タンパク質とPAJ_1173タンパク質の活性、またはPAJ_1175タンパク質、PAJ_1174タンパク質、およびPAJ_1173タンパク質全ての活性を増大させてよい。PAJ_1174タンパク質およびPAJ_1173タンパク質については、それらのいずれか一方または両方の活性を増大させてよい。PAJ_1174タンパク質およびPAJ_1173タンパク質については、典型的には、それらの両方の活性を増大させてよい。すなわち、例えば、少なくとも、PAJ_1175タンパク質の活性が増大するか、PAJ_1174およびPAJ_1173タンパク質の活性が増大してよい。
【0114】
発現抑制タンパク質の活性を増大させる手法については後述する。発現抑制タンパク質の活性は、例えば、発現抑制遺伝子の発現を上昇させることにより増大させることができる。発現抑制遺伝子の発現は、例えば、発現抑制遺伝子のコピー数を高めることにより、または発現抑制遺伝子の発現調節配列を改変することにより、上昇させることができる。また、発現抑制遺伝子の発現は、例えば、c1795タンパク質の活性を低下させることにより、上昇させることができる。このような発現抑制タンパク質の活性を増大させる手法は
、単独で、あるいは適宜組み合わせて、用いることができる。
【0115】
本発明の細菌は、例えば、上記例示した性質を、単独で、あるいは適宜組み合わせて、有していてよい。すなわち、本発明の細菌は、例えば、下記性質(A)および/または(B)を有していてよい:
(A)c1795タンパク質の活性が低下するように改変されている;
(B)c1795タンパク質により発現抑制されるタンパク質の活性が増大するように改変されている。
【0116】
c1795遺伝子および発現抑制遺伝子を総称して、「標的遺伝子」ともいう。c1795タンパク質および発現抑制タンパク質を総称して、「標的タンパク質」ともいう。
【0117】
標的遺伝子および標的タンパク質としては、上記例示した腸内細菌科の細菌やその他の細菌等の各種生物のものが挙げられる。各種生物由来の標的遺伝子の塩基配列およびそれらにコードされる標的タンパク質のアミノ酸配列は、例えば、NCBI等の公開データベースや特許文献等の技術文献から取得できる。なお、c1795遺伝子およびc1795タンパク質としては、非改変株(具体的には、c1795タンパク質の活性が低下するように改変する前の株)が有するものを選択すればよい。「非改変株が有するc1795遺伝子」とは、非改変株の染色体上に存在するc1795遺伝子であってよい。「非改変株が有するc1795タンパク質」とは、非改変株の染色体上に存在するc1795遺伝子にコードされるタンパク質であってよい。
【0118】
P. ananatis AJ13355のc1795遺伝子は、同株のゲノム配列(GenBank Accession Number
AP012032.2)の1401350~1401751位に存在する。また、同株において、PAJ_1175遺伝子、PAJ_1174遺伝子、およびPAJ_1173遺伝子は、いずれも、c1795遺伝子の近傍に存在する。PAJ_1174遺伝子およびPAJ_1173遺伝子はオペロンを構成していてもよい。P. ananatis AJ13355のc1795遺伝子の塩基配列、および同遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号1および2に示す。P. ananatis AJ13355のPAJ_1175遺伝子の塩基配列、および同遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号3および4に示す。P. ananatis AJ13355のPAJ_1174遺伝子の塩基配列、および同遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号5および6に示す。P. ananatis AJ13355のPAJ_1173遺伝子の塩基配列、および同遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号7および8に示す。すなわち、標的遺伝子は、例えば、上記例示した標的遺伝子の塩基配列(例えば、c1795遺伝子、PAJ_1175遺伝子、PAJ_1174遺伝子、およびPAJ_1173遺伝子について、それぞれ、配列番号1、3、5、および7に示す塩基配列)を有する遺伝子であってよい。また、標的タンパク質は、例えば、上記例示した標的タンパク質のアミノ酸配列(例えば、c1795タンパク質、PAJ_1175タンパク質、PAJ_1174タンパク質、およびPAJ_1173タンパク質について、それぞれ、配列番号2、4、6、および8に示すアミノ酸配列)を有するタンパク質であってよい。なお、「(アミノ酸または塩基)配列を有する」という表現は、特記しない限り、当該「(アミノ酸または塩基)配列を含む」ことを意味し、当該「(アミノ酸または塩基)配列からなる」場合も包含する。
【0119】
標的遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示した標的遺伝子(例えば、c1795遺伝子、PAJ_1175遺伝子、PAJ_1174遺伝子、およびPAJ_1173遺伝子について、それぞれ、配列番号1、3、5、および7に示す塩基配列を有する遺伝子)のバリアントであってもよい。同様に、標的タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記例示した標的タンパク質(例えば、c1795タンパク質、PAJ_1175タンパク質、PAJ_1174タンパク質、およびPAJ_1173タンパク質について、それぞれ、配列番号2、4、6、および8に示すアミノ酸配列を有するタンパク質)のバリアントであってもよい。なお、そのような元の機
能が維持されたバリアントを「保存的バリアント」という場合がある。「c1795遺伝子」、「PAJ_1175遺伝子」、「PAJ_1174遺伝子」、および「PAJ_1173遺伝子」という用語は、それぞれ、上記例示したc1795遺伝子、PAJ_1175遺伝子、PAJ_1174遺伝子、およびPAJ_1173遺伝子に加えて、それらの保存的バリアントを包含するものとする。同様に、「c1795タンパク質」、「PAJ_1175タンパク質」、「PAJ_1174タンパク質」、および「PAJ_1173タンパク質」という用語は、それぞれ、上記例示したc1795タンパク質、PAJ_1175タンパク質、PAJ_1174タンパク質、およびPAJ_1173タンパク質に加えて、それらの保存的バリアントを包含するものとする。保存的バリアントとしては、例えば、上記例示した標的遺伝子や標的タンパク質のホモログや人為的な改変体が挙げられる。
【0120】
「元の機能が維持されている」とは、遺伝子またはタンパク質のバリアントが、元の遺伝子またはタンパク質の機能(例えば活性や性質)に対応する機能(例えば活性や性質)を有することをいう。遺伝子についての「元の機能が維持されている」とは、遺伝子のバリアントが、元の機能が維持されたタンパク質をコードすることをいう。
【0121】
c1795タンパク質についての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリアントが、c1795タンパク質としての機能を有することをいう。「c1795タンパク質としての機能」とは、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の機能であってよい。また、「c1795タンパク質としての機能」とは、Rrf2 familyに属する転写制御因子としての機能であってもよい。「Rrf2 familyに属する転写制御因子としての機能」とは、具体的には、PAJ_1175遺伝子、PAJ_1174遺伝子、PAJ_1173遺伝子等の発現抑制遺伝子の発現を抑制する機能であってよい。また、「c1795タンパク質としての機能」とは、腸内細菌科の細菌において活性を低下させた際に同細菌のL-アミノ酸生産能を向上させる性質であってもよい。
【0122】
PAJ_1175タンパク質についての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリアントが、PAJ_1175タンパク質としての機能を有することをいう。「PAJ_1175タンパク質としての機能」とは、配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の機能であってよい。また、「PAJ_1175タンパク質としての機能」とは、AraC familyに属する転写制御因子としての機能であってもよい。また、「PAJ_1175タンパク質としての機能」とは、腸内細菌科の細菌において活性を増大させた際に同細菌のL-アミノ酸生産能を向上させる性質であってもよい。
【0123】
PAJ_1174タンパク質についての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリアントが、PAJ_1174タンパク質としての機能を有することをいう。「PAJ_1174タンパク質としての機能」とは、配列番号6に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の機能であってよい。また、「PAJ_1174タンパク質としての機能」とは、RND(resistance-nodulation-cell division)superfamilyに属する多剤排出トランスポーターのペリプラズムアダプターサブユニットとしての機能であってもよい。「RND superfamilyに属する多剤排出トランスポーターのペリプラズムアダプターサブユニットとしての機能」とは、具体的には、PAJ_1173タンパク質と共同で多剤排出トランスポーターとして機能する性質であってもよい。また、「PAJ_1174タンパク質としての機能」とは、腸内細菌科の細菌において活性を増大させた際に同細菌のL-アミノ酸生産能を向上させる性質であってもよい。
【0124】
PAJ_1173タンパク質についての「元の機能が維持されている」とは、タンパク質のバリアントが、PAJ_1173タンパク質としての機能を有することをいう。「PAJ_1173タンパク質としての機能」とは、配列番号8に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の機能であってよい。また、「PAJ_1173タンパク質としての機能」とは、RND(resistance-nodulation-cell division)superfamilyに属する多剤排出トランスポーターのパーミアーゼサブユニットとしての機能であってもよい。「RND superfamilyに属する多剤排出トランスポータ
ーのパーミアーゼサブユニットとしての機能」とは、具体的には、PAJ_1174タンパク質と共同で多剤排出トランスポーターとして機能する性質であってもよい。また、「PAJ_1173タンパク質としての機能」とは、腸内細菌科の細菌において活性を増大させた際に同細菌のL-アミノ酸生産能を向上させる性質であってもよい。
【0125】
c1795タンパク質のバリアントがRrf2 familyに属する転写制御因子としての機能を有するか否かは、例えば、同バリアントの活性を腸内細菌科の細菌において低下させ、PAJ_1175遺伝子、PAJ_1174遺伝子、PAJ_1173遺伝子等の発現抑制遺伝子の発現が増大するか否かを確認することにより、確認できる。その他の標的タンパク質の機能についても、その機能に応じた手段により確認できる。
【0126】
また、標的タンパク質のバリアントが腸内細菌科の細菌において活性を低下または増大させた際に同細菌のL-アミノ酸生産能を向上させる性質を有するか否かは、例えば、同バリアントの活性を腸内細菌科の細菌において低下または増大させ、L-アミノ酸生産能が向上するか否かを確認することにより、確認できる。
【0127】
以下、保存的バリアントについて例示する。
【0128】
標的遺伝子のホモログまたは標的タンパク質のホモログは、例えば、上記例示した標的遺伝子の塩基配列または上記例示した標的タンパク質のアミノ酸配列を問い合わせ配列として用いたBLAST検索やFASTA検索によって公開データベースから容易に取得することができる。また、標的遺伝子のホモログは、例えば、各種生物の染色体を鋳型にして、これら公知の標的遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いたPCRにより取得することができる。
【0129】
標的遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記アミノ酸配列(例えば、c1795タンパク質、PAJ_1175タンパク質、PAJ_1174タンパク質、およびPAJ_1173タンパク質について、それぞれ、配列番号2、4、6、および8に示すアミノ酸配列)において、1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。例えば、コードされるタンパク質は、そのN末端および/またはC末端が、延長または短縮されていてもよい。なお上記「1又は数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、具体的には、例えば、1~50個、1~40個、1~30個、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個を意味する。
【0130】
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、および/または付加は、タンパク質の機能が正常に維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又は
Alaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加には、遺伝子が由来する生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
【0131】
また、標的遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記アミノ酸配列全体に対して、例えば、50%以上、65%以上、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0132】
また、標的遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記塩基配列(例えば、c1795遺伝子、PAJ_1175遺伝子、PAJ_1174遺伝子、およびPAJ_1173遺伝子について、それぞれ、配列番号1、3、5、および7に示す塩基配列)から調製され得るプローブ、例えば上記塩基配列の全体または一部に対する相補配列、とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子(例えばDNA)であってもよい。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、同一性が高いDNA同士、例えば、50%以上、65%以上、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより同一性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度および温度で、1回、好ましくは2~3回洗浄する条件を挙げることができる。
【0133】
上述の通り、上記ハイブリダイゼーションに用いるプローブは、遺伝子の相補配列の一部であってもよい。そのようなプローブは、公知の遺伝子配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、上述の遺伝子を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。例えば、プローブとしては、300 bp程度の長さのDNA断片を用いることができる。プローブとして300 bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。
【0134】
また、宿主によってコドンの縮重性が異なるので、標的遺伝子は、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。すなわち、標的遺伝子は、遺伝コードの縮重による上記例示した標的遺伝子のバリアントであってもよい。例えば、発現抑制遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。
【0135】
なお、アミノ酸配列間の「同一性」とは、blastpによりデフォルト設定のScoring Parameters(Matrix:BLOSUM62;Gap Costs:Existence=11, Extension=1;Compositional Adjustments:Conditional compositional score matrix adjustment)を用いて算出されるアミノ酸配列間の同一性を意味する。また、塩基配列間の「同一性」とは、blastnによりデフォルト設定のScoring Parameters(Match/Mismatch Scores=1,-2;Gap Costs=Linear)を用いて算出される塩基配列間の同一性を意味する。
【0136】
なお、上記の遺伝子やタンパク質の保存的バリアントに関する記載は、L-アミノ酸生合成系酵素等の任意のタンパク質、およびそれらをコードする遺伝子にも準用できる。
【0137】
<1-3>タンパク質の活性を増大させる手法
以下に、発現抑制タンパク質等のタンパク質の活性を増大させる手法について説明する。
【0138】
「タンパク質の活性が増大する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して増大することを意味する。「タンパク質の活性が増大する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株と比較して増大することを意味する。ここでいう「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が増大するように改変されていない対照株を意味する。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、各細菌種の基準株(type strain)が挙げられる。また、非改変株として、具体的には、細菌の説明において例示した菌株も挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、基準株(すなわち本発明の細菌が属する種の基準株)と比較して増大してよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、E. coli K-12 MG1655株と比較して増大してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、P. ananatis AJ13355株と比較して増大してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、P. ananatis NA1株と比較して増大してもよい。なお、「タンパク質の活性が増大する」ことを、「タンパク質の活性が増強される」ともいう。「タンパク質の活性が増大する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が増加していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が増大していることを意味してよい。すなわち、「タンパク質の活性が増大する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。また、「タンパク質の活性が増大する」ことには、もともと標的のタンパク質の活性を有する菌株において同タンパク質の活性を増大させることだけでなく、もともと標的のタンパク質の活性が存在しない菌株に同タンパク質の活性を付与することも包含される。また、結果としてタンパク質の活性が増大する限り、宿主が本来有する標的のタンパク質の活性を低下または消失させた上で、好適な標的のタンパク質の活性を付与してもよい。
【0139】
タンパク質の活性の増大の程度は、タンパク質の活性が非改変株と比較して増大していれば特に制限されない。タンパク質の活性は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。また、非改変株が標的のタンパク質の活性を有していない場合は、同タンパク質をコードする遺伝子を導入することにより同タンパク質が生成されていればよいが、例えば、同タンパク質はその活性が測定できる程度に生産されていてよい。
【0140】
タンパク質の活性が増大するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を上昇させることによって達成できる。「遺伝子の発現が上昇する」とは、同遺伝子の発現が野生株や親株等の非改変株と比較して増大することを意味する。「遺伝子の発現が上昇する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が非改変株と比較して増大することを意味する。「遺伝子の発現が上昇する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が増大すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が増大することを意味してよい。なお、「遺伝子の発現が上昇する」ことを、「遺伝子の発現が増強される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。また、「遺伝子の発現が上昇する」ことには、もともと標的の遺伝子が発現している菌株において同遺伝子の発現量を上昇させることだけでなく、もともと標的の遺伝子が発現していない菌株において、同遺伝子を発現させることも包含される。すなわち、「遺伝子の発現が上昇する」とは、例えば、標的の遺伝子を保持しない菌株に同遺伝子を導入し、同遺伝子を発現させることを意味してもよい。
【0141】
遺伝子の発現の上昇は、例えば、遺伝子のコピー数を増加させることにより達成できる。
【0142】
遺伝子のコピー数の増加は、宿主の染色体へ同遺伝子を導入することにより達成できる。染色体への遺伝子の導入は、例えば、相同組み換えを利用して行うことができる(Miller, J. H. Experiments in Molecular Genetics, 1972, Cold Spring Harbor Laboratory)。相同組み換えを利用する遺伝子導入法としては、例えば、Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))等の直鎖状DNAを用いる方法、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法、ファージを用いたtransduction法が挙げられる。遺伝子は、1コピーのみ導入されてもよく、2コピーまたはそれ以上導入されてもよい。例えば、染色体上に多数のコピーが存在する塩基配列を標的として相同組み換えを行うことで、染色体へ遺伝子の多数のコピーを導入することができる。染色体上に多数のコピーが存在する塩基配列としては、反復DNA配列(repetitive DNA)、トランスポゾンの両端に存在するインバーテッド・リピートが挙げられる。また、目的物質の生産に不要な遺伝子等の染色体上の適当な塩基配列を標的として相同組み換えを行ってもよい。また、遺伝子は、トランスポゾンやMini-Muを用いて染色体上にランダムに導入することもできる(特開平2-109985号公報、US5,882,888、EP805867B1)。なお、このような相同組み換えを利用した染色体の改変手法は、標的遺伝子の導入に限られず、発現調節配列の改変等の、染色体の任意の改変に利用できる。
【0143】
染色体上に標的遺伝子が導入されたことの確認は、同遺伝子の全部又は一部と相補的な配列を持つプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション、又は同遺伝子の配列に基づいて作成したプライマーを用いたPCR等によって確認できる。
【0144】
また、遺伝子のコピー数の増加は、同遺伝子を含むベクターを宿主に導入することによっても達成できる。例えば、標的遺伝子を含むDNA断片を、宿主で機能するベクターと連結して同遺伝子の発現ベクターを構築し、当該発現ベクターで宿主を形質転換することにより、同遺伝子のコピー数を増加させることができる。標的遺伝子を含むDNA断片は、例えば、標的遺伝子を有する微生物のゲノムDNAを鋳型とするPCRにより取得できる。ベクターとしては、宿主の細胞内において自律複製可能なベクターを用いることができる。ベクターは、マルチコピーベクターであるのが好ましい。また、形質転換体を選択するために、ベクターは抗生物質耐性遺伝子などのマーカーを有することが好ましい。また、ベクターは、挿入された遺伝子を発現するためのプロモーターやターミネーターを備えていてもよい。ベクターは、例えば、細菌プラスミド由来のベクター、酵母プラスミド由来のベクター、バクテリオファージ由来のベクター、コスミド、またはファージミド等であってよい。エシェリヒア・コリ等の腸内細菌科の細菌において自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pUC19、pUC18、pHSG299、pHSG399、pHSG398、pBR322、pSTV29(いずれもタカラバイオ社より入手可)、pACYC184、pMW219(ニッポンジーン社)、pTrc99A(ファルマシア社)、pPROK系ベクター(クロンテック社)、pKK233‐2(クロンテック社)、pET系ベクター(ノバジェン社)、pQE系ベクター(キアゲン社)、pCold TF DNA(タカラバイオ社)、pACYC系ベクター、広宿主域ベクターRSF1010が挙げられる。
【0145】
遺伝子を導入する場合、遺伝子は、発現可能に宿主に保持されていればよい。具体的には、遺伝子は、宿主で機能するプロモーターによる制御を受けて発現するように保持されていればよい。プロモーターは、宿主において機能するものであれば特に制限されない。「宿主において機能するプロモーター」とは、宿主においてプロモーター活性を有するプロモーターをいう。プロモーターは、宿主由来のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。プロモーターは、導入する遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。プロモーターとしては、例えば、後述するような、より強力なプロモーターを利用してもよい。
【0146】
遺伝子の下流には、転写終結用のターミネーターを配置することができる。ターミネーターは、宿主において機能するものであれば特に制限されない。ターミネーターは、宿主由来のターミネーターであってもよく、異種由来のターミネーターであってもよい。ターミネーターは、導入する遺伝子の固有のターミネーターであってもよく、他の遺伝子のターミネーターであってもよい。ターミネーターとして、具体的には、例えば、T7ターミネーター、T4ターミネーター、fdファージターミネーター、tetターミネーター、およびtrpAターミネーターが挙げられる。
【0147】
各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター、ターミネーターに関しては、例えば「微生物学基礎講座8 遺伝子工学、共立出版、1987年」に詳細に記載されており、それらを利用することが可能である。
【0148】
また、2またはそれ以上の遺伝子を導入する場合、各遺伝子が、発現可能に宿主に保持されていればよい。例えば、各遺伝子は、全てが単一の発現ベクター上に保持されていてもよく、全てが染色体上に保持されていてもよい。また、各遺伝子は、複数の発現ベクター上に別々に保持されていてもよく、単一または複数の発現ベクター上と染色体上とに別々に保持されていてもよい。また、2またはそれ以上の遺伝子でオペロンを構成して導入してもよい。「2またはそれ以上の遺伝子を導入する場合」としては、例えば、2またはそれ以上のタンパク質(例えば酵素)をそれぞれコードする遺伝子を導入する場合、単一のタンパク質複合体(例えば酵素複合体)を構成する2またはそれ以上のサブユニットをそれぞれコードする遺伝子を導入する場合、およびそれらの組み合わせが挙げられる。
【0149】
導入される遺伝子は、宿主で機能するタンパク質をコードするものであれば特に制限されない。導入される遺伝子は、宿主由来の遺伝子であってもよく、異種由来の遺伝子であってもよい。導入される遺伝子は、例えば、同遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプライマーを用い、同遺伝子を有する生物のゲノムDNAや同遺伝子を搭載するプラスミド等を鋳型として、PCRにより取得することができる。また、導入される遺伝子は、例えば、同遺伝子の塩基配列に基づいて全合成してもよい(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。取得した遺伝子は、そのまま、あるいは適宜改変して、利用することができる。すなわち、遺伝子を改変することにより、そのバリアントを取得することができる。遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的の部位に目的の変異を導入することができる。すなわち、例えば、部位特異的変異法により、コードされるタンパク質が特定の部位においてアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加を含むように、遺伝子のコード領域を改変することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer, W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙げられる。あるいは、遺伝子のバリアントを全合成してもよい。
【0150】
なお、タンパク質が複数のサブユニットからなる複合体として機能する場合、結果としてタンパク質の活性が増大する限り、それら複数のサブユニットの全てを改変してもよく、一部のみを改変してもよい。すなわち、例えば、遺伝子の発現を上昇させることによりタンパク質の活性を増大させる場合、それらのサブユニットをコードする複数の遺伝子の全ての発現を増強してもよく、一部の発現のみを増強してもよい。通常は、それらのサブユニットをコードする複数の遺伝子の全ての発現を増強するのが好ましい。また、複合体を構成する各サブユニットは、複合体が標的のタンパク質の機能を有する限り、1種の生物由来であってもよく、2種またはそれ以上の異なる生物由来であってもよい。すなわち、例えば、複数のサブユニットをコードする、同一の生物由来の遺伝子を宿主に導入してもよく、それぞれ異なる生物由来の遺伝子を宿主に導入してもよい。
【0151】
また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の転写効率を向上させることにより達成できる。また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の翻訳効率を向上させることにより達成できる。遺伝子の転写効率や翻訳効率の向上は、例えば、発現調節配列の改変により達成できる。「発現調節配列」とは、遺伝子の発現に影響する部位の総称である。発現調節配列としては、例えば、プロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、およびRBSと開始コドンとの間のスペーサー領域が挙げられる。発現調節配列は、プロモーター検索ベクターやGENETYX等の遺伝子解析ソフトを用いて決定することができる。これら発現調節配列の改変は、例えば、温度感受性ベクターを用いた方法や、Redドリブンインテグレーション法(WO2005/010175)により行うことができる。
【0152】
遺伝子の転写効率の向上は、例えば、染色体上の遺伝子のプロモーターをより強力なプロモーターに置換することにより達成できる。「より強力なプロモーター」とは、遺伝子の転写が、もともと存在している野生型のプロモーターよりも向上するプロモーターを意味する。より強力なプロモーターとしては、例えば、公知の高発現プロモーターであるT7プロモーター、trpプロモーター、lacプロモーター、thrプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、tetプロモーター、araBADプロモーター、rpoHプロモーター、msrAプロモーター、Bifidobacterium由来のPm1プロモーター、PRプロモーター、およびPLプロモーターが挙げられる。また、より強力なプロモーターとしては、各種レポーター遺伝子を用いることにより、在来のプロモーターの高活性型のものを取得してもよい。例えば、プロモーター領域内の-35、-10領域をコンセンサス配列に近づけることにより、プロモーターの活性を高めることができる(国際公開第00/18935号)。高活性型プロモーターとしては、各種tac様プロモーター(Katashkina JI et al. Russian Federation Patent application 2006134574)やpnlp8プロモーター(WO2010/027045)が挙げられる。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、Goldsteinらの論文(Prokaryotic promoters in biotechnology. Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128 (1995))等に記載されている。
【0153】
遺伝子の翻訳効率の向上は、例えば、染色体上の遺伝子のシャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)をより強力なSD配列に置換することにより達成できる。「より強力なSD配列」とは、mRNAの翻訳が、もともと存在している野生型のSD配列よりも向上するSD配列を意味する。より強力なSD配列としては、例えば、ファージT7由来の遺伝子10のRBSが挙げられる(Olins P. O. et al, Gene,
1988, 73, 227-235)。さらに、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域、特に開始コドンのすぐ上流の配列(5’-UTR)における数個のヌクレオチドの置換、あるいは挿入、あるいは欠失がmRNAの安定性および翻訳効率に非常に影響を及ぼすことが知られており、これらを改変することによっても遺伝子の翻訳効率を向上させることができる。
【0154】
遺伝子の翻訳効率の向上は、例えば、コドンの改変によっても達成できる。例えば、遺伝子中に存在するレアコドンを、より高頻度で利用される同義コドンに置き換えることにより、遺伝子の翻訳効率を向上させることができる。すなわち、導入される遺伝子は、例えば、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。コドンの置換は、例えば、部位特異的変異法により行うことができる。また、コドンが置換された遺伝子断片を全合成してもよい。種々の生物におけるコドンの使用頻度は、「コドン使用データベース」(http://www.kazusa.or.jp/codon; Nakamura, Y. et al, Nucl. Acids Res., 28, 292 (2000))に開示されている。
【0155】
また、遺伝子の発現の上昇は、遺伝子の発現を上昇させるようなレギュレーターを増幅すること、または、遺伝子の発現を低下させるようなレギュレーターを欠失または弱化さ
せることによっても達成できる。
【0156】
上記のような遺伝子の発現を上昇させる手法は、単独で用いてもよく、任意の組み合わせで用いてもよい。
【0157】
また、タンパク質の活性が増大するような改変は、例えば、タンパク質の比活性を増強することによっても達成できる。比活性の増強には、フィードバック阻害の脱感作(desensitization to feedback inhibition)も含まれる。すなわち、タンパク質が代謝物によるフィードバック阻害を受ける場合は、フィードバック阻害が脱感作された変異型タンパク質をコードする遺伝子を細菌に保持させることにより、タンパク質の活性を増大させることができる。なお、本発明において、「フィードバック阻害の脱感作」には、特記しない限り、フィードバック阻害が完全に解除される場合、および、フィードバック阻害が低減される場合が包含される。また、「フィードバック阻害が脱感作されている」(すなわちフィードバック阻害が低減又は解除されている)ことを「フィードバック阻害に耐性」ともいう。比活性が増強されたタンパク質は、例えば、種々の生物を探索し取得することができる。また、在来のタンパク質に変異を導入することで高活性型のものを取得してもよい。導入される変異は、例えば、タンパク質の1若しくは数個の位置での1又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されるものであってよい。変異の導入は、例えば、上述したような部位特異的変異法により行うことができる。また、変異の導入は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。また、in vitroでDNAを直接ヒドロキシルアミンで処理し、ランダム変異を誘発してもよい。比活性の増強は、単独で用いてもよく、上記のような遺伝子の発現を増強する手法と任意に組み合わせて用いてもよい。
【0158】
形質転換の方法は特に限定されず、従来知られた方法を用いることができる。例えば、エシェリヒア・コリ K-12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A., J. Mol. Biol. 1970, 53, 159-162)や、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Duncan, C. H., Wilson, G. A. and Young, F. E., 1977. Gene 1: 153-167)を用いることができる。あるいは、バチルス・ズブチリス、放線菌類、及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S. and Choen, S. N., 1979. Mol. Gen. Genet. 168: 111-115; Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A. 1978. Nature 274: 398-400; Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R. 1978. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 75: 1929-1933)も応用できる。あるいは、コリネ型細菌について報告されているような、電気パルス法(特開平2-207791)を利用することもできる。
【0159】
タンパク質の活性が増大したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
【0160】
タンパク質の活性が増大したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が上昇したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が上昇したことは、同遺伝子の転写量が上昇したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が上昇したことを確認することにより確認できる。
【0161】
遺伝子の転写量が上昇したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を野生株または親株等の非改変株と比較することによって行うことができる。mRNAの量を評価する方
法としてはノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR、マイクロアレイ、RNA-seq等が挙げられる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。mRNAの量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。
【0162】
タンパク質の量が上昇したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことができる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。タンパク質の量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、1.5倍以上、2倍以上、または3倍以上に上昇してよい。
【0163】
上記したタンパク質の活性を増大させる手法は、任意のタンパク質の活性増強や任意の遺伝子の発現増強に利用できる。
【0164】
<1-4>タンパク質の活性を低下させる手法
以下に、c1795タンパク質等のタンパク質の活性を低下させる手法について説明する。
【0165】
「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して低下することを意味する。「タンパク質の活性が低下する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株と比較して低下することを意味する。ここでいう「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が低下するように改変されていない対照株を意味する。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、各細菌種の基準株(type strain)が挙げられる。また、非改変株として、具体的には、細菌の説明において例示した菌株も挙げられる。すなわち、一態様において、タンパク質の活性は、基準株(すなわち本発明の細菌が属する種の基準株)と比較して低下してよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、E. coli K-12 MG1655株と比較して低下してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、P. ananatis AJ13355株と比較して低下してもよい。また、別の態様において、タンパク質の活性は、P. ananatis NA1株と比較して低下してもよい。なお、「タンパク質の活性が低下する」ことには、同タンパク質の活性が完全に消失している場合も包含される。「タンパク質の活性が低下する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が低下していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が低下していることを意味してよい。すなわち、「タンパク質の活性が低下する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。なお、「タンパク質の細胞当たりの分子数が低下している」ことには、同タンパク質が全く存在していない場合も包含される。また、「タンパク質の分子当たりの機能が低下している」ことには、同タンパク質の分子当たりの機能が完全に消失している場合も包含される。タンパク質の活性の低下の程度は、タンパク質の活性が非改変株と比較して低下していれば特に制限されない。タンパク質の活性は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0166】
タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成できる。「遺伝子の発現が低下する」とは、同遺伝子の発現が野生株や親株等の非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が低下すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が低下することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」ことには、同遺伝子が全
く発現していない場合も包含される。なお、「遺伝子の発現が低下する」ことを、「遺伝子の発現が弱化される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0167】
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写効率の低下によるものであってもよく、翻訳効率の低下によるものであってもよく、それらの組み合わせによるものであってもよい。遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のプロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域等の発現調節配列を改変することにより達成できる。発現調節配列を改変する場合には、発現調節配列は、好ましくは1塩基以上、より好ましくは2塩基以上、特に好ましくは3塩基以上が改変される。遺伝子の転写効率の低下は、例えば、染色体上の遺伝子のプロモーターをより弱いプロモーターに置換することにより達成できる。「より弱いプロモーター」とは、遺伝子の転写が、もともと存在している野生型のプロモーターよりも弱化するプロモーターを意味する。より弱いプロモーターとしては、例えば、誘導型のプロモーターが挙げられる。すなわち、誘導型のプロモーターは、非誘導条件下(例えば、誘導物質の非存在下)でより弱いプロモーターとして機能し得る。また、発現調節配列の一部または全部の領域を欠失(欠損)させてもよい。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、発現制御に関わる因子を操作することによっても達成できる。発現制御に関わる因子としては、転写や翻訳制御に関わる低分子(誘導物質、阻害物質など)、タンパク質(転写因子など)、核酸(siRNAなど)等が挙げられる。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のコード領域に遺伝子の発現が低下するような変異を導入することによっても達成できる。例えば、遺伝子のコード領域のコドンを、宿主においてより低頻度で利用される同義コドンに置き換えることによって、遺伝子の発現を低下させることができる。また、例えば、後述するような遺伝子の破壊により、遺伝子の発現自体が低下し得る。
【0168】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより達成できる。「遺伝子が破壊される」とは、正常に機能するタンパク質を産生しないように同遺伝子が改変されることを意味する。「正常に機能するタンパク質を産生しない」ことには、同遺伝子からタンパク質が全く産生されない場合や、同遺伝子から分子当たりの機能(例えば活性や性質)が低下又は消失したタンパク質が産生される場合が包含される。
【0169】
遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子を欠失(欠損)させることにより達成できる。「遺伝子の欠失」とは、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失をいう。さらには、染色体上の遺伝子のコード領域の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。遺伝子のコード領域の前後の配列には、例えば、遺伝子の発現調節配列が含まれてよい。タンパク質の活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域は、N末端領域(タンパク質のN末端側をコードする領域)、内部領域、C末端領域(タンパク質のC末端側をコードする領域)等のいずれの領域であってもよい。通常、欠失させる領域は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。欠失させる領域は、例えば、遺伝子のコード領域全長の10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、または95%以上の長さの領域であってよい。また、欠失させる領域の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。リーディングフレームの不一致により、欠失させる領域の下流でフレームシフトが生じ得る。
【0170】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、終止コドン(ナンセンス変異)を導入すること、または1~2塩基の付加または欠失(フレームシフト変異)を導入すること等によっても達成できる(Journal of Biological Chemistry 272:8611-8617(1997), Proceedings of the Nati
onal Academy of Sciences, USA 95 5511-5515(1998), Journal of Biological Chemistry 26 116, 20833-20839(1991))。
【0171】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域に他の塩基配列を挿入することによっても達成できる。挿入部位は遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する塩基配列は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。リーディングフレームの不一致により、挿入部位の下流でフレームシフトが生じ得る。他の塩基配列としては、コードされるタンパク質の活性を低下又は消失させるものであれば特に制限されないが、例えば、抗生物質耐性遺伝子等のマーカー遺伝子や目的物質の生産に有用な遺伝子が挙げられる。
【0172】
遺伝子の破壊は、特に、コードされるタンパク質のアミノ酸配列が欠失(欠損)するように実施してよい。言い換えると、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、タンパク質のアミノ酸配列(アミノ酸配列の一部または全部の領域)を欠失させることにより、具体的には、アミノ酸配列(アミノ酸配列の一部または全部の領域)を欠失したタンパク質をコードするように遺伝子を改変することにより、達成できる。なお、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質のアミノ酸配列の一部または全部の領域の欠失をいう。また、「タンパク質のアミノ酸配列の欠失」とは、タンパク質において元のアミノ酸配列が存在しなくなることをいい、元のアミノ酸配列が別のアミノ酸配列に変化する場合も包含される。すなわち、例えば、フレームシフトにより別のアミノ酸配列に変化した領域は、欠失した領域とみなしてよい。タンパク質のアミノ酸配列の欠失により、典型的にはタンパク質の全長が短縮されるが、タンパク質の全長が変化しないか、あるいは延長される場合もあり得る。例えば、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域の欠失により、コードされるタンパク質のアミノ酸配列において、当該欠失した領域がコードする領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域への終止コドンの導入により、コードされるタンパク質のアミノ酸配列において、当該導入部位より下流の領域がコードする領域を欠失させることができる。また、例えば、遺伝子のコード領域におけるフレームシフトにより、当該フレームシフト部位がコードする領域を欠失させることができる。アミノ酸配列の欠失における欠失させる領域の位置および長さについては、遺伝子の欠失における欠失させる領域の位置および長さの説明を準用できる。
【0173】
c1795タンパク質の場合、例えば、少なくとも、そのアミノ酸配列のC末端の10残基、20残基、25残基、30残基、35残基、40残基、または44残基を欠失させてもよい。c1795タンパク質の場合、特に、少なくとも、そのアミノ酸配列のC末端の44残基を欠失させてもよい。例えば、配列番号2に示すc1795タンパク質の場合、配列番号2の90~133位のアミノ酸配列が「C末端の44残基」である。また、c1795タンパク質の場合、例えば、少なくとも、c1795タンパク質のアミノ酸配列における、配列番号2の上記C末端の部位(例えばC末端の44残基)に相当する部位を欠失させてもよい。任意のc1795タンパク質における「配列番号2の上記C末端の部位に相当する部位」の位置は、例えば、当該任意のc1795タンパク質のアミノ酸配列と配列番号2のアミノ酸配列とのアラインメントを実施することにより決定できる。アラインメントは、例えば、公知の遺伝子解析ソフトウェアを利用して行うことができる。具体的なソフトウェアとしては、日立ソリューションズ製のDNASISや、ゼネティックス製のGENETYXなどが挙げられる(Elizabeth C. Tyler et al., Computers and Biomedical Research, 24(1), 72-96, 1991;Barton GJ et al., Journal of molecular biology, 198(2), 327-37. 1987)。
【0174】
染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、例えば、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した破壊型遺伝子を作製し、該破壊型遺伝子を含む組換えDNAで宿主を形質転換して、破壊型遺伝子と染色体上の野生型遺伝子とで相同組換えを起こさ
せることにより、染色体上の野生型遺伝子を破壊型遺伝子に置換することによって達成できる。その際、組換えDNAには、宿主の栄養要求性等の形質にしたがって、マーカー遺伝子を含ませておくと操作がしやすい。破壊型遺伝子としては、遺伝子のコード領域の一部又は全部の領域を欠失した遺伝子、ミスセンス変異を導入した遺伝子、ナンセンス変異を導入した遺伝子、フレームシフト変異を導入した遺伝子、トランスポゾンやマーカー遺伝子等の挿入配列を挿入した遺伝子が挙げられる。破壊型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組み合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法などがある(米国特許第6303383号、特開平05-007491号)。なお、このような相同組み換えを利用した染色体の改変手法は、標的遺伝子の破壊に限られず、発現調節配列の改変等の、染色体の任意の改変に利用できる。
【0175】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
【0176】
なお、タンパク質が複数のサブユニットからなる複合体として機能する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、それら複数のサブユニットの全てを改変してもよく、一部のみを改変してもよい。すなわち、例えば、それらのサブユニットをコードする複数の遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。また、タンパク質に複数のアイソザイムが存在する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、複数のアイソザイムの全ての活性を低下させてもよく、一部のみの活性を低下させてもよい。すなわち、例えば、それらのアイソザイムをコードする複数の遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。
【0177】
上記のようなタンパク質の活性を低下させる手法は、単独で用いてもよく、任意の組み合わせで用いてもよい。
【0178】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
【0179】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が低下したことは、同遺伝子の転写量が低下したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が低下したことを確認することにより確認できる。
【0180】
遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を非改変株と比較することによって行うことができる。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR、マイクロアレイ、RNA-seq等が挙げられる(Sambrook,
J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。mRNAの量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%
以下、または0%に低下してよい。
【0181】
タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことができる(Sambrook, J., et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual/Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001)。タンパク質の量(例えば、細胞当たりの分子数)は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0182】
遺伝子が破壊されたことは、破壊に用いた手段に応じて、同遺伝子の一部または全部の塩基配列、制限酵素地図、または全長等を決定することで確認できる。
【0183】
上記したタンパク質の活性を低下させる手法は、任意のタンパク質の活性低下や任意の遺伝子の発現低下に利用できる。
【0184】
<2>本発明のL-アミノ酸の製造方法
本発明の方法は、本発明の細菌を培地で培養し、該培地中および/または該細菌の菌体内にL-アミノ酸を蓄積すること、および前記培地および/または前記菌体より前記L-アミノ酸を採取すること、を含むL-アミノ酸の製造方法である。L-アミノ酸については上述した通りである。本発明においては、1種のL-アミノ酸が製造されてもよく、2種またはそれ以上のL-アミノ酸が製造されてもよい。
【0185】
使用する培地は、本発明の細菌が増殖でき、目的のL-アミノ酸が生産される限り、特に制限されない。培地としては、例えば、腸内細菌科の細菌等の細菌の培養に用いられる通常の培地を用いることができる。培地としては、例えば、炭素源、窒素源、リン酸源、硫黄源、その他の各種有機成分や無機成分から選択される成分を必要に応じて含有する培地を用いることができる。培地成分の種類や濃度は、使用する細菌の種類等の諸条件に応じて適宜設定してよい。
【0186】
炭素源として、具体的には、例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、ラクトース、ガラクトース、キシロース、アラビノース、廃糖蜜、澱粉加水分解物、バイオマスの加水分解物等の糖類、酢酸、フマル酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類、グリセロール、粗グリセロール、エタノール等のアルコール類、脂肪酸類が挙げられる。なお、炭素源としては、植物由来原料を好適に用いることができる。植物としては、例えば、トウモロコシ、米、小麦、大豆、サトウキビ、ビート、綿が挙げられる。植物由来原料としては、例えば、根、茎、幹、枝、葉、花、種子等の器官、それらを含む植物体、それら植物器官の分解産物が挙げられる。植物由来原料の利用形態は特に制限されず、例えば、未加工品、絞り汁、粉砕物、精製物等のいずれの形態でも利用できる。また、キシロース等の5炭糖、グルコース等の6炭糖、またはそれらの混合物は、例えば、植物バイオマスから取得して利用できる。具体的には、これらの糖類は、植物バイオマスを、水蒸気処理、濃酸加水分解、希酸加水分解、セルラーゼ等の酵素による加水分解、アルカリ処理等の処理に供することにより取得できる。なお、ヘミセルロースは一般的にセルロースよりも加水分解されやすいため、植物バイオマス中のヘミセルロースを予め加水分解して五炭糖を遊離させ、次いで、セルロースを加水分解して六炭糖を生成してもよい。また、キシロースは、例えば、本発明の細菌にグルコース等の六炭糖からキシロースへの変換経路を保有させて、六炭糖からの変換により供給してもよい。炭素源としては、1種の炭素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の炭素源を組み合わせて用いてもよい。
【0187】
窒素源として、具体的には、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆タンパク質分解物等の有機窒素源、アンモニア、ウレアが挙げられる。pH調整に用いられるアンモニアガ
スやアンモニア水を窒素源として利用してもよい。窒素源としては、1種の窒素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の窒素源を組み合わせて用いてもよい。
【0188】
リン酸源として、具体的には、例えば、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2カリウム等のリン酸塩、ピロリン酸等のリン酸ポリマーが挙げられる。リン酸源としては、1種のリン酸源を用いてもよく、2種またはそれ以上のリン酸源を組み合わせて用いてもよい。
【0189】
硫黄源として、具体的には、例えば、硫酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩等の無機硫黄化合物、システイン、シスチン、グルタチオン等の含硫アミノ酸が挙げられる。硫黄源としては、1種の硫黄源を用いてもよく、2種またはそれ以上の硫黄源を組み合わせて用いてもよい。
【0190】
その他の各種有機成分や無機成分として、具体的には、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム等の無機塩類;鉄、マンガン、マグネシウム、カルシウム等の微量金属類;ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ビタミンB12等のビタミン類;アミノ酸類;核酸類;これらを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆タンパク質分解物等の有機成分が挙げられる。その他の各種有機成分や無機成分としては、1種の成分を用いてもよく、2種またはそれ以上の成分を組み合わせて用いてもよい。
【0191】
また、生育にアミノ酸などを要求する栄養要求性変異株を使用する場合には、培地に要求される栄養素を補添することが好ましい。
【0192】
また、培地中のビオチン量を制限することや、培地に界面活性剤またはペニシリンを添加することも好ましい。
【0193】
培養条件は、本発明の細菌が増殖でき、目的のL-アミノ酸が生産される限り、特に制限されない。培養は、例えば、腸内細菌科の細菌等の細菌の培養に用いられる通常の条件で行うことができる。培養条件は、使用する細菌の種類等の諸条件に応じて適宜設定してよい。
【0194】
培養は、液体培地を用いて行うことができる。培養の際には、本発明の細菌を寒天培地等の固体培地で培養したものを直接液体培地に接種してもよく、本発明の細菌を液体培地で種培養したものを本培養用の液体培地に接種してもよい。すなわち、培養は、種培養と本培養とに分けて行われてもよい。その場合、種培養と本培養の培養条件は、同一であってもよく、そうでなくてもよい。培養開始時に培地に含有される本発明の細菌の量は特に制限されない。本培養は、例えば、本培養の培地に、種培養液を1~50%(v/v)植菌することにより行ってよい。
【0195】
培養は、回分培養(batch culture)、流加培養(Fed-batch culture)、連続培養(continuous culture)、またはそれらの組み合わせにより実施することができる。なお、培養開始時の培地を、「初発培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系(発酵槽)に供給する培地を、「流加培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系に流加培地を供給することを、「流加」ともいう。なお、培養が種培養と本培養とに分けて行われる場合、例えば、種培養と本培養を、共に回分培養で行ってもよい。また、例えば、種培養を回分培養で行い、本培養を流加培養または連続培養で行ってもよい。
【0196】
本発明において、各培地成分は、初発培地、流加培地、またはその両方に含有されていてよい。初発培地に含有される成分の種類は、流加培地に含有される成分の種類と、同一
であってもよく、そうでなくてもよい。また、初発培地に含有される各成分の濃度は、流加培地に含有される各成分の濃度と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、含有する成分の種類および/または濃度の異なる2種またはそれ以上の流加培地を用いてもよい。例えば、複数回の流加が間欠的に行われる場合、各回の流加培地に含有される成分の種類および/または濃度は、同一であってもよく、そうでなくてもよい。
【0197】
培地中の炭素源の濃度は、本発明の細菌が増殖でき、L-アミノ酸が生産される限り、特に制限されない。培地中の炭素源の濃度は、例えば、L-アミノ酸の生産が阻害されない範囲で可能な限り高くしてよい。培地中の炭素源の濃度は、例えば、初発濃度(初発培地中の濃度)として、1~30w/v%、好ましくは3~10w/v%であってよい。また、適宜、炭素源を追加で培地に添加してもよい。例えば、発酵の進行に伴う炭素源の消費に応じて、炭素源を追加で培地に添加してもよい。
【0198】
培養は、例えば、好気条件で行うことができる。好気条件とは、液体培地中の溶存酸素濃度が、酸素膜電極による検出限界である0.33 ppm以上であることをいい、好ましくは1.5 ppm以上であることであってよい。酸素濃度は、例えば、飽和酸素濃度に対して5~50%、好ましくは10%程度に制御されてもよい。好気条件での培養は、具体的には、通気培養、振盪培養、撹拌培養、またはそれらの組み合わせで行うことができる。培地のpHは、例えば、pH3~10、好ましくはpH4.0~9.5であってよい。培養中、必要に応じて培地のpHを調整することができる。培地のpHは、アンモニアガス、アンモニア水、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウム、炭酸マグネシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等の各種アルカリ性または酸性物質を用いて調整することができる。培養温度は、例えば、20~40℃、好ましくは25℃~37℃であってよい。培養期間は、例えば、10時間~120時間であってよい。培養は、例えば、培地中の炭素源が消費されるまで、あるいは本発明の細菌の活性がなくなるまで、継続してもよい。このような条件下で本発明の細菌を培養することにより、培地中および/または菌体内にL-アミノ酸が蓄積する。
【0199】
また、L-グルタミン酸を製造する場合、L-グルタミン酸が析出する条件に調整された液体培地を用いて、培地中にL-グルタミン酸を析出させながら培養を行うこともできる。L-グルタミン酸が析出する条件としては、例えば、pH5.0~4.0、好ましくはpH4.5~4.0、さらに好ましくはpH4.3~4.0、特に好ましくはpH4.0の条件が挙げられる(EP1078989A)。また、L-グルタミン酸が析出する条件に調整された液体培地を用いる場合、パントテン酸を培地に添加することにより、より効率よく晶析できる(WO2004/111258)。また、L-グルタミン酸が析出する条件に調整された液体培地を用いる場合、L-グルタミン酸の結晶を種晶として培地に添加することにより、より効率よく晶析できる(EP1233069A)。また、L-グルタミン酸が析出する条件に調整された液体培地を用いる場合、L-グルタミン酸の結晶およびL-リジンの結晶を種晶として培地に添加することにより、より効率よく晶析できる(EP1624069A)。
【0200】
また、L-リジン等の塩基性アミノ酸を製造する場合、培養工程(発酵工程)は、重炭酸イオン及び/又は炭酸イオンが塩基性アミノ酸のカウンタイオンとなるように実施してもよい。そのような発酵形態を「炭酸塩発酵」ともいう。炭酸塩発酵によれば、塩基性アミノ酸のカウンタイオンとして従来利用されていた硫酸イオン及び/又は塩化物イオンの使用量を削減しつつ、塩基性アミノ酸を発酵生産することができる。炭酸塩発酵は、例えば、US2002-025564A、EP1813677A、特開2002-65287に記載されているように実施することができる。
【0201】
発酵液は、例えば、液体サイクロンで処理することができる。液体サイクロンとしては、例えば、一般的形状で、円筒部直径が10~110 mmの、セラミック製、ステンレス鋼製、
または樹脂製のものを用いることができる。液体サイクロンへの発酵液のフィード量は、例えば、発酵液中の菌体濃度やL-アミノ酸濃度に応じて設定することができる。液体サイクロンへの発酵液のフィード量は、例えば、2~1200 L/minであってよい。
【0202】
L-アミノ酸が生成したことは、化合物の検出または同定に用いられる公知の手法により確認することができる。そのような手法としては、例えば、HPLC、LC/MS、GC/MS、NMRが挙げられる。これらの手法は、単独で、あるいは適宜組み合わせて用いることができる。
【0203】
発酵液からのL-アミノ酸の回収は、化合物の分離精製に用いられる公知の手法により行うことができる。そのような手法としては、例えば、イオン交換樹脂法(Nagai, H. et
al., Separation Science and Technology, 39(16), 3691-3710)、沈殿法、膜分離法(特開平9-164323、特開平9-173792)、晶析法(WO2008/078448、WO2008/078646)が挙げられる。これらの手法は、単独で、あるいは適宜組み合わせて用いることができる。なお、菌体内にL-アミノ酸が蓄積する場合には、例えば、菌体を超音波などにより破砕し、遠心分離によって菌体を除去して得られる上清から、イオン交換樹脂法などによってL-アミノ酸を回収することができる。回収されるL-アミノ酸は、フリー体、その塩、またはそれらの混合物であってよい。塩としては、例えば、硫酸塩、塩酸塩、炭酸塩、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩が挙げられる。L-グルタミン酸を製造する場合、回収されるL-グルタミン酸は、具体的には、例えば、フリー体のL-グルタミン酸、L-グルタミン酸ナトリウム(例えばmonosodium L-glutamate;MSG)、L-グルタミン酸アンモニウム(例えばmonoammonium L-glutamate)、またはそれらの混合物であってもよい。例えば、発酵液中のL-グルタミン酸アンモニウムを酸を加えて晶析させ、結晶に等モルの水酸化ナトリウムを添加することでL-グルタミン酸ナトリウム(MSG)が得られる。なお、晶析前後に活性炭を加えて脱色してもよい(グルタミン酸ナトリウムの工業晶析 日本海水学会誌 56巻 5号 川喜田哲哉参照)。L-グルタミン酸ナトリウム結晶は、例えば、うま味調味料として用いることができる。L-グルタミン酸ナトリウム結晶は、同様にうま味を有するグアニル酸ナトリウムやイノシン酸ナトリウム等の核酸と混合して調味料として用いてもよい。
【0204】
また、L-アミノ酸が培地中に析出する場合は、遠心分離又は濾過等により回収することができる。また、培地中に析出したL-アミノ酸は、培地中に溶解しているL-アミノ酸を晶析した後に、併せて単離してもよい。
【0205】
尚、回収されるL-アミノ酸は、L-アミノ酸以外に、細菌菌体、培地成分、水分、及び細菌の代謝副産物等の成分を含んでいてもよい。L-アミノ酸は、所望の程度に精製されていてもよい。回収されるL-アミノ酸の純度は、例えば、50%(w/w)以上、好ましくは85%(w/w)以上、特に好ましくは95%(w/w)以上であってよい(JP1214636B, USP5,431,933, USP4,956,471, USP4,777,051, USP4,946,654, USP5,840,358, USP6,238,714, US2005/0025878)。
【実施例】
【0206】
以下、非限定的な実施例を参照して本発明をさらに具体的に説明する。
【0207】
〔実施例1〕パントエア・アナナティスのc1795終止変異導入株によるL-グルタミン酸生産
本実施例では、c1795遺伝子への終止変異の導入がL-グルタミン酸生産に与える影響を評価した。c1795遺伝子は、Pantoea ananatis AJ13355のゲノム配列(GenBank Accession Number AP012032.2)の1401350~1401751位に見出された新規遺伝子である。
【0208】
(1)c1795終止変異導入株の構築
(1-1)pUC18-c1795-(λattL-Kmr-λattR)プラスミドの構築
c1795遺伝子を搭載するプラスミドpUC18-c1795-(λattL-Kmr-λattR)を準備した。pUC18-c1795-(λattL-Kmr-λattR)は、以下の手順で構築することができる。
【0209】
パントエア・アナナティスAJ13355株(FERM BP-6614)の染色体DNAを鋳型として、プライマー(配列番号9と10)を用いて、PCRによりc1795遺伝子を増幅する。プラスミドpMW118-(λattL-Kmr-λattR)(WO2008/090770)を鋳型として、プライマー(配列番号11と12)を用いて、PCRによりλattL-Kmr-λattR領域を増幅する。pUC18プラスミドを制限酵素EcoRIおよびSalIで消化する。これらの3断片をIn-Fusion HD Cloning Kit(Clontech社製)を用いて連結し、c1795遺伝子の下流にλattL-Kmr-λattRが連結されたプラスミドpUC18-c1795-(λattL-Kmr-λattR)を取得する。
【0210】
(1-2)pUC18-c1795mt-(λattL-Kmr-λattR)プラスミドの構築
268位のG(グアニン)をA(アデニン)に変化させ、266位と267位の間にC(シトシン)を挿入した変異型c1795遺伝子を搭載するプラスミドpUC18-c1795mt-(λattL-Kmr-λattR)を準備した。なお、c1795遺伝子の開始コドンATGのAを1位とする。同変異型c1795遺伝子においては、268~270位に終始コドンが出現する。すなわち、同変異型c1795遺伝子は、配列番号2に示す野生型c1795タンパク質のC末端の44残基(配列番号2の90~133位のアミノ酸配列)が欠損した変異型c1795タンパク質をコードする。pUC18-c1795mt-(λattL-Kmr-λattR)は、以下の手順で構築することができる。
【0211】
まず、pUC18-c1795-(λattL-Kmr-λattR)を鋳型として、プライマー(配列番号13と14)を用いて、PCRによりプラスミド全長を増幅する。次に、得られたPCR産物をDpnIで消化した後、E. coli JM109株を形質転換し、25 μg/mLのカナマイシン(Km)を含むLB寒天培地(バクトトリプトン10 g/L、イーストエキストラクト5 g/L、NaCl 5 g/L、寒天15 g/L、pH7.0)に塗布後、37℃で終夜培養し、生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出する。3100ジェネティックアナライザー(アプライドバイオシステムズ社製)を用いてプラスミドの塩基配列を決定し、目的の変異の導入が確認されたものをpUC18-c1795mt-(λattL-Kmr-λattR)と名付ける。
【0212】
(1-3)c1795終止変異導入株の構築
pUC18-c1795mt-(λattL-Kmr-λattR)を鋳型として、プライマー(配列番号15と16)を用いて、PCRによりRed recombination用のc1795mt-(λattL-Kmr-λattR)断片を増幅した。配列番号15のプライマーは、開始コドンを含むパントエア・アナナティスのc1795遺伝子の相同配列を含む。配列番号16のプライマーは、パントエア・アナナティスのc1795遺伝子下流の相同配列にλattL-Kmr-λattRの5’末端の相同配列が続くという構造を有する。
【0213】
ヘルパープラスミドRSF-Red-TER(WO2008/090770)を、λファージRed遺伝子の担体として使用した。RSF-Red-TERで形質転換したパントエア・アナナティスSC17(0)株(VKPM B-9246)を100 μg/mLのスぺクチノマイシンを含むLB培地(バクトトリプトン10 g/L、イーストエキストラクト5 g/L、NaCl 5 g/L、pH7.0)で34℃で一夜培養した。続いて、培養液を100 μg/mLのスぺクチノマイシンおよび1 mMのIPTGを含む新鮮なLB培地で100倍に希釈し、34℃で2.5時間振とう培養した。35 mLの培養液から遠心により菌体を回収し、25 mL、10 mL、10 mLの10%グリセロールで3回洗浄し、300 μLの10%グリセロールに懸濁し、コンピテントセルの懸濁液を得た。エレクトロポレーションの直前に、2 μLの脱イオン水に溶解したc1795mt-(λattL-Kmr-λattR)断片600 ngを50 μLの細胞懸濁液に加えた。細菌エレクトロポレーション装置(「BioRad」米国、カタログ番号165-2089、バージョン2-89)を用いてエレクトロポレーションを行った。使用したパルスのパラメータは、電界
強度:17.5 kV/cm、パルス時間:5 m秒であった。
【0214】
エレクトロポレーション後、直ちに1 mLのSOC培地を細胞懸濁液に加えた。次いで、細胞を34℃で2時間、通気下で培養し、さらに40 μg/mLのカナマイシンを含むLB寒天培地で34℃で一夜培養した。得られたカナマイシン耐性株の染色体構造を塩基配列決定により確認し、染色体上のc1795遺伝子への目的の変異の導入が確認されたものをSC17(0)::c1795mtと名付けた。
【0215】
SC17(0)::c1795mt株からPurElute Bacterial Genomic kit(EdgeBio)を用いて染色体DNAを抽出した。得られた染色体DNAをエレクトロポレーションによりパントエア・アナナティスNA1株(WO2008/090770)に導入し、40 mg/Lのカナマイシン(Km)および12.5 mg/Lのテトラサイクリン(Tet)を含むLB寒天培地にて培養し、約20個のコロニーを形質転換体として取得した。得られた形質転換体の染色体構造を確認し、染色体上のc1795遺伝子への目的の変異が確認されたものをNA1-c1795mt株と名付けた。
【0216】
(2)c1795終止変異導入株のL-グルタミン酸生産能評価
c1795遺伝子への終止変異の導入がL-グルタミン酸生産に与える影響を評価するために、c1795終止変異導入株(NA1-c1795mt)と対照株(NA1)を用いて以下の手順で試験管培養を行った。
【0217】
12.5 mg/LのTetを含むLB寒天培地にNA1株またはNA1-c1795mt株を塗布し、34℃にて一晩培養した。太試験管に入れた表1に示す試験管培養用培地5 mLに、充分に生育したプレート1/2枚分の菌体(約5 μL)を接種し、往復振とう培養装置(120 rpm)で、34℃にて19時間培養を行った。培養終了時の培養液のOD620と培養液上清のL-グルタミン酸濃度を表2に示す。c1795終止変異導入株(NA1-c1795mt)では、対照株(NA1)と比べて高いL-グルタミン酸生産能が観察された。
【0218】
【0219】
【0220】
〔実施例2〕パントエア・アナナティスのPAJ_1175遺伝子増幅株およびPAJ_1174-73遺伝
子増幅株によるL-グルタミン酸生産
本発明者は、別途、c1795遺伝子の近傍に存在するPAJ_1175、PAJ_1174、およびPAJ_1173遺伝子の発現がc1795遺伝子への終止変異の導入により増強されることを見出した(Data
not shown)。そこで、本実施例では、PAJ_1175遺伝子またはPAJ_1174-73遺伝子の発現増強がL-グルタミン酸生産に与える影響を評価した。「PAJ_1174-73遺伝子」とは、PAJ_1174遺伝子およびPAJ_1173遺伝子をいう。パントエア・アナナティスAJ13355株(FERM BP-6614)において、PAJ_1174-73遺伝子はオペロンを構成していると考えられる。
【0221】
(1)PAJ_1175遺伝子増幅用プラスミドの構築
発現ベクターとしては、プラスミドpMIV-5JS(特開2008-99668)を基に構築したプラスミドpMIV-Pnlp8(特開2010-187552)を用いた。また対照としては、空ベクターであるpMIV-5JSを使用した。pMIV-Pnlp8は、強力なプロモーターであるPnlp8とrrnBターミネーターを有し、Pnlp8とrrnBターミネーターの間にはSalIとXbaI部位が存在する。よって、目的の遺伝子の5’側に制限酵素サイトSalIあるいはXhoIを、3’側に制限酵素サイトXbaIをデザインしておくことで、目的の遺伝子をPnlp8とrrnBターミネーターの間にクローニングし、目的の遺伝子の発現プラスミドを構築することができる。PAJ_1175遺伝子は、パントエア・アナナティスAJ13355株(FERM BP-6614)の染色体DNAを鋳型として、プライマー(配列番号17と18)を用いたPCRにより増幅した。PCRは、KOD plus(東洋紡)を利用し、94℃、2分、(94℃、15秒、45℃、30秒、68℃、1分/kb)×30サイクル、68℃、10分の条件で実施した。PCR産物をSalIとXbaIにより制限酵素処理し、SalIとXbaIにより制限酵素処理したpMIV-Pnlp8にライゲーションした。ライゲーション産物でE. coli JM109株を形質転換し、PAJ_1175遺伝子の想定配列長を有するクローンを選抜した。それらクローンから定法に従いプラスミド抽出を行い、プラスミドの塩基配列を確認した。PAJ_1175遺伝子の挿入が確認されたプラスミドをpMIV-Pnlp8_PAJ_1175と名付けた。pMIV-Pnlp8_PAJ_1175の塩基配列を配列番号19に示す。
【0222】
(2)PAJ_1174-73遺伝子増幅用プラスミドの構築
PAJ_1174-73遺伝子は、パントエア・アナナティスAJ13355株(FERM BP-6614)の染色体DNAを鋳型として、プライマー(配列番号20と21)を用いたPCRにより増幅した。PCRは、KOD plus(東洋紡)を利用し、94℃、2分、(94℃、15秒、45℃、30秒、68℃、1分/kb)×30サイクル、68℃、10分の条件で実施した。PCR産物をXhoIとXbaIにより制限酵素処理し、SalIとXbaIにより制限酵素処理したpMIV-Pnlp8にライゲーションした。ライゲーション産物でE. coli JM109株を形質転換し、PAJ_1174-73遺伝子の想定配列長を有するクローンを選抜した。それらクローンから定法に従いプラスミド抽出を行い、プラスミドの塩基配列を確認した。PAJ_1174-73遺伝子の挿入が確認されたプラスミドをpMIV-Pnlp8_PAJ_1174-73と名付けた。pMIV-Pnlp8_PAJ_1174-73の塩基配列を配列番号22に示す。
【0223】
(3)PAJ_1175遺伝子増幅株およびPAJ_1174-73遺伝子増幅株の構築
パントエア・アナナティスNA1株(WO2008/090770)にエレクトロポレーション法によりpMIV-5JS、pMIV-Pnlp8_PAJ_1175、および、pMIV-Pnlp8_PAJ_1174-73プラスミドをそれぞれ導入し、20 mg/Lのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地で34℃にて18時間培養し、形質転換体を取得した。pMIV-5JS、pMIV-Pnlp8_PAJ_1175、およびpMIV-Pnlp8_PAJ_1174-73が導入された株を、それぞれ、NA1/pMIV-5JS株、NA1/pMIV-Pnlp8_PAJ_1175株、およびNA1/pMIV-5JS-Pnlp8_PAJ_1174-73株と命名した。
【0224】
(4)PAJ_1175遺伝子増幅株およびPAJ_1174-73遺伝子増幅株のL-グルタミン酸生産能評価
実施例1(2)と同様の方法により、対照株(NA1/pMIV-5JS)、PAJ_1175遺伝子増幅株(NA1/pMIV-Pnlp8_PAJ_1175)、およびPAJ_1174-73遺伝子増幅株(NA1/pMIV-5JS-Pnlp8_PAJ_1174-73株)の試験管培養を行った。培養終了時の培養液のOD620と培養液上清のL-
グルタミン酸濃度を表3に示す。PAJ_1175遺伝子増幅株およびPAJ_1174-73遺伝子増幅株では、いずれも、対照株(NA1/pMIV-5JS)と比べて高いL-グルタミン酸生産能が観察された。
【0225】
【0226】
〔実施例3〕パントエア・アナナティスのc1795遺伝子欠損株によるL-グルタミン酸生産
本実施例では、c1795遺伝子の欠損がL-グルタミン酸生産に与える影響を評価した。
【0227】
(1)c1795遺伝子欠損株の構築
pMW118-(λattL-Kmr-λattR)を鋳型として、プライマー(配列番号23と24)を用いて、PCRによりRed recombination用の約1.5kbpのDNA断片を増幅した。配列番号23のプライマーは、パントエア・アナナティスのc1795遺伝子上流の相同配列にλattL-Kmr-λattRの5’端の相同配列が続くという構造を有する。配列番号24のプライマーは、パントエア・アナナティスのc1795遺伝子下流の相補配列に、λattL-Kmr-λattRの3’端の相補配列が続くという構造を有する。増幅したDNA断片は、c1795遺伝子上流の相同配列、λattL-Kmr-λattR、c1795遺伝子下流の相同配列が順に結合した構造を有する。
【0228】
DNA断片は、精製してRed recombinationに用いた。ヘルパープラスミドRSF-Red-TERを、λファージRed遺伝子の担体として使用した。RSF-Red-TERで形質転換したパントエア・アナナティスSC17(0)株(VKPM B-9246)を50 μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB培地で34℃で一夜培養した。続いて、培養液を50 μg/mLのクロラムフェニコールを含む新鮮なLB培地で100倍に希釈し、OD600が0.3になるまで34℃で通気下で生育させた。その後、IPTGを1 mM添加し、OD600が0.7になるまで培養を続けた。10 mLの培養液から遠心により菌体を回収し、等量の冷10%グリセロールで3回洗浄し、80 μlの冷10%グリセロールに懸濁し、コンピテントセルの懸濁液を得た。DNA断片を10 μlの脱イオン水に溶解し、100~200 ngのDNA断片を細胞懸濁液に加えた。細菌エレクトロポレーション装置(「BioRad」米国、カタログ番号165-2089, バージョン2-89)を用いてエレクトロポレーションを行った。使用したパルスのパラメータは、電界強度:18 kV/cm、パルス時間:5 m秒であった。
【0229】
エレクトロポレーション後、直ちにグルコース(0.5%)を補填した1 mLのLB培地を細胞懸濁液に加えた。次いで、細胞を34℃で2時間、通気下で培養し、さらに40 mg/Lカナマイシンを含むLB寒天培地にて培養し、約20個のコロニーを形質転換体として取得した。c1795遺伝子領域がλattL-Kmr-λattRで置換されたことを、配列番号25と26のプライマーを用いたPCRにより確認し、置換が確認された株をSC17(0)::Δc1795と名付けた。
【0230】
SC17(0)::Δc1795株から染色体DNAを抽出した。得られた染色体DNAをエレクトロポレーションによりパントエア・アナナティスNA1株(WO2008/090770)に導入し、40 mg/Lのカ
ナマイシンおよび12.5 mg/Lのテトラサイクリン塩酸塩を含むLBGM9寒天培地にて培養し、約20個のコロニーを形質転換体として取得した。LBGM9寒天培地は、LB寒天培地に最少培地成分(グルコース5 g/L、硫酸マグネシウム2 mM、リン酸一カリウム3 g/L、塩化ナトリウム0.5 g/L、塩化アンモニウム1 g/L、リン酸二ナトリウム6 g/L)を添加したものである。これらの形質転換体は、いずれも、c1795遺伝子領域がλattL-Kmr-λattRで置換されたことを確認した。これらの形質転換体の1クローンをNA1::Δc1795と名付けた。
【0231】
(2)c1795遺伝子欠損株のL-グルタミン酸生産能評価
実施例1(2)と同様の方法により、対照株(NA1)とc1795遺伝子欠損株(NA1::Δc1795)の試験管培養を行った。培養終了時の培養液のOD620と培養液上清のL-グルタミン酸濃度を表4に示す。c1795遺伝子欠損株では、対照株(NA1)と比べて高いL-グルタミン酸生産能が観察された。
【0232】
【0233】
〔配列表の説明〕
配列番号1:P. ananatis AJ13355のc1795遺伝子の塩基配列
配列番号2:P. ananatis AJ13355のc1795タンパク質のアミノ酸配列
配列番号3:P. ananatis AJ13355のPAJ_1175遺伝子の塩基配列
配列番号4:P. ananatis AJ13355のPAJ_1175タンパク質のアミノ酸配列
配列番号5:P. ananatis AJ13355のPAJ_1174遺伝子の塩基配列
配列番号6:P. ananatis AJ13355のPAJ_1174タンパク質のアミノ酸配列
配列番号7:P. ananatis AJ13355のPAJ_1173遺伝子の塩基配列
配列番号8:P. ananatis AJ13355のPAJ_1173タンパク質のアミノ酸配列
配列番号9~18:プライマー
配列番号19:pMIV-Pnlp8_PAJ_1175の塩基配列
配列番号20~21:プライマー
配列番号22:pMIV-Pnlp8_PAJ_1174-73の塩基配列
配列番号23~26:プライマー
【配列表】