(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】たん白質強化パン類の製造方法
(51)【国際特許分類】
A21D 2/26 20060101AFI20240925BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20240925BHJP
【FI】
A21D2/26
A21D13/00
(21)【出願番号】P 2020054145
(22)【出願日】2020-03-25
【審査請求日】2023-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】円谷 恭子
(72)【発明者】
【氏名】成瀬 理人
(72)【発明者】
【氏名】馬場 司
【審査官】千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-058304(JP,A)
【文献】国際公開第2014/157717(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/056366(WO,A1)
【文献】特開2017-112902(JP,A)
【文献】特開2008-237127(JP,A)
【文献】特開2014-003952(JP,A)
【文献】特開2007-053919(JP,A)
【文献】国際公開第2007/114129(WO,A1)
【文献】特開2017-079657(JP,A)
【文献】特開2015-177774(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23J、A21D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
穀粉類を含有するパン類の製造方法であって、TCA(0.22Mトリクロロ酢酸)可溶率
7%以下、及びNSI(窒素溶解指数)
85%以上を満たす
粉末状豆類たん白を、
穀粉100重量部に対し2重量部以上25重量部以下配合し、かつ、
粉末状豆類たん白の配合量に対し5~50重量%の活性グルテンを配合することを特徴とする、たん白質が強化されたパン類の製造方法。
【請求項2】
穀粉類を含有するパン類の製造方法であって、TCA(0.22Mトリクロロ酢酸)可溶率
5%以下、及びNSI(窒素溶解指数)
90%以上を満たす
粉末状大豆たん白を、
穀粉100重量部に対し5重量部以上20重量部以下配合し、かつ、
粉末状大豆たん白の配合量に対し5~50重量%の活性グルテンを配合することを特徴とする、たん白質が強化されたパン類の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は植物性たん白質、特に大豆たん白質を配合したパン類に関する。
【背景技術】
【0002】
健康志向の高まりなどを背景とし、日常の食生活で無理なく、良質なたん白質を効率的に摂取したいという要望が増加している。中でも大豆たん白質はアミノ酸組成のバランスが良く、血清コレステロール低下作用などの生理効果でも知られ、栄養・健康訴求食品においても広く使用されている。この大豆たん白質を日常食であるパンに配合することで効率的な摂取が期待できるが、単に添加しただけではその保水性によってパン生地中の水分を奪い、また小麦粉のグルテンネットワークを阻害し、硬く、ボリューム不足となってしまうことが知られている(非特許文献1、2)。
【0003】
特許文献1によれば、小麦粉に対して大豆たん白質3~15%を添加し、キシラナーゼの併用によりたん白質強化のパン類が作製可能となる。
特許文献2は粗蛋白質含量50~65重量%、不溶性食物繊維2~10重量%、窒素溶解指数(NSI)50以下の粉末状大豆素材に関する発明であり、ベーカリー食品においても生地の物性を阻害することなく蛋白質強化が可能である旨が記載されている。
特許文献3によれば、加熱乾燥により不溶化させた大豆たん白質素材を用いることで、たん白質を3~30重量%配合したパンが製造できる。ただしこれらの技術は特別な原材料を必要とするため、より簡易で汎用的な手段の提供が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平11-243844号公報
【文献】国際公開WO2011/4893号
【文献】特開2016-2059号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】「分離大豆たんぱく質の添加量および加水量がパンの物性および官能評価に与える影響」平成23年度日本調理科学会大会要旨集
【文献】S. S. Chen and V. F. Rasper, Can. Inst. Food Sci. Technol. J., 15, 211 (1982)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、特別な原材料や製法によらずに、植物性たん白質、特に大豆たん白を配合したパンを製造することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題に関し鋭意検討に着手し、市販の粉末状大豆たん白について複数の観点から詳細な検証を行った。そして、特定のTCA可溶率及びNSIの要件を満たすものを用い、さらに活性グルテンを配合することで、たん白質を強化してもボリューム良好なパン類が製造可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は
(1)TCA(0.22Mトリクロロ酢酸)可溶率10%以下及びNSI(窒素溶解指数)80%以上を満たす粉末状植物性たん白を配合することを特徴とする、たん白質が強化されたパン類の製造方法、
(2)粉末状植物性たん白の配合量が穀粉100重量部に対し1重量部以上25重量部以下である、(1)に記載の製造方法、
(3)粉末状植物性たん白の配合量に対し5~50重量%の活性グルテンを配合する、(1)または(2)に記載の製造方法、である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0010】
(パン類)
本発明のパン類とは、小麦粉などの穀粉類、イースト、食塩及び水を主原料とし、糖類、乳製品、卵製品、食用油脂類などの副原料を添加し、混捏した生地を発酵、成形し、焼成、蒸し、フライ等の加熱により製造されるものを指し、食パン、菓子パン、テーブルロール、フランスパン、クロワッサン、デニッシュペストリー、イーストドーナツに例示される。
パン生地の製造方法についても特に制限はなく、一般的に使用されるストレート法、中種法、他にも冷凍生地法、冷蔵生地法などいずれも用いることができる。
【0011】
(たん白質強化パン)
本発明の「たん白質強化パン」とは、食品表示基準第七条「栄養成分の補給ができる旨」の項目中、強化された旨の表示に関する規定に基づき、たん白質含量が25%以上の相対差を有するものを指す。本発明においては日本食品標準成分表(七訂)追補2017年版収載「食パン」のたん白質量9.0g/100gを基準とし、11.3g/100g以上となるパンのことをいう。
【0012】
(粉末状植物性たん白)
粉末状植物性たん白とは大豆、エンドウ、緑豆、ヒヨコ豆、ササゲ等の豆類やキャノーラ種子等に例示される植物のたん白を高純度に抽出、回収、粉末化したものであり、本発明には大豆を原料とする粉末状大豆たん白が好適である。
粉末状植物性たん白としては後述するTCA可溶率、及びNSIの条件をどちらも満たす市販品を適宜選択し用いる。粉末状植物性たん白の配合量としては、好ましくは穀粉100重量部あたり1重量部以上、より好ましくは2重量以上25重量部以下、さらに好ましくは3~23重量部、最も好ましくは5~20重量部である。特に5重量部以上の配合量であってもパンのボリューム(膨化)や食感を過度に阻害しないことが特徴である。
添加時期についても特に制限はなく、他の原材料と同時に混合することができる。中種法の場合は中種原料とすることもできるが、本捏生地原料として加えることがより好ましい。
【0013】
(TCA可溶率)
本発明にはTCA(0.22Mトリクロロ酢酸)可溶率が10%以下である粉末状植物性たん白を用いる。TCA可溶率は好ましくは7%以下、最も好ましくは5%以下である。これより高いと膨化不十分で比容積の小さいパンとなってしまう場合がある。なおTCA可溶率とは、粉末状植物性たん白を蛋白質含量として1.0重量%となるように水に分散させ十分撹拌した分散液について、全蛋白質に対する0.22Mトリクロロ酢酸に溶解する蛋白質の割合をケルダール法により測定したものである。
【0014】
(NSI:窒素溶解指数)
本発明には、NSI(Nitrogen Solubility Index:窒素溶解指数)が80%以上である粉末状植物性たん白を用いる。より好ましくは85%以上、最も好ましくは90%以上である。なお、NSIは所定の方法に基づき、全窒素量に占める水溶性窒素(粗蛋白)の比率(重量%)で表すものとし、本発明においては後述の方法に準じて測定された値とする。
【0015】
(穀粉)
本発明のパン類に用いる穀粉としては、強力粉、薄力粉、中力粉などの小麦粉類の他、ライ麦粉、全粒粉、米粉などの穀物の粉や各種澱粉、加工澱粉類から選ばれる1種類、あるいは2種類以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0016】
(活性グルテン)
活性グルテン(バイタルグルテン)とは、小麦粉等に水を加えて混捏し水洗して得られた生グルテンを乾燥させ粉末状にしたものであり、市販品を適宜選択し用いることができる。添加時期は常法によればよく、穀粉や水など他の原材料と同時に混合することができる。中種法の場合は中種原料とすることもできるが、本捏生地原料として加えることがより好ましい。添加量は、粉末状植物性たん白の配合量に対し5~50重量%、より好ましくは8~40%、さらに好ましくは10~30%である。これより少ないと本発明の効果が得られにくく、これより多いと生地の作業性が悪くなる場合がある。
【0017】
(その他原材料)
本発明には他にもイースト、イーストフード、油脂類、糖類、食塩、卵、乳製品、ゲル化剤、安定剤、乳化剤、多糖類、酵素類など、通常公知のパン類に配合される原材料類を、本発明の効果を阻害しない範囲でいずれも配合することができる。
【実施例】
【0018】
以降に本発明をより詳細に説明する。なお、文中の「部」および「%」は、特に断りのない限り重量基準を意味する。
【0019】
(市販粉末状大豆たん白の分析)
市販の粉末状大豆たん白A~Dを準備し、それぞれ一般組成、TCA可溶率及びNSIを測定した。
TCA可溶率は、粉末状大豆たん白2重量%水溶液に0.44Mトリクロロ酢酸(TCA)を等量加え、可溶性蛋白質の割合をケルダール法により測定した。
NSI はAOCS(American Oil Chemist's Society)の公式分析法BA-11-65 NSIに従って測定した。
【0020】
(表1)市販粉末状大豆たん白の一般組成、測定値(%)
【0021】
(検討1)
表2、3の原料および製法に従い、小麦粉の10%を粉末状大豆たん白に置換し(小麦粉100重量部あたり11.1重量部の配合に相当)、中種法により食パンを製造した。なお、マーガリンは不二製油株式会社製「メサージュV」、活性グルテンは鳥越製粉株式会社製「PROグル65」を用いた。
【0022】
(評価および結果)
パンは焼成翌日に測定及びパネラー5名による官能評価を行い、下記基準に従い判定した。なお、それぞれの合格ラインは「通常のパンとして概ね問題ない外観・食感・食味」であることを基準とした。
表4に示す通り、粉末状大豆たん白A、Bを用いた試験区では、パンとして問題ない品質が得られた。
【0023】
(評価基準)
体積(cm3):対照区を1とし、0.7以上を合格とした。
比容積(cm3/g):3.4以上を合格とした。
作業性:「生地のべたつき・切れ、伸びの悪さ」の発生有無と、それに伴う取扱作業の容易性や困難性を観点として下記基準で評価し、パンの製造は可能である△以上を合格とした。
◎:発生はほぼなく、作業が容易
○:多少発生するが、作業は可能
△:発生し、作業は困難
×:著しく発生し、取扱い不可能
【0024】
食感については以下の観点で評価し、△以上を合格とした。
◎:対照区と同等
○:良好
△:やや重いが、パンとして受容可能な範囲
×:目が詰まって重い
【0025】
【0026】
【0027】
【0028】
(検討2)
表5、6の原料および製法に従い、ストレート法により粉末状大豆たん白10%配合の食パンを製造し、同様に評価した。表7に示す通り、製法が異なっても、粉末状大豆たん白A、Bを用いることで問題のない品質のパンが製造できた。
【0029】
【0030】
【0031】
【0032】
(検討3)
表8の配合に従い、粉末状大豆たん白Aの配合量を15部とし(小麦粉100重量部あたり17.6重量部に相当)、中種法によりパンを製造した。工程条件は表3に従った。
表9に示す通り、粉末状大豆たん白の配合量を増加させた場合でも、活性グルテンの配合により、ボリュームや食感を過度に損ねることなくパンとしての品質が維持された。
【0033】
【0034】