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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】推定装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 40/12 20120101AFI20240925BHJP
【FI】
B60W40/12
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2020101917
(22)【出願日】2020-06-11
(65)【公開番号】P2021194981
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-04-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100140486
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100170058
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 拓真
(72)【発明者】
【氏名】飯田 貴大
(72)【発明者】
【氏名】劉 海博
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 大暉
【審査官】鶴江 陽介
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-123629(JP,A)
【文献】特開2010-105479(JP,A)
【文献】特開2014-234001(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 30/00-60/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両(100)の重心位置を推定する推定装置(10)であって、
前記車両の車輪(111,112,121,122)に加えられる転舵トルクに関する情報、であるトルク情報を取得するトルク取得部(11)と、
前記トルク情報に基づいて、前記車輪が路面から受けている輪荷重を取得する輪荷重取得部(12)と、
前記車両が有するそれぞれの前記車輪ごとの、前記輪荷重の値に基づいて、前記車両の重心位置を推定する推定部(13)と、を備え
前記トルク取得部は、前記車両が直進しており、且つ、一定の加速度で加速又は減速しながら走行しているときに、前記車輪の転舵角を変化させる処理である転舵処理を行って前記トルク情報を取得する、推定装置。
【請求項2】
前記トルク取得部は、前記転舵処理を、前記車両が有する複数の前記車輪に対して同時に行う、請求項に記載の推定装置。
【請求項3】
前記トルク取得部は、前記転舵処理を、前記車両が有する全ての前記車輪に対して同時に行う、請求項に記載の推定装置。
【請求項4】
前記トルク取得部は、前記転舵処理において、前記車両が有する左右一対の前記車輪のそれぞれの転舵角を互いに逆方向に変化させる、請求項2又はに記載の推定装置。
【請求項5】
前記輪荷重取得部は、前記車輪の転舵角が一定となっているときに取得された前記トルク情報に基づいて、前記輪荷重を取得する、請求項に記載の推定装置。
【請求項6】
車両(100)の重心位置を推定する推定装置(10)であって、
前記車両の車輪(111,112,121,122)に加えられる転舵トルクに関する情報、であるトルク情報を取得するトルク取得部(11)と、
前記トルク情報に基づいて、前記車輪が路面から受けている輪荷重を取得する輪荷重取得部(12)と、
前記車両が有するそれぞれの前記車輪ごとの、前記輪荷重の値に基づいて、前記車両の重心位置を推定する推定部(13)と、を備え
前記トルク取得部は、前記トルク情報を取得する際に、前記車輪の転舵角を変化させる処理、である転舵処理を行うものであって、
前記トルク取得部は、
前記車両が直進しており、且つ、一定の加速度で加速又は減速しながら走行しているときに、前記車輪の転舵角を2度以下の範囲内で変化させるように前記転舵処理を行う、推定装置。
【請求項7】
前記トルク情報と前記輪荷重との対応関係を記憶している記憶部(14)を更に備え、
前記輪荷重取得部は、前記対応関係を参照することにより前記輪荷重を取得する、請求項1乃至のいずれか1項に記載の推定装置。
【請求項8】
前記記憶部は、前記車両の走行状態を示す情報、である状態情報ごとに前記対応関係を記憶している、請求項に記載の推定装置。
【請求項9】
前記状態情報には、前記車輪のスリップ角を示す情報が含まれる、請求項に記載の推定装置。
【請求項10】
前記状態情報には、前記車輪の転舵角を示す情報が含まれる、請求項に記載の推定装置。
【請求項11】
車両(100)の重心位置を推定する推定装置(10)であって、
前記車両の車輪(111,112,121,122)に加えられる転舵トルクに関する情報、であるトルク情報を取得するトルク取得部(11)と、
前記トルク情報に基づいて、前記車輪が路面から受けている輪荷重を取得する輪荷重取得部(12)と、
前記車両が有するそれぞれの前記車輪ごとの、前記輪荷重の値に基づいて、前記車両の重心位置を推定する推定部(13)と、を備え、
前記輪荷重取得部は、
前記トルク情報に基づいた前記輪荷重の取得を、前記車両が有する複数の前記車輪のうちの一部についてのみ行い、
前記車両が有する他の前記車輪の前記輪荷重は、前記車両の重量から、前記トルク情報に基づいて取得された前記輪荷重を差し引くことにより算出し取得する、推定装置。
【請求項12】
前記トルク取得部は、前記トルク情報を取得する際に、前記車輪の転舵角を変化させる処理、である転舵処理を行う、請求項11に記載の推定装置。
【請求項13】
前記トルク取得部は、前記転舵処理を、前記車両が有する複数の前記車輪に対して同時に行う、請求項12に記載の推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両の重心位置を推定する推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動運転車両において、加速時や減速時等における走行姿勢の安定性を保つためには、車両の重心位置を正確に把握することが好ましい。しかしながら、車両の重心位置は常に一定なのではなく、車両内における乗員や荷物の配置等により変化する。
【0003】
下記特許文献1には、乗員の着座位置や重量,荷物の搭載位置や重量などをセンサにより検出し、これらの情報に基づいて重心位置を推定することについての記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-093034号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1には、各センサからの情報に基づいて、具体的にどのような方法で重心位置を推定するのかについては一切記載されていない。また、上記特許文献1に記載されているように、重心位置を推定することを目的として多数のセンサを別途追加することは、コストの観点から好ましくない。
【0006】
本開示は、車両の重心位置を推定することのできる推定装置、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に係る推定装置は、車両(100)の重心位置を推定する推定装置(10)であって、車両の車輪(111,112,121,122)に加えられる転舵トルクに関する情報、であるトルク情報を取得するトルク取得部(11)と、トルク情報に基づいて、車輪が路面から受けている輪荷重を取得する輪荷重取得部(12)と、車両が有するそれぞれの車輪ごとの、輪荷重の値に基づいて、車両の重心位置を推定する推定部(13)と、を備える。
【0008】
このような構成の推定装置では、トルク取得部によって、転舵トルクに関する情報、であるトルク情報が取得される。「転舵トルクに関する情報」とは、車輪を転舵させるために必要な力に関する情報、もしくは、車輪の転舵状態を維持するために必要な力に関する情報のことである。トルク情報は、例えば、パワーステアリングシステムの駆動電流の大きさ等から得ることのできる情報であるから、多くの場合、追加のセンサを設けることなく、既存のセンサによって取得することができるものである。
【0009】
上記のトルク情報と、当該トルク情報に対応する車輪が受けている輪荷重と、の間には相関がある。そこで、上記推定装置の輪荷重取得部は、車輪が路面から受けている輪荷重をトルク情報に基づいて取得する。これにより、車輪ごとの輪荷重の値に基づいて、車両の重心位置を推定することが可能となる。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、車両の重心位置を推定することのできる推定装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、第1実施形態に係る推定装置が搭載される車両、の構成を模式的に示す図である。
図2図2は、第1実施形態に係る推定装置の構成を模式的に示す図である。
図3図3は、第1実施形態における、輪荷重に基づく重心位置の推定方法について説明するための図である。
図4図4は、第1実施形態における、輪荷重に基づく重心位置の推定方法について説明するための図である。
図5図5は、第1実施形態に係る推定装置により実行される処理の流れを示すフローチャートである。
図6図6は、転舵角と転舵トルクとの間の相関を示すグラフである。
図7図7は、重心位置を更新する方法について説明するための図である。
図8図8は、第2実施形態における、輪荷重に基づく重心位置の推定方法について説明するための図である。
図9図9は、第2実施形態に係る推定装置により実行される処理の流れを示すフローチャートである。
図10図10は、転舵角と転舵トルクとの間の相関を示すグラフである。
図11図11は、第3実施形態に係る推定装置の構成を模式的に示す図である。
図12図12は、第3実施形態における、輪荷重に基づく重心位置の推定方法について説明するための図である。
図13図13は、第3実施形態に係る推定装置により実行される処理の流れを示すフローチャートである。
図14図14は、第4実施形態に係る推定装置が搭載される車両、の構成を模式的に示す図である。
図15図15は、第5実施形態に係る推定装置が搭載される車両、の構成を模式的に示す図である。
図16図16は、第5実施形態に係る推定装置の構成を模式的に示す図である。
図17図17は、第5実施形態に係る推定装置により実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照しながら本実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
【0013】
第1実施形態について説明する。本実施形態に係る推定装置10は、車両100に搭載されるものであり、車両100の重心位置を推定するための装置として構成されている。推定装置10の説明に先立ち、車両100の構成について図1を参照しながら先ず説明する。図1は、車両100の構成を上面視で模式的に描いたものである。
【0014】
本実施形態の車両100は、運転に必要な操作の全部が自動的に行われる自動運転車両として構成されているであるが、操作の一部(例えば操舵)を運転者が手動で行うことも可能となっている。このように、車両100は、運転に必要な操作の一部又は全部が自動的に行われる車両であってもよいのであるが、運転に必要な操作の全部が運転者によって行われる車両であってもよい。
【0015】
図1に示されるように、車両100は、車体101と、車輪111、112、121、122と、転舵装置131、132、141、142と、操舵制御装置31、32と、を備えている。
【0016】
車体101は、車両100の本体部分であり、一般に「ボディ」と称される部分である。車輪111は、車体101の前方且つ左側となる位置に設けられた車輪である。車輪112は、車体101の前方且つ右側となる位置に設けられた車輪である。車輪121は、車体101の後方且つ左側となる位置に設けられた車輪である。車輪122は、車体101の後方且つ右側となる位置に設けられた車輪である。
【0017】
尚、車両100には、車輪111等を回転させ走行のための駆動力を発生させるためのモータージェネレータが設けられているのであるが、図1においてはその図示が省略されている。同様に、車両100には、制動力を発生させるための制動装置が設けられているのであるが、図1においてはやはりその図示が省略されている。車両100において駆動力や制動力を発生させるための機構については、公知となっている種々の構成を採用することができる。車両100が有する4つの車輪111、112、121、122は、これらのうちの何れかもしくは全てを駆動輪とすることができる。
【0018】
転舵装置131、132、141、142は、車輪111、112、121、122のそれぞれを転舵させる装置である。このうち、転舵装置131は車輪111を転舵させる装置であり、転舵装置132は車輪112を転舵させる装置であり、転舵装置141は車輪121を転舵させる装置であり、転舵装置142は車輪122を転舵させる装置である。自動運転の実行時において、これらはいずれも、車輪111等の転舵に必要となる力の全てを発生させる。車両100の操舵を運転者が行う場合も同様であり、転舵装置131は、車輪111等の転舵に必要となる力を発生させる。
【0019】
転舵装置131、132、141、142のそれぞれの動作は、後述の操舵制御装置31、32によって個別に制御される。転舵装置131、132、141、142のそれぞれは、互いに独立に動作することができる。つまり、車両100においては、4つの車輪111等を、互いに異なる方向に転舵させることが可能となっている。また、4つの車輪111等の全てを同時に転舵させるのではなく、一部のみを転舵させることも可能となっている。
【0020】
操舵制御装置31、32は、転舵装置131、132、141、142のそれぞれの動作を制御するための装置である。このうち、操舵制御装置31は、転舵装置131、132の動作を制御するものである。操舵制御装置31は、車輪111、112のそれぞれの転舵角が、推定装置10等から送信される個別の指令値に一致した状態となるように、転舵装置131、132のそれぞれに対し供給される駆動電流を個別に調整する。ここでいう「転舵角」とは、車体101の前後方向に対して、車輪111等の回転軸と垂直な面のなす角度のことである。
【0021】
操舵制御装置32は、転舵装置141、142の動作を制御するものである。操舵制御装置32は、転舵装置141、142の動作を制御するものである。操舵制御装置32は、車輪121、122のそれぞれの転舵角が、推定装置10等から送信される個別の指令値に一致した状態となるように、転舵装置141、142のそれぞれに対し供給される駆動電流を個別に調整する。
【0022】
車両100には、推定装置10とは別に上位ECU20が設けられている。推定装置10及び上位ECU20はいずれも、CPU、ROM、RAM等を有するコンピュータシステムとして構成されている。上位ECU20は、自動運転に必要な処理を行う。このような処理には、例えば、操舵制御装置31、32の動作を制御する処理や、車両100の加減速を調整する処理等が含まれる。上位ECU20と推定装置10とは、双方向の通信を行い互いに連携しながら、車両100の走行に必要な処理を行う。推定装置10によって推定された車両100の重心位置は、推定装置10から上位ECU20へと送信された後、上位ECU20が行う制御のために必要な情報として用いられる。
【0023】
自動運転の実行時における操舵制御装置31、32の動作は、基本的には上位ECU20により実行される。ただし、推定装置10が重心位置の推定を行う際には、一時的に、操舵制御装置31、32の動作を推定装置10が制御する。当該制御の具体的な内容については後述する。
【0024】
上記のような構成はあくまで一例である。例えば、推定装置10及び上位ECU20の全体が、1つの制御装置として構成されている態様としてもよい。推定装置10及び上位ECU20の役割分担や、具体的な装置の構成については、特に限定されない。
【0025】
車両100のその他の構成について説明する。図2に示されるように、車両100には、車輪速センサ181と、加速度センサ182と、操舵角センサ184と、が設けられている。
【0026】
車輪速センサ181は、車輪111、112、121、122のそれぞれについて、単位時間当たりにおける回転数を検出するためのセンサである。車輪速センサ181は、4つの車輪111、112、121、122のそれぞれについて、1つずつ個別に設けられている。つまり、車両100において車輪速センサ181は計4つ設けられているのであるが、図2においては、車輪速センサ181は単一のブロックとして模式的に描かれている。「車輪111の単位時間あたりにおける回転数」のことを、以下では単に「車輪111の回転数」のようにも表記する。その他の車輪112、121、122についても同様である。車輪速センサ181により検出された車輪111等のそれぞれの回転数を示す信号は、推定装置10へと入力される。
【0027】
加速度センサ182は、車両100の加速度を検出するためのセンサである。加速度センサ182は車体101に取り付けられている。加速度センサ182は、車体101の前後方向、左右方向、及び上下方向の各加速度を検出することのできるセンサとして構成されている。加速度センサ182により検出された各加速度を示す信号は、推定装置10へと入力される。
【0028】
操舵角センサ184は、車両100に設けられた不図示のハンドルの操作量、すなわち操舵角を検知するためのセンサである。操舵角センサ184により検出された操舵角を示す信号は、推定装置10へと入力される。尚、車両100が常に自動運転を行う車両であって、車両100にハンドルが設けられていないような場合には、操舵角センサ184は無くてもよい。
【0029】
引き続き図2を参照しながら、推定装置10の構成について説明する。推定装置10は、その機能を表すブロック要素として、トルク取得部11と、輪荷重取得部12と、推定部13と、記憶部14と、を備えている。
【0030】
トルク取得部11は、車輪111、112、121、122に加えられる転舵トルクに関する情報、であるトルク情報を取得する処理を行う部分である。「転舵トルクに関する情報」とは、車輪111等を転舵させるために必要な力に関する情報、もしくは、車輪111等の転舵状態を維持するために必要な力に関する情報のことである。前者の力には、車輪111等の「捩りトルク」が該当し、後者の力には、車輪111等の「セルフアライニングトルク」が該当する。上記の「トルク情報」は、上記いずれかの力の大きさを示す値そのものであってもよく、上記いずれかの力の大きさを間接的に示す他のパラメータであってもよい。
【0031】
推定装置10には、転舵装置131、132、141、142のそれぞれに供給される駆動電流の大きさを示す信号が、操舵制御装置31、32から入力されている。トルク取得部11は、それぞれの駆動電流の大きさに基づいて、全ての車輪111、112、121、122のそれぞれのトルク情報を個別に取得する。このような態様に替えて、車輪111、112、121、122に加えられる転舵トルクの大きさを直接測定するセンサを車両100に設けた上で、それぞれのセンサからの信号に基づいて、トルク取得部11がトルク情報を取得することとしてもよい。尚、トルク情報として取得されるのは、回転力そのものを示す値であってもよいが、回転力を生じさせるための圧縮力、もしくは引っ張り力の大きさを示す値であってもよい。
【0032】
輪荷重取得部12は、トルク取得部11により取得されたトルク情報に基づいて、車輪111、112、121、122のそれぞれが路面から受けている輪荷重を取得する処理を行う部分である。「輪荷重」とは、車輪111等のそれぞれが、路面に対し垂直な方向に沿って路面から受ける力のことである。車輪111等のそれぞれが受ける輪荷重の大きさは、車両100の重心位置により変化するものであり、通常は互いに異なる大きさとなる。
【0033】
車輪111等が受ける輪荷重の大きさと、当該車輪についてのトルク情報との間には相関がある。例えば、車輪111が受けている輪荷重が大きくなる程、車輪111を転舵させるためには大きな力が必要となる。両者の対応関係は、車輪111、112、121、122のそれぞれについて予め測定されており、後述の記憶部14に記憶されている。輪荷重取得部12は、トルク取得部11により取得されたトルク情報と、上記の対応関係とを参照することにより、車輪111、112、121、122のそれぞれが受けている輪荷重を個別に取得する。
【0034】
推定部13は、車輪111、112、121、122のそれぞれ毎に取得された輪荷重の値に基づいて、車両100の重心位置を推定する処理を行う部分である。重心位置の具体的な推定方法については後に説明する。
【0035】
記憶部14は、推定装置10に設けられた不揮発性の記憶装置であって、例えばハードディスクやSSDである。先に述べたように、記憶部14には、トルク情報と輪荷重との対応関係が、車輪111、112、121、122のそれぞれについて個別に記憶されている。
【0036】
尚、1つの車輪111のみについてみた場合であっても、トルク情報と輪荷重との対応関係は常に一定なのではなく、車両100の走行状態に応じて変化する。上記対応関係に影響を与える「走行状態」としては、車輪のスリップ角や転舵角等が挙げられる。例えば、車輪111の転舵角を0度から5度に変化させる場合における対応関係は、車輪111の転舵角を0度から10度に変化させる場合における対応関係とは異なるものとなる。このため、記憶部14には、車輪111、112、121、122のそれぞれについての上記対応関係が、車両100の走行状態を示す情報、である状態情報ごとに記憶されている。
【0037】
「状態情報」とは、例えば、当該車輪のスリップ角や転舵角の値である。本実施形態では、状態情報として転舵角が用いられている。つまり、車輪111、112、121、122のそれぞれについての上記対応関係が、本実施形態では、様々な転舵角の値ごとに記憶されている。対応関係は、マップとして記憶されていてもよいが、数式として記憶されていてもよい。状態情報は、スリップ角を示す情報、及び、転舵角を示す情報のうち、いずれか一方のみを含む情報であってもよいが、両方を含む情報であってもよい。
【0038】
図3を参照しながら、推定部13による重心位置の推定方法について説明する。図3では、車両100が有する4つの車輪111等が、上面視で模式的に示されている。図3に示されるL1は、車両100の左右中央となる位置を前後方向に沿って伸びる直線である。図3に示される「T」は、前輪である車輪111、112の間におけるトレッド幅の1/2である。図3に示される「T」は、後輪である車輪121、122の間におけるトレッド幅の1/2である。T及びTは、いずれも車両100の諸元として得ることのできる既知の値である。
【0039】
図3に示される「WLF」は、車輪111が受けている輪荷重である。同様に、「WRF」は車輪112が受けている輪荷重であり、「WLR」は車輪121が受けている輪荷重であり、「WRR」は車輪122が受けている輪荷重である。それぞれの輪荷重は、輪荷重取得部12によって取得される既知の値である。
【0040】
図3に示される「P」は、車輪111と車輪112との間となる位置の点であって、WLFとWRFとのバランスが取れる点を示している。Pと直線L1との間の距離を「M」と表記すると、Pの周りにおけるモーメントの釣り合いから、以下の式(1)を導くことができる。
【数1】
【0041】
式(1)を変形することにより、Mは以下の式(2)により表すことができる。
【数2】
【0042】
図3に示される「P」は、車輪121と車輪122との間となる位置の点であって、WLRとWRRとのバランスが取れる点を示している。Pと直線L1との間の距離を「M」と表記すると、Pの周りにおけるモーメントの釣り合いから、以下の式(3)を導くことができる。
【数3】
【0043】
式(3)を変形することにより、Mは以下の式(4)により表すことができる。
【数4】
【0044】
図3に示される「P」は、求めるべき重心位置を示す点である。同図に示されるように、PとPとの両方を通る直線をL2とすると、重心位置であるPは、この直線L2上に存在することとなる。
【0045】
車両100の前後方向に沿った、前輪(車輪111,112)からPまでの距離のことを、以下では「L」と表記する。また、車両100の前後方向に沿った、後輪(車輪121,122)からPまでの距離のことを、以下では「L」と表記する。Pの周りにおけるモーメントの釣り合いから、以下の式(5)を導くことができる。尚、式(5)中にある「L」は、(L+L)、すなわち、車両100の前後方向に沿った、車両100の前輪と後輪との間の距離のことである。このようなLは、車両100の諸元として得ることのできる既知の値である。
【数5】
【0046】
式(5)を変形することにより、Lは以下の式(6)により表すことができる。
【数6】
【0047】
ここで、車輪111と車輪112とを結ぶ直線と、直線L1との交点のことを、以下では「P」と表記する。このPを原点とし、車両100の後方側に向かう方向に沿ってy軸を設定し、車両100の右側に向かう方向に沿ってx軸を設定した場合には、直線L2は以下の式(7)によって表される。
【数7】
【0048】
車両100の左右方向に沿った、直線L1から重心位置Pまでの距離を「M」と表すと、Mは、上記の式(7)のxにLを代入することにより、以下の式(8)によって表すことができる。
【数8】
【0049】
上記のようなxy座標系を用いれば、重心位置Pの座標は(L,M)と算出することができる。
【0050】
以上のような方法により、推定部13は、輪荷重取得部12によって取得されたWLF、WRF、WLR、WRR、及び車両100の諸元に基づいて、路面と平行な平面上における重心位置の座標を推定することができる。
【0051】
図4を参照しながら、路面に垂直な方向に沿った重心位置、すなわち重心位置Pの高さの推定方法について説明する。図4において符号「RD」が付されているのは、車両100が走行中の路面である。以下では、当該路面のことを「路面RD」とも称する。図4においては、路面RDに対して垂直であり且つ上方側に向かう方向に沿ってz軸が設定されている。本実施形態において、推定部13は、車両100が水平面に対して傾斜した路面RD上を走行しているとき、すなわち、車両100が勾配路を走行しているときに、重心位置Pの高さを推定する。また、以下に述べる重心位置Pの高さの推定は、上記方法によってL及びLの各値を予め算出した後に行われる。
【0052】
図4に示される点線「DL0」は水平面を表している。同図に示される「θ」は、水平面に対し路面RDのなす角度である。また、同図に示される「θ’」は、路面RDに対し、車両100の前後方向に沿った直線(図4における点線DL1)のなす角度である。θ’は、路面RDに対する車体101の傾斜角度ということもできる。
【0053】
図4に示される「P」は、重心位置Pを通り且つ上記のz軸に沿って伸びる直線と、路面RDとの交点である。PとPとの間の距離であるHが、求めるべき重心位置Pの高さに該当する。
【0054】
の周りにおけるモーメントの釣り合いから、以下の式(9)を導くことができる。
【数9】
【0055】
式(9)における「W」は、WLF、WRF、WLR、及びWRRの総和である。式(9)におけるsin(θ+θ’)は、車体101に働く重力のうち、車両100の前後方向に沿った成分の力である。Wsin(θ+θ’)の値は、例えば、加速度センサ182から送信される信号に基づいて算出することができる。このような態様に替えて、例えば、車両100に設けられた傾斜角センサからの信号に基づいて(θ+θ’)の値を取得し、Wsin(θ+θ’)の値を算出することとしてもよい。
【0056】
式(9)を変形することにより、重心位置Pの高さを示すHは以下の式(10)により表すことができる。
【数10】
【0057】
以上のような方法により、推定部13は、輪荷重取得部12によって取得されたWLF、WRF、WLR、WRRと、先に算出されたL及びLの各値、及び、加速度センサ182の測定値に基づくsin(θ+θ’)の値に基づいて、重心位置Pの高さであるHを推定することができる。
【0058】
重心位置を推定するために実行される具体的な処理の流れについて、図5を参照しながら説明する。図5に示される一連の処理は、所定の制御周期が経過する毎に、推定装置10によって繰り返し実行されるものである。
【0059】
当該処理の最初のステップS01では、車両100が停止しているか否かが判定される。当該判定は、車輪速センサ181からの信号に基づいて行われる。車輪速センサ181により検出された車輪111等のそれぞれの回転数が0である場合には、車両100が停止していると判定される。尚、車輪111等の回転数が0でない場合であっても、当該回転数が微小であり、重心位置の推定においてはほとんど影響が無いとみなすことのできる程度である場合には、車両100が停止していると判断してもよい。
【0060】
ステップS01において、車両100が停止していないと判定された場合には、図5に示される一連の処理を終了する。車両100が停止していると判定された場合には、ステップS02に移行する。
【0061】
ステップS02では、車両100が停止している路面が、平坦路であるか否かが判定される。尚、「平坦路」とは、水平面に沿った路面であることを意味する。当該判定は、加速度センサ182において検出された加速度のうち、車両100の前後方向に沿った加速度の値に基づいて行われる。当該加速度の値が0である場合には、路面が平坦路であると判定される。尚、当該加速度の値が0でない場合であっても、当該加速度が微小であり、重心位置の推定においては当該加速度の影響が無いとみなすことのできる程度である場合には、路面が平坦路であると判定してもよい。
【0062】
ステップS02において、路面が平坦路であると判定された場合には、ステップS03に移行する。ステップS03以降では、図3を参照しながら説明した方法により、路面と平行な平面上における重心位置、すなわち重心位置のxy座標を推定するための処理が行われる。
【0063】
ステップS03では、トルク取得部11によって転舵処理が開始される。「転舵処理」とは、トルク情報を取得する際に、車輪111等の転舵角を変化させる処理である。本実施形態では、車輪111、112、121、122のそれぞれに対して同時に転舵処理が開始される。具体的には、車輪111、112、121、122のそれぞれの転舵角を、10度以上変化させる処理が同時に行われる。ただし、転舵処理においてトルク取得部11は、前方側の一対の車輪111、112のそれぞれの転舵角を、互いに逆の方向へと同時に変化させる。同様に、トルク取得部11は、後方側の一対の車輪121、122のそれぞれの転舵角を、互いに逆の方向へと同時に変化させる。
【0064】
ステップS03において転舵処理が開始されると、転舵処理の終了を待つことなく、ステップS04に移行する。つまり、ステップS04及び後述のステップS05の処理は、車輪111等のそれぞれの転舵角が変化している途中のタイミングにおいて行われる。
【0065】
ステップS04では、トルク取得部11によってトルク情報を取得する処理が行われる。ここでは、車輪111、112、121、122のそれぞれについてのトルク情報が個別に取得される。ステップS04において取得されるトルク情報とは、具体的には、車輪111等を転舵させるために必要な力、すなわち「捩りトルク」である。
【0066】
図6に示されるのは、車輪の転舵角を変化させる場合において、必要となる転舵トルクの変化を示すグラフである。尚、図6の縦軸に示される「転舵トルク」は、ステップS04で取得される捩りトルクのことである。また、図6の横軸に示されるのは、転舵処理の実行に伴う転舵角の変化量である。
【0067】
図6のG1に示されるのは、車輪への輪荷重が比較的大きい場合における転舵角と転舵トルクとの関係である。G2に示されるのは、車輪への輪荷重が中程度の場合における転舵角と転舵トルクとの関係である。G3に示されるのは、車輪への輪荷重が比較的小さい場合における転舵角と転舵トルクとの関係である。図6に示されるように、車輪への輪荷重が大きいほど、転舵に必要な転舵トルクは大きくなる傾向がある。
【0068】
また、車輪への輪荷重を一定とした場合においては、転舵角の変化量が小さいうちは、転舵角に概ね比例して転舵トルクは大きくなる。一方、転舵角の変化量が10度程度まで大きくなった以降は、転舵角によることなく転舵トルクは概ね一定となる。
【0069】
このため、ステップS04においてトルク情報が取得されるタイミングは、ステップS03において転舵処理が開始されてから、車輪111等のそれぞれの転舵角が10度以上変化した後のタイミングとすることが好ましい。このようなタイミングでトルク情報を取得すれば、当該トルク情報に対応する各輪荷重の値を精度よく推定することが可能となる。また、このようなタイミングにおけるトルク情報の取得を可能とするために、ステップS03で開始される転舵処理においては、車輪111、112、121、122のそれぞれの転舵角を、本実施形態のようにいずれも10度以上変化させることが好ましい。
【0070】
ステップS04に続くステップS05では、状態情報を取得する処理が行われる。ここで取得される状態情報は、ステップS04においてトルク情報が取得されたタイミングにおける、車輪111、112、121、122のそれぞれの転舵角である。それぞれの転舵角は、例えば、操舵角センサ184からの信号に基づいて取得することができる。このような態様の他、上位ECU20からの制御信号等に基づいて、車輪111等の操舵角を状態情報として取得してもよい。
【0071】
ステップS05に続くステップS06では、輪荷重を取得する処理が輪荷重取得部12によって行われる。輪荷重取得部12は、ステップS04で取得されたトルク情報と、ステップS05で取得された状態情報(本実施形態では転舵角)と、の組み合わせに対応する輪荷重の値を、記憶部14に予め記憶されている対応関係を参照することにより取得する。このような方法により、車輪111、112、121、122のそれぞれが受けている輪荷重が個別に取得される。
【0072】
ステップS06に続くステップS07では、ステップS06で算出された各輪荷重の値、すなわち、それぞれの車輪111、112、121、122ごとの輪荷重の値に基づいて、重心位置のx座標及びy座標の値が推定部13により推定される。当該推定は、図3を参照しながら説明した方法により行われる。尚、この時点では、重心位置のz座標の値は不明である。
【0073】
また、ステップS07が終了した時点では、重心位置のx座標及びy座標の値が得られるのであるが、ここで得られた重心位置は仮の値であって、確定値とはならない。つまり、推定装置10から上位ECU20に送信される重心位置は、ステップS07が終了した時点では更新されない。
【0074】
ステップS08では、更新条件が成立したか否かが判定される。「更新条件」とは、上位ECU20に送信される重心位置を更新するために必要な条件として、予め設定されたものである。本実施形態では、ステップS07において推定された重心位置のx座標及びy座標が、前回において推定されたx座標及びy座標にそれぞれ一致すること、が、重心位置の同座標を更新するための更新条件として設定されている。
【0075】
例えば、図7に示される例のように、1回目の推定で重心位置が「A」と推定された後、2回目の推定で重心位置が「B」と推定されたとしても、この時点では重心位置は更新されず、上位ECU20が制御に用いる重心位置は「A」のままとなる。その後、3回目の推定において、重心位置が2回目と同様に「B」と推定されると、この時点(矢印AR1の時点)で更新条件が成立したと判定され、上位ECU20に送信される重心位置が「B」に更新される。
【0076】
その後においても同様である。図7の例では、重心位置が2回連続で「A」と推定された矢印AR2の時点で、更新条件が成立したと判定され、上位ECU20に送信される重心位置が再び「A」に更新される。
【0077】
このような更新条件が設定されていることで、測定誤差等に起因して誤った重心位置算出されてしまったとしても、当該重心位置が上位ECU20の制御に用いられてしまうことが防止される。
【0078】
図5に戻って説明を続ける。ステップS08において、更新条件が成立したと判定された場合には、ステップS09に移行する。このように、ステップS07からステップS08を経てステップS09に移行した場合には、上位ECU20へと送信される重心位置のx座標及びy座標が、ステップS07で推定された重心位置のx座標及びy座標となるように更新される。
【0079】
ステップS08において、更新条件が成立していないと判定された場合には、重心位置の更新を行うことなく、図5に示される一連の処理を終了する。ただし、ステップS07において推定された重心位置のx座標及びy座標の値は、以降においてステップS08の判定で用いられるまでの間、推定装置10において一時的に記憶されることとなる。
【0080】
ステップS02において、路面が平坦路ではないと判定された場合には、ステップS010に移行する。ステップS10以降では、図4を参照しながら説明した方法により、重心位置の高さ、すなわち重心位置のz座標を推定するための処理が行われる。
【0081】
ステップS10では、重心位置のx座標及びy座標の推定が完了しているか否かが判定される。これまでの制御周期において、ステップS07からステップS08を経てステップS09に移行した履歴が無い場合には、ステップS10ではNoと判定され、図5に示される一連の処理を終了する。その理由は、重心位置の高さを推定するにあたっては、先に述べたようにL及びLの各値が必要となるからである。
【0082】
これまでの制御周期において、ステップS07からステップS08を経てステップS09に移行した履歴がある場合には、ステップS10ではYesと判定され、ステップS11に移行する。
【0083】
ステップS11からステップS14までで行われる処理は、ステップS03からステップS06までで行われる処理と同じである。このため、重複する説明は省略する。ステップS14が完了した時点では、車両100が図4のように勾配路で停止しているときにおける、車輪111、112、121、122のそれぞれが受けている輪荷重が個別に取得された状態となっている。
【0084】
ステップS14に続くステップS15では、ステップS14で算出された各輪荷重の値、すなわち、それぞれの車輪111、112、121、122ごとの輪荷重の値に基づいて、重心位置のz座標の値が推定部13により推定される。当該推定は、図4を参照しながら説明した方法により行われる。
【0085】
ステップS15の後は、ステップS08に移行する。ステップS15からステップS08に移行した場合には、更新条件として、ステップS15において推定された重心位置のz座標が、前回において推定されたz座標に一致する、という条件が用いられることとなる。ただし、前回のz座標の推定に用いられたL及びLの各値は、今回のz座標の推定に用いられたL及びLの各値とそれぞれ同じでなければならない。
【0086】
ステップS08において、更新条件が成立したと判定された場合には、ステップS09に移行する。このように、ステップS15からステップS08を経てステップS09に移行した場合には、上位ECU20へと送信される重心位置のz座標が、ステップS15で推定された重心位置のz座標となるように更新される。
【0087】
ステップS08において、更新条件が成立していないと判定された場合には、重心位置の更新を行うことなく、図5に示される一連の処理を終了する。ただし、ステップS15において推定された重心位置のz座標の値は、以降においてステップS08の判定で用いられるまでの間、推定装置10において一時的に記憶されることとなる。
【0088】
以上に説明したように、本実施形態に係る推定装置10では、トルク取得部11で取得されたトルク情報に基づいて、輪荷重取得部12により輪荷重が取得される。その後、推定部13が、それぞれの車輪111、112、121、122ごとの、輪荷重の値に基づいて、車両100の重心位置を推定する処理を行う。このような構成においては、輪荷重を取得するための多数のセンサを別途設ける必要が無いので、センサの追加に伴うコストの情報を抑えることができる。
【0089】
本実施形態のトルク取得部11は、転舵処理を、車両100が有する複数の車輪、具体的には全ての車輪に対して同時に行う。また、トルク取得部11は、転舵処理において、車両100が有する左右一対の車輪のそれぞれの転舵角を互いに逆方向に変化させる。これにより、転舵処理に伴って車両100の荷重が変動してしまうことが防止される。また、転舵処理に伴う車体101の動きが抑制されるので、乗員に不快な思いをさせてしまうことも防止される。ただし、転舵処理に伴う荷重の変動や、車体101の動き等が特に問題とならないような場合には、転舵処理が上記とは異なる態様で行われることとしてもよい。例えば、車両100が有する左右一対の車輪のそれぞれの転舵角を、互いに同方向に変化させてもよく、車両100が有する複数の車輪を、互いに異なるタイミングで転舵させることとしてもよい。
【0090】
トルク取得部11は、車両100が平坦路上で停止しているときに転舵処理を行う。このとき取得されたトルク情報、すなわち、図5のステップS04で取得されたトルク情報は、重心位置のx座標及びy座標を取得するための情報として用いられる。
【0091】
また、トルク取得部11は、車両が勾配路上で停止しているときに転舵処理を行う。このとき取得されたトルク情報、すなわち、図5のステップS12で取得されたトルク情報は、重心位置のz座標を取得するための情報として用いられる。
【0092】
輪荷重取得部12は、転舵処理により車輪111等の転舵角が変化しているときに取得されたトルク情報、すなわち捩りトルクを示す情報に基づいて、輪荷重を取得する。このとき、トルク取得部11は、転舵処理において車輪111等の転舵角を10度以上変化させる。これにより、図6に示されるように概ね一定となる捩りトルクの値が正確に取得される。その結果として、輪荷重取得部12が、輪荷重の値を正確に推定することが可能となる。
【0093】
車両100は、本実施形態では自動運転車両なのであるが、先に述べたように、運転に必要な操作の全部が運転者によって行われる車両であってもよい。この場合、通常時においては、転舵のための操作を運転者が行うこととしながらも、トルク取得部11が転舵処理を行う際には、一時的に当該操作が自動的に行われることとすればよい。この場合、車両100の安全が確保されるように、転舵処理が行われる旨を、例えば音などによって運転者に予め報知することが好ましい。また、重心位置の推定を開始するために使用者によって操作されるボタン等を運転席に設けた上で、当該ボタンが操作された際にのみ、トルク取得部11による転舵処理が行われることとしてもよい。
【0094】
第2実施形態について説明する。以下では、第1実施形態と異なる点について主に説明し、第1実施形態と共通する点については適宜説明を省略する。
【0095】
本実施形態では、重心位置の高さを推定するために行われる処理の内容において第1実施形態と異なっている。図8を参照しながら、本実施形態における重心位置の高さの推定方法について説明する。図8においても図4と同様に、車両100の重心位置が「P」と表記されており、重心位置Pの路面RDからの高さが「H」と表記されている。図8に示される「L」は、(L+L)、すなわち、車両100の前後方向に沿った、車両100の前輪と後輪との間の距離のことである。このようなLは、車両100の諸元として得ることのできる既知の値である。
【0096】
本実施形態に係る推定装置10は、車両100が直進しており、且つ、一定の加速度で加速又は減速しながら走行しているときに、トルク取得部11によるトルク情報の取得や、推定部13によるHの推定等を行う。尚、このときに車両100が走行している路面RDは、平坦路であってもよく、上り坂若しくは下り坂である勾配路であってもよい。図8に示される「m」は、車両100の全体の質量である。図8に示される「a」は、上記の「一定の加速度」、すなわち、車両100の前後方向に沿った加速度である。aの値は、加速度センサ182において検出された加速度のうち、車両100の前後方向に沿った加速度の値として取得することができる。
【0097】
Hの推定を行うにあたっては、予め、車両100の前後方向の加速度が0となったときにおいて、車輪111、112、121、122のそれぞれが受けていた輪荷重の値を取得しておく必要がある。車両100の前後方向の加速度が0のときにおいて車輪111等の輪荷重の値を取得する方法は、第1実施形態のうち、図3を参照しながら説明した方法と同じであるから、再度の説明を省略する。
【0098】
図8に示される「ΔW」は、車両100の加速度が0からaに変化したことに伴う、車輪111等が受ける輪荷重の値の変動量である。図8では、前方側の車輪111、112のそれぞれが受ける輪荷重の合計値がΔWだけ増加し、後方側の車輪121、122のそれぞれが受ける輪荷重の合計値がΔWだけ減少したことが示されている。後に説明するように、ΔWの値はトルク取得部11によって算出される。
【0099】
車両100に働く3つの力、すなわち、ma、ΔW、-ΔWのモーメントの釣り合いから、以下の式(11)を導くことができる。
【数11】
【0100】
式(11)をHについて解くことで、高さHの推定値を算出することができる。尚、図8の例では、車両100が前方側に向かってaの加速度で加速しているのであるが、車両100が減速している場合でも上記と同様である。車両100が減速している場合には、ma及びΔWの向きが図8とは逆方向になるのであるが、Hの値は式(11)を用いて上記と同様に算出することができる。
【0101】
尚、上記方法によるHの推定は、第1実施形態の方法によるHの推定に替えて行われてもよいのであるが、第1実施形態の方法によるHの推定に加えて行われてもよい。つまり、図5に示される一連の処理のうち、ステップS10からステップS15までの処理は、本実施形態では行われないこととしてもよいが、本実施形態でも引き続き行われることとしてもよい。後者の場合には、高さHを推定する処理は、図4のように車両100が勾配路で停止しているときと、図8のように車両100が一定の加速度で走行しているときと、の両方において都度実行されることとなる。
【0102】
Hを推定するために実行される具体的な処理の流れについて、図9を参照しながら説明する。図9に示される一連の処理は、所定の制御周期が経過する毎に、推定装置10によって繰り返し実行されるものである。当該処理は、図5に示される一連の処理と並行して実施される。
【0103】
最初のステップS21では、車両100が走行中であるか否かが判定される。当該判定は、車輪速センサ181からの信号に基づいて行われる。車輪速センサ181により検出された車輪111等のそれぞれの回転数がいずれも所定値以上である場合には、車両100が走行中であると判定される。車両100が走行中でないと判定された場合には、図9に示される一連の処理を終了する。車両100が走行中であると判定された場合には、ステップS22に移行する。
【0104】
ステップS22では、車両100が直線路を走行しているか否かが判定される。当該判定は、当該判定は、加速度センサ182において検出された加速度のうち、車両100の左右方向に沿った加速度の値に基づいて行われる。当該加速度の値が0である場合には、車両100が直線路を走行していると判定される。尚、当該加速度の値が0でない場合であっても、当該加速度が微小であり、重心位置の推定においては当該加速度の影響が無いとみなすことのできる程度である場合には、車両100が直線路を走行していると判定してもよい。車両100が直線路を走行していないと判定された場合には、図9に示される一連の処理を終了する。車両100が直線路を走行していると判定された場合には、ステップS23に移行する。
【0105】
ステップS23では、車両100の前後方向に沿った加速度が一定であるか否かが判定される。当該判定は、加速度センサ182において検出された加速度のうち、車両100の前後方向に沿った加速度の値に基づいて行われる。当該加速度の絶対値が所定値以上であり、且つ一定値である場合には、車両100の加速度が一定であると判定される。尚、当該加速度の値が変動している場合であっても、当該変動の振幅が微小であり、重心位置の推定においては当該変動の影響が無いとみなすことのできる程度である場合には、車両100の加速度が一定であると判定してもよい。車両100の加速度が0もしくは一定でないと判定された場合には、図9に示される一連の処理を終了する。車両100の加速度が所定値以上であり、且つ一定であると判定された場合には、ステップS24に移行する。
【0106】
ステップS24では、トルク取得部11によって転舵処理が開始される。本実施形態でも、車輪111、112、121、122のそれぞれに対して同時に転舵処理が開始される。その際、トルク取得部11は、前方側の一対の車輪111、112のそれぞれの転舵角を、互いに逆の方向へと同時に変化させる。同様に、トルク取得部11は、後方側の一対の車輪121、122のそれぞれの転舵角を、互いに逆の方向へと同時に変化させる。これにより、転舵処理の実行後においても、車両100は引き続き直進し続ける。車両100が直進しているときにおける車輪111等のそれぞれの転舵角は、車輪111等のスリップ角に等しい。
【0107】
尚、先に述べたように、転舵処理においては、車両100が有する左右一対の車輪のそれぞれの転舵角を、互いに同方向に変化させてもよく、車両100が有する複数の車輪を、互いに異なるタイミングで転舵させることとしてもよい。この場合における車輪111等のそれぞれの転舵角は、車両100が車線を逸脱しない範囲であって、且つ、車両100の進行方向が概ね直線方向と見なすことのできる範囲とすることが好ましい。
【0108】
第1実施形態と異なり、本実施形態では、車輪111、112、121、122のそれぞれの転舵角を、2度以下の範囲内で微小に変化させるように転舵処理が行われる。転舵処理の実行後も車両100の加速度が引き続き一定に維持されるように、車両100の制駆動力を調整する処理が行われることが好ましい。
【0109】
本実施形態では、ステップS24の転舵処理が完了した後にステップS25に移行する。つまり、車輪111等の転舵が完了し、これらの転舵角が一定となった状態でステップS25に移行する。ステップS25以降においても、車輪111等のそれぞれの転舵角は一定に維持される。
【0110】
車輪111等が路面から受けているそれぞれの力は、ステップS24が完了した後も、しばらくの間は変動する可能性がある。このため、ステップS24の完了後、車輪111等が路面から受けているそれぞれの力が概ね一定となったタイミングでステップS25に移行するように、所定の待ち時間が設定されることが好ましい。この場合も、当該待ち時間の間は車両100の加速度が一定に維持されるよう、車両100の駆動力を調整する処理が行われることが好ましい。
【0111】
ステップS25では、トルク取得部11によってトルク情報を取得する処理が行われる。本実施形態でも、車輪111、112、121、122のそれぞれについてのトルク情報が個別に取得される。ステップS25に移行した時点では、転舵処理は既に完了しており、車輪111、112、121、122のそれぞれの転舵角は、2度以下の範囲内で変化した後の一定の値に保たれている。このため、ステップS25において取得されるトルク情報とは、具体的には、車輪111等の転舵角を維持するために必要な力、すなわち「セルフアライニングトルク」である。
【0112】
図10に示されるのは、転舵処理の後に車輪の転舵角を維持する場合において、必要となる転舵トルクの変化を示すグラフである。尚、図10の縦軸に示される「転舵トルク」は、ステップS25で取得されるセルフアライニングトルクのことである。また、図10の横軸に示されるのは、転舵処理の実行後における車輪のスリップ角である。
【0113】
図10のG11に示されるのは、車輪への輪荷重が比較的大きい場合における車輪のスリップ角と転舵トルクとの関係である。G12に示されるのは、車輪への輪荷重が中程度の場合における車輪のスリップ角と転舵トルクとの関係である。G13に示されるのは、車輪への輪荷重が比較的小さい場合における車輪のスリップ角と転舵トルクとの関係である。
【0114】
図10に示されるように、いずれの場合であっても、車輪のスリップ角が2度以内であるうちは、車輪のスリップ角に対する転舵トルクの変化の傾きは概ね一定となっている。また、車輪への輪荷重が大きいほど、上記傾きは大きくなる傾向がある。
【0115】
従って、車輪のスリップ角が2度以内の所定値となるように転舵処理を行い、その状態で取得されたトルク情報(具体的にはセルフアライニングトルク)は、当該車輪が受けている輪荷重の大きさに対応した値となる。本実施形態の記憶部14には、セルフアライニングトルクと輪荷重の大きさとの対応関係が、状態情報ごとに、具体的には車輪のスリップ角の値ごとに予め記憶されている。このように、本実施形態の状態情報には、車輪のスリップ角を示す情報が含まれている。
【0116】
図10に示されるように、車輪のスリップ角が2度を超えて更に大きくなると、G11等の各グラフの傾きは次第に小さくなり、最終的には減少傾向となる。このため、ステップS24の転舵処理の実行後における車輪のスリップ角は、本実施形態のように2度以内の値とすることが好ましい。これにより、転舵トルクとの対応関係に基づく輪荷重の取得を精度良く行うことが可能となる。
【0117】
図9に戻って説明を続ける。ステップS25に続くステップS26では、状態情報を取得する処理が行われる。ここで取得される状態情報は、ステップS25においてトルク情報が取得されたタイミングにおける、車輪111、112、121、122のそれぞれのスリップ角である。
【0118】
ステップS26に続くステップS27では、輪荷重を取得する処理が輪荷重取得部12によって行われる。輪荷重取得部12は、ステップS25で取得されたトルク情報と、ステップS26で取得された状態情報(本実施形態では車輪のスリップ角)と、の組み合わせに対応する輪荷重の値を、記憶部14に予め記憶されている対応関係を参照することにより取得する。このような方法により、車輪111、112、121、122のそれぞれが受けている輪荷重が個別に取得される。
【0119】
ステップS27に続くステップS28では、ステップS27で算出された各輪荷重の値、すなわち、それぞれの車輪111、112、121、122ごとの輪荷重の値に基づいて、トルク取得部11によって図8に示されるΔWの値が算出される。ΔWの値を算出するにあたっては、図5のステップS06において予め算出されていた各輪荷重の値が参照される。
【0120】
ステップS28に続くステップS29では、重心位置の高さH、すなわちz座標が、推定部13により推定される。当該推定は、図8を参照しながら説明した方法により行われる。
【0121】
ステップS29に続くステップS30では、図5のステップS08と同様の処理が行われる。当該処理では、更新条件として、ステップS29において推定された重心位置のz座標が、前回において推定されたz座標に一致する、という条件が用いられることとなる。尚、ΔWを算出するためのベースとなる輪荷重の値、すなわち、車両100の加速度が0の場合における各輪荷重の値は、前回のHの推定時と、今回のHの推定時とで互いに同じでなければならない。
【0122】
ステップS30において、更新条件が成立したと判定された場合には、ステップS31に移行する。ステップS31では、上位ECU20へと送信される重心位置のz座標が、ステップS29で推定された重心位置のz座標となるように更新される。
【0123】
ステップS30おいて、更新条件が成立していないと判定された場合には、重心位置の更新を行うことなく、図9に示される一連の処理を終了する。ただし、ステップS31において推定された重心位置のz座標の値は、以降においてステップS30の判定で用いられるまでの間、推定装置10において一時的に記憶されることとなる。
【0124】
以上に説明したように、本実施形態に係る推定装置10では、トルク取得部11は、車両100が直進しており、且つ、一定の加速度で加速又は減速しながら走行しているときにトルク情報を取得するように構成されている。これにより、車両100の停止中のみならず走行中においても、車両100の重心位置を推定することが可能となる。
【0125】
尚、車両100が一定の加速度で減速しているときにトルク情報を取得する場合には、図9の転舵処理を行った結果として車両100を減速させることとしてもよい。つまり、所謂「コーナリングドラッグ」によって、車両100を一定の加速度で減速させることとしてもよい。
【0126】
本実施形態の輪荷重取得部12は、ステップS24の転舵処理が完了した後、車輪111等の転舵角が一定となっているときに取得されたトルク情報に基づいて、輪荷重を取得するように構成されている。これにより、トルク情報であるセルフアライニングトルクの値に基づいて、輪荷重を正確に取得することができる。
【0127】
本発明者らは、セルフアライニングトルクに基づいて輪荷重を取得する場合には、図10に示される各グラフの傾き、具体的には、車輪のスリップ角が2度以内のときにおける転舵トルクの変化の傾きを用いれば、輪荷重を比較的正確に取得することができるという知見を得ている。このため、本実施形態のトルク取得部11は、車両100が直進しており、且つ、一定の加速度で加速又は減速しながら走行しているときに、車輪111等の転舵角を2度以下の範囲内で変化させるように転舵処理を行うこととしている。
【0128】
第3実施形態について説明する。以下では、第1実施形態と異なる点について主に説明し、第1実施形態と共通する点については適宜説明を省略する。
【0129】
図11に示されるように、本実施形態に係る車両100には、ヨーレートセンサ185と、スリップ角センサ186とが更に設けられている。ヨーレートセンサ185は、車両100のヨーレートを測定するためのセンサである。ヨーレートセンサ185により検出されたヨーレートを示す信号は、推定装置10へと入力される。
【0130】
スリップ角センサ186は、車両100のスリップ角、すなわち、車両100の進行方向に対する車体101のなす角度、を測定するためのセンサである。当該スリップ角のことを、以下では「車両スリップ角」とも称する。スリップ角センサ186としては、例えば、IMU(inertial measurement unit)と称される慣性計測装置を用いることができる。スリップ角センサ186により検出された車両スリップ角を示す信号は、推定装置10へと入力される。
【0131】
本実施形態でも、重心位置の高さを推定するために行われる処理の内容において第1実施形態と異なっている。図12を参照しながら、本実施形態における重心位置の高さの推定方法について説明する。図12においても図4と同様に、車両100の重心位置が「P」と表記されており、重心位置Pの路面RDからの高さが「H」と表記されている。図12に示される「T」は、車両100のトレッド幅である。本実施形態では、図3におけるTの2倍の値、及びTの2倍の値が、互いに等しくいずれもTとなっている。
【0132】
本実施形態に係る推定装置10は、車両100が旋回しており、且つ、横方向の加速度が一定の状態を保ちながら走行しているときに、トルク取得部11によるトルク情報の取得や、推定部13によるHの推定等を行う。尚、このときに車両100が走行している路面RDは平坦路である。図12に示される「m」は、車両100の全体の質量である。図12に示される「a」は、上記の「一定の加速度」、すなわち、車両100の横方向に沿った加速度である。
【0133】
Hの推定を行うにあたっては、予め、車両100の横方向の加速度が0となったときにおいて、車輪111、112、121、122のそれぞれが受けていた輪荷重の値を取得しておく必要がある。車両100の横方向の加速度が0のときにおいて車輪111等の輪荷重の値を取得する方法は、第1実施形態のうち、図3を参照しながら説明した方法と同じであるから、再度の説明を省略する。
【0134】
図12に示される「ΔW」は、車両100の横方向の加速度が0からaに変化したことに伴う、車輪111等が受ける輪荷重の値の変動量である。図12では、左側の車輪111、121のそれぞれが受ける輪荷重の合計値がΔWだけ増加し、右側の車輪112、122のそれぞれが受ける輪荷重の合計値がΔWだけ減少したことが示されている。後に説明するように、ΔWの値はトルク取得部11によって算出される。
【0135】
車両100に働く3つの力、すなわち、ma、ΔW、-ΔWのモーメントの釣り合いから、以下の式(12)を導くことができる。
【数12】
【0136】
式(12)をHについて解くことで、高さHの推定値を算出することができる。尚、図12の例では、車両100が右側に旋回しており、これにより左側に向かう加速度aが生じているのであるが、車両100が左側に旋回している場合でも上記と同様である。車両100が左側に旋回している場合には、ma及びΔWの向きが図12とは逆方向になるのであるが、Hの値は式(12)を用いて上記と同様に算出することができる。
【0137】
尚、上記方法によるHの推定は、第1実施形態の方法によるHの推定に替えて行われてもよいのであるが、第1実施形態の方法によるHの推定に加えて行われてもよい。つまり、図5に示される一連の処理のうち、ステップS10からステップS15までの処理は、本実施形態では行われないこととしてもよいが、本実施形態でも引き続き行われることとしてもよい。後者の場合には、高さHを推定する処理は、図4のように車両100が勾配路で停止しているときと、図12のように車両100が旋回しながら走行しているときと、の両方において都度実行されることとなる。更に、第2実施形態と組み合わせることにより、図8のように車両100が一定の加速度で走行しているときにもHの推定が行われることとしてもよい。
【0138】
Hを推定するために実行される具体的な処理の流れについて、図13を参照しながら説明する。図13に示される一連の処理は、所定の制御周期が経過する毎に、推定装置10によって繰り返し実行されるものである。当該処理は、図5に示される一連の処理と並行して実施される。
【0139】
最初のステップS41では、車両100が走行中であるか否かが判定される。当該判定は、車輪速センサ181からの信号に基づいて行われる。車輪速センサ181により検出された車輪111等のそれぞれの回転数がいずれも所定値以上である場合には、車両100が走行中であると判定される。車両100が走行中でないと判定された場合には、図13に示される一連の処理を終了する。車両100が走行中であると判定された場合には、ステップS42に移行する。
【0140】
ステップS42では、車両100が平坦路を走行しているか否かが判定される。当該判定は、加速度センサ182において検出された加速度のうち、車両100の前後方向に沿った加速度の値に基づいて行われる。当該加速度の値が所定値以下である場合には、車両100が平坦路を走行していると判定される。車両100が平坦路を走行していないと判定された場合には、図13に示される一連の処理を終了する。車両100が平坦路を走行していると判定された場合には、ステップS43に移行する。
【0141】
ステップS43では、車両100の横方向の加速度が一定であるか否かが判定される。当該判定は、加速度センサ182において検出された加速度のうち、車両100の左右方向に沿った加速度の値に基づいて行われる。当該加速度の値が一定値である場合には、車両100の横方向の加速度が一定であると判定される。尚、当該加速度の値が変動している場合であっても、当該変動の振幅が微小であり、重心位置の推定においては当該変動の影響が無いとみなすことのできる程度である場合には、車両100の横方向の加速度が一定であると判定してもよい。車両100の横方向の加速度が一定でないと判定された場合には、図13に示される一連の処理を終了する。車両100の横方向の加速度が一定であると判定された場合には、ステップS44に移行する。
【0142】
ステップS44に移行した時点では、車両100は旋回しており、且つ、横方向の加速度が一定の状態となっている。このため、車両100が有する車輪111等のそれぞれでは、転舵角が一定となっており、一定のセルフアライニングトルクが生じている。ステップS44では、それぞれのセルフアライニングトルクの値を、トルク情報として取得する処理が、トルク取得部11によって行われる。
【0143】
ステップS44に続くステップS45では、状態情報を取得する処理が行われる。ここで取得される状態情報は、ステップS44においてトルク情報が取得されたタイミングにおける、車輪111、112、121、122のそれぞれのスリップ角である。
【0144】
ところで、ステップS45が実行される時点では、車両100は旋回しているのであるから、このときに取得される車輪111等の転舵角は、車輪111等のスリップ角には一致しない。車輪111のスリップ角を「βFL」と表記すると、βFLは以下の式(13)により表すことができる。
【数13】
【0145】
式(13)における「V」は、車両100の車速である。Vは、例えば、車輪速センサ181によって測定された車輪111等の回転速度の平均値、に基づいて算出することができる。式(13)における「β」は、スリップ角センサ186により検出された車両スリップ角である。式(13)における「L」は、車両100の前後方向に沿った、前輪(車輪111,112)から重心位置までの距離のことであり、図3に示される「L」と同じものである。式(13)における「γ」は、ヨーレートセンサ185により検出されたヨーレートである。式(13)における「T」は、前輪である車輪111、112の間におけるトレッド幅の1/2のことであり、図3に示される「T」と同じものである。式(13)における「δ」は車輪111の転舵角である。
【0146】
尚、Tγの値がVに比べて非常に小さいことに鑑みれば、式(13)は、以下の式(14)のように変形することもできる。
【数14】
【0147】
車輪112のスリップ角を「βFR」と表記すると、βFRも式(14)の右辺と同じ式により表すことができる。
【0148】
車輪121のスリップ角を「βRL」と表記すると、βRLは以下の式(15)により表すことができる。
【数15】
【0149】
式(15)における「V」、「β」、「γ」、の各値は、式(13)における各値と同じものである。式(15)における「L」は、車両100の前後方向に沿った、後輪(車輪121,122)から重心位置までの距離のことであり、図3に示される「L」と同じものである。式(15)における「T」は、後輪である車輪121、122の間におけるトレッド幅の1/2のことであり、図3に示される「T」と同じものである。
【0150】
尚、Tγの値がVに比べて非常に小さいことに鑑みれば、式(15)は、以下の式(16)のように変形することもできる。
【数16】
【0151】
車輪122のスリップ角を「βRR」と表記すると、βRRも式(16)の右辺と同じ式により表すことができる。
【0152】
図13に戻って説明を続ける。ステップS45では上記のように、ヨーレートセンサ185により検出されたヨーレート等を用いて、車輪111等のそれぞれのスリップ角が算出され、これらが状態情報として取得される。
【0153】
記憶部14には、第2実施形態で説明したものと同様の対応関係が予め記憶されている。つまり、記憶部14には、セルフアライニングトルクと輪荷重の大きさとの対応関係が、状態情報ごとに、具体的には車輪のスリップ角の値ごとに予め記憶されている。
【0154】
ステップS45に続くステップS46では、輪荷重を取得する処理が輪荷重取得部12によって行われる。輪荷重取得部12は、ステップS44で取得されたトルク情報と、ステップS45で取得された状態情報(本実施形態では車輪のスリップ角)と、の組み合わせに対応する輪荷重の値を、記憶部14に予め記憶されている対応関係を参照することにより取得する。このような方法により、車輪111、112、121、122のそれぞれが受けている輪荷重が個別に取得される。
【0155】
ステップS46に続くステップS47では、ステップS46で算出された各輪荷重の値、すなわち、それぞれの車輪111、112、121、122ごとの輪荷重の値に基づいて、トルク取得部11によって図12に示されるΔWの値が算出される。ΔWの値を算出するにあたっては、図5のステップS06において予め算出されていた各輪荷重の値が参照される。
【0156】
ステップS47に続くステップS48では、重心位置の高さH、すなわちz座標が、推定部13により推定される。当該推定は、図12を参照しながら説明した方法により行われる。
【0157】
ステップS48に続くステップS49では、図5のステップS08と同様の処理が行われる。当該処理では、更新条件として、ステップS48において推定された重心位置のz座標が、前回において推定されたz座標に一致する、という条件が用いられることとなる。尚、ΔWを算出するためのベースとなる輪荷重の値、すなわち、車両100の横方向の加速度が0の場合における各輪荷重の値は、前回のHの推定時と、今回のHの推定時とで互いに同じでなければならない。
【0158】
ステップS49において、更新条件が成立したと判定された場合には、ステップS50に移行する。ステップS50では、上位ECU20へと送信される重心位置のz座標が、ステップS48で推定された重心位置のz座標となるように更新される。
【0159】
ステップS49おいて、更新条件が成立していないと判定された場合には、重心位置の更新を行うことなく、図13に示される一連の処理を終了する。ただし、ステップS48において推定された重心位置のz座標の値は、以降においてステップS49の判定で用いられるまでの間、推定装置10において一時的に記憶されることとなる。
【0160】
以上に説明したように、本実施形態に係る推定装置10では、トルク取得部11は、車両100が旋回しており、且つ、横方向の加速度が一定の状態を保ちながら走行しているときにトルク情報を取得するように構成されている。これにより、車両100の停止中のみならず、走行中においても、車両100の重心位置を推定することが可能となる。
【0161】
尚、ステップS43において、車両100の横方向の加速度が一定であるか否かの判定は、本実施形態のように加速度センサ182からの信号に基づくのではなく、他の情報に基づいて行われることとしてもよい。例えば、不図示のGPSに基づいて車両100の走行位置を取得し、当該走行位置における道路の曲率半径を地図情報から取得すれば、車両100の車速と曲率半径とに基づいて横方向の加速度を算出することができる。その後、当該加速度の時間変化に基づいて、ステップS43の上記判定を行うことができる。
【0162】
第4実施形態について説明する。以下では、第1実施形態と異なる点について主に説明し、第1実施形態と共通する点については適宜説明を省略する。
【0163】
図14には、本実施形態に係る推定装置10が搭載される車両100の構成、が模式的に描かれている。本実施形態では、転舵装置131、132に替えて、単一の転舵装置130が設けられている。転舵装置130と車輪111との間、及び、転舵装置130と車輪112との間は、いずれもタイロッド151及びナックル152によって接続されている。このような構成においては、車輪111及び車輪112のそれぞれの転舵角が、共通の転舵装置130によって同時に調整される。換言すれば、本実施形態では、車輪111及び車輪112のそれぞれの転舵角は互いに同一となっており、これらを個別に調整することはできなくなっている。転舵装置130の動作は、操舵制御装置31によって制御される。操舵制御装置31は、車輪111、112のそれぞれの転舵角が、推定装置10等から送信される指令値に一致した状態となるように、転舵装置130に対し供給される駆動電流を調整する。
【0164】
後輪側についても同様である。本実施形態では、転舵装置141、132に替えて、単一の転舵装置140が設けられている。転舵装置140と車輪121との間、及び、転舵装置140と車輪122との間は、いずれもタイロッド161及びナックル162によって接続されている。このような構成においては、車輪121及び車輪122のそれぞれの転舵角が、共通の転舵装置140によって同時に調整される。換言すれば、本実施形態では、車輪121及び車輪122のそれぞれの転舵角は互いに同一となっており、これらを個別に調整することはできなくなっている。転舵装置140の動作は、操舵制御装置32によって制御される。操舵制御装置32は、車輪121、122のそれぞれの転舵角が、推定装置10等から送信される指令値に一致した状態となるように、転舵装置140に対し供給される駆動電流を調整する。
【0165】
本実施形態において、重心位置を推定するために推定装置10により実行される処理は、第1実施形態において説明したものと概ね同じである。ただし、本実施形態のトルク取得部11は、車輪111、112の転舵トルクを個別に調整することができない。このため、トルク取得部11は、車輪111の転舵トルクと、車輪112の転舵トルクと、を合算した値として、転舵トルクを取得することとなる。また、このように取得された転舵トルクに基づいて、輪荷重取得部12は、車輪111の輪荷重と、車輪112の輪荷重と、を合算した値として「前輪の輪荷重」を取得することとなる。
【0166】
後輪側についても同様である。本実施形態のトルク取得部11は、車輪121、122の転舵トルクを個別に調整することができない。このため、トルク取得部11は、車輪121の転舵トルクと、車輪122の転舵トルクと、を合算した値として、転舵トルクを取得することとなる。また、このように取得された転舵トルクに基づいて、輪荷重取得部12は、車輪121の輪荷重と、車輪122の輪荷重と、を合算した値として「後輪の輪荷重」を取得することとなる。
【0167】
本実施形態の推定部13も、式(5)を用いてLの値を取得する。ただし、式(5)における(WLF+WRF)としては、上記のように取得された「前輪の輪荷重」が用いられる。また、式(5)における(WLR+WRR)としては、上記のように取得された「後輪の輪荷重」が用いられる。本実施形態では、重心位置のy座標が上記のLとして算出される一方、重心位置のx座標は算出されない。つまり、図5のステップS06においては、本実施形態では重心位置のy座標のみが算出される。重心位置の高さ、すなわち重心位置のz座標を推定するための処理は、第1実施形態の場合と全く同じである。
【0168】
以上のように、推定装置10によれば、左右の車輪の転舵角を個別に調整することのできない車両であっても、車両100の重心位置を推定することができる。
【0169】
第5実施形態について説明する。以下では、上記の第4実施形態と異なる点について主に説明し、第4実施形態と共通する点については適宜説明を省略する。
【0170】
図15には、本実施形態に係る推定装置10が搭載される車両100の構成、が模式的に描かれている。本実施形態でも第4実施形態(図14)と同様に、第1実施形態の転舵装置131、132に替えて、単一の転舵装置130が設けられている。転舵装置130と車輪111との間、及び、転舵装置130と車輪112との間は、いずれもタイロッド151及びナックル152によって接続されている。
【0171】
一方、本実施形態においては、後輪側の転舵を行うための転舵装置140や操舵制御装置32が設けられていない。本実施形態では、前輪である車輪111、112の転舵角のみが調整可能となっており、車輪121、122の転舵角を調整することはできなくなっている。
【0172】
図16に示されるように、本実施形態に係る車両100には、重量センサ187が更に設けられている。重量センサ187は、車両100の総重量を取得するためのセンサである。重量センサ187は、例えば、車両100に設けられた各座席に乗車している乗員の重量、及び、車両100の荷台に搭載された荷物の重量、のそれぞれを測定することのできるセンサとして構成される。測定された上記各重量に、車両100の諸元として得ることのできる既知の車体重量を加算すれば、車両100の総重量を取得することができる。
【0173】
本実施形態の推定装置10により実行される処理は、図5に示される第1実施形態の処理と概ね同じである。ただし、ステップS06において輪荷重を取得する際には、本実施形態では、輪荷重取得部12によって図17に示される一連の処理が実行される。
【0174】
当該処理の最初のステップS61では、前方側の車輪111、112について、輪荷重を取得する処理が行われる。第4実施形態の場合と同様に、ここでは、図5のステップS04で取得されたトルク情報に基づいて、車輪111の輪荷重と、車輪112の輪荷重と、を合算した値である「前輪の輪荷重」が取得される。
【0175】
ステップS61に続くステップS62では、重量センサ187の測定値に基づいて、車両の総重量を取得する処理が行われる。
【0176】
ステップS62に続くステップS63では、ステップS62で取得された総重量から、ステップS61で取得された「前輪の輪荷重」を差し引くことにより、「後輪の輪荷重」を算出する処理が行われる。この「後輪の輪荷重」は、車輪121の輪荷重と、車輪122の輪荷重と、を合算した値ということができる。
【0177】
以降においては、第4実施形態で説明したものと同様の方法により、車両100の重心位置が算出される。本実施形態でも、重心位置のy座標とz座標のみが算出され、重心位置のx座標は算出されない。
【0178】
以上のように、本実施形態に係る推定装置10では、輪荷重取得部12が、トルク情報に基づいた輪荷重の取得を、車両100が有する複数の車輪のうちの一部(車輪111、112)についてのみ行い、車両100が有する他の車輪(車輪121、122)の輪荷重は、車両100の重量から、トルク情報に基づいて取得された輪荷重を差し引くことにより算出し取得する。これにより、車輪の一部が転舵されない構成の車両においても、重心位置を推定することができる。
【0179】
尚、トルク情報に基づいて輪荷重が推定される車輪は、本実施形態のように前方側の車輪111、112であってもよいが、後方側の車輪121、122であってもよい。
【0180】
以上においては、転舵装置131等が、車輪111等の転舵に必要となる力の全てを発生させる例について説明している。しかしながら、このような態様に限られず、転舵装置131等が、車輪111等の転舵に必要となる力の一部のみを発生させ、これにより運転者の操舵をアシストするような態様であってもよい。例えば、第4実施形態(図14)や第5実施形態(図15)に示されるような構成の車両100においては、上記のように、転舵装置131等が、運転者による操舵をアシストする構成とすることができる。このような構成においても、これまでに説明したものと同様の転舵処理がトルク取得部11によって行われる。
【0181】
以上、具体例を参照しつつ本実施形態について説明した。しかし、本開示はこれらの具体例に限定されるものではない。これら具体例に、当業者が適宜設計変更を加えたものも、本開示の特徴を備えている限り、本開示の範囲に包含される。前述した各具体例が備える各要素およびその配置、条件、形状などは、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。前述した各具体例が備える各要素は、技術的な矛盾が生じない限り、適宜組み合わせを変えることができる。
【0182】
本開示に記載の制御装置及び制御方法は、コンピュータプログラムにより具体化された1つ又は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された1つ又は複数の専用コンピュータにより、実現されてもよい。本開示に記載の制御装置及び制御方法は、1つ又は複数の専用ハードウェア論理回路を含むプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。本開示に記載の制御装置及び制御方法は、1つ又は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと1つ又は複数のハードウェア論理回路を含むプロセッサとの組み合わせにより構成された1つ又は複数の専用コンピュータにより、実現されてもよい。コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。専用ハードウェア論理回路及びハードウェア論理回路は、複数の論理回路を含むデジタル回路、又はアナログ回路により実現されてもよい。
【符号の説明】
【0183】
10:推定装置
11:トルク取得部
12:輪荷重取得部
13:推定部
100:車両
111,112,121,122:車輪
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17