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特許7559671心身状態推定システム、心身状態推定方法及び心身状態推定プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】心身状態推定システム、心身状態推定方法及び心身状態推定プログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/16 20060101AFI20240925BHJP
   A61B 5/0245 20060101ALI20240925BHJP
   A61B 5/352 20210101ALI20240925BHJP
【FI】
A61B5/16 100
A61B5/0245 100D
A61B5/16 200
A61B5/352 100
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021082700
(22)【出願日】2021-05-14
(65)【公開番号】P2022175921
(43)【公開日】2022-11-25
【審査請求日】2023-09-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】榊原 清美
(72)【発明者】
【氏名】山田 整
(72)【発明者】
【氏名】山口 雄平
(72)【発明者】
【氏名】今村 千絵
(72)【発明者】
【氏名】林 敬司
【審査官】佐藤 秀樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-129629(JP,A)
【文献】特開2019-069207(JP,A)
【文献】特開2016-162109(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/02-5/0295
A61B 5/08-5/097
A61B 5/16-5/18
B60K 28/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の心拍に関する情報である心拍情報を取得する心拍情報取得部と、
取得された前記心拍情報から、超低周波成分(VLF)の心拍変動を算出する心拍変動算出部と、
算出された前記心拍変動の値から、対象者の集中・努力状態を推定する心身状態推定部と、を備え
前記心拍変動算出部は、それぞれが前記VLFに含まれる、疲労状態を示すVLF1と、当該VLF1よりも低い周波数帯である、集中・努力状態を示すVLF2のそれぞれについて心拍変動を算出し、
前記心身状態推定部は、前記VLF2の値から前記対象者の集中・努力状態を推定し、前記VLF1の値から疲労状態を推定し、
0.015Hzを境界値として分割した前記VLFのうち、高い側が前記VLF1で、低い側が前記VLF2である心身状態推定システム。
【請求項2】
前記心拍変動算出部は、高周波成分(HF)及び低周波成分(LF)の心拍変動をさらに算出し、
前記心身状態推定部は、前記VLF、前記HF及び前記LFから、前記対象者の集中・努力状態に加えて疲労状態を推定する、
請求項1に記載の心身状態推定システム。
【請求項3】
推定された心身状態に基づき、前記対象者の環境を制御する環境制御部をさらに備える、請求項1又は2に記載の心身状態推定システム。
【請求項4】
前記環境制御部は、前記心身状態推定部が推定した集中・努力状態が所定のレベル以下の場合に、集中力を高める制御を行う、請求項3に記載の心身状態推定システム。
【請求項5】
推定された心身状態に基づき、前記対象者の環境を制御する環境制御部をさらに備え、
前記環境制御部は、前記心身状態推定部が推定した疲労状態が所定のレベル以上の場合に、疲労を緩和する制御を行う、請求項1又は2に記載の心身状態推定システム。
【請求項6】
前記心身状態の目標を設定する目標設定部をさらに備え、
前記環境制御部は、推定された前記心身状態と設定された心身状態の目標とに基づき、前記対象者の周囲の環境を制御する、請求項3~5のいずれか一項に記載の心身状態推定システム。
【請求項7】
前記目標設定部は、予め定められたスケジュールに基づいて目標を設定する、請求項6に記載の心身状態推定システム。
【請求項8】
対象者の心拍に関する情報である心拍情報を取得する取得ステップと、
取得された前記心拍情報から、超低周波成分(VLF)の心拍変動を算出する算出ステップと、
算出された前記心拍変動の値から、対象者の集中・努力状態を推定する推定ステップと、を備え、
前記算出ステップは、それぞれが前記VLFに含まれる、疲労状態を示すVLF1と、当該VLF1よりも低い周波数帯である、集中・努力状態を示すVLF2のそれぞれについて心拍変動を算出し、
前記推定ステップは、前記VLF2の値から前記対象者の集中・努力状態を推定し、前記VLF1の値から疲労状態を推定し、
0.015Hzを境界値として分割した前記VLFのうち、高い側が前記VLF1で、低い側が前記VLF2である心身状態推定方法。
【請求項9】
対象者の心拍に関する情報である心拍情報を取得する取得ステップと、
取得された前記心拍情報から、超低周波成分(VLF)の心拍変動を算出する算出ステップと、
算出された前記心拍変動の値から、対象者の集中・努力状態を推定する推定ステップとをコンピュータに実行させるための心身状態推定プログラムであって、
前記算出ステップは、それぞれが前記VLFに含まれる、疲労状態を示すVLF1と、当該VLF1よりも低い周波数帯である、集中・努力状態を示すVLF2のそれぞれについて心拍変動を算出し、
前記推定ステップは、前記VLF2の値から前記対象者の集中・努力状態を推定し、前記VLF1の値から疲労状態を推定し、
0.015Hzを境界値として分割した前記VLFのうち、高い側が前記VLF1で、低い側が前記VLF2である心身状態推定プログラム
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心身状態推定システム、心身状態推定方法及び心身状態推定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、対象者の心拍数や交感神経活動指標(LF/HF)を用いた、心身状態(気分)推定システムに関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2018-088966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
発明者らは、従来の心身状態推定システムには、推定精度に向上の余地があることを見出した。
【0005】
本発明は、上記の問題を鑑みてなされたものであり、心拍変動の超低周波成分(VLF)の値から心身状態を推定し、より高い精度で対象者の心身状態を推定可能な心身状態推定システム、心身状態推定方法及び心身状態推定プログラムを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る心身状態推定システムは、
対象者の心拍に関する情報である心拍情報を取得する心拍情報取得部と、
取得された前記心拍情報から、超低周波成分(VLF)の心拍変動を算出する心拍変動算出部と、
算出された前記心拍変動の値から、対象者の集中・努力状態を推定する心身状態推定部と、を備える。
【0007】
本発明に係る心身状態推定システムは、より高い精度で対象者の集中・努力状態を推定することができる。
【0008】
また、前記心拍変動算出部は、それぞれが前記VLFに含まれる、VLF1と、当該VLF1よりも低い周波数帯であるVLF2のそれぞれについて心拍変動を算出し、
前記心身状態推定部は、前記VLF2の値から前記対象者の前記集中・努力状態を推定し、前記VLF1の値から疲労状態を推定する。
【0009】
本発明に係る心身状態推定システムは、集中・努力状態を推定することに加えて、疲労状態も推定することができる。
【0010】
さらに、前記心拍変動算出部は、高周波成分(HF)及び低周波成分(LF)の心拍変動をさらに算出し、
前記心身状態推定部は、前記VLF、前記HF及び前記LFから、前記対象者の集中・努力状態に加えて疲労状態を推定する。
【0011】
本発明に係る心身状態推定システムは、集中・努力状態を推定することに加えて、疲労状態も推定することができる。
【0012】
さらに、推定された心身状態に基づき、前記対象者の環境を制御する環境制御部をさらに備える。
【0013】
本発明に係る心身状態推定システムは、対象者の周囲の環境を制御することによって、対象者にとって最適な心身状態とすることができる。
【0014】
前記環境制御部は、前記心身状態推定部が推定した集中・努力状態が所定のレベル以下の場合に、集中力を高める制御を行う。
【0015】
本発明に係る心身状態推定システムは、対象者の集中力が低下している場合に、集中力を高めることができる。
【0016】
推定された心身状態に基づき、前記対象者の環境を制御する環境制御部をさらに備え、
前記環境制御部は、前記心身状態推定部が推定した疲労状態が所定のレベル以上の場合に、疲労を緩和する制御を行う。
【0017】
本発明に係る心身状態推定システムは、対象者が疲労している場合に、疲労を緩和することができる。
【0018】
前記心身状態の目標を設定する目標設定部をさらに備え、
前記環境制御部は、推定された前記心身状態と設定された心身状態の目標とに基づき、前記対象者の周囲の環境を制御する。
【0019】
本発明に係る心身状態推定システムは、目標設定部を備えることによって、対象者の心身状態を目標とする所望の心身状態へと調整することができる。
【0020】
前記目標設定部は、予め定められたスケジュールに基づいて目標を設定する。
【0021】
本発明に係る心身状態推定システムは、対象者が自ら目標を設定しない場合であっても、対象者のスケジュールに基づいて自動的に目標を設定することができる。
【0022】
本発明に係る心身状態推定方法は、
対象者の心拍に関する情報である心拍情報を取得するステップと、
取得された前記心拍情報から、超低周波成分(VLF)の心拍変動を算出するステップと、
算出された前記心拍変動の値から、対象者の集中・努力状態を推定するステップと、を備える。
【0023】
本発明に係る心身状態推定方法は、より高い精度で対象者の集中・努力状態を推定することができる。
【0024】
本発明に係る心身状態推定プログラムは、
対象者の心拍に関する情報である心拍情報を取得するステップと、
取得された前記心拍情報から、超低周波成分(VLF)の心拍変動を算出するステップと、
算出された前記心拍変動の値から、対象者の集中・努力状態を推定するステップとをコンピュータに実行させる。
【0025】
本発明に係る心身状態推定プログラムは、より高い精度で対象者の集中・努力状態を推定することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、心拍変動の超低周波成分(VLF)の値から心身状態を推定し、より高い精度の対象者の心身状態を推定可能な心身状態推定システム、心身状態推定方法及び心身状態推定プログラムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】実施の形態1に係る心身状態推定システムを示すブロック図である。
図2】実施の形態1に係るVLF1と疲労状態の関係及びVLF2と集中状態の関係を示す図である。
図3】実施の形態1に係る心拍変動の値に基づく心身状態の分類を示す図である。
図4】実施の形態1に係る心身状態推定方法を示すフローチャートである。
図5】実施の形態2に係る心身状態推定システムを示すブロック図である。
図6】実施の形態2に係る心身状態推定システムの環境制御部14による環境制御の例を示す表である。
図7】実施の形態2に係る心身状態推定システムの環境制御部による環境制御の例を示す表である。
図8】実施の形態2に係る心身状態推定方法を示すフローチャートである。
図9】実施の形態3に係る心身状態推定システムを示すブロック図である。
図10】実施の形態3に係る心身状態推定システムの環境制御部による環境制御の例を示す表である。
図11】実施の形態3に係る心身状態推定方法を示すフローチャートである。
図12】実施例1に係る疲労課題実験前後の疲労感主観評価の結果、PVT反応時間の結果、Nバック回答時間の結果、ln(LF/HF)の結果及びccvVLF(%)の結果を示すグラフである。
図13】実施例1に係る疲労課題実験の成績及び心拍変動の疲労課題実験前後の変化量の相関解析の結果を示すグラフである。
図14】実施例2に係る主観評価「注意集中困難」とVLFの平均値の比較および相関解析の結果を示すグラフである。
図15】実施例3に係る疲労課題実験の成績及び心拍変動の疲労課題実験前後の変化量の相関解析の結果を示すグラフである。
図16】実施例4に係る主観評価「注意集中困難」とVLF2の平均値の比較および相関解析の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
<実施の形態1>
本実施の形態に係る心身状態推定システムは、対象者の心拍に関する情報である心拍情報に基づいて超低周波成分(VLF)の心拍変動を算出し、対象者の心身状態を推定するシステムである。本明細書において、算出したVLFは、「VLF」又は「VLF信号」と記載する。以下、図1図3を参照し、本実施の形態に係る心身状態推定システムについて詳細に説明する。
【0029】
図1は、実施の形態1に係る心身状態推定システムを示すブロック図である。図1に示すように、心身状態推定システム10は、心拍情報取得部11、心拍変動算出部12、及び心身状態推定部13を備える。
【0030】
[1.心拍情報取得部]
図1に示す心拍情報取得部11は、対象者の心拍に関する情報である心拍情報を取得する。心拍情報取得部11は、例えば、心電計(心電センサ)、心拍計(光学式透過型脈波センサ、光学式反射型脈波センサ)、血圧計、圧力センサ(圧電素子)、顔画像を用いた非接触型センサ、市販のスマートウォッチなどのウェアラブル機器などである。心拍情報取得部11は、椅子や車両のシートに埋め込んで使用してもよい。心拍情報は例えば心電計が取得する心電図であるが、これに限定されない。例えば、脈波、動脈圧などから心電図に相当する情報を心拍情報として取得することも可能である。
【0031】
[2.心拍変動算出部]
図1に示す心拍変動算出部12は、心拍情報取得部11によって取得された対象者の心拍情報に対して周波数解析を行い、特定の周波数帯における成分毎に心拍変動(heart rate variability, HRV)の値を算出する。本実施の形態における用語「心拍変動」は、例えば、心拍変動、脈拍変動、血圧ビート間隔変動を含む。
【0032】
一例として、心拍情報取得部11として心電計を用い、心拍情報として心電図を取得した場合に、心拍変動算出部12が行う心拍変動の算出について説明する。心拍情報取得部11が取得した心電図の最も高いピークはR波と呼ばれる。心電図において、心拍間隔はR波とR波との間隔であるRR間隔(RR Interval, RRI)で示される。心拍変動は、RR間隔に生じる周期的なゆらぎを指す。
【0033】
心拍変動算出部12は、心電図からRR間隔を計算した心拍変動時系列データを算出する。当該心拍変動時系列データに対して周波数解析を行うと、横軸が周波数(Hz)、縦軸がパワー(msec2/Hz)で示されるパワースペクトル密度(PSD)のグラフが得られる。周波数解析には、公知の解析方法を利用可能である。具体的には、例えば、高速フーリエ変換(FFT)法や最大エントロピー法(MEM法)などを用いてもよい。
【0034】
得られたパワースペクトル密度のグラフは、特定の周波数帯において特定のピークを有する。心拍変動算出部12は、周波数帯別に、心拍変動の値として(1)超低周波成分(Very Low Frequency, VLF)の値を算出する。また、(1)の代わりに(2)VLFに含まれるVLF1及びVLF2の値を算出してもよい。また、(3)VLF、低周波成分(Low Frequency, LF)及び高周波成分(High Frequency, HF)の値を算出してもよい。各心拍変動の値の算出の詳細については後述する。
【0035】
本実施の形態では、VLFの値を交感神経の働きを示す指標として用いることができる。特に、VLFの値を集中・努力状態の推定に、VLF1の値を疲労状態の推定に、VLF2の値を集中・努力状態の推定に用いることができる。ここで「努力状態」とは、対象者が目標実現のために心や身体を使ってつとめる状態を指す。なお、LFの値は対象者の交感神経の働きを示す指標として、HFの値は対象者の副交感神経の働きを示す指標として、LF/HFの値は対象者の交感神経の働きを示す指標として知られている。
【0036】
心拍変動算出部12は、後述する心身状態推定部13を用いた対象者の心身状態の推定のために、あらかじめ対象者における安静時の心拍変動の値の正常値(閾値)を算出する。心拍変動の値の正常値(閾値)は、所定の幅を有する値である。心拍変動の値の正常値(閾値)の算出のために、心拍変動算出部12は少なくとも2回以上の心拍情報を取得する。心拍変動算出部12は、取得した心拍情報から心拍変動の値を算出する。当該心拍変動の値の平均値を算出して標準偏差σを求め、±2σの範囲を当該対象者の心拍変動の値の正常値(閾値)としてもよい。
【0037】
また、あらかじめ対象者における心拍変動の値の正常値(閾値)を算出しない場合は、あらかじめ取得された他者の心拍情報又は心拍変動の値を2以上用いて、正常値(閾値)として算出してもよい。「他者」とは、対象者以外の人物である。他者の心拍情報又は心拍変動の値は、対象者とは異なる1人の人物から2回以上取得した場合であってもよいし、対象者とは異なる複数の人物からそれぞれ1回以上取得した場合であってもよい。当該心拍変動の値の平均値を算出して標準偏差σを求め、±2σの範囲を心拍変動の値の正常値(閾値)としてもよい。
以下、上記(1)~(3)の心拍変動の値の算出について、より具体的に説明する。
【0038】
(1)VLFの値
VLFの周波数帯は、交感神経によって伝達可能な周波数以下となる値であればよい。具体的には、例えば0.0001~0.05Hz、好ましくは0.0033~0.04Hzである。しかし、これらに限定されず、他の周波数帯によって定義してもよい。
【0039】
VLFの値は、VLFの周波数帯におけるパワーの積分値(面積)として算出してもよい。また、算出したパワーの積分値(面積)をさらにVLFを示す周波数帯の幅で除算して算出してもよい。VLFの周波数帯の幅は、VLFの周波数帯の上限値から下限値を減算して求める。
【0040】
(2)VLFに含まれるVLF1及びVLF2の値
さらに、上述した(1)のVLFを、より細かく分類したVLF1成分とVLF2成分として値を算出してもよい。VLF1及びVLF2は、両者とも(1)のVLFに含まれる周波数帯である。VLF1の周波数帯は、VLF2の周波数帯より高い周波数帯である。換言すると、VLF2の周波数帯は、VLF1の周波数帯より低い周波数帯である。
【0041】
VLF1とVLF2との関係性について具体的に説明する。例えば、VLF1とVLF2とが任意の周波数の値を境界値として2つの周波数帯に分割されるように設定してもよい。また、VLF1に含まれる低い周波数帯の一部と、VLF2に含まれる高い周波数帯の一部とが重複するように設定してもよい。また、VLF1の周波数の下限値とVLF2の周波数の上限値とが重複せず、互いに離間するように設定してもよい。
【0042】
VLF1とVLF2とが任意の周波数の値を境界値として2つの周波数帯に分割されるように設定する場合は、一例として、0.015Hzを境界値としてもよい。当該値は、LFとHFとの境界値として用いられることが多い0.15Hzの10分の1の値である。
【0043】
VLF1及びVLF2の値は、上述の(1)のVLFと同様の算出方法で求めることができる。すなわち、VLF1及びVLF2の値は、各周波数帯におけるパワーの積分値(面積)として算出してもよい。また、算出したパワーの積分値(面積)をさらにVLF1又はVLF2を示す周波数帯の幅で除算して求めてもよい。VLF1及びVLF2の周波数帯の幅は、各周波数帯の上限値から下限値を減算して求める。
【0044】
(3)VLF、LF、HFの値
上述の(1)又は(2)に加えて、さらにLFとHFの値を算出してもよい。VLFは、上述の(1)のVLF、又は(2)のVLF1及びVLF2のいずれであってもよい。LFの周波数帯は、交感神経及び副交感神経によって伝達可能な周波数となる値であればよい。具体的には、0.03~0.20Hz、好ましくは0.04~0.15Hzであるが、これらに限定されない。HFの周波数帯は、副交感神経によって伝達可能な周波数以上となる値であればよい。具体的には、0.10~0.5Hz、好ましくは0.15~0.4Hzである。しかし、これらに限定されず、他の周波数帯によって定義してもよい。
【0045】
VLF又はVLF1及びVLF2、LF並びにHFの値は、上述の(1)のVLFと同様の算出方法で求めることができる。すなわち、各値は、各周波数帯におけるパワーの積分値(面積)として算出してもよい。また、算出したパワーの積分値(面積)をさらに各周波数帯を示す周波数帯の幅で除算して求めてもよい。周波数帯の幅は、各周波数帯の上限値から下限値を減算して求める。また、心拍変動算出部12は、LFの値及びHFの値から、緊張状態・疲労を示す指標である「LF/HF値」を算出する。LF/HF値は、LF値をHF値で除算して算出される値である。また、LF/HF値の対数である「ln(LF/HF)値」を用いてもよい。
【0046】
以上、心拍情報と心拍変動の具体例について説明したが、心拍情報取得部11が取得する心拍情報は、心拍変動算出部12が周波数解析を行った際に、少なくともVLFを算出可能な心拍に関連する情報であればよく、上述の具体例に限定されない。
【0047】
例えば、心拍情報と心拍変動の他の例として、心拍情報取得部11として脈波計を用いて、心拍情報として脈拍を取得してもよい。脈拍は、心拍と連動した周期性を有する。心拍変動算出部12が算出する心拍変動には、脈拍間隔(Pulse interval, PI)に生じる周期的なゆらぎ、すなわち脈拍変動を含む。脈波の波形は、心電図に比べ緩やかなピークを有しているが、取得した脈波波形から二次微分波である加速度脈波を求めることによって、より精度の高い脈拍間隔情報を取得してもよい。
【0048】
他に例えば、心拍情報取得部11として血圧計を用いて、心拍情報としてビート間隔を取得してもよい。心拍変動算出部12が算出する心拍変動には、ビート間隔変動を含む。具体的には、心拍変動算出部12が、心拍情報として取得したビート間隔の時系列波形を求め、当該時系列波形に周波数解析を行うことによって、ビート間隔変動を求めることができる。
【0049】
[3.心身状態推定部]
図1に示す心身状態推定部13は、心拍変動算出部12によって算出された心拍変動の値から、対象者の心身状態を推定する。本実施の形態における対象者の心身状態とは、具体的には集中・努力状態と疲労状態とを含む。対象者は、ある程度密閉され、対象者の周囲の環境を制御可能な空間に滞在する人であり、例えば車両のドライバー、飛行機のパイロット、オフィスや店舗などの空間で働く人、教室や部屋などの空間で勉強する人などである。
【0050】
心拍変動算出部12が心拍変動の値として、(1)VLFの値を算出した場合、(2)VLFに含まれるVLF1及びVLF2の値を算出した場合、(3)VLF、LF、HF(LF/HF)の値を算出した場合についてそれぞれ以下に説明する。
【0051】
(1)VLFの値を算出した場合
心拍変動算出部12が算出したVLFの値が正常値(閾値)未満の場合、心身状態推定部13は、対象者が安静時と比較して集中していない状態であると推定する。逆に、VLFの値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は、対象者が安静時と比較して集中・努力状態であると推定する。
【0052】
(2)VLFに含まれるVLF1及びVLF2の値を算出した場合
図2を参照して説明する。図2は、実施の形態1に係るVLF1と疲労状態の関係及びVLF2と集中・努力状態の関係を示す図である。図2に示すように、本実施の形態におけるVLF1は疲労状態を、VLF2は集中・努力状態を示す。すなわち、VLF1及びVLF2の値を算出した場合は、VLF2の値から集中・努力状態を推定することに加えて、VLF1の値から疲労状態も推定することができる。
【0053】
心拍変動算出部12が算出したVLF1の値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は対象者が安静時より疲労していると推定する。逆に、VLF1の値が正常値(閾値)未満の場合、心身状態推定部13は、対象者が安静時より疲労していないと推定する。
【0054】
心拍変動算出部12が算出したVLF2の値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は対象者が安静時より集中・努力していると推定する。逆に、VLF2の値が正常値(閾値)未満の場合、心身状態推定部13は、対象者が安静時より集中しておらず、注意散漫であると推定する。
【0055】
さらに、VLF1及びVLF2の値を組み合わせた場合の心身状態の推定について説明する。
心拍変動算出部12が算出したVLF1及びVLF2の値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は対象者が安静時より集中・努力しており且つ疲労していると推定する。
【0056】
心拍変動算出部12が算出したVLF1の値が正常値(閾値)より大きく、VLF2の値が正常値(閾値)未満の場合、心身状態推定部13は対象者が安静時より集中しておらず注意散漫であり且つ疲労していると推定する。
【0057】
心拍変動算出部12が算出したVLF1の値が正常値(閾値)未満であり、VLF2の値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は対象者が集中・努力しており且つ疲労していないと推定する。
【0058】
心拍変動算出部12が算出したVLF1及びVLF2の値が正常値(閾値)未満の場合、心身状態推定部13は対象者が集中しておらず注意散漫であり且つ疲労していないと推定する。
【0059】
(3)VLF、LF、HF(LF/HF)の値を算出した場合
図3を参照して説明する。図3は、実施の形態1に係る心拍変動の値に基づく心身状態の分類を示す図である。(1)にて上述した通り、VLFは集中・努力状態を示す。VLFに加えてLF及びHFの値を算出した場合は、心身状態推定部13は、集中・努力状態に加えて疲労状態を推定する。
【0060】
以下、VLF、HF、LF/HFの値を組み合わせた場合の心身状態の推定について、状態(a)~(f)に分けて説明する。以下の(a)~(f)の説明は、図3の(a)~(f)と対応する。
【0061】
(a)集中状態・高揚状態:VLF大、LF/HF大、20分未満
心拍変動算出部12が算出したVLFの値が正常値(閾値)より大きく且つLF/HFの値が正常値(閾値)より大きい場合であって、当該値を示す状態が継続して又は断続的に合計20分未満の場合、心身状態推定部13は、対象者が集中・努力し、気持ちが高揚した状態であると推定する。
【0062】
(b)疲労状態:VLF大、LF/HF大、20分以上
一方、(a)と同じく心拍変動算出部12が算出したVLFの値が正常値(閾値)より大きく且つLF/HFの値が正常値(閾値)より大きい場合であって、当該値を示す状態が継続して又は断続的に合計20分以上の場合、心身状態推定部13は、対象者は疲労している可能性が大だと推定する。
【0063】
(c)クリエイティブ・ひらめき状態:VLF大、HF大
心拍変動算出部12が算出したVLFの値が正常値(閾値)より大きく且つHFの値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は、対象者がクリエイティブな作業を行ったり、何かをひらめいたりするのに適した状態であると推定する。
【0064】
(d)休息・リラックス状態:VLF正常値(閾値)範囲内、HF大
心拍変動算出部12が算出したVLFの値が正常値(閾値)範囲内且つHFの値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は、対象者が休息、リラックス状態であると推定する。
【0065】
(e)注意散漫・苛立ち状態:VLF小、LF/HF大
心拍変動算出部12が算出したVLFの値が正常値(閾値)より小さく且つLF/HFの値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は、対象者の集中力が低下している注意散漫状態であり、苛立ちを感じていると推定する。
【0066】
(f)退屈・倦怠状態:VLF小、HF大
心拍変動算出部12が算出したVLFの値が正常値(閾値)より小さく且つHFの値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は、対象者が退屈し、倦怠状態であると推定する。
【0067】
なお、VLFを上述の(2)で説明したようにより細かく分類してVLF1とVLF2としてもよい。VLF1の値が示す疲労状態と、LF/HF値が示す緊張・疲労状態とを両方確認することによって、より精度高く疲労状態を推定することができる。
【0068】
続いて、本実施の形態に係る心身状態推定方法について説明する。
図4は、実施の形態1に係る心身状態推定方法を示すフローチャートである。図1及び図4に示すように、本実施の形態に係る心身状態推定方法は、心拍情報取得部11が心拍情報を取得するステップ(ステップS1)と、心拍変動算出部12が心拍変動を算出するステップ(ステップS2)と、心身状態推定部13が心身状態を推定するステップ(ステップS3)とを備える。
【0069】
本実施の形態に係る心身状態推定システム及び心身状態推定方法は、集中・努力状態の指標としてVLFの値を使用している。ここで、心拍変動を用いる以外に疲労や覚醒低下状態を推定可能なテストの例として、精神運動覚醒検査(Psychomotor Vigilance Test, PVT)が知られている。また、精神的な作業負荷課題としてNバック(n-back)課題が知られている。
【0070】
PVTの成績と、従来より精神疲労の指標として知られているLF/HFの値を用いて推定された疲労状態との相関より、PVTの成績と、本実施の形態のVLFの値を用いて推定された疲労状態との相関の方が高い。また、Nバック課題の成績とVLFの値を用いて推定された集中・努力状態とは相関があるが、Nバック課題の成績とLF/HFとの相関は認められないことが後述する実施例にて示された。
【0071】
さらに、VLF1はPVTの成績と正の相関が認められ、疲労状態においてVLF1が上昇することが後述する実施例にて示された。また、VLF1はNバック課題の成績との相関は認められないが、VLF2はNバック課題の成績との負の相関が認められ、集中・努力状態においてVLF2が上昇することが後述する実施例にて示された。また、VLF2はVLFよりNバック課題の成績との負の相関が高い。
【0072】
したがって、本実施の形態に係る心身状態推定システム及び心身状態推定方法は、LF/HFと比較してより集中・努力状態と相関性が高い心拍変動の値であるVLFから集中・努力状態を推定することによって、より高い精度で対象者の集中・努力状態を推定することができる。さらに、疲労状態と相関があるVLF1と、集中・努力状態と相関があるVLF2を用いることによって、疲労状態と集中・努力状態とを同時に推定することができる。また、VLFよりNバック課題の成績との負の相関が高いVLF2を用いることによって、より高い精度で集中・努力状態を推定することができる。
なお、PVTの成績及びNバック課題の成績と、VLF、VLF1、VLF2及びLF/HFとの相関について、具体的な相関分析結果は実施例にて後述する。
【0073】
<実施の形態2>
本実施の形態に係る心身状態推定システムは、実施の形態1に係る心身状態推定システムが推定した心身状態に基づき、対象者の環境を制御する環境制御部をさらに備える。対象者の環境とは、対象者が滞在する空間の環境である。以下、本実施の形態に係る心身状態推定システムについて、図5及び図6を用いて説明する。
【0074】
図5は、実施の形態2に係る心身状態推定システム20を示すブロック図である。以下、実施形態1に係る心身状態推定システムと共通する構成は同じ符号を付しており、異なる構成のみ説明する。
【0075】
環境制御部14は、推定された心身状態に基づいて対象者の周囲の環境を制御する。対象者の周囲の環境を制御することによって、対象者にとって最適な心身状態とすることができる。環境制御部14は、心身状態推定部13が推定した心身状態に基づいて制御内容を決定する制御内容決定部を内包しているが、別体として設けてもよい。
【0076】
環境制御部14は、心身状態推定部13が推定した集中・努力状態が所定のレベル以下の場合に、集中力を高める制御を行う。上述の通り、心拍変動算出部12が算出したVLFの値またはVLF2の値が正常値(閾値)未満の場合、心身状態推定部13は対象者の集中状態が低いと推定する。環境制御部14は、VLFの値またはVLF2の値が正常値(閾値)未満の場合に、集中力を高める制御を行うことができる。具体的な制御内容は、図6を参照して説明する。
【0077】
図6は、実施の形態2に係る心身状態推定システムの環境制御部14による環境制御の例を示す表である。図6に示すように、聴覚、嗅覚、触覚、視覚を制御することによって、集中状態を高めることができる。聴覚、嗅覚、触覚、視覚の各制御項目は、それぞれ単体で環境制御に用いてもよいし、複数を組み合わせて環境制御に用いてもよい。
【0078】
具体的には、制御項目が聴覚の場合、対象者の周囲の環境にスピーカーを設置する。環境制御部14は対象者に聞こえる音量で、木の葉が風にそよぐ音を流すように制御する。制御項目が嗅覚の場合、環境制御部14は例えばローズマリー精油の香りが対象者に届くように制御する。他に集中力の向上に影響を与えると知られている他の精油を用いてもよい。精油はアロマディフューザーを用いてミスト状にしてもよいし、アロマストーンなどの小物に数滴落としてもよいし、その方法は問わず、対象者に精油の香りが届けばよい。
【0079】
制御項目が触覚の場合は、対象者本人は振動するシート又は座面が振動する椅子に座っている。環境制御部14は、対象者本人のVLF又はVLF2の周波数から周期を求め、当該周期でシートを振動させる。
【0080】
制御項目が視覚の場合、対象者本人の視野の範囲内に照度を変化させることが可能な照明が配置される。環境制御部14は、光の照度を変化させる。光の色は、例えば青色などを用いることができる。光の照度を変化させる方法として、対象者本人のVLF信号の周波数と照度とを同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期して明滅させる場合と、対象者本人のVLF信号の周波数と照度の分散とを同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくは定数倍の位相に同期して明滅させる場合とを含む。
【0081】
「対象者本人のVLF信号の周波数と照度とを同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期して明滅させる場合」では、光の照度をランダムに変化させる。まず、用いる照明の照度の所定の照度の分散を統計学的に求め、当該分散にVLF信号の周波数を同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期させて明滅させてもよい。さらに、VLF信号の周波数の振幅と光の照度とを同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくは定数倍の位相に同期させて明滅させてもよい。
【0082】
環境制御部14は、対象者本人のVLF信号の周波数そのものを用いるのではなく、当該VLF信号の周波数のn倍(nは1以上の自然数)又は1/n倍(nは2以上の自然数)を用いて明滅させてもよい。また、脳活動は左右で異なる役割を担っていることが知られているため、光を明滅させる際に、対象者の視野の左側と右側でそれぞれ異なる明滅具合にしてもよい。例えば、左側は対象者本人のVLF信号の周波数と照度とを同期させて明滅させ、右側は対象者本人のVLF信号と照度の分散とを同期させて明滅させてもよい。左右は逆であってもよい。
【0083】
環境制御部14はさらに、心身状態推定部13が推定した疲労状態が所定のレベル以上の場合に、疲労を緩和する制御を行ってもよい。上述の通り、心拍変動算出部12が算出したVLFの値又はVLF1の値が正常値(閾値)より大きい場合、心身状態推定部13は対象者が疲労していると推定する。環境制御部14は、VLFの値又はVLF1の値が正常値(閾値)より大きい場合に、疲労を緩和する制御を行うことができる。具体的な制御内容の例は、図7を参照して説明する。
【0084】
図7は、実施の形態2に係る心身状態推定システムの環境制御部による環境制御の例を示す表である。図7に示すように、聴覚、嗅覚、触覚、視覚を制御することによって、疲労状態を緩和することができる。集中状態の制御と同様、聴覚、嗅覚、触覚、視覚の各制御項目は、それぞれ単体で環境制御に用いてもよいし、複数を組み合わせて環境制御に用いてもよい。
【0085】
具体的には、制御項目が聴覚の場合、対象者の周囲の環境にスピーカーを設置する。環境制御部14は対象者に聞こえる音量で、小川のせせらぎの音を流すように制御する。制御項目が嗅覚の場合、環境制御部14は例えばヒノキ精油の香りが対象者に届くように制御する。他に疲労緩和に効果があると知られている他の精油を用いてもよい。精油はアロマディフューザーを用いてミスト状にしてもよいし、アロマストーンなどの小物に数滴落としてもよいし、その方法は問わず、対象者に精油の香りが届けばよい。
【0086】
制御項目が触覚の場合は、対象者本人は振動するシート又は座面が振動する椅子に座っている。環境制御部14は、対象者本人のHFの周波数から周期を求め、当該周期でシートを振動させる。
【0087】
制御項目が視覚の場合、対象者本人の視野の範囲内に照度を変化させることが可能な照明が配置される。環境制御部14は、光の照度を変化させる。光の色は、青色を用いることができる。光の照度を変化させる方法として、対象者本人のVLF信号の周波数と照度とを同期して明滅させる。
【0088】
続いて、本実施の形態に係る心身状態推定方法について説明する。
図8は、実施の形態2に係る心身状態推定方法を示すフローチャートである。図5及び図8に示すように、本実施の形態に係る心身状態推定方法は、実施の形態1のステップS1~ステップS3に加えて、環境制御部14が推定された心身状態に基づいて対象者の周囲の環境を制御するステップ(ステップS4)を備える。
【0089】
ステップS4の後に、さらに制御を終了するか否か判定するステップを備えてもよい。例えば、ステップS4の環境制御をあらかじめ定めた所定の時間継続してもよいし、ステップS4の環境制御の後にステップS1~S3を実行し、対象者の心身状態が所望の状態となるまでステップS4の環境制御を繰り返してもよい。
【0090】
本実施の形態に係る心身状態推定システム及び心身状態推定方法は、対象者の周囲の環境を制御する環境制御部を備えている。周囲の環境を制御することによって、対象者にとって最適な心身状態とすることができる。したがって、生産性やパフォーマンスが高く、ストレスの少ない快適な環境を実現できる。また、環境制御部は、VLFの値またはVLF2の値が正常値(閾値)未満の場合に、集中力を高める制御を行うことができる。したがって、対象者の集中力が低下している場合に、集中力を高めることができる。また、環境制御部は、VLFの値又はVLF1の値が正常値(閾値)より大きい場合に、疲労を緩和する制御を行うことができる。したがって、対象者が疲労している場合に、疲労を緩和することができる。
【0091】
<実施の形態3>
本実施の形態に係る心身状態推定システムは、実施の形態2に係る心身状態推定システムに加えて、心身状態の目標を設定する目標設定部をさらに備える。以下、本実施の形態に係る心身状態推定システムについて、図9を用いて説明する。
【0092】
図9は、実施の形態3に係る心身状態推定システム30を示すブロック図である。以下、実施形態2に係る心身状態推定システムと共通する構成は同じ符号を付しており、異なる構成のみ説明する。
【0093】
目標設定部15は、対象者が目標とする心身状態を設定する。環境制御部14は、心身状態推定部13によって推定された対象者の心身状態と、設定された心身状態の目標とに基づき、対象者の周囲の環境を制御する。対象者が目標とする心身状態を設定する際に、対象者の所望の心身状態を目標設定部15に入力してもよいし、心身状態推定部13によって推定された対象者の心身状態と環境制御の内容とをあらかじめ関連付けたデータを目標設定部15に入力してもよい。
【0094】
ここで、実施の形態1にて図3を用いて説明した、心身状態推定部13が推定する状態(a)~(f)は、対象者の現在の状態を示している。さらに、本実施の形態の目標設定部15によって設定される対象者の目標とする心身状態は、一例として、以下の状態(a)~(f)のうち状態(a)、(c)、(d)である。
(a)集中状態・高揚状態:VLF大、LF/HF大、20分未満
(b)疲労状態:VLF大、LF/HF大、20分以上
(c)クリエイティブ・ひらめき状態:VLF大、HF大
(d)休息・リラックス状態:VLF正常値(閾値)範囲内、HF大
(e)注意散漫・苛立ち状態:VLF小、LF/HF大
(f)退屈・倦怠状態:VLF小、HF大
対象者が目標とする心身状態として、目標設定部15が状態(a)、(c)、(d)を設定した場合の具体的な制御内容の例について、図10を参照して説明する。
【0095】
図10は、実施の形態3に係る心身状態推定システムの環境制御部14による環境制御の例を示す表である。図10に示すように、温度、聴覚、嗅覚、触覚、視覚(光)、視覚(光以外)、風を制御することによって、対象者の心身状態を、状態(a)、(c)、(d)へと制御できる。温度、聴覚、嗅覚、触覚、視覚(光)、視覚(光以外)の各制御項目は、それぞれ単体で環境制御に用いてもよいし、複数を組み合わせて環境制御に用いてもよい。
【0096】
例えば、心身状態推定部13が推定した心身状態が状態(e)又は(f)の場合、目標設定部15は心身状態の目標を状態(a)又は(c)に設定し、環境制御部14は対象者の心身状態が状態(e)又は(f)から、集中状態である(a)又は(c)へ調整されるように、対象者の周囲の環境を制御する。すなわち、図3及び図10に示すように、対象者が滞在する空間の環境制御を行うことによって、対象者のVLFの値が小さい状態(注意散漫)から大きい状態(集中)へと制御することができる。
【0097】
同様に、心身状態推定部13が推定した心身状態が状態(c)、(d)、(f)のいずれかの場合、目標設定部15は心身状態の目標を集中・高揚状態である(a)に設定し、環境制御部14は対象者の心身状態が状態(c)、(d)、(f)から状態(a)へ調整されるように、対象者の周囲の環境を制御する。すなわち、図3及び図10に示すように、対象者が滞在する空間の環境制御を行うことによって、対象者のHFの値が大きい状態(弛緩・脱活性・眠気)から、LF/HFの値が大きい状態(活性)へと制御することができる。
【0098】
また、心身状態推定部13が推定した心身状態が状態(b)又は(e)の場合、目標設定部15は心身状態の目標を状態(c)又は(d)に設定し、環境制御部14は対象者の心身状態が状態(b)又は(e)から状態(c)又は(d)へ調整されるように、対象者の周囲の環境を制御する。すなわち、図3及び図10に示すように、対象者が滞在する空間の環境制御を行うことによって、対象者のLF/HFの値が大きい状態(緊張・疲労・活性)からHFの値が大きい状態(ひらめき・リラックス)へと制御することができる。
【0099】
具体例として、例えば、対象者がリラックスしたいと考えている場合は、目標設定部15に(d)の休息・リラックス状態を入力する。対象者が仕事や勉強で集中したいと考えている場合は、目標設定部15に(a)の集中状態を入力する。(a)の集中状態が20分以上持続した場合、(b)の疲労状態となるため、(c)又は(d)へ調整されるように周囲の環境を制御する。(c)又は(d)の状態が20分程度経過した後、再度(a)の集中状態へ調整されるように、対象者の周囲の環境を制御する。この一連の制御は、対象者が所望に応じて目標設定部15に入力してもよいし、(a)と(c)又は(d)の上記環境制御を繰り返すようにあらかじめ目標設定部15に入力されていてもよい。また、対象者がクリエイティブな仕事を行う場合やひらめきを得たいと考える場合、目標設定部に(c)のクリエイティブ・ひらめき状態を入力する。対象者が集中力を高め、疲労しにくい心身状態にするためには、VLFが増加し、LF/HFが増加しないように制御内容を決定する。
【0100】
環境制御部14が行う具体的な制御内容について、聴覚、嗅覚、触覚、視覚(光)については、実施の形態1と同様である。ここでは、温度と風について説明する。図10に示すように、制御項目が温度の場合、環境制御部14は、対象者が滞在する空間の温度を制御する。制御項目が視覚(光以外)の場合、環境制御部14は、対象者の視野の範囲内に植物を置くか、植物の映像が流れるように制御する。
【0101】
制御項目が風の場合、環境制御部14は、対象者が滞在する空間に人工的な風を吹かせる。環境制御部14は、対象者本人のVLF信号と同期させて、風速を変化させる。風速を変化させる方法として、対象者本人のVLF信号の周波数と風速の平均値とを同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期して変化させる場合と、対象者本人のVLF信号の周波数と風速の分散を同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期させて変化させる場合を含む。
【0102】
「対象者本人のVLF信号の周波数と風速の平均値とを同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期して変化させる場合」では、まず、人工的な風を吹かせることができる装置が所定の時間の間に発生させる風の風速の平均値を求める。当該平均値からさらに対象者本人のVLF信号に合わせて風速を変化させる場合である。
【0103】
「対象者本人のVLF信号の周波数と風速の分散を同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期させて変化させる場合」では、風速をランダムに変化させる。まず、人工的な風を吹かせることができる装置が発生させる所定の風速における風速の分散を統計学的に求め、当該分散にVLF信号の周波数を同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期させて風速を変化させてもよい。さらに、VLF信号の周波数の振幅と風速とを同じ周期若しくはその定数倍、又は、同じ位相若しくはその定数倍の位相に同期させて風速を変化させてもよい。
【0104】
環境制御部14は、対象者本人のVLF信号の周波数そのものを用いるのではなく、当該VLF信号の周波数のn倍(nは1以上の自然数)又は1/n倍(nは2以上の自然数)を用いて風速を変化させてもよい。また、脳活動は左右で異なる役割を担っていることが知られているため、対象者の左側と右側でそれぞれ異なる風速にしてもよい。例えば、左側は対象者本人のVLF信号の周波数と風速とを同期させて変化させ、右側は対象者本人のVLF信号の周波数の分散と風速とを同期させて変化させてもよい。左右は逆であってもよい。
【0105】
対象者が状態(a)又は(c)の集中状態となるように制御する場合は、環境制御部14は対象者本人のVLFの周波数で風速を変化させる。同様に、対象者が状態(a)の集中・高揚状態となるように制御する場合は、環境制御部14は対象者本人のLFの周波数で風速を変化させる。
【0106】
本実施の形態に係る目標設定部15は、予め定められたスケジュールに基づいて目標を設定してもよい。例えば、設定された時間帯に対象者の心身状態が目標とする心身状態になるように、対象者のスケジュールに応じて、各時間帯の目標となる心身状態を設定してもよい。または、目標設定部15は、対象者のスケジュールの内容に応じて、当該スケジュールが行われる時間帯においてそれぞれ最適な心身状態を推定して、目標とする心身状態として設定してもよい。
【0107】
目標設定部15が予め定められたスケジュールに基づいて目標を設定する場合、対象者が自ら目標を設定しない場合であっても、対象者のスケジュールに基づいて自動的に目標を設定することができる。
【0108】
本実施の形態の心身状態推定システムは、さらに対象者の周囲の環境情報を取得する環境情報取得部を備えてもよい。環境情報取得部は、あらかじめ対象者の周囲の環境情報を取得してもよいし、心拍情報の取得、心拍変動の算出、心身状態の推定と並行して環境情報を取得してもよい。取得した環境情報に基づいて、対象者が目標とする心身状態となるように環境制御部は対象者の周辺の環境を制御することができる。環境情報取得部を備えることによって、より精度の高い心身状態の制御を行うことができる。
【0109】
さらに、対象者の心身状態の推定の精度を向上させ、環境制御の効果を向上させるために、様々な情報を登録したデータベースを作成し、心身状態の目標設定、心身状態の推定、環境制御に用いてもよい。データベースには例えば、個人識別情報、環境情報、生体指標、心身状態推定結果、目標入力情報、環境制御内容、環境制御後の心身状態のデータを蓄積してもよい。さらに、心身状態の日内変動、季節変動などの変動性や、環境制御による心身状態の変化、反応性をデーターベースに登録してもよい。
【0110】
続いて、本実施の形態に係る心身状態推定方法について説明する。
図11は、実施の形態3に係る心身状態推定方法を示すフローチャートである。図9及び図11に示すように、本実施の形態に係る心身状態推定方法は、実施の形態2のステップS1~ステップS4(本実施の形態のステップS12~ステップS15)に加えて、目標設定部15が対象者の心身状態の目標を設定するステップ(ステップS11)をさらに備える。
【0111】
ステップS15の後に、さらに制御を終了するか否か判定するステップを備えてもよい。例えば、ステップS15の環境制御の後にステップS12~S14を実行し、対象者の心身状態が設定された目標の状態となるまでステップS15の環境制御を繰り返してもよい。また、心身状態の目標設定、心身状態の推定、環境制御には、データベースに登録された情報を用いてもよい。
【0112】
本実施の形態に係る心身状態推定システム及び心身状態推定方法は、対象者の心身状態の目標を設定する目標設定部をさらに備えている。目標設定部を備えることによって、対象者の心身状態を目標とする所望の心身状態へと調整することができる。
【0113】
<その他の実施形態>
本発明の心身状態推定システムは、心身状態を推定するための任意の処理を、CPU(CentralProcessingUnit)等のプロセッサが、メモリに格納されたコンピュータプログラムを読み出し実行することにより、実現することも可能である。
【0114】
上述の例において、プログラムは、様々なタイプの非一時的なコンピュータ可読媒体(non-transitorycomputerreadablemedium)を用いて格納され、コンピュータに供給することができる。非一時的なコンピュータ可読媒体は、様々なタイプの実体のある記録媒体(tangiblestoragemedium)を含む。非一時的なコンピュータ可読媒体の例は、磁気記録媒体(例えばフレキシブルディスク、磁気テープ、ハードディスクドライブ)、光磁気記録媒体(例えば光磁気ディスク)、CD-ROM(CompactDisc-ReadOnlyMemory)、CD-R(CD-Recordable)、CD-R/W(CD-ReWritable)、半導体メモリ(例えば、マスクROM、PROM(ProgrammableROM)、EPROM(ErasablePROM)、フラッシュROM、RAM(RandomAccessMemory))を含む。また、プログラムは、様々なタイプの一時的なコンピュータ可読媒体(transitorycomputerreadablemedium)によってコンピュータに供給されても良い。一時的なコンピュータ可読媒体の例は、電気信号、光信号、及び電磁波を含む。一時的なコンピュータ可読媒体は、電線及び光ファイバ等の有線通信路、又は無線通信路を介して、プログラムをコンピュータに供給できる。
【実施例
【0115】
以下、図12~16を参照し、実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0116】
<実施例1>
本実施例では対象者37名に対して疲労課題実験を行い、課題前後の心身状態を検討した。心身状態の検討の指標としては、VLFと、従来用いられてきた指標であるln(LF/HF)と、疲労感主観評価(VAS)とを用いた。疲労課題としては、精神運動覚醒検査(Psychomotor Vigilance Test, PVT)とNバック課題を行った。
【0117】
まず、実施形態1に係る心身状態推定システムが備える心拍情報取得部が安静時の心拍情報を5分間取得し、心拍変動算出部が安静時の心拍変動の値の正常値(閾値)を算出した。続いて、PVT(1回目)を5分間実施後、Nバック課題(3バック)を20分間実施した。Nバック課題後にPVT(2回目)を5分間実施した。続いて、心身状態推定システムが備える心拍情報取得部が心拍情報として心電図を5分間取得し、心拍変動算出部がln(LF/HF)の値とVLFの値を算出し、対象者間の平均値を求めた。並行して、疲労課題の前と後に、疲労感主観評価(VAS)も行った。
【0118】
図12は、実施例1に係る疲労課題実験前後の疲労感主観評価の結果、PVT反応時間の結果、Nバック回答時間の結果、ln(LF/HF)の結果及びccvVLF(%)の結果を示すグラフである。各グラフはすべて対応のあるt検定の結果を示している。**はp<0.01、*はp<0.05、†はp<0.1であり、それぞれ有意差または有意傾向があることを示す。図12の縦軸は、上段左から順に、疲労感主観評価(VAS)の結果、PVT反応時間の結果、Nバック回答時間の結果を示し、下段左から順にln(LF/HF)の結果、ccvVLF(%)の結果を示す。
【0119】
図12の上段左側に示すように、VASの結果は課題前に比べて課題後は有意に増加した。VASの値の増加は、疲労が増加したことを示している。これは、対象者がNバック課題により疲労したことを示している。
【0120】
図12の上段中央に示すように、PVT反応時間の結果は、Nバック課題の前に行った1回目のPVTに比べて、Nバック課題の後に行った2回目は増加する傾向が認められた。PVT反応時間の増加は、成績が悪化したことを示している。PVT成績の悪化は、対象者がNバック課題により疲労したことを示している。
【0121】
図12の上段右側に示すように、Nバック回答時間について、20分間実施されたNバック課題のうち、前半をNバック課題開始2分後から8分後、後半をNバック課題開始14分後から20分後と定義した。Nバック回答時間は、前半に比べて後半は有意に減少した。Nバック回答時間の減少は、成績の向上を示している。すなわち、対象者がNバック課題に対して努力し、集中して取り組んだことが確認された。
【0122】
図12の下段左側に示すように、従来技術として精神疲労の指標とされているln(LF/HF)の平均値の値も課題前に比べて課題後は有意に増加した。
【0123】
図12の下段右側に示すccvVLF(coefficient component of variance VLF, ccvVLF, 成分変動係数VLF)は、成分VLFのパワー値を平均心拍間隔(RR間隔)で補正したものである。すなわち、「ccvVLF(%)=100×√(VLFのパワー)/平均心拍間隔」で示される。図12に示すように、ccvVLFも、課題前に比べて課題後は有意に増加した。
【0124】
図13は、実施例1に係る疲労課題実験の成績及び心拍変動の疲労課題実験前後の変化量の相関解析の結果を示すグラフである。**はp<0.01、*はp<0.05であり、それぞれ有意な相関があることを示す。各プロットは、対象者37名の課題成績と、疲労課題前後の心身状態を示すccvVLF又はln(LF/HF)の変化量を示している。
【0125】
PVT反応時間は、表示された課題に対する反応時間を意味する。図13に示すグラフAとグラフBの横軸のΔPVT反応時間(秒)は、Nバック課題を行う前のPVT反応時間と、Nバック課題を行った後のPVT反応時間との差である。例えば、Nバック課題を行う前のPVT反応時間より、Nバック課題を行った後のPVT反応時間が短くなった場合は、ΔPVT反応時間は負の値となり、成績は向上している。一方、Nバック課題を行う前のPVT反応時間より、Nバック課題を行った後のPVT反応時間が長くなった場合は、ΔPVT反応時間は正の値となり、成績は悪化している。換言すると、ΔPVT反応時間が正の値になればなるほど、対象者はより疲労している状態であることを意味する。
【0126】
図13に示すグラフCとグラフDの横軸のΔNバック回答時間(秒)は、20分間行われたNバック課題のうち、前半(課題開始2分後から8分後)で課題の回答に要した時間と、後半(課題開始14分後から20分後)で課題の回答に要した時間との差である。例えば、Nバック課題回答時間が、Nバック課題の前半に要した回答時間より、Nバック課題の後半に要した回答時間の方が短くなった場合は、ΔNバック回答時間は負の値となり、成績は向上している。一方、Nバック課題の前半に要した回答時間より、Nバック課題の後半に要した回答時間の方が長くなっている場合は、ΔNバック回答時間は正の値となり、成績は悪化している。換言すると、ΔNバック回答時間が負の値になればなるほど、対象者はより集中・努力している状態であることを意味する。
【0127】
疲労課題実験の結果であるΔPVT反応時間及びΔNバック回答時間と、心身状態を示すccvVLF及び従来より用いられてきたln(LF/HF)との間に相関関係があるか確認するために、ピアソンの積率相関係数を求めた。
【0128】
図13に示すグラフAとグラフCの縦軸のΔccvVLFは、疲労課題実験の前と後の心身状態を示すccvVLFの値の差である。グラフBとグラフDの縦軸のΔln(LF/HF)は、疲労課題実験の前と後の心身状態を示すln(LF/HF)の値の差である。
【0129】
図13のグラフA~Dについて、すなわち以下の(A)~(D)の相関係数は以下の通りである。
(A)ΔPVT反応時間(s)とΔccvVLF(%)の相関係数:r=0.51**
(B)ΔPVT反応時間(s)とΔln(LF/HF)の相関係数:r=0.33*
(C)ΔNバック回答時間(s)とΔccvVLF(%)の相関係数:r=-0.37*
(D)ΔNバック回答時間(s)とΔln(LF/HF)の相関係数:r=-0.03
【0130】
ΔPVT反応時間との相関について、(A)及び(B)の相関係数の値から、両方とも正の相関が認められた。一方で、従来より精神疲労の指標として知られているΔln(LF/HF)との相関係数の値(B)(r=0.33)に比べて、ΔccvVLFとの相関係数の値(A)(r=0.51)の方が大きいという結果が得られた。この結果より、従来より精神疲労の指標として知られているΔln(LF/HF)に比べて、ΔccvVLFの方がΔPVT反応時間とより相関していることが示された。
【0131】
ΔNバック回答時間との相関について、図13のグラフCと相関係数の値(C)(r=-0.37)から、ΔccvVLFはΔNバック回答時間との負の相関が認められるという結果を得た。さらに、図13のグラフCを参照すると、Nバック課題の成績が向上すると、すなわちより集中・努力した場合に、ccvVLFの値も上昇するという結果を得た。これに対し、相関係数の値(D)(r=-0.03)から、従来より精神疲労の指標として知られているΔln(LF/HF)はΔNバック回答時間との相関が認められなかった。
【0132】
図13の結果より、ccvVLFは、ΔPVT反応時間とは正の相関関係があり、ΔNバック回答時間とは負の相関関係があることが示された。上述の通り、ΔPVT反応時間は、正の値になればなるほど、対象者はより疲労している状態であることを意味し、ΔNバック回答時間は、負の値になればなるほど、対象者はより集中・努力している状態であることを意味する。したがって、ΔPVT反応時間とは正の相関関係があり、ΔNバック回答時間とは負の相関関係があるccvVLF、すなわちVLFは、疲労状態および集中・努力状態の推定に用いることが可能であることが示された。
【0133】
<実施例2>
本実施例では対象者8名に対して疲労課題を行い、環境制御を行った。疲労課題の前の心身状態と、疲労課題を行ってさらに環境制御を行った後の心身状態の平均値の比較および相関解析を行った。平均値の比較には、二元配置反復測定分散分析とHolm法による多重比較を用いた。
【0134】
本実施例では、心身状態の指標として、VLFと、疲労・覚醒主観評価指標RAS(Roken Arousal scale)を用いた。本実施例では、RASの項目の一つである「注意集中困難」を評価指標として用いた。実施形態2に係る心身状態推定システムが備える心拍変動取得部が安静時の心拍情報を取得し、心拍変動算出部が安静時の心拍変動の値(VLF)の正常値(閾値)を算出した。続いて、疲労課題としてVR(Virtual Reality)ゲームを10分間実施した。続いて、心身状態推定システムが備える環境制御部が、対象者の周囲の環境を制御した。
【0135】
本実施例での環境制御項目は、図10にて説明した視覚(光以外)、すなわち植物を用いた。本実施例では、8名の対象者はそれぞれ4日間実験に参加し、各日に4種類の環境のうち1種類の実験を行い、各環境の中で20分間滞在した。心身状態推定システムが備える心拍変動取得部は、各環境滞在開始0分~5分の間の心拍情報として心電図を取得し、心身変動算出部が心拍変動の値(VLF)を算出した。並行して、主観評価「注意集中困難」を、疲労課題前の安静時と、疲労課題後、各環境への滞在開始20分後に行った。
【0136】
図14は、実施例2に係る主観評価「注意集中困難」とVLFの平均値の比較および相関解析の結果を示すグラフである。左図及び中央図はHolm法による多重比較の結果を示している。**はp<0.01、*はp<0.05、†はp<0.1であり、有意差または有意傾向があることを示す。左図及び中央図の横軸は、環境条件を示す。「緑なし」は、植物が対象者の見える範囲に置かれていない環境である。
【0137】
「緑A」は、対象者の視野の範囲内に緑Cに比べて葉が小さく丸い植物が置かれている環境である。緑Aは、図3及び図10に示した通り、クリエイティブ・ひらめき・休息・リラックス効果がある。
【0138】
「緑B」は、対象者の視野の範囲内に葉が細長い植物が置かれている環境である。緑Bは、図3及び図10に示した通り、集中力を高める効果がある。
【0139】
「緑C」は、対象者の視野の範囲内に緑Aに比べて葉が大きい植物が置かれた環境である。緑Cは、図3及び図10に示した通り、活性を高める効果がある。
【0140】
図14の左図の縦軸の「疲労課題実験前後の変化量」とは、疲労課題を行う前に行った主観評価「注意集中困難」の結果と、環境への滞在開始20分後に行った主観評価「注意集中困難」の結果との差を示す。左図のグラフに示した変化量は、疲労課題を行う前の状態の影響を、共分散分析により除いた結果である。主観評価「注意集中困難」の変化量は、値が負の値になればなるほどより集中していることを意味する。
【0141】
同様に、図14の中央図の縦軸の「疲労課題実験前後の変化量」とは、疲労課題を行う前の安静時に正常値(閾値)として算出したlnVLFの値と、環境への滞在開始0~5分の間のlnVLFの値との差を示す。中央図のグラフに示した変化量は、疲労課題を行う前の状態の影響を、共分散分析により除いた結果である。
【0142】
図14の左図に示すように、主観評価「注意集中困難」の変化量が最も負の値となったのは、緑Bの環境に滞在した場合であった。すなわち、緑Bの環境に滞在した場合は、環境に置かれた葉が細長い植物によって集中力を高めることができた。
【0143】
さらに、図14の中央図に示すように、緑Bの環境に滞在した場合、緑なしの環境と比較してVLFの変化量が最も大きいという結果が得られた。続いて、右図のグラフに示すように、主観評価「注意集中困難」の変化量と、VLFの変化量との相関分析を行った。主観評価「注意集中困難」の変化量とΔlnVLF ln(ms)との相関係数はr=-0.41(p<0.05)であり、主観評価「注意集中困難」の変化量と、ΔlnVLF ln(ms)との間には有意な相関が認められた。
【0144】
以上の通り、集中状態を示す主観評価「注意集中困難」の変化量と、VLFとの間には相関があることから、VLFは集中状態の推定に用いることが可能であることが示された。
【0145】
<実施例3>
本実施例では対象者37名に対して疲労課題実験を行い、課題前後の心身状態を検討した。心身状態の検討の指標としては、VLF1とVLF2とを用いた。疲労課題としては、精神運動覚醒検査(Psychomotor Vigilance Test, PVT)とNバック課題を行った。
【0146】
まず、実施形態1に係る心身状態推定システムが備える心拍情報取得部が安静時の心拍情報を5分間取得し、心拍変動算出部が安静時の心拍変動の値(VLF1とVLF2の値)の正常値(閾値)を算出した。続いて、PVTを5分間実施後、Nバック課題(3バック)を20分間実施した。Nバック課題後に再度PVTを5分間実施した。続いて、心身状態推定システムが備える心拍情報取得部が心拍情報として心電図を5分間取得し、心拍変動算出部がVLF1の値とVLF2の値を算出し、対象者間の平均値を求めた。
【0147】
図15は、実施例3に係る疲労課題実験の成績及び心拍変動の疲労課題実験前後の変化量の相関解析の結果を示すグラフである。各プロットは、対象者37名の課題成績と、疲労課題前後の心身状態を示すlnVLF1又はlnVLF2の変化量を示している。**はp<0.01、*はp<0.05であり、それぞれ有意な相関があることを示す。
【0148】
PVT反応時間は、表示された課題に対する反応時間を意味する。図15に示すグラフAとグラフBの横軸のΔPVT反応時間(秒)は、Nバック課題を行う前のPVT反応時間と、Nバック課題を行った後のPVT反応時間との差である。例えば、Nバック課題を行う前のPVT反応時間より、Nバック課題を行った後のPVT反応時間が短くなった場合は、ΔPVT反応時間は負の値となり、成績は向上している。換言すると、ΔPVT反応時間が負の値になればなるほど、対象者はより集中・努力状態である可能性を意味する。一方、Nバック課題を行う前のPVT反応時間より、Nバック課題を行った後のPVT反応時間が長くなった場合は、ΔPVT反応時間は正の値となり、成績は悪化している。換言すると、ΔPVT反応時間が正の値になればなるほど、対象者はより疲労している状態であることを意味する。
【0149】
図15に示すグラフCとグラフDの横軸のΔNバック回答時間(秒)は、20分間行われたNバック課題のうち、前半(課題開始2分後から8分後)で課題の回答に要した時間と、後半(課題開始14分後から20分後)で課題の回答に要した時間との差である。例えば、Nバック課題回答時間が、Nバック課題の前半に要した回答時間より、Nバック課題の後半に要した回答時間の方が短くなった場合は、ΔNバック回答時間は負の値となり、成績は向上している。一方、Nバック課題の前半に要した回答時間より、Nバック課題の後半に要した回答時間の方が長くなっている場合は、ΔNバック回答時間は正の値となり、成績は悪化している。換言すると、ΔNバック回答時間が負の値になればなるほど、対象者はより集中・努力状態であることを意味する。
【0150】
疲労課題実験の結果であるΔPVT反応時間及びΔNバック回答時間と、心身状態を示すlnVLF1の変化量及びlnVLF2の変化量との間に相関関係があるか確認するために、ピアソンの積率相関係数を求めた。
【0151】
図15に示すグラフAとグラフCの縦軸のΔlnVLF1は、疲労課題実験の前と後の心身状態を示すlnVLF1の値の差である。グラフBとグラフDの縦軸のΔlnVLF2は、疲労課題実験の前と後の心身状態を示すlnVLF2の値の差である。
【0152】
図15のグラフA~Dについて、すなわち以下の(A)~(D)の相関係数は以下の通りである。
(A)ΔPVT反応時間(s)とΔlnVLF1の相関係数:r=0.36*
(B)ΔPVT反応時間(s)とΔlnVLF2の相関係数:r=0.36*
(C)ΔNバック回答時間(s)とΔlnVLF1の相関係数:r=-0.21
(D)ΔNバック回答時間(s)とΔlnVLF2の相関係数:r=-0.46**
【0153】
ΔPVT反応時間との相関について、(A)及び(B)の相関係数の値から、VLF1及びVLF2の両方とも同程度の相関が認められた。VLF1はΔPVT反応時間との正の相関が高く、疲労によりPVT反応成績が悪化した際に、VLF1の値が上昇した。
【0154】
ΔNバック回答時間との相関について、相関係数の値(C)(r=-0.21)から、VLF1はΔNバック回答時間との相関がほとんど認められないという結果が得られた。これに対し、相関係数の値(D)(r=-0.46)から、VLF2はΔNバック回答時間との有意な相関が認められるという結果を得た。さらに、図15のグラフDを参照すると、Nバック課題の成績が向上すると、すなわちより集中・努力した場合に、VLF2の値も上昇するという結果を得た。また、実施例1のVLFの結果と本実施例のVLF2の結果とを比較すると、VLF2はVLFよりもNバック回答時間との負の相関が高かった。
【0155】
図15の結果より、VLF1及びVLF2はΔPVT反応時間と相関関係があり、VLF2はΔNバック回答時間と負の相関関係があることが示された。上述の通り、ΔPVT反応時間は、正の値になればなるほど、対象者はより疲労している状態であることを意味し、ΔNバック回答時間は、負の値になればなるほど、対象者はより集中・努力している状態であることを意味する。ΔPVT反応時間と正の相関関係があるVLF1は、疲労状態の推定に用いることが可能であることが示された。また、ΔPVT反応時間と正の相関関係があり、ΔNバック回答時間とは負の相関関係があるVLF2は、疲労状態および集中・努力状態の推定に用いることが可能であることが示された。したがって、VLF1とVLF2とを組み合わせて評価することにより、疲労状態と集中・努力状態を区別して推定することが可能であることが示された。
【0156】
<実施例4>
本実施例では対象者8名に対して疲労課題を行い、環境制御を行った。疲労課題の前の心身状態と、疲労課題を行ってさらに環境制御を行った後の心身状態の平均値の比較および相関解析を行った。平均値の比較には、二元配置反復測定分散分析とHolm法による多重比較を用いた。
【0157】
本実施例では、心身状態の指標として、VLF2と、RASの項目の一つである主観評価「注意集中困難」とを用いた。実施形態2に係る心身状態推定システムが備える心拍変動取得部が安静時の心拍情報を取得し、心拍変動算出部が安静時の心拍変動の値(VLF2)の正常値(閾値)を算出した。続いて、疲労課題としてVR(Virtual Reality)ゲームを10分間実施した。続いて、心身状態推定システムが備える環境制御部が、対象者の周囲の環境を制御した。
【0158】
本実施例での環境制御項目は、図10にて説明した視覚(光以外)、すなわち植物を用いた。本実施例では、8名の対象者はそれぞれ4日間実験に参加し、各日に4種類の環境のうち1種類の実験を行い、各環境の中で20分間滞在した。心身状態推定システムが備える心拍変動取得部は、各環境滞在開始0分~5分の間の心拍情報として心電図を取得し、心身変動算出部が心拍変動の値(VLF2)を算出した。並行して、主観評価「注意集中困難」を、疲労課題前の安静時と、疲労課題後、各環境への滞在開始20分後に行った。
【0159】
図16は、実施例4に係る主観評価「注意集中困難」とVLF2の平均値の比較および相関解析の結果を示すグラフである。左図及び中央図の横軸は、環境条件を示す。「緑なし」、「緑A」、「緑B」、「緑C」の各環境条件は、実施例2に記載の通りである。左図及び中央図はHolm法による多重比較の結果を示している。**はp<0.01、*はp<0.05であり、それぞれ有意差があることを示す。
【0160】
図16の左図の縦軸の「疲労課題実験前後の変化量」とは、疲労課題を行う前に行った主観評価「注意集中困難」の結果と、環境への滞在開始20分後に行った主観評価「注意集中困難」の結果との差を示す。左図のグラフに示した変化量は、疲労課題を行う前の状態の影響を、共分散分析により除いた結果である。主観評価「注意集中困難」の変化量は、値が負の値になればなるほどより集中していることを意味する。
【0161】
同様に、図16の中央図の縦軸の「疲労課題実験前後の変化量」とは、疲労課題を行う前の安静時に正常値(閾値)として算出したlnVLF2 ln(ms)の値と、環境への滞在開始0~5分の間のlnVLF2 ln(ms)の値との差を示す。中央図のグラフに示した変化量は、疲労課題を行う前の状態の影響を、共分散分析により除いた結果である。
【0162】
図16の左図は、図14の左図と同一である。図16に示すように、主観評価「注意集中困難」の変化量が最も負の値となったのは、緑Bの環境に滞在した場合であった。すなわち、緑Bの環境に滞在した場合は、環境に置かれた葉が細長い植物によって集中力を高めることができた。
【0163】
さらに、図16の中央図に示すように、緑Bの環境においてVLF2の変化量が最も大きいという結果が得られた。続いて、右図のグラフに示すように、主観評価「注意集中困難」の変化量と、VLF2の変化量との相関分析を行った。主観評価「注意集中困難」の変化量とΔlnVLF2 ln(ms)との相関係数はr=-0.34(p<0.1)であり、主観評価「注意集中困難」の変化量と、ΔlnVLF2 ln(ms)との間には相関傾向が認められた。
【0164】
以上の通り、集中状態を示す主観評価「注意集中困難」の変化量と、VLF2との間には相関があることから、VLF2は集中状態の推定に用いることが可能であることが示された。
【0165】
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【符号の説明】
【0166】
10、20、30 心身状態推定システム
11 心拍情報取得部
12 心拍変動算出部
13 心身状態推定部
14 環境制御部
15 目標設定部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16