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特許7559706負極活物質、アルカリ蓄電池および負極活物質の製造方法
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  • 特許-負極活物質、アルカリ蓄電池および負極活物質の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】負極活物質、アルカリ蓄電池および負極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/38 20060101AFI20240925BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20240925BHJP
   H01M 10/30 20060101ALI20240925BHJP
   H01M 12/08 20060101ALI20240925BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240925BHJP
   B22F 1/14 20220101ALI20240925BHJP
   B22F 1/142 20220101ALI20240925BHJP
   C22C 14/00 20060101ALN20240925BHJP
   C22C 19/03 20060101ALN20240925BHJP
   C22C 27/06 20060101ALN20240925BHJP
【FI】
H01M4/38 A
H01M4/36 C
H01M10/30 Z
H01M12/08 K
B22F1/00 R
B22F1/14 200
B22F1/14 700
B22F1/142
C22C14/00 A
C22C14/00 Z
C22C19/03 Z
C22C27/06
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021135619
(22)【出願日】2021-08-23
(65)【公開番号】P2023030468
(43)【公開日】2023-03-08
【審査請求日】2023-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】近 真紀雄
(72)【発明者】
【氏名】射場 英紀
(72)【発明者】
【氏名】小谷 幸成
(72)【発明者】
【氏名】澤田 直孝
(72)【発明者】
【氏名】松永 朋也
(72)【発明者】
【氏名】西山 博史
(72)【発明者】
【氏名】陶山 博司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 昌士
【審査官】福井 晃三
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-068049(JP,A)
【文献】特開2003-226925(JP,A)
【文献】特開平09-063569(JP,A)
【文献】特開2016-129102(JP,A)
【文献】特開2003-013104(JP,A)
【文献】特開2003-313601(JP,A)
【文献】特開平09-312157(JP,A)
【文献】特開2001-196056(JP,A)
【文献】特開2016-207466(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00- 4/62
H01M 10/00-10/34
H01M 12/00ー12/08
B22F 1/00
B22F 1/14
B22F 1/142
C22C 14/00
C22C 27/06
C22C 19/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ蓄電池に用いられる負極活物質であって、
前記負極活物質は、
TiおよびCrを含有し、BCC構造を準安定相として含有し、かつ、Vの割合が10at%未満である母材と、
前記母材を被覆し、触媒金属、および、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属を含有するコート層と、
を備え、
前記コート層および前記母材の界面に酸化物膜が存在し、
オージェ電子分光法により、前記界面の近傍における前記酸化物膜の最大酸素濃度CMAX(at%)と、前記CMAXが得られる位置Pとを求め、前記CMAXの半値を1/2CMAXとし、前記Pよりも前記コート層側の領域において前記1/2CMAXが得られる位置をPとし、位置Pよりも前記母材側の領域において前記1/2CMAXが得られる位置をPとし、前記Pから前記Pまでの距離を、前記酸化物膜の第1厚さT(nm)とし、前記Pから前記Pまでの距離を、前記酸化物膜の第2厚さT(nm)とし、前記Pから前記Pまでの距離を、前記酸化物膜の厚さT(nm)とし、深さ方向における測定間隔をD(nm)とした場合に、
前記負極活物質は、
(i)前記Tに対する前記Tの割合(T/T)が、1.50以上である、
(ii)前記Tおよび前記Tの差(T-T)が、前記Dより大きい、
(iii)前記Tに対する前記CMAXの割合(CMAX/T)が、0.035以下である、
の少なくとも一つを満たす、負極活物質。
【請求項2】
前記負極活物質は、前記(i)を満たす、請求項1に記載の負極活物質。
【請求項3】
前記負極活物質は、前記(ii)を満たす、請求項1または請求項2に記載の負極活物質。
【請求項4】
前記負極活物質は、前記(iii)を満たす、請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の負極活物質。
【請求項5】
前記コート層が、前記触媒金属として、Ni、PdおよびPtの少なくとも一種を含有する、請求項1から請求項4までのいずれかの請求項に記載の負極活物質。
【請求項6】
前記コート層が、前記酸素親和性金属として、Tiを含有する、請求項1から請求項5までのいずれかの請求項に記載の負極活物質。
【請求項7】
前記コート層が、前記酸素親和性金属として、Laを含有する、請求項1から請求項6までのいずれかの請求項に記載の負極活物質。
【請求項8】
前記母材が前記Vを含有する、請求項1から請求項7までのいずれかの請求項に記載の負極活物質。
【請求項9】
前記母材が前記Vを含有しない、請求項1から請求項7までのいずれかの請求項に記載の負極活物質。
【請求項10】
正極活物質層と、負極活物質層と、前記正極活物質層および前記負極活物質層の間に配置された電解質層と、を有するアルカリ蓄電池であって、
前記負極活物質層が、請求項1から請求項9までのいずれかの請求項に記載の負極活物質を含有する、アルカリ蓄電池。
【請求項11】
アルカリ蓄電池に用いられる負極活物質の製造方法であって、
TiおよびCrを含有し、BCC構造を準安定相として含有し、かつ、Vの割合が10at%未満である母材を、触媒金属、および、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属を含有するコート層で被覆し、前駆体を形成する前駆体形成工程と、
前記前駆体に対して、前記母材における前記BCC構造を維持しつつ、前記コート層および前記母材の界面に存在する酸化物膜に含まれる酸素を拡散させるように、熱処理を行う熱処理工程と、
を有する、負極活物質の製造方法。
【請求項12】
前記熱処理工程における熱処理温度が、300℃以上600℃以下である、請求項11に記載の負極活物質の製造方法。
【請求項13】
前記熱処理工程における熱処理時間が、30分間以上10時間以下である、請求項11または請求項12に記載の負極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、負極活物質、アルカリ蓄電池および負極活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカリ蓄電池の負極活物質として、水素吸蔵合金が知られている。例えば、特許文献1には、少なくともTiを含み、Niを含まず、体心立方構造を有し、かつ、球形の粒子形状を有する水素吸蔵合金をNi粉末と混合し、得られた混合物に剪断力を与えて上記水素吸蔵合金の表面にNiを付着させる工程、および、表面にNiが付着した水素吸蔵合金を加熱処理して、少なくともTiおよびNiを含む合金層を上記水素吸蔵合金の表面部分に形成する工程を有する、水素吸蔵合金電極の製造方法が開示されている。さらに、特許文献1の実施例には、TiCrV系の水素吸蔵合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-141061号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
体心立方構造(BCC構造)を有するTiCrV系の水素吸蔵合金は、優れた容量特性を有するという利点がある。一方で、V(バナジウム)は高価であるため、水素吸蔵合金におけるVの割合を低減することが望まれる。しかしながら、水素吸蔵合金におけるVの割合が低いと、BCC構造を安定相として有する水素吸蔵合金を作製することが困難になる。
【0005】
これに対して、本発明者は、例えばガスアトマイズ法を用いることで、Vを含有せず、BCC構造を準安定相として含有するTiCr系の水素吸蔵合金を作製できるとの知見を得た。ところが、BCC構造を準安定相として含有するTiCr系の水素吸蔵合金は、容量特性が発現されず、負極活物質として機能しなかった。
【0006】
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、良好な容量特性を有する負極活物質を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示においては、アルカリ蓄電池に用いられる負極活物質であって、上記負極活物質は、TiおよびCrを含有し、かつ、BCC構造を準安定相として含有する母材と、上記母材を被覆し、触媒金属、および、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属を含有するコート層と、を備え、上記コート層および上記母材の界面に酸化物膜が存在し、オージェ電子分光法により、上記界面の近傍における上記酸化物膜の最大酸素濃度CMAX(at%)と、上記CMAXが得られる位置Pとを求め、上記CMAXの半値を1/2CMAXとし、上記Pよりも上記コート層側の領域において上記1/2CMAXが得られる位置をPとし、位置Pよりも上記母材側の領域において上記1/2CMAXが得られる位置をPとし、上記Pから上記Pまでの距離を、上記酸化物膜の第1厚さT(nm)とし、上記Pから上記Pまでの距離を、上記酸化物膜の第2厚さT(nm)とし、上記Pから上記Pまでの距離を、上記酸化物膜の厚さT(nm)とし、深さ方向における測定間隔をD(nm)とした場合に、上記負極活物質は、
(i)上記Tに対する上記Tの割合(T/T)が、1.50以上である、
(ii)上記Tおよび上記Tの差(T-T)が、上記Dより大きい、
(iii)上記Tに対する上記CMAXの割合(CMAX/T)が、0.035以下である、
の少なくとも一つを満たす、負極活物質を提供する。
【0008】
本開示によれば、上記(i)~(iii)の少なくとも一つを満たすことで、良好な容量特性を有する負極活物質となる。
【0009】
上記開示において、上記負極活物質は、上記(i)を満たしてもよい。
【0010】
上記開示において、上記負極活物質は、上記(ii)を満たしてもよい。
【0011】
上記開示において、上記負極活物質は、上記(iii)を満たしてもよい。
【0012】
上記開示においては、上記コート層が、上記触媒金属として、Ni、PdおよびPtの少なくとも一種を含有していてもよい。
【0013】
上記開示においては、上記コート層が、上記酸素親和性金属として、Tiを含有していてもよい。
【0014】
上記開示においては、上記コート層が、上記酸素親和性金属として、Laを含有していてもよい。
【0015】
上記開示においては、上記母材がVを含有し、上記母材における上記Vの割合が、10at%未満であってもよい。
【0016】
上記開示においては、上記母材がVを含有しなくてもよい。
【0017】
また、本開示においては、正極活物質層と、負極活物質層と、上記正極活物質層および上記負極活物質層の間に配置された電解質層と、を有するアルカリ蓄電池であって、上記負極活物質層が、上述した負極活物質を含有する、アルカリ蓄電池を提供する。
【0018】
本開示によれば、負極活物質層が上述した負極活物質を含有するため、良好な容量特性を有するアルカリ蓄電池となる。
【0019】
また、本開示においては、アルカリ蓄電池に用いられる負極活物質の製造方法であって、TiおよびCrを含有し、かつ、BCC構造を準安定相として含有する母材を、触媒金属、および、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属を含有するコート層で被覆し、前駆体を形成する前駆体形成工程と、上記前駆体に対して、上記母材における上記BCC構造を維持しつつ、上記コート層および上記母材の界面に存在する酸化物膜に含まれる酸素を拡散させるように、熱処理を行う、負極活物質の製造方法を提供する。
【0020】
本開示によれば、前駆体に対して、母材におけるBCC構造を維持しつつ、コート層および母材の界面に存在する酸化物膜に含まれる酸素を拡散させるように、熱処理を行うことで、良好な容量特性を有する負極活物質が得られる。
【発明の効果】
【0021】
本開示における負極活物質は、良好な容量特性を有するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本開示における負極活物質を例示する概略断面図である。
図2】本開示における母材の組成を説明する三元図である。
図3】本開示におけるアルカリ蓄電池を例示する概略断面図である。
図4】本開示におけるアルカリ蓄電池を例示する概略断面図である。
図5】本開示における負極活物質の製造方法を例示するフロー図である。
図6】比較例1で作製した前駆体に対するAES分析の結果である。
図7】実施例1で作製した前駆体に対するAES分析の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、負極活物質、アルカリ蓄電池および負極活物質の製造方法について、詳細に説明する。
【0024】
A.負極活物質
図1は、本開示における負極活物質を例示する概略断面図である。図1に示す負極活物質10は、母材1と、母材1を被覆するコート層2と、を有する。母材1は、TiおよびCrを含有し、かつ、BCC構造を準安定相として含有する。コート層2は、触媒金属と、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属とを含有する。さらに、母材1は、コート層2側の表面に、酸化物膜3を有する。すなわち、コート層2および母材1の間に、酸化物膜3が存在する。酸化物膜3は、典型的には、母材1の不動態皮膜である。本開示においては、酸化物膜3に含まれる酸素の拡散状態が、所定の条件を満たす。
【0025】
本開示によれば、酸化物膜に含まれる酸素の拡散状態が、所定の条件を満たすため、良好な容量特性を有する負極活物質となる。上述したように、体心立方構造(BCC構造)を有するTiCrV系の水素吸蔵合金は、優れた容量特性を有するという利点がある。一方で、V(バナジウム)は高価であるため、水素吸蔵合金におけるVの割合を低減することが望まれる。しかしながら、水素吸蔵合金におけるVの割合が低いと、BCC構造を安定相として有する水素吸蔵合金を作製することが困難になる。
【0026】
これに対して、本発明者は、例えばガスアトマイズ法を用いることで、Vを含有せず、BCC構造を準安定相として含有するTiCr系の水素吸蔵合金を作製できるとの知見を得た。ところが、BCC構造を準安定相として含有するTiCr系の水素吸蔵合金は、容量特性が発現されず、負極活物質として機能しなかった。
【0027】
そこで、本発明者等は、BCC構造を準安定相として含有するTiCr系の水素吸蔵合金を母材とし、その母材を、触媒作用を有するコート層で被覆することを検討した。しかしながら、後述する比較例に記載するように、母材をコート層で被覆することだけでは、容量特性が発現されなかった。そこで、母材およびコート層の界面について、詳細に検討を重ねたところ、母材およびコート層の界面に存在する酸化物膜が、充放電反応に必要な水素拡散を阻害しているという知見を得た。
【0028】
例えば、BCC構造を安定相として含有する負極活物質は、熱処理によりBCC構造が他の構造に変態することがない。そのため、例えば、負極活物質に対して、十分に高い温度(例えば700℃以上)で熱処理することで、酸化物膜を熱拡散で除去することが可能である。これに対して、BCC構造を準安定相として含有する負極活物質の場合、高い温度で熱処理すると、酸化物膜を除去することはできるものの、BCC構造を維持することができない。逆に、BCC構造を維持可能な温度で熱処理すると、酸化物膜を除去することができない。すなわち、BCC構造を準安定相として含有する負極活物質の場合、BCC構造の維持と、酸化物膜の除去とを両立させることが困難である、という特有の課題がある。
【0029】
そこで、本発明者達が鋭意研究を重ねたところ、コート層に、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属を添加することで、BCC構造を維持可能な温度で熱処理した場合であっても、酸化物膜に含まれる酸素を、コート層側に積極的に拡散させることができることを確認した。言い換えると、酸化物膜から酸素を引き剥がし、コート層側に移動させることができることを確認した。その結果、酸化物膜による水素拡散の阻害が緩和され、その結果、良好な容量特性を有する負極活物質を得ることができた。
【0030】
本開示においては、酸化物膜に含まれる酸素の拡散状態を、オージェ電子分光法(AES)による元素分析で特定する。具体的に、オージェ電子分光法により、コート層および母材の界面の近傍における酸化物膜の最大酸素濃度CMAX(at%)と、CMAXが得られる位置Pとを求める。次に、CMAXの半値を1/2CMAXとし、Pよりもコート層側の領域において、1/2CMAXが得られる位置をPとする。また、位置Pよりも母材側の領域において、1/2CMAXが得られる位置をPとする。次に、PからPまでの距離を、酸化物膜の第1厚さT(nm)として求める。また、PからPまでの距離を、酸化物膜の第2厚さT(nm)として求める。また、PからPまでの距離を、酸化物膜の厚さT(nm)として求める。
【0031】
本開示においては、TがTより大きいことが好ましい。すなわち、Pを基準にして、コート層側の酸化物膜の厚さ(第1厚さ)が相対的に大きく、母材側の酸化物膜の厚さ(第2厚さ)が相対的に小さいことが好ましい。Tに対するTの割合(T/T)は、例えば、1.50以上であり、1.70以上であってもよく、2.00以上であってもよく、2.30以上であってもよい。一方、Tに対するTの割合(T/T)の上限は、特に限定されない。
【0032】
また、TおよびTの差(T-T)は、例えば20nm以上であり、40nm以上であってもよく、60nm以上であってもよく、80nm以上であってもよい。一方、TおよびTの差(T-T)の上限は、特に限定されない。また、AESにおいて、深さ方向における測定間隔をD(nm)とする。後述するように、AESによる深さ分析では、測定対象の最表面における元素濃度測定と、スパッタリングによる表面エッチングとを繰り返して行う。そのため、深さ分析により得られるデータは、連続データではなく、1回の表面エッチング毎に測定される離散データである。スパッタリングレートから算出される測定間隔をD(nm)とする。(T-T)≦Dの場合、酸素濃度のピークを基準にして、酸素分布が概ね対称であるといえる。一方、(T-T)>Dの場合、酸素濃度のピークを基準にして、酸素分布が非対称であり、母材側よりもコート層側に、酸素が多く拡散しているといえる。そのため、本開示においては、(T-T)が、Dより大きいことが好ましい。Dに対する(T-T)の割合は、例えば1.1以上であり、1.5以上であってもよく、2.0以上であってもよい。
【0033】
また、Tに対するCMAXの割合(CMAX/T)が、小さいことが好ましい。CMAX/Tが小さい程、酸素の拡散が進行しているといえる。CMAX/Tは、例えば0.035以下であり、0.030以下であってもよく、0.025以下であってもよい。
【0034】
また、本開示においては、(i)~(iii)の一つを満たすことが好ましく、2つを満たしてもよく、全てを満たしてもよい。
(i)(T/T)≧1.50
(ii)(T-T)>D
(iii)CMAX/T≦0.035
なお、(i)~(iii)における好ましい範囲は、上述した通りである。
【0035】
1.母材
本開示における母材は、TiおよびCrを含有し、かつ、BCC構造を準安定相として含有する。BCC構造が準安定相に該当することは、母材を融点まで加熱した場合に、BCC構造が、安定相であるラーベス構造に変態することにより、判断される。なお、ラーベス構造を有するTiCr系の水素吸蔵合金は、アルカリ蓄電池で主に使用される圧力範囲(例えば0.1MPa~0.0001MPa)において、ほとんど水素吸蔵できない。また、例えば図2に示すように、Ti、CrおよびVの三元図において、Vの割合が多い領域では、BCC構造が安定相として生成される。この領域では、母材を融点まで加熱しても、BCC構造が維持される。一方、Vの割合が少ない領域では、BCC構造が安定相として存在できず、準安定相として生成される。本開示においては、高価なVの割合が少ない場合、または、高価なVが含まれない場合であっても、BCC構造を準安定相として維持しつつ、良好な容量特性を有する負極活物質となる。
【0036】
母材は、通常、TiおよびCrを含有する水素吸蔵合金である。母材は、TiおよびCrを主成分として含有することが好ましい。「TiおよびCrを主成分とする」とは、TiおよびCrの合計の割合が、母材を構成する全ての金属に対して最も多いことをいう。母材を構成する全ての金属に対する、TiおよびCrの合計の割合は、例えば50at%以上であり、70at%以上であってもよく、90at%以上であってもよく、95at%以上であってもよい。母材の組成は、例えば、母材を酸に溶解させ、ICP発光分光分析法(ICP-OES)で測定することにより決定される。
【0037】
母材におけるTiおよびCrの割合は、BCC構造を準安定相として維持できる割合であれば特に限定されない。TiおよびCrの合計に対するTiの割合(Ti/(Ti+Cr))は、例えば30at%以上であり、40at%以上であってもよい。一方、TiおよびCrの合計に対するTiの割合(Ti/(Ti+Cr))は、例えば70at%以下であり、60at%以下であってもよい。
【0038】
母材は、金属として、TiおよびCrのみを含有していてもよく、他の金属(TiおよびCr以外の金属)をさらに含有していてもよい。他の金属としては、例えば、V(バナジウム)が挙げられる。母材は、Vを含有していてもよく、Vを含有していなくてもよい。前者の場合、母材におけるVの割合は、BCC構造を安定相ではなく、準安定相として維持可能な割合であることが好ましい。高価なVの割合が少ない場合であっても、BCC構造を維持しつつ、良好な容量特性を有する負極活物質を得ることができるからである。母材におけるVの割合は、例えば25at%以下であり、15at%以下であってもよく、10at%未満であってもよい。また、母材は、他の金属として、Mo(モリブデン)を含有していてもよい。母材におけるMoの割合は、例えば20at%以下であり、15at%以下であってもよい。
【0039】
母材は、BCC構造を準安定相として含有する。準安定相の定義については、上述した通りである。BCC構造とは、体心立方格子構造(Body-Centered Cubic)をいう。また、BCC構造を有する結晶相をBCC相と称する。母材は、BCC相を主相として含有することが好ましい。「BCC相を主相として含有する」とは、母材におけるBCC相の割合が、母材を構成する全ての結晶相に対して最も多いことをいう。母材を構成する全ての結晶相に対するBCC相の割合は、例えば50重量%以上であり、70重量%以上であってもよく、90重量%以上であってもよい。母材におけるBCC相の割合は、例えば、X線回折による定量分析法(例えば、R値による定量法、リートベルト法)により決定することができる。母材は、結晶相としてBCC相のみを含有していてもよく、BCC相に加えて、他の結晶相を含有していてもよい。
【0040】
母材の形状としては、例えば粒子状が挙げられる。母材の平均粒径(D50)は、例えば、1μm以上、500μm以下である。
【0041】
2.コート層
本開示におけるコート層は、上記母材を被覆し、触媒金属、および、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属を含有する。
【0042】
触媒金属は、水素の吸蔵反応および放出反応の少なくとも一方を促進する触媒を構成する金属である。触媒金属としては、例えば、Ni、Pd、Pt等の第10族元素が挙げられる。コート層は、1種の触媒金属を含有していてもよく、2種以上の触媒金属を含有していてもよい。コート層は、触媒金属として、Niを主成分として含有していてもよい。コート層に含まれる全ての触媒金属に対する、Niの割合は、例えば、50at%以上であり、70at%以上であってもよく、90at%以上であってもよい。また、コート層は、触媒金属として、Pdを主成分として含有していてもよい。コート層に含まれる全ての触媒金属に対する、Pdの割合は、例えば、50at%以上であり、70at%以上であってもよく、90at%以上であってもよい。
【0043】
本開示における酸素親和性金属は、Ti、または、Tiより大きな酸素親和性を有する金属である。Tiより大きな酸素親和性を有する金属をMeとした場合、Meは、通常、エリンガムダイヤグラムにおいて、温度298Kの場合に、Tiよりも下に位置する金属である。Meとしては、例えば、希土類元素が挙げられる。希土類元素は、Sc、Y、および、ランタノイドに属する15種の元素(La~Lu)である。また、Meとしては、例えば、Mg、AlおよびCaが挙げられる。コート層は、1種の酸素親和性金属を含有していてもよく、2種以上の酸素親和性金属を含有していてもよい。
【0044】
コート層における触媒金属および酸素親和性金属の割合(at%)は、特に限定されない。触媒金属の割合(at%)は、酸素親和性金属の割合(at%)に対して、小さくてもよく、同じであってもよく、大きくてもよい。コート層の組成としては、例えば、TiNi(1≦x≦2)、LaNiが挙げられる。また、コート層の組成は、水素吸蔵能が発現する組成であることが好ましい。水素拡散がスムーズに生じるからである。コート層の水素吸蔵量は、例えば0.6重量%以上であり、1.0重量%以上であってもよい。
【0045】
コート層は母材を被覆する。母材に対するコート層の被覆率は、例えば50%以上であり、70%以上であってもよく、100%であってもよい。コート層の平均厚さは、特に限定されないが、例えば100nm以上であり、300nm以上であってもよく、500nm以上であってもよい。一方、コート層の平均厚さは、例えば3000nm以下であり、2000nm以下であってもよく、1500nm以下であってもよい。
【0046】
3.負極活物質
本開示における負極活物質は、上述した母材およびコート層を有する。負極活物質の形状としては、例えば粒子状が挙げられる。負極活物質の平均粒径(D50)は、例えば、1μm以上、500μm以下である。また、本開示における負極活物質は、アルカリ蓄電池に用いられる。
【0047】
B.アルカリ蓄電池
図3は、本開示におけるアルカリ蓄電池を例示する概略断面図である。図3に示すアルカリ蓄電池20は、正極活物質としてNi(OH)を含有する正極活物質層11と、上述した負極活物質(MH)を含有する負極活物質層12と、正極活物質層11および負極活物質層12の間に形成され、アルカリ溶液を含有する電解質層13とを有する。図3に示すアルカリ蓄電池20は、いわゆるニッケル-金属水素化物電池(Ni-MH電池)に該当し、以下の反応が生じる。
正極:NiOOH+HO+e ⇔ Ni(OH)+OH
負極:MH+OH ⇔ M+HO+e
【0048】
図4は、本開示におけるアルカリ蓄電池を例示する概略断面図である。図4に示すアルカリ蓄電池20は、正極活物質層11が、正極活物質として酸素(O)を利用する層である。酸素は、例えば、放電時に大気中から供給され、充電時に大気中に放出される。図4に示すアルカリ蓄電池20は、いわゆる空気-金属水素化物電池(Air-MH電池)に該当し、以下の反応が生じる。
正極:O+2HO+4e ⇔ 4OH
負極:MH+OH ⇔ M+HO+e
【0049】
本開示によれば、負極活物質層が上述した負極活物質を含有するため、良好な容量特性を有するアルカリ蓄電池となる。
【0050】
1.負極活物質層
負極活物質層は、上記「A.負極活物質」に記載した負極活物質を少なくとも含有する。負極活物質層は、導電材およびバインダーの少なくとも一つをさらに含有していてもよい。導電材を添加することで、負極活物質層の電子伝導性が向上する。導電材としては、例えば、Ni粉末等の金属粉末、酸化コバルト等の酸化物、グラファイト、カーボンナノチューブ等のカーボン材料が挙げられる。また、バインダーとしては、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)等のセルロース、ポリビニルアルコール(PVA)等のポリオール、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等のフッ素樹脂が挙げられる。
【0051】
2.正極活物質層
正極活物質層は、正極活物質を少なくとも含有する。正極活物質層は、導電材およびバインダーの少なくとも一つをさらに含有していてもよい。正極活物質としては、例えば、金属単体、合金、水酸化物が挙げられる。特に、正極活物質は、Ni元素を含有することが好ましく、水酸化ニッケルであることがより好ましい。導電材およびバインダーについては、上述した負極に記載した内容と同様である。また、正極活物質層の正極活物質が空気である場合、電極反応を促進する触媒を含有することが好ましい。触媒としては、例えば、Pt等の貴金属、ペロブスカイト型酸化物等の複合酸化物が挙げられる。
【0052】
3.電解質層
電解質層は、正極および負極の間に形成され、電解液として、アルカリ溶液を含有する。アルカリ溶液の溶質としては、例えば、水酸化カリウム(KOH)、水酸化ナトリウム(NaOH)等の金属水酸化物が挙げられる。アルカリ溶液の溶媒としては、例えば水が挙げられる。電解液の溶媒全体に対する水の割合は、例えば50mol%以上であり、70mol%以上であってもよく、90mol%以上であってもよい。また、アルカリ溶液における溶質の濃度は、例えば3mol/L以上であり、5mol/L以上であってもよい。また、正極および負極の間にセパレータが配置され、セパレータにアルカリ溶液が含浸されていてもよい。
【0053】
4.アルカリ蓄電池
本開示におけるアルカリ蓄電池は、上述した負極活物質層、正極活物質層および電解質層を少なくとも含有する。アルカリ蓄電池は、正極活物質層から電子を集電する正極集電体を有していてもよい。正極集電体の材料としては、例えば、ステンレス、ニッケル、鉄、チタン等が挙げられる。正極集電体の形状としては、例えば、箔状、メッシュ状、多孔質状が挙げられる。また、アルカリ蓄電池は、負極活物質層から電子を集電する負極集電体を有していてもよい。負極集電体の材料としては、例えば、銅、ステンレス、ニッケル、鉄、チタン、カーボンが挙げられる。負極集電体の形状としては、例えば、箔状、メッシュ状、多孔質状が挙げられる。また、アルカリ蓄電池の外装体として、公知の外装体を用いることができる。アルカリ蓄電池の用途は、特に限定されず、任意の用途に用いることができる。
【0054】
C.負極活物質の製造方法
図5は、本開示における負極活物質の製造方法を例示するフロー図である。図5に示す製造方法では、まず、所定の母材を所定のコート層で被覆し、前駆体を形成する(前駆体形成工程)。前駆体における母材は、TiおよびCrを含有し、かつ、BCC構造を準安定相として含有する。また、前駆体におけるコート層は、触媒金属、および、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属を含有する。次に、前駆体に対して、所定の条件で熱処理を行う(熱処理工程)。具体的に、母材におけるBCC構造を維持しつつ、コート層および母材の界面に存在する酸化物膜に含まれる酸素を拡散させるように、前駆体に対して熱処理を行う。
【0055】
本開示によれば、前駆体に対して、母材におけるBCC構造を維持しつつ、コート層および母材の界面に存在する酸化物膜に含まれる酸素を拡散させるように、熱処理を行うことで、良好な容量特性を有する負極活物質が得られる。
【0056】
1.前駆体形成工程
本開示における前駆体形成工程は、TiおよびCrを含有し、かつ、BCC構造を準安定相として含有する母材を、触媒金属、および、Ti以上の酸素親和性を有する酸素親和性金属を含有するコート層で被覆し、前駆体を形成する工程である。
【0057】
母材およびコート層の詳細については、上記「A.負極活物質」に記載した内容と同様である。また、母材の合成方法としては、例えば、母材の構成材料を含有する金属溶湯を急冷する方法が挙げられる。このような方法としては、例えば、ガスアトマイズ法、ロール急冷法が挙げられる。また、母材をコート層で被覆する方法としては、例えば、スパッタリング法、真空蒸着法等のPVD法;熱CVD法等のCVD法が挙げられる。
【0058】
2.熱処理工程
本開示における熱処理工程は、上記前駆体に対して、上記母材における上記BCC構造を維持しつつ、上記コート層および上記母材の界面に存在する酸化物膜に含まれる酸素を拡散させるように、熱処理する工程である。コート層は酸素親和性金属を含有するため、熱処理により、母材の表面に存在する酸化物膜に含まれる酸素が、母材側よりもコート層側に多く拡散する。また、熱処理後の母材がBCC構造を維持しているため、良好な容量特性が得られる。
【0059】
熱処理温度は、特に限定されないが、例えば300℃以上であり、400℃以上であってもよく、450℃以上であってもよい。熱処理温度が低いと、酸化物膜に含まれる酸素の拡散が生じにくくなる。一方、熱処理温度は、例えば600℃以下である。熱処理温度が高いと、母材におけるBCC構造が安定相であるラーベス構造に変態しやすい。
【0060】
熱処理時間は、特に限定されないが、例えば30分間以上であり、1時間以上であってもよく、1.5時間以上であってもよい。一方、熱処理時間は、例えば10時間以下である。また、熱処理時の雰囲気は、特に限定されないが、酸化を避けるため、真空および不活性ガス雰囲気等の低酸素雰囲気が好ましい。また、本開示においては、上記「A.負極活物質」に記載した負極活物質が得られるように、熱処理条件を調整することが好ましい。
【0061】
本開示は、上記実施形態に限定されない。上記実施形態は例示であり、本開示における特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本開示における技術的範囲に包含される。
【実施例
【0062】
[比較例1]
ガスアトマイズ法を用いて、Ti45Cr45Mo10の組成(at%)を有する母材(水素吸蔵合金)の粉末を作製した。具体的には、ガスアトマイズ装置を用い、TiCrMoの合金溶湯に高圧Arガスを吹き付けることで、合金溶湯を急冷し、BCC構造を準安定相として含有する母材を得た。得られた母材の粉末を、38μmのふるいと、100μmのふるいとを用いて、38μm以上100μm以下の粒径に分級した。
【0063】
得られた母材の表面を、触媒(Ni)および酸素親和性金属(Ti)で被覆することで、母材上にコート層を形成した。具体的には、バレルスパッタリングにより、コート層の平均厚さが300nmとなるように、母材をコート層で全面被覆した。これにより、BCC構造を準安定相として含有する母材と、NiおよびTiを含有するコート層と、を有する前駆体を得た。なお、コート層におけるNiおよびTiの割合(at%)を、Ni:Ti=1:1とした。
【0064】
[実施例1]
比較例1と同様にして、前駆体を得た。得られた前駆体を、真空、500℃、2時間の条件で熱処理した。これにより、BCC構造を準安定相として含有する母材と、NiおよびTiを含有するコート層と、を有する負極活物質を得た。
【0065】
[比較例2]
比較例1と同様にして、分級された母材を得た。得られた母材の表面を、触媒(Ni)で被覆することで、母材上にコート層を形成した。具体的には、バレルスパッタリングにより、コート層の平均厚さが1000nmとなるように、母材をコート層で全面被覆した。これにより、BCC構造を準安定相として含有する母材と、Niを含有するコート層と、を有する前駆体を得た。
【0066】
[比較例3]
比較例2と同様にして、前駆体を得た。得られた前駆体を、真空、500℃、2時間の条件で熱処理した。これにより、BCC構造を準安定相として含有する母材と、Niを含有するコート層と、を有する負極活物質を得た。
【0067】
[評価]
(オージェ電子分光法)
比較例1、2で得られた前駆体と、実施例1および比較例3で得られた負極活物質とに対して、オージェ分光法(AES)による元素分析を行った。測定には、日本電子製のオージェ電子分光装置(JAMP-9510F)を用いた。Arイオンエッチング条件および分析条件は、以下の通りである。
<Arイオンエッチング条件>
・加速電圧:2kV
・フィラメント電流:20mA
・エッチング間隔:30秒間
<分析条件>
・加速電圧:10kV
・照射電流:10nA
・ビーム径:80nm、
・モード:高感度モード(M5・MULTIモード)
・ステップ間隔:1eV
【0068】
また、事前にSi基板上にSiOを100nmの厚さで積層した試料に対して、Arイオンエッチングを行い、酸素のスペクトル強度が半分になるまでの時間を計測した。これにより、エッチングレート(Arイオンエッチングの操作毎にエッチングされる深さ(SiO換算値))を求めた。
【0069】
代表例として、図6に、比較例1で得られた前駆体(熱処理前)の結果を示し、図7に、実施例1で得られた負極活物質(熱処理後)の結果を示す。なお、図6および図7では、便宜上、酸素(O)の原子濃度を5倍にして示している。
【0070】
図6に示すように、コート層におけるNi濃度(母材におけるCrを含まないコート層の領域におけるNi濃度)が1/2になる地点を、界面とした。次に、その界面の近傍における、最大酸素濃度CMAXと、その位置Pを特定した。なお、近傍とは、界面からの距離が100nm以下である領域をいう。次に、Pよりもコート層側の領域において、1/2CMAXが得られる酸素濃度曲線の位置Pを求めた。次に、Pよりも母材側の領域において、1/2CMAXが得られる酸素濃度曲線の位置Pを求めた。次に、PからPまでの距離を、酸化物膜の第1厚さTとして求めた。同様に、PからPまでの距離を、酸化物膜の第2厚さTとして求めた。また、PからPまでの距離を、酸化物膜の厚さTとして求めた。なお、T、TおよびTは、T=T+Tを満たす。これらの結果を表1に示す。
【0071】
また、AESによる深さ分析では、測定対象の最表面における元素濃度測定と、スパッタリングによる表面エッチングとを繰り返して行う。そのため、深さ分析により得られるデータは、連続データではなく、1回の表面エッチング毎に測定される離散データである。スパッタリングレートから算出される測定間隔(nm)を表1に示す。なお、測定間隔は、SiO換算値である。
【0072】
また、図7に示すように、実施例1についても、図6と同様にして、酸化物膜の厚さ、および、最大酸素濃度を求めた。また、特に図示しないが、比較例2、3についても、図6と同様にして、酸化物膜の厚さ、および、最大酸素濃度を求めた。その結果を表1に示す。また、表1に示す値に基づいて、T/T、T-TおよびCMAX/Tを算出した。その結果を表2に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
【0075】
表1および表2に示すように、実施例1では、比較例1~3に比べて、T/Tが大きくなった。すなわち、母材の表面に存在する酸化物膜に含まれる酸素が、母材側よりもコート層側に多く拡散していた。また、比較例1~3では、T-Tが、測定間隔Dより小さく、酸素濃度のピークを基準にして、酸素分布が概ね対称であった。これに対して、実施例1では、T-Tが、測定間隔Dより大きく、酸素濃度のピークを基準にして、酸素分布が非対称であり、母材側よりもコート層側に、酸素が多く拡散していた。また、実施例1では、比較例1~3に比べて、CMAX/Tが小さくなった。すなわち、熱処理により、母材の表面に存在する酸化物膜に含まれる酸素の拡散が多く生じた。
【0076】
(充放電試験)
比較例1、2で得られた前駆体と、実施例1および比較例3で得られた負極活物質とを用いて、それぞれ評価用セルを作製した。
【0077】
まず、負極を作製した。前駆体または負極活物質と、導電材であるNiと、2種類のバインダー(カルボキシメチルセルロース(CMC)およびポリビニルアルコール(PVA))とを、重量比が、(前駆体または負極活物質):導電材:CMC:PVA=49:49:1:1となるように加え、これを混練することにより、ペースト状の組成物を作製した。このペースト状の組成物を多孔質ニッケルに塗布し、続いて、80℃で乾燥させ、その後、490MPaで加圧するロールプレスを行うことにより、負極を得た。
【0078】
次に、正極を作製した。水酸化ニッケル(Ni(OH))と、導電材である酸化コバルト(CoO)と、2種類のバインダー(カルボキシメチルセルロース(CMC)およびポリビニルアルコール(PVA))とを、重量比が、Ni(OH):CoO:CMC:PVA=88:10:1:1となるように加え、これを混練することにより、ペースト状の組成物を作製した。このペースト状の組成物を多孔質ニッケルに塗布し、続いて、80℃で乾燥させた後、490MPaで加圧するロールプレスを行うことにより、正極を得た。なお、負極および正極の容量比を、負極:正極=1:3に調整した。
【0079】
次に、電解液を作製した。KOHに純水を添加し、KOHの濃度が6mol/Lとなるように調整し、電解液を得た。その後、容器に、電解液およびセパレータ(PE/PP不織布)を配置し、さらに、負極(作用極)、正極(対極)、および、Hg/HgO電極(参照極)を配置し、評価用セルを得た。
【0080】
得られた評価用セルに対して、充放電試験を行った。充放電試験は、温度25℃の環境下で定電流充放電を行った。充電はC/5のレートで10時間行い、放電はC/10のレートで、作用極電位が-0.5Vになるまで行った。その結果を表3に示す。
【0081】
【表3】
【0082】
表3に示すように、比較例1では、ほぼ放電容量が得られなかったが、実施例1では、330mAh/gの放電容量が得られた。これは、熱処理の際に、母材におけるBCC構造が維持され、かつ、母材の表面に存在する酸化物膜に含まれる酸素が、母材側よりもコート層側に多く拡散したためであると推測される。一方、比較例2では、放電容量が得られず、比較例3でも、ほぼ放電容量が得られなかった。これは、熱処理の際に、母材におけるBCC構造が維持されているものの、母材の表面に存在する酸化物膜に含まれる酸素が、母材側よりもコート層側に多く拡散しなかったためであると推測される。
【0083】
[実施例2~20]
母材の組成、母材の粒径、コート層の組成、コート層の厚さ、および、熱処理条件を、表4に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様にして評価用セルを得た。得られた評価用セルに対して、上記と同様に、充放電試験を行った。その結果を表4に示す。
【0084】
【表4】
【0085】
表4に示すように、実施例2~20では、良好な容量特性が得られた。
【0086】
[比較例4、5]
母材の組成、および、コート層の組成を、表5に示すように変更したこと以外は、比較例3と同様にして評価用セルを得た。得られた評価用セルに対して、上記と同様に、充放電試験を行った。その結果を表5に示す。
【0087】
【表5】
【0088】
表5に示すように、比較例4では、ほぼ充電容量が得られなかった。また、比較例5では、触媒としてPdを用いることで、ある程度の放電容量が得られたが、上述した実施例1~20に比べると、放電容量は小さかった。このように、本開示における負極活物質は、良好な容量特性を有することが確認された。
【符号の説明】
【0089】
1 … 母材
2 … コート層
3 … 酸化物膜
10 … 負極活物質
11 … 正極活物質層
12 … 負極活物質層
13 … 電解質層
20 … アルカリ蓄電池
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7