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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】車両制御方法及び車両
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/1763 20060101AFI20240925BHJP
   B60T 8/172 20060101ALI20240925BHJP
   B60L 9/18 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
B60T8/1763
B60T8/172 B
B60L9/18 S
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021200013
(22)【出願日】2021-12-09
(65)【公開番号】P2023085788
(43)【公開日】2023-06-21
【審査請求日】2023-11-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原 雅宏
(72)【発明者】
【氏名】前川 雅彦
【審査官】羽鳥 公一
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-257347(JP,A)
【文献】特開2002-012139(JP,A)
【文献】特開平10-244930(JP,A)
【文献】特開2013-126365(JP,A)
【文献】米国特許第05627755(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12-8/1769
B60T 8/32-8/96
B60L 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンチロックブレーキ制御を行う車両を制御する車両制御方法であって、
前記アンチロックブレーキ制御は、
車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、
前記第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、
を含み、
前記車両制御方法は、
前記アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には前記第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、前記車輪がスリップ傾向にある場合には前記第2のアンチロックブレーキ制御を実行することと、
車両減速度に基づいて、前記車両が所定値以下の摩擦係数の低μ路を走行しているか否かを判定することと、
前記復帰傾向及び前記スリップ傾向の何れであるかに応じた前記第1のアンチロックブレーキ制御と前記第2のアンチロックブレーキ制御との間での前記アンチロックブレーキ制御の切り替えを、前記車両が前記低μ路を走行していると判定された時に実行することと、
を含む
車両制御方法。
【請求項2】
アンチロックブレーキ制御を行う車両を制御する車両制御方法であって、
前記アンチロックブレーキ制御は、
車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、
前記第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、
を含み、
前記車両制御方法は、
前記アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には前記第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、前記車輪がスリップ傾向にある場合には前記第2のアンチロックブレーキ制御を実行することと、
前記車輪がスリップ傾向にある状態から前記車両の実車体速度に対する推定車体速度の乖離量が閾値より小さくなった場合に、スリップが前記復帰傾向にあると判定することと、
を含む
車両制御方法。
【請求項3】
アンチロックブレーキ制御を行う車両を制御する車両制御方法であって、
前記アンチロックブレーキ制御は、
車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、
前記第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、
を含み、
前記車両は、前輪及び後輪の少なくとも一方を駆動する1又は複数の電動機を含むパワートレーンを備え、
前記車両制御方法は、
前記アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には前記第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、前記車輪がスリップ傾向にある場合には前記第2のアンチロックブレーキ制御を実行することと、
前記アンチロックブレーキ制御の実行中に発生し得る車輪振動を抑制するように前記1又は複数の電動機のトルクを制御する制振制御を実行することと、
前記制振制御を実行する場合には、前記復帰傾向及び前記スリップ傾向の何れであるかによらずに前記第2のアンチロックブレーキ制御を実行することと、
を含む
車両制御方法。
【請求項4】
車輪に付与されるブレーキ油圧を制御するブレーキアクチュエータを含む制動装置と、
前記制動装置を制御してアンチロックブレーキ制御を行う電子制御ユニットと、
を備える車両であって、
前記アンチロックブレーキ制御は、
車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、
前記第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、
を含み、
前記電子制御ユニットは、
前記アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、前記車輪のスリップが復帰傾向にある場合には前記第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、前記車輪がスリップ傾向にある場合には前記第2のアンチロックブレーキ制御を実行し、
車両減速度に基づいて、前記車両が所定値以下の摩擦係数の低μ路を走行しているか否かを判定し、
前記復帰傾向及び前記スリップ傾向の何れであるかに応じた前記第1のアンチロックブレーキ制御と前記第2のアンチロックブレーキ制御との間での前記アンチロックブレーキ制御の切り替えを、前記車両が前記低μ路を走行していると判定された時に実行する
車両。
【請求項5】
車輪に付与されるブレーキ油圧を制御するブレーキアクチュエータを含む制動装置と、
前記制動装置を制御してアンチロックブレーキ制御を行う電子制御ユニットと、
を備える車両であって、
前記アンチロックブレーキ制御は、
車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、
前記第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、
を含み、
前記電子制御ユニットは、
前記アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、前記車輪のスリップが復帰傾向にある場合には前記第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、前記車輪がスリップ傾向にある場合には前記第2のアンチロックブレーキ制御を実行し、
記車輪がスリップ傾向にある状態から前記車両の実車体速度に対する推定車体速度の乖離量が閾値より小さくなった場合に、スリップが前記復帰傾向にあると判定する
車両。
【請求項6】
車輪に付与されるブレーキ油圧を制御するブレーキアクチュエータを含む制動装置と、
前記制動装置を制御してアンチロックブレーキ制御を行う電子制御ユニットと、
輪及び後輪の少なくとも一方を駆動する1又は複数の電動機を含むパワートレーンと、
を備える車両であって、
前記アンチロックブレーキ制御は、
車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、
前記第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、
を含み、
前記電子制御ユニットは、
前記アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、前記車輪のスリップが復帰傾向にある場合には前記第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、前記車輪がスリップ傾向にある場合には前記第2のアンチロックブレーキ制御を実行し、
前記アンチロックブレーキ制御の実行中に発生し得る車輪振動を抑制するように前記1又は複数の電動機のトルクを制御する制振制御を実行可能に構成され、
前記制振制御を実行する場合には、前記復帰傾向及び前記スリップ傾向の何れであるかによらずに前記第2のアンチロックブレーキ制御を実行する
車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両制御方法及び車両に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、車輪のブレーキトルクが変動している状況下であっても、車両の走行する路面が悪路であるか否かを精度良く判定する技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-154531号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
車両制動時にアンチロックブレーキ(ABS)制御が作動すると、ABS制御による制動力の増減に伴い、車両の駆動系のイナーシャの存在に起因する車輪振動(駆動系のねじり振動)が発生し得る。駆動系のイナーシャが大きい車両では、当該イナーシャが小さい車両と比べて、車輪振動が大きくなり且つ収束しにくくなる。ABS制御がこのような車輪振動の影響を受けると、ABS制御性能が低下する可能性がある。
【0005】
本開示は、上述のような課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ABS制御の実行に伴って生じる車輪振動の影響によるABS制御性能の低下を抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の第1の態様に係る車両制御方法は、アンチロックブレーキ制御を行う車両を制御する方法である。アンチロックブレーキ制御は、車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、を含む。車両制御方法は、アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、車輪がスリップ傾向にある場合には第2のアンチロックブレーキ制御を実行することと、車両減速度に基づいて、車両が所定値以下の摩擦係数の低μ路を走行しているか否かを判定することと、復帰傾向及びスリップ傾向の何れであるかに応じた第1のアンチロックブレーキ制御と第2のアンチロックブレーキ制御との間でのアンチロックブレーキ制御の切り替えを、車両が低μ路を走行していると判定された時に実行することと、を含む。
本開示の第2の態様に係る車両制御方法は、アンチロックブレーキ制御を行う車両を制御する方法である。アンチロックブレーキ制御は、車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、を含む。車両制御方法は、アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、車輪がスリップ傾向にある場合には第2のアンチロックブレーキ制御を実行することと、車輪がスリップ傾向にある状態から車両の実車体速度に対する推定車体速度の乖離量が閾値より小さくなった場合に、スリップが復帰傾向にあると判定することと、を含む。
本開示の第3の態様に係る車両制御方法は、アンチロックブレーキ制御を行う車両を制御する方法である。アンチロックブレーキ制御は、車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、を含む。車両は、前輪及び後輪の少なくとも一方を駆動する1又は複数の電動機を含むパワートレーンを備える。車両制御方法は、アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、車輪がスリップ傾向にある場合には第2のアンチロックブレーキ制御を実行することと、アンチロックブレーキ制御の実行中に発生し得る車輪振動を抑制するように1又は複数の電動機のトルクを制御する制振制御を実行することと、制振制御を実行する場合には、復帰傾向及びスリップ傾向の何れであるかによらずに第2のアンチロックブレーキ制御を実行することと、を含む。
【0007】
本開示の第4の態様に係る車両は、制動装置と、電子制御ユニットと、を備える。制動装置は、車輪に付与されるブレーキ油圧を制御するブレーキアクチュエータを含む。電子制御ユニットは、制動装置を制御してアンチロックブレーキ制御を行う。アンチロックブレーキ制御は、車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、を含む。電子制御ユニットは、アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、車輪がスリップ傾向にある場合には第2のアンチロックブレーキ制御を実行する。また、電子制御ユニットは、車両減速度に基づいて、車両が所定値以下の摩擦係数の低μ路を走行しているか否かを判定し、復帰傾向及びスリップ傾向の何れであるかに応じた第1のアンチロックブレーキ制御と第2のアンチロックブレーキ制御との間でのアンチロックブレーキ制御の切り替えを、車両が低μ路を走行していると判定された時に実行する。
本開示の第5の態様に係る車両は、制動装置と、電子制御ユニットと、を備える。制動装置は、車輪に付与されるブレーキ油圧を制御するブレーキアクチュエータを含む。電子制御ユニットは、制動装置を制御してアンチロックブレーキ制御を行う。アンチロックブレーキ制御は、車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、を含む。電子制御ユニットは、アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、車輪がスリップ傾向にある場合には第2のアンチロックブレーキ制御を実行する。また、電子制御ユニットは、車輪がスリップ傾向にある状態から車両の実車体速度に対する推定車体速度の乖離量が閾値より小さくなった場合に、スリップが復帰傾向にあると判定する。
本開示の第6の態様に係る車両は、制動装置と、電子制御ユニットと、パワートレーンと、を備える。制動装置は、車輪に付与されるブレーキ油圧を制御するブレーキアクチュエータを含む。電子制御ユニットは、制動装置を制御してアンチロックブレーキ制御を行う。パワートレーンは、前輪及び後輪の少なくとも一方を駆動する1又は複数の電動機を含む。アンチロックブレーキ制御は、車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視するように実行される第1のアンチロックブレーキ制御と、第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御と、を含む。電子制御ユニットは、アンチロックブレーキ制御の実行条件が成立している時、車輪のスリップが復帰傾向にある場合には第1のアンチロックブレーキ制御を実行し、車輪がスリップ傾向にある場合には第2のアンチロックブレーキ制御を実行する。また、電子制御ユニットは、アンチロックブレーキ制御の実行中に発生し得る車輪振動を抑制するように1又は複数の電動機のトルクを制御する制振制御を実行可能に構成され、制振制御を実行する場合には、復帰傾向及びスリップ傾向の何れであるかによらずに第2のアンチロックブレーキ制御を実行する。
【発明の効果】
【0008】
車輪加速度情報は、アンチロックブレーキ制御の実行に伴って生じる車輪振動の影響を受ける。第1のアンチロックブレーキ制御の実行中に車輪振動が生じると、当該車輪振動の発生に起因して悪路走行中であると誤判定される可能性がある。第1のアンチロックブレーキ制御の実行中に車輪がスリップ傾向にある場合にこのような誤判定がなされると、悪路走行に適した減速度重視の制御に移行し、アンチロックブレーキ制御性能が低下する可能性がある。これに対し、本開示によれば、車輪がスリップ傾向にある場合には、第1のアンチロックブレーキ制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のアンチロックブレーキ制御が実行される。これにより、車輪がスリップ傾向にある場合に、車輪振動の発生に起因して当該スリップ傾向を助長させる内容のアンチロックブレーキ制御に移行することが防止される。このため、アンチロックブレーキ制御の実行に伴って生じる車輪振動の影響によるアンチロックブレーキ制御性能の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施の形態に係る車両の構成の一例を概略的に示す図である。
図2】一般的なABS制御が作動するABS制動時の課題を説明するためのタイムチャートである。
図3】車輪振動に起因する弊害の例を説明するためのタイムチャートである。
図4】実施の形態に係るABS制動時の制御に関する処理を示すフローチャートである。
図5図4中のステップS106におけるスリップ状態の判定に関する処理の一例を示すフローチャートである。
図6】車体速度の乖離量Dvx1を説明するための図である。
図7図6に示すスリップ状態の判定処理を補足説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照して、本開示の実施の形態について説明する。以下に示す実施の形態において各要素の個数、数量、量、範囲等の数に言及した場合、特に明示した場合や原理的に明らかにその数に特定される場合を除いて、その言及した数に、本開示に係る技術思想が限定されるものではない。
【0011】
1.車両の構成例
図1は、実施の形態に係る車両1の構成の一例を概略的に示す図である。車両1は、4つの車輪2を備える。以下の説明では、左前輪、右前輪、左後輪、及び右後輪を、それぞれ、2FL、2FR、2RL、及び2RRと称する。また、前輪をまとめて2Fと称し、後輪をまとめて2Rと称する場合もある。
【0012】
車両1は、例えば、パワートレーン10を備えるハイブリッド電気車両(HEV)である。一例として、パワートレーン10は、駆動力源として内燃機関11と2つの電動機12及び13とを備える。電動機12及び13は、それぞれ発電機としても機能する。より詳細には、電動機12は主に発電機として機能し、電動機13は主に電動機として機能する。
【0013】
電動機12及び内燃機関11は、動力分割機構14により互いに接続されている。動力分割機構14及び電動機13は、減速機15を介して互いに接続されている。減速機15は、ディファレンシャルを含み、駆動軸3を介して前輪2Fに接続されている。動力分割機構14は、内燃機関11の出力を電動機(発電機)12及び減速機15に分配する。減速機15は、動力分割機構14を介して伝達される内燃機関11の出力及び電動機13の出力を減速し、駆動軸3を介して前輪2Fに伝達する。このように、車両1は前輪駆動であるが、本開示に係る「車両」は後輪駆動又は4輪駆動であってもよい。
【0014】
電動機12及び13は、例えば交流同期電動機である。電動機13は、インバータ16から供給される交流電力によって駆動される。また、電動機13は、前輪2Fの回転によって駆動されることにより回生発電機として機能し、前輪2Fに回生制動力を付与することもできる。電動機13の発電によって生成される電力は、インバータ16によって交流から直流に変換され、充放電可能なバッテリ17に蓄えられる。また、インバータ16は、バッテリ17に蓄えられた電力を直流から交流に変換して電動機13に供給するとともに、電動機12が内燃機関11の出力によって駆動されることにより生成される電力を交流から直流に変換してバッテリ17に蓄えるようになっている。
【0015】
車両1は、制動装置20を備えている。制動装置20は、ブレーキペダル22、マスタシリンダ24、ブレーキアクチュエータ26、ブレーキ機構28、及び油圧配管30を含んでいる。マスタシリンダ24は、ブレーキペダル22の踏力に応じた油圧を発生し、発生した油圧(ブレーキ油圧)をブレーキアクチュエータ26に供給する。
【0016】
ブレーキアクチュエータ26は、マスタシリンダ24とブレーキ機構28との間に介在する油圧回路(図示省略)を含む。油圧回路には、マスタシリンダ圧に頼らずにブレーキ油圧を昇圧するためのポンプ、ブレーキフルードを貯留するためのリザーバー、及び複数の電磁バルブが備えられている。
【0017】
ブレーキアクチュエータ26には、油圧配管30を介してブレーキ機構28が接続されている。ブレーキ機構28は、各車輪2に配置されている。ブレーキアクチュエータ26は、ブレーキ油圧を各車輪2のブレーキ機構28に分配する。より具体的には、ブレーキアクチュエータ26は、マスタシリンダ24又は上記ポンプを圧力源として各車輪2のブレーキ機構28にブレーキ油圧を供給することができる。ブレーキ機構28は、供給されるブレーキ油圧に応じて作動するホイールシリンダ28aを有している。ブレーキ油圧によってホイールシリンダ28aを作動させることにより、ブレーキパッドがブレーキディスクに押し付けられる。その結果、車輪2に摩擦制動力が付与される。
【0018】
さらに、ブレーキアクチュエータ26は、上記油圧回路に備えられた各種電磁バルブを制御することで、各車輪2に付与されるブレーキ油圧を独立して調整することができる。より具体的には、ブレーキアクチュエータ26は、ブレーキ油圧の制御モードとして、圧力を高める増圧モードと、圧力を保持する保持モードと、圧力を下げる減圧モードとを有している。ブレーキアクチュエータ26は、各種電磁バルブのON/OFFを制御することで、車輪2毎にブレーキ油圧の制御モードを異ならせることができる。各車輪2に付与される摩擦制動力は、それぞれのホイールシリンダ28aに供給されるブレーキ油圧に応じて定まる。このような制御モードの変更により、ブレーキアクチュエータ26は、各車輪2の制動力を独立して制御することができる。
【0019】
さらに、車両1は、電子制御ユニット(ECU)40を備えている。ECU40は、プロセッサ、記憶装置、及び入出力インターフェースを備えている。入出力インターフェースは、車両1に取り付けられた各種センサからセンサ信号を取り込むとともに、パワートレーン10(内燃機関11、電動機12及び13、並びにインバータ16)、及び制動装置20(ブレーキアクチュエータ26)に対して操作信号を出力する。記憶装置には、パワートレーン10及び制動装置20を制御するための各種の制御プログラムが記憶されている。プロセッサは、制御プログラムを記憶装置から読み出して実行し、これにより、パワートレーン10及び制動装置20を利用した各種制御が実現される。なお、ECU40は、複数であってもよい。例えば、ECU40は、パワートレーン10を制御する1又は複数のECUと、制動装置20を制御する1又は複数のECUとを含んでもよい。
【0020】
上記の各種センサは、例えば、車輪速度センサ42、前後加速度センサ44、及びブレーキポジションセンサ46を含む。車輪速度センサ42は、各車輪2に対応して配置されており、車輪2の回転速度に応じた車輪速度信号を出力する。前後加速度センサ44は、車両1の前後方向の加速度(前後加速度Gx)に応じた加速度信号を出力する。ブレーキポジションセンサ46は、ブレーキペダル22の踏み込み量に応じた信号を出力する。
【0021】
2.ABS制動時の制御
ABS制御が作動している制動時のことを、以下、「ABS制動時」と称する。ABS制動時にECU40によって実行される制御は、次の「アンチロックブレーキ制御(ABS制御)」と、「パワートレーン10による制振制御」とを含む。パワートレーン(PT)10による制振制御は、以下、「PT制振制御」とも称される。
【0022】
2-1.ABS制御の基本構成
ABS制御は、各車輪2の実スリップ率Sが所定の目標スリップ率St(例えば、10%)となるようにブレーキアクチュエータ26を制御するものである。各車輪2の実スリップ率Sは、例えば、車輪速度センサ42により検出される車輪速度Vwと車体速度(推定車体速度Vx)とに基づいて、次の式(1)に従って算出することができる。推定車体速度Vxは、例えば、公知の手法により、車輪速度センサ42によって検出される各車輪2の車輪速度Vwのうちで最も大きい値に基づいて算出できる。
【数1】
【0023】
式(1)によれば、制動時に何れかの車輪2がロック傾向にあると、当該車輪2の車輪速度Vwが推定車体速度Vxより低くなり、実スリップ率Sが負の値を示す。推定車体速度Vxに対する車輪速度Vwの低下量が大きくなるにつれ、実スリップ率Sは小さくなる(負側に大きくなる)。
【0024】
ABS制御の実行条件は、例えば、何れかの車輪2がロック傾向にある(ロック状態に移行する可能性がある)ことを検出したときに成立する。車輪2がロック傾向にあるか否かは、例えば、車輪2の実スリップ率Sが所定の閾値(負の値)を下回ったか否かに基づいて判断される。ABS制御の作動中には、ブレーキアクチュエータ26は、ロック傾向にある車輪2の実スリップ率Sを目標スリップ率Stに近づけるために、対応するホイールシリンダ28aに作用するブレーキ油圧を制御することによって当該車輪2に加わる制動力を制御する。具体的には、まず、負側に増加した実スリップ率Sを回復させる(ゼロに近づける)ためにブレーキ油圧が減らされ、その後、当該ブレーキ油圧が保持される。ブレーキ油圧保持中に実スリップ率Sが回復した場合には、ブレーキ油圧が増やされる。ABS制御の実行中には、このようなブレーキ油圧(制動力)の増減が繰り返される。その後、車両1が停止するか、或いはロック傾向にある車輪2の実スリップ率Sが所定の閾値以上にまで回復すると、ABS制御が終了される。このようなABS制御によれば、車両1の制動距離の短縮を図ることができる。
【0025】
2-2.PT制振制御の基本構成
パワートレーン10側で実行される制振制御であるPT制振制御は、ABS制御の実行中に発生し得る車輪振動を抑制するように電動機13のトルクを制御するものである。より詳細には、車輪振動は、ABS制御による制動力の増減に伴って発生する。車輪振動は、例えば後述の図2又は図3に示されるように車輪加速度Awの振動として現れる。車輪加速度Awの振動の周波数(周期)は、車両の諸元(振動特性)に応じて異なる。このため、PT制振制御では、ECU40は、例えば事前に取得された車輪加速度Awの振動の周波数に応じた周波数で正負に変動するトルクを出力するように電動機13を制御する。このようなPT制振制御の実行の有無は、制動装置20側の制御からの要求に従って決定され、その詳細は図4を参照して後述される。
【0026】
なお、図1に示す車両1の例では、前輪F2を駆動する電動機13が本開示に係る「1又は複数の電動機」の一例に相当する。このような例に代え、当該1又は複数の電動機は、後輪を駆動するものであってもよいし、或いは前輪と後輪を駆動するものであってもよい。
【0027】
2-3.ABS制動時の課題
図2は、一般的なABS制御が作動するABS制動時の課題を説明するためのタイムチャートである。図2では、時点t11においてブレーキペダルが踏み込まれ、それに伴ってブレーキ油圧が上昇している。すなわち、制動が開始されている。制動開始に伴い、ある車輪の車輪速度Vwが推定車体速度Vxに対して低下している。そして、時点t12において、ABS制御が開始されている。その結果、上記車輪のブレーキ油圧がABS制御によって制御される。具体的には、まずはブレーキ油圧が減圧される。
【0028】
ABS制御の開始に伴い、ABS制御による制動力を強制力とする上述の車輪振動(車両の駆動系のねじり振動)が発生する。図2に示すように、車輪振動は、車輪加速度Awの波形と車輪速度Vwの波形に現れる。図2に示す車両の一例では、車輪加速度Awは約10Hzで振動している。
【0029】
このような車輪振動は、駆動系のイナーシャの存在に起因して発生する。付け加えると、タイヤのイナーシャも車輪振動に影響を与える。ここで、HEVである本実施形態の車両1のパワートレーン10は、電動機12及び13、動力分割機構14、並びに減速機15を含んで構成されるトランスアクスル(T/A)を駆動系として含むため、駆動系等のイナーシャが大きい車両の一例に該当する。車両1のようにイナーシャが大きい車両では、イナーシャが小さい車両と比べて、車輪振動が大きくなり且つ図2に示すように収束しにくくなる。さらに、この課題は、低μ路においてより顕著となる。
【0030】
ABS制御が上述のような車輪振動の影響を受けると、ABS制御性能が低下する可能性がある。以下、図3を参照して、ABS制御性能の低下に繋がり得る車両振動起因の弊害について説明する。ここで説明される弊害の例は、「ブレーキ油圧の誤増圧」と、「悪路判定についての誤判定」の2つである。
【0031】
なお、ここでいう「悪路判定」は、車両が走行している路面が悪路であるか否かの判定のことであり、車輪加速度情報に基づいて行うことができる。この判定に用いられる「車輪加速度情報」とは、例えば、車輪加速度Awの振幅である。具体的には、例えば、所定期間中の車輪加速度Awの振幅が閾値以上の場合(すなわち、車輪振動が大きい場合)に、車両が走行している路面が悪路であると判定される。また、車輪加速度情報として、例えば、車輪速度Vwの振幅が用いられてもよい。例えば、所定期間中の車輪速度Vwの振幅が閾値以上の場合に、車両が走行している路面が悪路であると判定されてもよい。さらに、車両速度情報として、上記振幅に代え、或いはそれとともに、車輪加速度Aw又は車輪速度Vwの周期が用いられてもよい。
【0032】
図3は、車輪振動に起因する弊害の例(ブレーキ油圧の誤増圧と、悪路判定についての誤判定)を説明するためのタイムチャートである。図3は、悪路ではない均一な低μ路における制動時に一般的なABS制御が行われた場合の動作の一例を示している。図3には、実車体速度V、推定車体速度Vx、各車輪(左右前輪FL及びFRと左右後輪RL及びRR)の車輪速度Vw、代表車輪の加速度(右前輪FR及び左後輪RLの加速度)Aw、代表油圧(右前輪FR及び左後輪RLのWC(ホイールシリンダ)油圧)、及び、悪路判定フラグの各波形が表されている。悪路判定フラグは、悪路判定が成立した時にONとなる。
【0033】
図3では、時点t21において、ブレーキペダルが踏み込まれ、その後の時点t22において、ABS制御が開始されている。図3中の各車輪加速度Awの波形から分かるように、上述の車輪振動がABS制御の開始に伴って発生している。また、各車輪速度Vwの波形も車両振動によって振動している。
【0034】
図3に示す例では、本来であればABS制御による増圧を開始するタイミングではない時点t23において、左後輪RLのブレーキ油圧(WC油圧)の「誤増圧」が開始されている。これは、左後輪RLの車輪速度Vwの波形に車両振動が重畳していることに起因して、時点t23において左後輪RLのスリップが収まったと誤って判定されたためである。このような誤増圧は、車輪振動を助長させる要因となり、ABS制御性能の低下に繋がる。
【0035】
また、図3に示す例では、その後の時点t24において、悪路判定フラグがONとなっている。これは、車両は実際には悪路ではない均一な低μ路を走行しているにもかかわらず、車両振動が重畳している車輪加速度Aw又は車輪速度Vwの振幅に基づいて、車両が悪路を走行しているとの誤判定がなされたためである。このような「悪路判定についての誤判定」は、上述の「ブレーキ油圧の誤増圧」に起因して車輪振動が助長されることによって生じ易くなる。そして、「ブレーキ油圧の誤増圧」がなされた際に悪路に適した減速度重視のABS制御に切り替わるようにABS制御が構成されていると、車輪振動を助長してしまい、ABS制御性能の低下を招いてしまう。なお、ここでいう「悪路に適した減速度重視のABS制御」とは、例えば、ABS制御によるブレーキ油圧の増圧時の増圧勾配を大きくすること、及び、ABS制御の実行中にブレーキ油圧の減圧を開始する実スリップ率Sの閾値を下げる(負側に大きくする)ことのうちの少なくとも一方を実行することによって行われるものである。
【0036】
2-4.本実施形態のABS制動時の制御の概要
本実施形態で用いられるABS制御は、次の「第1のABS制御」と「第2のABS制御」とを含む。
【0037】
上述の課題に鑑み、本実施形態では、車両1の制動中にABS制御の実行条件が成立している時、車輪2のスリップが復帰傾向にある場合には第1のABS制御が実行され、車輪2がスリップ傾向にある場合には第2のABS制御が実行される。すなわち、本実施形態では、ABS制御の実行中に車輪2のスリップ状態が監視され、スリップ状態に応じて第1のABS制御と第2のABS制御との間でのABS制御の切り替えが実行される。
【0038】
第1のABS制御は、通常のABS制御、換言すると、基本的なABS制御であり、次のような特徴を有する。
・悪路判定:許可
・増圧勾配:通常勾配~急勾配
・減圧制御開始閾値:小(スリップが深い状態で開始)
・ABS制御特性:車両減速度を重視(優先)
【0039】
付け加えると、第1のABS制御では、増圧モード中に、ブレーキ油圧の増圧勾配が可変とされる。増圧勾配の可変は、例えば、悪路判定フラグのON/OFFに応じて行われる。具体的には、悪路判定フラグがOFFの場合には、基本の増圧勾配(通常勾配)が選択される。悪路判定フラグがONの場合には、通常の増圧勾配よりも大きな増圧勾配(急勾配)が選択される。
【0040】
また、ここでいう減圧制御開始閾値は、ABS制御の実行中にブレーキ油圧の減圧と増圧とが繰り返される過程において減圧を開始するか否かを判定するために用いられる実スリップ率Sの閾値(負の値)に相当する。そして、この減圧制御開始閾値は、悪路判定フラグがONの場合には、悪路判定フラグがOFFの場合と比べて小さくなる(すなわち、スリップがより深い状態で減圧が開始される)ように設定されている。
【0041】
付け加えると、悪路判定結果に応じて上述のように増圧勾配及び減圧制御開始閾値が可変とされることにより、第1のABS制御は、車輪加速度情報に基づいて悪路であると判定された場合には、悪路でないと判定された場合と比べて車両減速度を重視する(すなわち、悪路に適した制御となる)ように実行される。
【0042】
一方、第2のABS制御は、上述の車輪振動の対策のために用いられる(すなわち、制振用の)ABS制御であり、第1のABS制御と比べたときに次のような特徴を有する。
・悪路判定:禁止
・増圧勾配:車輪振動対策用の緩勾配
・減圧制御開始閾値:大(スリップが浅い状態で開始)
・ABS制御特性:車両減速度と制動安定性の両立
【0043】
付け加えると、第2のABS制御では、車輪振動対策のために、第1のABS制御において用いられる増圧勾配の範囲(通常勾配~急勾配)内の値と比べて小さな増圧勾配(緩勾配)が用いられる。また、減圧制御開始閾値は、第1のABS制御時と比べて大きくされる。このため、第2のABS制御の実行中には、第1のABS制御の実行中と比べてスリップが浅い状態(換言すると、実スリップ率Sの絶対値が小さい状態)で減圧(減圧モード)が開始される。
【0044】
上述した特徴の違いにより、第1のABS制御によれば、制動安定性よりも車両減速度を優先(重視)したABS制御特性が得られる。そして、この第1のABS制御と比較したとき、第2のABS制御によれば、減速度と制動安定性を両立したABS制御特性が得られる。
【0045】
また、上述の車輪振動は、路面反力が小さい(換言すると、振動が収束しにくい)低μ路において発生し易い。そこで、本実施形態では、車両1の前後加速度Gx(車両減速度)に基づいて、車両1が所定値以下の摩擦係数の低μ路を走行しているか否かが判定される。そして、スリップが復帰傾向にあるか又は車輪2がスリップ傾向にあるかに応じた第1のABS制御と第2のABS制御との間でのABS制御の切り替えは、車両1が低μ路を走行していると判定された時に実行される。
【0046】
さらに、本実施形態では、ABS制動時に上述のPT制振制御が実行されている場合には、スリップが復帰傾向にあるか又は車輪2がスリップ傾向にあるかによらずに第2のABS制御が実行される。
【0047】
2-5.ECUによる処理
図4は、実施の形態に係るABS制動時の制御に関する処理を示すフローチャートである。このフローチャートの処理は、ABS制御の実行条件が成立している時(すなわち、ABS制御の実行中)に繰り返し実行される。
【0048】
図4では、ステップS100において、ECU40は、車両1が走行している路面が低μ路であるか否かを判定する。この判定は、例えば、前後加速度センサ44により検出される前後加速度Gx(車両減速度)が所定の閾値(例えば、0.4G)以下であるか否かに基づいて行うことができる。その結果、路面が低μ路であると判定された場合には、処理はステップS102に進む。
【0049】
ステップS102において、ECU40は、上述のPT制振制御の実行の可否を判定する。車両1は、ABS制動時の路面が低μ路である場合には基本的にPT制振制御を実行するように構成されている。本ステップS102の判定は、PT制振制御を実行可能であるか否かを判断するために行われる。この判定は、例えば、バッテリ17のSOC(State Of Charge)が適切な範囲内にあるか等の所定の実行条件が満たされるか否かに基づいて行うことができる。その結果、PT制振制御が実行可能ではないと判定された場合には、処理はステップS104に進む。
【0050】
ステップS104において、ECU40は、PT制振制御要求フラグをOFFとする。PT制振制御は、このPT制振制御要求フラグがONの時に実行される。次いで、ステップS106において、ECU40は、車輪2のスリップ状態の判定を実行する。図5は、図4中のステップS106におけるスリップ状態の判定に関する処理の一例を示すフローチャートである。
【0051】
図5では、ステップS200において、ECU40は、上述の悪路判定フラグがONか否かを判定する。既述したように、悪路判定は、第1のABS制御の実行中には許可され、第2のABS制御の実行中には禁止される。このため、ステップS200では、第1のABS制御の実行中であれば、並行して実行されている悪路判定による最新の悪路判定フラグのON/OFF状態が判別される。一方、第2のABS制御の実行中であれば、直前の第1のABS制御の実行中に最後に行われた悪路判定による悪路判定フラグのON/OFF状態が判別される。
【0052】
ステップS200において悪路判定フラグがOFFの場合には、処理はステップS202に進む。ステップS202において、ECU40は、車体速度の現在(最新)の乖離量Dvx1を、乖離量Dvx1の記憶値DvxmとしてECU40の記憶装置に格納する。すなわち、記憶値Dvxmが更新される。
【0053】
図6は、車体速度の乖離量Dvx1を説明するための図である。図6に示すように、乖離量Dvx1は、実車体速度Vに対する推定車体速度Vxの乖離量に相当する。ここでは、一例として、乖離量Dvx1は、下記の式(2)によって表されるように、推定車体速度Vxから実車体速度Vを引いて得られる値として算出される。したがって、図6に示すように、推定車体速度Vxが実車体速度Vに対して低下した場合、乖離量Dvx1は負の値をとる。実車体速度Vは、前後加速度センサ44により検出される車両1の前後加速度Gxを積分することにより算出される。推定車体速度Vxの算出手法の例は、式(1)とともに既述した通りである。その後、処理はステップS204に進む。
【数2】
【0054】
一方、ステップS200において悪路判定フラグがONの場合、処理はステップS204に進む。ステップS204において、ECU40は、車輪速度センサ42及び前後加速度センサ44の検出値に基づいて乖離量Dvx1を算出したうえで、乖離量Dvx2と判定閾値THsとを算出する。
【0055】
乖離量Dvx2は、スリップ状態判定のために最終的に用いられる車体速度の乖離量であり、下記の式(3)によって表される。乖離量Dvx2は、本ステップS200にて算出された乖離量Dvx1と、ステップS202の処理により記憶されている最新の記憶値Dvxmとの差である。上述のように、悪路判定フラグがOFFの場合には記憶値Dvxmが更新され続けるため、乖離量Dvx2は、悪路判定フラグがONとされた時点においてゼロの値をとる。つまり、乖離量Dvx2は、当該時点の乖離量Dvx1に対する現在の乖離量Dvx1の差分に相当する。
【数3】
【0056】
判定閾値THsは、スリップ状態判定において乖離量Dvx2との比較のために用いられる。判定閾値THsは、下記の式(4)によって表されるように、推定車体速度Vxと、スリップ率の所定値S1(正の値であり、例えば25%)との積である。
【数4】
【0057】
次いで、ステップS206において、ECU40は、車輪2のスリップが復帰傾向にあるか又はスリップ傾向にあるか否かを判定する。具体的には、この判定は、例えば、乖離量Dvx2が判定閾値THsより大きいか否かに基づいて行うことができる。また、当該判定は、例えば、乖離量Dvx2が判定閾値THsより大きいか否かとともに、ブレーキ油圧が4輪減圧状態ではなく且つブレーキ油圧の保持時間が過多ではないか否かに基づいて行われてもよい。
【0058】
ステップS206の判定結果がYesの場合には、処理はステップS208に進み、ECU40は、車輪2のスリップが復帰傾向にある(換言すると、推定車体速度Vxが復帰傾向にある)と判定する。一方、ステップS206の判定結果がNoの場合には、処理はステップS210に進み、ECU40は、車輪2がスリップ傾向にあると判定する。
【0059】
ここで、図7は、図6に示すスリップ状態の判定処理を補足的に説明するための図である。図7中の時点t31は、ABS制動中に悪路判定フラグがONとなった時点である。上述のように定義された乖離量Dvx2は、時点t31ではゼロである。図7に示す例では、時点t31の経過後に、推定車体速度Vxが実車体速度Vに対して低下していく。その結果、乖離量Dvx1の絶対値が大きくなるので、乖離量Dvx2は図7に示すように負側に大きくなる。その後の時点t32において推定車体速度Vxが増加に転じると、それに伴い、乖離量Dvx2も増加に転じている。このように乖離量Dvx2が判定閾値THs以下の状態では、図6に示すスリップ状態の判定処理によれば、車輪2がスリップ傾向にあると判定される(ステップS210)。
【0060】
図7には、時点t32より後の推定車体速度Vxの波形として、例1及び2が表されている。例1(破線)では、推定車体速度Vxが継続的に増加している(乖離量Dvx1の絶対値が継続的に小さくなっている)。そして、時点t33において、乖離量Dvx2が判定閾値THsを上回っている。図6に示すスリップ状態の判定処理によれば、このようにスリップが浅い状態にまで回復(復帰)した時点t33において、スリップが復帰傾向にあると判定される(ステップS208)。
【0061】
一方、例2(実線)では、推定車体速度Vxは、スリップの復帰(回復)が十分に進行せず、乖離量Dvx2は判定閾値THsより小さいままである。その結果、車輪2がスリップ傾向にあるという判定(ステップS210)が継続される。
【0062】
付け加えると、上記のように定義された乖離量Dvx2と判定閾値THsによれば、上述の車輪振動の発生に伴って悪路判定フラグがONとなった時点の乖離量Dvx2(すなわち、ゼロ)を基準として、判定閾値THsの大きさと等しい量よりも乖離量Dvx1が絶対値として小さくなったことを把握(評価)できる。そして、悪路判定フラグがONとなった時(換言すると、車輪振動が検知された時)を基準として、乖離量Dvx1の絶対値が判定閾値THsの大きさと等しい量よりも小さくなった場合に、スリップが復帰傾向にあると判定されることになる。
【0063】
また、以上説明した図5に示す判定処理では、スリップ状態の判定のために、車体速度の乖離量Dvx1及びDvx2が用いられる。このような例に代え、スリップ状態の判定は、例えば、実スリップ率S(式(1)参照)自体を当該判定のための閾値と比較することによって行われてもよい。
【0064】
図4では、ステップS106において車輪2のスリップが復帰傾向にあると判定された場合には、処理はステップS108に進む。ステップS108において、ECU40は、第1のABS制御(通常のABS制御)を実行する。
【0065】
一方、ステップS106において車輪2がスリップ傾向にあると判定された場合には、処理はステップS110に進む。ステップS110において、ECU40は、第2のABS制御(制振用のABS制御)を実行する。
【0066】
また、図4では、ステップS102においてPT制振制御が実行可能であると判定された場合には、処理はステップS112に進む。ステップS112において、ECU40は、PT制振制御要求フラグをONとする。
【0067】
次いで、ステップS114において、ECU40は、車輪2がロック傾向にあるか否かを判定する。この判定は、ABS制御の実行条件の成立時と比べてより深いスリップの発生を伴うロック傾向が生じているか否かを判断するものであり、例えば、実スリップ率Sが上述の制御開始閾値よりも小さな(絶対値としては大きな)閾値以下であるか否かに基づいて行うことができる。
【0068】
ステップS114において車輪2がロック傾向にあると判定された場合には、処理はステップS116に進み、ECU40はPT制振制御要求フラグをOFFとする。その後、処理はステップS110に進む。一方、ステップS114において車輪2がロック傾向にないと判定された場合には、PT制振制御要求フラグはONとされたまま、処理がステップS110に進む。
【0069】
付け加えると、図4に示す処理によれば、PT制振制御要求フラグがON(ステップS112)であってステップS114において車輪2がロック傾向にないと判定された場合には、第2のABS制御(ステップS110)は、車輪2のスリップ状態によらずに(換言すると、スリップが復帰傾向にあるか又は車輪2がスリップ傾向にあるかによらずに)実行されることになる。
【0070】
また、図4では、ステップS100において路面が低μ路でない判定された場合には、処理はステップS118に進み、ECU40はPT制振制御要求フラグをOFFとする。その後、処理はステップS108に進む。
【0071】
付け加えると、図4に示す処理によれば、ステップS106のスリップ状態の判定処理によってスリップが復帰傾向にあると判定された場合には、ABS制御が第1のABS制御に戻される。その結果、第2のABS制御と比べて増圧勾配が大きくされる(通常勾配)ので、車両減速度が良好に確保される。その後のABS制動中に車輪振動が再び発生して悪路判定フラグがONとなった場合には、第1のABS制御によって増圧勾配が通常勾配から急勾配に大きくされる。その結果として車輪振動が増大してスリップが深くなり、それに伴ってステップS106にて車輪2がスリップ傾向にあると判定された場合には、車輪振動の抑制のために、第2のABS制御に再び切り替えられることになる。
【0072】
3.効果
以上説明したように、本実施形態によれば、ABS制御の実行条件が成立している時、車輪2のスリップ状態が監視され、スリップ状態に応じてABS制御が第1のABS制御(通常のABS制御)と第2のABS制御(制振用のABS制御)との間で切り替えられる。
【0073】
具体的には、車輪2がスリップ傾向にある場合には、第1のABS制御と比べてブレーキ油圧の増圧勾配を小さくする第2のABS制御が実行される。これにより、車輪2がスリップ傾向にある場合に、車輪振動の発生に起因して当該スリップ傾向を助長させる内容のABS制御に移行することが防止される。より詳細には、第1のABS制御の実行中に、悪路走行中でないにもかかわらず、車輪振動の発生に起因して悪路走行中であると誤判定されるのを抑制できる。このため、第1のABS制御が継続されて悪路走行に適した減速度重視の制御(増圧勾配を大きくする等)に移行することが防止される。これにより、車両1の走行路面に対してブレーキ油圧が過大となることが防止されるので、低μ路において車輪振動の影響によるABS制御性能の低下を抑制できる。また、スリップが復帰傾向にある場合には、第1のABS制御の利用により、車両減速度が良好に確保される。したがって、本実施形態によれば、路面及びスリップ状態に応じた適切なABS制御を行えるようになる。
【0074】
また、ABS制動時の車輪振動は路面反力が小さい(すなわち、振動が収束しにくい)低μ路で発生し易い。本実施形態によれば、スリップが復帰傾向にあるか又は車輪2がスリップ傾向にあるかに応じた第1のABS制御と第2のABS制御との間でのABS制御の上述の切り替えは、車両1が低μ路を走行していると判定された時に実行される。これにより、このような切り替えを真に必要とする低μ路に限って、当該切り替えを行えるようになる。そして、低μ路において車輪2がスリップ傾向にある場合には、増圧勾配として緩勾配を利用する第2のABS制御によって、車両減速度と制動安定性とを両立したABS制御を行えるようになる。また、低μ路であっても、スリップが復帰傾向にある場合(より詳細には、スリップが浅い状態にまで回復した場合)には、第1のABS制御に切り替えられる(戻される)ので車両減速度を優先したABS制御の実行が確保される。
【0075】
さらに、本実施形態によれば、ABS制御の実行中に上述のPT制振制御が実行されている場合には、スリップが復帰傾向にあるか又は車輪2がスリップ傾向にあるかによらずに第2のABS制御が実行(選択)される。これにより、ABS制御の側でのスリップ状態に応じたABS制御の切り替えが、ABS制動中に実行されるPT制振制御に影響を与えないようにすることができる。付け加えると、PT制振制御が実行される場合に行われるABS制御は、第1のABS制御ではなく第2のABS制御とされている。これにより、ABS制御の実行中に増圧勾配の変更が行われることがないので、第1のABS制御が選択される場合と比べてABS制御がPT制振制御に与える影響を小さくすることができる。
【0076】
上述した実施の形態においては、第1のABS制御と第2のABS制御との間でのスリップ状態に応じたABS制御の切り替えは、車両1が低μ路を走行していると判定された場合(ステップS100;Yes)に実行される。しかしながら、ABS制御の当該切り替えは、低μ路判定を伴わずに(すなわち、ステップS100の判定を省略しつつ)実行されてもよい。
【符号の説明】
【0077】
1 車両
2 車輪
10 パワートレーン
12、13 電動機
20 制動装置
22 ブレーキペダル
24 マスタシリンダ
26 ブレーキアクチュエータ
28a ホイールシリンダ
40 電子制御ユニット(ECU)
42 車輪速度センサ
44 前後加速度センサ
46 ブレーキポジションセンサ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7