(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】音環境シミュレータ及び音環境シミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
G01H 17/00 20060101AFI20240925BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20240925BHJP
G01S 7/52 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
G01H17/00 C
G06F30/20
G01S7/52 U
(21)【出願番号】P 2022122743
(22)【出願日】2022-08-01
【審査請求日】2024-03-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加来 航
【審査官】川野 汐音
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-030690(JP,A)
【文献】特開平7-83751(JP,A)
【文献】特開平5-248934(JP,A)
【文献】特開平5-265473(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0249556(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第112596047(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H 1/00-17/00
G06F 30/00-30/398
G01S 1/72ー 1/82
G01S 3/80ー 3/86
G01S 5/18ー 5/30
G01S 7/52ー 7/64
G01S 15/00ー15/96
G10K 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象世界における音環境のシミュレーションを行う音環境シミュレータであって、
1又は複数のプロセッサと、
前記対象世界における音源と反射物体の位置を少なくとも示す世界構成情報を格納する1又は複数の記憶装置と
を備え、
反射パスは、前記音源から出力されいずれかの反射物体で反射されて観測点に到達する反射音のパスであり、
前記1又は複数のプロセッサは、
前記世界構成情報に基づいて、前記音源と前記観測点の組み合わせに対して前記反射パスを形成可能な前記反射物体をシミュレーション候補として抽出し、
前記世界構成情報に基づいて、前記シミュレーション候補の各々について、前記反射パスの長さが短くなるほど高くなる評価値を算出し、
前記評価値に基づいて、少なくとも1つのシミュレーション候補を代表反射物体として選択し、
前記代表反射物体以外の前記反射物体を用いることなく、前記代表反射物体により形成される前記反射パスに沿った音伝搬特性のシミュレーションを行う
音環境シミュレータ。
【請求項2】
請求項1に記載の音環境シミュレータであって、
前記1又は複数のプロセッサは、前記評価値に基づいて、1つのシミュレーション候補だけを前記代表反射物体として選択する
音環境シミュレータ。
【請求項3】
請求項1に記載の音環境シミュレータであって、
前記1又は複数のプロセッサは、前記評価値が最も高い1つのシミュレーション候補を少なくとも前記代表反射物体として選択する
音環境シミュレータ。
【請求項4】
請求項3に記載の音環境シミュレータであって、
前記1又は複数のプロセッサは、前記評価値が最も高い前記1つのシミュレーション候補だけを前記代表反射物体として選択する
音環境シミュレータ。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の音環境シミュレータであって、
第1距離は、前記反射パスに沿った前記音源から前記反射物体までの距離であり、
前記評価値は、前記第1距離が短くなるほど高くなる
音環境シミュレータ。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の音環境シミュレータであって、
前記世界構成情報は、更に、前記反射物体の反射率に相当する情報を示し、
前記評価値は、前記反射物体の前記反射率が高くなるほど高くなる
音環境シミュレータ。
【請求項7】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の音環境シミュレータであって、
前記1又は複数のプロセッサは、前記音源を含む一定範囲外に存在する前記反射物体を前記シミュレーション候補から除外する
音環境シミュレータ。
【請求項8】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の音環境シミュレータであって、
前記世界構成情報は、更に、前記反射物体のサイズを示し、
前記1又は複数のプロセッサは、前記サイズが所定値未満である前記反射物体を前記シミュレーション候補から除外する
音環境シミュレータ。
【請求項9】
コンピュータにより対象世界における音環境のシミュレーションを行う音環境シミュレーション方法であって、
世界構成情報は、前記対象世界における音源と反射物体の位置を少なくとも示し、
反射パスは、前記音源から出力されいずれかの反射物体で反射されて観測点に到達する反射音のパスであり、
前記音環境シミュレーション方法は、
前記世界構成情報に基づいて、前記音源と前記観測点の組み合わせに対して前記反射パスを形成可能な前記反射物体をシミュレーション候補として抽出することと、
前記世界構成情報に基づいて、前記シミュレーション候補の各々について、前記反射パスの長さが短くなるほど高くなる評価値を算出することと、
前記評価値に基づいて、前記シミュレーション候補のうち少なくとも1つを代表反射物体として選択することと、
前記代表反射物体以外の前記反射物体を用いることなく、前記代表反射物体により形成される前記反射パスに沿った音伝搬特性のシミュレーションを行うことと
を含む
音環境シミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、音環境のシミュレーションに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、建造物の音場の音響特性を解析するために幾何音響シミュレーションを行う技術を開示している。音波の反射に関与する面の法線ベクトルと所定の複数の基準ベクトルのそれぞれとの内積が算出される。その内積の符号の組み合わせに応じて、反射に関与する面が複数のグループに分類される。音波の反射方向を演算する際、その音波の音線ベクトルと上記複数の基準ベクトルのそれぞれとの内積が算出される。その内積の符号の組み合わせに応じて定まる候補から除外すべき所定のグループに分類されている面は考慮せずに、反射方向が演算される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
音環境のシミュレーションにおいては、観測点で聞こえる音を精度良く再現することが望まれる。そのためには、音源から観測点への直接音だけでなく、物体で反射されて観測点に到達する反射音も考慮することが好ましい。但し、現実世界では音源や観測点の周囲には多数の物体が存在し、多数の反射音が観測点に到達する場合が多い。全ての反射音を考慮してシミュレーションを行うと、処理負荷が膨大になる。これは、計算機資源及びコストの観点から好ましくない。
【0005】
本開示の1つの目的は、音環境のシミュレーションの精度を確保しつつ、処理負荷を軽減することができる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の観点は、対象世界における音環境のシミュレーションを行う音環境シミュレータに関連する。
音環境シミュレータは、
1又は複数のプロセッサと、
対象世界における音源と反射物体の位置を少なくとも示す世界構成情報を格納する1又は複数の記憶装置と
を備える。
反射パスは、音源から出力されいずれかの反射物体で反射されて観測点に到達する反射音のパスである。
1又は複数のプロセッサは、
世界構成情報に基づいて、音源と観測点の組み合わせに対して反射パスを形成可能な反射物体をシミュレーション候補として抽出し、
世界構成情報に基づいて、シミュレーション候補の各々について、反射パスの長さが短くなるほど高くなる評価値を算出し、
評価値に基づいて、少なくとも1つのシミュレーション候補を代表反射物体として選択し、
代表反射物体以外の反射物体を用いることなく、代表反射物体により形成される反射パスに沿った音伝搬特性のシミュレーションを行う。
【0007】
第2の観点は、コンピュータにより対象世界における音環境のシミュレーションを行う音環境シミュレーション方法に関連する。
世界構成情報は、対象世界における音源と反射物体の位置を少なくとも示す。
反射パスは、音源から出力されいずれかの反射物体で反射されて観測点に到達する反射音のパスである。
音環境シミュレーション方法は、
世界構成情報に基づいて、音源と観測点の組み合わせに対して反射パスを形成可能な反射物体をシミュレーション候補として抽出することと、
世界構成情報に基づいて、シミュレーション候補の各々について、反射パスの長さが短くなるほど高くなる評価値を算出することと、
評価値に基づいて、シミュレーション候補のうち少なくとも1つを代表反射物体として選択することと、
代表反射物体以外の反射物体を用いることなく、代表反射物体により形成される反射パスに沿った音伝搬特性のシミュレーションを行うことと
を含む。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、評価値に基づいて代表反射物体が選択される。そして、全ての反射物体ではなく、選択された代表反射物体だけがシミュレーションに用いられる。これにより、シミュレーション精度を確保しつつ、処理負荷を軽減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施の形態に係る音環境シミュレータの概要をするための概念図である。
【
図2】直接音と反射音を説明するための概念図である。
【
図3】実施の形態に係る反射音のシミュレーションの概要を説明するための模式図である。
【
図4】実施の形態に係る反射音のシミュレーションの概要を説明するための概念図である。
【
図5】実施の形態に係る評価値の第1の例を説明するための概念図である。
【
図6】実施の形態に係る評価値の第2の例を説明するための概念図である。
【
図7】実施の形態に係る音環境シミュレーションからの除外対象の例を説明するための概念図である。
【
図8】実施の形態に係る音環境シミュレータの構成例を示すブロック図である。
【
図9】実施の形態に係る音環境シミュレーション処理を要約的に示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
添付図面を参照して、本開示の実施の形態を説明する。
【0011】
1.音環境シミュレーション
図1は、実施の形態に係る音環境シミュレータ100の概要を説明するための概念図である。音環境シミュレータ100は、対象世界1における音環境のシミュレーションを行う。対象世界1としては、街、建物、施設の敷地、等が例示される。
【0012】
対象世界1には様々な音源10が存在する。音源10は、移動物体であってもよいし、静止物体であってもよい。移動する音源10としては、車両、ロボット、飛翔体、等が例示される。車両は、自動運転車両であってもよいし、ドライバが運転する車両であってもよい。ロボットとしては、物流ロボット、清掃ロボット、作業ロボット、等が例示される。ロボットは、人間とコミュケーションを行うために音声メッセージを発してもよい。飛翔体としては、ドローン等が例示される。静止している音源10としては、街頭ビジョン、スピーカ、警報器、等が例示される。尚、音源10は特に限定されない。
【0013】
音環境シミュレータ100は、例えば、対象世界1内の観測点20において音がどのように聞こえるかをシミュレートする。例えば、観測点20は、人間(リスナ)の位置である。他の例として、観測点20は、音認識を行うロボットの位置である。尚、観測点20は特に限定されない。
【0014】
図2に示されるように、音源10から観測点20へ到達する音は、「直接音Sd(直接波)」と「反射音Sr(反射波)」に分類される。直接音Sdは、反射することなく音源10から観測点20に直接到達する音である。直接パスPdは、直接音Sdのパスである。
【0015】
一方、反射音Srは、音源10から出力され、いずれかの反射物体30で反射されて観測点20に到達する音である。反射物体30は、対象世界1内に存在する様々な物体である。反射物体30としては、壁、板、天井、床、地面、構造物、移動物体(例:車両、ロボット)、等が例示される。尚、反射物体30は特に限定されない。反射パスPrは、反射音Srのパスである。つまり、反射パスPrは、音源10から反射物体30へのパスと反射物体30から観測点20へのパスとの組み合わせである。反射パスPrは、音源10と観測点20と反射物体30との間の位置関係に基づいて幾何学的に算出することができる。
【0016】
音環境シミュレーションにおいては、観測点20で聞こえる音を精度良く再現することが望まれる。そのために、音環境シミュレータ100は、直接音Sdだけでなく反射音Srも考慮して音環境シミュレーションを行う。つまり、音環境シミュレーションは、反射パスPrに沿った反射音Srの音伝搬特性のシミュレーンを含む。
【0017】
音環境シミュレーションにおいて考慮される音源10の数は2以上であってもよい。音源10が指向性を有する場合、音源10から音が出力される方向が音環境シミュレーションにおいて考慮される。
【0018】
処理負荷を軽減するため、2回以上の多重反射を考えず、1回しか反射しない「初期反射音(early reflection)」だけを考慮してもよい。初期反射音だけを考慮しても十分なシミュレーション精度が得られる。
【0019】
音環境シミュレーションの結果、観測点20における音の強度及び音の到来方向が分かる。また、観測点20における直接音Sdから反射音Srまでの遅延が分かる。このような遅延は、空間の拡がりを反映している。よって、遅延特性に基づいて、例えば、観測点20における人間がどのように空間を認知するかを把握することができる。更に、反射物体30の材質に依存するフィルタ効果(material-dependent filter)、すなわち、反射音Srの波形がどのように変化するかを知ることもできる。
【0020】
このような音環境シミュレーションは、対象世界1の設計に有用である。例えば、対象世界1がスマートシティ等の街である場合、人にとってより快適な街を設計したいというニーズがある。例えば、駅や街中でのアナウンス、ロボットと人間との対話等、人に音声情報を伝達したいシーンが考えられる。そのようなシーンにおいて、周囲の環境のせいで音声情報がうまく人に伝わらない可能性がある。音環境シミュレーションを通して音声伝達の不具合をあらかじめ把握することができれば、それを解決するための対策を立て、設計にフィードバックすることができる。例えば、音声伝達の不具合が解消されるように、街中の構成要素(例:壁)の材質や配置を変更することができる。他の例として、特定周波数の音が吸収されやすいことが分かったら、その特定周波数の音を音源10から出力することを控えることを検討することもできる。
【0021】
また、音は、人の行動に影響を与える重要なファクターの一つである。よって、音環境シミュレーションは、対象世界1における人の行動のシミュレーションにも有用である。対象世界1における人の行動のシミュレーション結果を、対象世界1の設計にフィードバックすることもできる。
【0022】
また、現実世界における情報を収集し、現実世界の状態を仮想世界においてリアルタイムに再現する技術も知られている。このような技術は、デジタルツイン(Digital Twin)とも呼ばれる。このデジタルツインを利用して対象世界1の将来の状態を予測することもできる。このとき、音環境シミュレーションの結果に基づいて人の行動を予測することによって、対象世界1の将来の状態をより高精度に予測することが可能となる。
【0023】
2.音環境シミュレーションの処理負荷の軽減
2-1.概要
上述の通り、音環境シミュレーションにおいては、観測点20で聞こえる音を精度良く再現することが望まれる。そのためには、音源10から観測点20への直接音Sdだけでなく反射音Srも考慮することが好ましい。但し、現実世界では音源10や観測点20の周囲には多数の反射物体30が存在し、多数の反射音Srが観測点20に到達する場合が多い。全ての反射音Srを考慮してシミュレーションを行うと、処理負荷が膨大になる。これは、計算機資源及びコストの観点から好ましくない。
【0024】
そこで、本実施の形態によれば、音環境シミュレーションにおいて考慮される反射音Srが少数に限定される。尚、上述の通り、反射音Srは、音源10から出力されいずれかの反射物体30で反射されて観測点20に到達する音であり、反射パスPrは、反射音Srのパスである。よって、反射物体30と反射パスPrと反射音Srは1対1で対応しており、等価であると言える。音環境シミュレーションにおいて考慮する反射音Srを少数に限定することは、音環境シミュレーションにおいて考慮する反射パスPr及び反射物体30を少数に限定することを意味する。
【0025】
以下、
図3及び
図4を参照して、本実施の形態に係る反射音Srのシミュレーションの概要を説明する。
【0026】
音源10や観測点20の周囲には多数の反射物体30が存在するため、音源10と観測点20の一つの組み合わせに対して多数の反射パスPrが形成され得る。音源10と観測点20の組み合わせに対して反射パスPrを形成可能な反射物体30を、以下、「シミュレーション候補」と呼ぶ。音環境シミュレータ100は、暫定的にシミュレーション候補を抽出する。
【0027】
続いて、音環境シミュレータ100は、抽出したシミュレーション候補の各々について「評価値Q」を算出する。評価値Qは、観測点20における音強度(音圧)に寄与する度合いを表す。従って、評価値Qは、少なくとも、音源10から観測点20までの反射パスPrの長さに依存する。具体的には、ある反射物体30によって形成される反射パスPrの長さが短くなるほど、その反射物体30の評価値Qは高くなる。逆に、ある反射物体30によって形成される反射パスPrが長くなるほど、その反射物体30の評価値Qは短くなる。尚、評価値Qの様々な例は後述される。
【0028】
音環境シミュレータ100は、評価値Qに基づいて、少なくとも1つのシミュレーション候補を「代表反射物体30-X」として選択する。より詳細には、音環境シミュレータ100は、評価値Qが比較的高いシミュレーション候補を代表反射物体30-Xとして選択する。選択される代表反射物体30-Xの数は1個であってもよい。つまり、音環境シミュレータ100は、評価値Qが比較的高い1つのシミュレーション候補だけを代表反射物体30-Xとして選択してもよい。典型的には、音環境シミュレータ100は、評価値Qが最も高い1つのシミュレーション候補を少なくとも代表反射物体30-Xとして選択する。音環境シミュレータ100は、評価値Qが最も高い1つのシミュレーション候補だけを代表反射物体30-Xとして選択してもよい。
【0029】
「代表反射音Sr-X」は、代表反射物体30-Xにより反射される反射音Srである。「代表反射パスPr-X」は、代表反射物体30-Xにより形成される反射パスPrである。代表反射物体30-Xと代表反射パスPr-Xと代表反射音Sr-Xは1対1で対応しており、等価であると言える。代表反射物体30-Xを選択することは、代表反射音Sr-Xや代表反射パスPr-Xを選択することを意味する。
【0030】
音環境シミュレータ100は、代表反射パスPr-Xに沿った代表反射音Sr-Xの音伝搬特性のシミュレーションを行う。このとき、音環境シミュレータ100は、選択した代表反射物体30-X(代表反射音Sr-X、代表反射パスPr-X)だけを用い、それ以外を用いない。言い換えれば、代表反射物体30-X(代表反射音Sr-X、代表反射パスPr-X)以外はシミュレーション対象から除外される。音環境シミュレータ100は、代表反射物体30-X以外の反射物体30を用いることなく、代表反射物体30-Xだけを用い、代表反射パスPr-Xに沿った代表反射音Sr-Xの音伝搬特性のシミュレーションを行う。
【0031】
本願発明者は、代表反射物体30-Xだけを用いた音環境シミュレーションによっても実際の音の聞こえ方がかなり正確に再現されることを実験を通して確認した。すなわち、本願発明者は、代表反射物体30-Xだけを用いても音環境シミュレーションの精度が確保されることを確認した。
【0032】
このように、本実施の形態によれば、評価値Qに基づいて代表反射物体30-Xが選択される。そして、全ての反射物体30ではなく、選択された代表反射物体30-Xだけが音環境シミュレーションに用いられる。これにより、音環境シミュレーションの精度を確保しつつ、処理負荷を軽減することが可能となる。その結果、計算機資源及びコストも削減される。代表反射物体30-Xの数が1つの場合、効果は更に高くなる。
【0033】
2-2.評価値の例
以下、評価値Qの様々な例を説明する。ここでは、簡単のため、2回以上の多重反射を考えず、1回しか反射しない初期反射音(early reflection)だけが考慮される。
【0034】
2-2-1.第1の例
図5は、評価値Qの第1の例を説明するための概念図である。評価値Qは、音源10から観測点20までの反射パスPrの長さLpに依存する。つまり、下記式(1)で表されるように、評価値Qは、反射パスPrの長さLpの関数で表される。
【0035】
式(1):Q=f(Lp)
【0036】
より詳細には、反射パスPrの長さLpが短くなるほど、評価値Qは高くなる。
図5で示される例では、第1反射物体30-1により形成される第1反射パスPr-1の長さLp-1は、第2反射物体30-2により形成される第2反射パスPr-2の長さLp-2よりも短い。よって、第1反射物体30-1の評価値Qは、第2反射物体30-2の評価値Qよりも高くなる。
【0037】
2-2-2.第2の例
図6は、評価値Qの第2の例を説明するための概念図である。
図6に示される例では、第1反射物体30-1により形成される第1反射パスPr-1の長さLp-1と、第2反射物体30-2により形成される第2反射パスPr-2の長さLp-2は等しい。但し、第1反射パスPr-1に沿った音源10から第1反射物体30-1までの距離Da-1は、第2反射パスPr-2に沿った音源10から第2反射物体30-2までの距離Da-2よりも短い。この場合、第1反射物体30-1の評価値Qは、第2反射物体30-2の評価値Qよりも高く設定されてもよい。何故なら、音源10により近い第1反射物体30-1の方がより多くの音波を観測点20に向けて反射することができるからである。
【0038】
一般化すると次の通りである。反射パスPrに沿った音源10から反射物体30(反射点)までの距離を、以下、「第1距離Da」と呼ぶ。評価値Qは、第1距離Daが短くなるほど高くなる。評価値Qは、例えば、下記式(2)により表される。
【0039】
式(2):Q=f(Lp)+g(Da)
【0040】
式(2)において、第1項(f(Lp))のウェイトの方が第2項(g(Da))のウェイトよりも大きく設定されてもよい。
【0041】
第2の例により、シミュレーション精度が更に向上する。
【0042】
2-2-3.第3の例
対象世界1に存在する反射物体30の材質は一様ではなく様々である。反射物体30の反射率ρは、反射物体30の材質に依存する。第3の例では、評価値Qは、反射物体30の反射率ρに依存する。具体的には、反射物体30の反射率ρが高くなるほど、評価値Qは高くなる。この場合、評価値Qは、下記式(3)あるいは式(4)により表される。
【0043】
式(3):Q=f(Lp)+h(ρ)
式(4):Q=f(Lp)×h(ρ)
【0044】
第3の例により、シミュレーション精度が更に向上する。
【0045】
2-2-4.第4の例
上述の第2の例と第3の例の組み合わせも可能である。これにより、シミュレーション精度が更に向上する。
【0046】
2-3.除外対象の他の例
上述の通り、評価値Qに基づいて、一部の反射物体30は、音環境シミュレーションから除外される。更に他の観点に基づいて、一部の反射物体30が音環境シミュレーションから除外されてもよい。
【0047】
図7は、音環境シミュレーションからの除外対象の例を説明するための概念図である。一定範囲RNGは、音源10を含む有限の範囲である。例えば、一定範囲RNGは、音源10から一定距離(例:5m)までの範囲である。一定範囲RNG外に存在する反射物体30の寄与度は小さいと考えられる。よって、一定範囲RNG外に存在する反射物体30は、無条件に、音環境シミュレーションから除外されてもよい。
【0048】
より詳細には、音環境シミュレータ100は、反射パスPrを形成可能な反射物体30をシミュレーション候補として抽出する際に、一定範囲RNGを探索範囲とする。つまり、音環境シミュレータ100は、一定範囲RNG内に存在する反射物体30の中から、反射パスPrを形成可能な反射物体30をシミュレーション候補として抽出する。言い換えれば、音環境シミュレータ100は、一定範囲RNG外に存在する反射物体30をシミュレーション候補から予め除外する。これにより、音環境シミュレーションの精度を確保しつつ、処理負荷を更に軽減することが可能となる。
【0049】
他の例として、サイズが所定値未満である反射物体30の寄与度は小さいと考えられる。よって、サイズが所定値未満である反射物体30は、無条件に、音環境シミュレーションから除外されてもよい。より詳細には、音環境シミュレータ100は、サイズが所定値以上である反射物体30の中から、反射パスPrを形成可能な反射物体30をシミュレーション候補として抽出する。言い換えれば、音環境シミュレータ100は、サイズが所定値未満である反射物体30をシミュレーション候補から予め除外する。これにより、音環境シミュレーションの精度を確保しつつ、処理負荷を更に軽減することが可能となる。
【0050】
2-4.効果
以上に説明されたように、本実施の形態によれば、評価値Qに基づいて代表反射物体30-Xが選択される。そして、全ての反射物体30ではなく、選択された代表反射物体30-Xだけが音環境シミュレーションに用いられる。これにより、音環境シミュレーションの精度を確保しつつ、処理負荷を軽減することが可能となる。その結果、計算機資源及びコストも削減される。代表反射物体30-Xの数が1つの場合、効果は更に高くなる。
【0051】
3.音環境シミュレータの具体例
3-1.構成例
図8は、本実施の形態に係る音環境シミュレータ100の構成例を示すブロック図である。音環境シミュレータ100は、1又は複数のプロセッサ110(以下、単に「プロセッサ110」と呼ぶ)、1又は複数の記憶装置120(以下、単に「記憶装置120」と呼ぶ)、及び入出力装置130を含んでいる。
【0052】
プロセッサ110は、各種情報処理を行う。例えば、プロセッサ110は、CPU(Central Processing Unit)を含んでいる。記憶装置120には、プロセッサ110による処理に必要な各種情報が格納される。記憶装置120としては、揮発性メモリ、不揮発性メモリ、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)、等が例示される。
【0053】
シミュレーションプログラムPROGは、プロセッサ110によって実行されるコンピュータプログラムである。シミュレーションプログラムPROGを実行するプロセッサ110と記憶装置120との協働によって、音環境シミュレータ100の機能が実現される。シミュレーションプログラムPROGは、記憶装置120に格納される。シミュレーションプログラムPROGは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されてもよい。シミュレーションプログラムPROGは、ネットワーク経由で提供されてもよい。
【0054】
入出力装置130は、ユーザから情報を受け付け、また、ユーザに情報を提供するためのインタフェースである。入出力装置130は、入力装置及び出力装置を含む。入力装置としては、キーボード、マウス、タッチパネル、等が例示される。出力装置としては、ディスプレイ、タッチパネル、スピーカ、等が例示される。更に、入出力装置130は、現実の対象世界1に存在する各種デバイスと通信を行う通信装置を含んでいてもよい。
【0055】
3-2.世界構成情報
世界構成情報200は、対象世界1の構成要素の位置を少なくとも示す。対象世界1の構成要素は、少なくとも、音源10と反射物体30を含む。対象世界1の構成要素は、観測点20となり得る物体(例:人間、ロボット)を含んでいてもよい。対象世界1の構成要素は、移動物体であってもよいし、静止物体であってもよい。移動物体としては、車両、ロボット、飛翔体、等が例示される。静止物体としては、壁、板、天井、床、地面、構造物、等が例示される。
【0056】
世界構成情報200は、対象世界1の構成要素の反射率ρに相当する情報を含んでいてもよい。特に、世界構成情報200は、反射物体30の反射率ρに相当する情報を含んでいてもよい。反射率ρに相当する情報は、反射率ρそのものであってもよいし、材質であってもよい。
【0057】
世界構成情報200は、対象世界1の構成要素のサイズを示していてもよい。特に、世界構成情報200は、反射物体30のサイズを示していてもよい。
【0058】
音源10が指向性を有する場合、世界構成情報200は、音源10から音が出力される方向(範囲)を示していてもよい。
【0059】
世界構成情報200は、対象世界1に関するセマンティックモデルを含んでいてもよい。セマンティックモデルは、BIM(Building Information Modeling)やCIM(Construction Information Modeling)といった思想に基づく3Dモデルである。セマンティックモデルは、対象世界1の構成要素(特に静止物体)の属性情報を含んでいる。構成要素の属性情報としては、構成要素の種類、位置、サイズ、材質、色、等が例示される。
【0060】
プロセッサ110は、入出力装置130を介して世界構成情報200を取得する。例えば、世界構成情報200は、ユーザによって作成され、入出力装置130を介して入力される。他の例として、プロセッサ110は、現実の対象世界1に存在する移動物体と通信を行い、その移動物体の実際の位置をリアルタイムに取得してもよい。世界構成情報200は、記憶装置120に格納される。
【0061】
3-3.処理例
図9は、本実施の形態に係る音環境シミュレーション処理を要約的に示すフローチャートである。
【0062】
ステップS100において、プロセッサ110は、世界構成情報200を記憶装置120から読み出す。
【0063】
ステップS110において、プロセッサ110は、世界構成情報200に基づいて、音源10と観測点20の組み合わせに対して反射パスPrを形成可能な反射物体30をシミュレーション候補として抽出する。観測点20は、ユーザによって指定されてもよい。音源10の数は2以上であってもよい。音源10が指向性を有する場合、音源10から音が出力される方向が考慮される。上記セクション2-3で説明されたように、一部の反射物体30がシミュレーション候補から予め除外されてもよい。
【0064】
ステップS120において、プロセッサ110は、世界構成情報200に基づいて、シミュレーション候補の各々について評価値Qを算出する。評価値Qは、上記セクション2-2で説明された通りである。
【0065】
ステップS130において、プロセッサ110は、評価値Qに基づいて、少なくとも1つのシミュレーション候補を代表反射物体30-Xとして選択する。プロセッサ110は、評価値Qが比較的高い1つのシミュレーション候補だけを代表反射物体30-Xとして選択してもよい。プロセッサ110は、評価値Qが最も高い1つのシミュレーション候補を少なくとも代表反射物体30-Xとして選択してもよい。プロセッサ110は、評価値Qが最も高い1つのシミュレーション候補だけを代表反射物体30-Xとして選択してもよい。
【0066】
ステップS140において、プロセッサ110は、代表反射物体30-X以外の反射物体30を用いることなく、代表反射物体30-Xにより形成される代表反射パスPr-Xに沿った反射音Srの音伝搬特性のシミュレーションを行う。尚、プロセッサ110は、直接パスPdの直接音Sdの音伝搬特性のシミュレーションも行う。
【0067】
ステップS150において、プロセッサ110は、音環境シミュレーションの結果を入出力装置130を介して出力する。
【0068】
音環境シミュレーションにより、観測点20における音の強度及び音の到来方向が分かる。また、観測点20における直接音Sdから反射音Srまでの遅延が分かる。このような遅延は、空間の拡がりを反映している。よって、遅延特性に基づいて、例えば、観測点20における人間がどのように空間を認知するかを把握することができる。更に、反射物体30の材質に依存するフィルタ効果(material-dependent filter)、すなわち、反射音Srの波形がどのように変化するかを知ることもできる。音環境シミュレーションの結果は、対象世界1の設計やシミュレーションに反映される。
【符号の説明】
【0069】
1 対象世界
10 音源
20 観測点
30 反射物体
30-X 代表反射物体
100 音環境シミュレータ
110 プロセッサ
120 記憶装置
130 入出力装置
200 世界構成情報
Pr 反射パス
Pr-X 代表反射パス
Sr 反射音
Sr-X 代表反射音
PROG シミュレーションプログラム