IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JFEスチール株式会社の特許一覧

特許7559852硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法、硫化物応力腐食割れ予測方法、材料の製造特性決定方法、硫化物応力腐食割れ予測モデル及び硫化物応力腐食割れ予測装置
<>
  • 特許-硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法、硫化物応力腐食割れ予測方法、材料の製造特性決定方法、硫化物応力腐食割れ予測モデル及び硫化物応力腐食割れ予測装置 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法、硫化物応力腐食割れ予測方法、材料の製造特性決定方法、硫化物応力腐食割れ予測モデル及び硫化物応力腐食割れ予測装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20240925BHJP
【FI】
G01N17/00
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2023022030
(22)【出願日】2023-02-15
(65)【公開番号】P2023174500
(43)【公開日】2023-12-07
【審査請求日】2023-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2022086281
(32)【優先日】2022-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100180655
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】江口 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】井手 信介
【審査官】寺田 祥子
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-221238(JP,A)
【文献】特開平1-213550(JP,A)
【文献】特開2004-251765(JP,A)
【文献】特開2021-179413(JP,A)
【文献】特表2021-508785(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00ー19/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
過去のSSC試験における供試材の強度グレード、対数変換した硫化水素分圧、対数変換したNaCl濃度、pHを含む過去のSSC試験条件を入力データとし、前記入力データに対する過去のSSC試験結果を出力データとする学習用データを機械学習させて、腐食環境におけるSSC試験結果を予測する硫化物応力腐食割れ予測モデルを生成する、硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法。
【請求項2】
前記機械学習の手法は、ロジスティック回帰であり、
前記硫化物応力腐食割れ予測モデルは、ロジスティック回帰により構築された予測モデルである、請求項1に記載の硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法により生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルに、前記腐食環境における前記強度グレード、前記対数変換した硫化水素分圧、前記対数変換したNaCl濃度、前記pHを含むSSC試験条件を入力して、前記腐食環境におけるSSC試験結果を予測する、硫化物応力腐食割れ予測方法。
【請求項4】
前記入力データは、さらに過去のSSC試験における供試材のPIを含む、請求項1又は2に記載の硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法。
【請求項5】
請求項4に記載の硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法により生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルに、前記腐食環境における前記強度グレード、前記対数変換した硫化水素分圧、前記対数変換したNaCl濃度、前記pH、前記供試材のPIを含むSSC試験条件を入力して、前記腐食環境におけるSSC試験結果を予測する、硫化物応力腐食割れ予測方法。
【請求項6】
請求項5に記載の硫化物応力腐食割れ予測方法によって前記腐食環境におけるSSC試験結果が予測された材料について、前記材料のPIが変更されて材料の化学組成が決定される、材料の製造特性決定方法。
【請求項7】
前記材料が鋼管である請求項6に記載の材料の製造特性決定方法。
【請求項8】
材料の強度グレード、対数変換した硫化水素分圧、対数変換したNaCl濃度、pHを含むSSC試験条件を入力とし、腐食環境における前記材料の予測したSSC試験結果を出力とする、硫化物応力腐食割れ予測モデル。
【請求項9】
硫化物応力腐食割れ予測モデルと、材料の強度グレード、硫化水素分圧、NaCl濃度及び予測する環境のpHを含むSSC試験条件と、を読み込む情報読取部と、
読み込まれた前記硫化物応力腐食割れ予測モデルに、読み込まれた前記SSC試験条件を前記硫化水素分圧及び前記NaCl濃度を対数変換したうえで入力して、腐食環境における前記材料のSSC試験結果を予測する硫化物応力腐食割れ予測部と、
予測されたSSC試験結果を出力する結果出力部と、を備える、硫化物応力腐食割れ予測装置。
【請求項10】
前記入力データは、さらに過去のSSC試験に供した材料の旧オーステナイト粒径、介在物個数密度を含む、請求項1又は2に記載の硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法、硫化物応力腐食割れ予測方法、材料の製造特性決定方法、硫化物応力腐食割れ予測モデル及び硫化物応力腐食割れ予測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、原油価格の高騰、石油資源の枯渇という観点から、従来関心が低かった、いわゆるサワー環境下にある油田、ガス田等の開発が盛んになっている。このような油田、ガス田は、一般に深度が極めて深く、またその雰囲気も高温でかつCO、Cl、さらにHSを含む厳しい腐食環境となっている。このような環境下で使用される油井用鋼管には、所望の高強度及び優れた耐硫化物応力腐食割れ性を兼ね備えることが要求される。
【0003】
硫化物応力腐食割れは、引張応力を付与された材料が、硫化水素を含有する環境に晒され、材料が腐食(全面腐食及び局部腐食)することにより発生した水素が、鋼中に侵入することで材料を脆化させる現象である。以下、硫化物応力腐食割れをSSC(Sulfide Stress Cracking)と称することがある。硫化物応力腐食割れは、特定の材料、環境、応力の3要素が重なった条件で発生することが知られている。材料因子として、材料の強度などが重要な因子であると考えられている。また、環境要因として、塩化物イオン濃度、pH、硫化水素分圧が重要な因子であると考えられている。
【0004】
ある油田、ガス田等において油井用鋼管が使用可能であるかどうかは、その油田、ガス田等の環境を模擬した試験(SSC試験)をあらかじめ実験室にて行い、その合否をもって判断することが多い。非特許文献1は、SSC試験の試験規格を示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】NACE TM0177-2016, Laboratory Testing of Metals for Resistance to SSC and SCC in H2S
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、油田、ガス田等の環境因子は様々である。そのため、油井用鋼管の使用可能環境を特定するために、環境因子を種々変化させてSSC試験を実施する必要があり、試験を完了するのに多くの時間、費用を要するという問題があった。
【0007】
かかる事情に鑑みてなされた本開示の目的は、腐食環境における材料の耐SSC性を高精度に予測可能にする硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法、硫化物応力腐食割れ予測方法、材料の製造特性決定方法、硫化物応力腐食割れ予測モデル及び硫化物応力腐食割れ予測装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本開示の一実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法は、
過去のSSC試験における供試材の強度グレード、対数変換した硫化水素分圧、対数変換したNaCl濃度、pHを含む過去のSSC試験条件を入力データとし、前記入力データに対する過去のSSC試験結果を出力データとする学習用データを機械学習させて、腐食環境におけるSSC試験結果を予測する硫化物応力腐食割れ予測モデルを生成する。
【0009】
(2)本開示の一実施形態として、(1)において、
前記機械学習の手法は、ロジスティック回帰であり、
前記硫化物応力腐食割れ予測モデルは、ロジスティック回帰により構築された予測モデルである。
【0010】
(3)本開示の一実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測方法は、
(1)又は(2)の硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法により生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルに、前記腐食環境における前記強度グレード、前記対数変換した硫化水素分圧、前記対数変換したNaCl濃度、前記pHを含むSSC試験条件を入力して、前記腐食環境におけるSSC試験結果を予測する。
【0011】
(4)本開示の一実施形態として、(1)又は(2)において、
前記入力データは、さらに過去のSSC試験における供試材のPIを含む。
【0012】
(5)本開示の一実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測方法は、
(4)の硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法により生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルに、前記腐食環境における前記強度グレード、前記対数変換した硫化水素分圧、前記対数変換したNaCl濃度、前記pH、前記供試材のPIを含むSSC試験条件を入力して、前記腐食環境におけるSSC試験結果を予測する。
【0013】
(6)本開示の一実施形態に係る材料の製造特性決定方法は、
(5)の硫化物応力腐食割れ予測方法によって前記腐食環境におけるSSC試験結果が予測された材料について、前記材料のPIが変更されて材料の化学組成が決定される。
【0014】
(7)本開示の一実施形態として、(6)において、
前記材料が鋼管である。
【0015】
(8)本開示の一実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測モデルは、
材料の強度グレード、対数変換した硫化水素分圧、対数変換したNaCl濃度、pHを含むSSC試験条件を入力とし、腐食環境における前記材料の予測したSSC試験結果を出力とする。
【0016】
(9)本開示の一実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測装置は、
硫化物応力腐食割れ予測モデルと、材料の強度グレード、硫化水素分圧、NaCl濃度及び予測する環境のpHを含むSSC試験条件と、を読み込む情報読取部と、
読み込まれた前記硫化物応力腐食割れ予測モデルに、読み込まれた前記SSC試験条件を前記硫化水素分圧及び前記NaCl濃度を対数変換したうえで入力して、腐食環境における前記材料のSSC試験結果を予測する硫化物応力腐食割れ予測部と、
予測されたSSC試験結果を出力する結果出力部と、を備える。
【0017】
(10)本開示の一実施形態として、(1)、(2)又は(4)において、
前記入力データは、さらに過去のSSC試験に供した材料の旧オーステナイト粒径、介在物個数密度を含む。
【発明の効果】
【0018】
本開示によれば、腐食環境における材料の耐SSC性を高精度に予測可能にする硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法、硫化物応力腐食割れ予測方法、材料の製造特性決定方法、硫化物応力腐食割れ予測モデル及び硫化物応力腐食割れ予測装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、硫化物応力腐食割れ予測装置の構成例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して本開示の一実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法、硫化物応力腐食割れ予測方法、材料の製造特性決定方法、硫化物応力腐食割れ予測モデル及び硫化物応力腐食割れ予測装置が説明される。
【0021】
図1には、本実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法及び硫化物応力腐食割れ予測方法を実行する、硫化物応力腐食割れ予測装置1の概略構成が示されている。
【0022】
硫化物応力腐食割れ予測装置1は、硫化物応力腐食割れ予測モデルを生成し、生成された予測モデルを用いて腐食環境における鋼管等の材料の耐SSC性について予測を行うものである。
【0023】
硫化物応力腐食割れ予測装置1は、演算装置2と、入力装置8と、記憶装置9と、出力装置10と、を備えるコンピューターシステムである。演算装置2は、RAM3、ROM4及び演算処理部5を備える。RAM3、ROM4、演算処理部5、入力装置8、記憶装置9及び出力装置10は、バス11によって接続されている。演算装置2と、入力装置8と、記憶装置9と、出力装置10とは、バス11による相互接続の態様に限らず、無線によって接続されてよく、あるいは有線と無線とを組み合わせた態様で接続されてよい。
【0024】
入力装置8は、例えば、キーボード、ペンタブレット、タッチパッド、マウス等であり、本システムのオペレータによって種々の情報が入力される入力ポートとして機能する。入力装置8には、例えば、鋼管の強度グレード、予測したい環境のpH、NaCl濃度、硫化水素分圧が入力される。
【0025】
また、記憶装置9は、例えば、ハードディスクドライブ、半導体ドライブ、光学ドライブ等で構成され、本システムにおいて必要な情報を記憶する装置である。記憶装置9は、後述する硫化物応力腐食割れ予測モデルを記憶する。また、記憶装置9は、硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部6の機能実現に必要な情報として、例えば、過去のSSC試験を行った際の鋼管の強度グレード、環境のpH、NaCl濃度、硫化水素分圧を入力データとし、この入力データに対する過去のSSC試験結果を出力データとした学習用データを記憶する。
【0026】
出力装置10は、演算装置2からのデータを出力する出力ポートとして機能する。出力装置10は、例えば、後述する硫化物応力腐食割れ予測部72で予測されたSSC試験結果の情報を出力する。出力装置10は、例えば、液晶ディスプレイ、有機ディスプレイ等の任意のディスプレイを備えることで、出力データに基づく画像を表示可能である。
【0027】
演算装置2は、上記のように、RAM3と、ROM4と、演算処理部5と、を備えている。ROM4は、硫化物応力腐食割れ予測モデル生成プログラム41を記憶している。演算処理部5は、演算処理機能を有し、RAM3及びROM4とバス11により接続されている。また、RAM3、ROM4及び演算処理部5は、上記のように、バス11を介して入力装置8、記憶装置9及び出力装置10にも接続されている。
【0028】
演算処理部5は、機能ブロックとして、硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部6を備えている。硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部6は、記憶装置9に記憶された学習用データを機械学習させて、硫化物応力腐食割れ予測モデルを生成する。本実施形態において、機械学習の手法はロジスティック回帰であることが好ましい。硫化物応力腐食割れ予測モデルは、ロジスティック回帰により構築された予測モデルであることが好ましい。また、機械学習の手法はロジスティック回帰に限定されるものでなく、例えばニューラルネットワーク、決定木などが用いられてよい。
【0029】
ここで、硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部6は、機能ブロックとして、学習用データ取得部61と、前処理部62と、モデル生成部63と、結果保存部64と、を備えている。硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部6は、入力装置8から入力された硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成指令を受けた場合に、ROM4に記憶されている硫化物応力腐食割れ予測モデル生成プログラム41を実行し、学習用データ取得部61、前処理部62、モデル生成部63及び結果保存部64の各機能を実行する。学習用データ取得部61、前処理部62、モデル生成部63及び結果保存部64の各機能が実行される度に、硫化物応力腐食割れ予測モデルは更新される。
【0030】
学習用データ取得部61、前処理部62、モデル生成部63及び結果保存部64の各機能の実行処理が、本実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法に対応する。本実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法は、過去のSSC試験における供試材(過去のSSC試験に供した材料)の強度グレード、対数変換した硫化水素分圧、対数変換したNaCl濃度、pHを含む過去のSSC試験条件を入力データとし、入力データに対する過去のSSC試験結果を出力データとする学習用データを機械学習させて、腐食環境におけるSSC試験結果を予測する硫化物応力腐食割れ予測モデルを生成することを特徴とする。変換に用いられる対数は、例えば常用対数であってよいし、自然対数であってよい。対数の底が限定されるものでないが、底は1を越える範囲であることが好ましい。機械学習方法としてロジスティック回帰を用いる場合に、底が1を越える範囲であれば、底の値に依らず全く同じ予測結果となる。底を大きくしても予測結果は変わらないうえ、計算機のメモリを不必要に消費することになるため、底が10の308乗を上限とすることが好ましい。
【0031】
ここで、図1の硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部6における矢印は各機能の実行処理の流れを示す。また、本実施形態において、供試材は製造された鋼管から取得されたとする。ここで、鋼管は材料(鋼材料)の一例であって、製品として製造される。製造される製品は鋼管に限定されるものではなく、薄鋼板、厚鋼板、棒鋼等の鋼製品のほか、硫化物応力腐食割れ性を考慮する必要がある金属などの材料を対象とすることができる。
【0032】
まず、学習用データ取得部61は、記憶装置9に記憶された、過去のSSC試験を行った鋼管の強度グレード、環境における硫化水素分圧、NaCl濃度、pHを入力データとし、入力データに対する過去のSSC試験結果を出力データとする学習用データを取得する処理を行う。各学習用データは、入力データと出力データの組からなる。
【0033】
また、前処理部62は、学習用データ取得部61が取得した学習用データを、硫化物応力腐食割れ予測モデル生成用に加工する。具体的には、前処理部62は、過去のSSC試験条件のうちのNaCl濃度、硫化水素分圧を、対数変換する。本実施形態において、前処理部62は、強度グレード、対数変換した硫化水素分圧、対数変換したNaCl濃度、pHを、ロジスティック回帰モデルに読み込ませるために、0~1の間で標準化(正規化)を行う。また、本実施形態において、前処理部62は、出力データである過去のSSC試験結果を、不合格の場合に0に、合格の場合に1に置き換える。
【0034】
モデル生成部63は、前処理部62によって前処理が実行された学習用データを機械学習させて、硫化物応力腐食割れ予測モデルを生成する処理を行う。本実施形態において、硫化物応力腐食割れ予測モデルは、上記のように、ロジスティック回帰により構築された予測モデルである。すなわち、モデル生成部63は、硫化物応力腐食割れ予測モデル生成用に加工された学習用データである入力実績データ(過去のSSC試験条件のデータ)と出力実績データ(過去のSSC試験結果のデータ)とを結び付ける硫化物応力腐食割れ予測モデルとしてのロジスティック回帰モデルを作成する。
【0035】
このように、モデル生成部63は、ロジスティック回帰モデルに用いられるハイパーパラメータの設定を行うと共に、それらハイパーパラメータを用いたロジスティック回帰モデルによる学習を行う。ハイパーパラメータとして通常、正則化項が設定されるが、これに限定されない。
【0036】
演算処理部5は、機能ブロックとして、硫化物応力腐食割れ予測演算部7を備えている。硫化物応力腐食割れ予測演算部7は、硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部6によって生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルに、腐食環境における(すなわち予測対象とする)鋼管の強度グレード、環境のpH、NaCl濃度、硫化水素分圧を入力して、腐食環境での鋼管のSSC試験結果を予測する。
【0037】
ここで、硫化物応力腐食割れ予測演算部7は、機能ブロックとして、情報読取部71と、硫化物応力腐食割れ予測部72と、結果出力部73と、を備えている。硫化物応力腐食割れ予測演算部7は、入力装置8から入力された硫化物応力腐食割れ予測の実行指令を受けた場合に、ROM4に記憶されているプログラムを実行し、情報読取部71、硫化物応力腐食割れ予測部72及び結果出力部73の各機能を実行する。情報読取部71、硫化物応力腐食割れ予測部72及び結果出力部73の各機能は、硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部6によって生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルが記憶装置9に記憶された後のタイミングで実行される。
【0038】
情報読取部71、硫化物応力腐食割れ予測部72及び結果出力部73の各機能の実行処理が、本実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測方法に対応する。本実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測方法は、上記の硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法により生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルに、予測したい腐食環境における、鋼管の強度グレード、対数変換した硫化水素分圧、対数変換したNaCl濃度、pHを含むSSC試験条件を入力して、その腐食環境におけるSSC試験結果を予測することを特徴とする。ここで、図1の硫化物応力腐食割れ予測演算部7における矢印は各機能の実行処理の流れを示す。
【0039】
情報読取部71は、硫化物応力腐食割れ予測モデル、鋼管の強度グレード、環境のpH、NaCl濃度、硫化水素分圧を読み込む処理を行う。本実施形態において、情報読取部71は、記憶装置9から硫化物応力腐食割れ予測モデルを読み取る。また、情報読取部71は、入力装置8から入力された鋼管の強度グレード、環境のpH、NaCl濃度、硫化水素分圧を読み取る。本実施形態において、硫化水素分圧及びNaCl濃度は、対数変換されたものが用いられる。硫化水素分圧及びNaCl濃度は、例えば入力装置8において対数変換されてから情報読取部71に出力されてよいし、例えば情報読取部71において対数変換されてよい。
【0040】
硫化物応力腐食割れ予測部72は、情報読取部71によって読み取られた強度グレード、対数変換した硫化水素分圧、対数変換したNaCl濃度、pHを含むSSC試験条件を予測モデルに入力して、SSC試験結果を予測する処理を行う。ここで、ロジスティック回帰により構築された硫化物応力腐食割れ予測モデルに入力データを入力すると0~1の値が出力される。硫化物応力腐食割れ予測部72は、予測モデルから出力された値が0.5以上の場合に、SSC試験が合格であると予測する。硫化物応力腐食割れ予測部72は、予測モデルから出力された値が0.5未満の場合に、SSC試験が不合格であると予測する。
【0041】
結果出力部73は、硫化物応力腐食割れ予測部72によって予測されたSSC試験結果(合格又は不合格)を出力装置10に出力する処理を行う。結果出力部73は、SSC試験結果を記憶装置9に記憶させる処理も行う。
【0042】
以上のように、本実施形態に係る硫化物応力腐食割れ予測モデルの生成方法、硫化物応力腐食割れ予測方法、材料の製造特性決定方法、硫化物応力腐食割れ予測モデル及び硫化物応力腐食割れ予測装置は、上記の工程及び構成によって、腐食環境における材料の耐SSC性を高精度に予測することができる。
【0043】
本開示は、上記の実施形態に限定されずに種々の変更、改良を行うことができる。例えば、入力データは、鋼管の強度グレード、環境のpH、対数変換したNaCl濃度、対数変換した硫化水素分圧を含むが、さらに他のSSC試験条件のうち少なくとも1つを含んでよい。他のSSC試験条件は、例えば鋼管のPI(Pitting Index)、降伏強度、引張強度、硬さ、環境の試験温度、CO2濃度などである。ここで、PIはCr+3.3(Mo+0.5W)であらわされる孔食発生指数である。孔食発生指数の式中のCr、Mo及びWは、鋼管等の材料が含有するCr、Mo及びWの濃度(質量%)である。例えば入力データは、旧オーステナイト粒径(μm)、介在物個数密度(個/mm)を含んでよい。
【0044】
また、機械学習の手法はロジスティック回帰に限定されるものでなく、例えばニューラルネットワーク、決定木などが用いられてよい。
【0045】
(実施例)
以下、本開示の手法の効果を実施例に基づいて具体的に説明するが、本開示はこれら実施例に限定されるものではない。
【0046】
(第1の実施例)
本開示の手法の効果を検証すべく、表1及び表2に示す条件でSSC試験結果が予測されて、実際のSSC試験結果との比較が行われた。
【0047】
表3に示す成分組成の溶鋼が真空溶解炉で溶製されて、鋳片が得られた。得られた鋳片が熱間加工されて、表4に示す二水準の条件で熱処理が行われ、95及び110ksi級の強度グレードで作り分けられた。次いで、得られた鋼材から、試験片素材が切り出された。各試験片素材を用いて、以下に説明する方法で、引張特性、耐SSC性の測定がそれぞれ行われた。
【0048】
<引張特性の評価>
焼入れ-焼戻処理を施された試験片素材から、JIS(Japanese Industrial Standards)14A号引張試験片(Φ6.0mm)が採取され、JIS Z2241:2011の規定に準拠して引張試験が実施され、表5に示すような引張特性(降伏強さYS、引張強さTS)が求められた。ここでは、降伏強さYSが655MPa以上、758MPa未満のものを95ksi級とし、758MPa以上、896MPa未満のものを110ksi級とした。
【0049】
<耐SSC性の評価>
SSC試験(硫化物応力割れ試験)は、NACE TM0177 Method Aに準拠して実施した。
【0050】
試験環境は、表1及び表2に従い、試験温度を25℃、浸漬時間を720時間として、降伏応力の90%を負荷応力として試験を実施した。ここでは、試験後の試験片に割れが発生しない場合を合格とし、試験後の試験片に割れが発生した場合を不合格とした。
【0051】
(予測モデルの生成)
表5に示す強度グレードが95ksi級、110ksi級の鋼材から試験片を採取し、SSC試験を実施した。NaCl濃度は0.165%~20%であった。pHは3~4.5であった。硫化水素分圧は0.001~0.04MPaであった。実施したSSC試験の個数は40個であり、そのうち27個が合格、13個が不合格であった。これらの40個のデータを用いて、強度グレード(ksi)、NaCl濃度(質量%)、pH、硫化水素分圧(MPa)を説明変数として、ロジスティック回帰により、硫化物応力腐食割れ予測モデルが生成された。
【0052】
表1に示す実施例では、上記の実施形態のように生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルに、強度グレード(ksi)、対数変換したNaCl濃度(log(質量%))、pH、対数変換した硫化水素分圧(log(MPa))を入力して、SSC試験結果を予測した。本実施例において、常用対数への変換が行われた。その結果、硫化物応力腐食割れ予測モデルによるSSC試験結果予測は、実際の試験結果と一致した。ここで、表1、表2及び表8において、試験結果と予測とが一致する場合が「〇」で、不一致の場合が「×」で示されている。
【0053】
一方、表2に示す比較例では、同一のSSC試験結果を用いて、強度グレード(ksi)、NaCl濃度(質量%)、pH、硫化水素分圧(MPa)を入力データとして、硫化物応力腐食割れ予測モデルを生成し、SSC試験を行っていない鋼管の強度グレード(ksi)、NaCl濃度(質量%)、pH、硫化水素分圧(MPa)を入力して、SSC試験結果を予測した。つまり、NaCl濃度及び硫化水素分圧について、対数変換は行われなかった。その結果、硫化物応力腐食割れ予測モデルによるSSC試験結果予測は、実際の試験結果と一致しなかった。
【0054】
実施例として説明したように、上記の実施形態の手法では、SSC試験の予測結果が実験結果と一致し、予測精度が高いことが確認された。これは、NaCl及び硫化水素のSSC試験結果への寄与が高濃度になるほど緩やかになると考えられ、このような傾向を含めて上記の実施形態の手法によって適切に予測できるためと考えられる。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
【表5】
【0060】
(第2の実施例)
本開示の手法の効果を検証すべく、過去のSSC試験結果を用いて、PI、強度グレード(ksi)、NaCl濃度(質量%)、pH、硫化水素分圧(MPa)を入力データとして、上記の実施形態のように硫化物応力腐食割れ予測モデルが生成された。ここで、PIはCr+3.3(Mo+0.5W)であらわされる。Cr、Mo、Wは鋼中の含有量(質量%)である。
【0061】
その後、予測モデルを用いて、「強度グレード:110ksi、NaCl:5質量%、pH:3.5、硫化水素分圧:0.005MPa」の条件で、SSC試験に合格するために必要なPIが計算された。その結果、本条件に合格するために必要なPIは、21.05であると予測された。
【0062】
表6に示すように、PIがSSC試験に合格する値よりも低い鋼Aと、PIがSSC試験に合格する値よりも高い鋼Bが真空溶解炉で溶製され、鋳片が得られた。得られた鋳片が熱間加工されて、表7に示す二水準の条件で熱処理が行われ、110ksi級の強度グレードとされた。次いで、得られた鋼材から、試験片素材が切り出された。試験片素材から耐SSC性評価用に試験片が加工されて、表8に示す条件で、SSC試験が実施された。その結果、PIがSSC試験に合格する値よりも低い鋼Aは、予測された通り、SSC試験に不合格であった。また、PIがSSC試験に合格する値よりも高い鋼Bは、予測された通り、SSC試験に合格した。
【0063】
このように、与えられた条件のSSC試験に合格するために必要なPIを精度よく予測し、必要に応じてPIを変更することによって、SSC試験環境における最適な鋼材の化学組成を決定することができることが確認された。このように最適な鋼材の化学組成を決定することは、鋼管の製造工程の一部として適用されて、鋼管の製造特性決定方法として使用され得る。
【0064】
【表6】
【0065】
【表7】
【0066】
【表8】
【0067】
(第3の実施例)
本開示の手法の効果を検証すべく、表9及び表10に示すようにSSC試験結果が予測されて、実際のSSC試験結果との比較が行われた。鋼C及び鋼Dは、上記の鋼A、鋼Bと異なる種類の鋼である。
【0068】
表11に示す成分組成の溶鋼が真空溶解炉で溶製されて、鋳片が得られた。得られた鋳片が熱間加工されて、表12に示す二水準の条件で熱処理が行われ、95及び110ksi級の強度グレードで作り分けられた。次いで、得られた鋼材から、試験片素材が切り出された。各試験片素材を用いて、引張特性、旧オーステナイト粒径、介在物個数密度、耐SSC性の測定がそれぞれ行われた。旧オーステナイト粒径と介在物個数密度の測定方法は以下のとおりである。
【0069】
<旧オーステナイト粒径の評価>
旧オーステナイト粒径の測定試料は、鋼管管端の周方向任意の1箇所より管長手方向に直交する断面の管外面から肉厚の1/2の位置から採取した。採取した試料について、EBSD(Electron BackScatter Diffraction)で観察をおこなったのち、旧オーステナイト粒の逆解析ソフトウェアを使用し、EBSDの観察データから旧オーステナイト粒の再構築が行われた。得られた旧オーステナイト粒再構築像について、管円周方向に300μmの直線を500μm間隔で3本引き、切断法により、平均の旧オーステナイト粒径(旧オーステナイト平均粒径)が測定された。本実施例において、旧オーステナイト粒径として平均値が用いられたが、別の統計的な代表値(例えば中央値)などが用いられてもよい。
【0070】
<介在物個数密度の評価>
焼入れ-焼戻処理を施された試験片素材から、試験片が作製され、介在物の分析が行われた。介在物の分析用に、鋼管管端の周幅方向の任意の1箇所より管肉厚方向に直交する断面の走査型電子顕微鏡(SEM)用試料として、管外表面から肉厚の1/4の位置、3/4の位置から50mmの領域が採取された。採取したそれぞれの試料について、SEM観察により介在物がそれぞれ同定された。長径が2μm以上である介在物の単位面積あたりの個数がカウントされ、介在物個数密度とされた。ここで、長径が2μm以上である介在物の判別は、SEMの反射電子像によるコントラストを二値化して介在物の外周部を定義し、介在物の外周部から長径を測定することにより行った。
【0071】
試験環境は、表9及び表10に従い、試験温度を25℃、浸漬時間を720時間として、降伏応力の90%を負荷応力として試験を実施した。ここでは、試験後の試験片に割れが発生しない場合を合格とし、試験後の試験片に割れが発生した場合を不合格とした。
【0072】
(予測モデルの生成)
表12に示す強度グレードが110ksi級の鋼材から試験片を採取し、SSC試験を実施した。NaCl濃度は0.165%~20%であった。pHは2.8~5.0であった。硫化水素分圧は0.005~0.1MPaであった。実施したSSC試験の個数は142個であり、そのうち63個が合格、79個が不合格であった。これらの142個のデータを用いて、強度グレード(ksi)、NaCl濃度(質量%)、pH、硫化水素分圧(MPa)、旧オーステナイト粒径(μm)、介在物個数密度(個/mm)を説明変数として、ロジスティック回帰により、硫化物応力腐食割れ予測モデルが生成された。
【0073】
表9に示す実施例では、上記の実施形態のように生成された硫化物応力腐食割れ予測モデルに、強度グレード(ksi)、対数変換したNaCl濃度(log(質量%))、pH、対数変換した硫化水素分圧(log(MPa))、旧オーステナイト粒径(μm)、介在物個数密度(個/mm)を入力して、SSC試験結果を予測した。その結果、硫化物応力腐食割れ予測モデルによるSSC試験結果予測は、実際の試験結果と一致した。ここで、試験結果と予測とが一致する場合が「〇」で、不一致の場合が「×」で示されている。
【0074】
一方、表10に示す比較例では、同一のSSC試験結果を用いて、強度グレード(ksi)、対数変換したNaCl濃度(質量%)、pH、対数変換した硫化水素分圧(MPa)を入力データとして、硫化物応力腐食割れ予測モデルを生成し、SSC試験を行っていない鋼管の強度グレード(ksi)、NaCl濃度(質量%)、pH、硫化水素分圧(MPa)を入力して、SSC試験結果を予測した。つまり、旧オーステナイト粒径(μm)、介在物個数密度(個/mm)は予測モデルの生成には使用されなかった。その結果、硫化物応力腐食割れ予測モデルによるSSC試験結果予測は、実際の試験結果と一致しなかった。
【0075】
実施例として説明したように、旧オーステナイト粒径(μm)、介在物個数密度(個/mm)を予測モデルに入れることで、予測精度が上昇することが示された。
【0076】
【表9】
【0077】
【表10】
【0078】
【表11】
【0079】
【表12】
【符号の説明】
【0080】
1 硫化物応力腐食割れ予測装置
2 演算装置
3 RAM
4 ROM
5 演算処理部
6 硫化物応力腐食割れ予測モデル生成部
7 硫化物応力腐食割れ予測演算部
8 入力装置
9 記憶装置
10 出力装置
11 バス
41 硫化物応力腐食割れ予測モデル生成プログラム
61 学習用データ取得部
62 前処理部
63 モデル生成部
64 結果保存部
71 情報読取部
72 硫化物応力腐食割れ予測部
73 結果出力部
図1