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特許7560006プロジェクション溶接継手及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】プロジェクション溶接継手及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/14 20060101AFI20240925BHJP
   B23K 11/16 20060101ALI20240925BHJP
   B23K 11/24 20060101ALI20240925BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240925BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
B23K11/14 310
B23K11/16
B23K11/24 315
C22C38/00 301R
C22C38/00 301T
C22C38/00 301Z
C22C38/60
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2024542407
(86)(22)【出願日】2024-04-24
(86)【国際出願番号】 JP2024016151
【審査請求日】2024-07-17
(31)【優先権主張番号】P 2023071102
(32)【優先日】2023-04-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 玲子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼島 克利
【審査官】山内 隆平
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-50280(JP,A)
【文献】特開2010-116592(JP,A)
【文献】特許第7020597(JP,B1)
【文献】国際公開第2023/047840(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/14
B23K 11/16
B23K 11/24
C22C 38/00
C22C 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、突起部を有するナットと、が前記突起部を介してプロジェクション溶接されてなるプロジェクション溶接継手であって、
前記鋼板が、質量%で、
C :0.05~0.50%、
Si:0.1~2.0%、
Mn:1.5~4.0%、
P :0.10%以下、
S :0.005%以下、
N :0.010%以下、及び
O :0.030%以下
を含み、さらに任意で、
Al:2.00%以下、
B :0.0050%以下、
Ca:0.005%以下、
Cr:1.00%以下、
Cu:0.80%以下、
Ni:1.00%以下、
Mo:1.00%以下、
Ti:0.200%以下、
V :0.500%以下、
Nb:0.080%以下、
Sb:0.200%以下、及び
Sn:0.200%以下
からなる群から選択される少なくとも一つの元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
前記鋼板における以下の定義に従う領域cの最小硬さHvc(HV)と、前記鋼板の母材硬さHvm(HV)とが、以下の式(1)を満足する、プロジェクション溶接継手。
Hvc/Hvm≦0.85 ・・・(1)
前記領域cは、前記プロジェクション溶接継手の、前記ナットの中心線を含み、かつ、前記鋼板と前記ナットとの接合部の中心を通る断面において、以下のように特定する。前記ナットの前記鋼板と接する内周面側の端点をA、外周面側の端点をB、前記断面における鋼板の板厚をt(mm)として、点Aから前記鋼板の板厚方向に0.20mm及び2/3tだけ移動した前記鋼板の内部の点をそれぞれA1及びA2とし、点Bから前記鋼板の板厚方向に0.20mm及び2/3tだけ移動した前記鋼板の内部の点をそれぞれB1及びB2として、点A1、点B1、点B2、及び点A2を結んで形成される長方形の内部を前記領域cとする。
【請求項2】
鋼板と、突起部を有するナットと、を前記突起部を介してプロジェクション溶接して、プロジェクション溶接継手を製造する方法であって、
前記鋼板が、質量%で、
C :0.05~0.50%、
Si:0.1~2.0%、
Mn:1.5~4.0%、
P :0.10%以下、
S :0.005%以下、
N :0.010%以下、及び
O :0.030%以下
を含み、さらに任意で、
Al:2.00%以下、
B :0.0050%以下、
Ca:0.005%以下、
Cr:1.00%以下、
Cu:0.80%以下、
Ni:1.00%以下、
Mo:1.00%以下、
Ti:0.200%以下、
V :0.500%以下、
Nb:0.080%以下、
Sb:0.200%以下、及び
Sn:0.200%以下
からなる群から選択される少なくとも一つの元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
前記プロジェクション溶接が、
電流値I(kA)で通電時間t(ms)の間通電して、前記鋼板と前記ナットとの接合部を形成する主通電工程と、
以下の式(2)を満たす非通電時間tc1(ms)の非通電期間を設ける非通電工程と、
以下の式(3)を満たす電流値I(kA)で、以下の式(4)を満たす通電時間t(ms)の間通電する第1の後通電工程と、
以下の式(5)を満たす電流値I(kA)で、以下の式(6)を満たす通電時間t(ms)の間通電する第2の後通電工程と、
を有するプロジェクション溶接継手の製造方法。
800<tc1 ・・・(2)
1.10I≦I≦1.80I ・・・(3)
50≦t≦200 ・・・(4)
≦0.70I ・・・(5)
300≦t≦1000 ・・・(6)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板と突起部を有するナットとが当該突起部を介してプロジェクション溶接されてなるプロジェクション溶接継手及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車車体には、燃費改善のための軽量化及び衝突安全性の確保の観点から、種々の高強度鋼板(ハイテン)の適用が進められてきた。また、自動車組立工程において、抵抗スポット溶接が使用できない場合は、アーク溶接やボルト締結が使用されている。さらに、ボルト締結は、鋼板とアルミ等の異種材料との接合においても多く使用されている。ボルト締結では、プロジェクション部(突起部)を有するナットと、鋼板とをプロジェクション溶接(抵抗溶接)し、その後に他の板をボルトで締結して組み立てを行う。
【0003】
プロジェクション溶接の品質保証の一つとして、押し込み剥離強度(単に剥離強度とも言う)が挙げられる。近年の鋼板の高強度化に伴い、鋼板とナットとの接合部が脆化しやすくなるため剥離強度を確保することが難しくなるという課題がある。さらに、鋼板の高強度化に伴い、遅れ破壊、すなわち水素脆化感受性が高くなることも課題となっている。また、鋼板表面の防錆油やめっき層などの影響により、溶接部に水素が取り込まれ、遅れ破壊が生じやすくなるという課題もあった。
【0004】
特許文献1には、接合部とナット又はボルトの呼び径部との面積比率が所定の関係を満たし、接合部及び熱影響部の硬さの最大値が550HV以下であるプロジェクション溶接継手が記載されている。さらに、特許文献1には、プロジェクション溶接の際に加圧力を上げることで高い接合強度が得られることが報告されている。また、特許文献2には、プロジェクション溶接後に溶接時の電流値よりも低い電流値で後通電を行い接合部の焼戻しを行うことで、高い接合強度が得られることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-157900号公報
【文献】特開2013-78784号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の方法では、高強度鋼板をプロジェクション溶接する場合に、剥離強度の低下や遅れ破壊が発生する課題があり、改善の余地があった。
【0007】
上記課題を鑑みて、本発明は、剥離強度及び耐遅れ破壊特性を向上させた、プロジェクション溶接継手及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、以下の知見を得た。高強度鋼板は、従来の鋼板よりも炭素含有量が高く接合部が脆化しやすいため、プロジェクション溶接継手の剥離強度が低下する。高強度鋼板を用いたプロジェクション溶接継手の剥離強度を向上させるためには、溶接するナットと鋼板との接合面を軟化させることで応力集中を緩和することが有効である。また、遅れ破壊は、破壊起点となる接合部の硬さや、接合部に存在する偏析や介在物の影響が一因となる。そのため、遅れ破壊を抑制するためには、接合部の硬化を防ぐこと、及び残留応力を減らすことが有効である。特に、鋼板のナットとの境界付近及び接合部の一部を含む領域を領域cとして、領域cの硬度を低下させることにより、耐遅れ破壊特性を向上させることができる。これは、領域cの硬度を軟化させることで、領域cの靭性が向上し、さらに残留応力が低減することにより、遅れ破壊が生じにくくなるためである。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
【0010】
[1]鋼板と、突起部を有するナットと、が前記突起部を介してプロジェクション溶接されてなるプロジェクション溶接継手であって、
前記鋼板が、質量%で、
C :0.05~0.50%、
Si:0.1~2.0%、
Mn:1.5~4.0%、
P :0.10%以下、
S :0.005%以下、
N :0.010%以下、及び
O :0.030%以下
を含み、さらに任意で、
Al:2.00%以下、
B :0.0050%以下、
Ca:0.005%以下、
Cr:1.00%以下、
Cu:0.80%以下、
Ni:1.00%以下、
Mo:1.00%以下、
Ti:0.200%以下、
V :0.500%以下、
Nb:0.080%以下、
Sb:0.200%以下、及び
Sn:0.200%以下
からなる群から選択される少なくとも一つの元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
前記鋼板における以下の定義に従う領域cの最小硬さHvc(HV)と、前記鋼板の母材硬さHvm(HV)とが、以下の式(1)を満足する、プロジェクション溶接継手。
Hvc/Hvm≦0.85 ・・・(1)
前記領域cは、前記プロジェクション溶接継手の、前記ナットの中心線を含み、かつ、前記鋼板と前記ナットとの接合部の中心を通る断面において、以下のように特定する。前記ナットの前記鋼板と接する内周面側の端点をA、外周面側の端点をB、前記断面における鋼板の板厚をt(mm)として、点Aから前記鋼板の板厚方向に0.20mm及び2/3tだけ移動した前記鋼板の内部の点をそれぞれA1及びA2とし、点Bから前記鋼板の板厚方向に0.20mm及び2/3tだけ移動した前記鋼板の内部の点をそれぞれB1及びB2として、点A1、点B1、点B2、及び点A2を結んで形成される長方形の内部を前記領域cとする。
【0011】
[2]鋼板と、突起部を有するナットと、を前記突起部を介してプロジェクション溶接して、プロジェクション溶接継手を製造する方法であって、
前記鋼板が、質量%で、
C :0.05~0.50%、
Si:0.1~2.0%、
Mn:1.5~4.0%、
P :0.10%以下、
S :0.005%以下、
N :0.010%以下、及び
O :0.030%以下
を含み、さらに任意で、
Al:2.00%以下、
B :0.0050%以下、
Ca:0.005%以下、
Cr:1.00%以下、
Cu:0.80%以下、
Ni:1.00%以下、
Mo:1.00%以下、
Ti:0.200%以下、
V :0.500%以下、
Nb:0.080%以下、
Sb:0.200%以下、及び
Sn:0.200%以下
からなる群から選択される少なくとも一つの元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
前記プロジェクション溶接が、
電流値I(kA)で通電時間t(ms)の間通電して、前記鋼板と前記ナットとの接合部を形成する主通電工程と、
以下の式(2)を満たす非通電時間tc1(ms)の非通電期間を設ける非通電工程と、
以下の式(3)を満たす電流値I(kA)で、以下の式(4)を満たす通電時間t(ms)の間通電する第1の後通電工程と、
以下の式(5)を満たす電流値I(kA)で、以下の式(6)を満たす通電時間t(ms)の間通電する第2の後通電工程と、
を有するプロジェクション溶接継手の製造方法。
800<tc1 ・・・(2)
1.10I≦I≦1.80I ・・・(3)
50≦t≦200 ・・・(4)
≦0.70I ・・・(5)
300≦t≦1000 ・・・(6)
【発明の効果】
【0012】
本発明は、剥離強度及び耐遅れ破壊特性を向上させたプロジェクション溶接継手を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態で用いるナットの、中心線を含む断面図である。
図2】本発明の一実施形態に係るプロジェクション溶接継手の、ナットの中心線を含み、かつ、鋼板とナットとの接合部の中心を通る部分断面図である。
図3】本発明の一実施形態で用いる(a)突起部が3つ設けられているナット、(b)突起部が4つ設けられているナットの上面図である。
図4】本発明の一実施形態に係るプロジェクション溶接継手の断面の、領域c及び領域cにおける硬さ計測点を示した図である。
図5】本発明の一実施形態に係るプロジェクション溶接継手の断面の、母材硬さHvmの測定領域30及び当該領域30における硬さ計測点を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るプロジェクション溶接継手及びその製造方法の実施形態を説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明を具体化した一例であって、その具体例をもって本発明の構成を限定するものではない。
【0015】
[鋼板]
まず、本発明に係るプロジェクション溶接継手における、鋼板の成分組成について説明する。なお、以下の説明において、成分組成の「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を指すものとする。
【0016】
C:0.05~0.50%
Cは鋼板の強化に寄与する元素である。鋼板のC含有量が0.05%未満では、鋼板の強度が低くなり、引張強度780MPa以上の鋼板を製作することは極めて困難となる。したがって、鋼板のC含有量は0.05%以上とする。鋼板のC含有量は、0.10%以上とすることが好ましい。一方、鋼板のC含有量が0.50%を超えると、鋼板の強度は高くなるものの、硬質なマルテンサイト量が過大となり、マイクロボイドが増加する。さらに、接合部が過度に硬化し、脆化も進むため、剥離強度を向上させることが困難となる。したがって、鋼板のC含有量は0.50%以下とする。鋼板のC含有量は0.45%以下とすることが好ましい。
【0017】
Si:0.1~2.0%
鋼板のSi含有量が0.1%以上であると、鋼板の強化に有効に作用する。また、Siはフェライト生成元素であることから、接合部の端部におけるフェライトの生成に優位に働く。したがって、鋼板のSi含有量は0.1%以上とする。鋼板のSi含有量は、0.2%以上とすることが好ましい。一方、鋼板のSi含有量が2.0%を超えると、鋼板は強化されるものの、靱性に悪影響を与えることがある。したがって、鋼板のSi含有量は2.0%以下とする。Si含有量は、1.8%以下とすることが好ましい。
【0018】
Mn:1.5~4.0%
Mn含有量が1.5%以上であると、長時間の冷却を与えずとも高い剥離強度を得ることができる。したがって、鋼板のMn含有量は1.5%以上とする。鋼板のMn含有量は、2.0%以上とすることが好ましい。一方、鋼板のMn含有量が4.0%を超えると、溶接部の脆化あるいは脆化に伴う割れが顕著に現れるため、剥離強度を向上させることが困難となる。したがって、鋼板のMn含有量は4.0%以下とする。鋼板のMn含有量は、3.5%以下とすることが好ましい。
【0019】
P:0.10%以下
Pは不可避的不純物であるが、鋼板のP含有量が0.10%を超えると、溶接部の接合部の端部に強偏析が現れるため剥離強度を向上させることは困難である。したがって、鋼板のP含有量は0.10%以下とする。鋼板のP含有量は、0.05%以下であることが好ましく、0.02%以下とすることがより好ましい。なお、鋼板のP含有量の下限は特に限定されない。ただし、過度の低減はコストの増加を招くので、鋼板のP含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
【0020】
S:0.005%以下
Sは、粒界に偏析して鋼板を脆化させる元素であり、不可避的に含まれる元素である。また、鋼板のS含有量が0.005%を超えると、硫化物と鋼板の局部変形能を低下させる。したがって、鋼板のS含有量は0.005%以下とする。鋼板のS含有量は、0.004%以下であることが好ましく、0.003%以下とすることがより好ましい。なお、鋼板のS含有量の下限は特に限定されない。ただし、過度の低減はコストの増加を招くので、鋼板のS含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0021】
N:0.010%以下
Nは不可避的に含まれる元素であり、鋼板のN含有量が0.010%を超えると、鋼板の耐時効性を劣化させる。したがって、鋼板のN含有量は0.010%以下とする。鋼板のN含有量は、0.008%以下とすることが好ましい。なお、鋼板のN含有量の下限は特に限定されない。ただし、過度の低減はコストの増加を招くので、鋼板のN含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0022】
O:0.030%以下
鋼板のO含有量が0.030%を超えると、非金属介在物を生成し、鋼板の清浄度、靭性を劣化させる。したがって、鋼板のO含有量は0.030%以下とする。鋼板のO含有量は0.020%以下とすることが好ましい。なお、鋼板のO含有量の下限は特に限定されない。ただし、過度の低減はコストの増加を招くので、鋼板のO含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
【0023】
本発明で用いる鋼板は、上記成分組成に加え、必要に応じて、Al、B、Ca、Cr、Cu、Ni、Mo、Ti、V、Nb、Sb、及びSnから選択される1種又は2種以上の元素を加えることができる。また、成分組成の残部はFe及び不可避的不純物である。
【0024】
Al:2.00%以下
Alは、オーステナイト細粒化のため組織制御をすることができる元素であるが、多量に添加すると靭性が劣化する。したがって、Alを添加する場合、Al含有量は2.00%以下とする。Al含有量は1.50%以下とすることが好ましい。また、Al含有量の下限は特に限定されないが、Alの添加による作用を十分に得る観点から、Al含有量は、0.01%以上とすることが好ましく、1.20%以上とすることがより好ましい。
【0025】
B:0.0050%以下
Bは、焼入れ性を改善して鋼板を強化することができる元素であるが、多量に添加するとその効果は飽和する。したがって、Bを添加する場合、B含有量は0.0050%以下とする。B含有量は0.0010%以下とすることが好ましい。また、B含有量の下限は特に限定されないが、Bの添加による作用を十分に得る観点から、B含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。
【0026】
Ca:0.005%以下
Caは、鋼板の加工性向上に寄与することができる元素であるが、多量に添加すると靭性が劣化する。したがって、Caを添加する場合、Ca含有量は0.005%以下とする。Ca含有量は0.004%以下とすることが好ましい。また、Ca含有量の下限は特に限定されないが、Caの添加による作用を十分に得る観点から、Ca含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0027】
Cr:1.00%以下
Crは、焼入れ性の向上により鋼板の強度を向上させることができる元素であるが、多量に添加すると接合部の靱性が劣化する恐れがある。したがって、Crを添加する場合、Cr含有量は1.00%以下とする。Cr含有量は0.80%以下とすることが好ましい。また、Cr含有量の下限は特に限定されないが、Crの添加による作用を十分に得る観点から、Cr含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
【0028】
Cu:0.80%以下
Cuは、鋼板の強度向上に寄与することができる元素であるが、多量に添加すると靭性が劣化する。したがって、Cuを添加する場合、Cu含有量は0.80%以下とする。Cu含有量は0.60%以下とすることが好ましい。また、Cu含有量の下限は特に限定されないが、Cuの添加による作用を十分に得る観点から、Cu含有量は0.006%以上とすることが好ましい。
【0029】
Ni:1.00%以下
Niは、鋼板の強度向上に寄与することができる元素であるが、多量に添加すると靭性が劣化する。したがって、Niを添加する場合、Ni含有量は1.00%以下とする。Ni含有量は、0.80%以下とすることが好ましい。また、Ni含有量の下限は特に限定されないが、Niの添加による作用を十分に得る観点から、Ni含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
【0030】
Mo:1.00%以下
Moは、鋼板の強度向上に寄与することができる元素であるが、多量に添加すると靭性が劣化する。したがって、Moを添加する場合、Mo含有量は1.00%以下とする。Mo含有量は0.80%以下とすることが好ましい。また、Mo含有量の下限は特に限定されないが、Moの添加による作用を十分に得る観点から、Mo含有量は0.006%以上とすることが好ましい。
【0031】
Ti:0.200%以下
Tiは、焼入れ性を改善して鋼板を強化することができる元素であるが、多量に添加すると炭化物を形成し、その析出硬化によって靭性が著しく劣化する。したがって、Tiを添加する場合、Ti含有量は0.200%以下とする。Ti含有量は0.150%以下とすることが好ましい。また、Ti含有量の下限は特に限定されないが、Tiの添加による作用を十分に得る観点から、Ti含有量は0.003%以上とすることが好ましい。
【0032】
V:0.500%以下
Vは、析出硬化により組織制御をして鋼を強化することができる元素であるが、多量に添加すると接合部の靱性の劣化につながる。したがって、Vを添加する場合、V含有量は0.500%以下とする。V含有量は0.300%以下とすることが好ましい。また、V含有量の下限は特に限定されないが、Vの添加による作用を十分に得る観点から、V含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
【0033】
Nb:0.080%以下
Nbは微細な炭窒化物を形成することで抵抗溶接後の十字引張強度及び耐遅れ破壊特性を向上させることができる元素であるが、多量に添加すると、伸びが著しく低下するだけでなく、靭性を著しく損ねる。したがって、Nbを添加する場合、Nb含有量は0.080%以下とする。Nb含有量は、0.070%以下とすることが好ましく、0.060%以下であることがより好ましい。また、Nb含有量の下限は特に限定されないが、Nbの添加による作用を十分に得る観点から、Nb含有量は、0.005%以上とすることが好ましい。
【0034】
Sb:0.200%以下
Sbは鋼板表面の窒化や酸化を抑制することができる元素であるが、多量に添加すると靭性が低下する。したがって、Sbを添加する場合、Sb含有量は0.200%以下とする。また、Sb含有量の下限は特に限定されないが、Sbの添加による作用を十分に得る観点から、Sb含有量は0.002%以上とすることが好ましい。
【0035】
Sn:0.200%以下
Snは鋼板表面の窒化や酸化を抑制することができる元素であり、Snを添加することで材質が安定するが、多量に添加すると靭性が低下する。したがって、Snを添加する場合、Sn含有量は0.200%以下とする。また、Sn含有量の下限は特に限定されないが、Snの添加による作用を十分に得る観点から、Sn含有量は0.002%以上とすることが好ましい。
【0036】
上記の成分組成を有する鋼板は、引張強度が980MPa以上であることが好ましく、1180MPa以上であることがより好ましい。しかし、鋼板の引張強度が980MPa以上である場合、炭素含有量が高くなるため、従来のプロジェクション溶接を行った場合、接合部が脆化しやすくなり押し込み剥離強度が低下するという課題がある。本発明によれば、引張強度が980MPa以上の高強度鋼板であっても、領域cの硬さを軟化させることにより、応力集中が緩和されることで剥離強度が低下することを抑制することができる。さらに、領域cの残留応力を低減させることで、プロジェクション溶接部の剥離強度が向上し、耐遅れ破壊特性を向上することができる。なお、引張強度が980MPa未満の鋼板を使用した場合も、上記の効果は得られる。一方、鋼板の引張強度の上限は特に限定されないが、引張強度は概ね2000MPa以下となる。
【0037】
鋼板の板厚は一般的な自動車用鋼板を対象とする観点から、0.8mm~2.3mmとすることが好ましい。
【0038】
本発明で用いる鋼板は、鋼板の表面にめっき層を有していてもよく、例えば亜鉛めっき層を有する鋼板(亜鉛めっき鋼板)であってもよい。亜鉛めっき層とは、公知の亜鉛めっき層を含み、溶融亜鉛めっき層、電気亜鉛めっき層、Zn-Alめっき層及びZn-Ni層等が含まれる。また、本発明で用いる鋼板は、亜鉛めっき処理を施した後に合金化処理を施し、合金化亜鉛めっき層を有する鋼板としてもよい。なお、亜鉛めっき層は、鋼板の片面のみに施されていてもよく、両面に施されていてもよい。
【0039】
[ナット]
本発明で用いるナットは、突起部を有するナットとする。図1に、本発明の一実施形態で用いるナット10の、中心線12を含む断面を示す。ナット10は、中心線12に垂直な面14に突起部16を有する。図1においては、中心線12に垂直な面14に、中心線12を回転軸として180°間隔で対称的に2点の突起部16が設けられている。なお、突起部16は、中心線12を回転軸として対称的に3点又は4点設けられていてもよい。ナット10及び突起部16の形状は、例えば、JIS B 1196:2010に記載されている四角溶接ナット(1C形)及び各種の突起形状をそれぞれ採用してもよい。
【0040】
ナットの成分組成は特に制限するものではないが、例えばS25C(JIS G4051)を採用してもよい。特に、ナットの成分組成におけるC含有量が0.05質量%以上であると、領域cの硬さが好適に得られる。したがって、ナットのC含有量は、0.05質量%以上であることが好ましく、0.07質量%以上であることがより好ましい。一方、ナットの成分組成におけるC含有量が0.40質量%以下であると、領域cの硬さが好適に得られる。したがって、ナットのC含有量は、0.40質量%以下であることが好ましく、0.38質量%以下であることがより好ましい。
【0041】
本発明で用いるナットの中心線に垂直な面に、突起部が3つ以上設けられている場合、後述するプロジェクション溶接の際に、突起部と鋼板との接触位置が3箇所以上となり、当たりの状態を好適に安定させることができる。したがって、本発明で用いるナットの中心線に垂直な面に設けられている突起部の数は、3以上であることが好ましい。一方、本発明で用いるナットの中心線に垂直な面に、突起部が4つ以下設けられている場合、プロジェクション溶接の際に、当たりの弱い突起部が発生して入熱がアンバランスとなることを好適に防ぎ、接合部の強度が低下することを好適に抑制できる。したがって、本発明で用いるナットの中心線に垂直な面に設けられている突起部の数は、4以下であることが好ましい。
【0042】
[プロジェクション溶接継手]
本発明に係るプロジェクション溶接継手は、上述した鋼板とナットとを、ナットの突起部を介してプロジェクション溶接されてなり、鋼板とナットとの接合部が形成されてなるプロジェクション溶接継手である。ここで、「鋼板とナットとの接合部」とは、鋼板とナットが溶融接合あるいは固相接合により接合された部分であり、ナットの突起部に由来する部分である。
【0043】
本発明に係るプロジェクション溶接継手は、鋼板における以下の定義に従う領域cの最小硬さHvc(HV)と、鋼板の母材硬さHvm(HV)とが、以下の式(1)を満足することを特徴とする。
Hvc/Hvm≦0.85 ・・・(1)
【0044】
図2に本発明の一実施形態に係るプロジェクション溶接継手100の、ナット10の中心線12を含み、かつ、鋼板20とナット10との接合部の中心を通る断面を示す。ナット10の鋼板20と接する内周面側の端点をA、外周面側の端点をB、当該断面における鋼板の板厚をt(mm)とする。点Aから鋼板20の板厚方向に0.20mm及び2/3tだけ移動した鋼板20の内部の点をそれぞれA1及びA2とし、点Bから鋼板20の板厚方向に0.20mm及び2/3tだけ移動した鋼板20の内部の点をそれぞれB1及びB2として、点A1、点B1、点B2、及び点A2を結んで形成される長方形の内部を領域cとする。なお、図2には母材硬さHvmの測定領域30も図示している。
【0045】
接合部はナットの突起部に由来するものであるため、接合部の中心は、ナットの突起部の中心であった位置に対応する。図3に、本発明の一実施形態で用いる(a)突起部16が3つ設けられているナット10A、(b)突起部16が4つ設けられているナット10Bの上面図を示す。図3に示す切断線は、ナットの中心線と突起部16の中心を通る線である。鋼板とナットとをプロジェクション溶接した後、図3に示す切断線に沿ってプロジェクション溶接継手を切断することで、図2に示すような断面が得られる。
【0046】
領域cの最小硬さHvcと、鋼板の母材硬さHvmとの比Hvc/Hvmが0.85以下であると、領域cが十分に軟化されているため、押し込み剥離強度及び耐遅れ破壊特性が向上する。したがって、本発明に係るプロジェクション溶接継手のHvc/Hvmは、0.85以下とする。Hvc/Hvmは、0.83以下であることが好ましく、0.80以下であることがより好ましい。一方、Hvc/Hvmが0.55以上である場合、領域cを好適に焼戻すことができる。したがって、Hvc/Hvmは、0.55以上であることが好ましい。
【0047】
領域cの最小硬さHvcは、次のようにして求める。図4に、領域cを拡大した図を示す。領域cにおいて、硬さ計測点32は、点B2から点B1の方向に0.10mm又は0.30mm移動した点から、鋼板の板厚方向に垂直な方向に0.20mmピッチで設定されている。領域cの硬さ計測点32それぞれにおいて、JIS Z 2244(2020年)に準拠して、測定荷重300gfを圧子にて15秒負荷し、ビッカース硬さを測定する。得られた測定結果のうち、最も低い値を、領域cの最小硬さHvcとする。
【0048】
領域cの最小硬さHvcは、250HV以上であると、領域cを軟化することによる応力集中の緩和が好適に得られる。よって、領域cの最小硬さHvcは、250HV以上であることが好ましい。一方、領域cの最小硬さHvcは、650HV以下であると、領域cを軟化させることによる応力集中の緩和が好適に得られる。よって、領域cの最小硬さHvcは、650HV以下であることが好ましい。
【0049】
鋼板の母材硬さHvmは、次のようにして求める。図2に示すように、プロジェクション溶接継手100の断面において、点Bから鋼板20の表面が形成する線上に7.00mmだけ移動した点をC1とする。点C1からさらに鋼板20の表面が形成する線上に0.60mmだけ移動した点をC2、点C2から鋼板20の板厚方向に0.60mmだけ移動した鋼板20の内部の点をC3、点C1から鋼板20の板厚方向に0.60mmだけ移動した鋼板20の内部の点をC4とする。点C1、点C2、点C3、及び点C4を結んで形成される正方形の内部を母材硬さHvmの測定領域30とする。点C1を点Bから7.00mm離れた点としたのは、溶接時の熱影響を受けないようにするためである。図5に、母材硬さHvmの測定領域30を拡大した図を示す。硬さ計測点32は、点C1から鋼板20の板厚方向に0.20mmだけ移動した点から、鋼板の板厚方向及び板厚方向と垂直な方向に0.20mmピッチで設定されている。図5に示す合計9点の硬さ計測点32において、JIS Z 2244(2020年)に準拠して、測定荷重300gfを圧子にて15秒負荷し、それぞれビッカース硬さを測定して、得られた平均の値を母材硬さHvmとする。なお、以上のとおり、鋼板の母材硬さHvmはその断面で測定しているため、めっき層の有無は影響しない。
【0050】
鋼板の母材硬さHvmは、400HV以上であると、領域cにおいて軟化の効果を好適に得られる。よって、鋼板の母材硬さHvmは、400HV以上であることが好ましい。一方、鋼板の母材硬さHvmは、700HV以下であると、領域cにおいて軟化の効果を好適に得られる。よって、鋼板の母材硬さHvmは、700HV以下であることが好ましく、650HV以下であることがより好ましい。
【0051】
[プロジェクション溶接継手の製造方法]
本発明に係るプロジェクション溶接継手の製造方法は、鋼板と、突起部を有するナットと、を前記突起部を介してプロジェクション溶接して、プロジェクション溶接継手を製造する方法である。そして、鋼板が前述の成分組成を有し、プロジェクション溶接が、電流値I(kA)で通電時間t(ms)の間通電して、鋼板とナットとの接合部を形成する主通電工程と、以下の式(2)を満たす非通電時間tc1(ms)の非通電期間を設ける非通電工程と、以下の式(3)を満たす電流値I(kA)で、以下の式(4)を満たす通電時間t(ms)の間通電する第1の後通電工程と、以下の式(5)を満たす電流値I(kA)で、以下の式(6)を満たす通電時間t(ms)の間通電する第2の後通電工程と、を有する製造方法である。
800<tc1 ・・・(2)
1.10I≦I≦1.80I ・・・(3)
50≦t≦200 ・・・(4)
≦0.70I ・・・(5)
300≦t≦1000 ・・・(6)
【0052】
[主通電工程]
主通電工程とは、鋼板とナットとの接合部を形成する工程である。主通電工程では、電流値Iで通電時間tの間通電して接合部を形成する。なお、接合部を形成することができれば、以下に記載する主通電工程の条件は特に限定されない。
【0053】
主通電工程の電流値Iが7.0kA以上であると、鋼板とナットとを好適に接合できる。電流値Iが7.0kA未満である場合、鋼板とナットとを接合した後、接合部中心を切断して顕微鏡で断面を確認すると、鋼板とナットとの間に隙間が観察される場合が多い。したがって、主通電工程の電流値Iは、7.0kA以上であることが好ましく、8.0kA以上であることがより好ましい。一方、電流値Iが30.0kA以下であると、接合部が拡大しすぎて、散りとしてナットの外側に溶融金属が飛び出てしまい、ナットのプロジェクション部が完全に潰れた形となって接合部として機能しなくなることを、好適に防ぐことができる。したがって、電流値Iは、30.0kA以下であることが好ましく、28.0kA以下であることがより好ましい。
【0054】
主通電工程の通電時間tが70ms以上であると、接合部が好適に安定して得られる。したがって、主通電工程の通電時間tは、70ms以上であることが好ましく、100ms以上であることがより好ましく、160ms以上であることがさらに好ましい。一方、通電時間tが500ms以下であると、接合部が拡大しすぎて、散りとしてナットの外側に溶融金属が飛び出てしまい、ナットのプロジェクション部が完全に潰れた形となり接合部として機能しなくなることを、好適に防ぐことができる。したがって、主通電工程の通電時間tは、500ms以下であることが好ましく、400ms以下であることがより好ましい。
【0055】
主通電工程の加圧力が3.0kN以上であると、通電径が好適な大きさであり、散りが発生することを好適に防ぐことができる。したがって、主通電工程の加圧力は、3.0kN以上であることが好ましく、3.5kN以上であることがより好ましい。一方、主通電工程の加圧力が6.0kN以下であると、通電径が拡大することを好適に防ぎ、接合部を好適に確保できる。したがって、主通電工程の加圧力は、6.0kN以下であることが好ましく、5.5kN以下であることがより好ましい。なお、加圧力は、使用する装置能力によって制限される場合があるため、必要とする接合部径が得られるように適宜調整して良い。
【0056】
[第1の非通電工程及び第1の後通電工程]
主通電工程後は、プロジェクション溶接継手において、特に領域cに対して、軟化処理を行う。具体的には、主通電工程後、非通電工程、第1の後通電工程、第2の後通電工程を行う。領域cを軟化させて、剥離試験時の応力集中を緩和し、及び残留応力を低減させることで、遅れ破壊を回避することができる。
【0057】
第1の非通電工程においては、軟化の効果を得るために、プロジェクション溶接継手を冷却し、領域cの温度を十分下げるようにする。
【0058】
第1の非通電工程では、式(2)に示す冷却時間tc1(ms)の間、無通電状態を保持することで溶接部を冷却する。
800<tc1 ・・・(2)
第1の非通電工程の冷却時間tc1が800ms以下の場合、領域cにおいて十分に軟化させることができない。これにより、後続の過程を行っても、領域cは脆化した組織となるため、押し込み剥離試験時に応力集中が起こりやすく、き裂が進展しやすくなる。したがって、冷却時間tc1は800ms超えとする。冷却時間tc1は、好ましくは850ms以上とし、より好ましくは900ms以上とする。一方、冷却時間tc1が長い場合は、処理時間の増加を招く。したがって、冷却時間tc1は2500ms以下であることが好ましい。
【0059】
第1の非通電工程に続いて、第1の後通電工程を行う。領域cを適切な温度域に昇温する通電を行う。上記の「適切な温度域」とは、領域cの硬さを軟化させるための温度域を指す。第1の後通電工程では、以下の式(3)を満たす電流値I(kA)で、以下の式(4)を満たす通電時間t(ms)の間通電する。
1.10I≦I≦1.80I ・・・(3)
50≦t≦200 ・・・(4)
【0060】
本発明者らは、主通電工程と同等若しくはそれ以上の電流値で第1の後通電工程を行うことで、領域cを軟化させることができることを知見した。後通電工程により、領域cが軟化されて硬さが低下することで、押し込み剥離試験時に領域cに加わる応力集中を緩和することが可能となる。
【0061】
第1の後通電工程の電流値Iが1.10I未満の場合、領域cを効果的に軟化させることができない。したがって、第1の後通電工程の電流値Iは、1.10I以上とし、1.20I以上とすることが好ましい。一方、第1の後通電工程の電流値Iが、1.80Iを超える場合、領域cの温度がAc3点(フェライトからオーステナイトへの変態が完了する温度)を超えてしまう可能性が高く、脆化する。その結果、接合部の靭性が得られない。したがって、第1の後通電工程の電流値Iは、1.80I以下とし、1.70I以下であることが好ましい。
【0062】
上述のように、第1の後通電工程は、短時間で急速に温度を上げるため、昇温過程の通電時間tは、50ms以上とする。通電時間tは、60ms以上であることが好ましい。一方、通電時間tが200msを超えると、領域cの温度がAc3点を超えてしまう可能性がある。したがって、通電時間tは200ms以下とし、180ms以下であることが好ましい。
【0063】
本発明に係るプロジェクション溶接は、第1の後通電工程の後に、以下の式(5)を満たす電流値I(kA)で、以下の式(6)を満たす通電時間t(ms)の間通電する第2の後通電工程を行う。第2の後通電工程を行うことで、領域cの軟化をより効果的に行うことができ、残留応力を低減して応力集中を緩和しやすくなる。
≦0.70I ・・・(5)
300≦t≦1000 ・・・(6)
【0064】
第2の後通電工程の電流値Iが0.70I超えの場合、領域cの軟化をより効果的に行うために適切な温度制御を行うことができない。したがって、第2の後通電工程の電流値Iは、0.70I以下とし、0.65I以下とすることが好ましく、0.60I以下とすることがより好ましい。一方、第2の後通電工程の電流値Iが、0.15I以上の場合、領域cの軟化による応力集中の緩和が好適に得られる。したがって、第2の後通電工程の電流値Iは、0.15I以上とすることが好ましく、0.20I以上とすることがより好ましい。
【0065】
第2の後通電工程は領域cの軟化を行うための工程であり、通電時間tが300ms以上であると軟化を効果的に行うことができる。したがって、第2の後通電工程の通電時間tは300ms以上とし、350ms以上であることが好ましく、400ms以上であることがより好ましい。一方、通電時間tが1000msを超えると温度が上昇してしまい、再度融点付近まで温度上昇してしまう可能性がある。したがって、第2の後通電工程の通電時間tは1000ms以下とし、900ms以下であることが好ましい。
【0066】
第2の後通電工程に続けて、さらに非通電工程及び後通電工程を繰り返し行ってもよい。非通電工程及び後通電工程を繰り返すことで、領域bを軟化させる効果が大きくなるため好ましい。一方、非通電工程及び後通電工程の繰り返し回数が大きすぎると効果が飽和するため、当該工程の繰り返し回数は、10回未満が好ましく、4回未満がより好ましい。
【0067】
以上説明したように、本発明のプロジェクション溶接方法は、後熱処理工程の溶接条件を適切に制御することによって、領域cを軟化することで、応力集中を緩和し、また残留応力を低減することができる。すなわち、この溶接方法により得られるプロジェクション溶接継手は、押し込み剥離強度を向上させることができる。そのため、鋼板の成分組成としてCを比較的多く含有する鋼板、具体的には上述のように引張強度が980MPa以上かつC含有量が0.05~0.50質量%の高強度鋼板を溶接する場合でも、剥離強度をより向上させることができる。
【0068】
なお、本明細書に記載されていない工程、条件については定法を使用することができる。
【実施例
【0069】
本発明の実施例として、鋼板とナットをプロジェクション溶接してプロジェクション溶接継手を作製した。試験片には、引張強度が780MPa~1800MPaで、かつ板厚が1.0~1.8mmの鋼板(鋼板A~鋼板M)を使用した。表1に使用した鋼板A~鋼板Mの引張強度(TS)、板厚、成分組成を示す。なお、表1に記載の成分組成の残部はFe及び不可避的不純物であり、「-」はその元素の含有量が検出下限値以下であることを示す。
【0070】
試験片として、各鋼板の冷延鋼板又はGA鋼板(合金化溶融亜鉛めっき鋼板)を用意した。試験片のサイズは、長辺:50mm、短辺:50mmとし、試験片の中央に直径11mmの孔をあけた。また、ナットの中心線に対称的に120°間隔で3点の突起部が設けられているM8溶接用ナットを準備した。試験片の孔の中心とナットのねじ孔の中心とが一致するように交流溶接機にセットし、表2に示す溶接条件で溶接し、溶接体を得た。上記M8溶接用ナットの鋼種は、S25C(JIS G4051)とした。抵抗溶接の条件は、溶接ガンに取付けられたサーボモータ加圧式で単相交流(50Hz)の抵抗溶接機を用いて溶接を行うものとし、プロジェクション溶接継手を作製した。なお、使用した一対の電極チップは、平型30mmφの電極とした。得られたプロジェクション溶接継手のナット穴にボルトを固定し、ボルト締結試験片を作製した。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
得られたプロジェクション溶接継手及びボルト締結試験片について、以下に記載の方法で母材及び領域cの硬さ、剥離強度、耐遅れ破壊特性を測定した。
【0074】
[硬さの評価]
母材及び領域cの硬さの測定は、次のように行った。プロジェクション溶接継手を、ナットの中心線を含み、かつ、鋼板とナットとの接合部の中心を通る位置で切断して試験片とし、試験片を超音波洗浄した後に樹脂埋めを行い、サンプルを得た。得られたサンプルの板厚断面を研磨し、ピクリン酸溶液を用いてエッチングを行った。エッチング後のサンプルの板厚断面において、上述したように硬さ測定を行い、表2に結果を示した。表2中の「硬さ判定」の欄には、硬さ測定結果が式(1)を満たす場合(すなわち、Hvc/Hvm≦0.85を満たす場合)は合格として「○」、式(1)を満たさない場合は不合格として「×」を記載した。
【0075】
[剥離強度評価]
得られたボルト締結試験片を用いて、JIS B1196:2010に準拠した押込剥離試験によってナットが鋼板から剥離する際の最大荷重を測定し、この測定値を剥離強度(kN)とした。本発明では、JIS B1196:2010の下限値(3.73kN)を剥離強度の基準とし、3.73kN未満の場合に、剥離強度が劣るとして「×」と評価し、3.73kN以上6.00kN未満の場合は従来と同等の剥離強度として「△」と評価し、6.00kN以上の場合は剥離強度が優れるとして「○」と評価した。表2に測定した剥離強度及びその評価結果を示す。
【0076】
[耐遅れ破壊特性評価]
プロジェクション溶接継手を24時間静置した後に、接合部を切断し、樹脂埋め込みを行った後、溶接部断面を観察した。断面を目視で確認し、遅れ破壊の発生有無を評価した。遅れ破壊が発生したものを「×」、遅れ破壊が発生しなかったものを「○」と評価した。
【0077】
表2に示すように、発明例のプロジェクション溶接継手は、優れた剥離強度及び耐遅れ破壊特性を備えた良好な溶接継手であった。これに対し、比較例では良好なプロジェクション溶接継手は得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、剥離強度及び耐遅れ破壊特性を向上させたプロジェクション溶接継手を提供できる。
【符号の説明】
【0079】
100 プロジェクション溶接継手
10 ナット
10A 突起部が3つ設けられているナット
10B 突起部が4つ設けられているナット
12 ナットの中心線
14 ナットの中心線に垂直な面
16 突起部
20 鋼板
30 母材硬さHvmの測定領域
32 硬さ計測点
【要約】
剥離強度及び耐遅れ破壊特性を向上させた、プロジェクション溶接継手及びその製造方法を提供する。本発明のプロジェクション溶接継手は、鋼板とナットとを有し、鋼板が所定の成分組成を有し、領域cの最小硬さHvc(HV)と、鋼板の母材硬さHvm(HV)とが、Hvc/Hvm≦0.85を満足する。領域cは、プロジェクション溶接継手の、ナットの中心線を含み、かつ、接合部の中心を通る断面において、以下のように特定する。ナットの鋼板と接する内周面側の端点をA、外周面側の端点をB、鋼板の板厚をt(mm)として、点Aから鋼板の板厚方向に0.20mm及び2/3tだけ移動した点をそれぞれA1及びA2とし、点Bから鋼板の板厚方向に0.20mm及び2/3tだけ移動した点をそれぞれB1及びB2として、点A1、点B1、点B2、及び点A2を結んで形成される長方形の内部を領域cとする。
図1
図2
図3
図4
図5