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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】電極室枠、及び電解槽
(51)【国際特許分類】
   C25B 9/19 20210101AFI20240925BHJP
   C25B 13/02 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
C25B9/19
C25B13/02 302
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019570720
(86)(22)【出願日】2019-02-01
(86)【国際出願番号】 JP2019003652
(87)【国際公開番号】W WO2019155997
(87)【国際公開日】2019-08-15
【審査請求日】2021-12-09
【審判番号】
【審判請求日】2023-09-29
(31)【優先権主張番号】P 2018022390
(32)【優先日】2018-02-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000108993
【氏名又は名称】株式会社大阪ソーダ
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田宮 克弘
(72)【発明者】
【氏名】大高 豊史
(72)【発明者】
【氏名】浅海 清人
【合議体】
【審判長】粟野 正明
【審判官】井上 猛
【審判官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-108280(JP,A)
【文献】特開2014-037586(JP,A)
【文献】特開2017-183198(JP,A)
【文献】特開2012-180537(JP,A)
【文献】特開2005-026104(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 9/19,13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
接着剤層、又は粘着剤層を具備することによりガスケットを電極室枠フランジ面に仮固定してなる電極室枠であって、
前記接着剤層に含まれる接着剤が、有機溶剤を含まない或いは有機溶剤を5質量%以下の量で含む接着剤であり、前記粘着剤層に含まれる粘着剤が、有機溶剤を含まない或いは有機溶剤を5質量%以下の量で含む粘着剤である電極室枠
【請求項2】
前記接着剤層又は粘着剤層に含まれる接着剤又は粘着剤が、ガスケットを劣化させない接着剤又はガスケットを劣化させない粘着剤である請求項に記載の電極室枠。
【請求項3】
前記接着剤層又は粘着剤層に含まれる接着剤又は粘着剤が、エポキシ樹脂系接着剤、シアノアクリレート系接着剤、ポリウレタン系接着剤、アクリル系接着剤、アクリル樹脂系接着剤、その他の反応系接着剤(ただし、エポキシ樹脂系接着剤、シアノアクリレート系接着剤、ポリウレタン系接着剤、アクリル系接着剤、アクリル樹脂系接着剤を除く)、変成シリコーン系接着剤、シリル化ウレタン系接着剤、アクリル系粘着剤、ウレタン系粘着剤、シリコーン系粘着剤から選択される少なくとも1種である請求項1又は2に記載の電極室枠。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の電極室枠により構成される電極室を具備する電解槽。
【請求項5】
ガスケットを電極室枠フランジ面に仮固定する工程(仮固定工程)を含む電極室枠又は電解槽の製造方法であって、
前記仮固定工程が、ガスケット及び/又は電極室枠フランジ面に接着剤、又は粘着剤を塗布する工程(塗布工程)を含み、
前記接着剤が、有機溶剤を含まない或いは有機溶剤を5質量%以下の量で含む接着剤であり、前記粘着剤が、有機溶剤を含まない或いは有機溶剤を5質量%以下の量で含む粘着剤である製造方法
【請求項6】
前記仮固定工程が、前記塗布工程と、ガスケット及び電極室枠フランジ面を前記接着剤又は粘着剤を介して接触させる工程とを含む請求項に記載の電極室枠又は電解槽の製造方法。
【請求項7】
更に、ガスケットをアルコール系溶剤、ケトン系溶剤、及び水から選択される溶剤で洗浄する工程(洗浄工程)を含み、該洗浄工程が前記仮固定工程の前に行われる請求項5又は6に記載の電極室枠又は電解槽の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工業電解に使用されるフィルタープレス式電解槽に関するものであり、特にイオン交換膜を使用してアルカリ金属塩の水溶液を電気分解する電解槽や水素発生を目的としたアルカリ水電解用電解槽に関する。
【背景技術】
【0002】
電気分解法を用いて、工業的に塩素、水素及び水酸化アルカリ化合物を製造する設備として、選択的に特定イオンを透過させるイオン交換膜を備えた電解槽が使用されている。当該電解槽は給電方法により単極式と複極式の2方式が存在するが、いずれもイオン交換膜を挟んで陽極及び陰極を備えた電極室を有する構造となっている。また、陽極と陰極の極間距離の関係により、ギャップ式、ナローギャップ式、ファイナイトギャップ式、ゼロギャップ式といった区別もあるが、いずれもイオン交換膜を挟んで陽極及び陰極を備えるという構成については同一である。製造目的物により陽極室及び陰極室に満たされる電解液が異なるが、アルカリ塩や水酸化アルカリ化合物の水溶液を用いることが一般的である。
【0003】
当該電解槽は電極室からの液漏れを防ぐためにイオン交換膜を挟んで陽極ガスケットと陰極ガスケットが備わっており、ガスケットには水、アルカリ塩、水酸化アルカリ化合物、次亜塩素酸化合物、塩素酸化合物などに対する耐薬品性が求められている。また、電気分解反応を効率よく行うために、加温運転を行う場合もあり、耐熱性も求められている。これらの条件を満たす軟質材料としてガスケットにはエチレン・プロピレン・ジエンゴム(EPDMゴム)等が用いられることが広く普及している(特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平5-9772号公報
【文献】特開2000-178780号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電解槽に使用されるイオン交換膜や電極は定期的な交換を必要とする部品であり、これらの部品交換の際にはガスケットを交換することが望まれる。電解槽に組み付けられるガスケットはイオン交換膜の性能維持のために、陽極側ガスケットと陰極側ガスケットには好ましい位置関係があり、電解槽型式によりガスケットを組み付ける規定位置は異なるが、規定位置に対し数mmの寸法公差範囲内で双方のガスケットを配置する必要がある。ガスケット位置関係が好ましくない状態で電解槽に通電するとイオン交換膜にブリスター状の損傷が発生し、電解性能の低下や電解槽内で発生したガスが混合して爆発する危険性が有った。
【0006】
フィルタープレス式電解槽の組立後及び操業中は一定圧力でガスケットが締め付けられており、ガスケット位置が容易に変動することは無いが、組立工程では、電極室枠を立てたり、裏返したりする作業を伴うため、組立作業中にガスケットが脱落する、又は規定位置から変動する。電極室枠は、電解槽の型式により異なるが、縦長1.3m×横長2.5m程度の大きさを持つものが多く、ガスケットもまた、縦1.3m×横2.5mの額縁状で幅20~50mm程度かつ厚み2~10mm程度の形状が一般的であり、電極室枠のフランジ面の規定位置に配置することは重要である。また、電解槽の電極室枠は金属製のものが多く、EPDMゴム等の軟質材料と電極室枠を構成する素材が異なる場合、温度による熱膨張率が異なるため、組立作業が冬季の場合と夏季の場合ではガスケットと電極室枠の寸法差が生じるため、季節変動を受けずにガスケットを規定位置に配置する必要がある。
【0007】
作業性、価格、入手のし易さなどの理由からガスケットは、ゴム糊として一般的に使用されている乾燥固化型クロロプレン系の接着剤により電極室枠のフランジ面に仮留めされることもあるが、接着剤に含まれる有機溶剤によりガスケットが反る等の変形が見られ、要求される規定位置との差(精度)が数mm(好ましくは±1~1.5mm)であることを考慮すると、規定位置に配置することができていなかった。また、更に接着剤に含まれる有機溶剤により、ガスケットが変質・劣化することで電解槽の液漏れやガスケット破断を引き起こす事象が発生している。
【0008】
本発明はガスケットを、組立・整備作業中に過度な変形を起こすことなく、性能劣化を招かず、かつ電極室枠のフランジ面の規定位置に留めることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、電解槽の組立・整備作業を行う際にガスケットを電極室枠のフランジ面に仮固定することで上記課題が解決することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
項1 ガスケットを電極室枠フランジ面に仮固定してなる電極室枠。
項2 接着剤層、又は粘着剤層を具備することにより前記仮固定をする項1に記載の電極室枠。
項3 前記接着剤層又は粘着剤層に含まれる接着剤又は粘着剤が、ガスケットを劣化させない接着剤又はガスケットを劣化させない粘着剤である項2に記載の電極室枠。
項4 前記接着剤層又は粘着剤層に含まれる接着剤又は粘着剤が、有機溶剤を含まない接着剤又は有機溶剤を含まない粘着剤である項2又は3に記載の電極室枠。
項5 前記接着剤層又は粘着剤層に含まれる接着剤又は粘着剤が、エポキシ樹脂系接着剤、シアノアクリレート系接着剤、ポリウレタン系接着剤、アクリル系接着剤、アクリル樹脂系接着剤、その他の反応系接着剤(ただし、エポキシ樹脂系接着剤、シアノアクリレート系接着剤、ポリウレタン系接着剤、アクリル系接着剤、アクリル樹脂系接着剤を除く)、変成シリコーン系接着剤、シリル化ウレタン系接着剤、アクリル系粘着剤、ウレタン系粘着剤、シリコーン系粘着剤から選択される少なくとも1種である項2~4いずれかに記載の電極室枠。
項6 項1~5いずれかに記載の電極室枠により構成される電極室を具備する電解槽。
項7 ガスケットを電極室枠フランジ面に仮固定する工程(仮固定工程)を含む電極室枠又は電解槽の製造方法。
項8 前記仮固定工程が、ガスケット及び/又は電極室枠フランジ面に接着剤、又は粘着剤を塗布する工程(塗布工程)を含む項7に記載の電極室又は電解槽の製造方法。
項9 前記仮固定工程が、前記塗布工程と、ガスケット及び電極室枠フランジ面を前記接着剤又は粘着剤を介して接触させる工程とを含む項8に記載の電極室枠又は電解槽の製造方法。
項10 更に、ガスケットをアルコール系溶剤、ケトン系溶剤、及び水から選択される溶剤で洗浄する工程(洗浄工程)を含み、該洗浄工程が前記仮固定工程の前に行われる項7~9いずれかに記載の電極室枠又は電解槽の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、電解槽の組立・整備作業中に、ガスケットが反りや波状の変形等の過度な変形を起こすことなく、性能劣化を招かず、かつ電極室枠のフランジ面の規定位置にガスケットを留めることができる。そのため、本発明によれば、ガスケット位置ずれによるイオン交換膜の損傷や、ガスケットの損傷による電解槽からの液漏れを起こさない電解槽を提供できる。
本発明の製造方法の仮固定工程は、少なくとも電解槽の組立・整備作業中にガスケットをフランジ面に固定することができていれば(一時的に固定できていれば)よく、ボルト等で恒常的に固定する方法と異なる。ボルト等で固定すると、その部材自身の劣化等により、ガスケットを劣化させることが考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、単極式電解槽の断面模式図である。
図2図2は、複極式電解槽の断面模式図である。
図3図3は、ガスケット模式図である。
図4図4は、電極室平面模式図である。
図5図5は、電解槽組立時の電解槽の断面の部分拡大模式図である。
図6図6は、EPDMゴムにエポキシ樹脂系接着剤(2液混合系)を塗布した例(左)、EPDMゴムにアクリル変成シリコーン系接着剤を塗布した例(中央)、EPDMゴムに乾燥固化型クロロプレン系接着剤を塗布した例(右)を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明においては、ガスケットを電極室枠のフランジ面に仮固定することで、作業環境の温度に影響されずにかつ電極室枠の裏返しや立てる作業においてもガスケットの位置ずれや脱落を防ぐことができる。本願において、仮固定とは、電解槽を組立・整備作業中にガスケットが反りや波状の変形等の過度な変形を起こすことなく、電極室枠フランジ面の規定位置にガスケットを配置した後、電解槽を組み立て終わるまでにガスケットの位置が変動しないように配置することを指しており、単に電極室枠に載せたガスケットが滑り落ちないように仮留めを行う行為とは区別をして使用する。また、仮固定では電解槽の操業期間中に固定能力が維持されている必要は無く、電解槽の操業中や、次回の電解槽解体時に電極室枠フランジ面からガスケットが簡単に剥がれる程度であってよい。
【0014】
(1)電極室枠
本発明の電極室枠では、電極室枠のフランジ面にガスケットが仮固定される。電極室枠は陽極、又は陰極を備えており、陽極を備える電極室枠を陽極室枠、陰極を備える電極室枠を陰極室枠と記載することができる。本発明の電極室枠は電解槽を作製後に電極室の壁面の一部となる部分を指す。
【0015】
(2)ガスケット
ガスケットの材料は、特に限定されず、種々の材料で構成できるが、シール性が高い弾力性のある材料であることが好ましい。
【0016】
ガスケットの材料の具体例としては、天然ゴム、イソプレンゴム、スチレン・ブタジエンゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、エチレン・プロピレンゴム(EPMゴム)、エチレン・プロピレン・ジエンゴム(EPDMゴム)、クロロプレンゴム、シリコーンゴム、フッ素ゴム、アクリルゴム、多孔質PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)等が挙げられる。それらの中でも、耐薬品性や硬度の観点から、エチレン・プロピレン・ジエンゴム(EPDMゴム)、エチレン・プロピレンゴム(EPMゴム)、及びこれらの架橋体から選ばれる1種であることが好ましい。架橋方法は、材料の種類に応じて、硫黄加硫、過酸化物架橋等の公知の方法を用いることができる。
【0017】
本発明のガスケットは電極室枠フランジ面に配置され、電解液やガスのリークを防止する。そのため、ガスケットには電気化学反応により電極室で発生したイオン種がイオン交換膜を透過するために電極面積と同程度の大きさの開口部が形成されている。通常、電解槽は正面視で長方形状であるため、ガスケットも長方形状の開口部を有する長方形状になっていることが好ましい。
【0018】
(3)仮固定
本発明の仮固定方法については、特に限定することがなく、粘着剤や接着剤を使用して、接着剤層、又は粘着剤層を具備することにより行うことができる。前記粘着剤、接着剤については、有機溶剤を実質的に含まない接着剤や有機溶剤を実質的に含まない粘着剤等が好ましく、これら接着剤又は粘着剤を基材テープの片面又は両面に積層したもの(テープ等)を使用することも好ましい。粘着剤とは、仮固定を行う際にも、仮固定後にも粘着性を維持しガスケット貼り付けや剥離を繰り返し可能な材料を指す。接着剤とは仮固定を行う際には流動性のある液状であり、仮固定後に一定時間経過すると固化する物を指す。本発明の仮固定は電解槽を組み立てる一時的な期間において、ガスケットを留めることが目的であるため、粘着剤、接着剤及びその双方の性質を持ち合わせているものでも使用できる。
【0019】
有機溶剤を実質的に含まない接着剤や有機溶剤を実質的に含まない粘着剤における有機溶剤の含有量は、例えば、5質量%以下、好ましくは3質量%以下、より好ましくは1質量%以下であり、0質量%であってもよい。有機溶剤を実質的に含まない接着剤や有機溶剤を実質的に含まない粘着剤は、有機溶剤以外の溶剤も実質的に含まない(例えば、5質量%以下、好ましくは3質量%以下、より好ましくは1質量%以下であり、0質量%であってもよい)ことが好ましく、無溶剤型の接着剤や無溶剤型の粘着剤であることが好ましい。
【0020】
有機溶剤を実質的に含まない接着剤としては、反応系接着剤が好ましく、エポキシ樹脂系接着剤(1液系・2液混合系)、シアノアクリレート系接着剤、ポリウレタン系接着剤、アクリル系接着剤、アクリル樹脂系接着剤、その他の反応系接着剤(ただし、エポキシ樹脂系接着剤、シアノアクリレート系接着剤、ポリウレタン系接着剤、アクリル系接着剤、アクリル樹脂系接着剤を除く)、エポキシ変成シリコーン系、アクリル変成シリコーン系等の変成シリコーン系接着剤、シリル化ウレタン系接着剤等が挙げられる。有機溶剤を実質的に含まない粘着剤としてはアクリル系粘着剤や、ウレタン系粘着剤、シリコーン系粘着剤が例示できる。有機溶剤を含む乾燥固化型接着剤は、有機溶剤がガスケットの物性変化を招くため好ましくない。好ましくない事象の例を以下に記載する。ガスケットの貼り付け作業中に有機溶剤を含む接着剤をガスケットに塗布した場合、有機溶剤がガスケットのゴムを膨潤させ、一時的に伸びやすくさせる効果が現れ、ガスケット製造寸法よりも伸びた状態で電極室枠フランジ面に位置あわせをすることになり、規定位置に調整することが困難な場合がある。一方で、電極室枠フランジ面に有機溶剤を含む接着剤でガスケットを仮留めした後に、接着剤に含まれる有機溶剤が乾燥してしまうと、膨潤したガスケットの収縮が起こり仮留めした位置からガスケットがずれることがあり、ガスケットの仮固定が不能と成る。更に、有機溶剤により、引張強さ低下等のガスケット物性が変化すると操業中にガスケットが破断したり、圧縮歪み変形によりシール性が低下することで電解槽から電解液が液漏れしたり、圧縮歪み変形により陽極ガスケットと陰極ガスケットの位置関係が変化してイオン交換膜を損傷させる恐れがあるため好ましくない。EPDMゴムにエポキシ樹脂系接着剤(2液混合系;有機溶剤を実質的に含まない)を塗布した例(左)、アクリル変成シリコーン系接着剤(有機溶剤を実質的に含まない)を塗布した例(中央)、乾燥固化型クロロプレン系接着剤(トルエンを含む)を塗布した例(右)を図6にて開示する。EPDMにエポキシ樹脂系接着剤(2液混合系)を塗布した例(左)、アクリル変成シリコーン系接着剤を塗布した例(中央)に対して、乾燥固化型クロロプレン系接着剤を塗布した例(右)は過度に変形している(反る)ことが分かる。
【0021】
(4)電解槽
本発明の電解槽は、本発明の電極室枠により構成される電極室を具備する。好ましくは、本発明の電極室枠により構成される電極室、イオン交換膜を具備する。尚、本発明の電極室枠により構成される電極室を、陽極室、陰極室の両方で具備することが好ましいが、陽極室、陰極室のどちらか一方でもよい。
【0022】
本発明の陽極室枠に具備された陽極は、開口を有する導電性基体とその導電性基体上に設けられる触媒層とを有する。
【0023】
導電性基体としては、耐食性を有するチタニウム製エキスパンドメタル、チタニウム製織網又はチタニウム製パンチングメタルが好ましく、均一導電性と経済性の観点から、チタン製エキスパンドメタルが特に好ましい。導電性基体の開口率は、機械的強度と通液性とを両立させるために、25~75%であることが好ましい。
【0024】
陽極の触媒層、即ち、導電性基体の表面に被覆する電極活性物質として、イリジウム、ルテニウム、白金、パラジウム等の白金族金属と、チタン、タンタル、ニオブ、タングステン、ジルコニウム等のバルブ金属及び錫からなる群より選ばれた1種類以上の金属の酸化物との混合酸化物が好ましい。一例として、イリジウム-ルテニウム-チタン混合酸化物、イリジウム-ルテニウム-白金-チタン混合酸化物、白金及びイリジウム酸化物が挙げられる。また、水酸化アルカリ化合物の水溶液を陽極液として電解する場合にはニッケルを含む化合物を電極活性物質として用いることができる。
【0025】
前記導電性基体は表面処理されていてもよい。導電性基体に行う表面処理として、機械的表面処理及び化学的表面処理が挙げられる。機械的表面処理法として、微細な研磨材を使用し、基材の表面を緻密に凹凸化するブラスト処理法があり、また、化学的表面処理の方法として、シュウ酸、硝酸、硫酸、塩酸、フッ酸等の浴中で化学エッチング処理を行う方法がある。
【0026】
斯かる表面処理は、前記化学的表面処理を単独に又は前記機械的表面処理を単独に行ってもよく、両処理法を組み合わせてもよい。なお、陽極の表面に形成される凹凸の高低差の最大値は、通液性の確保とイオン交換膜の保護とを両立させるために、3~50μmであることが好ましく、5~40μmであることがより好ましい。
【0027】
本発明の陰極室枠に具備された陰極は、開口を有する導電性基体とその導電性基体上に設けられる触媒層とを有する。
【0028】
また、陰極の導電性基体は、鉄、銅、ステンレス、ニッケル等を使うことが可能であり、特に耐食性等の点からはニッケルを使うことが好ましい。導電性基体の形状は通液性を確保し、均一な導電性が保たれることが望まれ、具体的にはエキスパンドメタル、パンチングメタル、ファインメッシュ、平織メッシュがよく、例えば、ニッケル製ファインメッシュ又はニッケル製平織メッシュであることが好ましい。斯かる陰極の導電性基体における開口率は、25~75%であることが好ましい。
【0029】
陰極の触媒層、即ち、導電性基体の表面に被覆する電極活性物質として、白金、パラジウム、ルテニウム、イリジウム、銅、銀、錫、ニッケル、コバルト及び鉛等の金属又はそれらの単一もしくは混合物や混合酸化物の使用が好ましい。
【0030】
本発明の電解槽は、陽極と、陰極と、それらの間に配置されるイオン交換膜と、を備えており、陽極を有する陽極室、及び陰極を有する陰極室を構成する。電解槽内に所定数の電極ユニットが同一極性で縦列的に配置され、隣接するユニットにイオン交換膜が配置されることにより複極式電解槽を形成することができる。また、単極式電解槽の場合、1つの電極ユニットの両側に、陽極又は陰極の何れかが形成され、それぞれの電極ユニットがイオン交換膜を介して交互に配置されることで単極式電解槽を形成することができる。本発明の電解槽は、単極式又は複極式の電解槽の何れの方式にも適用することができる。また、電解槽組立状態で陽極と陰極の極間距離により、ギャップ式、ナローギャップ式、ファイナイトギャップ式、ゼロギャップ式といった分類をする場合もあるが、ガスケットの位置関係においては電極間距離の影響を受けないため、いずれの方式にも本発明の電解槽を適用することができる。
【0031】
以下、図示例を用いて、上記で説明した電極室枠及び電解槽の一例について説明する。
図4は電極室の一例の平面模式図(正面模式図)である。図示例の電極室は、概略、箱体の形状をしており、電極室の側面下部に取り付けられた電解液入口403から電解液を室内に取り込み、電極室の側面上部に取り付けられた電解液出口404から電解液を室外に排出できる様になっている。そして電極室の正面及び背面には所定の開口率を有する電極(陽極又は陰極)401が設置され、該電極401の周囲は開口部を有さないフランジ面402になっている。
【0032】
図3はガスケットの一例の平面模式図(正面模式図)である。図示例のガスケットは、概略長方形の外形内に、概略長方形の中空部302が形成されており、全体として長方形の枠状ガスケット301になっている。このガスケット301は、図4の電極室枠のフランジ面402に重ね合わせることが可能になっている。電解液入口403から電極室内に入った電解液は、電極401の開口部から電極室外に出てくるが、フランジ面402にガスケット301を配設することで、電極室外に出た電解液が電解槽外に漏出することが防止される。なおガスケット301は、横幅が約1.5~2.5mであり、高さが約1~1.5mである。
【0033】
図1は、図4の電極室と図3のガスケットを用いて構成される単極式電解槽の一例を示す断面模式図である。図1で例示の電解槽では、陽極室枠101の両面に陽極102が取り付けられた陽極室と、陰極室枠106の両面に陰極107が取り付けられた陰極室を備え、これら陽極室と陰極室の間にイオン交換膜105が挟まれている。そして図1で例示の電解槽では、陽極室枠のフランジ面103に陽極用のガスケット104が取り付けられ、陰極室枠のフランジ面108に陰極用のガスケット109が取り付けられ、陽極室又は陰極室から外に出た電解液が電解槽外に漏出することが防止される。なおガスケットが取り付けられた前記陽極室及び陰極室は、イオン交換膜105を挟みつつ交互に複数存在してもよく、複数列の両側は適当な板で抑えられていてもよい。
【0034】
図2は、図4の電極室と図3のガスケットを用いて構成される複極式電解槽の一例を示す断面模式図である。図2で例示の電解槽は、電極室枠の一方の面に陽極202が取り付けられ、前記陽極202と対向する面に陰極207が取り付けられ、電極室枠の厚さ方向中央に隔壁210が取り付けられた複極式の電極室201、206を複数(図示例では2つ)有しており、電極室の間にはイオン交換膜205が挟まれている。そして図2で例示の電解槽では、陽極側のフランジ面203に陽極用のガスケット209が取り付けられ、陰極側のフランジ面208に陰極用のガスケット204が取り付けられ、電極室から外に出た電解液が電解槽外に漏出することが防止される。なおガスケットが取り付けられた前記電極室は、上述した通り、イオン交換膜205を挟みつつ複数存在しており、複数列の両側は適当な板で抑えられていてもよい。
【0035】
(5)電極室枠、電解槽の製造方法
本発明の電極室枠、電解槽の製造方法は、ガスケットを電極室枠のフランジ面に仮固定する工程(仮固定工程)を含み、仮固定工程としては接着剤や粘着剤を塗布する工程(塗布工程)であることが好ましい。接着剤、粘着剤は「(3)仮固定」の欄に記載されている接着剤、粘着剤を用いることができる。該製造工程の一例を図5の部分拡大模式図を参照しつつ説明する。図5の例では、陽極室枠501に取り付けられた陽極502の周りのフランジ面503に陽極用ガスケット504が設置され、該陽極室枠フランジ面503と陽極用ガスケット504とが接着剤又は粘着剤の塗布によって仮固定される。また陰極室枠506に取り付けられた陰極507の周りのフランジ面508に陰極用ガスケット509が設置され、該陰極室枠フランジ面508と陰極用ガスケット509とが接着剤又は粘着剤の塗布によって仮固定される。
【0036】
塗布工程により、ガスケットを仮固定させる場合には、ガスケット、電極室枠のフランジ面の両方又は片方に接着剤又は粘着剤を塗布すればよく、仮固定する面の全部、又は一部に塗布することができる。尚、粘着剤は一般的にはフィルム等の支持体に塗工されており、例えば基材テープフィルムの両面に粘着剤が積層された両面テープ等の粘着製品を前記粘着剤として使用できる。従って粘着剤は、両面テープ等の粘着製品をガスケット又はフランジ面の両方又は片方に貼り付ける等により塗布される。
【0037】
また、本発明の電極室枠、電解槽の製造方法においては、仮固定工程(塗布工程)の前にガスケットをエタノール等のアルコール系溶剤、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶剤、及び水から選択される溶剤で洗浄する工程(洗浄工程)を含むことが好ましい。ガスケットの材料であるゴム成形品は、一般的に金型を使用した加硫工程を経て製造され、加硫工程で金型からゴム成形品を取り外しやすくするために離型剤が使用される。ガスケットを電極室枠のフランジ面に仮固定する際に、ガスケット表面に離型剤が残存していると粘着剤・接着剤の効果が低下する場合がある。そこで、ガスケット表面に残存する離型剤を拭き取り(洗浄により)除去することで粘着剤・接着剤の効果が改善される。ガスケット表面を拭き取る際には、ガスケットの損傷を引き起こしにくい水、アルコール、揮発性の高いケトン系溶剤を使用することが好ましく、フッ素系やケイ素系の離型剤を効率よく簡便に除去するためにエタノールやアセトンを使用することが好ましい。尚、電極室枠のフランジ面における不純物を除去する目的で、アルコール系溶剤、ケトン系溶剤、及び水から選択される溶剤で洗浄してもよく、洗浄することが好ましい。
【0038】
また、本発明の電解槽は、図5に示す様に、ガスケット504、509を電極室枠501、506のフランジ面503、508に仮固定してなる電極室枠を、イオン交換膜505を介して積層することにより、製造される。本発明の電極室枠は、ガスケットが仮固定されているために、ガスケットの脱落や位置ずれが起こらずに、効率的に作業することができる。
【0039】
本願は、2018年2月9日に出願された日本国特許出願2018-022390号に基づく優先権の利益を主張するものである。2018年2月9日に出願された日本国特許出願2018-022390号の明細書の全内容が、本願に参考のため援用される。
【実施例
【0040】
以下に本発明について実施例を挙げてより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲は、本実施例によって限定されるものではない。
【0041】
実施例1
縦1.3m×横2.5mの単極式電解槽の陽極室枠のフランジ部に合わせて作成した厚さ3mm、幅40mmのEPDMゴム製ガスケット表面を、アセトンをしみこませた布で拭き取った後、事前に調合しておいたスリーボンド社製「TB2086N」(低温即硬化タイプの2液性エポキシ系接着剤;無溶剤型;N,N-ジメチルホルムアミドを1質量%未満で含む)を薄く均一に塗布した。チタン製陽極室枠のフランジ面を、アセトンをしみこませた布で拭き取ったのち、事前に調合しておいたスリーボンド社製「TB2086N」を薄く均一に塗布したのち、ガスケットの接着剤塗布面と陽極室枠のフランジ面が向かい合うように重ねてガスケットを規定位置に仮固定した。仮固定してから30分後に陽極室枠を反転させたが、ガスケットの脱落や規定位置からの位置ずれは起こらなかった。
【0042】
実施例2
縦1.4m×横2.5mの複極式電解槽の陰極室枠のフランジ部に合わせて作成した厚さ3mm、幅30mmのEPDMゴム製ガスケット表面を、エタノールをしみこませた布で拭き取り、セメダイン社製「スーパーX」(アクリル変成シリコーン系接着剤;無溶剤型;溶剤を含まない)を薄く均一に塗布した。複極式電解槽室枠のニッケル製陰極室枠のフランジ面を、エタノールをしみこませた布で拭き取り、セメダイン社製「スーパーX」を塗布したガスケットを接着剤塗布面が陰極室枠のフランジ面に向かい合うように重ねてガスケットを規定位置に仮固定した。ガスケットの上から軽く加圧して、フランジ面とガスケットの馴染みを良くしたのち、室枠を立て掛けたが、ガスケットの脱落や規定位置からの位置ずれは起こらなかった。
【0043】
実施例3
縦1.4m×横2.5mの複極式電解槽の陽極室枠のフランジ部に合わせて作成した厚さ3mm、幅30mmのEPDMゴム製ガスケット表面を水で湿らせた布で拭き取った。複極式電解槽室枠のチタン製陽極フランジ面を水で湿らせた布で拭き取ったのち、水分を乾燥させ、フランジ面にスリーボンド社製「TB1530」(湿気硬化タイプの変成シリコーン系接着剤;無溶剤型;溶剤を含まない)を薄く均一に塗布した。陽極室枠のフランジ面の接着剤塗布面にガスケットを向かい合うように重ねて規定位置に仮固定した。ガスケットの上から軽く加圧して、フランジ面とガスケットの馴染みを良くしたのち、室枠を立て掛けたが、ガスケットの脱落や規定位置からの位置ずれは起こらなかった。
【0044】
実施例4
縦1.4m×横2.5mの複極式電解槽の陰極室枠のフランジ部に合わせて作成した厚さ3mm、幅30mmのEPDMゴム製ガスケット表面と複極式電解槽室枠のニッケル製陰極室フランジ面を、エタノールをしみこませた布で拭き取り、ガスケットをフランジ面に載せた。フランジ面の規定位置に合わせてガスケットを微調整しながら、陰極室枠のフランジ面とガスケット面の間に東亞合成株式会社製「アロンα」(シアノアクリレート系瞬間接着剤;無溶剤型;溶剤を含まない)を20cm間隔で薄く点塗布した。10分間静置後に室枠を立て掛けたが、ガスケットの脱落や規定位置からの位置ずれは起こらなかった。
【0045】
実施例5
複極式電解槽室枠のニッケル製陰極枠のフランジ面を、エタノールをしみこませた布で拭き取り、ガスケット当り面に日東電工製「EW-514」(無溶剤型アクリル系粘着剤(両面テープ);溶剤を含まない)を貼り付けた。エタノールをしみこませた布で表面を拭き取ったEPDMゴム製ガスケットを陰極室枠のフランジ面に重ねて規定位置に仮固定を行った。仮固定後ガスケットを軽く引っ張ったが、ガスケットの脱落、位置ずれは起こらなかった。
【0046】
比較例1
スリーボンド社製「TB2086N」をガスケット及び陽極室フランジ枠の面に塗布しなかったこと以外は実施例1と同様の作業を行い、陽極室枠を立て掛けるとガスケットが脱落した。
【0047】
比較例2
ガスケットをフランジ面に貼り合わせる際の接着剤に有機溶剤としてトルエンを含む「スリーボンド1521」(乾燥固化型クロロプレン系接着剤)を塗布した以外は実施例1と同様に作業を行った。貼り付ける作業の際に、接着剤に含まれる有機溶剤によりガスケットが膨潤変形して規定位置に貼り付けることができなかった。仮留めとしてフランジ面にガスケットを配置し、30分放置しておくとガスケットが収縮して貼り付けた位置からのずれが発生した。
【0048】
実施例1~5、及び比較例1~2の結果について、表1に示す。尚、作業の手間とコストについては、以下の基準で評価した。
◎:接着剤、粘着剤を使用する前に調合等の下準備が不要であり、ガスケットの変形等が起こらず作業性は良好であり、かつ接着剤、粘着剤が安価である。
○:接着剤、粘着剤を使用する前に調合等の下準備が必要であるが、ガスケットの変形等は起こらない。または作業性は良好であるが接着剤、粘着剤が比較的高価である。
×:接着剤、粘着剤をガスケットに塗布することでガスケットの変形等が起こり、規定位置にガスケットを仮固定することが困難であり作業性が悪い。またはガスケットの仮留めができない。
【0049】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、電解槽の組立・整備作業中に、ガスケットが反りや波状の変形等の過度な変形を起こすことなく、性能劣化を招かず、かつ電極室枠のフランジ面の規定位置にガスケットを留めることができる。そのため、本発明によれば、ガスケット位置ずれによるイオン交換膜の損傷や、ガスケットの損傷による電解槽からの液漏れを起こさない電解槽を提供できるために有用である。
【符号の説明】
【0051】
101 陽極室枠(陽極室)
102 陽極
103 陽極室枠フランジ面
104 陽極ガスケット
105 イオン交換膜
106 陰極室枠(陰極室)
107 陰極
108 陰極室枠フランジ面
109 陰極ガスケット
201 複極室枠における陽極室
202 陽極
203 陽極室枠フランジ面
204 陰極ガスケット
205 イオン交換膜
206 複極室枠における陰極室
207 陰極
208 陰極室枠フランジ面
209 陽極ガスケット
210 隔壁
301 枠状ガスケット
302 中空部
401 電極(陽極・陰極)
402 電極室枠フランジ面
403 電解液入口
404 電解液出口
501 陽極室枠
502 陽極
503 陽極室枠フランジ面
504 陽極ガスケット
505 イオン交換膜
506 陰極室枠
507 陰極
508 陰極室枠フランジ面
509 陰極ガスケット
図1
図2
図3
図4
図5
図6