(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-09-24
(45)【発行日】2024-10-02
(54)【発明の名称】光学層、光学部材及び光学装置
(51)【国際特許分類】
G02B 1/115 20150101AFI20240925BHJP
C23C 16/455 20060101ALI20240925BHJP
【FI】
G02B1/115
C23C16/455
(21)【出願番号】P 2020064151
(22)【出願日】2020-03-31
【審査請求日】2023-03-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000104652
【氏名又は名称】キヤノン電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 安紘
(72)【発明者】
【氏名】内山 真志
(72)【発明者】
【氏名】小堀 稔文
【審査官】小西 隆
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-534007(JP,A)
【文献】特開2004-176081(JP,A)
【文献】特開平01-286476(JP,A)
【文献】特表2010-532917(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0143319(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/10 - 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
総体としての光学膜厚が所定の波長に対する干渉条件を満たす光学層であって、
前記光学層は、
前記光学層の屈折率として主に寄与する
物理膜厚が4nm以下の第1の薄膜層と、
前記第1の薄膜層に隣接して設けられ、前記第1の薄膜層の内部応力に対して、反対の内部応力を有する第2の薄膜層と、を有し、
前記第2の薄膜層の光学膜厚は、前記所定の波長に対して光干渉が発現しない光学膜厚であり、
前記光学層と前記第1の薄膜層との屈折率差が、±3%以下であり、
前記光学層は、所定の膜厚比に従う前記第1の薄膜層と前記第2の薄膜層とのセットの繰りかえしで構成されることを特徴とする光学層。
【請求項2】
前記第2の薄膜層の
物理膜厚は0.05nm以上であり、かつ、前記光学層のうち前記第2の薄膜層が占める
物理膜厚は1/3以下であることを特徴とする請求項1に記載の光学層。
【請求項3】
前記第1の薄膜層と前記第2の薄膜層との屈折率差が0.5以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の光学層。
【請求項4】
前記第2の薄膜層が原子層堆積法(ALD)によって成形されることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の光学層。
【請求項5】
前記第1の薄膜層がSiO
2、前記第2の薄膜層がAl
2O
3であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の光学層。
【請求項6】
基板上に、請求項1~5のいずれか一項に記載の光学層が複数層形成されていることを特徴とする光学部材。
【請求項7】
前記基板の端面に、前記第2の薄膜層のみが成膜されたことを特徴とする請求項6に記載の光学部材。
【請求項8】
請求項6または7に記載の光学部材と、
前記光学部材を透過した光を撮像する撮像素子と、を備えることを特徴とする光学装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射防止や、特定の波長領域をカットするために光の干渉条件を利用する光学層、光学層を形成した光学フィルタ、レンズ等の光学部材及び光学部材を透過した光を撮像するカメラ等の光学装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、光学フィルタやレンズなどの光学部材には、薄膜の光干渉を利用して反射防止や赤外カットなどの機能をもたせた光学膜が知られている。また、撮像素子を含むカメラなどの光学装置には、これらの光学膜をレンズなどの基板に形成した光学部材が組み込まれており、光学部材によって光学装置内で発生する反射によるゴースト・フレアや、撮像素子に不要な光が入射することによる画質劣化を抑制している。
【0003】
曲率を有するレンズ基板や合成樹脂基板へ光学膜を形成する場合、原子層堆積法:ALD(Atomic Layer Deposition)を用いることで、形状追従性が良好で、ガスバリア性の高い膜が形成できることが知られている。特許文献1では、光学特性に関する物性値が異なる分子層をALDによって積層し、複合的な光学特性を有する薄膜を作製し、これを更に積層することで光学多層膜を形成する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の光学多層膜では、薄膜中の応力が大きくなりクラックや剥離が発生する可能性があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の光学層は、総体としての光学膜厚が所定の波長に対する干渉条件を満たす光学層であって、前記光学層は、前記光学層の屈折率として主に寄与する物理膜厚が4nm以下の第1の薄膜層と、前記第1の薄膜層に隣接して設けられ、前記第1の薄膜層の内部応力に対して、反対の内部応力を有する第2の薄膜層と、を有し、前記第2の薄膜層の光学膜厚は、前記所定の波長に対して光干渉が発現しない光学膜厚であり、前記光学層と前記第1の薄膜層との屈折率差が、±3%以下であり、前記光学層は、所定の膜厚比に従う前記第1の薄膜層と前記第2の薄膜層とのセットの繰りかえしで構成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によると、光学層の屈折率として主に寄与する第1の薄膜層の応力を緩和し、光学膜設計や光学特性に大きな影響を与えることなく、クラックや剥離が発生する可能性を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【発明を実施するための形態】
【0009】
図を基に本発明の実施形態について説明する。
【0010】
図1に本発明に係る光学層及び光学部材の光軸を通る面で切った断面図を示す。
図1(a)の光学層2を部分拡大した図を
図1(b)に示す。本発明の光学層2は主に光学層2の屈折率に寄与する主材料薄膜(第1の薄膜層)3と主材料薄膜と相反する応力を持つ分子層(第2の薄膜層)4を積層した構成となっており、光学層は光干渉が発現する膜厚となっている。ここで、分子層4は光の干渉が発現しない膜厚に成膜されており、主材料薄膜3と分子層4との間で光の干渉が発現することはない。本発明の光学部材は、基板上に1層以上の光学層2が形成された構成となっている。
【0011】
なお、
図1では、光学層1層で光学部材6としているが、光学層2と屈折率の異なる他の光学層を積層した光学膜としてもよい。ここで、他の光学層は単一の材料からなる層であってもよい。すなわち、本発明における光学膜において、少なくとも1つの光学層が、主材料薄膜(第1の薄膜層)3と主材料薄膜と相反する応力を持つ分子層(第2の薄膜層)4を積層した構成となっている。また、光学膜は同じ材料の組合せからなる複数の光学層を有していてもよいし、異なる材料の組合せからなる光学層を有していてもよい。
【0012】
(光学層)
光学層2について説明する。本発明の光学層2は、主材料薄膜3と主材料薄膜と相反する応力を有する分子層4からなり、光学的に有意な膜厚を有する。光学的に有意な膜厚とは、対象波長において光干渉が発現する膜厚を指す。光学層2を形成する分子層4は、光干渉が発現しない膜厚に制御されており、ALDによって形成される。光学部材6に反射防止や赤外カットなどの機能を持たせるには、光学層2は、より低屈折率あるいは高屈折率であることが好ましい。例えば、単層でAR機能を持たせる場合、光学層2は極力屈折率が低いことが好ましい。
【0013】
また、後述の光学層を含む光学膜では、屈折率差の大きい層を積層すること、つまり低屈折率層と高屈折率層の積層が好ましい。すなわち、低屈折率層又は高屈折率層として光学層を用いるときは、主材料薄膜2の屈折率を著しく高くあるいは低くしないような膜厚で分子層4を設けることが好ましい。このことより、光学層2を形成する主材料薄膜3と分子層4との屈折率は極力近いことが好ましく、例えば0.5以下、更には0.2以下あることがより好ましい。
【0014】
ここで、光学層2の屈折率nは、光学層2の膜厚をD、主材料薄膜3の屈折率と総膜厚をそれぞれnM、ΣdM、分子層4の屈折率と総膜厚をそれぞれnA、ΣdA、とした時、以下の式(1)で示される値とみなすことができる。この時、主材料薄膜3の屈折率と光学層2の屈折率差は式(2)で表される範囲であることが好ましい。主材料薄膜3の屈折率と光学層2の屈折率差が式(2)を満たすレベルの差であれば、光学設計に大きな影響を与えることなく、光学層2の応力を緩和することができる。なお、本発明において屈折率は特に断りが無い限り光波長550nmにおける値である。
【0015】
【0016】
-3% ≦ 100×(n - nM)/nM ≦ 3% (2)
【0017】
分子層4の厚みは、1分子分の厚み、材質にもよるが例えば0.05nm以上であることが好ましい。また、光干渉を発現せず、光学層2の光学特性が、主材料薄膜3の光学特性から大きく離れないように、光学層2中の分子層4が占める膜厚は1/3以下であること、更には1/5以下であることがより好ましい。
【0018】
光学層2は複数の主材料薄膜3及び分子層4から成り、膜厚方向異なる位置に配置された主材料薄膜3のそれぞれの膜厚が同じでもよいし、異なっていてもよく、異なる位置に配置された分子層4のそれぞれの膜厚が同じでもよいし、異なっていてもよい。光学層成膜中の応力を考慮すると、主材料薄膜3に極端に厚い層が無い方が好ましく、少なくとも主材料薄膜3は略均一な膜厚で構成されることがより好ましい。すなわち、光学層2を形成する主材料薄膜3の1層当たりの厚みdMと同じく分子層4の厚みdAの組合せを1セットとしたとき、このセットを光学層が所望の膜厚となるように複数回繰返し成形することが好ましい。このとき、光学層2は、基板1に最初に形成される材料は、主材料薄膜3から形成されていてもよいし、分子層4から形成されていてもよい。
【0019】
一方、後述するように、他の光学層あるいは他の光学層と組合せて、光学膜を形成する場合は、光学膜全体や光学層を形成するまでの応力バランスを鑑み、光学層2の主材料薄膜3と分子層4との膜厚バランスを調整してもよい。
【0020】
例えば、光学層形成前に、主材料薄膜3の膜応力に対して、反対の内部応力を有する他の光学層が形成されている場合、形成する光学層2の主材料薄膜3(圧縮応力)は、
図2に示すように直下の光学層若しくは光学層から遠ざかるに従って主材料薄膜3の膜厚が連続的あるいは段階的に薄くなる領域を有していてもよい。
【0021】
図2(a)に光学層2を部分拡大した図を示し、
図2(b)に各層に対応する膜厚を示す。
図2(b)の縦軸は、各層までに積層された膜厚を示し、光学層2の最表部にdMnの厚さの主材料薄膜3が成膜されると膜厚がDになる。すなわち、光学層2の成膜初期で、直下の光学層あるいは光学層2の応力を極力緩和するように成膜してもよい。このとき、光学層2を形成する分子層4の厚みは均一でもよいし、主材料薄膜3と同様に直下の光学層若しくは光学層から遠ざかるに従って薄くなってもよいし、反対に光干渉が発現しない範囲で厚くなってもよい。
【0022】
また、直下の光学層若しくは光学層から遠ざかるにつれて、連続的あるいは段階的に膜厚が厚くなる領域を有していてもよい。
図3(a)に光学層2の部分拡大した図を示し、
図3(b)に各層に対応する膜厚を示す。
図3(b)の縦軸は、各層までに積層された膜厚を示し、光学層2の最表部にdMnの厚さの主材料薄膜3が成膜されると光学層2の膜厚がDになる。
【0023】
図3に示すように、直下の光学層若しくは光学層から遠ざかるに従って主材料薄膜3の膜厚が連続的あるいは段階的に薄くなる領域と厚くなる領域を組合せることで、直下の光学層の応力を光学層の初期で緩和する一方、光学層2の成形後期では主材料薄膜3の持つ応力によって光学層2の応力が急激に大きくならないように形成することができる。
【0024】
本実施例において、光学層2を形成する主材料薄膜3は、例えばMgF2、SiO2、Al2O3、MgO、HfO2、ZrO2、La2Ti2O7(LaTiO3)、Si3N4、Ta2O5、Nb2O5、TiO2等、既知の様々な材料を使用することができる。分子層4はALDで成膜可能な既知の材料、MgF2、SiO2、Al2O3、MgO、HfO2、ZrO2、Si3N4、Ta2O5、Nb2O5、TiO2等を主材料薄膜3に合わせて適宜選択することができる。なお、光学膜として多少の光吸収が許容できるのであれば、分子層4としてAl、Mg、Si、Tiなどの金属原子を用いてもよい。金属原子層は、その酸化・窒化層などと比較し、延性があり応力緩和という観点で好適である。なお、金属化合物層と、分子層と同様な厚みを持つ金属単体の原子層を混在させて形成してもよい。
【0025】
本発明において、光学層2を形成する主材料薄膜3は既知の成膜手法、例えば真空蒸着、イオンアシスト法、イオンプレーティング法、スパッタリング法などの物理蒸着法、CVD(Chemical Vapor Deposition)、PECVD(Plasma Enhanced Chemical Vapor Deposition)、サーマルALD、PEALD(Plasma Enhanced Atomic Layer Deposition)などの化学蒸着法を用いて形成することができるが、前述の通り、分子層4がALD法で成膜されることを考慮すると、化学蒸着法を選択することが製造プロセス上好ましい。
【0026】
(光学膜)
本発明において光学膜とは、少なくとも光学層2を含む複数の層からなる光学的機能を有する膜である。光学機能を有する膜とは、例えばマルチAR膜、赤外カット膜などのカット膜、バンドパス膜、ミラー膜などを指す。これらは屈折率の異なる光学層の光干渉によって所望の分光特性を得ている。
【0027】
例えば、マルチAR膜において光学膜を説明する。マルチAR膜では、低屈折率層と高屈折率層を交互に積層することで、所望の波長領域において低反射を実現している。マルチAR膜の様に光学層を積層する場合、MgF2、SiO2、Al2O3、MgO、HfO2、ZrO2、La2Ti2O7(LaTiO3)、Si3N4、Ta2O5、Nb2O5、TiO2等が使用できるが、光学膜全体の応力が極力小さくなるように、低屈折率層と高屈折率層とで互いに異なる方向に応力を持つ材料を選択することが好ましい。例えば、低屈折率材料として圧縮応力を持つSiO2、高屈折率材料として引張応力を持つTiO2を選択するのが、相反する応力を持ち且つ屈折率差が大きいため好適である。屈折率差が大きいと、所望の分光特性を得るのに必要な積層数(膜厚)を減らすことができ、クラック抑制に寄与する。
【0028】
例えば、合成樹脂性レンズを基板として、マルチAR膜を形成する場合、4~12層の構成であることが好ましく、更には6~10層構成であることがより好ましい。マルチAR膜などの積層体は、積層数が増えるほどガスバリア性能が高くなる傾向がある。
【0029】
これは、仮に積層体を形成する層に欠陥があっても、積層された層間で同じ領域に欠陥が無ければ合成樹脂基板に酸素や水蒸気などのガスが到達し難くなるためである。すなわち積層数が多い方が、マルチAR膜を形成する層に微小な膜欠陥が生じた場合にも合成樹脂の黄変などの変質を抑制しやすい。一方で、積層数を増やし過ぎると、特に合成樹脂レンズ基板を用いたとき、膜応力によってマルチAR膜にクラックが入りやすくなってしまう。ここでいう積層数とは、光干渉を発現する光学層あるいは光学層の積層数を指す。マルチAR膜の膜厚は、200nm以上600nm以下程度であることが好ましく、250nm以上500nm以下であることが更に好ましい。膜厚が薄すぎると、薄膜の干渉効果による十分な低反射化が難しくなると共にマルチAR膜によるガスバリア効果が小さくなる。反対に、膜厚が厚すぎるとクラックが発生しやすくなる。更には、光学層若しくは光学層は、最表層を除いて80nm以下、更には50nm以下であることが好ましい。各層の膜厚が厚すぎると、その層の応力が大きくなり過ぎ、特に合成樹脂レンズ基板に成膜した場合、クラックや剥離が発生する虞がある。一方、最表層は反射防止のため、対象波長λにおいて光学膜厚が略λ/4となるように形成される。
【0030】
ここでは、合成樹脂レンズ基板にマルチAR膜を形成する場合の好適な条件を記載したが、光学膜に合わせて適宜好適な条件を選択してもよい。例えば、ガラス製基板(レンズを含む)や曲面を有しない合成樹脂基板などに赤外カット膜の様に光学特性を得るために多積層・膜厚を必要とする光学膜を形成する場合は、クラックが発生しない程度に積層数・膜厚を適宜決定すればよい。
【0031】
(基板)
本発明に係る光学層及び光学膜を基板1に形成して光学部材6とすることができる。基板1としては、例えばガラスや水晶などの無機材料からなる基板や、ポリエステル系、オレフィン系、ポリエーテル系、アクリル系、スチレン系、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PES(ポリエーテルスルホン)系、ポリスルホン系、PEN(ポリエチレンナフタレート)系、PC(ポリカーボネート)系、及びポリイミド系などの様々な合成樹脂基板を使用することができる。更に、有機-無機ハイブリッド材料からなる基板、例えばシルセスキオキサン骨格を有する基板などを用いてもよい。また、必要に応じて基板1としてレンズを用いることもできる。レンズもガラスや合成樹脂など様々な材料を使用できる。合成樹脂性のレンズとしては、成形性や屈折率特性などからオレフィン系、PC系、アクリル系、スチレン系、ポリエステル系、ポリウレタン系、などが好適に使用できる。その他に芳香族デンドリマー状の多分岐構造を持つ多官能反応性ポリマーなどの熱・光硬化性樹脂を用いてもよい。合成樹脂基板はガラスなどと比較すると、柔軟で軽く、加工性が良いが、熱による変形や変質を起こしやすい。このため、合成樹脂基板としては、高耐熱性(高ガラス転移温度Tg)を有していること、例えばガラス転移温度Tgが120℃以上であることが好ましく、140℃以上であることが更に好ましい。更には吸水による合成樹脂基板の変形を考慮すると、オレフィン系、特にシクロオレフィン系の材料が好適である。また、レンズなどでは高屈折率でアッベ数の小さい材料が求められることがある。この場合は、例えばPC系やフルオレン含有ポリエステル樹脂などが好適に使用できる。
【0032】
本発明の光学部材6をレンズとして、例えば車載カメラや監視カメラなど、使用温度範囲が広い用途に搭載する場合は、合成樹脂基材は温度による屈折率変化が小さいことが好ましい。例えば、e線において0℃における屈折率と80℃における屈折率の差が0.8%以下であることが好ましく、0.6%以下であることがより好ましい。また、高温による光学特性変化、すなわち黄変(ΔYI)が小さいことが好ましく、例えば120℃ 1500時間における黄変度(YI:イエローインデックス)と初期YIとの差であるΔYIの値が10以下であることが好ましく、更には8以下であることがより好ましい。なお、合成樹脂基板の透過率は可視光波長(400-700nm)において80%以上であり、120℃1500時間における可視光波長における透過率が60%以上であることが好ましい。
【0033】
レンズユニットなどの様に、複数の基板を同一光学装置に使用する場合、収差などの光学特性調整のため、屈折率やアッベ数の異なる複数の基板1を用いることもできる。
【0034】
基板1を樹脂レンズとする場合は、例えば射出成形法で成形することができる。具体的には、固定側鏡面駒および可動側鏡面駒を突き合わせて形成されるレンズ部や外周部、ゲート部などを含むキャビティに、ゲート部より樹脂材料を充填し、樹脂が固化したら金型を開き、基板を取り出す。最後に、ゲート部を切断する。このような方式で、ガラスでは加工が難しい非球面レンズや高曲率レンズも比較的容易に作製することができる。なお、基板の成形は射出成型法に限らず、射出圧縮成型法や注型重合法など既知の様々な方法を用いることができる。
【0035】
合成樹脂基板を用いる場合は、成形による内部応力解放や基板が吸着した水分を除去することを目的に、光学層及び光学膜を形成する前に、アニール処理を行うことが好ましい。アニール処理は、80℃~基板のTg以下程度、好ましくは基板のTgの15℃程度以下の温度で、0.5~24時間程度、より好ましくは1~12時間程度実施するのが好適である。
【0036】
(製造方法)
本実施形態の光学層及び光学膜は例えばALDプロセスによって作製することができる。
【0037】
ここでALDについて説明する。ALDはCVDと類似の気相薄膜形成法である。CVDでは反応チャンバー内に2種のプリカーサーを同時に導入し、反応生成物が基板に堆積していくのに対し、ALDは反応チャンバー内に同時に導入するプリカーサーは1種のみで、基板1に吸着したプリカーサー以外は、他のプリカーサーと化学反応することはなく、基板1の表面のみで反応生成物が形成される。このため、ALDは複雑な形状の基板1に対してもコンフォーマルな層を形成することができる。
【0038】
ALDの成膜プロセスに関して説明する。初めに、基板若しくはALD膜を成膜する面に後述の第一のプリカーサーが吸着できるサイト、例えばOH基を設ける。OH基を設けるには、例えばプラズマやUV/O3などを用いてもよいし、例えば水分子をプリカーサーとして用いて、基板にOH基を吸着させてもよい。次に、形成する分子層3の原料ガスである第一のプリカーサーを基板に化学吸着させる。このとき、化学吸着できるのは基板のOH基が露出している箇所なので、吸着する第一のプリカーサーは基板の形状に関わらず成膜面に単分子層を形成する。次に、成膜面に吸着できなかった余剰の第一のプリカーサー及び第一のプリカーサーが成膜面に吸着する際に生成するガスをパージ(排除)する。
【0039】
そして成膜面に吸着された第一のプリカーサーを酸化・還元・窒化させる第二のプリカーサー若しくはラジカル・オゾン・プラズマを用いて、金属酸化物、金属、金属窒化物などの分子層を得る。このプロセスを繰り返し所望の膜厚を有する層を形成することができる。なお、各プリカーサー導入時にはキャリアーガスとしてN2やArなどを利用することができる。ALDは成膜面への単分子層の吸着により成膜が進行するため、基板の形状に影響を受けることなく、均一な膜厚で成膜することができ、例えば高曲率や非球面レンズなどへの成膜に好適に用いられる。更に、形成される層は単分子層なので、精密な膜厚制御が可能である。また更に、ALDは物理蒸着などとは異なり、単分子レベルの膜厚であっても層として形成されるため、膜欠陥が少なくガスバリア性の高い層が形成される。このため、基板に合成樹脂を用いる場合には、樹脂の酸化に起因する黄変、水分に起因する膨張や加水分解を抑制する効果が期待できる。
【0040】
Al2O3層を用いてALDによる分子層形成プロセスを詳細に説明する。先ず成膜面にプラズマを照射してOH基を設ける。次に第一のプリカーサーとしてTMA(トリメチルアルミ)を成膜チャンバー内に供給する。この時、式(1)若しくは(2)に示す反応が起きる。次に、余剰のTMA及び生成したCH4をパージにより排除する。パージには不活性ガス、例えばN2やArなどが好適に用いられる。次に水分子を第二のプリカーサーとし成膜チャンバー内に供給する。この時、式(3)若しくは(4)に示す反応が起きる。更に余剰の水分子及び生成したCH4をパージにより排除する。これらの工程を1サイクルとして、所望の膜厚となるようにサイクル数を繰り返す。なお、Al2O3の場合、1サイクルでおよそ1Åの膜厚となる。
【0041】
Al(CH3)3 + :OH → :O-Al(CH3)2 + CH4 (3)
Al(CH3)3 + 2:OH → :O-Al(CH3) + 2CH4 (4)
【0042】
:O-Al(CH3)2 + 2H2O → :Al-O-Al(OH)2 + 2CH4 (5)
:O-Al(CH3) + H2O → :Al-O-Al(OH) + CH4 (6)
【0043】
上記実施例で説明した主材料SiO2、主材料と反対方向の応力を持つ分子層Al2O3からなる光学層2の作製について説明する。初めに、基板を成膜ホルダーにセットし、反応チャンバー内に導入する。反応チャンバー内を真空ポンプで排気すると同時に、基板1をヒーターにて加温する。反応チャンバー内の圧力及び基板温度が所望の値となったら、成膜を開始する。先ず主材料であるSiO2を成膜する。SiO2層は第一のプリカーサーとしてTDMAS(トリスジメチルアミノシラン)、第二のプリカーサーとして水分子を使用し、上述のAl2O3分子層で説明したのと略同様の成膜プロセスで形成した。この時、1サイクル当たりの膜厚はおよそ0.8Åである。SiO2分子層成形サイクルを所望の膜厚形成するために必要なサイクル数繰り返す。
【0044】
次に、第一のプリカーサーにTMA、第二のプリカーサーに水分子を用いて、上述のプロセスでAl2O3の単分子層を形成する。この時、Al2O3の膜厚が光干渉の発現しない膜厚に収まるようにサイクル数を制限する。Al2O3の分子層を所望のサイクル数繰り返したら、更にSiO2層を成形する。この工程を繰り返し、SiO2とAl2O3の複合膜が所望の膜厚になるように成膜する。ここで、SiO2の第一のプリカーサーとしてTDMASを使用したが、これに限らず他のアミノシランでもよいし、TEOS(テトラエトキシシラン)や四塩化珪素などを用いることもできる。なお、特にSiO2分子層形成ではピリジンのような触媒作用のあるガスを第一のプリカーサー、第二のプリカーサーを導入後に反応チャンバー内に導入することで反応を促進することができる。
【0045】
例えば、マルチAR膜の様に屈折率の異なる光学層を複数層形成した光学膜を得る場合は、前述のSiO2とAl2O3からなる光学層2と屈折率の異なる例えばTiO2層(高屈折率層)などを設ける。TiO2をALDで成膜する際は、例えば第一のプリカーサーにTDMAT(テトラキスジメチルアミノチタン)、第二のプリカーサーに水分子を用いることができる。この場合、上述の1サイクルにつきおよそ0.6Åの膜厚となる。これを所望の膜厚になるように必要なサイクル数繰り返す。TiO2の第一のプリカーサーとしては、TDMATに限らず他のアミノチタンや、四塩化チタンなどを用いることができ、必要に応じて反応を促進するための触媒ガスを導入してもよい。
【0046】
TiO2層の成膜が終わったら、SiO2若しくはSiO2とAl2O3からなる低屈折率層を形成する。これを、所望の光学特性を得られるように必要な層数積層する。当然、高屈折率層においても主材料と主材料と反対の応力を持つ分子層を組合せた光学層としてもよい。この場合、例えば主材料をTiO2、主材料と反対の応力を持つ分子層をSi3N4とすることができる。なお、Si3N4の分子層成膜にはSiO2と同様の第一のプリカーサーを使用することができ、第二のプリカーサーとしてアンモニアガスや窒素ガスを利用することができる。
【0047】
ここまで光学層2の成形にALDを用いる手法を説明したが、CVDとALDを組みわせた成膜プロセスを使用することもできる。例えば、主材料をSiO2、分子層をAl2O3としたとき、主材料であるSiO2をCVDで形成し、分子層のAl2O3をALDで成形することができる。分子層であるAl2O3は光干渉が発現しない膜厚に制御する必要がある一方、主材料のSiO2に関しては必ずしも分子層レベルで制御する必要はないため、主材料であるSiO2をCVDにより成膜することで、ALDプロセスのみで光学層を形成するよりも成膜レートを向上させることができ、生産性が向上する。なお、光学層を含む光学層の積層体である光学膜を形成する際は、特定の光学層において光学層内でCVDとALDを組み合わせてもよいし、例えば低屈折率層の一部の層をALDで成膜し、他の層をCVDで成膜するように、光学層毎に切替えて成膜してもよい。
【0048】
なお、ALDに関してはサーマルALDで説明を行ったが、プラズマにより化学反応を促進するPEALDを用いることもできる。特に基板1として、合成樹脂基板を用いる場合は、PEALDの方が成膜温度を低くできるため好適である。このとき、基板1のプラズマによるダメージを避けるため、例えばプラズマを反応チャンバー外で発生させ、ここで励起したOHラジカルのみが反応チャンバーに到達するようなプロセスであることが好ましい。同じく、CVDでの成膜もPECVDを用いることが、合成樹脂基板に成膜する場合特に好適である。
【0049】
(実施例1)
図4に実施例1に係る光学層及び光学部材の光軸を通る面で切った断面図を示す。
図4(a)の光学層2を部分拡大した図を
図4(b)に示す。実施例1の光学部材6は、シクロオレフィン系の樹脂レンズを基板1として用い、樹脂レンズ上に1層の光学層2が形成されている。光学層2は主材料薄膜3である圧縮応力を持つSiO
2薄膜と引張応力を持つAl
2O
3からなる分子層4から成り、物理膜厚d
Mの主材料薄膜3と物理膜厚d
Aの分子層4とを交互積層し、光学層2は波長λにおいて光学膜厚がλ/4程度となるように物理膜厚Dが決定される。すなわち波長λにおいてAR機能を有する。実施例1では、主材料薄膜3(SiO
2)及び分子層4(Al
2O
3)は共にPEALDにて成膜されており、樹脂レンズの端部にも主面と同じ膜厚、つまり略物理膜厚Dの光学層が形成される。ここで、主面とは光学部材6の有効面を指し、例えばレンズの場合、曲率を有する面を指す。
【0050】
実施例1では主材料薄膜(SiO2)3nm、分子層(Al2O3)0.8nmを1セットとして、これを24セット形成した。SiO2及びAl2O3の屈折率はそれぞれ1.46、1.62であり、光学層2の屈折率は式(1)より1.494である。この時、物理膜厚は91.2nmであり、光波長550nmにおいて光学層2の光学膜厚は略λ/4を満たす。
【0051】
実施例1では、光学層2は基板1側から主材料薄膜3と分子層4の順で作製しているが、これに限らず、分子層4から先に成膜してもよい。特に分子層4としてAl2O3を用いる場合、基板1との密着性を考慮すると、基板と接する層が分子層4であることがより好ましい。
【0052】
(実施例2)
図5に実施例2に係る光学層及び光学部材の光軸を通る面で切った断面図を示す。
図5(a)の光学層2を部分拡大した図を
図5(b)に示す。実施例2の光学部材6は、実施例1と同様にシクロオレフィン系レンズを基板1として用い、基板1上に1層の光学層2が形成されている。光学層2は主材料薄膜3である圧縮応力を持つSiO
2薄膜と引張応力を持つAl
2O
3分子層4から成り、実施例1と同様に光学層2は波長λにおいて光学膜厚がλ/4程度となるように物理膜厚Dが決定される。ここで、実施例2では、主材料薄膜3はPECVD、分子層4はPEALDで成膜されており、樹脂レンズの主面と端部では物理膜厚が異なる。具体的には、樹脂レンズの主面には主材料薄膜3と分子層4とが物理膜厚Dで形成されている一方、一部主材料薄膜の回り込みがあるものの、端部には、実質的には分子層4の材料のみが成膜され、最も厚い部分の膜厚はΣdAとなる。なお、ここでいう主面の物理膜厚とは、光学部材6の少なくとも光学有効範囲の膜厚であり、例えばレンズの場合、少なくとも曲率を有する領域を指す。
【0053】
実施例2では主材料薄膜4nm、分子層0.8nmを1セットとして、これを16セット形成した。SiO2及びAl2O3の屈折率はそれぞれ1.46、1.62であり、光学層の屈折率は式(1)より1.487である。このとき、物理膜厚は91.2nmであり、光波長550nmにおいて光学層2の光学膜厚は略λ/4を満たす。なお、基板端部の膜厚はおよそ15.2nmとなっている。
実施例2においても、実施例1と同様に、主材料薄膜3と分子層4は、主材料薄膜3から成膜してもよいし、分子層4から成膜してもよく、基板1との相性で適宜最適な条件を選択すればよい。
【0054】
(実施例3)
図6に実施例3に係る光学膜及び光学部材の光軸を通る面で切った断面図を示す。
図6(a)の光学膜5を部分拡大した図を
図6(b)に示し、光学層2´を部分拡大した図を
図6(c)、光学層2を部分拡大した図を
図6(d)に示す。光学膜5は、光学層2と光学層2´を交互積層して所定の波長領域に対して干渉条件を満たすように形成された光学多層膜である。
【0055】
具体的には、実施例3の光学部材6は、基材1にフルオレン構造ポリエステル樹脂からなる樹脂レンズを用い、これに低屈折率層と高屈折率層とを交互に積層させた光学膜5であるマルチAR膜が形成されている。ここで、実施例3において、低屈折率層と高屈折率層は共に、主材料薄膜3、3´と分子層4、4´から成る光学層2、2´であり、低屈折率層は主材料薄膜3としてSiO2、分子層4としてAl2O3、高屈折率材料は主材料薄膜3´としてTiO2、分子層4´としてSi3N4をそれぞれ用いている。本実施例では、低屈折率層及び高屈折率層のそれぞれ主材料薄膜と分子膜はPEALDによって成膜されている。すなわち、基板1の主面と端面に形成される光学膜5の物理膜厚は略同様でDとなっている。ここで、主面とは光学部材6の有効面を指し、例えばレンズの場合、曲率を有する面を指す。
【0056】
実施例3では、低屈折率層において主材料薄膜4nm、分子層0.8nmを1セットとして、各低屈折率層において、必要なセット数繰返し成膜した。この時、低屈折率層を形成する主材料薄膜3と分子層4の屈折率はそれぞれ、1.46、1.62であり、式(1)より低屈折率層の屈折率は1.487とみなすことができる。また、高屈折率層は、主材料薄膜4nm、分子層0.5nmを1セットとして、各高屈折率層で必要なセット数繰返し成膜した。この時、高屈折率層を形成する主材料薄膜3´と分子層4´の屈折率はそれぞれ2.40と2.00であり、式(1)より高屈折率層の屈折率は2.356とみなすことができる。
【0057】
なお、実施例3では、全ての低屈折率層で屈折率が略同じとなっているが、低屈折率層において各層で屈折率が異なる、つまり主材料薄膜3と分子層4の膜厚比が異なっていてもよいし、特定の低屈折率層が光学層2となっており、他の層は例えばSiO2単独からなる層であってもよい。同じく。高屈折率層でも、各層で屈折率(主材料薄膜と分子層の膜厚比)が異なってもよいし、特定の高屈折率層が光学層2´で、他の層は例えばTiO2単独からなる層であってもよい。更には、光学膜5を形成する、低屈折率層若しくは高屈折率層のいずれか一方の少なくとも1層若しくは全層が光学層2、2´であってもよい。
【0058】
更に、光学膜5中に例えば密着性やガスバリア性を向上させるための機能層を設けていてもよい。機能層とは例えば、Al2O3が挙げられる。Al2O3層を例えば基板1と光学膜5との界面に所望の膜厚成膜してもよいし、光学膜5の中に挿入してもよい。このとき、機能層は光干渉が発現しない、いわゆる分子層レベルの膜厚であってもよいし、光干渉が発現する膜厚であってもよい。光干渉が発現する膜厚で機能層を挿入する場合は、機能層の光干渉も考慮して、光学膜の最適な膜設計を行えばよい。当然、機能層を複数層、例えば、基板1と光学膜5との界面及び光学膜5中に設けてもよい。
【0059】
本実施例では、光学膜5としてマルチAR膜としたが、光学機能としてはこれに限定されるものではない。
【0060】
(実施例4)
図7に実施例4に係る光学膜及び光学部材の光軸を通る面で切った断面図を示す。
図7(a)の光学層2を部分拡大した図を
図7(b)に示し、光学層2´を部分拡大した図を
図7(c)、光学層2を部分拡大した図を
図7(d)に示す。実施例4の光学部材6は、基材1にフルオレン構造ポリエステル樹脂からなる樹脂レンズを用い、これに低屈折率層と高屈折率層とを交互に積層させた光学膜5であるマルチAR膜が形成されている。ここで、実施例4において、低屈折率層と高屈折率層は共に、主材料薄膜3、3´と分子層4、4´から成る光学層2、2´であり、低屈折率層は主材料薄膜3としてSiO
2、分子層4としてAl
2O
3、高屈折率材料は主材料薄膜3´としてTiO
2、分子層4´としてSi
3N
4をそれぞれ用いている。本実施例では、低屈折率層及び高屈折率層のそれぞれ主材料薄膜はPECVD、分子膜はPEALDによって成膜されている。すなわち、基板の主面には物理膜厚D、端面には略ΣdA+ΣdA’の物理膜厚で成膜がなされている。そして、端面は低屈折率層のAl
2O
3分子層と高屈折率層のSi
3N
4分子層が交互に積層された構成となっている。ここにおいて、端面に形成されるAl
2O
3分子層とSi
3N
4分子層はそれぞれ反対方向の応力を有している。
【0061】
実施例4では、実施例3と同様に、低屈折率層において主材料薄膜4nm、分子層0.8nmを1セットとして、各低屈折率層で必要なセット数繰返し成膜した。この時、低屈折率層を形成する主材料薄膜3と分子層4の屈折率はそれぞれ、1.46、1.62であり、式(1)より低屈折率層の屈折率は1.487とみなすことができる。また、高屈折率層は、主材料薄膜4nm、分子層0.5nmを1セットとして、各高屈折率層で必要なセット数繰返し成膜した。この時、高屈折率層を形成する主材料薄膜と分子層の屈折率はそれぞれ2.40と2.00であり、式(1)より高屈折率層の屈折率は2.356とみなすことができる。
【0062】
実施例3と同様に、低屈折率層において、各層で屈折率(主材料薄膜と分子層の膜厚比)が異なっていてもよいし、一部の低屈折率層のみが光学層2となっていてもよい。また同様に、高屈折率層においても、各層で屈折率(主材料薄膜と分子層の膜厚比)が異なっていてもよいし、一部の低屈折率層のみが光学層2´となっていてもよい。更には、光学膜5を形成する、低屈折率層若しくは高屈折率層のいずれか一方の少なくとも1層若しくは全層が光学層2、2´であってもよい。また、実施例3と同様に適宜Al2O3などの機能層を任意の膜厚・層数挿入してもよい。
【0063】
本実施例では、光学膜5としてマルチAR膜としたが、光学機能としてはこれに限定されるものではない。
【0064】
図8は本発明に係る光学装置を示した図である。本発明の光学装置21は、レンズ鏡筒11、レンズ13~16、絞り17からなるレンズユニット20を含み、更に保護フィルタ12、カバーガラス18、撮像素子19からなる。レンズユニットに入射した光は、レンズなどによりCCDやCMOSセンサから成る撮像素子19に集光される。撮像素子19に集光した光は電気信号に変換され、必要に応じて映像化される。ここで、レンズユニット20に搭載されるレンズ13~16の内、少なくとも1つは本実施例で説明した光学部材6が設けられる。すなわち、レンズユニットを構成するレンズの内少なくとも1つのレンズは、基板1上に少なくとも光学層2、2´を含む光学膜5が形成されている。絞り17は、撮像素子19に不要な光が入射するのを防ぐ機能を持ち、各レンズ間に設けてもよいし、レンズ間の一部のみに設けてもよい。
【0065】
車載カメラや監視カメラなど過酷な温度条件で使用する場合、絞りは金属製基板からなる絞りであることが好ましい。金属製の絞りとしては例えば、金属板を陽極酸化により黒化したものや、金属基板上に光吸収機能を有する膜を蒸着などで形成したものが好適に使用できる。保護フィルタ12はレンズユニット20を紫外線や汚れ、破損から保護するために設けられるフィルタで、例えばUVカット、撥水、撥油、親水、ハードコートなどの機能を有する。更に、保護フィルタ12は、可視領域の一部をカットする機能を有していてもよい。
【0066】
レンズに合成樹脂材料を使用した場合、黄変により主に可視領域の短波長領域に光吸収が発生することがある。合成樹脂基板の黄変前後で撮像素子19に入射する透過率バラツキを小さく抑えるためには、この領域の光透過を予め制限すればよい。例えば黄変の影響を大きく受ける光波長450nm程度以下の波長をカットすることで効果的に黄変前後の撮像素子19に入射する透過率バラツキを小さくすることができる。このようなカット機能は、例えば低屈折率層と高屈折率層を交互に複数層積層させ、光干渉効果を利用することで設けることができる。なお、保護フィルタ12は必ずしも設ける必要はなく、最も撮像素子19から遠いレンズ13に、保護フィルタ12の機能を持たせてもよい。
【0067】
カバーガラス18は撮像素子19に異物などが付着するのを防止するために設けられ、一般的な硝材の他に水晶基板なども好適に使用できる。なお、カバーガラス18には近赤外カット機能を設けても良い。撮像素子19に入射した光を映像化する場合、撮像素子19の近赤外領域の感度のため、人の目に見える色合いと差異が出ることがある。このような時は、近赤外領域の光が撮像素子19に入射するのを抑制するために、カバーガラス18に赤外カット膜等を形成すればよい。赤外カット膜は、例えば低屈折率層と高屈折率層を交互に複数層積層させ、光干渉効果を利用することで設けることができる。また、必要に応じてカバーガラス18に近赤外領域に吸収を有する金属イオンなどを練り込んだ赤外吸収ガラスを用いてもよい。
【0068】
合成樹脂基板の黄変を抑制するために、レンズ鏡筒11内を窒素やアルゴンなどの不活性ガスで充填してもよいし、光路にかからないようにレンズ鏡筒11内に鉄などからなる脱酸素剤を配置してもよい。このようにすることで合成樹脂基板が酸素と接触する機会を抑制し、酸化による変色、すなわち黄変を抑制できる。レンズユニット20に搭載されるレンズはガラスレンズや合成樹脂レンズを組み合わせて使用してもよいが、少なくとも合成樹脂レンズは本実施例で示した光学層2、2´を含む光学膜5が形成されていることが好ましい。前述の通り、ALDはガスバリア性の良好な膜が得られる上に、基板1の端部にまでコーティングできるため、合成樹脂レンズに黄変の原因となる酸素が到達し難くなるためである。また、ガラスレンズを使用する場合、レンズユニット20を構成するレンズの内、撮像素子19から最も遠いレンズ13をガラス製レンズとすることが好ましい。撮像素子19から最も遠いレンズが最も酸素及び水蒸気と接しやすいためである。
【0069】
図8では本発明のレンズユニット20としてレンズ4枚からなる構成を示しているが、レンズの枚数に限定はなく4枚より多くてもよいし、少なくてもよい。なお、
図8の光学装置において、光学層2、2´を有する光学膜5が形成されたレンズについて説明したが、レンズに限らず、前述した赤外カット膜やUVカット膜等に本発明の光学層2、2´若しくは光学膜を形成することができる。
【0070】
以上より、本発明によると、膜応力の小さい光学層及びこれを含む光学膜を得ることができる。本発明の光学層又は光学膜を基板に形成することで、クラックの発生しにくい光学部材を提供できる。また、本発明の光学部材を含む光学装置は、耐久性に優れ、例えば車載カメラや監視カメラなど、過酷な環境に曝される用途に特に好適に使用できる。
【符号の説明】
【0071】
1 基板
2、2´ 光学層
3、3´ 主材料薄膜(第1の薄膜層)
4、4´ 分子層(第2の薄膜層)
5 光学膜
6 光学部材
11 レンズ鏡筒
12 保護フィルタ
13~16 レンズ
17 絞り
18 カバーガラス
19 撮像素子
20 レンズユニット
21 光学装置